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1 なぜ世界のマグマ研究者が小豆島に注目するのか 巽  好 幸(神戸大学大学院理学研究科教授)  1.はじめに:地球は安山岩の星 みなさんもご存知のように、太陽系には8つの惑星があります。その中で水星・金星・ 地球・火星はいずれも、鉄やニッケルなどの金属からなる核の周りを岩石が取り囲む構 造をしていて、ほぼ同じような成り立ちを持っていると考えられています。それで、こ れらの惑星は「地球型惑星」と呼ばれています。これに対して、もっと太陽から遠い所 にある木星・土星・天王星・海王星は、ガスや氷から作られています。 同じような構造や成り立ちを持つ地球型惑星の中で、私たちの地球は、他の惑星には ない際立った特徴を持っています。「水惑星」と呼ばれることもあるように、地球には液 体の水(海)が存在しています。また、活発な生命活動も認められます。これらは地球 の表層環境のユニークな特徴ですが、実は岩石の部分にも大きな違いがあることが判っ てきました。 その特徴を説明するには、少しだけ石の名前について復習しておく必要があります。 ここで取り扱うのは、地球(惑星)内部が融けてできたマグマが冷え固まった「火成岩」 と呼ばれる岩石です。マグマが地表に噴出して急速に冷えてできたものを「火山岩」、地 下の深い所でゆっくりと冷え固まったものを「深成岩」と呼びます(表1) 。そして岩石 の主要な成分である二酸化ケイ素(SiO2)量の違いによって、岩石の名前がつけられるの です(表1) 地球型惑星内部の構造は、よくゆで玉子に喩えられます。表層を薄く覆う玉子の殻に 当たる「地殻」、白身の部分は「マントル」、そして黄身の部分が「核」と呼ばれます。 地球では地殻は数㎞から数十㎞、マントルは2900㎞もの厚さがあり、マントルは橄欖(か んらん)岩という岩石 (表1) から成っています。橄欖とは、小豆島の名産であるオリー ブによく似た木で、やはり緑色の実を付けます。橄欖岩の主な構成鉱物である橄欖石が緑 色をしているのがこの名前の由来です。 先ほど言った地球の岩石部分の特徴というのは、地殻を作る岩石に関するものです。 それは、他の地球型惑星の地殻が玄武岩や斑糲(はんれい)岩でできているのに対して、 地球の地殻は約8割が安山岩や閃緑岩が占めているのです。つまり、地球は兄弟星とは 違って、「安山岩の星」と言うことができるのです。したがって、安山岩がどのようにし 表1 火成岩の分類 二酸化ケイ素量 (重量%) 40 50 60 70 火山岩 深成岩 コマチアイト 橄欖岩 玄武岩 斑糲岩 安山岩 閃緑岩 流紋岩 花崗岩

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なぜ世界のマグマ研究者が小豆島に注目するのか

            巽  好 幸(神戸大学大学院理学研究科教授) 

1.はじめに:地球は安山岩の星 みなさんもご存知のように、太陽系には8つの惑星があります。その中で水星・金星・地球・火星はいずれも、鉄やニッケルなどの金属からなる核の周りを岩石が取り囲む構造をしていて、ほぼ同じような成り立ちを持っていると考えられています。それで、これらの惑星は「地球型惑星」と呼ばれています。これに対して、もっと太陽から遠い所にある木星・土星・天王星・海王星は、ガスや氷から作られています。  同じような構造や成り立ちを持つ地球型惑星の中で、私たちの地球は、他の惑星にはない際立った特徴を持っています。「水惑星」と呼ばれることもあるように、地球には液体の水(海)が存在しています。また、活発な生命活動も認められます。これらは地球の表層環境のユニークな特徴ですが、実は岩石の部分にも大きな違いがあることが判ってきました。 その特徴を説明するには、少しだけ石の名前について復習しておく必要があります。ここで取り扱うのは、地球(惑星)内部が融けてできたマグマが冷え固まった「火成岩」と呼ばれる岩石です。マグマが地表に噴出して急速に冷えてできたものを「火山岩」、地下の深い所でゆっくりと冷え固まったものを「深成岩」と呼びます(表1)。そして岩石の主要な成分である二酸化ケイ素(SiO2)量の違いによって、岩石の名前がつけられるのです(表1)。

 地球型惑星内部の構造は、よくゆで玉子に喩えられます。表層を薄く覆う玉子の殻に当たる「地殻」、白身の部分は「マントル」、そして黄身の部分が「核」と呼ばれます。地球では地殻は数㎞から数十㎞、マントルは2900㎞もの厚さがあり、マントルは橄欖(かんらん)岩という岩石(表1)から成っています。橄欖とは、小豆島の名産であるオリーブによく似た木で、やはり緑色の実を付けます。橄欖岩の主な構成鉱物である橄欖石が緑色をしているのがこの名前の由来です。 先ほど言った地球の岩石部分の特徴というのは、地殻を作る岩石に関するものです。それは、他の地球型惑星の地殻が玄武岩や斑糲(はんれい)岩でできているのに対して、地球の地殻は約8割が安山岩や閃緑岩が占めているのです。つまり、地球は兄弟星とは違って、「安山岩の星」と言うことができるのです。したがって、安山岩がどのようにし

表1 火成岩の分類

二酸化ケイ素量(重量%) 40 50 60 70

火山岩深成岩

コマチアイト橄欖岩

玄武岩斑糲岩

安山岩閃緑岩

流紋岩花崗岩

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て作られるのかを調べることは、私たちの地球の成り立ちを知る上でとても大切なことなのです。

2.安山岩と地球①地球:凸凹のある星 ここで、もう少し安山岩の星、地球の特徴を詳しく説明しておきましょう。図1をご覧下さい。この図には、地球型惑星の地形的な特徴、つまりある基準面(地球では海水面)からの高度分布が示してあります。地球の表面には、はっきりと2つのピークが認められます。高い方のピークは「大陸」と呼ばれている部分、一方で低い方のピークは 「海」(正確には、深海)に相当しています。つまり、地球表面には凸凹があり、凹地に

水が溜って海となっているのです。ところが他の地球型惑星では、高さは1つのピークしか示さず、地球のように大きな凸凹は認められません。のっぺりとしているのです(図1)。②地球を作る2種類の地殻:大陸地殻と海洋地殻 では、なぜ地球の表面はこんなにも凸凹なのでしょうか?水の上に木片を浮かべた場合を想像してください。コルクのように軽いものと樫のように重い木を浮かべると、当然コルクの方が大きく浮き上がります。また、木が厚くなればなるほど、水面より上に高く浮き上がります。いわゆる、「アルキメデスの原理」です。実は、地球でも同じようなことが起こっていると考えられるのです。つまり、マントルは岩石では

図1 地球の特徴。地球は他の地球型惑星(水星・金星・火星)と違っ   て、地形的に2つの高度ピークが存在する。つまり、表面がのっ   ぺりしているのではなく起伏に富むことが地球の特徴である。

図2 アイソスタシーと2種類の地殻。

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あるのですが、数百℃より高温であるために、ゆっくりと流れる性質があり、その点ではまるで水のように振る舞うのです。したがって、地殻はマントルの上に浮いていると見なすことができるのです。すると、軽くて厚い地殻は重くて薄い地殻よりも高く浮き上がることになります(図2)。このような現象を「アイソスタシー」と呼びます。大陸と海は、海水の有無だけではなく、地殻の特性が異なっているために、高地と低地になっているのです。つまり、地球には、「大陸地殻」と「海洋地殻」と呼ばれる2種類の地殻が存在しているのです。 地殻の特性の中で大切なものは、重さの違いです。なぜならば、岩石の重さが違うということは、その化学組成が違う、つまり種類の違う岩石であるということだからです。これまでに、実際に地下深くまでボーリングを掘って岩石を採取したり、地震波の伝わり方を調べたりすることで、海洋地殻は二酸化ケイ素量がほぼ50%の玄武岩質、一方大陸地殻は安山岩質の組成を持つことが判ってきたのです。二酸化ケイ素は、他の成分に比べて軽いために、この割合が多くなると岩石は軽くなるのです。地球には安山岩でできた大陸地殻があるために、他の星と違って凸凹な地形が発達したのです。③プレートの沈み込みが作る安山岩 地球では、どこでもマグマが発生するわけではありません。地球上の火山の分布を見ると明らかに遍在しています。火山が集中する場所の一つは、「海嶺」と呼ばれる海底を走る大火山山脈で、ここでは火山活動によって海洋地殻やプレートが作られています(図3)。

 もう一つ火山が密集する地域があります。それは日本列島のように、プレートがマントルへ沈み込んでいる地帯です。「沈み込み帯」と呼ばれます(図3)。海嶺も沈み込み帯も2つのプレートが接する境界ですが、火山がプレートの真ん中にできることもあります。例えば、ハワイ諸島は太平洋プレートのほぼ中央に位置しますが、活発な火山活動が認められます。このような火山は「ホットスポット」と呼ばれるマントル深部に存在する熱源に由来するものと考えられています(図3)。

図3 3つのタイプの火山とそのマグマの化学組成の特徴。

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 さて、この3つのタイプの火山では、どのような種類のマグマが活動しているのでしょうか?図3には、二酸化ケイ素量の頻度分布も示してあります。この図を見ると海嶺では圧倒的に玄武岩マグマが活動していることが判ります。この玄武岩マグマが冷え固まって海洋地殻を作っているのです。一方でホットスポットでは、組成にばらつきはあるものの、多くのマグマはやや二酸化ケイ素に乏しい玄武岩であることが判ります。さて沈み込み帯ですが、他の地域と違って、明らかに安山岩が多量に作られています。沈み込み帯は、安山岩を作る火山活動が顕著なのです。地球という惑星を特徴づける大陸地殻、安山岩質の岩石から成るこの大陸地殻は、どうやら日本列島のような沈み込み帯で作られてきたと考えることができそうです。

3.安山岩の成因 安山岩が、プレートが沈み込む場所を特徴付ける岩石であることは解って頂けたでしょうか?では一体、安山岩マグマはどのようにして作られるのでしょうか?もちろんこれは地球科学における永遠の課題のような大問題であり、まだ完全に答えが出たわけではありません。しかし、小豆島や日本列島の火山を詳しく調べることによって、大枠は理解できるようになってきました。 ここでまず、マグマができる基本原理をお話ししておきましょう。マグマは地球内部の岩石が融けてできるものですから、その場所の温度と岩石の融点の関係が重要となります (図4)。図に示すように、深くなればなるほど融点が高くなることが重要です。さて、融けていない岩石Pがあったとします。これを融かす時に一番解りやすいプロセスは、温度を上げることでしょう。また、岩石Pが何らかの原因で浅い所へ上昇すると、融点を超えて融ける場合があることも図から解ります。さらには、岩石には水が加わると融点が低くなる性質があり、このことによってマグマが発生する可能性もあります。  先程述べた地球にある3つのタイプの火山についてみると、海嶺やホットスポットではマントル物質の上昇によってマグマが作られています。では、沈み込み帯ではどのようにしてマグマが作られているのでしょうか?①沈み込み帯における玄武岩マグマの生成 安山岩の成因を解説する前に、玄武岩の話をしておく必要があります。なぜならば、

図4 マグマ発生の基本原理。温度の上昇、圧   力の低下、そして水が加わって融点が低   下すると、固体の岩石は融解してマグマ   が発生する。

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図3の右側の図で示したように、玄武岩マグマは沈み込み帯でもたくさん作られているからです。さらには、後で説明するように、多くの場合にはこの玄武岩がもととなって安山岩が作られているのです。 沈み込み帯は、プレートがマントルへと沈み込む場所です。プレートは海嶺、言い換えると海の底で作られるので、海水が暖められた熱水と岩石が反応して、水を含んでいます。プレートはまるで、水を含んだスポンジのようになっているのです。この水を含んだスポンジのようなプレートが沈み込むと、ちょうどスポンジを手で握ったのと同じように圧力がかかることになります。すると、プレートからは水が吐き出されてしまいます。この現象を脱水分解と呼びます。そして、図4で説明したように、水にはマントルを構成する岩石の融点を下げる働きがあるために、プレートの上側のマントルが融け始めるのです。このプロセスを模式的に示したものが、図5⒜です。

②沈み込み帯における安山岩マグマの生成 では次に、安山岩の成り立ちについて考えていくことにしましょう。先に述べたように、沈み込み帯でも大量の玄武岩マグマが作られているために、多くの研究者は、この玄武岩がもととなって安山岩が作られると考えてきました。例えば、玄武岩マグマが地殻の中で冷えていくと結晶化が進んでいきますが、一般に結晶はマグマに比べて二酸化ケイ素に乏しいために、結晶化が進むと残液は玄武岩マグマよりも二酸化ケイ素の多い、つまり安山岩マグマに変化していきます。図5⒜では、結晶化した部分は「残査」と記してあります。 一方で、マントルが融けて安山岩マグマが作られる可能性があることは、1960年代後半から指摘されてきました。例えば、私の先生である東京大学の久城育夫名誉教授は、

図5 沈み込み帯における安山岩マグマ   の生成過程。⒜プレートの脱水分   解によって放出された水がマント   ルの融点を下げて、玄武岩マグマ   を作る。この玄武岩マグマが分化   して、安山岩マグマとなる。⒝プ   レートが融解してできた流紋岩マ   グマがマントルと反応して安山岩   マグマとなり、それが直接地表へ   噴出する。

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水が多量に存在すればマントル橄欖岩が融けて安山岩ができることを実験によって確かめていました。このような安山岩は、玄武岩マグマがもととなっているのではなく、マントルが融けて直接作られるので、言わば「マントル直結」の安山岩と言うことができます。その後更にいろんな検討が行われて、多量の水が存在するという状況は、沈み込むプレートが融けて流紋岩質のマグマが発生し、そのマグマと共に水が移動してくることで作られることが解ってきました(図5⒝)。このような水を多量に含む流紋岩マグマが、マントルの橄欖岩と反応しやすく、その結果、安山岩マグマがマントルで誕生するのです。  しかし、「マントル直結安山岩説」は、あまり広く信じられていたわけではありませんでした。その最大の理由は、この安山岩こそがマントルに直結している、と確信できる岩石が見つからなかったことにあります。少しややこしい話ですので、結論だけを述べることにしますが、マントル直結の岩石は、それが玄武岩であれ安山岩であれ、マントルの橄欖岩と平衡な、言い換えると馴染みやすいものでないとなりません。橄欖岩はマグネシウム成分が多いために、マントル直結の岩石もこの成分がある程度以上含まれているはずなのです。具体的には、7〜8%以上のMgOを含んでいないとマントル直結の岩石 (マグマ)とは言えないのです。玄武岩にはこのようなマグネシウムに富むものが結構見つかりますが、普通の安山岩ではMgOは5%にも満たないために、マントル直結とは言えなかったのです。 4.マントル直結安山岩の発見:サヌキトイド  これまで解説してきたように、地球という惑星の成り立ちを知る上で重要な安山岩の成因について、少なくとも1980年代の初め頃までは、玄武岩の分化作用説(図5⒜)が支持されていました。しかし、そのような状況を一変させる大発見?が、小豆島であったのです。  当時大学院生だった私は、小豆島の火山岩を調べていました。小豆島に「サヌキトイド」と呼ばれる特異な安山岩があることは、古くから知られていました。サヌキトイドとは、讃岐石(サヌカイト)によく似た安山岩で、普通の安山岩が灰色をしているのに対して、サヌキトイドは真っ黒な色をしているので、目立つのです。三都半島の段山、蒲野、皇子神社、それに土庄の裏山である皇踏

図6 小豆島で発見された「マントル直結安山岩」。小豆   島に分布するサヌキトイドは、通常の沈み込み帯の   安山岩に比べてMgOに富んでいる。

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山などにサヌキトイドが分布しています。私は、これらのサヌキトイドがどうしてできたのか、普通の安山岩と何が違うのかを調べていました。そして、このサヌキトイドを分析して驚きました。普通の安山岩に比べてMgOが多く含まれていたのです(図6)。このサヌキトイドこそがマントル直結の安山岩である可能性がでてきたのです。  もちろん、MgOが多いというだけでは、小豆島のサヌキトイドがマントル直結の安山岩であることを、多くの岩石学者に納得させることはできません。そこで、このサヌキトイドに含まれる鉱物の化学組成を調べたり、サヌキトイドマグマがマントルと平衡に存在することを確かめる実験などを行いました。そして、サヌキトイドマグマが、30−40㎞のマントルから直接地表へ噴出したことが明らかになったのです。こうして、小豆島にマントル直結安山岩が存在することが、世界中で認められるようになりました。それは、1980年代の終わり頃でした。  しかし、これでマントル直結安山岩の謎が解けた訳ではありません。先にも少し触れましたが、このマグマは通常の安山岩や玄武岩に比べて水を多く含んでいたことが実験で確かめられましたが、なぜこんなに多くの水が小豆島の下のマントルに存在していたのでしょうか?これは、なかなか難しい問題で、解決まで20年近くもかかってしまいました。関連するいろんな実験や、新しい分析法を開発しなければならなかったからです。岩石や鉱物の分析は、高性能の分析装置を買ってくればすぐにできるというものではありません。殆ど装置の性能の限界あたりで分析を行わねばならないことも多く、そのためには、分析室の中を塵一つないほどクリーンにしなければなりませんし、電気系統の安定性を高めるための工夫も必要なのです。しかし、どうしてもマントル直結安山岩の成り立ちをちゃんと判りたいという好奇心があればこそ、いろんな分析の工夫もできるのです。研究とは、このようなものなのです。  さて、このようないろんな手続きを経て、ようやく辿り着いたマントル直結安山岩、サヌキトイドの成因が、図5⒝に示したものです。通常のマグマができる場合は、プレートから絞り出された水がマントルを融かすのですが、サヌキトイドの場合は、プレートそのものが融けてしまっていたのです。そして、このプレートが融けてできた流紋岩マグマの中に水が多量に含まれていたのです。この流紋岩マグマがマントルの橄欖岩と反応して、サヌキトイドマグマが作られ、これが地表へ噴出してマントル直結安山岩となったのです。 5.列島の大変動がマントル直結安山岩を作った ①瀬戸内火山帯  瀬戸内海沿岸にサヌキトイドや、ザクロ石を含む安山岩などの特徴的な火山岩が産することは古くから知られていました。石器時代の日本人もサヌカイトやサヌキトイドを重宝していたことはご存知の通りです。実際サヌカイトという名は、明治政府に招かれ

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たドイツ人の地質学者が1891年につけたものです。しかし、この瀬戸内火山帯の活動年代や、その活動範囲については諸説唱えられていて、研究者の間で意見の一致は見られませんでした。  私たちは、小豆島で見つかったマントル直結の安山岩(サヌキトイド)が、他の地域にも産するかどうかを調べるために、日本中で黒っぽい安山岩を採取して、分析を行いました。また、その溶岩がいつ噴出したかを決める年代測定を行いました。その結果、瀬戸内火山帯を特徴付けるサヌキトイドは、今から約1300万年前に、九州東部から愛知県にかけて活動したことが判ってきました(図7)。

②西南日本の移動と四国海盆の沈み込み  一方で私たちは、例えば現在の日本列島の火山を作る「普通の安山岩」のでき方も、調べてきました。その結果、これらの安山岩はマントル直結のものではなく、図5⒜のメカニズムで作られたことが判ってきました。では、なぜ小豆島の火山に代表される瀬戸内火山帯にだけ、マントル直結の安山岩が作られたのでしょうか?  この問題を考えるには、日本列島の成り立ちを解説する必要があります。図8には、最近3000万年間の日本列島の変遷を簡単に示してあります。現在の日本列島とアジア大陸の間には日本海が広がっていますが、実はこの日本海は、今からた

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った1500万年程前に誕生した、地球の歴史から見ると非常に若い海なのです。言い換えると2000万年よりも昔は、日本列島はアジア大陸の一部だったのです。2000万年前から500万年ほどの間にアジア大陸が分裂して日本海が拡がり、その結果、西南日本は南へ、東北日本は東へと

図7 瀬戸内火山帯の分布(上)と活   動年代(下)。瀬戸内火山帯は、   現在の火山帯よりも南海トラフ   に近い位置に、ほぼ中央構造線   に沿って形成された。形成時期   は今から約1300万年前である。   また、瀬戸内火山帯の形成より   やや前(1400万年前)には、九   州南部から紀伊半島にかけて、   外帯火成岩の活動が認められる。

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移動して、現在の折れ曲がった列島の形になったのです。  ここで、もう一つ忘れてはならない大事件があります。それは、日本海の拡大に先立って、日本列島の南にあった四国海盆も拡大を始め、それが北上してきたことです。図8の、2000万年と1500万年前にその様子を示してあります。このようにして誕生した四国海盆のできたての海洋地殻は、例えば太平洋プレートの海洋地殻よりずっと温度が高かったに違いありません。海洋地殻は海嶺(拡大する場所)から離れるに従って冷えていくからです。

 今から1500万年前には、このように北上してくる四国海盆の前(北側)に、日本海の拡大によってアジア大陸から分離した西南日本弧が南下してきたのです。まだ十分に冷えきっていない四国海盆の海洋地殻、またはプレートは、簡単には西南日本の下に沈み込むことはできませんが、西南日本の地殻は大陸地殻であるために、四国海盆の地殻よりは軽かったはずです。その結果、西南日本が四国海盆の上に乗り上げてしまったのです。つまり、通常より熱いプレートが無理矢理西南日本の下に沈み込まされてしまったのです。さらには、図8の1500万年前に示すように、西南日本の下では、日本海の拡大に伴って地球深部から熱いマントルが上がってきていたために、普通のマントルよりも高温の状態にあったわけです。  まとめると、今から約1500万年前の西南日本では、熱い海洋プレートが熱いマントルへ沈み込む、という特異な状況が起こっていたことになります。この状況下で、瀬戸内火山帯や外帯火成岩(図7、図8)が作られたわけです。 ここで、マントル直結安山岩であるサヌキトイドのでき方を思い出して下さい。このマグマは、普通は水を絞り出す役割をするプレートが融けることで作られるのです(図5⒝)。このことは、まさに熱いプレートが熱いマントルへと沈み込むという、瀬戸内火山帯の形成と見事に符合します。これでようやく、小豆島で発見されたマントル直結安山岩のでき方が、日本列島の発達史と併せて理解することができたことになります。

図8 最近3000万年間の日本列島の変遷

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6.最後に  瀬戸内海に浮かぶ小豆島に分布するサヌキトイドには、世界中の研究者が注目してきました。その訳を駆け足で説明してきましたが、理解して頂けたでしょうか?この小島の石が、地球や日本列島の成り立ちを知る上で、とても重要な情報を持っているのです。さらに、これからもサヌキトイドの研究が、地球の進化を考える上で大きな展開をもたらす可能性があります。それは、今から30億年以上も昔に大量に作られた大陸地殻のでき方の問題です。先に解説したように、この「安山岩」からなる大陸地殻は、玄武岩が変化して作られたのか、それともサヌキトイドのようにマントル直結安山岩として作られたのか、まだ決着がついていないのです。おおよそ半分くらいの研究者は、このような古い大陸地殻はマントル直結安山岩であると考えているようです。その最大の理由は、古い時代の(初期の)地球では、プレートやマントルの温度が今よりもずっと高かった可能性があり、この状況は瀬戸内火山帯が作られた状況と酷似しているからです。このように、多くの人たちが小豆島での研究の結果を参考にしてくださるのはありがたいことです。しかし、私自身はまだこの問題に対して自信を持って答えることはできません。まだまだいろいろと、小豆島の岩石についても調べ直さなければならないと思っています。  これからも小豆島は、マグマ学者の「聖地」であり続けるに違いありません。

参考文献

 巽好幸(1995)沈み込み帯のマグマ学 − 全マントルダイナミクスに向けて −、         東京大学出版会、pp186.  巽好幸(2003)安山岩と大陸の起原 − ローカルからグローバルへ −、        東京大学出版会、pp213.  巽好幸(2012)なぜ地球だけに陸と海があるのか − 地球進化の謎に迫る −、         岩波書店、PP128.