医療機器の開発に関する政策研究ユニット2 1.はじめに...

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1 医療機器の開発に関する政策研究ユニット 5 年目の報告書 Investing in healthier future2015 1 25 東京大学政策ビジョン研究センター 黒河 昭雄 東京大学公共政策大学院/政策ビジョン研究センター 佐藤 智晶 目次 1.はじめに .......................................................................................................................... 2 2.世界的な潮流................................................................................................................... 3 (1)医療機器の特性を踏まえた規制の行方(欧州で新規制導入の影響) .................... 3 (2)米国のさらなる改革................................................................................................. 4 3.国内の動向 ...................................................................................................................... 6 (1)新法・改正薬事法関連のアップデイト ................................................................... 6 (2)医療分野の研究開発における制度改革 ................................................................... 7 (3)医療の国際展開の行方............................................................................................. 7 4.今後の課題 .................................................................................................................... 10 (1)医療・介護分野の歳出抑制について ..................................................................... 10 (2)医療機器の特性を踏まえた規制の方向性............................................................... 11 (3)保険収載・償還制度の方向性 ................................................................................ 12 (4)個別化医療の進展と「Investing in Health」を見据えた医療政策の全体の再考 12 5.改革に向けた新しいツール........................................................................................... 15 (1)グローバルな動向を公開の場で議論 ..................................................................... 15 (2)ヘルスケア・ポリシー・イノベーション・インディケーター............................. 16 (3)Monthly Brief on New Topics for Medical Device .............................................. 16 . ヘルスケア・ポリシー・イノベーション・インディケーター ..................................... 16 (1)メディア分析による医療機器分野のイノベーションに関する期待値 .................. 17 (2)医療費と市場規模の関係 ....................................................................................... 20 (3)審査・承認と審査体制の関係 ................................................................................ 22 (4)研究開発予算と承認件数・保険適用件数の関係................................................... 24 7.おわりに “Investing in healthier future”................................................................. 27

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医療機器の開発に関する政策研究ユニット 5 年目の報告書

-Investing in healthier future-

2015 年 1 月 25 日

東京大学政策ビジョン研究センター 黒河 昭雄

東京大学公共政策大学院/政策ビジョン研究センター 佐藤 智晶

目次

1.はじめに .......................................................................................................................... 2

2.世界的な潮流 ................................................................................................................... 3

(1)医療機器の特性を踏まえた規制の行方(欧州で新規制導入の影響) .................... 3

(2)米国のさらなる改革................................................................................................. 4

3.国内の動向 ...................................................................................................................... 6

(1)新法・改正薬事法関連のアップデイト ................................................................... 6

(2)医療分野の研究開発における制度改革 ................................................................... 7

(3)医療の国際展開の行方 ............................................................................................. 7

4.今後の課題 .................................................................................................................... 10

(1)医療・介護分野の歳出抑制について ..................................................................... 10

(2)医療機器の特性を踏まえた規制の方向性 ............................................................... 11

(3)保険収載・償還制度の方向性 ................................................................................ 12

(4)個別化医療の進展と「Investing in Health」を見据えた医療政策の全体の再考 12

5.改革に向けた新しいツール ........................................................................................... 15

(1)グローバルな動向を公開の場で議論 ..................................................................... 15

(2)ヘルスケア・ポリシー・イノベーション・インディケーター ............................. 16

(3)Monthly Brief on New Topics for Medical Device .............................................. 16

6. ヘルスケア・ポリシー・イノベーション・インディケーター ..................................... 16

(1)メディア分析による医療機器分野のイノベーションに関する期待値 .................. 17

(2)医療費と市場規模の関係 ....................................................................................... 20

(3)審査・承認と審査体制の関係 ................................................................................ 22

(4)研究開発予算と承認件数・保険適用件数の関係 ................................................... 24

7.おわりに “Investing in healthier future” ................................................................. 27

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1.はじめに

東京大学における医療機器に関する政策研究ユニット(以下、「医療機器ユニット」と標

記)では、2009 年 10 月から 5 年間、健康長寿社会の実現に向けて医療機器分野を成長産

業にするための検討を続けて参りました。医療機器ユニットが設立された当時は、旧 5 ヵ

年戦略(文部科学省・厚生労働省・経済産業省「革新的医薬品・医療機器創出のための 5

ヵ年戦略」(平成 19 年 4 月 26 日))の 3 年目に当たる年でしたが、それ以後、医療機器分

野を取り巻く状況の変化は、より速いスピードで進んでいるように思われます。

2014 年は、医療機器の開発をめぐる政策にとって、極めて重要な 1 年でした。2014 年

11 月 25 日、改正薬事法、正確には「医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保

等に関する法律」(以下、医薬品医療機器等法と呼ぶ)が施行されたからです。同法律は、

2013 年 11 月 27 日に公布されましたが、医療機器業界にとって悲願であった医療機器の特

性を踏まえた規制を具体化するための第一歩が、ようやく始まったといえるでしょう。こ

の改正では、医薬品、医療機器等の安全かつ迅速な提供の確保を図るため、添付文書の届

出義務の創設等の安全対策の強化、医療機器の特性を踏まえた規制の構築等が行われまし

た。主な改正点としては、製造販売業に係る許可要件および遵守事項の見直し等、医療機

器及び体外診断用医薬品の製造業に関する変更、単体プログラムに対する医療機器として

の規制、医療機器の販売・貸与業に対する規制、認証制度に関する見直し、医療機器の添

付文書の省略、そして添付文書の位置付け等の見直しの 7 つを挙げることができます1。

医療機器の開発にとって重要な出来事は、改正薬事法の施行だけではありません。たと

えば、臨床研究の法規制をめぐる議論が結実に向けて動き出しました。また、保険収載・

償還の面でも迅速に保険導入した新規医療材料に対する評価方法、原価計算方式における

イノベーションの評価、より革新性の高い画期性加算や有用性加算(補正加算率が10%

以上の製品に限る)を受け、機能区分を新設した製品に対する基準材料価格改定および再

算定の特例、補正加算要件の追加が実現し、費用対効果の観点や補正加算の算定に関する

ポイント制の検討なども議論されています。

そして、忘れてはならないのは、日本医療研究開発機構(Japan Agency for Medical

Research and Development, AMED)の誕生でしょう。かつて「日本版 NIH」とも呼ばれ

ていた日本医療研究開発機構は、医療分野の研究開発における基礎から実用化までの一貫

した研究開発の推進・成果の円滑な実用化及び医療分野の研究開発のための環境の整備を

総合的かつ効果的に行うため、内閣に置かれた健康・医療戦略推進本部が作成する医療分

野研究開発推進計画に基づき、医療分野の研究開発およびその環境の整備の実施、助成等

の業務を行うことを目的とする内閣府所管の独立行政法人です。健康・医療推進本部によ

る総合調整、日本医療研究開発機構による予算の集約、および予算の一体的な実行が現実

のものとなれば、研究支援と研究環境整備の一体的な実施を通じて、基礎から実用化まで

1 東京都健康安全研究センター「薬事法から医薬品医療機器等法への改正点(医療機器・体外診断用医薬

品を中心に)」, available at http://www.tokyo-eiken.go.jp/k_iryou/k_iyakukikihou/kaiseiten/

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の一貫した研究管理が可能になるでしょう2。基礎研究はもちろん、その「成果やシーズ」

を着実に実用化プロセスに乗せて、創薬・医療機器開発の双方でイノベーションを実現す

ることが期待されます。

以下、医療機器ユニットでは、「Investing in healthier future」をキャッチワードとして、

健康長寿社会の実現に向けて医療機器分野を成長産業にするという視点に立って、医療機

器分野に関わる法政策を分析し、我々なりの意見を含む年次報告書を公表したいと思いま

す。

2.世界的な潮流

(1)医療機器の特性を踏まえた規制の行方(欧州で新規制導入の影響)

医療機器の特性を踏まえた規制の探求に終わりはありません。米国では 1976 年に、欧州

では 1990 年代に、そして日本では 2014 年に医薬品とは区別される医療機器規制の体系が

立法によって実現されましたが、それは単なる過程に過ぎないのです。医療機器にはリス

クに応じたクラス分類があり、機器や部品の改良改善を前提として、より短い期間での市

販前の安全性や有効性の評価と、必要な市販後調査を適切に組み合わせることが鍵となり

ます。

医療機器の特性を踏まえた規制は、明確で、予見可能で、かつ効果的な規制を実現する

ものでなければなりませんが、特に以下 3 点が重要です。

患者さんにとって最高度の安全性を保証するとともに、最も革新的な医療技

術に適時にアクセスできることを保証する

患者や国民を含む関係者からの信頼を勝ち得る

国の医療制度の持続可能性を高め、研究開発の促進にも寄与する

欧州では、医療機器の安全性をさらに高めるために、欧州医療機器指令が欧州医療機器

規則として改正されるプロセスが着実に進みつつあります。欧州では、もともと認証機関

が医療機器の安全性を評価し、医療機器メーカーが CE マークを得れば医療機器を販売する

ことができました3。これまでは、医療機器のクラス分類にかかわらず、各国や欧州の機関

が市販前に医療機器の安全性や有効性を評価し、販売を承認するような制度は取られてい

ませんでしたが、その根幹が変わろうとしています。すなわち、認証機関の評価に加えて

一定の審査プロセスが設定され、欧州医薬品庁が認証機関のパフォーマンスを監視する見

2 末松誠「日本医療研究開発機構のミッションと課題ー公的負託を担い,国民に還元するためにー」(2014

年 12月 8日健康・医療戦略参与会合資料) 3 たとえば、佐藤智晶「医療機器に対する欧米の薬事規制変遷」財団法人医療機器センター附属医療機器

産業研究所リサーチペーパー6号(2012年)

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込みとなっています4。より具体的に説明すると、加盟国の代表からなる医療機器コーディ

ネーショングループ(MedicalDevices Coordination Group, MDCG)が、認証機関にコメン

トを与え、認証機関はそのコメントに対応してはじめて最終判断を下すことができます。

そして、医療機器コーディネーショングループの決定を支援する機関として、医療機器評

価委員会と外部委員が設けられ、認証機関については欧州医薬品庁による監査が強化され

る予定になっています。

このように、欧州では規制のプロセスが拡充される見込みですが、それでも優れた医療

機器へのアクセスを妨げないように今なお最後の検討が続いています。確かに、劣悪なシ

リコンを使ったラインで製造されたブレストインプラント製品の販売を未然に防げなかっ

たといういわゆる PIP 事件に代表されるように5、医療機器がいち早く市販されるような規

制が医療機器の特性を踏まえた適切なものであるかといえば、それは必ずしもそうではあ

りません。市販前の審査のスピードを高めながらも、健康被害を防ぐことのできるバラン

スの取れた規制が欧州では鋭意模索されています。

(2)米国のさらなる改革

米国でも欧州と同様、医療機器の特性を踏まえたより優れた規制を具体化すべく、努力

が続けられています。すなわち、最も革新的な医療技術により早くアクセスできることを

保証しつつ、患者さんにとって最高度の安全性を保証することが究極の目標なのです。米

国では 2 年前に、長らく好評を博してきたにもかかわらず、より簡易な審査で改良型の医

療機器を上市させるスキームが見直しを迫られた歴史があります。当時、アメリカ科学ア

カデミー医学部会(Institute of Medicine, IOM)による Pre-Market Notification(いわゆる

510k review process)への批判を受けて、食品医薬品局や連邦議会公聴会での度重なる議

論が行われ、機器のリスク分類プロセスや申請受付の要件をより一層重視する方向性が打

ち出されました6。その後、連邦議会の立法(Food and Drug Administration Safety and

Innovation Act of 2012)を通じて、医療機器開発のイノベーションに支援する方向性が鮮

明になっています7。

4 Eucomed, The revision of the EU Medical Devices Directives, Apr. 1, 2014, available at

http://www.eucomed.org/uploads/Modules/Publications/20140401_mdd_position_paper_four_key_issue

s-2.pdf; Eucomed, European Parliament improves committee report, paving the way to achieve balanced

EU rules on medical devices, Oct. 22, 2013, available

athttp://www.eucomed.org/newsroom/126/187/European-Parliament-improves-committee-report-paving

-the-way-to-achieve-balanced-EU-rules-on-medical-devices?cntnt01template=detail-pr 5 European Commission, Restoring confidence in medical devices. Reporting on the success of the

PIP Action Plan, June 20, 2014, available at

http://ec.europa.eu/health/medical-devices/regulatory-framework/pip-action-plan/index_en.htm 6 佐藤、前掲注(2)参照. 7 以下の説明については、See FDA, Food and Drug Administration Safety and Innovation Act (FDASIA),

Nov. 5, 2014, available at

http://www.fda.gov/RegulatoryInformation/Legislation/FederalFoodDrugandCosmeticActFDCAct/Signi

ficantAmendmentstotheFDCAct/FDASIA/

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2012 年に連邦議会で可決成立した「食品医薬品局の安全性とイノベーションに関する法

律」(Food and Drug Administration Safety and Innovation Act of 2012)は、医療機器分

野の規制において主に 3 つの影響を及ぼしています8。第 1 に、ユーザー・フィー(審査料

等)を通じたステイクホルダー間の対話の強化です。食品医薬品局は、医療機器メーカー

からユーザー・フィーを支払ってもらい、それを予算の一部として活動しています。具体

的な数字を挙げると、2011 年度では、食品医薬品局全体予算の 33 パーセントをユーザー・

フィーが占めており、医療機器審査部門の予算(3 億 7800 万ドル)についてはその 15 パ

ーセント(5600 万ドル)がユーザー・フィーで賄われています。ユーザー・フィーが設定

される過程で、産業界側と食品医薬品局との間では向こう 5 年間にわたっての方針が話し

合われ、それが合意に至ったからこそユーザー・フィーが継続的に支払われることになり

ました。ステイクホルダー間の健全な議論こそ、医療機器の特性を踏まえた規制の探求に

は欠かせません。

第 2 に、より簡易な審査で改良型の医療機器を上市させるスキームの改革についてです。

2011 年から 2012 年にかけて、規制の強化が声高に叫ばれていたこのスキームにはさらな

る改善策が導入されました。これまでは、過去に 510k という手続きで上市された医療機器

との間で実質的同等性がない旨を確認されなければ、ある製品は”The de novo 510k”という

審査に申請することはできませんでした。この場合、当該製品は一律にクラス 3 というリ

スクが高い分類の製品として扱われるうえ、そもそも”510k”を経てから”The de novo 510k”

の申請という 2 段階のプロセスを経るために、審査に時間を要していました。食品医薬品

局の安全性とイノベーションに関する法律によって変わったのは、過去に 510k という手続

きで上市された医療機器との間で実質的同等性がないことを事前に確認しなくてよくなっ

た点と、クラス 3 として必ずしも扱われないで済むという点です9。実質的な規制を緩和す

るというよりも、審査プロセスを絶え間なく見直すことでより重要な部分に審査の時間を

割こうとする姿勢は、薬事法を改正したばかりの我々にとっても非常に参考になるでしょ

う。

第 3 に、未承認医療機器を用いた臨床試験の改革についてです10。米国では、医薬品も医

療機器も、未承認の場合には臨床試験前に食品医薬品局の審査を受けなければ使うことが

8 See, e.g., Judith A. Johnson, FDA Regulation of Medical Devices, CRS R42130, June 25, 2012,

available at https://www.fas.org/sgp/crs/misc/R42130.pdf; Susan Thaul et al., The Food and Drug

Administration Safety and Innovation Act (FDASIA), P.L. 112-144, CRS R42680, Aug. 21, 2012 9 FDA, De Novo Classification Process (Evaluation of Automatic Class III

Designation): Draft Guidance for Industry and Food and Drug Administration Staff, Aug. 14, 2014,

available at

http://www.fda.gov/downloads/MedicalDevices/DeviceRegulationandGuidance/GuidanceDocuments/UCM2

73903.pdf 10 FDA, FDA Decisions for Investigational Device Exemption Clinical Investigations: Guidance for

Sponsors, Clinical Investigators, Institutional Review Boards, and Food and Drug Administration

Staff, Aug. 19, 2014, available at

http://www.fda.gov/downloads/MedicalDevices/DeviceRegulationandGuidance/GuidanceDocuments/UCM2

79107.pdf

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できません。このプロセスは、新しい医療機器を患者さんに届けるために必須であるがゆ

えに、より予見可能性が高く、より迅速な判断が下されるように医薬食品局のガイダンス

が改められました。

3.国内の動向

(1)新法・改正薬事法関連のアップデイト

欧米で医療機器規制が変更され続けているように、我が国でも医療機器規制はアップデ

イトされました。長年懸案となっていた QMS 調査の合理化を含む改正の主な点は、以下の

とおりです11。

医療機器の製造管理及び品質管理の基準への適合性調査は、従前の製造所ご

との調査に代わり、製品に係る製造販売業者及びすべての登録製造所を含む

品質管理監督システムごとに調査を行う新たな規制体系が適用されることと

なった

製品に係る品質管理監督システム全体を一体として調査するために、承認品

目の QMS 調査は独立行政法人医薬品医療機器総合機構(PMDA)で、認証品

目は登録認証機関で実施

医療機器等を製品の構造、特性等に応じて製品群に分類し、同じ製品群に属

する製品の QMS 調査の省略

薬事法においては医療機器の国内製造業および外国の製造業を登録制とした

薬事法では規制対象外となっていた「プログラム」そのものについて、国際

整合性も踏まえ法律の規制対象とした

管理医療機器に加えて「厚生労働大臣が基準を定めて指定する高度管理医療

機器」までを認証制度とする

一定の医療機器については添付文書を厚生労働大臣に届け出ることとし、最

新の論文その他により得られた知見に基づく添付文書の作成を義務付けた

医療機器の特性を踏まえた規制の探求に終わりはありませんが、2014 年 11 月 25 日に施

行された「医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律」は、そ

の大きな第一歩を支援するものです。欧米の動向に照らしてみても、医療機器の規制は、

振り子のように揺れ動いています。言い換えれば、患者さんにとって最高度の安全性を保

証するとともに、最も革新的な医療技術に適時にアクセスできることを保証するような規

制を目指して試行錯誤が続いています。日本における今回の法改正の影響は、今後のデー

タやステイクホルダーの満足度によって計られ、さらなる規制の改革につなげられていく

べきものと思われます。

11 東京都健康安全研究センター、前掲注(1).

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(2)医療分野の研究開発における制度改革

エボラ出血熱対応や認知症対策のような最近の事例に照らしても、より先制的に環境の

変容に応じて医薬品や医療機器、再生医療等製品の規制をさらに検討することが極めて重

要であることは言うまでもありません。従来の臨床試験デザインや薬事規制では製品開発

できない場面が想定されはじめています。

新たな独立行政法人「日本医療研究開発機構」(AMED)は、予算規模の総額はともかく、

医療分野の研究開発について省庁横断的にプライオリティを設定できる試みとして世界的

にも期待されています。他方で、研究開発のプライオリティ設定における十分かつ適切な

チェック・アンド・バランスをどのように実現するのか、そして研究開発のための予算配

分、薬事規制、保険収載についてより透明かつ予見可能なプロセスの構築することが急務

となっています。そのためには、研究開発における新しい Public-Private Partnership が

必要不可欠です。

研究開発のプライオリティ設定は、それほど容易いものではありません。長期的な視点

から今後重要になる分野に優先的に研究費を配分できるかどうかが問われています。米国

の NIH で有名なのは、HIV 研究への研究開発投資です12。原則としては科学者が中心とな

ってプライオリティを決める米国とは異なり、日本では健康・医療戦略(閣議決定)、医療

分野研究開発推進計画(本部決定)、そして日本医療研究開発機構における業務運営の基本

方針(本部決定)という流れで、プライオリティが決められます。その中で科学者が果た

しうる、ないし果たすべき役割がより明確にされなければなりません。

日本医療研究開発機構は、設立時からトランスレーショナル・リサーチでいきなり成果

を求められていますが、それは歴史的にみても極めて難しいことです。米国の NIH で担当

部局(National Center for Advancing Translational Sciences, NCATS)が設置されたのは

2011 年 12 月のことで、1887 年の設立から 124 年も経過してのことなのです。基礎研究に

十分な研究費が適切に配分され、臨床研究が充実してはじめて、トランスレーショナル・

リサーチを議論することができます。設立時に過度に期待するのではなく、日本医療研究

開発機構におけるトランスレーショナル・リサーチについては少し長い目で見守る必要が

あるものと思われます。

医療機器については、臨床の現場で使わなければその真の価値が明らかにならない面が

あります。臨床研究についての適切な法規制のもとで、医療機器の開発がより促進される

ことが期待されます。

(3)医療の国際展開の行方

医療の国際展開は、医療機器の開発によって我が国のみならず世界のアンメッドメディ

12 See, e.g., NIH, Office of AIDS Research (OAR) History, Mar. 28, 2009, available at

http://www.oar.nih.gov/about/history.asp

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カルニーズを充足する試みであり、経済成長を実現するために重要な政策の 1 つです13。

2013 年 6 月 14 日に関係大臣が申し合わせの上で公表した健康・医療戦略では、「医療技術・

サービスの国際展開」という項目が設けられています。そこでは、国際医療協力の枠組み

の構築、一般社団法人 Medical Excellence Japan (MEJ)を中核組織とする具体的な国際医

療事業の推進、顧みられない熱帯病等の医薬品の官民連携による開発・供給支援、ODA な

どの活用(国際保健外交戦略に基づく、日本が比較優位を有する医療機器・サービスを活

用した支援、二国間援助の効果的実施、グローバルな取組との連携)が扱われており、特

に注目に値するのは ODA の活用に加えて、「国際医療協力の枠組みの構築」と「顧みられ

ない熱帯病」への言及です。以下では、順に説明します。

国際医療協力の枠組みでは、輸出拡大のような通商政策に触れているものの、以下のよ

うな協力、政策支援形成、人材教育、規制のハーモナイゼーションについても言及されて

おり、従来の日本再興戦略のトーンとは明らかに異なる記載が含まれています。

新興国等のニーズに応じて、企業・医療関係者(MEJ、JICA、JETRO、日

本医療教育財団、PMDA 等)と関係府省が一体となった国際展開を図る

日本の良質な医療を普及する観点から、相手国の実情に適した医療機器・医

薬品、インフラ等の輸出等の促進、外国人が安心して医療サービスを受けら

れる環境整備等に係る諸施策を着実に推進する

先進国との特定分野での協力や ASEAN 地域など新興国への政策形成支援や

人材教育システムの供与といった環境整備を行うことで、医療・介護サービ

ス等の海外展開を図る

世界保健機関(WHO)の支援事業を拡充することにより、公衆衛生水準の向

上を通じて、特に西太平洋地域の社会の安定を実現する

海外に拠点を持つ日系企業及び関係府省との協力の下、官民一体となった交

流を促進する

最先端の技術を活用した医薬品・医療機器等の有効性及び安全性の評価ガイ

ドラインのための研究の充実や、最先端の診断・治療技術についての世界に

先駆けた国際規格・基準の策定を提案し、規制で用いられる基準として国際

標準化を推進する

日本発の新しい診断・治療技術の海外導出を念頭に、我が国の治験や薬事申

請等に関する規制・基準等への理解度向上と国際整合化に向け、欧米アジア

各国との間で必要な共同作業を行う

13 以下のパートは、村田学術振興財団研究助成の支援を受けて行った研究「健康・医療分野の国際展開に

おける戦略的外交と法政策」の一部を抜粋している。記して感謝したい。佐藤智晶・大西昭郎・徳田響子・

黒河昭雄「健康・医療分野の国際展開における戦略的外交と法政策」公益財団法人村田学術振興財団年報

29号(2015年度)参照.

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顧みられない熱帯病(熱帯地域、貧困層を中心に蔓延している寄生虫、細菌感染症のな

ど)の部分では 、開発途上国向け医薬品の研究開発、供給支援を官民連携で推進する旨が

記載されています。我が国において開発途上国向けの医薬品の研究開発について言及され

ることは極めて異例です。

このように単に輸出拡大にとどまらず、医療の国際展開に国際協力等が含まれるように

なってきました。このトレンドは、2014 年 7 月 22 日に改訂された 2014 年版の健康・医療

戦略により明確に表れています。改訂版では、健康・医療に関する国際展開の促進につい

て、以下のように記載されています14。

「日本が新興国・途上国等に対して、各国の実情を十分に踏まえつつ、具体的な医薬品、

医療機器等及び医療技術並びに医療サービスの提供、医療・介護システムの構築に協力す

ることで、医療・介護分野において相互互恵的な関係を構築する。これにより、外交、経

済面での関係構築のための手段の多様性を獲得し、日本人が安心して海外で活躍できる環

境を整える。さらに、国際展開の促進を我が国における最先端の医療・介護サービスを実

現する契機とし、我が国にとっても新興国・途上国等にとっても好循環となることを目指

す。」

より具体的にいえば、健康・医療に関する国際展開の促進では、「新興国等における保健

基盤の構築」というサブ項目が追加されています。ASEAN 地域など新興国・途上国等で

の高齢化対策に係る保健・福祉分野等の政策形成支援、公的医療保険制度の経験・知見の

共有、人材教育システムの供与といった環境整備や先進国との認知症対策に係る協力を行

うだけでなく、ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(Universal health Coverage, UHC)

の達成のため、我が国の知見・経験の共有を通して保健政策人材育成に関する支援を強化

することが謳われました。

日本のトレンドは、実のところ英国や米国の動向と一致しています。すなわち、国際展

開を進める際に通商を考えていないわけではもちろんありませんが、国際保健の向上とい

う御旗の下、保健システムの強化という視点で戦略が生み出され、より長期的な視点でさ

まざまな政策が実施されているのです。医療機器の輸出拡大や経済成長の実現までは時間

がかかるかもしれませんが、その間に ASEAN 諸国やアフリカの医療システム強化に継続

的な支援を行うことが、中長期的には日本にとって有益だと思われます。

14 健康・医療戦略(2014 年 7月 22日)20頁

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4.今後の課題

(1)医療・介護分野の歳出抑制について

医療機器の開発に関する政策に大きな影響を及ぼす最たるトピックの1つに、医療・介

護分野の歳出抑制があります。安倍政権では、健康・医療分野が成長戦略の核心の1つと

して取り上げられている一方、医療・介護分野の歳出抑制に向けた議論が進められていま

す。医療費の適正化は、小泉政権のころから幾度も政策課題として検討されてきましたが、

消費税引き上げ先送り後の財政再建に向けて改革が本格化しつつあります。重要なのは、

高齢化に耐えうる医療・介護制度を世界に先駆けて構築し直し、財政再建と経済成長を着

実に進めながら、国民が安心して必要な医療・介護サービスを持続的に受けられるように

することです。

医療・介護分野の歳出抑制というのは、国の一般会計経費のなかで社会保障経費を抑制

することに他なりません。巨額の社会保障関係費のなかでも、国民医療費は近年、一貫し

て年間 1 兆円規模で増加しており、平成 25 年度予算ベースでは約 42 兆円にも上ります。

そのため、2014 年 12 月 22 日に取りまとめられた経済財政諮問会議の「2015 年度予算編

成の基本方針」では、消費税率 10%への引き上げが 2017 年 4 月まで 1 年半先送りしたこ

とを受け、社会保障費を含めた国の一般会計経費を抑制する方向性が強調されています。

医療・介護分野を含む社会保障経費については、いわゆる高齢化等による「自然増」も含

め聖域なく見直し、徹底した効率化・適正化を行うことで極力全体の水準を抑制すること

がはじめて謳われました。

医療・介護分野の歳出抑制は、当然ながら容易なことでありません。2000 年以降、先進

国が医療改革によって医療・介護分野の歳出抑制に成功した例は、極めて稀です。とりわ

け、健康・医療分野を経済成長のエンジンとする場合にはさらに難しくなります。たとえ

ば、医療改革に成功したとして有名な英国のブレア政権後の対 GDP の医療費は、断続的に

増加傾向にあります。世界銀行のデータベースによれば、英国よりもむしろドイツやフラ

ンスの方が対 GDP 比の医療費のコントロールには成功しているようにみえますが15、健

康・医療分野のイノベーションまで考慮すると、果たしてどのレベルが対 GDP 比医療費と

して適切なのでしょうか。

医療・介護分野の歳出抑制が難しいのは、医療の質を担保しながらどの程度の抑制を目

標とするのかについて議論することさえままならないことに加えて、仮に目標が定まった

としても歳出を抑制する実効的な方法が十分に解明されていないからです。まず、医療の

質は、一般的にはストラクチャー、プロセス、アウトカムの 3 つから計るのが一般的であ

りますが16、医療従事者というさまざまな専門職を交えて指標を作るのは容易ではありませ

ん。特にアウトカムの指標を作るのは至難の業です。また、仮に現状の医療の質を指標化

することができたとしても、今度は歳出抑制目標が必要になります。対前年度比でプラス

15 World Bank, Health expenditure, total (% of GDP), available at

http://data.worldbank.org/indicator/SH.XPD.TOTL.ZS 16 Donabedian, A. The quality of care: How can it be assessed?. JAMA 121 (11): 1145–1150 (1988)

Page 11: 医療機器の開発に関する政策研究ユニット2 1.はじめに 東京大学における医療機器に関する政策研究ユニット(以下、「医療機器ユニット」と標

11

マイナス何パーセントというような目標を設定したとして、目標から乖離した時にどのよ

うに是正するのか、乖離に対してサンクションを設けるのかなどの課題が残っています。

これからの最も重要な論点は、医療提供体制の改革と結びついた診療報酬制度です。よ

り質の高い医療・介護サービスを持続的に提供する可能性を残し、イノベーションを推進

する観点からは、診療報酬制度の再設計が避けられません。さまざまな利害関係者がより

改革に参加しやすい選択肢を示しておく必要があります。

たとえば、現在のところ医療提供体制の改革は、診療報酬制度とは切り離されたままで

議論されており、しかも医療の質を高めるようなインセンティブは十分に示されていませ

ん。医療の質を高めるようなイノベーションが、医療費の伸びを緩和したり、医療費の削

減につながる可能性もあります。新薬や医療機器開発等のイノベーションによって医療費

の伸びが抑制される効果などを併せて考慮しておく必要があるでしょう17。

(2)医療機器の特性を踏まえた規制の方向性

米国や欧州と同様、医療機器の特性を踏まえた規制を探求し続けることが我が国でも必

要です。すなわち、日本でも最も革新的な医療技術により早くアクセスできることを保証

しつつ、患者さんにとって最高度の安全性を保証することが究極の目標になります。ただ

し、今後は革新的な製品だけでなく開発改良型の製品についても、より迅速な審査を受け

られる仕組みが必要になるでしょう。

6(2)で示す近年のデータによれば、我が国では医療機器審査の相談件数が急増して

いる一方、申請や承認件数の伸びは限定的なものにとどまっています。特に、その傾向は

新規製品ではなく、改良改善型の製品で顕著です。要するに、非新規の製品については開

発途中で上市を断念する機会が増えていることになります。革新的な医療機器の開発は、

われわれの医療にとって極めて重要です。しかしながら、そうでない改良改善型の医療機

器についても患者さんの QOL を改善し、医師をはじめとする医療従事者の負担を軽減する

可能性は大いにあります。製品のみならず、部材の技術革新が画期的な変化を実現するこ

ともあるでしょう。さまざまな技術革新を医療機器という製品の形で現実のものとする努

力を適切に支援するような審査体制に期待が高まっています。

革新的な医療機器開発の支援では、AMED の役割が極めて重要になるでしょう。基礎か

ら臨床へのシームレスな橋渡しというためには、AMED を中心として研究者、産業界、規

制当局、保険当局が実用化に向けた忌憚ない議論を続けられるような仕組みが欠かせませ

ん。米国では最近、有名なシンクタンクの 1 つであるブルッキングス研究所が中心となっ

て医療機器イノベーション・コンソーシアムが設立されました18。コンソーシアムのメンバ

17 Holly Campbell, Prescription Drug Lifecycle Helps Health Care Spending Hit Record Low, Dec. 5,

2014, available at

http://www.phrma.org//catalyst/prescription-drug-lifecycle-helps-health-care-spending-hit-reco

rd-low#sthash.2WLH9L39.dpuf 18 Medical Device Innovation Consortium, About Us, available at http://mdic.org/about-us/

Page 12: 医療機器の開発に関する政策研究ユニット2 1.はじめに 東京大学における医療機器に関する政策研究ユニット(以下、「医療機器ユニット」と標

12

ーには、産官両方のメンバーが名を連ねており、その中には National Institute of Health

(NIH)、医療機器審査を担当する食品医薬品局の Center for Devices and Radiological

Health (CDRH)、そして公的保険を担当する Centers for Medicare & Medicaid Services

(CMS)、比較有効性研究による医療の質の向上を担当する Patient-Centered Outcomes

Research Institute (PCORI)の担当者が含まれています。日本でも、AMED が医療器開発

支援ネットワークと連携を深めて、実用化につながりやすいエコシステムを構築すること

が大いに期待されます。

(3)保険収載・償還制度の方向性

医療機器の開発促進のためには、保険収載償還制度をより透明で、より予見可能性が高

く、さらに一定の基準で医療の質を改善するような医療機器の改良に対してより大きなイ

ンセンティヴを迅速に付与する形に運用する、という基本的な考え方が確立されなければ

なりません。医療機器は多種多様なものを含んでおり、すべての改良や改善を別の製品と

して扱うことは極めて難しい性質をもともと持っています。しかしながら、製品における

一定の改良や改善が既存の製品と区別されることなく、その結果として追加償還の対象に

ならないようだと、医療機器メーカーはもちろんのこと、誰もそのような改良改善を生

み出そうとしなくなります。それは、部材メーカーにとっても、医師をはじめとする医療

従事者にとっても、さらには医療サービスの提供を受ける患者にとっても望ましい事態

ではありません。

また、医療の質を改善させるような合理的な努力や医療機器利用における安全性を高め

るための方策についても評価する必要があります。それは、償還価格の算定方式が原価計

算方式であるか、または機能区分方式であるかに関係ありません。医療の質を改善する合

理的な試み、とりわけ安全性を高めるためにかかる費用については適切に評価されるべき

です。

特に留意すべきは、評価されるべきイノベーションの考え方です。これまで、イノベー

ションの評価として扱われてきたのは主に革新的な医療機器でした。その結果として、評

価に値する医療機器の数は限定されています。もちろん、ありとあらゆる医療機器の開発

を保険収載・償還において評価することはできないかもしれません。また、革新的な医療

機器への評価を低くすべき理由もありません。しかしながら、日本が置かれている開発の

現状を踏まえて、革新的な医療機器だけでなく健康寿命の延伸に寄与するような医療機器

についても一応評価の対象とすべきものと思われます。

(4)個別化医療の進展と「Investing in Health」を見据えた医療政策の全体の再考

日本の医療政策全体の方向性は、「個別化医療」と「Investing in Health」の 2 つの観点

から再考が迫られていくことでしょう。そして、医療機器の開発に関する政策一般も、個

別化医療と健康投資の 2 つの観点を反映したものになると思われます。

Page 13: 医療機器の開発に関する政策研究ユニット2 1.はじめに 東京大学における医療機器に関する政策研究ユニット(以下、「医療機器ユニット」と標

13

個別化医療は、よく知られているように「情報に基づく医療」(Personalized medicine,

Phramacogenemics, or Personal health)と評されるものです19。遺伝子情報等の分析解析

に基づいて、病気の予測・予防、早期診断、悪化を防止、最も効果的な医薬品を特定し、

より正確に容量を決め、それぞれの患者に投与するのが個別化医療の核心であり、より精

密な診断と早期の介入、より効率的な医薬品の開発、より効果的な治療が可能になるもの

と期待されています。個別化医療が社会に及ぼす影響は大きく、医薬品・医療機器等の開

発、医療提供体制、患者と医師の役割を大きく変えるでしょう20。たとえば21、医療機器等

の開発では、製品が有効かそうでないかではなく、むしろどんな人にとってより有益かが

重要になり、「製品」の開発というより、むしろ「製品」の使い方、新たな治療法や病気の

管理方法の開発が重視されるようになります。また、医療保険については、人それぞれの

健康リスクが相当異なることが明らかになると、機能しなくなるおそれさえあります。さ

らに、医師と患者の役割も変容していきます。すなわち、医療情報が患者にもシェアされ

るようになり、当該情報に基づく治療方針決定について、患者の関与がより大きくなるも

のと考えられています。

個別化医療は、先に取り上げた遺伝子診断キットの販売などを通じて注目を集めていま

すが22、医療政策全体に影響を及ぼすトレンドの 1 つです。再生医療は、もともと個別化医

療に近い性質を持っていますが、医薬品だけでなく医療機器の開発についても個別化医療

のトレンドを反映した政策が適時に導入される必要があります。そういう意味では、医療

関連製品の規制は、それぞれ製品特性を踏まえることはいうまでもありませんが、相互に

影響を及ぼしうる可能性があります。1 つの例を挙げると、再生医療等製品については、医

薬品医療機器等法に基づくいわゆる「条件・期限付き承認制度」が導入されました。この

制度は、再生医療等製品ではヒトの細胞を用いることから、個人差を反映すると品質が不

均一となるため、有効性を確認するためデータの収集・評価に長時間を要することを前提

にしています。そして、安全性については急性期の副作用等は短期間で評価を行うことが

でき、他方で有効性については、一定数の限られた症例から従来より短期間で有効性を推

定することとしました。個別化医療という大きなトレンドによれば、いずれ再生医療分野

にかかわらず、対象患者群が非常に限定されているアンメットメディカルニーズの高い分

野について同じような制度の応用があり得るかもしれません。米国では、抗がん剤の分野

19 US Department of Health and Human Services, Personalized Health Care: Opportunities, Pathways,

Resources, Sep. 2007; PMC, Personalized Medicine: An Introduction; European Commission, Biobanks

for Europe A Challenge for Governance, 2012, pp. 17-18 20 Darrell West, Enabling Personalized Medicine through Health Information Technology, Brookings

Institution, Jan. 28, 2011, at 3-6. 21 以下について、See, e.g., Cesuroglu, T; van Ommen, B; Malats, N; Sudbrak, R; Lehrach, H; Brand,

A. Public health perspective: from personalized medicine to personal health. Personalized Medicine

2012, Vol. 9, No.2 pp 115-119; Canestaro, WJ; Martell, LA; Wassman, ER; Schatzberg, R. Healthcare

payers: a gate or translational bridge to personalized medicine? Personalized Medicine 2012, Vol.

9, No. 1, pp. 73-84 22 大西昭郎・佐藤智晶「医療機器を介した健康・医療の分野横断的なイノベーションに向けて-遺伝子検

査ビジネスを例に-」医薬品医療機器レギュラトリーサイエンス 45巻 8号(2014年)652-657頁

Page 14: 医療機器の開発に関する政策研究ユニット2 1.はじめに 東京大学における医療機器に関する政策研究ユニット(以下、「医療機器ユニット」と標

14

で類似の議論が進められています23。

健康寿命の延伸という目標を達成するためには、医療だけでなくむしろ健康分野への投

資が重要です。今後、医療機器およびウェルネス機器の開発は、健康の維持と増進に資す

る形で発展していくことでしょう。

今後、医療改革において着目すべきは「Investing in Health」です。これを「健康投資」

と訳すかどうかはさておき、(投資対象としての)健康との関係から医療について再考する

ことなしに、医療改革の成功は期待できません(なお、日本では「健康投資」というと、「保

険者や企業等による健康増進・疾病予防に資する公的保険外のサービスの購入・利用」と

されていますが、欧米でいう「Investing in Health」はそのような意味で使われていない

ことに留意が必要です)。

世界における健康分野への関心は 1990 年代から高かったものの、2010 年以降医療分野

において疾病予防を重視する流れのなかで新たなフェーズを迎えたといえます。1993 年の

世界銀行レポート「Investing in Health」以来、健康分野への投資が国を富ませるという

理解は実証されつつあり、皆保険制度への期待が「ユニバーサル・ヘルス・カバレッジの

実現」という具体的な目標へと進化してきました。2010 年には、米国と英国で疾病予防の

有効性を支持する論文が相次いで公表され24、その後、疾病予防は医療分野で脚光を浴びて

います。

これまで我が国における医療改革では、維持増進すべき「健康」の中身を十分に問うこ

となく、「医療費の適正化」(国民医療費の総額やその伸び)にばかり議論が集中してきま

した。そして、医療費の適正化とともに必要不可欠な要素たる「健康」の維持増進につい

ては所与の前提とされ、ほとんど議論されてきませんでした。たとえば、実際に投じられ

ている医療費よりも大きい生産性損失のような社会的損失が生じていることに目を向けな

いままで、医療費適正化の議論が続けられてきました25。

23 See, e.g., Mark McClellan, et al., Improving Evidence Developed from Population-Level Experience

with Targeted Agents, Issue Brief: Conference on Clinical Cancer Research, November 2014 24 See, e.g., Koh HK, Sebelius KG. Promoting prevention through the Affordable Care Act. N. Engl.

J. Med. 2010 Sep 30;363(14):1296-9; Boyce T., et al. A pro-active approach Health Promotion and

Ill-health prevention. The Kings Fund. 2010 25 たとえば、欧州ではメンタルヘルスの低下が労働生産性に与える影響について経済評価が試みられてい

ます。EU加盟国 27か国では、職場におけるうつ病の総費用が年間 6200億ユーロ、1つの加盟国あたり約

230億ユーロに上るという。最も大きな費用として挙げられているのは、医療費ではない。興味深いこと

にアブセンティーズム(欠勤)やプレゼンティーズム(身体的・精神的不調によって職務遂行能力が落ち

込み、仕事上何らかの支障が生じている状態)が最も大きく 2700億ユーロ、単純に 27加盟国で割っても

100億ユーロとなっており、一加盟国あたり年間総費用の 43パーセントを占めています。生産性の損失は

2400億ユーロ(一加盟国あたり 89億ユーロ)、治療費は 600億ユーロ(一加盟国あたり 22億ユーロ)、就

業不能給付費は 400億ユーロ(一加盟国あたり 15億ユーロ)となっています。対 GDP費で計算しても、欧

州における精神疾患の社会的コストは大きいという報告さえあります。たとえば、OECD の最近の調査によ

れば、精神疾患のコストは対 GDP費で約 3パーセントから 4.5パーセントにも上るということです。 See

Executive Agency for Health and Consumers. Economic analysis of workplace mental health promotion

and mental disorder prevention programmes and of their potential contribution to EU health,

socialand economic policy objectives. May 2013; Christopher PRINZ (OECD), Sick on the Job? Myths

and Realities about Mental Health and Work, Seminar series at the European Centre for Social Welfare

Page 15: 医療機器の開発に関する政策研究ユニット2 1.はじめに 東京大学における医療機器に関する政策研究ユニット(以下、「医療機器ユニット」と標

15

他方、欧米における医療改革は、「Investing in Health」や「Investing in healthier future」

という大枠の中で、個人の生産性向上や生産性損失という視点を含めて議論されています26。

欧米では、健康・医療分野に投じられている莫大なお金で保障すべき価値(health を含む)

とは何なのか、投じられるお金がその価値に十分見合っているのか、という議論が 2020 年

を見据えて進められています。医療費適正化への取り組み度合いに差はあるものの、「health」

とは何か、どのような指標で「health」を計るか、当該指標を改善するためにどのような介

入を行うべきかなど健康寿命の延伸のために「health」の中身を問い直す試みが急がれます。

2014 年 7 月 22 日に改定された我が国の「健康・医療戦略」でも、いわゆる健康分野が

クローズアップされ、KPI(Key Performance Indicators)が導入されています。これらの

ことは率直に評価されるべきです。また、首相官邸で開催されている「社会保障制度改革

推進本部」の議論では、少しずつですが、健康と医療分野を統合するような方向性を垣間

見ることができます。

医療機器の開発に関する政策は、個別化医療のみならず「Investing in health」という 2

つのトレンドを適切に反映し、究極的には健康寿命の延伸に貢献する形で設計されなけれ

ばなりません。

5.改革に向けた新しいツール

(1)グローバルな動向を公開の場で議論

医療機器ユニットでは、グローバルな視点で政策動向を公開の場で議論し続けて参りた

いと考えています。米国ブルッキングス研究所や英国のチャタムハウスなどの政策シンク

タンクを例に挙げるまでもなく、公開の場でステイクホルダーが集まり、自由闊達な議論

ができることは、医療機器を含めて健康・医療分野の改革にとって必要不可欠です。費用

を負い、技術の恩恵を受ける患者を含む国民がより多く参加する形で、医療機器の開発に

関する政策は具体化されていくべきだと思われます。

健康・医療分野、もっと正確にいえば社会保障に関する議論は、必ずしも簡単に結論が

出るものではありません。たとえば、社会保障に関する議論は、最も政治的であってはな

らないのに政治的になってしまうことが避けられない、と言われることがあります。所得

や世代間の格差を越えて、健康寿命の延伸のためにいかなる改革が必要なのかを議論する

必要がありますが、それを実現し、政策として具体化するためには多大な時間と労力が投

入されなければなりません。ちなみに、米国の食品医薬品局は、2012 年の連邦議会の立法

に基づいて、ステイクホルダーミーティングの回数を大幅に増やし、今後 20 回の開催を予

Policy and Research, 15 February 2013, at 5. 26 See, e.g., European Commission, Investing in Health, Commission Staff Working Document Social

Investment Package, February 2013; IOM, Toward Quality Measures for Population Health and the

Leading Health Indicators (2013); IOM, For the Public's Health: Investing in a Healthier Future

(2012)

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16

定しています27。

(2)ヘルスケア・ポリシー・イノベーション・インディケーター

医療機器ユニットでは、次章で説明するような形で、医療機器の開発に関する政策の動

向を検証し、皆様にお伝えします。

(3)Monthly Brief on New Topics for Medical Device

医療機器ユニットでは、医療機器の開発に関する政策形成につながるようなレポートを

毎月 1 本程度公開します。日本の話だけにとどまらず、欧米や ASEAN 地域についての新

しい情報を、大学の知識で分析を加えつつ簡易な言葉で提供したいと考えています。

大学という機関では、これまで「医療機器の開発」という話題を研究対象にすることは

ほとんどありませんでした。医療機器業界は、医薬品のように目立つ業界と異なり、2005

年から少しずつ国民の注目を集めはじめ、発展を遂げてきました。医療機器業界の発展に

遅れる形ではありますが、医療機器ユニットはステイクホルダーの一翼を担うべく、情報

発信を強化して参ります。

また、将来的には医療機器の開発に関する情報が自然に集まる媒体として皆様に認知し

ていただけるように、少しずつ内容を充実・強化させていく所存です。

6. ヘルスケア・ポリシー・イノベーション・インディケーター

医療機器ユニットでは、昨年度の報告書からメディア分析などを通じた医療機器の開発

に関連する政策に対する国民の期待値や政策のパフォーマンスを可視化することに取り組

んでいます。

ここまで述べてきたように、医療機器の開発に関連する政策はダイナミズムを伴い変遷

してきており、そうした政策の数々が一定の成果を上げていることは間違いありません。

しかしながら、実際の政策の進展が具体的に国民生活の向上、そして医療産業の発展にど

のようにつながっているのか、また政府による取り組みがどれほど有効なものであったの

かは判然としないところです。

そこで、本年度の報告書では、まず昨年度と同様に新聞および学術論文などのメディア

において医療機器に関するイノベーションがどれくらい取り上げられているのかを調査し、

医療機器の開発に関する政策への社会的関心や期待を俯瞰した後、新たな試みとして政府

による研究開発投資の推移、PMDA における審査体制の拡充、そして審査の申請や承認の

動向等を数量的に補足してみることで暫定的な可視化を試みることにします。

27 See FDA, Food and Drug Administration Safety and Innovation Act (FDASIA), Nov. 5, 2014, available

at

http://www.fda.gov/RegulatoryInformation/Legislation/FederalFoodDrugandCosmeticActFDCAct/Signi

ficantAmendmentstotheFDCAct/FDASIA/default.htm

Page 17: 医療機器の開発に関する政策研究ユニット2 1.はじめに 東京大学における医療機器に関する政策研究ユニット(以下、「医療機器ユニット」と標

17

(1)メディア分析による医療機器分野のイノベーションに関する期待値

以下の図表は、新聞各社が保有する記事データベースおよび国立国会図書館サーチとい

った各種データベースを利用し、医療機器政策に関連するキーワードの登場頻度を測定し

てみた結果です28。新聞各社の記事数および国立国会図書館のデータベース登録論文数のみ

で「社会的な関心の度合いを測定する」とまではいえないにせよ、こうした比較的普及率

の高い新聞媒体等からは、少なくとも社会的な関心の一端、より具体的にはメディアが紙

面として取り上げるだけに値すると判断し、報道のためにコストを割いた回数については

明らかにすることができるものと考えられます2930。

図 1 は、上述の各データベースにおいて、「医療」と「イノベーション」というキーワー

ドを含む記事を抽出し、各年の記事数の経年変化を示したものです。図 1 をみる限り、医

療分野をめぐるイノベーションに関する社会的な関心の変化について、およそ次のような

ことがいえそうです。

まず第 1 に、メディアや学術論文関連に共通する全体的な特徴として、2013 年にかけ

て記事数の増加が順調に進んでいた一方、2014 年にはほとんどの媒体において記事数の減

少がみられます。具体的にいえば、毎日新聞のみ記事数が純増傾向にありますが、他紙に

ついては 2012 年度と同程度の水準に減少していることがわかります。

第 2 に、政策動向との関連性についてです。旧 5 ヵ年戦略および医療イノベーション

戦略、そして本報告書において既に述べた日本再興戦略および健康・医療戦略など、政府

レベルの政策方針として医療分野のイノベ―ションが強く打ち出されていることもあり、

記事の内容はそれらに関する言及を中心としているものと思われます(地方自治体におけ

る取り組みを含む)。2014 年についてみると、日本再興戦略および健康・医療戦略の改定が

みられた一方で、記事数は全体としては減少しています。メディアの観点から見た場合、

これらの国家戦略の改定は、昨年ほどのインパクトをもって受け止められなかったものと

推察されます。もっとも、目新しさという点が記事数を左右するという前提に立った場合、

別の解釈も可能です。すなわち、主に内容上のアップデイトや議論の具体化のために行わ

れた 2014 年の戦略改定が、昨年の戦略策定ほど大きく取り上げられなかったのは当然とい

えるかもしれません。

28 データベースは、日本経済新聞社『日経テレコン 21』、読売新聞社『ヨミダス歴史館』、朝日新聞社『聞

蔵 II ビジュアル』、毎日新聞社『毎日ニュースパック』をそれぞれ利用。なお、ここでの参照記事数には

全国版、地方面における記事数を含んでいる。 29 ここでは、医療機器に関する政策が埋め込まれ・成熟するにつれ、また社会的関心や期待が高まれば高

まるほど、メディアにおいて「医療機器」について取り扱われる件数が増加するという前提に立っている。 30 本調査は、試験的な取り組みであるためデータの正確さを確保する目的でのクリーニング作業を行って

おらず、たとえば医療機器を中心とした記事であるか等の内容判断に基づく正確な数値ではない点は留意

されるべき点である。より厳密さを追求するにあたっては、およそ次のような作業を要する。例えば、複

数の検索タームを用いる場合において、現在の方法ではどちらかタームが含まれている場合にはカウント

しているが、実際には同じ記事内でそれぞれのキーワードが別々の文脈で用いられていたり、関連付けの

ない形で使用されているケースが想定される。また、新聞各社のデータベースそのものが、自社のコンテ

ンツをすべてデータベース化しているわけではなく、アクセス可能な資料の範囲にばらつきがみられる点

などデータソースの統一性等の整合性が考慮されるべきである。

Page 18: 医療機器の開発に関する政策研究ユニット2 1.はじめに 東京大学における医療機器に関する政策研究ユニット(以下、「医療機器ユニット」と標

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図 1 新聞記事データベースにおける「医療」「イノベーション」を含む記事数の変化

2009 2010 2011 2012 2013 2014

日本経済新聞 109 114 144 213 279 249

読売新聞 11 52 42 71 124 75

朝日新聞 21 40 29 78 82 75

毎日新聞 8 15 14 25 40 68

国立国会図書館サーチ 31 47 85 110 76 50

0

50

100

150

200

250

300

記事

医療&イノベーション

出所)新聞各社による新聞記事データベースをもとに筆者作成.

このように、メディアによる取り上げ方を見る限り、医療分野におけるイノベーション

に関する社会的関心は全体的には高まりをみせながら、政府の政策動向に強い相関をもっ

て推移しているといえそうです。今日加速をみせる国内外における医療分野に関連する制

度や規制環境の変化は、引き続きメディア・国民全体からの関心を呼ぶことでしょう。

次に、図 2 は図 1 の場合と同じく、新聞等の各データベースをもとに、「医療機器」と

「イノベーション」というキーワードを含む記事数の経年変化を示したものです。これを

みると、医療機器分野におけるイノベーションについての社会的な関心のあり方として、

次のようなことがいえそうです。

まず指摘できるのは、2012 年にかけて記事数が緩やかに増加傾向にあったこと、また

2013 年の記事数は前年までのそれと比べて飛躍的に増加しており、まさにピークを迎えて

いたことです。たとえば、読売新聞の場合、2013 年の記事数は 2009 年の記事数の約 13 倍

になっていますが、2014 年には 2012 年と同様の水準に戻っています。これは、既に説明

したとおり、2013 年には各国家戦略において医療機器を成長産業にすることが謳われた他、

薬事法改正、医療機器普及促進法といった法整備の進展など、医療機器分野をとりまく大

きなダイナミズムについてフォーカスされていたことを伺わせる結果となっています。

また、図 1 との関連についていえば、こうした医療機器関連の記事数の傾向は基本的に

「医療&イノベーション」に関する記事の増減と類似していることがわかります。医療機

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図 2 新聞記事データベースにおける「医療機器」「イノベーション」を含む記事数の変化

2009 2010 2011 2012 2013 2014

日本経済新聞 16 20 27 58 78 62

読売新聞 4 3 11 17 55 16

朝日新聞 3 4 4 17 23 11

毎日新聞 2 3 7 7 10 12

国立国会図書館サーチ 2 2 12 17 15 5

0

10

20

30

40

50

60

70

80

90

記事

医療機器&イノベーション

出所)新聞各社による新聞記事データベースをもとに筆者作成.

器分野に対する関心の高まりが医療分野全体のイノベーションについての関心をも押し上

げうること、そして当然のように医療全体への問題関心を問うことが医療機器分野に対す

る一層のフォーカスを促すものと考えられます。

このように、医療機器分野は「医療」全体を構成する多様な領域のなかでも、特にダイ

ナミズムを伴う分野の一つといえ、今後の発展可能性を含めて文字通り社会的に高い関心

と期待が向けられていると考えられます。確かに、2014 年度にみられた記事数の減少は、

一見すると政府による取り組みの鈍化とそれによる社会的関心の低下という評価もなされ

うるように思われます。しかしながら、現在は 2013 年に埋め込まれた各政策や規制改革が

まさに具体化される途上にあり、これらの各種取り組みが実際の成果として現れるにつれ、

賛否を伴う評価を含めて改めて関心が高まりをみせるでしょう。その意味で、2014 年にお

ける記事数の減少は決して消極的に受け止められるべきものではなく、いわゆる「政策の

ラグ」を前提にすれば、極めて自然な結果と表現することができそうです。

以上にみたメディアによる取り上げ方の変化は、新聞・雑誌等の購読者にとっては医療

分野におけるイノベーションに関する記事に触れる機会が潜在的に増えていることを示す

ものです。購読者層には患者を含めて医療に関する様々なステイクホルダーが含まれてい

ますが、社会的関心の高まりは、医療分野の政策の方向性を占うものとして大変重要な意

味をもつものと考えられます。

Page 20: 医療機器の開発に関する政策研究ユニット2 1.はじめに 東京大学における医療機器に関する政策研究ユニット(以下、「医療機器ユニット」と標

20

図 3 新聞記事データベースにおける記事数の変化(全体)

11

5242

71

124

75

109 114

144

213

279

249

0

50

100

150

200

250

300

2009 2010 2011 2012 2013 2014

記事

記事数の推移

医療機器&イノベーション 医療&イノベーション

出所)新聞各社による新聞記事データベースをもとに筆者作成.

(2)医療費と市場規模の関係

①医療費

続いて、医療費の規模と市場規模の関係について検討してみたいと思います。

まず表 1 は、2009 年から 2013 年にかけての 5 年間における医療費および国民医療費の

動向を示したものです。これをみると医療費は毎年概ね 3%程度の伸びで推移していること

がわかります。2013 年度には、国民医療費は 41.8 兆円にのぼり、前年度から約 3.4 兆円も

増加をみせています。

表 1 医療費の推移 (兆円)

出所)財務省「平成 26 年度予算編成の課題」(2014)および 厚生労働省「平成 24 年度国民医療費の概況」

(2014)をもとに筆者作成.31

31 ここでは、「国民医療費」について厚生労働省統計情報部が公表している「国民医療費」および財務省主

計局の予算編成向け資料をもとにしている.国民医療費の推計を用いている.医療費に関する統計について

2009 2010 2011 2012 2013 2014

国民医療費(厚労省) 35.3 36.6 37.8 38.4 39.3

国民医療費の伸び率 3.4% 3.9% 3.1% 1.7%

国民医療費(財務省) 36.0 37.4 37.8 38.4 41.8

国民医療費の伸び率 3.4% 3.9% 3.1% 1.7%

うち高齢化影響 1.4% 1.6% 1.3% 1.4%

うち医療の高度化等 2.2% 2.1% 2.1% 0.5%

うち人口増の影響 ▲0.1% 0.0% ▲0.2% ▲0.2%

うち診療報酬改定 0.19% 0.004% 0.10%

Page 21: 医療機器の開発に関する政策研究ユニット2 1.はじめに 東京大学における医療機器に関する政策研究ユニット(以下、「医療機器ユニット」と標

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②市場規模

次に、図 4 はここ 5 年間の医療機器産業の市場規模の推移を示したものです。この図か

らは、おおまかに次の 3 点のことがいえそうです。

第 1 に、市場規模自体は毎年拡大傾向にあり、2013 年度には約 2.7 兆円に達しています。

一方で、伸び率自体の変化にはややばらつきがみられます。2012 年度のように 8.6%の伸

びがみられる場合もあれば、2013 年度のように 0.3%程度の増加にとどまるケースも散見

されます。

第 2 に、国内生産額の順調な増加がみられる点です。2013 年度は 2012 年度と同程度の

約 1.9 兆円となっているものの、それでも 2009 年からの 5 年間で約 5,000 億円もの増加と

なっています。

第 3 に、輸出入の動向についてです。2009 年度から 2011 年度にかけてはゆるやかに輸

入額が減少していた一方で、2012 年度以降は再び輸入増という傾向がみられます。全体と

図 4 医療機器分野に関する市場規模と伸び率の推移

2009 2010 2011 2012 2013

市場規模 2,176,007 2,315,497 2,385,998 2,593,570 2,675,812

生産金額 1,576,198 1,713,439 1,808,476 1,895,239 1,905,492

輸入金額 1,074,964 1,055,418 1,058,373 1,188,388 1,300,816

輸出金額 475,155 453,360 480,851 490,057 530,496

市場規模伸び率 -2.2 6.4 3 8.6 0.3

-4

-2

0

2

4

6

8

10

0

500,000

1,000,000

1,500,000

2,000,000

2,500,000

3,000,000

伸び

率%

金額

(百万

円)

医療機器分野に関する市場規模の推移

出所)厚生労働省「平成 26 年度薬事工業生産動態統計」(2014)をもとに筆者作成.32

は様々なものが公表されておりそれぞれの推測値に違いがみられているが、一般には内容構成やデータ範

囲の点で厚労省の国民医療費の方が重用されるケースが多いとされる. 大谷敏彰「我が国の医療費の現状

~医療を巡る問題を考える(1)」経済のプリズム,No.16, 2012.11,21-22.参照. 32 市場規模の算定方法については、次のとおりとした. 国内市場規模=国内生産額+輸入額-輸出額.

Page 22: 医療機器の開発に関する政策研究ユニット2 1.はじめに 東京大学における医療機器に関する政策研究ユニット(以下、「医療機器ユニット」と標

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しては大きな輸入超の構造となっているものの、2010 年度以降は輸出額もゆるやかに増加

をみせており、2013 年度には約 5,300 億円に至る規模となっています。

このように、医療機器分野の市場規模はゆるやかながらも拡大傾向にあります。国内生産、

輸出、輸入のいずれにおいても増加がみられている点は、市場全体が活性化している様子

をうかがわせるものといえます。

③医療費と市場規模の相関

最後に、医療費の増加と市場規模の関係性についてみてみたいと思います。

ここまでにみた医療費と市場規模のそれぞれの推

移について相関関係を調べたものが左の表 2 になり

ます。これをみると、厚労省による医療費推計と市場

規模については完全相関となっており、市場規模の拡

大が国民医療費の増加と強い関係性にあることを示

唆するものといえます。

一方で、財務省の資料をもとにした国民医療費につ

いては、市場規模、輸入金額、輸出金額では同様にわ

かりやすい相関がみられているものの、特に生産金額については他の要素ほどの強い相関

がないことがわかります。

このような医療費をめぐる厚労省と財務省の推計値の違いがどのような理由で生じてい

るのかは定かではありませんが、仮に財務省の推計値を前提とした場合には、医療機器の

市場規模の拡大、なかでも国内における生産額とは別の何らかの理由により医療費が押し

上げられている、いいかえれば医療機器の国内生産と医療費の関係は無関係とはいえない

までも一定程度の自立性も存在している、と考えられます33。

(3)審査・承認と審査体制の関係

図 5 は、独立行政法人医薬品医療機器総合機構(以下、PMDA)において行われている医療

機器に関する審査・承認の実績についてその推移を示したものです34。これをみると、承認

後発以外のすべての項目で緩やかながらも件数の純増傾向がみられていることがわかりま

す。とりわけ、相談件数については後発を中心に 2011 年以降大幅な伸びがみられているほ

か、承認新規についても 2013 年は 80 件と 2009 年の 2.42 倍の水準となっているなど、近

年の PMDA における審査体制の拡充にあわせて順調な実績の向上がみられています。

続いて、審査体制の拡充と承認・審査の実績との相関についてみてみたいと思います。

表3および表4は、図3において示した審査・承認に関する各項目について、申請と相談・承

33 この国民医療費をめぐる推計値の違い、さらにはそれをもとにした相関係数の違いについては、稿をあ

らため詳細な検証を行うこととする. 34 本節の記述は、独立行政法人医薬品医療機器総合機構による平成 25事業年度業務報告に記載のデータに

もとづく.

国民医療費

(厚労)との

相関係数

国民医療費

(財務)との

相関係数

市場規模 1 0.851608445

生産金額 1 0.677894482

輸入金額 -1 0.928837589

輸出金額 -1 0.936485619

表 2 医療費と市場規模の相関

Page 23: 医療機器の開発に関する政策研究ユニット2 1.はじめに 東京大学における医療機器に関する政策研究ユニット(以下、「医療機器ユニット」と標

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図 5 審査・承認状況と審査体制の推移

0

200

400

600

800

1000

1200

1400

1600

1800

2000

2009 2010 2011 2012 2013

件数

(人数

)

審査・承認の推移

申請新規

申請改良

申請後発

治験

相談新規

相談改良

相談後発

承認新規

承認改良

承認後発

審査部門人数

申請新規 申請改良 申請後発 治験 相談新規 相談改良 相談後発 承認新規 承認改良 承認後発 審査体制(人)

2009 33 30 1797 27 51 303 465 33 30 1797 47

2010 15 40 1391 29 61 347 549 15 40 1391 56

2011 27 55 907 25 71 341 543 27 55 907 73

2012 41 44 1216 32 82 376 606 41 44 1216 90

2013 80 63 958 31 87 408 742 80 63 958 104 出所)独立行政法人医薬品医療機器総合機構「平成25事業年度業務報告」(2014)をもとに筆者作成35.

認の相関、さらには近年PMDAにおいて試みられている審査体制の拡充(医療機器審査

部の増員)との相関を分析したものになります。

まず対申請との相関についてみると、次の2点の特徴が読み取れます。第1に、相談につ

いては新規・改良に強い相関、後発についてもかなりの程度で相関がみられています。こ

のことは、PMDAが実施している薬事戦略が実際の申請にある程度有効に機能しているこ

とを示しているといえそうです。第2に、申請に至るすべての案件、すなわち新規・改良・

後発のどの類型においても、申請されたものがすべて承認さ

れているということがわかります。これは、薬事戦略相談の

段階において、承認の可能性について実質的な判定がなされ

ており、その際承認の可能性が低いものについては相談の過

程を通じて申請に至らないよう誘導されていることを予想

させるものといえます。

このように、薬事戦略を通過し申請に至ることさえできれば承認自体は得られる、とい

35 審査体制の拡充実績については、内閣官房健康・医療戦略推進本部第 6回健康・医療戦略参与会合にお

ける近藤達也委員(PMDA理事長)提出資料をもとにしている.

対申請との相関係数相談新規 0.710605503相談改良 0.793364243相談後発 -0.689654073承認新規 1承認改良 1承認後発 1

表 3 申請との相関

Page 24: 医療機器の開発に関する政策研究ユニット2 1.はじめに 東京大学における医療機器に関する政策研究ユニット(以下、「医療機器ユニット」と標

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うのが現状の運用ということができそうです。

次に、審査体制(審査部門+安全部門+救済部門)の拡充との相関についてみてみます。

これをみると、治験を除くすべてのパターンにおいて極

めて強い相関がみられていることがわかります。つまり、

PMDAにおける医療機器分野の審査体制の拡充は、実際に

申請・相談・承認のいずれの段階においても、審査体制の

拡充と比例する形で件数も増加をみせており、申請者にと

って好意的な結果となっているといえそうです。とりわけ

相談についてはその特徴は顕著であり、新規については係

数が+0.99、改良についても+0.94、後発が+0.93となるな

ど、いずれも極めて高い数値となっています。

以上からわかるように、PMDAにおける医療機器分野の審査体制の拡充は、申請・相談・

承認のいずれも段階においてもある程度有効に機能しており、とりわけ薬事戦略相談に関

する件数の増加の主要な要因となっていると考えられます。

(4)研究開発予算と承認件数・保険適用件数の関係

最後に、政府の医療機器分野に関する研究開発予算の推移と製品の承認状況、保険収載の

状況との関係についてみてみたいと思います。

① 医療機器分野に関する研究開発予算

表5と図6は、2015年4月から発足する日本医療研究開発機構(AMED)に移管される各省

の事業を対象に、特に医療機器分野に関する事業のみを取り出し、当該事業についての各

省のこれまでの予算規模を経年的に並べたものになります。

これをみると、2012年の医療イノベーション5ヵ年戦略の策定以降、厚生労働科学研究費

補助金のような既存の事業以外の各省の個別事業(たとえば、経済産業省の課題解決型医

療機器等開発事業や厚生労働省の医薬品承認審査等推進費など)の予算が拡大していること

がわかります。これは、医療イノベーション5ヵ年戦略に盛り込まれた内容を根拠とした各

省の積極的な予算要求がみられたことによります36。

さらに、2014年以降については、AMEDの主要な事業の1つとして「オールジャパンの医

療機器開発」が掲げられたこともあり、特に経済産業省を中心に新たな事業を打ち出され、

2015年度予算は全体として145億円規模(2009年度予算の約2.5倍)となっており、大幅な予

算の拡大がはかられています。その一方で、文部科学省の先端計測分析技術・機器開発プ

ログラムといった大型の既存事業が継続ないし新規の事業として継承されていないものも

存在する点は、留意されるべきであろうと思われます。

36 各省による各年度の行政事業レビュー参照. 概算要求前に取りまとめられる行事業レビューは、当該事

業に対する予算要求を行う際の根拠としてより上位の政策、施策との関連性についての記述が求められる

ことが多い.

審査体制との相関係数

申請新規 0.804293646申請改良 0.832183133申請後発 -0.772580941

治験 0.61655955相談新規 0.989392565相談改良 0.941227733相談後発 0.926500326承認新規 0.804293646承認改良 0.832183133承認後発 -0.772580941

表 4 審査体制との相関

Page 25: 医療機器の開発に関する政策研究ユニット2 1.はじめに 東京大学における医療機器に関する政策研究ユニット(以下、「医療機器ユニット」と標

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表 5 医療機器分野に関する研究開発予算の推移(日本医療研究開発機構所管分のみ)

事業名(新) 事業名(旧) 2009 2010 2011 2012 2013 2014 2015

先端計測分析技術・機器開発プログラム ライフイノベーション領域

最先端技術シーズの開拓 12.05 11.6 11.84 11.37 12.05 14.1 0

医療分野研究成果展開事業

研究成果展開事業(A-STEP、S-イノベ、産学共創)

大学シーズの適切な移転 16.11 15.5 15.83 15.2 18.57 18.9 21.7

28.16 27.1 27.67 26.57 30.62 33 21.7未来医療を実現する医療機器・システム研究開発事業

日本初、国際競争力の高い機器開発

35 41.5

医工連携事業化推進事業課題解決型医療機器等開発事業

中小企業のものづくり技術の活用

29.9 10 22.08 33.41 30.5 31.9

ロボット介護機器開発・導入促進事業

介護現場で実際に使えるロボット機器の開発

25.5

29.9 10 22.08 33.41 65.5 98.9国産医療機器創出促進基盤整備事業等

機器開発を行う医療機関での人材育成

0.64 0.7

審査の迅速化・質の向上と安全対策の強化

医薬品承認審査等推進費適切な審査と安全対策のための基盤整備

6.9 15.81 8.02 20.93 17.43 8.55 12.1

先端的基盤開発研究経費(医療機器開発推進研究経費)

厚生労働科学研究費補助金 医療機器開発推進研究経費

日本発の革新的医療機器の創出

23.17 17.11 17.09 12.27 9.66 13.38 11.7

30.07 32.92 25.11 33.2 27.09 22.57 24.5

58.23 89.92 62.78 81.85 91.12 121.07 145.1

文部科学省

経済産業省

厚生労働省

趣旨事業

予算額(億円)

総計

出所)各省行政事業レビュー(各年度)および内閣官房「平成27年度医療分野の研究開発予算のポイント」

(2014)同「平成26年度医療分野の研究開発予算のポイント」(2013)をもとに筆者作成.3738 39

図 6 各省における研究開発予算の推移(日本医療研究開発機構所管分のみ)

28.16 27.1 27.67 26.57 30.62 3321.7

29.9

1022.08

33.41

65.598.9

30.07

32.92

25.11

33.2

27.09

22.57

24.5

0

20

40

60

80

100

120

140

160

2009 2010 2011 2012 2013 2014 2015

予算

額(億

円)

各省予算の推移

文部科学省 経済産業省 厚生労働省

出所)各省行政事業レビュー(各年度)および内閣官房「平成27年度医療分野の研究開発予算のポイント」

37 AMEDの 2015年度予算については本稿執筆時点においては未成立であるが、すでに 2014 年 7月に内閣官

房健康医療戦略推進本部が概算要求の取りまとめ過程で各省からの予算要求に関する折衝が行われ閣議決

定もなされている。2015 年 1月 14日には、実際に概算要求どおりに政府予算案として閣議決定された. 38 文部科学省の予算については、いずれも独立行政法人科学技術振興機構(JST)の運営費交付金の一部とな

っている。運営費交付金のうち、どの程度が医療機器分野の研究開発に充当されたかは不明瞭であり、こ

こでは内閣官房「平成 26年度医療分野の研究開発予算のポイント」(2013)において推計値として出されて

いる値を基準に、それが運営費交付金の全体額に占める割合を抽出し、各年度の交付金額の総額に乗じる

ことで推計値を算出している. 39 なお、厚生労働省移管事業の一部である「審査の迅速化・質の向上と安全対策の強化」については医薬

品を含めたものとなっている点は注意を要する.

Page 26: 医療機器の開発に関する政策研究ユニット2 1.はじめに 東京大学における医療機器に関する政策研究ユニット(以下、「医療機器ユニット」と標

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(2014)同「平成26年度医療分野の研究開発予算のポイント」(2013)をもとに筆者作成.

②研究開発予算と承認状況の関係

表6は、上述の図において示した政府の研究開発予算(AMED移管分)について、審査・承

認との相関を分析したものになります。

この表からは、次のような特徴が読み取れます。

第1に、比較的強い相関がみられるものとして、治験、相

談改良、相談後発が挙げられる点です。政府の研究開発予算

の増加は、治験の実施やPMDAにおける薬事戦略相談の件数

に好意的に影響しているということがいえそうです。

第2に、申請に関して新規・後発についてはわずかに相関

がみられているものの、後発の場合については逆相関となっ

ており、政府の研究開発費が増えるにつれ承認件数が少なく

なる傾向がみられています。

このように、政府による研究開発に関する政策は、現状では主として治験および薬事戦

略相談の件数の増加に寄与しているものの、実際の製品の承認件数にはあまり有効に機能

しているとはいえない状況にあるようです。

しかしながら、先に述べたように、政府における医療機器分野の研究開発予算の拡大は、

ここ数年飛躍的に高まっており、こうした政策の有効性は必ずしも同時的な相関分析では

測定できない可能性が考えられます。より具体的には、実際に開発者による予算獲得から

実際の研究開発過程を経て製品化されるまでには相当程度まとまった期間を要します。結

果として、政府による予算投入が実際に成果としてあらわれるまでにはどうしても「政策

ラグ」が生じてしまうため、ここでは予算拡大の効果が十分に反映されていない可能性が

ある点は注意を要します。その意味でも、今後も継続的にこうした観測を続けていくこと

が政府による研究開発投資のパフォーマンスを検討するうえで極めて重要な意義を持つも

のと考えられます40。

表 7 医療材料に関する保険適用件数の推移

2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011A2 223 308 357 461 426 383 330B 1861 1767 1440 1504 1893 1574 1456C1及びC2 0 9 8 11 18 39 35

出所)厚生労働省中央社会保険医療協議会 診療報酬調査専門組織医療技術評価分科会資料(中医協 診-7

24.8.22).

40 弱い相関が析出されている理由について、「政策ラグ」以外の要素として、次のような点が考えられる.

ここでの分析が各省から日本医療研究開発機構に移管される事業のみを対象としており、AMEDへの移管対

象外の事業、たとえば文部科学省の科学研究費補助金や厚生労働省による革新的医薬品・医療機器・再生

医療製品実用化促進事業など、医療機器の研究開発予算としてはかなりのボリュームを持った要素が反映

されていない点は留意されたい.

研究開発予算との相関係数

申請新規 0.37023381申請改良 0.410864557申請後発 -0.353322335治験 0.778470836相談新規 0.577349575相談改良 0.793508135相談後発 0.742056813承認新規 0.37023381承認改良 0.410864557承認後発 -0.353322335

表 6 承認状況の相関

Page 27: 医療機器の開発に関する政策研究ユニット2 1.はじめに 東京大学における医療機器に関する政策研究ユニット(以下、「医療機器ユニット」と標

27

③保険適用との関係

最後に、研究開発予算と保険収載の状況との関係について触れておきたいと思います。

表7は、医療材料に関する保険適用件数の推移をまとめた表8をもとに、ここまでにみてき

た研究開発予算との相関を調べたものです41。

これをみると、C区分のみで強い相関がみられていること

がわかります。これは、研究開発に関する予算規模と新たに

保険適用される製品の件数に密接な関係性があることを示し

ています。一方、A2およびBの区分については、逆相関が生

じているばかりか、相関の程度もかなり弱いものとなってお

り、A2にいたってはほとんど相関がない状況にあります。

これは、政府による研究開発予算の大部分が革新的な製品の開発を目的としているもの

に充てられており、そうした研究開発が保険収載に適当な技術として一定程度成熟してい

ることを示す一方で、改良による製品や後発的な製品に対する研究開発に対しては資源が

十分に割かれていない現状をうかがわせるものといえます。

7.おわりに “Investing in healthier future”

医療機器分野は、健康長寿社会を実現するための重要な産業の1つです。医療機器分野

が「より健康な未来」に貢献し続けるためには、健康長寿社会の形成に寄与した者が報わ

れる仕組みの整備が欠かせません。そのような仕組みがあって、はじめて患者や国民はよ

り優れた製品や医療技術の恩恵に与ることができます。そして、そのようないわゆる「出

口」を見通すことのできる環境であればこそ、医師や開発者などの関係者は、よりよい製

品や医療技術を創出する意欲を持つことができ、その結果として、研究開発や投資はさら

に進展することになります。すなわち、より健康な未来に投資することに価値を見いだせ

るだけの信頼と期待を医療機器規制、保険収載・償還制度、その他の関連政策によって醸

成することが必要不可欠なのです。財政再建は重要な課題ですが、医療の質を高めるよう

なインセンティブも必要です。医療の質を高めるようなイノベーションが、社会保障経費

の伸びの抑制につながる可能性もあります。

医療機器ユニットでは、医療機器分野の技術革新を推進することで健康長寿社会と経済

成長を実現するための議論をさらに深めて参ります。

以上

41 医療機器に対する保険適用の件数に関する適当なレポートが存在しないため、ここではやや古いものの

2012年のデータソースとした. また、分析にあたっては、データ間の整合性の観点から 2009年から 2011

年のデータを対象とした.

研究開発予算との相関係数

A2 -0.073033224B -0.382712523

C1及びC2 0.742708167

表 8 保険収載との相関