森林・樹木における放射性セシウムの動態(Ⅲ...

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33~36 1. はじめに 筆者らは,2011 3 月に発生した東京電力福島第 一原子力発電所の事故に由来した,放射性降下物によ る環境への影響,特に,森林・樹木を対象に放射性セ シウムの動態に関する実態調査を進めている 1,2,3) 森林を対象とした除染のひとつは,放射性降下物に より汚染された森林・樹木を伐採・除去する方法であ る。しかしながら,裸地化した土地は,表層土壌が流 出,土壌侵食を起こすことが懸念される。林業は人間 の社会的経済活動であり,持続可能な森林管理は,伐 採-植栽が基本である。そこで,自然を生かし,自然 と調和を重視する植栽による「林業的除染」の方法や 可能性を検討することは,福島県の林業再開を目指す ため,重要であるといえる。 本報告は,スギを対象にして,造林する直前の 3 生の苗木,ならびに宇都宮大学農学部附属船生演習林 において,2010 5 月および 2011 5 月に植栽した 幼齢木について,経根吸収された放射性セシウムの挙 動に関して調査した。さらに,林地の土壌の流出に ついて検討するため,伐採後 1 年間裸地化した傾斜地 において,2012 5 月に植栽した幼齢木の放射性セ シウム濃度を測定した。なお,調査時における地上高 1m の空間線量率は,0.2μSv/h であった。 2. 材料と方法 材料の実生苗木は,栃木県林業センター(宇都宮市) に設定されている少花粉スギ品種で構成されているミ ニチュア採種園において,2009 10 月に採種され養 苗された 5 家系である。2010 年に温室内の播種箱で 養苗した後,2011 5 月に 1 個体ずつポット ( 容量 850mL,直径 12cm, 深さ 10cm) に移植した。屋外で養 成された培養土(放射性降下物による汚染を受けたと 推察される)を,ポット栽培用の土壌と使用した。そ の後,2 年間ポットで育てた苗木を,2013 5 月に経 根吸収に関する調査に供試した。苗木の各器官につい て,地上部の枝葉と茎,および地下部の根の 3 部位に 区分し切断した。根は土を排除するため,丁寧に水洗 いをした。1 家系につき 6 個体を混合し,各部位の全 乾重量を測定し,放射性核種の濃度を測定するため, 全乾状態で粉砕して U-8 プラ壺(100mL)に充填した。 ポット栽培用の土壌は,5 試料を採取し全乾後,小石 等を除外し U-8 プラ壺に充填した。 測定した放射能濃度から,土壌から植物体への放射 性核種の移行率 4) を,次式により試算した。 移行率(TF)=植物部位の放射能濃度 (Bq/kg dw/ 土壌の放射能濃度 (Bq/kg dw) つぎに,栃木県の県北に位置する塩谷郡に設定さ れている宇都宮大学農学部附属演習林に 2010 5 2011 5 月に植栽したスギ植栽地の幼齢木を調査 対象とした。植栽した苗木は,2007 年に前述した栃 木県林業センター構内に設定されているミニチュア採 種園産の 12 家系および事業用 2 系統の種子を,ポッ トで養苗した。2010 5 月に,ポットで育苗した 2 年生苗を,草原状の平坦な苗畑跡地(20 年以上草刈 りのみで未利用放置地)に 1.5×1.5m の間隔で,各家 20 個体以上を単木混交法で植栽した。放射性核種 の濃度の測定のため,12 家系について 3 成長期後の 2013 3 月に,2012 年に幹から展開した枝葉を,1 家系当たり 4 個体を混合し 1 セットの計 3 セット,合 12 家系 36 セットの試料を採取した。 また,2011 5 月に,前述したポット苗の 3 年生 の苗木(12 家系と事業用 2 系統)を,2 林班ろ小班 の平坦地に 2×2m の間隔で,各家系 20 個体以上を単 木混交法で植栽した。2 成長期中の 2013 6 月に幹 から展開中の枝葉を,1 家系当たり 6 個体,合計 72 個体採取した。この林小班は,2011 2 月に林齢 60 年のヒノキ林の皆伐が終了した後,2011 3 月に発 生した東京電力福島第一原子力発電所の事故に伴う ファールアウトにより,裸地状の土壌が直接,放射能 汚染を受けた。 宇  大  演  報 第 51 号(2015)資 料 Bull. Utsunomiya Univ. For. No. 51(2015)Research material 森林・樹木における放射性セシウムの動態(-スギの苗木および幼齢木における放射性セシウムの経根吸収- Behavior of Radiocesium in Forest and Trees (III) Uptake of radiocesium in seedling and young tree of sugi 飯塚 和也 1 ,大島 潤一 1 ,逢沢 峰昭 1 ,大久保達弘 1 ,石栗  太 1 ,横田 信三 1 Kazuya IIZUKA 1 , Jyunichi OHSHIMA 1 , Mineaki AIZAWA 1 , Tatsuhiro OHKUBO 1 , Futoshi ISHIGURI 1 , Shinso YOKOTA 1 1 宇都宮大学農学部森林科学科 〒 321-8505 宇都宮市峰町 350 1 Faculty of Agriculture, Utsunomiya University, Utsunomiya 321-8505, Japan

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33~36

1. はじめに 筆者らは,2011年 3月に発生した東京電力福島第一原子力発電所の事故に由来した,放射性降下物による環境への影響,特に,森林・樹木を対象に放射性セシウムの動態に関する実態調査を進めている 1,2,3)。 森林を対象とした除染のひとつは,放射性降下物により汚染された森林・樹木を伐採・除去する方法である。しかしながら,裸地化した土地は,表層土壌が流出,土壌侵食を起こすことが懸念される。林業は人間の社会的経済活動であり,持続可能な森林管理は,伐採-植栽が基本である。そこで,自然を生かし,自然と調和を重視する植栽による「林業的除染」の方法や可能性を検討することは,福島県の林業再開を目指すため,重要であるといえる。 本報告は,スギを対象にして,造林する直前の 3年生の苗木,ならびに宇都宮大学農学部附属船生演習林において,2010年 5月および 2011年 5月に植栽した幼齢木について,経根吸収された放射性セシウムの挙動に関して調査した。さらに,林地の土壌の流出について検討するため,伐採後 1年間裸地化した傾斜地において,2012年 5月に植栽した幼齢木の放射性セシウム濃度を測定した。なお,調査時における地上高1mの空間線量率は,0.2μSv/hであった。

2. 材料と方法 材料の実生苗木は,栃木県林業センター(宇都宮市)に設定されている少花粉スギ品種で構成されているミニチュア採種園において,2009年 10月に採種され養苗された 5家系である。2010年に温室内の播種箱で養苗した後,2011年 5月に 1個体ずつポット (容量850mL,直径 12cm,深さ 10cm)に移植した。屋外で養成された培養土(放射性降下物による汚染を受けたと推察される)を,ポット栽培用の土壌と使用した。その後,2年間ポットで育てた苗木を,2013年 5月に経根吸収に関する調査に供試した。苗木の各器官につい

て,地上部の枝葉と茎,および地下部の根の 3部位に区分し切断した。根は土を排除するため,丁寧に水洗いをした。1家系につき 6個体を混合し,各部位の全乾重量を測定し,放射性核種の濃度を測定するため,全乾状態で粉砕して U-8プラ壺(100mL)に充填した。ポット栽培用の土壌は,5試料を採取し全乾後,小石等を除外し U-8プラ壺に充填した。 測定した放射能濃度から,土壌から植物体への放射性核種の移行率 4)を,次式により試算した。 移行率(TF)=植物部位の放射能濃度 (Bq/kg dw)/土壌の放射能濃度 (Bq/kg dw) つぎに,栃木県の県北に位置する塩谷郡に設定されている宇都宮大学農学部附属演習林に 2010年 5月と 2011年 5月に植栽したスギ植栽地の幼齢木を調査対象とした。植栽した苗木は,2007年に前述した栃木県林業センター構内に設定されているミニチュア採種園産の 12家系および事業用 2系統の種子を,ポットで養苗した。2010年 5月に,ポットで育苗した 2年生苗を,草原状の平坦な苗畑跡地(20年以上草刈りのみで未利用放置地)に 1.5×1.5mの間隔で,各家系 20個体以上を単木混交法で植栽した。放射性核種の濃度の測定のため,12家系について 3成長期後の2013年 3月に,2012年に幹から展開した枝葉を,1家系当たり 4個体を混合し 1セットの計 3セット,合計 12家系 36セットの試料を採取した。 また,2011年 5月に,前述したポット苗の 3年生の苗木(12家系と事業用 2系統)を,2林班ろ小班の平坦地に 2×2mの間隔で,各家系 20個体以上を単木混交法で植栽した。2成長期中の 2013年 6月に幹から展開中の枝葉を,1家系当たり 6個体,合計 72個体採取した。この林小班は,2011年 2月に林齢 60年のヒノキ林の皆伐が終了した後,2011年 3月に発生した東京電力福島第一原子力発電所の事故に伴うファールアウトにより,裸地状の土壌が直接,放射能汚染を受けた。

宇  大  演  報第 51号(2015)資 料

Bull. Utsunomiya Univ. For.No. 51(2015)Research material

森林・樹木における放射性セシウムの動態(Ⅲ)-スギの苗木および幼齢木における放射性セシウムの経根吸収-

Behavior of Radiocesium in Forest and Trees (III) -Uptake of radiocesium in seedling and young tree of sugi-

飯塚 和也 1,大島 潤一 1,逢沢 峰昭 1,大久保達弘 1,石栗  太 1,横田 信三 1

Kazuya IIZUKA1, Jyunichi OHSHIMA1, Mineaki AIZAWA1,

Tatsuhiro OHKUBO1, Futoshi ISHIGURI1, Shinso YOKOTA1

1宇都宮大学農学部森林科学科 〒 321-8505 宇都宮市峰町 3501Faculty of Agriculture, Utsunomiya University, Utsunomiya 321-8505, Japan

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34 宇都宮大学演習林報告第51号 2015年4月

 土壌調査は 2013年 8月に,苗畑跡地と 2林班ろ小班について,A層の深さ 5cmまでの表層土壌を対象に,それぞれ任意の 5点について採取した。試料は全乾後,小石等を除外し U-8プラ壺に充填した。 さらに,2林班ろ小班の北東部の斜面(傾斜角 25度,斜距離 10m)について,1年間の裸地化状態で放置後,2012年 5月にスギの一般造林苗を,2×2mの間隔で植栽した。2成長期後の 2013年 10月に,等高線方向に 5行,傾斜方向に 5列の 25個体の幼齢木について,2013年の幹から展開した枝葉を採取した。また,2林班ろ小班に隣接する 2林班わ小班については,2011年 11月~ 2012年 1月に林齢 60年のヒノキ林を皆伐し,2012年 5月にスギの一般造林苗を,1.8×1.8mの間隔で植栽した。2成長期後の 2013年 10月に,平坦地において 5行 5列の 25個体から 2013年に幹から展開した枝葉を採取した。試料は,全乾状態で粉砕して U-8プラ壺に充填した。 全ての試料は,宇都宮大学バイオサイエンス教育研究センター RI施設に設置してあるゲルマニウム半導体検出器 ( ORTEC, SEIKO EG& G)を使用し,134Cs,137Cs,40Kの核種ごとに,濃度 (Bq/kg dw)を測定した。測定した試料の放射性核種の濃度は,採取日で半減期補正を行っている。なお,測定時間は,2000~ 40000秒である。

3. 結果と考察3.1 測定結果の概要 本研究において対象とした放射線核種について,

134Csは半減期が 2年と比較的短いため,半減期が 30年と比較的長い 137Csおよび Csと同じアルカリ金属である天然放射性核種である 40Kを検討する。3.1.1 3年生のポット苗 ポット苗の家系別,部位別の 137Csと 40Kの濃度,バイオマスおよび 1個体当たりの 137Csの蓄積(Bq/本)の測定結果を,表 1に示した。調査時におけるポットの土壌の放射能濃度は,137Csは 570 Bq/kg dw(±323),40Kは 391 Bq/kg dw(±106)であった。3年生の苗高の平均は 44.0cmであった。137Csおよび 40Kについて,家系と部位の枝葉,茎,根に関する 2元配置の分散分析の結果,両核種の濃度ともに家系間に有意差は見られなかった。137Cs濃度は枝葉と茎が,根と比べ有意に高い値を示したが,40K濃度は,部位ごとに平均値が 437~ 443 Bq/kg dwの範囲で,部位間に有意差は見られなかった。また,バイオマスは 1個体当たりの平均で見ると,合計で 19.5g,その配分比は枝葉は 61%,茎は 17%,根は 22%であった。1個体当たりの 137Csの Bq蓄積は,6.6 Bq/個体であり,全部の73%は枝葉に存在していた。 また,試算した放射性核種の移行率について,137Csは,枝葉,茎,根で,それぞれ 0.70,0.58,0.29の値を示し,一方,40Kでは部位にかかわらず,1.12~ 1.13の値を得た。 本調査において,苗木を枝葉,茎,根の 3部位に区分して調査した結果,137Csに関して平均値で見ると,枝葉の濃度,バイオマス,蓄積(Bq/本)が最も高い値を示し,試算した移行率は 0.70であった。一方,

表2 各調査地の樹高,137Cs,40K に関する家系ごとの測定結果

表1 スギ5家系における3年生苗木の測定結果

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40Kでは,3部位における濃度の平均値に,統計的な差異は見られなかった。また,移行率は 1.12~ 1.13であった。3.2 幼齢木の枝葉の家系別放射能濃度 苗畑跡地と 2林班ろ小班の幼齢木について,共通した 12家系における測定結果を表 2に示した。樹高の測定値は,苗畑跡地が植栽後 3成長期後のサンプリング時点,2林班ろ小班は 3成長期中のサンプリング時点の値である。調査時における土壌の放射能濃度については,苗畑跡地は 137Csが 1917 Bq/kg dw(±907),40Kが 459 Bq/kg dw(±59)であり,2林班ろ小班では,それぞれ 2692 Bq/kg dw(±8441),477 Bq/kg dw(±83)であった。両調査地の放射能核種の濃度を比べると, 137Csは 2林班ろ小班で高い値を示したが,40Kでは,ほぼ同等の値であった。 幼齢なスギの枝葉において経根吸収された 137Csの濃度を見ると,苗畑跡地は平均値で 17 Bq/kg dwであったのに対し,2林班ろ小班では 22倍高い 375Bq/kg dwであった。移行率を試算すると,それぞれ0.009と0.139の値が得られた。このことから,両試験地における土壌の物理的化学的な性質が,異なることが考えられる。山口ら 5)が指摘しているように,苗畑跡地では,森林であった 2林班ろ小班と異なり,放射性降下物である137Csが土壌中の粘土鉱物に固定され,植物が経根吸収しにくい形態になっていることが推察される。一般的に植物は,土壌中のカリウムなどの無機物がイオン態や水溶性状態である可給態の場合,経根吸収できることが知られている。40Kにおける試算した移行率は,両試験地において 0.94~ 1.31の範囲を示した。この値は,前述した 3.1に述べたポット試験における 40Kの移行率とほぼ同様な数値であった。このため,セシウムの状態にかかわらず,カリウムの多くは,植物が経根吸収しやすい可給態で存在している可能性が示唆される。 つぎに,両調査地ごとに家系に関して 137Csを要因とした分散分析の結果を表 3に示した。両調査地ともに,家系間に有意差が認められた。また,分散分析結果から遺伝率を試算したところ,苗畑跡地で 0.34,2林班ろ小班は 0.30の値が得られた。さらに,両調査地における 137Csに関する 12家系間の関係は,相関関係 0.532の正の相関が得られた。 このため,幼齢木の 137Csの経根吸収能には,遺伝的な要因の寄与が存在する可能性が示唆された。

森林・樹木における放射性セシウムの動態(Ⅲ)

表3 各調査地の 137Cs の家系間差に関する分散分析の結果 表5 各調査地の 137Cs と 40K に関する分散分析の結果

表4 各調査地における 137Cs と 40K に関する測定結果

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36 宇都宮大学演習林報告第51号 2015年4月

3.3 植栽された地形による幼齢木の葉の放射能濃度の比較 2林班ろ小班において,1年間裸地状態になっていた傾斜地に 2012年 5月に植栽したスギについて,2013年 10月に 25個体を対象に当年に展開した枝葉を調査した。また,ろ小班と隣接する,わ小班について,2012年 5年に平坦地に植栽した 25個体の当年に展開した枝葉を採取した。両調査地の 137Csと 40Kの測定結果を,表 4に示した。また,等高線方向(行)および傾斜方向(列)に,それぞれ 5個体を 1組として各方向で合計 5組に基づき,137Csと 40Kにおける地形環境に関する2元配置の分散分析の結果を表5に示した。2林班ろ小班では,137Cs濃度は平均値が 869 Bq/kg dwであった。傾斜面上部から下方に向かう同一等高線上の 5個体 1組の平均値は,72,179,474,1559および 2061 Bq/kg dwであった。列方向の 5組における平均値は,500~ 1490 Bq/kg dwの範囲であり,標準偏差も同様に大きな値を示した。分散分析の結果,傾斜の上部面と下部面の間には,スギ幼齢木の枝葉に経根吸収された 137Cs濃度に,有意差が認められた。40K濃度については,平均値が 579 Bq/kg dwであり,等高線方向および傾斜方向の 2方向ともに,520~ 690 Bq/kg dwの範囲にあった。分散分析の結果,2方向の間に有意差は見られなかった。 つぎに,2林班わ小班の平坦地の調査地の結果,137Cs濃度の平均値は 302 Bq/kg dw,40Kは 622Bq/kg dwであった。分散分析の結果,137Cs濃度は 2方向の間に有意差が見られなかったが,40K濃度は 1方向で有意差が認められた。 以上の結果,137Csについて,傾斜地において裸地化状態で 1年間放置した林地では,傾斜面上部の137Csが沈着した表層土壌が下方に流失して堆積することで,植栽されたスギ幼齢木の枝葉の 137Cs濃度が,傾斜面の上部面と下部面では有意に異なっていたと推察される。一方,平坦地における 137Cs濃度には一定の傾向が見られなかった要因は,土壌中の 137Csの不均一な分布や土壌流失による局所的な堆積が無かったこと,また植栽木の経根吸収能の個体間差や侵入植生の影響であると推察される。

4. まとめ スギにおけるポット苗試験,幼齢木の家系間差,そして地形による枝葉の放射能濃度の差異に関して調査した。得られた主な結果は,以下のとおりである。 ① 3年生苗木の枝葉,茎,根の 3部位において,

枝葉が,137Cs濃度,バイオマス,蓄積(Bq/本)ともに,最も高い値が得られた。 ② スギの幼齢木における 137Csの経根吸収能は,2ヶ所の調査地における家系間に,相関係数 0.532の正の相関関係が得られ,さらに,遺伝率を試算すると,それぞれ 0.3程度の値が得られた。このため,経根吸収能は,土壌の物理的化学的性質が異なることが推察される場合においても,家系間差異が存在する可能性が示唆された。 ③ 傾斜地を裸地化状態で放置することにより,放射性物質を含む土壌が,下方に流出している可能性が確認された。 ④ スギ植栽による林業的除染とは,林外への放射性物質の流失や放出を防ぐため,森林土壌の保全を図るとともに,樹体に放射性物質を吸収させ蓄積させることよる,「森林内の樹木や土壌に放射性物質を閉じ込めること」も,ひとつのあり方である可能性が考えられた。

引用文献1)飯塚和也・相蘇春菜・高嶋有哉・逢沢峰昭・大久保達弘・石栗 太・横田信三 (2014)森林・樹木における放射性セシウムの動態 (Ⅱ )-宇都宮大学演習林におけるスギ材と放射性セシウムの関係-,宇都宮大学演習林報告 50,91- 93

2)飯塚和也・篠田俊信・関 菜穂子・牧野和子・逢沢峰昭・大久保達弘・石栗 太・横田信三・吉澤伸夫 (2013)森林・樹木における放射性セシウムの動態 (Ⅰ )-福島原発事故後 10ヶ月間の宇都宮大学演習林における記録-,宇都宮大学演習林報告 49,77- 80

3)飯塚和也・篠田俊信・石栗 太・横田信三・吉澤伸夫 (2012) 福島原発事故後 10ヶ月間の栃木県における空間放射線量率の記録,宇都宮大学演習林報告 48,161- 164

4)Friederike Strebl, Sabine Ehlken, Martin H. Gerzabek, Gerald, Kirchner(2007 ) Behaviour of radionuclides in soil/crop systems following contamination, Radioactivity in the Terrestrial Environment10,19 -42

5)山口紀子・高田裕介・林健太郎・石川 覚・倉俣正人・江口定夫・吉川省子・坂口 敦・朝田 景・和穎朗太・牧野知之・赤羽幾子・平舘俊太郎(2012)土壌-植物系における放射性セシウムの挙動とその変動要因,農環研報 31,75- 129