「子どもの心の健康問題...

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平成 1 4 年度厚生科学研究費補助金(子ども家庭総合研究事業) 「小児心身症対策の推進に関する研究」班 「子どもの心の健康問題 ハンドブック」

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平成 1 4年度厚生科学研究費補助金(子ども家庭総合研究事業)

「小児心身症対策の推進に関する研究」班 編

「子どもの心の健康問題 ハンドブック」

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執筆者一覧(敬称略、アイウエオ順)

監修:

小林陽之助 関西医科大学小児科学教室 

執筆者:

赤坂 徹  国立療養所八戸病院

石崎優子  関西医科大学小児科学教室

井上登生  井上小児科医院(大分)

氏家 武  北海道こども心療内科氏家医院

衞藤  東京大学大学院教育学研究科

岡田(高岸)由香  神戸大学発達科学部

沖 潤一  旭川医科大学小児科学教室

金生由紀子  北里大学大学院医療系研究科発達精神医学

亀田 誠  大阪府立羽曳野病院アレルギー小児科

北山真次  神戸大学医学部小児科学教室

河野政樹  広島県立心身障害者コロニーわかば療育園医療科

小枝達也  鳥取大学教育地域科学部

塩川宏郷  自治医科大学総合周産期母子医療センター

汐田まどか  鳥取県立皆生小児療育センター小児科

清水凡生 呉大学看護学部

鈴木基司 みどりクリニック(群馬)

武田鉄郎  国立特殊教育総合研究所

竹中義人  大阪労災病院小児科

田中英高  大阪医科大学小児科学教室

深井善光  関西医科大学小児科学教室

藤本 保  医療法人藤本育成会 大分こども病院(大分)

帆足英一  東京都立母子保健院

星加明徳  東京医科大学小児科学教室

三池輝久  熊本大学医学部小児発達学講座

宮本信也  筑波大学心身障害学系

村上佳津美  近畿大学医学部堺病院小児科

森田 博 森田小児科医院(東京)

山縣然太朗  山梨医科大学保健学II講座

山口 仁  中町赤十字病院小児科(兵庫)

渡辺 久子  慶応義塾大学医学部小児科学教室

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「子どもの心の健康問題 ハンドブック」について

本冊子「子どもの心の健康問題 ハンドブック」は,厚生科学研

究費補助金(子ども家庭総合研究事業)「小児心身症対策の推進に

関する研究」班で,平成 1 3年度の研究活動の一環として作成したも

のです.本研究班は,平成1 0~1 2年度の「心身症,神経症等の実態

把握及び対策に関する研究」班(主任研究者:旭川医科大学小児科

学・奥野晃正教授)を継承し,さらに発展させるべく期して出発い

たしました.そこで研究活動の第一歩として,小児のさまざまな心

身症についてそれぞれの専門家に執筆いただき本冊子を作成いたし

ました.その後一般小児科医,都道府県医師会推薦の学校医,児童

精神科医・小児心身症専門医の方々に査読をお願いしたところ,合

計1 3 1中1 2 1名の先生方から貴重なコメントをいただきました.実に

9 2.3% にも上る高い回答率で,心の問題に関する諸先生の関心の高

さに驚かされるとともに,今後の研究の遂行に大きな励みとなって

おります.概要総論の項目数,各論の項目数ともに「適当である」

の回答が7 5%を超え,記載形式に関しても6 5%以上が「適当である」

と回答され,概ね高い評価を得たものと思います.しかし職種の異

なる医師の間では,項目に関する評価に若干の差がみられましたの

で,今回は一般小児科医を対象として改訂を心がけました.多くの

小児科医に役立つよう念じるとともに,さらに専門医への紹介等が

容易になるように期待しております.2年度以降は講演会等を通じ

て本冊子の有効利用を計画しております.

本冊子により,小児の心身症についてより理解を深めていただき,

早期診断/早期治療に役立てていただければ幸いです.本改訂版に

ついても引き続き忌憚のないご意見をお待ちしております。

平成14年8月

「小児心身症対策の推進に関する研究」班

主任研究者:小林陽之助

(関西医科大学小児科学教室・教授)

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1. 小児の心と身体 ―心身相関のメカニズム― ……………………2

2. 小児の心の発達 ………………………………………………………………………………6

3. 小児の心身症の疫学 ……………………………………………………………………11

4. 小児の面接と心理検査 ………………………………………………………………16

5. 一般小児科医における心身症診療 …………………………………………23

6. 各種の関連機関との連携 …………………………………………………………286-1 広義の心身症専門機関の探し方 286-2 保健所,地域における連携 326-3 学 校 346-4 病弱養護学校,院内学級 376-5 児童精神科,精神科 406-6 児童福祉施設・児童相談所 446-7 心身症の三次予防と厚生労働省の取り組み 46

7. 心身症専門機関における対応 …………………………………………………48

1. 循環器系 ―起立性調節障害― ……………………………………………54

2. 呼吸器系 …………………………………………………………………………………………60

3. 消化器系 …………………………………………………………………………………………65

4. 泌尿器系 ―排泄障害― …………………………………………………………71

5. アレルギー疾患 ―アトピー性皮膚炎― ……………………………78

6. 神経・筋疾患 …………………………………………………………………………………83

7. 注意欠陥/多動性障害(AD/HD)とその辺縁疾患 …………88

8. 摂食障害 …………………………………………………………………………………………93

9. 精神科,児童精神科疾患とその近縁 …………………………………100

10. 小児型慢性疲労症候群 ……………………………………………………………106

11. 不登校 ……………………………………………………………………………………………11511-1 不登校 ―心因を主とする不登校― 11511-2 不登校 ―学校保健の立場から― 120

12. 心の発達への配慮が必要なその他の諸問題 ……………………12312-1 乳幼児の心の問題 12312-2 思春期の心と身体の問題とその対応 12612-3 慢性疾患児と心の問題 12912-4 障害児と家族をとりまく問題 13112-5 社会精神医学 13412-6 災害時の心のケア 136

13 鑑別診断が必要な病態

―見落としてはいけない身体疾患― ……………………………139

索 引 ……………………………………………………………………………………………141

目 次総 論

各 論

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表紙イラスト,文中カット:かもい たけし

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1 小児の心と身体

―心身相関のメカニズム―

2 小児の心の発達

3 小児の心身症の疫学

4 小児の面接と心理検査

5 一般小児科医における心身症診療

6 各種の関連機関との連携

6-1 広義の心身症専門機関の探し方

6-2 保健所,地域における連携

6-3 学校

6-4 病弱養護学校,院内学級

6-5 児童精神科,精神科

6-6 児童福祉施設・児童相談所

6-7 心身症の三次予防と厚生労働省の

取り組み

7 心身症専門機関における対応

総 論

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I. 心身症の定義

心身症について日本心身医学会では「身体疾患

のうち,その発症と経過に心理社会的因子が密接

に関与し,器質的ないし機能的障害の認められる

病態を呈するもの.ただし神経症,うつ病などの

精神疾患に伴う身体症状は除外される」と定義し

ている 1).

つまりこの定義では,身体疾患があり,その治

療に際して誘因あるいは増強因子となった心理社

会的要因を考慮する必要がある場合,その疾患は

心身症と解釈される.つまり,心身症という用語

は通常の診断名ではなく,疾患を診療する医師側

の視点を示すものである.

心身症の概念は,小児では一般に広く解釈され,

対象となるものとして,表 1に示すように多くの疾

患を含んでいる 2).しかしこれらの疾患を持つ小児

がすべて心身症だというわけではなく,それらの

一部に心身症としての対応が必要になるというこ

とである.

II. 個々の疾患における心身医学的治療の必

要性の有無

一般に心身症として扱われている疾患の中でも,

夜尿症や夜驚症やチック症などのように,生物学

的発生機序がほぼ解明され,有効な薬剤が使用で

きるものがある.たとえば夜尿症は,中枢神経系

の覚醒障害が基盤となり,それに付加的に機能的

膀胱容積の減少と睡眠中の抗利尿ホルモンの分泌

不全が存在することが知られている.心身症とし

ての夜尿が存在するとすれば,ストレスが大脳に

影響して抗利尿ホルモンの分泌が減少したり,機

能的膀胱容積が減少するなどの可能性が示唆され

る.夜驚症では,大脳の橋にある睡眠覚醒リズム

を調節する同調機構が障害されている年齢の場合,

恐怖を伴う夢を見て部分的覚醒になるため,夢を

見ながら体が動いてしまう.

トゥレット(T o u r e t t e)障害におけるチックの

発生や増強は,遺伝的要因を基礎とした大脳基底

核の障害で,それに前頭葉や大脳辺縁系が関与す

ると考えられるようになってきており,緊張など

の不快なストレスだけでなく,とても楽しいこと

小児で心身医学的治療が必要になるものの中に

は多種の疾患が含まれるが,心身医学的治療の必

要性は疾患ごとに異なる.また年齢や性別などの

影響も受ける.診療の中で心身症が疑われた場合,

その遺伝的要素や年齢,性別,併存する疾患など

の生物学的特徴,また家庭での人間関係や学校で

の友人,教師との関係などの心理社会的要因,受

診までの援助システムなどを総合的に評価し,対

応や治療を行う必要がある.

心身相関,生物学的要因,心理社会的要因,いじめ,援助システム

小児の心と身体

―心身相関のメカニズム―

キーワード

1

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1. 小児の心と身体 3

でも増強される.

これらは年齢依存性の経過で自然治癒していく

ことも確認されている.たとえば一次性夜尿では,

学童期初期に連日の夜尿があっても,多くは 1 0~

1 4歳で自然に消失する.また夜驚症は 3~6歳で発

症し,多くは 6か月以内に自然治癒する.また,小

児科を受診するトゥレット障害の多くは幼児期に

発症し,学童期,8~1 0歳ごろに最も強くなり,1 3

~1 5歳で自然に消失していくという特徴的な年齢

依存性の経過をとる.

小児が夜尿を主訴として受診しても,年齢が 1 0

歳で 1週間に 1~2回の夜尿であれば,自然経過を

説明して不安を除き,あとは自然に消失するのを

待てばよい.

夜驚症は,3~6歳の好発年齢で出現するが,1週

間に 2~3回であれば,数ヶ月以内に消失する可能

性が高く,それ以上の心身医学的対応は必要ない

場合が多い.回数が多く連日 2~3回見られるよう

な場合は,家族の不安を取り除き,必要であれば

服薬をすれば日常生活の問題はなくなる.ただ 8歳

1)呼吸器系気管支喘息,過換気症候群,神経性咳嗽*

2)循環器系本態性高血圧症,本態性低血圧症,(特発性)起立性低血圧症

3)消化器系胃・十二指腸潰瘍,慢性胃炎,過敏性腸症候群,潰瘍性大腸炎,心因性嘔吐

4)内分泌・代謝系神経性食欲不振症,(神経性)過食症,愛情遮断性小人症,甲状腺機能亢進症,心因性多飲症,単純性肥満症

5)神経・筋肉系筋収縮性頭痛,偏頭痛,自律神経失調症*,目眩*,しびれ感*,異常知覚*,運動麻痺*,失立失歩*,チック,失神*,けい

れん

6)小児科領域(この項目のみ文献27)の全疾患名を記載)気管支喘息,過換気症候群,憤怒けいれん*,消化性潰瘍,過敏性腸症候群,反復性腹痛,神経性食欲不振症,(神経性)過

食症,周期性嘔吐症,呑気症*,遺糞症*,嘔吐*,下痢*,便秘*,異食症*,起立性調節障害,心悸亢進*,情動性不整脈,

神経性頻尿*,夜尿症*,遺尿症*,頭痛*,片頭痛,めまい*,乗物酔い*,チック*,心因性けいれん*,意識障害*,視力

障害*,聴力障害*,運動麻痺*,バセドウ病,糖尿病,愛情遮断小人症,肥満症,アトピー性皮膚炎,慢性じんましん,円

形脱毛症,夜驚症*,吃音,心因性発熱*など

7)皮膚科領域慢性じんましん,アトピー性皮膚炎,円形脱毛症,皮膚 痒症

8)外科領域腹部手術後愁訴,形成術後神経症

9)整形外科領域腰痛症,背痛,多発関節痛,肩こり

10)泌尿・生殖器系夜尿症,遺尿症,神経性頻尿

11)産婦人科領域月経痛,月経前症候群,続発性無月経

12)眼科領域視力低下*,視野狭窄*

13)耳鼻咽喉科領域心因性難聴*,アレルギー性鼻炎,慢性副鼻腔炎,頭重*,頭痛*,口内炎,咽喉頭異常感症*,吃音*

14)歯科・口腔外科領域口内炎(アフタ性)

*一過性の心身症反応,発達の未分化による身体症状(反応),神経症の場合も含まれる.

表1.心身医学的配慮が特に必要な疾患-いわゆる心身症とその周辺疾患2)

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を越えて初発する場合は,心理社会的要因につい

て配慮する必要が生じてくる.

トゥレット障害でも,四肢の粗大なチックがな

く,運動性チックが顔面や頚部のみに限局し,音

声チックが軽い咳払いであり,本人が気にせず家

族の不安も軽ければ,あえて心身医学的治療をす

る必要はないであろう.ただ日常生活に支障をき

たすようなことがあれば,治療の対象となる.

頭痛,腹痛,嘔気,倦怠感,微熱などの不定愁

訴を訴えて受診し,小児科的には起立性調節障害,

精神医学的には適応障害,不安障害,転換性障害

などと診断される小児は,9~1 0歳から見られ,思

春期,青年期に多く受診するようになる.これら

の発生機序としては,大脳辺縁系の抑制に伴う間

脳下垂体-副腎系の機能低下,大脳皮質連合野の機

能低下などが疑われている 4)が,著効を示す薬剤は

なく,結果的に本人と家族を支えていくための心

身医学的対応が必要になる場合が多い.

このような年齢依存性の経過については,中枢神

経系の発達や,思春期の内分泌的変化が関与する可

能性がある.また精神力動的解釈が可能である.

I I I. 心身症の発症機序

小児心身症の発症には,どの疾患であっても表 2

に示したようにいくつかの共通の要因がある.

生物学的要因としては,年齢,性別,併存する

行動上の問題を伴う疾患,心理社会的要因に対す

る本人の感受性などがある.

たとえばトゥレット障害の発症は,生物学的要

因が大きく,多くは遺伝的に規定され,特徴的な

年齢依存性の経過をとる.性別では男児より女児

の方が軽症である.頭痛,腹痛,嘔気などの不定

愁訴を訴える小児は,学童期の中頃から見られや

すくなる.消化器系では,幼児期,学童期に反復

性腹痛が見られ,思春期以降では過敏性腸症候群

の臨床像を呈しやすい.呼吸器系では,過呼吸症

候群の典型的な臨床像が思春期以降になって見ら

れるようになる.

注意欠陥/多動性障害や自閉症が併存する場合,

その行動上の問題から二次的に心身症を発症しや

すくする.

また人間関係で緊張しやすく,神経質で,無理

に良い子になって過剰適応の傾向があり,失敗を

気にしやすく,心的外傷体験を回避しようとする

ような行動特性は,心理社会的要因に対する感受

性の高さと関連する可能性がある.

心理社会的要因の特徴としては,その程度が強

く期間が長いほど心身症を発症しやすい.たとえ

ば学校でのいじめであれば,それが強くて長いほ

ど発症と結びつきやすい.

その要因についてみると,幼児期では母子関係

が,学童期以降では家庭では兄弟姉妹,学校では

友人との人間関係の問題が大きなストレスとなり

うる.つまり年齢依存性の変化が見られる.これ

らの年齢依存性の変化は,小児では中枢神経系も

各臓器も発達途上にあり,それから起因する社会

性の成熟水準に対応するものと解釈することも可

能である.また視点を変えると,精神力動という

立場で解釈することも可能であろう.

援助システムの有無も心身症発症に大きく関与

する.学校でいじめがあっても,早い時期に担任

教師が気づいて適切に処理されれば発症には結び

つかないが,暴力をともなうような身体的いじめ

が長期に続けば,発症する率が高くなる.特に学

校と家庭の両方で援助がない場合は,高率で発症

(1)生物学的要因遺伝性要素,性別,年齢

併存する疾患注意欠陥/多動性障害学習障害高機能自閉症

心理社会的要因に対する感受性

(2)心理社会的要因強さ,期間

a.家庭母子,兄弟姉妹,父子の人間関係学習への過剰な期待

b.学校 いじめ,友人関係,教師との関係クラブ活動など

(3)援助システムの有無家庭,学校

(文献3)より)

表2.小児心身症発症の要因

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1. 小児の心と身体 5

に結びつく.

小児では心身症の発症要因のうち,個人の生物

学的特性と援助システムにおいて,小児固有の問

題増強因子がある.

たとえば成人では精神的ストレスであると本人

が自覚するような場合でも,小児では本人がスト

レスに気づかないままに過ごしていることがある.

また,ストレス耐性は年齢が小さいほど低い.こ

れは,年齢が低いほどストレスに対処する能力が

低く,問題を自分で解決できないということがあ

り,またストレスとなった出来事,たとえば母親

が1週間入院したような場合,年齢により本人にと

っての意味が異なってくることにもよる.

援助システムの問題として,低年齢ほど生活を

周囲に依存しており,環境(周囲の人)の影響を

受けやすい.また社会へ援助を求める手段に乏し

く,援助システムを自ら築きにくい.これらの点

から,一般に成人より小児の方が心身医学的対応

が必要になることが多いと考えられている.

文   献

1)日本心身医学会研修委員会.心身医学の新しい診療

指針.心身医学 1991;31:537-576.2)こども心身医療研究所編.2 心身症のメカニズム 小

児の心身医学 ―臨床の実際―.第 1版.東京:朝倉

書店,1995:10-193)宮本信也.小児医療における心身医学的アプローチ

の必要性.小児内科 1999;31:629-633.4)三池輝久.不登校の考え方 ―生理学的立場から―.

小児内科 1996;5:627-631.

(星加 明徳)

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I. はじめに

小児は心身共に発達の過程にあり,心の発達に

関する知識は対象となる子どもの発達のずれを把

握するために必要である.小児は成長にともなっ

て環境の変化(ストレス状況)に適応する能力を

身につけていく.しかし環境の変化が適応能力を

上回ると,身体症状や不登校,食行動異常などの

不適応状態となる.子どもに不適応が起こると親

の育て方に原因を求めることが多いが,子育てと

親育ちとは相互に影響し合っており,親は親とし

て生育の途上にある.何らかの特性を持って生ま

れた子どもと,過去の生育歴や経験を持つ親とい

う2つの要因の他に,親子の関係の取り方にも大き

な要因がある.不適応になった子どもは,甘えや

反抗といった形で心理的な退行(赤ちゃん返り)を

きたし,周囲を困惑させる.悪い退行は受け入れ困

難であり,周囲を疲弊させ子ども自身も追い込むこ

とになる.不適応は状況から必然的に発生したもの

という視点を持ちつつ,症状の除去というよりむし

ろ成長の援助を目的としたかかわりが必要となる.

退行の意味を考えつつ親子を支え,適切な介入によ

る相互関係を調整することにより,治療の契機とな

る治療的退行に導くことが有効である.

不適応は各年代における心理的発達のつまずき

が関与していることが多い.そのため各年代にお

ける心理発達の特徴について述べる.

II. 各年代の心理発達と好発症状

1.新生児期:0~1か月

新生児は快と不快も未分化であり,空腹や痛み,

眠気,不安などに際して啼泣するのみである.ま

た五感が未熟なため,外界を把握する能力に乏し

く,「この世界は自分の敵か味方か」さえ解らない.

生きていくのに必要な行動は原始的な反射(追い

かけ反射,吸綴反射,把握反射など)として持っ

ているのみである.母親は自分を頼ろうとする子

どもの反応に触発され,何とか児の不快を取り除

こうと没頭する.この母親の原初的没頭により満

足させられた児は「この世界は自分にやさしい,

不快は永遠に続かない」という基本的信頼感を得

るとともに,不快が自動的に取り除かれるのは自

分の力であるという万能感を形成する.

小児の不適応である心身症,不登校,食行動異

常は,各年代での心理発達のつまずきに起因する

ものが多い.つまずきは,親子双方の個々の要因

と互いの相互作用の結果である.

適切な介入により不適応の表現を治療的な退行

に導くことで,心理的な成長・発達を援助するこ

とができる.そのために各年代の心理的な特徴と

心理発達に関する理論との把握が必要と考え,フ

ロイト以降の発達心理学,乳幼児心理学について

概観した.

不適応,治療的退行,愛着形成,分離個体化,自我同一性

小児の心の発達

キーワード

2

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2. 小児の心の発達 7

2.乳児期(0~1歳)

1ヶ月頃には不快の種類に応じて泣き方の強弱や

高低を使い分け,2か月頃には快を微笑みとして表

す.

2~5ヶ月頃の乳児は,自分に関わる乳房や手や

声や顔が同じ母親の部分であるとは認識できない

が,自分以外の何かが快や不快を制御していると

感じ,次第に万能感は薄れていく.やがて快と不

快は分化するが,空腹や痛み,眠気,不安などは

未分化な不快感でしかない.表情や啼泣,しぐさ

などで表される児の情緒を母親が適切に読みとる

(情緒応答性)ことにより,児の側の情緒はさらに

分化,発達していく.

8~9ヶ月に愛着が形成されると,母とそれ以外

の人を認識し人見知りとして表す( 8ヶ月不安).

愛着の形成が不十分な場合,親に保護を求めない,

人見知りしないなどの状態を示し,これらのうち,

一部は後に自閉症の診断を受けるものもある.ま

た,母親が神経症や精神病を患っている場合や,

母親から虐待(養育の拒否,心理的虐待)を受け

た場合,児は心を閉ざし愛情遮断症候群(M a t e r -

nal Deprivation Syndrome)や,解離性障害,神経

症を発症する.

〈乳児期早期母子関係の重要性〉乳児は不快を自ら解消することができず,母親が児の表

現を上手に読み取らないと不快が持続する.母親が乳児の

欲求を的確に読み取り,適切な対応を取ることによって,

児の不快は解消される.この母子のやり取りによって「不

快が永久に続かない,この世は自分の敵ではない」という

基本的信頼感(basic trust)が形成される.

3.幼児期前期(1~3歳)

言葉や遊びなどを模倣により修得していく.排

尿,排便が随意的にできるようになる.母に加え

て父,祖父母との関係が深まる.親の保護を得る

ために自己の欲求は抑圧され従順である.

〈対象恒常性(object constancy)〉母が不在時にも自分を愛する母の存在を確信するとと

もに,自分を叱る母もやさしい母と同じ人であることを

受け入れる.

4.幼児期後期(3~6歳)

自我が芽生え,親の言いつけに反して自己主張

をするようになる(第 1反抗期).公園などで母親

と同年代の集団を行き来して遊ぶようになる.生

活の刺激が多様化するため,夜驚,チック,神経

性習癖,偏食などが出現する.また語彙が急速に

増加するため,生理的吃音が起こる.

5.学童期(7~11歳)

対象恒常性が確立されると,親から離れて同年

代の集団といる時間が次第に増える.高学年にな

ると徒党を組み(ギャングエイジ),同一行動を取

ることで仲間意識に目覚め,親の規制を守るより

も仲間の約束の方が重要となる.対象恒常性が確

立されないと,心身症や不登校(分離不安型)な

どが起こりやすい.

6.思春期(12~15歳)

第2の分離・固体化とも第 2反抗期ともいう.そ

れまで抑圧されていた自我が台頭し,大人から与

えられてきた規制を破り決定権の自立を模索する

反面,自立による不安定さに怯える独立と依存と

の葛藤状態にある.葛藤は心身症や不登校,摂食

障害,問題行動(非行),学力低下などに現れる.

第二次性徴にともなう性衝動の制御にも困惑する

疾風怒涛の時代である.摂食障害や神経症の好発

期である.

7.青年期(16~20歳)

自我同一性(i d e n t i t y)の確立の時期である.幼

児期からの感情体験や自己決定の経験が希薄な場

合,積極的な方向性が持てずにモラトリアムとな

るものもある.また,精神分裂病や強迫性障害の

好発期でもある.

〈自我同一性〉それまで受動的に生きてきたことに気づき,自分は何なの

か,自分が何をしたいのか,何のために生きているのかなど

主体としての命題に直面する.そこから方向性を見いだすの

は容易ではなく,長らく混沌の中でもがき苦しむこととなる.

やがて,男性・女性として,グループの一員として,日本人

として,趣味や特技を持つ者として,自分の位置を見つける

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8

ことがアイデンティティの確立につながる.

I I I. 代表的な発達心理学者・乳幼児精神医学

者とその理論

フロイトは,ヒステリーをリビドー(性的欲動)

の発達段階での固着・退行と抑圧による葛藤と妥

協による産物であるとした.リビドーの発達は口

唇期,肛門期,男根期,性器期と公式化された.

その後の発達心理学や乳幼児精神医学による実証

的知見の中で重要なものを紹介する.さらに,年

齢と各発達段階の関係を図に示す.

1.ハーロー(Harlow,H.F.:発達心理学者)

子ザルを母親から分離し,ミルクを与えてくれ

る針金製の母親模型と,ミルクを与えてくれない

が母親と似た触感をもつ布製の母親模型とを与え

た.その結果,布製の方にしがみつく時間が長く,

恐怖刺激に対しても布製の方に庇護を求めた.そ

こから母子の愛着(a t t a c h m e n t)形成には触感に

よる満足(contact comfort)が重要であることを

示した.

2.ボウルビィ(Bowlby,J.M.:児童精神医学者)

愛情に満ちた母親による視覚的,聴覚的,触覚

的,運動感覚的な関わりの重要性を説き,それら

を失う(母性剥奪)と,子どもの人格の発達が阻

止され,永続的障害となると説いた.

3.ウィニコット(Winnicott,D.W.:小児科医,児童精神科医)

小児科医として診療の中で母子関係に着目,後

に児童精神科医となった彼は「赤ちゃんが単独で

存在することはない.必ず一対の母子として存在

する」と述べ,母親が乳児に没頭し(原初的没頭),

情緒を共有している共生状態( m o t h e r - i n f a n t

u n i t e)として存在するとした.また,幼児が母親

から離れる不安に耐えるため,毛布やぬいぐるみ

などが移行対象(transitional object)として重要

な役割を果たすことを示した.

4.マーラー(Mahler,M.S.:小児科医,児童精神科医)

3歳までの乳幼児と母親との関係の発達を明らか

にした.

〈分離-個体化のプロセス:separation-individuation process〉正常な自閉期:normal autistic phase

(生後1ヶ月まで)

自己以外のものは認識されていない時期     

正常な共生期:normal symbiotic phase(生後 2~6ヶ

月まで)

快の獲得と不快の回避に関して自己の努力と母の世話の

区別がつかない時期

分離-個体化期:

分化期:differentation period(生後6~10ヶ月)

自己と母とが切り放されたものであることを認識する時

練習期:practicing period(生後 10~16ヶ月)

歩行により世界が広がり急速に発達と満足を得る時期

再接近期:reapprochement period(生後16~24ヶ月)

母との分離に不安を感じ接近と回避を繰り返す時期

分離期(個体化の確立と対象恒常性の萌芽)

(生後24~36ヶ月)

母との分離は不可避であることを受け入れる時期

生後 3年以降,個体化の確立と対象恒常性の達成を果たした

幼児は,活動範囲をさらに広げ,同年代の集団での対人関係

の練習へと進む.

5.スターン(Stern,D.:児童精神科医)

乳児は決して自閉期ではなく,早期から自他の

区分を認識しつつ母親と活発に交流している. 4つ

の自己感は発達にともない加えられ,共存すると

した.

新生自己感 (出生~)五感を通じて外界を体験するが個々の体験の関連は認識

していない.

中核自己感 (2ヶ月~)自己が単一の身体であり母親とは別の存在であることを

知る.

主観的自己感(7ヶ月~)自分にも他者にも行動の背後に精神活動があることに気

づく.

言語自己感 (15ヶ月~)自己の体験を言葉によって客観化し,他者との間で伝達,

共有,貯蔵できるようになる.

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2. 小児の心の発達 9

6.ピアジェ(Piaget,J.:発達心理学者)

各年齢の子ども思考の発達段階

感覚・運動期(2歳頃まで)五感により存在が確認できる物しか認識できない.

前操作期(2~7,8歳頃まで)言葉や絵など象徴を使った思考が可能となる.

具体的操作期(7,8~11,12歳頃まで)具体的な事物を使った論理的な思考が可能となる.

形式的操作期(11,12歳以降)

抽象的な概念を用いた思考が可能となる.

7.エリクソン(Erickson,E.:精神分析医)

ライフサイクル論の中で各年代における人格の

発達課題とその失敗の結果を示した.

乳児期 :基本的信頼 対 基本的不信

幼児期 :自律性 対 恥と疑惑

図3.各発達理論と年齢の相関

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10

学童前期:自主性 対 罪悪感

学童期 :勤勉性 対 劣等感

青年期 :同一性 対 同一性混乱

文   献

1)井原成男.ぬいぐるみの心理学.第 1版.東京:日本

小児医事出版社,1996:47-70.

2)こども心身医療研究所編.小児心身医学.第 1版.東

京:朝倉書店,1995:66-77.

3)小林陽之助編.マイナー小児科学.第 1版.京都:金

芳堂,2001:515-545.

(深井 善光)

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11

I. はじめに

小児の心身症の疫学を比較検討する際,最も問

題となるのはその定義である.血液や画像検査か

ら得られるゴールドスタンダードはなく,しかも

稀な疾患ではないため,どのような方法で調査を

行い,どのような基準で心身症と診断したのかで

頻度が大きく左右される.このため,学校制度を

含む各国の事情,人種,宗教を考慮しながら心身

症の頻度を検討しなければならない.

このハンドブックでは,日本心身医学会の定義

に基づき 1),心の健康問題によって何らかの身体症

状を呈したものを小児の心身症として,疫学に関

する従来の論文を検討し,我々が平成 1 1年1 0月に

行った全国一斉の医療機関・学校の調査結果につ

いてまとめた.

II. 諸外国における心身症の疫学調査

諸外国の心身症に関する疫学調査では,オンタ

リオ児童健康調査が有名である 2).この調査では,

インディアン居住区や施設入所例を除いたカナ

ダ・オンタリオ州の子どもほぼ全員( 9 1%)を検

討しており,身体化障害(器質的な疾患がないに

もかかわらず,痛みや胃腸症状といった身体症状

を繰り返して訴える例)の頻度は, 1 2~1 6歳の男

子で4.5%,女子では10.7%であった.

フィンランドのA r oらは 3),学校を定めて1 4~1 6

歳の児童生徒すべての健康調査を行い,頭痛を訴

える例が最も多く(男子 7.2%,女子 1 4 .9%),次い

で睡眠障害(男子 7.1%,女子9.6%),食欲低下(男

子 2 .6%,女子 5.4%)が見られたと報告している.

さらに,両親が揃っていない家庭や学業成績の悪

い例で,このような症状の頻度が高かったと述べ

ている. B e r n t s s o nらは 4),スウェーデンで 7~1 2

歳1,1 6 3人を2週間調査し,1 9.8%が心因性の身体症

状を訴えていたと報告し,E m i n s o nらは 5),イギリ

スの都市に住む思春期の白人の調査で,男子 7.1%,

諸外国の文献をまとめると,心の健康問題によ

って身体症状を呈している心身症の頻度は,中学

生に相当する男子の 5~1 0%,女子では 1 0~1 5%

であった.なお,この頻度は,家庭環境や本人の

学業成績と関連していた.

著者らが行った平成 1 1年度全国医療機関・学校

の実態調査によると,心身症の頻度は,小児科外

来を受診した 3歳以上の患者の 5.8%(6~ 1 5歳に

限定すると 8.2%)であり,保健室を訪れた児童生

徒の 1 3.5%だった.心身症の頻度は年齢が進むに

つれて増加したが,学校調査では校種が変更する

といったん減少するという特徴があった.

器質的な疾患がないにもかかわらず繰り返して

頭痛や腹痛を訴える子どもを診察する時は,友人

関係,家庭環境,学力の問題にも注意を払うべき

である.

小児の心身症の疫学,身体化障害,疲れやすさ,頭痛,腹痛,睡眠障害,

対人関係の問題,不登校,保健室

小児の心身症の疫学

キーワード

3

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12

女子 9 .5%に身体化障害が見られたと述べている.

田中は 6),公立小・中学校児童生徒の身体愁訴を日

本とスウェーデンで比較し,日本の中学生では疲

れやすさ(日本 2 2.8%,スウェーデン 1 3.8%)や腹

痛(日本 1 0.5%,スウェーデン 4.6%)といった身

体愁訴の頻度が高いことを示した.

小児科外来を受診した子どもを対象としたもの

では,1 9 7 9年の1年間を調査期間としたニューヨー

クのモンロー・カウンティの疫学調査があり 7),こ

の調査によると,小児科外来を受診者の 5.1%に心

身症が認められた.なおモンロー・カウンティは,

ロチェスター市と周辺の 1 9の町から成り,子ども

の人種は白人が 8 3 %,黒人が 1 6 %であった.

Starfield らは5ヶ所のプライマリーケア病院・施設

を受診した 4 7,1 4 5人のデータをまとめ 8),心身症の

子どもの頻度は 5.7~1 0.8%であり,収入の低い家

庭で頻度が高かったと報告している.

諸外国の文献をまとめると,心身症の頻度は,

中学生の年齢に相当する男子の 5~1 0%,女子の

1 0~1 5%であった.また,両親が揃っていないと

いった家庭環境の問題や本人の学業成績の低下と

いった要因があると,心身症の頻度が高くなるこ

とも明らかになった.

I II. 日本における健康調査・不登校の実態

久留らは 9)鹿児島県小中高校生の心の健康調査を

経時的に行い,疲れやすいと感じている児童生徒

の割合が昭和 5 9年の中学 2年生では 4 0.4%だったの

が平成1 1年には6 5.5%に増加し,腹痛や頭痛を訴え

る児童生徒も 3 3.9%から 5 0.4%に増えたことを明ら

かにした.また,平成 1 0年に北海道北部の羽幌町

で調査した伊藤らによると 1 0),疲れやすさが中学 3

年生の 4 9.5%,腹痛が 3 6.6%,頭痛が 3 7.3%だった.

自己申告制のアンケート調査結果では陽性率が高

くなりがちであるが,疲れやすさ,頭痛,腹痛と

いった症状を訴える子どもが年々増加し,次第に

地域差が目立たなくなってきたことが明らかにな

っている.

また日本の不登校児童生徒は,平成 2年度の小学

生0.0 9%,中学生 0.7 5%から,平成 1 0年度にはそれ

ぞれ 0.2 7%,1 .9 6%に増加し,不登校のきっかけと

して身体症状を理由として挙げていた例が 2 6.2%と

最も多かった 11).

このように疲れやすさ,頭痛,腹痛といった症

状を持つ子どもが増加し,場合によっては不登校

などに発展しているのが日本の現状である.しか

し,心身症でこれらの症状を訴える例が多いこと

は理解できるが,これらの症状がある例の何%が

心身症であるかを明らかにすることは容易ではな

図1.小児科外来を受診した 3歳以上の患者で心の健康問題による症状を呈

していた割合(平成11年10月の全国医療機関調査12))

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3. 小児の心身症の疫学 13

い.このため,筆者らは全国的な規模での心身症

の疫学調査を行った.

IV. 全国医療機関・学校一斉調査結果

心身症の増加に対して,養護教諭や校医の充実

やスクールカウンセラーの配置などが求められて

いるが,わが国における母数の明らかな全国的な

規模での心身症の疫学調査は行われていなかった.

このため,厚生科学研究「心身症,神経症等の実

態把握及び対策に関する研究」班では,平成 1 1年

1 0月に医療機関,学校を対象とした全国的な規模

の調査を行った 1 2).心身症の判定は,医療機関では

直接診察した医師が,学校調査では保健室を訪れ

た児童生徒の問題点を養護教諭が,アンケート用

紙にすべて記入し,筆者らが行った.

医療機関の調査は,平成11年10月18日(月曜日)

に全国の小児科学会認定医制度研修施設 5 6 5ヶ所の

小児科外来を受診した子どもすべてを対象とした.

回答率は 8 0 .4%で,調査日に受診した子どもは

3 6,3 7 8人(男子が 5 5.1%,女子が 4 4 .9%)であった.

このうち 3歳以上の患者は 1 2,7 1 9人であり,心身症

は7 4 0人,5.8%であった.心身症の割合は,図 1に

示すように年齢が進むにつれて増加し, 1 0歳を超

えると女子が男子を上回った.心身症のピークは,

男子が14歳で18.3%,女子が15歳で26.8%であった.

小・中学生に相当する 6~1 5歳7,1 8 7人に限定して

心身症の頻度を検討すると,586人,8.2%であった.

なお,2歳以下で心身症と判定された例は,ほとん

どいなかった.* 認定医制度研修病院:少なくとも小児科の常勤医が 3名以

上いる医療機関.

* 調査日の小児科外来受診者の内訳:一般診療が8 8%,専門

外来受診が15%,乳幼児健診が3%.

学校調査は,全国の小・中学校,高等学校から

無作為に 5%を抽出して行い,平成 1 1年1 0月1 8日

(月曜日)~ 2 2日(金曜日)に保健室を訪れたすべ

ての児童生徒を対象とした.小学校は1,2 0 8校中7 0 9

校(5 8.7%),中学校は 5 4 5校中3 3 0校(6 0.6%),高

等学校は 2 5 5校中1 8 5校(7 2.5%)から回答があり,

学校調査の回収率は 6 1.0%であった.調査した 5日

間に保健室を訪れた児童生徒は,小学生 2 0 2,7 6 0人

中 1 5,6 8 3人(7 .7%),中学生 1 2 0 ,8 5 8人中 1 2,4 8 8人

(1 0.3%),高校生1 3 8,9 9 7人中1 0,4 4 6人(7.5%)であ

った.保健室を訪れた児童生徒の 1 3.5%が心身症で

あった。学年別の結果を図 2に示す. T a k a t aらの

報告のように 13),学年が進むにつれて頻度は増加し,

学校種別が変更するといったん減少するという特

徴があった.学校種別で心身症の頻度を算出する

と,小学生は 1 2.6%(男子 1 1.1%,女子 1 3.7%),中

学生は 1 4.6%(男子 1 3 .9% ,女子 1 5 .4%),高校生は

図2.保健室を訪れた児童生徒のうち,心の健康問題を抱えていた割合

(平成11年10月全国学校調査 12))

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14

1 3.5%(男子1 2.5% ,女子1 4.3%)であった.家庭環境

や学業成績による検討までは,今回の調査で行な

うことはできなかった.

最後に,心身症で見られる症状について述べる.

医療機関,学校とも心身症と判断した子どもで,

だるい・疲れやすい,頭が痛い,お腹が痛い,吐

き気があるといった症状のオッズ比が高かった

(図 3参照).たとえば,心身症と判断された 1 2~

1 4歳で「だるい・疲れやすい」と訴えていたのが

6 6%と高率だったのに対し,心身症ではないと判

定された同年齢の子どもでは 2 8%に過ぎなかった.

睡眠の問題や対人関係の問題も,心身症と判断さ

れた1 2~1 4歳のそれぞれ 6 1 .6%, 4 3.6%に見られ,

心身症ではないと判定された子どもの 2~3倍の頻

度であった.

これに対し嘔吐や微熱は,心の健康問題の有無

による頻度の差はなかった.すなわち,吐き気は

心身症で多く見られるが,実際に吐くという症状

が長引いた時は,消化器系の疾患ばかりではなく,

脳腫瘍なども念頭においた診断の見直しが必要と

いうことである.* オッズ比(見込み):心の健康問題の有無を従属変数とし

て多変量ロジスティック解析をした.オッズ比が高いほど,

心の健康問題の出現頻度が高いことを示す.

文   献

1)日本心身医学会研修委員会.心身医学の新しい診療

方針.心身医学 1991;31:537-576.

2)Offord DR, Boyle MH, Szatmari P, et.al. Ontario childhealth study. Arch Gen Psychiatry 1987;44:832-836

3)Aro H, Paronen O, Aro S. Psychosomatic symptomsamong 14-16 year old Finn ish adolescents. SocPsychiatry 1987;22:171-176

4)Berntsson LT, Gustafsson J-E. Determinants ofpsychosomatic complaints in Swedish schoolchildrenaged seven to twelve years. Scand J Public Health2000;28:283-293

5)Eminson M, Benjamin S, Shortal l A, Woods T,Faragher B. Physical symptoms and illness attitudes inadolescents: an epidemiological study. J Child PsycholPsychiatry 1996;37:519-528

6)田中英高,Borrres M.公立小中学校児童生徒の身体

愁訴,精神愁訴の国際間比較 - N a z i s mが潜む日本

の教育下の子どもとスウェーデンの子どもの比較-.

平成 1 0年度(財)明治生命厚生事業団第 6 回健康文

化研究助成論文集 2000:73-81.

7)Goldberg ID, Roghmann KJ, Mclnerny TK, Burke JD.Mental health problems among children seen inpediatric practice: prevalence and management.Pediatrics 1984;73:278-293

8)Starfield B, Gross E, Wood M, et al. Psychosocial andpsychosomatic diagnoses in primary care of children.

図3.心の健康問題の有無で検討した各症状のオッズ比

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3. 小児の心身症の疫学 15

Pediatrics 1980;66:159-1679)久留一郎,餅原尚子,石原千草他.児童期・青年期

の精神的健康に関する心理学的研究(第 1 1報).鹿児

島大学教育学部研究紀要2001;52:173-22310)伊藤淳一,石井朋子,沖 潤一.小中学生の不定愁

訴に関する検討.日本小児科学会雑誌 2 0 0 0;1 0 4:

1019-102611)千賀悠子.X.子どもの行動問題.日本子ども資料年

鑑2001.名古屋:KTC中央出版,2001;327-36412)沖 潤一,衞籐  ,山縣然太朗.医療機関および

学校を対象として行なった心身症,神経症等の実態

調査のまとめ.日本小児科学会雑誌  2 0 0 1; 1 0 5 :

1317-132313)Takata Y. Research on psychosomatic complaints by

senior high school students in Tokyo and their relatedfactors. Psychiatry and Clinical Neurosciences2001;55:3-11

(沖 潤一)

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16

I. はじめに

-子どもの心の問題の発見のために-

子どもの心の問題を発見し理解するために,一

般の小児科外来で使用可能な方法として面接と心

理検査が挙げられる.小児科外来は急性疾患で混

雑していることが多いため,適切に面接や心理検

査を使いこなすことによって,問題の評価に必要

な情報を効率よく入手することができるだろう.

面接と心理検査の実施にあたって注意しなけれ

ばならないのは,情報提供者の選択である.子ど

も自身を情報提供者とする場合,情報の信頼性は

年齢や回答の状況によって異なる.低年齢の子ど

もが年齢不相応の内容を話す場合,本人の気持ち

ではなく,親の言葉をうのみにしてそのまま伝え

ていることもあるだろう.面接や心理検査による

情報が母子同室で得られたものか,保護者のみ,

もしくは本人のみから得られたものかによっても,

信頼性は異なる.心理検査に本人が記入したとし

ても母親が横から覗き込んでいた場合,本当の気

持ちを答えられないこともあるだろう.年少児の

場合,家族を主な情報提供者として選ぶことが多

いが,問題の根源が家族にある場合,問題の本質

を歪めて理解してしまうという危惧もある.家族

以外に担任や養護教諭など学校関係者の情報が重

要な場合もある.適切な情報提供者を探すにあた

り,主観性を重視すべき問題なのか客観的情報の

方がふさわしい問題なのかを考える必要がある.

複数の情報提供者から寄せられた情報に食い違

いが見られる場合にどう対処するかは,問題の質

を考えながら情報の内容を吟味する.また,学校

と家庭で様子が別人のように振舞う児の場合,情

報提供者によって内容が異なるという事自体が重

要な情報であろう.

II. 面接と心理検査との施行上の注意

面接と心理検査のいずれもなるべく落ち着いた

静かな環境で,患児と医師の双方ともに時間に余

裕を持って実施するのが望ましい.

面接は言葉だけではなく,表情,仕草や話す様

子などすべてが情報となるが,忙しい一般外来で

子どもの心の問題を評価する方法として,面接

と心理検査が挙げられる.面接は子どもの年齢と

相談の内容に応じて,個人面接か親子面接か,ま

た非構造化面接か構造化面接かを使い分ける.面

接には特別な道具が要らずそれ自体が治療にもな

るが,いくつかのテクニックとルールを習熟する

必要がある.心理検査には,発達検査,知能検査,

性格検査,精神作業検査があり,実施および解釈

の方法と難易度はさまざまである.面接と心理検

査の長所と限界を知ったうえで,診療機関の特性

と患児の利便性を考え,それらを組み合わせて実

施することが望ましい.

診断面接,心理検査,発達検査,質問紙法,情報提供者

小児の面接と心理検査

キーワード

4

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は時間がかかりすぎ,また年少児の場合,十分に

言語化が出来ないため,難しい.また当然のこと

ながら,緘黙の子どもや緊張の高い子どもには,

かえって負担をかけることになる.

心理検査は,定められた使用方法にのっとって

使用すると短時間でより多くの情報を得ることが

できるが,反面,検査を受ける子どもに精神面や

経済面で負担をかけることになる.また,精神分

裂病などにより混乱の著しい子どもには避けるべ

きである.さらに心理検査で子どもの心のすべて

を評価できるわけではないため,過信は禁物であ

る.

I II. 面接

面接には個人面接,親子面接,家族合同面接な

どがあり,子どもの年齢と問題に応じて適切な方

法を選択する.一般的には,家族歴,既往歴,発

達歴や現在までの治療歴,学校や家庭における行

動上の問題については,家族の方が正確な情報を

提供してくれるが,不安や抑うつといった内面的

な問題や秘密の反社会的行為については子どもの

報告が正確である.実際に親のみ,子どものみの

面接を行うと,子どもは往々にして親に聞かれた

くない秘密を持っており,親も嫁姑や夫婦関係の

トラブルは子どもの前では話せないというような

ことがある.

面接の方法には,構造化面接と非構造化面接が

ある.構造化面接とは,確認すべき内容・項目が

明示され,その手順にのっとって行われる方法で

ある.構造化面接では質問が厳密に設定されてい

るが,面接項目を設定していながら状況に合わせ

て面接者が臨機応変に対応するのが半構造化面接

である.これに対して,面接方法や項目に指定が

なく,自由に面接を進めるのが非構造化面接であ

る.構造化面接には診断に対して必要な情報を聞

き漏らさないという利点があるが,設定以外の重

要な情報を聞き漏らす恐れがある.非構造化面接

は構造化面接の設問にないような重要な情報を得

ることができるが,ともすれば漫然と話を聞いて

しまいがちになる.診察室のスペースや時間の配

分を考慮し,表 1に挙げた項目について,聞き漏ら

しのないよう自らのスタイルを検討しておく.

IV. 心理検査の概要

心理検査には発達検査,知能検査,性格検査,

精神作業検査がある.それぞれの目的によって選

ぶ検査が異なるため,目的(スクリーニングなの

か診断なのか,症状の程度を調べるのか,人格の

傾向を知りたいのかなど)を明確にし,目的にあ

った検査方法を選択する.何を見ているのか,結

果からいえることはどういうことなのかは,患者

側に結果を伝える際にも明確にしなくてはならな

い.

目的の次に年齢と難易度とを検討する.子ども

の年齢や発達の程度により,使用できる検査は異

なる.難易度についても,実施や評価の方法が簡

便なものから,専門家による評価を要する複雑な

ものまである.一般的に心身症臨床で用いられる

性格検査の中には,評価が簡単な質問紙法とやや

複雑で専門的知識が必要な投影法とがある.一般

小児科医が専門機関への紹介を考慮する場合や特

に心理治療的効果を期待しない場合は,前者の質

問紙法が適当と考えられる.後者には樹木画テス

ト(バウムテスト:「実のなる木」を描いてもら

い,幹や枝の広がり方などから自我や外界との関

4. 小児の面接と心理検査 17

1.主要症状と現病歴・症状出現時の状況

・症状に対する子どもの親の態度

・症状が増悪,軽減する状況

・今までに受けた治療

2.既往歴・発達歴・周産期の状況

・幼児期の問題,健診における問題

・発達の状況

・内科的既往歴

・精神科的既往歴

3.家族歴・身体疾患

・精神疾患

4.心理社会的問題・家族関係,兄弟関係

・集団生活における問題

・その他のストレス要因

表1.面接にあたって聴取すべき項目

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わり方を評価する),文章完成テスト(S C T:未完

成の短い言葉を呈示してそれに続く文章を完成さ

せ,書かれた内容を検討する),絵画欲求不満テス

ト(P - Fスタディ:日常生活でよく見られる欲求不

満場面を描いた絵で構成され,絵中の人物の対話

の空白部を記述させてその対応を分類する)など

がある.

その他に一般小児科医が知っておくべき心理検

査として,患児の知的レベルを知る発達検査の概

要を理解しておく必要があるだろう.

V. 代表的な質問紙法心理検査

表2に代表的な質問紙法心理検査の目的と特徴を

示す.これらの心理検査の多くは,実施や採点が

しやすいように複写式の用紙で市販されており,

特別なトレーニングを受けなくても手引書を読む

ことにより比較的施行しやすくなっている.市販

の心理検査はコピー使用ができないので,市販元

に連絡して取り寄せる(連絡先は後述).

実施に際しては,適応範囲と実施のルールを守

ることが必要である.臨床面で犯しやすい誤用と

しては,子どもが回答すべき質問を親に回答して

もらう,子どもの回答にいちいち親が口をはさむ,

といったことがある.この場合親から見た子ども

を評価していることになるため,医師や看護師が

実施のルールを守らせるよう注意する.以下に目

的別に簡略な紹介をする.

1.スクリーニング

①Pediatric Symptom Checklist(PSC)1-3)(表3)

米国で心理社会的問題を持つ小児のスクリーニ

ングを目的として開発された, 3 5項目からなる検

査法である.外来の待合室で親に記入(回答)を

求めるため,質問が理解しやすい短文で構成され

ていることと,質問内容が身体・精神症状に加え

て,友人関係,学校生活など学童の日常生活全般

にわたることが,この検査の特徴である.P S C日本

語版(表 3)は筆者らが開発し,「全くなし」,

「時々ある」,「しばしばある」の各回答に対して

0,1,2点を加算して合計点で 1 7点以上の者を「心理

社会的問題あり」と判定する 3).

2.不安の強さと種類の評価

①State-Trait Anxiety Inventory (STAI)4,5)

不安を状態不安(State anxety)と特性不安

(Trait anxiety)に分けて評価する.ここで状態不

安とは,人が有害なものと判断した時に短時間に

誘発される不安,「いま」ある不安のことであり,

一方特性不安とは,人格ともいうべき生来持って

いる不安,「いつも」ある不安のことである.市販

目 的

スクリーニング

(早期発見)

不安尺度

うつ症状

情緒と行動

性格傾向

自我状態の分析

心理検査名

PSC

STAI

MAS

CMAS

SDS

CBCL

YG性格検査

ANエゴグラム

適応年齢

6~15歳

中学生以上

16歳以上

小学4年~中学3年

質問文を読解可能

なもの

2~18歳

小学2年以上

小学1年~高校2年

回答者

子ども

子ども

子ども

子ども

子ども

子ども

特 徴

子供の日常生活全般から心理社会的問

題をスクリーニングする.

不安を「状態不安」と「特性不安」に

分けて,5段階で評価する.

不安を,5段階で評価する.

不安を,5段階で評価する.

MASを子ども向きに翻案したもの.

うつ症状を3段階評価する.

身体,不安・抑うつなど 9つの領域に

ついて評価される.

抑うつ性,活動性など 1 2の性格特性

に関する質問からなる.

交流分析の理論に基づき, 5つの自我

状態を分析する.

発行所・連絡先

文献 参照

三京房

三京房

三京房

三京房

文献 参照

日本心理テスト研究所

千葉テストセンター

表2.簡便な質問紙法心理検査の目的と特徴

Page 25: 「子どもの心の健康問題 ハンドブック」rhino.med.yamanashi.ac.jp/sukoyaka/pdf/sinsin.pdf「子どもの心の健康問題 ハンドブック」について 本冊子「子どもの心の健康問題

4. 小児の面接と心理検査 19

されている検査用紙は,「気が落ちついている」,

「安心している」といった 4 0問から構成され,それ

ぞれの質問について不安の程度を 4段階で自記式で

回答する.合計点は,男女ごとに,特性もしくは

状態不安別に,それぞれ「非常に低い」~「非常

に高い」の5段階で評価される.

②Manifest Anxiety Scale;

顕在性不安検査 (MAS)6,7)

PSC日本語版健康調査票

お子さんの状態について最もよく合っていると思う所に印( )をつけて下さい.

全くない 時々ある しばしばある1 何らかの体の痛みを訴える ____ ____ ____

2 一人で過ごすことが多い ____ ____ ____

3 疲れやすい,あまり元気がない ____ ____ ____

4 そわそわして,じっと坐っていられない ____ ____ ____

5 先生とトラブルがある ____ ____ ____

6 学校にあまり興味がない ____ ____ ____

7 まるで "モーターで駆られるように"ふるまう ____ ____ ____

8 空想にふけることが多い ____ ____ ____

9 気が散りやすい ____ ____ ____

10 新しい状況をこわがる ____ ____ ____

11 悲しい,幸せでないと思う ____ ____ ____

12 いらいらしたり,怒ったりする ____ ____ ____

13 希望がないように見える ____ ____ ____

14 一つのことに集中できない ____ ____ ____

15 友達と遊びたがらない ____ ____ ____

16 他の子供達と喧嘩をする ____ ____ ____

17 学校を休む ____ ____ ____

18 学校の成績が悪くなっている ____ ____ ____

19 自分を卑下する ____ ____ ____

20 (体調の不調を訴え)診察してもらっても

どこも悪い所はないと言われる ____ ____ ____

21 よく眠れない ____ ____ ____

22 心配性である ____ ____ ____

23 以前と比べて親と一緒にいたがる ____ ____ ____

24 自分は悪い子だと思っている ____ ____ ____

25 必要がないのに危険なことをする ____ ____ ____

26 よくケガをする ____ ____ ____

27 あまり楽しそうに見えない ____ ____ ____

28 自分の年齢よりも幼稚にふるまう ____ ____ ____

29 規則を守らない ____ ____ ____

30 気持ちを表さない ____ ____ ____

31 他の人の気持ちを理解しない ____ ____ ____

32 他の人をからかう ____ ____ ____

33 都合の悪いことを人のせいにする ____ ____ ____

34 他人の物をとる ____ ____ ____

35 物を分けあうのをいやがる ____ ____ ____

表3.PSC日本語版

Page 26: 「子どもの心の健康問題 ハンドブック」rhino.med.yamanashi.ac.jp/sukoyaka/pdf/sinsin.pdf「子どもの心の健康問題 ハンドブック」について 本冊子「子どもの心の健康問題

20

M A Sで評価する不安は,前述の S T A Iでいうと

ころの特性不安である.邦訳版では, 5 0問の不安

項目に 1 5問の虚構性項目が加えられており,回答

の信頼性や妥当性も評価することが可能である.

市販の用紙の説明にしたがって各質問項目に対し,

「そう」「ちがう」の欄に○や×を自記式で記入す

る.男女別,年齢別に「不安あり」「高度の不安」

に分けて評価することができる.

③Children's Manifest Anxiety Scale;

児童顕在性不安検査 (CMAS)8,9)

M A Sを児童向きに翻案した検査である.「何をや

っても集中できず気が散りやすい」,「ときどき胸

がどきどきすることがある」といった 4 2問からな

る不安測定項目のほかに,虚構性項目( 1 1問)を

含む全 5 3項目からなり,回答の信頼性,妥当性を

評価することができる.回答は「はい」「いいえ」

「わからない」の中から一つを選んでそれぞれ○

や×を自記式で記入する.合計数により,不安の

程度をI:非常に低い不安,Ⅱ:低い不安,Ⅲ:

正常,Ⅳ:高い不安,Ⅴ:非常に高い不安の 5段階

に分けて評価する.

3.抑うつ症状の評価

①Self-rating Depression Scale;

自己評価式抑うつ尺度(SDS)10,11)

日常生活や気分に関する 2 0問の質問から構成さ

れる.「気分が沈んで憂うつである」,「一日のうち

で朝がもっとも気分がよい」といった質問に対し

て「ないかたまに」「ときどき」「かなりのあいだ」

「ほとんどいつも」の 4段階で自記式で回答する.

S D Sは本来成人を対象とする検査であるが,小児

でも質問文の意味を読解可能であれば実施可能と

される.一問ごとの回答に 1~4点が配点され,成

人では合計得点が 4 0点代の場合には「軽度抑うつ

性あり」,5 0点以上の場合には「中等級抑うつ性あ

り」と判定することが多いが 1 2),小児における判定

基準は確立されていない.

4.情緒と行動

①Child Behavior Checklist (CBCL) 13-15)

小児の精神,情緒,行動の障害を総合的に評価

するスケールであり,国内外で非常に評価が高い.

男女別,年齢別に「身体症状」「不安/抑うつ」「社

会性障害」「攻撃的性格」など 9つの領域に分けて

評価が行われるが,質問が 1 1 8項目と長いのが難点

である.

5.性格傾向

①矢田部・ギルフォード性格検査(YGテスト)16)

「抑うつ性」,「回帰性」,「劣等感」など性格特性

の1 2の尺度から性格の傾向を見るものである.回

答から各系統値を算出しプロフィール用紙に記入

し,区画内の尺度の数を数え,性格傾向を判定す

る.

6.自我状態の分析

①ANエゴグラム 17)

交流分析理論に基づき,心のあり方を 5つの自我

(批判的な親,養育的な親,大人,自由な子ども,

適応的な子ども)に分けて捉える.「わたしは,す

なおである」,「わたしは,いいたいもんくがいっ

ぱいある」などの質問に対する回答を 5つの自我別

にグラフ化し,どの自我が優位である,どの自我

状態が極端に低いなど,自我状態のありかたを分

析する.

VI. 発達・知能検査

運動面,言語面,社会面などの側面から子ども

の発達の程度を捉えたり,知的レベルを評価した

りするものである.なんらかの問題が発生して,

心の問題を疑われながらも原因は発達の遅れであ

ったり,不登校や集団不適応の原因の 1つとして発

達上の問題が隠されていたりすることがあるため,

心の問題が疑われる子どもを診察する際には,常

に発達の状態の推測を念頭におかねばならない.

代表的なものとして,「津守・稲毛式乳幼児精神発

達診断法」,「新版京都児童院発達検査(新版K式発

達検査)」,「ウェクスラー(Wechsler)式知能検査」

などがある.

「ウェクスラー式知能検査」には適応年齢別に

W P P S I(Wechsler Preschool and Primary Scale

for Intelligence)(3歳1 0ヶ月~7歳1ヶ月),W I S C

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4. 小児の面接と心理検査 21

(Wechsler Intelligence Scale for Children)(5歳

~ 1 6歳 1 1ヶ 月 ), W A I S( Wechsler Adult

Intelligence Scale)(1 6歳~7 4歳)がある.一般

小児科外来でこれらの検査を実施することは少な

いため詳細は他書に譲るが,一般小児科医に必要

な知識として「W I S C -Ⅲ」の結果の概要と留意点に

ついて述べる.

W I S C -Ⅲでは「絵画完成」や「単語」などの 1 3

の下位項目の課題から,知能水準を測定して平均

を1 0 0とする指数で表わす 1 8).全検査による知能指

数(F I Q)に加え,言語で答える課題による言語性

I Q(V I Q),動作で答える課題による動作性 I Q

(P I Q)がある.さらに,言語理解(V C),知覚統

合(P O),注意記憶(F D),処理速度(P S)の4つ

の群指数も得られる.知的水準は,I Q6 9以下が精

神遅滞,7 0~7 9が境界線である.W I S C -Ⅲの結果

から,①全般的な知能水準,②指数の不均衡で表

わされる発達の偏りの有無が分かる.心身症状の

ある子どもを担当する一般小児科医にとって,症

状の基盤に①発達遅滞があるか,②発達の偏りや

発達障害があるかを推察する手立てとなるだろう.

V II. 結果のフィードバック

面接や心理検査で問題の評価を行った場合は,

基本的にその結果を患者側にフィードバックする.

子どもと親に一緒に伝えるか別々に伝えるかは,

個々の事情によって異なる.結果に沿ってどのよ

うな治療プログラムがあるのか,その選択のプロ

セスにも参加させる.子どもが自ら治療参加する

ことは非常に重要であると考える.なぜなら,治

療に対するモチベーションの有無が効果を決定す

る大きな因子になるからである.また専門機関に

紹介する場合も,「紹介状に書いてあるから説明を

省く」といったことは避け,結果の説明を心がけ

る.

V I II. まとめ

子どもの心の問題を評価するにあたっては面接

と心理検査が有用である.しかしそのいずれにせ

よ,限られた面しか評価できない.心の問題の評

価はその子どもの発達段階と得手不得手を考え,

子どもの負担にならないよう熟慮しながら何種類

かの方法を組み合わせて行うことが必要である.

文   献

1)Jellinek MS, Murphy M, Burns BJ. Brief psychologicalscreening in out-patient pediatric practice. J Pediatr1986;109:371-378.

2)石崎優子,深井善光,小林陽之助.米国マサチュー

セッツ総合病院 J e l l i n e k らの開発した P e d i a t r i cSymptom Checklistの日本語版の作成-小児心身症早

期発見のために-.日本小児科学会雑誌  1 9 9 7 ;

101:1679-1685.

3)石崎優子,深井善光,小林陽之助他. P e d i a t r i cSymptom Checklist日本語版のカットオフ値.日本小

児科学会雑誌 2000;104:831-840.

4)Spielberger CD. Theory and research on anxiety. InC.D. Spielberger (ed.). Anxiety and behavior. NewYork:Academic Press,1966.

5)水口公信,下中順子,中里克治著.日本版 S T A I 使用

手引.京都:三京房,1991.

6)Taylor JA. A personality scale of manifest anxiety.Journal of Abnormal & Social Psychology 1953;48:285-290.

7)Taylor JA, 阿部満洲,高石昇著.日本語版MMPI顕在

性不安検査使用手引.京都:三京房,1985.

8)Castaneda A, McCandless BR, Palermo DS. Thechildren's form of the mani-fest anxiety scale. ChildDev. 1956;27:317-326.

9)坂本龍生著.日本版児童顕在性不安検査 C M A S 使用

W I S C -Ⅲでは知能水準を測定して平均を 1 0 0とする指

数で表す.全検査による知能指数(F I Q),言語で答える

課題による言語性 I Q(V I Q),動作で答える課題による

動作性 I Q(P I Q)がある.「心の問題がある」とみなさ

れる子どもの中には,知能の低さが集団不適応の原因と

なったり二次的な心身症状を引き起こしている場合があ

るため,診察で知的レベルに問題があると感じた場合は,

WISC-Ⅲを実施することを勧める.

また言語性と動作性の間および指数間の不均衡で発達

の偏りの有無も分かる.「学習障害」では正常知能(全

検査 I Q =8 0以上)でありながら,言語性 I Q と動作性 I Q

の差が大きい場合がある.また注意欠陥/多動性障害で

は「注意記憶」の指数が低い場合などがあり,これらの

問題が背後にある場合,発見のきっかけにもなる.

「WISC-Ⅲ」からわかることコラム

Page 28: 「子どもの心の健康問題 ハンドブック」rhino.med.yamanashi.ac.jp/sukoyaka/pdf/sinsin.pdf「子どもの心の健康問題 ハンドブック」について 本冊子「子どもの心の健康問題

22

手引.京都:三京房,1989.

10)Zung WWK. Self-rating depression scale. Arch GenPsychiatry 1965;12;63-70.

11)福田一彦,小林重雄著.日本語版 S D S使用手引.京

都:三京房,1983.

12)桂 戴作.心身症(ならびに近似疾患)の診断法 I I,桂 戴作.やさしい心身症(ストレス病)の診かた.

第1版.東京:チーム医療,1986:39-138.

13)Ackenbach TM, Edelbrock CS. Manual for theBehavior Problem Checklist and Revised BehaviorProfi le. Vermont:University Associates inPsychiatry,1983.

14)中田洋二郎,上林靖子,福井知美他.幼児の行動チ

ェックリスト( C B C L / 2 - 3)の日本語版作成の試み.

小児の精神と神経 1999;39:305-316.15)中田洋二郎,上林靖子,福井知美他.幼児の行動チ

ェックリスト(C B C L / 2 - 3)の標準化の試み.小児の

精神と神経 1999;39:317-322.

16)辻岡美延著.新性格検査Y - G性格検査実施応用研究手

引.東京:日本心理テスト研究所,1979.

17)赤坂 徹,根津 進.エゴグラムの小児科領域にお

ける標準化とその応用.心身医学  1 9 8 5: 2 5; 3 6 -44.

18)Wechsler D 著.日本版 W I S C -Ⅲ刊行委員会訳編著.

日本語版WISC-Ⅲ知能検査法.東京:日本文化科学社,

1998.

心理検査の入手先(電話番号)

三京房       :075-561-7771日本心理テスト研究所:06-6393-3902千葉テストセンター :03-3399-0194*これらの出版元に直接連絡をするか心理検査を取り扱う

卸業者より購入する方法がある.

(石崎 優子)

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23

I. はじめに

一般小児科外来において心身症を診療する機会

は多い1).子どもは心身の相関が強く,何らかの要

因で心に緊張と不安や葛藤が生じると,身体症状

や行動の問題が現れやすい.身体症状や問題の出

現には,年齢による特徴がある.各年齢による特

徴的疾患群を表 1に示す2-5).これらの多くは予後

が良好で,基本的な心身医学的知識に基づいて対

応すれば,解決できるものが多い.

II. 一般小児科医が心身症患児に対応する際

の心得

小児の心身症は助けを求めるサインであり,す

べてに救急の対応が必要である.夜間など診療時

間外に対応を求められることが多い.「またなの,

困ったねえ」「どこも異常ない,気の持ちようだ」

などと言わず,面倒がらず,優しく丁寧に診てい

ただきたい.外来で慎むべき『べからず』集を表 2

に示す.子どもには,「頑張ったね,無理してはだ

めだよ」「先生はいつでも,あなたの味方だよ」な

どの言葉をかけ,緊張と不安を取り除き,信頼関

係を築くよう努力する.また,家族全員を治療の

場に引き込み,「お母さんのせいではありませんよ」

と母を擁護し,決して誰をも責めないことが大切

である.

I II. 初期対応の方法とその限界

1.乳児期・幼児期前半(3歳未満)

1)親の不安を取り除く

特別なことが起こったのではないことを伝える.

不適切な環境や親の不安が,乳幼児特有の心身症

を引き起こすことがある.いつでも,どんな内容

でも相談に乗り,診察することを約束し,連絡方

法などを具体的に教えておくことが望ましい.夜

一般小児科医が子どもと家族を援助する時の具体

的方法を略述した.小児の心身症は助けを求めるサ

インであり,救急対応が必要である.年齢により症

状や問題の出現に特徴がある.心身症の子どもは緊

張と不安が強く,葛藤が生じている.初期対応で最

も重要なことは,優しく丁寧に接し身体的苦痛を速

やかに除去し,安心感を与え共感的に対応し,信頼

関係を築くことである.カウンセリングでは,決し

て責めたり批判したりせず受容的に対応する.子ど

もの自発的意思を尊重し,誉めることで意欲を高め,

約束することで行動を促す.

また小児科医は、1 5歳未満の小児心身症および神

経症の入院中以外の患者にカウンセリングした場

合,小児特定疾患カウンセリング料が月 1回 1年間

を限度に算定できる.医師自らが検査および結果処

理を行った場合のみ,心理検査も加算できる.今後,

時間と労力に見合う診療報酬改正が行われることを

期待する.

小児心身症,初期対応,カウンセリング,保険診療,緊張と不安,安心

と信頼,受容と共感

一般小児科医における心身症診療

キーワード

5

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24

間や休日など対応が困難な場合は,夜間・休日救

急センター等の利用方法を教え,紹介状を渡して

おくとよい.

2)解決方法を親とともに考える

なぜその症状が起こったのかを考えさせる.恐

怖体験,不安,不快を感じた時に症状を示すこと

が多いことを説明し,それらの原因となった出来

事を親とともに推測し,解決方法を考え,気づか

せることが重要である.いきなり原因と思われる

ことを指摘し解決方法を指示してしまうと,親が

自信を失い,育児不安を助長させる危険性がある.

3)具体的対応法・治療法

この時期の心身症には,夜驚症や夜泣きのよう

に,我慢強く対処することが主体で問題解決に薬

物治療を必要としないものが多い.しかし便秘や

下痢では,症状を速やかに取り除くことが子ども

と親にとって重要である.詳細は,それぞれの疾

患の治療指針を参考にしていただきたい.

2.幼児期後半(3歳から就学前)

1)しつけや子どもへの接し方を見直す

この時期は,トイレットトレーニングやしつけ

と関連した症状が多く,消化器系や泌尿器系の症

状が現れやすい.たとえば,厳しすぎるしつけや,

弟・妹の誕生で兄や姉としての行動を過剰に期待

することにより,子どもの心に緊張が生じる.同

胞に母を奪われたと感じ,競い合う気持ちが起こ

ると不安や葛藤が生じる.親の態度が威圧的で拒

乳児期

吐乳

夜泣き

食欲がない

(飲まない・食べない)症状および疾患

幼児期前半

人見知りが強い

親から離れない

夜驚

臍疝痛

憤怒けいれん

便秘

下痢

異食症

心因性嘔吐

呑気症

幼児期後半

周期性嘔吐症

反復性腹痛

心因性頻尿

昼間遺尿

遺糞症

吃音

緘黙

爪かみ

指しゃぶり

性器いじり

学童期

チック

心因性発熱

起立調節障害

気管支喘息

心因性咳嗽

胃・十二指腸潰瘍

過敏性腸症候群

めまい

反復性頭痛

心因性視力障害

抜毛症

夜尿症

転換ヒステリー反応

思春期

過換気症候群

神経性食欲不振症

過食症

月経前症候群

月経痛

転換ヒステリー反応

表1.年齢段階による症状および疾患

ことば

どこも悪くありません.

こころの病気です.

小さい時の育て方が悪かった.

お母さんが変わらなければ.

これくらい我慢しなさい.

みんな頑張っているのよ.

態 度

矢継ぎ早の質問

せっせとカルテ

にメモをとる

時間を気にする

表2.べからず(慎むべき言葉・態度)集

1.医師として

ことば

またなの.

うそつき.

我慢しなさい.

怠け者.

勝手にしなさい.

あんたなんかお母さんの子じゃない.

出て行け,死んでしまえ.

ごはん食べさせないよ.

大嫌い.

態 度

困惑

疑念

失望

面倒くさい

イライラ,セカセカ

指示的

威圧的

暴力

2.両親として

ことば

時間がない.

生徒は君一人じゃない.

落第.

頑張りなさい.

規則だから.

家庭に原因.

態 度

支配的

性急的

3.教師として

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5. 一般小児科医における心身症診療 25

否的な場合,分離不安を示す.不当な要求でなけ

ればわがままも受け入れてあげること,反抗する

ことは成長の証であることを説明する.

2)具体的対応法・治療法

「ああしなさい,こうしなさい」とやたらに指示

したり,「あれもだめ,これもだめ」と禁止したり

せず,まず思い通りやらせてみる.できた場合は

「すごいねよくできたね」「さすがお兄ちゃんね」

「偉いね」「よくがんばったね」と誉め,うまくで

きなかった場合は「残念だったね」「辛かったね」

と共感・理解を示す.この時期の症状は反復した

り長期化したりする傾向にあるが,決して困った

表情や厳しい態度はとらず,根気強く優しく接す

るよう指導する.

疾患別の対応では,周期性嘔吐症では速やかに

輸液を行う.反復性腹痛や心因性頻尿では,症状

発現時にその都度対症療法としての薬物療法を行

う.遺糞症では浣腸など必要な処置を行う.その

際に注意すべきことは,浣腸のように子どもが不

快感や痛みをともなう「嫌なこと」は決して自宅

で母親にさせず,受診させて行うよう心がける.

3.学童期

1)不登校との鑑別と対応

種々の不定愁訴は,不登校の初期症状として現

れることが多いため,注意が必要である.最も重

3才未満

3才以上6才未満

6才以上15才未満

初診月・初診日 452 710 1,162初診月・再診日 100 52 280 432初診月 計 1,594継続(再診月)・再診日 100 5 52 710 867継続(再診月)・再診日 94 52 280 426継続月 計 1,293初診月・初診日 322 710 1,032初診月・再診日 92 52 280 424初診月 計 1,456継続(再診月)・再診 92 5 52 710 859継続(再診月)・再診 86 52 280 418継続月 計 1,277初診月・初診日 250 710 960初診月・再診日 65 52 280 397初診月 計 1,357継続(再診月)・再診 65 5 52 710 832継続(再診月)・再診 59 52 280 391継続月 計 1,223初診月・初診日 250 110 360初診月・再診日 65 280 80 425初診月 計 785継続(再診月)・再診 65 5 80 150継続(再診月)・再診 59 280 80 419継続月 計 569

表3.一般小児科外来における小児心身症の保険請求例

心身医学療法

心理検査

小児特定疾患

カウンセリング

外来管理加算

再診継続管理加算

再診料

初診料

15才以上

(点)

(1/月)

(1/月)

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要なことは,治療者として子どもに安心を与える

ことである.登校を強く拒否する時には,過剰な

登校刺激をせず思う存分休ませるよう,保護者や

教師に説明する.よい初期対応が行われると,子

どもは親や教師を信頼し,問題解決への援助を求

めるようになる.これらの初期対応の過程では,

種々の関連機関との連携が必要である.

2)緊張と不安を取り除く

学校での長時間の着席や周囲の期待や励ましな

どによる緊張と不安,集団不適応,あるいはいじ

め,学業の過重などが引き金となって,行動の問

題や習癖,自律神経症状が引き起こされることが

多いのが特徴である.決して子どもが弱いわけで

はない.無理に励まさず,ゆとりを持って接し,

優しく指導する.

3)具体的対応法・治療法

a.カウンセリング

低学年では言語化が十分にできないことが多い

ため,親への説明と指導が主となる.子どもに対

して「先生はいつでもあなたの味方だ」というこ

とを強調し,子どもの示す状態に理解を示し,訴

えをよく聴くことが重要である.是正することが

望ましい点については決して非難せず,「この次は

こんな風にやれるかな」「約束しよう」と持ちかけ

る.

b.指導と援助

子どもに自主的に計画を立てさせ,基本的生活

習慣を確立させる.担任教師や同級生に学校での

様子を尋ね,対人関係などを考察する.低学年で

は集団不適応も多いため,本人の同意を得て好き

な同級生を自宅に招待したり,お節介にならない

よう注意しながら親や教師が友達作りを手伝うよ

うに指導する.学業が負担となっている場合は,

親が宿題を手伝ったり,学業以外で得意なことや

その子の持つよさを認め,それを誉めて自信を持

たせ,自己評価を高める.過剰な期待や励ましは

むしろ悪影響をおよぼすだけであるため,慎むよ

うに説得する.子どもが自発的に表した計画・判

断や意志・意欲には,「それでいいよ,やってみよ

うね」と同意を示し行動を保証する.

c.薬物療法

学童期の反復性腹痛は,胃炎や胃・十二指腸潰

瘍であることも多いため,胃粘膜保護剤や抗潰瘍

剤を使用して効果をみる.対症療法による苦痛の

除去・軽減は信頼関係を築くうえでも是非必要で

ある.

4.思春期

思春期になると,一般小児科外来では対応困難,

解決困難なものもある.思春期の特性やパーソナ

リティーを理解する必要があり,心理検査や精神

科的診断(うつ病,人格障害との鑑別)および治

療が必要なものもある.専門医と連携して対応す

るのが望ましく,治療法の選択と決定は専門医に

任せる.

1)具体的対応法・治療法

過換気症候群では,医師をはじめ周囲の者が過

剰に反応すると,疾病利得を助長する可能性があ

る.ペーパーバッグによる対処を指導し,周囲に

は生命に係わることはないので落ち着いてペーパ

ーバッグ法(各論参照)を行うよう教えておく.

神経性食欲不振症では,患児に病識がないこと

が多い。拒食を批判したり,ここまでなぜ放置し

ていたのかと家族を責めてはならない.患児のボ

ディイメージを受け入れ,「太らないように栄養バ

ランスが壊れたところを治す」と説明すると,治

療の同意が得やすい.

I V. 保険診療

一般小児科外来における小児心身症診療での保

険請求の例を表 3に示す.診療報酬改定ごとに変更

箇所を確認し,点数を改正していただきたい.小

児特定疾患カウンセリング料(7 1 0点)は,小児科

を標榜する保険医療機関において,小児科を担当

する医師が, 1 5歳未満の喘息,周期性嘔吐症,自

閉症,登校拒否等の小児心身症および神経症の患

者であって入院中以外の者に対し,療養上必要な

カウンセリングを同一月内に 1回以上行った場合

に,第1回目のカウンセリングを行った日に算定す

ることが出来る.しかし、開始から 1年が限度であ

る.また,小児科を標榜する保険医療機関のうち,

26

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5. 一般小児科医における心身症診療 27

他の診療科を併せ標榜する者にあっては,小児科の

みを専任する医師が本カウンセリングを行った場合

に限り算定するものであり,同一医師が当該保険医

療機関が標榜する他の診療科を併せ担当している場

合は算定できない.ただし,アレルギー科を併せ担

当している場合はその限りではないとある.1 5歳以

上では心身医学療法で請求する.その他,医師自ら

が検査および結果処理を行った場合のみ,心理検査

も加算できる.遠城寺式乳幼児分析的発達検査など

操作が容易なものをおおむね 4 0分以上かけて行っ

た場合は 1 3 5点を,W I S C - R知能検査など操作が複

雑なものをおおむね 1時間以上かけて行った場合は

2 8 0点を加算できる6).今後医療法改正にともない,

保険診療も変わることが予測される.時間と労力

に見合った報酬を期待する.

V. おわりに

子どもの診療には心身医学的配慮を常に求めら

れており,ある程度の経験を持つ小児科医は,心

身症診療の素養は出来ていると考えられる.しか

し初めのうちは時間がかかり,種々の配慮を必要

とする小児の心身症の診療は敬遠されがちである.

子どもの心の問題は,時間をかけ,優しさと誠意

をもって取り組めば,解決することが多い.専門

医と相談しながら積極的に対応し,一般小児科医

が子どもと家族を援助できることが望ましい.

文   献

1)山下文雄編.小児科MOOK No.60子どもの心の問題.

東京:金原出版,1991: 1-57.

2)吾郷晋浩,生野照子,赤坂徹編.小児心身症とその

関連疾患.第1版.東京:医学書院,1992:33-35.

3)高木俊一郎.小児心身症の発症機序とその特徴,小

児の心身症.小児内科 V o l . 2 3 臨時増刊号 1 9 9 1:6 -11.

4)村山隆志.年齢層別にみた小児の心身症の特徴.小

児内科 1999;31:653-659.

5)冨田和巳.子どもの心身症.小児科臨床  2 0 0 1 ;

54:1171-1180.

6)社会保険研究所編.社会保険・老人保健診療報酬医

科点数表の解釈.平成 1 4年 4月版.東京:社会保険

研究所,2000 :120-121,341-342.

(藤本 保)

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28

I. はじめに

今回のハンドブックの目的が「一般小児科医,

小児科医を専門としない校医などの臨床に役立つ

ものをつくる」という大前提に立っており,私に

与えられたテーマを再考すると,すでに多くの著

書 1-3)で見られる,純粋な心身症専門機関だけの話

でまとめると,大都市近辺ではなく,日本全国で

子どもの問題に携わっている多くの先生方にとっ

ては「大都市近辺は良いな.この近くでは何もで

きない.」というつぶやきに終わる可能性が高い.

そこで,各機関の各論は本章「各種の関連機関と

の連携」のそれぞれの先生にお願いし,それらの

機関をどのような問題の時に,どのように利用し

たらよいのかという点につき触れ,これらをうま

く機能させるための今後の検討課題について述べ

ることにする.

II. 子どもや養育者が助けを必要とする問題

地域の開業医の診療所では,子どもや養育者は

どのような時,専門機関を必要とするのであろう

か.すべてを挙げることはできないため,ポイン

トのみ示す.

この項では,子どもの心身症診療のうえで連携

して対応することが多い関連機関と,そのアクセ

ス方法について述べる.

本来,関連諸機関ならびに心身症専門機関の所

在地を列記することが,臨床医の利便性にかなっ

たものであることは承知している.しかし利用可

能な機関は地域により異なり,また心身症専門の

医療機関は現状では専門医が 1名のみのところが

ほとんどであり,専門医の移動により専門外来が

閉鎖されてしまうことも少なくない.そこで,こ

こでは電話帳や公的機関への問い合わせにより,

地域でも連携が可能な各種関連機関について,簡

便に紹介する.

子どもの心の健康問題が取りざたされているが,まだ心身症専門機関は少なく,利用可能な機関

は地域により異なる.本稿では,広義の地域で連携が可能な心身症専門機関の探し方・アクセスの

方法と日常臨床における連携のための基本的事項について解説する.

保健所,保健師,精神保健センター,児童相談所,郡市医師会,子ども

の心相談医,日本小児保健学会,日本小児心身医学会

各種の関連機関との連携

キーワード

6

広義の心身症専門機関の探し方6-1

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6. 各種の関連機関との連携 29

①第1子との適応の問題がある時:大人だけの生活

から子どものいる家族への変化の時

②養育者が身体的・精神的な問題がある時

③未熟児・多胎・先天異常・仮死など出生時に問

題がある時

④生後1年半までの育児不安がある時

⑤健診未受診を含む乳幼児健診上の問題がある時

⑥自閉症などを含む言葉の遅れ・多動の問題があ

る時

⑦保育園・幼稚園で気づかれた問題がある時

⑧就学時気づかれた問題がある時

⑨就学後 2年までに気づかれた問題(適正就学指導

上の問題を含めて)がある時

⑩慢性疾患にともなう適応の問題がある時

⑪いわゆる心身症としての問題がある時

⑫不登校・行為障害・非行などの行動上の問題が

ある時

I II. 専門機関をどのように利用するのか

ここでいう専門機関を考える時に大事なことは,

通常の人達にとって,小児科医あるいは医師であ

るだけで専門医と思っている点である.地域医療

では,その地域の現状にあった医療者自身の意識

改革が必要となる.その際相談を受けた医師の役

割を,コンサルテーションもしくはガイダンスと

するのか,直接治療的なかかわりをするのかを選

択する.地域で長く臨床活動を続けていると,両

者を含むことが最終的には多くなる.

コンサルテーションもしくはガイダンスは,基

本的に患児あるいはその養育者の訴える主訴をよ

く聞き,治療者の知識をもとに少し整理する.そ

の問題の誘因がある程度見えたら,「とりあえず今

何をすべきか」ということを患児あるいはその養

育者に伝えることである.ここで重要なことは,

①コンサルテーションはあくまでも次の本格的な

心理治療につなげていくための過程であることを

意識する,②そのためにコンサルテーションを行

う者は,紹介先の治療者についてある程度の知識

あるいは面識を持ち,必要以上によさを強調しす

ぎたり,選択の可能性を拡げすぎたりしないよう

にする,③あくまでも患児あるいは養育者が問題

を前にして混乱しているのを整理するのを援助す

る姿勢を保つ,④紹介先でもしうまくいかない場

図1.地域ネットワークにおけるコミュニティケアおよびスペシャルケア

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合は,再度来院することを勧め,相談者の行き場

を確保する,などがある.

以上述べたコンサルテーションのためにも,地

域の関連機関との連携は重要となる.図 1は地域の

子どもと家族支援のためのネットワークを示し,

大きくコミュニティ・ケアとスペシャル・ケアに

分けている.この中で,地域の開業小児科として

乳幼児健診,精密健診,適正就学指導委員,園

医・校医などの業務をしながら,保育園・公民館

などで講演活動や研修会などをしていると,徐々

に子どもにかかわる他の職種の人達とのコミュニ

ケーションが拡がってくる.以下連携のポイント 4-5)

を述べる.

1.治療者が関係する市町村地図および県全体を市

町村区分で分けた地図を用意する.資料につい

ては,県庁もしくは各市町村の統計課,県立図

書館などとコンタクトをとれば教えてくれる.

2.上記市町村の人口動態を次の内容でチェックす

る:全人口,年間出生数, 0~3歳未満,3~6

歳未満,6~1 2歳未満, 1 2~1 5歳未満,その

他興味のある年齢人口(たとえば,労働人口な

ど)につき,実数および比率について.できれ

ば3年ごと,もしくは 5年ごとの変化が分かれ

ば,その地域の情報が拡がってくる.各市町村,

もしくは県の統計課に行けば資料(統計年鑑な

ど)が手に入る.

3.上記市町村の保育園,保育所,託児所,幼稚園,

小学校,中学校の所在地と子どもの数を調べる.

電話帳(タウンページ)で調べてもよいが,所

轄の福祉事務所と教育事務所に連絡をとればす

ぐ分かる(県教育委員会発行の教育便覧や各教

育事務所発行の教育事務所要覧などが有用).

4.福祉事務所では,地域の子育て支援事業の実態

や障害児・者福祉に関する情報を手に入れる.

同時に社会福祉協議会からも情報を得る.

5.福祉事務所が市町村役場にある場合は,健康対

策課(各市町村で若干名前が違うことがある)

に行き,市町村保健師から乳幼児健診の実情や

精密健診などのフォローアップ状況を確認す

る.同時に母親同士の自助グループ活動や育児

相談活動の状況も調べる.予防接種の実施状況

も各市町村でかなり違いがあるので確認する.

まず小児科的な一般的な話から入り,その後虐

待などの話を聞くようにしないと,地方ではま

だまだ敷居の高いところもあるので注意する.

6.市町村保健師より,その市町村を所轄している

保健所保健師で未熟児のフォローアップや精神

保健相談,乳幼児精密健診を担当している保健

師を紹介してもらう.

7.保健所には是非一度訪問する.上記の保健師を

通し,地域の小児科医会あるいは医師会として,

何かできることはないかなど話し合う.特に,

未熟児のフォローアップ体制の話から地域の産

婦人科との連携のあり方(プレネイタルビジッ

トを含む)や,精神保健相談の実態の話からは

思春期の子どもや精神障害を持つ養育者の精神

保健に関する地域の実情について情報を得る.

保健師は小児科医や小児医療にかかわる医師と

の連携を望んでいることが多いように思われ

る.

8.乳幼児の精密健診は保健所保健師も一緒に仕事

をするが,事業の主体は所轄の児童相談所にな

る.精密健診には通常,ケースワーカーと心理

判定員(通常は心理士)が来るため,その地域

における精密健診のフォローアップの状況など

を聞きながら,その一環として児童虐待問題の

地域の現状やネットワーク事業について情報を

集める.できれば,地域の小児科医会あるいは

医師会としてできることを話し合う.

9.児童虐待の相談状況を聞く中で,援助ができる

地域の保育所の存在を,最初の保育所の資料を

用いながら確認する.地域の保育所の名前を知

っているだけで情報交換の雰囲気が変わってく

るため,まず自分なりに地域の知識を増やすこ

とが重要である.次いで,学童の中で虐待を考

える事例があるか尋ねてみる.もしあった場合

は,学校現場との連携の状態,取り扱いの地域

格差,警察や家庭裁判所,児童養護施設の状況

など教えてもらう.この問題は,通常の開業小

児科業務の中では取り扱いが困難なことが多い

が,地域の現状を知ること,心配な子どもや家

族に気づいた場合相談できるラインを持つこと

30

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6. 各種の関連機関との連携 31

は有効である.またこのことを通じ,地域のい

わゆる非行と呼ばれている子どもの状況も知る

ことができる.そのことが分かると,徐々に地

域の学校の実態なども分かってくるため,外来

での年長児の不定愁訴や不登校傾向を診るのに

役に立つことが多くなる.

10.学校について気になることがあれば,積極的

に教育委員会に連絡を取る.その際,連携を

取るために意見を述べる前に,地域の子ども

について多方面からの意見を引き出すという

配慮をすると,スムースにいくと思われる.

最初から「一言もの申す」という雰囲気はマ

イナスこそあれ,プラスにはならない.地域

の特殊教育の現状や適正就学指導委員会の内

科系の担当と精神の担当あるいは学校保健の

担当を教えてもらい,まず学校にかかわって

いる医師から先に情報を得ることが必要なこ

ともある.

11.学校へのかかわりが難しい時は地域の医師会

に連絡をとり,その時点での校医が誰か確認

する.同様に,園医についても情報を集める.

予防接種相談,一般検診,心臓・腎臓検診,

教育相談などの場を通し,小児科医の専門性

を出していくことが重要と考える.

I V. 心理治療

小児科医がなじみやすい心理治療としては,カ

ウンセリング,遊戯療法,描画法,家族療法的な

アプローチ(ソリューション・フォーカスド・ア

プローチなど)があるが,季節によって外来の忙

しさに差が大きい開業小児科医では,途中で放り

出すような結果だけは避ける必要がある.

V. 今後の検討課題

日本全国すみずみまで,小児の心身医学の専門

医を直ちに配置することは難しい.本格的な研修

システムがあれば 3年で形を作ることは可能である

が,このような研修システムを全国に配置するな

ど出来ないことを願っても仕方がない.とりあえ

ず,連携には下記のことが重要と考える.

①保健所保健師の母子保健専門,思春期精神保

健専門の研修を充実させる,②市町村保健師が 3人

以上いる所は, 1人は母子保健専門員として育て,

前述の保健所保健師との連携を明確に指示する,

③保健所が精神保健センターだけでなく児童相談

所との連携を再構築するよう指示する,④各郡市

医師会の乳幼児健診・園/学校医・予防接種担当医

を通し,各地域の思春期を含む子どもの心身医療

の現状を把握する,⑤日本小児科医会子どもの心

担当医(事務局電話: 0 3-3 3 8 8-5 5 6 1)・日本小児保

健学会(事務局電話: 0 3-3 3 5 9-4 9 6 4)・日本小児心

身医学会(事務局電話: 0 6-6 4 4 5-8 7 0 1)所属の医師

との連携を進め,関係医師の了承を得たうえで郡

市医師会と教育委員会に名簿を配布する.

文   献

1)こども心身医療研究所編.小児心身医学「臨床の実

際」.東京:朝倉書店,1995.

2)山下文雄編.小児科 M O O K 6 0「子どもの心の問題」.

東京:金原出版,1991.

3)吾郷晋浩他編.小児心身症とその関連疾患.東京:

医学書院,1992.

4)井上登生.子どもの心に影響を与える学校・地域社

会の問題.小児科臨床 増刊号 子どもの心のケア

2001;54:1103-1110.

5)井上登生.心の問題への対応―診療現場から.日本

医師会雑誌 2000;123:1451-1454.

(井上 登生)

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32

I. 保健所

母子保健法が改正され,平成9年から母子保健

事業は住民に身近な市区町村が実施主体となって

行うことになった.その後地方自治体によっては,

保健所が福祉事務所と連携し,保健福祉事務所あ

るいは健康福祉事務所と名前を変え,各市区町村

と連携しながらより専門性の高い母子保健事業に

あたっている.母子保健に関する市区町村の保健

センターの事業内容は,①新生児訪問指導②乳幼

児健康診査〔4ヶ月児健康診査,1歳6ヶ月児健康

診査,3歳児健康診査〕③育児相談④訪問指導⑤

子育てセミナー・両親(母親)学級などの育児情

報の提供・育児支援活動などである.保健所の事

業はより広域化,専門化して市区町村の事業を指

導・支援するものとなり,その事業内容は個別相

談として,①乳幼児発達相談(乳幼児健康診査で

発達の遅れが見られた児が対象)②子育て相談が,

小児科医・心理判定員・言語療法士・理学療法

士・栄養士・保健師などによって行われる.また

集団指導として,③親子遊びの教室(発達障害児

や境界児,あるいは問題行動のある児とその親と

に対し,発達支援,育児支援,不安の解消を遊び

を通じて行う)④アトピー教室,離乳食教室など

が,心理判定員・言語療法士・保育士・保健師・

栄養士などによって行われる.その他,⑤低出生

体重児訪問指導,⑥慢性特定疾患児に対する指

導・相談,⑦家庭訪問(依頼に応じて)が行われ

ている.

II. どのような子どもが利用するのか

保健センターや保健所は,すべての乳幼児と健

康診査で発達の問題を指摘された子どもはもちろ

んのこと,育児にさまざまな不安のある母親が主

な利用者となる.その他,幼少時から発達に問題

があるためフォローアップされていた事例や育児

不安が強い母親には,就学後も希望により相談が

継続される.しかし現在,保健センター・保健所

の意識は,地域の子どもの“心の健康”にも向け

られており,今後は学校や医療機関との連携によ

り,小児心身症や不登校,児童虐待やいじめ,引

きこもりなど,子どもの心の健康問題への支援も

行われていくものと考えられる.

I II. 保健所と小児心身症

保健師の活動は自由度が高く,家庭訪問により

生活状況を観察しながら,より現実的な指導を行

母子保健法が改正され,母子保健事業は住民に身近な市区町村保健センターが実施主体となって

行われることになった.保健師は,家庭訪問や電話相談などを通じて地域住民により近い立場で自

由度の高い活動を行っており,児童相談所,専門療育機関,児童福祉施設,教育機関や専門医療機

関との連携も多く,子どもを取り巻くさまざまなシステムの橋渡し的存在となっている.小児科医

が子どもの心の健康問題にかかわる際,児の生活状況をふまえたより現実的な指導を行える保健師

と連絡をとることは極めて有効な方法である.連絡方法として確立された方式は存在しないが,日

頃から地域の保健師と親しく知見を交換し合っておくことが事例発生時の連携に役立つ.

母子保健,保健師,保健所,保健センター,育児支援キーワード

保健所,地域における連携6-2

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6. 各種の関連機関との連携 33

うことができる.また療育に関しては,児童相談

所(地域によっては,子どもセンター・子ども家

庭センターなどの名称をつけている),ことばの教

室,療育施設などの専門療育機関をはじめ,保育

所などの児童福祉施設,幼稚園,小・中・高等学

校,盲・聾・養護学校などの教育機関,および専

門医療機関との連携も多く,保健師は子どもを取

り巻くさまざまなシステムの橋渡し的存在となっ

ている(図 1参照).小児保健に携わる医師が心の

問題に対応する際,地域のさまざまなシステムと

の連携は不可欠であり,地域の事情に詳しい保健

師との密接なコミュニケーションを維持すること

は極めて有効な方法である.

近年,就学後に起こるさまざまな対人関係の問

題や不登校,あるいは問題行動,心身症などのた

め小児心身症外来を受診する子どもの中で,注意

欠陥/多動性障害,学習障害,広汎性発達障害,境

界知能などの発達障害を持つ児の割合が高くなっ

てきている.このような子どもの中には,幼児期

に発達の遅れを指摘された事例や,問題行動を持

つ児として保健師によりフォローアップされてい

た事例が多く見られる.特にそのような場合,保

健師と連絡をとることでより詳しい発達状況や家

族の情報が得られ,診断や治療に役立つことも多

い.また虐待が疑われる事例,あるいは家庭事情

により不登校や問題行動を起こしていると推定さ

れる事例では,地域の保健師に相談してみるのが

よい.また,小児科医ではない学校医や開業医,

あるいは一般小児科医の場合には,心身症もしく

は神経症,発達障害を疑っても具体的な診断に苦

慮する事例が多いと思われるが,積極的に連絡を

とり,かかわってもらうことを勧めたい.

図1.保健所における母子保健事業とその連携機関

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34

I V. アクセス方法

母子保健事業と医療機関との連携は現在必ずし

も十分でない状態にあり,今後の大きな課題であ

る.地域の母子保健に関する連携組織(母子保健

連絡協議会など)や乳幼児健康診査などを通じて

の医師と保健業務担当者との連携の機会はあるも

のの,問題を抱える 1人1人の子どもの紹介方法と

して確立された方式は存在しない.したがって現

時点でのアクセス方法としては,心理社会面から

のアプローチが必要な児が医療機関を受診した場

合,心理面からのかかわりが必要であることを家

族に話し,了解を得たうえで,地域の母子保健担

当の保健師に電話で直接相談や依頼をすることで

あろう.後日,保健師による電話や家庭訪問,も

しくは患児に市区町村保健センターに出向いてい

ただく方式でフォローアップが可能となると思わ

れる.紹介状は必ずしも必要ではないが,必要な

場合には医療機関同士の紹介の場合とは異なり,

郵送ではなく直接患者に手渡すように心がけたい.

乳幼児健康診査などを通じて日頃から地域の保健

師と医師とが親しく知見を交換し合っておくこと

が,事例発生時の連携に役立つであろう.

文   献

1)中川英一,平山宗宏編.小児保健.第 5版.東京:日

本小児医事出版社,1997:399-431.

2)財津裕一.小児保健活動と保健所・市町村の役割

小児科臨床 1997;50:1263-1270.

3)青木 徹.市区町村の母子保健活動 小児科臨床

2000;53:1169-1173.

(山口 仁)

子どもの心の健康問題に関し,学校の直接の窓口は担任教諭であり,その他に養護教諭との連携

も重要である.その他のアクセス先として教育相談室,学校医,学校精神科医,スクールカウンセ

ラーがある.本稿では,これらの窓口との連携の方法について述べる.

学校,教育相談,校内態勢,担任,養護教諭,地域資源,スクールカウ

ンセラーキーワード

学 校6-3

I. はじめに

診察室での相談は家族との連携があって進むが,

この連携だけで済むのは,通常子どもの社会生活

にほとんど支障がない場合であろう.症状や問題

の程度がやや強くなってから受診する例では,社

会生活に何らかの支障をきたしていることが多い.

そうなると,子どもにとって社会生活の場である

学校と,どこかのタイミングで何らかの連携を取

るというのは極めて自然な流れといえるだろう.

II. 相談相手を持つこと

主訴や相談の内容が身体化症状であっても問題

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6. 各種の関連機関との連携 35

行動であっても,受診に至る経緯はさまざまであ

る.本人あるいは家族が自発的に受診する場合も

あるし,学校(担任,養護教諭,あるいはその他

の教員),教育相談室(地域によって呼称は異なる)

やその他の医師などに勧められて受診する場合も

ある.子どもを診る医師にしても,地域に根を張

って実践している場合から,広域を対象にしてい

るためにその子の当該地域の事情に明るくなかっ

たり,経験が浅いためにどう対応してよいかわか

らない場合まで,事情はいろいろであろう.さら

に,自分がどの程度かかわれるかという判断も,

子どもや家庭の問題の難易度や職場の状況と絡ん

で変化する.連携の仕方やタイミングはさまざま

であるが,担任や養護教諭が医師の判断や意見を

聞きたいと思うように,医師自身も相談できる仲

間を持っておくことは大切であると思われる.

I I I. 地域の資源を知ること

教育相談室(教育センター,教育研究所など),

適応指導教室(地域によって呼称は異なる),民間

のフリースクール,情緒障害児学級,身障学級,

言語指導教室,虚弱(病弱)養護,身障養護,健

康学級,等々通常学級以外にも公的な施設や民間

のものがある.公的な施設は,呼称だけでなく,

人的施設的内容や組織の位置づけが地域によって

かなり異なっている.相談の進展にともない,通

常学級だけでなくこのような別の資源ともパート

ナーシップを組むことが考えられるので,地域資

源の実情を知っておくことは有用である.ただし,

いろいろな資源があるところは取り組みが充実し

ていて,資源のないところは充実していないとは

必ずしもいえない.比較的資源が豊富にある大都

市を例にとると,「登校すれば学校で何とか面倒み

ます.」「登校できないようなら教育相談室へどう

ぞ.」「そこには適応指導教室もあります.」という

指導が行き届いていたりする(校内態勢や担任の

資質によって実際はさまざまであるが).これがう

まく機能すると効率的であるが,そういわれても

教育相談室にはなかなか足が向かない人もいる.

そこで医療機関を受診することになるが,もとも

と教育関連機関だけでは処理できない問題まで学

校や教育相談で抱え込もうとする姿勢に無理があ

るため,連携がスムーズにいかない場合がある.

一方資源の乏しいところでは,学校職員が何とか

取り組まなければならず,そのことがプラスに働

いて外部との協力関係にも積極的な場合が多々あ

る.実情を知るとはこういうことも含んでいる.

I V. 学校との連携

通常,直接の連携相手は担任教諭である.親を

介して間接的にあるいは子どもと親の了解を得て

直接的に行う.どの段階でどのようなやり取りを

するかは,相談に至る経緯や相談の種類,相談の

進展具合などによって違うが,親および学校とパ

ートナーシップを組むという姿勢が大切である.

しかし場合によっては,やり取りすることがいい

かどうかを考えねばならないこともある.子ども

の心の問題に関しては,養護教諭が大きな役割を

果たすことが期待されている.養護教諭はさまざ

まな研修会や研究会に出て相談技術の向上をはか

っているが,そのような場で養護教諭と面識があ

れば学校とのチャンネルが増えることになる.た

だし学校は組織であるため,連携窓口は担任であ

る.担任,養護教諭以外に生徒指導,学年主任,

管理職などから校内態勢はできており(さらに補

助としてメンタルフレンド,嘱託(退職教員)が

いる),養護教諭とのパイプでことが済むのは,そ

の人の実力を誰もが認めており,校内である程度

リーダーシップを発揮できる場合か調整役を果た

せる場合である.実際には必ずしもそうとは限ら

ないことが考えられるため,このパイプは副次的

なものにとどめておくのが実用的である.人事異

動で担任がいなくなってしまう場合に,この副次

的なパイプがあるのとないのとでは連携の取りや

すさが随分違ってくるため,副次的とはいえ大切

なパイプである.また,親と担任の関係に難しさ

がある場合,これが問題の大本であったりするこ

とがあるため,ケース・バイ・ケースで対応する.

担任がどういう人かよく分からなくて困る時に,

養護教諭とのパイプを生かす場合もあるだろう

(これに頼りすぎると校内態勢にひびを入れてしま

う可能性もあるため注意すること).学校との連携

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36

で医師にとって気になることは学校内の協力体制

(校内態勢,チームワーク)である.諸機関との協

力が大切なことはいうまでもないが,学校内の協

力体制はその核となるものである.組織名目上は

すべての学校に存在することになっているが,こ

こでいうのは機能上の問題である.チームワーク

が機能するかどうかは学校が組織である以上管理

職の資質や指導力によるところが大きい.たとえ

管理職がお飾りになっていても,その下でリーダ

ーシップや調整力を発揮する人がいれば機能する.

校長や担任が 1人で抱え込むようだとうまくいって

いないといえる.このような事情を事前に知る手

立てはない.ケース検討会などを通じて学校の内

情を知る機会がない限り,相談を受けてみて,あ

るいは連携を積み重ねる中ではじめて分かってく

るものである.連携に際しては,相手がどのよう

な判断や意図を持っているのか把握(往々にして

相手方からの意思伝達は極めて不明確であったり

一貫しなかったりする)し,それに対して相手の

感情にも配慮しながら自らの意思伝達を明確に行

う方がよい.

V. 校医,学校精神科医,スクールカウンセ

ラーとの関係

教育相談室を除くと,学校が自分の判断で利用

できるのがこの三者である.校医は各校にいるが,

学校精神科医は制度がある場合でもせいぜいその

地域すべての公立校に一人という程度であろう.

心の相談を受ける地域の医師と,校医や学校精神

科医の間に実質的な役割分担はない.それぞれに

得意不得意があることが考えられるため,自分の

できる守備範囲をある程度決めておき,医師会の

会合などを通じ,無理な分野の相談について,意

見を聞いたり紹介できる関係を作っておけばよい

と思われる.スクールカウンセラーについてはい

まだ導入途上であり,地域によってまたカウンセ

ラーその人によって,医療機関との連携は千差万

別であろう.大都市ではどのような人が何をやっ

ているのか全く不明であることも多く,相談事例

を通してどのような活動をしているのか分かる程

度で,連携に至るには程遠い.おそらく 2 0 0 2年現

在で,大都市においてはスクールカウンセラーよ

り学校や教育相談との連携が主である.地方都市

ではこのポジションにつくことのできる人の数が

限られていることもあり,それまでの相談事例で

つながりのある人が教育相談を担当していること

が多いようである.地域による違いを利用して対

応することが必要である.

文   献

J S P P編集委員会編.学校における子どものメンタルヘル

ス 対策マニュアル.第 1 版.東京:ひとなる書房,

2001.

参考サイト

(財)日本学校保健会ホームページ:

http://www.hokenkai.or.jp日本小児心身医学会ホームページ:

http://jisinsin.umin.ac.jp/

(衞藤  ,森田 博)

Page 43: 「子どもの心の健康問題 ハンドブック」rhino.med.yamanashi.ac.jp/sukoyaka/pdf/sinsin.pdf「子どもの心の健康問題 ハンドブック」について 本冊子「子どもの心の健康問題

6. 各種の関連機関との連携 37

わが国では,入院している病気療養児に対して,地域の主な病院の中で学校教育(病弱教育)が

行われている.病弱教育における教育と医療の連携は,治療上の配慮を考慮しながら教育を行うこ

とはもちろんのこと,学習効果や心理的な安定を図るうえでも重要である.学齢期の病気療養児の

おおよそ15%が病弱教育の対象となっており,85%の児童生徒が普通の小・中学校に在籍している.

病弱教育の対象となる児童生徒の疾病分類で「心身症・神経症,不登校,その他の精神行動障害が

16%を占め,その割合が近年増加してきている.

病弱教育,病弱養護学校,院内学級,転入学の手続きキーワード

病弱養護学校,院内学級6-4

I. 教育の意義

幼児期・前学齢期は,入院し家庭と離れること

によって分離不安,情緒不安を示しやすくなる.

また,治療や入院にともなう苦痛体験やその過程

で感じるさまざまな不安や遊びの欠如などから,

ストレスをためやすく,時には退行行動がみられ

たり,睡眠や食事などに異常を示したりすること

もある.不安が増大してくると頭痛,腹痛等の身

体症状として出現することもある.これらに対応

するには,保護者との面会を容易にする面会時間

の自由化,保護者のための部屋の確保などが重要

である.また,遊びを通して情緒的な安定を図り,

発達を促すうえでも病院内で保育ができる環境作

りが重要である.そのためには保母の配置,プレ

イルームの設置などが必要である.

小学生時代は,基本的生活習慣が形成され,家

庭外の生活が多くなる時期である.友人との間で

競争したり,妥協したり,協調したりして関係の

拡大を図る時期であり,社会性が拡大する時期で

ある.特に,学校生活での適応や成績が大きな意

味を持ち,学校生活にかかわる問題が多くなる.

入院や治療のため学校を欠席しがちとなると,学

業に遅れがでたり,クラス内で孤立しがちになり

仲間から取り残されるといった不安感が高まる.

長期間にわたり入院する場合,病院という隔離さ

れた環境から,経験不足に陥ったり,仲間関係や

社会適応の構築が未発達になることもある.

中学・高校時代は心身の成長・発達が著しい時

期で,心理的に親から独立して自我同一性を求め,

社会性をつけて成人期の基礎を養う時期である.

理想的な自分のイメージと自分の容姿や能力を比

較することで劣等感を持つといったりさまざまな

葛藤が起きやすい時期であり,自分の将来の生活

について考えを探求する時期でもある.この時期

に疾患をもつことは,学業の遅れや欠席などの学

校生活上の問題や副作用への不安,ボディイメー

ジに関する劣等感,病気の予後や自分の将来につ

いての不安などを抱くようになり,複雑な心理的

問題を抱えるようになる.自立という課題達成の

ために病気を抱えながらさまざまな葛藤を経験す

る.

学齢期の子どもが,入院中,院内学級等で学校

教育とのつながりを持つことは,学習空白や遅れ

を補完し学力を補償することはもちろん,不安感

を軽減し心理的な安定に寄与したり,自主性・積

極性・社会性を涵養したりするなど心理的・社会

的発達に極めて重要な意義を持つ.さらに自己管

理能力の向上や入院中のQ O Lの向上等の意義も挙

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38

げられる.

II. 教育の場

病院に併設・隣接または病院内の教育の場とし

ては,①病弱養護学校,②肢体不自由養護学校,

知的障害養護学校の分校・分教室,③病院内にあ

る病弱・身体虚弱特殊学級,④訪問教育が挙げら

れる(図1参照).

①病弱養護学校(平成 1 2年度に全国で 9 5校)で

は,隣接または併設する病院から児童生徒が通学

して教育を受けたり,教師が病院内の分教室や病

室で指導を行ったりしている.また地域によって

は②肢体不自由養護学校,知的障害養護学校の病

院内分校,分教室が設置されている場合もある.

③小学校や中学校の特殊学級として病弱・身体虚

弱特殊学級(平成1 2年度に全国で8 0 1学級)が設置

されている.特に,病院内に設置されている特殊

学級を院内学級と呼んでいる.④訪問教育では,

養護学校から教師が病院に派遣され,ベッドサイ

ドで直接指導がなされる(週 2~3回,1回2時間程

度).小学生,中学生,高校生がその対象となる.

図1.病気療養児の教育の場

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6. 各種の関連機関との連携 39

I I I. 教育の内容

基本的には小学校,中学校,高等学校または幼

稚園に準じた教育課程が編成されているが,個々

の児童生徒の実態に応じて教育計画が作成され,

指導内容が準備される.

I V. 転出入の手続き

病院で診断が出た後入院が必要な場合,保護者

が学校の担任に申し出,転学の手続きを始める.

学校から教育委員会を経て,養護学校または院内

学級を設置している小・中学校へという順に転学

手続きが行われる.病弱養護学校,院内学級では

転学の手続きに2週間程度を要するが,手続きの

完了していない児童生徒についても実際上教育を

受けられるよう配慮している.また,退院後に元

の学校に戻る場合にも転学の手続きが行われる.

この際,病気のために身体活動の制限や日常生活

の配慮事項などが必要であれば,転出先の学校へ

の医療関係者からの指導助言が重要となる.

V. 医療と教育の連携

医師は学校に伝えるべきことを家族や本人とよ

く話し合い,そこで同意したことを家族を通して

学校に伝えることが大切である.しかし,可能な

限り保護者,医師,院内学級等の教師,前籍校の

担任など,子どもを取り巻く関係者が話し合うこ

とのできる場を設け,それぞれの立場から病気や

行動に関する情報交換を行い,子どもを多面的に

理解,支援していくことが望ましい.

文   献

1)武田鉄郎.内部障害・病弱・虚弱者の心理,田中農

夫男・池田勝昭・木村進・後藤守編著.障害者の心

理と支援 東京:福村出版,2001 :105-115.

2)全国病弱養護学校長会編.病弱教育ハンドブック,

2000.

3)全国病弱虚弱教育研究連盟・全国病弱養護学校長会.

全国病弱教育施設・全国病類調査.2001.

参考サイト

国立特殊教育総合研究所ホームページ:

http://www.nise.go.jpココロココ-病気の子どもを理解するためのデジタル絵

本-: http://www.nise.go.jp/jigyou

(武田 鉄郎)

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40

◆ 入門編 ◆

I. 子どもの心と行動の障害と精神医療

児童精神医学は,子どもの心と行動の発達の異

常を対象とする.子どもの心と行動の障害には,

小児期に特異的に発症するものと成人型の障害が

小児期に発症するものがある(表 1参照).その中

には,小児科で心の問題として認識され,本ガイ

ドブックの対象となる疾患と連続したり重なり合

ったりしているものも少なくない.

精神障害の診断と治療は多職種のチームや連携

を要することが多く,その中で精神科医は重要な

役割を担う.治療法には薬物療法を含めた生物学

的治療,精神療法,認知・行動療法,家族療法,

リハビリテーション,環境調整などがあり,必要

に応じて適宜組み合わせて行われる.精神科医は,

脳の機能と関連して心と行動の問題に取り組み,

向精神薬による治療を行う点で他の職種から大き

く区別される.

子どもは独自の心性と行動様式を有している.

それに対応し,精神科医の中でも心や行動の発達

とその異常に関する十分な知識や経験を有する者

が児童精神科医である.わが国では,標榜科目や

研修体制などの問題もあり,児童精神科医のニー

ズが高いにもかかわらず質量ともに不十分なのが

現状である.成人型の障害の小児期発症,特に中

学生以上であれば,一般精神科医でもある程度の

対応は可能で,やむを得ず担当することも多い.

以下では,精神科(医)とまとめて述べて,特に

必要な場合のみ児童精神科(医)と明記した.

II. 小児科で精神科との連携が必要となる場合

少なくとも一般小児科医だけでは対応が困難で

あり,精神科医による診断や治療を要すると判断

される場合である.精神科との連携が必要となる

理由を,子どもの要因,家族の要因,その他に分

けて考えると分かりやすい.

1. 子どもの要因

1)行動上の問題が強い場合

①攻撃性が激しいなど外へ向かう問題が強い場

子どもの心と行動の障害の診療にあたり,精神科との連携が必要となる場合は,以下の通りであ

る.子どもの要因については,行動上の問題が強い場合,精神症状が強い場合,家族の要因につい

ては,家族力動の歪みが治療対象となる場合,家族が精神障害であったりその疑いのある場合,そ

の他については,複雑なケースワークを要する場合,コメディカル職の密な関与が必要な場合があ

る.精神科との連携にあたっては,治療の方向性とそれに応じた連携の目的を両者間で確認し,具

体的な連絡の仕方について打ち合わせておくことが必要である.連携の形態としては,コンサルト,

小児科と精神科との併診,精神科への紹介がある.連携先の確保には,日頃から地域の精神科医と

の交流を心がけるとともに,児童相談所,保健所,精神保健福祉センターなどに相談するという方

法がある.

児童精神科,精神科,精神障害,発達障害,家族力動,行動障害キーワード

児童精神科、精神科6-5

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6. 各種の関連機関との連携 41

攻撃性には,家族などが怪我をするほどの

暴力,器物破壊などの他者や物品に対するも

のと,手首自傷,大量服薬をはじめとする自

殺企図などの自己に対するものがある.精神

運動興奮が激しくて言動がまとまらないこと

も含まれる.

②無気力・引きこもりが著しいなど内にこもる

問題が強い場合

行動上の問題としてまず認識されるが,精

神分裂病やうつ病性障害などの症状の現れで

あることが多い.

2)精神症状が強い場合

①了解しにくい精神症状および強い希死念慮を

示す場合

了解しにくい精神症状には,幻覚(現実に

は存在しないものが聞こえたり見えたりす

る),妄想(現実には起こり得ないことを確信

して変更できない),自我障害(誰かに行動さ

せられると確信する作為体験など)などがあ

る.精神分裂病や気分障害が疑われる.

②その他

強迫症状やパニック発作が激しく,周囲を

巻き込んだりして生活に著しい支障をきたす

小児期に特異的に発症する障害精神遅滞

学習障害:読字障害,書字表出障害,算数障害など

運動能力障害:発達性協調運動障害

コミュニケーション障害:表出性言語障害,受容―表出混合性言語障害,吃音症など

広汎性発達障害:自閉症,アスペルガー症候群,レット症候群など

注意欠陥および破壊的行動障害:注意欠陥/多動性障害,反抗挑戦性障害,行為障害

幼児期または小児期早期の哺育,摂食障害:異食症など

チック障害:一過性チック障害,トゥレット症候群など

排泄障害:遺尿症,遺糞症

幼児期,小児期または青年期の他の障害:分離不安障害,選択性緘黙など

成人型の障害の小児期発症せん妄,痴呆,健忘および他の認知障害

一般身体疾患による精神疾患

物質関連障害

精神分裂病および他の精神病性障害

気分障害:うつ病性障害,双極性障害など

不安障害:強迫性障害,パニック障害,恐怖症,全般性不安障害,外傷後ストレス障害など

身体表現性障害:転換性障害,心気症,身体醜形障害など

虚偽性障害

解離性障害

性障害および性同一性障害

摂食障害:神経性無食欲症,神経性大食症など

睡眠障害

他のどこにも分類されない衝動制御の障害:抜毛症など

適応障害

人格障害:境界性人格障害,反社会性人格障害など

注1)わが国の精神医療で広く用いられている診断基準の 1つであるアメリカ精神医学会による「精神疾患

の分類と診断の手引き第 4版(D S M -Ⅳ)」に準じて記してある.ただし,個々の診断名は一般に使わ

れるものに改変してある場合がある(例:自閉性障害→自閉症).

注2)D S M -Ⅳは,多軸診断を採用しており,第 1軸が臨床疾患,第 2軸が人格障害と精神遅滞,第 3軸が一

般身体疾患,第 4軸が心理社会的および環境的問題,第5軸が機能の全体的評定となる.表には,第

1軸と第2軸のカテゴリーが含まれている.

表1.子どもの心と行動の障害

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場合などがある.

3)精神発達の問題を疑われる場合

言葉の拙さや著しい不器用などを認めて精神発

達の問題を疑われる場合には,児童精神科医の関

与を要する.精神遅滞,学習障害,広汎性発達障

害(自閉症およびその近縁の障害)を含めた発達

障害が基盤にある場合がある.

2. 家族の要因

1)家族力動の歪みが治療対象となる場合

家族力動とは,家族成員の示す考え,感情,行

動などによって家族内に形成される態度や雰囲気

である.たとえば,家族成員が激しく対立してい

たり家庭内の雰囲気が極めてとげとげしくなって

いたりして,そのために子どもの心身症が増悪し

ていると思われる場合には,それも治療対象とな

る.

2)家族が精神障害であったりその疑いのある場合

親が精神分裂病や気分障害で充分な治療を受け

ておらず,まずそちらを治療軌道に乗せる必要が

あることも時にある.また,単に身勝手な親とだ

け思って対応し,治療者と親との関係が悪化して

しまうことがあるため,注意を要する.特に児童

虐待では,人格障害の可能性も念頭に置く.

3. その他

1)複雑なケースワークを要する場合

子どもをめぐって学校,児童相談所,保健所など

の異種の機関が連携することはしばしばある.これ

らの関係諸機関と子どもと家族とでは訴える問題が

大きく異なることも珍しくない.各々の立場や認識

をきちんと評価して調整するためには,そういう経

験の豊富な精神科医があたった方がよいことがあ

る.特に,子どもが低年齢や発達障害をともなう場

合には児童精神科医の関与が望ましい.

2)コメディカル職の密な関与が必要な場合

子どもの精神機能の評価や精神療法には心理士

の参加が必要なことが多いが,小児科医ではアク

セスしづらかったり,何をどう依頼してよいか分

かりにくかったりする.精神科医を経て心理士な

どに関与してもらった方がよいだろう.

I II. 精神科との連携の基本的な考え方

小児科は,何らかの医療的なケアを求める子ど

もが地域で初めに訪れる窓口であろう.小児科医

は対処の大まかな筋道をつけて子どもや家族にガ

イダンスを行い,より焦点化した治療へ繋げてい

くことになる.精神科医との連携も例外ではない.

精神科医の専門性と限界を理解し,不必要に小児

科での治療を長引かせないこと,患者側に精神科

への過度の不安や期待を抱かせないことが重要だ

ろう.精神科受診が望ましいと思われる理由を子

どもと家族に分かりやすい説明することが必要で

ある.そして,今後ともプライマリーケア医とし

てかかわり続けるという姿勢を示すことで,患者

側の安心と信頼が得られると思われる.

I V. 精神科との連携の実際

連携にあたっては,治療の方向性とそれに応じ

た連携の目的を精神科との間で確認し,具体的な

連絡の仕方について打ち合わせておくことが必要

である.

1.連携の形態

1)コンサルト

小児科での診療継続を前提とする.診断を深め

る手立てやどのようになったら精神科へ紹介した

方がよいかも相談されるだろう.

2)小児科と精神科との併診

小児科医の役割は個々の場合でかなり異なる.

たとえば摂食障害では,共同で治療方針を立て,

小児科医が身体面のケアや行動のコントロールを,

精神科医が子どもの精神療法や家族療法を分担し

て行うことがあり,小児科医と精神科医との密な

連携のもとで小児科医が大きな役割を担う.また,

治療の主体は精神科となるが,地域での長期的な

フォローのために小児科医が関与し続ける場合も

あるだろう.

また,小児科医と精神科医との役割分担を明確

にする必要がある.見直しの時期の目安もつけて

おいた方がよいだろう.

42

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3)精神科への紹介

子どもの診療の他に,親などの診療・相談を目

的とする場合もあり得る.親に精神的な問題があ

ると治療が円滑にいかないことがあり,どのよう

にして精神科受診に導くか自体をあらかじめ精神

科医と相談しておく必要が生じるかも知れない.

2.連携先の見つけ方

日頃から地域で気軽に相談できる精神科医を見

つけておくとよいだろう.精神科のある総合病院

では院内で可能だろう.そうでなくても最近は精

神科クリニックが増加しているため,それほど困

難ではないだろう.

わが国の現状では,児童精神科医が児童精神科

というように明確な表示をして診療をしていると

は限らない.また一般精神科医は,時間の制約も

あり成人患者の薬物療法を診療の中心にする場合

が多い.したがって,子どもや家族の問題に関心

があってじっくり対応する精神科医,特に児童精

神科医が地域のどこで診療しているかもあらかじ

め知っておくと便利である.

知り合いの精神科医がいない場合には,児童相

談所,保健所,精神保健福祉センターなどに相談

するのも1つの方法である.児童相談所や保健所で

は精神科医は非常勤のことが多いが,地域の精神

科医の情報を持っている可能性が高い.年少の子

どもに関する相談であれば,児童相談所にまず聞

くとよいだろう.攻撃性が激しい場合や引きこも

りが著しい場合,特に思春期であれば保健所や精

神保健福祉センターもよいだろう.子どもの受診

が難しそうであれば,家族のみの相談を受けつけ

ているかを確認する.子どもを無理矢理に小児科

まで連れ出そうとはせずに,このような相談に繋

げておいた方がよいかも知れない.

◆上級編(入門編の補遺として)◆

I. 子どもの心と行動の障害と精神医療

患者側が受診先を選ぶにあたり,身体症状が目

立つと小児科に,言動の異常が目立つと精神科に

という傾向になるのは当然だろう.子どもの心と

行動の障害というのはかなりの広がりを持ってお

り,その中でも精神症状が軽かったり身体症状が

強かったりすると小児科を受診する可能性が高く

なる.類似の診断名を使用していても精神科と小

児科とでさまざまな差異を生じるのは,疾患の捉

え方だけでなく,このような患者の状態や重症度

が異なっているためである.

II. 小児科で精神科との連携が必要となる場

子どもの興奮が激しかったり奇妙な言動が認め

られる場合,精神科医との連携が必要であると考

えるのは自然だろう.子どもの心理が了解できそ

うでいて精神科医の関与が望ましい場合の判断が

難しい.

1つは,知的に遅れがない,あるいは軽いものの

広義の発達障害(自閉症,学習障害,注意欠陥/多

動性障害など)が存在する場合である.このよう

な子どもは,認知や情緒の問題があるうえ,たと

えばやや奇妙な言動を叱られたりいじめられたり

するなど,ストレスがかかりやすい.その結果不

適応となり,不定愁訴を示すことも稀でない.幼

い時期からずっとかかわっていれば発達の経過が

分かるかも知れない.年齢よりも幼い印象が強い

場合などは言葉の発達や学習の問題について簡単

に確認すると参考になるだろう.

もう1つは,家族関係や家族の人格に問題がある

場合である.小児科医は,とにかく子どもを守ろ

うという気持ちが強いため,家族を冷静に見られ

ずにその葛藤に巻き込まれがちのように思われる.

家族の反応が予測と大きく異なったり奇妙であっ

たりする場合には,自らの対応を振り返るととも

に精神科医への相談の可能性を検討する.

さらに摂食障害では,小児科医の役割が大きい

ため,かえって精神科医との連携が取りにくいこ

とがあるかもしれない.身体面のケアをすればす

べて治るとしたり,身体面のケアを済ませたら一

切かかわらないとするのは不適当だろう.早い時

期から精神科医との連携を開始し,役割や比重は

変化しても長期的に小児科医が関わり続けること

が望まれる.

6. 各種の関連機関との連携 43

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44

I I I. 精神科との連携の実際

精神科とのよりよい連携のためには,精神的な

問題と関係して不定愁訴を呈し小児科を受診する

子どもが少なからず存在することを念頭に置き,

それに対する感度を上げることが大切だろう.精

神的な問題を含めて子どもをトータルで捉えるこ

とができ,親から相談されやすい小児科医となり,

育児相談・援助的な活動も含めて子どもの心の健

康度を上げられるようになっていくとよいのでは

ないかと思われる.

文   献

1)Garralda, ME. Primary care psychiatry, Child andAdolescent Psychiatry: Modern approaches thirdedition (ed by Rutter M, Taylor E, and Hersov L),Oxford:Blackwell Scientific Publications, 1994:1055-1070.

2)金生由紀子著.小児精神医療における多職種チーム

アプローチの実際 . 臨床精神医学講座 S5 精神医療に

おけるチームアプローチ.第 1版.東京:中山書店,

2000:59-68.

3)金生由紀子 , 太田昌孝.特別発言 : 関連領域の連携の

重要性.日本小児科学会雑誌 2 0 0 1 ; 1 0 5(1 2):

1355-1359.

4)宮本信也.子どもの心身症:小児科医と精神科医の

連携.小児科臨床 1998;51(2):189-195.

(金生 由紀子)

児童虐待や触法行為など非行に関連する問題を持つ児とその家族に対する支援として,各自治体

で設置されている児童福祉施設や児童相談所との連携が重要である.これらの施設,特に児童相談

所では種々の教育機関,警察,地域の保健センターや児童委員などとの連携が行われている.ネッ

トワークを活用した問題の早期発見と早期介入が望まれる.

児童相談所,児童養護施設,一時保護,虐待,不登校,電話相談,里親,

養子縁組キーワード

児童福祉施設・児童相談所6-6

I. 児童福祉施設

児童福祉施設には,乳児院,障害児通園施設,

障害児入所施設,情緒障害児短期治療施設,児童

養護施設,自立支援施設などがある.小児心身症

に対する支援の 1つとして,これらの福祉施設が有

用であることが多い.これらの施設を利用するに

は,各地域の児童相談所で措置を受けなければな

らない.それによって,子どもの支援を行うに相

応しい施設が選ばれることになる.

たとえば,虐待が明らかで親による十分な適切

な養育が期待できない場合には,それに代わる子

どもの養育の場として乳児院や児童養護施設が相

応しいことがある.心理社会的問題が深刻な不登

校児に対しては,情緒障害児短期治療施設や児童

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養護施設を活用して学校や生活環境を調整するこ

とが可能な場合もある.また,非行や行為障害の

場合には,児童養護施設や自立支援施設を長期的

に活用することにより,家庭で体験されなかった

他者や大人との信頼関係の(再)構築を行うこと

によって回復させることも可能である.しかし,

これらの児童福祉施設には医療従事者がいない場

合が多いため,身体症状を主とする狭義の心身症

への対応には大きな限界がある.そのため,医療

的なかかわりを要する不登校児や A D / H D児などを

施設に処遇する場合には,専門医療機関との連携

が必須である.

また,これらの児童福祉施設では独自のさまざ

まな相談業務(電話相談や窓口相談など)を行っ

ていることがある.チックや習癖,子育てに関す

る悩みなど,親から相談される比較的軽度の問題

については,それらの問題解決に相応しい各施設

の相談窓口を紹介することができる.

II. 児童相談所

児童相談所(子ども家庭センター)は各都道府

県と政令都市に設置され,児童福祉法に基づいて

子どもの健全と育成に関するあらゆる問題に対す

る相談と処遇を行う福祉行政機関である.相談を

受けつけ具体的な面接対処に当たる児童福祉士,

心理判定を行う心理士,医学的診断とアドバイス

を行う医師(多くは嘱託医で,小児科医と精神科

医)が主なスタッフである.

児童相談所への相談は,親でも学校教師でも医

師でも,もちろん子ども自身でも誰でも利用でき

る.相談内容は,家庭における子どもの養護に関

わること,子どもの健康保健に関すること,障害

に関すること,虞犯(その性格または環境に照ら

して,将来罪を犯し刑罰法令に触れる行為をする

おそれのことで,たとえば家出や家族の金品持ち

出しなど,まだ犯罪とまではいえない程度の非行

行為)や触法行為などの非行に関する相談,対人

関係の問題や不登校など,子どもの育成に関する

相談などに分けられる.これらの相談には多くの

場合,心理判定と相談面接による対処がなされる.

しかし,精神分裂病が疑われたり身体症状に対す

る薬物療法が適切と考えられるなど,医学的診断

や治療が必要な場合には,嘱託医による面接(医

診)が行われる.その結果によって,児童精神科

や心療内科などの専門医へ紹介されることになる.

しかし児童相談所自体では診療は行っておらず,

明らかに医学的対処が必要なケースは児童相談所

では扱い切れない.

児童相談所は一時保護によって子どもを一定期

間預かることができる.これによって子どもやそ

の家族が抱える問題をより詳細に評価したり,そ

の問題に対する処遇についてより慎重に考慮する

ことができる.この機能は,虐待が疑われるケー

スでは極めて有用である.特に子どもに生命的な

危険が危ぶまれる時には,児童相談所長の権限で

子どもを親から分離して保護することができるた

め,最近はこれによる一時保護の活用が急増して

いる.またこの制度を利用して,夏や冬休みに不

登校児を集めてキャンプを行い,子どもの社会性

を促す治療的な場として活用されることもある.

児童相談所は子どもが抱える問題に応じて,子

どもを各児童福祉施設に措置する権限がある(各

児童福祉施設については上記を参照).また養護事

情に欠ける子どもに対しては,里親委託や養子縁

組の斡旋も行っており,虐待に対する福祉的対応

の1つとして期待されている.

さらに,児童相談所は家庭裁判所や種々の教育

機関,警察,地域の保健センターや児童委員など

との連携が行われており,児童相談所を中心にし

て子どもの心身の問題に対するネットワークがで

きている.現状ではこのネットワークの成熟度に

は地域差があるが,これを積極的に利用すること

で小児心身症に対する支援を福祉的な側面からも

行うことができる.もちろん,ネットワークがあ

るからといってすべての問題の発生を予防できる

わけではないが,ネットワークをより積極的に活

用することで問題の早期発見と早期介入が期待で

きる.

6. 各種の関連機関との連携 45

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46

文   献

北海道中央児童相談所(企画調整室)編.北海道生活福

祉部児童家庭課:北海道児童相談所業務取扱要領(改訂

版).北海道:北海道中央児童相談所,2002:126-147.

参考サイト

全国の児童相談所一覧

http://www.sheport.co.jp/psychodb_jidou.html全国の乳児院一覧

h t t p : / / w w w . n y u j i i n . g r . j p /(全国乳児福祉協議

会)

(氏家 武)

子どもの心身症の早期発見・早期治療を二次予防,健康教育を一次予防とすると,三次予防すな

わち地域におけるリハビリテーションは,地域で活躍する小児科医,学校医,家庭医(かかりつけ

医)が担っている.心身症の三次予防に関連して,厚生労働省の「健やか親子 2 1」の理念の関わり

を述べ,その果たす役割を概説する.

三次予防,ヘルスプロモーション,母子保健,健やか親子21キーワード

心身症の三次予防と厚生労働省の取り組み6-7

I. 心身症の三次予防とは

疾病の予防は,疾病の発生要因を明らかにして

発病前にその要因を取り除く:一次予防,疾患の

早期発見と早期治療:二次予防,後遺症を残した

場合の機能訓練と社会復帰ならびに生活習慣の改

善などによる再発防止:三次予防からなる 1,2).

地域の医療機関に期待される小児心身症患者へ

の対応は,心身医学的問題の早期発見・早期治療

だけには限らない.専門治療を受けた後に地域に

戻った子どもを,その心身の成長を援助しつつ,

患児が成人になるのを見守るという重要な役割が

あることを忘れてはならない.子どもの生活の場

から遠く離れた心身症専門医療機関では,治療に

より主症状が消失した子どもを成人まで見届ける

ことは困難である.しかし,素因や環境要因が複

雑に絡み合って心身症を発症した子どもが 1つの問

題を乗り越えたからといって,社会的に自立した 1

個の人間へと至る道は決して平坦ではない.子ど

もの心身症の早期発見・早期治療を二次予防,講

演会などによる健康教育を一次予防とすると,専

門的な治療終了後の子どもが社会の中に戻ること

を援助する,いわば地域におけるリハビリテーシ

ョン(三次予防)についての認識が求められるだ

ろう.その役割は地域の第一線で活躍する小児科

医,学校医,家庭医(かかりつけ医)に求められ

るだろう.

地域の小児科医やかかりつけ医が小児・思春期

の子どもを見る場合の利点として,家族や地域と

のかかわりの中で子どもを見ることができるとい

うことがある.子どもの成長には,両親の遺伝的

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6. 各種の関連機関との連携 47

資質,家族という最小の社会単位での環境要因,

加えて子どもを取り巻く地域という環境要因など

が影響を与える.これらの要素すべてを包括して,

子どもを成長という時間軸の中でフォローできる

のが地域に根ざした活動を展開する医師である.

地域における心身症の三次予防とは,その地域で

の各種関連機関の活動状況を把握し,日常的に連

絡を取り合って,心身症の子どもを見守り,成長

を援助することである.地域で活躍する医師に

「心身症の三次予防」という認識を新たにさらに活

動を深めていただきたい.

II. 三次予防の現状と「健やか親子21」

しかし残念ながら,小児心身症の三次予防の整

備はいまだほとんどされていない.これは,母子

保健行政において子どもの心の健康づくり対策に

より,いじめや虐待による心の問題の対策を推進

してきた一方で,小児心身症に対する対策が,事

業として具体的に展開されてこなかったためであ

る.その理由の 1つに当該疾患の実態把握がなされ

ていなかったことが挙げられるが,全国実態調査

により,一般小児科医がかかわる機会が極めて多

いことが明らかになり,この調査がその対策の必

要性の根拠となった.

そこで,2 0 0 1年に始動した母子保健の 2 0 1 0年ま

での国民運動計画である「健やか親子 2 1」の中で

も対策が盛り込まれることとなった3).この基本理

念は健康増進や疾病の予防,障害や慢性疾患をコ

ントロールする能力を高めること,および,健康

を支援する環境づくりを柱とする公衆衛生戦略で

あるヘルスプロモーションである.これは単に疾

病発生前の一次予防のみならず,疾病後の三次予

防の概念も包含するものであると解釈できる.

健やか親子2 1の4つの柱(①思春期の保健対策の

強化と健康教育の推進,②妊娠・出産に関する安

全性と快適さの確保と不妊への支援,③小児保健

医療水準の維持・向上させるための環境整備,④

子どもの心の安らかな発達の促進と育児不安の軽

減)のうち,小児心身症は妊娠・出産以外の項目

はいずれも関連している.

具体的な取り組みとしては,心の問題に対応で

きる医師や専門家の養成,乳幼児健診を利用した

親子関係の観察,小児科医が子どもの個々の問題

に対応できる体制の整備など,早期発見早期治療

を主とする二次予防体制の充実が中心となってい

る.一方で,そのケアやフォロー体制にも言及し

ており,学校保健と地域保健・医療・児童福祉の

連携および親への教育・支援の必要性が強調され

ている.小児科医の取り組みとしては,学校医と

して学校保健委員会での活動,健康管理の専門家

として授業への参加,さらに地域においては,専

門医だけでなく,子どもの身近にいる一般小児科

の役割も指摘されている.

このように,小児心身症の三次予防はこれから

の課題である.心身症の子どもを地域全体で見守

り,再発や悪化を防止し,健やかに育つ環境づく

りのためには,現在推進している子どもの心の健

康づくり対策で構築された市町村ネットワークに

医療機関も加わり連携を組織ぐるみで持つことに

より,より強固なサポート体制を構築することが

可能であろう.

文   献

1)U.S. Preventive Services Task Force, Guide to ClinicalPreventive Services. Baltimore: Williams & Willkins,1996:xl-xli.

2)幸田正孝,高久史麿,坪井栄孝他総監修.W I B A 2 0 0 1年版.東京:日本医療企画,2001:523-524.

3)健やか親子21ホームページ:

http://rhino.yamanashi-med.ac.jp/sukoyaka

(山縣然太朗,石崎 優子)

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48

I. はじめに

小児の心身症に対応する専門機関は少なく,一

般小児科診療の延長上にある体制でそれぞれが工

夫しながら心身症治療を行っているのが現状であ

る.したがって,小児の心身症の治療すべてを専

門機関が担うということは現実的ではなく,むし

ろプライマリケアの場面と二次医療機関との役割

分担と連携が重要になる.本稿では,小児心身症

の二次医療機関が行う対応について概説し,紹介

の仕方,紹介のタイミングなどについて記載する.

II. 専門機関の診療体制

1.スタッフ

すべての専門機関が同じ体制をとっているわけ

ではなく,心身症の診療についてはどの医療機関

も試行錯誤を繰り返しているのが現状である.基

本的には,心身症あるいは心理専門スタッフが配

置されているという点が,専門機関と言える必要

最低限の条件であろう.

スタッフは,医師,心理士が中心になる.医師

は小児科医であり心身症診療のトレーニングを受

けていることが望ましいが,十分な研修制度のあ

る教育機関が少ないため,日本小児心身医学会や

日本心身医学会が主催する研修会などを利用して

いる.また,必要に応じて一定期間精神科のトレ

ーニングを受けている(児童精神科の研修を受け

ることが望ましいが,研修できる施設は限られて

いる).小児の心身症診療についての特別な認定医

制度は存在しないため,日本心身医学会の認定医

(心療内科医)制度を利用することもある.心理士

は小児の発達や思春期のカウンセリングなどに精

通している者を配置している.また必要に応じて,

精神科医との連絡や,保育士,作業療法士などの

スタッフも心身症治療に関与することもある.

2.外来診療

紹介患者は一般外来から専門外来に振り分けら

れる.専門外来は予約制で医師が臨床心理士と協

力して診察を行う.医師は主に薬物療法や精神療

法的なかかわり,親に対するガイダンスやカウン

子どもの心身症に対応する二次医療機関の現状

およびプライマリケアとの役割分担,連携のあり

方,紹介のタイミングなどについて概説した.子

どもの心身症の治療は二次医療機関においても試

行錯誤を続けているのが現状であり,プライマリ

ケアの延長上にあるともいえる.心身症に対する

治療的なアプローチとして,カウンセリングや各

種の作業療法,遊戯療法などが行われる.小児科

医,精神科医,臨床心理士,作業療法士,病棟保

育士などさまざまな職種がそれぞれの役割で治療

に関与する体制をとるのが二次医療機関に望まれ

る機能である.

プライマリケア,二次医療機関,紹介のタイミング,連携,心身医学療

法,カウンセリング,遊戯療法,作業療法

心身症専門機関における対応

キーワード

7

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セリング,学校関係者や他機関との連絡調整など

を行う.臨床心理士は児に対する心理療法や家族

療法などを行う.低年齢の児については遊戯療法

や描画,コラージュなど,年長の児に対してはカ

ウンセリングや自律訓練法,動作法などを用いた

かかわりを行う.これらは心身医学療法として診

療報酬の請求が可能である.

筆者の関係しているある医療機関の診療体制を

ご紹介する.心身症診療は,専門担当医師 1名,臨

床心理士1名が中心となって行っている.外来診療

は予約制になっているが,初診については一般外

来で取り扱うことになっている.紹介状を持参し

ている患者さんで心身症が疑われる旨の内容の記

載があれば,専門担当医師が診察する.専門医師

が不在の場合は,必要に応じて専門外来の予約が

指示される.専門外来といっても 1時間あたり 4人

の診察を行う体制であり,文字通り一般外来の延

長の診療内容になっており,人的なリソースを充

実していくことが急務である.心理士は 1人あたり

3 0分から1時間の面接時間をとり,カウンセリング

や描画療法,コラージュ療法(作業療法の一種.

「切り抜き貼り遊び」とも言われる)などを行って

いる.週に 1回ミーティングを行い,その週の初診

患者や現在問題が多い児についての情報交換と役

割分担を行っている.また同時に入院治療を行っ

ている児についての短時間のカンファレンスを行

うこともある.

3.入院診療

主に身体管理が必要な児に対し,入院治療が行

われる.病棟主治医,研修医と外来主治医,看護

スタッフ,心理士がチームで行う.必要に応じて

院内学級教師や病棟保育士,医療ソーシャルワー

カーなども関与する.通常は身体管理や検査が入

院治療の目的であり,行動面の問題が大きいと小

児科病棟の枠組みではサポートしきれない場合も

あるため,精神科との連携が必要になる.入院後

や治療の進行具合によっては,スタッフの役割分

担を確認したり,今後の方向性について情報を共

有するためのカンファレンスを開催したりする.

カンファレンスは通常,入院中数回にわたって開

催される.

急性疾患を取り扱うことの多い小児科病棟は,

心身症治療のための長期入院は現実的ではない.

その病院の持つ特徴を生かしながら,なお試行錯

誤しているというのが現状であろう.先に紹介し

た医療機関においては,通常,学童病棟での入院

治療を行っている.研修医が病棟主治医になる場

合もある.急性期の疾患および悪性腫瘍など長期

間入院している児が混在しており,さらに外科系

疾患との混合病棟のため看護スタッフの負担が大

きいという難点がある.行動化などが見られる児

については,個室で養育者に協力してもらい管理

することもあるが,早期に精神科に関与してもら

うことにしている.スタッフ全体のカンファレン

スは必要に応じて開催するが,毎週心理士と外来

医師のミーティングの際に短時間のカンファレン

スを行い,治療の方向について情報を共有するこ

とにしている.

I I I. 二次医療機関の守備範囲と限界

プライマリケア機関との間に明確な区分はない

が,基本的には身体管理も含め長期的な治療関与

が必要な疾患が中心になる.具体的には神経性食

欲不振症が中心となるが,その他過敏性腸症候群

や気管支喘息なども対象となる.また,通常二次

医療機関には厳密には心身症といえない行動面の

問題をきたしている児が受診していることが多い.

すなわち,長期化した不登校や家庭内暴力,学校

不適応をきたしている発達障害児,注意欠陥/多動

性障害や被虐待児症候群などである.これらすべ

ての問題に二次医療機関で対応することには限界

が生じる.特に児や家族の精神病理が著しい場合,

自傷行為や自殺企図などの行動化が激しい場合,

他害のおそれがある場合などは,小児科診療の枠

から外れることになり,さらに精神科との連携を

重視しなければならない.また人的資源も限られ

ていることから,治療のための時間が制約される

という事態も生じる.今後小児の心身症の二次医

療機関においては,人的な資源の養成が急務であ

る.

7. 心身症専門機関における対応 49

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50

IV. 紹介のタイミング

小児の心身症の治療では,プライマリケア機関

から二次医療機関に橋渡しを行うタイミングが治

療の行方を左右することが少なくない.神経性食

欲不振症などの摂食障害は,できるだけ早く専門

機関と連携することが望ましい.治療の構造が一

定にならないと家族や本人の症状も動揺してしま

うためである.心身症治療は,治療者の力量(や

る気)に拠る部分もあるため,自分なりの紹介す

るタイミングを決めておくとよい(criteria for

r e f e r r a l).不登校については,プライマリケアでし

っかり関与することで,8 0%が1年以内に適応レベ

ルに上昇(再登校など)しているという報告もあ

る.心身症についても,心理社会的な背景を考慮

しながら積極的に身体治療を行うこと,心をいじ

りすぎないことの必要性がいわれており,今後さ

らにプライマリケアの重要性が増すものと考えら

れる.表1に紹介のタイミングについて示した.

V. 紹介の仕方(必要な情報および連携のあ

り方)

ある程度治療関係を形成してからの紹介は,「す

べておまかせします」的な紹介すなわち患児や家

族の見捨てられ感を増強しないような形で行うこ

とが望ましい.数ヶ月先に再診の約束をするとか,

二次医療機関で開催されるカンファレンスなどに

出席するなどするとよい.

紹介前に集めておくことが望ましい情報を表2

に示した.これらの情報は一度に収集する必要は

なく,児とその家族と関係を作り上げていく中で

少しずつ整理していくことが大切である.紹介時

に必要な情報として,家族の情報,特に両親や祖

父母の人となりが分かるような情報があると役に

立つ.またストレッサー(ストレス状況を作り出

すもの)となり得る要因や児の持っているリソー

ス要因(ストレッサーに対して拮抗する作用のあ

る資源,家族や周囲のサポートシステムなど)に

ついても整理し,心身症として治療を考える上で

の「見立て」について言及しておくほうがよい.

また,どの期間どのような対応がなされ,それに

よって児の症状がどのように推移したかについて

の情報も必要である.

専門機関受診にあたっては,児も親も「心身症」

の概念を理解しある程度の動機づけを持って受診

することが望ましく,その意味で心身相関につい

ての説明を児と親にしておく必要がある.単に

「精神的なもの」という決めつけは好ましくない.

また,児本人が受診を拒否している場合は無理強

いするべきではない.紹介時の情報がしっかりし

ていれば,本人の受診がなくても家族を通じたサ

ポートが可能である.

小児心身症の診療を専門に行う機関が限られて

1)入院が必要と思われる時(1)一時的にでも家族と切り離した方がよい場合(家族関係の歪みが強い,

家族の干渉やプレッシャーが強いなど)

(2)毎日の行動観察が必要な場合(睡眠障害など)

(3)心因性と思われる不明熱が続く時

(4)院内学級を利用する目的がある時(慢性疾患がある場合)

(5)外来での治療に限界がある時(摂食障害など)

2)専門機関からさらに精神科の関与が必要と思われる時(1)家庭内で管理できないような行動化(自殺企図,激しい家庭内暴力)

(2)家族の精神疾患が疑われる時

(3)長期にわたって(おおむね3ヶ月程度)病状が変化しない時

(4)虐待が関連している時

3)その他(1)治療者やスタッフが児または家族に対し否定的な感情を持ち始めたとき

(2)施設単独でのケアが困難な時(学校や児童相談所などと連携が必要な時)

表1.専門機関への紹介のタイミング

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7. 心身症専門機関における対応 51

いる状況では,どの医療機関に紹介すればいいか

という情報が必要である.小児科学会の地方会な

どで心身症関連の発表をしている医療機関の情報

を得ておくとよい.また,日本小児心身医学会で

は県別の名簿を作成しているので,同学会に入会

することも情報収集には役に立つと思われる.

VI. おわりに

小児の心身症の診療は,たとえ二次医療機関で

あっても試行錯誤を繰り返しており,また一般の

小児科医同様,一般外来の延長上で診療を行って

いるのが現状である.考えられるさまざまな場面

で情報交換を積極的に行い,役割分担をしていく

ことが今後の小児の心身症診療に求められる体制

である.

文   献

山下文雄編.子どもの心の問題 小児科 mook 60.東

京:金原出版,1991:195-213.

(塩川 宏郷)

1)患児自身について(1)両親の考える子どもの現時点の問題点(主訴),症状の経過および現在の

状況

(2)問題行動や症状を悪化させたり改善したりする因子

(3)子どもの状態に対し両親が考える「原因」

(4)受診の動機

(5)行動様式:基本的な日常生活,習慣

(6)問題行動:攻撃性,反社会的行動,非行

(7)他人との相互関係の取り方(社会技能)

2)生育歴(1)発達の経過

(2)医学的な経過

3)家族因子(1)家族構成

(2)両親の生育歴:両親の育った家庭の過去と現在の状況,学校および職場

への適応状況,職業以外の関心事,両親の医学的・心理社会的な問題

(3)養育環境:しつけの方針,育児態度,親子の仲,両親の教育感,住居の

環境,経済状況,両親の性格,近隣との接し方

4)学校因子(1)学業成績:成績全般,特に得意なもの・苦手なもの

(2)学校への適応状況:仲間・先生との相互関係の取り方,クラブ活動など

への適応状況

(3)学校以外の活動状況

(4)教師との相性,学校の方針

表2.紹介前に集めてあるとよい情報

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各 論

1 循環器系

―起立性調節障害―

2 呼吸器系

3 消化器系

4 泌尿器系

―排泄障害―

5 アレルギー疾患

―アトピー性皮膚炎―

6 神経・筋疾患

7 注意欠陥/多動性障害(A D / H D)とそ

の辺縁疾患

8 摂食障害

9 精神科,児童精神科疾患とその近縁

10 小児型慢性疲労症候群

11 不登校

11-1 不登校 -心因を主とする不登校-

11-2 不登校 -学校保健の立場から-

12 心の発達への配慮が必要なその他の諸問題

12-1 乳幼児の心の問題

12-2 思春期の心と身体の問題とその対応

12-3 慢性疾患児と心の問題

12-4 障害児と家族をとりまく問題

12-5 社会精神医学

12-6 災害時の心のケア

13 鑑別診断が必要な病態

― 見落としてはいけない身体疾患―

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54

I. はじめに

O Dは,生物学的機能異常(身体)と心理社会的

関与(心)が,さまざまな程度に混ぜ合わさった

幅広いスペクトラムからなる病態であり(図 1参

照),それを理解することはとても大切である.し

かし実際の治療を開始するにあたっては,次の 2つ

が重要ポイントとなる.

(1)心理社会的関与に注意を払いつつも,まず生

物学的機能に焦点をあてた治療を優先するこ

と.

(2)O D症状から生じる心理社会的な二次障害を最

小限に止める配慮を行うこと.

平成 1 1年度厚生科学研究「心身症,神経症など

の実態把握及び対策に関する研究」の全国調査に

よると,一般小児科外来を受診した 1 0~1 5歳3,3 1 6

名のうち,2 8 1名(8.5%)が心身症,神経症などと

診断された.その中でO Dは1 9 9名と約7 0%を占め

最も多かった.このことから,O Dは専門医でなく

ても小児科医が心身医学的な対応をする必要があ

る.

II. 病態生理

OD様の身体症状は,思春期前後に特有な循環器,

内分泌系の急激な変化によってもたらされる正常

な現象である.その多くは,生体の代償機構によ

って制御機構が破綻せず,程度が軽く日常生活に

大きな支障がない.しかし,生物学的理由から代

償機構が不十分で,さらに心理社会的ストレスに

起立性調節障害(O D)は,起立にともなう循環

動態の変動に対する生体の代償的調節機構が適切

に対応できないことによって生じる.この機構に

は,循環血液流量,心拍出量,末梢血管特性,脳

循環調節特性,そしてこれらを調節統合する自律

神経機能が含まれる.この中でも自律神経機能の

役割は重要であるが,これが心理的ストレスによ

って非常に強い影響を受け,その結果,循環動態

の調節障害が生じる.すなわち O D を心身症と位

置づけ,日常診療にあたることが重要である.

起立直後性低血圧,体位性頻脈症候群,神経調節性失神,起立試験,薬

物療法,二次障害

循環器系

―起立性調節障害―

キーワード

1

図1.心身医学的観点から見たODの捉え方

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1. 循環器系 55

よって自律神経中枢に影響が与えられると,自律

神経系を介する調節機構がうまく作動せず,個人

の血管特性や自律神経反射特性によって,さまざ

まなタイプのODが発症すると考えられる.

O Dには,特徴的な循環動態を持つ数種類のサブ

タイプが存在するが,その中でも起立直後性低血

圧,遷延性起立性低血圧,体位性頻脈症候群,神

経調節性失神が重要である(図 2参照).各々がオ

ーバーラップすることもあるが,各々発症機序が

異なるため,治療を含めた対応も異なることに注

意する.

I II. 一般小児科医を受診する際の主訴

当然,他の心身症の各疾患にも見られるような

自律神経系を介するさまざまな不定愁訴をともな

うが,中でも特に,起立時の循環調節障害に基づ

く身体症状が中心となる(表 1参照).すなわち,

全身倦怠感,立ちくらみやふらつき,失神発作,

頭痛,食欲不振,気分不良,動悸,睡眠障害,朝

起き不良,顔色不良などが見られる.この中でも,

強い全身倦怠感,立ちくらみ,睡眠障害は上記の

いずれのタイプでも 7 0~8 0%以上に認められる.

さらに起立直後性低血圧では,立ちくらみ,全身

倦怠感が,体位性頻脈症候群では頭痛,全身倦怠

感が,神経調節性失神では失神発作が主訴となり

やすい.

最も多い起立直後性低血圧では,起立直後に血

圧低下が強いタイプが多いため,起立後 5~1 0秒で

立ちくらみや気分不良で,座り込んだり倒れ込ん

だりすることがある.そうなるともう一度起き上

がるのが恐くなり,なかなか起き上がろうとしな

い特徴がある.朝であれば,寝床から起き上がら

ないことにもなる.また入浴時にも同じ症状があ

る.

一般的に午前中に症状が強く,午後からは改善

する.しかし重症例では午後にも症状が持続し, 1

日中横になっていることが多い.睡眠障害は宵っ

張りの朝寝坊というレベルを越えており,就床後 1

時間以上寝つけない者も多い.

また精神症状をともなうことが多く,強い不安,

抑うつ感情,焦燥感,集中力の低下,学力の低下

などが見られる.

I V. O D の中で心身症と言えるものがどの程

度存在するか

O Dは神経症的登校拒否(不登校)を合併するこ

とが多く,起立性低血圧,体位性頻脈症候群のい

ずれにおいても, 5 0~6 0%が不登校を合併する.

そして不登校は,O Dが身体的治療によって軽減し

ても持続し,経過中に各種心理療法が必要となる

場合がある.また不登校を生じていないO Dの約半

大症状A.立ちくらみ,あるいはめまいを起こしやすい

B.立っていると気持ちが悪くなる,ひどくなると倒れる

C.入浴時あるいは嫌なことを見聞きすると気持ちが悪く

なる

D.少し動くと動悸あるいは息切れがする

E.朝なかなか起きられず午前中調子が悪い

小症状a.顔色が青白い 

b.食欲不振

c.臍疝痛をときどき訴える

d.倦怠あるいは疲れやすい

e.頭痛

f.乗り物に酔いやすい

g.起立試験脈圧狭小化16mmHg以上

h.同収縮期圧低下21mmHg以上

i.同脈拍数増加 1分間21以上

j.同立位心電図のTIIの 0.2mV以上の減高その他の変化

表1.起立性調節障害診断基準

下記の3項目のいずれも満たす.

1.全身倦怠感,立ちくらみ,失神発作,頭痛,食欲不振,

気分不良,動悸,睡眠障害,朝起き不良などの起立失調

症状が,3つ以上,1ヶ月以上持続.

2.起立後血圧回復時間≧25秒,または血圧回復時間≧20秒+起立直後平均血圧低下≧60%を満たす.

3.循環調節異常を生ずるような基礎疾患がない.

以上の3項目を満たし,かつ,起立 3~7分後において収縮

期血圧低下が基礎値の 1 5%以上を持続した場合,s e v e r e

formとし,そうでないものをmild formとする.

本診断基準の偽陽性率は4.7%である.

表2.起立直後性低血圧(INOH)の診断基準

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56

数で心理社会的問題が明らかであることから,O D

の70~80%は心身症と考えられる.

V. 身体所見

O Dは起立時や座位での循環不全があるため,顔

色不良であることが多い.また座位での診察では,

いずれのタイプも 9 0/分以上の軽度頻脈を認めた

り,撓骨動脈の拍動が減弱していることが多い.

起立時には,強く早い心尖拍動が胸壁から観察

されることがある.また起立中には,皮膚循環の

異常のため,足の色が悪くなったり足が痒いと訴

えることがある.失神発作直前には,冷汗,過呼

吸,顔面蒼白となる.

体型は,比較的やせ形が多いと記載した書籍も

あるが,正常体型ややや肥満気味の患者もおり,

統計的有意差は明らかでない.胸部レントゲンで

小心臓(C T R <4 0%)は,参考所見となることがあ

る.起立時の心電図でT波の減高を認めることがあ

るが,起立時の頻脈と関係がある.

V I. 起立試験および評価方法

1.起立試験法

図2に示すような血圧記録は特殊な測定装置を必

要とするので,一般小児科では従来の起立試験法

(シェロングテスト)を行う.臥位と起立時を比較

した血圧心拍の変化から,O Dのタイプをおおむね

決定する.血圧測定は頻回に行うので,医療用も

しくは家庭用自動血圧計を用意する.

安静臥位 1 0分の後に起立位をとり,経時的に血

圧心拍を測定する.起立方法には,自分で起立す

る能動的起立を行う.起立前に臥位は,必ず 1 0~

1 5分間とする.臥位終了時に 3回程度測定を行い平

図2.起立時の非観血的連続血圧,脈拍記録(Finapres)による起立性調節障害のサブタイプ.

a)健常者,b)起立直後性低血圧(INOH mild form),c)起立直後性低血圧(INOH severe form),d)

体位性頻脈症候群,e)遷延性起立性低血圧(delayed OH),f)神経調節性失神発作(NMS)を示す.

矢印sは,能動起立時を表す.iは起立初期低下(initial drop),oはovershoot.

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1. 循環器系 57

均値を算出し臥位血圧とする.その後起立させ,

起立直後と 1分~ 1 0分後まで 1分ごとに行う.(低

血圧発作による転倒を防止するため,血圧測定は

頻回に行う.看護師または臨床検査技師に十分な

トレーニングをすれば,測定は医師でなくてもよ

い.)起立と同時に測定を開始すると,起立 3 0秒後

の血圧が測定できる.起立中に低血圧発作が生じ

た場合には,検査を中止し直ちに臥位にする.起

立失調症状(ふらつき,だるさ,冷汗,動悸,気

分不良)が出現しなければ,一般的には起立 1 0分

で終了する.

測定上の注意点:測定の条件や日時によって変動がある.静

かな検査室で患者の緊張をときほぐし,検査機材に馴染ませ

ながら実施する.喧噪な外来処置室では疑陽性や偽陰性にな

りやすいため,可能な限り静かな部屋で実施する.また疾患

の特徴でもあるが,日時の変動があるため, 1回の検査です

べてを判定しない.

2.診断の手順

起立血圧試験を参考にした起立性調節障害の診

断の手順は,図 3に示した.これによって,O Dの

タイプに合わせた適切な治療を実施することがで

きる.起立直後性低血圧の正確な診断(表 2)のた

めには,特殊な装置を使った起立血圧試験を必要

とするが,簡易法もあり有用である 1).

V II. どの程度の重症度を治療対象とするべ

きか

上記の 4つのサブタイプに診断できる症例では,

通常,身体機能異常は強く身体症状も重い.午前

中だけでなく午後も 1日中倦怠感が強い重症例は治

療対象となる.またサブタイプと診断できない軽

症例であっても,I II .で述べた起立失調症状がほぼ

毎日あれば治療対象となる.

医師の判断で,O D症状が明らかに軽度であるに

図3.OD症状に対する診断フローチャート

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もかかわらず不登校をともなっている場合は,不

登校として対応し,O Dの身体治療に重点をおく必

要はない.

V I I I. 一般小児科医で行うべき治療

I. で前述した重要な 2つのポイントについて,具

体的に記述する.

1.心理社会的関与に注意を払いつつも,まず生

物学的機能に焦点をあてた治療を優先するこ

と.

「O Dは心身症」といっても,「O Dに心理療法が

直ちに必要」ということではない.むしろ,O Dに

対して最初から特殊な心理療法を行うことは禁忌

である.なぜなら患者自身は「身体の辛さを何と

かしてほしい」というのが最大の希望であるため,

初期の段階からカウンセリングや特殊な心理療法

を導入するのは,患者が希望しない限り誤りであ

る.患者への接し方において,主治医が心理社会

的側面に注意を払いつつも,『O Dを身体的疾患と

して治療する』というスタンスを示し,かつ丁寧

に患者の身体診察・検査を行い,「きみの身体の辛

さを一緒に治そう」というメッセージを伝えるこ

とが重要である.その意味で,O Dは体を診る小児

科医が治療するべき疾患である.不登校をともな

う場合,本人が自ら登校する様子が見られなけれ

ば,身体症状が改善するまでは強制的な登校は控

えるべきである.

身体治療は非薬物療法から開始し,薬物療法も

併用する.

1)運動療法: O Dは起立することが辛く運動が嫌

いである.運動の大切さを説明し,毎日 1 5分程

度は外での歩行訓練を行う.リハビリが診療施

設にあれば,週2~3回の通院をする.臥位での

筋力訓練,心拍数が120を越えない運動を行う.

2)規則正しい生活:規則正しい生活は O Dの患者

にとって実行が困難な場合が多い.しかし,昼

寝はしない,夕方に散歩をする,夜は 1 1時まで

にベッドに入る,欠席した日の日中に身体を横

にしないなどを説明する.

3)暑気を避ける:学校で体育を見学させる時は,

必ず保健室などの室内で,座って待機するよう

に指示を与える必要がある.入浴は短い時間と

する.

4)肉体上の操作:起立時には,臥位から直ちに起

立して歩くのではなく,いったん座位になり,

2~3分以上かけて起立する.また歩きはじめは,

頭位を前屈させれば脳血流が低下しないため,

歩きはじめの失神を予防できる.特にこの操作

は,起立直後性低血圧に有効である.遷延性起

立性低血圧,神経調節性失神に対しては,起立

時に足踏みをする,下肢をクロスに交叉してお

互いに絞る,しゃがみ込むなどが簡単で実用的

である.

5)下半身圧迫装具

(Compression countergarments)

下半身への血液貯留を抑制するため,弾力ス

トッキングや加圧式腹部バンドを使用する.特

に,腹部バンドによる血液貯留が多い腹部内臓

への血液移動防止効果がある.いずれのタイプ

のODにも効果がある.

6)大量食塩摂取(high sodium intake)

O D児はあまり塩辛いものを好まず,水分摂

取も少ない.また高血圧予防の観点から,食塩

摂取が少ない家庭もある.O Dには,1日1 0~

1 2g程度の食塩摂取が必要である.起立直後性

低血圧,体位性頻脈症候群に効果がある.

7)薬物療法(medication)

現時点で日本ならびに海外で共通して多く使

用されている薬剤は, M i d o d r i n e である.

M i d o d r i n eはα受容体刺激剤であり,抵抗血管

である細動脈と,容量血管である静脈の両方に

作用し,かつ副作用が少ないため使いやすい.

したがって,すべてのタイプに効果がある.使

用方法は1回2m g,1日2~3回食後に服用する.

2 ~ 3 週 間 で 薬 剤 効 果 が な い 場 合 は

d i h y d r o e r g o t a m i n e(D H E)に変更する.D H E

58

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1. 循環器系 59

は体位性頻脈症候群,遷延性起立性低血圧には

効果があると推定されるが確証はない. L -

D O P S は効果があるが保健適用外である.

A m e z i n i u mは,頻脈を生じる O Dでは使用しな

い方がよい.

2.症状から生じる心理社会的な二次障害を最小

限に止める配慮を行うこと.

O Dは,発症後ほとんどの症例で二次障害を起こ

すが,これによって患者本人の精神不安定,家族

関係の悪化,社会からの孤立が生じる.重症のO D

は身体症状のために強い不安を抱いている.強い

倦怠感や不眠が持続することへの不安,学校を欠

席することへの焦りがある.さらに学校でのトラ

ブルによる学校不信・友人関係のトラブルといっ

た心理的背景が潜在していることが多い.親子関

係では幼少時からの依存欲求不満が潜在している

うえに,親や,教師から仮病扱いされ,人間不信

になっていることもある.このため精神不安定,

引きこもりなどの二次障害が生じるので,担当医

はこれを最小限に止めるよう,以下のような配慮

をする必要がある.

●O Dの発症機序を患者ならびに保護者に十分に理

解してもらう.患者自身の血圧記録を示して説

明すると説得力があり,症状の原因を知ったこ

とにより安心し,治療導入がすみやかとなる.

怠けや詐病の疑いがなくなり,親からも理解が

得られる.

●患者本人に対して,少しぐらい辛くても頑張れ,

などと叱咤激励しない.

●保護者に対しては,治療には 2~3年を要しても

必ず回復するので,決して焦らず,『子どもを信

じて見守る』ことの重要性を説明する.

IX. 専門機関紹介のタイミングと紹介方法

O Dはまれな疾患でない.したがってすぐに専門

医を紹介するのではなく,可能な限り一般小児科

医での診療を心がける.

1.治療開始後, 1ヶ月で起立試験の改善が見られ

ない場合→ O Dを専門とする治療機関(小児循

環器外来のある病院など)に紹介する.起立直

後性低血圧の重症型では薬剤が効かないことも

あるため,投与量を増やすなど,再評価が必要

である.

2.治療開始後, 1ヶ月で起立試験の改善が見られ

るが,身体症状が改善しない場合→他の身体的

基礎疾患がないか再検査を行う.小児科のある

病院に紹介する.

3.治療によって身体症状は軽減したが,落ち込ん

だり,いらいらなどの精神症状が強い場合→小

児心身症外来のある医療機関に紹介する.

4.治療によって身体症状は軽減して精神的にも安

定しているが,不登校が持続する場合→学校生

活での心理葛藤によって不登校が生じているた

め,学校との連携や適応教室などを考慮する.

X. 予後

何をもって治癒とするかによって予後も変わる

が,心身医学的治療を行った場合, 1年後の治癒率

(薬剤を必要としない状態)は 5 0%,2~3年後に

は,7 0~8 0%になる.しかし,O D症状に限ってい

うと,成人に至っての症状保有率は, 2 0~4 0%と

されている.

不登校をともなった難治性O Dの1年後の復学率

は30%であり,不登校状態の改善率は高くない.

文   献

1)田中英高.起立性調節障害の新しい理解.児心身誌

1999;8:95-107

(田中 英高)

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60

◆気管支喘息◆

心身症としての喘息を考えるために

アトピー家系から生まれた子どもがたどる,皮膚

から気道へとアレルギー症状が移行する状態をアレ

ルギーマーチ(allergic march)と呼んでいる.こ

れと,エリクソン(E r i k s o n,D . H .)が発達的課題

(life task)としてまとめた心身の発達 1)と重ね合わ

せてみた(図 1参照).自立と分離不安が生じやす

い幼児期に,喘息であることから過保護,過干渉に

育てられると,自立性が障害され過度に抑圧的にな

る.これがその後の目的思考力,適格意識の成立を

損ない,社会性を低下させて疾病に逃避するなどの

悪循環が生じ,喘息が難治化するようになる.

I. 一般小児科医へ受診時の主訴

咳嗽,喘鳴,呼吸困難を繰り返す疾患で,時に

窒息状態に達する致命的な発作を起こすことから,

心身の発育・発達に及ぼす影響は大きい.心理・

社会的要因(心因と略)を検索する手がかりは,

①叱られたり,困ったりした時などの心理的スト

レス状態で発作が誘発される,②対症療法で十分

な効果が得られない,③医療スタッフの指示に従

わず,薬を使用しなかったり頓用薬を乱用したり

する(コンプライアンスが悪い),④入院中に試験

的に外泊させると発作で帰院する(環境アレルゲ

ンの可能性を含む)などが挙げられる.

II. 心身症の頻度

喘息発作や経過に心因がどの程度関与するかを

正確に調査することは難しい.全国 8施設における

喘息児の保護者が心因の関与を認めた比率は,比

較的重篤で入院している喘息児の 3 3 3名中 1 7 8名

(5 3.8%)であり,外来通院中の喘息児の 2 2 1名中

97名(43.9%)より有意に高かった2).

I II. 理学的所見

1.発作時の所見

発作時には咳き込んで呼吸数が増加し,笛声喘鳴

(ヒューヒュー・ゼーゼー)が聞かれる.喘鳴が強

くなると聴診器を使わなくても聴取されるが,下気

道に狭窄があると呼気性喘鳴,上気道では吸気性喘

鳴が聞かれ,呼気が延長する.喘鳴が聞かれても呼

呼吸器系の心身症には,咳嗽などの一般的な症状や,

呼吸困難などの身体的苦痛を認めることが多い.代表

的な呼吸器疾患として,気管支喘息(喘息と略)につ

いて,発達的課題との関連性で難治化の病態とコンプ

ライアンス,および心理療法の概略について述べる.

共通した症状を持って合併ないし続発する過換気症候

群について,多彩な症状とパニック障害との鑑別診断

と,音声チックとしての神経性咳嗽について述べる.

気管支喘息,アレルギーマーチ,発達的課題,コンプライアンス,集団合宿療法,過換

気症候群,ペーパーバック法,パニック障害,神経性咳嗽,心因性咳嗽,音声チック

呼吸器系

キーワード

2

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吸困難が見られなければ小発作,顔色不良,胸骨,

鎖骨上窩,肋間,季肋部の陥没などの呼吸困難を表

す症状により中発作と判断する.さらにチアノーゼ,

起座呼吸,胸鎖乳突筋の突出などが認められると大

発作,通常の治療薬に反応せずステロイド薬の静注

を含む入院治療が必要な状態を重積発作と呼ぶ.さ

らに狭窄が進行すると,呼吸音が減弱して(s i l e n t

c h e s t),低酸素・高炭酸ガスの状態から呼吸不全に

陥る.呼吸機能検査では,1秒率やピークフローな

どのlarge airwayの閉塞を示す指標の低下を認め,

気管支拡張薬の吸入によって改善する.訴えが強い

にもかかわらず客観的指標および身体所見がはっき

りしない場合,心因性発作も考慮する.その逆に発

作状態にありながら訴えが少ない場合,突然の悪化

により喘息死に移行する危険性もあり得る.

訴えることができない乳幼児では,前述の身体

所見や酸素飽和度により重症度が判定される.

2.非発作時の所見

小児期の喘息では,非発作時には訴えや理学的

所見を認めることは少ない.タバコの煙などの刺

激物や運動により症状が誘発されることはある.

呼吸機能検査でsmall airwayの閉塞を示す指標の

V.50,V

.25の低下を認めることがある.

I V. 喘息および心身症としての診断

1.喘息の診断および鑑別診断

咳嗽,喘鳴,呼吸困難を繰り返すことで診断が

確定される.乳幼児期では先天性奇形として大血

管輪,感染症として急性細気管支炎,事故として

気道内異物が鑑別の対象となる.学童期以降は診

断が比較的容易ではあるが,咳嗽が強い神経性咳

嗽,呼吸困難が強い過換気症候群が喘息に合併し

たり,交替して出現することがある.これらの疾

患について後述する.また発作状態になくても,

急激な呼気を繰り返すことで喘鳴を作り出すこと

ができるため,聴診と肺機能を合せて判断する.

2.心身症としての診断基準

臨床症状や心因に関連した質問を保護者が記入

し,担当医が心身症と判定した群と否定した群を

分ける8項目を選択して3)判断する.

① 欲求不満の時、発作が起こりやすい.

② 喘息は治らないことが多い.

③ 発作が起きると自分で対応できる.

④ 喘息に心理的な問題が関与している.

⑤ 発作の時,優しく接するとよくなる.

⑥ 喘息を治すことは非常に困難である.

⑦ 親(保護者)の世話を受けていない.

2. 呼吸器系 61

図1.小児の発達臨床心理からみた気管支喘息のケアにおける問題点

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⑧ 親(保護者)が忙しくて相手ができない.

「はい・いつも」を 3点,「はい・時々」を 2点,

「いいえ」を 0点,「不明」を 1点とし,これらの総

和が 1 6点以上を「典型的な心身症」,1 2~1 5点は

「心身症の傾向」,8~1 1点は「心身症の可能性を否

定できない」,7点以下を「心身症でない」と判定す

る.

専門医による主観的な判定に匹敵するような質問紙

を作成することは難しいが,種々の側面から検討する

際,心理検査などを加えて実施することは可能である.

V. 一般小児科医で可能な治療(初期対応)

1.発作時の治療法(発作治療薬:レリーバーreliever)

気管支拡張薬により症状の軽減や消失を図る.

心因の関与が強く考えられる場合でも対症療法は

重要である.心因を配慮せずに投与量や薬剤を増

やすだけでは,期待された効果を認めず難治化が

もたらされることになる.

2.非発作時の治療法(長期管理薬コントローラー:controller)

1)原因療法

喘息発作の原因抗原や誘発因子を明らかにして

除去する.

2)予防療法

ステロイド吸入薬や経口や吸入による抗アレル

ギー薬によって,発症を予防する.これらは即効

性がないことから,患児が勝手に止めるため,コ

ンプライアンスは比較的悪い.治療の意義を説明

して納得させ,喘息日記やピークフロー値に現れ

た改善で確認させる.

3)心理療法4)

一般小児科医で取り組める心理療法には,特別

な設備やスタッフを必要とせず,ある程度の経験

と情熱があり,解決が困難な場合に専門医と連携

できれば可能となる.

a.個別心理療法

遊戯療法,箱庭療法:年少児から実施が可能で,

個別に非言語的な対応ができる.

自律訓練法,バイオフィードバック療法,行動

療法:学童以降で治療者の指示を理解し,

実行して結果を表現できる.

交流分析 5):学童以降でエゴグラムを書いて交流

様式を分析し,人間関係の改善を試みる.

b.集団心理療法

集団合宿療法(サマースクール,サマーキャン

プ):喘息児同志が,集団生活の中で理解

し助け合い,自己表現を実践することで自

尊心を育てることができる.

長期施設入院療法:外来通院や短期入院による治

療で十分な効果が得られなかったり,親子間な

ど家族関係の修復が困難な場合に適応となる.

VI. 専門機関紹介時に必要な説明事項と紹介方法

通常の薬物療法や生活指導により期待される効

果が得られなかったり,急激に悪化したりする場

合,専門医療機関に紹介する 6).

V II. 予後

治療法の進歩も加わって,思春期までに喘息児

の約2/3が寛解(緩解)している.予後は比較的良

好ではあるが,喘息発作による死亡は,小児期の

他の年齢層に比べて思春期に多い.

◆過換気症候群◆

発作的に過剰な換気運動を繰り返し,動脈血炭

酸ガス分圧(P a C O2)の低下による呼吸性アルカロ

ーシスをともなった多彩な症状を表す.

I. 一般小児科医へ受診時の主訴

呼吸困難,空気飢餓感などの呼吸器症状,胸内

苦悶,胸痛,動悸などの循環器症状,腹痛,腹部

膨満,悪心などの消化器症状,四肢,顔面または

全身のしびれ,筋硬直,振戦,テタニー型強直性

痙攣などの神経・筋肉症状,意識低下,失神など

の中枢神経症状をきたす.

II. 心身症の頻度

心因性に発症することが多いが,正確な頻度は

知られていない.小児では 1 0歳以上の年長児に見

62

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られ,女子に多い 7).性格的には不安定で,精神的

に張り詰めた苦労性,憂鬱,神経質なものに起こ

りやすい.強い恐怖(手術前など),苦悶,疲労,

当惑,対人関係におけるフラストレーションなど

も誘因となりうる.また脳腫瘍,脳炎,感染,肝

障害,サリチル酸中毒に合併することがある.

I I I. 理学的所見

急に不安をともなって過呼吸状態になり,咽頭や

胸部が締めつけられ,息が吸えない,空気が薄くな

った(空気飢餓感)と訴え,さらに意識的に過呼吸

を続けるという悪循環に陥る.引き続き四肢のしび

れ,振戦,頭痛,悪心が現れ,約1 0%に意識喪失を

認める.発作は 3 0~6 0分間続くことが多い.非発

作時にもため息やあくびが見られ,不定愁訴が多い.

I V. 診断基準

1.発作時の診断法

これらの症状に加え,発作時の動脈血ガスで呼吸

性アルカローシス,血清電解質でカルシウムの低下,

リンの低下傾向を認めると診断できる.過呼吸発作

は意識的に止めたり, 3~5%の炭酸ガスを吸入さ

せたり,紙袋やビニール袋をふくらませて鼻と口を

覆い,自分の呼気を再吸入させて(ペーパーバック

法),軽快することも診断に有用である.

2.非発作時の診断法

非発作時にも炭酸ガス分圧は正常の下限を示す.

非発作時には過呼吸テスト(正常呼吸の 2倍の速さ

で最大限に深い呼吸を鼻から吸って口から出させ

る)を実施する.3分以内に症状が再現される.動

脈血ガスに前述の所見があれば診断できる.

3.鑑別診断

1)パニック(恐慌性)障害panic disorder(P D):

心悸亢進,発汗,身震い,呼吸困難,胸痛や胸

部不快感,嘔気や腹部不快感,めまい感,ふら

つき感,離人症状,狂気や死への恐怖,異常感

覚,冷感のうち 4つ以上の症状が突然に発現し,

1 0分以内に頂点に達するものをP Dと判定する8).

2)気管支喘息:気道狭窄による喘鳴と肺機能で閉

塞性障害を認めることで鑑別される.

V. 一般小児科医で可能な治療(初期対応)

1.発作時の治療

救急外来を訪れた患児と両親(周囲の人)を落

ち着かせ,「ちょっと息を止めてごらん」と言って,

落ち着けば呼吸が楽になることを体感させる.「息

を止めても苦しくないのだから,ゆっくり落ち着

いて呼吸してごらん」と続けて,水をゆっくり飲

ませる.効果がなければ, 3~5%の炭酸ガスと酸

素の混合気を吸入させるか,前述のペーパーバッ

ク法により呼気の再呼吸を試みる.発作が消失し

た段階で,患児と両親に過換気症候群の病態を解

りやすく説明し,その対応法を教える.

効果がなければ,ジアゼパム(セルシン)を筋

注または静注で投与する.

2.非発作時の治療

病歴の詳細,特に生育歴と人間関係に注目し,心理

検査の結果を参考に,患児と両親のカウンセリングを

実施する9).心理療法には,遊戯療法,箱庭療法,バ

イオフィードバック法などがあるが,設備やスタッフ

により選択される.過呼吸テストで発作を誘発させ,

それをコントロールする訓練も自律訓練法やバイオフ

ィードバック法と組み合わせて実施する.

反復する場合,抗不安薬としてジアゼパム(セルシン,

ホリゾンなど)を分3内服,β遮断薬(喘息には禁忌)

としてプロプラノール(インデラル)を分3内服,抗う

つ薬としてアミトプチリン(トリプタノール)またはイ

ミプラミン(トフラニール)の分3内服を選択する.

V I. 専門機関紹介時に必要な説明事項と紹介方法

以上の治療が効果を示さない場合,詳細な病歴に

これまでの治療内容と効果を記載して専門医療機関

に紹介する.専門スタッフによる催眠療法,自律訓

練法,行動療法などが実施され,著しい不安,恐怖,

苦悶状態にある場合,抗不安薬が投与される.

V I I. 予後

適切な心理療法が選択され,対応がよければ経

過は比較的良好である.

2. 呼吸器系 63

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64

◆神経性咳嗽◆(nervous cough)

心因が関与した乾性咳嗽を繰り返す状態を神経

性咳嗽または心因性咳嗽という 10).

I. 一般小児科医へ受診時の主訴

乾性咳嗽が発作性反復性または慢性連続性に認

められ,緊張感が高まると増加し,季節性がなく,

何かに熱中していたり睡眠中には起こらないとい

った特徴があり,音声チック障害に相当する.

I I. 心身症の頻度

詳細な頻度に関する調査結果はないが,まれなも

のではない.咳嗽の鑑別診断には喘鳴がない喘息

cough variant asthmaやアレルギー性気管支炎が挙げ

られる.前者は気道過敏性があり,気管支拡張薬や

ステロイド薬が有効であり,後者では気道過敏性は

ないが,ステロイド薬が有効である点で鑑別される.

呼吸器系の炎症や腫瘍を鑑別しなければならない.

I I I. 理学的所見

咳嗽のみで,胸部聴診には異常を認めず喘息を合

併しなければ,肺機能は正常である.

I V. 診断基準

乾性咳嗽が心因で増悪し,緊張がとれた時や熱中

している時,睡眠中には消失する.激しいものでは

窒息感をともない,時に失神(cough syncope)に

陥ることがある.

V. 一般小児科医で可能な治療(初期対応)

1.発作時の治療(対症療法)

必要な検査を実施して,器質的疾患がないことを

確認して「大丈夫だ」という保証を与える.鎮咳薬,

去痰薬,抗生物質,気管支拡張薬は有効ではない.

対症療法をいたずらに長引かせず,心理療法を導入

すべきである.

2.非発作時の治療

心理検査の結果を参考に,患児と両親のカウン

セリングを実施する.心理療法には遊戯療法,箱

庭療法,バイオフィードバック法などがある.

V I. 専門機関紹介時に必要な説明事項と紹介方法

これらの治療が効果を示さない場合,治療内容

と効果を記載して専門医療機関に紹介する.専門

スタッフによる催眠療法,自律訓練法,行動療法

などが実施され,著しい不安,恐怖,苦悶状態に

ある場合は,抗不安薬が投与される.

V I I. 予後

適切な心理療法が選択され,対応がよければ,

経過は比較的良好である.

文   献

1)岡堂哲雄監修.発達臨床心理の理論,小児ケアのた

めの発達臨床心理,東京:へるす出版,1983:1-372)赤坂徹.気管支喘息児に対する心理的アプローチの

仕方.小児科 M o o k,N o . 5 6,小児来漢詩喘息の診療

の実際,東京:金原出版,1989:167.

3)赤坂徹,山口淑子,小原理枝子他.施設入院中の気

管支喘息児における心身症としての診断規準.呼吸

器心身医学 1995;12:84-87.

4)赤坂徹.小児アレルギー疾患の心理療法.小児内科

1983;15:1437-1444.

5)赤坂徹,根津進.エゴクラムの小児科領域における

標準化とその応用.心身医学 1985;25:36-44.

6)赤坂徹,小原理枝子,山口淑子他.気管支喘息児の

医療における病診連携の問題点と対応策―北日本小

児科学会会員を対象とした調査結果から―.小児科

1996;37:453-458.

7)赤坂徹.小児期における気管支喘息,過換気症候群,心因

性咳嗽に関する心理社会的特徴―標準化された心理検査に

よる疫学的調査―.呼吸器心身医学 1 9 9 3;1 0:1 6 4 - 1 6 8.

8)American Psychiatric A s s o c i a t i o n,高橋三郎,大野

裕,染矢俊幸訳.D S M -Ⅳ精神疾患の分類と診断の手

引.第1版.東京:医学書院,1995:161-162.

9)赤坂徹.過換気症候群.小児内科 1 9 9 2;2 4:5 9 5 - 5 9 7.

10)赤坂徹.小児期における気管支喘息,過換気症候群,

心因性咳嗽に関する心理社会的特徴―標準化された

心理検査による疫学的調査―.呼吸器心身医学

1993;10:164-168.

(赤坂 徹)

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65

◆過敏性腸症候群◆(Irritable bowel syndrome; IBS)

I. 診断

腹痛・便通異常を主体とする消化器症状が持続

する機能的疾患である. 1 9 7 8年より M a n n i n gらの

診断基準(表1参照)が国際的に使用されてきたが,

1 9 9 2年M a n n i n gの基準に症状の持続時間や排便回

数を加味し,その特異性を向上させたR o m e診断基

準が作成された 1).さらに,1 9 9 9年,I B Sのような

機能性消化管障害が緩解・増悪を繰り返すため,

単に持続期間を 3ヶ月と緩和したR o m e I Iの診断基

準 2)に改訂されている(表 1参照).わが国では,

日本人向けに提案されている B M W診断基準(三輪

基準)も作られている(表1参照).

II. 頻度

わが国における小児の過敏性腸症候群の頻度は

小学生で 1~2%,中学生で 2~5%,高校生で 5~

9%と報告され,特に,中学や高校の最終学年に多

く,受験との関連なども指摘されている3).

I II. 問診や検査の注意点

小児においては,内視鏡や造影検査などの侵襲

的検査を,必ずしも一律にルーチン化せず,問診

や診察から診断を積極的に試みる姿勢も大切であ

る.表2に診断に至るフローチャートを示す.実際

の診療場面では,症状やその治療との関連から,

下痢を主体とする下痢型,便秘を中心とする便秘

型,空気嚥下をともない放屁の多いガス型に分類

すると対処しやすく,便性についてはブリストル

の便性状スケールの使用が簡便である(表3参照).

I V. 治療

生命にかかわる重大な疾患ではないことを説明

し,保証を与える.規則的な睡眠や排泄習慣をつ

けるよう,また激辛食品やコーヒーなどの過剰摂

取に注意するよう,指導する.下痢をしやすい場

合は,乳製品や冷たいもの,脂肪摂取などを控え

るよう指導する.便秘時は水分や繊維の多い食物

を摂取し,ガス貯留や腹部膨満が強いガス型の場

合は繊維の多い野菜や芋類,果物,炭酸飲料やガ

ムなども控えさせる.本例の重症型では緩解・増

悪を繰り返すことが多く,二次的に消化器症状再

小児の消化器系心身症は身体症状を主訴とし,

一般小児科外来を受診することが多い.過敏性腸

症候群,心因性嘔吐,腹痛,消化性潰瘍に関し,

概念,定義,診断,治療についてまとめた.診断

のフローチャートに沿って必要な検査を行い診断

基準と照らし合わせて病状を把握し,適切な薬物

療法と心理療法を実施する.

消化器疾患,過敏性腸症候群,心因性嘔吐,腹痛,消化性潰瘍

消化器系

キーワード

3

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66

Manningの診断基準(1978)1.排便によって軽快する腹痛

2.初めに腹痛をともなう頻回の便意

3.初めに腹痛をともなう下痢

4.腹部膨満感

5.粘液便

6.残便感

Rome IIの過敏性腸症候群の診断基準

前提:症状を説明するだけの器質的異常または代謝障害がないこと.

腹痛または腹部不快感が,過去12ヶ月中の必ずしも連続ではない12週間以上ある.下記の2項目以上の特徴がある.

1.排便により軽快する.および/また

2.排便回数の変化で始まる.および/また

3.便性状(外観)の変化ではじまる.

BMW診断基準(三輪基準) (佐々木大輔1996)下記の1,2の症状が1ヶ月以上繰り返す+器質的疾患なし

1.腹痛,腹部不快感あるいは腹部膨満感

2.便通異常(下痢,便秘あるいは交替制)以下の1項目を含む

a.排便回数の変化

b.便性状の変化(硬便~兎糞・軟便~水様便)

器質的疾患の除外のため,原則として下記の検査を行う

a.尿,糞便,血液一般検査

b.注腸造影または大腸内視鏡

*Manninngの診断基準について

“Towards positive diagnosis of the irritable bowel”(Manning AP, Thompson WG, Heaton KW, Morris AF .Br Med J 2:653-4:1978)で

は,外来を受診した 1 0 9名の患者に対し,I B Sに典型的と思われる1 5項目の症状の有無を質問し,その答えを 1 7-2 6ヶ月後に行った最終診

断と比較している.「何項目満たせば診断する」ということではない.「排便により軽減する腹痛がある」「腹部膨満感」「腹痛に伴う頻回

の排便がある」「腹痛に伴う下痢がある」の 4項目は通常I B Sに特徴的に見られる症状であり,「粘液便がある」「残便感がある」も通常見

られる症状であると書かれている.症状の頻度や持続時間が設定されていないため,急性疾患との鑑別が困難であることなど特異性に問

題があると指摘されている.

表1.過敏性腸症候群の診断基準

表2.鑑別診断のフローチャート

尿検査:アレルギー性紫斑病や尿管結石にと

もなう血尿や尿路感染症,膵炎にと

もなう尿アミラーゼの高値など

血算・血液生化学・炎症反応:

便培養:細菌性腸炎など

便潜血反応:消化性潰瘍の診断や出血性腸炎

など

寄生虫検査:回虫症や蟯虫症など

腹部単純撮影:腎結石や胆嚢・胆管結石など

腹部超音波:腹部腫瘤や胆嚢,膵臓の病変な

消化管造影・内視鏡検査:消化性潰瘍や上腸

管膜動脈症候群など

内分泌検査:甲状腺機能障害など

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3. 消化器系 67

発への不安や抑うつ反応を示すこともあり,患児

の社会生活(特に,学校生活)に重大な支障をも

たらすことがある.このため,学校との連携は必

要になることが多い.たとえば起床後の腹痛のた

めに不登校になったり,腹痛や便意のため授業に

支障をきたすことがあるため,学校とよく連携し

疾患への理解や対応を心がけねばならない.また

重症のI B Sの場合は,予期不安や抑うつが生じ,心

療小児科医や児童精神科医との連携が必要な場合

もある.ガス型の I B Sが疑われた例に,自己臭妄想

と診断され,精神科的治療を要した症例もあり注

意を要する.本症に対する薬物療法は対症的効果

を期待して使用される(表 4参照).消化器症状に

対しては抗コリン剤,腸管機能調節剤,整腸剤,

止痢剤,下剤など,消化器症状以外の身体症状や

精神症状に対しては,自律神経調節剤,抗不安薬,

抗うつ薬などが用いられる.ただし,刺激性下剤

(ビサコジル(テレミンソフトなど)やビコスルフ

ァートナトリウム(ラキソベロンなど))は腹痛が

増強することもあり,また,セロトニン再取り込

み阻害剤(S S R I)も消化器症状出現の可能性があ

り,第一選択とはしていない.

◆心因性嘔吐◆(Psychogenic vomiting)

I. 定義

心因性嘔吐は,器質的な病変によらない,いわ

ゆる機能的・心理的メカニズムによって生じる嘔

分 類

1.抗コリン剤

2.消化管運動機能改善剤

3.整腸剤

4.緩下剤

5.便状調整剤

6.ガスの排除

7.自律神経調節剤

8.抗不安剤

9.抗うつ薬*

10.漢方製剤

薬理作用

消化管運動・分泌機能抑制

消化管運動の亢進

便通の調整

便通の調整

便通の調整

消化管内ガス排除剤

自律神経調整

不安・緊張の除去

抑うつ感情の除去

複合的作用

主な薬物(商品名)

臭化チメピジウム(セスデン)

臭化ビチルソコポラミン(ブスコパン)

マレイン酸トリメプチン(セレキノン)

臭化メペンゾラート(トランコロン)

ビフィズス菌製剤等(ラックB,ビオフェルミン)

カルメロースNa(バルコーゼ)

酸化マグネシウム

ポリカルボフィル(ポリフル,コロネル)

ジメチルポリシロキサン(ガスコン)

トフィソパム(グランダキシン)

オキサゾラム(セレナール)

ジアゼパム(セルシン)

塩酸イミプラミン(トフラニール)

塩酸アミトリプチリン(トリプタノール)

スルピリド(ドグマチール)

桂枝加芍薬湯(すべての症状)

小健中湯(虚症・腹痛・下痢)

人参湯(虚症・冷え・下痢)

半夏瀉心湯(中間・実証)

薬用量*

30-60mg/日

20-30mg/日

200-600mg/日

30-45mg/日

2.0-3.0g1.5-6.0g/日

1.0-1.5g/日

1000-1500mg/日

120-240mg/日

150mg/日

30-60mg/日

6-15mg/日

20-50mg/日

30-75mg/日

100-400mg/日

6.0g/日分2-315.0g/日分2-36.0g/日分2-36.0g/日分2-3

表4.IBSの薬物療法

*薬用量は,成人の1日用量から,体重30-40kgの小児用量に換算した.

タイプ1 木の実のようなコロコロした硬

い固まりの便

タイプ2 短いソーセージのような固まり

の便

タイプ3 表面にひび割れのあるソーセー

ジのような便

タイプ4

表面がなめらかで柔らかいソー

セージ,あるいは蛇のようなと

ぐろを巻く便

タイプ5 はっきりした境界のある柔らか

い半分固形の便

タイプ6 境界がほぐれてふわふわと柔ら

かいお粥のような便

タイプ7 固まりのない水のような便

表3.ブリストルの便性状スケール

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吐を意味する.その病態生理はいまだ不明な点も

多く,治療法についても確立されていないが,さ

まざまな臨床経験からその分類や治療的接近が試

みられている.

II. 分類

小児科領域のみでの疫学的報告は見受けられない

が,M u r a o k aらは,小児~成人の心因性嘔吐 5 9名

の嘔吐パターンより,悪心が主体で嘔吐をほとんど

ともなわないもの(1 5%),持続性(反復性)嘔吐

(3 7%),習慣性食後嘔吐( 1 9%),不規則性嘔吐

(2 4%),自己誘発性嘔吐( 5%)の 5型に分類し,

精神医学的診断から論じている.この中で,持続性

嘔吐は転換性障害と強く関連し,習慣性嘔吐や不規

則嘔吐は抑うつとの関連が,また悪心が主体となる

ものは不安との関連が強いと報告している4).

I II. 鑑別診断

嘔吐の原因疾患は多岐にわたるが,その鑑別や

診断にあたっては年齢,栄養状態,急性か慢性か,

反復性か,嘔吐物の性状,食事や哺乳との関連,

腹部膨隆・咳嗽・脱水の有無・心理社会的背景因

子の評価が必要となる.乳幼児の場合,哺乳後の

排気不良,哺乳量の過多,啼泣などで嘔吐が持続

することもあり,これらは保育上の問題が関係し

ていることもある.この場合,哺乳指導やゆった

りとした余裕のある育児や栄養指導など,栄養

士・保健師・看護師等と協力し,対応することが

必要となる.反復性(周期性)嘔吐では,幼児期

から学童早期にかけて数週間~数ヶ月の間隔で数

日間にわたり,突然頻回の激しい嘔吐が出現し,

吐物は時に血性~コーヒー残渣様となる.発作は,

学校や保育園での行事や肉体的疲労,精神的興奮

をともなうイベント後に出現しやすいとされる.

発作中は全く何も受けつけず,顔面蒼白,頭痛,

腹痛などを訴え,このような場合には,股動脈音

を聴取する.検査上では尿中ケトン体が陽性とな

り,呼気にアセトン臭を認める.消化管の異常

(軸捻転症,上腸管膜動脈症候群,腸回転異常症),

慢性膵炎,膵胆管合流異常症,周期性 A C T H分泌

異常症,アンモニアサイクル異常症,脳腫瘍など

の器質的疾患との鑑別は必要である 5).心因性嘔吐

の場合,症状が数週間または数ヶ月にわたって持続

しても,実際には体重減少などは認められないこと

が多い.しかし学童期後半から思春期にかけては,

胃に負担がかかり嘔吐してしまう場合や,接取した

食物に対する拒否感が強く嘔吐が誘発される場合,

神経性食欲不振症や過食症などの摂食障害の場合と

の鑑別に苦慮することもある.極端なやせ願望や肥

満恐怖があり,体型や体重へのこだわりが強い症例

では,神経性食欲不振症や過食症などを疑い,小児

心身症の専門医や神経科医との連携が必要となる.

IV. 治療

治療者は患者自身が嘔吐や悪心などの苦痛を感

じていることを受容し,症状の緩和に努めている

ことを表明し,「器質的疾患はなく異常はない」あ

るいは「大丈夫だ」などの安易な対応は避けるべ

きである.患者・家族に対しては定期的に受診し

てもらい,治療者は背景にある問題を解決する心

がけを大切にする.たとえば,患者が不安や驚愕

を引き起こしたり不愉快になった状況で,自己誘

発的・不随的に生じる場合には,その不安や不快

な心理社会的要因を探りそれを取り除く努力が必

要である.また子どもが癇癪を起こして嘔吐する

ように,敵意の表現であったり転換性障害の症状

が見られる場合もあることから,嘔吐という身体

表現の意味を考える必要もある.周期性嘔吐のよ

うに長期に嘔吐が持続し,その苦痛から学業生活

や食生活などに支障をきたしているような場合に

は,脱水の改善や電解質の補正,糖質の補給目的

で輸液が必要になる.また,鎮吐剤(ドンペリド

ンやメトクロプラミドなど)やトランキライザー

(ジアゼパムやフェノバルビタールなど)を使用す

ることもある.

◆腹 痛◆(反復性腹痛(Recurrent abdominal pain;RAP)・潰瘍)

I. 定義

A p l e yは,反復して発作的に起こる腹痛が 3回以

68

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上ある場合,反復性腹痛(Recurrent abdominal

pain ; RAP)と定義している.小児のR A Pの好発

年齢は 3~ 1 4歳で,この年齢層での有病率は 3~

2 0%であり,約 9 0%前後が機能性・心因性腹痛で

ある.前述した過敏性腸症候群や起立性調節障害

の一部もこれらの機能性・心因性腹痛の範疇に入

っていると考えられる.残りの数%に,消化性潰

瘍やクローン病などの消化器疾患,尿路感染症な

どの器質的疾患が含まれる.

II. 問診上の注意点

器質的疾患を見落とさないための注意点を表 5に

示す(Boyle 1991)7).痛みの発症時期,場所,持続

時間,曜日,食事,排便との関係,便性の異常な

どを確認する.特定の場所,時刻などに症状が反

復する場合は,心理的要因が推測される.しかし

心理的関与の強い症例でも,経過中に腸回転異常

症の診断がついた例もあり,注意を要する8).一方,

たとえ器質的疾患を完全に否定したとしても,本

人の訴えに傾聴し,本人や家族の不安を受容する

姿勢も大切である.診察に際しては年齢や性差も

考慮する.特に乳幼児では痛みがあると泣くこと

が多く,激しい泣きの後はケロッとする状態が繰

り返される場合は,腸重積を考える.また,前傾

姿勢での歩行により痛みが増強し,初期の疝痛が

しだいに右下腹部の痛みになる場合,急性虫垂炎

の疑いがあり,消化器専門医や外科医との連携が

必要となる.年長女児では,生理との関連や妊娠,

卵巣頚捻転などの内性器疾患も否定できないため,

婦人科への紹介が必要なこともある.また,この

世代では,羞恥心から症状を過小に訴えたり,逆

に症状を過大に訴える転換性障害(いわゆるヒス

テリー)もあり,小児心身症の専門医や精神科医

との連携を要することもある.反復性腹痛の診断

のためのフローチャートを表 6に示す.反復性腹痛

の原因となる疾患は多岐におよぶため,各科との

連携が必要である.

I II. 治療や予後

疾患に依存するといってよい.このためすみや

かに確定診断をつける必要があり,安易な対症療

法は慎まなければならない.

◆消化性潰瘍◆(Gastroduoderal ulcer)

I. 頻 度

従来より,消化性潰瘍は基礎疾患や薬剤などの

背景因子の有無により,一次性と二次性潰瘍に分

類されてきた.消化性潰瘍は,前述の反復性腹痛

のうちの数%とされるが,近年小児例の増加や低

年齢化が指摘され,腹部症状を呈した小児患者の 8

~30%と増加しつつある 9).

II. 病 因

特に学童期の潰瘍の増加の原因の 1つに,特に家

族の不和や学校の問題などの心理社会的因子が関

3. 消化器系 69

臍部より遠い部位での痛み

痛みにともなう症状の変化

数分以上続く痛み

背中,肩,肩甲,下肢への放散痛

痛みのための覚醒

痛みのための不眠

体重減少や発育遅延

直腸,肛門よりの出血

間歇的な便秘

嘔吐

消化性潰瘍,炎症性腸疾患の家族歴

表5.問診上,器質的疾患を見逃さないための項目

(Boyle 1991)7)

反復する腹痛・便通異常→  問診→  診察

一次検査:血算・赤沈・CRP・AST(GOT)・ALT

(GPT)・γ-GTP・Alp・LDH・Amylase・甲状腺機

能・尿潜血・尿沈渣・便潜血・便虫卵・腹部単純レ線・

腹部超音波検査

二次検査:上部消化管造影・胃十二指腸内視鏡・注腸造

影・DIP・腹部CT・MRI・Tcシンチ・低緊張性小腸造

影・乳糖負荷試験

表6.反復する腹痛や便通異常の診断のため検査のフロ

ーチャート

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70

与するとされてきた 1 0).しかし,最近,内科領域で

は,Helicobacter pylori(H . p y l o r i)が病因に関する

主要因子と注目され,小児科領域でも, H . p y l o r iと

関連づけた報告が散見され,その診断に応用され

つつある(表 7参照).しかし小児の潰瘍の増加や

再発には,ストレスを背負い込みやすく過剰適応

的な性格に加え,家族の不和や学校の問題(いじ

めや緊張をともなう受験勉強)などの関与する割

合が 6 0%台もあるといわれ,他の年代に比べ精神

的ストレスの関与が高いとされる 10).

I II. 臨床症状

小児の潰瘍はほとんどが十二指腸潰瘍で,胃潰

瘍はまれである.主訴は腹痛,嘔吐,吐・下血な

どであるが,貧血のみが主訴で来院する症例もあ

り注意を要する.十二指腸潰瘍では空腹時に,胃

潰瘍では食後に痛みが増悪する.年長児では心窩

部痛を訴えることが多く,年少児では臍周囲痛が

少なくないが,慎重に探ると心窩部局在が明らか

となる.

I V. 治 療

胃酸の分泌を抑制し,潰瘍の治癒を促進するよ

う,H2B l o c k e rを第一選択薬として使用する.成人

のH . p y l o r i陽性潰瘍では H . p y l o r i除菌療法が推奨さ

れ,わが国では,プロトンポンプ阻害薬(P P I)と

H . p y l o r i感受性抗菌薬(アモキシシリンやクラリス

ロマイシン)との併用療法が行われている.小児

の報告は少ないが,除菌率は P P Iとアモキシシリン

の2剤を併用すると 7 0%,クラリスロマイシンを追

加すると9 2%が良好で,内視鏡的にも組織学的にも

改善したとの報告がある 1 1).しかし,特に難治例や

再発例では,消化器専門医と連携しながら,患児

の心理社会的要因,過剰適応でストレスを取り込

みやすい性格傾向,不規則な生活やリズムや食生

活の是正,学校の問題(いじめなど),友人関係な

どとの関連を探ることも大切である.

文   献

1)河村 朗,木下 芳一.過敏性腸症候群の診断 R o m eand Manning diagnostic criteria.臨床消化器内科

2000;15:1721-1726.

2)Drossmann D.A. Corazziari, E., Tally,N.J.,et al. Rome II:The functional gastrointestinal disorders, diagnosis,pathophysiology and treatment. A multinationalconsensus, 2nd ed., USA: Dengon Associates, 2000:157-245.

3)宮本信也.一般症における過敏性腸症候群の頻度.

厚生心身障害研究「親子のこころの諸問題に関する

研究」平成5年度研究報告書 1993:82-884)Muraoka M,Mine K,et al. Psychogenic vomiting:the

relation between patterns of vomiting and psychiatricdiagnosis. Gut 1990;31(5):526-528.

5)吉岡重威.心身医学的アプローチの対象となる症候.

消化器症状 1999;31(5):713-720.

6)Apley J. Hale B. Children with recurrent abdominalpain: how do they grow up? Brit.Med.J. 1973:3-9.

7)Boyle J. Chronic abdominal pain. Pediat ricgastrointestinal disease 1991;1:45-54.

8)竹中義人.心身症と鑑別を要する主な身体疾患.小

児内科 1999;31(5):641-646.

9)竹井信夫他.小児科臨床  1 9 8 6 ; 3 9(9): 2 1 9 3 -2198.

10)並木正義.小児の成人型消化性疾患.小児科臨床

1985;38:2833-2843.

11)加藤晴一.消化性潰瘍.小児内科  1 9 9 7 ; 2 9(10):1373-1377.

(竹中 義人,村上 佳津美)

上部消化管造影・内視鏡 潰瘍部位の診断と活動性出血の把握

H.pylori菌陽性症例では,胃前庭部に結節性病変の検索

H.pyloriの感染の検索 内視鏡による粘膜生検 生体組織培養法 病理組織検査

ウレアーゼ試験 血清抗H.pylori IgG抗体価13CO2

--尿素を用いる尿素呼気テスト

表7.消化性潰瘍の診断に必要な検査法

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71

◆夜尿症◆

I. 夜尿症の類型診断

夜尿とは,夜間就眠中に遺尿を生じ衣類や寝具

を湿潤させる状態をいっているが,夜尿症の定義

としては,その状態が 5~6才を過ぎても引き続き

見られる場合をいう.

幼児期に見られる夜尿(おねしょ)は,発達途上

に見られる生理的なもので心配ないと考えられる.

一方学童期に見られる夜尿は,主に下垂体機能な

ど神経・内分泌系統の発達障害や遅熟性を基盤と

して,機能的膀胱容量の縮小や冷え症状など自律

神経系の不安定さ,ストレスなどによる心身症メ

カニズムなどが複合的に関与した「症候群」であ

ると考えられる.

夜尿症は,その状態から一次性(特発性)と二

次性に分類されることが多いが,二次性夜尿症は

数パーセントにすぎない.男女比は 2対 1であり,

1 0歳以降の夜尿症のうち 1 5歳を過ぎた思春期夜尿

症例は意外に多く,10%を超えている実態にある.

夜尿症の病態生理から見ると,多量遺尿型,排尿

機能未熟型,混合型に大別されるが,それらの病

態生理の要約を図 1に示す.また,類型診断の基準

を表1に示す.以下に,外来診療における類型診断

の進め方を述べる.

1.類型診断の進め方

1週間にわたって,がまん尿量(機能的膀胱容量),

夜尿の有無(寝入りばなの確認を含む),一晩の尿

泌尿器系を中心とする排泄の障害としては,遺

尿症(夜尿症ならびに昼間遺尿症)があり,近縁

疾患として遺糞症が代表的である.これらの問題

の症状発現には神経・内分泌機能、自律神経機能、

心理的ストレスなどが関与している.本稿では,

これらの問題の原因,診断,心理的アプローチを

含む生活指導,薬物療法についてまとめた.

夜尿症,DDAVP点鼻療法,昼間遺尿,遺尿症,遺糞症

泌尿器系

―排泄障害―

キーワード

4

図1.夜尿症の類型別分類

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72

量(起床時の尿量に,夜尿があった場合はおむつ

尿量を加える)を記録してもらう.また夜間の尿

浸透圧を測定するため,夜半 2~3時前後に起こし,

採尿する.これらの情報をもとに図 2のチャートと

表1を参考に類型診断を行う.

2.重症度の判定

一般的に夜尿症は,多量遺尿型は治療によく反

応するために軽症で,排尿機能未熟型は治療期間

が比較的長く,混合型はより重症といった印象が

強い.

夜尿症の重症度を具体的に把握するには,表 2に

夜間尿量 6~9歳

10歳以上

尿浸透圧

尿比重

機能的最大 6~9歳

膀胱容量 10歳以上

日中の 6~9歳

排尿回数 10歳以上

昼間遺尿

多量遺尿型

低浸透圧型 正常浸透圧型

≧200cc

≧250cc

≦800mOsm/L ≧801mOsm/L

≦1,022 ≧1,023

≧200cc

≧250cc

≦7回

≦6回

なし

排尿機能未熟型

≦200cc

≦250cc

≧801mOsm/L

≧1,023

≦200cc

≦250cc

≧7回

≧6回

ときにあり

混合型

低浸透圧型 正常浸透圧型

≧200cc

≧250cc

≦800mOsm/L ≧801mOsm/L

≦1,022 ≧1,023

≦200cc

≦250cc

≧7回

≧6回

ときにあり

表1.夜尿症の類型診断基準

図2.類型診断の進め方

帆足(1995)

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4. 泌尿器系 73

示されるように,受診時の年齢,夜尿の頻度,夜

尿の尿量(衣類や寝具の濡れ具合),がまん尿量

(機能的膀胱容量)の 4つの因子でスコアーを計算

し,軽症,中等症,重症に分類するとよい.

II. 生活指導

夜尿症の治療にあたっては生活指導の果たす役

割が大きい.まず「起こさず・あせらず・しから

ず」の3原則のもとに,摂取水分をコントロールす

る.また,排尿抑制訓練や冷え症状への対策も必

要となる.

1.中途覚醒を強制しない

夜間に強制覚醒させると,“トイレおねしょ”と

して見かけ上は夜尿がなくなるが,実際には多量

遺尿型の夜尿を固定してしまうことになる.この

ようなことから,夜間の強制覚醒は望ましくない

習慣といえる.

2.水分摂取リズムの調整

一般的に,夜尿症に対して夜間の飲水制限がな

されることが多いが,意識的に摂取水分の日内リ

ズムを形成することが大切である. 1日の配分とし

ては,朝から午前中にたっぷりと摂取( 3 0 0~3 5 0

㏄)させ,午後から多少控え目にし(おやつの水

分は 1 0 0㏄),夕方から厳しく制限(汁物かお茶で

100㏄)するように指導している.

3.冷え症状への対応

冷え症状は夜尿を悪化させやすい.したがって

冷え症状をともなう場合には,就眠前にゆっくり

入浴させる.炭酸浴剤を使用すると夜尿が 3割程度

軽減する.厳寒期には,ふとんをあたためておく

といった配慮も効果がある.

4.排尿抑制訓練

排尿機能未熟型の夜尿症には,機能的膀胱容量

を拡大させるための排尿抑制訓練が効果的である.

帰宅後,尿意を感じた際に排尿をぎりぎりまで抑

制させる訓練である.排尿抑制訓練の結果,当初

は6 0~1 0 0mlで排尿していたのが,2 5 0ml以上蓄尿

することも可能となり,夜間の機能的膀胱容量が

しだいに拡大して夜尿が改善していくことになる.

5.宿泊行事への対応

学校や地域における宿泊行事には,たとえ毎晩

の夜尿があっても必ず参加させるべきである.夜

尿があるために貴重や集団生活を体験する機会を

失ってはならない.

A

B

C

D

年 齢

夜尿の頻度

夜尿の尿量

一晩の尿量

がまん尿量 6~9歳

10歳以上

1 点

6~7歳

週に数回

少量(パンツのみ)

150cc以下

151~200cc

201~250cc

2 点

8~10歳

毎晩1回

中等量(パジャマ)

200cc以下

101~150cc

151~200cc

3 点

11歳以降

毎晩2回以上

多量(シーツまで)

200cc以上

100cc以下

150cc以下

表2.重症度の判定法

軽 症

中等症

重 症

3点~6点

7点~9点

10点~12点

注)上記のA~Dまでの 4項目について,各得点を合計した上で,下表で重症度の判定を行う.

がまん尿量が6~9歳で201cc以上,10歳以上で251cc以上の場合は,その項目は 0点を評価する.

帆足(2001)

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6.思春期・青年期の夜尿には心身医学的アプロ

ーチを

夜尿症患者は,夜尿があることだけでも二次的

なストレス状況におかれているものと考えるべき

であろう.思春期から青年期にかけての夜尿症患

者は,受診のピークとなっている 1 0歳以降の夜尿

症患者の約 1割を占めている.これらの夜尿症患者

は図3に示されるように,第二次性徴期を過ぎて体

の機能が成熟しながらも夜尿が続いており,心身

症状態がより強いと理解すべきである.したがっ

て,患児ならびに保護者に対しては心身医学的な

アプローチが重要となる.日常の診療にあたって

は,カウンセリング技法を駆使しつつ,具体的な

目標を設定して夜尿状態を乗り越えていく意欲を

育むことが重要となる.

I II. 薬物療法

薬物療法を行う場合には,その治療効果を客観

的に評価するために必ず夜尿経過表を記録するこ

とが大切である.また特に小児であるため,薬物

の連続服用はせず, 2週間内服,1週間休薬といっ

た治療スケジュールで加療していくことが望まし

い.

1.多量遺尿型

1)三環系抗うつ薬

多量遺尿型に対する薬物療法としては,三環系

抗うつ薬が第一選択となり,C l o m i p r a m i n e(A n a

f r a n i l),I m i p r a m i n e(T o f r a n i l),A m i t r i p t y l i n e

(T r y p t a n o l)が代表的である.そのいずれも就眠

前内服とし, 5~7才が 1 0m g,8才以上が 2 5m gを

基準量とする.初回投与量は,年齢に関係なく

1 0m gの少量から開始し,2 5㎎で効果がない場合に

は増量すべきではない.副作用としては,食欲不

振,悪心,嘔吐といった消化器症状と不眠などが

代表的であるが,これらが見られた場合には直ち

に服用を中止する.

2)DDAVP点鼻療法

多量遺尿型,特に低浸透圧多量遺尿型の夜尿症

児に対しては,D D A V P点鼻療法が良好な治療成績

をおさめている.これは,就眠直前に酢酸デスモ

プレシン点鼻薬を鼻粘膜から吸収させる治療であ

り,10μgを基準量として適宜増減している.

摂取水分コントロールなどの生活指導を守らな

いと,水中毒症状としての浮腫,頭痛,極端な場

合には痙攣といった副作用が出るおそれがある.

2.排尿機能未熟型

排尿機能未熟型に対しては,oxybutynin hydro-

c h l o r i d e(P o l l a k i s u)やpropiverine hydrochloride

(B U P -4)といった尿失禁治療薬を中心に用いる.

前者は,5~7才が2m g,8才以上が 4m g,後者は 6

歳以上1 0m gを基準量とし就眠前に内服する.小児

においては,副作用はほとんど認められていない.

3.混合型

多量遺尿型と排尿機能未熟型とが合併している

混合型に対する薬物療法としては,これまで述べ

た薬物療法に準拠して併用療法を行うのがよい.

この際,薬物の副作用も増強するため,併用前に

副作用の有無について十分に聴取しておくことを

忘れてはならない.

◆昼間遺尿◆(尿失禁)

I. はじめに

幼児期における日中の排尿は,ほぼ 3~4歳で自

74

図3.年齢の変化と夜尿

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立していく.ところが,日中の排尿が自立しない

ままの状態で 5~6歳を迎え昼間遺尿が続く例があ

り,この場合を一次性の昼間遺尿症という.一方,

いったん自立したのちに心理・環境的な影響など

により日中の遺尿を生じた場合を,二次性の昼間

遺尿症という.ここでは,一次性の昼間遺尿症の

原因,生活指導,薬物療法について述べる.

II. 昼間遺尿の原因

一次性の昼間遺尿の原因としては,トイレッ

ト・トレーニングの過誤や膀胱など尿路系の器質

的・機能的障害が基盤にあることが多い.しかし,

通常は幼児期に見られる昼間遺尿は発達的に見て

心配ないとされている.特に頻尿傾向があり,時

折見られる昼間遺尿の場合は心配なく,そのうち

に自立することが多い.一方学童期になっても昼

間遺尿が見られる場合には,その原因の究明と積

極的な治療が必要とされる.

昼間遺尿が常時見られる場合には,膀胱・尿道

括約筋の神経機能が低下している可能性がある.

そこで,まず腰椎部のレントゲン検査を行い,潜

在性二分脊椎など脊椎障害の有無を確認する必要

がある.また,必要に応じて腰椎から仙椎部分の

脊髄MRI検査を実施する.

女児では,まれに尿道開口部が膣部に異常開口

しているといった奇形が認められることもあり,

頑固な場合には泌尿器科の診断をあおぐ必要があ

る.

I I I. 生活指導

昼間遺尿の生活指導としては,排尿中断訓練,

つまり排尿の途中で5~1 0秒間抑制してまた排尿す

るといった訓練を,排尿ごとに行うことが効果的

である.

また日中の頻尿をともなう場合には,排尿抑制

訓練をする必要がある.つまり帰宅後尿意を感じ

た時に排尿を抑制して, 2 5 0~3 0 0c c貯められるよ

うに指導する.また,潜在性二分脊椎を認め昼間

遺尿がなかなか改善しない場合には,肛門の収縮

訓練も必要となる.

昼間遺尿がひどく集団生活で目立つ場合には,

遺尿がズボンにまでしみださないような特殊な尿

失禁用のパンツやパッドもあり,友だちにからか

われたりしないよう配慮することも大切である.

昼間遺尿は,尿意の知覚と排尿反射の抑制にか

かわる神経学的要因が強いが,学齢期に達し高学

年ともなると,二次的に心身医学的問題を抱える

ことが多い.そのような点についても十分に配慮

した治療や相談が望まれる.

IV. 薬物療法

昼間遺尿に対する薬物療法としては,尿失禁治

療薬が効果的である.たとえば, O x y b u t y n i n

h y d r o c h l o r i d e(P o l l a k i s u)やpropiverine hydro

c h l o r i d e(B U P -4)が代表的である.内服量につい

ては,前者の場合は 7歳以下で 2m g,8歳以上で

4m g,後者の場合は学齢児には 1 0m gを朝食後に内

服している.夜尿をともなう場合には,朝食後と

就眠前の 2度の内服としている.内服期間は, 2週

間内服,1週間休薬を治療スケジュールとしている.

これらで効果が不十分な場合には,副交換神経

調整剤としてのPropantheline Bromide(P r o b a n -

t h i n e)を併用すると効果的である.また, 三環系抗

うつ剤の C l o m i p r a m i n e(A n a f r a n i l), Imipramine

(T o f r a n i l),A m i t r i p t y l i n e(T r y p t a n o l)などもそ

の坑コリン作用によって効果的なことがある.内

服時間は朝食後,使用量は夜尿症の場合に準拠し

ている.

薬物療法を行う場合には,昼間遺尿記録をつけ,

また生活指導を徹底することが重要である.

◆遺糞症◆

I. 遺糞症のメカニズム

遺糞症というのは,排便が自立すべき 4~5歳を

過ぎても下着に便をもらしてしまう状態をいう.

幼児期における排便のしつけの失敗から生じる場

合も少なくなく,母親がオマルやトイレへの誘導

を強制しすぎたり,パンツに漏らしてしまった際

にお尻を叩くなどの叱りすぎも影響している.

遺糞症の場合には,多くの事例が便秘型である

4. 泌尿器系 75

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76

が,軟便型の場合もある.

図4に示されるように,便秘型の遺糞症の場合に

は,排便がスムースにいかず,しかも排便時の疼

痛をともなうことが多く,排便から逃避がちとな

る.これにより,結腸に便の塊が貯留して巨大結

腸となり,そこにまた便が停滞しやすくなるとい

う悪循環を生じる.そして,より硬い便塊の一部

が直腸に入り込み,排出が困難なまま直腸に停滞

し,便意をキャッチする直腸の圧センサーがしだ

いに麻痺して作動しなくなり,ついには便意を感

じなくなっていく.その結果,気がつかないうち

に便がパンツにもれてしまって遺糞になる.また,

この遺糞を叱ると,心身症メカニズムによって直

腸の圧センサーの感受性が狂い,悪循環となって

遺糞状態が固定してしまう.

一方軟便型の遺糞の場合には,便が軟便か泥状

便のため,直腸の圧センサーが充分に作動せず,

便意を感じないまま漏便となってしまう.大人で

もひどい下痢の場合に便が失禁してしまうことが

あるが,これと似た現象である.

II. 生活指導

遺糞は後始末がやっかいなため,つい叱りがち

となり,母子関係が緊張状態におかれていること

が多い.このような場合には,カウンセリングに

よって母子関係の改善に努力する必要がある.親

子間の緊張状態を改善するためには,遺糞を叱る

ことをやめ,意図的に身体接触による子どもの受

容を心がけることが大切である.

このように,遺糞症はその殆どが心身医学的問

題を抱えていると考え,患児ならびに保護者に対

してもそのような点を配慮した相談,治療が望ま

れる.

また便秘傾向が見られた場合には,繊維性の食

物,とくにわかめ,ひじき,昆布などの海草類や

野菜,また果物などのように腸内で醗酵して腸管

の蠕動運動を活発にさせるものを充分に食べさせ

ることが大切である.

I I I. 薬物療法

遺糞症によくきくという決定的な薬はない.便

秘にともなう遺糞の場合には,便秘を改善させる

目的で緩下剤も用いる場合もある.また,自律神

経調整剤の内服も効果的なことがある.

文   献

1)帆足英一.新・おねしょなんかこわくない.第 1 版.

東京:婦人生活社,2001.

2)清水凡生編,帆足英一著.小児心身医学ハンドブッ

ク「遺尿症」.第 1 版.大阪:北大路出版, 1 9 9 9 :

137-147.

図4.遺糞のメカニズム

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4. 泌尿器系 77

3)二木武・帆足英一他編著.排泄の臨床Ⅰ「新版小児

の 発 達 栄 養 行 動 」.第 2 版.東京:医歯薬出版,

1995:236-277.4)帆足英一.夜尿症.小児科 1995;36:651-657.

5)帆足英一.ママ・おしっこといえるまで-おむつは

ずし最短コース.東京:婦人生活社.1987.

6)帆足英一ほか.難治性夜尿症の病態生理と D D A V P点

鼻療法の実際.小児科 1986;27:209-214.

参考サイト

帆足英一制作・管理 http://www.onesyo.net/

専門学会

日本夜尿症学会(理事長:帆足英一)夜尿症臨床にかかわる小児科,泌尿器科専門医ならびに心

理,看護師等が参加する学会.年 1回の学術集会,機関誌

「夜尿症研究」の発行を行っている.問い合わせなどは,

事務局担当理事である埼玉県立小児医療センター院長・赤

司俊二まで

(帆足 英一)

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78

I. はじめに

アレルギー疾患は小児期慢性疾患の中で最も頻

度の高い疾患群であり,中でもアトピー性皮膚炎

は乳児期から出現するため,アレルギー疾患の始

まりとして健診などで相談を受けることも多い.

アレルギー疾患は日常生活に支障をきたす要因と

して極めて重要であり,患者および家族のQ u a l i t y

of lifeへの配慮が必須である.本稿ではアトピー性

皮膚炎(Atopic Dermatitis以下AD)について概説

する.

II. ADの定義,診断基準(表1)

日本皮膚科学会によると「アトピー性皮膚炎は,

増悪・寛解を繰り返す, 痒のある湿疹を主病変

とする疾患であり,患者の多くはアトピー素因を

持つ」と定義される 1).

診断基準はいくつか提唱されているが,おおむ

ね共通しているため,ここでは日本皮膚科学会の

基準 1)を示すにとどめる.診断基準は① 痒,②特

徴的皮疹と分布,③慢性反復性の経過という, 3つ

の要素からなる.除外すべき疾患は少なくないが

一般に困難ではない.A Dの増悪は季節性もあり,

初診時には単なる乾燥肌としか判断できない場合

でもしだいに典型的な A Dの所見を示すこともある

ため,注意を要する.

I I I. 症 状

A Dは乳児期に発症することが最も多いが,学童

に至る頃には自然に軽快傾向を示し,中学進学頃

には多くの患者が寛解(必ずしも治癒ではない)

する.一方,この時期まで症状が持続する患者は

重症難治例の割合が増す.A Dの皮膚症状は各年代

アレルギー疾患は小児期慢性疾患の中で最も頻

度の高い疾患群である.中でもアトピー性皮膚炎

(Atopic Dermatitis 以下AD)は確立された治療

法がないこと,明らかな皮疹と痒みによる不機嫌

やいら立ちに対するとまどい,漠然としたステロ

イド薬に対する不安,そして周囲の無理解(時に

医療者を含む)などにより,患者や家族は心理的

ストレスを生じやすい.また同時に,心理的スト

レスはA Dの主要な増悪因子の 1つでもある.本稿

では A D の定義,症状,自然経過,治療,特にス

キンケアの重要性について述べ,次に心理社会的

問題との関連を考察した.A D 患者では精神発達

が未熟,自己表現が消極的といった傾向がある.

高学年になるほど不登校の頻度が増し,難治例で

の社会不適応が目立つ.さらに患者家族のストレ

ス,親子関係の問題も無視できない.重症度にか

かわらずQuality of lifeへの配慮が必須であるが,

特に重症例,社会的不適応をきたした症例では濃

厚な心理的介入の併用が必要と考える.

アトピー性皮膚炎,Quality of life,アレルギー,スキンケア,不登校

アレルギー疾患

―アトピー性皮膚炎―

キーワード

5

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5. アレルギー疾患 79

ごとに病変部位や皮疹の性状に特徴を持つ.なお

本書の性格を考慮し,乳児期は割愛する.

1.幼児期・学童期

乳児期のA Dは顔に始まり,頚部,四肢屈曲部に

広がる紅斑と湿潤傾向が特徴的であったのが,幼

児期になると主に四肢関節部に限局するようにな

る.ただし重症例では,学童期以降も顔面の病変

が持続する.湿潤部位以外でもしだいに乾燥肌,

鳥肌様の毛孔性小丘疹が明らかになり,特に冬期

に顕著となる.また,強い痒みのために 破を繰

り返す結果,局所的な糜爛や貨幣状湿疹様変化を

ともなうこともある.

2.思春期・成人期

病変部位では上半身に皮疹が強いことが特徴で

アトピー性皮膚炎の定義(概念)「アトピー性皮膚炎は,増悪・寛解を繰返す, 痒のある湿疹を主病変とする疾患であり,患者の多くはアトピー素因を持つ.」

アトピー素因:①家族歴・既往歴(気管支喘息,アレルギー性鼻炎・結膜炎,アトピー性皮膚炎のうちいずれか,あるいは複数

の疾患),または②IgE抗体を産生し易い素因.

アトピー性皮膚炎の診断基準1. 痒

2. 特徴的皮疹と分布

①皮疹は湿疹病変

●急性病変:紅斑,湿潤性紅斑,丘疹,漿液性丘疹,鱗屑,痂皮

●慢性病変:湿潤性紅斑,苔癬化病変,痒疹,鱗屑,痂皮

②分布

●左右対称性 好発部位:前額,眼囲,口囲・口唇,耳介周囲,頸部,四肢関節部,体幹

●参考となる年齢による特徴

乳児期    :頭,顔にはじまりしばしば体幹,四肢に下降.

幼小児期   :頸部,四肢屈曲部の病変.

思春期・成人期:上半身(顔,頸,胸,背)に皮疹が強い傾向.

3.慢性・反復性経過(しばしば新旧の皮疹が混在する):乳児期では2カ月以上,その他では6カ月以上を慢性とする.

上記1,2,および3の項目を満たすものを,症状の軽重を問わずアトピー性皮膚炎と診断する.

そのほかは急性あるいは慢性の湿疹とし,経過を参考にして診断する.

除外すべき診断 臨床型(幼小児期以降)●接触皮膚炎 ●四肢屈曲型

●脂漏性湿疹 ●四肢伸側型

●単純性痒疹 ●小児乾燥型

●疥癬 ●顔・頸・上胸・背型

●汗疹 ●痒疹型

●魚鱗癬 ●全身型

●皮脂欠乏性湿疹 ●これらが混在する症例も多い

●手湿疹

(アトピー性皮膚炎以外の手湿疹を除外するため)

診断の参考項目 重要な合併症●家族歴 ●眼症状(白内障,網膜剥離など)

(気管支喘息,アレルギー性鼻炎・結膜炎,アトピー性皮膚炎) :とくに顔面の重症例  

●合併症 ●カポジー水痘様発疹症  

(気管支喘息,アレルギー性鼻炎・結膜炎) ●伝染性軟属腫 

●毛孔一致性丘疹による鳥肌様皮膚 ●伝染性膿痂疹 

●血清IgEの上昇

表1.アトピー性皮膚炎の定義・診断基準(日本皮膚科学会)

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ある.乾燥肌,苔癬化傾向はさらに顕著になり,

苔癬化局面はしばしば躯幹,四肢などに瀰漫性び ま ん せ い

広がる.慢性的な 破行動は二次的に皮膚肥厚を

きたし,しばしば色素沈着を生じる.成人A Dの特

徴の1つに顔面の紅斑(atopic red face)が挙げら

れるが,不適切なステロイド外用薬の長期使用が

原因の酒 様皮膚炎との鑑別が重要である.

I V. 参考となる検査

診断基準からも分かるように,診断のために必

須の検査はない.しかしアレルギー素因のあるこ

とが多く,環境整備を軸とした生活指導を行うう

えでアレルギー検査は欠かすことができない.血

液検査では血清総 I g E値,抗原特異的 I g E抗体価,

可能であればプリックテストやスクラッチテスト

といった皮膚テストを行う.皮膚テストは比較的

安価でかつ結果がその場で分かり,患者家族への

説得力があるという利点がある.当科では初診時

にスクリーニングとしてCAP RASTでダニとマル

チアレルゲン 6種(食物,穀物,雑草花粉,イネ科

植物花粉,カビ,動物)を,また,プリックテス

トで 2 0種(ハウスダスト,全卵,牛乳,大豆,小

麦,米,そば,犬毛,猫毛,兎毛,アルテルナリ

アなど真菌 5種,キヌ,ワタ,ブタクサ花粉,カモ

ガヤ花粉,スギ花粉)を検査している.なお先日,

全卵,牛乳,犬毛,猫毛,兎毛については,未知

のウィルス混入を否定できないとして製造中止と

なった.また末梢血白血球中の好酸球の割合,絶

対数は重症度やアレルゲンへの反応性を反映する

と考えられるため,検査すべきである.

V. 治療

アトピー性皮膚炎治療ガイドライン 2 0 0 12)による

と,治療は原因・悪化因子への対策,スキンケア

(異常な皮膚機能の補正),薬物療法からなる(図 1

参照).以下に筆者の経験を交えて概説する.なお,

ガイドラインの解説は森田が詳しく解説している3).

1.原因・悪化因子への対策

原因検索にはアレルギー検査の他,患者や家族

から増悪するきっかけを聴取すると役に立つ.ア

レルゲンでは一般に幼児期以降食物の関与はしだ

いに減り,ダニやペットの関与が高くなる.した

がって,除去食療法を漫然と行うべきではない.

安全性を重視しながらも積極的に食物負荷テスト

を行い,患者家族とともにその必要性を確認する.

石鹸やシャンプー,洗剤による刺激が増悪させる

こともある.

2.スキンケア

A D患者は明らかな病変部位以外の皮膚もドライ

スキンであることが多く,その結果水分保持能の低

下,痒み閾値の低下,易感染性といった機能異常を

示す.スキンケアはこれら機能異常を補正して病変

の拡大を防止しつつ,いったん改善した皮膚の状態

を維持する意味を持つ.スキンケアは①皮膚の清潔

②皮膚の保湿③その他からなる.皮膚の清潔を保つ

ためには入浴が最も重要である.身体に痒みを生じ

ないようぬるめの湯を使用し,ゆっくりつかるのが

よい.石鹸やシャンプーの使用は洗浄力の強いもの

を避け,しっかりとすすぐよう指導する.タオルは

強くこすらずに使用し,炎症の強いところは使用を

控える.また特に汚れやすい手指や足は,可能な限

り早急に汚れを落とすよう心がける.発汗に対して

も同様である.以上の対策は皮脂も洗い落とすため,

同時に保湿剤を十分に用いて皮膚の保湿を行う必要

がある.入浴後はタオルで押さえて水気をとり,直

後に保湿剤を使用することが好ましい.その他に爪

の手入れ,寝具のカバーを清潔に保つこと,室内の

清掃,食べ物では過剰な香辛料は控えることなどが

挙げられる.

80

図1.治療ガイドラインの概要

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3.薬物療法

薬物療法の基本は,病変の部位と状態に応じた

ステロイド外用薬の使い分けと,痒みを押さえる

ための抗ヒスタミン薬,抗アレルギー薬の使用で

ある.軽度の場合は非ステロイド性抗炎症外用薬

を用いることもあるが,薬剤による接触性皮膚炎,

光過敏性皮膚炎をきたすこともあり漫然と使用す

べきではない.

V I. 学校生活での特記すべき注意点

発汗対策が重要であるが,学校で可能な対応は

限られているため,肌着を着替えることが現実的

である.学校制服は化繊であることが多く,皮膚

を刺激するため好ましくない.A Dでは皮膚温調整

が困難であることも併せ,制服に関しては柔軟な

対応を期待したい.特に臀部の湿疹は,上記条件

と固い椅子のためか学齢期に特徴的である.プー

ルは殺菌のための塩素と直射日光への配慮が重要

である.塩素は休憩の度にシャワーで洗い流し,

終了時に保湿剤を使用することで対応できること

が多い.洗体槽は必ず避けるよう指示する.食物

アレルギーのある場合には給食に対しての配慮が,

また動物のアレルギーのある場合には小動物の飼

育係に対しての配慮が必要であることはいうまで

もない.

V I I. 心理社会的問題

1.ストレスとADの増悪

A Dが心身症として発症してくる頻度は明らかで

はないが,太田は学童期以上の患者へのアンケー

ト調査で,ストレスによりA Dが悪化する割合は 6

~1 2歳で3 3 .3%,1 3~1 8歳で2 8.1%であった 4)と報

告し,増悪因子としてのストレスの重要性を指摘

している.

2.ADによる心理社会的問題

A Dが心理的問題に強く影響を及ぼしている可能

性があることは明らかである.幼児期から学童期

初期は,子どもにとって社会性獲得の始まりの時

期である.この時期に A Dがあることは,多くのデ

メリットを抱える可能性があり,食物アレルギー

を合併していればなおさらである.石井らによる

と,A D児の性格は精神発達の未熟,自我が弱い,

情緒的な負荷に弱い,過度に人目を気にして自己

表現が消極的といった特徴がある 5).片岡によると,

外来通院患者では年間 3 0日以上の欠席をしている

A D児は小学生ではほとんどなかったが,中学生で

1 0%,高校生で 1 7%で見られ,またA Dと関連して

嫌な思いをした経験は小学生で38%,中学生で22%,

高校生で1 7%に見られた.学校外でも行きずりの他

人から嫌な思いを受けた者が各年代とも 1 9%に見ら

れた.また入院患者では,不登校の割合は小学生

7%,中学生 2 0%,高校生 2 3%であり,心身医学的

治療を併用すると,社会適応のみならずA Dの経過

も良好であったと報告している 6)が,現実には A D

だから仕方がないと放置されていることも少なく

ない.これら報告は必ずしもA D児全体の傾向を示

すものではないが,日常診療で常に配慮すべき項

目であろう.十川は,心理的に親からの自立が成

長の課題となる思春期において怒りの表出ができ

ず,親に反抗できないことが自立をさまたげる可

能性があり,結果的に社会的適応を困難にすると

指摘している 7)が,このことは幼児期にもあてはま

る.

3.患者家族への対応

患者家族への配慮も重要である.岡部らはA D児

の家族に症状への不適切な対応の他に,過干渉,

親の子離れ・子の親離れがスムーズでない,慢性的

な両親の不仲などの問題が見られると報告してい

る 8).筆者の経験でも母親が我が子を A D児に生ん

でしまった罪悪感にさいなまれる,短期間で改善

しないことに苛立ち,一方でステロイド薬の副作

用に不安を持って十分に治療を継続できない,子

どもの感情表出(怒りで身体を きむしる,泣き

じゃくって眼周囲をこすりつける)がA D増悪につ

ながることを恐れて腫れ物に触るかのように接し

ているといったことが,少なからず見受けられる.

また,いわゆる“民間療法”に救いを求める両親

も多い.ここでは民間療法の詳細は触れないが,

患者,家族がなぜ民間療法に走るのかを考えない

まま否定することは避けるべきである.反対にそ

5. アレルギー疾患 81

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82

の気持ちを十分理解することに努め,その治療が

患者にとって有効なのか,無効なのかを一緒に確

認していこうとする姿勢こそが求められる.

筆者は家族に対して,A Dを鎧甲をまとった武士

にたとえ,いかつい鎧甲(A D)に惑わされず,そ

れをまとった人そのものを見る必要性を強調して

いる.どんなに重症の A Dであっても成長過程にあ

る子どもであることに変わりはない.そして疾病

にだけとらわれていては成長への支援は困難であ

ることを伝えている.同時に治療を継続するため

に疾病の説明を繰り返し,家族には不安や疑問を

うちにためないよう話している.

V I I I. 専門機関への紹介

A Dが重症なほど心身医学的対応が必要とされる

のはいうまでもないが,残念なことに皮膚疾患,

心理的問題双方に精通した医師は極めて少ないの

が現状であろう.皮膚症状からだけで心理的問題

をとらえることは困難だが,増悪因子の詳細な検

討とともに,両親や本人の疾病のとらえ方,治療

への反応性,疾病と離れて日常生活での積極性な

どに注目すると明確になりやすい.特に昼夜逆転

といった生活リズムの乱れ,不登校など社会的不

適応を示す症例には,一般的な治療に加えて心理

的問題への濃厚な治療的介入も必要となる.現状

では,極めて少数の A Dを専門とする小児科医を除

けば,A Dを専門とする外用治療に長けた皮膚科医

と,成長発達を専門とする小児科医が密に連携を

とって対応するのが現実的であると思われる.

文   献

1)日本皮膚科学会学術委員会.日本皮膚科学会「アト

ピー性皮膚炎の診断基準」.日皮会誌 1 9 9 4;1 0 4 :

1201-1210.

2)平成8年度厚生省長期慢性疾患総合研究事業アレルギ

ー総合研究および平成 9 - 1 2 年度厚生科学研究・分担

研究.「アトピー性皮膚炎治療ガイドライン 2 0 0 1」

2001.

3)森田栄伸.アトピー性皮膚炎治療ガイドライン 2 0 0 1の概要 アレルギーの臨床 2002;22:261-266.

4)石井春子他.アトピー性皮膚炎と心身医学.皮膚病

診療 1990;12:841-852.

5)片岡葉子.学齢期アトピー性皮膚炎と不登校.日医

雑誌 2001;126:52.

6)太田展生.アトピー性皮膚炎の治療,精神神経系の

関与とその対策.小児科臨床  1 9 9 8 ; 5 1 : 2 0 1 4 -2022.

7)十川博.ストレスとアレルギー,皮膚疾患を中心に.

アレルギーの臨床 2001;21:613-617.

8)岡部俊一他.アトピー性皮膚炎の治療,牧野荘平監

修.アレルギー疾患治療ガイドライン.第 1 版.東

京:ライフサイエンスメディカ,1993:98-101.

参考サイト

日本皮膚科学会アトピー性皮膚炎治療ガイドライン

http://web.kanazawa-u.ac.jp/~med24/atopy/therapy.htmlhttp://www.med.kyushu-u.ac.jp/atopy/atopy.html

(亀田 誠)

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83

◆チック◆

I. 一般小児科への受診時の主訴

瞬きで発症することが多い.その他頭を振る,

咳払いなどで発症することもある.この 3種で初発

症状の 7 0~8 0%を占める.またこれらは,初発症

状でなくても経過のいずれかの時点で見られるこ

とが多い.

II. 理学的および検査所見

小児科的な通常の理学的所見では異常が見られ

ない.時に神経学的微徴候が見られることがある.

覚醒時脳波,頭部 C T,M R I検査では,通常異常

を認めない.睡眠脳波では,学童期に約1 0%で入眠

期の全般性棘徐波や,中心--側頭部の焦点性棘波を

認めることがあるが,チックの臨床像との関連は

ない.

I II. 診断基準

チックとは,突発的,急速,反復性,非律動性,

常同的な運動あるいは発声と定義(D S M -Ⅳ)され

る.またチックはその種類と持続期間により 3種に

分類される.(表1参照)

運動性チックでは,瞬き,口角を引く,顔をゆ

がめるなどの顔面の動きが多く,頭を振る,回転

させるなどの頚部の動き,肩をぴくっとさせる,

回す,上肢をぴくっとさせる,躯幹を反らせる,

歩いていて急にジャンプするなどがある.

音声チックでは,鼻をすする,咳ばらい,奇声

(アッ,アッという甲高い叫び声など),汚言など

がみられる.

診断は臨床症状から行うが,チックが疑われた

症状が発現してきた年齢や,発現した順序,身体

部位における広がりなどが,通常のチックの経過

かどうかに注意する.

複雑な四肢のチックが見られる時には,それま

チック障害は瞬きで発症することが多い.その

他頭を振る,咳払いなどで発症することもある.

この 3種で初発症状の 7 0~ 8 0%を占める.診断は

臨床症状から行うが,チックが疑われた症状が発

現してきた年齢や,発現した順序,身体部位にお

ける広がりなどが,通常のチックの経過かどうか

に注意する.経過中,チックはその種類や頻度が

変化する.症状がいつも同じである場合やいつも

同じ早さの律動的な動きは,チックでない可能性

が高い.併存症として注意欠陥/多動性障害が見ら

れることがある.また高機能自閉症が併存するこ

とがあるが,小児科外来を受診するものでは極め

てまれである.四肢のチックのため日常生活に支

障をきたすような場合は服薬が必要になり,子ど

ものチックは軽くても母親の不安が強い場合など,

母親が支援の対象となる.

チック,トゥレット(T o u r e t t e)障害,大脳基底核,ハロペリドール,

注意欠陥/多動性障害,高機能自閉症

神経・筋疾患

キーワード

6

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84

でに瞬きや頭を振るなどの,頻度の高いチックが

見られていることが多い.四肢末梢のチック様運

動から始まって,その後の経過においても顔面や

頚部の一般的なチックが見られないときは,他の

疾患との鑑別を考えなくてはいけない.

経過中,チックはその種類や頻度が変化する.

症状がいつも同じである場合や,いつも同じ早さ

の律動的な動きはチックでない可能性が高い.

チックは不随意運動の一種であるため,緊張で

増強することがある.またチックが軽度の時には,

登校や外出などでわずかに緊張することにより,

逆に抑制されることがある.

併存症として注意欠陥/多動性障害が見られるこ

とがある.また高機能自閉症が併存することがあ

るが,小児科外来を受診するものでは極めてまれ

である.

発症の誘因は 1/3の症例で見られる.頭部打撲な

どの物理的刺激が誘因となることがある.また心

理的ストレス(学校でのいじめ,友人関係のトラ

ブル,両親の不和,離婚など)が誘因となること

もある.他の 2/3は,誘因なく発症する.誘因と疑

われたことが消失するとチックは軽減することも

あるが,変化しないことも多い.

チックに心身症と考えられるものがどのくらい

あるかということについては,学校での運動会や

学芸会などの行事で増強することまで含めると,

[一過性チック障害]A.1種類または多彩な運動性および/または音声チック(すなわち,突発的,急速,反復性,非律動性,常同的な運動あるいは

発声).

B.チックは1日中頻回に起こり,それがほとんど毎日,少なくとも4週間続くが,連続して12ヶ月以上にわたることはない.

C.この障害によって著しい苦痛,または社会的,職業的,または他の重要な領域における機能の著しい障害を引き起こしてい

る.

D.発症は18歳未満である.

E.この障害は物質(例:精神刺激剤)の直接的な生理学的作用や一般身体疾患(例:ハンチントン病またはウイルス脳炎後)

によるものではない.

F.トゥレット障害,慢性運動性または音声チック障害の基準を満たしたことがない.

[慢性運動性または音声チック障害]A.1種類または多彩な運動性チック,または音声チック(すなわち,突発的,急速,反復性,非律動性,常同的な運動あるい

は発声)が,疾患のある時期に存在したことがあるが,両者がともに見られることはない.

B.チックは1日中頻回に起こり(通常,何回かにまとまって),それがほとんど毎日,または1年以上の期間中間欠的に見られ,

この期間中,3ヶ月以上連続してチックが認められない期間はなかった.

C.この障害によって著しい苦痛,または社会的,職業的,または他の重要な領域における機能の著しい障害を引き起こしてい

る.

D.発症は 18歳未満である.

E.この障害は物質(例:精神刺激剤)の直接的な生理学的作用や一般身体疾患(例:ハンチントン病またはウイルス脳炎後)

によるものではない.

F.トゥレット障害の基準を満たしたことがない.

[トゥレット(Tourette)障害]A.多彩な運動性チック,および1つまたはそれ以上の音声チックが同時に存在するとは限らないが,疾患のある時期に存在し

たことがある(チックとは,突発的,急速,反復性,非律動性,常同的な運動あるいは発声である).

B.チックは1日中頻回に起こり(通常,何回かにまとまって),それがほとんど毎日,または1年以上の期間中間欠的に見られ,

この期間中,3ヶ月以上連続してチックが認められない期間はなかった.

C.この障害によって著しい苦痛,または社会的,職業的,または他の重要な領域における機能の著しい障害を引き起こしてい

る.

D.発症は18歳未満である.

E.この障害は物質(例:精神刺激剤)の直接的な生理学的作用や一般身体疾患(例:ハンチントン病またはウイルス脳炎後)

によるものではない.

表1.チック障害の診断基準

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6. 神経・筋疾患 85

1 0 0%心身症ということもできるが,それだけであ

れば本人に対するカウンセリングなどの特別の治

療は必要ない.四肢のチックのため日常生活に支

障をきたすような場合は服薬が必要になるし,子

どものチックは軽くても母親の不安が強い場合に

は,母親が支援の対象となる.服薬や母親に対す

Q.お母さんの完璧主義のせいでチックになったといわれましたが,本当ですか?

A.違います.

以前,子どもがチックになるのは育て方に原因があるという意見もありました.またお母さんが神経質

で完璧主義で,干渉しすぎるから子どもがチックになるという意見もあったようです.

ただ,チックを起こしやすい脳の体質は,男の子ではチックを出しやすく,女性の体に入るとチックで

はなく少し神経質な完璧主義の女性を作る可能性があると言われています.つまり親子で同じ脳の体質を

持っていると,お母さんは神経質で完璧主義になり,お子さんは同じ脳の体質のためにお母さんの育て方

とは関係なくチックが出てしまう,という考えもできます.昔,脳の仕組みがよく分かっていなかった時

には,このためにあたかもお母さんが神経質に完璧主義で育てたからチックになったように見えたのかも

知れません.

Q.チックのある子どもへの接し方や育て方はどうすればよいのでしょう?

A.今まで通りでかまいません.

接し方や育て方については,基本的には今まで通りでかまいません.ただ生活を振り返ってみて,干渉

しすぎるようなところがあるようでしたら,干渉を少し控えるようにすればよいと思います.

Q.叱るとチックが増えるのですが,叱らない方がよいのでしょうか?

A.悪いことをしたときには叱ってかまいません.

叱ることも社会的なルールを覚えさせたりするためには,必要なことがあります.叱った時にはチック

は増えるのですが,一時的な現象ですぐ元に戻ります.そのためにチックがひどくなったり,治るのが遅

くなったりすることはありません.

Q.運動会や学芸会などの学校行事の時にチックが強くなるのですが,どうすればよいのでしょう?

A.あまり気にしないで下さい.

チックは緊張するような行事があると 2~3日前から増加し,それが終わると半日から長くても 1~2日

で以前の状態に戻ります.

Q.チックがあるために,学校でいじめられないか心配です.

A.いじめられることは,ほとんどありません.

チックのお子さんに学校のことを聞いてみても,最初の頃「おまえ何やってんだよ」などと言われるこ

とはあるようですが,意外にチックのためにいじめられることはありません.おそらく友達は最初は変に

思うかも知れませんが,時間がたつとその動きを見慣れてくるせいか,気にしなくなります.

Q.いじめられて登校拒否にならないでしょうか?

A.登校拒否になる可能性は,チックのない子どもと,あまり変わりません.

Q.テレビを見ている時にチックが増えるのですが,テレビを見せない方がよいのでしょうか?

A.テレビは見せてかまいません.

確かにテレビを見ている時にチックが増えるお子さんがいるのですが,これはその時だけでテレビを見

るのが終わるともとに戻ります.私どもの経験でも,テレビを見る時間が長いからといってひどくなるこ

とはありませんし,いつ治るかということにも影響しないと思います.テレビを見せる時間はそのお家の

教育方針で決めてかまいません.

表2.お母さん方から,よく聞かれる質問

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る支援が必要になるのは,トゥレット障害で 2 0~

30%,その他のチックで5~10%程度であろう.

I V. 一般小児科医で可能な治療(初期対応)

チックは不随意運動であり,短時間の抑制は可

能だが長時間止めることはできない.家族にはチ

ックを止めるように言わないよう説明する.

小児科を受診する母親は遺伝的に不安が強く強

迫性を持つ場合が多く 1),母親に対する心理的支持

が心身医学的治療の主体となる.受診時,母親は,

自分の育て方が悪かったのではないかと罪悪感を

持っていることが多いので,母親の育て方ではな

いことを説明する.母親からよく聞かれることに

ついての回答を表2 2)に示した.

V. 専門機関紹介時に必要な説明事項および

紹介方法

チックがあるために食事をこぼす,歩行時に倒

れるなど,日常生活に支障がある場合には,専門

外来への紹介を考慮する.

記載する内容は,複数のチック症状が出現して

いる場合,その経過,発達歴,既往歴など,一般

的なものでよい.家族が不安に思っていること

(たとえば遺伝性や予後など)や解釈モデルが分か

れば記載しておくと,専門機関での初診時の説明

に有用である.

V I. 予 後

チックが出現してまもなく受診し,チック症状

が瞬きや頭を振るなどの頻度の高い症状であれば,

大部分は一過性チック障害の経過をとり 1年以内に

消失する.トゥレット障害の経過をとるのは,チ

ックの発症初期に受診した子どもの中で 1%以下で

ある.

トウレット障害の経過をとる場合でも, 4~5歳

の運動性チックから始まり, 7~8歳から音声チッ

クが加わり, 9~ 1 0歳がピークとなり,その後 1 5

歳くらいまでに軽減あるいは消失することが多い.

思春期になると一部の症例で強迫傾向が見られる

ことがあるが,治療を必要としない軽度のものが

多い.

V I I. 予後判定の基準

予後の判定には,チックの発現部位を顔面,頚

部,肩,上肢,躯幹,下肢の 6部位に分けて評価す

る.発症は顔面か頚部が多いが,経過を追って末

梢に広がるものほど,長期に持続する傾向がある.

しかし多発性チックの経過があっても, 1 0歳で受

診したなら,その後自然経過で数年間のうちに軽

減していくことが多い.

また幼児期に発症するものの方が,学童期に発

症するものより重症化しにくい.また男児より女

児の方が軽症である.

◆頭 痛◆

小児が頭痛を訴えて受診した場合,もし頭痛以

外の症状をともなっていなければ,偏頭痛か筋緊

張性頭痛の可能性が高く,対応や治療は難しくは

ない.また心身医学的治療が必要になることもま

れである.

頭痛以外に腹痛,嘔気,めまい,微熱,倦怠感

などをともなっている場合は,小児科的には起立

性調節障害の臨床特徴を持つことが多く,精神医

学的には,分離不安障害,適応障害,転換性障害

などの診断となることが多い.また心身症として

対応が必要なことが多い.

86

ハロペリドールにはチックあるいはトゥレット障害へ

の健康保険の適応がない.また使用する場合は, 1日の

服用量は 0.2 5m gから1m g程度が多い.この量では散剤

を使用することになるが,ハロペリドールの散剤では,

実測 0.0 2 5gから 0.1gとなる.小児科医が散剤を診療に

使う場合,鎮咳剤など実測で 0.3g~ 0.6gとなる場合が

多いので,医師が 1 0倍量処方をして,副作用のために入

院することがある.また薬局でもハロペリドールを成人

に処方する場合,1m g~1 0m gと使用する量に幅がある

ため,10倍量処方になることがある.

薬物療法が必要な,日常生活に支障をきたすようなチ

ック障害(大部分はトゥレット障害)小児が,一般の小

児科外来に受診することはまれである.もし薬物療法が

必要な症例なら,専門外来に紹介するのがよい.

ハロペリドールコラム

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6. 神経・筋疾患 87

文   献

1)金生由紀子著.トゥレット症候群と遺伝,有馬正高,

大田昌孝編.発達障害医学の進歩1 0.第1版.東京:

診断と治療社,1998:26-33.

2)星加明徳,三輪あつみ.チックについての母親への

説明と家庭での対応,こころの臨床アラカルト.第 1版.東京:星和書店,2001:373-382.

3)坂田保隆.心身医学的アプローチの対象となる症状

反復性頭痛.小児内科 1999;31:721-724.

(星加 明徳)

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88

I. はじめに

注意欠陥/多動性障害(Atten t i on Deficit

Hyperactivity Disorders;A D / H D)は,小児科が

関与すべき極めて今日的な疾患となったが,その

存在そのものは以前から知られており,多動性症

候群や微細脳障害などの呼び名で診療の対象とさ

れてきている.今日のようにメディアに取り上げ

られるようになった背景には,学校教育との絡み

が大きい.通常の学級に在籍しているが,特別な

支援を必要とする子どもと位置づけられ,治療の

対象であると教育関係者や保護者が認識しはじめ

たことによる.

ここでは一般小児科医が A D / H Dを診療する際に

必要な事項を,特に心身症との関係から概説する.

II. どのような主訴で来院するのか

主訴の多くは「落ち着きがない」,「物事に集中

できない」,「乱暴な言動がある」など後述する

A D / H Dの主症状そのものである.時には「宿題を

しない,勉強ができない」といった学業との関連

を強調したものや,「学習障害ではないか」といっ

た直接的な表現の主訴まである.

III. 心身症との関係

平成 1 1年度に行われた全国病院調査から,小児

科一般外来の受診者(5歳以上)の中でA D / H D児

は0.5 8%(内訳:男児 8 3%,小学生 6 3%)であるこ

とが判明している.この調査によればA D / H D児の

心身症合併率は5 8%,家族・友人・教師と何らかの

対人関係上の問題のあるものが6 7%,不登校(保健

室登校,または適応指導教室などを含む)が 2 7%で

あった.もちろん,これらの合併率はA D / H D児全

注意欠陥/多動性障害(A D / H D)は小児の行動

異常に関する疾患で,過活動,不注意,衝動性の 3つを主症状としている.診断は D S M -Ⅳにのっと

って行う.気質的な問題との鑑別には,3主症状の

頻度や程度,持続性,普遍性,不利益などを参考

とする.特に知的障害のない広汎性発達障害や非

虐待児との鑑別が重要であるが,しばしば困難で

ある.集団生活を経験する 3歳以降で問題視されは

じめ,就学後に集団適応上で大きな困難を呈する

ことが多い.集団不適応は心身症や不登校という

形で現れやすく,A D / H Dの症状そのものに関する

治療だけでなく,二次障害の予防も重要である.

治療的介入は,環境整備,生活指導,薬物療法の 3つである.A D / H D 児の行動を症状と理解し,治療

の対象であると認識して,生活習慣全般ならびに

教育環境を見直すことなどが効果的である.薬物

療法では,中枢神経刺激薬や抗うつ薬などが使用

されるが,現時点ではすべて保険適応外である.

AD/HD,学習障害,広汎性発達障害,アスペルガー(Asperger)症候群,

過活動,不注意,衝動性,集団不適応,学校不適応,不登校

注意欠陥/多動性障害(AD/HD)

とその辺縁疾患

キーワード

7

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般における数値よりも高いと思われる.心身症を

合併しているからこそ小児科外来を受診するから

である.しかし,小児科の外来担当者としては意

識しておくべき数値であろう.学校調査(鳥取県

で実施)では,A D / H Dの小学生で2.3%が,中学生

では39.4%が不登校となっている.

以上から,「A D / H D児は小学生の男児に多く認め

られ,中学生になると約4割が不登校の状態である.

そして,小児科外来を訪れる A D / H D 児の約 6割が

心身症を合併している」とまとめることができる.

I V. 症状と診断

A D / H Dの症状は,過活動,不注意,衝動性の 3

つに分類される.過活動とは,いわゆる「落ち着

きのないこと」で,おとなしくしておくべき場所

でも,ウロウロと動き回ったり,多弁であったり

することを指す.たとえ座っていてもよく手足を

動かしているなども過活動に該当する.不注意と

はいわゆる「ケアレスな状態のこと」で,日々の

活動で注意力が足りなかったり,話を聞いていな

かったり,必要な物をよくなくす,あるいは宿題

など集中力を必要とする活動を嫌うなどが挙げら

れる.衝動性とはいわゆる「予期せぬ行動をとる

こと」 で,順番が待てなかったり,人を遮って話

しかけてきたり,他人の活動を邪魔したりするこ

とを指す.

しかしこれらの行動は,小児であれば多少なり

とも普通に認められるものである.そのため,病

的と判断する目安に苦慮する時もある.これらを

症状として考えるには,以下のような要件を念頭

に置く.①生活年齢や発達年齢に比べ,明らかに

頻度が高かったり程度が強かったりすること,②

その行動のために周囲や本人自身に不利益が生じ

ていること,③状況に依存せずにその行動が出現

し,ある程度の期間(通常は 6ヶ月以上)持続して

認められること,の 3点である.さらに,自閉症で

はないこと,環境による反応性の症状ではないこ

とも付帯条項として重要である.特に虐待を受け

ている小児の場合には,一見するとA D / H Dの行動

そのものに見えることが少なくないため,鑑別診

断には特に慎重を期すべきである.

V. 一般小児科での対応

小児科医がもっとも留意すべきことは,行動評

価もせずに「元気がいいだけで,心配いらない」

と断定してしまわないことである.特に保育所,

幼稚園,学校などからの紹介で来院した場合には,

どんな行動があり,誰が,どの程度困っているか

を聴取すると,AD/HD診断のきっかけとなる.

治療的介入には生活指導,環境整備,薬物療法

の3つがある.まず,生活指導や環境整備を優先さ

せる(表 1,2参照).生じている問題の大きさにも

よるが,数ヶ月間は生活指導と環境整備による変

化を待ちたい.特に生活指導は子育ての延長上に

あり,小児科が積極的にかかわるべき領分である.

7. 注意欠陥/多動性障害(AD/HD)とその辺縁疾患 89

・児が興奮している時に,保護者や指導者まで興奮しな

・児の興奮がおさまるまで,別の場所へ移動させる

・児の興奮が落ち着いてから諭す,あるいは威厳を持っ

て叱る

・叱る言葉は短く,明瞭な言葉を選ぶ

・児をほめるときにはタイミングよく,思いっきりほめ

・家庭内にルールを作り,家族全員が守るようにする

・夜,眠る前に絵本や童話などの読み聞かせを行い,人

の話に傾聴する習慣をつける

表1.生活指導例

・児の状態が治療の対象であることを家族全員が理解す

・児の状態について幼稚園や学校に正しく伝え,認識し

てもらう

・年長児では(小学校中学年以上),本人に治療が必要で

あることを説明する

・A D / H D は,教育的には情緒障害に該当するので,情緒

障害通級指導教室などでの少人数指導も考慮する

・家庭ではテレビやビデオに見過ぎに注意する

表2.環境整備例

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90

V I. 専門機関へ紹介する症例のポイント

上述した指導で改善が見られない場合には,薬

物 療 法 の 併 用 を 考 え る . 薬 物 療 法 の 適 応 は ,

A D / H D児に生じている不利益の程度を考慮して決

定する.不利益の程度にはD S M -Ⅳに記載されてい

る「機能の全体的評定尺度(G A F尺度)」などが参

考となる(表 3参照).G A F尺度のどの段階から薬

物療法の適応とするについては,一定の見解はな

い.A D / H D児の診療を行っているわが国の小児科

医等はGAF値 31~40とする者が最も多かった.

薬物の選択では,中枢神経刺激薬や抗うつ薬が

使用されることが多い.参考として表 4に薬物療法

の処方例を記載した.しかし,A D / H Dを薬で治す

という感覚で取り組むことは好ましくない.薬物

療法はあくまで症状の緩和が主目的である.薬物

療法により症状が緩和し,生活指導や環境整備の

進展が得られ,A D / H D児自身が行動統制や人との

協調性を学ぶというのが本来の治療であろう.生

活指導や環境整備をおろそかにして,安易に薬物

療法に頼ることは慎むべきである.薬物療法が必

要と思われたら,身近な精神科(思春期外来など)

あるいは機関病院の小児科(小児神経外来,発達

外来など)や療育センター,発達相談センターな

どの小児科に紹介することをおすすめする.

学童期後半以降では過活動は低下し,一見する

とA D / H Dとは思えなくなることも多い.そのよう

な場合でも不注意や衝動性は残っており,特に衝

動性が強い場合には,いわゆる「キレル」という

行動に出る.A D / H Dの一部では,思春期に行為障

害や人格障害を合併してくる.幼児期から適切な

対応を行い予防することが何よりも重要である.

行為障害を合併してしまうと,小児科だけで対応

することは困難になる.積極的に精神科や児童相

談所,警察の生活安全課と相談すべきである.

V I I. 関連する疾患

1.学習障害

学習障害(Learning Disorders;L D)とは,脳

機能障害によって生じるある種の認知能力の歪み

を主体とする発達障害で,読字障害,書字障害,

GAF値

1-1011-2021-30

31-4041-5051-6061-7071-80

症 状

重 度

中等度

軽 度

軽 微

学校・家庭での機能

自己または他者をひどく傷つける危険が続いている

自己または他者を傷つける危険がかなりある

学校も家庭も友達もなく,ほとんどすべての面で機能する

ことができない

家族関係や学校生活で大きな障害がある

友達がない,学業の遅れ

友達が少ない,仲間との葛藤

学校や家庭ではかなり適応できている.良い人間関係もある

表3.機能の全体的評定尺度(GAF尺度)

中枢神経刺激薬

例 Methylphenidate

5mg朝一回投与,のち 5mgずつ増量

最少有効量を維持

最大でも30mg/dayを越えない

昼の投与は可,夕方以降は不可

行動の増悪,チックでは中止

てんかん合併例には慎重投与

抗うつ薬

例 Fulvoxamine

25mg夕一回投与,のち 25mgずつ増量

最少有効量を維持

朝夕投与は可

胃腸障害は高頻度に出現

テオフィリンとの併用は慎重に

表4.薬物の処方例

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7. 注意欠陥/多動性障害(AD/HD)とその辺縁疾患 91

算数計算障害が代表的なタイプである.A D / H Dと

の合併は約4 0%と高率であるため両者はよく混同さ

れるが,A D / H Dは行動異常という軸で,L Dは認

知障害という軸で見るべき別の疾患であることに

留意する.

幼児期より多動などの行動上の問題があって学

業成績が低下してきた場合は,原則としてA D / H D

である.最近になって落ち着きがなくなった学童

の場合では,二次的な反応性の多動であることが

多 く , そ の 背 景 に L D が 隠 れ て い た り す る .

A D / H Dを合併している L Dでは,学習態度そのも

のが損なわれるだけでなく,選り好みをして学習

する傾向があり,学業成績の凹凸がいっそう顕著

になる.両者が併存している場合には,まず

AD/HDに対する治療的介入を行う.

L Dでも心身症の合併が多く,不登校は A D / H D

よりも早い時期から認められ,小学校低学年で約

2 0%,高学年で約 5 0%,中学校では約 6 0%と増加

する.L Dそのものに対する薬物療法はない.環境

整備や心身症予防が重要課題である.

2.高機能自閉症とアスペルガー症候群

高機能自閉症とは知的能力が正常範囲内(I Qが

7 0 以 上 ) の 自 閉 症 を い う . ア ス ペ ル ガ ー

(A s p e r g e r)症候群とは,大まかには言語発達に遅

れのない高機能自閉症のことをいう.ともにコミ

ュニケーションの障害を基盤とする広汎性発達障

害に分類されている.両者ともに多動,集中不良

があり,衝動的に行動したりするため,行動評価

のみではA D / H Dに見えることが少なくない.独特

な感覚へのこだわり(回るものや直線が好きなど)

や新規の事柄に対する不安や恐れ,会話のずれな

どを特徴としている.方言を使うことが少なく,

丁寧な言葉遣いなども特徴的である.DSM-Ⅳでは,

A D / H Dとの合併を認めておらず,広汎性発達障害

の方を優先診断とする.

幼児期から学童期前半では A D / H Dと診断された

児が,その後,クラスで孤立するなどの状態を経

て学校不適応になり,児童精神科や小児神経科を

受診し,アスペルガー症候群と判明することもあ

る.このように行動上は A D / H Dと見誤るようなア

スペルガー症候群が少なからず存在する.一般小

児科としては留意しておくべき点であろう.また

こうした高機能広汎性発達障害では,視覚的な理

解力は良好であるのに聴覚的な理解力は劣ってい

るなど,認知障害も合併するためL Dに見えること

もある.

こうした広汎性発達障害では,特に思春期以降

になると強迫症状や不安症状などが顕著になった

りする.この場合は,児童精神科医などの専門家

に相談する.

V I I I. おわりに

A D / H D,L D,高機能広汎性発達障害などの軽度

発達障害に共通する重要事項は,幼児期から行わ

れる「できるあなたはいいけど,できないあなた

はだめ」という育て方をやめ,「できないあなたも

大切な人だ」というメッセージを送り続け,自己

肯定感(self-esteem)を育てることである.

文   献

1)小枝達也.心のケアと小児保健 ⑧学習障害.小児

A D / H D の治療薬として,厚生労働省の承認を受けて

いるものは 1つもないのが現状である.表 4に記載した

m e t h y l p h e n i d a t eや抗うつ薬に限らず,その他に時々

使用される c a r b a m a z e p i n eなども同じである.したが

ってそのことを保護者に伝え,了解を取ったうえで処方

しなければならない.m e t h y l p h e n i d a t eは過半数以上

の症例で確かによく効く.しかし年長児や成人では高揚

感が得られることがあるらしく,インターネット上で

Vitamine Rという隠語で取り引きされていたり,簡単

に処方してくれる病院の情報が出回っていることも同時

に承知しておくべきであろう.年少児では考えにくいが,

年長児の場合「ふり」をして m e t h y l p h e n i d a t e を入手

しようとする者がいることを,今や小児科医も熟知して

おくべき時代なのである.

A D / H Dの診療を志す者は,「A D / H D の診断と治療ガ

イドライン(平成 1 4年中に発刊予定)」を参考にするこ

とをおすすめする.

AD/HDの薬物療法についてコラム

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92

科臨床 2000;53(増刊号):1123-1126.

2)小枝達也.シンポジウム 4 小児の心身症 発達面か

らみた心身症および学校不適応の病態.日本小児科

学会誌 2001;105:1332-1335.

3)ラッセルA.バークレー,海輪由香子訳,山田寛監

修.ADHDのすべて.第1版.東京:VOICE,2000.

4)榊原洋一.集中できない子どもたち.第 1版.東京:

小学館,2000.

5)杉山登志郎.発達障害の豊かな世界.第 1版.東京:

日本評論社,2000.

6)小枝達也,平林伸一,宮本信也他. A D H Dを取りま

く医療のあり方について.脳と発達  2 0 0 2 ; 3 4 :

158-161.

(小枝 達也)

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93

I. 概念

摂食障害(e a t i n g d i s o r d e r s)は,ストレスや不

安を本音で悩み解決する代わりに,拒食・過食や

嘔吐によりストレスを発散する孤独な心身症であ

る.過食による発達性肥満への取り組みは長年小

児科で行われてきたが,近年問題になっているの

は,思春期の女子に増加・低年齢化し,男子にも

発症する思春期やせ症(神経性食欲不振症a n o r e x i a

n e r v o s a)と過食嘔吐症(神経性過食症 b u l i m i a

n e r v o s a)である.まじめな良い子が挫折体験を引

き金にスリムになり,自信を回復しようとダイエ

ットにのめりこみ,肥満恐怖に陥ることが多い.

また,拒食の反動で過食嘔吐症に移行する例が増

えている.背景には,幼い頃から過度に気を使う

生活史がある.また部活や受験の疲労がたまり,

生体リズムが障害され,食欲不振に陥ることもあ

る.小児科医は声を大にし,予防と早期発見,早

期治療を,家庭や学校に呼びかけていく.その際,

図1,図2などの資料を用いると分かりやすい.

1.思春期やせ症は恐ろしい(図1参照)

思春期やせ症と過食嘔吐症は心身症であるが,

いったん進行すると,身体の成長発達を阻害し,

長期的に Q O Lを低め,寿命を縮めていく慢性疾患

になる.「私は食べなくても元気」と強がる子は,

飢餓状態への生体防御反応として,脳内麻薬が分

泌し,病識がなく恍惚としているにすぎない.生

体のホメオステーシスは,生き延びるために一種

の「省エネの冬眠状態」に入っており,脈はゆっ

くりになる.子宮・卵巣は萎縮し,無月経により

近年中学生や小学校高学年児にダイエットが流

行しており,不自然なやせを見たら思春期やせ症

の初期症状を疑う.本症は死亡率の最も高い思春

期の心身症で,低身長,ニ次性徴の遅れ,脳萎縮,

骨粗鬆症のほか精神障害,不妊症を合併するリス

クがあり,小児科医による予防,早期発見,治療

が急務である.早期発見には,成長曲線に母子手

帳の記載と身体検査の計測値を記入し,体重の増

加停止や減少を見つける.治療は,軽症ではやせ

と過食嘔吐の危険を伝え,食生活と親子関係を改

善する.中症では,手足の冷感,徐脈,低体温,

低血圧が代謝機能低下の進行を示すので,安静臥

床によりバイタルサインを改善し,摂食練習と,

親への甘えなおしにより信頼関係を育てなおす.

極度のやせ,徐脈,チアノーゼ,浮腫は重症の危

機徴候で,救命が大切である.学校と連携し治療

環境を整え,休養と摂食練習を重ね,周期的排卵

性月経,健康な食生活,本音で生きる心の柔軟性

の確立を目指す.

摂食障害, 思春期やせ症,神経性過食症,成長曲線,生体リズムの障害,

高い死亡率,骨粗鬆症,不妊症,予防―早期発見―治療,心身の十分な

休養,心身の育てなおし,学校との連携

摂食障害

キーワード

8

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94

ホルモンシステムの沈没が示される.やがて脳が

萎縮し,感情鈍麻,思考力,判断力の低下が生じ

る.将来の不妊症,骨粗鬆症,精神障害,育児障

害,脳梗塞,痴呆,心筋梗塞のリスクが高まり,

最も死亡率の高い(約 1 0%)思春期の心身症とな

る.食欲中枢に隣接する自律神経機能や情動中枢

まで混乱し,生体リズムが障害され,情緒不安定

に陥る.身体面のみ治癒しても,柔軟な適応力を

もつ心に成長しなおさないと,将来出産,育児や

その他のストレスで再発し,産後うつ病や育児障

害に苦しみ,わが子の心の発達にまで悪影響を及

ぼすことが懸念されている.

2.思春期やせ症は早期発見できる(図2参照)

過激なダイエットや少食は既に初期症状である

といえる.成長期の子どもの食事量がやけに少な

い,変だ,と気づく常識が大切である.「思春期の

ダイエットは危険がいっぱい」と伝えるだけでも

難治例を防ぐことができる 1).多くの親は,食事量

が減り体重が減少しても,平気で子供を学校に行

かせ,受診を遅らせる.いよいよ目に見えてやせ

細り,月経が止まり,脈もゆっくりになって初め

てあわてる.飢餓状態に陥ってからの治療は難し

く,予後も不良である.そうなる前に,小児科医

が早期に積極的に不健康なやせを発見したい.

II. 主訴

顔色が悪い,体重が増えない,やせてきた,食

欲不振や小食,過食嘔吐,やせ願望,過激なダイ

エット,初潮の遅れ,月経障害,低体温,徐脈,

疲れやすさ,体力の低下など.

I I I. 診察所見

診察所見は, 1)ほぼ健康, 2)不健康やせ, 3)

病気進行期,4)難治性病型と病状の進む段階によ

り異なる.

摂食障害の診療における小児科医の役割(表 1参

照)に示すように,なおりやすい病初期の 1),2)

図1.思春期やせ症は恐ろしい 図2.思春期やせ症は早期発見できる

ケア

病期

病状

中心

一次ケア予防・早期発見

発症前

ハイリスク

ストレス・ダイエット

小児科医・

親・保育士・教師

家庭・学校・小児科

二次ケア早期診断治療

初期

体重増加停止・減少

食行動異常

小児科医・

親・教師

家庭・学校・小児科

三次ケア専門治療

中期

体重減少・月経障害

食行動異常・臓器障害

小児精神保健専門チーム

(小児科医+精神科医)

入院・外来治療

フォローアップ再発予防

治療後

心身の回復状態の維持

学校生活に復帰

専門家・小児科・親・

学校

診察・心理・家族治療

表1.摂食障害の診療における小児科医の役割

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8. 摂食障害 95

は小児科医が早期発見(一次ケア),早期治療(二

次ケア)をする.病状進行例には,率直に身体の

危機兆候を伝え,まず身体治療を優先する必要を

説明し,三次ケアのできる専門治療機関に紹介す

る.紹介先がない場合には,小児科医が精神科医

と協力し,身体面と精神面の治療を分担しつつ,

慎重に長期戦で治療する.

I V. 診察順序

問診→診察→検査→身体疾患の鑑別→精神疾患

の鑑別→確定診断→病気の状態診断(身体的問題,

心理的問題,社会心理的問題)の順に進める.

①問診 食べ方がおかしくなりはじめた時,体重

が横ばいになり減りはじめた時の前後の出来事や

生活上のストレス,身体発育変化(初潮発来の時

期など)を詳しく尋ねる.生育歴では,周産期,

新生児期の母子家族関係,乳児期の気質, 1~2歳

の母親への甘え,分離不安,自己主張の程度,幼

稚園・保育園や学校への集団適応を尋ねる.

成長曲線:早期診断の決め手は,自然な体重増加

の停止である.乳児期からの身長体重データを成

長曲線上に記入し,体重の横ばいや減少の程度と

時期を調べる(図 3 成長曲線参照).体重増加率

の悪化は第 1の診断項目であり,成人期の体重減少

に等しい.個人差の大きい子どもの体重を,集団

の標準値と比べず,その子自身の本来の健やかな

体重と比べ,客観的成長データの悪化により早期

発見をする.成長発達学的には,身体疾患のない

子が,成長曲線が下降する時は社会心理生理的ス

トレスが考えられる.

②診察 バイタルサイン,二次性徴,神経学的診

察を含む基本的診察を手抜きせずに行う.

③検査 鑑別診断と栄養障害による臓器機能不全

の診断のため行う.血液検査では,白血球減少,

A L - P低値,電解質異常,I G F -1低値,T 3,T S H ,

free-T3低値,E2低値などは飢餓状態の兆候である.

尿検査では尿比重により脱水の有無をみる.E K G ,

胸部X線では心機能不全の兆候をみる.

④身体疾患との鑑別(悪性腫瘍,血液疾患,結核,

SLE等の膠原病,脳腫瘍,変性疾患,消化器等)

⑤小児・思春期精神障害との鑑別(心因反応,う

つ病,境界人格,強迫神経症,精神分裂病等)

V. 病状別所見,診断基準,治療 (表2参照)

1.ほぼ健康:早期診断と一次ケア

子どもが急に食べなくなった,食事も忘れて部

活や勉強に熱中し心配,と親が訴えてくる.診察

所見では異常はなく健康そう.B M I(Body Mass

I n d e x:体重/身長 2)は2 0以上でやせてはおらず,

生理もあり,末梢血液や尿検査も異常なし.ここ

で小児科医は「問題ない.親の心配しすぎ」と安

易に発言しないよう気をつける.医者の言葉から,

「ほらみろ,お母さんがうるさい」と子どもが拒食

にまい進することがある.

小食の子どもを見たら放置しないこと.成長発

達期の子どもで,身体疾患がないのに体重が増え

ない場合は,思春期やせ症の初期症状を疑う.患

者の疾病否認は強く,受診は遅れるので,小児科

医から積極的に見つけていく.

具体的にはまず,図3のように成長曲線をつける.

体質的なやせなら,もともと体重が平均より低い

線で上昇する.成長曲線の自然な体重増加が止ま図3.成長曲線と実際の体重・身長の変化の比較(例)

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96

り減少していたら,それはその子のデータの悪化

であり,見過ごしてはならない.「食べなくても元

気だと油断すると,身体の成長が止まり,治りに

くい摂食障害になる」と伝え,心身のめりはりの

ある生活(食事,睡眠,活動のリズム,本音で生

きること)の大切さ,成長期のダイエットの危険

を説明する.体重の増加率が回復するまで,経過

観察をやめないことが大切である.

2.不健康やせ:初期治療と二次ケア

成長曲線上 1チャンネル以上の体重下降が続いた

ら,成長発達に有害な「不健康やせ」と診断する.

「不健康やせ」に身体疾患と他の精神障害が伴わな

い時は,思春期やせ症とみなす.B M Iは2 0~1 8で

やせはまだ顕著ではない.二次性徴の遅れ,月経

出血の減少,骨密度の低下,身長の増加不良など,

栄養障害による生体機能低下や内臓発達不全が始

まりかけている.持続する体重減少は身体ストレ

スとなり,ストレス反応としてコルチコトロピ

ン・リリーシングホルモン(C R H)や脳内麻薬の

ベータ―エンドルフィンが分泌する.夜は眠れず,

昼間はじっとしていられず,目先の勉強や仕事に

熱中し,成績は上がり,万事好調と錯覚する.や

せることが快感となったダイエットハイのせいで

ある.小児の早期の診断基準には以下を用いる.

<Laskらの小児期診断基準>3)

1 5歳未満は以下の 1.2.3.を満たせば神経性食

欲不振症と診断する.

1.頑固な拒食および減食            

2.思春期の発育スパート期に身体疾患・精神疾患

がなく体重増加の停滞・体重減少がある場合

3.以下の症状が2つ以上ある場合

a.体重へのこだわり

b.カロリー摂取へのこだわり

c.歪んだ身体像

d.肥満恐怖

e.自己誘発嘔吐

f.過度の運動

g.下剤の乱用

明らかなやせに対し,毎週診察と身体計測を行

い,本症の身体徴候の改善をはかる.血清T 3,

I G F -1などの代謝機能値を検査し,体重(初潮発来

後無月経の子は月経の再開も)と食生活が回復す

るまで,十分な睡眠と食事をとり,塾や部活や学

校を休み,ゆっくりさせる.病識がなく,治療抵

抗や精神的混乱を示す子どもと家族に,飢餓によ

る心身の消耗状態と多臓器機能不全の危険を具体

病状/回復程度

活動度

体重 (過去6ヶ月)

月経(過去6ヶ月)

脈・体温・血圧

臓器・機能不全

食行動

自己像・性格親子/対人関係

ほぼ健康ほぼ回復

学校フル参加

BMI 20以上

本来の体重

排卵性・6回

正常

なし

ほぼ正常

自信・適応的

甘え上手

不健康やせ不完全回復

学校部分参加

BMI 20-18-5%~-15%2~5回

昼夜の脈> 60

軽度

骨減少症・

下垂体機能不全・

甲状腺機能低下他

偏食・ダイエット

劣等感

対人緊張

病気進行未治療

休学/自宅安静

BMI 18-16-15%~-25%

0~1回

昼の脈 > 60夜の脈 < 60

低体温・低血圧

中度

間脳下垂体機能不全

骨粗鬆症・脳萎縮

子宮卵巣萎縮・他

拒食・過食嘔吐

肥満恐怖・痩せ願望

強迫的・完全癖

難治性予後不良

入院/自宅臥床

BMI 16未満

-25%以上の減少

0回

脈:昼 < 60,夜 < 50末梢循環不全

低体温・低血圧

重度

汎血球減少症・間脳下垂体機能不全

骨粗鬆症・脳萎縮・子宮卵巣萎縮

その他

拒食・過食嘔吐・下剤・

利尿剤乱用・捨食他

精神病的・妄想・被害念慮

肥満恐怖・痩せ願望

死亡*

表2.病気の状態

*不整脈,電解質異常,心・腎・肝不全,飢餓死,感染,急激なやせ・refeeding syndrome, 自殺,事故死

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的に示す.ダイエットハイのいい気分にはまって

いる間に食欲中枢が混乱し,栄養失調から脳や他

の内臓が萎縮する.異様な精神状態になり,病識

が持てないまま,餓死,不整脈,徐脈などの突然

死の危険が増す.もう身体をこわすのをやめるよ

う,こんこんと働きかける.

3.病気進行:専門治療と三次ケア

B M Iが1 8未満になると飢餓状態が進む.本人は

けろっとして病識がないが,目に見えてやせてい

る.成人用のD S M - I Vの診断基準を満たす晩期病型

である.食欲は失せ,胃袋は萎縮し,空腹は感知

できなくなり,嘔吐しやすくなる.脳は萎縮し正

常な判断ができず,飢餓状態から徐脈やむくみが

きても,身体の危機感がない.医者も信頼せず異

様な精神状態に陥り,自力の回復は困難で,飢餓

死のリスクが高まる.

顔面蒼白,手足の冷感,低体温,低血圧,徐脈,

乏尿,腱反射低下・消失,皮膚の角化,うぶ毛密

生,無月経・月経障害など,飢餓状態の所見が強

まる.血液検査では,白血球減少,A L - P低値,電

解質異常,I G F -1低値,T 3,T S H,f r e e - T3低値,

E2低値が認められる.胸部X線上心肺係数は低下

し,M R I上脳は萎縮し,エコー上卵巣子宮発育不

全が見られ,その他に骨粗鬆症等が認められ,全

身臓器の機能不全(循環不全,甲状腺機能低下症,

間脳下垂体機能不全,卵巣子宮発育不全,造血機

能不全など)に陥る.

DSM診断基準

<神経性食欲不振症>

①身体疾患がなく,標準体重 8 5%よりもやせてい

ようとする

②やせていながら太ることをこわがり,体重回復

に抵抗する

③歪んだ身体像と容姿へのこだわり

④3ヶ月以上の無月経

<神経性過食症>

①繰り返す過食,やけ食い

②嘔吐,下剤,利尿剤の乱用や過度の運動

③上記①,②が週2回,3ヶ月以上続く

④容姿と体重にこだわる

⑤拒食期には過食がない

治療初期:混乱した生体のリズムと心身の機能を

回復するため,まず休養し,3度の食事摂取,睡眠

覚醒のパターンを作る.安静臥床を基本に,規則

的にカロリー摂取を促し,離乳食を与えるように

柔らかいもの少量から硬い食物に移行していく.

低体温,徐脈,低血圧などバイタルサインを慎重

にモニターする.チューブ栄養や投薬は最後の手

段で,熱意を持って説得すると,ほとんどの子ど

もは自分で口から摂取する.不安緊張の強い,「心

の未熟児」とみなし,スキンシップをはかりなが

ら,心のこもったケアを積み重ねる.自宅療養で

は母親が医師の細かい指導下で治療的役割を果た

す.幼児期からひそかに抱いてきた見捨てられる

不安や治ってしまったら無視される不安などを,

言葉で語れるように支援する.過食嘔吐は,母親

が暖かく食事に付き添い,適量を吐かないで食べ

る練習をさせる.不安や苛立ちは身体ごと受け止

める.一緒にお風呂に入ったり,添い寝をしたり

するのも有効である.

回復期:摂食練習を進め,段階的に食事の種類と

量を増やし,普通の食べ方に導く.周期的に月経

が回復する(半年に 6回)まで過激な運動や勉強は

控える.親に本音をだして甘えなおし,自然体で

家族や人とふれあうよう練習する.喜怒哀楽の感

情がよみがえり,抑うつ,不安,怒りや絶望が湧

き,万引き,盗み,過食嘔吐,捨食などの衝動行

動が生じやすい.治療者と家族が一枚岩で,子ど

もの不安や苛立ちをしっかり受け止める.

再適応期:見た目に元気でも内分泌代謝機能,骨

密度低下や脳 M R I上の萎縮の改善や,体力の回復

までにはかなり時間がかかる.急に学校にフルに

戻ると,再発,慢性化しやすい.学校の協力を得

て,慎重にスモールステップで,子どもに無理の

ないペースで学校生活に復帰していく.

4.進行病型

飢餓状態が進行し,長期化した症例である.心

身の悪循環に陥り,なおりにくい.体重極少期に

は餓死,回復期にはrefeeding syndromeや自殺,

危険な衝動行動による突然死などのリスクが生じ,

8. 摂食障害 97

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経験のない小児科にはお手上げである.三次ケア

のできる経験ある小児科医,精神科医,児童精神

科医に紹介する.

VI. 摂食障害の診療姿勢

摂食障害の患者は病識が乏しく,やせへのこだ

わりやとらわれが強く,病気を激しく否認し,治

療に抵抗するので,小児科医には以下の基本的な

診療姿勢が必要である.

①患者にふりまわされず,外柔内剛の,誠実で毅

然とした粘り強い態度で,摂食障害の危険を伝

え,治療していく.

②小児科医が治療のキーパーソンとなり,看護師

や学校と治療方針を共有した安定した連携チー

ムを組む 5).

③父親を参加させ,父母が一枚岩となり,わが子

の不安と甘えなおしを受けとめられるよう支え

る.

④患児が病識をもち主体的に治療に取り組めるよ

う,患児と仲良くしながら,分かりやすい図表,

写真,比喩や具体例を用いて,身体の破壊(異

化作用)と回復(同化作用)のメカニズムを教

育していく.

V II. 診察のしかた 4)

病気を否認する子どもに,不健康なやせの身体

兆候を分かりやすく丁寧に示し,一緒に考えてい

く.

①やせの全体兆候:さりげなく暖かく触れながら,

髪の毛がかさかさなこと,顔色が悪いこと,爪が

白っぽいこと,皮膚の色がくすみ,産毛が密生し

ていることなどを一緒に確認していく.肩や背中

や臀部にそっと手を置いてみれば,手の平の感触

で,どれほどやせているかが分かる.

②バイタルサイン(脈,体温,血圧):手を握る.

「今手を握られてどう?どっちが暖かい?」と尋ね

ると,子どもは「先生の手」と答える.そこで

「あなたよりも年寄りの先生の方が体が燃えてい

る.車にガソリン入れないで走っているのと同じ

で,あなたは燃える力の弱い体になっているよう

ね」と伝える.脈がゆっくりで体温が低く,生理

がなければ,体重が減って内分泌代謝機能は低下

している.脈を子ども自身に計らせ,考えさせる.

「普通,脈はいくつかな」と尋ねると「 6 0とか 7 0」

と答える.「あなたの脈は50.心臓の力が出ないし,

食べないで体力が弱っているから,動かないで,

といっているのでしょう.前よりどきどきしなく

なって,自分が強くなったと勘違いしているかな.

心臓は冬眠のくまさんのようにじっとしていない

と危ないと訴えているよう」と伝える 2).

腕の筋肉をそっとつまみ,「腕もこんなにやせて

いるから,心臓も他の内臓もやせているかも知れ

ない」「燃えるもののない体は,だんだんエンジン

も擦り切れてきているかな.外から見てスマート

に見えても,体は大変.」と説明する.次に「いつ

最後のおしっこが出た.」と問い,「あまり出ない.

黒っぽい色」と答えたら,「水分を十分に取らない

と,血液量が減り,水の枯れた水車と同じで,腎

臓がさぼってしまう.洗濯もすすぎ水を倹約する

と汚れが落ちないように,水分を飲まないと血液

中に老廃物がたまっていく」と説明する.また

「体重が減った分,血液も減り,運べる酸素も減る

から,動くと筋肉ばかりに血がめぐり内臓は後回

し.でも脳,心臓,腎臓や肝臓は大事な臓器で血

液が必要.動きたいでしょうけれど,横になって

寝ると,弱った心臓が脳,心臓,腎臓,肝臓のど

れにも無理なく血を送れるし,体も休むことがで

きて,脈も増えてくる.そしてこれ以上身体を壊

すのは止めなければならない」と告げ,安静を促

す.ほとんどの子どもは,治ると 1人ぼっちになる

と内心おびえており,反抗的態度とはうらはらに

自分を肥満の恐怖から救い守ってくれるしっかり

した大人を求め,耳を傾け協力してくる.

親と家族への働きかけとして,拒食に駆り立て

られる背景には,乳幼児期からの見捨てられる不

安や自信のなさなど,隠された心の問題があるこ

とを話し合う.ほとんどの子どもが敏感な性質で,

人目を気にする.ありのままの自分の不安を出し

ても受け止めてもらえるような,でんとした親子

の信頼関係を作りなおしたい.家族中でも特に母

親をしっかり支え,父母のコミュニケーションを

良くし,家庭の雰囲気を暖かくのんびりした雰囲

98

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8. 摂食障害 99

気にしていく.患児は淋しさを隠し我慢して育っ

てきている場合が多く,母親に一度甘えなおすこ

とで,不安定な気持ちから脱皮していくことがで

きる.

V I II. 治療の共通点

思春期やせ症と過食嘔吐症には小児科医や小児精

神科医により多様な治療アプローチがあるが,有効

な治療には以下の共通点があると思われる6).

①やせや過食嘔吐を放置しない.異常な食行動の

危険を伝え親身なかかわりで食い止めていく.

②子どもと親の両方に〔同時かつ別々に〕病気の

恐ろしさを具体的に伝え教育する.

③普通の食べ方を練習しなおすために,少量から

焦らずに着実に食べさせ,気長に段階的に増量

する.

④睡眠,食事,規則的な月経などの生体リズムの

回復を図るため,丁寧な身体管理を持続してい

く.

⑤低年齢の心身の成長発育スパート期には,一刻

も早く異常なやせ状態から脱出させ,健康な成

長発達の軌道に戻したい.それには安心してあ

りのままの自分が出せるよう,和やかな親子関

係を応援する.

⑥治療には身体治療,心理治療,家族治療,学校

との連携の4本柱を調和させる.

身体機能が正常化し,体重が約 8割回復すると,

健康な情緒反応がよみがえり心理治療も実りやす

い.また親子関係で,弱音や恨みや怒りの本音が

一過性に出ることは,ほぼ治療の必須過程であり,

親があわてずに受け止められるように支援してい

く.その子の体力の回復程度と対人関係の能力に

応じた無理のない学校参加が,再発や慢性化防止

には必要で,学校と密に連絡をとりつつ,子ども

と一緒に考えていく.

IX. 専門治療機関への紹介

専門治療機関が少ないため,軽症,中症は小児

科で,病気の説明と安静と段階的な食事摂取を中

心とした治療を行う.やせが進み意識障害や行動

障害が認められたら精神科医に紹介する.小児科

医が初期指導と身体治療により少しでも飢餓状態

や循環不全を回復すると精神科医は治療しやすい.

心理治療と家族指導は心理臨床家や精神科医と連

携し,気長に行う.

X. 社会への働きかけ

小児科医は,テレビや雑誌の行過ぎたダイエッ

ト情報,無理な塾通い,部活などが本症の引き金

になることを世に警告していく.ロンドンでは 1 5

歳の1 5人に1人が神経性食欲不振症を発症し,英国

政府はやせすぎの女優のテレビ出演とやせすぎの

スーパーモデルの雇用を法律的に禁じている.

XI. 予後

表2のように,一歩ずつ粘り強く,着実に病気の

状態を改善に向けていく.治療目標は,食べるこ

とへのこだわりが消え,自然体の健康な心と体重

と食生活になることである.排卵性規則性の月経

が確立できていることが改善の目安になる.最低 3

年から5年くらいフォローしていく.

文   献

1)福岡秀輿.危険がいっぱい,思春期のダイエット 東

京芳賀書店  20012)福島裕之, 徳村光昭,小口恵子他. 摂食障害とチー

ム治療,小児看護,1997;20(1):81-863)Bryant-Waugh R, Lask B, Eating disorders in children.

J Child Psychol Psychiat. 1995; 36(2):191-2024)渡辺久子.拒食症と小児科医の役割,小児科診療

1995;58(6):1029-10345)渡辺久子.思春期の摂食障害,学校保健の広場

2000;19:70-716)渡辺久子.神経性食欲不振症 小児看護  2 0 0 1;2 4

(13):1839-1844

(渡辺 久子)

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100

◆強迫神経症◆

I. 主 訴

何度も行ったり来たりするなど同じ行動を繰り

返す,戸締まりなどの確認を周囲にしつこく要求

する,手洗いやシャワーの回数が多いなどがある.

このような強迫神経症を疑わせる症状ではなく,

睡眠や食欲が乱れる,疲れて体調が悪そう,いら

いらしている,学校に行けないなどを主訴とする

こともある.

II. 症 状

中心となるのは強迫症状であり,自分ではやり

たくないし,ばかばかしいと思っているのにもか

かわらずやらずにはいられないというものである.

強迫症状には,考えたくないのに繰り返し考えず

にいられないという強迫観念と,やりたくないの

に行動を繰り返さずにはいられないという強迫行

為がある.手にばい菌がついて悪い病気になると

いう心配が取れずに手洗いを繰り返すというのが,

最も典型的な強迫観念と強迫行為である.

しかし子どもでは,強迫行為だけが前景に立つ

傾向があり,繰り返しの「くせ」であると思われ

ていたり,周囲に確認や代理の行動を求めること

が多く,「わがまま」と受け取られていることがあ

る.また,子どもが強迫症状を訴えなかったり隠

したりするために,それにともなう行動や情緒の

変化の方が目立つことがある.

I I I. 身体所見および検査結果

手洗いを繰り返していると皮膚ががさがさにな

っていることがある.

I V. 診断基準

強迫観念や強迫行為をばかばかしいと思って抵

抗しようとしても難しく,生活に大きな支障をき

たしている場合に強迫神経症と診断される.子ど

もではばかばかしいとの自覚が不十分でもよいと

されている.

なお,最近の診断基準(W H OのI C D -1 0やアメリ

カ精神医学会の D S M -Ⅳ)では,強迫神経症ではな

くて強迫性障害(Obsessive-Compulsive Disorder:

O C D)という言葉を用いるが,ほぼ同じ意味であ

る.

子どもの心の問題の中には、児童精神科領域の問

題も含まれる.本稿では、児童精神科疾患とその近

縁の問題について疾患概念と経過を概説し,専門

家に紹介する場合の鑑別のポイントを述べる.

強迫神経症,転換性障害,緘黙,うつ,精神分裂病,境界性人格障害,

不登校,身体症状,行動障害

精神科,児童精神科疾患とその近縁

キーワード

9

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V. 鑑別診断および専門機関に送るべき重症

例の鑑別ポイント

強迫症状が精神分裂病のはじまりのこともあり

注意を要する.自閉症のこだわり行動とは,ばか

ばかしいという自覚の有無で鑑別される.チック

症,特にトゥレット症候群ではチック同様の強迫

行為を認めることがある.

強迫神経症の可能性が高ければ,精神科医に紹

介する.特に学習能力の不均衡や不器用などの発

達上のぎくしゃくがともなう場合は,児童精神科

医への紹介が望ましい.

V I. 治 療

強迫神経症が疑われたら,子どものつらさに共

感しつつ情報を集める.家族に対しては過度に振

り回されないようにするとともに,子どもを安心

させるようにすすめる.薬物療法を含めて治療で

改善する可能性があると伝えて,子どもと家族の

不安を和らげて専門医を紹介する.

V I I. 予 後

治療は,選択的セロトニン再取り込み阻害薬

(Selective Serotonin Reuptake Inhibitor: SSRI)を

含めた薬物療法,認知・行動療法,精神療法,家

族療法などを適宜組み合わせて進められ,子ども

では治療への反応は必ずしも悪くない.特に発症

のきっかけが明確なものは,比較的予後良好であ

る.発達上のぎくしゃくのある場合には,強迫症

状も適応も良好でないことがある.時に精神分裂

病や気分障害に発展することがある.

◆転換性障害◆

I. 主 訴

主訴は人によってさまざまだが,歩けない,手

や足に力が入らない,声が出ない,黒板など遠く

が見えない(心因性視覚障害),聞こえが悪い(心

因性聴覚障害)などが多い.過呼吸,喉が詰まる

感じ,吐気,腹痛,頭痛,発熱などもある.

I I. 症 状

運動性の症状,感覚性の症状,けいれん,自律

神経症状など多様である.疾病利得,つまりその

症状によって困難な場面から逃れることができた

り,周囲の注目を集められるなどの利益が得られ

ることが認められることがある.暗示にかかりや

すいのも特徴である。身体疾患のみを想定してさま

ざまな検査を繰り返すと,医原的に症状が形成さ

れる恐れがある.

I I I. 身体所見および検査結果

症状や検査結果の変動性,神経学的な所見の矛

盾,訴えられる症状に比して全身状態が良好なこ

と,周囲の状況による症状の変化などが認められ

る.たとえば,視力が低下していても,休息をは

さみつつ安心できるような暗示を与えて視力検査

を繰り返すと改善することがある.

身体症状に対応するような器質性の疾患がない

のが転換性障害であるが,別に身体疾患があるう

えに転換性障害を合併することもある.

I V. 診断基準

身体症状を認めて心理的要因の関連が考えられ,

しかも身体疾患や薬物の作用などによらない場合

に診断される.

V. 鑑別診断および専門機関に送るべき重症

例の鑑別ポイント

精神分裂病や気分障害の発病時などに身体症状

が目立つことがあり,鑑別を要する.また,嫌な

ことから逃れようと症状を意図的に作り出す詐病,

そういうきっかけなしに症状を意図的に作り出す

虚偽性障害も鑑別の対象となるが,子どもでは詐

病との鑑別は困難である.

感情を剥き出しにしたり赤ちゃん返りをしたり

して普段と全く異なる言動をするが,その間の記

憶が空白であるなどの解離性障害をともなうこと

もあり,専門医の関与を要する.重大または複雑

な心理的要因が認められたり,初期治療への反応

が乏しかったりして,精神療法,家族療法などを

組み合わせて十分に行う必要があると思われる場

9. 精神科,児童精神科疾患とその近縁 101

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合にも,専門医に紹介する.

V I. 治 療

転換性障害を疑ったら,家庭や学校の状況,生

活史,身体疾患の経験や身近な人の類似の身体疾

患の有無などについて聴取する.そうして関連す

る要因の検討を進めるとともに,身体症状を出さ

ずにいられない子どもの状況を受けとめ,家族に

子どもの気持ちへの理解を促す.軽症な場合には

このような対応のみで改善する.

精神科医と併診とする場合には,患者側が身体

面のケアをきちんと受けていると感じ,しかもさ

らなるケアを期待して身体症状を増やさないよう

に留意し,治療者同士の情報交換を密に行う.

V I I. 予 後

比較的予後のよい場合が多いようであるが,治

療が長期にわたる例,身体症状の消失から数年た

って別の精神症状をきたす例などがあり,一律に

は言えない.年少,健康な人格,健全な家族機能,

家族の病気に対する理解が,良好な予後と関連す

る.

◆緘 黙◆

I. 主 訴

学校で全くしゃべらないなどのためコミュニケ

ーションが取れないことが主訴となるだろう.多

くの場合,話は分かっていて家庭では話している

のに変だと,受診時には気づかれている.

I I. 症 状

緘黙という言葉どおり,話さないことが主症状

である.正確には,すべての生活場面での緘黙

(全緘黙症)と特定の生活場面のみでの緘黙(選択

(場面)緘黙症)とがあるが,ほとんどが選択緘黙

症である.家庭外での緊張が高く,人見知りが強

い,引っ込みがちなどの傾向を認める.

I I I. 身体所見および検査結果

身体所見や医学的検査で特に異常を認めない.

I V. 診断基準

話す能力があり,たとえば家庭では話すにもか

かわらず,学校などの特定の社会的な場面では一

貫して話すことができず,日常生活の障害となっ

ている場合に選択緘黙症と診断される.

V. 鑑別診断および専門機関に送るべき重症

例の鑑別ポイント

聴覚障害,脳炎などの器質性障害,自閉症,精

神分裂病,うつ,転換性障害などが鑑別の対象と

なる.精神遅滞,表出性言語障害のように言語の

発達に問題がある場合との鑑別が必要である.し

かし,それらのために話すことへの緊張が高まり

緘黙になることもある.

初期治療への反応が乏しいなど,精神療法,家

族療法などを組み合わせて十分に行う必要がある

と思われる場合には,専門医に紹介する.

V I. 治 療

しゃべらせようと焦らないこと,言葉での返答

を要しない働きかけを通じてコミュニケーション

できればよしとすることをすすめる.特定の社会

的な場面で話せないことだけが問題ではなく,未

熟な人格の発達を促したり不適切な環境を調整し

たりする働きかけが大切であることを確認する.

V I I. 予 後

緘黙には,家庭の養育環境,子どもの素因や発

達の障害などが関与しており,しかもその比重が

子どもによって異なっている.それに対応して予

後も一律ではない.家族以外の人とのコミュニケ

ーションを自発的に求めるような例では,環境要

因の関与が大きく,比較的予後は良好である.家

族以外の人とのコミュニケーションを拒否するよ

うな例では,発達の障害を有して遺伝負因の関与

が大きく人格の歪みがあり,予後が不良である.

102

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◆う つ◆

I. 主 訴

子どもでは,悲しいや心細いといった抑うつ気

分を訴えずに,多様な不定愁訴で現れることがし

ばしばある.それらには,睡眠障害(不眠または

睡眠過多)や食欲不振,頭痛や腹痛やめまいなど

が含まれる.集中力低下や多動,学業不振,不登

校という行動の障害を主訴とすることも多い.

I I. 症 状

年齢が低いほど,特に 1 0~1 2歳以下では,不定

愁訴,気力が減退して考えが進まず,てきぱき行

動できないことなどが前景に出る.精神症状とし

ては焦燥感が目立つ.年齢が高くなるにつれて絶

望感や不快感が表現されてくる.

死にたいという気持ち(希死念慮)や自殺企図

のある場合があり,治療上で極めて重要な症状で

ある.

I I I. 身体所見および検査結果

身体所見や医学的検査で特に異常を認めない.

I V. 診断基準

抑うつ気分や興味・喜びの減退という気分の障

害に加えて,無価値感・罪責感などの思考の障害,

易疲労感・気力減退などの意欲の障害,食欲障害

や睡眠障害などの不定愁訴を認めて,強い苦悩や

日常生活の障害を生じている場合に,うつ病性障

害と診断される.

V. 鑑別診断および専門機関に送るべき重症

例の鑑別ポイント

さまざまな身体疾患にともなってうつを生じ得

るため,それらとの鑑別が重要である.

うつは,不安性障害のように,不安感やそれに

ともなう身体症状を中心とする障害を併発する場

合もあれば,反抗挑戦性障害や行為障害のように,

攻撃的な行動の目立つ障害を併発する場合もある.

自殺企図をした者は早急に専門医に紹介する.

希死念慮のある者の中でも,自殺の方法を具体的

に考えている場合,自殺企図の既往のある場合,

希死念慮以外のうつ症状を複数認める場合には特

に注意が必要で,やはり専門医に紹介する.

V I. 治 療

うつの可能性がある場合には,まず充分に休養

を取ることをすすめる.併せて身体疾患の鑑別を

行う.子どもにとって負担となっている家庭や学

校の状況の改善を図ることも大切であると伝える.

うつの可能性が高ければ,精神科医に紹介する.

低年齢の場合には児童精神科医への紹介が望まし

い.自殺企図や強い希死念慮のある場合には,入

院設備のある方がよい.

V I I. 予 後

うつ病性障害は,通常は寛解期があり予後は悪

くない.しかし子どもでは,病相期が長く再発率

が高い.成人後もうつ病性障害になりやすいのみ

ならず,他の心理社会的障害になりやすい.家族

に問題があると病相期が長くなりやすい.

経過中に躁状態に転じて双極性障害(従来の躁

うつ病)であると明らかになることもある.

◆精神分裂病◆

I. 主 訴

幻覚や妄想のように精神分裂病を疑いやすい症

状ではなく,行動上の問題で現れることが多い.

攻撃的態度,自傷行為や自殺企図などの外向性の

問題,長期にわたる無気力・引きこもり,不登校

などの内向性の問題のどちらもあり得る.

子どもでは,長期にわたって前駆症状が続き,

いつの間にか精神分裂病が始まっていたとしか言

えないこともある.前駆症状としては,学業低下,

引きこもり,活力低下,抑うつ気分,対人過敏,

不機嫌・易刺激性,強迫症状,心気症状,不登校

などがあり,これらを主訴として受診することも

ある.

9. 精神科,児童精神科疾患とその近縁 103

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I I. 症 状

精神分裂病は,意欲障害,思考障害,感情障害,

自我障害,人格障害など広汎な症状を示し得る.

幻覚や妄想などの陽性症状は年齢によって異な

る.1 1,1 2歳以下では,怪物などの空想のものが

自己の中に存在して,命令や話しかけてきたり,

見えたりするという形を取りやすい.また,幻覚

や妄想が感情と結びついて状況反応的に出現して,

不安や情動の不安定が前景に出ることがある.

I I I. 身体所見および検査結果

身体所見や医学的検査で特に異常を認めない.

描画をさせると,年齢や発達に比べてまとまりが

悪かったり奇妙なことがあったりする.

I V. 診断基準

妄想,幻覚,全くまとまりを欠いた会話,全く

まとまりを欠いた行動,陰性症状(感情の平板化,

思考の貧困,意欲の欠如)のうちで2つ以上を認め,

社会生活の機能が低下している場合に診断される.

V. 鑑別診断および専門機関に送るべき重症

例の鑑別ポイント

鑑別対象としては,陽性症状を示し得る以下の

疾患が挙げられる.知的な遅れのない自閉症とそ

の近縁疾患,とりわけアスペルガー症候群でまれ

ならず精神病症状を示すが,多くは反応性である.

精神病症状を呈する気分障害(特に双極性障害),

解離性障害(児童虐待にともなうものなど),脳炎

などの器質性精神病,S L Eなどの身体疾患にともな

う症状性精神病,中毒性精神病,てんかん発作に

ともなう朦朧状態なども含まれる.

また,著しい無気力・引きこもりを示す不登校

では,前駆症状や陰性症状を示す精神分裂病との

鑑別が必要となることがある.

V I. 治 療

幻覚妄想状態を呈する時に精神分裂病と決めつ

けず,特に身体疾患にともなうものとの鑑別を確

実に行う.前駆症状や陰性症状が疑われる場合に

は,子どもと家族の不安を受けとめ,子どもに対

する負荷を減らすように働きかけるとともに,精

神分裂病の可能性を考慮して情報を集める.慎重

に経過を追ってその可能性が高まれば,陽性症状

が明確でなくとも専門医に紹介する.

V I I. 予 後

精神分裂病は,治療法の進歩などにより予後が

改善してきている.しかし子どもでは,予後不良

の割合が成人よりも高い.若年発症,低い知能指

数,長い罹病期間が予後不良に関連する.

◆境界性人格障害◆

I. 主 訴

著しく情緒不安定で周囲が困るなど,子どもの

行動上の問題の相談で親が来院する可能性がある.

親はしばしば自信喪失して自責的となり,不安や

抑うつを示す.

I I. 症 状

親など身近な特定の人に好かれたいという気持

ちが強く,独占しようとする.一方,相手が受け

入れてくれないと感じると,突如として反発して

攻撃的な行動をする.自殺をすると脅かしたり,

実際に手首を切るなどの自傷行為をすることもあ

る.まわりを振り回して自分の要求を通そうとす

る.気分が変わりやすく,ニコニコしていたかと

思うと一見すると些細なことで泣き出したり怒り

出したりする.

I I I. 身体所見および検査結果

身体所見や医学的検査で特に異常を認めない.

I V. 診断基準

境界性人格障害は他の人格障害と同様,成人期

早期に診断が可能となる.見捨てられるのを恐れ

てそれを避けようと躍起になること,相手が 1 0 0%

よいか 1 0 0%悪いかに決めつけ,しかもその間で揺

れ動くことなどで特徴づけられる.この境界性人

格障害を小児に延長したものとして境界例児童

104

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9. 精神科,児童精神科疾患とその近縁 105

(borderline child)が考えられているが,成長して

全員が境界性人格障害になるわけではない.

境界例児童は,精神と行動の機能の激しい動揺

性,すなわち自我コントロールと人との関係の不

安定さ,衝動性をともなった行動の激しさ,過剰

な不安と気分の恒常的な不安定さ,および現実吟

味の乏しさに注目することで診断が可能である.

V. 鑑別診断および専門機関に送るべき重症

例の鑑別ポイント

行為障害,反抗挑戦性障害,AD/HD,気分障害,

適応障害,外傷後ストレス障害などとの合併があ

り得る.神経発達上の問題のあることが多く,認

知面では特異的発達障害(あるいは学習障害)を

ともなうこともある.

強い希死念慮や自己破壊的行動が認められたら,

入院治療を想定して精神科へ紹介する.激しい反

社会的行動が認められたら,児童相談所へ紹介す

る.

V I. 治 療

親に対してはまず気持ちを受けとめて悩みをよ

く聞く.子どもの素因の関与が大きく,親の育て

方や性格が一次的な原因ではないと伝え,親の苦

労をねぎらう.これにより,親の精神状態を改善

させることが重要である.

子どもが受診した場合には,その気持ちを受け

とめて関係を形成し,治療軌道に乗せるようにす

る.

少なくとも親には,複数の機関や治療者が共同

して長期的にかかわっていく必要があるだろうと

いうことを説明しておく.

V I I. 予 後

成人すると,境界性人格障害ではなく他の人格

障害,気分障害などに変化することがある.境界

例児童の男児は,反社会性人格障害に移行しやす

いかも知れない.精神分裂病への移行は比較的ま

れである.安定した家族を持つ場合は,予後が良

好である.

文   献

1)American Psychiatric Association. Quick reference tothe diagnostic criteria from DSM-Ⅳ. Washington D.C:American Psychiatric Association., 1994. (高橋三郎,大野裕, 染谷俊幸訳.D S M -Ⅳ 精神疾患の分類と診断

の手引き.第1版.東京:医学書院,1995.)

2)弟子丸元紀,樋口康志.小児期の精神分裂病.精神

医学 1996;38:686-698.

3)花田雅憲,山崎晃資編.臨床精神医学講座 11 児童青

年期精神障害.第1版.東京:中山書店,1998.

4)前川喜平,松尾宣武,柳澤正義.主題 子どもの心

身症をめぐって.小児科診療 1998;61(2).

5)大井正己.児童期・青年期の感情(気分)障害.精

神医学 2001;43:352-366.

6)精神科治療学編集委員会.精神科治療学 V o l . 1 6増刊

号 小児・思春期の精神障害治療ガイドライン.2001.

7)小児内科編集委員会. 特集 子どものこころとから

だ: 小児科医に求められる心身医学的アプローチ.小

児内科 1999;31(5).

8)小児内科編集委員会.特集 小児科医が知っておき

たい精神障害.小児内科 2000;32(9).

9)矢田純一 , 柳澤正義 , 山口規容子他編.今日の小児治

療指針 第12版.東京:医学書院,2000.

10)World Health Organization. The ICD-10 Classificationof mental and behavioural disorders: Clinicaldescriptions and diagnostic guidelines. Geneva: WorldHealth Organization, 1992. (融道男, 中根允文, 小宮山

実訳.ICD-10 精神および行動の障害 臨床記述と診断

ガイドライン.東京:医学書院,1993.)

(金生 由紀子)

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106

I. はじめに

強い疲労あるいは易疲労性および勉強がほとん

ど頭に入らない学習・記憶機能障害をともない,

重症例では日常生活が 5 0%以上も障害される病態

を小児型慢性疲労症候群(Childhood Chronic

Fatigue Syndrome=C C F S)という.C C F Sでは,

子どもから生き生きと生活するエネルギーが消え

不定愁訴が増加し,日常生活に陰りが生じる.そ

の結果納得のいく学校生活を送ることが難しくな

るため,学生・生徒にとって重大な問題となる.

しだいに朝起きることができなくなり,午前中の

不調と午後からの持ち直し,うつ状態などほぼ共

通した精神・身体症状が確認される.さらに部活

や学校生活を維持するエネルギーが足りなくなり,

新しい知識が頭に入らなくなってくる.重症化す

ると登校どころではなく,しばらくの間全く活動

性が損なわれ,1日中ゴロゴロと横になる状態が現

れる.すなわち不登校状態となって学校社会から

「引きこもる」ことになるが,その期間はさまざま

である.元気で夜遊びしているように見える場合

でも,自らの生活時間と学校社会生活時間の食い

違いが明らかになり,万全な体調とはほど遠い.

全く登校できない状態はC C F Sの最重症型に近く,

「登校できない状態」のほぼすべてが「小児型慢性

疲労症候群=(C C F S)」として世界の小児科医の

間で認識されはじめている.もちろんこの状態は

休養により改善しはじめ,時間が経つと疲労状態

は外見からは確認できにくくなってくる.

しかし,外出後や,親しい友人であっても人と

の接触後に疲れ果ててしまう極端な易疲労性や,

学習・記憶機能障害の 2つの中核症状は,長期間残

り続ける.学習・記憶がスムースに行われ,まる 1

日しっかりと社会活動ができるような完全な治癒

には,少なくとも数ヶ月から年単位の月日を要す

小児型慢性疲労症候群(C C F S)とは,子ども

の日常生活を支える活動エネルギーが消耗あるい

は枯渇した状態である.この状態では視床下部を

中心とした生命維持にかかわる脳機能低下と,そ

れに引き続く高次脳機能低下が確認される.すな

わち著しい易疲労性と学習・記憶機能障害が中核

症状となる.初期にはだるい,疲れるという訴え

と同時に,頭痛,腹痛などの自律神経症状が出現

し,エネルギー低下の状態にともなって活動性が

低下する.結果として学校社会生活が破綻しはじ

め,週に 1日,月に数日の休養日が必要となる.

重症化するにつれ休養日が増加し,ついには全く

登校できなくなる.疲れやだるさの行き着く先が

生命力低下としての C C F S なのである.したがっ

て,まだ日常生活が持続できている初期の段階で

C C F S の概念を適用し,休養を与えることによっ

て予防につなげることが極めて重要となる.

小児型慢性疲労症候群(C C F S),易疲労性,不安・緊張,自律神経機能,視床

下部機能,生体リズム,高次脳機能,前頭葉機能

小児型慢性疲労症候群

キーワード

10

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10. 小児型慢性疲労症候群 107

る.したがって,本症の予防の意味から,不定愁

訴を持ちながら必死で登校している軽症例を本症

に含めて理解しておくことが重要である.微熱や

自律神経症状を訴えながらも何とか学校生活を維

持している学生・生徒の中にも,軽症例あるいは

予備軍として本症が存在するのである.

I I. 病態および背景

典型的にはまず,起床後に頭痛,腹痛,気分不

良など自律神経症状を訴え,あるいは午前中の不

調から登校後に保健室を訪れる回数が増える.体

育祭の練習など,周囲に気を配る必要のある集団

行動を嫌いはじめ,苦手な教科や体育時間の出席

がおっくうになる.集団行動でも,修学旅行のよ

うな緊張をともなわない行動は比較的参加できる

一方,緊張をともなう日常社会生活に参加できな

いため,ある意味矛盾と受け取られ,周囲の理解

が得られにくい.疲れやすさや集中力の低下から

学校での活動にかげりが現れ,部活をやめること

になる.さらに勉強も手につかなくなり,疲労が

目立つようになり,週1日の休みが出現しはじめる.

このころから自分自身への自信がなくなり,被

害意識の出現などから,友人間を中心として人間

関係に問題が起こりやすくなる.後述するように,

この時期すでに医学生理学的な異常がさまざまな

形で認められる.このような心身の疲労状態が二

次的な精神症状をもたらすものであり,いわゆる

「うつ」と臨床症状は似ているものの本質的には異

なると考えられている.本症の発症には以下のよ

うな要素が大きい.

まず日本の若者に共通して存在する生活背景と

して,①夜型生活による日常的睡眠不足状態,②

(厚生省特別研究事業,本邦における慢性疲労症候群の実体調査ならびに病因,病態に関する研究=平

成3年度研究業績報告書:1991年)

0.倦怠感なく平常の学校(社会)生活ができ,制限を受けることなく行動できる.

1.通常の学校(社会)生活ができ,勉強(労働)も可能であるが疲労感を感じるときがしばしばある.

2.通常の学校(社会)生活ができ,勉強(労働)も可能であるが全身倦怠感のため,しばしば休息が必

要である.(欠課の増加,保健室訪問回数の増加)

3.全身倦怠感のため,月に数回は学校(社会)生活や勉強(労働)ができず,自宅にて休息が必要であ

る.(何となく週1日の休みが始まる)

4.全身倦怠感のため,週に数回は学校(社会)生活や勉強(労働)ができず,自宅にて休息が必要であ

る.(何となく休む日の増加)

5.通常の学校(社会)生活や勉強(労働)は困難である.軽作業は可能であるが, 週のうち数日は自宅

にて休息が必要である.

6.調子のよい日には軽作業は可能であるが週のうち50%以上は自宅にて休息が必要である.

7.身の回りのことはでき,介助も不要であるが,通常の学校(社会)生活や勉強(労働 )は不可能であ

る.(登校できず勉強も全く頭に入らない)

8.身の回りある程度のことはできるが,しばしば介助がいり,日中の 5 0%以上は 就床している.(ほぼ

1日中ごろごろしている)

9.身の回りもこともできず,常に介助がいり,終日就床を必要とする.(ひきこもり)

※不登校とは,PS: 3.以上が当てはまる.

この状態では年間 3 0日程度の休みとなる.全く登校できない状態は 7.以上である.疲労の行き着く先が不

登校でありしたがって大半はCCFSと考えておく必要がある.

予防を考えるとき, P S:2.~3.の段階で休息を取らせれば,引きこもり的不登校状態に至るほどの重症

のC C F Sを未然に防ぐことができるはずである.C C F Sとは子どもの疲労の早い段階をも含めてとらえ,メ

ンタルヘルスの立場から子どもたちの健康維持に活用できる概念と考える.

表1.Performance Status による疲労/倦怠の程度

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108

情報量の多さにともなう競争社会での緊張と頑張

り,および③偏差値知育教育の元での「自己抑制

的よい子生活」がある.持続する不安をともなう

緊張状態を意味するこれらの条件を共通条件と呼

ぶ.

この状態に,①重圧となる責任が与えられる

(部活のキャプテンや代表になるなど),②受験勉

強での頑張りや休みのないハードな部活練習,③

交通事故や自然災害など強い不安経験への遭遇,

④発熱をともなう感染症でのエネルギー消耗,⑤

人間関係のトラブルなどにより,さらなる不安・

緊張・エネルギー消耗が負荷された時,神経均衡

状態が破られ慢性疲労を作りはじめる.時間経過

的にはまず,①緊張・不安の持続,②自律神経機

能の偏り,③生活時間のリズム混乱と睡眠障害,

④生活エネルギーの枯渇(生命維持脳機能低下),

⑤集中力低下・易疲労性,⑥学習・記憶機能低下

(高次脳機能低下),さらに⑦学校社会からの引き

こもり(不登校)へと進んで行く.

病態として,①疲労・易疲労性を中心として精

※太線枠内の現象は私たちには経験がない

1.極めて疲れやすい状態(易疲労性)

2.勉強がほとんど頭に入らない(学習・記憶機能障害)

この両方が見られない不登校状態はほとんどない.(まれに片一方のことがある)

図1.不登校(小児慢性疲労症候群)診断フローチャート

Childhood Chronic Fatigue Syndrome=CCFS

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10. 小児型慢性疲労症候群 109

神症状をともなわない型,②易疲労性に精神症状

が加わった型,③精神症状が早期に現れ主体とな

る型,に大きく分類される.ちなみに①,②,③

の順に予後はよいといわれている.

I I I. 受診時主訴

小児科医を訪れる際は以下のような症状が中心

となる.

①微熱(発熱)

②筋肉・関節痛,腹痛・頭痛,気分不良

③手掌発汗,立ちくらみ,意識消失発作

④朝起きられない,眠れない, 1日中眠たい,疲

れる,だるい

⑤幼稚園,学校に行きたがらない・行けない

I V. 理学的所見

手足が冷たく,手掌の発汗が著明,頻脈傾向,

低めの血圧,生気のない表情,などを認めること

が多いが,その他の理学的な所見に乏しいのが特

徴である.時には全く問題のない明るい表情さえ

示す者がいる.

V. 診断基準

成人例における診断基準を参照いただきたいが,

医学生理学的な検査所見を背景とした診断基準の

制定に至っておらず,臨床症状を中心として診断

されている.しかし実際には診断フローチャート

に示すように,さまざまな生物学的問題が明らか

になっている.したがって C C F S確定診断には現時

点でかなり専門的な検査が必要であるが,臨床的

には頭痛・腹痛・朝方の気分不良,吐き気などを

訴える子どもをC C F S軽症例と診断することによっ

て,重症化を防ぐことが可能である.本症ではし

ばしばO Dをともなう.自律神経症状は本症の重要

な位置を占めるが,何とか学校生活を続けたい,

あるいは学校生活に復帰したい思い(執着心)が

持続している時に自律神経症状が著明であり,い

ったん学校社会からの引きこもりの生活に入ると

減少する傾向がある.この自律神経機能を含め,

視床下部の機能はすべて影響を受けている.した

がってO Dがある場合,その他の体温調節機能,ホ

ルモン分泌機能,食欲調節機能などにも問題があ

ると考えておく必要がある.C C F Sは不定愁訴およ

び幼稚園や学校生活リズムの乱れあるいは登園・

登校ができない状態として現れる.C C F Sのフロー

チャートを示す(図 1参照).このチャートに示す

ように,医学生理学的検査によりさまざまな脳機

能異常が確認される.詳細については紙面の都合

上,各報告を参照いただきたい.

ちなみに,持続的に全く登校できない状態は,

厚生省研究班によるPerformance Status(P S:0

~9度)の7より上の重症度に当たる.(表1参照)

P S2~3程度の軽症例では,何とか朝からあるい

は午後から登校できるため,現時点での不登校診

断基準にあてはまらない状況も存在する.しかし,

不登校状態にある学生・生徒で易疲労性や学習・

記憶機能障害を示さない例を私たちは経験してい

ない.

また,二次的に引き起こされる精神症状は「う

つ」と極めて似ている.しかし,本症はまず身体

症状にはじまり,その回復に長い年月を要するこ

とによる不安・緊張を背景として,二次的に出現

するものである.したがって抗うつ剤が効果を示

す例があるものの解決には至らない場合も多い.

また,「うつ」では一般にコルチゾール分泌が増加

しているといわれているが,本症ではむしろ低下

している点や,抗S a抗体など免疫異常が出現する

ことなど,異なる点も多い.本症は中枢神経機能,

ホルモン分泌機能,免疫機能を巻き込んだ総合的

な病態を持っており,「うつ」とは異なると考えら

れている.また,本症では診断のフローチャート

に示すように,医学生理学的にもさまざまに異常

を認めることが確認され,精神科的疾患とは異な

ると考えられている.

V I. 臨床経過

1.前駆(行き渋り)期(PS:2~3)

重症化を防ぐことのできる大事な初期段階であ

る.

エネルギー低下が徐々に進行しており,(学校生

活が順調にできていた頃の,気力・体力・学習意

欲など感覚的・主観的なエネルギーを 1 0 0%とした

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110

場合,現在はどの程度で生活していると思うか,

との問いに)本来のエネルギーの 8 0%以下の状態

と答える時期である.

①気分不良,吐き気,トイレに時間がかかる,

頭痛,腹痛,微熱,遅刻,早退,保健室受診

回数増加

②強い疲労,帰宅と同時の睡眠,寝つき不良,

不眠

③特定教科欠席,なぜ勉強が必要かと疑問を口

にする.成績低下,部活をやめる.

このような症状をともないあるいは明確な理由が

なく,1日/週,3~4日/月の休みが出現した場合,

図2.小児型慢性疲労症候群に対する根本治療への試み

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C C F Sと考える.この時期は 1 0~1 4日間程度十分

に睡眠を取らせるだけで回復する可能性が高いた

め,極めて重要な時期である.

2.発症期(PS:4~6)

急激なエネルギー低下があり,本来の 6 0%程度

になる.

①前夜,登校準備をするが朝起きられない,起

きて食事を取った後再度入眠,腹痛・頭痛な

どがしばしば出現する.

②気分のよい日には登校できる日もあるが,結

果として登校できない日が増加する.

③家族が送り迎えするなど無理を重ねる.

送り迎えは禁忌である.休養を取らせる以外解

決の方法はない.睡眠を十分に取らせ,早寝早起

きの生活を送りながら休養を取る.この時期は無

理に起こさないようにする.精神科的治療の必要

が出てくるため,この時点からは専門医がかかわ

る必要がある.

3.極期(PS:7~8)

無理を重ねる生活の後に訪れるエネルギー枯渇

状態で,本来の活力の 3 0%以下と認識される最悪

状態に落ち込む.

1日中,ほとんどベッドでごろごろしていて全く

登校できない.

4.混乱期(PS:4~7)

最悪状態を脱した時期であるが,混乱のため苦

悩に満ちた生活となる.本来の 5 0%以下と感じら

れるエネルギー状態であり,不登校状態である.

①生活時間がずれ,昼夜逆転傾向をともなう過

眠(10時間睡眠)が生じる.

②テレビ,ゲーム,音楽,漫画だけで1日がすぎる.

③風呂,洗面,一定時間の食事など,日常活動

ができない.

④勉強は全く手につかず,部屋は雑然としている.

⑤集中力・記銘力,持久力などほぼすべての能

力が低下し,顔つききも頭の中もボンヤリと

して混乱状態であり,考えがまとまらず,い

うことがころころ変わる.

⑥なぜ学校に行けないのか,行きたいのか行き

たくないのかさえ分からない.

⑦午前中から昼にかけて独特の「だるさ」が,

午後には比較的回復する.

⑧先生や同級生に会うこと,家族と顔を合わせ

ることが苦痛になる.

⑨うつ状態で毎日「死」を考える.

⑩すぐキレるのでまともな話し合いができず,

否定的に扱われると発作的な暴力傾向が出現

する.

⑪食行動の問題(過食,拒食など)が出現する.

5.回復期

混乱の中でも家族の支えで休息が得られ,少し

ずつエネルギー回復が見られる. 6 0%以上と感じ

られており,やや上昇した感覚を持つ.この時期

になると,自宅でリラックスしている状態では活

動力もあり,周囲には全くの健康状態と見えてし

まう.しかしいったん何らかの緊張が起こると手

のひらを返したように心身の硬直が出現する.「ニ

コニコと元気で不登校している」などと誤解され

るのはこの時期である.

①学校に戻ることを考えはじめ,同時に学校へ

のこだわりが強くなる.結局足が向かず復帰

は困難である.

②すぐキレる状態が改善し,親と顔を合わせて

話し合いができる.

③リラックスしていると元気に見えるが,緊張

するとさまざまな症状がぶり返す.片づけ,

食事・入浴が規則的になる.

6.始動期

自らバイトを探したり塾を探したりなど,動き

はじめる.活力が 7 0%程度と認識される.起きる

時間が安定し疲労回復機能が働きはじめる.

①午後から外出,バイトが可能になる.

②家の中,塾の少人数の場所で勉強が可能になる.

③学校に復帰する者も出てくるが,早期に再発

するためリハビリ生活が重要である.

10. 小児型慢性疲労症候群 111

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7.学校社会復帰期(リハビリ生活)

社会復帰のためにはほぼ健康時のエネルギーと

認識される状態.本来の活力の 8 0~9 5%程度の回

復が得られる必要があり,

①遅れた学力の補填

②体力・気力への自信

③対人関係への自信

が,学校社会復帰への必須要素である.このこと

により睡眠時間が短縮され,学校復帰が可能な状

態となる.このリハビリ生活は,国立療養所入院

と附属養護学校での生活が有効であり,家庭での

リハビリは難しい.日本の教育関係者はこのシス

テム作りを早急に考える必要がある.

しかし現時点では,以下のような道を通って何

とかエネルギー回復の時間稼ぎを考えることがダ

メージを大きくしない方法である.

①定時制・通信制通学 

②大検による大学進学の道

リハビリがスムースに達成できると,社会人と

して仕事・バイトを続けることができる状態とな

る.

8.予後

数年前に施行した,筆者のPS7以上(不登校状態)

本症症例調査( 5年以上経過観察)によれば,約

7 0%が自分本来の生活に復帰しているが,その約

半数に疲れやすさが残存している.残りの 1 5%に

はまだ日常生活に制約があり,最後の 1 5%は引き

こもり状態が持続している.外国の報告(5~1 0年

経過観察)によれば, 6 0%程度は社会復帰し日常

生活が可能となっている.しかしフルタイムで生

活している者は 3 0%にとどまり,回復に要した年

月は平均 3年6ヶ月,ハーフタイムでの社会生活復

帰が同じく 3 0%で,平均所要年月は 4年6ヶ月であ

り,残り 4 0%は自宅での療養が続いていることに

なる.このように,C C F Sは成人における引きこも

りと密接に繋がることが明らかになり,不登校状

態になったC C F Sの予後は決して甘くはないことが

分かる.また,いじめや事故を背景とする症例だ

けでなく,原因が特定できない症例にも,学校と

いう場を中心とした D SM- I Vの定義にあてはまる

ような P T S Dが見られる症例がある.このことは,

本症が生命の危機として体験されていることを示

す.これまで不登校は軽く扱われ過ぎてきた.本

症は,いわば中枢神経系の疲労状態であるから確

かに3~5年という長い年月をかけて休養を取るこ

とにより 7 0%は元気になる.しかし,だから心配

しなくてもよいなどというものではない.残りの

3 0%にはさらに長い気の遠くなるような闘病生活

が待っている.特に小児科医はこの事実から目を

背けてはいけないのである.小児科医は C C F Sの発

症の流れを学校社会に訴え,初期軽症例で休養を

取らせることの重要性について,理解を得なけれ

ばならない.しかし現時点では,むしろ無理な登

校を子どもに強いてさらにダメージを与え続けて

いるのが学校社会である.また,確かに現在のと

ころ治療法が確定されていないが,だからといっ

て医学的に放置してよいものではない.本症にか

かわる研究者が全力を上げて治療法の開発に向か

っており,近い将来有効な治療法が開発できると

考えられる.最も重要な問題である易疲労性と学

習・記憶機能の改善に対しての治療法開発こそが

重要であるが,最近の小児科医の治療成績は向上

していると実感している.

9.精神症状

7 0%程度に何らかの精神症状をともなうが,先

に述べたように,前頭葉機能の障害および長期の

闘病生活にもとづく二次的要因が大きい.

V II. 初期対応

C C F Sの予後がよくないのは,これまでの医療お

よび学校現場の対応のまずさが大きな原因の 1つと

考えられる.前駆(行き渋り)期(P S:2~3)の

時期には,睡眠時間を 3 0~6 0分早め1 0~1 4日休養

させるだけで奏功することが多いため,この時期

にしっかり対応しておけば大事には至らないと考

えられる.したがって,この時期に無理に登校を

促すのではなく,休養と休養後の学力補填のシス

テム作りこそが学校社会の急務である.

医学的には,処方例として以下のようなものが

112

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10. 小児型慢性疲労症候群 113

ある1)-4).

1.メラトニン 0.75mg5)

インターネットで簡単に手に入れることができ

るが,筆者は厚生省の研究班で用いたものを使っ

ている.伝統的には時差ぼけ防止薬として飛行機

のクルーが用いてきたが,現在アメリカでは健康

食品,スイスでは医薬品として用いられはじめた

と伝えられており,今のところ副作用は報告され

ていない.

2.カタプレス(75μg)

メラトニンで睡眠時間が前進しない場合,血圧

が正であることを確認して,1~1.5Tを追加,血圧

が低ければマイスリー(5mg)などを用いる.

3.テトラミド(10mg)

上記を使用し,さらに中途覚醒がある場合,0.2 5

~0.5Tを追加,夜 9時の睡眠を促し朝 7時に覚醒さ

せる(10時間睡眠).

各時期における対応は他の文献を参照していた

だきたい3)-4),7).

フローチャートにおける医学生理学的検査につい

ては以下の報告を算していただければ幸いである.

1.自律神経機能異常 3)-4),6)-8)

2.自己抗体DFS70kd測定 9)

3.OGTTにおける異常反応 10)

4.終夜脳波による睡眠リズム障害 11)

5.高いうつスコア 12)

6.かな拾いテスト異常 12)

7.P-300異常所見(未発表データ)

8.深部体温異常 13)-14)

9.脳血流低下(前頭葉,視床)

Xe-CT,SPECT15)-16)

10.MRSでコリン高値,まれに乳酸のピーク17)-18)

11.コルチゾール日内分泌低下19)

V I I I. おわりに

本症は,重症化すれば成人における「引きこも

り」に繋がるなど,不幸な転帰を示すものもある

ことを明らかにしてきた.しかし初期の段階で適

切な対応をすれば,子どもの人生における重大事

には至らないはずである.このことにしっかりと

目を向け,広く学校社会に訴えていかなければな

らない.

① 初期対応(休養)の重要性の認識

② 休養後の学力補填システムの整備

この2点の確立により,小児型慢性疲労症候群は

激減すると考えられる.

文   献

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114

~前頭葉機能との関連について~.日児誌  1 9 9 5;

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(三池 輝久)

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115

I. 不登校とは

「不登校」は,特定の 1つの疾患を表す用語でも

概念でもない.多彩で異なる心理的要因を背景と

して学校へ行っていない状態を示す用語に過ぎな

い.包括的に定義するならば,『身体的,経済的,

家庭的,社会環境的に,登校を阻害する要因がな

いにもかかわらず,登校をしていない状態が持続

しているもの』ということができるであろう.

不登校を示す子どもが均一でないことから,不

登校をいくつかの下位グループに分けることが行

われる.精神医学的な観点からは,不登校との関

係が了解できる要因を背景とする心因反応性のも

の,ストレッサーよりも本人の受け止め方の問題

の方が大きい神経症的なもの,精神分裂病を合併

するもの,社会性の未成熟さが背景となっている

ものなどに分けられる.前二者が多いが,厳密な

意味で精神障害と診断される不登校は多くはない.

多くは,心因反応あるいは神経症性障害と一部類

似の点は持つものの,精神医学的な意味での病理

性は持たない不適応行動としての不登校といえる

ものである.

いわゆる「不登校」と呼ばれる子どもは,不適

応行動としての不登校,心因反応性の不登校,神

経症的不登校のいずれかに相当することが多い.

またこれら 3つの状態は,少なくとも初期状態は似

ているものが多い.ここでは,これら 3つの状態を

想定した「不登校」状態について述べている.

II. 一般小児科医を受診する際の主訴

不登校では,一定の経過をたどりやすいことが

不登校は,心身症診療でしばしば遭遇する問題

の 1つである.本稿では,心身症臨床の立場と学

校保健の立場から不登校について述べる.

「不登校」は,特定の 1つの疾患を表す概念ではなく多彩な様相が含まれる.心身症臨床の立場か

ら「不登校」を分類すると,不適応行動としての不登校,心因反応性の不登校,神経症的不登校の

いずれかに相当することが多い.本稿では,これら 3つの状態を想定した「不登校」状態について,

主訴、身体所見、診断,初期対応、専門家への紹介方法、予後について述べる.

不登校,神経症,心身症,心気症,引きこもり

不登校

キーワード

1 1

不登校 -心因を主とする不登校-11 -1

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116

知られている.その経過により,出現する問題に

違いが見られる.したがって,どの時期の受診か

によって主訴が異なってくることがある.不登校

の一般的経過と,その時期に認められやすい問題

(症状)について表1に示した.

「心気症的時期」とは,不登校の初期段階であり,

さまざまな身体症状を訴え学校を休みがちな状態

が見られ出す時期である.「不登校顕在期」とは,

身体症状の訴えが減少し,朝起きて来ず欠席が持

続するようになる時期である.「攻撃的時期」は,

学校に関する話題や自分の思うようにならないこ

とをきっかけに,乱暴な言動や興奮を繰り返す時

期である.「内閉的時期」とは,昼夜逆転し,自室

あるいは家に閉じこもってしまう時期である.も

ちろん,すべての不登校児が,必ずこの経過をた

どるわけではない.

一般小児科医を受診するのが一番多いのは,心

気症的時期の段階である.身体症状の訴えが前面

に立つため,身体疾患を心配されて受診するから

である.不登校にともなう身体症状では,表 2のよ

うな特徴が見られることが多い.特に,「頭痛,腹

痛,気持ちが悪い」の 3症状が同時に訴えられる場

合には,身体疾患の可能性は極めて低くなる.な

お気をつけなければいけないのは,慢性疾患の悪

化症状が不登校の初期である場合があることであ

る.気管支喘息がその代表で,治療や物理的環境

に変化がないのに,午前中の発作が頻発するよう

になることが多い.

心気症的時期を過ぎた場合には,行動面や精神

面の問題が主訴になることが多い.この段階では

身体症状の訴えは少なくなるため,一般小児科を

受診する例は少なくなる.それでも,睡眠障害

(昼夜逆転)やうつ病ではないかということで時に

受診する例がある.そのような状態から不登校に

なっているのではないか,と心配しての受診のこ

とが多い.

I II. 神経症性不登校の中に心身症はどれだけ

あるか

不登校と心身症の関連性は強いものがある.不

登校自体は心身症ではないが,その初期に身体症

状が訴えられることが多く,心身医学的アプロー

チが必要とされる代表的な状態ということができ

る.神経症性不登校の約 7 0%に身体症状の訴えを

認める(斎藤,1 9 9 7)ことから,不登校児の約 2/3

は,心身医学的対応の対象ということができるで

あろう.

一方,心身症における不登校の合併率も高いも

のがある(表 3参照).1 9 9 4年度厚生省小児心身症

班の調査では,いろいろな心身症全体で 6 2.4%に不

心気症的時期  身体症状: 疼 痛:頭痛,腹痛

消化器:嘔気・嘔吐,食欲低下,下痢

全 身:気分不快,倦怠感,疲労感,発熱

その他:「めまい」,咳(喘息発作),肥満

不登校顕在期 問題行動:不登校,生活リズムの乱れ

攻撃的時期 問題行動:乱暴な言動,他罰的言動,暴力,孤食傾向

精神症状:不安,焦燥,敏感,抑うつ

内閉的時期 問題行動:昼夜逆転,引きこもり,無為,無気力

精神症状:敏感,抑うつ,被害的思考,強迫傾向

表1.不登校の経過と症状(高木1963,花田1996を参照)

①日内変動(朝~午前中強い)

②休日では軽快・消失傾向

③多彩で不定愁訴的

④頭痛・腹痛・気持ちが悪いの3主徴

⑤経過が不自然(長期間一定・易変動)

⑥診察・検査で所見がない

⑦症状に合わない児の言動(深刻感がない,あるいは,過剰で執拗)

表2.不登校の身体症状の特徴

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11. 不登校 117

登校が認められている.少なくとも,専門医療機

関を受診している心身症に相当する患児の 2人に1

人は何らかの不登校状態を示す,ということがで

きる.また慢性疾患では,肥満と気管支喘息にお

ける不登校合併の高さに注意する必要がある.た

だし肥満と不登校の関係は,不登校の経過中肥満

になっている場合の方が多い.

I V. 理学的所見

不登校の理学的所見には,特別の異常を認めな

いのが普通である.ただし不登校が長期化してい

る場合,過食傾向と運動不足が重なり,肥満が認

められることは珍しくない.

V. 診断基準・評価方法

不登校の診断基準はない.文部科学省の長欠児調

査の基準「年間欠席 3 0日以上」をもとに判断基準

を示したのが表 4である.不登校の背景として,何

らかの心理的要因(ストレッサー)が見つかるこ

とはまれである.表4の項目すべてに該当する場合,

明らかな不登校かどうかはっきりしなくてもその

欠席状況は何らかの心理的配慮・対応を必要とし

ていると判断され,結局は不登校としての対応が

検討されることになる.児の精神的苦痛は本人か

ら語られることもあるが,通常は児の言動から判

断する(表5参照).

V I. 一般小児科医で可能な対応(初期対応)

一般小児科で可能な不登校への対応を表 6に示し

た.初期対応として行うべきことは,①身体症状

の軽減,②児の情緒面の安定化,③不登校が疑わ

れることの保護者への説明,④児への対応方法に

関する保護者への助言,⑤専門機関に関する情報

提供,の 5つである.一般小児科における心理面へ

の対応は,身体症状への不安の軽減や通常の共感

的対応でよく,不登校状況に対する直接的な介入

に関しては,対応できる見通しがない限り考えな

くてよいと思われる.

なお身体症状は,児へかかわる「入場券」の役

割を果たしている.また身体症状を通して患児に

アプローチすることは,心理的介入への患児の心

理的抵抗感を軽減してくれる.したがって身体症

状を大事にし,心理面の問題を強調しないような

態度が重要である.

V II. 専門機関紹介時に必要な説明事項と紹

介方法

不登校は,一般小児科で最終的に診療するもの

ではないので,基本的にはすべての例が紹介され

1.吉住(1995,1996)肥満 25.0~40.4%

気管支喘息 18.1~25.5%

2.厚生省小児心身症班(1994)心身症症候群 74.1%

疼痛 81.1%

不定愁訴 66.7%

摂食障害 51.7%

チック障害 13.3%

表3.心身症における不登校の合併率

①持続的あるいは断続的に年間30日以上の欠席

②登校を阻害する身体的・経済的問題がない

③欠席していることへの心理的苦痛(不安,焦燥,抑うつなど)がある

参考:心理的要因が不登校の出現・経過に密接に関与

表4.不登校の判断基準

①学校の話題で表情が固くなる,落ち込む,あるいは,興奮する

②級友,教師との接触を嫌がる

③前日は登校する用意をしながら,当日の朝になると行けない

④登校しようとすると身体症状が強くなる

⑤学校に関するネガティブな発言が多い(楽しくない,行きたくない,など)

表5.不登校への心理的苦痛を思わせる患児の言動

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ることになる.適切な紹介を行うためには,地域

で子どもの心へ対応してくれる場所の情報を持っ

ている必要がある.表 7にそうした社会資源の例を

載せた.地域にあるこうした機関の住所,連絡方

法などを一覧表にしておくとよい.

患児,保護者には,身体面と心の双方を診ていく

必要があること,いろいろなところに相談して自

分に合うところを探すとよいこと,合わないと思

ったら一度で止めてもいいから 1回は行ってみるこ

と,などの説明をするとよい.

紹介方法は,電話,紹介状のどちらかでよい.

V I I I. 予 後

不登校児の再登校率は平均 7 5%,学校も含め最

終的に社会へ適応できるようになる率も 7 0%前後

と報告されている.これらの数字は,何の問題も

ない完全に心が健康な状態への回復率を示してい

るものではない.社会へ適応できている状態にあ

っても,何らかの精神科的問題を抱えている者も

少なくないともいわれている.精神科での長期追

跡調査では,成人になった不登校児の半数以上に

精神科的問題を認めたという報告もある.ただし,

小児科を受診する不登校児の長期予後は,これよ

りはよい可能性がある.なぜならば,精神科を受

診している不登校児は,小児科を受診している不

登校児よりも重症あるいは難治の場合が多いと思

われ,そうしたことが,精神科受診例の長期予後

に影響を与えているものと思われるからである.

いずれにしても,変則登校(保健室登校など)

も含まれているにせよ,何らかの形で再登校に至

118

1.相談機関1)都道府県の教育センターの相談窓口

2)市町村の教育委員会の相談窓口

3)児童相談所

4)大学の教育系・心理系学部にある相談窓口

2.医療・保健機関1)保健所

2)小児心身症,児童青年精神医学の専門医療機関

3.その他1)フリースクール

表7.不登校の相談を受けてくれる機関

1.児への対応1)身体面に対して

(1)身体症状の軽減

①薬物の対症的使用

②症状に関する生活指導

(2)身体疾患に対する不安の軽減(患児に対する疾病教育)

①深刻な疾患がないことの説明・保証必要最低限の身体診察と検査は必要診察・検査結果の十分な説明

(3)患児の「立場」の尊重

①身体症状の受容気のせい,精神的なもの,という表現をしない

②心身相関の説明(児の理解できる表現,内容で)

③心理面を強調しない

2)心理面に対して

(1)原則

①不登校への直接的介入は,一般小児科での対応範囲を

超える

②受診時,児の気持ちが少しでも楽になるような対応でよい

(2)相談意欲の形成・維持

①話しやすい雰囲気作り

「はい,いいえ」で答えられる質問から始める

児の訴えの聞き役に

②共感的な態度で

児の話すことを一度は受け入れる

「あなたはそう感じたんだ.それならつらいでしょう」

(3)児の気持ちの負担軽減(可能な範囲で,無理をしない)

①以下の内容を伝える

児が一番つらいことを理解している

無理する必要はない

1日でも,今日はよかったと思える日を増やすことを考

える

無理によくすることを考える必要はない

今より悪くならないようにだけ心がける

2.保護者への対応1)両親の不安の軽減

(1)疾患の十分な説明

重大な身体疾患がないことの保証

身体症状は心身症である可能性の説明

(2)治療方針の説明

身体面への対応はできることの説明と保証

心理面への対応場所の情報提供・紹介

2)両親の治療意欲の形成・維持

(1)親の罪責感の軽減

『育て方の問題』ではないことを説明

(2)親の心労への共感

(3)これまでの親の対応・努力への賞賛

3)家族の対応方法に関するアドバイス

(1)共感的態度をとるよう指導

(2)子どもをがんばらせ過ぎない

(3)子どもが自尊心を取り戻せるような態度の指導

子どもの言動・考えに対して支持するような態度・言動を

(4)両親間の話し合いを奨励

表6.一般小児科でできる不登校への対応原則

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11. 不登校 119

る児が 4人に3人はいるということは,治療側の対

応意欲の維持と心理的負担の軽減につながるもの

と思われる.また,家族が落胆しないように話す

こともできるであろう.

しかし一方では, 4人に1人は再登校が難しいと

いうことでもある.これも,目の前の患児だけが

どうしても登校できないのではなく,そうした一

群がいるということを知っていることで,目先の

状態に一喜一憂することなく,長期的視点で対応

を考えるという姿勢を持つことができるようにな

る.神経症的不登校群,特に,不登校以前から対

人緊張が強く,経過中に対人不安や被害念慮が出

て引きこもってしまう場合予後不良となりやすい

傾向があるが,予後不良の要因はまだ明確にされ

てはいない.再登校に関する予後不良が,将来の

社会生活の予後不良と必ずしも結びつくわけでは

ない.再登校不良群の長期予後に関する調査はな

いが,引きこもりがなく,家の外に出る活動力が

保たれている場合には,将来的には通信制高校や

大検から進学したり何らかの形で仕事に就き,社

会生活を送れるようになることが少なくないよう

である.

文   献

1)冨田和巳.不登校.小児科診療  2 0 0 0 ;6 3: 1 4 8 8 -1492.

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9)清水將之,竹内浩,奥村透他.登校拒否に関する疾

病学的研究- I C D - 1 0,1 9 9 8 年草稿より見たいわゆる

登校拒否の位置-.児童青年精神医学とその近接領

域 1991;32:241-248.

10)井上登生著.登校拒否(不登校),吾郷晋浩,生野照

子,赤坂徹編.小児心身症とその関連疾患.東京:

医学書院,1992:393-407.

11)宮本信也著.小児心身症およびその類縁の状態につ

いての調査( I).―(1)小児心身症の頻度(小児心

身症専門施設における),(2)小児心身症の診断とそ

の根拠,(3)小児心身症の背景要因.厚生省心身障

害研究「親子のこころの諸問題に関する研究」平成 5年度研究報告書,1994:65-73.

12)提啓,不登校.花田雅憲,山崎晃資編.臨床精神医

学講座 1 1 児童青年期精神障害.東京:中山書店,

1998:353-365

(宮本 信也)

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120

I. 概 要

現在,学校をめぐる行動形態は多様化し,『保健

室登校』,『相談室登校』,『適応教室への登校』な

ども一般化されて来ている.文部科学省の統計に

よると,長期欠席児童・生徒数は 1 9 7 5年頃より増

加傾向にある.中学校では『学校嫌い』の割合が

その頃から高くなりはじめ,近年では半数以上を

占めるようになっている.小学校では 1 9 8 5年頃か

ら長期欠席者数が急速に上昇しはじめているよう

である.

II. 学校保健と不登校

『不登校』という状態はさまざまな背景から生

じ得るが,前節にも触れられているように『不定

愁訴』と呼ばれるさまざまな身体症状を呈して問

題が顕在化されて来ることが一般的である.これ

は自律神経系の失調状態と考えられ,状況依存的

に訴えられることが多く,登校前や学校の特定場

面での症状悪化も少なくない.また『症状が学校

で起きたら・・』という予期不安も認められる.

学校においては,以前より『保健』という視点

からの対応体制があり,保健主事や養護教諭を中

心に,身体疾患や発育を主な対象として機能して

来ていた.近年,ここに上記のような身体症状を

呈する児童・生徒がかかわることが増加している.

そうした場合,多くの身体疾患や発育の問題と比

べ,対応上より長い時間や微妙な配慮が求められ

ることになるだろう.身体症状(不定愁訴)の背

景として『心理・社会的要因』が大きい,あるい

は深いことが考えられるためである.

これは多くの場合,特に中・大規模校で 1校に 1

人しかいない養護教諭の役割・負担の荷重増大を

もたらしている.しかし身体症状という比較的訴

えやすい内容で保健室に児童・生徒が訪れるのは,

置かれた状況に行き詰まった本人がいわば『第三

者』につながりうる貴重な機会でもある.学校保

健という視点からも重要な課題であり,『不登校』

への対応における保健室や養護教諭の存在の意義

もしばしば指摘されている.

しかし学校保健では身体疾患や発育などに関心

が向けられることが多く,心の健康問題について

対応スタッフ養成体制も十分とはいえない面もあ

る.身近で比較的利用しやすい保健室の存在は,

『不登校』への初期対応という点からも意義がある

が,それだけにさまざまな深さを持つ『不登校』

が対象となるだろう.こうした条件の下で,学校

保健機能をより有効に活用するには他の専門機関

との連携が肝要となるだろう.

学校において表出される“心の健康問題”として,その頻度が高く,対応にあたり配慮すべき多

くの因子を持つのが『不登校』である.『登校拒否』という,その心理規制を決めつけるかのような

表現に代わり,現在はその現象を記述するだけの『不登校』という用語が広く用いられるようにな

った.児への対応方法やその適応の評価・検討のためにも,表象レベルでの把握ではなく可能な限

り精神医学的診断を追及すべきところである.

不登校,学校保健,保健室,養護教諭,身体症状,主治医,連携,社会

的自立キーワード

不登校 -学校保健の立場から-1 1-2

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I I I. 関係機関との連携

連携対象としては,医療機関や福祉機関,ある

いは司法機関などであろう.ここでは,『不登校』

という問題の性質上,医療機関と福祉機関とにつ

いて触れてみる.

医療機関としては,身体症状を訴えていること

から,一般小児科や脳神経外科あるいは消化器内

科など,その症状に応じた受診が考えられるだろ

う.ただ自律神経系の失調症状は多彩で,複数の

医療機関受診は本人や家族にとって不安や負担が

過大となりかねず,しかも何ヶ所かで異なる対応

をされたり,苦痛をともなう検査を繰り返された

りということも生じやすい.結果的に,『もう医者

にはかかりたくない』『病院に行ったってしょうが

ない』といった否定的感情を生み,本人が第三者

につながり得る貴重な機会を逃すことにもなって

しまう.また,『どこも悪くありませんよ』といっ

た型通りの検査説明が,保護者の『やっぱり仮病

だ』『単なる甘えではないか』,といった否定的刺

激を助長したりもしかねない.

受診先を紹介したり示唆したりする学校保健の

側としては,小児科を中心に,そこがいわば『主

治医』として機能していくことが望ましいと考え

られる.できれば心理・社会的因子を配慮した対

応をしてくれる医療専門家がより望ましい.実際,

校医にそのような小児科医師がいることはまれで

あるため,より多くの小児科医療機関がこうした

機能を意識していただきたいものである.また受

診前後の連携としては,最小限の情報交換は必要

であろう.もちろん,守秘義務などプライバシー

の問題も絡んで来る.本来,家族,学校関係者

(担任や養護教諭,相談員,時に管理職),医療専

門家の三者同席での対応検討・役割分担が望まし

いものと考えられる.しかし,こうした時間設定

や関係者の参加は実際的には限度がある.結局こ

うした困難さが,『不登校』という,いわば背景因

子の複雑な問題に対応することの困難さ,あるい

はその子の気質や生育環境をめぐる背景因子の深

さや問題行動・症状の悪循環にも関連しているの

であろう.

さて『不登校』への対応を考える時,本人の身

体症状や不安の緩和とその子なりの発達・社会的

自立の保証という,時に矛盾しかねない二面が意

識される必要があるだろう.たとえば過剰適応傾

向の強い生育歴や不安,うつ,強迫などの精神症

状を認めた場合,後者の視点は一時保留すること

は当然であろうが,本人と保護者との安定した関

係がなんとか成立すれば,後者を意識した役割分

担が早期に必要となるだろう.その子の社会的自

立を意識した対応方針の確認が,家族の不安解消,

ひいては焦らずに本人との安定した関係を作って

いくためにも肝要である.これは『学校保健』と

いう視点からも欠かせない方向性と考える.

次に,家族関係が複雑・困難な背景を持つ場合,

児童相談所(以下,児相)などとの連携も重要で

ある.児相は, 1 8歳未満のすべての児童が『心身

ともに健やかに育つ』ことを目的とした,児童福

祉法 1 5条に基づく行政機関である.発達障害や虐

待あるいは非行だけでなく,不登校やいじめなど

の相談も受けている.特に『不登校』でその背景

因子として家庭の問題が大きい場合,その措置権

も含め,短期入所や通所などの機能や心理士の存

在を意識しておきたい.家庭の保護機能崩壊・不

全(本人が家族を強く拒否している場合なども含

め)状態の場合など,児相との連携は有用であろ

う(詳細は総論6を参照).

I V. 医療機関と学校保健

子どもが身体症状(不定愁訴)を理由に医療機

関を受診する時,多くは保護者(母親)が同伴し

ている.どんな経緯で受診に至ったかにもよるが,

対応する側としては,まず本人の訴えに向き合う

ことからはじめる.特に保護者の焦りや本人への

否定的感情が認められたり,本人の態度に不本意

な感情やうつ気分が感じ取れるような場合,さり

げなく,時には毅然と保護者を外し 1対1で話すよ

うな対処も有用であるだろう.

一方,その子の不登校状態の背景であり大きな

因子でもある家庭や学校抜きには,有効な対応は

できない.医療はそこに直接介入はできないため,

それらを担う方々と連携するしかない.その場合

前述のように,その子の状態や症状の緩和とその

11. 不登校 121

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122

子の発達,社会的自立の保証とが,ともに必要で

ある.医療専門家としては前者に関心がいきがち

で,短時間で強く家族を説得したり学校関係者に

指示したりという傾向がある.連携というより,

『医者の話はとりあえず聞いておく』といった関係

になっていることも少なくない.保護者,そして

その了解のうえで学校関係者にも症状や背景を説

明し,症状・状態の緩和策(環境調整や薬剤)だ

けでなく,いつどのように誰がその子への刺激,

いわば社会的自立へ向けた働きかけや関係性設定

をするのかを確認・検討しておく必要があるだろ

う.その場合,説得ではなく納得を得るには,や

はり 1時間は要するであろう.また具体的対処は

個々の条件により異なり,『調整』的対応を日常的

に担う保護者には相当な負荷がかかるため,心理

士による対応も有用であろう.

いずれにしても,こうした機会を誰が主催しど

こで行うのが妥当かは,それぞれの地域の条件で

合わせていくしかないだろう.たとえば医療専門

家がかかわるとすれば,時間的制約からその医療

機関の予約外来などで実施ということになるだろ

う.特に児童精神科や小児心身症専門外来におい

ては,さまざまな限界はあるが,最小限そうした

動きが可能な体制作りが必須であろう.

V. まとめ

『不登校』という状態は,その子が育ち社会的

に自立していくにあたり,学校という『場』を利

用し難くなっているという事態も意味している.

保護者がパニック状態になることも故なきことで

はない.以前に比べれば減りつつあるが,不安・

焦燥を背景に結局は『皆と同じことをやっててく

れれば』という,自らの不安解消のための強権発

動も少なくない.そこは冷静になってもらうにし

ても,その子なりの社会的自立を保証・支援する

のも周囲の義務である.その子自身も相当な不

安・焦燥を感じており,ここに悪循環が生じやす

い素地がある.

学校保健という視点からは,学校の持つ社会的

機能を活かすことを意識した対応をしていくこと

になるが,その子の症状・状態への診断(軽度の

発達障害も少なくない)抜きには悪循環や追い込

み(孤立化)さらには行動化を助長しかねない.

学校保健と医療機関との連携が重要であるが,そ

の場合やはり相互交通性があり,負の情報も伝え

られるような連携作りを意識したい.

現在は,学校が通常的に利用できなければ前述

のさまざまな登校形態や民間のフリースペースな

どが活用できる.『不登校』が以前よりもストレス

の表出型となりやすくなっている文化状況や生活

習慣の在り方を考えると,そうした資源につなげ

ることも視野に入れた学校,医療関係者そして保

護者の連携が常に意識されるべきであろう.

最後になるが,『不登校』で特に困難なのは,本

人が受診を拒否し学校関係者とも会わないという

ような場合である.いわば二次負荷も含め追い込

まれ,大人一般への拒否感が強かったり,強迫や

うつを呈しているような状態が考えられる.『治り

たくもない』『心を触れられたくない』『どうせ同

じことを言われる』といった発言も聞く.このよ

うな場合,医療機関や学校保健関係者にどのよう

につなぐかは,持っている資源や経験を総動員し

て工夫していく(家庭教師派遣,メンタルフレン

ドつなぎ)しかないが,本人抜きでも対応のため

の『場』設定は可能で,周囲が変容し得るという

意味がなくはない.保護者と学校保健関係者や医

療専門家との窓口は最小限維持しておきたいもの

である.

文   献

1)冨田和巳.不登校.小児科 2001;42:1511-1518.

2)衞藤 .内科医が知っておきたい小児科学最近の話

題.1 1“小児科からみた不登校” M e d i c i n a 1 9 9 7 ;

34:2239-2241.

3)特集「不登校と小児科医」.小児内科  1 9 9 6 ; 2 8(5).

4)J S P P編集委員会編.学校における子どものメンタル

ヘルス対策マニュアル.第1版.東京:ひとなる書房,

2001.

(衞藤  ,鈴木基司)

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I. 習 癖

多くは文字通りの単なる「癖」と考えられ,偶

然にはじまりしばらく固定した後,自然に消失す

る.一部に,心理的背景,特に不安や不満が存在

することもあるが,神経症的な背景を持つものは

ほとんどない.

習癖を引き起こす要因と持続させる要因は,同

一のこともあるが別々のことが多い.また持続さ

せる要因がなくなっても,癖として残っている場

合も少なくないことに注意しなければならない.

1.指しゃぶり

好発年齢は 3ヶ月~ 5歳で,3歳児の 2 0%弱に見

られる.乳時期に見られるものは,吸啜反射を契

機に,乳時期の口唇感覚優位性を背景に習慣化す

ると考えられる.2歳以降のものは,手持ち無沙汰,

不安,不満,緊張感を契機に,本人の内向的な性

格傾向を背景として習慣化するものが多い.多く

は自然に消失するが,周囲の対応が不適切な場合

や強い不安や緊張がある場合には,遷延化するこ

ともある.

対応として

①基本的には放置.長引く場合,弊害として指の

123

この項では子どもの発達段階や慢性疾患児・障

害児など,子どもや家族のあり方に対して,特に

配慮が必要と思われる諸問題について,取り上げ

る.

乳幼児は,子ども自身がもって生まれた生物学的な素因を基礎とし,環境から刺激を受けて,自

立に向かって著しく発達していく過程にある.その心の問題を考える場合,子どもが生物学的にど

のような個性を持つのかという観点と,人とのかかわり合いの発達の基盤作りの時期であるという

観点が必要であろう.乳幼児の家族を,家族としての発達の初期段階であるととらえ,各地域の子

どもに関する種々の機関とのネットワークの中で,子どもと家族とを支援していくことが重要であ

る.

乳幼児,習癖,指しゃぶり,性器いじり,攻撃性,夜泣き,育児困難,

育児不安,育児相談,気質

心の発達への

配慮が必要なその他の諸問題

キーワード

1 2

乳幼児の心の問題12-1

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「吸いだこ」や「歯並びの異常」が考えられる.

3歳までに消失すれば,歯並びの心配もない

②叱責や注意はしない

③特定の状況と症状の間に関連性の認められる

場合は,その状況の調整

④遷延化するもの,年長で出現したものでは,

心理的要因を積極的に考慮する

が挙げられる.

2.性器いじり

男児に多く(男:女  2:1),3~6歳が好発年

齢で,3歳児の8%,学童前半の2~3%に発生.

湿疹やおむつかぶれによる痒みや不快感,手持

ち無沙汰などを契機として,偶然に習慣化するの

がほとんどである.学童後半期までにほとんど消

失する.

対応としては,

①叱責してはならない

②湿疹など,局所的問題のチェックと治療

③性器いじりを見た時は軽く注意し,他の遊び

や作業・行動に誘導する

が挙げられる.

II. 暴力をふるう子

子どもの過度の攻撃性は,厳しすぎるしつけ,

甘やかしすぎ,嫉妬,拒絶,母親の疲労,父親の

不在などを背景とした子どもの精神不安定の兆候

であることが多い.また子ども自身の過度の疲労,

空腹,寝不足,退屈な状態で発生しやすい.攻撃

的な行動への対処は,それらの行動の頻度が少な

ければ少ないほどよい状態であると見なしつつ,

その背景にある問題に対して対応すべきである.

また,テレビ,ビデオなどで多くの暴力シーンに

接している児童は暴力的になりやすいため,養育

者は,子どもの見ているテレビ番組について適当

であるかどうかの判断をする必要が出てくる.

子どもは,家庭で他人と仲良くすること,善悪

の判断,そして,子ども自身でけんかを治めるこ

とを学ぶ.大人がちょうどよい頃合の介入を見つ

けることは難しいが,重要である.

I I I. 夜泣き 

赤ちゃんの泣きと対応することは,育児におい

て大きな部分を占める.

赤ちゃんの泣きに関しては,生後 7週間までの赤

ちゃんの泣く時間は平均的には約 2時間であるが,

4 8分から4時間までと個人差が大きいという研究が

ある.また泣き声に関しては,痛みに関する泣き

声は空腹によるものよりもかん高く,持続時間が

長く,高い音で始まりしだいに低くなるという.

(空腹では,低い音で始まり,いったん高い音程に

上昇した後再び低い音に変わる.)

夜泣きに対しては,治そうとあせるよりはうま

くつき合うことを援助することが大切である.好

発年齢は 6~1 1ヶ月で,一般に 3~1 2ヶ月児で 1週

間に3日以上のものは,約2 0%前後である.症状は

激しい啼泣以外はなく,1歳を過ぎると急激に改善

し,3歳過ぎにはほとんどない.

対応としては,

①両親への充分な説明

②両親,特に母親の育児疲労への共感

母親は睡眠不足となり,罪責感を持ち育児

ノイローゼ的な状態になっている時がある

ため,精神的なサポートが大変重要.

③原因と思われる要因の除去

空腹,ミルクの飲みすぎ,排泄にともなう

不快感,痛み,寒さ,暑さ,筋肉の疲労と

痛み,夜間哺乳の習慣など.

④薬物療法

母親の精神的な疲労が大きい場合は,抗ヒ

スタミン剤などの薬物療法を行う.

などが挙げられる.

IV. 育児困難

母親の心の健康を考えることは,母子相互関係の

観点から,乳幼児の心の健康を考えるうえで最も重

要な項目の 1つである.子育てにおいて問題が起こ

る要因として,前川は表1に示す要因を挙げている.

中でも,養育者の孤立化が最も重要な問題である.

母親の育児不安は,経験・知識不足を背景とし

た了解可能な正常範囲の状態と,さまざまな要因

を背景として抑欝状態を代表とする神経症的な状

124

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態がある.後者の要因として,マタニティーブル

ー(出産直後から 1週間頃までに出現する一過性の

気分と体調の障害.日本では約 3 0%),産後うつ病

(出産後数週間から数ヶ月以内に出現.日本では,

1 0~2 0%)なども考慮されるべきである.これら

は,母親の著しい自責感や自己評価の低下をまね

く.また,子育てにおいて養育者自身の生い立ち

をめぐる無意識の感情がわき(世代間伝達),時に

は否定的な形をとり,極限状態となって児童虐待

につながることが知られている.

対応の基本として,育児疲労を十分受容すること

が第一である.さらに子どもの発育・発達の多様性

に関して,母親が認識を深めていくことを援助する.

具体的には

①子どもの発達段階や成長に関する説明

②気質(活動性,規則性,順応性,機嫌などの

行動特徴)の理解

③病気と生理的範囲に関する説明

④家族内の育児体制の調整

⑤保健師等地域の育児支援サービスの活用

などを行う.

V. 育児相談

小児科医は,子どもの健康な発達の支援におい

て重要な役割を担っている.

養育者の相談に応じ,

①医学・生物学の専門性に基づいて情報を丁寧

に提供・説明する

②養育者とともにその子の状態を理解・洞察する.

③養育者がわが子に関して判断していくことを

援助する

④主治医と家族との信頼関係を他の育児支援に

うまくつなげていく

ことが挙げられる.

各地域の保健所・保健センター,幼稚園,保育

園,児童相談所,養護施設などの子どもに関する

種々の機関において,電話相談,子育て教室,個

別相談など,種々の形式で相談事業が実施されて

いる.これらのネットワークの中で育児の問題に

対応していくことは,子どもと家族の発達過程を

よりよく支援していくことにつながる.

文   献

1)宮本信也.〔改訂〕乳幼児から学童前期のこころのク

リニック 臨床小児精神医学入門.

財団法人安田生命社会事業団 1992.

2)馬場一雄.続・子育ての医学.第 1版.東京:東京医

学社,2000.

3)Dorothy Bolding and Marc A. Forman. Impact ofViolence. Chapter 37 in Nelson's Textbook ofPediatrics, 14th Edition. Philadelphia: Behrman andKliegman (Eds)W.B.Saunders Company, 1995:112.

4)渡辺久子.母子臨床と世代間伝達.東京:金剛出版,

2000.

5)吉田敬子.母子と家族への援助.東京:金剛出版,2 0 0 0.

6)前川喜平.子どもの心-育児相談におけるかかわり方.

小児科臨床 2001; l54:1124-1129.

7)高岸由香,宅見晃子,稲垣由子他.乳幼児の自律機

能・行動上の問題・気質と親の養育態度の関係.小

児の精神と神経 1996;36(4):305-325.

8)奥山真紀子,床司順一,帆足英一編.小児科の相談

と面接.東京:医歯薬出版株式会社,1998.

9)URL : http://www.nhk.jp/kosodate/10)稲垣由子.人とのかかわりの中での子どもの育ちと

その理解,寺見陽子編著.こころを育てる人間関係.

2001:155-159.

(岡田(高岸)由香)

12. 心の発達への配慮が必要なその他の諸問題 125

1.親個人の病気および弱点①10代の妊娠・母親

②慢性の身体的・精神的疾患

③知的障害

④教育の欠陥:無知・迷信など

⑤人間的未成熟:養育態度不良,親としての責任・自覚の欠如

⑥人格の障害

⑦アルコール・薬物の濫用および中毒

2.経済的貧困・社会的孤立と不穏な夫婦関係①経済的貧困:失業,アルバイト,フリーター,不定期就労

②父および/または母不在:母子家庭,父子家庭,両親不在

③不穏な夫婦関係

④社会的孤立:周りに子育てを支援してくれる親戚や友達がいない

保健所や福祉事務所などの支援を受けていない

3.子育てにおける過剰負担①慢性疾患または障害児

②大家族

③多胎

④気むずかしい子ども

⑤家族に重症疾患

表1.子育てに問題が起こる要因

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I. 思春期の特徴とその背景

1.体の成長と大人に対する行動(言動)の変化

思春期は乳幼児期に次いで体の成長が激しく,

第2次性徴の発現など身体像の変化も著しい.体の

成長は低い視線をより高い視線に変え,外界や大

人に対する見方も変わり,大人という存在に対し

個人や集団の力で対抗し得る体力や知力を身につ

けていく過程であり,大人に対する言動や態度に

対しても新たな選択肢を選ぶようになる.

2.自己肯定感の低下

今までは,毎年その発達や達成を家族や他の大

人達から容易に誉められることで自分自身の存在

感を確認し自己肯定感を得られたが,この時期に

入ると1人で大方のことはできるようになり,従来

の方法では賞賛を得ることは不可能となる.した

がって,自分自身の存在感を認識しにくくなり,

自己肯定感が低くなる.その結果,受験やクラブ

活動,さまざまな習い事など付加価値を身につけ

ることに力を注ぐ.それが得られないと,挫折感

と絶望から反(非)社会的行動化へと結びついた

りもする.また,成長による格差が起きやすい時

期でもあり,他人と比べて劣等感を持ちやすい.

3.自他境界の曖昧さ

自意識も高まる反面,自分の存在を希薄に感じ

たり居場所を求めたりするのは,自他境界という

自分の存在と他人の存在との境目が曖昧になりや

すいためである.したがって,自己臭妄想や自己

視線恐怖などをともなう思春期妄想症の発症や統

合失調症などの発症がこの時期に多いこともうな

ずける.

4.自立と依存のトロッコモデル

社会に出ていくステップを登っていくことは,

親から離れ 1人で行動したいという自立心といつま

でも甘えておきたいという依存心の対極を形成し,

ちょうど手押しトロッコのように,両者に互いに

振れながら前進していく時期である(図 1参照).

自立心が強ければ,より依存心も高まる.ころこ

ろ変わる態度と言動に周囲は戸惑うだろう.健康

な思春期の子どもは,この依存,自立のパターン

を上手に反復させ,前に進んでいる.しかし心身

医学的な配慮の必要な子どもは,これがどちらか

126

思春期は,身体的な成長のスパートと,第二次性徴の出現により内分泌系の変化にともなう身体像

の変化が生じる時期であり,子どもにとっては自らの身体的な変化に適応するだけでも大変な時期で

ある.また身体の変化のみならず,心理・社会的な側面からもさまざまな矛盾に満ちた時期であり,

その心理も独特な特徴を示す時期でもある.一般小児科外来で思春期の子どもと上手につき合うため

には,この時期の子どもの心の特徴に留意し,適切な対応を我々医療スタッフが取ることが思春期の

子どもの心を早くつかみ,心と体の問題の早期解決に必須であると考えられる.この項では,その心

理的な特徴と思春期の子どもへの適切な対応法について,ポイントを述べることとする.

思春期の心理的特徴,自己肯定感,症状・問題行動という切符,見捨て

られ不安,行動化,思春期心身症患者とのつき合い方キーワード

思春期の心と身体の問題とその対応12-2

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に傾いたままで止まっていると思われる.これが

どちらに振れて止まっているのか正確に判断し,

援助していく必要があると思われる.

5.矛盾に満ちた思春期

経済的な欲求,性的な欲求は高まるが,同時に

それを得る手段からは遠ざけられるという矛盾に

満ちている.さまざまな事柄に対する不安を誰か

に相談したいと思っているが,信頼できる大人や

年長者の相談相手を見つけにくく,学年を越えた

人間関係も希薄である.大人からも,ある時は子

どもとして,ある時は大人として身勝手に扱われ

やすい矛盾をはらんでおり,本当に矛盾に満ちた

時期である.

6.心身相関

この時期は,心身のバランスが容易に崩れやす

い時期である.心の問題が身体に現れたり,体の

問題が心に深く影響したりという心身相関が生じ,

症状・問題行動という切符を携えて思春期の患者

は診察室を訪れる.この時が,ひょっとすると初

めて信頼できる大人に会えるチャンスかも知れな

い.

II. 思春期の心身症患者と上手につき合うポ

イント

1.思春期の患者は自分の意志で受診することが少

なく,家族の意向である場合が多い.そのため

に初診時点では,どうして受診したのかもよく

分からないことも多い.受診動機を明らかにし

たうえで,新たに家族と患者のニーズを把握し

診療を行うのが基本である.

2.思春期は秘密を重んじる時期でもある.信頼関

12. 心の発達への配慮が必要なその他の諸問題 127

①自分の意志で受診することが少なく,家族の意向である場合も多い受診動機を明らかにした上で,新たに家族と患者のニーズを把握し,面接を行う

②大人に対しての不信感を持ちやすい信頼関係を深めていくために,守秘義務についても最初に触れておくことが大切

(生命に関わる場合や重大な犯罪に巻き込まれる危険のある場合はこの限りでない)

③過度の期待感や失望感を持ちやすいこちらの治療の限界も示し,患者と家族の納得を得ること 専門機関の紹介

④投げやりな態度や大人への試しが多い質問に対して,「ふつう」「別に」という言葉をそのまま受け取らず,1歩踏み込ん

で,「君の普通を教えて欲しいんだ」と言うことが大切

⑤思春期患者は見捨てられ不安や周囲を巻き込んで行動化しやすい治療の枠組みを明確に作る,同情や好意ではなく,治療的視点を忘れない

前向きな発言に対し十分な反応・不適切な発言は中立的な態度を意図的に取る

⑥学校や家族などとの人間関係の中での心理的ストレスが多い家族と学校などへの対応・環境調整を積極的に行う

患者情報を家族,学校に伝えるときは,患者とその範囲を協議

表1.思春期心身症患者の特徴とその診療での対応

(文献2)より引用 河野 2001)

図1.自立と依存のトロッコモデル(河野)

(文献2)より引用 河野 2001)

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128

係を深めていくために,守秘義務についても最

初に触れておくことが大切である.ただし,患

者自身の生命にかかわる場合や重大な犯罪に巻

き込まれる危険のある場合はこの限りでないこ

とも話しておく.

3.過度な治療者への期待感やその反動からの失望

感を持つことが多いため,こちらの治療の限界

を示し納得を得ることや,専門機関を紹介する

ことも大切なポイントである.

4.思春期の患者は,それでなくても大人に対して

の不信感を持ちやすく,投げやりな態度や言動

で治療者を試すことも多い.質問に対しても,

「ふつう」「別に」という言葉が返ってくること

も多い.それらの言葉をそのまま受け取らず,

1歩踏み込んで,「君の『ふつう』を教えて欲し

いんだ」ということが大切になる.

5.思春期の患者は見捨てられ不安を持ったり周囲

を巻き込んで行動化したりしやすいため,治療

の枠組みを明らかにし,決して同情や好意のみ

で対応せず,治療的視点を忘れないことが大切

である.また相手の訴えに対しても,こちらが

無意識に体を乗り出したり反応を強めたりする

と,そのことを強く訴えれば相手の注意が引け

ることを学習し,行動化を招く結果になること

もある.前向きな発言に対しては十分な反応を,

不適切な発言に対しては中立的な態度を意図的

にとっていくことが,治療上必要である.

6.家族や学校などでの人間関係の不安定さが心身

症の発症や増悪に関与することも多いため,対

応が必要だろう.多く診療の場で,「仮病」や

「気のせい」という言葉で傷ついたり諦めたり

していた患者や家族に出会うことがある.心身

症は身体的な病気という点を強調したうえで,

心理社会的な要因について増悪因子や誘発因子

となっていることを考慮し,その悪循環を断ち

切るべく環境調整を行っていくべきである.ま

た守秘義務とも絡み,どこまでの情報を家族や

学校に明らかにして対応するかを,本人から承

諾を取ることも大切である(表1参照).

文   献

1)河野政樹著.小児心身症の診断面接法,清水凡生編.

小児心身医学ガイドブック.第 1版.京都:北大路書

房,1999:50-57.2)河野政樹著.思春期の医学ー 7心身症,清水凡生編.

総合思春期学.第1版.東京:診断と治療社,2 0 0 1:

173-180.

参考サイト

http://plaza25.mbn.or.jp/~kodomokokoro/DR.Kの子どもの心と体のホームページ

h t t p : / / w w w 0 2 . u - p a g e . s o - n e t . n e . j p / x a 2 / s h i n -y/Pages/Frameset.html?=

子どもは友だち

http://www2.gunmanet.or.jp/Akagi-kohgen-HP/赤城高原ホスピタル

(河野 政樹)

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I. はじめに

慢性疾患児の概念は近年大きく変化し,現在で

は,完全寛解期にある白血病などの血液疾患,糖

尿病,肥満,先天性心疾患,慢性腎疾患など,以

前は考えられなかった疾患児が加わっている.し

たがって,その人数も疾患の種類も著しく増加し

ていることになる.これら慢性疾患児は長期通院,

長期服薬,痛みをともなう検査や治療,入院によ

る家族からの分離,さらには死の恐怖など,さま

ざまな精神的負担の要因を抱えている.このよう

な状況下で,慢性疾患児の心身医学的研究は十分

なされるべきであろうが,いまだ極めて少ないの

が現状である.慢性疾患児の心身症に特有の症状

はなく,一般の心身症臨床に準ずるものと考えら

れるが,慢性疾患児では症状に表れるほどの段階

に至らなくても,多かれ少なかれ心に何らかの傷

を抱えていることが多いため,慢性疾患児の診療

にあたる者はそういった点に配慮すべきであろう.

II. 慢性疾患児の不安

慢性疾患児の心の問題の一端を検討するために,

子どもが持つ不安の調査を行った.その結果,学

習不安(一般的に学習に対する不安)がてんかん

児に多く見られることが明らかとなった.白血病

児にも多いという報告もあるが,これは再発予防

のための頭部放射線照射の影響を心配するための

不安であろうと考察されており,このことを勘案

すると,てんかんが中枢神経疾患との認識や,長

期にわたる中枢神経へ作用する薬剤を服用してい

ることについての心配などが,学習不安を引き起

こしているものと考えられる.喘息発作で学校を

休みがちな喘息児には,学習不安は見られなかっ

た.これに対し,低身長児では孤独不安(家族,

友人と離反する不安)が多かった。低身長による

コンプレックスから多くの友人を作れないためで

あろうと思われるが,毎日自己注射をする痛みに

ついての恐怖不安(死や疾病による将来への不安)

は少ない.恐怖不安は圧倒的に腎臓疾患児に多い.

この群に属する患児はすべて予後良好と考えられ

る無症候性血尿児で,医学的には恐怖を感じる必

要は全くないと判断されるものである.それにも

かかわらず恐怖不安が高いのは,世間一般の慢性

腎炎への認識が不治の病であるということに起因

するものであろう.これらと対照的に,喘息児で

恐怖不安をもつものは少ない.呼吸困難をしばし

ば経験するにもかかわらず恐怖不安が低いことは,

生命への危険が少ないとの認識であろうと思われ

る.また,完全寛解期にある白血病患児には不安

は少なかった.

慢性疾患児の臨床に関しては,予後を含め正し

い社会認識を一般化するための広報を行うこと,

疾病児および保護者へ十分な説明のなされること

12. 心の発達への配慮が必要なその他の諸問題 129

医学の進歩により,慢性疾患児の概念は変化している.本稿では長期入院、長期服薬、痛みをとも

なう検査,死に対する恐怖、スクリーニング検査の心理面への影響、家族との分離など慢性疾患児の

臨床上、配慮すべき点について概説する.慢性疾患児の心の健康のために予後を含めた正しい社会認

識の普及と,患児および保護者への十分な説明と支援が必要である.

小児,慢性疾患,スクリーニング検査,入院,心キーワード

慢性疾患児と心の問題12-3

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が要求される.

I I I. スクリーニング検査の影響

慢性疾患の中には,理学的に著変を認めない状

態で早期に種々の検査によって病変を発見し,予

防,治療などを講じることによって生命に危険が

及ぶ前に救うことができるものが多い.その目的

で開発されたのがスクリーニング検査である.新

生児期のものから成人期に至るまで多くの検査が

臨床応用され効果を上げている.

スクリーニング検査として 3歳時から高校時代ま

で広く行われている「学校検尿」について,患児

とその保護者が尿異常を指摘された後にもつ意識

について調査した.尿異常を指摘された際の不安

は,医療従事者の予想をはるかに上回るもののよ

うである.保護者の大部分が不安を感じており,

「間違いではないか」とか「問違いであればよい」

などとさえ思っている.「慢性腎炎」すなわち「死

の病」という認識がこのような不安を引き起こす

のであろう.現在の腎臓病学の常識が社会的に十

分普遍化していない一面であるが,学校検尿につ

いての広報が不十分であることを示す証左でもあ

る.この不安を裏付けるように,尿異常を指摘さ

れた際,多くの者が尿異常について調べたり,聞

いたりしている.

保護者,尿異常児のフォロー中の不安は,全体

的にはやはり疾病自体の予後が不良であるという

心配に基づくものが多い.腎疾患について情報を

得たいとする希望が保護者,尿異常児ともに多い.

進学,就職に関する心配も多く,予後が良好と考

えられる無症候性血尿と診断されている者にも非

常に多い.子どもの結婚についても多くの保護者

が心配しており,女児の場合,妊娠,出産が無理

だと考えている保護者が,無症候性血尿児につい

てさえかなり見られる.

医療機関における継続診療によって不安は軽減

していくという報告が多いが,子どもの中に毎回

の検尿結果を気にする者が多く,潜在意識として

は不安が依然残っていることを示していると思わ

れる.継続診療が子どもに不安を与えている.ま

た,親の不安は育児態度へも影響し,過保護傾向

になる者が多い.

I V. 母子分離の子どもの心に及ぼす影響

慢性疾患児は多くの場合,入院によって母子分

離を経験する機会が多い.低年齢において母子分

離を経験した幼児について,その子どもの心に及

ぼす影響について検討した.母子分離を経験した

子どもは,「知らない人の前でひどく恥ずかしがる」

「先生や保母さんにいつまでもなじまない」「ぐず

ぐずしていて何事にも手間取る」「腹痛をしばしば

訴える」などの異常行動の出現率が極めて高い.

また性格特性についても,顕示性,依存的,退行

的,攻撃・衝動的な行動が多く,個人的にも社会

的にも不安定であることが示された.患児の心の

問題のみでなく,Q O Lの観点からも,入院治療は

できるだけ避けることが望ましいと思われる.

文   献

1)Perrin, J.M. et al.. Psychosocial risk of chronic healthconditions in childhood and adolescence. Pediatrics1993;92:876.

(清水凡生)

130

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I. はじめに 

子どもの障害もその家族が感じていることも,

実際にはさまざまであり,まとめて議論すること

は難しい 1).ここでは「障害児」を,発達障害(知

的障害,自閉症など)と肢体不自由(脳性麻痺,

筋ジストロフィー症など)の両方を含むものとし,

一般的な問題について述べる.

II. 障害児の心身医学的問題

1.一般小児科医を受診する際の主訴

子どもの状態により種々の主訴がある.

2.心身症と言えるものがどのくらい含まれるか

障害児が心身医学的問題や行動上の問題を合併

する頻度は,一般より高いことが指摘されている.

その理由は,心理的ストレスや思春期のさまざま

な衝動などを自分で適切に発散する手段に乏しい

こと,コミュニケーション能力障害のために,問

題行動や身体症状があたかもコミュニケーション

手段のようになってしまうことなどである.

長らは,肢体不自由施設入所児 7 3名を対象とし

て心身医学的背景を持つ身体症状や問題行動の出

現頻度を検討し,それらの症状の出現率が一般小

児より高いと述べている.この報告によれば,入

所児の3 4.2%が心身医学的背景を持つ身体症状なら

びに問題行動を合併していた.その内訳は,消化

器症状や睡眠障害などの身体症状が 1 2.3%,自傷,

他害行動が 1 7.8%,その他の問題行動が 1 3.7%であ

った 2).

ここで重要な点は,行動の問題は周囲にとって

の「問題行動」であることが多いために指摘され

やすいが,身体症状はその背景に心理的ストレス

があることを見過ごされがちなことである.した

がって障害児に何らかの身体症状が見られる場合,

それを裏づける器質的または機能的所見があって

もなくても,背景要因としての心理社会的ストレ

スの有無や程度について十分考慮するべきである.

3.理学的所見

心身症の場合,理学的所見は各疾患の項参照.

4.診断基準および評価方法

以下の場合,症状の背景に心理的ストレスが関

係している可能性を疑う必要がある.

① 特定の身体症状が慢性反復性におこる(心身症

の可能性).あるいは多彩な身体症状があり,症

12. 心の発達への配慮が必要なその他の諸問題 131

障害児の身体症状が慢性反復性に見られる時は,その症状を裏付ける器質的所見の有無にかかわ

らず,背景要因として心理社会的ストレスが関係していないかどうかを考慮する.

症状が一般小児科的治療で治りにくく,本人や家族のストレス状況が続いていると考えられる場

合,心身医学あるいは発達障害の専門家への相談が必要である.

一方障害児の家族や同胞のメンタルヘルスも重要な問題である.必要に応じて,家族のカウンセ

リング,レスパイトケアなど各種福祉サービスの利用を行う.この場合の窓口は児童相談所や療育

機関である.

障害児,発達障害,肢体不自由,療育,家族,障害児の同胞,メンタル

ヘルス,ストレス,レスパイトケア,福祉サービスキーワード

障害児と家族をとりまく問題12-4

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状を裏付ける器質的所見に乏しい(身体化障害

~ヒステリー症状の可能性).

② 症状の出方に状況依存性(特定の学校行事の前

後,叱られた時などにいつも起こる)がある.

③ 本人の能力ややりたいと思っていることと周囲

(家族,学校,療育スタッフ)の目標との間にギ

ャップがあり,無理をさせられている.

5.一般小児科医で可能な治療(初期対応)

対応はそれぞれのの心身症,心身医学的問題の

項に準ずる.

6.専門機関紹介時に必要な説明事項と紹介方法

専門機関への紹介が必要なのは,(1)学校など

の環境調整が必要(周囲の障害理解が不十分で患

児に過大なストレスがかかっている),(2)患児に

対し遊戯療法や行動療法など専門的な心身医学的

治療が必要(一般小児科的治療で症状の改善が得

られず,患児の緊張,ストレス状態が持続してい

る),(3)家族のストレス度が高く,母親のカウン

セリングやレスパイトケア(障害児の一時あずか

りなどで家族が休息すること)の利用が必要,な

どの場合である.普段身体ケアを行っている小児

科医と療育を担当する医師が違っている場合には,

積極的に情報交換をし,療育担当医が調整をはか

るようにする.

7.予後

適切な対応がなされれば,一般には予後は良好

である.しかし本人に合った発達的課題の調整が

なされなければ,身体症状や問題行動が固定化す

るリスクがある.

I II. 障害児の家族の問題

1.障害の告知と育児支援

障害児の家族支援は,適切な障害告知と,その

後の継続した育児支援が中心となる.

子どもの障害を知らされた時の家族の反応は,

衝撃,否認,悲哀と怒り,自責,適応,再起とい

う経過をとることが報告されている 3).ただし障害

受容の過程は障害の内容によっても異なり,確定

診断が困難である発達障害(自閉症,A D H Dなど)

では,家族は障害の否定と肯定を繰り返す過程を

体験するともいわれる 4).障害告知において,医師

には,家族の衝撃と混乱についての配慮と,的確

な評価と見通しを示せるだけの障害に関する知識

がなければならない 5).母親が子どもの運動や言語

の遅れなどで悩んでいる場合は,安易に「だいじ

ょうぶ」「様子をみよう」などと時期を遅らせるこ

となく,発達の診断ができる機関に紹介すること

が大切である.乳幼児では,乳幼児健康診断の発

達二次スクリーニング(保健所で行う発達クリニ

ックなど),就学後は,療育センターなどの地域の

療育拠点施設(都道府県に 1ヶ所),発達専門の外

132

早期発見 ・乳幼児健康診査(市町村)

早期療育 ・相談指導~発達クリニック(健康福祉センター・児童相談所)

・障害児保育

・通園施設

・総合療育センター・心身障害児総合通園センター

福祉サービス ・在宅サービス~デイサービス・ホームヘルプ(市町村)

・ショートステイ(児童相談所)

・補装具・日常生活用具の給付(市町村)

・相談事業(児童相談所・地域療育等支援事業コーディネーター)

・身体障害者手帳交付(市町村・健康福祉センター)

・療育手帳交付(児童相談所)

手当等 ・特別児童扶養手当(市町村)

・障害児福祉手当(市町村)

表1.主な在宅障害児福祉施策・サービス

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来を持つ小児科(開業クリニック,総合病院,大

学病院など),教育相談(教育委員会)へ紹介する.

一方,母親にはさまざまなストレスがある(育

児不安,障害を持つ子どもに対しての自責の念,

訓練通所の負担,自身の自己実現の時間がないな

ど).そして,就学,思春期など子どものライフサ

イクルに応じた新たな悩みも生じる.家族のメン

タルヘルスのためには,療育機関スタッフによる

家族のニーズに合ったサービス,親の会などセル

フヘルプグループの利用 6),レスパイトケアを含む

福祉サービスの利用が重要である(図 1参照)7).こ

れらの援助についての相談は,療育機関(特に地

域療育など支援事業コーディネーター)や児童相

談所に問い合わせるとよい.

2.同胞について

障害児の同胞のメンタルヘルスは見過ごされや

すい.特有の問題として,障害児である子どもに

母親の目が向きやすいので寂しい思いをする,家

事の負担がかかる,学校でいじめにあうなどが指

摘されている 8).障害児の同胞の身体症状や行動の

問題についても,背景となる心理的要因に注意す

る必要がある.同胞である子どもにもストレスが

かかりやすいことを家族に知ってもらい,家族全

体で子どもをみていけるように援助できるとよい.

文   献

1)ぽれぽれくらぶ編.今どきしょうがい児の母親物語 .東京:ぶどう社, 1995.

2)長和彦.障害児と心身医学的アプローチ.小児内科

1999;31:681-684.

3)Drotar D et al. The adaptation of parents to the birth ofan infant with a cogenital malformation: A hypotheticalmodel. Pediatrics 1975;56:710-717.

4)中田洋二郎他.親の障害認識の過程-専門機関と発

達障害児の親の関わりについて- . 小児の精神と神

経 1995 ;35:329-342.

5)玉井真理子.「障害」の告知の実態-母親に対する質

問紙調査の結果および事例的考察-.発達障害研究

1993;15:223-229.

6)キッズエナジー編著.難病の子ども情報ブック.東

京:東京書籍,2001.

7)江草安彦監修,岡田喜篤他編.重症心身障害療育マ

ニュアル.東京:医歯薬出版 1998.

8)山本美智代他.障害児・者の「きょうだい」の体

験-成人「きょうだい」の面接調査から-.小児保

健研究 2000;59:514-523.

(汐田まどか)

12. 心の発達への配慮が必要なその他の諸問題 133

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I. はじめに

本稿の目的は,児童虐待および子どもの暴力,

反社会的行動への対応として,一般小児科医を受

診する際の主訴,理学的所見,診断基準および評

価法,予後,一般小児科医で可能な治療(初期対

応),専門機関紹介時に必要な説明事項および紹介

方法などを示すことにある.現在,児童虐待・行

為障害・非行の問題は,その問題の本質的な研究

により,社会化不全:Socialization Failuresあるい

は愛着障害:Attachment Failuresとして考えられ

るようになってきた.わが国では正常発達として

の社会化の理論についても総括的に述べた論文も

少なく 1),ここでは字数の関係より詳述できないた

め,我々一般小児科医で経験する段階での状態に

つき一括して述べる.

II. 受診時の主訴と所見

一般小児科医を受診する際の主訴および理学的

所見としては下記のものが多い.

①栄養不良(体重増加不良/減少・小柄・るいそ

う),②原因不明あるいは発達の流れが不規則な

種々の発達遅延,③湿疹・睡眠の問題・摂食行動

などを必要以上に気にし,養育者に通常の説明を

してもなかなか納得しない,④遺尿・遺糞・気管

支喘息・反復性尿路感染症・チック( 2次性)・脱

毛など,⑤繰り返す外傷,⑥不衛生(あかまみ

れ・ひどいオムツかぶれなど),⑦不適切な衣服

(季節はずれ・性別不明など),⑧持続する疲労感/

無気力(触れられることを嫌がる,凍てついた眼/

活動性の低下),⑨家に帰りたがらない/繰り返す

家出・浮浪/食物を主とした盗み,⑩多動/過度の

乱暴/注意を引く行動,⑪繰り返す異食行動(むさ

ぼり食い/過食/拒食)⑫不登校,⑬物質常用,⑭

逸脱した性行動,⑮暴走行為,⑯家庭内・学校内

暴力,⑰いじめ(加害者・被害者の両方).

以上のような主訴で来院した時は,鑑別診断の

片隅にマルトリートメント(Maltreated Child)の

可能性を必ず浮かべながら,まず身体的な問題が

ないか丁寧に診察を行う.その際,主訴に対する

今までの養育者のかかわりのあり方を確認しなが

ら,①養育者の子どもの発達に関する一般的な知

識と気になる問題に対する取り扱いの技術の程度,

②それまで受けてきた子どもに対する助言への養

育者の理解の程度と助言の受け入れの仕方に偏り

や思いこみの強さの有無,③養育者の説明では医

師として理解しにくい所見(引っ き傷・点状出

血・紫斑・外傷の後)の有無をチェックしながら,

初期対応として基本的には養育者の主張を尊重し,

よく聞きながら診察を続ける.

同時に,母子手帳を必ず利用しながら次のこと

を確認し,養育者を問いつめるような印象を与え

134

近年,問題となっている児童虐待や思春期・青年期の問題行動,犯罪などの問題は「社会精神医

学」としてとらえられているが,その本質は,乳幼児期からの発達における社会化不全あるいは愛

着障害にあると考えられている.社会精神医学的問題は幅広くそれぞれの対処方法も異なるが、臨床

医の留意すべき共通の事項と対応について述べる.

児童虐待,マルトリートメント,ネグレクト,初期対応,保健師キーワード

社会精神医学12-5

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ないよう,さらっとした態度でカルテに記載する.

①父親・母親の名前,生年月日(書いてなかった

り,消したりしているのもある),②母親の仕事の

有無,③妊娠中の産科の受診の仕方と問題の有無,

④流産や早産の傾向があれば,その時の思いを

「それは大変だったね~!?」などの言葉かけをし

ながら聞いていく,⑤出生時の状況,⑥生後 3~4

ヶ月までの授乳の仕方や睡眠パターン,⑦その後

の乳幼児健診の受診状況や予防接種の接種状況を

確認しながら,養育者が子どもの状態をどのくら

い把握しているか,⑧最後に発育曲線に必ず体重

をプロットしながら,標準体重範囲内であっても

落ち込みや停滞がないかを見る,⑨たとえ短期間

であっても保育園や幼稚園に在籍していないかを

確認しながら,園内で気になることがなかったか

を聞いていく.

以上のことを通して,今までの子育てに困難感

があるかどうかを医師の何か変だなを感じるため

の直感を使いながら,必要に応じて詳しい話を別

の時間にとるかどうかを決定する.この段階で重

要な養育者に対する医師の態度は,「虐待が疑われ

てもそれを指摘せず,育てにくい子どもをここま

で育てた養育者の労をねぎらいながら,上記の状

態をあくまで子ども自身の問題として扱い,次の

外来フォローを決めたり,付き添いを拒む養育者

が結構多いため,可能であれば必要に応じて親子

分離して入院させる」ことである.

外来フォローとした場合は,必ず 市町村保健師

に連絡し乳幼児健診受診時の状態を確認したり,

保健師を通して児童民生員に近所での評判などを

確認してもらい,言葉に配慮しながら保育所,幼

稚園に連絡を取る.また,より重篤な場合は,保

健所保健師もしくは児童相談所に直接連絡をとり,

マルトリートメントや虐待の可能性を伝え,通告

者自身の保護をしてくれることを確認しながら状

況の説明をする.必要に応じ,児童相談所もしく

は保健所主体で,地域の児童虐待のネットワーク

会議を開いてもらい,対応を協議する.医師の仕

事は,所見の報告と何故虐待を疑ったかを明確に

することである.慣れない場合は,事実をありの

まま報告するだけでよく,判断は専門員にゆだね

るようにする.

学齢期の場合は,学校との連携が不可欠であり,

かつほとんどの事例で,程度の差こそあるが,学

校側も何らかのかかわりをそれまでに持っている

ことが多い.重篤度にもよるが,原則それまでの

学校の対応の方法を尊重しながらbetter changeを

目指すようにする.このような活動を行うときも

医師が地域の現状を把握しておく必要性が高いの

で「総論 6-1.広義の心身症専門機関の探し方」を

ご覧いただきたい.

文   献

1)井上登生.子どもの心の発達( 1)乳幼児期.第 3回

「子どもの心」研修会前期講演集 2001:5-19.

(井上登生)

12. 心の発達への配慮が必要なその他の諸問題 135

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I. 災害時の心の反応

子どもは心身が未分化であるため,心理的スト

レスが身体症状や行動の変化として表現されるこ

とが多くなる.年齢により反応も異なり,乳幼児

では災害の正体も分からず,不安が強くなり,学

齢以上でははっきりとした身体症状や精神症状も

認められるようになる.(表1参照)

災害時に子どもたちが受ける心理的ストレスに

は,

① 恐怖体験によるもの

② 喪失体験によるもの

③ 罪悪感によるもの

④ 生活の変化によるもの

⑤ 家族の変化によるもの

⑥ 友人関係の変化によるもの

などがある.恐怖体験によるものでは,交感神経

の亢進からくる不眠などの過覚醒状態や,恐ろし

い記憶からくる不安感にともなう身体症状などが

挙げられる.喪失体験によるものでは,愛着の対

象を失った心理的な苦痛に対処する過程でのさま

ざまな身体症状や,うつ状態にともなう自律神経

症状などが挙げられる.また子どもは死の概念が

曖昧であるため,喪失を自分のまわりの環境に生

じた変化で判断し,時として自分が原因と考える

ことがあるため,注意が必要である.このように,

どのような状況がストレスになっているかを知る

ことで,的確なアドバイスができるようになる.

これらの反応は通常は最初の数週間で軽快する

といわれているが,1ヶ月以上持続したり,数ヶ月

の潜伏期を経て現れたり,長期的な問題を引き起

こしたりすることもある.また,元々精神的に不

安定であった子どもほど災害による影響を受けや

すく,普段から子どもの精神保健の充実を心がけ

ることが大切である.

II. 心的外傷後ストレス障害(P T S D)につ

いて

生命に危険を感じるような体験(トラウマ体験)

をした後に,その体験を思い出して恐くなったり

そのような状況を避けようとしたり,反応が乏し

くなったり緊張状態が強くなるということは,大

人だけではなく子どもにとっても当然のことであ

る.しかしそれらが強すぎたり長引きすぎたりし

て,日常生活の支障となる状態にまでひどくなる

136

子どもにおいては,心理的ストレスが身体症状や行動の変化として表現されることが多くなる.

災害時の心の反応には,いわゆるP T S Dに見られる症状以外にもさまざまな反応が認められ,年少

児では嘔吐・腹痛・夜尿などの身体症状や親との分離不安,退行などが目立つことも多い.的確な

アドバイスをするためには,どのような状況がストレスになっているかを知ることが重要である.

子どもがこれまでと違った行動をしても異常なこととはとらえず,むしろ当たり前の反応であるこ

とを親に理解してもらうことが大切となる.子どもの心の回復には子どもが安心することのできる

環境が不可欠で,それにはまわりの大人の安定がまず必要で,子どもを持つ家族全体を多面的に支

援する必要がある.

災害,喪失体験,退行,分離不安,P T S D(心的外傷後ストレス障害),

家族支援,過覚醒状態,トラウマ体験キーワード

災害時の心のケア12-6

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と“障害”(P T S D)ということになり,援助が必

要である.このような状態になるのは災害の程

度・種類にもよるが,子どもでは数%~数 1 0%程

度と考えられている.

どのような体験であれば生命の危険を感じるか

については個人差が大きく,子どもの場合,大人

の目から見るとそれほどでもないことでもトラウ

マとして心に残る場合があるため,注意が必要で

ある.また逆に,危機的な体験がすべてトラウマ

として認識されるわけではなく,危機的な状況に

あっても,保護的な環境下にあり安全感がある程

度得られていれば,トラウマ体験は必ずしもトラ

ウマとして子どもの心に残るわけではないともい

える.

PTSDの症状として特徴的なものとしては

① 悪夢・フラッシュバックなどトラウマの持続

的な再体験

② トラウマを連想させる状況からの持続的な回

避と無感情など反応性の鈍麻

③ 不眠・易刺激性・集中困難・過度の警戒など

の覚醒の亢進

の3つが挙げられ,アメリカ精神医学会診断基準・

第4版(D S M -Ⅳ, 1 9 9 4)ではそれらすべてが 1ヶ月

以上持続し,臨床的に著しい苦痛または社会的な

機能の障害を引き起こしていることが条件となっ

ている.子どもの場合,①については,その災害

に関する遊びに没頭する,その災害に関する話ば

かりするなど,②については,その災害に関する

ことを聞くのを嫌がる,友達と遊ばなくなるなど,

③については,喧嘩ばかりする,小さな物音にも

驚くなどの行動の変化として認められる.

年少児の P T S Dについては明確でない点が多い

が,嘔吐・腹痛・夜尿などの身体症状や親との分

離不安,退行などが目立つことが多く,これらの

症状が参考となる.

I I I. 初期対応(表 2参照)

子どもがこれまでと違った行動をしても異常な

こととはとらえず,むしろ当たり前の反応である

ということを,まず親に理解してもらうことが大

切である.子どもは不安な気持ちを遊びの中で表

現したり,絵に描いたり,話をしたりすることで

整理し,親にしっかりと受け入れてもらっている

と感じることで,異常な体験を過去の記憶として

処理していく.身体的な接触を十分に行い,安心

して表現できる場を多くし,無理に表現させるの

ではなく表現しやすい状況を整えることが必要で

ある.身体症状は不安や怒りや罪悪感などから自

分を守るための反応であり,退行や分離不安は子

どもが基本的信頼を確認し安心感を得るための反

応である.身体症状を認め,痛みなどを共感し,

退行や分離不安を十分に受け入れてあげることが

重要である.むやみに励ますことは逆効果になる.

恐ろしい体験をした後には時間の概念が曖昧にな

りやすいため,「恐ろしい体験は過去のものであり,

今は安全である」ことを十分に認識させることが

大切である.乳幼児の場合には,親やまわりの大

人たちに子どもをしっかり抱きしめて,できるだ

け一緒にいてあげるように指導していく.また親

も被災者である場合が多く,親自身の悩みに耳を

傾けることも大切で,親を支えることが子どもの

12. 心の発達への配慮が必要なその他の諸問題 137

1)感情が麻痺したようになる.

2)食欲がなく,何もする気が起こらなくなる.

3)感情的に高揚する.

4)災害に関連するものを避けようとする.

5)災害遊びや悪夢などで災害時の体験を想い起こし不安になる.

6)不眠・夜泣き・落ちつかない・いらいらする・小さな物音に驚くなど過度に覚醒する.

7)甘えがひどくなったり,遺尿などの退行(赤ちゃん返り)をするようになる.

8)登園しぶり・後追いなどの分離不安を示す.

表1.災害後に認められる反応

1)親に安心感を与える.

2)子どもが表現しやすい状況を整える.

3)子どもの身体症状を認める.

4)子どもの退行・分離不安を受け入れる.

5)子どもに安全感を与える.

6)家族全体を支援する.

表2.災害後の子ども対応の原則

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心を癒すことにつながる.特に子どもの前では親

を責めないような配慮も大切である.子どもの心

の回復には子どもが安心することのできる環境が

不可欠である.それにはまわりの大人の安定がま

ず必要で,子どもを持つ家族全体を多面的に支援

する必要がある.

I V. 専門機関への紹介

抑うつ状態が著明で自傷行為がある時や,暴力

的になり他害の危険性がある時,夜泣き・夜驚・

悪夢などを繰り返していて睡眠が十分にとれてい

ない時,足が動かない・食事を全くとらないなど

の身体症状が強い時,あるいは親の不安が強く家

族機能が低下している時などは,子どもの心理的

問題を専門に扱う小児科医か児童精神科医への紹

介が必要となる場合がある.

V. おわりに

災害時の心の反応にはいわゆるP T S Dに見られる

症状以外にもさまざまな反応が認められる.初期

対応や専門機関への紹介については災害以外のト

ラウマに対しても共通するものが多いと考えられ

るが,詳細については専門書をご参照いただきた

い.

文   献

1)太田保之編.災害ストレスと心のケアー雲仙・普賢

岳噴火災害を起点に.東京:医歯薬出版株式会社

1996.

2)常石秀市.大災害時における母子保健.小児保健研

究 1996;55:513-518.

3)高岸由香,中村安秀 . 子どもたちの災害後ストレス障

害. 保健の科学 1996;38:797-801.

4)宅見晃子,北山真次,稲垣由子他.阪神・淡路大震

災が子どもに及ぼした影響.O Tジャーナル 1 9 9 8;

32:111-114.

5)奥山眞紀子.災害と子どもの心身症.小児科診療

1998;61:196-202.

6)服部祥子,山田富美雄編.阪神・淡路大震災と子ど

もの心身.名古屋:名古屋大学出版会.1999.

7)藤森和美編.子どものトラウマと心のケア.東京:

誠信書房.1999.

8)高田 哲,北山真次,中村 肇他.阪神・淡路大震

災が母子の心身に及ぼした影響.小児科臨床

2000;53:1115-1122.

9)稲垣由子.心的外傷後ストレス障害;阪神淡路大震

災の経験から.小児科臨床 2001;54:1373-1378.

10)高田 哲.震災後に幼児にみられる精神的反応.小

児科 2001;42:1608-1616.

[トラウマティック・ストレスに関する学会]日本トラウマティック・ストレス学会(略称 J S T S S :

Japanese Society for Traumatic Stress Studies)

事務局:〒 650-0011 神戸市中央区下山手通 4 - 1 6 - 3兵庫

県民会館8F こころのケア研究所内

URL: http://www.jstss.org/E-mail: [email protected]

(北山 真次)

138

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I. 受診初期の診断

心身症は「身体疾患のうち,その発症と経過に

心理社会的因子が密接に関与し,器質的ないしは

機能的障害の認められる病態を呈するもの」と定

義されている.

この定義の中で「発症と経過に心理社会的因子

が密接に関与し・・・」という部分は,診察した

医師の主観的判断によることになるが,この部分

が診断の誤り 1)-3)につながることがある.つまり何

らかの症状が出現し,その時心理社会的因子が偶

然に存在した場合,それらの時間的一致から関連

していると解釈される可能性がある.たとえば脳

腫瘍の症状である食欲低下や嘔吐を心身症として

の症状と考えたり,てんかんの発作である顔面の

律動的な動きをチックと考えたりするという場合

などである.

発症と経過中の症状の増悪に心理社会的因子が

関係しているように見えても,それが偶然の時間

的一致でないか考慮しておく必要がある.心理社

会的因子は詳細に問診すると,それらしい出来事

が見つかることが多い.

また注意欠陥/多動性障害,高機能自閉症,学習

障害,軽度の知的障害などの中枢神経系の機能的

偏りが,生物学的背景として見られるか否かとい

う点も,注意しておく必要がある.

注意欠陥/多動性障害は,一般小児人口の中でも

頻度が高く約3%といわれているが,そのうち1 0~

1 5%に頭痛,腹痛,嘔気の 3種の症状を含む自律神

経症状が見られる.この子どもは注意や叱責され

ることが多く,うつ的になって頭痛,腹痛,嘔気

などの自律神経症状が見られることはしばしば経

験するが,これが母子関係の問題あるいは学校で

の友人関係の問題に起因した心身症と解釈されて

いたこともあった.この場合,心身医学的対応も

間違いとはいいにくいが,注意欠陥/多動性障害に

対する指導や対応も併せて行っていく必要がある.

また高機能自閉症などの発達障害の臨床像が,

心身症と解釈される場合がある.たとえば高機能

自閉症やアスペルガー障害の子どもは,自分の興

味のない授業の日は登校しないなどの行動の問題

を持つことがある.また彼らは友人関係の問題を

かかえることが多いが,そのために登校拒否にな

っていると解釈されている場合があった.

いじめが誘因になって不定愁訴や不登校が見ら

139

心身症の診断については,身体疾患の発症時や

増強時に,偶然心理社会的因子と考えられるもの

が存在した可能性に注意する必要がある.また,

心身症発症の基盤に注意欠陥/多動性障害,高機能

自閉症,学習障害,軽度知的障害などの生物学的

背景がないか確認することも大切である.

脳腫瘍,注意欠陥/多動性障害,高機能自閉症,膠原病,甲状腺疾患

鑑別診断が必要な病態

― 見落としてはいけない身体疾患―

キーワード

13

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れる場合,特にいじめが長期に渡っている時には,

アスペルガー障害や非言語性学習障害の存在も疑

う必要がある.

全身性エリテマトーデスなどの膠原病では精神

症状が出現することがあり,またバセドウ病など

の内分泌疾患の症状が,心身症による症状と解釈

されていることもある.

日本小児心身医学会の調査結果から見ると,不

登校や不定愁訴が主要な症状であれば,脳腫瘍や

高機能自閉症,アスペルガー障害,注意欠陥/多動

性障害などを,チック症や夜驚症ではてんかんと

の鑑別を,多彩な行動の問題では高機能自閉症や

アスペルガー障害,思春期の不定愁訴については,

膠原病や甲状腺疾患について注意する必要がある.

II. 治療経過中の注意

心身症と考えて心身医学的治療を開始しても治

療効果が得られない場合は,適宜診断を再検討す

る必要がある.

文   献

1)星加明徳,宮島祐,武隈孝治.心身症の定義と診断

の要点,小児内科 1999;31:634-640.

2)竹中義人.心身症と鑑別を要する主な身体疾患.小

児内科 1999;31:641-646.

3)木下敏子.心身症と鑑別を要する精神神経疾患.小

児内科 1999;31:647-651.

(星加 明徳)

140

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AD/HD 88CCFS 106Childhood chronic fatigue syndrome

106DDAVP点鼻療法 71,74Gastroduodenal ulcer 69IBS 65Irritable bowel syndrome 65Psychogenic vomiting 67PTSD 136Quality of life 78RAP 68Reccurent abdominal pain 68

愛着形成 6,7,8アスペルガー(Asperger)症候群

88,91アトピー性皮膚炎 78アトピー性皮膚炎治療ガイドライン

2001 80アレルギー 78アレルギーマーチ 60安心感 23安心と信頼 23

育児困難 123,124育児支援 32育児相談 32,123,125育児不安 123いじめ 2,4一時保護 44,45一次予防 46一般小児科医 23遺尿症 71遺糞症 71院内学級 37,38

ウィニコット(Winnicott) 8うつ 100,103

易疲労性 106,108,110エゴグラム 62エリクソン(Erikson) 9援助システム 2,4,5

親子面接 16,17音声チック 60音声チック障害 63

ガイダンス 48解離性障害 101カウンセリング 23,26,48,49過覚醒状態 136過活動 88かかりつけ医 46過換気症候群 60,62学習障害 88,90学習不安 129過呼吸テスト 63過剰な登校刺激 26家族 131,132家族支援 136家族力動 40,42学校 34学校検尿 130学校との連携 93学校不適応 88学校保健 120過敏性腸症候群 65緘黙 100,102

気管支喘息 60,63,117気質 123希死念慮 41,103機能的膀胱容量 71基本的生活習慣 26虐待 44,45教育相談 34境界性人格障害 100,104共感的 23

強迫症状 100強迫神経症 100恐怖不安 129起立試験 54,56起立直後性低血圧 54,55緊張と不安 23,26

郡市医師会 28

ケースワーク 40,42

高機能自閉症 83,139攻撃性 123,124攻撃的時期 116膠原病 139高次脳機能 106甲状腺疾患 139厚生労働省 46構造化面接 16,17行動化 126行動障害 40,43,100校内態勢 34広汎性発達障害 88,91心 129個人面接 16,17骨粗鬆症 93孤独不安 129子どもの心相談医 28コメディカル職 40,42コラージュ療法 49混合型 71コンプライアンス 60

災害 136再登校率 118作業療法 48里親 44,45三環系抗うつ薬 74三次予防 46,47

英字

141

索 引

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自我状態 20自我同一性 6,7自己肯定感 126思春期心身症患者とのつき合い方

126思春期の心理的特徴 126思春期やせ症 93視床下部機能 106肢体不自由 131自他境界 126質問紙法 16,18児童虐待 134児童精神科 40,43児童相談所 28,33,40,43,44,45児童養護施設 44死亡率 93社会的自立 120集団合宿療法 60,62集団不適応 26,88習癖 123主治医 120守秘義務 127受容的 23受容と共感 23障害児 131障害児の同胞 131,133紹介のタイミング 48,50消化器疾患 65消化性潰瘍 65症状・問題行動という切符 126衝動性 88,89小児型慢性疲労症候群 106小児心身症 23小児心身症医療 26小児特定疾患カウンセリング料 23小児の心身症の疫学 11情報提供者 16初期対応 23,134自律神経機能 106,108自立と依存のトロッコモデル

126,128心因性嘔吐 65心因性咳嗽 60,63心因性視覚障害 101心気症 115,116神経症 115神経性咳嗽 60,63神経性過食症 93神経調節性失神 54心身医学療法 27,48,49

心身症 115,116,117心身相関 2,127心身の十分な休養 93心身の育てなおし 93身体化障害 11,12身体症状 100,120診断面接 16心的外傷後ストレス障害 136信頼関係 23心理検査 16,17,18,23心理社会的要因 2,3,4心療内科医 48

水分摂取リズム 73睡眠障害 11スキンケア 78スクールカウンセラー 34,36スクリーニング 18スクリーニング検査 129健やか親子21 46,47スターン(Stern) 8頭痛 11,12ステロイド外用薬 81ストレス 81,131,132ストレッサー 50

性格傾向 20性格検査 16,17,20性器いじり 123,124精神科 40,43精神作業検査 16,17精神障害 40,42精神分裂病 100,103精神保健センター 28生体リズム 106生体リズムの障害 93成長曲線 93,95成長への支援 82生物学的要因 2摂食障害 93前頭葉機能 106専門機関 48

喪失体験 136

体位性頻脈症候群 54退行 136

対人関係の問題 11,14大脳基底核 83多量遺尿型 71担任 34,35

地域資源 34,35チック 83知能検査 16,17,20注意欠陥/多動性障害 83,139長期管理薬 61長期施設入院療法 62治療的退行 6

疲れやすさ 11,12

転換性障害 100,101転入学の手続き 37,39電話相談 44,45

トゥレット(Tourette)障害 83,84トラウマ体験 136

内閉的時期 116

二次医療機関 48,49二次障害 54,59二次予防 46日本小児心身医学会 28,31日本小児保健学会 28,31乳幼児健康診査 32乳幼児発達相談 32尿失禁治療薬 74

ネグレクト 134

脳腫瘍 139

ハーロー(Harlow) 8排尿機能未熟型 71排尿中断訓練 75排尿抑制訓練 73,75発達検査 16,17,20

142

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発達障害 40,42,131発達的課題 60パニック障害 60パニック(恐慌性)障害 63ハロペリドール 83,86

ピアジェ(Piaget) 9引きこもり 115非構造化面接 16,17肥満 117描画 49病弱教育 37病弱養護学校 37,38昼間遺尿(尿失禁) 71,74

不安 18不安・緊張 106,108福祉サービス 131腹痛 11,12,65不注意 88,89不適応 6不登校 11,12,44,45,78,88,100,115,120不妊症 93プライマリケア 48分離個体化 6,7,8,9分離不安 25,136

ペーバーバック法 60,62,63ヘルスプロモーション 46便秘型 75

訪問指導 32ボウルビィ(Bowlby) 8保健師 28,32,134保健室 11,13,120保健所 28,32保険診療 23,26保険請求 26保健センター 32母子分離 130母子保健 32,46,47発作治療薬 61

マーラー(Mahler) 8マルトリートメント 134慢性疾患 129

見捨てられ不安 126

面接 16,17メンタルヘルス 131,133

薬物療法 54,58夜尿症 71夜尿症の重症度 72

遊技療法 48,49指しゃぶり 123

養護教諭 34,35,120養子縁組 44,45抑うつ 18,20夜泣き 123,124予防―早期発見―治療 93

リソース要因 50療育 131

レスパイトケア 131連携 26,48,120

索 引 143

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このハンドブックに関するお問い合わせ・ご連絡は以下にお願いします

平成14年度厚生科学研究(子ども家庭総合研究事業)

「小児心身症対策の推進に関する研究」

班 長  小林 陽之助

事務局 石崎 優子

関西医科大学小児科学教室

〒570-8506 守口市文園町10-15Tel 06-6992-1001 Fax 06-6993-5101

(このハンドブックのコピーならびに無断借用を禁じます)

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