『地球視点・宇宙視点』を自在に扱う生徒の育成に ... · 2018-07-23 ·...

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6 1.10 年間のキャリアを振り返って・・・ 学習指導要領には,「地球と宇宙」の学習 において地球上での出来事を説明するために 観測者の視点(位置)を移動させ,地球を俯 瞰するような視点から考えさせることが大切 であると記載されている。つまり,生徒は視 点移動が難しいので先生方で工夫してくださ いというメッセージであると解釈できる。 魅力的であるが難しい単元であるからこそ, その場面ごとに特化した教材教具(天体観 測・シミュレーション動画・紙ベースのワー クート・カメラ・月や金星のマグネット教 材・演習問題 etc)を織り交ぜつつできるだ け分かりやすい授業(暗記・知識再生型の授 業)を心がけてきた。その結果,単位時間の アンケートでは分かったと回答する割合も経 験を重ねるごとに高くなっていった。 しかし,分かりやすい授業を求めるあまり, 単元を通して多様な教材教具を使ってしまっ ていた。その結果,生徒にとってはバラバラ の知識や情報の蓄積となっていた。知識基盤 社会を生きていくこれからの生徒にとっては, 知識の質や構造が問われている。そのために は,暗記・再生型だけでなく思考・発信型の 授業も求められるようになっている。 しかし,思考・発信型の授業を行うには, 授業時間内にそのための時間の確保をしなけ ればならない。よって教材に慣れていること が必要最低条件となる。教材が毎回変わると 教材の使い方を理解することに時間を取られ る。そこで,岡山大学の CST 事業と連携し ながら単元を通して,「ものさし」となるよ うな教材の開発を行った。(図 1数学では「ものさし」は当たり前のように あって必要に応じて誰でも使いこなすことが できる。この地球儀をそのレベルにまで引き 上げるためにどの場面でどう使うことができ るのか分析することから始めた。本稿ではこ の枠なし地球儀を中心に据えて公立学校にお いて,『地球視点・宇宙視点』を自在に扱い, 科学的思考判断表現の力の育成を試みた指導 展開例を紹介する。 2.単元を通して育てるという視点 ① シンボリックな言葉 単元を通し視点移動を行う力を育むために この地球儀とともに使用したのが『地球視 点』『宇宙視点』というシンボリックな言葉 である。これも繰り返し使うことでものさし のレベルにまで昇華させると生徒による思 考・発信の強力なツールになると考えた。 ② 枠なし地球儀 単元を通し,常に地球上での観測点を意識 させることにこだわった。つまり地球視点で の天の動きを捉えるとき大切なことは宇宙視 点から見た地球上での観測者の位置だからで ある。生徒には日本の岡山県で観測している ことを明確なものにするために正確に 90 で枠なし地球儀に固定できる大地を貼り付け るように工夫した。 真庭市立落合中学校  谷本 薫彦 < 地球と宇宙 >『地球視点・宇宙視点』を自在に扱う生徒の育成に関す る教材開発とその指導展開例 枠なし地球儀をものさしのように・・・ 図 1 枠なし地球儀と大地

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1.10 年間のキャリアを振り返って・・・学習指導要領には,「地球と宇宙」の学習

において地球上での出来事を説明するために観測者の視点(位置)を移動させ,地球を俯瞰するような視点から考えさせることが大切であると記載されている。つまり,生徒は視点移動が難しいので先生方で工夫してくださいというメッセージであると解釈できる。

魅力的であるが難しい単元であるからこそ,その場面ごとに特化した教材教具(天体観測・シミュレーション動画・紙ベースのワークート・カメラ・月や金星のマグネット教材・演習問題 etc)を織り交ぜつつできるだけ分かりやすい授業(暗記・知識再生型の授業)を心がけてきた。その結果,単位時間のアンケートでは分かったと回答する割合も経験を重ねるごとに高くなっていった。

しかし,分かりやすい授業を求めるあまり,単元を通して多様な教材教具を使ってしまっていた。その結果,生徒にとってはバラバラの知識や情報の蓄積となっていた。知識基盤社会を生きていくこれからの生徒にとっては,知識の質や構造が問われている。そのためには,暗記・再生型だけでなく思考・発信型の授業も求められるようになっている。

しかし,思考・発信型の授業を行うには,

授業時間内にそのための時間の確保をしなければならない。よって教材に慣れていることが必要最低条件となる。教材が毎回変わると教材の使い方を理解することに時間を取られる。そこで,岡山大学の CST 事業と連携しながら単元を通して,「ものさし」となるような教材の開発を行った。(図 1)

数学では「ものさし」は当たり前のようにあって必要に応じて誰でも使いこなすことができる。この地球儀をそのレベルにまで引き上げるためにどの場面でどう使うことができるのか分析することから始めた。本稿ではこの枠なし地球儀を中心に据えて公立学校において,『地球視点・宇宙視点』を自在に扱い,科学的思考判断表現の力の育成を試みた指導展開例を紹介する。

2.単元を通して育てるという視点① シンボリックな言葉

単元を通し視点移動を行う力を育むためにこの地球儀とともに使用したのが『地球視点』『宇宙視点』というシンボリックな言葉である。これも繰り返し使うことでものさしのレベルにまで昇華させると生徒による思考・発信の強力なツールになると考えた。② 枠なし地球儀

単元を通し,常に地球上での観測点を意識させることにこだわった。つまり地球視点での天の動きを捉えるとき大切なことは宇宙視点から見た地球上での観測者の位置だからである。生徒には日本の岡山県で観測していることを明確なものにするために正確に 90 度で枠なし地球儀に固定できる大地を貼り付けるように工夫した。

真庭市立落合中学校 谷本 薫彦

<地球と宇宙>『地球視点・宇宙視点』を自在に扱う生徒の育成に関する教材開発とその指導展開例 枠なし地球儀をものさしのように・・・

図 1 枠なし地球儀と大地

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3.単元構成表枠なし地球儀をツールとして繰り返し使う

ことが視点移動の支援になると考え,単元を分析しデザインすることから取り掛かった。 この単元で求められている授業は指導要領に記載されているように,地球を俯瞰するような視点で地上の天体現象を考えさせる授業である。つまり地球視点の出来事を宇宙視点で説明するような授業であると捉えた。

同じ教材(枠なし地球儀)を何度も使わせ,地球視点・宇宙視点を行き来させる場面を意図的に組み込んだ。繰り返すことで教材に慣れ地球儀が「ものさし」のように課題に合わせて自ら使いこなせるレベルになると考えた。これによって授業時間内に思考・発信させる時間を生み出すことを狙うこととした。

上記の内容を踏まえ授業実践を行った。単元展開の概略を次の表 1 に示す。No. は授業で活用した自作の教材プリントの番号である。No.1 ~ No.6 までが第 1 章(太陽系と宇宙の広がり)で No.7 ~ No.25 が第 2 章(地球から見た天体の動き)である。枠なし地球儀はNo.5 の授業からほとんどすべての授業で活用した。

図 2 No.4 で用いた教材

No. 授業内容(1 時間ごと)

1 太陽系の姿はどのようになっているか(太陽系の天体)2

3 太陽はどのような天体か

4太陽の大きさを 10 億分の 1 にすると惑星の大きさはどうなるか考える授業(距離も 10億分の 1 →落合地区の地図に惑星を書く)

5宇宙の広がりを実感する授業

(宇宙視点と地球視点の北斗七星から天球の概念を学ぶ)

6 太陽系外はどうなっているか

7 地球視点で感じる昼夜の出来事を宇宙視点で考える授業

8 宇宙視点から考える時差

9 太陽の日周運動

10季節の変化を宇宙視点で考える授業

11

12地軸が傾いていないならどんな一年になるか考える授業(太陽の日周運動から 3 地点を考える)

13地軸が傾いているからこそどんな一年になるか考える授業(太陽の日周運動から 3 地点を考える)

14 宇宙に浮かぶリンゴを地球視点から捉える授業(地球視点⇄宇宙視点の強化)

15 星の日周運動

16 地球の自転による星日周運動の問題を宇宙視点で捉えるとどうなるか考える授業

17 地球から見える現象をもとに公転の向きを考える授業

18 誕生月の星座を考える授業

19 公転と自転による星座の見え方のまとめ(問題演習)20

21 月の位置と形の変化

22 日食と月食

23 地球視点と宇宙視点の金星(形と大きさの変化を考える授業)24

25 パフォーマンス課題(3 ヶ月前の金星はどう見えるか考える授業)

表 1 単元構成表

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4.Key となった授業の紹介単元を通して育てる中で,枠なし地球儀を

用いて特に Key となった授業の紹介をする。*No.5 の授業

この授業は岡山大学と協力して教材を開発した。地球視点から見ると平面(柄杓型)に見える北斗七星が宇宙視点では全くそう見えないことを実感させ,宇宙の広がりを強く印象付けることが狙いであった。この教材は恒星に見立てたマチバリの先端に蓄光塗料が塗ってあり,電気を消すと暗闇で先端のみが発光して見える。それに伴って本当に距離感がつかめなくなる。実体験を伴いつつ,天球という概念形成を行うことができた。

その後,枠なし地球儀に大地を固定したものを提示し,ここからは教材として使用し始めた。大地に固定した透明半球は「飾りやドットコム」で購入した。

* No.7 の授業

地球視点で実感する昼夜の出来事を科学的にまとめ,そのような現象がなぜ起こるのか,モデルを使って宇宙視点で説明させる授業を行った。具体的には小学校の既習事項である影と太陽の関係性を懐中電灯とおさるの模型を使って演示(地球視点)して,それを枠なし地球儀とおさるの模型,懐中電灯を使って再現させ,そのことを説明させる授業である。

この授業では,枠なし地球儀を用いると地球視点の出来事を宇宙視点から説明できるという価値を生徒に感じさせることができた。* No.8 の授業

時差は 1 年時に社会科の授業で学習する部分であるが,教科横断も視野に入れ,宇宙視点で考えさせた。太陽と地球上の位置で時間が決まっていることは俯瞰してみると理解しやすい。時差の復習とともに「真夜中に南中する」などの意味がよく分かるようになった。

< 地球と宇宙 >『地球視点・宇宙視点』を自在に扱う生徒の育成に関する教材開発とその指導展開例

図 3 No.5 の授業風景

図 4 マチバリで作った北斗七星

図 5 枠なし地球儀に大地を固定したモデル

図 6 No.7 の授業風景

図 7 No.8 で用いた教材

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< 地球と宇宙 >『地球視点・宇宙視点』を自在に扱う生徒の育成に関する教材開発とその指導展開例

* No.10 の授業ここまでの授業では枠なし地球儀の特性を

生かし,地軸が傾いていない状態で授業をデザインしてきた。

本授業までで地球視点の現象(夏は日が長い・太陽の高度が高い・気温が高いなど)を提示すると生徒の方から「宇宙視点で説明する」という思考の流れができ始めていた。そこで「季節の変化を宇宙視点で説明してみよう」という学習課題を提示すると,宇宙視点に立ちほとんどの班で自律的に次のような仮説を立てることができた。

この仮説を元に教室の照明を消して実験させると,日の長さと太陽高度が再現できないことに気づき自分たちの仮説が間違っていたことに気付けた。そこで教師から大切な情報を与えていなかったことを紹介し,公転面に対し垂直に引いた線から 23.4 度地軸が傾いている情報を与えた。(その後の調査では授業で地軸が傾いていない地球儀を使うことに違和感を感じていた割合はわずか 1 割程度であった。)

地軸の傾きの情報を得た生徒は,日の長さと太陽高度の違いはどのようにすれば再現できるのか新しい仮説を立てることができた。* No.16 の授業

星の日周運動(地球視点の現象)に関するよくある問題演習を行った。その際以下のような問題を設定した。① 22 時にオリオン座が南中した。モデル

を使って宇宙視点で再現せよ。② (10)の場所にオリオン座が見えるのは

何時ですか。またその現象を,モデルを使って宇宙視点で説明しなさい。

この問題を宇宙視点で考えさせることで,よりモデルとの結びつきを深めることができた。班活動の様子を見ると,生徒からは

「あっ ! そうか !」との声も聞くことができた。

5.まとめ枠なし地球儀があるからこそできる授業を

デザインし,その地球儀を「ものさし」のように扱わせる(=汎用性のある教材に慣れさせる)ことで授業時間内に思考・発信させる時間を生み出すことを狙って本実践を行った。 地軸の傾きをどのタイミングで与えるかなど教師としても試行錯誤を行いながらの実践であった。(様々な考えがあると思います。)

知識基盤社会を生きていくこれからの生徒にとって,協働しつつアイデアを生み出していく経験をさせることは今後さらに求められてくるはずである。単元学習終了事後アンケートでは 93% の生徒はこの学習スタイルは学習を進める上で有効であると答えている。今後も研究を進めていきたいと考えている。*本実践は科学研究費(15H00046)の助成

を受けて行った研究の授業開発の一部分である。

【南の空の星の動き(オリオン座)】1晩に見えた時刻

22時 (10)〔   〕時

東 南 西

(9)〔   〕時

図 8 季節の変化を宇宙視点で考える

図 9 宇宙視点で星の日周運動を考える

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