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放地研特別寄稿シリーズ SCS 父島のラドン濃度の長期変動に現れる大陸気塊の影響 吉岡勝廣 大気ラドン科学研究所 Influence of the continental air mass in the long-term variation of the radon concentration at Chichi-jima Is. Katsuhiro YOSHIOKA [email protected] Atmospheric Radon Science Laboratory 放射線地学研究所、名古屋

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放地研特別寄稿シリーズ SCS-0025

父島のラドン濃度の長期変動に現れる大陸気塊の影響

吉岡勝廣

大気ラドン科学研究所

Influence of the continental air mass in the long-term variation of the radon concentration at Chichi-jima Is.

Katsuhiro YOSHIOKA [email protected]

Atmospheric Radon Science Laboratory

放射線地学研究所、名古屋 2006

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父島におけるラドン濃度の長期変動に現れる大陸気塊の影響

吉岡勝廣

Influence of the continental air mass in the long-term variation of the radon concentration at Chichi-jima Is.

Katsuhiro YOSHIOKA

Abstract Because Chichi-jima Is. is small and the level of atmospheric gamma radiation is low, the amount of radon escaping from the soil there is supposed to be small. Consequently, we expect that the radon concentration at Chichi-jima Is. would be influenced only by the air mass transported through the long distance. We continuously measured the radon concentration from April 2001 to December 2004 in Chichi-jima Is. No diurnal periodicity was found in the change of the radon concentration, we presumed that the difference between the atmospheric stability by thermodynamic process at day and that at night was small and the air in the island was always mixed with the air mass over the ocean. It was expected that radon escaped from the soil of the island was very little. We found that the monthly averages of the radon concentration had a clear long term pattern, showing the highest in the winter and the lowest in the summer. Using 7 types of advection course of the backward trajectory of arriving air mass, we discussed the characteristics of seasonal change in the concentration and the arrival frequency. It was found that Types III and IV air mass had high radon concentration and mostly arrived in the winter, while types II and V air mass had low concentration and arrived in the summer. Type I air mass, on which Chichi-jima Is. influences, showed the low radon concentration and the seasonal variation of the concentration showed similar pattern to the long-term variation of the monthly averages. Therefore, the influence of radon originated in Chichi-jima Is. was small and the atmosphere in the area was well mixed with the arriving air mass. A high positive correlation coefficient was found between the monthly averages of radon concentration and the number of arrivals of type III air mass, while strong negative correlation was found for the type V air mass. This means the seasonal variation was strongly influenced by the air mass originated from the Chinese continent and the Pacific Ocean. Keywords: Radon, long-term variation, seasonal variation, diurnal variation, backward trajectory, long distance transportation, continental air mass, maritime air mass, Pacific Ocean, Chichi-jima Is. 1. はじめに

地球表面積の約 7 割を占める海洋において,エアロゾルは対流圏大気組成の決定や気候変化と大きくか

かわっている。しかし、海洋における地理分布,時間変動やその変質過程については,観測の困難さや乏し

い測定機会のため,ほとんど知られていない。西部北太平洋は自然起源と人為起源のエアロゾルが混在し,

その変質過程が顕著に現れる重要な海域である。太平洋中心部のバックグラウンド濃度が得られる夏期とア

ジア大陸からの気団に支配される冬期では,観測されるデータに季節変化が現れる。アジア大陸から噴出

す気塊は大気境界層の化学物質や土壌粒子を太平洋の島々,さらに,はるか遠方の北アメリカ大陸へも輸

送する。 Rn-222(以下,ラドンと記す)はウラン系列核種中の不活性な放射性気体核種で,地表面から大気中へ常

時逸出している。大陸地殻のラジウム濃度は海水より高く,ラドンフラックスは陸上の方が海洋より大きいため,

陸上大気境界層のラドン濃度が海洋大気より 100 倍以上高い。父島は面積が小さく,空間ガンマ線強度も低

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いため,土壌から逸出するラドンも少ないと推測できる。東京から約 1000km,中国大陸の北京から約

2500km,上海から約 1800km 離れている太平洋の孤島のため,大気中ラドン濃度は長距離輸送される大

陸性気塊の影響によってのみ変動することを期待できる。海洋大気中のラドン濃度の時間変動を検討するこ

とによって到来気塊の発現地や移流経路におけるラドン濃度と同時に,大陸から噴出すエアロゾルや化学

成分を推測できる手がかりを期待できる。 われわれは父島で大気中ラドン濃度を長期測定し,アジア大陸から流出する気塊や太平洋の中心部から

到来する気塊による変動特性を検討した。 2. 測定 2.1 測定地点 Fig.1 に示すとおり,太平洋の父島(N27.07,E142.22,24km2) の中央部の標高 240m 地点において,

2001 年 4 月から 2004 年 12 月まで大気中ラドン濃度を測定した。

Fig.2 Schematic Diagram of Electrostatic Radon Sensor using Silicon Semiconductor

Fig.1 Location of Chichi-jima Is. in the Pacific Ocean

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2.2 大気中ラドン濃度連続測定装置 本研究では,飯田の開発した静電捕集型ラドン濃度測定装置の検出部を Si 半導体に改良して使用した。

静電捕集型ラドン濃度測定装置の構成は Fig.2 に示している。本測定器の全体性能については飯田の報告

に詳しいので,ここでは要点だけを述べる。 試料空気はダイアフラムポンプを用いて流量1Lmin-1で約16.8Lのチャンバーへ送り込まれる。測定の支

障になる試料空気中のラドン壊変生成物はメンブレンフィルター(ポアサイズ:0.8μm)によって除去され,湿

気は五酸化二燐を用いた除湿器によって除去される。 チャンバー内においてラドンから壊変したポロニウム‐218 やポロニウム‐214 は高電界を印加した電極に

捕集される。これらの核種からのアルファ線はSi半導体によって検出され,ラドン濃度はアルファ線の計数か

ら 1 時間ごとに評価計算される。ラドン測定の支障になる Rn-220 は短半減期のため,検出器に到達するま

でに減衰し,測定値に与える影響は無視できるほど小さい。開発者の飯田によると,ラドン濃度が約

5~10Bqm-3 の一般環境中では統計誤差約 18%,検出下限約 0.3Bqm-3 の連続測定が可能である。 2.3 同時期の測定データによる大陸起源の Elemental Carbon とラドン濃度の相関関係の確認

父島は人為起源エアロゾルを排出する産業設備や人口が少ないため,西部北太平洋のバックグランド大

気に近似できる。遠方からの気塊が到達した時のラドン濃度と化学成分との相関関係が明らかになっていれ

ば,測定の容易なラドンのみによって一定の目的を達することが可能になる。ここでは,同時期に測定された

ラドン濃度および EC(元素状炭素)濃度の測定データを例示する。 Fig.3 に示すように,EC 濃度はラドン濃度の時間変動に同期した変動傾向を示し,両者の関係は Fig.4

に示す相関係数の良いリニアな順相関関係であった。低濃度の時と高濃度の時とでは,到来気塊は太平洋

中央付近からと九州および東シナ海方面の陸域に近い沿海からで明らかな違いがあった。ラドン濃度の極

小値にはレベル差があり,5 月23 日には約0.2Bqm-3,5 月30 日は南太平洋のミクロネシア方面からの気塊

で 23 日より陸地に近い海域を通過し, 0.5~0.7 Bqm-3 であった。

0

0.1

0.2

0.3

0.4

0.5

0.6

0.7

22MAY 24 26 28 30

Ele

menta

l C

arbo

n (

μgm

-3)

0

0.3

0.6

0.9

1.2

1.5

1.8

Rad

on c

oncentr

atio

n (

Bqm

-3)EC RN

2001

Fig. 3 Time variations of radon concentration (upper figure) and EC concentration at Chichijima Is.

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3. 測定結果および考察 3.1 ラドン濃度の長期変動に現れる季節変動 Fig.5 に示すとおり,ラドン濃度-1時間値の月間平均値には顕著な1年周期の長期変動が現れている。ラ

ドン濃度は10月から急激に増加し, 1月から2月の冬期に極大を示した後,3月から急激に減少し始め, 6月から8月の夏期に極小を示している。2001-02年冬期の極大値は翌年,翌々年の値より低い値を示してい

る。夏期の極小値は毎年,0.7 Bqm-3 程度の月間平均値を示したため,父島周辺の西部北太平洋における

0

0.5

1

1.5

2

2.5

APR2001

OCT APR2002

OCT APR2003

OCT APR2004

OCT

Rad

on c

once

ntra

tion

(Bqm

-3)

Fig.5 Seasonal Variation of Monthly Averages of Radon Concentration from APR 2001 to DEC 2004 at Chichi-jima Is.

Fig.4 Relations between radon concentration and EC concentration

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ラドン濃度のバックグランド値と推定できる。 父島における風向風速の地上観測では,太平洋中心部からの南から東よりの風向が多く,大陸方面の西

から北寄りの風向は非常に少ない傾向が現れている。したがって周期性長期変動は地上風の影響ではない

ことが明らかである。この主因を検討するため,ラドン濃度の時間変動特性について,大気の拡散混合や土

壌からの散逸量などを推測し,詳しく解析する。 3.2 ラドン濃度の日周期変動に現れる大気混合状態およびラドン散逸量の推定 ラドン濃度-1 時間値の 1 ヶ月間の測定データについて,0 時から 23 時の 1 時間ごとの月間平均値を計算

し,日周期変動の月間平均特性を求めた。Fig.6 に 2003 年 12 月から 2004 年 11 月の冬期(12~2 月),春

期(3~5 月),夏期(6~8 月),秋期(9~11 月)の日周期変動の季節変動を示している。図に明らかな通り,日

間変動の振幅は年間を通して非常に小さく,極大極小の明らかな周期性は現れていない。 父島の大気境界層では熱力学過程による微量物質の拡散混合が大陸上とは大きく違っていることが推測

できる。父島は面積が小さいため,陸上大気の量が少ない。海洋大気は常に島内へ侵入し,接地境界層は

夜間にさえ混合状態と推測できる。接地境界層の大気安定度は深夜になっても強くならないため,ラドンが

土壌から逸出しても滞留せずに拡散し,濃度の増加現象は現れない。従ってFig.6のとおり,ラドン濃度の日

周期変動量は 0 に近似できる。それに加えて,空間ガンマ線線量率が低いことと併せて推測すると,土壌か

ら逸出するラドン量は非常に少ないと推測できる。 この 2 つの特徴は長距離輸送によって到来する大陸からの気塊のラドンを検出する時に全く支障の無い,

最適条件を備えていることを現している。

3.3 ラドン濃度-1 時間値の頻度分布の季節変動に現れるバックグランド濃度 Fig.7 に,2002 年 1 月から 12 月のラドン濃度-1 時間値の季節ごとの頻度分布を示している。ラドン濃度の

変動域および頻度分布は夏期と冬期で大きく異なる季節変動である。夏期の最頻値および変動域は 0.6 Bqm-3,0.2~4.0 Bqm-3,冬期には 1.4 Bqm-3,0.2~7.4 Bqm-3 と最頻値の値は夏期の約 2 倍,変動域の最

Fig.6 Diurnal Variation of Radon Concentration in Every Season from DEC 2002 to NOV 2003 at Chichi-jima Is.

0

0.5

1

1.5

2

2.5

0 6 12 18

Rad

on c

once

ntra

tion

(Bqm

-3)

03-04Winter SpringSummer Autumn

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大値も約 1.8 倍である。西部北太平洋のラドンバックグランド濃度として夏期の最頻値 0.6 Bqm-3 が推定でき

る。

3.4 到来する気塊の移流経路の推定 3.2 節に述べている通り,島内起源のラドンは非常に少ないと推定できるため,長距離輸送によって到来す

る気塊のラドン濃度を検討する。 中国大陸や朝鮮半島では大気中ラドン濃度の高い地域が広く分布し,20Bqm-3 を超える地域も多数報告

されている。シベリア大陸のラドン濃度も高い値が報告されている。日本の大気中ラドン濃度は西日本地域

の方が東日本地域より高い地点が多く分布している。中国大陸やシベリア大陸から移流する気塊はラドン濃

度の高い大気境界層との混合によって,海洋性気塊より高いラドン濃度を示すと推測できる。一方,ハワイ諸

島など太平洋の小島では非常に低いラドン濃度である。インドネシア諸島でもラドンフラックスが小さいことや

大気中ラドン濃度の低いことが報告されている。長距離輸送気塊のラドン濃度は移流経路の陸上通過時間と

海洋通過時間の影響を受けるため,アジア大陸,シベリア大陸,フィリピン諸島,東南アジア大陸,インドネシ

ア諸島および太平洋の地理分布を考慮し,ラドン発生源との関係を推定し易いセクター分割とし,Fig.8 に示

している。 後方流跡線は HYSPLIT4 Model を用いて計算し,毎日 0 時(UTC)と 12 時(UTC)に父島へ到達した

気塊の移流経路を 5 日前から推定計算し,移流経路によってⅠ型からⅤ型気塊に分類した。Ⅲ型およびⅣ

型の大陸性気塊は海洋大気との混合によってラドン濃度が低下することが予想できるため,到達直前の1日

以上前からⅢm およびⅣm エリア内を移流する気塊を区別し,海洋上における移流時間の差異を検討した。

島内から逸出するラドンの影響を推定するため,到達直前の1日以上前からⅠエリア内に滞留する気塊はⅠ

型に分類した。

Fig.7 Frequency Distributions of Radon Concentration in Every Season 2002 at Chichijima Is.

0

5

10

15

0 0.6 1.2 1.8 2.4 3 3.6 4.2 4.8Radon concentration (Bqm-3)

Rel

ativ

e fr

eque

ncy

(%)

Winter Spring Summer Autumn

Max value=7.4

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3.4.1 気塊の移流経路による頻度分布およびラドン濃度分布 ラドン濃度は後方流跡線の到達時刻に合わせ,0 時~11 時と 12 時~23 時の 1 日 2 個の平均値を基礎デ

Fig.9 Radon Concentration of Each Type of Air Mass due to Back Trajectory at Chichi-jima Is.

0.930.82

1.46

1.121.32

1.04

0.77

0

0.5

1

1.5

2

2.5

Ⅰ Ⅱ Ⅲ Ⅲm Ⅳ Ⅳm Ⅴ

Rad

on c

once

ntra

tion

(Bqm

-3)

Fig.8 Sector figure of Backward Trajectory at Chichi-jima Is. in the Pacific Ocean

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ータとし,到来気塊のセクター分類による平均ラドン濃度を求めた。2001 年4 月から 2004 年12 月の到来気

塊の移流経路によるラドン濃度の平均値を Fig.9 に示している。Ⅲ型およびⅣ型気塊のラドン濃度はⅠ型,

Ⅱ型およびⅤ型より明かに高い値を示し,陸上通過時間の長い影響が現れている。Ⅲ型気塊はⅤ型の約

1.9 倍,Ⅱ型の約 1.8 倍の高い値を示し,大陸性大気と海洋性大気の濃度差が顕著に現れている。Ⅲ型気

塊はⅣ型の約 1.1 倍と高く,中国大陸とシベリア大陸のラドン濃度の違いによる影響が現れている。Ⅲ型は

Ⅲm 型の約 1.3 倍およびⅣ型はⅣm 型の約 1.27 倍の高い値を示し,海洋大気との混合時間の約 1 日の違

いによる濃度差を現している。Ⅲ型気塊到来時のラドン濃度は 3.3 節で推定した西部北太平洋地域のバック

グランド濃度 0.6 Bqm-3 に比べると,約 2.4 倍の高い値である。インドネシア諸島,東南アジアやフィリッピン

諸島から到来するⅡ型気塊は太平洋の中心方向から到来するⅤ型気塊より若干高いラドン濃度を示し,移

流経路に分布する陸地面積の影響が現れている。Ⅰ型気塊は父島の土壌から逸出するラドンの影響によっ

て,Ⅴ型の約 1.2 倍,Ⅱ型気塊の約 1.13 倍の高い値を示している。 Fig.10 に到来気塊の移流経路の頻度分布の長期変動を示している。中国大陸からのⅢ型気塊は冬期に

多く,夏期にはまったく 0 であった。フィリピン方面からのⅡ型気塊は梅雨時期に多く到来した。海洋性のⅤ

型は夏期に多く,冬期には僅かであった。

3.4.2 到来気塊の移流経路分布の長期変動の特徴 (1) Ⅰ型気塊 到達直前に 1 日以上の時間,父島周辺の海洋大気と混合されるⅠ型気塊の到来頻度は夏期および冬期

に若干減少し,春期および秋期に増加傾向で全体として 10~20%である。Ⅰ型のラドン濃度は秋期から増大

し,冬期に極大を示した後,春期から低下して夏期に極小を示す顕著な季節変動で,Fig.5 に示した月間平

均値の長期変動とよく似た変動傾向を現している。冬期の極大時期には大陸から南下する気塊の勢力が強

いため,その影響がラドン濃度にも現れていると推定できる。父島起源のラドンの寄与が最も大きいⅠ型気

塊のラドン濃度でさえ,到来気塊の勢力分布に依存した傾向を示しているため,土壌から逸出するラドン量

は年間を通して少ないことを示唆している。

Fig.10 Long Term Variation of Air Mass distribution at Chichi-jima Is.

0

25

50

75

100

JAN 2002 MAR MAY JUL SEP NOV

Rel

ativ

e fr

eque

ncy

(%)

Ⅰ Ⅱ Ⅲ Ⅲm Ⅳ Ⅳm Ⅴ

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(2) Ⅱ型気塊 Ⅱ型気塊は 3 月から 10 月の暖侯期のみに到来し,6~7 月に極大頻度を示し,11 月から 2 月の冬期には

ほとんど到来せず,1~2 月には全く 0 の時期も現れている。ラドン濃度は夏期に減少し,12 月および 3 月に

高い値を示している。冬期には北西の季節風が強く,その勢力範囲は南方へ拡大し,父島周辺にも達してい

ることが窺える。 (3) Ⅲ型気塊 Ⅲ型気塊の到来頻度には非常に明瞭な季節変動が現れている。秋期から春期には凸型の変動分布で 1月には 70%を超える極大頻度,夏期の到来頻度は 0 を示し,Ⅱ型およびⅤ型とは全く逆である。この季節変

動はⅣ型と同じく,総観気象から推測できる長期変動と同じ傾向である。中国大陸の大気境界層ではラドン

濃度の高濃度地域が多く分布していることから推測し,Ⅲ型気塊が高いラドン濃度を示すことは矛盾してい

ない。 (4) Ⅲm 型気塊 Ⅲm 型気塊の頻度分布は数%から 20%以下で全体的に少なく,夏期には全く 0 の時期も現れている。ラド

ン濃度の季節変動は春期から低下し夏期に極小,秋期から冬期に高い値を示している。中国大陸から流出

する気塊のラドン濃度が高いため,低い濃度の海洋大気と混合されても濃度の低下が小さいと推定できる。

冬期には強い季節風による気塊の南下勢力が強いため,父島周辺にはその影響が残っていることを示唆し

ている。 (5) Ⅳ型気塊 Ⅳ型気塊の到来頻度はⅢ型と同様,明瞭な季節変動を示し,冬期に 10 数%から 20 数%の到来頻度,夏

期にはまったく 0 である。ラドン濃度は高い値で年々変動が大きく,2003 年-04 年冬期には一時期,Ⅲ型気

塊より高い値を示している。極大時期は冬期の後半の 2 月~3 月に現れている。シベリア大陸のラドン濃度は

高い値が報告されているため,流出する気塊のラドン濃度が高いことは矛盾していない。 (6) Ⅳm 型気塊 Ⅳm 型気塊の到来頻度は数%から 30 数%まで変動幅が大きく,春期および秋期に到来数が増加し,冬期

および夏期には減少する季節変動を示している。ラドン濃度の季節変動は全体としてほぼ平坦で,夏期に減

少傾向を示し,2004 年 2 月には一時的に高くなっている。シベリア方面から流出する気塊は夏期には南下

勢力が弱くなるため,海洋上の移流時間が長くなる。低ラドン濃度の海洋大気との混合が長時間行われるた

め,ラドン濃度が低下すると推測できる。 (7) Ⅴ型気塊のラドン濃度の季節変動 Ⅴ型気塊の到来頻度は春期から増加し始め,夏期には 70%~80%を超える極大頻度を示している。秋期

から減少し,冬期にはまったく 0 の時期も現れ,Ⅲ型とほぼ正反対の季節変動である。到来頻度の極大値は

年々変動が大きく,66%~95%である。ラドン濃度は明かに低い値で変動幅も小さく,到来数の少ない冬期

に若干増加する傾向が現れている。冬期には北西の季節風の南下勢力が強いため,父島周辺にも高ラドン

濃度の大陸性気塊の影響が強いことが窺える。 3.4.3 中国大陸および太平洋中央部から到来する気塊とラドン濃度との相関関係 ラドン濃度の月間平均値とⅢ型気塊およびⅤ型気塊の月間到来数との相関関係を Fig.11 に示している。

ラドン濃度の月間平均値はⅢ型気塊の到来数との間に相関係数 0.85 の順相関関係,Ⅴ型気塊との間に相

関係数 0.78 の逆相関関係を示している。ラドン濃度の月間平均値の季節変動に現れている冬期の極大現

象はⅢ型気塊の到来数の増加の効果,夏期の極小現象はⅤ型気塊の到来数の増加の効果である。

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4. まとめと今後の展望 (1) ラドン濃度の月間平均値とⅢ型気塊の到来数とは良い相関係数の順相関関係,Ⅴ型気塊の到来数と

は良い相関係数の逆相関関係が現れているため,中国大陸や太平洋から到来する気塊の勢力に強く影響

される季節変動特性を現している。ラドン濃度の月間平均値の長期変動には冬期に極大,夏期に極小の顕

著な季節変動である。 (2) 到来気塊の後方流跡線の移流経路を 7 分類し,それぞれのラドン濃度および到来頻度数の季節変動

特性を検討した。Ⅲ型およびⅣ型の大陸性気塊のラドン濃度は高い値を示し,冬期に多く到来している。Ⅱ

型およびⅤ型の海洋性気塊のラドン濃度は低い値で夏期に多く到来する。父島の影響を強く受けるⅠ型気

塊のラドン濃度は低い値で,季節変動は月間平均値の長期変動と同じ傾向を示すため,父島起源のラドン

の影響は非常に小さいことおよび周辺の大気は到来気塊と十分に混合されている。 (3) ラドン濃度の時間変動特性には日周期性が現れないため,大気安定度の熱力学過程による昼夜の違

いは小さく,島内の大気は常に海洋大気と混合されていることが推定できる。ラドン濃度の日周期変動の振

幅量は 0 に近似できるため,島内の土壌から逸出するラドン量は非常に少ないことも推定できる。 (4) 父島において 2001 年 4 月から 2004 年 12 月まで大気中ラドン濃度を連続測定し,ラドン濃度‐1 時間

値は 0.2~6Bqm-3 と非常に大きい変動域であることが明かになった。ラドン濃度‐1 時間値が 4Bqm-3 以上の

頻度は 1%未満と非常に小さいため,分布域は 0.2~4.0 Bqm-3 に近似できる。 (5) ラドン濃度の長期変動に現れる大陸気塊の影響およびラドン濃度と化学成分との良い相関関係は,ラ

ドンが陸起源物質の良いトレーサであることを現している。大気化学成分の長期モニタリングにラドンの役割

の大きいことが明らかになった。 謝辞 ラドン測定器の較正および設置に協力してくれた応用光研工業(株)の渡井勝範氏,小西敏春氏および永

Fig.4.8 Correlation between Monthly Average of Radon Concentration and Monthly Frequency of TypeⅢandⅤAir Mass from JAN 2002 to DEC 2004

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瀬勝弘氏に感謝します。 参考文献 Balkanski, Yves J., Jacob, Daniel J., Arimoto, Richard, Kritz, Mark A. , Apr. 1992, Distribution of

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