富士の陸水学的特性...富士の陸水学的特性 表1...

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日本大学文理学部自然科学研究所研究紀要 Vol.27(1992〉pp.45-56 富士の陸水学的特性 堀内清司 庸圭 渡辺真木・藤田恵美 Some limnological charactehstics of Mt。Fuj Se坦HORIUCHI,Yong-kyu LEE,Maki WATANABE, (Received October 31, 1991) Many reports conceming the hmnological study on Fuji area have be how the血land water exists in volcanic areas is quite important.The make clear the secular and amual change of water levels of Fuji five of Mt。Fuji and the quahty and the quantity of sp貞ngs,as well as the water in its southem area.The water levels of closed lakes have the mechanism of changes clahfied yet.However,the water levels of recorded for more than forty years.Based on these data,the authors c change l it is summarized as follows;the annual water level change c rising and lowehng period;the stagnation pehod can not be detect Shqii,when the water level reaches more than899,70m,seepage from the stability of its level.Due to the successive rainfal1,the water le than10mm ra血fall in the rising period and so it d㏄s with more than25 period respecdvely。 The discharge of water from sp血gs has decreased tremendously topographically high。As to chemical constituents,the quality of anio at the foot of Mt.Fuji and Asitaka from that ofthose at Gotenba。The p in ground water which seem to have come from the su㎡ace area can be from the deep layer, The sea intnlsion into ground water has generally decreased recently of ground water.On the other hand,the increase of drafting of g layer especially Asitaka lava is observed,causing the possibility of 1 火山の陸水のあり方とその特色 日本に多い火山は地下水の面からは比較的開発の遅 れた地域に属する。これは地下水の容器としての火山 それ自体の地質的な構造が複雑で,かつ帯水層となる べき溶岩の分布についての情報が乏しいこと,帯水層 の水理常数の決定が困難なこと等が挙げられる。火山 地域の溶岩の多くは水平的には必ずしも連続せず,不 連続な場合が多い。 このため,地下水面の推定が非常に困難である・帯 水層は一般に溶岩と考えられ,不透水層としては集塊 岩が考えられている。溶岩は水平的に不連続な可能性 と同時に垂直方向にも数枚の溶岩が存在することが普 通である。 また地下水の供給源として比較的高位の地域が予想 されるため,重力による被圧により低位の部分での地 下水は被圧地下水として,湧泉や自噴井の存在が確認 されることも普通である.代表的な例として,富士山 日本大学文理学部応用地学科 〒156東京都世田谷区桜上水3-25 40 45 Department of Earth Sciences,College of Sciences,Nihon University,25-4q,Saku chome, Setagaya・ku,Tokyo,Japan (15)

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日本大学文理学部自然科学研究所研究紀要Vol.27(1992〉pp.45-56

富士の陸水学的特性

堀内清司 李 庸圭 渡辺真木・藤田恵美

Some limnological charactehstics of Mt。Fuji

Se坦HORIUCHI,Yong-kyu LEE,Maki WATANABE,Emi FUJITA             (Received October 31, 1991)

  Many reports conceming the hmnological study on Fuji area have been published so far because

how the血land water exists in volcanic areas is quite important.The object of this paper is to

make clear the secular and amual change of water levels of Fuji five lakes in the northem area

of Mt。Fuji and the quahty and the quantity of sp貞ngs,as well as the sea intrusion into ground

water in its southem area.The water levels of closed lakes have not been observed funy nor

the mechanism of changes clahfied yet.However,the water levels of Fuji five lakes have been

recorded for more than forty years.Based on these data,the authors clarifed the long mnge level

change l it is summarized as follows;the annual water level change can be divided into two,the

rising and lowehng period;the stagnation pehod can not be detectable as was assumed・At Lake

Shqii,when the water level reaches more than899,70m,seepage from lake water increases,causing

the stability of its level.Due to the successive rainfal1,the water level begins to rise with more

than10mm ra血fall in the rising period and so it d㏄s with more than25mm rainfan in the lowehng

period respecdvely。

  The discharge of water from sp血gs has decreased tremendously especぬ1童y in those1㏄ated

topographically high。As to chemical constituents,the quality of anion is different in springs1㏄ated

at the foot of Mt.Fuji and Asitaka from that ofthose at Gotenba。The pollutants,such&s phosphate,

in ground water which seem to have come from the su㎡ace area can be detected in springs flowing

from the deep layer,

  The sea intnlsion into ground water has generally decreased recently due to the ltmit of drafting

of ground water.On the other hand,the increase of drafting of ground water from the deep

layer especially Asitaka lava is observed,causing the possibility of sea intrusion into ground wateL

1 火山の陸水のあり方とその特色

 日本に多い火山は地下水の面からは比較的開発の遅

れた地域に属する。これは地下水の容器としての火山

それ自体の地質的な構造が複雑で,かつ帯水層となる

べき溶岩の分布についての情報が乏しいこと,帯水層

の水理常数の決定が困難なこと等が挙げられる。火山

地域の溶岩の多くは水平的には必ずしも連続せず,不

連続な場合が多い。

 このため,地下水面の推定が非常に困難である・帯

水層は一般に溶岩と考えられ,不透水層としては集塊

岩が考えられている。溶岩は水平的に不連続な可能性

と同時に垂直方向にも数枚の溶岩が存在することが普

通である。

 また地下水の供給源として比較的高位の地域が予想

されるため,重力による被圧により低位の部分での地

下水は被圧地下水として,湧泉や自噴井の存在が確認

されることも普通である.代表的な例として,富士山

日本大学文理学部応用地学科〒156東京都世田谷区桜上水3-25 40

45

Department of Earth Sciences,College of Humanities and

Sciences,Nihon University,25-4q,Sakurajosui3chome,

Setagaya・ku,Tokyo,Japan

(15)

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堀内清司・李 庸圭・渡辺真木・藤田恵美

を除けば,九州の阿蘇山や浅間山,八ヶ岳が多くの湧

泉を持つ火山として有名である。このように火山地域

は良い地下水の酒養帯であるが,同時に先に述べたよ

うな困難さが存在することもまた事実である。火山地

域に於ける一般的な酒養機構に関する研究として,山

本(1970)の行った山帯区分がある.これは富士を例

として,山頂部から,裾野まで,水収支的な観点から

の地域区分であり,山頂部より酒養帯,乏水帯および

湧泉帯に区分し,現在,最も妥当と考えられるもので

ある。以下これを基に火山地域の地下水について,簡

単に説明し,富士に於ける地下水との関連を考察する。

 山頂部付近は山頂酒養帯一無水域一一と考えられ,高

度は山頂部から約2000mまでがこれに相当する.ここ

の降水の多くは,地下に浸透するか,豪雨時には傾斜

が急なため地表流下が大きい地域と考えられ,地表部

に河川はほとんど存在しない。地形的には山頂部では

舟底状型の谷を形成し,これより下方は不連続で,新

期溶岩からなる植生の乏しい地域である。その下位の

中腹部を山腹酒養帯一乏水帯一とし,高度は800m前後

までがこれに相当する。傾斜はやや緩く,溶岩とスコ

リアからなる地質で,ここから発生する谷は山麓まで

連続するものが多い.降雨は地表あるいはこの谷底か

ら地下に浸透し,地下水となり,不断流はまだ存在し

ない・その下位が湧泉帯であり,湧泉を源にする河川,

湖沼も存在する(富士北麓の富士五湖の水面標高は約

900m前後)。富士市に於ける高位部の湧泉はこの高度

で現れ始める。これが富士を例とした火山の水文環境

である。

 日本における代表的な火山体である富士は,水の面

からも様々な特色を持ち,日本の火山の水文的な特色

がここに集約されたとも考えられる。富士北部には火

山の溶岩のせき止め湖である五湖が,また南部を中心

として,湧水群の存在と,豊富な地下水が大きな特色

となっている。しかし,近年自然の開発や経済の高度

発展に伴う水需要の増大は,多くの点で問題が生じて

いる。

 たとえば,五湖に於いては,1982年を始めとする相

次ぐ異常増水,南部では,湧水の枯渇と水質の悪化,

地下水位の低下と塩水化など多くの問題を抱えている.

これらの原因が自然・人為のいずれであるかを問わず,

自然における水循環の機構の解明が大きな課題であろう。

この観点からここでは

 * 五湖の水位の経年および年変化の機構について

   の考察

 * 富士周辺湧水の湧出機構及び水質の特性

(16)                  一 46

 * 富士市を中心とする地下水の塩水化

から富士の陸水学的特質について考察する.これら

の問題点は,日本の他の火山地域でも同様に認められ

るもので,火山体の水研究の手がかりとなる事を期待

する。

皿 富士五湖~閉塞湖

 について

の水位の経年,季節変化

 わが国には火山性の閉塞湖は極めて多い。これらの

湖の水収支的な観点からの研究もまた従来より活発に

行われてきている。しかし必ずしもその機構は解明さ

れてはいない(中尾他:1971)。ここでは長期の水位お

よび降水の資料の解析結果から閉塞湖の水位の上昇の

メカニズムを解明することを目的としている.対象と

した富士五湖中,山中湖は自然の表面流出河川として

桂川がある。

 他の4湖の中で精進湖のみ自然状態で閉塞湖であり,

西湖,本栖湖及び河口湖の3湖は本来は閉塞湖であっ

たが,いずれも人為的な排水路が設けられている。こ

れらの湖は1982年の8月及び9月,1991年10月の異常

な水位上昇で多くの人々の注目を惹いた。

 この現象は日本に多くみられる自然災害の中でも極

めて特徴的なもので,かつ従来とかく見過ごされてき

たものであり,あらためて閉塞湖の水位の上昇機構に

ついてのわれわれの知識の欠如が痛感される。

 この中の本栖湖,精進湖及び西湖の3湖は湖面標高が

ほぼ等しく,かつその水位変動の傾向が類似している

事から,湖底で連絡しているのではないかとも言われ

ている。

 自然の流出口の無い湖の中で,本栖湖及び河口湖は

発電のための放水口が,また酉湖から河口湖に放水路

が,それぞれ設けられ,人為的に放流量が調節されて

いる。

 また明確な表面流入河川も降雨時を除いてほとんど

無く,湖の水位は,主として南の富士山からの地下水

の流入によって維持されている。五湖の集水域は,南

の富士と北側の御坂山地に大別される。

 富士五湖は山梨県の重要な水源であり,農業用,発

電用にと使用されているため,古くから湖の水位の記

録がとられている.この長期の水位をもとに,多くの

水収支研究が行われており,長期間にわたる水位変動

や水収支が明らかにされた(植野:1950)。これらの長

期間での水位変動を水収支の観点からあらためて考察

する。

 ここでの水収支研究の中心の問題として,明確な地

表流入河川の無い湖での流入量(地表水,地下水共)

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富士の陸水学的特性

表1 四湖の諸元(理科年表及び筆者の計算)

河口湖 西湖 精進湖 本栖湖

量水標基準海抜高度(m)833.325

表面積(km2)      5.78

集水面積(km2)    103.5

第三紀層(km2)    47.2

火成岩(km2)     56.3

899.233

 2.3

34.4

16.7

17.7

899,233

 0.87

19.83

 5.4

14.43

899.23

5.05

23.75

10,7

13,05

と地下水流出の量の推定が挙げられる。現在まで,こ

れらの湖での信頼できる実測は無く,地下水流出に関

しての推定値が発表されているのみである.

 集水域からの流入量を推定するのに,各々の湖の集

水面積を求める必要がある。現在までに発表された各

湖の集水面積は筆者の計算した表1の数値より若干大き

く,火山地域での分水界の決定が非常に困難なことを

示している.集水域からの流入量の見積もりを,短期

間の降雨による水位上昇を中心に考え,長期間の水位

変化と合わせて五湖の水文学的特性を述べる.

 1. 長期の水位変動について

 図1bに1940~1983年迄の平均水位年間変化を示す。

山中湖は表面流出があるため少々異なるので,ここで

はそれ以外の4湖について示す。この4湖ともよい相関

300

250

20G

150

100

50

0

m m

浸透量

800

600

400

200

 0

-200

-400

-60D

m m

a

C

ロ降水量

■蒸発量

4

水位

m

西湖

があることがわかる。水位の最高はいずれも秋10~11

月にかけて現れ,3~4月に最低水位を示す。この同じ

様な水位変化は,4湖共に湖水の供給源が富士周辺の

降水であることから当然のことであろう。ここでは10

月以降西湖のみやや高い水位を維持する事が注目され

る。

 水位の年較差は西湖で最も大きく2.78mに達し,つ

いで精進湖の2.74m,本栖湖の2。64mと続き,河口湖の

水位変化は小さく0。98mである.まったく表面流出口

を持たない精進湖の水位変化が他の人工的ではあるが,

水位調節機能を持つ他の湖と類似の変化を示している.

これはすでに多くの論文(Kenneth l1968,Hoduchi:1985)

で指摘されているように閉塞湖自体が持つ水位調節機

能一安定性一一の存在を示唆している。

 植野はこの水位変化を a)水位下降期,b)水位

上昇期,c)水位停滞期,の3つの時期に分け,水位

変化の中で最も大きな特色は,c)の水位停滞期が4~

6月の約3か月間にわたって続くことで,これはこの時

期が水収支的に流入量と流出量のバランスがとれてい

ることを示すと述ぺている.しかし,今回ここで示し

た1940年から1983年までの平均の年変動からは4湖の

いずれも停滞期は存在せず,この停滞期に相当する4~

       6月は徐々に水位が上昇する上昇期で

b      あることが明確となり,西湖,精進

・/{¥¥精進湖’/

ノ 本栖湖

□ 河口湖

巳 本栖湖

灘1000800

600

400

200

 0-200

-400

-6DO

-800一一1000

m m

河口湖

d

ロ精進湖

■西湖

図1 a.河口湖における年平均降水量と年平均蒸発量,b.富士五湖における  平均水位年間変化(1970~1983)(山中湖を除く),c.河口湖・本栖湖に  おける年平均浸透量,d.精進湖・西湖における年平均浸透量

47

湖,本栖湖の3湖は極めて類似の水

位変化を示している。

 表面流出の無い湖での地下流出量

を推定することは難しいが,植野は

その流出量は湖水位に関係なくほぼ

一定で,平均値として河口湖では0.7

cm/day,本栖湖は2.3cm/day,最大

値は本栖湖2.8cm/day,西湖を3。4

cm/day程度と計算している。一方,

水位上昇量は降水の3~3.6倍で,河

口湖,精進湖,本栖湖の順に少なく

なることも指摘した。

 水位上昇量と降水量の関係は,b)

の水位上昇期期間のみの値である事

や,各湖の集水域と湖の表面積の比

が大きく異なることから考えて,もっ

と違う値を示すことがが予想される。

このように長期の水収支は五湖の特

性をある程度明確にした。しかし,

この研究では降雨がどのように湖に

流入するのか,また五湖の集水域が

それぞれかなり異なるのに,降水量

(17)

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堀内清司・李 庸圭・渡辺真木・藤田恵美

と水位の上昇量が3~3.6倍と,ほぼ同一なのは何故か

というような問題が残されている。

 2,長期の水収支1970年~1983年

 1970年から1983年までの山中湖を除く4湖の水位の

観測結果を整理して,14年間の水収支を求め,それか

ら4湖の特性について若干の考察を加える。

 ここでの目的の一つに五湖の異常水位上昇について

の手がかりを得る事がある。

 1982年および1991年の異常な水位上昇は閉塞湖の水

位についての認識を再考させるきっかけともなった。

 本来目本のように蒸発量を上回る降水量を持つ地域

では湖沼は解放湖となるのが普通である。しかし現実

にはかなりの閉塞湖がわが国に存在する.しかしそれ

らの湖沼の水位は比較的安定しているため,多くの人々

にとって湖沼の水位はその様なものとの認識があった。

しかし,比較的安定したその水位も,どのような調節

機能によっているのかまだ不明の点が多い。

 ここではそれらをふまえて,まず4湖の水収支を求

めそれより,4湖特に閉塞湖の水位維持機構・異常水

位上昇についての知見を得たい。

 西湖と河口湖は水路によってつながり,西湖の水は

河口湖に流入する.また本栖湖と河口湖は人為的な水

路によって水を排出する。

 水位の記録と流出量の記録から1970年1月1日より

1983年12月31日までの1日毎の水収支を求め,これよ

り14年間の平均値を計算した.水収支式は次に示すと

おりである。

△H=湖面降雨量一蒸発量+流出量(水路による)一

   地下浸透量

 ただし,蒸発量は観測資料の関係で月単位で求めた.

巴た降水量と蒸発量は4湖同一と見なして計算した(図

1-a)。

 地下浸透量は上記の式の残差として求めたため,地

下流入量と地下流出量の差として得られた。この値が

マイナスの時は差引き流出する事を意味し,プラスの

時は逆になる。

単位は湖面の単位面積当たりの高さを㎜で示してある。

 湖水からの漏水量を上記の式より地下侵透量として,

14年間の平均年間変化を求め図1-c,d,に示す。4湖

の浸透量の年間変化はおおむね類似しているが,詳細

にみるとかなり異なる事がわかった。共通の現象とし

て水位の上昇期である4月以降10月まではいずれの湖

も地下浸透による流入量が流出量を上回り,プラスの

(18) 48

値を示している。このうち年間を通してマイナスの値

を示すのは西湖である。

醐は湖面に対する高さとして年合計約6100㎜に

達する.最も流入量の多い時期はおおむね8~9月に集

中し,最高水位を示す時期の約2か月前である。最も

少ない時期は12~1月にかけてである。

 精進湖のみ年合計がマイナスを示す。精進湖は4湖

の中では唯一の無排水湖であるが,流出は地下浸透の

みによっている結果がこれによく示されている。

 流入量の多い方から順に,西湖,本栖湖,河口湖,

精進湖となる。ここで明らかなように,西湖の量の多

さが大きな特色で,これは1982年,および1991年の五

湖の異常な水位上昇時の西湖の急激な上昇の事実と一

致する。

 3.降雨と水位雍化の関連について

 水位の平均年変化より精進湖,本栖湖,西湖のいず

れも降雨時のヒ㌧クより約3ヵ月遅れて水位のピーク

を迎えることは先に指摘した(堀内:1984).これは富

士山体に降った降雨が3か月後に湖水に流入すると言

うことでは必ずしもない。この3か月間の間に湖沼か

ら山頂部までの間に降った雨が連続して3か月の間,

流出すると考える。また4湖の降雨時の水収支から降

雨の約40%が湖水に流入する事もわかった(堀内:1984)。

 閉塞湖の水位の保持機構は従来から多くの議論がな

されている.その解決の一つの手段として4湖の中で

流出口を持たない精進湖を例として考察する。東部の

富士山側は火成岩地域,西部の御坂山地は第三紀層で

ある。南の本栖湖と北の西湖は湖底の連結が言われて

いるが,不明である。

 精進湖は過去約50年以上にもわたって山梨県及び東

京電力による水位の観測が行われてきた.資料は内容

的には幾種類かに分かれるが,その中で最も統一され

たものとして毎日1回朝9時のデータを使用した。計

算に利用した年月は1964年から1984年の21年間である。

降水量は河口湖の気象庁測候所のものである。地表流

入量の観測値はない。

 解析の手法としてまず次の2つに分けて考えた。

1 独立した降水期間を対象に,降水量と湖水位の上

昇の関係を求めるため,21年間の独立降水と水位上昇

量の関係を求める。

 湖水位の年間変化から湖水位は上昇期と下降期に大

きく分けられる.地層中の含水量の違いによる差を考

慮して,各々の関係をこの2つの季節に区分して示し

た(上昇期 4月1日~9月30日,下降期 10月1日~3月31日)。

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富士の陸水学的特性

柵4臼3

1田

1田

一1四

水位〔㎜1

浸透量綱aリ)

堀  1 山 l l l ハ

図2 水位とseepageの関係(1979~1984)

2 湖水からの地下浸透量を推定する。無降水期問中

での水位低下量はおおむね湖水からの地下流出と考え

られるため,無降水期問での水位低下量を算出する。

連続無降水期間をそれぞれ3,5,9及び15日間に設定

し,その間の水位低下量を地下漏水量と見積もった。

なお水位記録と降水量記録の起時の違いによるずれを

除くため無降水期間として一日後まで計算に加えてあ

る.降雨による水位の上昇の関係を上昇期と下降期に

それぞれ分けて求めた。その結果,水位の上昇期には,

連続降水量が10mmを越えると湖水位の上昇が認めら

れ,両者の関係は

  dH=0,002×2十3.!87X-4,656

で示された(堀内:1987)。

下降期ではやや異なり,水位上昇は降水量25㎜以上

で認められ,

 関係式はdH=0.012×2+0.191X+4.527で示される。

 ここでdHは水位の上昇量(mm/day),Xは降水量

(mm/day)である。

 明らかに下降期の方が水位の上昇に及ぼす降雨の影

響が少ない。これはその時期の地層中の含水比の違い

によって,初期の無効降水量が異なる事を示すもので

ある。

 既に指摘したように湿潤気候での閉塞湖では湖水の

漏出が湖水位に大きな意味を持っている。

 降雨がない場合での湖水位からの漏出を見るため,

降雨が連続してそれぞれ3日間,5日間,9日間およ

び15日間無い場合,この間の水位低下量を求めた。そ

れぞれの場合についての解析の結果,最も明確な関係

として,図2が得られた.この図は5日間の無降水期

間とそれに続く1日が無降水の場合の解析結果で,そ

のときの湖水位と湖水からの地下浸透量の関係を示し

ている。

 地下浸透量はこの期間の日平均で,湖水位は同様に

その期間の平均浸透量をとった。

49

 湖水位+400mmが徐々に低下して

899,70m付近に達するまでの漏水量

は平均して約30mm/day前後を示しているが,水位がこれ以下に低下

すると,湖水からの漏出量が急激に

減少し,約10㎜/day瞭ることが明

らかに認められる。即ち湖水からの

漏出量は湖水位に密接な関係があり,

特に水位899.70m付近を境として流

出量が異なる事が明確になった。こ

れは先に植野が述べたように,五湖

からの地下浸透量は水位に無関係と

いう事実とは異なる結果となった。

 閉塞湖の湖水位が安定した状態を保つのにはこのよ

うに,水位の高低によって漏水量が支配される事は当

然予想されることであろう。もし水位に無関係に漏出

量が一定であるならば,もっと大きな水位変動が生じ

てしまうことになる。恐らく閉塞湖の水位は漏水量の

急激に増加するレベルまで上昇し,その付近まで水位

が上昇すると安定のとれた水位を維持する事になるの

であろう.わが国の閉塞湖の多くはこのようにして安

定した水位を保っていると考えられる。

 以上のような事から精進湖からの地下浸透は主とし

てこの水位より上部からのものであり,このことが自

然の調節機能の役割を果たしていると考えられる。こ

の理由は明確ではないが,1つは湖水位の上昇に伴う

地下水の動水勾配の増加による流出量の増加(Ambe他:

1988)であり,もう一つは地質の差による透水係数の

差が考えられよう.むしろ選択的にこの漏水量の多い

高度まで湖面水位が上昇しそこで漏水量と流入量のバ

ランスが取れ水位を維持していると考えるのが至当で

あろう。

 この場合厳密には水位低下量は,漏水量+蒸発量を

意味するが,無降水期間は一般に気温が低い季節に相

当し,蒸発量は漏水量に比べて小さく,全体の関係を

推定するには大きな問題はないと考えた。

皿 湧 泉

 富士山麓は古くから湧水が多く,全国有数の湧水地

帯を形成してきた。しかし,工業の発展,山間部の開

発や都市化は地下水への依存度を高め,その結果地下

水位の低下という事態が起きている。この様な状況の

中で南麓地帯の湧水は現在枯渇してしまったり,減少

する傾向にあるといわれている。ここでは,湧水箇所

の地形的,地質的特色を明らかにすることと,富士山

南麓の湧水の経年変化を過去の資料と1988年および1990,

(19)

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堀内清司・李庸圭・渡辺真木・藤田恵美

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図3 湧水量の経年変化(1955~1988)

1991年の調査を通じて明らかにし,湧水量の増減が地

下水の汲み上げによる地下水位の低下及び降水量など

と,どの様に関連するか,また水質の特色等を中心と

して考察した.

 従来の研究の多くは,湧出量及びその機構に関する

ものである。ここでは概観し,その分布からみた,地

形的特色,地質等からみることにする。湧泉の分布に

関しては既にほぼ全域にわたって,それが明らかにさ

れている.まずその一つは,山麓緩斜面での傾斜変換

部に存在するもので,これが最も一般的なものである.

 北部忍野八海,北西の猪の頭湧泉(芝川)から白糸

の滝,淀師の湧泉を経て浅間神社の湧玉の池に至り,

それより東に延びて,富士市富士地区から吉原湧泉群

を経て,愛鷹南部に至る地域でほぼ連続した湧泉帯を

形成する.これは透水性に富む溶岩中を流下した比較

(20) 50

的浅層部の地下水の一部が,動水勾配の変化によって,

地表部に出現したものが大部分である。

 白糸の滝はこれとはやや異なり,谷頭部での浸食が,

基盤の不透水性の集塊岩を地表部に露出させたため,

透水性のよい溶岩が滝の中から地下水を湧出させてい

る。

 吉原地区にある永明寺は傾斜変換部にあるが,寺の

背後の斜面を削って庭をつくる際に,そこから水が湧

出し,現在斜面一帯から湧泉が湧き出している。これ

は傾斜変換部での湧泉の水位が,地表部にごく近接し

ていることを示すものである。やや高度の高い部分に

出現する曽比奈,三倉,穴が原,傘木等は火山性の砂

礫から成る火山山麓の扇状地である。例えば,曽比奈,

三倉,穴が原の湧泉は,明らかに扇状地と周囲の溶岩

の境界部に相当し,傘木は扇状地上の浸食谷中の湧水

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富士の陸水学的特性

と考えられるか,または湧泉の湧出の結果,浸食谷が

形成されたことを示す。

 富士宮市の杉田から天間沢にかけてみられる一連の

湧泉群は,その付近で地表に現れる難透水性の古富士

泥流のため,その上部にあった地下水が地表に流出し

たものでろう。即ち本地域の湧泉は

 * 溶岩末端付近での傾斜の変換部で地表に流出す

るもの

 * やや上位で,扇状地性の堆積物中の地下水が浸

食谷中にあるいは周囲の不透水層との境界で流出した

もの

 * 難透水性の古富士泥流が地表部に出現したため

その上流部の地下水の一部が湧泉となったもの

の3つに区分できよう。

 岳水協では1955年,1968年,1975年,1982年,1983

年からは毎年11月にEC,pH,水温,湧出量などの調

査を行っている。この調査によると,南麓地域では富

士宮湧水群の淀師,渋沢が1983年を除き1968年以降枯

渇し,青見では,降雨が少ない等の影響のため,1984

年に枯渇し,その後の工事により現在は測定不能とさ

れている.吉原湧水群では,浅間神社が1968年以降枯

渇し,今泉図書館周辺の湧水の内,3つの湧水池が1984

年から枯渇した。

 高位部では,大坂,木和田窪の湧水量は,1955年頃

より少量となるか,または枯渇がみられ,元村山も1984

年から測定不可能な量となり,高位部は全体的な傾向

として湧出量は少量となった。

 1990年11月および1991年9月に湧水の分布を調べ,

同時に,EC,pH,水温の測定,採水を行った。また筆

者の一人は1988年6月21日~24日に湧水の採水,EC,

pH,水温,湧出量の調査を行ったが,この結果も合わ

せて考察する.

 1.湧出量の経年変化

 1989年の調査の結果(富士市,1989)および1991年

9月の調査結果は次のように要約される。湧出量の経

年変化を見ると,ここ最近では富士宮,吉原,高位部

の各湧水とも,減少している。吉原では1955年とそれ

以降では湧出量に大きな違いがみられる。1955年から

1968年の間の調査の資料がないので詳細は不明だが,

その頃行われた本地域の開発(人工地の拡大)や地下

水の大量使用に原因があると思われる。

 富士市自然改変図によると,1928年にあった富士市東

側の半自然地(荒地・畑・水田)は1952年になると減少

し,純自然地(針葉樹林・広葉樹林・水面)に変わって

いる。また,人口密集地域(集落・市街地・工業用地等〉

は多少の拡大をみせている。1971年になると標高100C㎞

付近に半自然地がみられるようになり,東名高速道路以

下で大規模な人工地域の拡大がみられる。

 こうした土地改変は,本来浸透性のきわめてよい富

士火山体を難透水性の表層物質で覆ってしまったこと

になり,地表浅層部を流下して低位部で湧出すると考

えられる湧水に大きな影響を与えた可能性は十分にあ

ると指摘した。現在湧水に大きく影響を与えているの

表2 水質分析結果(1991,9.8~10,9、27~29)

211

14

21

23

24

25

26

27

28

38

39

40

41

42

74

t[℃]  pH  EC[mS/cm] C1[mg/1] SO42-HCO3-  K+ Na+  Ca2+  Mg2+  T-P PO43一

17.3

15.2

16.7

16.8

18.2

13.7

16.9

11.5

13.1

13.3

13.3

14.6

12.6

17.8

7.22

7.25

7.35

7.39

8.52

7.78

6.91

7.07

8.07

8.06

7.70

7.35

7.75

6.48

121.1

155.4

173.7

218.0

188.0

123.9

272.0

131.5

143.7

124.9

117.3

42.6

11.7

6.1

9.3

9.5

5.6

4.3

2.8

4.4

9.2

3.3

0.7

0.9

18.6

3.2

0.8

5.7

0.1

3.6

0.0

0.0

0.0

0.0

0.0

0.0

19.3

0.0

1.6

1.1

0.0

0.0

0.0

0.0

45.4

50.4

75、6

60。5

50.4

52.9

37.8

52.9

37.8

40.3

65.6

69.3

61.8

55.5

17.6

20.2

1.7

1.8

2.0

1.5

1.5

2.3

1.5

1.8

5.1

1.1

1.5

1.7

1.7

1.5

1.2

0.4

9.4

9.2

8.5

8.0

7.0

7.4

5.7

9.0

6.6

6.0

12.6

13.3

11.3

10.6

5.9

11.3

14.4

13.0

13.3

13.7

9.6

11.9

7.6

9.6

28,8

8.6

11.9

12.9

11.4

11.7

4.2

12.4

8.2

4.6

6.9

8.1

4.2

4.2

2.5

3.6

7.5

2.5

4.5

4.9

4.3

3.7

0.8

8.8

0.10

0.09

0.12

0.15

0.10

0.14

0、10

0.12

0.09

0.12

0.14

0.18

0.14

0.14

0.06

0.03

0.07

0.05

0.04

0.01

0.00

0.04

0.02

0.04

0.00

0.02

0.03

0.07

0.02

0.00

0.00

0.00

51 (21)

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堀内清司・李庸圭・渡辺真木・藤田恵美

は先に述ぺた土地改変等の自然条件の改変以外では揚

水量と降水量と考えられる。ここでこの両者の関係を

見るため,図3に富士市及び近接地域の湧泉の湧出量

の経年変化および枯渇の状態を,過去の調蕎結果をも

含めて示した.揚水量は,富士,富士宮両市あわせて

年間約150×104m3の地下水が使われているが,1982年

度では,約130x104m3と例年より少なく(岳水協1987),

各湧泉の湧出量も,他の年と比べると,確かにその量

は多くなっているが,この年は降水量も比較的多かっ

た年でもあり,特別揚水量が少なくなったとはいえな

い。

 1984年は降水量は少なく,揚水量はほぼ平年並みと

考えられるている年であるが,この年は明らかに湧出

量が減少している。また,高位部においてはもともと

少量の湧出量しかないためや,その地形的位置から,

揚水量の影響はない。すなわち,高位部の揚水量の変

化と低位部の揚水量の変化は若干異なったものと言え

よう。高位部に於いては揚水の影響はなく,土地改変

の影響と,降水量がその主要な原因であろう。

 低位部のものについては,これらの湧水の酒養機構

は先に述べたように新期富士溶岩中の比較的表層部の

地下水が,あるいは谷頭部から,あるいは溶岩末端か

ら流出しているので,湧泉の下流部に当たる富士市内

の沖積平野部での揚水の影響は,比較的小さいと考え

られ,最も影響を与える揚水は,富士南麓の比較的高

位部に存在する新期富士溶岩中の地下水を採取する揚

水井と考えられる。また,湧泉帯上部の地下浸透量を

減少させる土地改変の影響(本来地下浸透量の大な地

域である)も考慮する必要がある。

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 2.水 質

 岳南の地下水の化学的研究は,まず村下(1984)に

より地質学的特色による帯水層の分類をはじめ,池田

(1982)によるその地質学的条件および酒養源の異なる

帯水層中の溶存化学成分上の地球化学的研究が主なも

のである。

 採水地点を図3に,分析値を表2に示した。分析項

目,分析方法は次に示す。

 分析項目は水温,pH,EC,N♂K才M蔀+Ca2+(原

子吸光法),pH4.3アルカリ度(0、02N硫酸滴定法),Cl

(チオシアン酸水銀H法),SO4㌘(塩化バリウム法),

NO2-N(Bendschneider and Robinson l1952),NO3 N(Wood,A㎜strong and Richards:1967),NH4-N

(Solorzano11969),全PおよびPO4-P(Murphyand

Riley:1962)である。

 主要成分は,陽イオンをCa,Mg,NaおよびKに,

(22) 52

○北麓

△三島地区

Cl一 一一一シ

▲沼津・愛鷹地区  ●南西麓■西麓       ロ御殿場地区

図4 主要溶存成分のKey Uagram    (1991.9.8~10, 9、27~29)

100

陰イオンをCl,SO4,HCO3のそれぞれ3成分系から成

り立つと仮定し,キーダイアグラム上に当量濃度で示

した(図4).全体では陽イオンはCaが,陰イオンは

HCO3がそれぞれ多いと考えられ,多くの被圧地下水

で認められる水質と同様である。27の地点を除いてCl

の含有量が少ないのは,非地質起源と考えられるので

当然であるが,同様にSO4も少ない。27の湧水が両者

共に多いのは恐らく地表付近の家庭排水の混入と考え

られる.またこの湧水は他の全ての成分が多い事も注

目され,湧出経路が他の湧泉と異なると考えられる。

また図のキーダイアグラムから28,29,24,25の富士

西麓から南麓の湧泉はほぼ同一であると考えられる.

愛鷹南麓の湧泉はこれに比してややHCO3が減少し不

圧地下水の型に近づくようである.11,14は両者の中

間型といえよう。御殿場周辺部のそれはより被圧地下

水型へと移行し,Na,Kが多くなり,流動に伴うCa→

Naのイオン交換の結果と考えられる.水質の面からこ

の地域の湧泉は富士,愛鷹,それぞれの帯水層の違い

を反映していると考えられよう。

 本地域の湧泉は新旧富士溶岩中を流下して山麓部に

湧出するがその間の流出経路については不明の点が多

い。

 中腹から山麓にかけて最近開発が進められ,また農

地,ゴルフ場からの汚染も危惧されている(田瀬.1988).

 柿田川湧泉中に汚染の恐れ,さらには沼津市の調査

でも地下水中に微量ではあるが,ハイテク汚染のトリ

クロロエチレンの混入が報告されている。この事実は

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富士の陸水学的特性

       異  脳 等   河曙

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500.

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素濃度が3mg/1から15000mg/1まで増加し,

これは基準値をはるかに越えた。このよう

な地下水塩水化の防止対策として,工業用

水の供給源転換(工業用水道),工場の地下

水揚水量の規制,観測井戸の設置,地下水

位の連続観測等などの対策が,・数多く実施

されてきた。その後も塩水化は徐々に進ん

だが,1970年代初頭を境に塩水化の拡大は

止まり,その範囲は現在縮小されつつある.

 ここでは過去の研究の結果を簡単に述べ,

そのデータおよび1988年我々の実施した地

下水調査の結果と合わせ考察し,現在まで

の塩水化の状況を明確にする。特にここで

は富士南麓の井戸を帯水層別に区分し,各

層の塩水化の実態について考察した.ここ

で用いた水質データは富士市内58か所の井

戸から,1988年9月7日より10月21目にか

けて地下水を採水・分析したものである。

図5

富十川

      ド 一〇   馴

湧水中のリンの濃度分布(1991.9.8~10,9.27~29)

      一全リン …一リン酸態リン

深層部の地下水といえども,地表起源の汚染から免れ

ないことを示し,地下水の循環機構の解明が是非とも

必要である。

 今回の調査は1991年9月8,9,10および27,28,29

日であるが,本年の9月は例年になく多雨であった.

 全PおよびPO4-Pの量を図5に示す。自然界での陸

水中のPは富栄養化の一つの指標である。

特に多いのは愛鷹南麓部および御殿場地域に

認められる。全体に多いPの存在は深層部の

地下水にあっても地表からの汚染ないしはそ

の影響を免れない事を示す。A

     1.富士南部の水理地質

     本地域の地質断面図を図6に示す。A-A’

    は図9の断面を表し,富士市(1989)の図

     を元に作成した。

     本地域の地質は,A層(砂礫と粘土),B

     層(富士火山溶岩層),C層(火山灰質泥層),

    D層(火山砂礫・火山灰・軽石の混合層),

E層(愛鷹火山噴出物),F層(砂礫層)の6層からなっ

ている(村下,1982)。

 本研究では既存の地質柱状図および深井戸資料から,

地層を上部より,沖積層,富士溶岩層,古富士泥流層,

愛鷹礫層の4層に区分した。最下層に古富士泥流,そ

の上部に富士溶岩層,沖積層と続き,東方より愛鷹溶

岩がこれに接する。主たる帯水層はこの4層と考えら

N 岳南地下水の塩水化について

 地下水の塩水化は,多くの場合人為的な原

因によって生じる。本地域の地下水の塩水化

は1960年に田子の浦港の周辺から始まり,数

年の問にこの汚染の範囲は急速に拡大した.

塩水化は深井戸で見られ,1965年にはその範

囲は吉原市街地,浮島にまで達した。例えば,

海岸から1.2km離れた井戸水は,3年間で塩

沖積層

  ・ヅ愛ご富論寵」1,’   △        L 」1    △  △  △      一  !       △   L:

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53

   △L   ▲

 △△

愛鷹火山砂礫

図6 地質断面図

km

越 m

100

200

(23)

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堀内清司・・李 庸圭・渡辺真木・藤田恵美

れるので,得られた井戸資料を,そのストレー

ナーの位置により,この4つの帯水層にそれぞ

れ分類した。

 上部の沖積層は砂礫と粘土を主体とし,富士

川扇状地,潤井川砂岸低地,浮島原(和田川以

東の低湿地)に分布する。沖積層の下部の東側

は大きな角礫を混えた火山砂,礫からなる愛鷹

火山噴出物で,愛鷹山体から海岸方向に向かっ

て深く沈み込んでいる。この層の東側では深さ

100~120m付近に溶岩をはさんでいる。

 沖積層の下部の富士溶岩層は,低地では西は

富士市街地の西のはずれから東は今泉小学校を

通って,和田川に沿う南北の線までの間に認め

られ,中央部より少し東側の部分で厚く,その

厚さは40m程である。火山灰層または火山砂礫

層を挟んで2層に分かれ,上部は堅硬,下部は

多孔質で割れ目に富む.東部,西部および海岸

に向かって厚さが薄くなり,東部では多孔質,

西部では堅硬な岩質に変わる。この下部は火山

砂礫・火山灰から成る古富士泥流の層であり,

深さは約110m以深で,分布は富士溶岩層の範囲

とほぼ同じである。

 西側の地域は主に沖積層から地下水を揚水し

ているが,これはその下にある富士溶岩が不透

水層になり,その上にある扇状地の地層中から

水が得られるものと思われる.東部で多孔質な

富士溶岩は,西部では堅硬な岩質に変わってい

る。一方,田子の浦港付近またはそれより少し

西側の富士溶岩は多孔質のため帯水層になり,

そこから地下水を採取している。それより更に東側で

は愛鷹火山の火山砂礫などが,良い帯水層となってい

るため,多くの井戸はその層を採水層とする.

CI〔mg〆1〕

 6000

5000

4000

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40    8 0   110   110   210   240 ストレーナー深度

60  100  140  180  220  Z60

図7 塩素量の経年変化(1967~1978)

o地下水位観測井

一 500曜工c1’一一、 200㎎/l cよ’

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富士山

      ノ     ノ¥も、、   , ’    ノ

 『’0

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ア、、、

田子の浦

一b

 2. 塩水化の経年変化 一過去の記録からの解析一

 本地域では,地下水の塩水化に関して多くの調査お

よび研究がなされている(静岡県:1967,尾崎11978,

池田:1982)が,これらの多くは地域的な塩水化の広

がりを追求したものが中心であったといえよう。

 本研究では,各帯水層毎の塩水化の状況を把握する

事に重点を置き,併せて過去から現在まで塩水化の進

行状況について考察した。

 従来は帯水層の区分を浅層地下水と深層地下水の二

つに150mを境として行い,それを基に塩水化を論じて

いる。ここでは井戸のストレーナー位置がほぼ帯水層

に相当すると考え,対象井戸をそのストレーナー深度

から20m間隔に区分した。こうして得られた帯水層の

(24) 54

図8 塩水化域の消長(村下,1982より加筆修正)

深度は約30mから290mまでである。

 これをもとに帯水層の深度とその塩素濃度の関係を,

1967~1987年までの経年変化として示したものが図7

である。これにより塩水化に関わっている層と,その

推移が明確になった。特に著しい塩水の侵入がある層

として,深度60~80m,100~120m,160~200m,220~

240mの4つの層が認められる。

 この図では井戸標高の補正を行っていないため,帯

水層の絶対深度は不明であるが,深層部での塩水化の

変化が明らかに把握できる.各深度毎の経年変化の大

きな特色として,かつて著しく塩氷化した中層部(160~

180m)のそれが減少しているのに反し,深層部での塩

水化がかつてほどではないが,最近やや増加している

事が注目を惹く。

 図8に塩水化地域の消長を示す。岳南地域では196!

年より塩水化の範囲は拡大し続け,1968年にもっとも

拡大した.特に,新富士溶岩層を帯水層とする田子の

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富士の陸水学的特性

浦港付近の塩水化が大である。この年を最大として以

後,新富士溶岩層地域の塩水化は大幅に縮小したが,

新富士溶岩層が分布していない浮島原での縮小はそれ

ほどではない。浮島原の地下水は火山砂礫が主である

愛鷹火山層が帯水層で,富士溶岩層より塩水化の範囲

の変化が緩慢である。このように本地域の地下水の塩

水化は,汲み上げ量と帯水層の地質の違いにより,そ

の影響範囲が変化している。

 3.1988年の一斉観測による解析

 本地域の帯水層を4つに分類できる事はすでに述べ

た。帯水層毎にその塩水化の状況を示す事にする。各

帯水層は上記したように沖積層,新富士溶岩層,古富

士泥流層,愛鷹火山層の4つの層である。

 各層毎に塩素濃度等値線として図9a,b,に示す。図

9aは沖積層と新富士溶岩層を帯水層とする地下水で,

実線が沖積層,破線が新富士溶岩層の塩素濃度を示し

ている。沖積層中の地下水は,海岸に近いところでも

塩素濃度は45mg/1と低く,海水の影響はほとんど認め

られない。

 新富士溶岩層では海岸にごく近いところで,塩素濃

度は1100mg/1以上あり,明らかに塩水化が認められる。

しかし海岸から約1.5km離れた井戸では塩素濃度は25

mg/1程度と急速に少なくなっている・明らかに・揚水

規制や工業用水道の建設などの対策の結果で,かつて

のような塩水化の現象は認められなくなり,塩水化は

回復しつつあると考えてよい。

 図9bは古富士泥流の層と,愛鷹火山層を対象として

おり,実線は古富士泥流層,破線は愛鷹火山層の塩素

濃度を示している。低地部に分布する古富士泥流層は,

その上部にある沖積層や富士溶岩層が水を多量に含む

良い帯水層であるため,かつては深いこの層は採水の

対象とされていなかった。このためこの層の塩水化は

従来考慮される事が少なかったが,最近は,この深部

の層を採水の対象にする井戸が増え,この結果若干塩

水化が進みつつある事をこの図は示している。

 愛鷹火山層では,海岸に近いところで5000mg/1近い

高い塩素濃度を示している。この深度は地表から約160~

    200mの間である。海岸からの距離が約900m

    の箇所でも,600mg/1程の高い塩素濃度が確

    認された。ここでの深度は100~124mである。

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このように愛鷹火山層の中の溶岩層を帯水層

とする地下水の塩水化が近年注目される。

 このような深い,かつ従来余り塩水化が認

められなかった古富士泥流や愛鷹火山層にま

で塩水化が広がってきた事は,深層部を対象

とする深井戸の開発が主要な原因であり,か

つての田子の浦港でのように10000mg/1を越

える局部的な極度の塩水化こそ無くなったが,

汚染地域の拡大分散一愛鷹方面への一と

いう新たな間題を抱えていることを示しっつ

あると考えられる。

 以上より特に塩水化が目だつのは富士溶岩

層及び愛鷹火山泥流層の2層である。最下部

の古富士泥流と最上層部の沖積層は殆ど塩水

化していない。この理由は最下層部ではまだ

余り地下水利用が行われていない事と,上層

部では,密度の関係で塩水進入がないことな

どがあげられる。特に今後は深い愛鷹火山層

を採水の対象とする井戸が増える事が予想さ

れ,これを帯水層とする地下水の塩水化が注

意されねばならない。

V 結語

図9 a)上段=b)下段 塩素濃度 1988年

55

以上富士周辺の陸水の概略をその問題点を

(25)

Page 12: 富士の陸水学的特性...富士の陸水学的特性 表1 四湖の諸元(理科年表及び筆者の計算) 河口湖 西湖 精進湖 本栖湖 量水標基準海抜高度(m)833.325

堀内清司・李 庸圭・渡辺真木・藤田恵美

中心に考察した。日本に数多い火山地域は,水に関し

てまだ未知の点が多い。地質が複雑な事や,調査に多

くの困難が伴う事など解明を妨げる多くの問題がある。

中でも火山地域の水循環機構はほとんど解明されてい

ないといえよう。わが国の火山地域の中でも最も調査

されている地域の一つであるこの富士火山で今後これ

らの問題の解決に少しづつ手がかりを得る事がこれか

らの課題と考える。

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