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1 ガス増幅における光検出の研究 信州大学 理学部 物理科学科 高エネルギー物理学研究室 10S2036E 脇坂 尭幸

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ガス増幅における光検出の研究

信州大学 理学部 物理科学科

高エネルギー物理学研究室

10S2036E 脇坂 尭幸

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目次

1. 序論

1.1 MPGD

1.2 MWPC

1.3 研究の目的

2. GEM、ワイヤーチェンバー

2.1 GEM とは

2.2 ワイヤーチェンバーとは

2.3 光と物質の相互作用

2.3.1 光電効果

2.3.2 コンプトン散乱

2.3.3 電子対創生

2.4 ガス増幅の原理

3. GEM、ワイヤーチェンバーの測定

3.1 測定概要

3.1.1 読み出し原理

3.1.2 ADC 分布

3.1.3 増幅率(gain)の算出方法

3.2 GEM 測定

3.2.1 測定装置

3.2.2 時間依存

3.2.3 温度依存

3.2.4 装置調査

3.2.5 Thick-GEM 測定

3.3 ワイヤーチェンバー測定

3.3.1 測定装置

3.3.2 時間依存

3.3.3 電圧依存

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4. 光読み出し

4.1 測定装置

4.2 シンチレータ

4.3 波長変換ファイバー

4.4 光電子増倍管

4.4.1 動作確認セットアップ

4.4.2 シンチレーション光検出

4.5 光検出測定

4.5.1 装置工夫

4.5.2 光電子増倍管電圧による光依存

4.5.3 ワイヤーチェンバー電圧による光依存

5. まとめと課題

謝辞

参考文献

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1. 序論

高エネルギー物理学実験において、様々なガス検出器(MWPC-Multi

Wire-Proportional Chamber、MPGD-Micro Pattern Gas Detector など)の研究お

よび開発が進んでいる。 MPGDは MWPC よりも後に開発されたもので高粒子密度や高バックグランド

環境下でよりよい性能を得るために、検出器への位置分解能の向上や高頻度入射に

対する信号の安定性などが求められ作られた。これに代表されるのはGEMである。

これは微細加工技術を用いたワイヤーを用いないガス検出器で、ワイヤーを用い

たMWPCと比べ同等の位置分解能を保ちつつ二次元読み出しが出来ることや高頻

度の信号に強いという利点をもっている。

しかし、一度内部で放電が起こるとGEM(Gas Electron Multiplier)と呼ばれる、

ポリイミドまたは液晶ポリマーのフィルムの両面を銅で被覆してある板に電流の

通りやすい経路ができてしまい、うまく作動しないことが多くなる。その点、

MWPC に代表されるワイヤーチェンバーなどは構造が単純で壊れにくい利点があ

る。

これらのガス検出器のガス増幅において、装置内部で起こっている電子の振る舞

いは違うものの、物理現象は同じであり、これに付随した光を出す過程が存在する。

1.1 MPGD

MWPC は高頻度の信号に対して、増幅率が落ちてしまう欠点があるのだが、

それを克服したのが MPGD である。これは MWPC よりも高頻度の信号に耐える

事のできるということである。検出器内で電離によってできた陽イオンは、電場

によってカソードへ引き寄せられる。カソードへ到達した陽イオンは、そこで電

子を受け取りガス分子へと戻る。MPGD は MWPC にくらべて陽イオンの移動距

離が短いため、陽イオンがガス分子へ変わる時間も短く効率が良い。したがって、

高頻度の信号に対しても安定に動作するのである。またワイヤーを使わないので、

断線することもない。これらの事は MPGD の大きな利点である。

1.2 MWPC

MWPC では、細いワイヤーに高電圧を印加することでワイヤー周りに高電場を

形成する。荷電粒子が通過する際、ガス分子の電離によってできた電子をこの高電

場で加速し、ガス増幅を起こして大きな電気信号として読み出す。MWPC は、10^5

倍程度の高い増幅率を得ることができる。光検出に関して言えば、GEM に比べ、

位置分解能が二次元ではなく一次元になるので、一次元での精度はいいが、位置分

解能を二次元に拡張するとなるとワイヤを直角に二層張るなどの工夫をしなけれ

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ばならない。しかし、内部構造が単純で壊れにくい点から GEM が故障してからは

こちらを採用した。

1.3 研究目的

本実験では、光の検出を最終目的として実験を行った。これはコンプトンカメラ

(※参照)の散乱検出部の簡素化につながり、ひいては、装置全体の簡素化になるか

らである。

光を検出する前には、使用したガス検出器と光の信号を読み取る装置の最適環境

を調べ、高い増幅率を実現する必要がある。これは光を出す過程のガス増幅を多く

発生させるためである。

※コンプトンカメラとは、コンプトン効果(電磁波と電子との衝突により散乱光

の波長が変化する現象)を用いてγ線の方向を知り可視化するもの。 今からコンプ

トンカメラの動作原理を述べる。

まず、コンプトンカメラは名前の通り、コンプトン散乱(詳しい説明は 2.3.2 節

参照)を用いており、そのため数 10 keV から数 MeV までのエネルギー範囲で主要

なガンマ線の反応である。(入ってきたガンマ線は、まずはコンプトン散乱を起こ

す場合が多い)。ガンマ線は、ある一定の確率で物質内で反応をおこす。反応を起

こさない場合、そのままのエネルギーで到来方向のまま抜ける。コンプトン散乱

を起こした場合、次の参考文献に挙げる二種類(JAXA、京都大学)の方法によって

ガンマ線の位置を検出する。京都大学のものはガス増幅を用いており、JAXA のも

のはガス増幅を用いていない。

JAXA コンプトンカメラ

http://repository.tksc.jaxa.jp/dr/prc/japan/contents/AA0064759002/64759002.pdf

京都大学コンプトンカメラ

http://www-cr.scphys.kyoto-u.ac.jp/theses/kurosawaM.pdf

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2. GEM、ワイヤーチェンバー

2.1 GEMとは

GEM とは、数 10μm~数 100μm 程度の厚さの絶縁体の両面を薄い銅箔で被覆

し、無数の小さな孔を空けた構造をしている。1996 年にヨーロッパ原子核研究機構

CERN の F.Sauli によって発案された電子増 幅器である。典型的な GEM は絶縁

体の厚さが 50μm で、その両面には 5μm 厚の銅箔が貼られている。開けられてい

る孔の直径は 70μm で、孔の中心間の距離は 140μm となっている。GEM 両面

の銅箔は電極として使用され、この両極間に電位差を与えることで孔の内部に高電

場を形成する。そして、荷電粒子が検出器内を通過する際、ガス分子の電離によっ

てできた電子をこの電場で加速し、ガス増幅を起こして大きな信号として読み出さ

れる。厚さ 50μm の GEM の増幅率は数 10 倍程度である。

GEM の利点として、高い二次元位置分解能に加え、高頻度の信号でも動作するこ

とが挙げられる。これは、GEM の孔の間隔が狭く、陽イオンが GEM 表面の銅に

引き寄せられ、極板から電子を受け取り中性分子に戻るため、イオンフィードバッ

クを抑えられるからである。イオンフィードバックとは、荷電粒子が電離を起こす

際、ガス増幅で電子と対になって発生する陽イオンが電子を吸収したり、ドリフト

領域の電場を乱すことをいう。また、GEM は増幅部分のみでできているため、GEM

を複数枚積層し、高い増幅率を得ることや、読出し部を最適化し、要求位置分解能

を得ることができる 。しかし、GEM は高電圧をかけると孔の周りで放電を起こし、

基板が損傷するため安定動作という点で問題点を抱えている。

2.2 ワイヤーチェンバーとは

ガスを封じ込めるための箱(チェンバー)の中に多数のワイヤーを張った構造を

している。使用されるワイヤーは 10~20μm の直径のものが一般に使用される。 こ

の細さで十分な強度が得られるものとして、レニウムを混ぜたタングステンワイヤ

ーが使用されている。そして、ワイヤーには金メッキが施され抵抗値を低くするこ

とが多い。

このワイヤーに高電圧(+)を印加することで電離したガス分子からの電子を寄せ集

め、周りに形成している電場によって、その電子を加速させる。その加速された電

子が他のガス分子を電離させていくことで電子を増幅し大きな信号として読みださ

れる。利点としては、構造が単純で安価なため円筒型のドリフトチェンバーなどと

いった応用がしやすく、壊れにくい。しかし、位置分解能は、そのワイヤーからの

距離からの一方向までしかわからないので一次元の精度になってしまう。

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2.3 光と物質の相互作用

検出器に入射する粒子は、電荷を持つ荷電粒子と電荷を持たない中性子や光(X 線)

などの中性粒子と大きく 2 種類に分けられる。

ここで荷電粒子が物質中を通る際、電荷を持っているために物質と電磁相互作用

を起こし、自身の持っているエネルギーを物質に与える。作用を受けた物質は陽イ

オンと電子に分かれる。これを電離作用という。また、中性粒子は読み出し可能で

ある荷電粒子に変換されてから読み出される。

本研究ではβ線(ワイヤーチェンバー測定)と光の一種である X 線(GEM 測定)、を

主に測定対象としたので、ここでは題目通り、光と物質の相互作用による荷電粒子

の生成について述べる。

光と物質の相互作用には光電効果、コンプトン散乱、電子対生成の三つが挙げら

れる。

2.3.1 光電効果

図 2-1 に光電効果の様子を示す。

図 2-1 光電効果の図

光電効果とは、入射光子と原子内部に束縛されている電子とが相互作用を起こし、

光子の持っているエネルギーを”全て”電子に与え、その電子が光電子として原子から放

出される現象である。放出された光電子は原子による束縛エネルギーと入射光子の持

っていたエネルギーの差だけ運動エネルギーを得ることができる。放出された光電子

が荷電粒子となり、エネルギーに応じて電離作用を引き起こし、多くの電子を生成す

る。

光電効果の起こる確率は、原子核との間にある束縛エネルギーが大きい電子ほど、

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大きくなるので、実際は K 殻上の電子によってほとんど起きる。光電効果の起こる確

率は吸収物質の原子番号が大きく入射光子のエネルギーが小さいほど高い。

例えば、吸収物質が Pb(鉛)の場合、入射光子線のエネルギーが 500keV 以下、ア

ルミニウムの場合は 50keV 以下で大きな効果を持つこととなる。また、電子の飛び出

した原子は励起状態にあるので、基底状態に戻ろうとする。励起状態から基底状態に

戻る際に放出されるのが特性 X 線である。この特性 X 線が原子の外に放出される場合

と、特性 X 線が放出される変わりに最外殻からもうひとつ電子を放出させる場合の 2

つの場合がある。後者をオージェ効果と呼ぶ。

2.3.2 コンプトン散乱

図 2-2 にコンプトン散乱の様子を示す。

図 2-2 コンプトン散乱の図

入射光子が物質中の電子と散乱を起こしたとき、入射光子の持っているエネル

ギーの”一部”を物質中の電子に与えることにより、電離を起こして電子が放出される。

この電子が物質中で電離を起こしエネルギーに応じた電子を生成する。

入射光子のエネルギーを E 、散乱光子のエネルギーを E’ 、散乱角をθ 、電子

の静止質量を 0.51MeV とすると、エネルギー保存則と運動量保存則から、

E′ =0.51

1 − 𝑐𝑜𝑠𝜃 + 0.51/𝐸…(1)

が成り立つ。

(1)式より、前方散乱(θ = 0) の場合、散乱光子のエネルギーは入射 子のエネル

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ギーにほぼ等しい。他方、θ = π/2 の時、散乱光子は 0.51MeV 以上のエネルギ

ーを持ち得ない。コンプトン散乱は光子と電子の相互作用なので、その確率は吸収

物質の軌道電子数、すなわち原子番号に比例する。コンプトン散乱が重要な役割を

占めるエネルギーの領域は鉛では 0.6∼5MeV 、アルミニウムでは 0.05∼15MeV であ

る。

2.3.3 電子対創生

図 2-3 に電子対創生の様子を示す。

図 2-3 電子対創生の図

電子対創生は入射光子が原子核近傍の電場が存在する領域で消滅し、電子と陽

電子の対が創生されることである。

この過程では、入射光子のエネルギーが電子対の静止質量よりも大きくなけれ

ばならない。つまり、h𝜈0 ≧ 2m𝑐2 = 1.02𝑀𝑒𝑉のエネルギーが必要条件である。し

たがって入射光子が高エネルギーのときにのみ電子対生成が起こる。また入射光

子が 1.02MeV より大きい場合には、1.02MeV を超えた分のエネルギーが電子対

の運動エネルギーとなる。鉛では 5MeV 以上、アルミニウムでは 15MeV 以上の

領域で重要な役割を果たしている。

光子と物質の相互作用は以上のような 3 つの反応がある。このうちどの反応

が起こるのかは、光子のエネルギーと吸収物質による。

どの相互作用も入射光子のエネルギーのすべて、または一部を担って光電子が

放出される。つまり、中性粒子であった入射光子が荷電粒子に変換される。

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2.4 ガス増幅の原理

荷電粒子が物質中を通過する時、その有するエネルギーによって検出器内の

ガス分子の軌道電子をはじき出して、陽イオンと電子とに電離する。これを一次電

離と呼ぶ。これにより荷電粒子は電子へ伝達されただけのエネルギーを失うことに

なるので、その分だけ荷電粒子の速度は減少することになる。

荷電粒子が電子との衝突で失うエネルギーは粒子の持つ全エネルギーに対してわ

ずかであり、一次粒子がエネルギーを失うまでには多数回の電離作用を繰り返こと

になる。

MPGD(GEM)と MWPC(ワイヤーチェンバー)両ガス増幅器において、電離された

電子を信号として読み出すために電場をかけて電子を読み出しを行う電極まで移動

させる。ここではガス中を電子が電場に沿って移動する際の振る舞いを記述する。

電子が電場によってガス中を移動する際、ガス分子と衝突しながら移動する。電

子は衝突したときにガス分子にエネルギーを与えるため速度を落とすが、再び電場

によって加速される。これをガス中で繰り返すため、全体で見ると一定の速度で動

いているように見える。そのときの移動速度をドリフト速度と呼び、この速度は電

場とガスの種類により決まる。ガス中の電場を強くすると、電離によってできた電

子は加速され、高い運動エネルギーを持つ。この運動エネルギーがガス分子を電離

させるのに十分なエネルギーを越えると、ガス分子を電離させイオン対ができる。

これを二次電離と呼ぶ。この二次電離で生成された電子も高電場により加速され、

ガス分子は電離を起こし、これ以降同様にイオン対の生成が三次、四次と連鎖的に

続いていく。このように最初の衝突で作られた自由電子の一つ一つが同じ過程でさ

らに多数の自由電子を作っていき、 雪崩的に電子を増幅させていくことをアバラン

シェ増幅またはガス増幅と呼ぶ。単位長さ当たりに電子の数が増加する割合は次式

で表される。

dn/n= αdx …(2)

ここでα は第一タウンゼント係数であり、電場の強さに依存する値である。この

値は閾値以下の電場ではゼロであり、電場の強度が増加するほど大きくなっていく。

もし電場が一定であればα の値は一定になる。(2)式を積分すると、

n(x) = n(0)𝑒𝛼𝑥…(3)

となる。ここで n(0) は一次電子の数であり、n(x) は経路 x を通った後の電子の

数である。(3) 式から距離によって電子の密度が指数関数的に増加することがわか

る。α は電場の強さに依存するので、電場を大きくすれば増幅が起こりやすくなる

が、増幅が止まらなくなり放電をおこしてしまう危険も高まる。

また、ガス検出器では印加電圧の変化による電子収集数の関係がみられる。図 2-4

は GM(ガイガーミュラー) 計数管にα 線とβ 線を入射したときの印加電圧に対す

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るイオン収集数の変化の様子である。ガス検出器の動作モードは、六つの領域に分

かれている。

図 2-4 α 線とβ 線に対するイオン収集数の印加電圧依存(電圧単位[V])

出典:参考文献[7]引用

まず、印加電圧の低い再結合領域では、一次電離によって生成された電子はガス

増幅を起こすほどのエネルギーを得ることができず、イオンと電子が再結合され電

極に到達する前に消滅してしまうものさえある。

電離箱領域でもガス増幅は起こらないが、一次電離で生成した電子とイオンがほ

ぼ全て電極に到達するため曲線が横ばいになる。

比例計数管領域と制限比例領域では電子増幅が起こっている。そのため、電場が

大きくなるにつれ収集イオン数も多くなっているのがわかる。比例計数管領域では、

一次電離による電子イオン対の数と増幅後の電子イオン対の数が比例しているのに

対し、制限比例領域では増幅過程で生じる紫外線による中性ガス分子の電離の効果

が無視できなくなるため 、比例関係は崩れてくる。

GM 計数管領域になると更に紫外線の影響がチェンバー全体に広がる。検出器か

らは一次電子の数に関係なく常にほぼ一定の信号が出るようになる。ガイガーミュ

ラー計数管はこの領域で動作させる。これ以上電場が強くなると連続放電が起こって

しまう。

[V]

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3. GEM、ワイヤーチェンバーの測定

この章では、GEM、ワイヤーチェンバーの両測定で用いた概要と、前期まで行った

GEM、後期から行ったワイヤーチェンバーのそれぞれについての実験装置のセットア

ップと実際の測定結果を示す。

3.1 測定概要

3.1.1 読み出し原理(GEM、ワイヤーチェンバー)

・GEM:ガス増幅された電子は Induction 領域から読み出しパッドへ到達する。

しかし、実際にパッドに落ちた電子が検出されているわけではない。まず GEM で

増幅された電子群がパッドへ向かってきている間、パッドには正の電荷が誘起さ

れる。電流は電子の移動と逆方向に流れるので、この場合アンプ側からパッドに

向かって電流が流れることになる。よって読み出される信号は負となる。また、

パッドに正の電荷が誘起されることにより、アンプ側に負の電荷が誘起されるの

で結果として負の信号が検出されるとも解釈できる。ここで注意すべきなのは、

実際に読み出される信号がパッドに落ちた電子を読み出しているわけではないと

いうことである。実際にはパッドに誘起された電荷を利用して、アンプ側の誘起

電荷を読み出しているのである。図 4-1 参照。

図 3-1 読み出し原理

図 3-2 は実際の厚さ 400μm の GEM(以後、Thick-GEM と記載する)からの信

号をオシロスコープで確認したものである。

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図 3-2 Thick-GEM の信号をオシロスコープで確認したもの

Thick-GEM からは 2 つの信号が読み出されている。ひとつは読み出しパッドか

らの信号で負の信号となっている。もうひとつの信号は、Thick-GEM のパッド側

電極からの信号で、正の信号になる。電子群はパッドに向かって移動しているの

で、GEM のパッド側電極には負の電荷が誘起される。したがって、アンプ側には

正の電荷が誘起されているので、オシロスコープで正の信号を確認することがで

きる。この信号を今後はトリガーとして使用する。

Thick-GEM の裏側の信号をトリガーとして使用するために図 3-3 のセットア

ップを行った。

図 3-3 GEM 実験セットアップ

このセットアップに従い、Thick-GEM の裏側からの信号を Inverter で反転さ

せ、Discriminator によりデジタル信号に変換した後、Gate Generator により、

Gate 信号へと変換して出力する。Thick-GEM の裏側からの信号を Inverter で反

転させるのは、読み出しパッドの信号を積分対象とし Thick-GEM の裏側からの

信号を積分区間を設定するためである。読み出しパッドの信号は負なので、これ

を ADC で積分するためである。つまり、積分区間もこの Discriminator は閾値を

設定し、閾値を超えるような信号が来たときだけゲートが開くようになる。この

ようにして Thick-GEM の裏の信号をゲートトリガーとして使用する。なおセッ

トアップの構成上、Gate 信号は読み出しパッドからの信号よりも遅れてしまうの

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で、読み出しパッドからの信号に Delay をかけて遅らせることにより、ゲートが

開いている間に信号が来るようにタイミングを合わせてある。

・ワイヤーチェンバー:本実験でワイヤーを用いた増幅器(ワイヤーチェンバー)

は、読み出しパッドといったものは用いていない。ではどう読みだすのか、この

装置でのガス増幅を見ながら説明する。図 3-4 参照

図 3-4 ワイヤーチェンバー内のガス増幅の様子

※①:放射線がガスを充満したチェンバー内に入射し、ガス分子にあたる様子である。当たった

ガス分子は電子をはじき出される。この電子はエネルギー保存の法則により、強いエネルギー

を持つので、さらにガス分子を電離させる。

②:その電離した電子が、プラスの高電圧を印加したワイヤーに集まる。

③:その電子は、ワイヤーによって周囲に形成されている電場によって加速され、エネルギー

を持つ。それにより、また新たにガス分子を電離させて、電子を増幅させる。

図 3-4 を見ればわかるとおり、最終的にワイヤー近傍にたくさんの電離した電子が

移動しているのがわかる。この電子及びイオンの移動により、形成された電場は変

移する。よって、ワイヤーは電場が変移することで電流の動きも変わるので、その

変化を最終的な電気信号(パルス信号)として観測するのである。

ガス増幅が行われているか調べるため、図 3-5 のセットアップのようにワイヤーチ

ェンバーから出る一つの信号を二つに分けることにより、GATE と生の信号の二つ

を作り出すセルフトリガーでの実験を行った。

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図 3-5 ワイヤーチェンバー動作確認セットアップ

このセットアップに従って、オシロスコープで信号を読み取ったのがである。

図 3-6 ワイヤーチェンバーの信号をオシロスコープで確認したもの

図 3-6 で黄色の信号が、AMP、Discriminater、GATE に通して積分区間を定め

たものである。ピンクの方が Delay をかけてタイミングを合わせたものである。

3.1.3 ADC 分布

ADC(Analog to Digital Converter) はアナログ信号をデジタル信号に変換する

装置である。GEM なら読み出しパッドからの信号、ワイヤチェンバーならワイヤ

ーからの信号は、電流 I がオシロスコープの終端抵抗 R を介してオシロスコープ

で波高 V として観測される。

V = I R I = dQ/dt …(4)

式(4)より波高 V は、

V = R dQ/dt …(5)

と表すことができる。ADC は、生の信号と Gate 信号とが同時に入力されたとき

に、開く Gate の範囲で信号の時間積分を行う。この両辺を時間 t で積分すると、

∫V dt = R Q …(6)

よって、

Q = 1/R∫V dt …(7)

となり、ADC の測定により電荷量が与えられる。この電荷量 Q が波高の時間積

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分によって求まることから、積分電荷量と呼ぶ。

図 3-7 ガス増幅におけるオシロスコープが観測する信号

図 3-7 を見ると、マジェンタ色の信号が GEM なら読み出しパッドから、ワイ

ヤーチェンバーなら二つに分けたうち Delay のみ通した信号から、黄色の信号が

Gate 信号である。得られた積分電荷量分布のヒストグラムを ADC 分布と呼ぶ。

増幅率は ADC 分布から決定する。図 3-8 は GEM において線源 𝐹𝑒55 を置き、

10000 イベントとったときの ADC 分布である。(参考文献[7]から引用)

横軸は電荷量に相当し 1ADC カウント当り 0.25pC である。縦軸はイベント数

である。ピークが 3 つ見えるが、右側の大きいピークが光電効果とオージェ効果

によるもので、光電吸収ピークと呼ぶ。真ん中のピークは、オージェ効果が起こ

らず特性 X 線が外へ逃げていったもので、エスケープピークと呼ばれる。左側の

小さいピークは、pedestal である。pedestal とは、信号に含まれるノイズを判

別するために、積分電荷量の値につくオフセットである。今回の測定で使用した

のは光電吸収ピークである。このピークをガウス関数でフィッティングし、その

頂点の値(mean 値) を求める。増幅率の計算には、光電吸収ピークの mean 値

から pedestal の mean 値を差し引いたものを使用する。

図 3-8 [7]から引用した 𝐹𝑒55 を置いたときの GEM の ADC 分布(横軸:電荷[×0.25pC]、縦軸:

イベント数)

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3.1.4 増幅率(gain)の算出方法(GEM)

今回 GEM で用いた増幅率は次式のように定義され、電荷量の変化から求める。

(ワイヤーチェンバーでは求めていない。)

(増幅前の電荷量)×(アンプの電荷量)×(増幅率) = (増幅後の電荷量) …(8)

増幅前の電荷量は計算によりすぐに求めることができる。オージェ効果によっ

て 𝐹𝑒55 からの X 線のエネルギー5.9keV が全て電離に使われる場合、生成される

電子の総数(プライマリーイオン数) は、

5.9×103÷26 ≃ 2.3×102 個

である。これは入射したエネルギーを W 値で割った値である。W 値とは 1 つの

分子を電離させるのに必要なエネルギーの値で、Ar の W 値は 26eV である。よ

って 𝐹𝑒55 によって生成される総電荷は、これに電子の電荷をかけて、

2.3×102× 1.6×10−19 ≃ 3.6×10−5 pC

となる。これが増幅前の電荷量である。

測定で求める増幅後の電荷量は、アンプによっても増幅されているのでそれも

考慮し増幅率は式(8)より、

E′ =𝐴𝐷𝐶(𝑚𝑒𝑎𝑛 − 𝑝𝑒𝑑𝑒𝑠𝑡𝑎𝑙) ∗ (1𝐴𝐷𝐶カウント当たりの電荷量)

(素電荷) ∗ (プライマリーイオン数) ∗ (アンプの増幅量)… (9)

となる。今回用いたアンプの増幅率は 715 倍(参考文献[7]引用)で、1ADC カウン

ト当りの電荷量は 0.25[pC] である。

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3.2 GEM測定

3.2.1 測定装置

本研究で用いた測定装置の概略図を図 3-9 に示す。

図 3-9 GEM 測定装置の概略図

チェンバー内の上からカソード、GEM 、Thick-GEM 、読み出しパッドの順で

セットする。高圧電源には負の電圧が印加できるものを 5 系統使用した。高電圧

は、下から上に(図 3-9 では③→①へ)向かって絶対値が大きくなるよう印加する。

カソードはメッシュを用いることにより、X 線が透過できるようになっている。

また、読み出しパッドは 1 本のストリップによってできている。チェンバー上部

のカソードからGEM までの領域をDrift 領域、GEM の下面からThick-GEM の

上面までを Transfer 領域、Thick-GEM の下面から読み出しパッドまでの領域を

Induction 領域と呼ぶ。それぞれの領域の距離は図に示したように 6mm、3mm、

1.5mm である。Drift 領域は、放射線により電離が起こり、イオン電子対が生成

される領域で、生成された電子が GEM の孔に入る効率(収集効率) を決める領域

となる。Transfer 領域は GEM 間の領域であるため、電子を効率よく GEM に転

送する効率(転送効率) を決める領域となる。Induction 領域は最下段の GEM か

ら読み出し基板へと電子を導く領域であり、出力パルス波高や立ち上がり時間な

どを決める領域になる。測定用チェンバーは厚さ 5.0mm アルミ板製で、21cm ×

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19cm ×4.0cm の大きさである。チェンバーの蓋には 10cm×10cm の入射窓が開

いており、アルミ蒸着シートを張ってある。また底が二重になっており、アンプ

を内蔵することでノイズの影響を抑えることができる。アンプの増幅率は測定し、

715 倍と決定した。

カソードメッシュ チェンバー全体図

図 3-10 カソード、チェンバー写真

チェンバー内部にはガスを充満させる。使用するガスは Ar:90% 、CH4:10% の

混合ガス(P10) である。ガス検出器にはアルゴンなどの希ガスが主に使用される。

希ガスは電気陰性度が低く、分極が無いので電離で生成された電子が別のガス

分子と衝突して吸着されることがなく、得られたエネルギーに対して比例性のよ

い出力特性を示すことになる。またメタンや二酸化炭素などのガスはクエンチャ

ーガスと言われ、ガス増幅の際に放出される光子を吸収し、チェンバー内の放電

を防ぐ効果を持っている。

ガスを GEM に流入する図は図 3-11 に示すとおりである。

図 3-11 ガス配管図

MASS FLOW CONTOROLLER とは、流体(今回ならガス)の質量流量を計測し流量制御を行

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う機器のこと。流量調整は図 3-11 の流量計で手動で行う。流体の流量計測には主に“体積流量”

と“質量流量”が用いられているが、体積流量は、計測対象となる流体が“環境温度”や“使用

圧力”等の変化により体積変化が生じ、正確な流量を計測する場合は変化量に合った補正を行う

必要があるが、質量流量は、流体の質量(重さ)を計測する事により、使用条件の変化による補

正を行う必要がない。流量制御で内部に電気回路を用いているので電源に繋ぐ必要がある。

まず、ボンベ(図 3-11 の Ar+𝐶𝐻4)からバルブを調節することにより配管にガスを

流しいれる。栓を開き、MASS FLOW CONTOROLLER に通し、流量計で流量を

手動で調節。その後、一旦ガスを容器に充満させ Ar+𝐶𝐻4を均等に混ぜ、ガス増幅

器(GEM、ワイヤーチェンバー)に流しいれる。測定中、ガスの流量は 30cc/min に

調節し、垂れ流しの状態にした。ガスの出口からの空気の逆流を防ぐため、栓を

開いた先にバブラーを設置してある。測定では 𝐹𝑒55 線源を使用する。 𝐹𝑒55 は約

5.9keV のエネルギーを持った X 線を放射する。この X 線はチェンバー内の Ar

原子の K 殻電子と光電効果を起こし、K 殻での束縛エネルギー(3.2keV) との差分

である 2.7keV のエネルギーを持った光電子が放出される。K 殻電子を奪われた

Ar+ 原子は励起状態にあり、基底状態に戻るときにオージェ電子を放出する場合

と特性 X 線を放出する場合の 2 種類の過程が存在する。オージェ電子を放出する

場合と特性 X 線を放出する場合は 85:15 の割合で起こりうる。 オージェ電子を

放出する場合、まず Ar 原子は励起状態にあり、K 殻の空席へ最外殻電子が遷移

して基底状態に戻ろうとする。そのときの差分である約 3.2keV のエネルギーは外

側の軌道電子に与えられ、オージェ電子として放出される。オージェ効果が起こ

る場合、 𝐹𝑒55 からの X 線のエネルギー全てが光電子とオージェ電子に受け渡され

たことになる。特性 X 線を放出する場合 、励起状態にある Ar 原子はオージェ

効果が起こる場合と同様に、最外殻電子が遷移して基底状態に戻ろうとする。こ

のときエネルギーの差分である約 3.2keV のエネルギーは外側の軌道電子に与え

られず、特性 X 線として放出される。特性 X 線は周りの Ar+ には吸収されず、

チェンバーの外側へ逃げていく。このとき、 𝐹𝑒55 からの X 線のエネルギーは一部

が光電子に受け渡され、一部が逃げたことになる。

図 3-12 オージェ電子が放出される場合 特性 X 線が放出される場合

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3.2.2 時間依存

まず、それぞれの GEM について印加する電圧だが、参考文献[7]の実験環境と同

じセットアップで行っていることから厚さ 400μmのGEMの上下に 1050Vの電圧

差、厚さ 100μm の GEM の上下に 400V の電圧差をかけるよう設定した。このと

き、gain が最大になり安定する環境であると参考文献[7]に記してあった。

時間依存性を調べるにあたり、ガスを流入し始めてから 10 分後に電圧をそれぞれ

の GEM に上記の電圧差、カソードには絶対値が各 GEM よりも大きくなるように

電圧印加した。この時点を 0 分とする。恒温槽 25℃に設定し線源 Fe を置いた。ピ

ークの中心値(center)の時間推移(time[min])を見たのが図 3-13 のグラフである。

図 3-13 中心値の時間推移(縦軸:[×0.25pC] 横軸:[分])

誤差は目視により読み取った ADC メモリの 1/10 とした。

参考までにそれぞれの経過時間における adc 分布を図 3-14 に載せる。

↑0 分 ↑30 分 ↑60 分

0 30 60 90 120 150 180 210 240

0

100

200

300

400

500

600

700

800

900

25 度  time-center

time[min]

cen

ter[

×0

.25

pC

]

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↑90 分 ↑120 分 ↑150 分

↑180 分 ↑210 分

図 3-14 経過時間毎の adc 分布(横軸:電荷[×0.25pC]、縦軸:イベント数)

これを見るに少なくとも90~120分はガス流入後、時間を置く必要があると考えた。

なぜなら、左から二番目はノイズを拾っているのだが(原因は不明)、このレートが収

まり、かつ、光電効果によるピークの推移が右に移動せず安定してくるのが、90~120

分の間であったので。この結果は、参考にした論文[7]と同じ結論であった。

なお、安定してからの gain(120 分から 240 分まで)の平均を取ると、(6.69±0.82)

×103(アンプ増幅除いて)であった。

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3.2.3 温度依存

3.2.2 節で行った時間依存と同様の電圧を印加し、恒温槽の温度を 20、25、27、

30、32、35 度推移させた。それぞれについて、3.2.2 節の結果から安定する時間(120

分経過)からの中心値(mean 値)の平均を取り、gain を出したものの推移図を載せる。

図 3-15 gain と温度推移図

誤差は目視により読み取った ADC メモリの 1/10 の誤差の伝搬式より算出。

これを見ると 30℃以上、gain が変わらないのが見て取れる。そして、温度は 25℃

の時の gain=(6.69±0.82)×103と比較して 30℃まであげると大きく増加するのが見

て取れた。(すべてアンプの増幅率は除いた結果である。)しかし、32℃以降の adc

分布は明らかに今までと異なり、中心値の決定ひいてはガス増幅の有無の確認を難

しくなった。図 3-16 参照

20 25 27 30 32 35

0.00E+00

2.00E+03

4.00E+03

6.00E+03

8.00E+03

1.00E+04

1.20E+04

gain- 温度関係

列 I

温度 [℃]

ga

in

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図 3-16 経過時間 240 分 35℃における ADC 分布(横軸:電荷[×0.25pC]、縦軸:イベント数)

図3-16見るとADC横軸0~400カウントにエスケープピークと光電効果のピーク

が出ているようにも取れる。しかし、ADC 横軸カウントの値が今までの温度(20~

30℃までの結果)だと低すぎる。なぜなら、20~30℃までの光電効果のピークは ADC

横軸 700~1200 カウントの場所に出てきていて、温度を上げるとこのピークは横軸

右方向に推移するはず(20~30℃までの結果から)。よって、本来なら図の赤線の所に

出てきていいはずである。さらに、ADC 横軸 400~1200 カウントほどまで、なだら

かに推移し 1400 カウントの所で少し山になっているくらいである。これは今までの

実験データ(例えば、図 3-14 の adc 分布参照)からは奇妙なふるまいであり、何らか

の原因で装置が故障していると考えた。これはよって、次の 3.2.4 節に示すように、

装置の壊れた原因を探し始める。

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3.2.4 装置調査

3.2.3 節の結果を受けて、温度による不具合なのか、装置もしくは環境の原因なの

か調べる。まず、経過時間が 210 分後で実験状況(印加電圧、温度)の同じ、変化前と

後の adc 分布を図 3-17 に載せる。(前と今の実験装置の状況を確認するため。)

図 3-17 ↑変化前(7/1 測定) ↑変化後(7/11 測定)

(横軸:電荷[×0.25pC]、縦軸:イベント数)

この結果から、変化のきっかけは不明だが、明らかに以前と実験装置の変化があ

るのが見て取れた。よって、①装置周りと②GEM 装置のどちらかに変化の原因があ

るとして調べた。

① の調査は、外部の実験環境、コードの影響、アース場所、様々な所を探しオシ

ロスコープを見ながら、原因を探る。

→どこにも異常なし。

② の調査だが、変化後、たびたび電圧を GEM に印加すると、ずっと電流が流れ

続けてしまうという現象があった。電圧を上げている時だけなら、流れるのは

当然だが、ずっと流れるのは何かの不具合があると考えてよい。この電流を観

測している電源が 100μm の GEM に電圧を印加していた。

①では異常なかったので原因を②にあると絞り、更に二つの場所のどちらかに

電流が流れる原因があると考えた。その場所は、

(i) GEM に電圧を印加するチェンバー内部の回路故障

(ii) (ii) 100μmの GEM 自体の故障のどちらかである。

ここで表 3-1 に示す実験を行った。結果も載せてある。(図 3-18 も参照)

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図 3-18 表 3-1 概略図

本来、回路 1,2 はそれぞれ上面下面で別々であるが、今回の調査ではひとまとめにして表記。

“前” 電源 1 回路 1 100μm の GEM ×

電源 2 回路 2 Thick-GEM ○

“後” 電源 1 回路 1 Thick-GEM ○

電源 2 回路 2 100μm の GEM ×

表 3-1 3.2.4 節(本節)における実験手順

(○:電圧増加時のみ電流が流れる ×:ずっと電流が流れる)

表 3-1 の”前”は、この実験を行う前の状況である。100μmの GEM につながれた

回路を回路 1、その回路に電圧をかけている電源を電源 1 とした。同様に Thick-GEM

にも接続して電源、回路を電源 2、回路 2 とした。”前”と”後”で違うことは、100μm

に接続している電源と回路である。もし、(i)の原因なら変わらず、電源 1 側で電流

が流れ続けることになり×となるはず。(ii)の原因なら変わって、電源 2 が×になる

はずである。結果は載せた通り電源 2 が×となった。

よって、100μmの GEM が故障していると判断した。これを代用して以前からあ

る 50μmの GEM に変えようと試みた。しかし、事前にその GEM が故障している

かどうか、テスターで GEM の上面・下面で導通の有無を確認したところ、導通して

おり抵抗値があった。よって、これも故障していると判断した。

よって、一度 Thick-GEM のみで実験を行ってみることにした。

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3.2.5 Thick-GEM 測定

Thick-GEM 1 枚のみになったので、電源を 5 系統から 3 系統に減らした。

Thick-GEM に電圧差 1000V 印加し、Induction 領域の電場は 267[V/mm]に設定し

た。まず、時間依存性について調べようと試みた。結果的に時間依存性はなく、結

果が得られなかったので、この節でひとくくりにした。図 3-19 に、参考として時間

経過 0→60→120→180→240→300 分後の adc 分布を載せる。

↑0 分 ↑60 分 ↑120 分

↑180 分 ↑240 分 ↑300 分

図 3-19 Thick-GEM の経過時間における ADC 分布(横軸:電荷[×0.25pC]、縦軸:イベント数)

図3-19を見ながら考えると、60分でADC横軸カウント200付近のピークが増え、

180 分には元の高さ(0 分の時の高さ)に戻っている。この 300 分後以降の adc 分布を

見ても、二個目の山が低くなったり、ならなかったりと変動してガス増幅すら把握

できず再現性のない状況であった。よって、これ以降、GEM での計測をやめ、ワイ

ヤーチェンバーでの計測を始めた。

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3.3 ワイヤーチェンバーの測定

3.3.1 測定装置

本研究で用いた測定装置の概略図を図 3-20 に示す。

図 3-20 ワイヤーチェンバー概略図

図 3-20 のように、ワイヤー基板にチェンバー(上面、下面の二つ)をかぶせたも

のとなる。かぶせることで上面プラスチック板部分が外枠のみの空洞になってい

るのでワイヤー基板とチェンバーの間に空間ができ、ガスを充満させ密封するこ

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とができる。今回使用したチェンバーは、上面、下面ともに外寸一辺 7.5cm の正

方形のアルミ板であり、厚さもそれぞれ 5.0mmである。なお、上面アルミ板の下

にはプラスチック板が重ねてあり、プラスチック板は図 3-20 のように一辺 5.0cm

正方形の空洞がある(プラスチック板も一辺 7.5cm の正方形で厚さ 5mm である)。

なので、組み合わせると基板抜きで全体厚さ 15mm となる。チェンバーの蓋には

直径 2mm の穴を電動ドリルで開けてあり、その上にβ線源 Sr90 を置くことによっ

て、そこ以外は通過できない仕組みにしてある。(図 3-21 の写真参考)

電源からワイヤーに高電圧(+)をかけることで、ガス増幅が起き、大きな電気信

号が観測されるという仕組みである。今回、読み出し回路の後、アンプに繋ぐ経

路を同軸ケーブルで繋ぐことにした。こうすることでさらにノイズの影響を抑え

ることができる。アンプの増幅率は先ほどと同じ値である。

測定中、ガスの流量は 20cc/min 、垂れ流しの状態にした。ガスの出口からの空

気の逆流を防ぐため、バブラーを設置してある。

図 3-21 ワイヤー断面とアルミ板チェンバー

図 3-21の写真のように、本実験ではワイヤーが 16本、隣のワイヤー間隔は 3mm

毎で張ってあり、先述のアルミ板を乗せたものを使用した。

右の写真の左右から段違いにチューブが差し込んであるところから、ガスを流

入し出している状態である。チェンバー内部にはガスを充満させる。使用するガ

スは先述の混合ガス(P10) である。ガス付近のセットアップも一緒なので説明は省

く。

測定では 90Sr 線源を使用する。90Sr は約 0.546MeV のエネルギーを持ったβ

線を放射する。X 線は基本、電離が光電効果でできた一次電子 2.7keV のエネルギ

ー程度しか持たないので一点付近でしか起こらなかったが、β線の場合、エネル

ギーが高いため、β線の飛跡上すべてで電離が起きることになる。

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3.3.2 時間依存

本来、ワイヤーチェンバーには時間依存性など存在しないのだが、調べた結果、存

在したのでここに記載する。

そして、時間依存性があるということは信号が安定するまでの時間があるというこ

とであり、これにより Discriminater で設定する threshold(以後、THR と記載する)

の変更を余儀なくされる。ここで THR とは信号の閾値のことで、ある設定した閾値よ

り下の信号をカットする役割を果たす。安定している時としていない時とで、ノイズ

信号の大きさなど違うため変更する必要があった。それについても図 3-23 の ADC 分

布を見ながら触れる。(線源は置かず 2650V 印加して検証した。)

図 3-23 ワイヤーチェンバーの 10~40 分までの 10 分毎の ADC 分布

(横軸:電荷[×0.25pC]、縦軸:イベント数)

ADC タイトル”~min.dat”の~が経過時間(縦軸:イベント数 横軸:電荷量[×0.25pC])

図 3-23 を見るとノイズなどと考えられる信号がたくさん来ており、THR=130mV

としてある。

なぜ、40 分までかというと 50 分の測定からものすごく時間がかかり計測困難とな

ったからである。(線源 Sr を置いても時間がかかった。)

これは信号が安定し、本物の信号が来ているが THR が高く設定してあることによ

る反応だと判断した。なので、安定してからの THR 適性値を調べるため THR=30、

40、50、60mV の ADC 分布と計測時間を図 3-24 に載せる。

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(この調査実験はガス流入後、経過時間 100 分以降に行った。そして計測時間を早め

るため Sr を置いた。)

図 3-23 ワイヤーチェンバーADC 分布の THR 推移

ADC タイトル”2650Sr-~-?min.dat”の~が THR 値

(横軸:電荷[×0.25pC]、縦軸:イベント数)

THR=30mV の時は、オーバーシュートにより左端にピークが出てしまっていると考

える。ここでいうオーバーシュートとは、GATE としている矩形波(方形波)の立ち

上がりの部分において、もう片方の積分対象の波形が定常値となる基線を超過する現

象のことである。40mV 以降の形は高くなるにつれ、右側の高電荷領域の信号が出やす

くなった。ここで信号のくる頻度を THR 推移で見るとは図 3-25 のとおりである。

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図 3-24 信号頻度の THR 推移

縦軸のレートはイベント数を測定時間[s]で割ったもの。

これを見ると、線源ありの THR=60mV で一番頻度が下がるのがわかる。次に 70mV

を行った際、かなり時間がかかってしまった。よって、ワイヤーチェンバーで動作確

認をする際は、ノイズが極力入らない THR=60mV と決定した。なお、時間依存性の

結論としてガス流入後、1 時間は時間を置くこととした。なので、これ以降見せる ADC

分布は断りが無くても 60 分は経過している前提とする。

0

50

100

150

200

250

300

350

0 10 20 30 40 50 60 70

レート[

イベント数

/

測定時間[

s]]

THR[mV]

信号頻度(レート)のTHR推移

線源なし

線源(Sr)あり

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3.3.3 電圧依存

図 3-26 に電圧をワイヤーに 2650[V],2680[V]それぞれ印加したものを載せる。線源

Sr をおいたもの。尚、両者 THR=60[mV]としてあり、ガス流入後 120 分は経過してい

るものとする。

図 3-25 ワイヤーADC 分布の電圧推移(左:印加電圧 2650[V] 右:印加電圧↑2680[V])

(横軸:電荷[×0.25pC]、縦軸:イベント数)

二つを見比べると電圧を上げることにより、ピークの位置が右に推移していくの

が見て取れる。なお、2650V 以降の例えば、2680V などでは電源にたびたび電流が

流れてしまう傾向があり、安定動作を求める点からこの測定以降、基本 2650V での

印加電圧で使用することを決定した。

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4. 光読み出し

この章では光読み出しについて説明する。ガス増幅を起こす際、電子と対に、

イオン化されたガス分子が生じる。それが電子と再結合することで励起状態にな

り、基底状態に戻るときそのエネルギーの差分を光として放出する。この光を利

用して信号の読み出しを行おうというのが光読み出しのアイディアである。

4.1 測定装置

本研究で用いた測定装置の概略図を図 4-1 に示す。

図 4-1 光検出のセットアップ図

※ワイヤーからの信号と光電子増倍管の delay を同じにすることでタイミングを合わせた。

こうすることでワイヤーチェンバーと光電子増倍管の対応関係を見ながら、ガ

ス増幅と光量調査ができる。

本研究では内部で発生した光をシンチレータ、波長変換ファイバー、光電子増

倍管を用いて検出する。以下に、それぞれの説明をする。

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4.2 シンチレータ

シンチレータとは、荷電粒子が物質中を通り抜ける際にエネルギー準位をあげ、

また安定核に戻る際に放出する微弱な光(シンチレーション光)を蛍光物質混入す

ることにより、より観測しやすくした装置である。シンチレータには無機シンチ

レータと有機シンチレータの 2 種類がある。

本研究では有機シンチレータの 1 種であるプラスチックシンチレータで、韓国

にある KNU(Kangnung National University)が開発したストリップシンチレー

タを使用した。サイズは 180×10×3[mm]で、ファイバーを入れるためのくぼみ

が中央に設けられている。

本実験でこれを用いた理由は、4-3 節で述べる波長変光ファイバーに光を集積

するためである。

4.3 波長変換ファイバー

ストリップシンチレータは長方形であるので、光検出器から離れるほどシンチ

レーション光が弱く検出されてしまうという問題がある。シンチレーション光の

一様性を確保するために波長変換ファイバーを用いる。波長変換ファイバーは短

波長の光を吸収し、長波長の光に変換する波長変換素材が溶かし込まれたプラス

チックファイバーである。波長変換材があることにより、通常反射条件を満たさ

ずファイバーの外に出ていく光を波長変換材が吸収し、等方的に再発光すること

により全反射の条件を満たすもののみファイバーの中を伝搬していく。緑色の波

長変換ファイバーのほうが一般的に減衰長が長いとされ、大型検出器に使用する

際には、緑色が適しているとされている。緑色以外にも青などもある。今回使用

した波長変換ファイバーは Y11 といい、クラッドが 2 重におおわれており、反射

条件が緩くなっている。このため、収集効率はクラッドが 1 つのものより良くな

っている。断面図を図 4-2 に載せておく。

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図 4-2 波長変光ファイバー断面図

これを用いた理由は、光の収集効率がよいからである。光が出ているが検出が

困難と考えられていた点から、これを用いた。

4.4 光電子増倍管

光検出器として光電子増倍管(以下 PMT)を用いる。PMT の典型的な構造は真

空管に似ていて、内部は良い真空で電極が封じ込められている。光は入射窓を通

過して内側の光電面で光電効果によって通常 1 個の電子(光電子)に変換される。こ

の変換効率で定義される量子効率は光電効率とも呼ばれ、波長や光電面物質によ

り異なるが最大 25%程度である。光電子は電子増倍部の 8~19 段(普通 10 段前後)

のダイノード電極で二次電子放出を繰り返して陽極に流れ込んで電気信号になる。

10 段で106倍の増幅率を得るには 1 段当たりの二次電子放出係数δは平均でδ =

4.0 となる。1 段当たりの電圧 E を増やすと電子は大きいエネルギーを得て飛び出

しやすくなるのでδは増えるが、大きすぎると電子は次段のダイノードの奥に入

りすぎて二次電子は表面から出にくくなる。

今回浜松ホトニクス社の出している H3167 を使用した。図 4-3 参照。

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図 4-3 PMT(H3167)図

H3167 本体(図 4-3 黒筒)の長さは 14cm、プラスチックコリメータ(図 4-3 白筒)の長さ 3.0cm

図 4-3 のように二つ組み合わせると 15cm となる。

仕様は限界加電圧 1800V、増幅率106倍であった。

4.3.1 動作確認セットアップ

今回 PMT の動作確認を行うに当たって図 4-3 に示すセットアップで行った。

図 4-4 PMT 動作確認のセットアップ

図 4-4 のように、シンチレータのくぼみに波長変光ファイバーをいれ、その近

くにγ線源の Co を置いた。こうすることでシンチレータ―によるシンチレーショ

ン光を波長変光ファイバーで取り出し、ファイバーにつないだ PMT で観測できる

かという動作確認ができる。尚、このセットアップ装置の周りには暗幕をまいて

おり、光が入り込まないように工夫してある。

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4.3.2 シンチレーション光検出

図 4-5 に 4.4 節で述べた PMT に 1600V の電圧をかけ、暗幕の中にγ線源 Co を

置いてない ADC 分布と置いた ADC 分布の 2 つを載せる。

↑Co なし ↑Co あり

図 4-5 線源有り無しで PMT の ADC 分布の比較

(横軸:光量電荷[×0.25pC],縦軸:発光イベント数)

この 2 つを見比べると、左は pedestal しか出ていないが、右は pedestal 以外に横

軸 ADC カウント 130 付近に、ピークが出ているのが見て取れる。これは、線源を置

いたことにより発生したピークと考えられ、この PMT でシンチレーション光を観測

していると言える。よって、この PMT においてオシロスコープで観測される信号の

頻度が顕著になったのが 1600V 付近からであり、印加電圧 1600V 以降での動作確認

ができた。

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4.5 光検出測定

この章では、ガス増幅による光検出をする際の工夫と実験結果について記載する。

4.5.1 装置工夫

ガス増幅における光検出を実証するにあたって、4-1 節に述べたセットアップに注

意点がある。それはアルミ板チェンバーに空けた穴とシンチレータの設置位置の関

係である。

図 4-6 チェンバー下面図

図 4-6 のように、穴をふさがない位置(写真:穴が下、シンチレータが上)にシンチ

レータを設置することでシンチレータにβ線が入らないようにした。こうすること

でβ線によるシンチレーション光の発生を抑え、ガス増幅のみの光を検出できると

いう構造にした。空けた穴の所には、カプトンテープを貼りガスが漏れないように

してある。

4.5.2 光電子増倍管電圧の光依存性

ここで、ワイヤーチェンバーの電圧 2650V で一定にかけたまま、光電子増倍管に

かける電圧を、1600→1700→1800V と推移させた。線源 Sr はワイヤーチェンバー

の穴の上に設置してある。この実験をすることで、pedestal 以外の光電子増倍管で

増幅されるものを分離して見ることができると考える。図 4-7,4-8 にそれぞれの

ADC とピークの印加電圧による推移をプロットしたグラフを載せる。

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↑1600V ↑1700V ↑1800V

図 4-7 PMT 印加電圧による PMT の ADC カウント

(横軸:電荷[×0.25pC]、縦軸:イベント数)

図 4-8 PMT 印加電圧による発光イベント数の推移

※ピーク位置(発光イベント数は出現しているであろう場所にカーソルを合わせた。よって誤差は目

視によるものとして、adc カウントメモリの 10%とした。)

光電子増倍管に印加する電圧を変化させることによって、図 4-6 に示した推移があ

ることがわかった。この結果から、チェンバー内部で光が出現しているのは明らか

となった。しかし、ガス増幅によるものかはこの結果だけでは実証できない。

以後、実験をする際 1600V では光の増幅が足りないので 1800V まで印加すること

にした。

0

10

20

30

40

50

60

70

80

1550 1600 1650 1700 1750 1800 1850

出現したピークの

ad

cカウント

[×0

.25

pC

]

PMT印加電圧[V]

PMT電圧推移

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4.5.3 ワイヤーチェンバー電圧の光依存性

上で出現したピークについて考察するため、ワイヤーチェンバーによる電圧推移

を確認することにする。

方法は、光電子増倍管に 1800V を印加したまま、ワイヤーチェンバーに印加する

電圧を 2350→2450→2550→2650V と変化させてみる。こうすることで、出現した

ピークの反応を見ることができると考える。以下にそれぞれ ADC を載せる。

↑2350V ↑2450V

↑2550V ↑2650V

図 4-9 ワイヤ電圧推移による PMT の ADC 分布

(横軸:光量電荷[×0.25pC]、縦軸:イベント数[個])

図 4-9 の変化について考える。見づらいが電圧を上げるにつれ縦軸のレートが上がって

いる。これは、横軸が光量を表していることから推測するに、その光量のイベント数が

増えていることを意味する。わかりやすいように縦軸のイベント数のワイヤー印加電圧

推移のグラフを図 4-10 に載せる。

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図 4-10 発光イベント数のワイヤ電圧推移 ※誤差は図 4-7 で評価した方法と同じ。

これによりワイヤー印加電圧をあげることで一定光量を伴う発光のイベント数増加の

確認ができた。しかし、理論通り考えれば、光量も減少するはずだが、ほとんど変化が

なかった。これは 2350V から始めたからではないかと推測する。もっと低い電圧から始

めれば、光量の変化も確認できると推測する。

最後に、ガス増幅により光が出ていたと裏づけるため、光電子増倍管 adc カウントと

ワイヤーadc カウントの相関図をとってみた。(図 4-11 参照)

↑ワイヤー印加電圧 2450V ↑ワイヤー印加電圧 2650V

図 4-11 PMT-ワイヤ adc カウント相関図(電圧別)

これを見比べると、ワイヤー電圧を上げると明らかにグラフ領域の右上のところ

のプロット数が増えている。そもそも、グラフ右上領域はワイヤからの信号の ADC

カウント、PMT からの信号の ADC カウントともに高い領域であり、ここのプロッ

ト数が増えるということはガス増幅による光出現を示す。

0

20

40

60

80

100

120

140

2300 2350 2400 2450 2500 2550 2600 2650 2700

ピーク位置でのイベント数

[×0

.25

pC

]

ワイヤー印加電圧[V]

イベント数(ADC縦軸)-ワイヤー電圧推移

40

60

80

100

120

140

0 2000 4000

PM

Ta

dcカ

ウント

ワイヤーadcカウント

Sr2450-120-1800

40

60

80

100

120

140

0 2000 4000

PM

Ta

dcカ

ウント

ワイヤーadcカウント

Sr2650-120-1800

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5. まとめと課題

本研究ではコンプトンカメラの散乱検出部の構造簡素化を研究背景として、その構造

簡素化に必要なガス増幅における光検出の実証を目的とした。内容としては、二つのガ

ス増幅器を用い、100μm、400μmの GEM を使用した検出器とワイヤーチェンバーで

の測定を行った。

今回、残念ながらGEMの故障でGEMのガス増幅における光の検出はできなかったが、

ワイヤーチェンバーにおける光の検出には成功した。

しかし、実際にコンプトンカメラに導入するには光の検出量が少なく、かつ位置分解

能の精度も低い。なので、課題として以下の二つを挙げておくことにする。

1. ガス割合を見直し、ガス増幅ではなく光検出に最適なガス割合の発見。

2. GEM などの二次元以上の位置分解能を持つ、ガス増幅器への代用

1. については、チェンバー内にはクエンチングガス(今回だと CH4)という、光を吸収

するガスが混入されている。このクエンチングガスは光電効果による信号の継続を抑制

するが、光を検出したい場合には障害となる。よって、クエンチングガスの調整が必要

だと考える。

2. については単に装置を変えるだけである。ガス増幅における光の検出には成功して

いるので、装置を変えても出ていることは間違いないので、最適条件さえ調べればよい。

この二つを解決すれば、導入できる段階にたどり着くと考えられる。

謝辞

本研究を一年間進めるにあたって、丁寧なご指導をいただけただけでなく、大学の生活

面まで気にかけてくださった竹下徹教授、長谷川庸司准教授、小寺克茂研究員に深く

感謝いたします。

また、同じ研究室メンバーの仲間とは、毎週の研究報告やゼミ、実験など助け合うこと

で乗り越えられたと思っています。深く感謝しています。

最後に、今まで遠方にいって迷惑をかけてしまっている中、支えてくれた家族に感謝と

お礼を申し上げます。

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参考文献

[1]黒石将弘 「GEM を用いたガンマカメラの研究」

信州大学 修士論文 (2009)

[2]若林潤 「TGEM の作成と基本測定」

信州大学 卒業論文 (2009)

[3]野中淳平 「Thick-GEM の基礎特性の測定とシミュレーションによる性能評価」

信州大学 卒業論文 (2009)

[4]藤原拓也 「Thick-GEM の硬 X 線画像検出器への応用に向けての研究」

信州大学 修士論文 (2010)

[5]原田真琴 「ハドロンカロリメータ 2 層の製作と性能評価」

信州大学 卒業論文 (2010)

[6]玉川耕介 「プラスチックシンチレータを用いた原子炉ニュートリノに関する基礎

研究」

信州大学 卒業論文 (2010)

[7]市村 拓弥 「Thick-GEM の動作条件の最適化と光読み出しについての研究」

信州大学 卒業論文 (2013)