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元荒川ムサシトミヨ生息地と文化財 -元荒川ムサシトミヨ生息地における天然記念物の保存と課題- 熊谷市立江南文化財センター 山下祐樹 1

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Page 1: -元荒川ムサシトミヨ生息地における天然記念物の保存と課 …...2.天然記念物の語源 天然記念物(前述のドイツ語Naturdenkmal)の語は、

元荒川ムサシトミヨ生息地と文化財-元荒川ムサシトミヨ生息地における天然記念物の保存と課題-

熊谷市立江南文化財センター 山下祐樹 1

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1.文化財とは何か

 1950年制定の文化財保護法によって一般に用いられるようになった語で、cultural propertiesの訳語。同法では〈歴史、文化の正しい理解のために欠くことのできない〉貴重な国民的財産と定義。(1)建造物、絵画、彫刻等の〈有形文化財〉(2)音楽、演劇、工芸技術等の〈無形文化財〉(3)衣食住、信仰、年中行事等に関する〈民俗文化財〉(4)古墳や旧宅〈記念物〉(史跡)  海岸や山岳等の景勝地や庭園〈記念物〉(名勝)   動植物の繁殖地等〈記念物〉(天然記念物)

(5)他に、伝統的建造物群・文化的景観・埋蔵文化財など羽黒山のスギ並木

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2.天然記念物の語源

 天然記念物(前述のドイツ語Naturdenkmal)の語は、1800年にドイツのフンボルト A. v. が南アメリカを旅行した際に、1本の巨大な木をさして使用したことが発端と考えられる(『新大陸の熱帯地方紀行』)。 19世紀後半、産業の進展により自然の保護が社会問題となった、イギリス、アメリカ、ドイツで天然記念物の概念が広まった。プロイセン(現在のドイツ)では郷土愛のシンボルとして天然記念物の保護が叫ばれ、1906年に「プロイセン天然記念物保護管理国立研究所」が発足した。

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3.天然記念物の最初の概念 プロイセンの同研究所の活動原則第2条によると「天然記念物とは、とくに特色ある郷土の自然物をいう。とりわけ土地の風景の一部であれ、大地の様相であれ、動植物の類であれ、その本来の場所に存在するものをいう」としている。ドイツの天然記念物保護運動からの影響を受け、天然記念物の概念が一般化した。→ 普段からあった自然に対して天然記念物の概念をあてるといった意識の転換。

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出典:文化庁

『国宝・重要文化財建造物 保存・活用の進展をめざして』

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4.天然記念物の数と種別2018年(平成30)4月1日の時点

国指定の天然記念物は1027件  (うち特別天然記念物は75件)種類別指定件数  動物195件(うち特別天然記念物21件)  植物554件(30件)   地質鉱物255件(20件)  天然保護区域23件(4件)

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動物  日本固有種で著名なものには、アマミノクロウサギ、ヤマネ、アホウドリ、メグロ、オオサンショウウオなどがあるほか、タンチョウ、コウノトリなど日本周辺に分布が限定された種別もある。 また、貴重な生物群集として、鹿児島県のツルおよびその渡来地や数か所のゲンジボタル発生地、千葉県鯛ノ浦のタイ生息地、岡山県笠岡のカブトガニ繁殖地などがある。

タンチョウ

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植物 日本古来の自然を示す原始林として札幌の「円山原始林」、長野・新潟・富山県の「白馬連山高山植物帯」、長野県の「霧ヶ峰湿原植物群落」、愛知県の「石巻山石灰岩地植物群落」などがある。 代表的な原野植物群落、海岸植生、洞穴に自生する植物群落、分布の北限や南限など生育限界を示すもの、また自然界の驚異を示す大木、奇木、珍木、並木などの指定も多い。

青島亜熱帯性植物群落(宮崎)

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地質・鉱物 根尾谷断層(岐阜県)象潟(きさかた:秋田県)諸磯の隆起海岸など(神奈川県)飛水峡の甌穴(おうけつ)群(岐阜県)瀞八丁(どろはっちょう:和歌山・三重・奈良県)清津峡(きよつきょう:新潟県)薬師岳の圏谷(けんこく)群(富山県)白糸ノ滝(静岡県)秋吉台の秋芳洞(あきよしどう:山口県)昭和新山(北海道)エゾミカサリュウなどの標本 

これら動物、植物、地質鉱物のほかに、それらを包括的に指定した天然保護区域があり、長野県の上高地、福島・群馬・新潟県の尾瀬、北海道の釧路湿原などが指定されている。

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5.天然記念物の指定と保護体制 指定された天然記念物については、文化財保護法第125条で、指定物件の現状の変更および保存に影響を及ぼす行為は文化庁長官の許可を要することとし、罰則も5年以下の懲役もしくは禁錮など、とこの種の文化法としては重い罰則を設けている。こうした規制のほか、保護・増殖や自然回復などの措置を講じている。 都道府県、市町村の保護条例についても同法に付随する内容となっている。

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6.国指定魚類天然記念物―指定の枠― ヒブナ:春採湖ヒブナ生息地(北海道釧路市) ウグイ:横山のウグイ生息地(宮城県登米市)      柳津ウグイ生息地(福島県河沼郡柳津町) ウナギ:賢沼ウナギ生息地(福島県いわき市)       粥川ウナギ生息地(岐阜県郡上市) テツギョ:魚取沼テツギョ生息地(宮城県加美郡加美町) アラレガコ:アラレガコ生息地(福井県)   イトヨ:本願清水イトヨ生息地(福井県大野市) ハリヨ:津屋川水系清水池ハリヨ生息地(岐阜県海津市)

ハリヨイトヨ 11

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オオウナギ:オオウナギ生息地(和歌山県西牟婁郡白浜町)

母川のオオウナギ生息地(徳島県海部郡海陽町)オオウナギ生息地(長崎県長崎市)

イワメ:大野川水系イワメ生息地(大分県竹田市)中村川ネコギギ生息地(三重県松阪市)深泥池生物群集(京都府京都市):ヨシノボリ等

 明神池(山口県萩市):汽水湖淡水魚・海水魚

地域を定めず指定:

アユモドキ、イタセンパラ、ネコギギ、ミヤコタナゴ12

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7.熊谷市内の県指定天然記念物「元荒川ムサシトミヨ生息地」

 熊谷駅の南東部を流れる元荒川源流部は、世界で熊谷市にしか生息していない希少魚ムサシトミヨが生息している。この源流部400メートルは、平成3年に県の天然記念物に指定されている。

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文 化 財 指 定 区 域

文化財関係の動向

1963年(昭和38年)

ムサシトミヨの種別化、名称化(中村守純氏)

同年頃、自然湧水枯渇、水産試験場のポンプアップのみに。

1984年(昭和59年)熊谷市指定天然記念物(400m)

1991年(平成3年)埼玉県指定天然記念物(400m)埼玉県の魚に。

2013年(平成25年)

ムサシトミヨをまもる会の活動がプロジェクト未来遺産に登録

一級河川始点

保護センター

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8.トミヨの種と他種との関連

本種をトミヨ、イバラトミヨ(キタノトミヨ)などと分類していたが、現在では北海道や東北、朝鮮半島、ロシア極東の淡水域に分布する「淡水型」、北海道東部の汽水域に分布する「汽水型」、秋田・山形の淡水に分布している「雄物型」の三群に別けられ、学名は決まっていないが、それぞれが独立種として考えられている。

トミヨ

イトヨ

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9.本願清水イトヨ生息地  ほんがんしょうずいとよせいそくち

国指定天然記念物 :所在地 福井県大野市糸魚町  指定年月日(昭和 9. 5. 1)  トゲウオ科の魚類。背中のとげは普通3本ある。陸封型と降海型の2型があり、福井県には両者が生息する。陸封型は体長約5cmで、大野市の湧水池に生息し、本願清水の生息地は昭和9年(1934)5月1日に国の天然記念物に指定された。しかし近年になり地下水位が低下して湧水の水枯れが起こり、イトヨの保護対策が必要となった。自然湧水に加えて一部ポンプアップを行っている。

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10. 津屋川水系清水池ハリヨ生息地

国指定天然記念物:岐阜県海津市指定年月日(昭和40.9.7) ハリヨはトゲウオ目・トゲウオ科に属している淡水魚で、自然分布は滋賀県北東部、岐阜県の南西部で、三重県にもかつては分布していたが、1950年代に絶滅している。また、兵庫県で見られるものは移入されたものである。全長は5~7cmで、トゲウオ科に独特の鱗板は胸びれ付近の体側前部にだけ見られる。腹にも二本、しりびれ近くにも一本の棘がある。側線上の鱗は大きい。生息地における自然湧水は維持されている。

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11. トゲソの里(新潟県五泉市)  新潟県五泉市、ブナ林の菅名岳を背後に、阿賀野川と早出川で形成された扇状地にある湧水の里であり、扇状地の末端部に沿って湧水が列状で湧いている。 当該地域の湧水地は、希少淡水魚であるイバラトミヨ(トゲソ)の生息南限地であり、地元住民による湧水環境保全の取組によって、当該里地里山全体の保全、その他さまざまな種の保全につながっている。 生息地等無指定。自然湧水による保存。

トゲソ

保護事業報告18

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12. ムサシトミヨ生息地の国指定に向けての課題

・ 自然湧水か、人工的なポンプアップか・ 種の保存か、生物多様性か・ ムサシトミヨの学名との関連→ かつて国指定されたトゲウオの天然記念物において湧水枯渇の問題もポンプアップで補填している例がある。→ 個体数調査などでムサシトミヨ以外の淡水魚数が減少している点についての対策。→ 生息域の拡大の可能性はあるか。→ ムサシトミヨの遺伝子レベルの同定研究との協働

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13.天然記念物保護の課題

• 管理団体・保護団体の運営と継承

• 天然記念物の保護=環境保全の制度

• 補助・支援制度は拡充される中での課題

• ムサシトミヨ保護の体制づくりに向けて

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