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同族会社の国際的租税回避を巡る諸問題 (タックスヘイブンを利用する同族会社 及び支配株主に係る課税問題) 吉 川 保 弘 税務大学校

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同族会社の国際的租税回避を巡る諸問題 (タックスヘイブンを利用する同族会社 及び支配株主に係る課税問題)

吉 川 保 弘 税 務 大 学 校

研 究 部

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目 次

はじめに ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 4

1 中小企業の海外進出状況 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 4

2 中小企業及び居住者によるタックスヘイブン利用形態の研究の必要性 ・・・・・・ 4

3 同族会社の国際的課税問題検討の視点 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 6

第1章 問題の提起 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 9

1 本稿の目的 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 9

2 支配株主と同族会社を巡る国際課税問題の提起 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 10

3 支配株主と同族会社を巡る国際課税問題の検討と展開 ・・・・・・・・・・・・・ 12

第2章 我が国タックスヘイブン対策税制の機能と限界 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 19

1 検討すべき論点 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 19

2 タックスヘイブン対策税制の基本的な仕組みと問題点 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 20

3 留保金額を合算課税する根拠の検証 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 24

4 我が国タックスヘイブン対策税制と移転価格 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 26

5 小括 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 29

第3章 移転価格対策税制の機能と限界 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 33

1 検討すべき論点 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 33

2 移転価格対策税制の成立と独立企業間価格基準の機能 ・・・・・・・・・・・・・ 34

3 我が国移転価格対策税制の特徴 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 36

4 我が国タックスヘイブン対策税制との機能比較 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 38

5 移転価格対策税制の問題点と限界 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 39

6 小括 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 43

第4章 同族会社等行為計算否認規定と国際課税規定 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 49

1 検討すべき論点 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 49

2 同族会社行為計算否認規定の基本的な仕組みと機能 ・・・・・・・・・・・・・・・・ 49

3 同族会社等行為否認計算規定と移転価格対策税制 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 52

4 同族会社等行為計算否認規定とタックスヘイブン対策税制 ・・・・・・・・・・・・・・・・・ 55

5 同族会社等行為計算否認規定と国際課税個別規定との適用関係 ・・・・ 58

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6 小括 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 60

第5章 終わりに代えて ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 63

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はじめに

1 中小企業の海外進出の状況

平成10年度の中小企業白書によれば、プラザ合意以後の経済構造変化につ

いて次のように指摘する。「85年のプラザ合意以後、急速な円高が発生した。

86年には円高不況が発生し、以後我が国では内需主導型経済への転換が強く

求められるようになった。その後、金融緩和政策と消費支出の増大等により、

企業収益も増大したが、90年のバブル崩壊後は長期の低迷が続いた。中小企

業についても、(既述したように)ストック調整が遅れ、従来の特徴であっ

た設備投資の先行指標性が失われた。また、円高による我が国の輸出品の国

際市場での価格の上昇や引き続く通商摩擦の発生等により、製造業において

は海外での現地生産推進の必要性が一層高まり、中小企業においても、アジ

ア地域を中心に、海外に投資する企業が増加した。」(1)

さらに加えて、同白書は、実際の中小企業の海外進出の状況を海外直接投

資件数から概観すると(2)、最近は2年続けて前年比で減少しているものの全

投資件数に占める中小企業の割合は50%を超えており、依然として高い水準

にあるものといえるとし、業種別に分析すると平成3年以後急激に拡大して

きた製造業は平成6年をピークに、平成7年以降は3年続けて減少している

が、商業・サービス関係は増加傾向にあり、地域的には中国投資が減少し

ASEAN諸国への投資が増加していると指摘している。

そして、アジアに進出した我が国の中小企業は大企業の海外生産拠点に向

けた部品サプライヤーとしての役割を担っているものと言えるとし、繊維業

界のような製品ごとの最適地生産の動きは一層進み、我が国の中小企業は国

際分業体制の一端を担っていくものと予測している。

2 中小企業及び居住者によるタックスヘイブン利用形態研究の必要性

昭和59年に筆者は、移転価格対策税制導入前におけるタックスヘイブン利

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用における問題点を外国税額控除制度の視点から言及し、タックスヘイブン

対策税制を通じることにより国内源泉所得の国外源泉所得への変換が容易で

あり、結果として外国税額控除という形で我が国への納付法人税が減少する

という問題を提起してきた。(3)その後、外国税額控除制度の改正が行われ、

指摘してきた問題点はかなり改善されてきている。こうした外国税額控除の

要件が厳しくなれば我が国企業はタックスヘイブンの利用へと向かうとの指

摘がある。(4)実際我が国企業のタックスヘイブン利用が増加していると見ら

れるデータ(5)もあり、国外では個人レベルすなわち居住者のタックスヘイブ

ンの利用が問題(6)となっていたが、今日我が国の居住者においても、タック

スヘイブン利用により租税回避ないし脱税を図る者が現れてきている。(7)

こうした中で、大企業である多国籍企業を対象とした国際的租税回避は、

比較的研究が進んでいると考えられるが、これまで中小企業や個人レベルの

タックスヘイブンを利用した国際的租税回避の実態に関する研究は余り行わ

れていなかった。タックスヘイブン利用の実態がどれだけ中小企業や個人に

反映しているか具体的なデータがないので確定的なことは言えないにしても、

我が国においてもインターネット上のタックスヘイブンに関する多くの情報(8)

(中にはコマーシャルべースのものもある。)や、単行本におけるタックス

ヘイブンの利用の奨励(9)を考慮すると中小企業とりわけその大勢をなす同族

会社及び居住者等の個人のタックスヘイブン利用の実態に関する研究は、ま

すます必要度を増している。

そして、個人レベルのタックスヘイブン利用に関して、外国においては従

来から節税のために個人の住所地を国外に移転することが指摘されてきたが、

我が国においても今や、そうした風潮が現れている。すなわち、タックスヘ

イブンに名目的居所を構えて租税負担を軽減しようとするものである。タッ

クスヘイブンの利用は、古くは便宜置籍船の問題があるが、現在においては

法人のタックスヘイブン利用から個人のそれへと拡大進展しているのである。

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3 同族会社の国際的課税問題検討の視点

中小企業における国際課税の問題も次第に増加しつつある。公式な具体的

な数値は存在しないが、全国主要税務署に配置されている国際調査情報官の

増加につれて具体的な課税問題が顕在化していると考えられる。(10)

これまで国際課税の問題は、大企業である多国籍企業の行動を前提とし、

タックスヘイブン対策税制、移転価格対策税制等の個別税制ごとに議論され

る傾向があった。企業のタックスプランニングは投資国及び居住地国のいろ

いろな経済条件を考慮して行われるが、考慮すべき要素を税に限定したとし

ても、租税条約、投資国の税制、我が国の国際課税の個別規定等を対照考慮

してその得失の検討が行われているはずである。(11)

基本的な国際課税の課題は大企業であろうと中小企業であろうと異なると

ころはないが、中小企業の大半が同族会社であることを考慮に入れると、こ

れまでと異なった視点で議論する必要がある。

同族会社の意思決定がごく少数の個人によって行われるため、個人の利益

を優先する租税回避が行われやすく、さらに法人税制と所得税制との差異か

ら所得源泉地の移動や所得分類等のコンバートが行われやすい。現代におい

ては、経済がグローバル化し、それに伴う国際課税問題も高度複雑化してき

ている。通信、送金等が技術革新により瞬時に行われ、交通手段も格段の進

歩を遂げている。このような状況下においては、ある特定の国に物理的に居

住し経済活動を営む必要性は従前に比して減じている。例えば、テレビ会議

のように国外に居住しながら国内にいるのと同様な活動をすることも可能と

なる。さらに、グローバル・トレーディングやインターネットを利用した

イー・コマースの進展は、これまでの恒久的施設の概念や所得源泉地の概念

の意義を希薄にしその特定を困難にする。

同族会社においては、一般に、一人又は少数の株主によって支配されてお

り、所有と経営とが分離されずに結合しているため、これらの者による恣意

的な取引や経理が行われやすく、その結果として、税負担が不当に軽減され

ることが少なくない。(12)

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既に同族会社を巡る租税回避については多くの論述があるが、これまでは

どちらかというと国内における経済取引を前提としたものに限られ、国際間

に及ぶ租税回避についてはあまり議論されていなかった。これは、同族会社

の大勢をなす中小企業においては従来はそれほど国際課税上の問題がなかっ

たともいえるが、いまや中小企業も国際化の潮流の中に巻き込まれており、

この課税の検討が必要になってきている。

本稿は、以上の背景を考慮に入れて、中小企業の大勢を占める同族会社及び

それを支配する株主に焦点を合わせた国際的な課税問題を検討しようとする

ものである。

(1) 平成10年度中小企業白書p266

(2) 実際の中小企業の海外進出状況を海外直接投資件数から概観すると次のように

なっている。同白書p71~72

平成元年 平成2年 平成3年 平成4年 平成5年 平成6年 平成7年 平成8年 平成9年

1 全法人数 2,602 2,249 1,556 1,397 1,530 1,203 1,498 1,228

2 中小企業 1,401 994 619 574 698 684 783 673 476

2/1 % 54 44 40 41 46 57 52 55

(3) 拙稿「外国税額控除制度とタックスヘイブン税制を巡る諸問題」税大論叢第17号

参照

(4) 中里実稿[Tax Havenの利用形態」税研90.1p20

(5) 特定外国子会社数昭和53年度922社、平成5年度3715社、平成7年度3974社その後

については国税庁の発表なし。更正件数7年度63件97億円、9年度63件47億円、10

年度54件104億円である。ここから言えることは、依然としてタックスヘイブンの

利用が拡大しており、そこには利用のうまみがあることが強く推測できることであ

る。99.12.6読売新聞朝刊参照

(6) カナダでは、タックスヘイブンは主に金持ちや大企業に利用されていたが、最近

は、平均的なカナダ人にも利用されている。これはタックスヘイブンが良く知られ

たものとなり、タックスヘイブンに関する情報が容易に入手できる環境となってい

るためである。例えば、トロントではタックスヘイブンの利用に関する本や雑誌が

書店の店頭に高く積まれていたり、また、タックスヘイブンを利用した投資に関す

るコンサルタントの一般向けセミナー、金融機関のタックスヘイブン国に対する投

資の勧誘等タックスヘイブンに関する情報に出会う機会が多くなってきている。カ

ナダ゙では、タックスヘイブンを利用した投資に関する会計事務所やコンサルタン

トのセミナー、大手信託銀行のタックスヘイブン国に対する投資の誘惑、タックス

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ヘイブンに関する本、新聞、雑誌等が広く社会に普及している。また、近年急速に

発展しているインターネットでも、タックスヘイブンに関する各種の情報が入手可

能となっている。「平成8年度長期出張者調査報告集」国税庁調査課p72、同様の

ことが米国からも報告されている。インターネット上には、タックスヘイブンやオ

フショア市場に関する情報が流されている。多くはコンサルタントの広告であるが、

一部には具体的なコマーシャルベースのものまであるとされている。

(7) 元ヤクルト副社長による「プリンストン債」リベートを巡る脱税事件では、元副

社長が個人的に英領ケイマン諸島に設立したペーパーカンパニーを利用して多額の

不正資金を手にしていた。平成11年11月30日読売新聞朝刊

(8) 例えば、平成12年1月21日にインターネット「MSN」ネットでキーワード

「タックスヘイブン」で「日本語条件、全ての語を含む」で検索すると256件(ファ

イル単位であって提供者単位ではない。)抽出され、全てが税に関するものではな

いが、「税金が高いと嘆いている社長さん 税金のない国があったらよいなと思い

ませんか。あるんです。」といったものから、タックスヘイブン法人の設立をサ

ポートします。といったものもある。個人向けには海外口座の開設、タックスヘイ

ブン法人を利用した高利回り投資と大幅な節税効果を謳ったもの等がある。

(9) 例えば、木村昭二著「税金を払わない終身旅行者」総合法令p251、この中では個

人を対象としてタックスヘイブンの利用の利点や手続を解説している。

(10) 主として金1億円未満の法人については、税務署で調査を担当することとされて

いる。平成3年度に10署10名で発足。平成12年度59署84名体制で国際取引の課税に

従事している。

(11) 吉牟田勲稿「会計学大辞典第4版」中央経済社p1175、中里実著「金融取引と課

税」有斐閣p34 駒崎清人著「国際課税Q&A基本的な仕組みと考え方」p15

(12) 金子宏著「租税法第7版」弘文堂p314

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第1章 問題の提起

1 本稿の目的

法人税法第2条十号によれば、同族会社とは「株主等の3人以下並びにこ

れらと政令で定める特殊の関係のある個人及び法人が有する株式の総数又は

出資の金額の合計額がその会社の発行済株式の総数又は出資金額の百分の五

十以上に相当する会社をいう。」とされている。会社の経営に関しては、経

営者、従業員、株主、債権者、租税債権者たる国が直接間接に利害関係があ

ることから、各自の立場で関心を寄せている。経営に直接関与できる経営者

と株主との関係が互いに利害対立し牽制しあう関係であれば、恣意的な経営

は抑制されるであろう。しかし、同族会社においては、少数の株主が過半数

の株式を所有しその支配権を通じて自ら経営者となり、又は利害を同一にす

る経営者を採用することによって、会社計算を恣意的に歪めることが可能と

なる。

本稿は、同族会社とそれを支配する株主を巡る国際的な課税問題を検討す

るものであるが、さらに言えば、少数の株主である個人、その個人に支配さ

れる内国法人及びタックスヘイブン法人との間の取引に関連する課税問題に

ついて論じようとするものである。すなわち、我が国の同族会社が行い得る

国際的取引を例に挙げて、そこに存在する課税問題についてタックスヘイブ

ン対策税制、移転価格対策税制、同族会社等行為計算否認規定の適用につい

て横断的に検討を加えようとするものである。そこにおいては、それぞれの

規定の根底にある考え方や機能を検証することにより、内在する課題が明ら

かにされるのではないかと考えているのである。

筆者がこうした手法で検討を試みようとするのは、国際課税においては対

応する個別規定が単独で機能するのではなくて、国際課税規定が相互に関連

しており、結論的に言えば総合的なアプローチが求められているとの考えに

基づくものである。

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そこで、ある特定の個人(居住者である株主)、内国法人、タックスヘイ

ブン法人間の取引を想定し、そこにおいて適用される各規定により惹き起こ

される問題点を明らかにしていく。すなわち、税法上複数存在する租税回避

規定の重畳的適用の可否、殊に国際課税における同族会社等行為計算否認規

定の適用の可否、重畳的適用における負担調整の可否の検討を目的としたも

のである。

以下の節においてはその検証結果の方向をある程度提示しておくこととし

たい。

2 支配株主と同族会社を巡る国際課税問題の提起

最初に、一般的な取引形態を想定し検証する。居住者A(所得税法第2条

三号に規定する者)が100%支配する内国法人をBとし、内国法人Bが完全

支配する実体のないタックスヘイブン法人をCとする。そして、内国法人B

は国外の第三者との輸入取引をすべてタックスヘイブン法人Cを通じて行っ

ているものとする。

このような居住者Aと内国法人Bとの関係は、我が国における中小企業の

典型であり、同族会社そのものである。

国外の第三者との取引すべてをタックスヘイブン法人を通じて内国法人が

行っていると仮定した場合に、内国法人がタックスヘイブン子会社からの高

価仕入れを意図すると、その結果として、内国法人の海外子会社であるタッ

クスヘイブン法人Cに所得が留保されることになる。

タックスヘイブン法人に留保されている所得は、措置法第66条の6により

親会社である内国法人Bの所得として合算されることとなる。課税事業年度

のズレの問題を別にすれば課税関係は単純明快である。タックスヘイブンを

巡る課税問題に対する措置法第66条の6の適用は、留保所得額の存在と支配

関係を確認すれば課税が可能となり、移転価格問題もあるが独立企業間価格

の測定に要する時間を考慮に入れると、この制度は極めて切れ味が良い課税

制度である。

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次に、タックスヘイブン法人Cの支配関係を内国法人Bが直接支配するの

ではなく、居住者Aが直接支配するものとする(このような支配形態の移動

は同族会社内においては、居住者Aが決断すれば実行可能である。)。この

場合の課税関係はどうなるのであろうか。タックスヘイブン法人に留保され

ている所得は、措置法第40条の4により居住者の雑所得として合算されるこ

ととなる。これで完結といいたいが、問題が残る。すなわち、当初の例の場

合に取引という点から考察してみると、内国法人Bとタックスヘイブン法人

Cとは直接の取引当事者であるから、本来は内国法人の所得であるものが取

引を通じてタックスヘイブン法人に留保されたものと考えることができる。(1)

すなわち、内国法人Bが国外第三者から直接輸入していたとすれば、タック

スヘイブン法人に留保されている所得は本来Bに帰属していると考えること

ができよう。したがって、その留保所得を合算したとしても内国法人に帰属

する所得を取り戻したことになるから論理的にも課税技術上も良く分かるの

である。

ところが、この例では、居住者Aに対して株主であるということでタック

スヘイブン法人Cに留保されている所得を合算課税することとなる。居住者

Aは取引の当事者ではないので、これは配当に相当程度似た性格を持つこと

となる。

仮にこのような取引が税務上是認されるとすると、内国法人Bは、居住者

Aに直接配当せずに、タックスヘイブン法人Cから高価仕入れしタックスヘ

イブン法人Cに所得を留保することにより配当相当額を移転させることが可

能となる。内国法人Bは仕入代金額を通じて配当相当額を損金で流出させる

ことが可能となるし、配当しない場合の同族会社に課される留保金課税も免

れることができる。また内国法人Bが欠損法人で配当できない場合であって

も、実質的に配当することが可能となろう。もちろん、居住者Aは雑所得課

税され、配当で受け取る場合に認められる配当控除は受けられない。しかし、

配当控除を受けられないという欠点を考慮に入れても、内国法人Bにおいて

課税されない金額を考え合わせると大きな利点があろう。

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こうした問題を前に各規定はどのように機能しているのかという観点から

次に検討することとしたい。

3 支配株主と同族会社を巡る国際課税問題の検討と展開

① タックスヘイブン対策税制の機能と限界

タックスヘイブン対策税制における居住地国課税の根拠としては、ⅰ.

居住者(内国法人)である株主への配当遅延による課税所得の喪失を根拠

とするもの(米国で採用されている考え方)、ⅱ.タックスヘイブン法人

の留保所得は株主である居住者(内国法人)に帰属する所得としてこれを

是正するというもの(ドイツで採用されている考え方)が挙げられる。

我が国の制度がどちらの考え方によっているかは定かではないが、タッ

クスヘイブン法人の留保所得は株主である居住者若しくは内国法人の所得

と看做して課税する仕組みを採用している。

米国、ドイツ、日本のいずれの国においても「株主」という資格に着目

して課税するという仕組みを採っている。言い換えれば、タックスヘイブ

ン対策税制は居住者である「株主」に着目して居住地国課税を行う制度と

いえよう。(2)

一方、移転価格対策税制は、取引に着目して取引当事者間に所得を配分

する制度といえる。タックスヘイブン法人の留保所得は、内国法人の所得

移転の結果であるとすると、移転価格対策税制が所得移転に対して十分に

機能するのであれば、その結果、タックスヘイブン法人の留保所得を解消

するようなことが可能となる。

このような状況においては、タックスヘイブン対策税制でアプローチす

ることも移転価格対策税制でアプローチすることも可能であるが、株主の資

格と取引当事者である資格が一体となっている場合には、株主の資格に着目

して(タックスヘイブン対策税制で)課税しようと取引に着目して(移転価

格対策税制で)取引当事者に課税しようと(課税時期のズレ等を除けば)結

果として大きな違いはでてこない。(3)

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しかし、株主の資格と取引当事者である資格が分離している場合には、

タックスヘイブン対策税制が株主を課税対象とし、移転価格対策税制が取

引当事者を課税対象とすることから、課税結果には大きな違いがでてくる。

移転価格対策税制が十分に機能するのであれば留保所得は生じないから問

題はないが、そうでない場合には、すなわち、仮に移転価格対策税制での

課税を免れた留保所得があった場合には、株主の資格と取引当事者である

資格とが一体の場合には株主の資格で取引当事者に対して居住地国で課税

できるが、分離している場合には取引当事者には課税は行われないことと

なる。

よくいわれることは、タックスヘイブン対策税制と移転価格対策税制と

は補完関係にあるということである(4)が、その意味するところがフローで

の課税を免れた所得がタックスヘイブン法人に留保されストック課税され

ることにあるとすれば、一体となる場合には意味するところは合致するが、

分離する場合には妥当しない。

すなわち、タックスヘイブン対策税制が留保される所得を不正常な所得

として株主に帰属するもの若しくは配当遅延するものと捉えるかぎり、こ

の税制においては株主の所得として課税されることから、株主と取引当事

者が分離している場合には、制度の仕組み上株主の雑所得として取り扱わ

れる結果、内国法人から損金扱いされた留保所得相当額がこの制度を通じ

て株主に移転してしまうという問題がある。

以上のような観点からタックスヘイブン対策税制の機能と限界について

第2章で検証することとする。

② 移転価格対策税制の機能と限界

そこで、タックスヘイブン対策税制での課税前に移転価格対策税制で、

すなわち独立企業間価格で高価仕入れかどうかを審査する。その審査過程

を通じてタックスヘイブン子会社Cへの所得移転が防止できれば問題は解

決できることになるが、その点については検証する必要があろう。

我が国の移転価格対策税制は、第三者の独立企業間価格と比較する手法

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を採用していることから、仮に仕入価格が検討の対象となっているとする

と独立企業間価格以下であればどこの取引であれ課税上の問題は生じない。

加えて、租税回避のための多段階取引とか迂回取引とかの取引自体の不

当性は、移転価格対策税制では問題とされない。

さらに、取引の相手先が租税回避を目的としたタックスヘイブン子会社

であったとしてもそのことをもって移転価格上の問題があるとはされない。

移転価格対策税制は関連法人の資格に着目しているのではなくて関連者間

の取引に着目しているのである。タックスヘイブン対策税制では対象とな

る外国関連企業の要件についてはきめ細かい規定があるが、移転価格対策

税制においては外国関連企業の支配要件だけである。

価格の比較可能性からみると定性的な差異は指摘できてもその差異を定

量的に算定することは困難なことが多い。したがって、低利益率で大量に

取引きされる場合には独立企業間価格の測定において差異調整の中に埋没

するおそれがあり、その点から比較対象取引が見つからないということが

生じる。もちろん、定式配分方式(利益分割法)によることも理論上考え

うるであろうが、その場合においてもタックスヘイブン子会社において費

用発生があればそれを無視して配分することはできないであろう。

企業においては関連者間で譲渡される製品等の価格付けに際して、独立

企業間価格をセーフハーバーとして捉えそれに則った取引価格を採用する

結果、競争力のある付加価値の高い製品においては価格を切り下げる行動

もあり得るのである。

つまり、移転価格対策税制においては取引を検証の対象として独立企業

間価格で比較するため、移転価格対策税制で審査してもタックスヘイブン

法人に留保される所得の発生を完全に阻止することはできないのである。

以上のような観点から移転価格対策税制の機能と限界を第3章で検証す

ることとする。

③ タックスヘイブン対策税制と移転価格対策税制の関連と二重課税

両税制の関係においては移転価格対策税制による課税があった場合には、

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二重課税排除の観点から調整することとしている。すなわち、タックスヘ

イブン法人の留保する所得に対してタックスヘイブン対策税制が、タック

スヘイブン法人との取引に関して移転価格対策税制が、内国法人に対して

重畳的に適用される結果、タックスヘイブン法人と内国法人を連結して見

た場合にタックスヘイブン法人の留保所得から移転価格対策税制で課税し

た額について控除しなければ、内国法人は移転価格課税分に関して二重に

課税を受けることとなるからである。タックスヘイブン対策税制において

採られている二重課税排除の趣旨を既述のように解したとして、支配株主

と取引当事者が分離している場合もこのような調整が必要なのかどうかで

ある。

移転価格対策税制においては所得変動分の実際上の資金移動は課せられ

ていない。相互協議が成立し対応的調整がある場合に金銭の支払いが行わ

れることがある。その場合であっても私法上の権利の効果を変更させるも

のではない。つまり、両税制の適用は、私法上の所得移転の効果に影響を

及ぼさないことが前提となっていると考えられる。

移転価格対策税制における「移転価額」差額は、税務処理上損金不算入

の「その他流出」とされ相手国との間では対応的調整が行われるのに対し

て、タックスヘイブン所在地国では租税条約がないことから対応的調整は

なく、タックスヘイブン法人の留保金額も、現実の資金の受取りはないか

ら内国法人のその他流出所得として4表加算される。タックスヘイブン国

では、移転価格が否認されたことによる効果は税法上の限度にとどまり私

法上の取引は有効である。移転価格対策税制で認定された移転所得を原則

として「その他流出」として扱うのは、移転価格対策税制が私法上の所得

移転までをも否認しているのではないから、相手国法人が私法上の有効な

取引で留保された所得を前提として仮に利益処分をしたとしてもそこまで

は規制するものではない趣旨と解したい。

そうだとすると私法上有効に行われた取引の結果、タックスヘイブン法

人に留保された所得を株主の所得として課税し、移転価格対策税制におい

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16

て取引当事者に課税しても課税主体は異なるから重複課税ではないという

ことができよう。

実定法上の制度(5)としては、移転価格対策税制の対象分があればその

分を除いて、残額の留保所得を株主の雑所得として看做すという仕組みを

採用しているが、株主の資格と取引当事者の資格が分離している場合には、

必然的に控除する必要があるものではないということになろう。

④ 法人税法第132条の適用の検討

次に、我が国の実定法であるタックスヘイブン税制及び移転価格税制の

適用範囲に限界があるとした場合に、租税回避規定である法人税法第132

条で対処できないかということになる。

タックスヘイブン対策税制が、租税回避規定の一般規定に対して、個別

的否認規定であるということについては異論がないであろう。(6)

個別規定と一般規定との取り扱いについては、2説ある。清永教授は、

先ず個別規定を適用しなおかつ問題がある場合には、一般規定で課税する

ことが可能であるとする。(なお、規定内容の明確なものについては金子

説に同意している。)これに対して金子教授は、(両規定の適用範囲が同

じで、税額が異なる場合に)どちらを適用するかどうかは課税庁の判断に

委ねられているとする。課税庁が個別規定又は一般規定を優先適用しその

結果に問題がある場合に、一般規定又は個別規定を適用することができる

のかどうかについて金子教授はどのように解しているのであろうか。この

点についても検討する必要がある。第4章で取り上げることしたい。先取

り的にいえば、次のようになろう。

法人税法第132条については、一般法である法人税法の規定であるとこ

ろから、仮にタックスヘイブン対策税制や移転価格対策税制が適用後で

あったとしても、さらに「不当に軽減」されていることが明らかである場

合に適用ができるものと考えている。

そして、タックスヘイブン対策税制や移転価格対策税制と同様に法人税

法第132条も私法上の所得移転の効果に影響を及ぼさないのである。

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株主が取引当事者であるタックスヘイブン法人及び内国法人を100%支

配している株主の資格と取引当事者の資格とが分離しているケースにおい

ては、タックスヘイブン法人の税務上の留保分を仮に不当軽減分として内

国法人の所得として課税を及ぼしても、株主への課税は私法上の留保額に

課税されるものと考えると重複課税とはならない。

⑤ 小括

記述しているように本稿は、同族会社とそれを支配する株主を巡る国際

的な課税問題を中心テーマとするものであるが、具体的にはそこに存在す

る課税問題に関してタックスヘイブン対策税制、移転価格対策税制、同族

会社等行為計算否認規定の機能及び限界について横断的に検討を加えよう

とするものである。そうした検証結果を最後に第5章において、総括的に

評価し筆者のまとめとしたい。

(1) 我が国の移転価格対策税制においては、国外関連者の範囲として形式判定基準と

しての直接間接の保有規定の他、実質支配関係がある。形式基準と実質基準とが錯

綜している場合には実質基準が優先することとされている。実質基準の中に他方の

法人がその事業活動の相当部分を一方との取引に依存している場合には、国外関連

者となるとされている。(措置令39の12①三)このような考え方からいえば、他方

の法人(タックスヘイブン法人)に留保されている所得は、取引から生じており一

方の法人に帰属する可能性が高い所得ともいえ、その留保所得の源泉地は一方の法

人の居住地国にあるということになろう。

(2) もっとも、別のアプローチとしては、英国で採用されている内国法人判定基準で

ある管理支配地主義がある。管理支配地主義によるとタックスヘイブン法人そのも

のを我が国の法人として課税することは可能となるが、我が国では形式的な本店所

在地主義を採用していることから、株主の資格に着目するタックスヘイブン税制が

求められるということになろう。

(3) 移転価格対策税制が有効に機能するという前提においては、仮にタックスヘイブ

ン対策税制がなくても移転価格対策税制で内国法人への課税ということで課税権が

確保される。他方、移転価格対策税制がなくてもタックスヘイブン対策税制におい

て株主である内国法人への課税が確保される。一体となっている場合にはどちらか

らアプローチしても課税は確保される。

(4) 山川博樹著「我が国における移転価格税制の執行」税務研究会出版局p3

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(5) 租税特別措置法施行令第25条の20 第2項

(6) 金子宏著「租税法第7版」弘文堂p121

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第2章 我が国タックスヘイブン対策税制の

機能と限界

1 検討すべき論点

居住者が支配管理するタックスヘイブン法人と内国法人(同族会社)とが

取引関係にある場合に、移転価格の観点からタックスヘイブン法人の留保所

得を考察すると、内国法人の所得が両者の取引を通じてタックスヘイブン法

人に移転しており、その取引の結果、留保された所得の源泉は内国法人にあ

ると見ることができる。

これまで「留保所得」を株主である内国法人及び居住者の所得として合算

する根拠として、大きく分けて2説ある(1)。一つは「タックスヘイブン法

人」の株主に対する「みなし配当」であるとする説(以下「みなし配当説」

という。)で、他の一つは「タックスヘイブン法人の留保所得」は本来株主

の所得とみて、本来帰属すべき者である株主の所得と合算するという説(帰

属是正説という。)である。どちらの説に拠ったとしても株主と取引当事者

が一体となっている場合には妥当するが、両説とも株主の所得としての合算

を前提としていることから、株主と取引当事者が分離しているケースにおい

ても、なぜ株主の所得となるかという点が明確ではない(2)。すなわち、留保

所得の源泉が内国法人にあると考えると、これらの説に拠った場合にはどの

ように考えるべきであろうか。

そこで、先ず、タックスヘイブン対策税制の基本的な仕組みと機能を検証

し、留保金を合算するときのこれまでの考え方を整理し、支配関係と取引関

係が分離している場合の問題点を明らかにしたい。そして、タックスヘイブ

ン対策税制が移転価格に対してどのように機能しているのかという点につい

て、タックスヘイブン対策税制の導入前の状況を対照しながら検討する。さ

らには、移転価格を通じたタックスヘイブンの利用に対して税制に限界がな

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いのかどうかといった点(3)について言及する。

2 タックスヘイブン対策税制の基本的な仕組みと問題点

① タックスヘイブン対策税制の基本的な仕組み

タックスヘイブン対策税制の課税の仕組みを概略的に述べると、内国法

人等の株式等(実質支配を含む)により軽課税国(いわゆるタックスヘイ

ブン国等)に所在する外国法人が支配されている場合にその外国法人(特

定外国子会社等という。)の留保所得(適用対象留保所得という。)のう

ち、その持分に応じる部分の金額(課税対象留保金額)を出資者である内

国法人等の所得に合算して課税するというものである。ただし、いわゆる

軽課税国で事業を行うことにつき独立企業としての実態を備え、十分な経

済的合理性があると認められる等の一定の要件に該当する場合には、この

合算課税は行われない。

合算課税の対象となる外国法人を特定外国子会社というが、具体的には、

法人の所得に対して課される税が存在しない国又は地域に本店又は主たる

事務所を有する外国関連会社(外国法人で、その発行済株式等の50%超が

内国法人等によって直接及び間接保有されているものをいう。)又は各事

業年度の所得に対して課される租税の額が所得の金額の25%以下の国又は

地域に所在する外国関連会社をいう。但し、この間接に保有するとは外国

法人を通じて保有することのみをいい、個人や内国法人を通じた間接保有

は含まれない。

課税留保金額を合算することが求められる納税義務者は、5%以上直接

間接保有する株主である内国法人及び居住者である。(4)

② タックスヘイブン対策税制の問題点

このような課税の仕組みに関しては、次のような問題点があるとされて

いる。

ⅰ 外国関連会社が縦列的連鎖関係にある場合の特定外国子会社等の判定

方法

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間接保有株式等の50%超基準の適用、すなわち各外国関連会社が縦列

的連鎖関係にある場合の特定外国子会社等の判定については、縦列的連

鎖関係にある各外国関連会社の持株割合を乗ずる方式を採用している。

その結果支配割合が50%以下となり特定外国子会社と判定されず課税対

象から免れることがあり得る。一般に50%超の持株割合があれば支配関

係があると考えられるところから、我が国の方式においては支配関係が

確立しているにもかかわらず、特定外国子会社等とならないということ

が起こるのである。この点は我が国の居住者及び内国法人の保有割合に

応じて課税するという我が国制度の仕組みと関係しているものと考えら

れる。しかし、我が国の移転価格対策税制のように間接保有割合が50%

以上ある場合は100%の支配関係ありとする方式を採用することもあり

得よう。(5)

ⅱ 形式的な持株割合に基づく特定外国子会社等の判定方法

内国法人が外国法人に対して支配する関係すなわち特定外国子会社等

となり得る基準を50%超としているが、外国法人を支配するのは必ずし

も持ち株による直接的な支配に限られず特許権、融資、人の派遣等があ

り得る。50%以下の支配関係であっても実質的に外国法人を支配してい

ることがあり得るし、このような形式による割合テストは機械的に回避

することができる。国によってはそれ以下を判断基準としており、形式

的な50%超基準以外に実質的な支配力を肯定する規定をおくべきである

との指摘がある。(6)

ⅲ 課税対象となる納税者の判定基準

居住者及び内国法人の出資又は保有割合が総合計で外国法人の資本等

の50%を超えている場合には、当該外国法人は特定外国子会社等と認定

される。その際、各居住者及び内国法人のうち、5%以上保有している

ものを納税義務ありとしている。しかし、5%基準は従前の10%基準か

らの改正であった。この点については、例えば11法人による外国法人へ

の出資により課税回避に利用されるとのことから5%基準に改正した経

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緯がある。5%なら課税回避で4%ならそうではないということはいえ

ないであろう(7)が、同族判定株主の範囲との整合性を考えたものと思わ

れる。

ⅳ 対象となる内国法人及び居住者の判定時期と留保所得の合算時期

内国法人又は居住者の外国法人の係る保有割合及び内国法人又は居住

者が同族株主グループに属するかどうかについて外国関係会社の事業年

度終了の時の現況で判定することとされている。このことは、我が国会

社税制における配当の対象となる株主の判定基準を配慮したものと考え

られる。こうした年度末基準の採用に対しては、特定外国子会社等の課

税年度内においては、5%以上の株式等を保有する内国法人及び居住者

が年度末において5%未満に調整することも可能であることから、期間

案分基準とすべきとの意見がある(8)が、配当を擬制する限り、このよう

な形式的基準によることもやむを得ない。さらに留保所得の合算時期も

年度末基準とされている。

ⅴ 対象除外となる外国法人及び非居住者に支配されるタックスヘイブン

法人

本制度の対象となる外国法人は、内国法人又は居住者により直接及び

間接に50%超支配されている軽課税国に所在する外国法人である。納税

義務者が内国法人及び居住者とされていることから、外国法人及び非居

住者に支配されている内国法人が兄弟会社であるタックスヘイブン法人

との間で取引が行われている場合であっても、本税制の対象とはならな

い。その結果、内国法人による移転価格による所得流出に対しては、本

税制では規制の対象外となる問題がある。(9)

ⅵ 持株数に応じた合算課税の問題

特定外国子会社等の留保所得金額は、内国法人及び居住者の保有する

株式等の割合に応じた金額を合算課税することとしていることから、特

定外国子会社等と内国法人との間で100%の取引関係にあって仮に移転

価格があったとしても移転された所得すなわち留保金全額を取引をした

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内国法人に対する課税上取り戻すことができない。(10)

ⅶ パッシブな所得を含む留保所得と形式的な適用除外要件

本税制において、タックスヘイブン対策税制適用除外基準が設けられ

た趣旨は、「資源の乏しい我が国経済の発展にとって、民間企業の海外

活動は正にその原動力をなしており、……単に軽課税国に所在するとい

う理由だけで正常活動を営むものまでも本税制の対象とするのは適当で

ない。」とされている。(11)この点に関して、次の問題点が指摘されて

いる。

イ 適用除外要件としては、事業基準、実態基準、管理支配基準、所在

地国基準、非関連基準があり、これらのすべてをクリアーした場合に

本税制が適用されない。

このことは、タックスヘイブン国にあるこれらの基準を満たす外国

関連会社との間の取引について、移転価格による所得移転があっても、

本税制によっては移転価格対策税制の課税ができないことを意味する。

この点については、本税制は特定外国子会社等の所得を「すべてか

無か」で合算する方式を採用しているが、取引アプローチ方式(タッ

クスヘイブン税制で規制する所得を特定し、例えばパッシブ所得(12)

あるいは基地会社所得(13)など、これらを内国株主の所得に合算し課

税する方式)よりも劣ることとなる。

ロ 実体的基準及び管理支配基準は、形式的な判断基準であり、多国籍

企業等においては機械的に充足することが可能となる。

ⅷ 対象となる軽課税国を判定する基準としての法人税率25%ルールの当

軽課税国かどうかは法人税率で形式的に規定している。我が国におい

ては25%以下を軽課税国とする税率対比方式を採用している。税率25%

以下であるかどうかは、原則として所在地国の法令に基づく所得金額に

占める同国で納付すべき法人税で計算されることとされているがその前

提となる課税標準すなわち課税ベースが問題となる。すなわち、どこま

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で我が国の課税ベースとの整合性をとるべきかという問題がある。

特定外国子会社等が留保している場合の金額の計算においては、現地

法令による場合であってもかなりの修正事項があり、結果として法人税

法の各規定を適用した場合との違いが考慮されてない。形式的な税率の

みの25%基準にとどまらず、実効税率ともいうべき留保所得計算ルール

をも考慮に入れた税率に照応させるべきではないかとも考えられる。

もっとも、この場合、形式的に軽課税国のエリアを形式的に「指定す

る」ことはできず、個々の法人の「本邦法人換算所得」に対する実行税

率の算定となると執行上の困難を生じるであろう。

さらに、本税制では税率25%を超える例えば27%の課税を行う国に所

在する外国関係会社は適用から除かれる。

以上に加えて、「直接保有する居住者と内国法人を通じて間接保有す

る居住者との取り扱いの違い」(14)、さらに、「他の外国法人を通じて

間接保有する場合の外国法人の範囲」(15)、「特定外国子会社等の留保

所得と国外源泉所得の扱いと外国税額控除の問題」(16)がある。

3 留保金額を合算課税する根拠の検証

内国法人等に支配されているタックスヘイブン子会社等の留保所得につい

て課税上の処理の前提となる考え方として2つの理論があるとされている。(17)

一つは、みなし配当理論であり、他の一つは、所得直接稼得理論である。

みなし配当理論とは、タックスヘイブン子会社等の所得を株主の配当可能

利益として取り扱うというものである。すなわち、外国子会社による所得の

留保は親会社に対する配当の延期であり、配当が遅れるならば親会社所在地

国における税収は遅延利子分だけ損害を受けることを意味する。このような

考え方にたてば、非タックスヘイブンに所在する子会社も対象とすることと

なるという。つまり、租税回避的な手段で留保された所得の課税延期に対し

ては子会社の人格を否認しないでその存在は認めることになるであろうし、

さらに子会社の所在地国を限定しないということになる。

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所得直接稼得理論とは、タックスヘイブン子会社等の所得を株主である内

国法人が直接稼得したものとするものである。すなわち、タックスヘイブン

子会社等を内国法人の支店とみなしてそこに留保された所得を支店を通じて

稼得したとするものである。この考え方に立てば、子会社の人格を否定する

こととなる。

実際の制度化にあたっては、これらどちらかの理論に完全に従って制度化

している国はないとされている。

我が国のタックスヘイブン対策税制の性格をどう見るかということについて

は、見なし配当説と所得の帰属是正説がある。前者は、外国子会社による所

得の留保は親会社に対する配当の延期であり配当が遅れれば遅延利子分だけ

損害を受けることになるから、配当課税の延期を除去すると言う考え方であ

る。これは米国のサブパートF条項が採用している考え方である。(18)他方、

後者は、留保所得の合算課税の根拠をわが国の課税権が行使できる者に対す

る所得の計算として捉え、認定した金額をタックスヘイブン法人の持分者に

帰属するものとする考え方である。ドイツの国際取引課税法が採用している

考え方である。(19)いずれにしても株主としての存在者である内国法人等に

対してその持分に応じた留保所得を合算課税するという仕組みを採用してい

る。

我が国の制度の趣旨をみなし配当説とすると、外国子会社の存在と所得の

帰属を認めるということであり、そうではなく所得の帰属説と捉えると所得

は実質的に支配している(20)親会社に帰属している考えうるのである。

しかし、留保金額の源泉をたどれば、親会社との取引の中から発生してい

るのであり、資本支配関係から生じているのではない。前者の説によるとし

ても配当の原資となる留保金額は、親会社との取引を通じて親会社から移転

されたものである。経済的効果から見ると配当原資相当額が取引を通じて移

転していると見ることができよう。

他方、後者の立場で考察するとしても支配関係と取引関係が一体である場

合には妥当するが、支配関係と取引関係が分離している場合にはどのように

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考えるべきであろうか。

我が国のタックスヘイブン対策税制においては、外国にある法人に対して

は我が国の課税権を及ぼすことができないことから、我が国の課税権が及ぶ

内国法人や居住者を対象とする所得計算の課税システムを採用している。こ

の方法は合算課税する趣旨は国により異なるが米国、ドイツ等において採ら

れているものである。一般に内国法人と外国法人との区分基準としては、

「本店所在地主義ないし準拠法主義」とこれらに対立する概念としての「管

理支配地主義」がある。「管理支配地主義」においては、その法人の業務活

動の中心的な管理支配がどこかという実質に着目して判断されるため、仮に、

タックスヘイブン国にペーパーカンパニーを形式的に設立しても内国法人と

判定しうるのである。したがって、「管理支配地主義」はタックスヘイブン

対策として有効に機能する。これに対して「管理支配地主義」を採用してい

ない国においては、タックスヘイブン対策として国内税制上特別の規定を設

ける必要があった。

小松芳明教授は、我が国の制度について「みなし配当説」とも言えず、ま

た「所得の帰属是正説」とも言えない(21)とし、租税回避防止論に基づいて

海外の留保所得の実質的な帰属者に課税しようとする考え方であるとされて

いる。しかし、このように考えたとしても現行実定法が形式的支配関係に着

目する課税方法を採用しているところから、支配関係と取引関係が分離して

いる場合には、取引関係を通じて支配関係への所得移転を防止することには

一定の限界があるものと考えられる。

4 我が国タックスヘイブン対策税制と移転価格

① タックスヘイブン対策税制の導入前の状況

タックスヘイブン対策税制は、関係会社間における所得移転に対抗する

有効な規制税制の一つである。(22)

我が国においては、法人税法第22条、法人税法第132条、租税条約の独

立企業間価格原則及び特殊関連者間行為否認計算規定の適用で移転価格に

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対処可能であるとされていた。(23)しかしながら、法人税法第22条の適用

においては、具体的な取引価格の測定基準が明確でないため、執行面にお

いて時価を如何にみるか適正価格を如何に判定するかという問題があった。

また、法人税法第132条の同族会社等の行為又は計算の否認規定には、非

同族会社に対して適用があるのかどうかについて、非同族会社比準説と経

済的合理説との対立があった。さらに、租税条約における独立企業間価格

原則及び特殊関連者間行為計算否認規定についても、内国法人に直接に適

用することはできず国内法の裏付けが必要とされているという考え方が有

力である。(24)

タックスヘイブン対策税制は、軽課税国に設立したペーパーカンパニー

の利用による国際的な租税回避に対抗する有効な規制税制である。我が国

におけるペーパーカンパニーの利用による国際的な租税回避の典型的な例

として海運業における便宜置籍船会社の問題があった。タックスヘイブン

対策税制導入前においては、国税庁はタックスヘイブン国に設置されてい

る便宜置籍船会社でその運行が実質的に内国法人によって行われている場

合には法人税法第11条の実質所得者課税の原則規定を適用し内国法人に対

して課税を行っていた(25)が、実質所得者課税の原則規定の適用について

は明文規定がない場合に、当事者が選択した法形式を通常認められる法形

式に引き直しそれでもって課税要件が充足されたものとして扱うことがで

きるかどうかについて見解が分かれていた。加えて、憲法第84条の租税法

律主義からは厳格な課税要件を法定化することが求められており、法人税

法第11条の実質所得者課税の原則規定を租税回避の否認規定として使うこ

とについては自ずから制約と限界があると考えられた。(26)

② タックスヘイブン対策税制の移転価格対策制度としての限界

タックスヘイブン対策税制導入前におけるそれまでの既存の制度で移転

価格に対応するには、上述したように難点があった。

このような環境下で、執行面において、例えば棚卸資産の時価のように

弾力的で幅のある「あるべき取引価格」を測定し、実際取引額との差額を

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課税対象とすることは、課税庁に対してかなりの困難をもたらしていた。

そこで、タックスヘイブン国を経由する取引を移転価格(例えば低価販売

であることを捕捉する。)というフローの流れの面から捕捉することに困

難を伴うことから、そのような事情をいっさい詮索せずにタックスヘイブ

ン国にある子会社が留保した所得を親会社である内国法人や株主である居

住者の所得と認定することとしたのが我が国タックスヘイブン対策税制で

ある。タックスヘイブン子会社への移転価格に対しても基本的(課税時期

のズレ等の問題はある。)には有効に機能する。

占部教授は、「タックスヘイブン対策税制が同税制の適用除外に非関連

基準を要求していることは、それを満たす場合には課税の繰り延べを正当

化できるし、満たさない場合には仮装行為が存在しやすいということを正

当化できる。」とし、「タックスヘイブン会社が関連者と主として事業を

行っているときは、仮にその取引が独立当事者間取引による価格であった

としても、適用除外を認めないということができるが、これはトランス

ファープライシング・ルールの補強に役立つ一面をもつといえよう。」と

述べておられる。(27)

このように、我が国のタックスヘイブン対策税制は、移転価格を検討せ

ずタックスヘイブン子会社のエンティティ(実体)と留保金額を確認する

だけで足り課税庁にとっては簡便で強力な課税方法である。

上記2 ②で掲げた問題点のうち、移転価格との関連から検討事項を列

挙しその効果に関して評価すると、次のようになる。

ⅰ 間接保有株式等の50%基準において、縦列的連鎖関係にある各外国関

連会社の割合を乗ずる方式を採用している。このことは、親会社A(B

を60%支配)、国外子会社B (Cを60%支配)、国外孫会社Cがある場

合に親会社のCに対する支配割合は36%ということになるが、AとCと

の間で移転価格による所得移転があってもタックスヘイブン対策税制で

は、留保された所得のうち36%分のみの合算となろう。

すなわち、特定外国子会社等の留保所得金額は、内国法人及び居住者

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の保有する株式等の割合に応じた金額を合算課税することとしているこ

とから、特定外国子会社等と内国法人との間で100%の取引関係にあっ

て、仮に移転価格による所得移転があったとしても本取引による留保金

全額を取り戻すことができない。

ⅱ 支配関係を株式等の50%超の保有基準においているが、資本関係以外

の要因による実質支配のあるタックスヘイブン国にある外国法人はタッ

クスヘイブン対策税制の課税対象外となっている。実質支配関係のある

外国関連者との移転価格には対応できないことになる。(28)

ⅲ 合算課税の判定時期について、特定外国子会社等の課税年度末に5%

以上の株式等を保有する内国法人及び居住者に課税する判定上の年度末

基準を採用し、かつ、これに対応しているが、留保所得の源泉を親子会

社間取引とすれば、課税時期のズレが生じる。仮に、子会社の決算期を

12月として親会社の決算期を11月とすると、子会社との間で行われた1

月の取引は親会社の翌年の11月決算期で合算され最大23月課税が延期さ

れることになる。(29)

ⅳ 納税義務者は内国法人及び居住者とされていることから、外国法人及

び非居住者等に支配されている内国法人が兄弟会社であるタックスヘイ

ブン法人との間で移転価格による所得流出に対しては、本税制が適用さ

れない。

ⅴ タックスヘイブン対策税制における適用除外要件としては、事業基準、

実態基準、管理支配基準、所在地国基準、非関連基準があり、これらの

すべてをクリアーした場合に本税制が適用されない。このことは、タッ

クスヘイブン国にあるこれらの基準を満たす外国関連会社との間の取引

について、移転価格による所得移転があってもまたパッシブな所得の稼

得があったとしても本税制では課税ができないことを意味する。

5 小括

既述したように我が国のタックスヘイブン対策税制を取引価格に着目して

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独立企業間価格を測定する我が国の移転価格対策の面から考察すると移転価

格操作による所得移転の対抗策としてはいくつかの問題点があり、制度の仕

組みから課税の限界を示しているといえる。

しかし、もともとタックスヘイブン対策税制は移転価格のありやなしやを

考慮しないで課税することから、取引に着目する移転価格から考察すると、

既述したように、ストック課税だけでは十分に対応するとはいえないことが

生じてくる。フロー課税が可能な移転価格対策税制の導入が必要とされてい

た。

すなわち、移転価格の観点からタックスヘイブン子会社との取引を考察す

ると、同子会社の留保金全てを株主に帰属する所得として扱うこととされて

いることからタックスヘイブン対策税制を媒介として内国法人の所得が合法

的に留保所得に変換され株主へ移転することとなろう。

そして、兄弟会社間の取引を通じて所得が移転する行為に対しては、直接

支配関係に課税を及ぼそうとする規制の仕方では相応な規制をすることがで

きない。

(1) 藤井保憲稿「タックスヘイブン対策税制の問題点」水野忠恒編「国際税務の理論

と課題」税務経理協会p66、拙稿「タックスヘイブン対策税制と外国税額控除制度

を巡る諸問題」税大論叢17号p148

(2) タックスヘイブン対策税制をどのように設計するかということに関しては、我が

国も含めて多くの国においてタックスヘイブン子会社を支配している者(すなわち

株主)の課税問題として理論構成されている。タックスヘイブン子会社等に所得を

留保する幾つかの手段の一つに移転価格がある。この観点から考察すると取引関係

を通じて所得が移転することから、その留保所得はタックスヘイブン子会社等の取

引相手(実態のある親会社、兄弟会社等関連企業)に源泉があるといえよう。した

がって、この場合の留保所得は実態ある取引相手に帰属すると構成することが妥当

ではないか。

間接支配関係や兄弟会社間の取引に通じて所得が移転する行為に対しては、直接

支配関係に課税を及ぼそうとする考え方では規制することができない。

(3) 占部裕典稿「タックスヘイブン対策税制の現状と課題」ジュリスト1075号p33

この中で「各国のとる租税政策とタックスヘイブン税制の機能の限界を考察するこ

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とは重要であろう。」と既述されている。

(4) 岡村教授は、タックスヘイブン対策税制について軽課税国の法人への投資に係る

課税繰り延べを投資家の居住地国の居住地課税権の実質的侵害と捉え、これをその

外国法人に利益が発生した時点で国内の株主に利益を配賦し課税する制度としてい

る。これは繰延防止規定又は発生主義課税と呼ぶとしている。そして、この制度は、

法人を独立主体とする原則を崩し、法人利益を株主レベルの居住地課税権の対象と

していると述べられている。岡村忠生稿「国際課税」岩波講座現代の法8p305

(5) 占部裕典稿「タックスヘイブン対策税制の現状と課題」ジュリスト1075号p31

両税制に違いがあるとすれば、タックスヘイブン対策税制が留保所得に着目しそ

の配分を内国法人等の持株割合で課税することとしていることに対して、移転価格

税制は、関連当事者間の取引価格に着目しその価格を実質的に支配管理できる関係

を重視したものと考えられる。

(6) 占部裕典稿 前掲稿p33

(7) 占部裕典稿 前掲稿p34

(8) 占部裕典稿 前掲稿p34

(9) 齋藤奏著「移転価格税制」中央経済社p13 齋藤教授は、タックスヘイブン対策

税制に関する規定の適用の非論理性として、次のことを問題としている。①本税制

の対象となる法人は、タックスヘイブンに所在する特定外国子会社等を有する法人

に限定されること。(その他の法人には適用されないことによる範囲対象について

限定されていること。)②本税制の「留保所得金額」は、親会社の持株等の割合に

対応する部分が、「親会社」に合算されるのみで、移転された所得自体を直接規制

したものではないこと。

(10) 齋藤奏著 前掲書p15

(11) 高橋元著「タックスヘイブン対策税制の解説」清文社p129

(12) 受動所得ともいい、一般的には利息、配当、賃料、権利使用料、株式等の資産処

分により生じたキャピタルゲインがあげられる。占部裕典稿「タックス・ヘイブン

税制」村井正編「国際課税法」法研出版p56

(13) 多国籍企業等が企業本来の事業活動を行っている国とは別の国に、グループ全体

の税負担の軽減又は回避を目的として設立した会社をいう。小沢進他著「国際税務

要覧」財経詳報社p12

(14) 納税義務者を判定する5%基準の「間接保有する」とは、判定対象となっている外

国法人の株主である他の外国法人を通じて所有することをいう。したがって、内国

法人の株主には及ばないことを意味する。直接保有する居住者と内国法人を通じて

間接保有する居住者とでは、課税結果に違いができる。このような形態の異動は機

械的に可能であるという問題がある。

(15) 外国で設立された「パートナーシップ」「匿名組合」等は、どのように取り扱わ

れるのであろうか。そして外国で法人とされている場合には、どのように考えるべ

きであるのかという問題がある。

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(16) 前掲拙稿「税大論叢17号」を参照。 ここでは、意図的にタックスヘイブンに国

内源泉所得を移転すると我が国のタックスヘイブン対策税制では、移転された国内

源泉所得が国外源泉所得に自動変換され、結果として外国税額控除枠が拡大すると

いう制度の構造的な問題を取り扱っている。

(17) 占部裕典稿「タックスヘイブン税制」村井正編「国際課税法」法研出版p78

(18) 米国の制度においては、合算対象所得を特定のテインテットインカムに限定して

いる。したがって、みなし配当理論をそのまま採用しているわけではない。

(19) ドイツ法においても法人格を明確に否定していないので、直接的に所得直接稼得

理論を採用しているわけではない。実際の制度設計においては、タックスヘイブン

国といえども国でありその国の主権を無視できないこと、租税条約がある場合のこ

とも考慮すると条約抵触を避けたいとの意向が働いているためと考えられる。

(20) 「実質的に支配する。」の意味合いには、法的な支配と経済的な支配とが考えう

るが、我が国の制度では前者の法的な支配関係で規制している。移転価格対策税で

採られているような経済的な支配関係にも課税関係を及ぼすことも考慮に値する。

(21) 小松芳明著「法人税法(五訂版)」有斐閣p220~221

(22) 我が国では、他に移転価格対策税制や過小資本対策税制も挙げることができる。

(23) 村井正教授は、我が国で移転価格税制の導入が遅れた理由の一つに挙げている。

村井正著「租税法改訂版」青林書院p164

(24) 金子宏稿「移転価格税制の法理論的検討」「所得課税の法と政策」有斐閣所収

p368、この辺の具体的な論述については、前掲拙稿p131を参照

(25) 高橋元著 前掲書p87

(26) 高橋元著 前掲書p90

(27) 占部裕典稿「タックスヘイブン税制」村井正編「国際課税法」法研出版p68

(28) 例えば、移転価格対策税制においては他方の法人が一方の法人との取引に依存し

ている関係は、国外関連者として課税の対象となる。本稿で取り上げている問題も

タックスヘイブン対策税制が取引依存関係にあるタックスヘイブン法人の留保所得

を課税対象とすることが可能であれば解決できるのである。

(29) タックスヘイブンにプールされる所得の課税時期の延期を防ぐには、移転価格対

策税制に期待するほかないとの指摘がある。村井正前掲著p165

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第3章 移転価格対策税制の機能と限界

1 検討すべき論点

前章において検討したようにタックスヘイブン対策税制だけでは、移転価

格には適切に対応しているとは言えなかった。すなわち、タックスヘイブン

国に所在する子会社に所得移転する場合に、タックスヘイブン対策税制の仕

組みは、所得移転の過程は詮索せずに結果として留保された所得を把握し、

それをタックスヘイブン法人の株主の所得として課税するというものである。

こうした方法を採用する考え方には、二つの流れがあって、既に検討してき

たところである。これらの考え方の根底にあるのは、留保所得を如何に居住

地国課税の対象とするかということであって、国際的にも多くの国で是認さ

れている。株主に対するみなし配当あるいは帰属是正という理論で解決を

図ってきたのである。しかし、これらの理論によって全ての課税問題が解決

されているのであろうか。留保所得を所得源泉から考察すると、すなわちそ

の発生源は何かといえば、タックスヘイブン法人(何らの実態のない法人と

する。)を利用している内国法人との取引から発生しているといえよう。そ

れは我が国の国内源泉所得ともいえるものである。そうだとすると、移転価

格によってタックスヘイブン対策税制を通じて内国法人に帰属すべき所得が

株主へ移転することとなり(1)、居住地国課税すなわち我が国の課税を回避し

資金をシフトすることが可能となる。(2)株主と取引当事者とが一致している

場合には問題はないが、分離している場合にはこれを行えば我が国で納付す

べき税額を減少させることとなろう。

そこで、こうした問題点を検討するにあたり、外国関連会社への移転価格

に有効な税制である(3)とされる移転価格対策税制が具体的にどのように機能

しているのか検証する必要がある。移転価格対策税制がタックスヘイブン対

策税制の適用前で検討される(4)ことから、タックスヘイブン法人との取引に

おいて居住地国課税を担保できれば問題は払拭されることになるからである。

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このような問題を検討するにあたり、次のような構成で行うこととしたい。

最初に、移転価格対策税制の必要性について記述し、その根幹をなす独立

企業間価格による移転価格の検討の意義について述べることとする。

次に、我が国の移転価格対策税制の基本的な仕組みと機能を検証する。そ

こでは、我が国の税制の特徴を記述し、実際に独立企業間価格を適用する場

合にその性格、機能といった点について明らかにし、限界がないのかどうか

について検証する。続いて、移転価格に対するタックスヘイブン対策税制と

移転価格対策税制の違いについて述べる。そして、最後に、移転価格対策税

制がタックスヘイブン法人との移転価格に対してどのように機能しているか

を検証し、そこに現れた移転価格対策税制の問題点を整理し、タックスヘイ

ブン法人との取引にかかる課税問題の検討結果を示すこととしたい。

2 移転価格対策税制の成立と独立企業間価格基準の機能

多国籍企業におけるグループ内の財物の移転に付される価格は、必ずしも

市場価格であるとは限らない。様々な要因から、その価格が第三者間(非関

連者間)で行われる取引価格から乖離する場合がある。これは、グループ関

連法人の所在する国の金融事情,労働事情、為替事情等に加えて関税率や法

人が稼得した所得に対する課税や税率等の諸々の要素を考慮した上でグルー

プ全体の利益が最大限となるような企業行動を採ることから生じるのである。

(5)資金コストの安い国で調達すると支払利息が少なくて済むし、また賃金の

安い国で事業を行えば労務費が少ない額で済む。税務の面から見ると、グ

ループ内取引が非関連者間取引において成立する価格と異なる価格で行うと

すると、グループ内での、例えば親会社から海外子会社へ所得が移転し、親

会社の所得が減少するという歪みが生じる(グループ全体から見ると親会社

の所在地国の税率が子会社の所在地国の税率より高ければ結果としてグルー

プ全体の利益は増加することとなる。)。税務においては、この場合にこれ

らの歪みを取り除いて正常な価格に引き直して課税所得を計算しなければ、

正常な価格で取引を行っている納税者との間で不公平が生じることとなる。

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このような問題に対処する税制が、移転価格対策税制である。そして、移転

価格による所得移転があるかどうかを判定する基準が、独立企業間価格であ

り、移転価格対策税制の根幹をなす極めて重要な概念である。

我が国の移転価格対策税制の基本的な仕組みは、納税者である法人が自ら

独立企業間価格を算定して申告納税する制度の下で、当該法人がその国外関

連者と行った取引の対価の額が独立企業間価格と比較して異なることにより

課税所得が減少している場合に、その取引が独立企業間価格で行われたもの

と看做して所得を再計算するというものである。

つまり、我が国の移転価格対策税制は、申告納税制度の下で採用された制

度であり、独立企業間価格の算定方法の基本は、取引に着目した方法を採用

している。

ところで、移転価格対策税制の根幹をなす独立企業間価格とは、どのよう

な概念であろうか。

独立企業間価格については、種々の説明がなされている。

米国内国歳入法規則(6)では「関連納税者の真の課税所得を決定するに当た

り、全てのケースにおいて適用されるべき基準は、非関連納税者と独立の立

場で取引を行っている納税者の基準である。関連者間取引は、その実績値が、

非関連納税者が同等の状況の下で同種の取引を行った場合に実現したであろ

う実績値(独立企業間実績値)と一致する場合には、独立企業間基準を満た

している。」と規定する。改正税法担当者は、「独立企業間価格とは問題と

なった関連企業間の取引が、同様の状況下で非関連者間において行われた場

合に成立すると認められる価格をさすものという。」(7)と説明する。

中里実教授は「関連企業との間で取引を行っている企業も、独立企業との

間で取引を行っている企業も同じ価格で取引し、同じ水準の利益をあげるべ

きであるとの価値判断が存在するものと考えられる。」(8)と述べられている。

岡村忠生教授は、「独立企業間価格とすることで関連メンバー間の利益移転

を防止することである。」(9)といわれている。

筆者は、非関連者取引において成立した価格には、非関連者同志がお互い

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に経済的合理性を最大限追求し、お互いの利益が最大となるような行動を

とった結果、正常取引となり得るとの推定がなされるという基本的な考え方

が背景にあるものと考えている。(10)

したがって、独立企業間価格で移転価格を検証する方法は、関連取引が正

常取引となり得るか否かという観点から国際的な租税回避を検証するもので

あって、直接的にタックスヘイブン法人との移転価格を規制防止するための

ものではないといえよう。

3 (我が国)移転価格対策税制の特徴

昭和63年度の税制改正において成立した我が国の移転価格対策税制につい

て、金子教授は、(我が国移転価格対策税制の建て方として)次の三点を挙

げている。(11)

第1に、国際取引を対象とした制度であること。このことは、租税条約に

おける特殊関連者条項の執行のための国内的立法措置であるとする。第2に、

個人を対象から除外していること。これは個人企業による国外関連取引の例

が少なく、したがって、個人企業による国外への所得移転の例が少ないため

採られた措置であるとする。第3に、申告調整型の制度であるとされている。

さらに、独立企業間価格という観念は、極めて不明確な概念であるとし、上

記に述べた条約執行説に立ち経済的二重課税が相互協議の対象となるとする。

小松芳明教授は、次のように評価している。(12)

移転価格対策税制は、法人税法第22条4項の別段の定めであるとする。す

なわち、法人所得の計算上棚卸資産の販売又は購入、役務の提供その他の取

引は「通常の取引価格」で行われることを前提としているが、この価格には

かなりの幅があることから独立企業間価格概念を導入して法人税法にいう

「通常の取引価格」と看做すこととしたと述べられている。第2に、租税条

約に基づく政府間協議等により、対応的調整を行うべきことを予定している

ものであることから、国際取引に限定しているが、それは国内取引において

は自動的に価格の増減が調整されるが、国際取引においては二重課税が惹起

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されることから独立企業間価格と対応的調整は相即不離の関係にあるとする。

第3に、実際の取引価格と独立企業間価格との差額を損金不算入とするのは、

課税権を相互に適正に配分するための手段であること。すなわち、本税制は

法人税法第37条(寄付金条項)の特例ではないし、また差額を利益配当のよ

うに見るとの見解に対しても差額分を損金不算入としたことを考えれば、

「隠れた利益処分」とみることにも問題があるとする。

移転価格対策税制を租税条約の特殊関連企業条項の国内的立法措置である

とか独立企業間価格と対応的調整とは相即不離の関係であるといった見解に

は、「移転価格税制の適用はともすると恣意的になりやすい(13)が、仮にそ

うだとしても対応的調整が国際的に行われれば企業にとって最大の問題であ

る国際的二重課税が排除される。つまり、対応的調整(すなわちこの手続き

を経る結果どの国でどの程度税が確保されることになるかという税源配分が

確定する。)が租税条約上の相互協議を通じて解決が図られる仕組みになっ

ていることが必要である(14)。」という思想が見える。

しかしながら、我が国の制度全体を金子・小松教授の考え方で捉えると、

租税条約のないタックスヘイブン国に所在する外国子会社への移転価格に対

してはうまく説明できない。(15)逆基準的な言い方をすれば、移転価格対策

税制の適用においては、租税条約のある場合に比較して精緻さが求められる

ということになろう。

タックスヘイブンを巡る移転価格対策税制の適用においては、タックスヘ

イブン国においては、課税がないとすれば、国際的二重課税はなく、租税条

約に基づく対応的調整を前提とする議論は噛み合わないことになる。そこに

おいては、別の考え方が必要とされる。

現行の仕組みにおいては、特定外国子会社等との取引に移転価格対策税制

が適用された場合には、特定外国子会社等の留保金計算につき移転価格所得

と認定されたものについては斟酌することとされているため、二重課税とは

ならない。

加えて、制度としての移転価格対策税制を論じる場合には、「多国籍企業

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が稼得した所得を各課税管轄に適切に分配するための制度である。」との見

解が大勢である。(16)こうした見解に立てば、条約未締結国であれ、タック

スヘイブン国であれ、居住地国であれ、各管轄主体に適切に配分するという

ことになる。

したがって、タックスヘイブンを巡る移転価格対策税制の適用は、後述す

るように合算する留保所得が(部分的ではあるが)国外源泉所得となること

から、フロー課税で内国法人の国内源泉所得を確定させる方法と位置付けら

れていると解される。

もっとも、移転価格対策税制が国外関連取引を対象として適用されるが、

国外非関連取引であっても適正価格からはずれている取引もあり得るわけで

あって、その場合には国内取引と同様に法人税法第22条と同第37条の組み合

わせにより適正価格を求めていくことになろう。(17)

4 我が国タックスヘイブン対策税制との機能比較

タックスヘイブン対策税制と移転価格対策税制は外国にある関係会社への

所得移転に対する居住地国の対抗措置であるが、その機能には次のような違

いがある。

① 課税のタイミングが異なる。移転価格対策税制では、課税差額があれば

対象となる取引の日の属する事業年度の所得となることから、タックスヘ

イブン対策税制の適用に先行して課税を受けることとなる。すなわち、課

税時期が取引時と合致している。このことは、国際的租税回避の問題の一

つである課税延期問題の解決の一手段となる。

② タックスヘイブン対策税制では、50%超を所有する特定外国子会社等が

対象となり5%以上保有する株主等の持分割合部分が課税対象となるが、

移転価格対策税制においては支配関係が50%以上であれば移転所得全額を

課税することができる。さらに、実質支配関係基準を導入することにより、

課税できる対象が拡大している。

③ タックスヘイブン対策税制においては、直接間接に支配する特定外国子

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会社等が対象となり、兄弟会社間取引には対象とはならないが、移転価格

対策税制においては、兄弟会社間取引にも対象が及ぶ。

④ 適用除外要件を満たすタックスヘイブン対策税制上「実体のある外国関

連会社」にも課税対象が及ぶことから、タックスヘイブンに所在する実体

ある会社と取引における価格操作による所得移転の防止の効果がある。

⑤ 移転価格で課税する所得は、国内源泉所得となることから、外国税額控

除制度における国外所得枠の創出の防止となる。

⑥ 課税権の除籍期間が長い

⑦ タックスヘイブン対策税制が特定外国子会社等の「留保所得」というス

トックに着目する課税方式であるのに対して、移転価格対策税制は関連企

業間の「取引価格」というフローに着目する課税方式である。

⑧ 当然のことながら、タックスヘイブン対策税制は、軽課税国に所在する

外国関連会社が対象となり、移転価格対策税制は、軽課税国のそれに対象

を限定しない。

以上のように、移転価格対策税制とタックスヘイブン対策税制とでは作用

に違いがあり、相互に十分に機能すれば補完税制足り得ることが理解できる。

5 移転価格対策税制の問題点と限界

一般的に移転価格対策税制の限界としていわれることは、予測可能性と法

的安定性の問題である。我が国においては既述したように、申告調整型を採

用しているのにも係わらず、納税者自ら独立企業間価格を測定することがで

きないことが多く、仮に測定して申告したとしても、調査権に基づく課税当

局の把握した独立企業間価格に対して精度等の比較可能性で対抗できないこ

とが多い。しかも、青色申告にかかわらず守秘義務の関係からシークレッ

ト・コンパラになっていることである。(18)つまり、納税者に対応困難なと

いう点で厳しく、課税庁側に都合の良いシステムになっているというのであ

る。

しかし、ここではこのような議論はしない。移転価格の有無を測定する独

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立企業間価格基準で、タックスヘイブン法人への所得移転を防止することが

できるのかどうかという観点から議論を進めたい。

① 独立企業間価格法は、取引の価格に着目する測定法である。

この方法では、関連取引と類似する比較可能な非関連取引を探してきて、

そこでの価格に差異があれば所得移転有りとして増額部分を問題とする。

本来、独立企業間価格が絶対的な価格であれば減額することもあり得るわ

けで、その処理が正しいこととなろう。しかし、独立企業間価格は相対的

な価格である。(19)移転価格有りや無しを測定する基準であるから取引価

格が(例えば、仕入価格とすると)独立企業間価格以下であれば問題がな

いとするものである。ここでは、取引を問題とする。したがって、関連取

引がどんな取引であるか、すなわち、租税回避のための多段階取引だとか、

迂回取引だとか、そういった取引自体の不当性は検討の対象とはならない。

(20)

取引自体の不当性を税務上取り上げるとすると、別の税法上の基準で議

論することとなる。所得移転の蓋然性があっても独立企業間価格の測定基

準がそれでもって影響を受けることはない。価格が歪むおそれはあるから

調査を行う対象となり得るかもしれないが、租税回避のための取引である

が故に、定量的に比較対象取引が斟酌されるわけではない。

② 取引相手である外国関連者のエンティティは、問題とされない。

そもそも関連取引と非関連取引とを比較するためのものであるから「実

体」は問題としない。実体を問題とする課税システムもあろうが、ここで

はそのようなアプローチはしない。中里実教授は、「取引の相手方との関

係といっても、相手方が関連企業か否かという点を比較可能性の要素にす

るわけにはいかないのは当然である。移転価格で関連者間取引と非関連者

間取引の比較関連性を論ずる際には、一方の取引の相手方が関連企業で他

方の取引相手方が非関連企業であることが前提だからである。次に、取引

の相手方自体の属性(取引の相手方がどのような関連企業であるかという

点)は、それが取引相手との関係に影響を及ぼさない限りは、価格に影響

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を及ぼさず,したがって、比較可能性の要素にもならないであろう。もち

ろん、取引相手の属性が取引相手との関係・価格に影響を及ぼすのであれ

ば、それは比較可能性の要素となるといえよう。しかし、具体的に取引相

手の属性がどのような場合に取引相手との関係・価格に影響を及ぼすかに

ついては、必ずしも明らかにすることはできなかった。」と述べられてい

る。(21)

すなわち、取引の相手先が租税回避を目的としたタックスヘイブン子会

社であったとしてもそのことをもって、移転価格対策税制上の問題がある

とはされない。移転価格対策税制は関連法人の資格に着目しているのでは

なく関連者間の取引価格に着目しているのである。

③ セーフハーバーとしての独立企業間価格

企業においては関連者間で譲渡される製品等の価格付けに際して、独立

企業間価格をセーフハーバーとして捉えそれに則った取引価格を採用する

結果、競争力のある付加価値の高い製品によっては価格を切り下げる行動

もあり得るのである。

調査が繰り返されたり、米国のように公表データを使用できるとすると

その傾向が強くなり、その範囲においては移転価格対策税制上問題がない

こととなろう。

岡村教授は、移転価格対策税制の適用を避けたい企業においては課税上

だけでなく現実の取引価格を間接的に規制する効果があるとし、この点で

価格決定に関する私的自治を侵害する可能性があるとしている。独立企業

間価格が現実の取引価格となる可能性を示唆しておられる。(22)そして、

移転価格税制執行の繰り返しは、執行パターンやその不一致が企業側に予

測されると述べられている。

④ 比較対象取引の把握困難性と差異調整の難しさがある。

独立企業間価格の比較可能性においては、対象取引との違いを定性的に

把握はできるが、その違いを定量的に測定し差異調整することは難しい場

合が多い。すなわち、価格の比較可能性からみると、関連者間の取引の価

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42

格が他の非関連者間取引の価格と異なることが指摘できる場合にも、当該

取引を取り巻く諸条件が同一でないために、その取引条件の差異に埋没し

て、その差異を数額として具体的に算定することが困難なことが多いと考

えられるのである。

⑤ 低利益率で大量に取引きされる場合の独立企業間価格の測定は困難が伴

う。

例えば、再販売価格基準法の適用において、関連取引と非関連取引の総

利益率の差異が1%のいった場合にベストコンパラ(23)(最高の比較対象

取引)であれば何らの問題も生じないが、そうでないとすると④で指摘し

たように差異調整の中に埋没する恐れがあり、測定が困難となるおそれが

ある。そこから比較対象取引が見つからないことが起こり得るのである。

もちろん、定式的配分方式(利益分割法)によることも可能であるが、そ

の場合においてもタックスヘイブン子会社において費用発生があればそれ

を無視して配分することはできないであろう。

⑥ 移転価格対策税制においては、独立企業間価格法により適正利潤率に是

正することはできても、所得移転そのものすべてを是正することはできな

い。(24)

タックスヘイブン対策税制との関係でいえば、独立企業間価格で行って

おれば、タックスヘイブン法人に留保所得があっても課税しなくても良い

かというものではない。本来は、移転価格対策税制でのチェックがかかれ

ば、その取引は、正常取引と言えよう。しかし、移転価格対策税制では取

引の不当性は議論されないから、移転価格対策税制では正常取引とされて

も、タックスヘイブン対策税制においては、非正常取引の結果と認定され

課税対象となることがあり得るわけである。

⑦ 個人が対象となってない。この点については、弊害が明らかになった時

点で対応するということであるが、居住者のタックスヘイブン国の利用に

伴う租税回避について海外からの報告もある。(25) 我が国の居住者の中

にも香港など日本から比較的近いところに住所を移転し内国法人を支配管

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43

理する者も出現している。

以上の観点を結論的にいえば、タックスヘイブン法人に留保されている所

得はすべて非正常取引となりうることが推定されることから、全額課税対象

とする課税制度も成立するが、移転価格を検証する方法では、タックスヘイ

ブン法人との取引に関して独立企業間価格との比較であれ定式配分(26)であ

れ非タックスヘイブン法人に適用する基準で検討するということになる。こ

のことから、現行の制度では特定外国子会社等への所得移転を完全に遮断す

ることには限界があると考えられるのである。(27)

6 小括

トランスファープライシングルール(移転価格対策税制)の採用は、幾つ

かあるタックスヘイブン取引に対する居住地国の対抗措置の一つであること

である。(28)

すなわち、対抗措置それぞれにおいて適用効果に程度があり、タックスヘ

イブン取引に対して完全に機能するわけではない。このことは、移転価格対

策税制においても同様である。

上記で検討したように、移転価格対策税制は、取引価格を是正する方法を

採用している。中里教授は、租税回避行為の是正方法は独立企業間価格基準

でなくてもよいはずで、たとえば「経済的合理性」基準や「租税回避の動機

の不存在」等基準でもよいはずと指摘する。(29)

独立企業間価格基準で行う考え方は、経済学的アプローチの中から出てき

ているものとされている。この考え方によれば、取引を通じて検証が行われ

ることから、架空取引はともかくとして取引事実があればよい。すなわち、

取引相手の資格、租税回避の意図、取引そのものの不当性などは考慮されな

い。

タックスヘイブン対策税制では、非関連基準との関係から取引の相手とな

る外国関連企業の要件についてはこと細かく規定しているが、移転価格対策

税制においては取引の相手となる外国関連企業については支配要件に関する

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44

規定だけである。つまり、移転価格対策税制においては、租税回避の意図は

問われないことと関係する。移転価格対策税制のこうした仕組みは、正常取

引を装った意図的な所得移転の対応に限界があることを示している。占部教

授は「すべての国は、独立企業間ルールにより内国関連者からの援助問題に

対応している。しかし、特にタックスヘイブンにある被支配外国会社につき

移転価格税制を適用することは事実上困難な場合が多く、その実効性に問題

が存し、これのみでは不十分である。」(30)と述べられている。タックスヘ

イブン対策税制に後ろ備え的な機能を持たせていることをしてタックスヘイ

ブンを介する取引に対して十分対抗できるということにはならないのは、既

に指摘しているところである。

(1) 留保されている所得を誰に帰属させるべきか。実質的利益の享受者とするのか株

主から独立した主体である法人とするかという議論がある。国際課税においては、

法人は独立の主体者であるということがこれまでのところ確立された原則である。

(岡村忠生稿「国際課税」岩村正彦他編現代の法第8巻P294)この原則を崩しつ

つ実質的享受者に接近しようとする試みが、国際課税においては行われている。

(2) 確かに、株主である居住者等にはわが国の課税はされるが、仮に内国法人が輸入

取引を行っているとすると、タックスヘイブン法人との取引価格を通じてすなわち

内国法人の仕入金額(この中には資金シフトされたものが含まれている。)として

財務計算上損金算入されていく。内国法人から株主に資金として流出するのは、持

分に係る配当である。それは利益処分(損金不算入)をしなければ配当できないも

のである。

(3) 齋藤奏著「移転価格税制」中央経済社P12 この中で、「タックスヘイブン対策

税制の欠陥を是正するための税制」として移転価格税制を掲げ、現行のタックスヘ

イブン対策税制には次のようなことに対して不備があるとしている。①タックスヘ

イブンにある「実態のある会社」との価格操作による所得の流出防止 ②タックス

ヘイブンにある兄弟会社を利用した場合の所得流出防止 ③タックスヘイブン対策

税制にによる課税時期のズレの是正 ④外国税額控除にかかる「国外所得金額」の

過大となる可能性の排除

(4) タックスヘイブン対策税制については、国外関連者が特定外国子会社等に該当す

る場合には、タックスヘイブン対策税制と移転価格対策税制が重複して適用される

関係にある。特定外国子会社等との取引について移転価格税制を適用した場合には、

当該特定外国子会社等の未処分所得の計算においては、当該取引が独立企業間価格

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で行われたものとして計算し、二重課税を排除している。「昭和61年改正税法のす

べて」国税庁P211

(5) 駒崎清人著「国策課税のQ&A基本的な仕組みと考え方」東林出版社P15

(6) seeC.IR.Reg.1.482-1(b)(1)、青山慶二監訳「米国内国歳入法第482条に関する

財務省規則」日本租税研究会P69参照

(7) 「昭和61年改正税法のすべて」国税庁P199

(8) 中里実稿「独立企業間価格決定のメカニズム」租税法研究第21号P50

(9) 岡村忠生稿「内国歳入法482条の適用における告知と証明責任」法学論叢124巻P

188

(10) 拙稿「トランスファープライシングとわが国の規制税制」税大論叢25号P213

(11) 金子宏稿「移転価格税制の法理論的検討ーわが国の制度を素材として」「所得課

税の法と政策(所得課税の基礎理論下巻)」有斐閣所収P366

(12) 小松芳明稿「トランスファープライシングに対する税法上の規制について」亜細

亜法学21巻1号P21

(13) 金子宏前掲稿P364

(14) 金子宏前掲稿P370 この中で、「条約執行説をとり、国内立法としての移転価

格税制の適用であっても、条約締結国間の国際取引に対するものである限り、窮極

的には特殊関連企業条項に基づく措置であり、したがってそれが国内法的に違法で

ある場合には、同時に特殊関連企業条項にも違反することになるから、それは『条

約の規定に適合しない措置』に該当する、と立論することによって、明快に経済的

二重課税も相互協議の対象となる結論を導き出しうると考える。」と述べられてい

る。さらに小松芳明氏は、「(移転価格対策)税制の適用には、実際の取引価格と

は異なる独立企業間価格を見いだすという極めて困難な作業を必要とする宿命的な

問題を伴っている。したがって、多くの場合、適正な独立企業間価格は政府間協議

によって決められるべきことが予定されているともいえるのであって、この意味で

政府間相互協議の重要性がまず指摘されねばならない。」とする。小松芳明稿「所

得課税の国際的側面における諸問題」租税法研究第21号P21

(15) 国際税務99.9「21世紀の国際課税を考える。」川田剛氏発言9

増井良啓助教授は、「条約未締結国との関係では、対応的調整は必要か。この問

題は、将来的な投資の見込まれる新産業化国との関係でますます重要となる。この

点について、法律論としては、消極に解さざるを得ない。しかし、経済的二重課税

が頻発しかねない。」と述べられている。増井良啓稿「移転価格税制」日税研論集

33巻P71

(16) 中里実著「国際取引と課税」有斐閣P404、岡村忠生稿「移転価格税制」村井正

編「国際租税法の研究」法研出版P147、増井良啓稿「移転価格税制」日税研論集

33巻P49

(17) 村井正著「租税法改訂版」青林書院P175

もっとも移転価格対策税制ができる前の法人税法の考え方としては、関係会社間

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46

の取引価格が不自然不合理であれば、それが国外の関連会社との取引であれ国内の

それであれ、すべて寄付金課税又は配当課税で処理することとされていた。但し、

寄付金課税であればそこには、贈与の意思が無ければならないし、配当課税であれ

ばそこには利益の分配という実態がなければならなかった。渡辺淑夫・山本守之共

著「法人税法の考え方・読み方四訂版」税務経理協会P422

(18) 渡辺幸則稿「移転価格税制の最近の動向と問題点」租税研究98.9P65 金子宏前

掲稿P381

(19) 前掲拙稿P214

(20) 1979年OECD報告書(パラ3)の中で「移転価格が脱税や租税回避に利用される

ことはあるものの、移転価格問題の検討に際しては、脱税又は租税回避と混同して

はならない。」とされている。岡田至康監修「OECD新移転価格ガイドライン

(翻訳)」日本租税研究協会P1、羽床正秀著「移転価格税制詳解」大蔵財務協会

P91

(21) 中里実著前掲著P433

(22) 岡村忠生前掲稿P308及びP315 また岡村教授は移転価格税制は納税者の現実の

価格を左右する制度でありアームズ・レングス基準に従った等価交換原則がいわば

法規としての性格をもつことになろうと述べられている。岡村忠生稿「移転価格税

制」村井正編「国際租税法の研究」法研出版P132

(23) 取引の比較要素が完全に一致する内部取引や第三者取引があれば良いが、差異が

あると調整が難しい。企業の側からすると恣意的に利益率を調整する場合にはわず

かなものであっても恣意的な部分は把握できるであろうが、調査においては独立企

業間価格との乖離がわずかな場合に、差額があることをきちんと立証することは課

税庁にかなりの困難をもたらす。

(24) 仮に、タックスヘイブン法人の実体が内国法人の利益を国外に留保させるため迂

回させたものとすると、本来はタックスヘイブン法人が採り得べき利益は「0」で

あってもよいことになるが、独立企業間価格を比較対象とする移転価格捕捉制度で

は、つまりフローでは、適正利潤率に是正することはできても移転所得全てを是正

することはできない。むしろ、タックスヘイブン対策税制がストック課税であると

ころから、この点は有効に機能するということになる。この点ではタックスヘイブ

ン対策税制と移転価格対策税制は補完的関係にあると言えよう。基本三方法が適用

できない場合には第四の方法が適用されることとなろう。この方法ではどうであろ

うか。税法にいう「基本三法に準ずる方法」の場合は、基本三法の組み合わせとい

うことでいずれにしても取引を媒介した独立企業間価格による検証と考えることが

できる。「その他の方法」の典型的な方法としては利益分割法がある。この方法は、

内国法人とタックスヘイブン法人との連結利益を算出し利益獲得の寄与度の大きい

ものを尺度としてそれぞれの法人に按分する方法である。この場合、我が国の規定

では「 国外関連取引に係る棚卸資産の 法人又は国外関連者いよる購入、

製造、販売その他の行為に係る所得が、 これらの行為にためにこれらのものが

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支出した費用の額、使用した固定資産の額、その他これらの者が当該所得の発生に

寄与した程度を推測するに足る要因に応じて当該法人及び当該国外関連者に帰属す

るものとして計算した金額をもって当該国外関連取引の対価とする方法」と規定す

る。要するに、当該法人及び当該国外関連者の合算所得を双方の寄与の度合いによ

りそれぞれに按分しその所得を基に国外関連取引価格を修正するというものである。

取引価格を是正するという基本的な考え方がここにも見られる。この場合も対象と

する関連法人の資格は税法にいう関連法人に該当すれば良いと考えられるから、実

態基準がクリアできない法人であったとしても利益分割の対象となろう。

そうだとすると、タックスヘイブン対策税制における実態基準がクリアーできな

い法人であったとしても取引に伴う費用の発生があれば、何らかの利益はタックス

ヘイブン法人に配分されることとなる。すなわち、仕入代金、輸出費用、などの費

用発生は帳簿上発生するはずであるから、この方法によってもタックスヘイブン法

人には所得が配分されることとなる。ここでは、関連会社間の取引の対価を独立企

業間価格基準又は所得寄与基準で引き直す機能があることを確認しておく。

移転価格対策立法の目的は、最終的には自国の税収の減少を防ぐことであり、独

立企業間価格で取引が行われたものとして課税するのはそのための手段でしかない

と解されているが、タックスヘイブンとの関連で見れば現行移転価格対策税制のみ

では自国の税収の減少を完全に取り戻すことはできないものと考えうるのである。

(25) 「平成8年度長期出張者調査報告集」国税庁調査課P72

(26) 例えば、利益分割法では、費用、固定資産等といった所得の発生の寄与した程度

を推測して利益を当事者間に配分するが、タックスヘイブン法人ゆえに費用の発生

を全額無視して計算するというものではない。

(27) タックスヘイブン対策税制において留保所得を内国法人の所得として合算すると

きは、留保所得は外国税額控除の限度額計算上国外所得とされる(措置法令37)が、

これを移転価格対策税制で是正すれば国内源泉所得として課税することができる。

しかし、現行法上はそういった仕組みは採用せず、国外所得とする割合を1/3と

して縮減する方法を採用している。これは、税制の適用順序から見てタックスヘイ

ブン対策税制を(完璧ではないという意味で)移転価格対策税制適用後のラストリ

ゾートの証と考えて良いのではないか。占部裕典稿「タックスヘイブン税制」村井

正編「国際課税法の研究」法研出版P68

(28) 占部裕典前掲稿P37 ①事業目的テスト及びタックスヘイブン会社の法的主体の

否認(法人格否認の法理)、②権利の濫用としての租税回避取引の否認、③タック

スヘイブン子会社を親会社の居住地国の法人と看做す措置、④ タックスヘイブン

子会社の恒久的施設を親会社の居住地国と看做す措置、⑤タックスヘイブン子会社

の活動や所得を親会社の活動や所得と看做す措置、⑥管理支配地主義の採用、⑦ト

ランスファープライシングルール(移転価格対策税制)の採用、⑧タックスヘイブ

ン会社との取引に関して納税者に立証責任の転換、⑨納税者の移住及び資産の移転

の規制等がありうる

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(29) 中里実前掲著P405。 移転価格対策税制で通常議論される独立当事者間基準に

基づく方式(独立価格比準法などの幾つかの方式)に替えて、移転価格対策税制の

代替的なあり方を考えることは、理論的には不可能とは言えないとし、①租税制度

の影響が存在しないとしたら行われるであろう取引に付されたであろう価格や実現

されたであろう利益に着目して課税する方式、②事業所得について一定の形式的な

ソース・ルール的なものを設ける方式、③一種のミニマム・タックス(現実の利益

にかかわらない一定の税の徴収)を課税する方式等を挙げている。なお、岡村教授

は、「アメリカの移転価格税制は、推定によるミニマム・タックスという性格を帯

びた。」と評価している。岡村忠生前掲稿P312

(30) 占部裕典前掲稿P95(34)③参照9

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第4章 同族会社等の行為計算否認規定と 国際課税規定

1 検討すべき論点

タックスヘイブン子会社との取引を審査するに当たり、我が国実定法の適

用上は、タックスヘイブン対策税制の適用がなされる前提として、移転価格

対策税制の適用の当否の検討をすることができる。すなわち、移転価格対策

税制で課税関係が生じれば、二重課税を排除するためその課税事実をタック

スヘイブン対策税制における留保所得計算において斟酌される仕組みになっ

ている。

ところで、同族会社等の国際的租税回避行為に対しては、特別法である租

税特別措置法の一連の国際課税の個別規定が適用されるが、法人税法第132

条の適用も可能である。その場合に同規定が具体的にはどのような機能を有

し同族会社等の国際的租税回避行為に対処し得るのか検証する必要がある。

さらに、同族会社等の国際的租税回避行為に対しては、同族会社の行為計

算否認規定の一般規定である法人税法第132条と租税特別措置法の国際課税

規定との適用関係について検討されねばならない。一般に、租税特別措置法

が一般法である法人税法の適用に優先して適用される。適用後は、一般規定

の適用はどうなるのであろうか。どちらを適用してもよいのかどうか。

そこで、最初に同族会社行為計算否認規定の課税要件について基本的な仕

組みと具体的な適用例からこの規定が持つ一般的な機能を検証し、次に移転

価格に対してすなわちタックスヘイブン所在法人との取引に対して同規定が

どのように係わっているかを検討する。その上で、国際課税の個別規定と一

般的租税回避否認規定との適用関係について考えることとしたい。

2 同族会社等の行為計算否認規定の基本的な仕組みと機能

① 租税回避行為の概念

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租税回避行為(tax aboidance)とは、私法上の選択可能性を利用し、法律

上の行為形式を濫用することによって課税要件の充足を免れ租税負担を減

少させあるいは排除することをもって課税を不当に回避しようとする行為

をいい、節税行為(tax saving)や租税補脱行為(tax evasion)とは区分される。

租税回避行為一般を否認する規定としてはドイツ租税通則法42条が有名

であるが、我が国にはそれに該当する規定はなく、租税実定法として法人

税法第132条に「同族会社等の行為の計算の否認」の規定が設けられてい

る。小松芳明教授は、国際的な租税回避に対する規定としては、租税特別

措置法に別途規定があると説明されている。(1)

金子宏教授も、法人税法第132条をやや一般的な否認規定と述べ、同法

上かなりの個別的否認規定があるとし、例示として租税特別措置法第40条

の4以下、第66条の6以下等の国際課税規定をあげている。(2)

法人税法第132条が設けられている趣旨としては、「同族会社の場合に

は、通常利害が相反するということのほとんどない少数の同族株主が過半

数の株式を所有しているため、非同族会社のように株主と経営者との利害

対立によりおのずから恣意的な行為計算が抑制されるということがなく、

その会社支配権を通じて利害を同一にする首脳者等の意思によって会社の

行為計算を自由にすることができ、かかる恣意的な行為計算のため法人税

の負担を不当に軽減することも容易であり、また、その恐れがあるので、

このような結果を防ぐ必要があるからである。」とされている。(3)

② 同族会社等の行為否認計算規定の具体的な適用例と機能の検討

これまでの同族会社等の行為否認計算規定の適用例を見ると、次のよう

な興味深いケースがある。「同族会社A社が他人(銀行とする。)に対し

て負担している債務を同族会社の代表者甲が(同族判定株主とする。)連

帯保証している。この債務を別の同族会社B(兄弟会社)が債務引受をし

て弁済を実行し求償権を行使しなかった。」とする。このような場合にお

ける処理としては、B社が本来の債務者Aに債務相当額を贈与(寄付金)

したものと考えることができる。このような処理を相当とした判決として

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最高裁昭和52年7月12日判決がある。(4)この場合に、A社が多額の欠損金

を有しているとするとB社の出捐の損金性は否認できても受益者たるA社

においては単に繰越欠損金を埋めるにとどまり課税の実効性は期待できな

い。そこで、次の処理として、B社が代表者甲に役員賞与(場合によって

は配当)を支給したものとする考え方もある。このような処理を相当とし

た判決として最高裁昭和58年5月26日判決がある。(5)この考え方によれば、

B社がA社の債務引受をしたからといって、甲の財産が直接に増加するわ

けではない。これを甲の所得として捉えるのは、甲が自ら保証債務を履行

したならば、減少するはずであった甲の財産が減少しなくて済んだ、その

ような財産上の利益も課税所得足り得るとの考え方が背景にあるものと考

えられ、まさにその利益に着目して課税するものである。B社があえて義

務なくして債務の引受をするのは、現実に資力を有し、債権者から追求さ

れるおそれのある代表者甲の地位を守ることにあったと考えられるからで

ある。

このように同族会社等の行為否認計算規定の適用にあたっては、真に利

益を受けたと見られる者を課税対象することが可能となる。さらに、所得

税法の適用であるが、(所得税法施行令第169条は、時価の1/2以下を

低額譲渡として扱う旨規定する。)時価の1/2をわずかに超える価額で

あったとしても低額譲渡として同族会社等の行為否認計算規定が適用され

た例もある。(6)また、同規定が税法上の一般規定たる所得概念(流入主

義)をも超え、いわば特別法として別体系をなしていることを確認した事

例として個人の巨額な無利息融資に対する認定課税を認めたものがある。

(7)

③ 「法人税の負担を不当に減少させる結果」となる判定基準

判例には、この点につき2つの考え方の流れがある。一つは、「非同族

会社では通常なし得ないが、同族会社であるがゆえに容易に選択できるよ

うな行為を否認して非同族会社が通常なすと認められる行為計算に引きな

おして課税するための規定」とするものである。(8)二つには、「純経済人

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の選ぶ行為計算としては不自然、不合理なものを否認し、これを合理的な

行為計算に引きなおして課税するための規定」とするものである。(9)最近

の判決の傾向は後者の趣旨を判示している場合が多いように思われる。

(10)以下、前者を「非同族会社比準説」とし、後者を「経済的合理性説」

と呼ぶ。

3 同族会社等の行為計算否認規定と移転価格対策税制

① 法形式の濫用と移転価格

移転価格とは、企業間の取引における価格操作を通じてある企業から関

連企業への利益移転をいう。財貨の移転に応じて価格が付与されること、

すなわち、移転価格そのものが税務上問題なのではない。原価計算制度に

おいては、工場内部において事業部制を採用しているときには、一定の利

潤を付加した価格で他の事業部へ振り替える。これを振替価格(11)(英語

ではtransfer priceという。)という。独立した企業間の取引においてはお

互いに利潤を最大限になるような企業行動を採ることは当然のことである。

したがって、一定の付加価値を付して価格付けすること自体に問題がある

わけではない。移転価格は、取引そのものであって日常的に非同族会社で

あれ同族会社であれ行われているものである。したがって、私法上特異な

法形式を採用したり濫用したりしているものではない。私法上有効に成立

しているものである。

移転価格ではその価格が恣意的に付され、その結果申告所得額が減少す

ることによってある企業の所在地国の課税権が侵害されることがあるから、

税務において問題となるのである。その意味において、移転価格によって

企業の申告所得額が減少していることが確認されて初めて、私法上の形式

を濫用していると評価されることになる。

② 行為の容認に伴う法人税の減少と移転価格対策税制

移転価格ではその価格が恣意的に付され、その結果申告所得額が減少す

ることがある。「恣意的な価格付け行為を容認したならば、同族会社等の

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法人税の負担等を減少させることになる。」かどうかについて、いくつか

のアプローチがあるが、わが国の移転価格対策税制では独立企業間価格基

準で審査することとなる。独立企業間価格と関連会社間の取引価格とを比

較して後者の価格が前者の価格から乖離している場合には、その価格付け

行為を容認すると同族会社等の法人税の負担等を減少させることになるか

ら、関連者間の価格を独立企業間価格に修正するのである。つまり、移転

価格対策税制においては、「行為の容認に伴う法人税の減少」を独立企業

間価格によって審査しているのである。

③ 法人税法第132条「法人税不当減少基準」と独立企業間価格基準(の相

似)

上記したように「法人税の負担を不当に減少させる結果」となる判定基

準としては、2つの考え方の方向があることを確認した。一つは、「非同

族会社では通常なし得ないが、同族会社であるがゆえに容易に選択できる

ような行為を否認して非同族会社が通常なすと認められる行為計算に引き

なおして課税するための規定」とするものである。二つには、「純経済人

の選ぶ行為計算としては不自然、不合理なものを否認し、これを合理的な

行為計算に引きなおして課税するための規定」とするものである。

ここで、移転価格対策税制すなわち、独立企業間価格の比較による関連

企業間の取引価格の検証が、「法人税の負担を不当に減少させる結果」と

なる判定基準として有効に機能するか見てみよう。独立企業間価格とは、

問題となった関連企業間の取引が、同様の状況下で非関連者間において行

われた場合に成立する価格を指すとされている。(12)このことは、二つ目

にいう営利を追求する企業が行った経済的合理的行為からなされた取引価

格により判定するということである。さらにいえば、企業間の取引につい

ては、相互に関連を持たない第三者との間で決められる価額、すなわち、

公開市場で通常の商業条件のもとに定められる価格と対比して問題の取引

価格が適正かどうか判断される。(13)

このことは、独立企業間価格から乖離した価格を付した取引は、公開市

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場で通常の商業条件で行われない経済的合理性を無視した異常不自然な行

為といえよう。

そして、移転価格そのものは、通常の経済行動の中で同族会社であれ、

非同族会社であれ、日常的に行われるものであることから、同族会社に限

定されたものではない。

独立企業間価格は、まさに法人税法第132条にいう「法人税不当減少基

準」と言えよう。

大淵教授は、法人企業を対象とする法人税法第132条の「経済的合理性

基準説」と「独立当事者間取引」概念は、実態的に差異はないといえるが、

個人株主と同族会社との取引を前提とした所得税法157条に「独立当事者

間取引」概念を持ち込む場合には、所得等の配分規定として対応的調整が

予定された移転価格対策税制と予定されていない所得税法157条の相違等

から・・・」(14)と述べ、両規定の機能相違は対応的調整であることを示

唆しておられる。

④ 租税回避の意思と移転価格対策税制

通説、判例によれば、同族会社等の否認要件としては「租税回避の意図

ないしは意図が存在することは必要でない。」と解されている。(15) 移

転価格対策税制においても同様である。

⑤ 同族会社等の行為計算否認規定と移転価格対策税制の位置付け

上記①から④まで同族会社等の行為計算否認規定と移転価格対策税制を

比較検討してきた。この結果、移転価格対策税制の果たす機能は同族会社

行為計算否認規定が求めている課税要件とほぼ同等であることが確認でき

た。言い換えれば、移転価格対策税制は、国際的租税回避の典型である移

転価格による租税回避に対処するため、非同族会社にも適用があること

(学説上議論が分かれている。)及び移転価格であるかどうかの測定基準

を具体的に明示するため、対象として国際的な租税回避に限定した、個別

具体的な規定といえよう。

金子宏教授は、同族会社等の行為計算否認規定の対象には独立企業間価

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格と異なっている場合も含むとされている。

金子宏教授は、「非同族会社比準説」又は「経済的合理性説」のいずれ

の考え方をとっても具体的な事件の解決には大きな相違は生じないとしな

がらも、抽象的な基準としては、「ある行為又は計算が経済的合理性を欠

いている場合に否認が認められると解すべきであろう。」と述べ、後者の

考え方に拠るものとしておられる。そして、行為・計算が経済的合理性を

欠いている場合とは、それが異常ないし変則的で租税回避以外に正当な理

由ないし事業目的が存在しないと認められる場合のみでなく、独立・対等

で相互に特殊関係のない当事者間で行われる取引(米国税法でいう、

arms’length transactionすなわち独立当事者間取引)と異なっている場合も

含むとしている。(16)

すなわち、移転価格対策税制規定の適用は、同族会社行為計算否認規定

の適用の場面といえよう。

「法人税を不当に減少させる結果」となる判定基準と独立企業間価格に

よる判定基準はその内容にほぼ同じというほどの相似性があるものと考え

ている。違いは、国際取引に限定されていることと、非同族法人に適用が

あるかどうかという点である。すなわち、法人税法第132条に規定する不

当減少基準は、独立企業間価格基準に限定されず他の基準をも含む概念と

理解したい。

4 同族会社等の行為否認計算規定とタックスヘイブン対策税制

① 法形式の濫用とタックスヘイブン対策税制の適用

タックスヘイブンに企業を所有することが法形式の濫用となるのかどう

か。タックスヘイブンにある企業と取引をすることが法形式の濫用となる

のかどうか。

米国のサブパートF所得の課税理論としては、国外子会社の配当遅延に

よる損害をカバーするという前提がある。そこでは、タックスヘイブン国

に所在する法人を否定することはできない。確かに自国の課税権が及ばな

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い国の法人格を否認するというのは困難であろう。

ドイツの国際課税法のように、タックスヘイブンに所在する法人の所得

をその法人の株主である自国の法人に帰属する所得とする考え方によって

も、タックスヘイブンに所在する法人を否定したものではない。

このような考え方に立てば、タックスヘイブンに企業を所有することが

法形式の濫用となるのかどうかの証明は必要とされない。

同族会社等の行為否認計算規定の適用において組織行為の除外(適法に

行われた法人の設立等に対しては、同族会社の否認規定は適用できな

い。)という考え方に対して、組織行為も対象となるという考え方がある。

ドイツではタックスヘイブンにおける基地会社の設立を税法上否認する判

決があるとして、清永教授はこのような考え方(17)を支持している。こう

した場合に、法人税法第132条の適用においては、タックスヘイブンに企

業を所有することが法形式の濫用となることの課税庁側の立証は必要とな

ろう。

② 法人税法第132条「法人税不当減少基準」とタックスヘイブン対策税制

の適用

法人税法第132条の「法人税不当減少基準」を巡っては2つの基準があ

ることは既述したとおりである。「非同族法人比準説」に拠れば、同族会

社に限定されるであろうし、「経済的合理説」の立場に立てば非同族会社

にも対象は及ぶことになる。

タックスヘイブン対策税制においては、適用される法人が同族会社に限

定されるかどうかの議論は要しないし、タックスヘイブン子会社に留保さ

れた所得が「法人税の不当な減少」にあたるかどうかの課税当局の立証も

要しない。

③ 租税回避の意思とタックスヘイブン対策税制の適用

通説、判例によれば、同族会社等の否認要件としては「租税回避の意図

ないしは意図が存在することは必要でない。」と解されている。(18) タッ

クスヘイブン対策税制の適用においても同様で、課税要件とはされていな

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い。

④ 同族会社等の行為計算否認規定とタックスヘイブン対策税制の位置付け

同族会社等の行為計算否認規定の適用要件には、記述したように2要件

がある。非同族会社である多国籍企業の行う国際的な租税回避に対しては、

経済的合理性説に寄らねばならないが、非同族会社に対する適用の可否に

ついては、学説判例とも賛否両説あり、対立している。さらに、タックス

ヘイブン国にある子会社そのものが本来経済的合理性のないものだから、

原則としてこれを規制する必要があるとの考え方もある。しかし、相手国

により適用を変えるものではなく、取引そのものの経済的合理性を検討す

べきものであろう。例えば、多国籍企業である非同族会社が支配下にある

子会社に対して無利息融資を行った場合に、親会社である多国籍企業が子

会社に対して有している債権、資本金保全のため実行したものとすると、

必ずしも子会社に対する無利息融資は純経済人が選ぶ行為として不自然・

不合理なものばかりとはいえない。つまり、タックスヘイブン国にある子

会社に対する無利息融資は、原則として純経済人が行わない不自然、不合

理な取引だから法人税法第132条により否認するとはいえないであろう。

このような意味で同族会社行為否認計算規定とタックスヘイブン対策税制

とは、規制の仕方が異なっていると考えられる。(19)

5 同族会社等の行為計算否認規定と国際課税個別規定との適用関係

これまで見てきたように、移転価格対策税制及びタックスヘイブン対策税

制の適用は、同族会社等の行為計算否認の一般規定を巡り潜在していた問題

点を解決し、法的予測性と安定性が納税者及び課税庁にもたらしたものと言

えよう。

しかし、それでもなお法人税が不当減少している蓋然性がある場合に、す

なわち、これらの国際課税の個別規定の課税要件を充足せずこのままその行

為を是認したならば結果として法人税が減少することになる場合、ラストリ

ゾートとして租税回避規定の一般規定である法人税法第132条で対処できな

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いかということである。

タックスヘイブン対策税制、移転価格対策税制及び過少資本税制が租税回

避規定の一般規定に対して個別的否認規定であるということについては異論

がないであろう。(20)

個別規定と一般規定との取扱いについては、2説ある。清永教授は、先ず

個別規定を適用しなおかつ問題がある場合には、一般規定で課税することが

可能であるとする。(21)(以下、清永説という。なお、規定内容の明確なも

のについては金子説に同意している。)

これに対して金子教授は、(両規定の適用範囲が同じで、税額が異なる場

合に)どちらを適用するかどうかは課税庁の判断に委ねられているとする。

(以下、金子説という。)

課税庁が個別規定又は一般規定を優先適用しその結果に問題がある場合に、

更に他の一般規定又は個別規定を重ねて適用することができるのかどうかに

ついて金子教授はどのように解しているのであろうか。

個別規定を適用する場合には「不当な減少」を問題とする必要がないこと

から、実際問題としては個別規定が適用されることが多いと推測されると述

べられている。(22)

さらに、金子教授は「個別規定は否認の要件が具体的であるだけでなく、

それを避けることが比較的可能であって否認要件の外側の安全地帯に新たな

租税回避が生み出されやすくこれに対処するため新たな立法がなされ、租税

法規が複雑化することが避けられない。だが、法的安定性と負担の公平の要

請から合理的であるから、立法のあり方としては個別規定によるべきであ

る。」と述べられている(23)ところから、一定の条件付きではあるが、個別

規定を適用した後に重ねて一般規定を適用することに対しては消極的に解し

ておられるように思われるが確認はできなかった。金子説をこのように解す

ると、上記の問題については法人税法第132条では対処できないということ

になろう。

しかし、個別規定で問題がなければ最初から法人税法第132条を適用すれ

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ば良く結果としては金子説に拠ったとしても清永説同じくなるものと考えら

れる。

通説及び判例に従えば、同法第132条の適用基準は、非同族会社基準と経

済的合理性基準である。これは、移転価格対策税制における独立企業間価格

基準によるものと同じである。金子教授は、「独立企業間価格と異なる場合

も経済的合理性基準に該当する。」旨を述べ、移転価格対策税制があること

により非同族会社の移転価格にも対処できるものとされている。(24)

独立企業間価格基準による審査は、同法第132条の具体的な適用といえよ

う。

しかし、結果として課税額が減少するのであれば、すなわち、個別規定で

十分でない場合には一般規定の適用があると主張する考え方もあろう。(25)

そこで、タックスヘイブン法人に留保されるという事実を捉えて、結果と

して、「不当に内国法人の税額を減少させているのだから」という理由で、

損金で流出した留保所得相当額を配当原資もしくは国外寄付金と看做し同第

132条で内国法人の所得として課税することも可能かもしれない。

このような考え方を貫けば、内国法人が株主でありながら取引の当事者で

ある場合では、タックスヘイブン対策税制で、株主である内国法人に対する

課税をし、さらに同法第132条で取引当事者である内国法人に対しても留保

所得分を課税することとなる。現実には、このような課税は行われていない。

理論的にも同一所得に二重に課税することになるから二重課税の排除なしで

は課税はできないと考えられる。

もっとも、個人サイド(所得税法サイド)からする同族会社等の行為計算

否認規定の適用、例えば不動産管理会社の事例から明らかなように、同族会

社が不当な行為によって得た利得を代表役員らに対して給与として流出して

いたとしても、その所得流出行為まで否認されるのではない。

しかし、株主と取引当事者が分離している本ケースのような場合に限定す

れば、有効であるかもしれない。但し、不当減少かどうかの立証は必要とさ

れよう。

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6 小括

ここで確認をしておきたいことは、現行租税特別措置法第60条の6は、

タックスヘイブン法人の留保所得を(取引当事者でない場合であっても)そ

の株主である内国法人又は居住者の所得と看做して課税することとしており、

取引の当事者である内国法人の課税要件を規定しているわけではない(した

がって、課税はできない。)。また、現行租税特別措置法第40条の4は、

タックスヘイブン法人の留保所得をその法人の株主である居住者の雑所得と

看做なし課税することとし、取引当事者である内国法人(居住者のこともあ

り得る。)への課税については課税要件が規定されてない(したがって、課

税はできない。)ことである。(26)

しかし、法人税法第132条については、一般法である法人税法の規定であ

るところから、仮にタックスヘイブン対策税制や移転価格対策税制が適用後

であったとしても適用ができるものと考えている。その際、「不当に軽減」

されていることが要件とされるが、例えば内国法人が欠損であるにもかかわ

らずタックスヘイブン法人に多額の所得が留保され株主へ配当されている

ケースのような場合に適用できる余地があると考えている。

そして、タックスヘイブン対策税制や移転価格対策税制と同様に法人税法

第132条も私法上の所得移転の効果に影響を及ぼさないのである。

したがって、株主が取引当事者であるタックスヘイブン法人及び内国法人

を100%支配している株主の資格と取引当事者の資格とが分離しているケー

スにおいては、タックスヘイブン法人の税務上の留保分を不当軽減分として

内国法人の所得として課税を及ぼしても、株主への課税は私法上の留保額に

課税されるものと考えると重複課税とはならない。

なお、組織行為の除外(適法に行われた法人の設立等に対しては同族会社

の否認規定は適用できない。)に対して、その法人格を否認するような同族

会社等の行為計算否認規定の適用については、西ドイツ時代における国際取

引課税法成立前の判決であること、現在実定法上タックスヘイブン対策税制

があること、学説上も対立していることから、タックスヘイブン法人そのも

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のを否認するという課税には困難があると考える。

(1) 小松芳明著「法人税法概論(五訂版)」有斐閣P25

(2) 金子宏著「租税法第7版」弘文堂P121

(3) 東京高裁判決34.11.17行集10.12.2392

(4) このような処理を認めた判決として最高裁昭和52年7月12日判決がある。訟務月

報23巻P1523 荻野豊著「役員給与の事実認定」大蔵財務協会P92

(5) このような処理を認めた判決として最高裁昭和58年5月26日判決がある。税務訴

訟資料130巻P494 荻野豊前掲著P102

(6) 大阪高裁平成元年5月24日判決 税務訴訟資料170巻P458

(7) 東京高裁平成11年5月11日判決 判例時報1625号P23

(8) 東京地裁判決33.12.23行集11.5.2727

(9) 東京地裁判決40.12.15行集16.12.1926

(10) 例えば、東京地裁H8.11.29六行ウ300

(11) 森藤一男稿「会計学大辞典第四版」中央経済社P937

(12) 「昭和61年改正税法のすべて」国税庁P199

(13) 小松芳明前掲著

(14) 大淵博義稿『「所得なきところに課税なし」の原則と同族会社の「行為・計算」

の否認』税理40巻9号P66

(15) 金子宏前掲著P316、東京地裁s40.12.15判決税務訴訟資料41号P1188

(16) 金子著前掲書P315金子宏稿「アメリカ合衆国の所得課税における独立当事者間取

引の法理」「所得課税の法と政策」有斐閣所収P256この中で教授は、米国内国歳入

法第482条は我が国の同族会社の行為・計算の否認規定とある範囲で同じ機能を果

たしているとされている。

(17) 清永敬次稿「同族会社の課税問題」租税法研究第21号P57、その他の方法として

法人格否認の法理の適用が考えられるが、外国法で有効に成立した法人を内国法で

否認できるのかといったことなど否定的な見解がある。渡辺淑夫著「法人税法ーそ

の理論と実務9年版」P70

(18) 金子宏著「租税法第7版」弘文堂P297、東京地裁s40.12.15判決税務訴訟資料

41号P1188

(19) 拙稿「外国税額控除とタックスヘイブン対策税制を巡る諸問題」税大論叢17号P

154

(20) 金子宏著「租税法第7版」弘文堂P121

(21) 清永敬次前掲稿P51、清永敬次稿「検証租税回避の否認」税研98年5月P68

(22) 金子宏著「無償取引と法人税」「所得課税の法と政策」有斐閣所収P353、「言

外に個別規定適用後の一般規定の適用はないとされている。」と理解したい。

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(23) 金子宏稿「租税法と私法」租税法研究6号P26

(24) 木村教授も同じ趣旨のことを述べている。木村弘之亮著「独立企業間価格の実体

的原則」「多国籍企業税法」慶応大法学研究会叢書P4

(25) 例えば清永説 清永敬次著「租税回避の研究」ミネルヴァ書房P419

(26) 昭和53年にこの税制ができて居住者等が株主の場合に居住者の雑所得としての

課税や取引当事者でない内国法人に対する課税はあったはずである。そのときに取

引当事者である内国法人に対して同法第132条で課税が行われておれば、タックス

ヘイブン法人の留保金について居住者と内国法人とに二重に課税されることになる

から争いとなるであろう。しかし、審査請求や訴訟があったとは聞いていない。

(平成4年の税制改正により対象内国法人及び居住者の保有要件を持分割合を10%

から5%に引き下げている。このことは、取引の当事者でない株主が増加すること

を意味している。)

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第5章 終わりに代えて

本稿は、第1章の問題提起において掲げた「同族会社とそれを支配する株主

を巡る国際的な課税問題」を中心テーマとして、具体的な我が国の同族会社が

行い得る国際的取引を例に挙げて検証を行ってきた。そこに存在する課税問題

についてタックスヘイブン対策税制、移転価格対策税制、同族会社等行為計算

否認規定を適用する際に生じる問題点や単独の規定の適用では問題とならない

ことが複合することにより別の角度からの問題が生じることを指摘してきたの

である。

具体的な例として、株主の資格と取引当事者の資格が分離しているケースを

取り上げ、タックスヘイブン対策税制を適用し、株主の資格と取引当事の資格

が一体となっているケースとの比較を行い課税結果について検証した。

居住者がタックスヘイブン法人と内国法人を直接支配している場合、すなわ

ち、株主の資格と取引当事者の資格が分離しているケースにおいては、タック

スヘイブン法人に留保されている所得は、措置法第40条の4により居住者の雑

所得として合算されることとなる。

株主の資格と取引当事の資格が一体となっているケースと取引という点から

考察してみると、タックスヘイブン法人に留保されている所得は内国法人に本

来帰属していると考えることができよう。したがって、その留保所得を合算し

たとしても内国法人に帰属する所得を取り戻したことになる。他方、株主の資

格と取引当事者の資格が分離しているケースにおいては、居住者に対して株主

であるということでタックスヘイブン法人に留保されている所得を合算課税さ

れることとなる。居住者は取引の当事者ではないので、これは配当に相当程度

似た性格を持つこととなる。

株主、内国法人、タックスヘイブン法人と関係する者は同じであっても、支

配関係を替えることにより、課税結果に大きな相違を生じさせるのである。ど

うしてこのようなことが生じるのか。

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我が国の制度において、タックスヘイブン法人の留保所得は株主である居住

者若しくは内国法人の所得と看做して課税する仕組みを採用していることにあ

る。言い換えれば、タックスヘイブン対策税制は居住者である「株主」に着目

して居住地国課税を行う制度といえよう。(1)

タックスヘイブン対策税制が留保される所得を不正常な所得として株主に帰

属するもの若しくは配当遅延するものと捉えるかぎり、この税制においては株

主の所得として課税されることから、株主と取引当事者が分離している場合に

は、制度の仕組み上株主の雑所得として取り扱われる結果、内国法人から損金

扱いされた留保所得相当額がこの制度を通じて株主に移転してしまうという限

界があるのである。

一方、移転価格対策税制は、取引に着目して取引当事者間に所得を配分する

制度といえる。

タックスヘイブン法人の留保所得は内国法人の高価仕入れの結果であるとす

れば、移転価格対策税制によりタックスヘイブン法人との取引価格を適正価格

に是正し、内国法人に所得として課税することもできよう。その結果、タック

スヘイブン法人の留保所得を完全に解消するようなことが可能となる。

そこで、我が国の移転価格対策税制においてはどのような機能するかについ

て検証してきた。すなわち、移転価格対策税制においても取引を検討の対象と

して独立企業間価格で比較するため、移転価格税制で審査してもタックスヘイ

ブン法人に留保される所得の発生を完全に阻止することはできないという限界

があるのである。こうしたことから、株主、内国法人、タックスヘイブン法人

と関係する者は同じであっても、支配関係を替えることにより、課税結果に大

きな相違を生じさせることが起こり得るのである。

タックスヘイブン対策税制と移転価格対策税制の関連についていえば、タッ

クスヘイブン対策税制の後ろ備え的機能を持たせることをしてタックスヘイブ

ン法人への所得移転する取引に十分対抗できるということにはならないのであ

る。

また、両税制の関係においては移転価格対策税制による課税があった場合に

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は二重課税排除の観点から調整することとしている。(2)すなわち、タックスヘ

イブン法人の留保所得に対してタックスヘイブン対策税制が、タックスヘイブ

ン法人との取引に関して移転価格対策税制が内国法人に重畳的に適用される結

果、タックスヘイブン法人と内国法人を連結して見た場合にタックスヘイブン

法人の留保所得から移転価格税制で課税した額を控除しなければ、内国法人は

移転価格課税分に関して二重に課税を受けることとなるからである。しかし、

このような調整を行うにあたって特定外国子会社等が内国法人に対する所得の

増額分に見合う金銭の返還は要件とはされていない。そして、既に受け取った

配当金に係る課税とその後に行われた移転価格課税との二重課税の調整は、特

定外国子会社等から内国法人に対して価格調整金の支払いが行われる場合に限

られている。(3)

つまり、両税制の適用は、私法上の所得移転の効果に影響を及ぼさないこと

が前提となっていると考えられるのである。もちろん、移転価格対策税制にお

いては相互協議が成立し対応的調整がある場合に金銭の支払いが行われること

がある。その場合であっても私法上の権利の効果を変更させるものではない。

そうだとすると私法上有効に行われた取引の結果、タックスヘイブン法人に留

保された所得を株主の所得として課税し、移転価格対策税制において取引当事

者に課税しても課税主体は異なるから重複課税ではないということができよう。

このことは課税主体が異なる場合により明確になる。

実定法上の制度としては、移転価格対策税制の対象分があればその分を除い

て、残額の留保所得を株主の雑所得として看做すという仕組みを採用している

が、少なくとも株主の資格と取引当事者の資格が分離している場合には、必然

的に控除する必要があるものではないということになろう。

さらに、このことから次のことが確認されるのである。

例えば、内国法人Bがタックスヘイブン法人Cに対して使用料100を支払い

10%の源泉徴収税を課していた場合に、移転価格対策税制でそのうち80を否認

しCの留保所得を減算しBの所得として課税を受けたとしても、100の支払い

は私法上有効であるから80相当分の源泉徴収税は還付する必要がないというこ

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とになろう。

これに対して同族会社等の行為計算否認規定の適用例からいえることは、こ

の規定の適用に当たっては、必ずしも取引の直接当事者のみでなく、背後に隠

れている実質的な利益の享受者に課税することができるということであり、同

族会社等行為計算否認規定が税法上の個別規定を超えて適用されることがあり

得ることである。

タックスヘイブン対策税制と法人税法第132条との関係についていえば、

タックスヘイブン対策税制においては、タックスヘイブン法人の留保所得に関

して後者の要件である法人税不当減少基準の適用を不要としているのに過ぎず、

また、移転価格対策税制と法人税法第132条との関係についていえば、独立企

業間価格による移転価格の判定基準と法人税不当減少基準とはほぼ同じという

ほどの相似性があると考えているが、前者の基準は後者の基準の個別具体的な

現れともいえる。すなわち、法人税法第132条に規定する不当減少基準の概念

は、独立企業間価格を含む広い概念であると解したい。そして、同族会社等行

為計算否認規定の適用は、真に利益を受けたと見られる者を課税対象とするこ

とができる点において、適用が会社と株主の関係に限定されるタックスヘイブ

ン対策税制や取引当事者に限定された移転価格対策税制とは異なる機能を有し

ている。加えて、法人税法第132条については、一般法である法人税法の規定

であるところから、仮にタックスヘイブン対策税制や移転価格対策税制の適用

後であったとしても適用ができるものと考えている。その際、「法人税が不当

に軽減」されていることが要件とされるが、例えば内国法人が欠損であるにも

かかわらずタックスヘイブン法人に多額の所得が留保され株主へ配当されてい

るケースのような場合には適用できる余地があると考えている。

また、法人税法第132条もタックスヘイブン対策税制や移転価格対策税制と

同様に私法上の所得移転の効果に影響を及ぼさないのである。

以上の検討から、タックスヘイブン対策税制、移転価格対策税制、同族会社

等の行為計算否認規定の各種規制は、私法上の所得移転の効果に影響を及ぼさ

ないということである。これを前提として整理すると次の点を指摘できるので

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ある。

最初に、①各種税制規定を重複的に適用できることである。次に、②税務処

理上について考えてみると、移転価格対策税制における「移転価格差額」も

タックスヘイブン対策税制における「留保所得」も「その他流出」として法人

税申告書別表4に加算される。移転価格対策税制においては相手国との間で対

応的調整が行われ、タックスヘイブン所在地国では対応的調整は行われないが、

タックスヘイブン国では移転価格が否認された効果は税法上の限度にとどまる

(私法上の取引は有効)から、その留保所得に課税しても重複的な課税ではな

いといえよう。そして、③各種規制にかかわらず、私法上はタックスヘイブン

所在地国にあるペーパーカンパニーや同族会社等に所得が移転されるが、その

ストックが配当以外の所得に変換され処分されたとしても、(各種規制は私法

上の所得移転の効果に影響を及ぼさないという前提で考慮すれば)各種規定は

その所得の処分まで否認するものではない。

すなわち、税制上の否認は私法上の効果を覆さないということであり、その

否認も必要限度にとどまるということである。

以上。

(1) もっとも、別のアプローチとしては、英国で採用されている内国法人判定基準で

ある管理支配地主義がある。管理支配地主義によるとタックスヘイブン法人そのも

のを我が国の法人として課税することは可能となるが、我が国では形式的な本店所

在地主義を採用していることから、株主の資格に着目するタックスヘイブン税制が

求められるということになろう。

(2) 特定外国子会社等の未処分所得の計算は独立企業間価格で取引があったものと

して計算することとされている。措置法施行令第39条の15①一号( )書

(3) 措置法令39条の15第4項( )書において、移転価格対策税制適用における調整

額のうちに、「当該内国法人に支払われない金額」があるときは、これを特定外国

子会社等の未処分所得の計算上加算することとしている。価格調整金が支払われた

場合には、実際に未処分所得が減少するからこれを超える配当額は過去の課税済み

留保所得からなされたものとして損金算入が認められる。(同令第39条の19第2

項)このような方法で二重課税が考慮されているが、取引当事者間で調整金の支払

がない場合には、上記で述べた損金算入の調整は行われないのであり、それは、移

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転価格対策税制上の適用によっては、私法上の権利移転の効果を変更させないこと

を意味する。