Kobe University Repository : Kernel神戸法学雑誌55巻4号 128...

54
Kobe University Repository : Kernel タイトル Title 非水平合併の分析 : EC競争法における最近の展開(How to analyze non-Horizontal Mergers : Refer to the Recent Development in EC Competition Law) 著者 Author(s) 池田, 千鶴 掲載誌・巻号・ページ Citation 神戸法學雜誌 / Kobe law journal,55(4):76-128 刊行日 Issue date 2006-03 資源タイプ Resource Type Departmental Bulletin Paper / 紀要論文 版区分 Resource Version publisher 権利 Rights DOI JaLCDOI 10.24546/81005010 URL http://www.lib.kobe-u.ac.jp/handle_kernel/81005010 PDF issue: 2020-01-23

Transcript of Kobe University Repository : Kernel神戸法学雑誌55巻4号 128...

Page 1: Kobe University Repository : Kernel神戸法学雑誌55巻4号 128 神戸法学雑誌第五五巻第四号二00六年三月 非水平合併の分析-EC競争法における最近の展開

Kobe University Repository : Kernel

タイトルTit le

非水平合併の分析 : EC競争法における最近の展開(How to analyzenon-Horizontal Mergers : Refer to the Recent Development in ECCompet it ion Law)

著者Author(s) 池田, 千鶴

掲載誌・巻号・ページCitat ion 神戸法學雜誌 / Kobe law journal,55(4):76-128

刊行日Issue date 2006-03

資源タイプResource Type Departmental Bullet in Paper / 紀要論文

版区分Resource Version publisher

権利Rights

DOI

JaLCDOI 10.24546/81005010

URL http://www.lib.kobe-u.ac.jp/handle_kernel/81005010

PDF issue: 2020-01-23

Page 2: Kobe University Repository : Kernel神戸法学雑誌55巻4号 128 神戸法学雑誌第五五巻第四号二00六年三月 非水平合併の分析-EC競争法における最近の展開

神戸法学雑誌 55巻 4号 128

神戸法学雑誌第五五巻第四号二00六年三月

非水平合併の分析-EC競争法における最近の展開

池 田 千 鶴

序章はじめに

第 l章 Commission v Tetra Laval欧州司法裁判所判決-混合合併の分析方法の確立

第 1節事件の経緯

1 Tetra Laval/Sidel欧州委員会決定

2 T etra Laval v Commission欧州第一審裁判所判決

第 2節 欧州司法裁判所の判断

1 司法審査の範囲とその審査基準

2 合併を禁止するために必要とされる証明度と証拠の質

3 レパレッジ行為の違法性の考慮

4 濫用しないという行為約束の評価

5 潜在競争の排除

第 3節小括一本判決の意義

第 2章 General Electric v Commission欧州第一審裁判所判決

一混合合併の分析方法の深化と垂直効果分析への応用

第 1節 事件の経緯-GElHoneywell欧州委員会決定の要約

第 2節本判決の内容

l 一般的判示事項

(1) 司法審査の範囲

(2) 混合効果の取扱いと必要な証明度

(3) 委員会が予想する行動を合併企業が思いとどまる要素の取扱い

Page 3: Kobe University Repository : Kernel神戸法学雑誌55巻4号 128 神戸法学雑誌第五五巻第四号二00六年三月 非水平合併の分析-EC競争法における最近の展開

127 非水平合併の分析-EC競争法における最近の展開

(4) その他

ア 合併規則が定める 2要件の相互関係

一有効な競争が著しく阻害されることの立証の在り方

イ 複数の合併禁止理由の相互関係

2 支持された内容

(1) 大型商用機用エンジン市場における合併前の GEの支配的地位

一支配的地位を認定する要素

(2) 水平効果

3 否定された内容

(1) 垂直効果

(2) 混合効果

ア資金力・ GECASのHoneywellへの拡張

イ 抱き合わせ

ウ 法人用機用エンジン市場における混合効果

第 3節小括一本判決の意義

第3章 おわりに-今後の ECにおける非水平合併の分析

序章はじめに

筆者は,これまで EC競争法における混合合併規制の展開を研究してき

たω。混合効果の分析について初めて裁判所による判断が出された TetraLaval

(1) この点の研究成果については,助手論文として拙稿「競争法における合併規制

の目的と根拠[1] [2J [3・完J-EC競争法における混合規制の展開を中心とし

て-J神戸法学雑誌54巻 2-4号 (2004年, 2005年)を公表している。また,幸いに

も,同論文は「第21回横田正俊記念賞jを受賞することができた。公正取引667号 (2006

年)参照。私の指導教授である根岸哲先生には,助手論文を作成にするにあたり,大

変お世話になった。この場をかりて,心から感謝を申し上げる。

Page 4: Kobe University Repository : Kernel神戸法学雑誌55巻4号 128 神戸法学雑誌第五五巻第四号二00六年三月 非水平合併の分析-EC競争法における最近の展開

神戸法学雑誌 55巻 4号 126

v Commission欧州第一審裁判所判決以降に これについての欧州司法裁判所

の判断が示された Commissionv Tetra Laval欧州司法裁判所判決と,米国と欧

州との 2大競争当局の聞の判断が分かれて注目を浴びた GEIHoneywel1事件の

欧州第一審裁判所判決が出されている O

これらの判決をみると 混合効果と垂直効果についての合併分析・立証のあ

り方の精椴化に進展がみられる O 特に注目されるのは GeneralElectric v Com-

mission欧州第一審裁判所判決において,垂直効果の分析においても,混合効

果の分析手法を類推して 予想される将来の行為がEC条約82条(支配的地位

の濫用の禁止)違反に該当して違法となり,制裁を課される蓋然性を,そのよ

うな行為を行うインセンティブを減少・排除する要素として考慮すべきと判示

したことである O

このことは,なぜ合併規制を行うのかという合併規制の目的や,合併規制と

EC条約82条(支配的地位の濫用の禁止,日本の独占禁止法では私的独占にほ

ぼ相当する)との関係・役割分担等,競争法の制度に関わるより一般的な問題

を提起している O

そこで本稿では,Tetra Laval v Commission欧州第一審裁判所判決以降に出

された Commissionv Tetra Laval欧州司法裁判所判決及び GeneralElectric v

Commission欧州第一審裁判所判決を検討して EC競争法の合併規制における

混合効果・垂直効果の分析手法について EC競争法における今日の到達点を

探るべく,判例から抽出される原則と基準を明らかにする O このような検討は,

合併規制の目的や,合併規制と EC条約82条との関係等,より一般的な問題を

考察する具体的な手がかりを得ることになると考えるからである C

第1章 Commおsionv Te仰 Laval欧州司法裁判所判決一混合合併の分析方法の確立

Commission v Tetra Laval欧州司法裁判所判決は,原判決である TetraLaval

v Commission欧州第一審裁判所判決の混合効果に関する判示を基本的に維持

しており,ここに EC競争法における混合合併の分析方法が確立したといえ

Page 5: Kobe University Repository : Kernel神戸法学雑誌55巻4号 128 神戸法学雑誌第五五巻第四号二00六年三月 非水平合併の分析-EC競争法における最近の展開

125 非水平合併の分析-EC競争法における最近の展開

るO

その後に出された GeneralElectric v Commission欧州、|第一審裁判所判決も,

Commission v Tetra Laval欧州、|司法裁判所判決に従っている O

以下では,Commission v Tetra Laval欧州司法裁判所判決に至る経緯と判決

の内容を詳しくみていく O

第 1節事件の経緯

Teh・'aLaval/Sidel欧州委員会決定

Tetra Laval/Sidel事件は,飲料用カートン容器(紙パック)事業で世界的な

マーケットリーダーである Tetra Pak社を子会社にもち オランダに本社を置

くTetra Laval BV (以下 ITetraJ という)が, PETボトル加工装置で世界的

なマーケットリーダーであるフランスの PETボトル装置メーカー SidelSA (以

下, ISideUという)を公開買付けにより全株式取得するもので(ペ TetraはSide1

の議決権の約96%を保有することとなった。

2001年10月30日,委員会は, EEA (欧州経済地域)における①PETボトル装

置市場,特にセンシティブ飲料(牛乳・乳飲料,ジュース,フルーツ味飲料,

紅茶/コーヒー飲料) (3)向け PETボトル加工装置市場(高性能装置と低性能

装置)で支配的地位を形成し ②無菌カートン容器装置市場と無菌カートン用

紙市場で支配的地位を強化するので違法であるとして 本件株式取得を禁止す

る決定を下した(ヘ

委員会決定では,支配的地位の形成又は強化の理由として,水平効果,垂直

( 2 ) 正確には,この目的のためにフランスで設立された完全子会社TetraLaval SA

による株式取得である。

(3 ) センシティプ飲料とは 光や酸素に弱い性質をもっ飲料をいう。

( 4 ) Tetra Laval/Sidel欧州委員会決定については,詳しくは,拙稿「競争法におけ

る合併規制の目的と根拠 [ 3・完]-EC競争法における混合合併規制の展開を中

心として-J神戸法学雑誌54巻4号制4-448頁を参照。

Page 6: Kobe University Repository : Kernel神戸法学雑誌55巻4号 128 神戸法学雑誌第五五巻第四号二00六年三月 非水平合併の分析-EC競争法における最近の展開

神戸法学雑誌 55巻4号 124

効果も指摘されたが,特に問題になったのは混合効果,すなわち①カートン容

器装置・用紙市場での Tetraの既存の支配的地位をレバレッジする (leverage)

ことによる SidelのPETボトル装置市場での支配的地位の形成と,②隣接する

PETボトル装置市場からの潜在的競争の排除によるカートン容器装置・用紙

市場での Tetraの支配的地位の強化,であった(日。

特にレパレッジについては,委員会は,本件合併により, Tetraが,センシ

ティブ飲料についてカートン容器から PETボトルに切り替えるカートン容器

市場での Tetraの顧客に対して Sidel製 PETボトル加工装置を選ぶように説

得するために,カートン容器市場での Tetraの支配的地位を利用するようにな

り,これによって, Sidelは主要な地位から支配的地位を形成することとなる

ことをおそれた。

Tetraは,問題解消措置として,①Tetraの低性能 PETボトル加工装置事業の

売却,②TetraのPETプリフォーム事業の売却,③SidelをTetraPakと10年間,

別法人として保有すること (Tetra Pak製カートン製品と Sidel製 PETボトル

加工装置の共同販売をしない (nojoint offerings) との行動約束を含む)と EC

条約82条違反の TetraPakII事件で Tetraに課された行動的措置(略奪的又は差

別的価格設定の禁止 客観的に正当化されない割引や有利な支払条件の提供の

禁止)の道守,④Sidel製 PETボトル加工装置のセンシティブ飲料会社と加工

業者への販売についてのライセンス供与,を委員会に提案したが,委員会は不

十分で、あるとして評価しなかった。

2 Tetra Laval v Commission欧州第一審裁判所判決

2002年 1月15日, Tetraは,欧州第一審裁判所に対して Tetra Laval/Sidel欧

( 5) 委員会は,この他の混合効果として,総合的強化効果を指摘した。ポリエステ

ル容器市場での顕著な地位と,カートン容器と PETボトルの 2つの密接な隣接市場で

の将来の支配的地位は,両市場での支配的地位をさらに強化し,参入障壁を高め,競

争者を弱体化させる とされた。しかし Tetra Lαval v Commission欧州第一審裁判

所判決では,前提となるレパレッジと潜在的競争の排除による支配的地位の形成・強

化が否定されたため,詳細には検討されなかった。

Page 7: Kobe University Repository : Kernel神戸法学雑誌55巻4号 128 神戸法学雑誌第五五巻第四号二00六年三月 非水平合併の分析-EC競争法における最近の展開

123 非水平合併の分析-EC競争法における最近の展開

州委員会決定の取消を求める訴えを提起した。 Tetraは,自ら提出した問題解

消措置を前提に争い,修正された合併が禁止されたのは合併規則(6)2条3項違

反であると主張した。 2002年10月25日,欧州第一審裁判所は,レバレッジ及び

カートン容器分野における Tetraの支配的地位の強化に関する認定に評価の明

白な誤りがあるとして,本委員会決定を取消す旨の判決を下した(η。

Tetra Laval v Commission欧州第一審裁判所判決では 特に混合効果につい

て,次のように判示した。

レパレッジについては,①IPETボトル加工装置市場での支配的地位の形成

は,本件合併による市場構造の変化によるものではなく,むしろ,合併企業の

将来の行為に由来すること O ②合併直後ではなく,一定期間経過後に支配的地

位が形成又は強化されることを理由に合併を禁止する場合には,それについて

の説得的な証拠 (convincing evidence) を示す責任が委員会にあること O ③合

併企業の将来の行動の蓋然性を検討する際には すべての状況を検討する必要

があること。 Tetraのような支配的企業の場合には 想定されたレバレッジは

既存の支配的地位の濫用に該当して EC条約82条違反となる可能性があるか

ら,反競争的行動をとる蓋然性を検討する際には,そのような行動をとるイン

センテイブのみならず,行為の違法性や制裁が課される可能性によりそのよう

なインセンティブを減少又は排除する要素も委員会は考慮しなければならない

こと O ④抱き合わせを行わないという合併企業の将来の行為に関する行為約束

も,合併企業が将来そのような行為を行うか否かの蓋然性の評価で判断するこ

( 6 ) 現在の合併規則は, 2004年理事会規則139号であるが,本稿において,合併規

則とは,特に断らない限り,改正前の旧規則 (1997年理事会規則1310号により修正さ

れた1989年理事会規則4064号)をいう。

( 7) Tetra Laval v Commission欧州第一審裁判所判決については,詳しくは,拙稿

「競争法における合併規制の目的と根拠 [3・完]-EC競争法における混合合併規

制の展開を中心として-J神戸法学雑誌54巻 4号416-449頁を参照。拙稿「混合合併

とEC競争法一欧州第一審裁判所が混合合併が一定の場合に反競争効果をもつこと

を認めたものの,その立証が不十分であるとして,欧州委員会による合併禁止決定を

取消した事例-J公正取引632号76頁以下も参照。

Page 8: Kobe University Repository : Kernel神戸法学雑誌55巻4号 128 神戸法学雑誌第五五巻第四号二00六年三月 非水平合併の分析-EC競争法における最近の展開

神戸法学雑誌 55巻4号 122

と,である O

欧州第一審裁判所は,混合合併が, (i)支配的地位が,相対的に近い将来に (in

the relatively near future)高度の蓋然性をもって (inall likelihood)形成また

は強化されることとなり (ii)当該市場における有効な競争が著しく阻害される

こととなる場合には禁止されると述べ,本件では,合併企業がレパレッジ行為

を行う可能性(能力・誘因)自体は認められるが,いずれの PETボトル装置

市場においても2005年までに合併企業の支配的地位が形成されることが立証さ

れていないとされた。

立証が不十分とされた主要な理由は ①センシティブ飲料向け PETボトル

加工装置市場の市場画定が否定されたこと,②PETボトルの将来の利用増加

の程度を委員会は過大評価したこと ③委員会決定では レパレッジを行うイ

ンセンテイブを減少・排除する要素の考慮を行わなかったので,裁判所が考慮

できるレパレッジ行為は違法でない手段に限定されたこと ④委員会がTetra

が提出した抱き合わせをしないという行為約束を考慮しなかったことである O

潜在的競争の排除については,次のように判断された。

委員会が, PETボトル装置市場からの潜在的競争の減少の,カートン容器

市場にとっての重要性を検討したことは正しいが, PETボトル装置市場から

の潜在的競争の減少が無菌カートン容器市場での競争者との関係で Tetraの

支配的地位の強化につながることを立証する必要があり 市場支配的地位の強

化を示す要素は説得力ある証拠に基づかなければならない。買収する事業者が

関連市場で既に明白な支配的地位を有している事実から直ちに,その事業者が

直面する潜在的競争の減少により当該事業者の地位が強化されると認定するこ

とはできない。結局,委員会がカートン容器市場への悪影響として特定した要

素(①カートン容器の価格を引き下げなくなる,②技術革新を行わなくなる)

は立証されておらず,委員会は,無菌カートン容器市場での競争者に対して,

合併企業の支配的地位が強化することになることを立証していないとされた。

Page 9: Kobe University Repository : Kernel神戸法学雑誌55巻4号 128 神戸法学雑誌第五五巻第四号二00六年三月 非水平合併の分析-EC競争法における最近の展開

121 非水平合併の分析一一EC競争法における最近の展開

第2節欧州司法裁判所の判断

2003年 1月8日,欧州委員会は, Tetra LavalJSidelの合併を禁止した欧州委

員会決定を取り消した TetraLaval v Commission欧州第一審裁判所判決を不服

として,当該判決の取消を求めて,欧州司法裁判所に上告した(的。 2005年2月

15日に,欧州委員会の上告を棄却する判決が出て,欧州委員会の敗訴が確定し

た。

委員会は,原判決について,次の 5つの上告理由を挙げて争った(的。

第一に, (i)原判決は司法審査の権限の範囲を超えていることと, (ii)不当に高

い証明度 (standard of proof) を委員会に課したこと O 第二に, (i)一定の行為

の違法性がレバレッジを行う合併企業のインセンテイプに与える影響を考慮す

るように求めたことと (ii)抱き合わせをしないという約束を考慮するように求

めたこと。第三に ペットボトル加工装置市場を最終用途別に個別の市場画定

を認めなかったこと O 第四に カートン容器市場での Tetraの支配的地位を強

化するとの結論を否定したこと O 第五に PETボトル加工装置市場で、の支配

的地位を形成するとの結論を否定したこと O

第3から第 5までの上告理由は 理由がないか 欧州第一審裁判所の事実認

定 (fac佃alfindings)や証拠の評価 (assessmentof the evidence) を争うもので

あり,これらは上告審の審査対象ではないとして,退けられている O 上告審で

は,審査対象が法律問題に限られる O

以下では,法律事項に関する欧州司法裁判所の判断を取り上げる O

1 司法審査の範囲とその審査基準

合併事件の司法審査の範囲については 欧州第一審裁判所も指摘するよう

(8 ) 書面手続の他に, 2004年1月27日に口頭弁論が行われた。それを踏まえて, 2004

年5月25日に Tizzano法務官意見が出されている。

( 9 ) Case C-12/03 P Commission v Tetra Laval [2005J ECR 1 -987, para.17 [herein-

after Commission v Tetra Laval J ,Press Release of European Commission, IP/02/1952.

Page 10: Kobe University Repository : Kernel神戸法学雑誌55巻4号 128 神戸法学雑誌第五五巻第四号二00六年三月 非水平合併の分析-EC競争法における最近の展開

神戸法学雑誌 55巻4号 120

に,合併規則 2条が欧州委員会に経済的性質の評価について一定の裁量を与え

ており,そのため,共同体裁判所による司法審査では 委員会の裁量の限界を

考慮しなければならないとされている(10)。

さらに,欧州司法裁判所は次のように述べた。委員会が経済的事項について

裁量を有していていることは裁判所も認めているが,このことは,共同体裁判

所が経済的な事実に関する委員会の解釈 (theCommission's interpretation of in-

formation of an economic nature) の審査を控えなければならないことを意味

しない(11)。

欧州司法裁判所は,共同体裁判所が確認すべき審査基準として,次の 3つを

明らかにした(凶。混合合併の将来分析の場合には,下記のような司法審査は

いっそう必要であるとした(13)o

第一に,委員会が依拠した証拠が,事実に基づいて正確で,信頼でき,一貫

しているか否か。

第二に,その証拠は,複雑な状況を評価するために考慮されなければならな

い事実すべてを含んでいるか否か。

第三に,その証拠は,委員会の結論を立証できるか否か。

以上により,欧州、同法裁判所は,司法審査の権限行使の際に適用される基準

についての欧州第一審裁判所の考えを支持した(凶o

結論として,欧州第一審裁判所は上記 1~3 の基準により司法審査を行った

だけで,司法審査の権限の範囲を超えていないとして,第1(i)の上告理由は否

定された(日)。

(10) Id. para. 38.

(11) Id. para.39.

(12) Ibid.

(13) Ibid.

(14) Id. para.45.

(15) Id. para.48.

Page 11: Kobe University Repository : Kernel神戸法学雑誌55巻4号 128 神戸法学雑誌第五五巻第四号二00六年三月 非水平合併の分析-EC競争法における最近の展開

119 非水平合併の分析ーEC競争法における最近の展開

2 合併を禁止するために必要とされる証明度と証拠の質

委員会は,不当に高い証明度 (stand紅 d of proof) を委員会に課したと争っ

たが,欧州司法裁判所も,欧州第一審裁判所の判示を支持して,混合効果が生

じる合併の委員会の分析は 参照市場における競争条件について,混合効果の

評価に関係する状況の詳細な審査 (aclose examination)が必要であるとし

た(16)。

欧州第一審裁判所が,混合効果の立証は説得的な証拠に裏付けられた,混合

効果が生じるという状況の精密な審査 (a precise examination)が必要と述べ

たことについては,欧州司法裁判所は,委員会の主張や決定を説得的に立証す

る証拠の本質的な機能に注意を促ししただけで 必要な証明度(the standard

of proof) に条件を付け加えたものではないとした(問。

また,欧州司法裁判所は,合併規制に必要とされる将来分析は細心の注意を

もって行われる必要があると述べた。というのも,合併審査は,禁止決定や条

件付決定を出さなければ将来起こりうる出来事の予測が必要であり,過去や現

在の出来事の審査のように 原因の理解が可能となる多くの証拠が利用できる

わけではないからである(18)。

さらに,欧州司法裁判所は 混合合併の禁止決定を出す必要性を立証するた

めに委員会が提出する証拠の質 (thequa1ity of evidence) は特に重要である,

と判示した(四)。その理由は 混合効果の将来分析は ①将来にわたる長期の

考慮と,②有効な競争を著しく阻害するレパレッジは,因果の連鎖をはっきり

と認識できず,因果関係の立証が困難で、あるからである O

以上により,欧州司法裁判所は,合併禁止の要件を立証するために,委員会

が提出しなければならない証拠の質についての欧州第一審裁判所の考えを支持

(16) Id. para.40.コレクテイブドミナンスの形成についての審査基準と同様のもの

とされる (Jbid.)。

(17) Id. para.41.

(18) Id. para. 42. See also, Id. para.43.

(19) Id. para.44.

Page 12: Kobe University Repository : Kernel神戸法学雑誌55巻4号 128 神戸法学雑誌第五五巻第四号二00六年三月 非水平合併の分析-EC競争法における最近の展開

神戸法学雑誌 55巻 4号 118

した(却)。

3 レバレッジ行為の違法性の考慮

欧州司法裁判所は,欧州第一審裁判所の判示を支持して,レパレッジをする

か否かの判断における行為の違法性の考慮の必要性も認めた。欧州司法裁判所

は,合併後に一定の行為が行われる蓋然性は総合的に (comprehensively)検討

されなければならず,①そのような行為を行うインセンテイブと,②当該行為

が違法でで、ある可能性を含めて インセンテイフブやを減少又は排除しそうな要因と

の双方を考慮しなければならないとした(ω2幻山Iυ)

しかし,欧州司法裁判所は,欧州第一審裁判所が要求した,問題となる行為

の違法性,その発見の蓋然性,共同体レベル及び加盟国レベルでの競争当局に

より採られる措置,その後に続く金銭的制裁が,反競争的行動を行うインセン

テイブを減少又は排除させる程度の分析を合併審査の度ごとに委員会に求める

ことは,共同体市場における有効競争を著しく阻害しうる支配的地位の形成又

は強化を防止する合併規則の予防目的に反することになると述べた(制。

その理由は,①欧州第一審裁判所が求めるような評価は,適用されうる多様

な法令とこれらの運用方針の網羅的で詳細な調査を行うことが必要となるこ

とO ②反競争的な行動として問題となるような行動が採られる高度の蓋然性(a

high probability)の立証を求めることになる O ③合併規制の段階において, EC

条約82条違反の蓋然性の立証や複数の法的機関からの制裁の有無を確かめる評

価は,非常に憶測的なものになる (toospeculative) 0 ④レバレッジのような展

開が起こる経済的シナリオについて関連事実が裏付けるか否かを検討する目的

で,委員会が全ての関連事実に基づいて評価することができなくなる,からで

ある(お)。

i門

i

1

4

5苅

A古

i門

i

n、u

a

u

q

u

q

u

q

4

M副

nrnynrny

d

d

d

d

FIE-

,I

,I

、lノ,、、lノ、1aノ、、}/

nu--qLnくυ

qLqL円

LqL

(

(

(

(

Page 13: Kobe University Repository : Kernel神戸法学雑誌55巻4号 128 神戸法学雑誌第五五巻第四号二00六年三月 非水平合併の分析-EC競争法における最近の展開

117 非水平合併の分析-EC競争法における最近の展開

つまり,欧州委員会は,事業者が一定の行為を行うインセンテイブを減少又

は排除させる要因として,当該行為は潜在的に違法で,制裁が課されうるとい

う性質を考慮に入れる必要があるが,予想される将来の行為が実際に EC条約

82条違反となることや,その違反が発見され,制裁が課されることを立証する

必要はなく,詳細に分析を行う必要はないとした。

本件では,レパレッジとなるような反競争的行動を合併企業が行うとの委員

会の結論について,そのような行為が行われる蓋然性 (likelihood)の評価の

際に,行為の違法性,発見の蓋然性,共同体及び加盟国レベルでの競争当局に

より採られる措置,その後の金銭的制裁を考慮しなかったことのみで委員会の

結論を否定した点で,欧州第一審裁判所は法律上の誤りを犯したとされた(制。

しかし, Tetraが提出した行動約束を考慮しなかったことも取消の理由である

ので,さらに検討された。

4 濫用しないという行為約束の評価

委員会は, Tetraが提出した行動約束について,①合併により生じる市場構

造の変化を扱わず,永続的に有効競争を維持するのに適しておらず,②効果的

に監視するのも極めて困難であるとして,委員会はレパレッジを通じて将来,

支配的地位が形成される可能性を評価する際に これらの行為約束を考慮しな

かった。

しかし,欧州司法裁判所は,欧州第一審裁判所の立場を支持し, Tetraが将

来の行動に関する約束を提出した事実は,合併企業が1つ以上の PETボトル

装置市場で支配的地位を形成するのを可能にする態様で合併企業が行動する蓋

然性(likelihood)を評価する際に,委員会が考慮する必要のある要素とした(お)。

欧州司法裁判所も,欧州第一審裁判所と同様の考え方をとり,委員会が合併

を禁止することにより有効競争を維持しようとした PETボトル装置市場の市

QUFD

ioo

qaou

紅PAPA

4

d

Ftvt

、IJ,、1/

A吐

d

qL

ヮ“

(

(

Page 14: Kobe University Repository : Kernel神戸法学雑誌55巻4号 128 神戸法学雑誌第五五巻第四号二00六年三月 非水平合併の分析-EC競争法における最近の展開

神戸法学雑誌 55巻 4号 116

場構造は,合併により即時かつ直接的に影響を受けるのではなく,レパレッジ

行為,特に,カートン容器市場での合併企業の濫用行為の結果としてのみ変化

しうると述べた(26)0

本件で委員会決定が取り消された理由は,主として,委員会が行為約束を評

価しなかった点にあった。したがって,行為の違法性を行為の蓋然性の評価の

際に考慮、しなかったことのみで,レパレッジが行われるとの結論を否定した点

については法律上の誤りがあるとされたが,委員会が行為約束を考慮していな

かったため,結局,原判決に疑いを入れることはできないとされ,第 2(ii)の上

告理由も否定された。

5 潜在競争の排除

欧州司法裁判所は,欧州第一審裁判所の判示を支持して,買収する事業者が

関連市場において既に明白な支配的地位を有している事実は,重要な要素であ

るけれども,それ自体では,当該事業者が直面するi潜替在的競争の減少がその支

配的地位の強化となるとの事実認定を立証するには十分でで、はないとした(α即間幻27)

その理由は,関連市場における代替品製造業者からの潜在的競争(本件では,

無菌カートン容器市場との関係における, PETボトル供給者としての Sidelか

らの競争)は,ある合併が支配的地位を強化する危険があるか否かを評価する

際に考慮しなければならない要素の 1つにすぎず,その潜在的競争の減少が他

の要素によって埋め合わされ,その結果,既に支配的な事業者の競争上の地位

が変化しない可能性を排除することはできないからである(お)0

欧州司法裁判所は,潜在的競争の減少が無菌カートン市場での Tetraの競争

者との関係で Tetraの支配的地位を強化する結果になると委員会が立証する必

要があるとの欧州第一審裁判所の判示を支持し,潜在的競争は支配的な事業者

A吐。。円ム

ι7

QU

つム

qL

-

1ム

TtA

qaquqa

PPAPA

,a,ddu

,I

,I

,I

)

)

)

FOヴt

O

O

つ白

qL円ノ臼

〆et

‘¥〆,at

、,,aE

、、

Page 15: Kobe University Repository : Kernel神戸法学雑誌55巻4号 128 神戸法学雑誌第五五巻第四号二00六年三月 非水平合併の分析-EC競争法における最近の展開

115 非水平合併の分析-EC競争法における最近の展開

と当該関連市場で活動する他の事業者との競争関係とは関係がないとの委員会

の主張を退けた(刻。

第3節小括一本判決の意義

本判決は,原判決である TetraLaval v Commission欧州第一審裁判所判決の

混合効果に関する判示を基本的に維持しており ここに EC競争法における混

合合併の分析方法の基本方針が確立したという点で意義がある。

本判決は,Tetra Laval v Commission欧州第一審裁判所判決が委員会に求め

た,合併後にレパレッジのような一定の行為が行われる蓋然性を評価する際に

考慮されるべき,当該行為の違法性を含むレパレッジを行うインセンティブを

減少・排除させる要素の分析は,詳細に行う必要はないとした以外は,原判決

である TetraLaval v Commission欧州第一審裁判所判決の混合効果に関する判

示を全て維持している O

Tetra Laval v Commission欧州第一審裁判所判決及びこれを支持した Com-

mission v Tetra Laval欧州司法裁判所判決によって確立された混合合併の分析

方法は,次のとおりである O

混合合併にも合併規則の適用があり 混合合併が(i)支配的地位が,相対的

に近い将来にCinthe relatively ne紅白加re)高度の蓋然性をもって (inall like-

lihood)形成または強化されることとなり, (ii)当該市場における有効な競争が

著しく阻害されることとなる場合には禁止される O したがって, EC競争法に

おける合併規制では混合効果も単独の規制根拠となる O

混合合併の特色は 2つあり,第一に,相対的に長期の将来予測を伴い,因果

関係が必ずしも明白で、はなく その立証が困難であること,第二に,混合合併

から生じる反競争効果は,合併それ自体から直ちに市場構造に影響を与えると

(29) Id. paras.128 and 130; Case T-5/02 Tetra Laval v Commission [2002J ECR

II -4381, p紅 as.312and 323.

Page 16: Kobe University Repository : Kernel神戸法学雑誌55巻4号 128 神戸法学雑誌第五五巻第四号二00六年三月 非水平合併の分析-EC競争法における最近の展開

神戸法学雑誌 55巻 4号 114

いうよりは,むしろ合併企業の合併後の行動から生じるという特色である O

この 2つの特色から 裁判所は次のようなルールを導き出している O

第一に,混合合併が長期の将来予測を伴い,因果関係の立証が困難であるこ

とから,委員会には関連情報すべてを検討して,説得的な証拠を示す責任があ

り,特に,混合合併を禁止する場合には,依拠する証拠の質が重要となってく

ること O ただし,このことは委員会に追加的な重い証明度を課すものではな

しミ(30)。

第二に,委員会には上記の関連情報すべてを検討する義務があることから,

合併後に合併企業が一定の行為を行う蓋然性も総合的に検討されなければなら

ず,①そのような行為を行うインセンテイブと,②当該行為が違法である可能

性も含むインセンテイブを減少又は排除しそうな要素との双方を考慮する必要

がある O ただし,②の分析は詳細に行う必要はない。

第三に,混合合併から生じる反競争効果は合併企業の合併後の行動から生じ

るといえることから,合併当事者が提出した将来の行動に関する行動約束(例

えば,抱き合わせをしないという約束)も,反競争効果を生じさせるような態

様で合併企業が合併後に行動する蓋然性があるか否かを評価する際に考慮すべ

き要素である則。

上記のルールについて その後に出された GeneralElectric v Commission欧

州第一審裁判所判決もこれに従うことになる O

(30) Tetra Laval v Commission欧州第一審裁判所判決以降, EC合併規制において合

併を禁止する際の証明度と司法審査の範囲について 活発な議論が行われた。 Luca

Prete and Alessandro Nucara, sf,仰向rdof Proof and Scope of ludicial Review in EC

Merger Cases: Everything Clear after Tetra Laval ?, [2005J E.C.L.R.692.

(31) 委員会が以前は行為約束であるとして拒絶した問題解消措置も受け入れるよう

になってきたとの指摘もある。 Andreas Weitbrecht, EU Merger Control in2004-An

Overview, [2005J E.C.M.R. 67, at 72. なお,合併の問題解消措置に関するスタッフペ

ーパーが2005年10月に公表され, 2006年には問題解消措置告示の改正案の公表が予定

されている O

Page 17: Kobe University Repository : Kernel神戸法学雑誌55巻4号 128 神戸法学雑誌第五五巻第四号二00六年三月 非水平合併の分析-EC競争法における最近の展開

113 非水平合併の分析-EC競争法における最近の展開

第2章 General Electric v Commおsion欧州第一審裁判所判決

一混合合併の分析方法の深化と垂直効果分析への応用

第1節 事件の経緯-GE/Honeywell欧州委員会決定の要約

GEメHoneywell事件は,航空機エンジン,金融,電力システム他,多数の事

業を営む複合企業である GeneralElectric Company (GE,米国)が,航空電子

機器,電力システム事業等を営む HoneywellIntemationa1 Inc. (Honeywell,米

国)を全株式取得する(認)ものである o 2001年7月3日,欧州委員会は本件合

併を禁止する決定を行った(お)0 これに対し,米国では,合併を禁止した欧州

委員会決定に先立つ 5月2日に,米国司法省が,クレイトン法7条に基づき,

水平的重複による反競争効果のみを問題としたが,本件合併を条件付で不問と

していた(制。

欧州委員会が本件合併を禁止した理由は 次のとおりである O

GEは,大型商用機用エンジン市場及び大型リージョナル機用エンジン市場

において,合併前から既に支配的地位を有しており,本件合併は,それらの市

場において, GEの支配的地位を強化することとなる。また, Honeywellは,

(32) 正確には, GEの完全子会社 IGeneral Electric 2000 Merger Sub, Inc. JとHon-

eywellとの合併である。

(33) Case No COMPIM.2220-General ElectriclHoneywell, 2004 o. J. (L 48) 1. GE/

Honeywell欧州委員会決定について,詳しくは,拙稿「競争法における合併規制の目

的と根拠 [2]-EC競争法における混合合併規制の展開を中心として-J神戸法学

雑誌54巻 3号338-356頁を参照。拙稿川町Honeywell事件欧州委員会決定一GEに

よる Honeywellの支配権の取得を欧州委員会が禁止した事例-J公正取引627号77頁

以下も参照。

(34) 米国司法省は,競争を実質的に減殺するおそれ,又は,独占を形成することと

なる,株式・資産の取得を禁止するクレイトン法7条に基づき,本件合併は,米国軍

用ヘリコプターエンジンの製造と, Honeywell製の一定の型の航空機エンジン・補助

動力源 (APU)向け MROサービス(保守・補修・分解修理サービス)の供給におい

て競争を実質的に減殺すると判断したが, Honeywellのヘリコプターエンジン事業の

売却に新たな第三者の事業者に Honeywell製の一定の型の航空機エンジン.APU向

けMRO(保守・補修・分解修理)サービスを行う機会を与えることを条件に本件合

併を不問とした。 PressRelease of Department of Justice, May 2 2001.

Page 18: Kobe University Repository : Kernel神戸法学雑誌55巻4号 128 神戸法学雑誌第五五巻第四号二00六年三月 非水平合併の分析-EC競争法における最近の展開

神戸法学雑誌 55巻4号 112

法人用機用エンジン市場,航空電子機器市場,非航空電子機器市場,大型商用

機用エンジン向けエンジンスターター市場及び小型船舶用ガスタービン市場に

おいて主要な地位にあり,本件合併後, Honeywellは法人用機用エンジン市場,

航空電子機器・非航空電子機器市場及び小型海洋ガスタービン市場で支配的地

位を形成することとなる O

大型商用機用エンジン市場及び大型リージョナル機用エンジン市場における

GEの既存の支配的地位は GEがこれらの市場で高い市場シェアを有してい

る他に, GEが傘下に金融会社の GE Capitalと航空機リース会社の GECASと

を有しており,これらの子会社を使って顧客の製品選択に影響を及ぼし, GE

製エンジンを優先購入させる能力があることも これらの市場における GEの

支配的地位の認定要素となった。

委員会決定において問題とされた反競争効果は ①エンジンスターターとエ

ンジンとの垂直的統合による垂直効果,②混合効果,③事業の水平的重複によ

る水平効果である O

垂直効果では, GEの大型商用機用エンジン事業と Honeywellの,航空機エ

ンジンの生産に不可欠の部品である大型商用機用エンジン向けエンジンスター

タ一事業とが垂直統合することにより 大型商用機用エンジン市場での GEの

既存の支配的地位が強化されることが問題となった。

混合効果では 2つのタイプの効果が問題となった。①GE傘下の金融会社

GE Capitalの資金力と, GECASを中心とする航空機購入・リース事業に由来

する GE製品を顧客に優先購入させる能力を Honeywell製品へと拡大すること

によって,また,②合併企業が将来, GE製エンジンと Honeywell製航空電子

機器・非航空電子機器との双方を抱き合わせることにより, Honeywellが合併

前から既に強い地位を有している様々な航空電子機器・非航空電子機器市場に

おいて支配的地位を形成されることが問題とされた。特に ②の合併企業によ

る将来の抱き合わせ行為は 大型商用機用エンジン市場における GEの既存の

支配的地位を強化する理由にもされた。

水平効果については, GEとHoneywellとの双方が合併前に同一市場におい

Page 19: Kobe University Repository : Kernel神戸法学雑誌55巻4号 128 神戸法学雑誌第五五巻第四号二00六年三月 非水平合併の分析-EC競争法における最近の展開

111 非水平合併の分析-EC競争法における最近の展開

て事業を行っていたため 大型リージョナル機用エンジン市場において GEの

既存の支配的地位が強化され 法人用機エンジン市場及び小型船舶用ガスター

ビン市場において,支配的地位が形成されることとなるとされた。

2001年6月14日及び28日に, GEは委員会に競争制限を除去するための約束

( undertaking) を申し出たが,委員会は,本件合併により生じる競争上の問題

を解決するには不十分であると評価し,結局,上記のような合併禁止決定が出

された。

第2節本判決の内容

2001年9月12日, GEは,欧州第一審裁判所に本決定の取消を求めて訴えを

提起した。 GEの競争者である Rolls-Royce (限,英)と, Honeywellの競争者

である RockwellCo1lins (米)とは欧州委員会側に訴訟参加した。 2005年12月

14日,欧州第一審裁判所は, GEによる委員会決定の取消の訴えを棄却し,GE

/Honeywell欧州委員会決定を維持する判断を下した。

事業の水平的重複による支配的地位の形成又は強化は立証されているとし

て,水平効果は認められたものの,委員会決定での本件合併を禁止する主要な

理由でで、あつた垂直効果及ぴ混合効果についてはいずず、れも立証が不十分であると

して否定された(倒3お却5日)

双方の当事者が本判決を歓迎する声明を発表している O 欧州委員会は,本件

合併を禁止したことが支持されたとして歓迎し 否定された垂直・混合効果に

ついては,判決を分析して,将来の示唆を考えるとする(お o GEは,本取消訴

訟の目的は,委員会決定を取り消すためではなく,誤りがあると思われる本決

定の理論を争うためであったとして 欧州第一審裁判所が混合効果を否定した

(35) なお, GEは,手続違反の主張,例えば,一部の書類へのアクセスが認められ

なかったこと,事件資料へのアクセスの遅延,事件資料を調査するのに認められた期

間の不足等の主張も行ったが いずれも退けられている。

(36) Press Release of European Commission on 14th December 2005, IP/05/1601.

Page 20: Kobe University Repository : Kernel神戸法学雑誌55巻4号 128 神戸法学雑誌第五五巻第四号二00六年三月 非水平合併の分析-EC競争法における最近の展開

神戸法学雑誌 55巻 4号 110

ことを喜んでで、いる (ω印聞3幻刊7η)

以下では,法律事項に関する欧州第一審裁判所の判断を一般的判示事項とし

て取り上げ,その後,委員会決定のうち,欧州第一審裁判所に支持された内容,

否定された内容をそれぞれ順番に詳しくみていくことにする O

1 一般的判示事項

(1) 司法審査の範囲

欧州第一審裁判所は,欧州委員会の経済的事項に関する評価の裁量を認め,

司法審査には一定の限界があることを認めつつも,合併の将来分析に対する司

法審査の重要性を強調した。

まず判決では,欧州委員会が経済的事項に関する評価について裁量を有して

いることから,共同体裁判所の司法審査の権限は,①依拠した事実が正確であ

ること,及び,②評価に明白な誤りがなかったことを審理することに制約され

る,と述べた(38)。

そして,判決は,共同体裁判所の司法審査の権限の性質について,①事実的

事項・事実認定 (factualmatters and findings)と,②経済的性質の評価 (apprais-

als of an economic nature) との本質的な相違に注意を喚起する(則。

①事実的事項・事実認定については,欧州委員会には評価の裁量はなく,出

された主張や証拠に照らして裁判所が誤りであると認定する可能性があ

る(40)o

②経済的性質の評価については,欧州委員会の経済的事項に関する評価の裁

量を認めつつも,このことは,共同体裁判所が委員会の経済データの法的分類

(the Commission's legal classification of economic data) の再審査を控えなけ

(37) Press Release of General Electric on December 14,2005.

(38) Case T-21O/01 General Electric v Commission, not yet reported, para.60.Also

para.121. [hereinafter General Electric v CommissionJ

(39) Id. p紅as.62and 121.

(40) Id. paras.62 and 490.

Page 21: Kobe University Repository : Kernel神戸法学雑誌55巻4号 128 神戸法学雑誌第五五巻第四号二00六年三月 非水平合併の分析-EC競争法における最近の展開

109 非水平合併の分析-EC競争法における最近の展開

ればならないことを意味するものではないと述べ(41).Commission v Tetra Laval

欧州司法裁判所判決を引用して共同体裁判所は,経済的性質の評価について,

次の 3つの基準を適用して検討しなければならないとした(制。

第一に,委員会が依拠した証拠が,事実に基づいて正確で,信頼でき,一貫

しているか否か。

第二に,その証拠は,複雑な状況を評価するために考慮されなければならな

い事実すべてを含んでいるか否か。

第三に,その証拠は,委員会の結論を立証できるか否か。

したがって,裁判所は,①事実の誤り (anerror of fact)又は②評価の明白

な誤り (arnanifest error of assessrnent)がないか否かを審理することになる O

合併事件の司法審査の重要性について,判決は,ある合併の結果として市場

に起こりうる展開についての将来分析を委員会が行う場合には,効果的な司法

審査はますます必要で、あると述べる(必)。

また,合併規制において必要となる将来分析は,慎重に(with great care)

行われなければならないと Commission v Tetra Laval欧州、同法裁判所判決を

引用して述べる(判。というのも,合併規制で行われる将来分析は,多くの証

拠が利用可能な過去あるいは現在の出来事の検討ではなく 禁止決定や条件付

決定を出さなかった場合に将来起こりうる出来事の予測を伴うこと,また,ど

の因果の連鎖が最も蓋然性が高いのかを確かめるために多様な因果の連鎖を予

想する必要があるからである O

(41) Commission v Tetra Laval欧州司法裁判所判決39段落では,欧州委員会の経済

的性質を有する事実の解釈 (theCommission's inte中retationof information of an eco-

nomic nature)の再審査を控えなければならいことを意味するものではないとしてい

る。「経済的データの法的分類Jと「経済的性質を有する事実の解釈Jとは同様の意

味内容を指していると思われる。

(42) General Electric v Commission, supra note 34, at paras.63 and 64.

(43) Id. para.64.

(44) Ibid.

Page 22: Kobe University Repository : Kernel神戸法学雑誌55巻4号 128 神戸法学雑誌第五五巻第四号二00六年三月 非水平合併の分析-EC競争法における最近の展開

神戸法学雑誌 55巻4号 108

(2) 混合効果の取扱いと必要な証明度

本判決でも ,Tetra Laval v Commission欧州第一審裁判所判決と同様に,混

合合併について,通常は反競争効果を生まないけれども,それでもなお,一定

の場合には反競争効果が生じる可能性があることを認めた上で,混合合併の分

析は,もし混合効果を理由に①支配的地位が相対的に近い将来に (inthe rela-

tively 田町 future)形成又は強化される高度の蓋然性 (inall likelihood)があ

り,②合併の結果として,当該市場における有効な競争が著しく阻害されると

結論付けることができるのであれば,その合併を禁止しなければならないと,

Tetra Laval v Commission欧州第一審裁判所判決と同じ基準を示した(制。

また,本判決も ,Tetra Laval v Commission欧州第一審裁判所が最初に指摘

した混合合併に特有の 2つの問題,すなわち,第一に,長期にわたる将来分析

が必要となること 第二に 当該合併が与える影響を相当程度に決めるのは合

併企業が合併後に行う将来の行為であること,という問題があることを指摘し

て,それゆえ,合併後の因果の連鎖をはっきりと認識できず,因果関係の立証

が難しいため,合併を禁止する根拠として委員会が提出する証拠の質が特に重

要であると述べた(46)。

特に第二の問題について 欧州委員会は 第一市場で既に有している支配的

地位に由来する力と商業的機会ゆえに,混合効果の結果として,直ちに (im回

mediately) ,又は少なくとも,非常に短期間のうちに (withina very short time) ,

ある市場の競争条件を変えることになり,それにより,市場で支配的地位を形

成又は強化することとなると考えていた。

しかし,本判決は,予見されたやり方で合併企業が行動しなければ,それぞ

れの合併当事者の地位は互いに商業的影響を受けないので,隣接するが別個の

市場における合併当事者の地位の組合せが支配的地位の形成又は強化をもたら

すことはできない。つまり,支配的地位が形成又は強化されるのは,合併企業

F円U

p

h

U

FOphu

auqu

PAPA

,d

,d

,IY

I

、、,,z

,、‘t』J'

FhdphU

A告

Aq

(

(

Page 23: Kobe University Repository : Kernel神戸法学雑誌55巻4号 128 神戸法学雑誌第五五巻第四号二00六年三月 非水平合併の分析-EC競争法における最近の展開

107 非水平合併の分析-EC競争法における最近の展開

が合併後に行う一定の行動(合併前に見られた合併当事者の競争を害する行動

を合併後に新市場へ拡大すること)の結果としてのみ生じると指摘して,区欧欠リ州、f十刊|卜H、f|

委員会の考えを否定した(附4幻判7わ)

そして,予見されたやり方で合併企業が行動することになるとの結論を裏付

ける説得的な証拠 (convincing evidence) を提出する責任が欧州委員会にある

と述べた(必)D 合併企業が合併後に行うという将来の行為に依拠する場合には,

説得的な証拠に基づき (onthe basis of convincing evidence),十分な蓋然性を

もって (witha sufficient degree of probability),当該行為が実際に起こること

を立証することが求められる(制。

本判決は,垂直効果についても,混合効果と同様の取り扱いすることを明ら

かにした。本件で委員会が考える垂直統合に由来する合併の反競争効果は,合

併企業の将来の行動によるものであり 垂直統合それ自体では悪影響をもたな

いとして,委員会には当該行為が行われる蓋然性 (likelihood) に関する説得

的な証拠を示す義務がある,と判示した(印)。この点については,垂直効果の

箇所で述べる O

(3) 委員会が予想する行動を合併企業が思いとどまる要素の取扱い

本判決は,Tetra Laval v Commission欧州第一審裁判所判決及びこれを支持

した Commissionv Tetra Laval欧州司法裁判所判決と同様に,欧州委員会は,

原則として,合併企業が特定の行為を行うインセンテイブを減少又は排除する

要素として,その行為の潜在的な違法性 (potentially unlawful)及び制裁が課

されうる (sanctionable)性質を考慮しなければならないとした(日)0

その一方で,これらのインセンテイブを減少・排除する要素の評価について

nwu PLO

d

n

9u

-

d

生戸hu

只UQdpOQdqJ

ぷU

F

O

A可つ

i

a

a

a

a

a

nrnrnrnynr

d

d

d

d

d

,tEt

,t

,I

,I

、lノ、lノ、1ノ、lノ

¥JJ

i

只UQdnu1ょ

d生

A4AA住

URU

/IE¥

〆1¥〆th、、,r1、、Jtt、

Page 24: Kobe University Repository : Kernel神戸法学雑誌55巻4号 128 神戸法学雑誌第五五巻第四号二00六年三月 非水平合併の分析-EC競争法における最近の展開

神戸法学雑誌 55巻4号 106

は,Commission v Tetra Laval欧州司法裁判所判決と同じく,適用されうる多

様な法令とこれらの運用方針の網羅的で詳細な検討を必要としないとし

た(問。その理由は,違反となる蓋然性の立証や制裁の有無を確かめる評価は,

非常に憶測的なもの (toospeculative) になるからである O

よって,委員会は,予想される将来の行為が,実際に EC条約82条に違反す

ることや,当該違反が発見され,制裁を課されうることを立証する必要はなく,

合併規制の決定を出す時点で委員会が利用できる証拠に基づき,問題となって

いる行為の適法性と制裁が課される蓋然性とについて簡略な分析 (a surnrnary

analysis) を行うことで足りる(日)。

したがって,欧州委員会が詳細な調査を行わないでも, EC条約82条又は欧

州委員会が権限をもっ共同体法の他の条項に照らして,問題となっている行為

の違法な性質を特定できる場合には,その行為が共同体法の下で明らかに

(clearly)又は高い確率で (highly probably)違法であるという事実によって

当該行為を思いとどまる効果 (thepossible deterrent effect) を認定する責任が

あり,それを合併企業がそのような行為を行う蓋然性(likelihood) の評価に

おいて考慮しなければならないとされた(日)o

本判決では,垂直効果においても,将来の行為の蓋然性について,インセン

テイブを減少・排除する要因の考慮が必要なことを明らかにした(刷。この点

については,垂直効果の箇所で述べる O

(4) その他

ア 合併規則が定める 2要件の相互関係

-有効な競争が著しく阻害されることの立証の在り方

合併規則の違法要件は,確立した欧州第一審裁判所の判例法によれば,合併

(52) Ibid.

(53) Id. p紅 as.75and 304.

(54) Id. paras.74 and 75.

(55) Id. paras.303-304.

Page 25: Kobe University Repository : Kernel神戸法学雑誌55巻4号 128 神戸法学雑誌第五五巻第四号二00六年三月 非水平合併の分析-EC競争法における最近の展開

105 非水平合併の分析-EC競争法における最近の展開

規則に規定される ①支配的地位を形成又は強化すること,及び,②その結果

として,共同体市場において有効な競争が著しく阻害されることとなるとの 2

要件であり,これを共に充たす場合にのみ,合併が禁止される(刷。

GEは,委員会決定が②有効競争阻害性の要件を立証していないと争ったこ

とから,裁判所は,②の要件の立証の在り方について,次のように判示した。

①支配的地位の形成又は強化の有無の分析から,②その合併が競争を著しく

害することが明らかな場合には,委員会が明示的に①支配的地位の形成又は強

化の分析の記述を②有効競争限害要件の検討に結び付けていないという理由だ

けで,委員会決定を違法と見なすべきではないとした(問。

その理由は次のとおりである(刷。

第一に,合併規則 2条2項及び3項に規定される「支配的地位」とは,競争

者,顧客,最終的には消費者から相当程度に独立して行動する機会を事業者に

与えることによって 1以上の事業者が,有効な競争が関連市場において維持

されるのを妨げることを可能にする経済力を有している状況をさす(到。

EC条約82条の「支配的地位の濫用Jの意義について コンチネンタル・キ

ヤン事件で欧州司法裁判所は 支配的地位にある事業者が,獲得した支配的地

位の程度が実質的に競争を阻害するような態様で,つまり,支配的事業者に自

らの行動を依存する事業者しか当該市場に残っていないような態様で,支配的

地位を強化する場合に生じると述べており,支配的地位の強化それ自体が,競

争を著しく阻害すること ひいては 支配的地位の濫用に実質的に等しいとし

ていることから,合併規則 2条3項の意味でも,①支配的地位の形成又は強化

は,②有効競争が著しく阻害されることとなるとの立証に実質的に等しいと言

えること O

第二に,ある事業者の支配的地位が形成又は強化されたと認定できる程度に

(56) Id. paras.84.

(57) Id. p紅 a.89.

(58) Id. paras.86':"89.

(59) Case T -102/96 Gencor v Commission [1999] ECR II -753, p訂a.200.

Page 26: Kobe University Repository : Kernel神戸法学雑誌55巻4号 128 神戸法学雑誌第五五巻第四号二00六年三月 非水平合併の分析-EC競争法における最近の展開

神戸法学雑誌 55巻4号 104

競争者には行動の自由がないと立証するための要素は,そのような支配的地位

の形成又は強化の結果として,競争が著しく阻害されるか否かの評価に関する

要素と,しばしば同一であること O

第三に,他のどのようなアプローチも,①の支配的地位の形成又は強化の有

無の分析と②の有効競争阻害性の有無の分析とにおいて,同じ説明を 2回繰り

返すことを求めることになり,全く形式的な義務を委員会に課すことになるこ

とo

本件では, (i)委員会決定の中で, I以上の理由から,本件合併は,数多くの

異なる市場において支配的地位を形成又は強化し,その結果として,共同体市

場における有効な競争を著しく阻害することになる」と一般的な結論 (general

conclusion) を明示的に述べており,委員会がそれぞれの市場において合併規

則が定める 2要件を充たすと考えていることは明らかなこと, (ii)一部の小節で

は,ある市場での合併企業の支配的地位の形成又は強化が競争を実質的に阻

害することとなると明示的に述べていること, aiil特に,大型リージョナル機用

エンジン市場の水平効果においてされた具体的な認定 (thespecific findings)

があることを根拠として,合併企業の支配的地位の形成又は強化が有効競争を

著しく阻害する結果となることを十分に立証しているとされた(刷。

イ 複数の合併禁止理由の相互関係

ある決定の理由の一部が,それ自体で,決定に十分な法的根拠 (a sufficient

legal basis) を与える場合には,他の理由の誤りは有効な部分に影響を与えな

い(6九ある決定が複数の理由に基づくもので,それぞれの理由が単独で十分

な理由となる場合には,原則として,決定が取り消されるのは全ての理由が否

定された場合のみである(臼)

(60) General Electric v Commission, supra note 34, at paras.90 and 91.

(61) Id. paras. 42, 44.

(62) Id. paras. 43, 44.

Page 27: Kobe University Repository : Kernel神戸法学雑誌55巻4号 128 神戸法学雑誌第五五巻第四号二00六年三月 非水平合併の分析-EC競争法における最近の展開

103 非水平合併の分析-EC競争法における最近の展開

また 1つの市場においてでも合併規則が定める要件を充たせば,その合併

は禁止されることになる(臼)0

本件で委員会決定を取り消しうるのは,理由の一部が違法により価値を損な

われているだけでなく 有効な理由が当該合併を禁止する十分な法的根拠を与

えない場合に限られる O

2 支持された内容

(1) 大型商用機用エンジン市場における合併前の GEの支配的地位

一支配的地位を認定する要素

委員会が考える合併の垂直効果・混合効果による反競争効果は, GEが合併

前に大型商用機用エンジン市場において支配的地位にあることが前提となって

いる o GEはこの点を争ったが裁判所は 合併前に GEが大型商用機用エン

ジン市場において支配的地位にあるとの結論に評価の明白な誤りはないとし

た(臼)。

支配的地位 (adominant position)とは,判例法上,当該事業者が,競争者,

顧客,最終的には消費者から相当程度に独立して行動することにより,関連市

場に維持されている有効な競争を妨げることを可能にする経済力と定義され

る(日)。

まず,裁判所は,委員会には,正確に立証された事実に基づいて,ある事業

者がある市場において支配的地位にあると結論付けることができるか否かを判

断する評価の裁量 (amargin of assessment)があることを確認した(倒。

支配的地位を認定する要素として,委員会は,①GEの高い市場シェア及び,

②市場シェア以外の要素に依拠した。

①市場シェアについては,生産中のエンジンの搭載数でみると,.GE/CFMI

(63) Id. para.45.

(64) Id. para.280.

(65) Id. para.114.

(66) Id. para. 121. See also, ld. para.60 et seq.

Page 28: Kobe University Repository : Kernel神戸法学雑誌55巻4号 128 神戸法学雑誌第五五巻第四号二00六年三月 非水平合併の分析-EC競争法における最近の展開

神戸法学雑誌 55巻 4号 102

が52.5%,Pratt&Whitney (P&W,米)/lAEが26.5%,RRlIAEが21%であり,

生産中の航空機向けの受注残でみると, GE!はま65%となる(但町捌U阿7)

市場シエアについては,判例法上,その重要性は市場により異なるが,非常

に大きな市場シェアはそれ自体で,例外的な状況を除いて,支配的地位の存在

の証拠となり,通常,市場シェア50%で支配的地位があるとされる (68)0

市場シェアに関係するその他の要素として,次のようなものが考慮された。

裁判所は,入札市場における過去の市場シェアは,市場シェアの多少に関係

なく,次回の入札で高額の契約を獲得できるため,他の市場に比べて市場分析

の中ではそれほど重要ではないが,それでも,数年にわたり連続して市場シェ

アが維持・増加した事実は市場力の指標となるとして, GEの市場シェアの最

近の増加傾向を,委員会の分析の特に説得的な要素とした(ω)。また,共通性

の利益 (commonality),すなわち,航空会社が,保守費用の削減のために,保

有航空機の中で既に使われているエンジンを選好することも, GEの支配的地

位に貢献する要素とした(70)。さらに,エンジンのインストールベースでの GE

の市場シェアは,アフターマーケット段階での大型商用機用エンジン市場での

GEの力をいくぶん過小評価するため,保守サービスからの収入の重要性の観

点から, GEが競争者よりも幅広く競争者製エンジン向け保守サービスを行っ

ている事実も重要な要素であるとした (7九加えて,フランスの SNECMA(仏)

が参加するエンジン生産合弁会社 CFMIの市場シェアすべてを GEの市場シェ

アに加えて評価したことも,裁判所に認められた。しかし, SNECMAには,

エンジンとの抱き合わせによる Honeywell製品の販促のために, CFMI製エン

ジンの売上げを犠牲にするインセンテイブがないとされた。この点は,抱き合

(67) Id. para.125.委員会が考慮しなかった未就航の航空機の確定注文数も考慮す

べきであるとされたが結論には影響を及ぼさなかった。

(68) Id. para. 115. See also, Id. paras. 540, 571.

(69) Id. paras.148-151

(70) Id. para.161.

(71) Id. para.l54.

Page 29: Kobe University Repository : Kernel神戸法学雑誌55巻4号 128 神戸法学雑誌第五五巻第四号二00六年三月 非水平合併の分析-EC競争法における最近の展開

101 非水平合併の分析-EC競争法における最近の展開

わせに関する混合効果で評価された(問。

結論として, GEの市場シェアが,本件の状況の下で,大型商用機用エンジ

ン市場における合併前の支配的地位を示しているとの結論に評価の明白な誤り

はないとされた問。

②市場シェア以外の要素で考慮されたものは, (1) GE Capitalの資金力と

GECASの航空機購入・リース事業を通じた 大型商用機用エンジン市場での

GEの顧客(機体メーカー (Boeing.Airbusの2社)及び航空会社)に対する影

響力の行使(戦略的行動), (2) GECASによる航空機購入・リース開始後の

GEの市場シェアの変化, (3)大型商用機用エンジン市場における競争状態

(the state of competition), (4)競争者及び顧客の競争上・商業上の制約の

弱さ・欠如である O

( 1) GE CapitalとGECASを通じた,大型商用機用エンジン市場での GE

の顧客に対する影響力の行使(戦略的行動)については,次のように述べられ

た。

GE Capita1の存在自体や GEグループがAAAの格付けを得ている事実は,

大型商用機用エンジン市場での GEの支配的地位を当然に示す要素ではな

い(制。競争法は,規模 (size)や資金力 (financial resources)のみで事業者に

制裁を課さないからである(花)0

同時に, GECASの大型商用機の購入・融資・リース事業は,それ自体は競

争にとって有害ではない(7ヘまた,ある事業者が供給者であると同時に,自

己の子会社を通じて 自己の顧客にとっての主要な顧客でもある事実(本件で

は, GEが,エンジンを機体メーカーの BoeingやAirbusに供給すると同時に,

BoeingやAirbusから子会社 GECASを通じて完成品の航空機を購入する立場

t44

市Bよd

n

qa j

4

1

5

6

1inδ

口δ

口δ

-

'

4

1

fム

OB

a

a

a

a

nynyny

ny

,d

・1・

d

d

d

b

d

yI

,t

,t

,I

,I

、、,J

,、、t

ノ、、。,ノ、、lJ

,、、,J'

2

3

4

5

6

ヴd

i

ヴd

i

i

J't

、、〆,E

、、〆,t

‘、〆,。、、,rl

‘、、

Page 30: Kobe University Repository : Kernel神戸法学雑誌55巻4号 128 神戸法学雑誌第五五巻第四号二00六年三月 非水平合併の分析-EC競争法における最近の展開

神戸法学雑誌 55巻 4号 100

にあること)は,それ自体では,支配的地位に等しいマーケットパワーをその

事業者に与えるには十分で、はないとされた(問。

その一方で, GEによる GE Capital . GECASの力の利用も, GEの支配的地

位に貢献する要素とされた(花)。この要素が顧慮された理由は,顧客のエンジ

ン選択に影響を及ぼし これらの子会社の存在がなければ獲得できない契約を

獲得できるからである O

GEは,競争者とは異なり, GE Capitalや GECASという子会社の活動を通

じて,技術競争や価格競争に基づいて GE単独では必ずしも取れない契約を獲

得できる手段を自由に使えると認められた(明。これらは, GECASの活動と GE

Capitalの資金力が顧客である機体メーカー及び航空会社のエンジン選択に決

定的な役割を果たした具体例 (specific examples)及びGE自身も大型商用機

用エンジン市場での GEの力の拡大のために,子会社の力を利用する方針を持

っていたことを示す GEの内部文書 (intemaldocuments) により立証された。

(2) GECASの航空機購入事業によって大型商用機用エンジン市場での GE

の市場シェアを増加させている点については GECASの事業開始とインスト

ールベースでの GEの市場シェアの増加が同時に起こっているという統計的証

拠 (the statistical evidence) だけでは 立証に成功していないとされた(80)。し

かし,この立証の失敗は, GECASが行使する商業的影響についての結論に影

響を与えないとされた(附81叫1υ)

( 3幻)大型商用機用エンジン市場における競争状態(the state 0ぱf c∞ompet叩ti悶

tωiぬonω)については,まず,裁判所は,支配的地位の立証には,競争者が長期間,

(77) Ibid.

(78) Id. para. 242. See also, Id. para.229.

(79) Id. para.184.

(80) Id. paras.238-240. と同時に, GEの主張,すなわち, GECASの購入事業がGE

の市場シェアに全く影響がないこと,及び,他のリース会社が競争者製エンジンを選

好する方針を採ることにより, GECASのGE-only政策の偏向を打ち消すという主張

も, GEは立証に成功していないとされた。 Id.para.239.

(81) Id. para.242.

Page 31: Kobe University Repository : Kernel神戸法学雑誌55巻4号 128 神戸法学雑誌第五五巻第四号二00六年三月 非水平合併の分析-EC競争法における最近の展開

99 非水平合併の分析-EC競争法における最近の展開

市場から排除されることになると立証する必要はないことを明らかにし

た(82)0

また,本件では大型商用機用エンジン市場に競争が残っていることは委員会

も否定していないが(お裁判所は,ある市場で活発な競争が存在する場合で

も,その市場で支配的地位があるとされる可能性があるとした(制。その理由

は,支配的地位の主要な特徴は,当該事業者が活発な競争を考慮せずに行動で

き,そのような行動から悪影響を被らずに行動できることであるからである O

ゆえに,当該市場において競争がある事実は,支配的地位の有無を確かめる

ための関連要素でで、あるがそれ自体でで、は決定的な要素でで、はないとされた(刷8釘附5め)

(4引)競争者及ぴ顧客の競争上.商業上の制約の弱さ.欠如については, GE

は類似又は同一の市場が問題となった以前の委員会決定の事実認定を引き合い

に出して,それと本決定の事実認定とが異なることを争った。

裁判所は,判例法に従い,委員会や欧州第一審裁判所は,たとえ類似又は同

一の市場が問題となっていても,別の事件での事実認定や経済的評価に拘束さ

れず,当事者には以前の決定が維持されるという正当な期待はなく,以前の決

定と異なることを理由に事実認定や経済的評価を争えない,と判示した(鉛)o

事件資料が異なるからである O

また,裁判所は,競争者の相対的な力の評価は,原則として,複雑な経済的

評価の一部であり,委員会が評価の裁量を有していることを確認している(問。

(2) 水平効果

大型リージョナル機用エンジン市場 (90-100%),法人用機用エンジン市場

(82) Id. para.114. See αlso, Id. P紅 a.243

(83) Id. paras.184,249 and 254.

(84) Id. paras. 116 and 117. See also, Id. p紅 as.184and 249.

(85) Id. para.117.

(86) Id. paras.118-120. See also, Id. paras. 252, 512.

(87) Id. para.253.

Page 32: Kobe University Repository : Kernel神戸法学雑誌55巻4号 128 神戸法学雑誌第五五巻第四号二00六年三月 非水平合併の分析-EC競争法における最近の展開

神戸法学雑誌 55巻 4号 98

(50 -60%),小型船舶用ガスターピン市場 (65-80%)の3つについては,

水平的な事業の重複により 大型リージョナル機用エンジン市場での GEの支

配的地位が強化され また 法人用機用エンジン市場及び小型船舶用ガスター

ビン市場において Honeywellの支配的地位が形成され,その結果として,有効

な競争が著しく阻害されることが十分に立証されているとされた(お)0

判例法上,非常に大きなシェアはそれ自体,例外的な状況を除いて,支配的

地位の存在の証拠となり 通常 市場シェア50%で支配的地位があるとされて

おり,上記の高い市場シェアは,支配的地位を示しているからである(刷。

後述の垂直効果・混合効果を裁判所が否定したことは,水平的重複による上

記の結論に影響を与えないとされた(卯)o ぞれぞれの理由が単独で委員会の結

論の適切な理由づけとなるのに十分であるからである(則。

また,委員会は,委員会決定の理由付けは互いに強化し合っており,各理由

付けを独立して分析することは不自然であると主張したが 裁判所は水平的重

複に関しては関係がないと退けた(則。

十分に立証された事実や争いのない事実に基づいて,ある事業者が所定の市

場において支配的地位にあるか否かの問題は,経済的評価の問題であり,委員

会は評価について幅広い裁量を有しているので,裁判所の役割は,評価の明白

な誤りがないか否かの審査に制約される (93)o これに対して,事実の問題につ

いては,委員会には評価の裁量はない(則。また,事業者である原告が委員会

決定の事実認定を争った場合には,委員会は,委員会決定で述べた事実的背景

(factual background) を変更しない限りで,裁判所に証拠を提出することがで

(88) Id. paras. 563, 584 and 620.

(89) Id. para. 540, 571.

(90) Id. paras. 562, 583 and 619.

(91) Id. para. 578.

(92) Id. paras. 562, 583 and 619.

(93) Id. para.489.

(94) Id. para.490.

Page 33: Kobe University Repository : Kernel神戸法学雑誌55巻4号 128 神戸法学雑誌第五五巻第四号二00六年三月 非水平合併の分析-EC競争法における最近の展開

97 非水平合併の分析-EC競争法における最近の展開

きることになる(則。

また,構造約束が受け入れられる条件を,本判決は次のように明らかにした。

委員会は,合併が共同体市場と両立し適法となる約束のみを受け入れる権限

をもっ。当事者が提出した構造約束 (structural commitments)が受け入れられ

る条件は,①約束を実行できること (implement),②約束により生じた新しい

商業体が十分に機能できること (sufficient1y workable),③約束により防止し

ようとした支配的地位の形成又は強化や有効競争の減少が相対的に近い将来に

具体化する蓋然性がないように確保し続けることを それぞれ確信をもって

(with certainty),委員会が結論づけることができる場合である(制。

本件では,提案された事業売却が機能しないとの委員会の認定に疑いを差し

挟むような詳細な主張や証拠を原告 (GE)が提出しなかったので,委員会が

提出された約束を受け入れなかったのは正しいとされた。

3 否定された内容

(1) 垂直効果

垂直効果では,委員会は, Honeywellのエンジンスタータ一事業と GEの航

空機エンジン事業とが垂直統合することにより 大型商用機用エンジン市場で

のGEの支配的地位が強化されることを問題にした。

エンジンスターター市場は, Honeywellと, P&Wの兄弟会社である Hamilton

Sundstrandとの 2社しかいない複占市場で,市場シェアは生産数量でみて,そ

れぞれ50-60%と40-50%である O エンジンスターターは,航空機エンジンの

生産に不可欠な部品である o Hamilton Sundstrandは系列の P&Wにのみエンジ

ンスターターを納入している O

まず,裁判所は,Tetra Laval v Commission欧州第一審裁判所判決を類推し

て,混合効果の取扱いに関する判示を垂直効果にも拡大する解釈を示した。委

(95) Ibid.

(96) Id. para.555.

Page 34: Kobe University Repository : Kernel神戸法学雑誌55巻4号 128 神戸法学雑誌第五五巻第四号二00六年三月 非水平合併の分析-EC競争法における最近の展開

神戸法学雑誌 55巻4号 96

員会が考えている供給者と顧客との垂直関係による当該合併の反競争効果は,

合併企業の将来の行為に基づくもので 垂直関係それ自体は何ら悪影響をもた

ないと述べて,委員会は当該行為が行われる蓋然性 (likelihood) について説

得的な証拠 (convincingevidence) を示す義務がある,と判示した(問。

説得的な証拠として本判決で例示されたものは ①市場状況のありうる展開

や合併企業が一定のやり方で行動するインセンテイブがあることを示す経済研

究 (economicstudies)や ②特定の事件の単純な経済的・商業的事実 (thesim-

ple economic and commercial realities of the particular case)である(悌)。

共同体法では自由心証主義を採っているので 経済研究のような証拠を欠い

ても問題はない(ω)。また 事業者の商業的利益 (commercial interests)が競争

者の事業活動を妨害するような一連の行動を行う方向で作用することが明らか

な状況においては,合併企業が予想された行為を実際に行う蓋然性があるか

ら,特定の事件の単純な経済的・商業的事実でも説得的な証拠となる,とし

た(1∞)0

委員会は,次のような市場状況に基づいて,競争者のエンジン事業を妨害す

るために,エンジンスターター(エンジンと比べて相対的に安価ではあるが,

エンジン事業に不可欠な部品)の不可避の供給者としての力を利用する合併企

業の商業的利益 (commercialinterest)があると述べた (10九

①エンジンスターター市場は,供給側の高度寡占市場であって, GEとRR

が相当程度に Honeywellに依存していること O

②上流市場でエンジンに不可欠の部品であるエンジンスターターを製造する

部品メーカーと,下流市場で既に支配的地位を有しているエンジンメーカーと

の間で垂直的統合された商業的構造 (avertically integrated commercial struc-

(97) Id. para.295.

(98) Id. paras.296 and 297.

(99) Id. para.297.

(100) Ibid.

(101) Id. paras.298-300.

Page 35: Kobe University Repository : Kernel神戸法学雑誌55巻4号 128 神戸法学雑誌第五五巻第四号二00六年三月 非水平合併の分析-EC競争法における最近の展開

95 非水平合併の分析-EC競争法における最近の展開

ture)が形成されること O

③エンジンスターターは,エンジン価格の0.2%しか占めないため,エンジ

ンスターター市場で RRにエンジンスターターを販売して得られる利益は,大

型商用機用エンジン市場で競争者を犠牲にしてシェアを増加させることにより

得られる利益と比べて極めて少ない。そのため, Harni1ton Sundstrandが系列以

外の RRにエンジンスターターの販売を再開する可能性は低い。さらに,合併

企業が競争者へのエンジンスターターの供給を制限・妨害するインセンティブ

が生じる O

裁判所は,上記の委員会の分析を支持して,競争者の利益を著しく害すると

予想される将来の行動が合併企業の商業的利益 (cornmercial interest) に適う

ので,経済研究がなくとも説得的であるとした。

したがって,競争者を排除する行為を行うインセンテイブがあることは裁判

所にも認められた。

しかし,裁判所は,垂直効果においても, EC条約82条の抑止効果も考慮す

べきであるとした(1ぺ TetraLaval v Commission欧州第一審裁判所判決を支持

した Commissionv Tetra Laval欧州、|司法裁判所判決を引用して,利用可能な証

拠に基づく簡略な分析 (a surnmary analysis)で足りるものの,一定の行為を

将来行う蓋然性(Iikelihood) は,そのような行為を行うインセンティブと,

インセンテイブを減少又は排除しうる要因との双方を考慮して,総合的に

(comprehensively)検討されなければならず,委員会は,原則として,事業者

が一定の行為を行うインセンテイブを減少又は排除しうる要因として,その行

為の潜在的な違法性 (unlawful)及び科罰性 (sanctionable) を考慮しなければ

ならない,と述べた(103)。

(102) 契約の法的拘束力により将来の行為を防ぐ可能性についても検討されたが,供

給停止を禁じる条項を含まない旧契約も存在すること,及び,原告 (GE)が争い方に

失敗したため,供給拒絶を防ぐ契約条項が合併企業が反競争的行動を行うことを妨げ

ることは立証されていない,とされた。 Id.paras. 290-292, 301.

(103) Id. paras.303-304.

Page 36: Kobe University Repository : Kernel神戸法学雑誌55巻4号 128 神戸法学雑誌第五五巻第四号二00六年三月 非水平合併の分析-EC競争法における最近の展開

神戸法学雑誌 55巻 4号 94

本件では,委員会は,大型商用機用エンジン市場における合併企業の競争者

を弱体化することによって 大型商用機用エンジン市場における GEの支配的

地位を強化する目的 (object) と効果 (effect) をもっ,エンジンスターター市

場での将来の行為を予測した。具体的には 大型商用機用エンジンの競争者に

対するエンジンスターターの供給拒絶・妨害と価格引上げである O

そこで,委員会が予想した行為がEC条約82条に違反するおそれがあるか否

かが検討された。

問題となっている行為が大型商用機用エンジン市場において効果 (effect)

をもたらすのは,合併企業の競争者の航空機エンジン事業を著しく害する場合

のみである(1悦)。また,確立した判例法によれば,支配的地位にある事業者は,

自己の商業的利益を守る権利までは奪われないが,行為の目的 (object)が特

に支配的地位を強化し,濫用することである場合には,そのような行為は違法

とされる(刷。本件では 濫用が行われる市場(本件では 第一市場であるエ

ンジンスターター市場)と支配的地位の評価対象となる関連市場(本件では,

第二市場である下流の大型商用機用エンジン市場)とが異なるが,第一市場で

予想される行為は,特に第二市場における支配的地位を維持又は強化すること

を意図しているので 異なってもよい(106)。

本件で委員会が予想した行為は,いずれも支配的地位の濫用に該当する蓋然

性 (liable)があるとされた(107)。

①支配的地位にある事業者による競争者に対する不可欠な部品の供給拒絶

は,それ自体が,支配的地位の濫用を構成する O

②エンジンスターターの価格を引き上げる可能性については,大型商用機用

エンジン市場での RRの競争力に具体的な影響を与えるためには,明らかに濫

用となる程度に大きくヲ|き上げる必要がある O というのも,エンジンスタータ

(1仙 Id.P紅a.305.

(105) Id. para.306.

(1閃 Id.para.310.

(107) Id. paras.306-309.

Page 37: Kobe University Repository : Kernel神戸法学雑誌55巻4号 128 神戸法学雑誌第五五巻第四号二00六年三月 非水平合併の分析-EC競争法における最近の展開

93 非水平合併の分析-EC競争法における最近の展開

ーは,エンジン価格の0.2%しか占めない相対的に安価な部品であるため,仮

にエンジンスターターの価格を正当な理由なく 5割増に引き上げても,エンジ

ン価格は0.1%しか上昇せず大型商用機用エンジン市場には実質的な影響を

与えないからである O 非差別的な価格引上げは,合併企業の顧客の一部(特に,

航空会社(附)に悪影響を与える結果,合併企業の売上げにも悪影響を及ぼし,

このような行為を行う可能性は乏しい。競争者に対する差別的な価格引上げ

は,その目的が競争者を市場から排除することにあるのは明らかであり,濫用

に該当する O

③供給の妨害・遅延は,妨害を一般的に行えば,合併企業の顧客に悪影響を

与え,自己の売上げが減るので,そのような行為を行う可能性は乏しい。妨害

を差別的に行えば(特に RRに対して),濫用に該当することは明らかである O

裁判所は,予想される行為と違法性との関係を次のように述べ6(109)。

問題となっている行為の有効性 (effectiveness) についての委員会の意見が

説得的 (convincing)であればあるほど,したがって,その行為を行う商業的

インセンテイブが明確になればなるほど,当該行為が反競争的 (anti-competi-

tive)であると評価される蓋然性が大きくなる O 委員会が予測した行為は,競

争者の事業を害する目的にとって最も効果的であると同時に,支配的地位の濫

用に該当して違法となり,制裁を課される蓋然性も最も高いという,最も極端

な行為形式とされた。

また,証拠の利用可能性について, GEは合併前から大型商用機用エンジン

市場で支配的地位にあることから,委員会は詳細な調査を行わなくとも,予想、

(108) 航空会社は,合併金業にとって,エンジンスターターの顧客であると同時に,

エンジン・航空電子機器・非航空電子機器の顧客でもある。エンジンスターターにつ

いては,航空機の購入者として間接な顧客,アフターマーケットでは保守サービスの

直接の顧客である (para.307)。

(109) Id. para.309. つまり,競争者を害するのに最も有効な行為で,その行為が行

われる蓋然性が高まれば高まるほど, EC条約82条に照らして違法とされる蓋然性が

大きくなり,結局,インセンテイブを減少・排除する要因として考慮しなければなら

なくなるという矛盾を抱えているように思われる。

Page 38: Kobe University Repository : Kernel神戸法学雑誌55巻4号 128 神戸法学雑誌第五五巻第四号二00六年三月 非水平合併の分析-EC競争法における最近の展開

神戸法学雑誌 55巻4号 92

される行為の違法性と科罰性の程度を評価するのに必要な証拠すべてを利用で

きたはずであるとして,抑止効果を考慮に入れなかつたことを法令違反(a加ne町r-

ror of law) とした(ω凶凶10ω0ω)

8幻2条の抑止効果を考慮に入れなかつた法令上の誤り (a組nerror of law)があ

り, 82条の抑止効果を考慮すれば当該行為が行われる蓋然性の評価に実質的な

影響を与えるので,この点に関する委員会の分析は評価に明白な誤りにより損

なわれている(山)0

したがって, Honeywellのエンジンスターター事業と GEの航空機エンジン

事業とが垂直統合することにより,大型商用機用エンジン市場における GEの

支配的地位が強化されることは十分に立証されていない,とされた(山)。

(2) 混合効果

ア資金力・ GECASのHoneywellへの拡張

委員会決定では, GE Capitalの資金力と GECASの航空機購入・リース事業

を通じて顧客(機体メーカーと航空会社)のエンジン選択に影響を及ぼしてい

た力を Honeywell製品にも拡大することによって,多様な航空電子機器・非航

空電子機器市場で支配的地位を形成することになることを問題にした。

裁判所は, GE Capitalの資金力と GECASの航空機購入・リース事業とが大

型商用機用エンジン市場での合併前の GEの支配的地位に貢献していたとの認

定は正しいが,この認定からは必ずしも当然には,合併企業がHoneywell製品

の販促のために,大型商用機用エンジン市場で過去に行われた行動と同じ行動

を合併後に採るとは言えない, と述べた(日ヘ

裁判所は,説得的な証拠に基づいて,委員会が立証すべき点として,次の 3

(110) Id. p紅 a.311.

(111) Id. p紅 白.311and 312.

(112) Id. para.313.

(113) Id. paras.325, 326, 332.

Page 39: Kobe University Repository : Kernel神戸法学雑誌55巻4号 128 神戸法学雑誌第五五巻第四号二00六年三月 非水平合併の分析-EC競争法における最近の展開

91 非水平合併の分析-EC競争法における最近の展開

つを指摘した(ロヘこれは Commission v Tetra Lωal欧州司法裁判所判決が支

持した Tetra Laval v Commission欧州第一審裁判所判決にならったものであ

るO

①合併企業が,航空電子機器・非航空電子機器市場へとこれらの行為を拡大

する能力 (theability) を有していること O

②合併企業が,そのような行為を行う蓋然性 (likely)があること O

③これらの行為により,少なくとも一部の航空電子機器・非航空電子機器市

場で,相対的に近い将来に (inthe relatively near future) ,支配的地位が

形成されること O

本判決では②と③とが検討されたが,いずれも十分に立証されていないとさ

れた。

②委員会が予想する将来の行為の蓋然性については,次のような点が指摘さ

れた。

航空電子機器・非航空電子機器は,製品ごとに最終選定者と選定時期とが異

なる o SFE (supplier-fumished equipment)製品は,航空機を開発するときに機

体メーカーが選定し,排他的に供給される o BFE製品 (Buyer-fumishedequip-

ment) とSFE--,option製品は,航空会社が,航空機を購入するときに 2つ以

上の選択肢の中から選ぶ。 SFE製品か, BFE製品・ SFE-option製品であるか

により反競争効果の生じ方が異なる O

SFE製品については, (1) GEの子会社の力が反競争効果をもっプロセス

の記述はあるが,合併企業の将来の行動が十分な蓋然性をもって予想される理

由を述べていない(日ヘ (2)GE製品から Honeywell製品へと GEの行為を拡

大する意図 (anintention) を示す証拠を示していないは16)0 (3)問題の行動が

合理的な行動 (rational commercial behavior) となるのは,行為に由来する収

i

1よ

J

J

q

u

qJ

つdq

J

9

U

9

u

q

u

r

A

v

i

v

-

9U

免u

q

u

p

p

p

,d

,a,d

,I

,t

,I

、1

』ノ、、』/、、l'z'

a4ム「

υphu

l--

llム

-aEよ

EEA

(

(

(

Page 40: Kobe University Repository : Kernel神戸法学雑誌55巻4号 128 神戸法学雑誌第五五巻第四号二00六年三月 非水平合併の分析-EC競争法における最近の展開

神戸法学雑誌 55巻 4号 90

益が費用を上回る場合のみであるが,費用と収入を比較した経済分析(economic

studies) を欠く。本件で,航空電子機器・非航空電子機器市場に影響を与える

のは, GECAS' GE Capitalの商業的圧力がなければHoneywell製品が選ばれな

い状況で,機体メーカーに Honeywell製品を選択するように説得する場合であ

るo (i )Honeywell製品を選択するよう圧力をかけるときに追加的な費用が発生

するか否か, (ii)Honeywell製品を機体メーカーが選択したことによる収入が費

用を上回るか否かの情報を欠き,合併企業がHoneywell製品へと行為を拡大す

る蓋然性があるかを判断できない(問。

BFE・SFE-option製品については, (1) SFE製品とは購入者が異なるため,

同じ理由付けを適用できない(凶。(2 )委員会の主張を裏付ける経済分析がな

しミ(119)O

将来の行為の蓋然性を立証するための説得的な証拠になりうるものとして裁

判所が挙げたものは,次のとおりである D

(i)合併後に航空電子機器・非航空電子機器市場で GECASとGECapitalの力

を利用するという, GE又は Honeywellの取締役会の確固とした意図(intention)

を示す内部書類 (intemaldocuments)や, (ii)そのような行動が合併企業の商業

的利益 (commercialinterests) に適うことを示す経済分析 (aneconornic assess-

ment) である (120)。過去の行動は,証拠の一部になるが,それだけでは十分で

はない(山)。委員会が予想する行動は合併前には行う余地がなかったからであ

るO

また,③GEの子会社の力を Honeywell製品に利用する行為により,少なく

とも一部の航空電子機器・非航空電子機器市場で 相対的に近い将来に (inthe

(117) Id. paras.337-339.

(118) Id. para.344.

(119) Id. paras.350-353.

(120) Id. pぽ as.333 and 466.経済分析は,ある行動が有効で(effecti ve) ,かっ,客

観的に GEの商業的利益に適う (objectivelyin the applicant's ・commercialinterests) と

の双方を充たすか否かを分析する。 Id.para. 188.

(121) Id. para.332.

Page 41: Kobe University Repository : Kernel神戸法学雑誌55巻4号 128 神戸法学雑誌第五五巻第四号二00六年三月 非水平合併の分析-EC競争法における最近の展開

89 非水平合併の分析-EC競争法における最近の展開

relatively near future) ,支配的地位が形成されるか否かについては,関連市場

は,航空電子機器・非航空電子機器の製品ごと,さらに,ぞれぞれの製品が大

型商用機用とリージョナル機・法人用機用とに分かれるにもかかわらず,市場

ごとの詳細な分析がないこと等から立証されていないとされた。

GE Capita1の資金力と GECASの自社製品を優先購入させる能力とにより,

大型商用機用エンジン市場での行為を航空電子機器・非航空電子機器市場へと

拡大することは,十分な程度の蓋然性 (asufficient degree of probability) を

もって立証していないとされた。また,仮にこれらの行為が行われたとしても,

多くの航空電子機器・非航空電子機器市場で支配的地位を形成する蓋然性があ

ることも十分に (adequately)立証していないとされた。したがって,合併企

業の資金力と垂直的統合が航空電子機器・非航空電子機器市場で支配的地位の

形成をもたらす認定には評価の明白な誤り (amanifest error of assessment)

があるとされた。

イ 抱き合わせ

裁判所は,大型商用機用エンジン市場と大型リージョナル機用エンジン市

場,大型商用機向け航空電子機器市場・非航空電子機器市場に対する合併の影

響について,次の 3点について,説得的な証拠に基づき,立証する必要がある

としたは22)0

①合併企業は抱き合わせを行う能力 (capability)があること。

②合併後に抱き合わせを行う蓋然性(Iikely)があること O

③その結果,相対的に近い将来に 1つ以上の関連市場で,支配的地位が形

成又は強化されること O

まず,抱き合わせの 3つの類型を区別する必要がある(ロヘ Purebundling (セ

ットで購入しなければならず,単品では購入できない), technica1 bundling (製

民U

F

O

ハU

ハu

d斗

A

A吐

a

a

m副

nrny

d

d

Ft

,t

、‘,,〆、、t'''

nn

l

l

〆''h、、,,a

‘、

Page 42: Kobe University Repository : Kernel神戸法学雑誌55巻4号 128 神戸法学雑誌第五五巻第四号二00六年三月 非水平合併の分析-EC競争法における最近の展開

神戸法学雑誌 55巻 4号 88

品の技術的統合により結び付けられた販売), mixed bundling (別個に購入す

るよりも,より有利な条件で、複数の製品がパッケージとして販売される)であ

るO

抱き合わせが可能となるのは,顧客が同じ場合であるから,裁判所は, (i)顧

客が機体メーカーの場合には,排他的に供給される GE製エンジンと Honeywell

製 SFE製品との聞の抱き合わせ, (ii)顧客が航空会社の場合には,複数の選択

肢から選べる GE製エンジンと Honeywell製 BFE.SFEーoption製品との間の抱

き合わせに限られるとした(国)0

また,機体メーカーの場合には,エンジンと航空電子機器・非航空電子機器

とでは選定時期が異なり,抱き合わせは不可能ではないが,通常のやり方では

ないため追加的な努力が必要となり,抱き合わせの蓋然性を減らすことにな

る(ロ5)。

Pure bundlingについては, (1)航空会社に対する purebundling は, GE製

エンジンに対する著しい選好を航空会社が持っている場合にのみ実施できる

が,その詳細な分析がない, (2)機体メーカーに対する Honeywell製品の購

入強制は,大型商用機用エンジン市場では残余の競争があるため,かえって他

社製エンジンの購入を促す結果となる, (3)顧客が抱き合わせに対する抵抗

力を失うと立証していない, (4) EC条約82条の支配的地位の濫用の禁止が

行為のインセンテイブに与える抑止効果を考慮しなかったこと凶)を理由に合

併後に合併企業がpurebundlingを行うと十分に立証していないとされた(ロ7)。

Technical bundlingについては,詳細な分析を欠き,そもそも GE製エンジ

ンと Honeywell製航空電子機器・非航空電子機器とを技術的統合する能力 (ca-

pability) を,合併後直ちに,又は,相対的に近い将来に,有することになる

(124) Id. paras.409 and 410.

(125) Id. paras.414-416.

(126) Id. p紅 as.424, 425.

(127) Id. paras.417-426.

Page 43: Kobe University Repository : Kernel神戸法学雑誌55巻4号 128 神戸法学雑誌第五五巻第四号二00六年三月 非水平合併の分析-EC競争法における最近の展開

87 非水平合併の分析-EC競争法における最近の展開

ことを十分に立証していないとされた(酬。結局立証されていないとされたも

のの,抱き合わせをする能力は,合併直後に有している必要はなく,相対的に

近い将来までに有するようになればよいことが明らかになった。

Mixed bundlingについては, (1)過去に Honeywellが航空電子機器・非航

空電子機器のみの抱き合わせを行った事実は,合併後に合併企業がエンジンと

航空電子機器等とを抱き合わせる能力とインセンテイブとをもっ蓋然性の立証

には無関係であること(ロヘというのも,エンジンが個々の航空電子機器等よ

りも著しく高いという価格差から rnixed bundlingを行う商業的原動力 (the

commercial dynarnic)が抱き合わせの内容物によりかなり異なるからである O

( 2 )エンジンと航空電子機器等とを抱き合わせる行為の具体例が少ないこ

とo (3) クールノー効果理論に簡単に触れ,合併後の経済条件を単に叙述す

るだけで,本件の具体的な状況にクールノー効果理論をあてはめる詳細な経済

分析を欠くこと(おヘここで クールノー効果理論 (1838年)とは,補完製品

の生産者同士の合併は,合併後の価格が下がるという経済理論で,具体的には,

補完製品の生産者同士の合併は,一方の補完製品(航空機エンジン)の価格を

下げれば,完成品生産者(航空機メーカー)が購入量を増やし,他方の補完製

品(航空電子機器)の販売も増えるので,合併後の企業は,一方の補完製品の

価格が他方の需要に及ぼす影響を考慮して 生産者同士が合併していない場合

よりも低い価格を設定する誘因を持つようになるという理論である。 (4)rnixed

bundlingを行うインセンテイブがあることを立証する証拠や分析を欠くこと O

( 5 )例えば, GEの取締役会の Honeywell買収の目的を示す内部文書がある

場合は格別,競争者排除の戦略的目的 (strategic objective) をもつことを示す

証拠がないこと(則。 (6)GEと共同してエンジン生産会社 CFMIを設立した

SNECMAは, Honeywell製品の販促のために CFMI製エンジンの売上げを犠牲

(128) Id. paras.427-430.

(129) Id. para.439.

(130) Id. para.462.

(131) Id. para.466.

Page 44: Kobe University Repository : Kernel神戸法学雑誌55巻4号 128 神戸法学雑誌第五五巻第四号二00六年三月 非水平合併の分析-EC競争法における最近の展開

神戸法学雑誌 55巻4号 86

にするインセンティブがないこと(13ヘ (7)EC条約82条の支配的地位の濫用

により制裁を課される可能性がもたらす抑止効果を考慮しなかったこと(闘を

理由に mixed bundlingを行う蓋然性を立証する説得的な証拠を示してないと

された。

本判決は,クールノー効果の本件への適用可能性 (applicability) を示して,

クールノー効果に依拠することが,T etra Laval v Commission欧州、|第一審裁判

所判決の意味での説得的な証拠となると指摘した(134)。しかし,本件の事実関

係において,クールノー効果がmixed bundlingを行うインセンテイブを合併

企業に与えることになるか否かは,議論のあるところだだ、とされた(叫135削5引)

合併後に合併企業が抱き合わせを行うことを十分に立証していない(叫1日m則3お制6ω)口ま

た,合併企業が競争者よりも製品範囲が広いという事実だけでは,支配的地位

が形成又は強化されるという結論を裏付けるには十分ではない(即)。したがっ

て,合併企業の抱き合わせの将来の利用により,大型商用機用エンジン市場で

のGEの既存の支配的地位が強化され,航空電子機器・非航空電子機器市場で

支配的地位が形成又は強化されるという認定には,評価の明白な誤りがあると

された(日ヘ

ウ 法人用機用エンジン市場における混合効果

法人用機用エンジン市場(市場シェアは, GEが10-20 % , Honeywellが40

-50%) では,合併による支配的地位の形成の理由として, GEとHoneywell

のエンジン事業の水平的重複による水平効果の他に,混合効果,すなわち,①

法人用航空機リース事業を営む GECCAGのGE製エンジン優先購入の方針に

(132) Id. para.147.

(133) Id. paras.464 and 468.

(134) Id. para.462.

(135) Id. para.456.

(136) Id. para.470.

(137) Ibid.

(138) Id. para.473.

Page 45: Kobe University Repository : Kernel神戸法学雑誌55巻4号 128 神戸法学雑誌第五五巻第四号二00六年三月 非水平合併の分析-EC競争法における最近の展開

85 非水平合併の分析-EC競争法における最近の展開

よって航空機購入者としてもつ影響力を Honeywellへと拡大すること及び②エ

ンジンと航空電子機器・非航空電子機器との抱き合わせも問題とされたが,い

ずれも否定された(即)。その理由は 次のようなものである O

第一に, GECCAGについては, GECASの過去の行動 (GE製エンジン優先

購入)のような最低限の経験的証拠 (empiricalevidence) を欠くこと O

第二に, (i)GECCAGがGE製エンジンを搭載した航空機を強く選好する購

入方針を採ることが合併企業の商業的利益に適うこと(収入が費用を上回るこ

と),及ぴ, (i)その結果,そのような購入方針が採用される蓋然性 (likely)が

あることを示す詳細な分析 (thoroughanalysis) を欠くこと O

第三に, Honeywellは合併前から既に法人用機用エンジン市場と多くの法人

用機向け航空電子機器・非航空電子機器市場で強い地位にあるため,合併前か

ら,エンジンと航空電子機器・非航空電子機器とを抱き合わせることは既に可

能であった。逆に, GEは,合併前の法人用機用エンジン市場での市場シェア

は少なかった。したがって 仮に,将来 法人用機の分野で抱き合わせが行わ

れる蓋然性が立証されたとしても, (i)合併が抱き合わせの第一の原因 (thepri-

mary cause)であると立証していないし, (ii)抱き合わせが著しい悪影響を生じ

させることも立証していない。

第四に,合併企業がmixed bundlingを行う蓋然性があると立証するような

説得的な証拠を委員会は集めていないこと O

第3節小括一本判決の意義

本判決は,Tetra Laval νCommission欧州第一審裁判所判決で形成され,Com-

mission v Tetra Laval欧州司法裁判所判決において確立した混合合併の分析手

法にそのまま依拠しており,この点では日新しいものはないが,どのようなも

(139) Id. paras.575-577.

Page 46: Kobe University Repository : Kernel神戸法学雑誌55巻4号 128 神戸法学雑誌第五五巻第四号二00六年三月 非水平合併の分析-EC競争法における最近の展開

神戸法学雑誌 55巻 4号 84

のが説得的な証拠となるかを明らかにした点において,混合合併の分析手法に

ついて深化が見られる O

また,本判決は,混合合併の分析手法を垂直効果分析に応用し,垂直効果で

も,将来の行為が行われる蓋然性を評価する際に, EC条約82条違反の違法性

の考慮を求めた点が注目される O また EC条約82条違反の違法性をどのよう

に考慮するのかという,考慮の在り方の具体的手順を示した点でも意義があ

るO

以下,混合効果・垂直効果の分析に関して,本判決で明らかになった点を中

心に, )11貢香に検討していく O

混合効果の取扱いについては 本判決も 混合合併は通常は反競争効果が生

じないけれども,それでもなお,一定の場合には反競争効果が生じる可能性が

あることを認め,Tetra LavalνCommission欧州第一審裁判所判決と同じ基準

をとった。

もし混合効果を理由に,①支配的地位が相対的に近い将来に (inthe relatively

near future)形成又は強化される高度の蓋然性(inall likelihood)があり,②

その結果として,当該市場における有効な競争が著しく阻害されると結論付け

ることができれば 当該合併は禁止される(140)。

また,必要な証明度については,合併企業が合併後に行う将来の行為に依拠

する場合には,説得的な証拠に基づき (onthe basis of convincing evidence),

十分な蓋然性をもって (witha sufficient degree of probability),当該行為が実

際に起こることを立証することが求められるとした(凶)。その理由は,これま

での 2判決でも指摘されてきた混合合併に特有の 2つの特色,すなわち,①長

期にわたる将来分析が必要となること,及び,②支配的地位が形成又は強化さ

れるのは,合併企業が合併後に行う一定の行動の結果であることから,合併を

-

A

氏dphu

phud4A

a

a

P

A

P

A

J

U

J

U

VI

,I

、、‘,,,、、.,,r

ハHHV

唱EEA

daAaAせ

司1ム

14

〆,,、、、,,EE¥

Page 47: Kobe University Repository : Kernel神戸法学雑誌55巻4号 128 神戸法学雑誌第五五巻第四号二00六年三月 非水平合併の分析-EC競争法における最近の展開

83 非水平合併の分析-EC競争法における最近の展開

禁止する根拠として委員会が示す証拠の質が特に重要となるからである O

また,本判決は,合併企業が一定の行為を行うインセンテイブを減少・排除

する要素として考慮される当該行為の違法性及び科罰性は,簡略な分析(asum-

mary analysis)で足りるとして Commissionv Tetra Laval欧州司法裁判所判決

と同じ立場をとり,利用すべき証拠としては,合併規制の決定を行う時点で委

員会が利用できる証拠に基づけばよいことを明らかにした。

混合合併において将来の行為による反競争効果に依拠するときに,委員会が

説得的な証拠に基づいて立証すべき要件は,次の 3点である O

①合併により,合併企業は一定の行為を行う能力 (capability)が生じること O

これには, (i)行動する能力があること 及び(ii)その能力の発生と合併と

の聞に因果関係があることが必要である O

②合併企業が合併後に一定の行為を行う蓋然性 (likely)があること O

③その結果,相対的に近い将来に 1つ以上の関連市場で,支配的地位が形

成又は強化されること O

第4の要件として,④支配的地位が形成又は強化される結果として,当該市

場における有効な競争が著しく阻害されることも立証される必要があるが,本

判決が有効競争阻害性の要件の立証の在り方について述べたように,有効競争

阻害性の分析は,③の支配的地位の形成又は強化の分析と実際には重なる部分

が多いだろう O

上記の立証すべき要件のうち,特に立証が難しいのが,②の要件,すなわち,

合併企業が合併後に一定の行為を行うことを十分な蓋然性をもって立証するこ

とである O 合併分析一般に言えることであるが,多くの証拠が利用可能な過去

・現在の出来事の検討ではなく,将来起こりうる出来事の予測を必要とするこ

とや,合併企業が一定の行為を行うインセンテイブのみならず,行為の違法性

や制裁性によりそのインセンテイブを減少・排除する要素も検討しなければな

らないとされているからである O

②の要件は立証が難しいとはいえ,本判決で明らかになった説得的な証拠と

なりうるものは,次のとおりである O

Page 48: Kobe University Repository : Kernel神戸法学雑誌55巻4号 128 神戸法学雑誌第五五巻第四号二00六年三月 非水平合併の分析-EC競争法における最近の展開

神戸法学雑誌 55巻 4号 82

(i)合併後に委員会が予想する行為を行うという,合併当事者の取締役会の確

固とした意図を示す内部文書や,合併当事者の取締役会の合併・買収目的を示

す内部文書, (ii)そのような行動が合併企業の商業的利益に適うことを示す経済

分析である o Gii)過去にそのような行動が行われた事実は 証拠の一部となるが

それだけでは十分ではない。しかし,過去の行動・具体例は,最低限の経験的

証拠であり,これすら欠くことは説得的な証拠を欠くことになる O

また,クールノー効果の本件への適用可能性を示して クールノー効果に依

拠することは,説得的な証拠となるとされた。

本判決は,前述のように,垂直効果についても ,Tetra Laval v Commission

欧州第一審裁判所判決を類推して 混合合併の分析手法を応用する点が注目さ

れる O

本判決は,委員会が考える垂直統合による本件合併の反競争効果は,合併企

業の将来の行為に基づくもので,垂直関係それ自体では何らの悪影響をもたな

いと述べて,委員会には当該行為が行われる蓋然性について説得的な証拠を提

示する義務があるとされた。

説得的な証拠として本判決で例示されたものは (i)市場状況のありうる展開

や合併企業が一定のやり方で行動するインセンテイブがあることを示す経済研

究や, (ii)特定の事件の単純な経済的・商業的事実である O 特に,競争者の事業

活動を妨害するような一連の行動を行うことが事業者の商業的利益に適うこと

が明らかな状況においては,合併企業が予想された行為を実際に行う蓋然性が

あるので,単なる経済的・商業的事実でも説得的な証拠となる,とされた。

本件では,上流のエンジンスターター市場と下流の大型商用機用エンジン市

場での市場状況に基づき,エンジンスターター(エンジン事業に不可欠の部品)

の不可避の供給者としての力を利用して競争者の利益を著しく害する行動を行

うことが合併企業の商業的利益に適うので,競争者を排除する行為を行うイン

センテイブがあることは,裁判所にも認められた。

しかし,本判決は,Commission v Tetra Laval欧州司法裁判所判決を類推し

て,垂直効果においても, EC条約82条の抑止効果を考慮すべきとした。

Page 49: Kobe University Repository : Kernel神戸法学雑誌55巻4号 128 神戸法学雑誌第五五巻第四号二00六年三月 非水平合併の分析-EC競争法における最近の展開

81 非水平合併の分析-EC競争法における最近の展開

決定を出す時点で委員会が利用可能な証拠に基づく簡略な分析で足りるもの

の,一定の行為を将来行う蓋然性の評価の際に,その行為の違法性及び制裁性

から事業者が一定の行為を行うインセンテイブを減少・排除しうる要素も考慮

しなければならないとし,①委員会が予想した行為がEC条約82条に違反する

おそれがあるか否か ②証拠は利用可能性であったかが検討された。

本件では,委員会が予想した行為(大型商用機用エンジンの競争者に対する

①エンジンスターターの供給拒絶・妨害と②エンジンスターター価格の引上

げ)はいずれも支配的地位の濫用に該当する蓋然性があるとされ,また,証拠

も委員会が詳細な調査を行わなくとも,予想される行為の違法性と科罰性の程

度を評価するのに必要な証拠はすべて利用できたとして もし EC条約82条の

抑止効果を考慮すれば行為が行われる蓋然性の評価に実質的な影響を与えるの

で,委員会の分析には評価の明白な誤りがあり,支配的地位が強化されること

は十分に立証されていないとされた。

予想される行為とその違法性との関係は 問題となる行為が競争者を害する

のに有効で,その行為を行う商業的インセンテイブが明確になり,委員会の意

見が説得的になればなるほど,当該行為が反競争的であると評価され,支配的

地位の濫用に該当して違法となり 制裁を課される蓋然性が高くなる関係にあ

るO

第 3章 おわりに-今後の ECにおける非水平合併の分析

混合効果について初めて裁判所の判断が示された TetraLaval v Commission

欧州第一審裁判所判決において,抱き合わせのような合併企業の将来の行為に

より反競争効果が生じる場合には,その行為が行われる蓋然性を,説得的な証

拠に基づき,十分な蓋然性をもって立証する必要があり,その際には, EC条

約82条の支配的地位の濫用の禁止に該当して違法となり,制裁が課される可能

性によりその行為を行つ合併企業のインセンティブが減少・排除されることも

考慮すべきとされ,これは Commissionv Tetra Laval欧州司法裁判所判決おい

Page 50: Kobe University Repository : Kernel神戸法学雑誌55巻4号 128 神戸法学雑誌第五五巻第四号二00六年三月 非水平合併の分析-EC競争法における最近の展開

神戸法学雑誌 55巻4号 80

ても支持された。

General Electric v Commission欧州第一審裁判所判決は,この EC条約82条

の抑止効果を将来の行為の蓋然性の評価で考慮すべきとする考え方を,さらに

垂直合併の市場閉鎖効果にまで拡大したという意義をもっO

水平合併と非水平合併(垂直合併・混合合併)との違いというのは,当該合

併自体により市場に悪影響を及ぼしうるかの違いがある O 水平合併では,当該

市場における合併企業の市場シェアの上昇,競争単位の減少など市場構造に変

化をもたらすのに対して 垂直合併や混合合併では 垂直関係や混合関係それ

自体は市場構造に変化がなく何ら悪影響をもたない。反競争効果が生じうると

すれば,合併企業の合併後の行動による場合である O そこで, EC条約82条違

反の抑止効果も考慮すべきとされる余地が生じるといえる O

合併に条件を付して承認する場合には,まず条件を付さなければ支配的地位

が形成又は強化されることになることを委員会が立証する必要がある O したが

って,予測される将来の行為がEC条約82条に該当しうる違法な行為であるこ

とによって思いとどまる効果もその行為が実際に行われるかという蓋然性の判

断において考慮される必要があるとすると,合併企業があえて EC条約82条違

反行為を行う意図が立証できた場合を除くと, EC条約82条に該当しうる行為

を行わないという行為約束を付すことはなくなると思われる O

また,垂直効果においても EC条約82条による行為を思いとどまる効果を考

慮すべきとすると,例えば,事業を行うために不可欠な設備の利用等について,

結合関係にない事業者を差別的に取り扱うことを禁止する条件を付して,市場

閉鎖効果やライバル費用の引上げ戦略の問題を解消することはできなくなるの

ではないか(凶ヘなぜなら,本判決でも述べられているように,市場に悪影響

をもたらしうる行為であればあるほど,そのような行為を行うインセンテイブ

は高まるが,それと同時に,支配的地位の濫用行為として違法となる蓋然性も

(142) 企業結合審査に関する独占禁止法の運用指針(平成16年 5月31日公正取引委員

会)参照。

Page 51: Kobe University Repository : Kernel神戸法学雑誌55巻4号 128 神戸法学雑誌第五五巻第四号二00六年三月 非水平合併の分析-EC競争法における最近の展開

79 非水平合併の分析-EC競争法における最近の展開

高まることになるからである O

Tetra Laval v Commission欧州第一審裁判所判決 Commission v Tetra Laval

欧州司法裁判所判決 General Electric. v Commission欧州第一審裁判所判決の

これらの判決傾向が与える今後の欧州委員会の非水平合併に関する審査実務へ

の影響は,今後も引き続き, EC競争法においては,合併後の行為よる反競争

効果の検討が垂直合併・混合合併においてなされるが,説得的な証拠に基づい

てそのような行為が合併後に行われる蓋然性を慎重に検討していくことになる

と思われる O

実際にも ,Commission v Tetra Laval欧州司法裁判所判決後の2005年7月15

日に出された P&G/Gillette欧州委員会決定(瑚)においても 混合効果が検討さ

れているが,詳細な市場調査の結果,混合効果は否定された。本件は,米国の

家庭用品分野におけるブランド製品で知られる P&Gによる,米国のカミソリ

・電池などの消費財メーカーである Gi11etteの買収であり P&Gの電動歯ブラ

シ事業の売却を条件として承認した事件である O 両社の事業が重複していたの

は主に電動歯ブラシ事業のみで,それ以外の事業には重複がなく,両社で所有

するブランド数は21にのぼる O ブランド消費財の世界的なリーデイングメーカ

ー2社が結合することとなるので,欧州委員会の市場調査は,合併当事者の広

範囲の製品ポートフォーリオが結び付くことによる反競争効果に焦点が当てら

れた。しかし,市場調査の結果,合併後においても,両社は小売業者に条件を

課して,消費者に悪影響をもたらす地位にはないことが明らかになった。

委員会は,合併後に,両社の非常に良く知られた数多くのブランドが同一企

業体により提供されるので,例えば,小売業者が同一メーカーの製品群から他

のブランド製品も購入する場合にのみ一定のブランド製品を購入できるという

ような反競争的な混合効果が生じるか否かを慎重に調査した。調査は,特に,

(143) Case No COMPIM. 3732-Procter & Gamble/Gillette; Press Release of European Commission, IP/05/955,15th July 2005. Andreas Weitbrecht, EU Merger Control in

2005 -An Overview, [2006J E.C.M.R. 43, at 48.

Page 52: Kobe University Repository : Kernel神戸法学雑誌55巻4号 128 神戸法学雑誌第五五巻第四号二00六年三月 非水平合併の分析-EC競争法における最近の展開

神戸法学雑誌 55巻4号 78

競争者製品が不当に排除され,最終消費者に悪影響をもたらす可能性に焦点が

当てられた。また,小売業者の棚の配分に関する合併当事者の関与が,庖の棚

に対する支配を獲得できるようになり,競争者や消費者を害することにならな

いかも検討された。

詳細な市場調査の結果 反競争的な混合効果は生じないことが明らかになっ

た。主な理由は,①合併後も匹敵する製品ポートフォーリオを有する他のブラ

ンド製品メーカーからの激しい競争に直面し続けること O ②競争者が排除され

るリスクやポートフォーリオ効果は,顧客が対抗的購買力を行使する能力とイ

ンセンテイブを持っていることから,相当程度に緩和されること O また,③小

売業者が庖頭の棚に対する最終的な決定権を保持していたことから,合併当事

者による庖頭の棚の管理に対する関与の増加が競争上の悪影響に結びっく証拠

がなかったからである O

また,Tetra Laval v Commission欧州第一審裁判所判決後の2004年 1月21日

に出された GE/Amersham欧州委員会決定(削では 補完製品の生産者同士の合

併で,抱き合わせのような排除行為を通じて,合併前の市場支配力をある市場

から別の市場へのレパレッジすることによって,競争を排除する能力と経済的

誘因を,合併による直接・即時の結果として,合併企業が獲得するか否かが問

題とされた。本件は,映像診断装置事業を営む GEが,そのような装置に用い

られる診断薬を製造する Amersham(英)を株式取得するもので,両社に事業

の水平的重複はなく,病院が映像診断装置とそれに用いる診断薬の双方を購入

する必要があるという意味で補完関係にあった。市場調査は, GE製映像診断

装置と Amersham製診断薬を抱き合わせることにより競争者を排除することが

できるか否かに焦点が当てられた。特に,①抱き合わせの方が個別で購入する

(144) Case No COMPIM. 3304-GE/Amersham; Press Release of European Commission,

IP/04l82, 21st January 2004. Sven B. Volcker, Development in EC Competition Law

in 2004 :αn Overview, [2005J 42 CML Rev. 1691, at 1733-1734.

Page 53: Kobe University Repository : Kernel神戸法学雑誌55巻4号 128 神戸法学雑誌第五五巻第四号二00六年三月 非水平合併の分析-EC競争法における最近の展開

77 非水平合併の分析-EC競争法における最近の展開

よりも安価となる Commercia1 bundling (凶xed bundling)や,②Amersham製

品が競争者製の装置より GE製の装置でより良く機能するような technical ty-

ingが特に問題とされた。しかし,市場調査の結果,両当事者は欧州ではそれ

ぞれの市場で支配的地位にないため,抱き合わせ戦略は成功しそうにもなく,

顧客の病院も多様な供給者からの競争を享受しつづけることが確認された。

GE/Amersham欧州委員会決定では, Commercial bundlingが競争を排除する

結果となるための要件として,次のように述べていることが注目される(則。

①合併企業が一方の製品の合併前の支配的地位を他方の補完製品へとレバレッ

ジすることができること,②このような戦略で利益を上げるには,競争者が競

争上の対抗できないとの合理的な期待があること,③その結果としての競争者

の弱体化は競争者に市場からの退出を強いること,④いったん競争者が市場か

ら退出したら,合併企業は,単独で,新規参入や再参入の蓋然性に脅かされる

ことなく,長期に持続して価格引上げを行うことができなければならない。

今後も P&G/Gillette欧州委員会決定や GE/Amersham欧州委員会決定のよう

な方向性で,今後も EC競争法の合併規制において,混合効果の検討は引き続

きなされるものの,詳細な市場調査や経済分析に基づき慎重な認定がされると

思われる O

本稿でとりあげた Commissionv Tetra Laval欧州司法裁判所判決,及び,Gen-

eral Electric v Commission欧州第一審裁判所判決が,今後策定が予定されてい

る垂直・混合合併ガイドラインに影響を与えることは疑いがないであろ

λ(146) ノ 0

また,垂直効果・混合効果の合併分析において, EC条約82条違反による違

法性・制裁性の考慮、も求められていることからすれば EC条約82条の見直し

(145) Id. para 37.

(146) Andreas Weitbrecht, EU Merger Control in 2005 -An Overview, [2006J E.C.M.

R. 43, at 50によれば, 2006年には垂直・混合合併ガイドライン案が出される見込み

のようである。

Page 54: Kobe University Repository : Kernel神戸法学雑誌55巻4号 128 神戸法学雑誌第五五巻第四号二00六年三月 非水平合併の分析-EC競争法における最近の展開

神戸法学雑誌 55巻4号 76

作業の議論の行方も密接にかかわってくるように思われる(14九

抱き合わせ等を手段としたレバレッジのような競争者排除効果を事前に合併

規制の段階で規制すべきか それとも抱き合わせ等の行為は事後的に EC条約

82条・独禁法 3条前段の私的独占等で規制することで足りるのかなど,合併規

制の目的,合併規制とその他の規制との関係・役割分担等の一般的な問題の検

討については,今後の研究課題としたい(148)o

ただ, EC競争法における混合合併規制の展開を見て言えることは, EC競

争法では,事後規制で足りるという立場はとらずに,合併規制の段階で競争者

排除行為による反競争効果も検討する立場を採っているけれども,将来の行為

が行われる蓋然性の立証やその行為が著しい反競争効果を持つとの立証が難し

く,さらに, EC条約82違反とされて行為が抑制される効果や行為約束の考慮

が求められる結果,混合合併が禁止されることはそう多くはないと思われ

る(149)。(完)

(147) 欧州委員会競争総局は,健全な経済評価に基づく,明確で一貫した反競争効果

の理論を言及し,執行可能な運用ルールを見出すため, EC条約82条の見直しを行っ

ている。 2005年12月19日に,競争総局スタッフによるデイスカッションペーパーが公

表されたところである。 DGCompetition discussion paper on出eapplication of Article

82 of the Treaty to exclusionary abuses.

(148) 手がかりとして, Sven B. Volcker, Leveraging as theoη of competitive harm in

EU Merger Control, [2003J 40 CML Rev. 581.

(149) 抱き合わせ,忠誠リベート,略奪的価格設定などの排除行為を合併企業が合併

後に行う可能性を欧州委員会が検討してきた理由の一つには,欧州委員会の合併審査

では競争者・顧客等に詳細な質問票を送付して回答を求め,競争者からそのような懸

念が出される度に検討してきたことも考えられる。