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各国の文化の違いが CSR 活動に与える影響 阿部凪紗 榎本珠里 金子明日雅 許哲誠

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各国の文化の違いが CSR 活動に与える影響

阿部凪紗

榎本珠里

金子明日雅

許哲誠

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要旨

本稿の目的は国の文化の違いが CSR 活動に与える影響について明らかに

するというものである。分析の結果、国の文化の違いが CSR 活動に大いに影

響を与えることが実証された。近年、企業の社会的責任 (CSR)がより一層関

心を集めているが、各国の CSR 活動を比較してみると、その取り組みの積極

性には大きな違いが見受けられる。世界的に重要性が高まっているにもかか

わらず、各国の CSR 活動への取り組みに大きな差が生じることに疑問を抱き、

その原因を明らかにすべく本稿の分析を行うに至った。本稿では、CSR 活動

に影響を与えうる要因の1つとして、国の文化の違いに焦点を当てて分析す

る。分析に当たっては、 CSR 活動に関しては「従業員」、「環境」、「消費者」

の観点から 300 点満点でスコア化した CSR 総合得点、文化については

Hofstede et al.(2010)の 6 つの文化指標を使用し、 2007 年から 2014 年にお

ける、世界の企業のパネルデータを作成した。また、国レベルの分析に加え

て、企業レベルの分析も行った。さらに、上記で述べた、「従業員」、「環境」、

「消費者」への取り組みにも注目し、各ステークホルダーに対する CSR 活動

に国の文化がどのように影響しているかという点まで分析を行った。本稿で

実証された国の文化と CSR 活動との関係は以下の通りである。権力格差、個

人主義、男らしさ、放縦の文化は CSR 活動に対して統計的に有意に負の影響

を与え、一方、不確実性の回避と長期志向の文化は統計的に有意に正の影響

を与えることが明らかになった。また CSR 活動の対象となるステークホルダ

ーを従業員、環境、消費者の 3 つに分けた場合の国の文化が CSR 活動に与え

る影響も調べたが、前述の総合的な CSR の場合と分析結果は一致していると

いうことが明らかになった。本稿で得られた結果から、各国の文化の違いが

CSR 活動に影響を与え、且つその関係性はステークホルダーごとにみた場合

でも同様であることが実証された。

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1. はじめに

近年、グローバル化が進むにつれ、企業の社会的責任(CSR)がより一層関

心を集めている。環境省は「経済活動のグローバル化、インターネットの普及

に代表される情報化の進展、社会情勢の多様化、国内外を問わず発生した企業

不祥事などを背景に、企業の社会的責任(CSR: Corporate Social

Responsibility)に対する関心が急速に高まっている」と記述している1。CSR

とは本来、持続可能な社会へ向けて企業が事業活動を通じてどのような役割を

果たしていくのかを考え行動していくことである 2。この考え方は、日本におい

ては江戸時代に活躍した近江商人の「三方よし」にも垣間見ることができるよ

うに、古くからその価値が認められてきた経営哲学であると言える。近年、社

会的責任投資(SRI: Social Responsibility Investment)という CSR を評価基準

とする投資ファンドの普及にみられるように、投資家層が企業にステークホル

ダーを配慮した経営を求める傾向にある 3 。また、2008 年に国際標準化機構

(ISO: International Organization for Standardization) が策定した

ISO26000(社会的責任のガイダンス規格)なども追い風となり、世界各国の企

業が積極的に CSR 活動に取り組んでいると考えられる。しかしながら各国の

CSR 活動を比較して見ると、依然としてその取り組みの積極さには大きな違い

が見受けられる(図 1 参照)。欧州連合では、2000 年に環境政策の原則「予防

原則」を採択するなど、CSR 活動の推進に力を入れてきた背景もあり4、ヨー

ロッパ諸国のスコアの高さが目立つことは妥当ではある。しかし、世界的に重

要性が高まっているにもかかわらず、その他の国々において CSR 活動への取

り組みに大きな差があるのは何故であろうか。

1地球・環境フォーラム, 2005。

2原田・塚本、2006

3同上。 4原田・塚本、2006。

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図 1 各国の CSR スコア

Data Stream より算出

注:Employee、Environment、Customer は企業ごとに 100 点満点でスコア化

されたものから国ごとに 8 年間の平均スコアを求めたものである。

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国ごとに CSR 活動への取り組みが異なる原因については様々な研究がなさ

れている。例えば、Brammer et al.(2007)は宗教の違いに着目し、宗教を信

仰する人々は無宗教の人々に比べて CSR 活動により積極的であると結論づけ

ている。Alberta and Kostovetsky (2014) は、アメリカの経営者の政治思想の

違いに着目し、経営者が民主党支持者であると、共和党支持者である場合に比

べて CSR 活動により積極的に取り組むことを実証した。これらの研究により、

CSR 活動が企業レベルを超えた様々な社会的要因によって決定されている可

能性が示唆される。宗教や政治思想などの社会的要因は通常、人を媒体として

企業の意思決定に影響を及ぼすと考えられる。この関係を示した先行研究とし

て、North (1990)は組織の変革による人間関係の変化が業績に影響を与えるこ

とを実証した。本稿ではこの論文をもとに、なんらかの社会的要因が経営陣の

行動に影響を与え、その結果 CSR 活動への取り組みが国によって異なったと

考えて以降の分析を行う。

人々の行動に影響を与える社会的要因の1つとして、国の文化が挙げられる。

国の文化が企業の経営者の意思決定に影響を与えていることを示した先行研究

に Zheng and Ashraf (2014)がある。彼らは国の文化が銀行の配当政策に与え

る影響について分析し、Hofstede et al.(2010)の 6 つの文化指標(権力格差、

個人主義-集団主義、男らしさ-女らしさ、不確実性の回避、長期志向-短期志向、

放縦-抑制)のうち、不確実性の回避と長期志向は配当の支払いに正の影響を与

え、男らしさは負の影響を与えることを示した。Hofstede は文化を“software of

the mind”と呼び、一度ある文化に基づいた思考や感性、立ち居振る舞いが身

につくと、人々にとって異文化のそれらを得ようとするのは困難であると述べ

ている。また、ある人が育った環境を知ることでその人の反応をある程度予測

することができるとも述べており、文化が人に与える影響が非常に大きいこと

を示唆している。

上記を踏まえて、本稿では CSR 活動に影響を与える種々の要因の中でも国

の文化の違いに焦点を当てて分析する。分析にあたっては、CSR 活動について

は「従業員」、「環境」、「消費者」の観点から 300 点満点でスコア化した CSR

総合得点、文化については Hofstede et al.(2010)の 6 つの文化指標を使用し、

2007 年から 2014 年における世界の企業のパネルデータを作成した。ただし、

Hofstede の文化指標については、国の文化は継続性を持つものであり、子孫に

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よって再生産されるという前提にあるため、分析期間の 8 年間を通して国ごと

に同じ文化の値をあてはめて回帰分析を行った。また、国によって得られた企

業のデータ数にばらつきがあることにも留意した。推計結果がサンプル数の多

い国の文化の影響を強く受けてしまう可能性を考慮して、まず年ごとに算出し

た国ごとの平均値を用いた国レベルの分析を行い、その後頑健性を確かめるた

めに企業レベルのデータを用いた分析を行った。

さらに、企業を取り巻くステークホルダーに着目した分析も行った。ステー

クホルダーには多様な主体が含まれるが、企業との関係性の強弱で分類されて

いる5。企業と直接的な利害関係を持つステークホルダーとして従業員と顧客が

挙げられる。また、企業との関係性が代理人的な関係にあるステークホルダー

として自然環境がある。環境は保護団体や地域社会などが代弁者として行動す

ることで影響力を有する主体であると言われている。本稿では CSR 活動の対

象とするステークホルダーを「従業員」、「環境」、「消費者」の 3 つとし、それ

ぞれの文化指標に強く影響を受ける主体とそうでない主体があると考え、ステ

ークホルダーごとのより詳細な分析も行った。これらの分析を通じて各国の 6

つの文化指標が CSR 活動にどのような影響を与えているのかを明らかにする

ことを試みる。

本稿で実証された国の文化と CSR 活動との関係は以下の通りである。国レ

ベルの分析において、権力格差、個人主義、男らしさ、放縦の文化は CSR 活

動に対して統計的に有意に負の影響を与え、反対に不確実性の回避と長期志向

の文化は統計的に有意に正の影響を与えることが明らかになった。これにより、

国の文化が CSR 活動に大いに影響を与えていることが明らかになった。さら

に、CSR 活動の対象となるステークホルダーを「従業員」、「環境」、「消費者」

の 3 つに分けた場合の国の文化が CSR 活動に与える影響も調べた。分析の結

果、ステークホルダーを分割しても文化が CSR 全体に与える影響の方向性(係

数推定値の正負)は一致していることが明らかになった。このことから、各国

の文化は企業の各ステークホルダーに対する CSR 活動に対して同様の影響を

与えていることが明らかになった。

本稿の構成は以下の通りである。第 2 章では研究の背景として国の文化と

5 Wheeler and Sillanpaa, 1997.

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CSR 活動との関係を分析した先行研究を紹介する。第 3 章では検証仮説を紹介

し、第 4 章で実証分析において使用するデータについて説明する。第 5 章では

分析結果を示し、最後に第 6 章で本稿を総括する。

2. 研究の背景

本稿に関連した先行研究として我々が知る限りでは唯一 Ringov and Zollo

(2007)がある。この研究では、2005 年における 23 カ国 463 社のクロスセク

ションデータを用いて、国の文化と CSR 活動との関係について考察している。

その中で、Hofstede の文化指標のうち、権力格差と男らしさについてのみ CSR

活動に対して統計的に有意に負の影響があるという実証結果を得ている。ただ

し彼らの分析は CSR 活動への取り組みをはかる代理変数として Social and

Environmental Performance という、ガバナンス、従業員、環境などを総合評

価した基準を用いて分析を行っており、個別のステークホルダーごとに着目し

た CSR 活動の分析は行っていない。また、分析に用いた文化指標が権力格差、

個人主義-集団主義、男らしさ-女らしさ、不確実性の回避の 4 つのみであり、

CSR 活動に大きな影響を与えていると考えられる長期志向-短期志向の次元が

含まれていない。

これに対して、本稿では CSR 総合得点の分析に加え、CSR 活動の対象を「従

業員」、「環境」、「消費者」の 3 つに分割し、それぞれについても分析を行った。

本稿は国の文化が CSR 活動にどのように作用するのかを、ステークホルダー

ごとに検証しており、先行研究ではこの点においては未だ検証されていない。

また、文化指標も上記 4 つに加え、Hofstede et al.(2010)に記述されている

長期志向-短期志向、放縦-抑制を含めた 6 つ全ての文化指標を用いている。CSR

活動に大きな影響を与えると考えられる長期志向-短期志向の結果を実証する

ことは、文化的な影響を考える上で不可欠である。また、我々が知る限りでは

放縦-抑制を用いた先行研究がないことから、今後文化について研究していくう

えで、1 つの指針となると考えられる。さらにサンプルも全世界的なデータを

用い、39 カ国 3942 社の 2007 年から 2014 年の 8 年間におけるパネルデータを

作成した。Ringov and Zollo(2007)が一部の地域のみを対象とした先行研究

であったことを考慮すると、本稿は今まで研究の進んでいなかった南アメリカ

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やアフリカの国を含めて分析を行った初めての研究といえる。これらのことを

踏まえ、本稿では国の文化が CSR 活動に与える影響をより多角的かつ正確に

分析することが可能になると考えられる。

3. 仮説

本節では、前述の 6 つの Hofstede の文化指標が、各国の企業の CSR 活動に

どのような影響を与えるかに関して、各文化指標に対する検証仮説を立てる。

権力格差(PDI: Power Distance Index)は、「それぞれの国の制度や組織にお

いて、権力の弱い成員が、権力が不平等に分布している状況を予期し、受け入

れている程度」と定義されている 6。権力格差のスコアが高い国ほど、企業の上

下関係において従業員の利益は経営者に無視されがちであると考えられる。そ

れゆえ、権力格差は CSR 活動に対して負の影響を与えると考えられる。

個人主義(IND: Individualism)は、「個人主義を特徴とする社会では、個人

と個人の結びつきは緩やかであり、人はそれぞれ、自分自身と肉親の面倒を見

ればよい」と定義されている 7。個人主義の国では、国民が自身の利益しか考え

ない傾向があるので、企業の経営者であれば企業の目先の利益しか考えないと

予想される。したがって、個人主義は CSR 活動に対して負の影響を与えると

考えられる。

男らしさ(MAS: Masculinity)と、その対極の文化である女らしさは「仕事に

おいて重視するもの」が異なる。Hofstede et al.(2010)は仕事の中でも「給

与」、「仕事に対する承認」、「昇進」、「やりがい」といったことを重視する社会

を男らしい国と定義している。一方、対極である女らしさとは、「上司との関係」、

「仕事上の協力」、「雇用の保障」を重視する社会と定義している 8。また、男ら

しさの高い国の人々は、自身の利益に重きを置いているため、身の周りの人を

助けない傾向があるということが先行研究により明らかになっている 9。したが

6 Hofstede et al. ,2010.

7 Hofstede et al. ,2010.;Triandis, 1998.

8 Hofstede et al. ,2010.

9 Baumeister, 2007.

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って、男らしさは、CSR 活動に対して負の影響を与えると考えられる。

不確実性の回避(UAI: Uncertainty Avoidance Index)は「ある文化の成員が

不確実な状況や未知の状況に対して脅威を感じる程度」と定義されている 10。

不確実性の回避の高い国においては、企業の経営者は将来の収益減少を恐れて、

リスクマネジメントとして CSR 活動を行ない、ブランドイメージを向上させ

ることで確実に顧客を獲得するよう努めていると考えられる。つまり、経営者

は CSR 活動に積極的に取り組むことで、企業の名声を保ち将来の利益を確保

することを目的としていると思われるので、不確実性の回避は CSR 活動に対

して正の影響を与えると考えられる。

長期志向(LTO: Long-Term Orientation)は「将来の報酬を志向する徳、中で

も忍耐と倹約を促す」と定義されている 11。企業は長期志向であるほど、目先

の利益よりも将来得る利益を高めようとするという指摘もある 12。したがって、

長期志向の国において、ステークホルダーを犠牲に短期的な利益を得るという

ことは考えにくい。そのため、長期志向は、CSR 活動に対して正の影響を与え

ると考えられる。

放縦(IVR: Indulgence Versus Restraint)は「人生を味わい楽しむことに関

わる人間の基本的かつ自然な欲求を比較的自由に満たそうとする傾向を示す」

と定義されている 13。一方、対極にある抑制は、「厳しい社会規範に則って欲求

の充足を抑え、制限すべきだという信念を示している」と定義されている 14。

放縦の社会においては、人が自由意識に従い自我中心的に行動を選択すると考

えられる。つまり、企業の経営者は自分の利益のみを考え、ステークホルダー

の利益を無視する可能性が高いと考えられる。したがって、放縦は CSR 活動

に対して負の影響を与えると予想される。

以上の各文化指標が CSR 活動に与える影響の仮説をまとめたものが表 1 で

ある。

10 Hofstede et al. ,2010.

11 同上。

12 Wang and Bansal, 2012.

13 Hofstede et al. ,2010.

14 同上。

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表 1 仮説のまとめ

PDI IND MAS UAI LTO IVR

CSR 負 負 負 正 正 負

なお、6 つの文化指標の相関関係は表 2 の通りである。

表 2 各文化指標の相関係数

PDI IND MAS UAI LTO IVR

PDI 1

IND -0.793 1

MAS -0.036 0.069 1

UAI 0.270 -0.355 0.276 1

LTO 0.445 -0.715 0.197 0.484 1

IVR -0.696 0.769 -0.093 -0.304 -0.693 1

4. データ

4.1 サンプル

本稿では、国の文化が CSR 活動に与える影響を検証する。検証にあたって、

2007 年から 2014 年の 39 か国の企業の CSR 活動に関するデータを使用する 15。

Thomson Reuters 社の Data Stream から入手可能なデータのうち、回帰分析

に使用するデータが全てそろったものを分析対象企業とした結果、サンプル数

は 25,203 となった。また、CSR 活動に対する総合評価として、「従業員」、「環

15 分析を行う上で、各年の企業数が 5 社以上の国を十分なサンプル数がある国

と判断した。そのため、サンプル数が 5 社に満たない年があった国に関して、

以下の期間を用いて分析を行った。インド、インドネシア、韓国、台湾、トル

コ、ブラジル、マレーシア、南アフリカ、ロシアに関しては 2008 年~2014 年、

タイ、チリ、ポーランドに関しては 2009 年~2014 年、エジプト、フィリピン

に関しては 2010 年~2014 年の期間におけるデータを使用した。

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境」、「消費者」の側面から評価した CSR 総合得点(300 点満点)を対象として

分析を行っている。さらに、より具体的な企業の CSR 活動への取り組みとし

て、「従業員」、「環境」、「消費者」の各ステークホルダーへの取り組みにも注目

し、それぞれを対象とした分析も行っている。

本稿では、国の文化を測る指標として、6 つの文化指標を使用する 16。この

6 つの文化的指標は、Hofstede が 1967 年から 1973 年に多国籍企業である IBM

社の各国の支社で働く人々にアンケート調査を行い、価値観についての質問に

対する回答を統計的に分析した結果を国ごとに 0~100 点でスコア化したもの

である。

4.2. 変数の選択

4.2.1. 被説明変数

ここで重要なことは、国の文化の違いが CSR 活動に与える影響を直接推定

することができないという点である。これは被説明変数である「従業員」、「環

境」、「消費者」に対する企業の取り組みはデータとして取ることが可能では

なく、データとして扱うことができるのはそれぞれに対する企業の取り組みを

第三者が評価したスコアであることによる。実際には積極的に CSR 活動に取

り組んでいる企業でも、評価基準を満たしていないために低いスコアがついて

しまう可能性が考えられる。あるいは、実際には CSR 活動に消極的であるに

もかかわらず、高得点がついている企業もあるかもしれない。上記を踏まえ、

実際の企業の取り組みとその評価には誤差が伴っていることに留意する必要

がある。

本稿では、ステークホルダーごとの CSR 活動の代理変数として「従業員」、

「環境」、「消費者」を各 100 点満点でスコア化した得点を用いた。また、先行

研究との比較を容易にするため、CSR 活動の総合評価として 3 つの指標を基に

300 点満点で合計したものを作成し CSR 総合得点とした。

CSR 総合得点の構成要素である「従業員」、「環境」、「消費者」への取り組み

16 Hofstede et al. ,2010.

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を測る指標として、Thomson Reuters 社の Data Stream から入手した

Employment Quality、Environmental Score、Product Responsibility を分析

対象とする。まず、Employment Quality とは、企業が従業員の利益を配慮し、

より良い労働環境を提供する管理責任を果たしているか、0~100 点でスコア化

されている指標である。具体的には、1.「適切な報酬や公平雇用給付を与える

こと」、2.「適切な昇進や、不当な解雇を行わないこと」、3.「労働組合との関

係を維持し、従業員の安定性を増やすこと」を示している。Environmental

Score とは、自然環境や生態系システムへの企業が与える影響を測定し、0~100

点でスコア化されている指標である。具体的には、企業が環境リスクを避け、

最善の管理業務を行っているかどうかを評価している。Product Responsibility

とは、サービスや製品において消費者の安全を配慮しているか、企業の管理責

任を測定し、0~100 点でスコア化されている指標である。具体的には、消費者

の健康や安全を配慮した品質の高い物やサービスを生産し、商品に関する適切

な情報提供を通して消費者のプライバシーを保護する企業の能力を示している。

4.2.2. 説明変数

Bae et al. (2012)を参考に、国の文化を測る指標として Hofstede et al.

(2010)による 6 つの文化的次元:権力格差 (PDI)、個人主義-集団主義(IND)、

男らしさ-女らしさ(MAS)、不確実性の回避(UAI)、長期志向-短期志向(LTO)、

放縦-抑制(IVR)を説明変数として使用する17。

また、Zheng et al.(2014)を参考にして、国の経済発展度合、法人税率、企

業の規模、企業の利益率、企業の安全性、年、宗教、産業の 8 つをコントロー

ル変数として使用する。

まず、国の経済発展度合の代理変数として 1 人あたり GDP の対数(log

GDPPC)を使用した。なお、このデータは国際通貨基金(IMF: International

Monetary Fund)の World Economic Outlook Database から入手した。2 つ

目に、企業が行う CSR 活動への費用に影響を与えるものとして、法人税率(CT:

Corporate Tax)を使用した。法人税率が高い国では、企業は税金の支払い額

17各文化指標の意味については 3 節を参照。

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を減らすために、CSR 活動への支出を増やす可能性が考えられる。反対に法人

税率の高い国では CSR 活動に代わる政策を税収から政府が担っているとも考

えられる。以上の理由より、法人税率は CSR 活動に影響を与えると考えコン

トロール変数として用いる。なお、データは KPMG 社の The Online Rates Tool

から入手した。3 つ目に、企業の特性として企業規模の指標を選択し、その企

業規模指標の代理変数として Data Stream から入手した総資産額の対数(log

TA: Total Asset)を使用した。総資産が大きい企業ほど資金に余裕があり、CSR

活動を行う余地があると考えられる。4 つ目に、企業の特性として企業の利益

率指標を選択し、その利益率指標の代理変数として、Data Stream から入手し

た総資産利益率(ROA: Return on Asset)を使用した。5 つ目に、企業特性と

して企業財務の安全性指標の代理変数として、Data Stream から入手した総資

産負債比率(DR: Debt Ratio)を選択した。企業財務の安全性が高い企業ほど、

CSR 活動を行う余地があると考えられる。6 つ目に、物価の変動などによる社

会的な要因の影響を排除するためにコントロール変数として年次ダミー

(YEAR) を使用した。これは 2014 年を基準として、2007 年~2013 年の該当す

る年で 1、それ以外の年で 0 をとる変数である。7 つ目に、宗教が CSR への取り

組みに影響を与えると実証されたため18、宗教ダミー(RELIGION)をコントロ

ール変数として使用した。なお、Stulz and Williamson (2003) の分析を基に、

カトリック、プロテスタント、ムスリム、ルーテル教会、仏教、ヒンドゥー教、

神道の 7 宗教のそれぞれ該当する宗教で 1、それ以外の宗教で 0 をとる変数で

ある。8 つ目に、産業ダミー(INDUSTRY)をコントロール変数として使用した。

これは、Data Stream を基に、素材、景気連動型消費財、生活必需品、資源エ

ネルギー、金融、医療、工業、ハイテク、交通、公益事業の 10 産業のそれぞれ

該当する産業で 1、それ以外の産業で 0 をとる変数である。企業が行う業務内

容によってステークホルダーに与える影響の大きさに違いがあるので、企業が

所属する産業によって、CSR 活動も変わってくると考えられる。例えば、上記

で述べた 10 産業のうち工業などは、工場の排水や排煙など環境への影響が大き

く、企業はより積極的に CSR 活動に取り組むと考えられる。

分析で使用したデータに関して、変数ごとに標本数、平均値、標準偏差、最

18 Brammer et al. ,2007 を参照。

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小値、最大値を求めたものは表 3 に記載している。

表 3 記述統計量

Variables Observations Average S.D. Min Max

CSR 25,203 151.748 74.866 17.74 288.11

Employee 25,203 50.899 30.760 2.85 97.42

Environment 25,203 50.569 32.140 8.29 94.98

Customer 25,203 50.280 30.754 2.19 97.91

PDI 25,203 48.469 15.657 11 100

IND 25,203 66.418 25.962 14 91

MAS 25,203 60.438 17.839 5 95

UAI 25,203 56.280 21.546 8 100

LTO 25,203 50.093 25.022 7 100

IVR 25,203 56.132 16.809 4 97

GDPPC(log) 25,203 4.541 0.330 3.023 5.011

CT 25,203 31.496 7.868 12.500 40.690

TA(log) 25,203 7.352 1.191 1.708 11.930

ROA 25,203 5.821 10.683 -213.210 396.530

DR 25,203 24.796 19.196 0 322.870

注:年次・宗教・産業ダミーの記述統計量は省略した。TA(総資産)と GDPPC

(1 人あたり GDP)に関しては、対数(log)を用いた平均値を示している。

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5. 分析

5.1. 分析方法

本稿では、国の文化の違いが CSR 活動に与える影響について、国レベルの

分析と企業レベルの分析を行う。本稿で用いるデータのサンプル数は、国ごと

に大きな隔たりがあり、推計結果にバイアスが生じる可能性がある。そのよう

なバイアスを回避するためにまず国レベルでの分析を行った。国レベルでの分

析では、回帰分析に使用するデータを各国ごとに、2007 年から 2014 年の各年

の平均値を算出し、それをその国のデータとして使用する。その結果、国レベ

ルでの分析におけるサンプル数は 291 となった。次に、企業レベルの分析とは、

回帰分析に使用するデータが全てそろったものを対象企業として行った分析で

ある。その結果、企業レベルの分析におけるサンプル数は 25,203 となった。そ

れぞれの回帰分析の推計式は以下の通りである。

国別分析の推計式19

CSR (/ Employee / Environment / Customer) Score it

= a + b0 (PDI) + b1 (IND) + b2 (MAS) + b3 (UAI) + b4 (LTO)

+ b5 (IVR) + b6 (log GDPPC) it + b7 (CT) it + b8 (log TA) it + b9 (ROA) it

+ b10 (DR) it + b11 (YEAR) i + b12 (RELIGION) i + ε it

企業別分析の推計式20

CSR (/ Employee / Environment / Customer) Score jt

= a + b0 (PDI) + b1 (IND) + b2 (MAS) + b3 (UAI) + b4 (LTO)

+ b5 (IVR) + b6 (log GDPPC) it + b7 (CT) it + b8 (log TA) jt + b9 (ROA) jt

+ b10 (DR) jt + b11 (YEAR) j + b12 (RELIGION) j + b13 (INDUSTRY) j + ε jt

19 時間(t)を通じて変動する標本を用いた時系列データと国(i)に応じて変動

する標本を用いたクロスセクションデータを組み合わせたパネルデータで回

帰分析を行った。 20時間(t)を通じて変動する標本を用いた時系列データと企業( j)に応じて変

動する標本を用いたクロスセクションデータを組み合わせたパネルデータで

回帰分析を行った。

Page 16: 各国の文化の違いが CSR 活動に与える影響 - …CSR活動に影響を与え、且つその関係性はステークホルダーごとにみた場合 でも 様であることが実証された。3

16

5.2. 国レベルの推計結果

国レベルで行った分析の推計結果は表 4の通りで、サンプル数は 291である。

なお、推計結果に宗教ダミーに関する記載がないが、宗教ダミーの有無によっ

て各文化指標と CSR の総合得点との相関関係は影響を受けなかったため、各

文化指標と宗教に強い相関は無いと判断し割愛した。この点については、3 つ

のステークホルダーごとに見た推計結果に関しても同様である。

まず、CSR 総合得点の分析結果を見ていく。権力格差、個人主義、男らしさ、

放縦の文化は CSR 活動に負の影響を与えることが明らかとなった。この結果

のうち、権力格差、男らしさに関しては Ringov and Zollo(2007)の推計結果と

も一致している。また不確実性の回避、長期志向の文化は CSR 活動に正の影

響を与えるという結果が得られた。国レベルの分析においては、6 つ全ての文

化指標の係数が我々の仮説と一致する形で統計的に有意となった。

また、Ringov and Zollo(2007)においては、個人主義と不確実性の回避に関

しては統計的に有意な結果が得られていなかったが、本節の分析で個人主義は

CSR 活動に負の影響、不確実性の回避は CSR 活動に正の影響を与えるという

ことが新たに明らかとなった。また、本稿で新たに加えた文化指標である長期

志向は CSR 活動に正の影響、放縦は CSR 活動に負の影響を与えることが実証

された。

次に、CSR 活動の対象とするステークホルダーを「従業員」、「環境」、「消費

者」の 3 つに分けて推計した結果を見ていく。統計的に有意な結果が検証され

た文化指標は全て CSR 総合得点と文化の関係性と変わらないことが明らかに

なった。つまり、CSR 活動にそれぞれの文化が与える影響の方向性(相関係数

の正負)はステークホルダーを分割して考えても変わらないということを示唆

している。

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17

表 4 国レベルの推計結果

CSR Employee Environment Customer

Constant 129.189 ** 43.071 ** 67.782 *** 18.336

(-2.510) (-2.278) (-3.329) (-0.976)

PDI -0.354 *** -0.091 ** -0.162 *** -0.101 **

(-3.295) (-2.309) (-3.808) (-2.577)

IND -0.422 *** -0.110 ** -0.141 *** -0.170 ***

(-3.281) (-2.338) (-2.769) (-3.634)

MAS -0.380 *** -0.080 * -0.225 *** -0.075 *

(-3.362) (-1.932) (-5.027) (-1.818)

UAI 0.461 *** 0.083 *** 0.150 *** 0.228 ***

(-6.244) (-3.075) (-5.127) (-8.456)

LTO 0.767 *** 0.243 *** 0.398 *** 0.126 ***

(-8.379) (-7.227) (-10.990) (-3.774)

IVR -0.272 *** -0.179 *** 0.021 -0.114***

(-2.866) (-5.136) (-0.554) (-3.283)

GDPPC

(log)

1.262 0.269 -3.198 0.191

(-0.169) (-0.098) (-1.080) (-1.535)

CT 1.446 *** 0.757 *** 0.439 *** 0.250 **

(-4.626) (-6.588) (-3.549) (-2.195)

TA(log) -11.686 *** -3.116 *** -6.162 *** -2.407 **

(-4.548) (-3.302) (-6.062) (-2.567)

ROA 4.304 *** 1.826 *** 1.371 *** 1.108 ***

(-6.577) (-7.592) (-5.295) (-4.638)

DR 1.526 *** 0.465 *** 0.519 *** 0.542 ***

(-4.981) (-4.133) (-4.283) (-4.844)

R-square 0.654 0.634 0.704 0.618

注:年次・宗教ダミーの推計結果は省略した。*,**,***はそれぞれ 10%,5%,1%

水準で有意なことを示す。括弧内の数値は t 値。数値は小数点以下第 4 位を四

捨五入している。

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18

5.3. 企業レベルの推計結果

前節で得られた国レベルの分析結果の頑健性を確かめるために、企業レベル

のデータを用いた回帰分析も行った。推計結果は表 5 の通りで、サンプル数は

25,203 である。なお、宗教ダミーの記載は前述の理由から割愛した。

まず、CSR 総合得点について見ていくと、不確実性の回避、長期志向は CSR

活動に正の影響を与え、放縦は負の影響を与えることが明らかになった。以上

の結果は、国レベルの分析結果、かつ我々の仮説と一致する形で統計的に有意

であった。これに対して、権力格差、個人主義、男らしさは CSR 活動に正の

影響を与えることが明らかになり、国レベルでの分析結果、かつ我々の仮説と

は異なる結果となった。ステークホルダー別の分析では、「従業員」と「環境」

は統計的に有意に出ている文化指標に関しては CSR 総合得点と文化との関係

が一致していることが明らかになった。「消費者」に関しては長期志向が負の影

響を与えるという分析結果となった。国レベルの分析と異なった理由に関して

は前述した通り、サンプル数からくるバイアスによるものと考えられるため、

権力格差、個人主義、男らしさの文化と CSR 総合得点との関係、また長期志

向と「消費者」との関係については国レベルの分析結果を本稿の結果とする。

5.4. 分析のまとめ

国レベル、企業レベルの分析結果を踏まえ、国の文化と CSR 総合得点の関

係性において、3 つの文化指標の影響が頑健性の高い結果であると言える。ま

ず、不確実性の回避が CSR 活動に正の影響を与えるという頑健な結果が得ら

れた。この結果は Ringov and Zollo (2007)の研究結果とも一致していた。本稿

で新たに加えた長期志向、放縦に関しては CSR 活動にそれぞれ長期志向は正

の影響、放縦は負の影響を与えるという頑健な結果が得られた。また、ステー

クホルダーごとの分析においては対象のステークホルダーを「従業員」、「環境」、

「消費者」の 3 つに分けてもそれぞれの文化が与える影響の方向性(係数推定

値の正負)はほとんど変わらないということが 2 つの分析結果から明らかにな

った。

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19

表 5 企業レベルの推計結果

CSR Employee Environment Customer

Constant -337.007 *** -69.013 *** -184.418 *** -83.576 ***

(-20.26) (-9.623) (-26.37) (-11.63)

PDI 0.184 *** 0.088 *** 0.097 *** -0.001

(-3.013) (-3.352) (-3.784) (-0.056)

IND 1.005 *** 0.320 *** 0.523 *** 0.1621 ***

(-19.04) (-14.05) (-23.54) (-7.111)

MAS 0.542 *** 0.164 *** 0.201 *** 0.178 ***

(-9.399) (-6.6) (-8.267) (-7.116)

UAI 0.489 *** 0.060 *** 0.180 *** 0.250 ***

(-14.74) (-4.161) (-12.9) (-17.4)

LTO 0.082 ** 0.069 *** 0.056 *** -0.043 **

(-2.107) (-4.087) (-3.429) (-2.540)

IVR -0.191 *** -0.088 *** 0.033 -0.137 ***

(-3.632) (-3.876) (-1.509) (-6.003)

GDPPC(log) 18.488 *** 1.326 10.887 *** 6.275 ***

(-6.896) (-1.147) (-9.655) (-5.415)

CT 0.682 *** 0.433 *** -0.059 0.3081 ***

(-5.73) (-8.432) (-1.181) (-5.993)

TA(log) 37.739 *** 11.167 *** 17.573 *** 8.999 ***

(-63.67) (-43.69) (-70.48) (-35.12)

ROA 0.314 *** 0.171 *** 0.070 *** 0.073 ***

(-7.932) (-10.01) (-4.189) (-4.286)

DR -0.036 -0.033 *** -0.010 0.006

(-1.633) (-3.434) (-1.043) (-0.664)

R-square 0.253 0.178 0.283 0.173

注:年次・宗教・産業ダミーの推計結果は省略した。**,***はそれぞれ 5%,1%

水準で有意なことを示す。括弧内の数値は t 値。数値は小数点以下第 4 位を四

捨五入している。

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20

6. おわりに

本稿の目的は国の文化の違いが CSR 活動に与える影響について明らかにす

るというものである。国レベルの分析、企業レベルの分析の 2 つを行なったが、

企業レベルの分析ではサンプルのバイアスの可能性があり正確な結果とは言え

ないため、国レベルの結果を本稿で得られた分析結果とし、以下のようにまと

められる。権力格差、個人主義、男らしさ、放縦という国の文化的特徴は CSR

活動に負の影響を与え、不確実性の回避、長期志向という国の文化的特徴は

CSR 活動に正の影響を与えることが実証された。以上の結果から、国の文化の

違いは CSR 活動に大いに影響していることが明らかになった。

本稿の結果を Ringov and Zollo (2007)の結果と照らし合わせてみると、権

力格差、男らしさに関しては負の影響を与えることで一致し、統計的に有意な

結果が得られていなかった個人主義と不確実性の回避に関しては、個人主義が

CSR 活動に負の影響、不確実性の回避が CSR 活動に正の影響を与えることが

我々の分析結果から明らかになった。また、先行研究において分析対象の文化

指標として組み込まれていなかった長期志向は CSR 活動に正の影響、放縦は

負の影響を与えるという点が新たに実証された。さらに本稿では先行研究にお

いて行われていなかった、国の文化が CSR 活動に与える影響を対象のステー

クホルダーごとに分析する研究を行った。その結果、ステークホルダーを分割

しても文化が CSR 総合得点に与える影響の方向性(係数推定値の正負)とほ

とんど変わらないことが明らかになった。このことから、各国の文化は企業の

各ステークホルダーに対する CSR 活動に対して同様の影響を与えていること

が明らかになった。

以上の点が我々の研究によって明らかになったことであるが、研究を発展さ

せていく上で今後いくつかの課題を解決する必要がある。第 1 に、企業に関す

るコントロール変数の選定である。本稿では企業ごとのデータとして総資産、

総資産収益率、総資産負債比率、産業を用いたが、より正確に国の文化と企業

の CSR 活動の関係性を研究するためには、できる限り多く企業ごとの特徴を

コントロール変数として取り入れる必要がある。第 2 に、文化指標の変移の可

能性が挙げられる。本稿では国の文化は再生産されるため時の経過によって文

化の指数は変化しないという前提に基づいた Hofstede et.al(2010)の文化指標

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を用いたが、グローバル化に伴い各国の文化が変化することも考えられるため、

年ごとに算出された文化指標を用いて分析を行うことができれば、より精緻な

分析結果を得ることができると考える。以上を今後の研究の課題としたい。

補足

国レベルの分析に用いた各国のデータは表 6 の通りである。

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表 6 国レベルのデータ

country sample CSR EMP ENV CUS PDI IND MAS UAD LTO IVR GDPPC CT TA ROA DR religion

1 Australia 1637 113.4 37.2 39.7 36.5 36 90 61 51 21 71 4.751 30 6.294 4.12 22.09 Protestant

2 Austria 127 179.9 62.3 58.9 58.7 11 55 79 70 60 63 4.692 25 6.934 3.64 23.59 Catholic

3 Belgium 189 175.7 61 59.7 55 65 75 54 94 82 57 4.665 33.99 6.85 4.91 27.77 Catholic

4 Brazil 432 182.0 65.1 55.8 61.1 69 38 49 76 44 59 4.045 34 7.136 8.27 31.77 Catholic

5 Canada 1765 115.9 43.8 36.4 35.7 39 80 52 48 36 68 4.683 30.01 6.544 4.09 23.4 Catholic

6 Chile 114 133.6 44.9 40.7 48 63 23 28 86 31 68 4.136 18.75 9.592 6.16 29.26 Catholic

7 China 501 129.8 53.6 35.4 40.8 80 20 66 30 87 24 3.687 26 8.303 5.44 22.78 Buddhist

8 Denmark 188 173.9 50.7 62.8 60.4 18 74 16 23 35 70 4.778 24.94 7.426 7.3 20.19 Lutheran

9 Egypt 54 95.7 27.3 19.7 48.7 70 25 45 80 7 4 3.509 23 7.556 3.4 26.04 Muslim

10 Finland 189 212.6 67.2 77.7 67.7 33 63 26 59 38 57 4.692 24.88 6.555 6.67 22.65 Lutheran

11 France 717 220.1 75.4 78.6 66.1 68 71 43 86 63 48 4.643 27.7 7.161 7.16 4.89 Catholic

12 Germany 572 200.9 67.7 68.7 64.5 35 67 66 65 83 40 4.649 20.59 7.028 5.33 25.1 Catholic

13 Greece 135 173.8 62.5 53.5 57.8 60 35 57 100 45 50 4.413 23.88 6.77 4.96 31.34 N/A

14 Hong Kong 964 119.9 52.5 33.5 33.9 68 25 57 29 61 17 4.534 16.63 7.687 8.4 21.97 N/A

15 India 436 164.2 49.7 52.7 61.8 77 48 56 40 51 26 3.137 33.55 8.614 10.75 25.75 Hindu

16 Indonesia 166 170.4 64.9 43.1 62.4 78 14 46 48 62 38 3.504 26.14 10.686 13.56 17.69 Muslim

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17 Ireland 91 138.2 41.9 43.5 52.8 28 70 68 35 24 65 4.732 12.5 6.475 7.63 30.52 Catholic

18 Italy 319 190.4 67.3 57.9 65.2 50 76 70 75 61 30 4.568 32.13 7.313 2.44 32.57 Catholic

19 Japan 3037 153.1 32.7 62.1 58.3 54 46 95 92 88 42 4.603 39.39 8.945 3.24 22.5 Shintoism

20 Korea 550 182.8 57.6 63.9 61.3 60 18 39 85 100 29 4.365 24.36 10.141 5.65 27.24 Protestant

21 Malaysia 249 138.5 46.8 37.7 54 81 30 69 82 24 97 3.981 25.14 7.359 8.07 22.73 Muslim

22 Mexico 162 144.4 45.4 45.2 53.8 38 80 14 53 67 68 3.989 29.25 8.11 7.93 26.9 Catholic

23 Netherland 230 197.6 62.6 72.3 62.7 22 79 58 49 33 75 4.718 25.25 6.994 6.25 25.75 Catholic

24 New Zealand 86 137.4 53.1 43.7 40.6 31 69 8 50 35 55 4.551 29.38 6.385 7.85 30.9 Catholic

25 Norway 172 180.2 61.8 56 62.4 94 32 64 44 27 42 4.97 27.88 7.45 5.49 28.37 Lutheran

26 Philippines 107 133.4 49.1 38.5 45.8 68 60 64 93 38 29 3.403 30 8.386 7.78 29.1 Catholic

27 Poland 133 130.7 49.3 33.8 47.6 63 27 31 99 28 33 4.119 19 7.362 5.45 16.93 Catholic

28 Portugal 79 230.7 77.3 70 83.4 93 39 36 95 81 20 4.354 24.75 6.984 3.85 40.7 Catholic

29 Russia 212 156.1 62.8 42.9 50.4 74 20 48 8 72 46 4.113 20.57 8.767 7.63 24.76 N/A

30 Singapore 335 125.6 49.4 36.4 39.8 49 65 63 49 34 63 4.675 17.63 7.086 8.1 22.74 Buddhist

31 South Africa 496 167.6 64.5 56.3 46.8 49 65 63 49 34 63 3.835 32.7 7.521 10.62 17.62 Protestant

32 Spain 327 229.1 77.9 75.8 75.4 57 51 42 86 48 44 4.496 30.31 7.076 5.39 35.74 Catholic

33 Sweden 342 191.0 63.3 71.5 56.2 31 71 5 29 53 78 4.74 25.65 7.682 7.12 28.5 Lutheran

34 Switzerland 475 172.4 59.1 57 56.3 34 68 70 58 74 66 4.89 18.73 6.876 6.13 18.19 Catholic

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35 Taiwan 666 145.7 47 47.9 50.8 58 17 45 69 93 49 4.302 19.29 8.196 6.38 20.64 Buddhist

36 Thailand 133 159.0 55.1 47 56.9 64 20 34 64 32 45 3.732 25.5 8.382 8.93 27.91 Buddhist

37 Turkey 146 161.5 46.7 49.3 65.5 66 37 45 85 46 49 4.002 20 7.287 8.27 25.42 Muslim

38 UK 2130 171.3 60.8 61.2 49.3 35 89 66 35 51 69 4.634 26.25 6.385 8.02 24.03 Catholic

39 US 6540 141.9 50.7 43.8 47.4 40 91 62 46 26 68 4.698 40 6.933 6.35 26.33 Protestant

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参考サイト

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アクセス日時:2016 年 12 月 22 日。