Marek Janowski - NHK交響楽団/NHK Symphony … A NHK SYMPHONY ORCHESTRA, TOKYO 3...

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3 NHK SYMPHONY ORCHESTRA, TOKYO PROGRAM A Marek Jan 最後の音が空間に消えていき、しばらくの 沈黙を破って劇場を揺らさんばかりの拍手 と喝 かつ さい が、舞台上の演奏家に送られた。特 に指揮者には多くの「ブラボー」が飛び、多く の聴衆がステージ前に押し寄せ、指揮者は 無人のステージに何度も呼び戻された。こ れは、 2017年春のこと。東京・春・音楽祭で 2014年からヤノフスキが NHK交響楽団と ワーグナーの《ニーベルングの指環》 4部作 を毎年1作上演し、この4月に《神々のたそが れ》で完結した瞬間の光景だ。これまで、ヤノ フスキは何度も来日しているが、このような熱 狂に包まれるのは初めてだった。 近年のスイス・ロマンド管弦楽団とのブルッ クナー交響曲全曲、ベルリン放送交響楽団 とのワーグナー主要オペラなどの録音、加え て東京・春・音楽祭と2016年のバイロイト音 楽祭《ニーベルングの指環》の演奏は円熟の 境地を示し、「聴き逃すことができない」指揮 者のひとりとなったことを感じさせる。 限られた巨匠たちが、それまでの音楽表 現から別次元の高みに達する時期が訪れる 奇跡的な瞬間を日本の聴衆は経験してきた が、ヤノフスキもその時期を迎えているのでは ないか。 Marek Janowski マレク・ヤノフスキ ©Felix Broede 今月のマエストロ

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Page 1: Marek Janowski - NHK交響楽団/NHK Symphony … A NHK SYMPHONY ORCHESTRA, TOKYO 3 2017年11月20日 午前10時06分 Marek Janowski 最後の音が空間に消えていき、しばらくの

3NHK SYMPHONY ORCHESTRA, TOKYOPROGRAM A

2017年11月20日 午前10時06分

Marek Janowski

 最後の音が空間に消えていき、しばらくの沈黙を破って劇場を揺らさんばかりの拍手と喝かつ采さいが、舞台上の演奏家に送られた。特

に指揮者には多くの「ブラボー」が飛び、多くの聴衆がステージ前に押し寄せ、指揮者は無人のステージに何度も呼び戻された。これは、2017年春のこと。東京・春・音楽祭で2014年からヤノフスキがNHK交響楽団とワーグナーの《ニーベルングの指環》4部作を毎年1作上演し、この4月に《神々のたそがれ》で完結した瞬間の光景だ。これまで、ヤノフスキは何度も来日しているが、このような熱狂に包まれるのは初めてだった。 近年のスイス・ロマンド管弦楽団とのブルックナー交響曲全曲、ベルリン放送交響楽団とのワーグナー主要オペラなどの録音、加えて東京・春・音楽祭と2016年のバイロイト音楽祭《ニーベルングの指環》の演奏は円熟の境地を示し、「聴き逃すことができない」指揮者のひとりとなったことを感じさせる。 限られた巨匠たちが、それまでの音楽表現から別次元の高みに達する時期が訪れる奇跡的な瞬間を日本の聴衆は経験してきたが、ヤノフスキもその時期を迎えているのではないか。

Marek Janowskiマレク・ヤノフスキ

ドイツ音楽を大きなスケールと

細部の躍動で輝かせる巨匠

文◎平末

©Felix B

roede

今月のマエストロ

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4 NHK SYMPHONY ORCHESTRA, TOKYO PHILHARMONY | NOVEMBER 2017

2017年11月20日 午前10時06分

 思えば、N響にはドイツ音楽の本流を極めた指揮者たちが数多く客演してきた。例えばサヴァリッシュ、シュタイン、ヴァントなどだ。 ヤノフスキは生まれはワルシャワだが、ドイツに移住してヴッパータールで少年時代を過ごしたという。ちなみにクナッパーツブッシュ、シュタイン、ヴァントといった大指揮者を生んだ街エルバーフェルトは、現在ヴッパータール市の一部となっている。 ケルン音楽大学で学んだヤノフスキは、ケルン、デュッセルドルフ、ハンブルクなどの歌劇場でキャリアを積み、ドイツ音楽の本流を歩んできた。 1980年代にドレスデン国立歌劇場管弦楽団と《ニーベルングの指環》全曲録音を行い、日本でも知られるようになったが、その後はフランスやスイスなどを主な活躍の場としたため、聴く側が活動の焦点を定めにくく、知る人ぞ知る存在にとどまっていた。 2002年、ベルリン放送交響楽団の首席指揮者に就任してから、その充実した活動が日本国内で広く認識されるようになった。 昨年、今年とバイロイト音楽祭で《指環》を指揮、今年1月には22年ぶりにベルリン・フィルと共演、9月にも同楽団とブルックナーの《交響曲第4番》を披露するなど、最高峰の

舞台での活躍が続いている。 N響とは4年をかけて、東京・春・音楽祭で《指環》全曲を演奏した。「この4年間、ワーグナーの演奏方法を再発見するという素晴らしい体験を共有しました。国際的に見てもトップクラスのオーケストラです」と賞賛を惜しまない。「普段はシンフォニーの演奏が多く、N響にとってオペラは非日常的なのかもしれません。しかし優れたオーケストラに、オペラだけ、シンフォニーだけといった限定的なレッテルを貼ることは前時代的だと思います」。 ヤノフスキにとってN響は、理想の音楽作りを実現できる心強いパートナーだ。「《指環》を指揮するにあたり、まずはオーケストラだけでリハーサルを行います。大音響が歌手の声をかき消すことなく、むしろ支えられるように、細かい部分まで徹底します。歌手が入らなくても、オーケストラだけでポリフォニックな演奏をしっかり聴かせられるように準備するのです」。

 「伝統とは、未来に進化していくもの」という考えから、コルンゴルト、ダルベール、クルシェネック、ハルトマン、トッホ、ヘンツェといったドイツ音楽の系譜を重視してきたヤノフスキにとって、ヒンデミットは欠くことのできない重要な作曲家のひとりである。

ベートーヴェンとヒンデミットで未来へと進化する伝統を聴く

Marek Janowski

N響の伝統、ドイツ本流の指揮者たちの列に連なる期待

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5NHK SYMPHONY ORCHESTRA, TOKYOPROGRAM A

2017年11月20日 午前10時06分

 《ウェーバーの主題による交響的変容》は、色彩的なオーケストレーションが聴きどころ。ヤノフスキの持ち味であるスケールの大きさと、ディテールの繊細な躍動が存分に発揮されることだろう。 ヤノフスキ自身「演奏するのは初めて」という珍しい作品《木管楽器とハープと管弦楽のための協奏曲》では、管楽器の名手が揃

そろう

N響ならではの演奏に期待したい。 メインはベートーヴェンの《交響曲第3番「英雄」》。「ベートーヴェンの作品は、ヨーロッパ音楽史における転換点で、それ以降の音楽を完全に変えてしまいました。特に後期の弦楽四重奏曲などは、ブラームスどこ

ろかシェーンベルクにまで、その影響が聴き取れます。これほど劇的な同ジャンルの作品は、それまでの時代になかったものです」。 N響ホームページの動画メッセージでもご覧頂けるが、ヤノフスキは《英雄》を、「交響曲における劇的な表現の出発点で、ワーグナーの楽劇の源流」と位置付けている。 ベートーヴェンの交響曲全曲録音を「構想中」というマエストロの演奏に、期待が膨らむ。

[ひらすえ ひろし/産経新聞社『モーストリー・クラシック』副編集長]

 1939年生まれ、ポーランド出身のドイツの指揮者。ドイツで育ちケルン音楽大学などで学び、ケルン、ハンブルクなどの歌劇場で副指揮者、フライブルク劇場、ドルトムント劇場などの音楽総監督を務める。1980~1983年、ドレスデン国立歌劇場管弦楽団を指揮し、当時最高レベルの歌手とワーグナーの《ニーベルングの指環》全曲を録音、その名が世界に知られる。 その後フランス放送フィルハーモニー管弦楽団の音楽監督、ケルン・ギュルツェニヒ管弦楽団、ドレスデン・フィルハーモニー管弦楽団の首席指揮者などを歴任。 2002~2016年のベルリン放送交響楽団芸術監督在任中、ワーグナーの主要オペラを演奏会形式で上演、レコーディングも行いその円熟した演奏が絶賛された。2016年にはバイロイト音楽祭で《ニーベルングの指環》を指揮、2017年も出演した。 NHK交響楽団とは1985年に初共演。この時にもヒンデミット《ウェーバーの主題による交響的変容》を取り上げた。近年では2014年から2017年の東京・春・音楽祭でN響と共演。ここでの《ニーベルングの指環》演奏会形式上演は、日本の音楽史に残る演奏のひとつと評価されている。[平末 広]

プロフィール

Marek JanowskiN響ホームページでは、マレク・ヤノフスキが11月A定期の魅力を語るインタビュー動画をご覧いただけます

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6 NHK SYMPHONY ORCHESTRA, TOKYO PHILHARMONY | NOVEMBER 2017

2017年11月20日 午前10時06分

Tugan Sokhiev

 トゥガン・ソヒエフに一度取材したことがあるが、それは記録を辿

たどると2015年の3月の

こと。おそらくベルリン・ドイツ交響楽団の来日を控えてのインタビューだった。そのインタビューのなかで最も興味深かったのは、ひとつのオーケストラの音楽監督となる時に、どんなことを第1に考えるのか、という質問に対するソヒエフの答えだった。 「まず、それまでにそのオーケストラが演奏したレパートリーを全部チェックしてみます。そして、ベルリンの場合は、当然たくさんのオーケストラがありますから、他のオーケストラがどんな作品を演奏しているか、その傾向を知る必要もありました。そうしてチェックしてみた時に、ベルリンではプロコフィエフの作品がほとんど演奏されて来なかったという事実に気が付いたのです。有名な作品でも《ピーターとおおかみ》、いくつかの交響曲だけという状況でした」。 その理由も尋ねてみたが。 「僕にもよく分かりませんでした。ベルリンのような音楽都市が、これほどプロコフィエフの音楽と無縁だったことは驚きでした。そこで、僕たちの第1の目標はプロコフィエフの音楽の魅力を、ベルリンの人々にもっと知ってもらうことになりました。プログラムにプロコフィエフの作品をかなり取り入れました」。 その成果として、録音も生まれた。それが《イワン雷帝》であり、《交響曲第5番》などが

Tugan Sokhievトゥガン・ソヒエフ

色彩豊かで多様な響きに浸る

オール・プロコフィエフ・プログラム文◎片桐卓也

©M

at Hennek

今月のマエストロ

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7NHK SYMPHONY ORCHESTRA, TOKYOPROGRAM B/C

2017年11月20日 午前10時06分

Tugan Sokhievトゥガン・ソヒエフ

後に続いた。 「プロコフィエフには、確かにオーケストラにとって難しい部分があります。かなり技巧的なものを要求するところ、そして、時にはプロコフィエフらしいユーモアやペーソス、ちょっと皮肉なところなど、ロシア人でしか分からない部分もあるかもしれません。しかし、音楽的に素晴らしくロシア音楽のなかの天才のひとりと呼んで構わないでしょう」。 それが今回のN響定期公演のなかで明らかにされることだろう。

 ソヒエフは、2005年、フランスの名門トゥールーズ・キャピトル劇場管弦楽団の首席客演指揮者、及び音楽アドヴァイザーに就任し、2008年からは同団の音楽監督も務めている。 「フランスの状況はまた違いました。フランスのオーケストラのほうが、むしろプロコフィエフをたくさん演奏していました。トゥールーズでは、ほぼ交響曲全曲を演奏したと思いますが、フランス人とプロコフィエフの相性が良いのでしょうか、非常に良い結果をもたらします。プロコフィエフのオーケストラ曲のなかにある名技性をフランス人はよく理解し、さまざまな色彩感でそれを演奏することができるの

です。それはロシアでもドイツでもなかなか無い経験でした」。 この他、ソヒエフは2014年からロシアのボリショイ劇場の音楽監督を務めている。かなり多忙な毎日だろう。

 さて、今回のN響との共演では、Cプログラムで《オラトリオ「イワン雷帝」》(スタセヴィチ編)が、Bプログラムでは《組曲「キージェ中尉」》《スキタイ組曲「アラとロリー」》、そして《交響曲第7番「青春」》が取り上げられる。ソヒエフは「小さなプロコフィエフ・フェスティヴァル」と語っているが、小さなというよりも、個性的なプロコフィエフ・フェスと言うべき興味深い内容だ。 まず《イワン雷帝》だが、これは曰

いわく付きの

作品であり、未完に終わった映画である。詳しくは作品解説などを読んでいただきたいが、第2部がスターリン批判ととられ、第3部(完結部)は完成されなかった。監督はあのエイゼンシテインである。イワン雷帝はロシアの歴史上最も有名な人物と言えるだろう。その人物の映像化において、エイゼンシテインは歌舞伎の表現様式を取り入れている。それはエイゼンシテインが二代目市川左

さ團だん次じ

の公演を観て感激した記憶が残っていたか

世界各地で活躍するソヒエフが追究するプロコフィエフの音楽

まだ見ぬプロコフィエフの魅力を堪能するプログラム

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8 NHK SYMPHONY ORCHESTRA, TOKYO PHILHARMONY | NOVEMBER 2017

2017年11月20日 午前10時06分

らだそうだ。実際に残されたフィルムを観ると、クローズアップの部分で見得を切らせている。俳句からモンタージュを思い付いた映画監督らしい、奇抜だが、面白い演出であると思う。だからこそ、語り手に歌舞伎役者を起用するというのは、とても「理にかなった」ことであり、きっと素晴らしい効果を発揮するだろうと思う。 今回演奏されるプロコフィエフの作品のなかには映像に関わりのある作品が2曲あるのだが、そのもう1曲がBプログラムで演奏される《キージェ中尉》である。《キージェ中尉》はまさに映画音楽から作られた管弦楽曲だが、映画音楽とまったく同じではないというところがプロコフィエフらしいこだわりかもしれない。ちなみにキージェ中尉は実在しない人物であり、その人を巡る不思議な事件を扱った映画である。

 《スキタイ組曲「アラとロリー」》《交響曲第7番「青春」》は、日本ではやはり上演機会が少ない作品に入るだろうか。《アラとロリー》はバレエ音楽として書いたものがディアギレフに拒否されたので、管弦楽曲として発表したもの。また《交響曲第7番》はまさに最晩年の作品で、さまざまなノスタルジーに満ちている(最終部に2つのバージョンがあり、静かに終わる

版が、プロコフィエフが気に入っていたもの)。 ソヒエフの選曲はなかなかに考えられたものだと思う。これが日本人の、東京の聴衆にどう受け入れられるか、ソヒエフ自身もきっと試されるような気持ちでいるに違いない。ぜひ、多くの方に、まだ知らないプロコフィエフの魅力を堪

たん能のうして頂きたいと思う。

[かたぎり たくや/音楽ライター]

 1977年北オセチアに生まれたトゥガン・ソヒエフは、サンクトペテルブルク音楽院でイリヤ・ムーシン、ユーリ・テミルカーノフという名伯楽に師事し、1999年のプロコフィエフ国際コンクールの指揮部門で最高位を獲得した。2005年にトゥールーズ・キャピトル劇場管弦楽団の首席客演指揮者となり、2008年には同楽団の音楽監督に就任。オペラの分野でもマリインスキー劇場、ウェールズ・ナショナル・オペラなどで活躍し、2014年からはボリショイ劇場の音楽監督兼首席指揮者を務めている。オーケストラではベルリン・ドイツ交響楽団の音楽監督を2015/16シーズンまで務め、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団、シカゴ交響楽団など世界的なオーケストラに客演し、いずれも高い評価を得た。録音もベルリン・ドイツ交響楽団、トゥールーズ・キャピトル劇場管弦楽団と行っている。2015年には『イワン雷帝』のCDが「レコード・アカデミー賞」(声楽部門)を受賞した。 NHK交響楽団とは2008年10月に初共演。以後、2013年11月、2016年1月、10月にも共演した。[片桐卓也]

プロフィール

N響ホームページでは、トゥガン・ソヒエフが11月定期(B・C)の魅力を語るインタビュー動画をご覧いただけます

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9NHK SYMPHONY ORCHESTRA, TOKYOPROGRAM A

2017年11月20日 午前10時06分

[指揮]マレク・ヤノフスキ[フルート]甲斐雅之[オーボエ]茂木大輔[クラリネット]松本健司[ファゴット]宇賀神広宣[ハープ]早川りさこ[コンサートマスター]伊藤亮太郎

[conductor]Marek Janowski

[flute]Masayuki Kai

[oboe]Daisuke Mogi

[clarinet]Kenji Matsumoto

[bassoon]Hironori Ugajin

[harp]Risako Hayakawa

[concertmaster]Ryotaro Ito

PROGRAM

ANHKホール第1870回

11/11 □土 6:00pm

11/12 □日 3:00pm

NHK HallConcert No.1870November11(Sat) 6:00pm

12(Sun) 3:00pm

ヒンデミットウェーバーの主題による交響的変容[20′]

Ⅰ アレグロ Ⅱ トゥーランドット、スケルツォ:モデラート Ⅲ アンダンティーノ Ⅳ 行進曲

Paul Hindemith (1895–1963)Sinfonische Metamorphosen über Themen von C. M. von WeberⅠ AllegroⅡ Turandot, scherzo: ModeratoⅢ AndantinoⅣ Marsch

ヒンデミット木管楽器とハープと管弦楽のための協奏曲[16′] Ⅰ 中庸の速さで Ⅱ グラチオーソ Ⅲ ロンド:とても速く

Paul Hindemith Concerto for Woodwinds, Harp and OrchestraⅠ Moderately fastⅡ GraziosoⅢ Rondo: Rather fast

・・・・ intermission ・・・・・・・・ 休憩 ・・・・

当初発表の出演者から一部変更になりました。ご了承ください。 There has been a change in the soloists.

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10 NHK SYMPHONY ORCHESTRA, TOKYO PHILHARMONY | NOVEMBER 2017

2017年11月20日 午前10時06分

ベートーヴェン交響曲 第3番 変ホ長調 作品55「英雄」[47′]

Ⅰ アレグロ・コン・ブリオ Ⅱ 葬送行進曲:アダージョ・アッサイ Ⅲ スケルツォ:アレグロ・ヴィヴァーチェ Ⅳ 終曲:アレグロ・モルト

Ludwig van Beethoven (1770–1827)Symphony No.3 E-flat major op.55 “Eroica”Ⅰ Allegro con brioⅡ Marcia funebre: Adagio assaiⅢ Scherzo: Allegro vivaceⅣ Finale: Allegro molto

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11NHK SYMPHONY ORCHESTRA, TOKYOPROGRAM A

2017年11月20日 午前10時06分

Program A|SOLOISTS

甲斐雅之(フルート)

 NHK交響楽団首席奏者。東京藝術大学、同大学院修了。第61回日本音楽コンクールおよび第

9回日本フルートコンベンション・コンクール入選。2002年にN響入団。2005~2006年、ザルツブルク・モーツァルテウム音楽大学留学(文化庁平成17年度新進芸術家海外留学制度)。2013年より首席奏者。

茂木大輔(オーボエ)

 NHK交響楽団首席奏者。国立音楽大学を経てミュンヘン音楽大学大学院へ留学、修了後に

同大学講師を務める。バイエルン放送交響楽団などの客演首席奏者を経て、シュトゥットガルト・フィルの第1オーボエ奏者。帰国後の1991年よりN

響首席奏者。多数のソロCDをリリースするほか、エッセイ執筆、解説コンサートの企画・指揮など、幅広く活動している。

松本健司(クラリネット)

 NHK交響楽団首席奏者。国立音楽大学を経てパリ国立高等音楽院を「レオン・ルブラン特別賞」

を得て卒業。第22回トゥーロン国際音楽コンクール第3位、第53回ジュネーヴ国際音楽コンクール・ディプロマ受賞。2002年N響に入団、2011年より首席奏者。室内オーケストラARCUS

(アルクス)およびトリオ・サンクァンシュのメンバー。

宇賀神広宣(ファゴット)

 NHK交響楽団首席奏者。東京音楽大学付属高等学校を経て同大学卒業。ファゴットを霧生

吉秀、菅原眸に、室内楽を植村泰一、宮本文昭、安原理喜の各氏に師事。東京文化会館新進演奏家デビューコンサートに出演。セントラル愛知交響楽団、大阪フィルハーモニー交響楽団を経て、2014年よりN響首席奏者。

早川りさこ(ハープ)

 NHK交響楽団奏者。東京藝術大学附属音楽高校を経て同大学卒業。第3回日本ハープ

コンクールおよび第2回アルピスタ・ルドヴィコ・スペイン国際ハープコンクールで優勝。ソリストとしてタン・ドゥン《女書:The Secret Songs of

Women》を世界初演したほか、ヒンデミット《木管楽器とハープと管弦楽のための協奏曲》など、多くの日本初演も手がける。2001年N響入団。

© T. Iijim

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12 NHK SYMPHONY ORCHESTRA, TOKYO PHILHARMONY | NOVEMBER 2017

2017年11月20日 午前10時06分

 ヒンデミット(1895~1963)はナチスの迫害を受けて1938年にスイス、1940年にはアメリカに亡命するのだが、本作の作曲はこの困難な時期に遡

さかのぼる。1938年にロンドンで初演され

た《バレエ「気高い幻想」》の成功を受け、バレエ・リュス・ド・モンテカルロの振付師マシーンとヒンデミットは次作を計画する。候補のひとつはドイツ・ロマン派の作曲家ウェーバーのピアノ連弾作品を基にした、メッテルニヒ時代のウィーンを舞台とするバレエであった。1940年春、ヒンデミットはウェーバーの音楽を「軽く彩色してちょっとシャープにした」作品をマシーンに聞かせるのだが、原曲をそのまま管弦楽化することを望んだマシーンはこれを気に入らず、共同作業は頓挫する。1943年、ニューヨーク・フィルの指揮者ロジンスキより新作依頼を受けたヒンデミットは、このバレエのために書いた音楽を基に組曲を作り上げる。「交響的変容」というタイトルは完成後につけられたもので、作曲時は「ウェーバー組曲」と呼ばれていた。 行進曲調の第1、4楽章ではウェーバーの《8つの小品》(作品60)からそれぞれ第4、7曲、ゆるやかな第3楽章では《6つの小品》(作品10)第2曲の旋律、3部形式の構成がおおむね踏襲されている。しかし原曲に奇抜な和音や奇

き天て烈れつなオブリガート、鋭いリズムが付け加え

られ、華麗なオーケストレーションが施されることで、ウェーバーの音楽とはかけ離れたモダンな作品に生まれ変わっている。一方、第2楽章ではウェーバーが劇付随音楽《トゥーランドット》の序曲に使った「中国風」の旋律が自由に加工される。ラヴェルの《ボレロ》のように主題が何度も繰り返される中、嘲

ちようしよう笑するようなトリルや駆けずり回るように上下する音階が

重ねられ、中間部では主題から派生したジャズ風の主題によるフガートが展開される。

[中村 仁]

Program A

ヒンデミットウェーバーの主題による交響的変容

作曲年代 1940~1943年

初演 1944年1月20日、アルトゥール・ロジンスキ指揮、ニューヨーク・フィルハーモニー交響楽団(現ニュー

ヨーク・フィルハーモニック)

楽器編成 フルート2、ピッコロ1、オーボエ2、イングリッシュ・ホルン1、クラリネット2、バス・クラリネット1、ファゴット2、

コントラファゴット1、ホルン4、トランペット2、トロンボーン3、テューバ1、ティンパニ1、大太鼓、中太鼓、

小太鼓、タンブリン、トライアングル、ウッド・ブロック、タムタム、シンバル、鐘、グロッケンシュピール、ト

ムトム、弦楽

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13NHK SYMPHONY ORCHESTRA, TOKYOPROGRAM A

2017年11月20日 午前10時06分

 第二次世界大戦終結後、ヒンデミット(1895~1963)は祖国ドイツから来たさまざまなポストの打診を断り、引き続きアメリカに留まっていた。1948年春にコロンビア大学から翌年5月のアメリカ現代音楽による音楽祭のために作品を依頼され、すでに「アメリカを」代表する作曲家とみなされていたヒンデミットはこの委嘱に喜んで応える。生まれたのはバロック時代のコンチェルト・グロッソを想わせる、ソロ楽器群と、弦や金管合奏との響きの対比、ソロ楽器間の繊細な対位法的絡み合いの生み出す妙が魅力的な、実に味わい深い明朗な作品である。また作品の初演日はヒンデミット夫妻の25回目の結婚記念日にあたっており、後述するように第3楽章には妻へのサプライズが仕掛けられている。 第1楽章では冒頭の弦、金管合奏によるファンファーレ風のモチーフにはじまる主題が繰り返される合間に、木管楽器とハープにより透明で叙情的な旋律線が展開される。旋律はソロ楽器間で模倣し合うように対位法的に扱われ、そこに次 と々不思議な音の織物が生まれていく。第2楽章は舞曲風の3拍子。4つの木管楽器がペアに分かれ、各ペアが1拍遅れのカノン(輪唱)を展開する。息の長い旋律がユニゾンで歌われる中間部を挟み、カノンは3声、最後は6声になる。第3楽章は第1楽章と同じく、金管、弦によるファンファーレ風の主題によるロンド形式。ここではクラリネットに注目! 他のソロ楽器群がさまざまな音のタペストリーを織り続ける中、クラリネットは最後までひとり黙 と々メンデルスゾーンの《結婚行進曲》を演奏し続ける。作曲家の妻ゲルトルートは初演の際、この夫からの思わぬ銀婚式プレゼントに気づいて驚き、感激した。演奏会の後、ナチスによる迫害から亡命生活まで苦楽を共にしたヒンデミット夫妻はニューヨークのドイツ料理レストランで25回目の結婚記念日をひっそりと祝ったとのことである。

[中村 仁]

Program A

ヒンデミット木管楽器とハープと管弦楽のための協奏曲

作曲年代 1949年

初演 1949年5月15日、ソーア・ジョンソン指揮、CBS交響楽団

楽器編成 ホルン2、トランペット2、トロンボーン1、弦楽、フルート・ソロ、オーボエ・ソロ、クラリネット・ソロ、ファゴット・

ソロ、ハープ・ソロ

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14 NHK SYMPHONY ORCHESTRA, TOKYO PHILHARMONY | NOVEMBER 2017

2017年11月20日 午前10時06分

 本作品の公開初演は、1805年4月7日で別記データの通りだが、これよりおよそ1年前の1804年5月末あるいは6月初めにはウィーンのロプコヴィツ侯の邸宅で非公開試演がなされていた。また、同年初秋にはプラハの北方約50kmのラウドゥニツェという町にあるロプコヴィツ侯の居城で、プロイセンのルイ・フェルディナンド王子を招いて侯爵家楽団楽長アントン・ヴラニツキの指揮によって少なくとも3回演奏されていた。こうしたロプコヴィツ侯の独占的占有権の期間を経て、ベートーヴェン(1770~1827)は1804年11月3日と同5日に《交響曲第3番》と、(同じくこの時期に侯の居城で試演されていた)《ピアノ、ヴァイオリンとチェロのための三重協奏曲》の献呈に対する謝礼金を受領している。これを期に独占的占有期間から解放され、1805年1月20日はウィーンの裕福な銀行家ヴュルトの邸宅で私的な演奏会が開かれ、クレメントの指揮により演奏されている。したがって、公開初演より前に少なくとも5回ほど演奏されていた。 作曲完成から公開初演にいたるまでの経過をみただけでも、この交響曲が特別なものであった様子が窺

うかがえる。この間に伝説的に語り継がれてきたナポレオンへの献辞をめぐる

エピソードもある。不運な事情で消失してしまった自筆譜は当初ベートーヴェンが弟子のフェルディナント・リースに贈ったものであるが、そのリースが後年の回想で語っているところによると、ベートーヴェンはナポレオンが皇帝に即位するという報

しらせを聞いて憤慨し、ナポ

レオンへの献辞の書かれた表紙を引き裂いた、ということだ。しかし、それがナポレオンの皇帝宣言の1804年5月20日の直後なのか、同年12月2日にノートルダム寺院で行われた皇帝戴冠式の直後のことなのか明確でないばかりか、表紙は引き裂かれたのではなく、現在もウィーンに所蔵されているシンフォニア・グランデと大書された浄書スコア譜上の「ボナパルテと題する」という部分をペン先で激しく掻

かき消したことを指している可能性が大きい

ようだ。作品成立事情の背景にあるナポレオンとの関連はさておくとして、交響曲の様式史に大転換をもたらしたと言ってもよい《エロイカ》の革新的な音楽特性を概観しておこう。 全体的なことでは作品規模の巨大さだ。第1楽章のソナタ形式が提示部・展開部・再現部という単純な3部分ではなく、再現部の後に提示部の規模に匹敵するほどの終結部(第2の展開部という性格も持つ)があり、大きな4部分構成となっている。しかも、伝統的に展開部の規模は提示部を1とすれば、長くても0.7ほどであったものが、ここでは驚くことに1.63

Program A

ベートーヴェン交響曲 第3番 変ホ長調 作品55「英雄」

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15NHK SYMPHONY ORCHESTRA, TOKYOPROGRAM A

2017年11月20日 午前10時06分

倍になっている。楽章構成も、長調交響曲としては異例の短調緩徐楽章で、しかも葬送行進曲となっている。第3楽章のスケルツォでは、そのトリオ部に従来の楽器法にはなかったようなホルン三重奏によるトリオ主題を置いている。第4楽章は、異例の変奏曲によるフィナーレで、その主題は1800年に作曲したバレエ音楽《プロメテウスの創造物》(作品43)の終曲を使っているが、変奏技法はすでに1802年に作曲したピアノ用の変奏曲《自作主題による15の変奏とフーガ(エロイカの主題による変奏曲とフーガ)》(作品35)と同じように、本来の主題をバス声部とソプラノ声部に分けて、まず、バス声部を2声部、3声部、4声部というようにポリフォニックに扱ってから、ようやく《プロメテウス》主題のソプラノ旋律がオーボエ、クラリネット、ファゴットによって明るく歌われ、すべての変奏主題を提示する。 第1楽章 アレグロ・コン・ブリオ、変ホ長調、3/4拍子。 第2楽章 葬送行進曲:アダージョ・アッサイ、ハ短調、2/4拍子。 第3楽章 スケルツォ:アレグロ・ヴィヴァーチェ、変ホ長調、3/4拍子。 第4楽章 終曲:アレグロ・モルト、変ホ長調、2/4拍子。

[平野 昭]

作曲年代 1803年(完全脱稿は1804年初頭)

初演 1805年4月7日、アン・デア・ウィーン劇場で劇場ヴァイオリニストのF.クレメント主催のコンサートで公

開初演

楽器編成 フルート2、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2、ホルン3、トランペット2、ティンパニ1、弦楽(指揮者の

意向によりフルート、オーボエ、クラリネット、ファゴットは倍管とし、各楽器4人ずつで演奏)

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NHK SYMPHONY ORCHESTRA, TOKYO PHILHARMONY | NOVEMBER 2017

2017年11月20日 午前10時06分

16

[指揮]トゥガン・ソヒエフ[コンサートマスター]篠崎史紀

[conductor]Tugan Sokhiev

[concertmaster]Fuminori Maro Shinozaki

PROGRAM

Bサントリーホール第1872回

11/22 □水 7:00pm

11/23 □木□祝 7:00pm

Suntory HallConcert No.1872November22(Wed)7:00pm

23(Thu) 7:00pm

プロコフィエフ組曲「キージェ中尉」作品60[20′] Ⅰ キージェの誕生 Ⅱ ロマンス Ⅲ キージェの結婚 Ⅳ トロイカⅤ キージェの葬式

Sergei Prokofiev (1891–1953)“Lieutenant Kijé”, suite op.60Ⅰ Naissance de KijéⅡ RomanceⅢ Noces de KijéⅣ TroïkaⅤ Enterrement de Kijé

プロコフィエフスキタイ組曲「アラとロリー」作品20[21′]

Ⅰ ヴェレスとアラの崇拝 Ⅱ 邪教の神、そして悪の精の踊り Ⅲ 夜 Ⅳ ロリーの輝かしい出発と日の出

Sergei ProkofievScythian suite “Ala and Lolli” op.20Ⅰ The Adoration of Veles and AlaⅡ The Enemy God and the Dance of the

Black SpiritⅢ NightⅣ The Glorious Departure of Lolli and the

Procession of the Sun

・・・・ intermission ・・・・・・・・ 休憩 ・・・・

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NHK SYMPHONY ORCHESTRA, TOKYOPROGRAM B

2017年11月20日 午前10時06分

17

プロコフィエフ交響曲 第7番 嬰ハ短調 作品131「青春」[32′]

Ⅰ モデラート Ⅱ アレグレット Ⅲ アンダンテ・エスプレッシヴォ Ⅳ ヴィヴァーチェ

Sergei ProkofievSymphony No.7 c–sharp minor op.131Ⅰ ModeratoⅡ AllegrettoⅢ Andante espressivoⅣ Vivace

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NHK SYMPHONY ORCHESTRA, TOKYO PHILHARMONY | NOVEMBER 2017

2017年11月20日 午前10時06分

18

 1932年、まだパリとソ連を行き来していたプロコフィエフ(1891~1953)に、誕生したばかりのトーキー映画の企画が舞い込む。題材は18世紀末の皇帝パーヴェル1世の逸話に基づいたもの。癇

かんしやく癪もちで知られた皇帝の聞き間違いから架空の主人公「キージェ中尉」が誕生してし

まい、その冒険譚たんが臣下たちによって次々にでっち上げられるが、最後はキージェが不慮の死

を遂とげたことにして一件落着する、という物語である。シナリオ作者のユーリイ・トゥイニャーノフ

は文芸理論家としても著名であり、ゴーゴリ的な官僚主義への風刺が随所に盛り込まれている。《古典交響曲》で18世紀音楽の優れたパロディを披露したプロコフィエフは、その音楽にうってつけの存在であった。この頃のプロコフィエフは前衛音楽の行き過ぎを反省し、芸術音楽の品位を落とさずに大衆にアピールできる「新たな単純性」を模索していたが、映画音楽の作曲はその絶好の機会となり、ソ連帰国への重要なステップとなっていく。 第1曲〈キージェの誕生〉 ほのぼのした舞台裏のファンファーレに続き、愛らしい行進曲が展開する。時折差し挟まれる短調の民謡風の主題はキージェの象徴である。 第2曲〈ロマンス〉 「灰色の小鳩が嘆き」という俗謡の歌詞にプロコフィエフが付曲したもので、映画ではプロコフィエフの最初の妻リーナ(ソプラノ歌手)が録音したという。 第3曲〈キージェの結婚〉 式の開会を告げる厳かな金管の序奏につづき、客をもてなす余興の歌がコルネット独奏で奏される(もちろん、花婿は不在なのだが……)。 第4曲〈トロイカ〉 バラライカを模した管弦楽に伴われ、鈴の音高くシベリアの雪原を疾駆するトロイカの様子が描かれる。 第5曲〈キージェの葬式〉 キージェの生涯を振り返りつつ、これまでの主要旋律が映画のモンタージュのように回想され、冒頭のファンファーレが静かに幕を閉じる。

[千葉 潤]

Program B

プロコフィエフ組曲「キージェ中尉」作品60

作曲年代 [映画音楽]1933年、[組曲]1934年

初演 1934年12月21日、作曲者自身の指揮、ラジオ放送にて

楽器編成 フルート2、ピッコロ1、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2、テナー・サクソフォーン1、ホルン4、コルネッ

ト1、トランペット2、トロンボーン3、テューバ1、大太鼓、トライアングル、小太鼓、タンブリン、シンバル、

鈴、ハープ1、チェレスタ1(ピアノ1)、弦楽、バンダ:コルネット1

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NHK SYMPHONY ORCHESTRA, TOKYOPROGRAM B

2017年11月20日 午前10時06分

19

 将来のライバルとなるストラヴィンスキーのバレエ音楽《春の祭典》が、パリでスキャンダルを巻き起こしたのは1913年5月。数週間遅れて到着したプロコフィエフ(1891~1953)はこの初演こそ逃したものの、パリ芸術界を席

せつ巻けんするディアギレフ主宰バレエ・リュスの華 し々い活

躍を目の当たりにする。翌年、ロンドン公演中のディアギレフを訪ねたプロコフィエフはその才能を見込まれ、《春の祭典》同様に神話的ロシアに因

ちなんだバレエ作品を委嘱される。彼が選

んだ題材は、「スキタイ」として知られる古代騎馬民族の物語であった。 紀元前に黒海北岸の広大な草原地方を支配したスキタイ人は、その未開性や非西欧性(イラン系)ゆえに、ロシア革命期、西欧近代の影響を脱した新しいロシア文化を探求する芸術家や作家を魅了した。バレエの台本を担当した作家ゴロデツキーもそのひとり。《アラとロリー》のあらすじは、この「スキタイ主義」と彼が想像・創造した古代スラヴの太陽信仰との混合物である。次に各曲にそって概要を紹介しよう。 「太陽神ヴェレスには娘アラがおり、その木像は村人から崇拝されていた(第1曲)。邪教の神チュジボーグの一団によってアラが誘拐される(第2曲)。夜の王国でチュジボーグがアラの装身具を奪い取ろうとするが、月の女神たちの光によって退散する(第3曲)。スキタイ人兵士ロリーは恋人アラを取り戻すべく遠征に出かけるが、屈強な敵の前に敗れそうになる。その時地平線から太陽が昇り、その放射光によって敵たちは消滅する(第4曲)」。 結局、《春の祭典》との類似性のためにバレエは取りやめとなり、プロコフィエフはその音楽を組曲に改編した。奇抜な楽想や精

せい緻ちな管弦楽法と、叙情的な旋律や明確な調性感が

混然一体となった音楽は、むしろ師リムスキー・コルサコフの魔法オペラの世界を彷ほう彿ふつさせる。

[千葉 潤]

Program B

プロコフィエフスキタイ組曲「アラとロリー」作品20

作曲年代 [バレエ]1914年、[組曲に改作]1915年

初演 1916年1月29日(旧ロシア暦16日)、作曲者自身の指揮、ペトログラード(現サンクトペテルブルク)にて

楽器編成 フルート3(アルト・フルート1)、ピッコロ1、オーボエ3、イングリッシュ・ホルン1、クラリネット3(Esクラリネット1)、

バス・クラリネット1、ファゴット3、コントラファゴット1、ホルン8、トランペット4(ピッコロ・トランペット1)、トロ

ンボーン4、テューバ1、ティンパニ1、シンバル、サスペンデッド・シンバル、大太鼓、トライアングル、タ

ムタム、タンブリン、小太鼓、グロッケンシュピール、シロフォン、チェレスタ1、ハープ2、ピアノ1、弦楽

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NHK SYMPHONY ORCHESTRA, TOKYO PHILHARMONY | NOVEMBER 2017

2017年11月20日 午前10時06分

20

 1936年、ソ連に完全帰国を果たしたプロコフィエフ(1891~1953)は、つづく10年間、ショスタコーヴィチと並んでソ連最高の作曲家として君臨しつづけ、その創作力はナチス・ドイツとの戦争時にピークに達した。勝利が間近となった1945年、プロコフィエフは、偶然の一致にせよ「第5番」という象徴的な番号をもつ交響曲によって、ソ連の国民的作曲家としてのキャリアの頂点を極めたのである。しかし皮肉にもこれが最後の栄光となった。この直後に起きた転倒事故は健康状態の衰退の最初のきっかけとなり、さらに1948年のジダーノフ批判は、それまでに築き上げてきた名声を一挙に奪ってしまった。それからプロコフィエフの人生に残された時間は、わずか5年間だったのである。 待ち望んだ名誉回復のきっかけは1952年、公式イデオロギーに沿った2つの作品─ピオニールを題材とする合唱曲《冬のかがり火》と、ショスタコーヴィチの《森の歌》に類した《オラトリオ「平和の守り」》の成功によってもたらされる。それ以降、スターリン60歳を記念する《カンタータ「乾杯」》や《バレエ「シンデレラ」》が久しぶりに再演され、健康状態の悪化と困窮した生活状況を見かねた文化官僚の取り計らいで恩給の支給が決定される。こうした流れのなかで、児童向けラジオ番組用に、新しい交響曲の作曲がプロコフィエフに委嘱される。厳しい形式主義批判の標的となった前作以来5年ぶりの《交響曲第7番》である。 スターリン時代末期、多くの作曲家がプロパガンダ的な標題を持たない交響曲ジャンルを敬遠するなか、「子供のための」という委嘱理由は作曲の口実として役立ったことだろう。後にプロコフィエフはこの作品が成人にもアピールすると考えて「青春への贈り物」と呼び、「我が国の若者の精神的美しさや強さ、人生の喜び、そして未来へと向かう希望を反映しようと試みた」と説明した。さらに1962年、あるインタビューに対して未亡人のミーラ(2番目の妻)は、この交響曲が「ソビエトの若者だけでなく、プロコフィエフ自身の青春にも向けられていた」と答えている。これらの発言の真偽を疑う必要はないだろう。表面的には社会主義リアリズムの要求を満たしつつも、平明簡潔というにはあまりにも味わい深くノスタルジックなこの作品は、最晩年のプロコフィエフの心境をありのままに伝えている。 第1楽章 モデラート、嬰ハ短調、4/4拍子。3つの主題によるソナタ形式だが、ドラマチックな展開は回避され、それぞれ個性的な主題の自由な変容が中心である。広 し々て甘美な第2主題と、玩

おもちや具時計のような印象的な第3主題は、交響曲の最後に回帰する。

Program B

プロコフィエフ交響曲 第7番 嬰ハ短調 作品131「青春」

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NHK SYMPHONY ORCHESTRA, TOKYOPROGRAM B

2017年11月20日 午前10時06分

21

 第2楽章 アレグレット、ヘ長調、3/4拍子。チャイコフスキーやプロコフィエフ自身のバレエの一場面を思わせるワルツであり、3つの主題がメドレー風に交替する。時折見せるカリカチュア風の表現や自由奔放な跳躍音型に、若き日の作曲者の相貌が垣間見える。 第3楽章 アンダンテ・エスプレッシヴォ、変イ長調、4/4拍子。晩年のプロコフィエフ作品の特徴である高貴な叙情性にあふれる緩徐楽章だが、実際には、1936年に作曲された《劇音楽「エフゲーニ・オネーギン」》からの主題と変奏の転用である。プーシキン生誕100

周年を記念するこの演劇プロジェクトは、当時の文化政策の転換により強制的に中止され、その音楽は後の作品(《歌劇「戦争と平和」》など)に転用された。ハープとピアノのアルペジオを背景に、フルート独奏と弦楽器のトレモロで主題が再現される最後のページの儚

はかなさは、

失われた時代へのノスタルジーを痛切に感じさせる。 第4楽章 ヴィヴァーチェ、変ニ長調、2/4拍子。舞曲を得意としたプロコフィエフの面目躍如としたロンド・フィナーレ。ギャロップ風のロンド主題と気忙しい表情のエピソードや中間部の行進曲風のエピソードが交替する。最後のロンド主題再現を受けて、第1楽章の第2主題が青春時代への讃歌のように回帰するがそのままハッピーエンドには向かわず、人生の時を刻むような第1楽章の第3主題が、微

ほ ほ え笑みとも諦

あきらめとも言い難い表情を浮かべつ

つ、余韻深く全曲を閉じる。 初演後、指揮者サモスードの勧めにより、スターリン賞第1席を取るためにギャロップ主題を最後に加えた賑

にぎやかな別エンディングを作成したが、プロコフィエフはあくまで当初の結

尾を本来的と考えていた。廃止されたスターリン賞に代わって、この作品がレーニン賞を受賞したのは、作曲者の死から4年後の1957年であった。

[千葉 潤]

作曲年代 1951年12月~1952年7月

初演 1952年10月11日、サムイル・サモスード指揮、ソビエト・ラジオ放送管弦楽団、モスクワにて

楽器編成 フルート2、ピッコロ1、オーボエ2、イングリッシュ・ホルン1、クラリネット2、バス・クラリネット1、ファゴット2、

ホルン4、トランペット3、トロンボーン3、テューバ1、ティンパニ1、大太鼓、小太鼓、トライアングル、シ

ンバル、サスペンデッド・シンバル、タンブリン、ウッド・ブロック、グロッケンシュピール、シロフォン、ハー

プ1、ピアノ1、弦楽

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22 NHK SYMPHONY ORCHESTRA, TOKYO PHILHARMONY | NOVEMBER 2017

2017年11月20日 午前10時06分

[指揮]トゥガン・ソヒエフ[メゾ・ソプラノ]スヴェトラーナ・シーロヴァ[バリトン]アンドレイ・キマチ[合唱]東京混声合唱団[合唱](合唱指揮/松井慶太)

[児童合唱]東京少年少女合唱隊[児童合唱] (合唱指揮/長谷川久恵)

[語り]片岡愛之助[コンサートマスター]篠崎史紀

PROGRAM

CNHKホール第1871回

11/17□金 7:00pm

11/18□土 3:00pm

November17(Fri) 7:00pm

18(Sat) 3:00pm

NHK HallConcert No.1871

[conductor]Tugan Sokhiev

[mezzo soprano]Svetlana Shilova

[baritone]Andrei Kymach

[chorus]The Philharmonic Chorus of Tokyo (Keita Matsui, chorus master)

[children’s chorus]The Little Singers of Tokyo (Hisae Hasegawa, chorus master)

[narrator]Ainosuke Kataoka

[concertmaster]Fuminori Maro Shinozaki

プロコフィエフ(スタセヴィチ編)オラトリオ「イワン雷帝」作品116[69′]

序曲 若きイワンの行進曲 大海原 予は皇帝になるウスペンスキー大聖堂(神は素晴らしきかな) いくとせも大海原いくとせも聖愚者

Sergei Prokofiev (1891–1953) / Abram Stasevich (1907–1971)“Ivan the Terrible”(Iwan der

Schreckliche), oratorio op.116OuvertüreMarsch des jungen Iwan Ozean, Meer du...Ich werde ZarUspenski-Kathedrale (Lob sei Gott)Lang lebe unser ZarOzean, Meer du...Lang lebe unser ZarDer Schwachsinnige

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23NHK SYMPHONY ORCHESTRA, TOKYOPROGRAM C

2017年11月20日 午前10時06分

[conductor]Tugan Sokhiev

[mezzo soprano]Svetlana Shilova

[baritone]Andrei Kymach

[chorus]The Philharmonic Chorus of Tokyo (Keita Matsui, chorus master)

[children’s chorus]The Little Singers of Tokyo (Hisae Hasegawa, chorus master)

[narrator]Ainosuke Kataoka

[concertmaster]Fuminori Maro Shinozaki

白鳥祝い歌 白鳥敵の骨を踏みしだきタタール人ども 砲兵たち カザンへ イワン、貴族らに懇願すタタールの草原エフロシニヤとアナスタシヤビーバーの歌アナスタシヤの棺

ひつぎ

の傍らに佇たたず

むイワン親衛隊の合唱親衛隊の誓いフョードル・バスマーノフと親衛隊の歌親衛隊の踊り終曲

字幕:一柳富美子字幕操作:イヤホンガイド/G・マーク

*この公演に休憩はございません。あらかじめご了承下さい。

Der weisse SchwanPreisliedDer weisse SchwanAus der Feinde GrabDie TatarenDie KanoniereNach Kasan Iwan fleht die Bojaren anDie tatarische SteppeEphrosinia und AnastasiaDas Lied vom BiberIwan an Anastasias SargChor der ZarengardeEid der ZarengardeLied des Fjodor BassmanowTanz der ZarengardeFinale

Japanese Supertitle: Fumiko Hitotsuyanagi /Earphone Guide Co.,Ltd.

*This concert will be performed with no intermission.

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24 NHK SYMPHONY ORCHESTRA, TOKYO PHILHARMONY | NOVEMBER 2017

2017年11月20日 午前10時06分

 南ウクライナのザポリージャ生まれ。サンクトペテルブルク音楽院で学び、1997年に同音楽院を卒業した。学生時代からサンクトペテルブルク室内オペラで歌い、1998~2002年サンクトペテルブルク音楽院オペラ劇場の専属歌手として、チャイコフスキー《スペードの女王》ポリーナ役と《エフゲーニ・オネーギン》オリガ役、ムソルグスキー《ホヴァンシチナ》マルファ役などで注目を集めた。

 2002年にモスクワのボリショイ歌劇場に移り、マルファ役でデビュー。以来、同歌劇場のソリストとして活躍するほか、国内外のオペラに多数出演。エクサン・プロヴァンス音楽祭には、2010年の大野和士指揮のストラヴィンスキー《夜鳴きうぐいす》に続いて、2017年もソヒエフ指揮の《エフゲーニ・オネーギン》(演奏会形式)に乳母フィリッピエーヴナ役で出演した。また、プロコフィエフの《カンタータ「アレクサンドル・ネフスキー」》や2014年録音のミハイル・プレトニョフ指揮のスクリャービン《交響曲第1番》など、オペラ以外のレパートリーでも存在感のある歌唱を披露している。 NHK交響楽団とは初共演。

[柴辻純子/音楽評論家]

Program C|SOLOISTS

スヴェトラーナ・シーロヴァ(メゾ・ソプラノ)

 ウクライナ西部のヴィーンヌィツャ生まれ。2007~2010年キエフ国立大学で哲学を学び、その後、チャイコフスキー記念ウクライナ国立キエフ高等音楽院で声楽を専攻。2014年に同音楽院を卒業した。イタリアのバス歌手カルロ・コロンバーラのマスタークラスなどで研

けん

鑽さん

を積み、2016年モスクワのボリショイ歌劇場の若手オペラ育成歌手として契約。同歌劇場のコンサートに出演した。2017年1月ダルゴムイシスキー《石の客》にドン・カル

ロス役で出演。またフランスのニース歌劇場やトゥーロン歌劇場の若手育成プログラムに参加した。7

月にはフィンランドのサヴォンリンナ・オペラ・フェスティバルに、ソヒエフ指揮のボリショイ歌劇場公演のチャイコフスキー《イオランタ》(演奏会形式)医師エヴン・ハキア役で出演するなど、バリトン歌手の逸材として今後の活躍が期待されている。 NHK交響楽団とは初共演。

[柴辻純子/音楽評論家]

アンドレイ・キマチ(バリトン)

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25NHK SYMPHONY ORCHESTRA, TOKYOPROGRAM C

2017年11月20日 午前10時06分

 東京混声合唱団は1956年、東京藝術大学声楽科の卒業生有志により創立。中心メンバーの田中信昭が常任指揮者に就任、以後、日本における合唱音楽の発展をリードするかたちで実績を刻んできた。年間100回を超える一般公演や子どものための催し、内外のオーケストラとの共演、放送出演などに加えて海外公演も多数行い、日本の合唱作品の海外への紹介にも貢献。作曲委嘱活動は日本語の合唱作品がまだ少なかった創立当初からほぼ毎年つづけて、その数は200曲を超える。 現在は田中信昭を桂冠指揮者に山田和樹が音楽監督を務め、松原千振、大谷研二、ヴォルフディーター・マウラー、松井慶太、伊藤翔、水戸博之、山田茂などの指揮者陣を擁する。

[関根礼子/音楽評論家]

東京混声合唱団(合唱)

 ヨーロッパの伝統音楽に基づく日本初の本格派合唱団として1951年設立。グレゴリオ聖歌から現代作品までレパートリーは幅広く、委嘱作品も多い。6~14歳の基礎を学ぶクラスから、演奏活動の中心となる15~19歳までの年齢構成で演奏活動を行っている。年2回の定期公演のほか、1964年の訪米以来海外公演は33回を数える。国内外のオーケストラ、オペラ劇場との共演も数多い。創立65

周年プロジェクト(2015–2016)の一環でマカオ公演、イタリア公演を実施。元旦にはサン・ピエトロ大聖堂にてフランシスコ・ローマ教皇による新年ミサで全世界の聖歌隊と共に平和祈願を捧げた。 N響とは、2014年1月定期のファビオ・ルイージ指揮《カルミナ・ブラーナ》で共演、高い評価を得た。

東京少年少女合唱隊(児童合唱)

 1972年生まれ、大阪府出身。1981年、十三代目片岡仁左衛門の部屋子となり、片岡千代丸を名のり京都四條南座『勧進帳』の太刀持で初舞台を踏む。1992年、片岡秀太郎の養子となり、大阪の中座『勧進帳』の駿

する

河が

次郎ほかで六代目として片岡愛之助を襲名。2008年、三代目楳うめ

茂も

都と

扇せん

性しよう

を襲名し、上方舞楳茂都流四代目家元を継承している。2013年、主演の通し狂言『夏祭浪花鑑』(大阪松竹座)が第68回文化庁芸術祭演劇部門

優秀賞を受賞。 歌舞伎の他、NHK大河ドラマ『真田丸』(大谷吉継役)などのテレビドラマをはじめ、映画やCMにも多数出演している。2017年には自身初ミュージカルとなる『コメディ・トゥナイト!』(宮本亜門演出)に出演するなど、ジャンルを超えた活動が注目され、いま最も活躍している歌舞伎俳優のひとりである。

Program C|SOLOISTS, CHORUS

片岡愛之助(語り)

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26 NHK SYMPHONY ORCHESTRA, TOKYO PHILHARMONY | NOVEMBER 2017

2017年11月20日 午前10時06分

 セルゲイ・プロコフィエフ(1891~1953)は第二次世界大戦の戦中、映画監督セルゲイ・エイゼンシテイン(1898~1948)による映画『イワン雷帝』(第1部1941~1944年、第2部~1946年)のための音楽を創作した(1942~1945年、作品116)。これにもとづいて、作曲家没後の1961年に、指揮者で作曲家のアブラム・スタセヴィチ(1907~1971)が編曲したオラトリオが本作である。プロコフィエフがエイゼンシテインと組んだのは、『アレクサンドル・ネフスキー』(1938年)、そしてこの『イワン雷帝』第1・2部の2作であった。いずれも外敵から祖国を守った実在の統治者が描かれている。イワン雷帝とは、16世紀にロシア全土の大公となったイワン4世のことで、最初の皇帝になった人物である。反対勢力の大貴族を粛清するなど残虐な一面でも知られ、恐ろしい皇帝として歴史に刻まれてきた。そのカリスマ的な存在感から、少なくとも第1部の公開時点では、『イワン雷帝』は戦時下の国家称揚の空気に合致する作品であった。 エイゼンシテインは1920年代よりジャポニズムに傾倒し、漢字や短歌などへの関心を強めていたことで知られる。時代は無声映画からトーキー(音声つき)映画へと移行しはじめた頃のこと。1928年に二代目市川左

さ團だん次じ率いる一座によってソ連初の歌舞伎公演が

行われると、エイゼンシテインもレニングラード公演を観劇し、その興奮を『芸術生活』誌への寄稿論文に認

したためた。そこでは諸要素(音響─動作─空間─声)の独特の調和、視覚と聴

覚を共通知覚へと収しゆうれん斂させる方法など、歌舞伎の世界に感嘆している。この12年後に着

手された『イワン雷帝』においてもその影響が色濃く認められ、たとえばイワン雷帝の威厳にみちた(時に斜めの)歩行、独特の間を感じさせるクローズアップ、デフォルメした睨

にらみなど、

歌舞伎の所作を想起させるカットは枚挙にいとまがない。この時代の創造的な感性が「日本」と交差した作品としても、興味深い映画である。 さてプロコフィエフはオペラやバレエなどから組曲を編んだり、それらをピアノ譜にするといった編曲をよく手がけた。だが、『イワン雷帝』からは自ら編曲をしなかった。これは、当初3部作の構想で制作された『イワン雷帝』の第1部が公開後に熱狂的な人気を博し、1946年1月にスターリン賞第1席という名誉ある国家賞を受賞していたことからすると、特殊な状況だったと言わざるをえない。結局、『イワン雷帝』シリーズの運命は、第2部の制作によって凋

ちようらく落してしまったのである。第1部がスターリン賞を受賞した直後の1946年2月、

Program C

プロコフィエフ(スタセヴィチ編)オラトリオ「イワン雷帝」作品116

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27NHK SYMPHONY ORCHESTRA, TOKYOPROGRAM C

2017年11月20日 午前10時06分

エイゼンシテインは早くも第2部の制作を終え、芸術審議会での検閲が行われた。そこで第2部は酷評され、審議会から修正を命じられることとなる。だがエイゼンシテインは病気のため、実際に修正作業に取りかかることができなかった。すると翌3月、審議会は映画の上映禁止を決議した。第二次世界大戦が終戦した直後の1946年にもかかわらず、勝利が高らかに謳

うたわれないどころか、16世紀の権力者が意志薄弱で感情的に表現されている

点が、権力者スターリンを揶や揄ゆするものとして危険視されたのである。

 ようやく状況が変わったのは、1953年のスターリン死後のことであった。より直接的には、1956年にフルシチョフが行ったスターリン批判が決定的な転機となった。これによりイワン雷帝の「脱スターリン化」が起こったのである。すなわちスターリン=イワン雷帝として求められた権力者像の理想化や個人崇拝、さらには専制君主の残虐性の隠ぺいや美化を求めた当局側の反省が行われ、結果、1958年に『イワン雷帝』第2部はそのままの形で公開上映されたのだった。 この後、音楽をめぐる動きも出始めた。まずレヴォン・アトヴミャーンが1958~1961年に映画『イワン雷帝』のための音楽からの編曲に乗り出した。アトヴミャーンは、プロコフィエフ、ショスタコーヴィチ、ミャスコフスキーなどの作品に対し、作曲家たちからの信頼を得て、数々の編曲を手がけていた作曲家である。この頃、抜粋曲のヴォーカル・スコアに加え、オラトリオも作ったが、このオラトリオは当時演奏されることはなかった。この後、スタセヴィチもオラトリオを編曲した。これが今回演奏される作品である。スタセヴィチは1940年代の映画音楽の録音時に指揮した人物でもある。このスタセヴィチ版は1961年3月、モスクワ音楽院大ホールで開催されたプロコフィエフ生誕70年記念演奏会で初演されている。 スタセヴィチ版は、合唱、語り手、独唱、オーケストラのためのオラトリオで、全20曲からなる。基本的に映画の第1部と第2部の内容がほぼ時系列で展開するが、フィナーレは第1

部の結末で閉じられている。冒頭、金管楽器によって奏でられる勇壮な旋律がイワンの主題で、映画でも度々象徴的に登場する。これに続く合唱「黒き雨雲が沸き上がり」は、バロック・オペラのプロローグにおける前口上のような機能も持つ。この映画の根底に流れるのは、イワン雷帝に生涯つきまとった狡

こう猾かつな裏切り、策略、悲劇である。音楽は各場面の神

髄を一瞬で伝える象徴性と明めい晰せきさを放つ。

 第1曲〈序曲〉 イワンの主題、「黒き雨雲が沸き上がり」の合唱、イワンの母グリーンスカヤが毒殺された場面を回想する音楽が流れる。 第2曲〈若きイワンの行進曲〉 大貴族に誘われ、幼少で大公となったイワンは周りの大貴族たちの操り人形となる。 第3曲〈大海原〉 アルト独唱と合唱がロシアの海を歌い、敵軍に領土化された街々を憂うれう。 第4曲〈予は皇帝になる〉 イワンの主題とともに、若きイワンの戴冠が描かれる。 第5曲〈ウスペンスキー大聖堂(神は素晴らしきかな)〉 大聖堂での戴冠式の様子。ロシ

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28 NHK SYMPHONY ORCHESTRA, TOKYO PHILHARMONY | NOVEMBER 2017

2017年11月20日 午前10時06分

ア人初の帝室合唱団監督となったボルトニャンスキー(1751~1825)の、無伴奏合唱コンチェルト《神は起き》終盤の旋律にもとづく。 第6曲〈いくとせも〉 民衆がイワンを称

たたえる。中間には3曲目の〈大海原〉が挿入されて

いる。 第7曲〈聖愚者〉 モスクワが大火に覆われ、聖愚者が「皇帝は呪われている」と叫ぶ。 第8曲〈白鳥〉 イワンとアナスタシヤとの婚礼の場面。途中、〈祝い歌〉が挿入されている。 第9曲〈敵の骨を踏みしだき〉 タタールに立ち向かうロシア軍が結集する。 第10曲〈タタール人ども〉 タタールの軍勢が押し寄せる。 第11曲〈砲兵たち〉 皇帝の砲台を運ぶ勇ましい砲兵たちと、彼らを称える合唱。 第12曲〈カザンへ〉 戦場となったカザンの野営地。 第13曲〈イワン、貴族らに懇願す〉 戦いの後、病に臥

ふせるイワンが大貴族たちに息子

への忠誠を請う。終盤では合唱が、タタールに占領された草原を憂う。 第14曲〈エフロシニヤとアナスタシヤ〉 皇帝イワンの政敵である伯母エフロシニヤが皇妃アナスタシヤにと毒入りの水壺を差しだす。知らずにイワンがアナスタシヤにその壺を渡してしまう。 第15曲〈ビーバーの歌〉 エフロシニヤが息子ウラディーミルに不気味な子守歌を歌う。イワンを引きずり下ろし、ウラディーミルの戴冠を願っている。 第16曲〈アナスタシヤの棺

ひつぎ

の傍らに佇たたず

むイワン〉 アナスタシヤの棺のもとで悲嘆する皇帝イワン。 第17曲〈親衛隊の合唱〉 皇帝直属の親衛隊が結集し、イワンを守ろうとする。 第18曲〈フョードル・バスマーノフと親衛隊の歌〉 平民出身の腹心の家来バスマーノフと親衛隊が、イワンの命令で大貴族たちの粛清を遂行する。 第19曲〈親衛隊の踊り〉 親衛隊たちの異様な熱気が描かれる。 第20曲〈終曲〉 退去地アレクサンドロフスカヤ村からモスクワの民衆のもとに戻るよう民衆が皇帝に懇願する。皇帝とロシアへの不穏な賛歌が高らかに歌われる。

[中田朱美]

作曲年代 [映画音楽]1942~1945年 [オラトリオ(スタセヴィチ編)]1961年頃

初演 1961年3月23日、モスクワ音楽院大ホール、スタセヴィチ指揮、モスクワ国立フィルハーモニー交

響楽団

楽器編成 フルート2(ピッコロ1)、ピッコロ1、オーボエ2、イングリッシュ・ホルン1、クラリネット3(Esクラリネット1)、バ

ス・クラリネット1、アルト・サクソフォーン1、テナー・サクソフォーン1、ファゴット3、コントラファゴット1、ホ

ルン4、トランペット5、トロンボーン3、テューバ2、ティンパニ1、大太鼓、小太鼓、トライアングル、タン

ブリン、シンバル、サスペンデッド・シンバル、タムタム、鐘、グロッケンシュピール、シロフォン、ウッド・ブ

ロック、ムチ、杖、ピアノ1、ハープ2、弦楽、メゾ・ソプラノ・ソロ、バリトン・ソロ、合唱、児童合唱、語り

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29NHK SYMPHONY ORCHESTRA, TOKYO

2017年11月20日 午前10時06分

 オーケストラには、それぞれ独自の音色がある。オーケストラの音色について語るのは簡単ではありませんが、国によってある一定の傾向があることは確かです。その特徴と由来するところは何なのか。 まず「ドイツ的な音」というのは低音楽器(コントラバスとチェロ)によるところが大きいのです。ドイツのコントラバスは弓が他の国とは違っていて、音が強く広がり、影があって深みが出ます。もうひとつの特徴は、さまざまな楽器の音色を全体としてひとつに溶け合うようにする、個人よりもグループとしての音作りです。特に金管楽器が一体となり、オーケストラ全

体の中に溶け込んでいるのが目立ちます。ドイツの楽団のトランペットやトロンボーンはけたたましく響くことはないのです。 これに対し「フランス的な音」というのは、低音ではなく、高音によっています。そのために、明るく、ハーモニーよりもメロディが聞こえます。ドイツの楽団は低音に支えられてハーモニーが明

めいりよう瞭になるのに対し、フランスの楽

団からはラテン的な歌が聞こえてくる。フランスというと「明るさ、透明感」という言葉がすぐに浮かびますが、これは木管楽器によっています。木管の音が全体の中にドイツほど溶けてしまわないのです。音の個性が強いからですが、その好例はバッソン・フランセで、ドイツのファゴットの音が丸く、コントラバスやチェロの音と同化するのに対し、バッソンは鼻にか

現代のオーケストラをめぐる

さまざまなトピックを深掘りしていくシリーズ。

第十二回は、フランスの音楽評論家メルラン氏に

「国際社会におけるオーケストラ独自の音」について

語っていただきます。

オーケストラの

ゆくえ

クリスティアン・メルラン

Christian M

erlin

第十二回

国際化するオーケストラの音

シリーズ

「ドイツ的な音」「フランス的な音」

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かったような独特の音色で、周囲から際立って聞こえてきます。この差異は打楽器にもみられ、ドイツのティンパニ奏者は、ワーグナー作品で顕著なように、より強い音を出すか、楽団の音の枠内に入るか、のどちらかですが、フランスでは音色とフレージングに留意して旋律を奏でていく。こうした楽器の違いからも、ドイツの暗めの音色と、フランスの明るい音色とが生まれます。

 一方、アメリカのオーケストラの音を特徴づけているのは金管楽器です。アメリカには偉大な金管の伝統があり、楽器の迫力と輝きによってオーケストラは音量が大きく、時に不快なほどけたたましい音になります。それにリズ

ムとアタックがきわめて正確で、音が垂直にピタリと揃

そろう。私たちヨーロッパ人の耳には、時

として少しアグレッシブに聞こえます。 ロシアのオーケストラは音を保って演奏するので、長いフレージングが聞こえてくるのが特徴です。大きい音を出す際も、アメリカの大きな音とは質が異なり、音にざらつきがあります。常に音色の密度が高いため、悲劇的でドラマチックな曲にぴったりで、内面的なエネルギーの横

おう溢いつした、感情のこもった演奏になり

ます。必ずしもきれいな音を出そうとせず、悲劇的な表現のために強

きようじん靭な、必要ならば叫

ぶような音を出します。 そして、ウィーンの音があります。これはドイツ的な音とは別物で、ラテン的な音とゲルマン的な音の融合された独自の音となって現れます。丸みのある、強固で、個々の音が溶け合って一体となったドイツ的な側面はある

アメリカやロシア、ウィーンの場合

クリスティアン・ティーレマンが指揮するシュターツカペレ・ドレスデン(ドレスデン国立歌劇場管弦楽団)

© Oliver Killig

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けれど、音に明るさがあり、個人主義的なラテン性も兼ね備えている。そのために、他に類のない独自の音となっているのです。

 こうして世界のオーケストラの特徴を概観したわけですが、もっと詳しくみると、この大

おお

雑ざつ把ぱな理解では不十分なことにすぐ気づきま

す。なぜなら、この大まかな国による文化的なカテゴリーの内部には大きなばらつきがあるからです。アメリカのなかでも、ニューヨーク・フィルハーモニックは力強く、音量があり、華やかですが、クリーヴランド管弦楽団の音はクリアで抑制されていて均整が取れ、エレガントです。ドイツでも、シュターツカペレ・ドレスデン(ドレスデン国立歌劇場管弦楽団)は比較的明るく、上等のビロード布地を思わせる繊細

さがありますが、ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団はより力強く、洗練さでは一歩譲るものの集団としてのエネルギーは破格です。フランスでも、フランス国立管弦楽団は明るく透明な典型的な「フランスの音」で、低音よりもヴァイオリンの音がよく聞こえてきますが、一方のパリ管弦楽団のコントラバスの音などはどっしりとした深みのあるドイツ美学に基づいた音になっています。 ひとつの国の中でのオーケストラの音色の違い、という現象は欧米にとどまる現象ではありません。ごく最近日本に行ったときにも感じたのですが、NHK交響楽団には、東京フィルや新日本フィルにはない「ドイツ的」な音があったのです。それはもちろん、ウォルフガング・サヴァリッシュをはじめとする、ドイツ系の名指揮者が振ってきた遺産でしょう。地域性は、オーケストラの音を決定する大きな要素ですが、あくまでひとつの要素にすぎないのです。

 オーケストラの音が違ってくる理由は、楽器や弓が同じでないことも大きな要因です。近年では、国によっての楽器の制作方法の差異も、小さくなる傾向にありますが、そのなかにあって固有の楽器を死守しようとしているのがウィーン・フィルです。ウィーンのオーボエ、ウィンナホルン、いまだにハンドルを回して調音するティンパニを堅持しています。 オーケストラの音を決定する他の要因には、ホールもあります。ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団などは典型です。この楽団の音はやわらかく、親密な音が響く。室内楽的

「場所」だけが音の独自性を生むのか?

オーケストラの音色を形作るもの

© Oliver Killig

NHK交響楽団を振るウォルフガング・サヴァリッシュ

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2017年11月20日 午前10時06分

といってよい音は、ホールの音響によって陶とう

冶やされてきたのです。 また、指揮者の果たす役割も看過できません。フランス国立管弦楽団はマズア、ガッティからクリヴィヌに音楽監督が変わったことで本来のフランス的な音が戻ってきました。オーケストラに音のアイデンティティがあるにせよ、指揮者の個性による影響はもちろんあります。

 国際化が進むにつれて、世界のオーケストラの音は、独自の音を持ちながらも、平準化しつつあります。楽団員は自国出身者に限られず、またひとつの楽団から別の楽団へと国境を越えて移動することが増えてきています。

ベルリン・フィルの団員が25か国から、コンセルトヘボウでは22か国の楽団員から構成される現在、個々の楽団のスタイルの統一性に揺らぎが出てきています。 また、どの楽団もすべての音楽を演奏しようとするようになった点も見逃せないでしょう。楽団のレパートリーが拡大したのです。これは「優れた楽団はどんな曲でも良い様式で演奏できなければならない」という考えです。それぞれの楽器には演奏法の楽派がありますが、これも国際化、平準化に向かっています。音楽学生も一か所ではなく、いろいろな土地に移動して学ぶようになってきています。 サイモン・ラトルが、就任直後からドイツで「ベルリン・フィルの音のアイデンティティを壊そうとしている。ベルリン・フィルにもはやドイツの音はなくなった」と批判された時、「私はベ

世界のオーケストラの平準化と、その先

音楽監督エマニュエル・クリヴィヌが指揮するフランス国立管弦楽団

© Radio France / CHRISTOPHE ABRAMOWITZ

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2017年11月20日 午前10時06分

語り|クリスティアン・メルラン

フランスの音楽評論家。著書に『オーケストラの音楽家たち(Au cœur de l’orchestre)』『偉大なる指揮者たち』『ウィーン・フィルハーモニー、あるオーケストラのバイオグラフィー』など。

取材・構成・訳|三光 洋(さんこう ひろし)

フランス在住の音楽評論家。『JPL』『音楽現代』『音楽の友』『モーストリー・クラシック』等の専門誌に寄稿。

ルリン・フィルにドイツのオーケストラになってほしいとは思わない。ドイツ音楽の演奏ではドイツ的、フランス音楽ではフランス的、ロシア音楽ではロシア的であってほしい」という機知に富んだ返答をしました。この言葉は今日のオーケストラの理想像を言い当てているのではないでしょうか。 柔軟性のあるカメレオンのような音色を持ったオーケストラ。ベルリン・フィルは今でも、ブラームスやブルックナーでは良く響く低音が健在だし、ドビュッシーの《牧神の午後への前奏曲》では繊細で透明な音を引き出している。カラヤンにはそういう音は出せませんでした。昔の音を懐かしむことはできますが、この音の変化を肯定的にとらえることもできます。 国際化は現実に進んでいて、50年前にあったフランスのオーボエやウィーンの音のよ

うに、聞いて誰にでも即座にわかる楽器の音色は失われました。それでも世界中を飛び回っている指揮者たちに話を聞くと、「国による音の特性は確固として生き続けている」という返事が戻ってきます。音の響きに対する感性は国によって違い、これからも変わらないのではないでしょうか。

ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団を指揮するサイモン・ラトル

© Monika Rittershaus

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2017年11月20日 午前10時06分

 2017年をしめくくる12月定期。毎年この時期は「デュトワの季節」とよんでいいかもしれない。シャルル・デュトワが斬

ざん新しんなプログラム

を手に登場するのが最近の恒例だからである。1996年から常任指揮者、1998年より音楽監督をつとめ、2003年9月から名誉音楽監督に就任してN響と良好な関係を築いているデュトワ。彼がN響にもたらした功績は大きなものだ。そのプログラミングには毎回趣向が凝らされており、オペラから小品、現代音楽まで、手を変え品を変え私たちを楽しませてくれてきた。今年も得意とする近現代音楽を中心に、豪華なソリストたちとともにあでやかなオーケストラの饗

きようえん宴が展開される。

没後80年記念のオール・ラヴェル・プログラム

 今年は20世紀以後のオーケストラ音楽に多大な影響をもたらしたモーリス・ラヴェルの没後80年にあたる。デュトワがもっとも得意とするこの作曲家の名曲をたっぷりと堪

たん能のうで

きるのが、オール・ラヴェル・プログラムのAプロである。精

せい緻ちな書法から生まれる変幻自

在な弦楽器の音色、明るく輝かしい管楽器

の響きなど、ラヴェルらしい音楽をつくりあげるのに不可欠なスキルをデュトワ仕込みのN響は既に自家薬籠中に収めている。当日演奏されるのは、初期作品の《古風なメヌエット》から大団円のクライマックスを築く《ボレロ》までの6曲。さらにフランスの名手ピエール・ロラン・エマールを迎えた《左手のためのピアノ協奏曲》も楽しみである。知的な解釈が際立つエマールは輝かしい技巧を駆使する名手でもあり、ラヴェルの名作協奏曲を華やかに聞かせてくれるだろう。

デュトワのアプローチが気になる凝った選曲のBプロ

 近現代を得意とするデュトワだが、古典作品を取り上げる際、新鮮なプログラミングでおなじみの名作の意外な側面を引き出すのが得意技でもある。Bプロは古典、ロマン派作品の間に細川俊夫の《嘆き》を置くという凝った選曲である。東日本大震災で子供を失った母親たちに捧

ささげられた同作は、峻

しゆんげん厳

な響きと独特の時間感覚を表現した作品で、デュトワの巧みなタクトで生 し々く演奏されることだろう。同作のソリストとして起用されたアンナ・プロハスカは、透明感のある美声が持ち味のソプラノ。バロックから現代まで幅広いレパートリーを歌っており、近年欧米の歌劇場で躍進中なだけに期待が高まる。名曲中の名曲であるメンデルスゾーンの交響曲《スコットランド》、そしてハイドンの交響曲《女王》でデュトワはどのような演奏を聞かせるだろうか。ハイドンの交響曲は「パリ交響曲」として知られる6曲のうちのひとつ。エスプリあふれる作風の一曲だけに、デュトワのアプローチが気になるところである。

12月定期公演の聴きどころ

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35NHK SYMPHONY ORCHESTRA, TOKYO

2017年11月20日 午前10時06分

日本でも人気のティボーデを迎えるCプロ

 Cプロでは、日本でも人気のピアニストのジャン・イヴ・ティボーデを迎え、ストラヴィンスキー、サン・サーンスというデュトワらしいプログラムが組まれている。ティボーデは19歳の時、日本国際音楽コンクールで最高位を受賞。以後活躍の場を広げていったという経緯があり、日本に縁のある演奏家だ。「エジプト風」と題されたサン・サーンスのピアノ協奏曲は、作曲者がエジプトに実際に滞在していた際に書かれており、当地で聴いたとされる旋律を織り込んだ異国情緒も感じさせる。神童ピアニストとして名を馳せたサン・サーンスならではのリリカルな魅力にあふれており、きらめくような響きをもつティボーデが洗練されたピアノを聞かせてくれることだろ

う。N響とデュトワとのコンビでのストラヴィンスキーの演奏では、たとえば2012年の《歌劇「夜鳴きうぐいす」》での秀演も記憶に新しいが、今回は初期作品の《幻想的スケルツォ》が演奏会冒頭で、そして全曲版の《火の鳥》がしめくくりとして演奏される。実はこの2作はストラヴィンスキーの創作史の中で互いに密接に関連している。1909年、《幻想的スケルツォ》と《花火》を指揮者アレクサンドル・ジロティの演奏会で聴いたディアギレフがストラヴィンスキーの才能を見込んで、新作バレエ《火の鳥》を委嘱したのだ。これら2作を聞きながら、当時のディアギレフそして聴衆たちがいかにロシアの新星の才能に驚いたのか、追体験してみたい。

[伊藤制子/音楽評論家]

12/8□金 7:00pm

12/9□土 3:00pm

NHKホール

C

指揮:シャルル・デュトワピアノ:ピエール・ロラン・エマール

12/13□水 7:00pm

12/14□木 7:00pm

サントリーホール

B指揮:シャルル・デュトワソプラノ:アンナ・プロハスカ*

ハイドン/交響曲 第85番 変ロ長調 Hob.I-85「女王」細川俊夫/嘆き(2013)*メンデルスゾーン/交響曲 第3番 イ短調 作品56「スコットランド」

ストラヴィンスキー/幻想的スケルツォ 作品3サン・サーンス/ピアノ協奏曲 第5番 ヘ長調 作品103「エジプト風」ストラヴィンスキー/バレエ音楽「火の鳥」(1910年全曲版)

指揮:シャルル・デュトワピアノ:ジャン・イヴ・ティボーデ

ラヴェル没後80年

ラヴェル/古風なメヌエットラヴェル/組曲「クープランの墓」ラヴェル/左手のためのピアノ協奏曲 ニ長調ラヴェル/道化師の朝の歌ラヴェル/スペイン狂詩曲ラヴェル/ボレロ

12/2 □土 6:00pm

12/3 □日 3:00pm

NHKホール

A12月の定期公演

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64 NHK SYMPHONY ORCHESTRA, TOKYO PHILHARMONY | NOVEMBER 2017

2017年11月20日 午前10時06分

首席指揮者パーヴォ・ヤルヴィ。9月はABCすべてのプログラムで指揮を執った(9月16、17日)

Aプロのショスタコーヴィチ《交響曲第7番「レニングラード」》。18型の弦楽器に加え、金管の別働隊も加わり、舞台いっぱいにオーケストラが広がった(9月16、17日)

SUBSCRIPTION CONCERTS IN SEPTEMBER, 2017

2017年

09定期公演

2017/18シーズンの幕開けとなった9月の定期公演は、首席指揮者として3シーズン目を迎えたパーヴォ・ヤルヴィのもと、オーケストラと息のあった熱演がくり広げられました。パーヴォ・ヤルヴィ&N響の新たな展開を予感させるステージに、会場は大いに沸き上がりました。

月 Aプログラム ショスタコーヴィチ/交響曲 第7番 ハ長調 作品60「レニングラード」(2017年9月16、

17日、NHKホール) Bプログラム [オール・バルトーク・プログラム]弦楽のためのディヴェルティメント、舞踊組曲、弦楽器・打楽器・チェレスタのための音楽(2017年9月27、28日、サントリーホール) Cプログラム グリンカ/幻想的ワルツ、ラフマニノフ/ピアノ協奏曲 第4番 ト短調 作品40、スクリャービン/交響曲 第2番 ハ短調 作品29(2017年9月22、23日、NHKホール)

公演報告

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65NHK SYMPHONY ORCHESTRA, TOKYO

2017年11月20日 午前10時06分

Cプロのラフマニノフ《ピアノ協奏曲第4番》で独奏を務めたデニス・コジュヒン(9月22、23日)

パーヴォ・ヤルヴィ(右)と握手を交わす、ロレンツ・ナストゥリカ・ヘルシュコヴィチ(左)。Aプロでゲスト・コンサートマスターを務めた(9月16、17日)

Bプロのバルトーク《弦楽器、打楽器、チェレスタのための音楽》。指揮者を中心にオーケストラが左右に2群にわかれている(9月27、28日)