iPS細胞による創薬で 患者さんに貢献したい 山中 - JPMAiPS細胞による創薬で...

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i P S 細 胞による創 薬で 患 者さんに貢 献したい 薬を創り出す際には、候補となる物 質が目的とする病気の治療に有効であ ること、また、患者さんに投与されたと きに安全であることを徹底的に確かめ る必要があります。このために現在は、 まず動物実験を行って生体内での働き を調べ、その上で健康な人や患者さん に投与する「臨床試験(治験)」を実施し て、有効で安全と確かめられたものを 治療に使う方法が用いられています。 ヒトと動物では似ているようで違う ところが多くあり、動物実験で成功し ても、ヒトでの治験段階で開発中止に なることが多々あります。また、動物 には効果がなくてもヒトには効果があ る薬が見逃される可能性もあります。 そこで、ターゲットとなる病気の患者 さんの細胞からiPS細胞をつくり分化 させることで病気特有の細胞をつくり 出し、その状態や機能の変化を研究す ることで、創薬の可能性を拡げること ができると考えています。 開発が中断した薬の復活にも iPS細胞が役立つと 期待しています アルツハイマー病や高血圧症など の病気は、同じような症状や病名で あっても患者さんによって原因が異な ることがあります。そのため、この患 者さんには効く薬なのに、違う患者さ んには効果がない、さらに別の患者さ んには副作用が出てしまうといったこ とが起こります。このような場合、 iPS細胞技術を利用すれば、どの患者 さんにどの薬が効くかを予想できるよ うになると考えられ、個々の患者さん に最適な治療を提供する「個別化医療」 に貢献できると思います。 また、既存の治療薬の中に、他の疾 患にも有効な薬が潜んでいる可能性も あります。こうした薬を探すため、患 者さん由来のiPS細胞と既存薬のライ ブラリーを組み合わせて研究を進めて いきたいと思っています。 さらに、有望な新薬として開発が進 められてきたにもかかわらず、最終段 階で、少数の患者さんに肝障害などが 生じ、開発が中断するという例があり ます。こういった薬も、なぜ一部の人 に肝障害が起こるのか、副作用が起き た人からiPS細胞をつくって研究すれ ば、原因が解明できる可能性がありま す。開発が中断された薬の復活にiPS 細胞が役立つと期待されるわけです。 こうしたiPS細胞の臨床応用には、 分野を越えた連携と多くの支援が必要 です。今年4月に日本医療研究開発機 構(AMED)が設立されました。支援 の窓口が一本化されるメリットは大き く、AMEDに対しては大いに期待し ています。研究者の多くは、研究以外 の雑務に追われている実態があります ので、よい方向に進みつつあると言え ます。さらに研究に専念できるような 環境の整備に向けて配慮していただけ たらと思っています。 現在、私たちは様々な形で産学官連 携を進めています。個別の製薬会社と の大規模な連携も本格的に始めまし た。従来、製薬会社と大学の連携では、 企業の研究者が大学に出向して研究す るという形でしたが、新たな試みとし て、iPS 細胞研究所の研究者が製薬会 社の研究所で応用研究を推進しようと しています。これまでになかった形で すが、ぜひ成功させていきたいと思っ ています。 9年前、小規模な基礎研究の中から iPS細胞が生まれました。今後もそう いった萌芽的な基礎研究から、iPS細 胞と同じように医療応用が目指せる基 幹的技術が日本発で産み出されること が必要だと思います。そのためにも、 若手の自由な発想で行われる基盤研究 をしっかり支援していただきたいと思 います。 創薬は時間をかけて 多数の患者さんに貢献する 仕事です 最後に、薬を創り出すことの大切さ について申し上げたいと思います。私 はもともと臨床医でした。臨床医の役 割は、目の前の一人ひとりの患者さん を診療して元気になっていただくこと で、非常に重要です。 一方、私たちが今行っている医学研 究や、製薬会社の方が日々取り組んで いる創薬という仕事は、目の前の患者 さんを直接治すものではありませんが、 薬を介して何千人、何万人単位の患者 さんに貢献する大切な仕事です。私た ち医学研究者も製薬会社の方々も同じ ゴールを目指しているわけです。大学 にいる私たちと、製薬会社の皆さんが これまで以上に連携して、画期的な薬 を1日も早く産み出していきたいと 願っています。 新薬 える For the future drug discovery 山中 伸弥(やまなか しんや) 京都大学i P S細胞研究所所長・教授 「成熟した細胞を、多能性をもつ細胞へと初期化できることの発見」により2012年のノーベル生理学・医学賞を受賞。 日本製薬工業協会 (JPMA) http://www.jpma.or.jp iPS図 ◎ iPS細胞技術による創薬の流れとメリット 候補物質の 探索 iPS 細胞 / 動物 による実験 臨床試験 臨床試験 動物実験 個別化 医療の 実現へ 既存の 治療 一部の患者さんに副作用が 出て開発が中断された薬剤 動物で有効性が確認 されなかった薬剤候補 新しいくすりで、世界に希望を届けたい。

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Page 1: iPS細胞による創薬で 患者さんに貢献したい 山中 - JPMAiPS細胞による創薬で 患者さんに貢献したい 薬を創り出す際には、候補となる物

i PS細胞による創薬で患者さんに貢献したい

 薬を創り出す際には、候補となる物質が目的とする病気の治療に有効であること、また、患者さんに投与されたときに安全であることを徹底的に確かめる必要があります。このために現在は、まず動物実験を行って生体内での働きを調べ、その上で健康な人や患者さんに投与する「臨床試験(治験)」を実施して、有効で安全と確かめられたものを治療に使う方法が用いられています。 ヒトと動物では似ているようで違うところが多くあり、動物実験で成功しても、ヒトでの治験段階で開発中止になることが多々あります。また、動物には効果がなくてもヒトには効果がある薬が見逃される可能性もあります。そこで、ターゲットとなる病気の患者さんの細胞からiPS細胞をつくり分化させることで病気特有の細胞をつくり出し、その状態や機能の変化を研究することで、創薬の可能性を拡げることができると考えています。

開発が中断した薬の復活にもiPS細胞が役立つと期待しています

 アルツハイマー病や高血圧症などの病気は、同じような症状や病名であっても患者さんによって原因が異なることがあります。そのため、この患者さんには効く薬なのに、違う患者さんには効果がない、さらに別の患者さ

んには副作用が出てしまうといったことが起こります。このような場合、iPS細胞技術を利用すれば、どの患者さんにどの薬が効くかを予想できるようになると考えられ、個々の患者さんに最適な治療を提供する「個別化医療」に貢献できると思います。 また、既存の治療薬の中に、他の疾患にも有効な薬が潜んでいる可能性もあります。こうした薬を探すため、患者さん由来のiPS細胞と既存薬のライブラリーを組み合わせて研究を進めていきたいと思っています。 さらに、有望な新薬として開発が進められてきたにもかかわらず、最終段階で、少数の患者さんに肝障害などが生じ、開発が中断するという例があります。こういった薬も、なぜ一部の人に肝障害が起こるのか、副作用が起きた人からiPS細胞をつくって研究すれば、原因が解明できる可能性があります。開発が中断された薬の復活にiPS細胞が役立つと期待されるわけです。 こうしたiPS細胞の臨床応用には、分野を越えた連携と多くの支援が必要です。今年4月に日本医療研究開発機構(AMED)が設立されました。支援の窓口が一本化されるメリットは大きく、AMEDに対しては大いに期待しています。研究者の多くは、研究以外の雑務に追われている実態がありますので、よい方向に進みつつあると言えます。さらに研究に専念できるような

環境の整備に向けて配慮していただけたらと思っています。 現在、私たちは様々な形で産学官連携を進めています。個別の製薬会社との大規模な連携も本格的に始めました。従来、製薬会社と大学の連携では、企業の研究者が大学に出向して研究するという形でしたが、新たな試みとして、iPS 細胞研究所の研究者が製薬会社の研究所で応用研究を推進しようとしています。これまでになかった形ですが、ぜひ成功させていきたいと思っています。 9年前、小規模な基礎研究の中からiPS細胞が生まれました。今後もそういった萌芽的な基礎研究から、iPS細胞と同じように医療応用が目指せる基幹的技術が日本発で産み出されることが必要だと思います。そのためにも、若手の自由な発想で行われる基盤研究をしっかり支援していただきたいと思います。

創薬は時間をかけて多数の患者さんに貢献する

仕事です

 最後に、薬を創り出すことの大切さについて申し上げたいと思います。私はもともと臨床医でした。臨床医の役割は、目の前の一人ひとりの患者さんを診療して元気になっていただくことで、非常に重要です。 一方、私たちが今行っている医学研究や、製薬会社の方が日々取り組んでいる創薬という仕事は、目の前の患者さんを直接治すものではありませんが、薬を介して何千人、何万人単位の患者さんに貢献する大切な仕事です。私たち医学研究者も製薬会社の方々も同じゴールを目指しているわけです。大学にいる私たちと、製薬会社の皆さんがこれまで以上に連携して、画期的な薬を1日も早く産み出していきたいと願っています。

新薬を考えるFor the future drug discovery

山中 伸弥(やまなか しんや) 京都大学iPS細胞研究所所長・教授「成熟した細胞を、多能性をもつ細胞へと初期化できることの発見」により2012年のノーベル生理学・医学賞を受賞。

日本製薬工業協会(JPMA) http://www.jpma.or.jp

山中伸弥氏

京都大学iPS細胞研究所

図 ◎ iPS 細胞技術による創薬の流れとメリット

候補物質の探索

iPS 細胞 / 動物による実験

臨床試験

臨床試験動物実験

個別化医療の実現へ

既存の治療

一部の患者さんに副作用が出て開発が中断された薬剤

動物で有効性が確認されなかった薬剤候補

新しいくすりで、世界に希望を届けたい。