ボブ・ディラン ノーベル賞おめでとう - Hiroshi Tボブ・ディランBob Dylan...

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ボブ・ディラン ノーベル賞おめでとう Congratulations to Bob Dylan, Nobel Prize Lauriate! (updated on Nov. 19, 2016)

Transcript of ボブ・ディラン ノーベル賞おめでとう - Hiroshi Tボブ・ディランBob Dylan...

  • ボブ・ディラン

    ノーベル賞おめでとう

    Congratulations to Bob Dylan,Nobel Prize Lauriate!

    (updated on Nov. 19, 2016)

  • 【最新情報】 授賞式欠席表明ボブ・ディランは、12月10日にストックホルムで行われる授賞式を欠席する意向

    であることが判明したとAP通信が伝えた。スウェーデン・アカデミーは2016年11

    月16日(現地時間)、ボブ・ディランから「個人的には授賞式に出席して直接受け

    取りたいのですが、別件があるため残念ながら叶いません」との連絡を受け

    たと発表した。

    サラ・ダニウス事務局長はスウェーデンのTT通信社に対し、ディランからアカ

    デミー宛ての個人的な書簡が届いたことを明らかにした。ディランは「(文学賞の

    受賞を)たいへん光栄に思っている」という。

    アカデミーはディランの意思を尊重することを表明し、今回のようなケースは稀

    ではあるが前例もある、としている。(AP通信の調べによると、2004年、劇作家・

    小説家のエルフリーデ・イェリネク(文学賞)が社会不安障害を理由に授賞式へ

    の出席を控えた例がある)。授賞式におけるディランの代理人が誰になるかなど

  • 未定だが、まもなく詳細が明らかになると思われる。

    アカデミーはまた、ボブ・ディラン本人によるノーベル・レクチャー(記念講演)を

    期待している、と付け加えた。記念講演は受賞者の義務とされており、授賞式の

    行われる12月10日から6ヵ月以内に行うことになっている。

    同アカデミーは声明で「ディランは来年、おそらく春にストックホルムで公演する

    可能性があるので、もしそうなら講演する絶好の機会になるだろう」とした。

  • 表 裏

    ボブ・ディランに授与される『ノーベル文学賞』のメダル直径約66mm、重さ約200g、近年のは金メッキ

    ノーベル賞のメダルのデザインについて★表面: 物理学・化学・医学生理学・文学は同一。平和と経済学は異なる。★裏面: 物理学と化学のみ同一で、他はすべて異なる。

  • スウェーデン・ストックホルムにあるノーベル博物館 (The Nobel Museum)

    で売っている袋入りノーベル賞メダルチョコレート

    ノーベル賞受賞者らが記念によく買って帰る人気のお土産 (実物よりも約1cm小さい直径5.5cm)山中伸弥教授は1000個買われたそうです。ビターな大人の味がします。

    表 中身 裏

  • 10個 缶入りのノーベル賞祝賀ダークチョコレート (内容は前ページと同一)

  • ノーベル賞創設90周年を記念して1991年に製作された受賞者を

    賛える晩餐会用のカトラリー(Cutlery)で、デザインはスウェーデンの

    著名なデザイナーのゴナ・セリン氏が担当した豪華なもの。

    この写真のものは未使用・未開封の完全な新品。

    この部分の裏面

  • ノーベル賞祝賀晩餐会で使われるシャンパングラス 製造会社のマーク

    シャンパングラスのボックスに貼ってあるラベル

    今回の撮影用に開封した新品・未使用の

    残念ながらこれでボブ・ディランが、受賞者祝賀会でシャンパンを飲むことはなくなりました。

    「Orre」はスウェーデン語で黒い雷鳥、「Fors」は川

    の流れを意味し、ロゴマークにも使用されています。スウェーデンを代表するブランドです。

  • ボブ・ディラン Bob Dylan

    1941年5月24日にアメリカ・ミネソタ州生れ。シンガーソングライター

    で、ジャンルはカントリー、フォーク、ロック、フォークロック、ブルース、

    ゴスペルなど。来日は8回。

    近年は詩人として、ノーベル文学賞の候補に、ずっと上がっていまし

    た。日本では、村上春樹が日本人であるために、候補者として非常に

    話題になり注目されていますが、国際的にはボブ・ディランが有名で、

    話題になっており、かの小室哲哉(私のホームページの『早稲田大学

    出身者にはなぜ有名人が多いのか』を参照してください)は、すでに昨

    年にボブ・ディランのノーベル賞の受賞を期待・予告していました。村

    上春樹がなかなか取れない理由を読みましたが、なるほどと思う点が

  • あります。でも、日本人として、近いうちにぜひ取って欲しいですねー。

    面白いことに、村上春樹の作品の中にボブ・ディランが出てくる箇所も

    あります。たとえば『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』とい

    うタイトルの作品の下巻の290~291ページに、ボブ・ディランの名前が

    4回も出てきます。次に示すその写真を参照してください。

    今回、シンガーソングライターであるボブ・ディランが選ばれた理由を、

    ノーベル賞関係者らは以下のように述べています。

    ★米国の歌の伝統における新たな詩的表現を創造した。

    ★彼は偉大な詩人だ。デビューから50年以上経てもなお、新たな自己

    を発見し続けている。

    ★耳で聞くための詩を書いているが、彼の作品を目で読んだとしても

    完璧に素晴らしいものである。

  • ボブ・ディランは村上春樹の好きなミュージッシャンだそうです。

    そして両者の作品が漂わせている匂いには似たところがあり、

    もはや二人がこの賞を貰うのは無理かなとも言われています。

  • ★おそらくは存命中の最も偉大な詩人。

    ボブ・ディランは、グラミー賞やアカデミー賞をはじめ数々の賞をすで

    に受賞しており、ロックの殿堂入りも果たしてい

    ます。2008年には『卓越した詩の力による作詞

    がポピュラー・ミュージックとアメリカ文化に大き

    な影響与えた』としてピューリッツァー賞特別賞

    を受賞しています。

    また長年の活動により、2012年には大統領

    自由勲章を受章しています。(右の写真参照)

  • 以上のように彼の偉大なる能力は、すでに大きく評価されているので

    す。そしてついに今回は最高の栄誉であるノーベル賞の受賞となりまし

    た。これは決して想定外のことではなくて、十分に想定内、予想通りの

    ことであり、以前から候補に上がっていました。

    ボブ・ディランのことをよく知らない人は、単なる歌手だと思っており、

    『なんで歌手がノーベル文学賞を取れるの?!』と思った人が多数いた

    ようです。ノーベル文学賞は、これまでは当然のことのように純文学者

    のみに与えられていましたが今回初めて、そうではないシンガーソング

    ライターが受賞したことは、画期的なことです。ただし、発表が当初の

    予定日よりも遅れたということは、選考委員会で早期からすんなりと決

    まったのではなくて、かなりもめたのではないかと思います。さらに、純

    文学者でピカイチの候補者がいなかったのではないかとも思います。

  • 純文学者の詩人であれば、ただ単に詩を書くのみですが、シンガーソ

    ングライターであれば、それに加えて作曲し、歌い、さらに楽器を演奏

    することも普通であり、そうなるとマルチタレントで超能力者であり、単

    なる詩人よりも能力が上の、もの凄い人と言えます。特にボブ・ディラン

    の詩は、ノーベル文学賞に値する超一流レベルであり、他のマルチ能

    力も考えると、本当に素晴らしいことなので、ノーベル音楽賞を新設し

    て授与するのがベストでしょう。

    日本にも優秀なシンガーソングライターが何人もおられ、音楽好きの

    私としては、非常に尊敬しています。本当に凄いマルチ能力者です。

    ニューヨーク・タイムズ電子版は、スウェーデン・アカデミーの狙いに

    ついて『音楽界の象徴の受賞により、賞に新しい文化的価値を加え、

    若い世代に身近に感じてもらいたかったのではないか』と分析していま

  • す。ただ、世界的な読書離れの中で重要な意味を持ってきた文学賞が

    歌手に与えられたことに批判の矛先を向け、 『ボブ・ディランは文学賞

    を必要としていないが、文学はノーベル賞を必要としている』と皮肉っ

    ていますが、そのとおりでしょう。

    彼は反骨精神旺盛な人のようで、10月13日ノーベル賞が決まった直

    後にラスベガスで開かれたコンサートで、ノーベル賞のことについて一

    切触れなかったようですし、スウェーデン・アカデミーは彼と直接の連絡

    が全く取れずに困っているようです。さらにマスコミの取材もできないよ

    うで、どうやらノーベル賞を受賞しても全く嬉しくないようです。ノーベル

    賞が欲しくてたまらない普通の人とは全く違いますねー。ひょっとすると

    このまま沈黙・無視を続けて、辞退もしないし授賞式にも行かないので

    はないかと私は思います。無視は、一番きつい対応の仕方です。

  • しかしアメリカの友人でボブ・ディランのことに詳しい人に問い合わせ

    てみたところ、 『ボブ・デランが受賞を拒否とは考えられない。また、彼

    は今、カルフォルニアの方でローリング・ストーンズたちとコンサートを

    頑張っている。』とのことでした。

    そして、17日にスウェーデン・アカデミーの事務局長は、ボブ・ディラン

    へ直接連絡しようとする努力を13日以来してきたが、ついに断念したと

    発表しました。さらに、事務局長は『ボブ・デランと最も親しい人に電話

    とメールをして、とても好意的な返答をもらっている。12月10日の授賞

    式に彼が来たくなければ来ないだろうが、それでも栄誉は彼のもの。私

    は彼が出席してくれると思う。』とも述べています。

    今までにノーベル賞を自分の意志で辞退した人は2人おり(他に政権

    の圧力などで辞退させられたのが4人)、その2人とは1958年に旧ソ連

  • の作家、ボリス・パステルナークと1964年に有名なフランスの哲学者の

    ジャン・ポール・サルトルです。しかし、ボブ・ディランは辞退すらしてお

    らず、それ以前の問題で、沈黙・無視を続けて全く何もしないというノー

    ベル賞史上最初のケースとなります。それにしてもなぜ完全沈黙・無視

    をし続けているのでしょうか。とても理解できませんねー。彼独自の強

    固な哲学があるのでしょう。一般に、理系研究者ならもっとシンプルな

    思考回路の傾向があり、しかもノーベル賞は最終目標的なんです。

    色々と調べてみますと、彼はやはりシンガーであり、単なる詩人・文

    学者ではなく、作詞したものは目で読んでもらうために書いたのではな

    くて、あくまで歌詞として書いたものであり、耳で聴いてもらうためのも

    のである。だから詩人・文学者として見られるのは迷惑千万なことであ

    り、ノーベル音楽賞ならいいが、ノーベル文学賞は貰いたくないと思っ

  • ている可能性が十分にあります。音楽のための詩であり、独立した詩と

    して読むために書いたのではない!と怒っているような気がします。貰

    えるものは何でも貰っておこうというような人ではない、信念のとても固

    いアーティストなのです。スウェーデン・アカデミーも、よりによって対応

    が厄介な人をノーベル文学賞に選びましたねー。村上春樹を選んでお

    けば、万事ハッピーだったのに!

    スウェーデン・アカデミーが、画期的に今回新たに文学賞の領域を広

    げて、よりによって純文学者でない特別の信念を持ったシンガーソング

    ライターのボブ・ディランに授与することを決めたことが逆効果となり、

    どうやら今後物議をかもすことになるような気がします。

    ボブ・ディランの曲は非常に多くありますが、その中で日本で最もよく

    知られていて愛聴されているのは『風に吹かれて』だと思います。この

  • 曲は1963年頃にリリースされているはずです。私もよく聴いた曲で、シ

    ニア層にはとても懐かしいですが、現代の若者には一般にボブ・ディラ

    ンも彼の曲も知らないか興味がないのではないかと思います。今は、

    若者は、『嵐』や “ONE OK ROCK” や”SEKAI NO OWARI”などを聴く時

    代ですから隔世の感があります。そこで試しに、私の講義を受けている

    学生諸君約300名に聞いてみました:『ボブ・ディランがノーベル賞受賞

    者に決まる前から、彼の名前を知っていた人はいますか?』と。すると

    数人が知っており、その中の一人がボブ・ディランを非常によく知ってい

    て、ファンである男子学生が次のように後で書いてくれました(原文のま

    ま) ➡ 『ディランはアコギを弾いている時代のものが一番好きですが、

    最近のピアノを弾くスタイルも受け入れられられるようになってきました。

    個人的には「見張塔からずっと」と「Like a Rolling Stone」が好きです。

  • エレキ反対派ではなくむしろ推奨します。3年ぶりにギターを持って歌っ

    たというニュースは、すなおに嬉しかったです。』

    では、 『風に吹かれて』の歌詞の最初の部分を次ページに原文のま

    ま紹介します。訳詞は色々ありますが、やはり原文でないとボブ・ディラ

    ンの意図は十分に伝わりません。この詩の意味するところは、ノーベル

    賞を取るくらいですから、なかなか奥が深くて高尚で単純な詩ではなく、

    読む人によって様々な解釈ができますが、これは当時のベトナム戦争

    に対する反戦歌なのです。

  • “Blowin' In The Wind” by Bob Dylan

    How many roads must a man walk down

    Before you call him a man ?

    How many seas must a white dove sail

    Before she sleeps in the sand ?

    Yes,'n' how many times must the cannon balls fly

    Before they're forever banned ?

    The answer my friend is blowin' in the wind

    The answer is blowin' in the wind.

  • 以下の3ページは、10月20日に初版をアップロード後の22日に、最新の情報

    を追記したものです。

    ボブ・ディランが受賞決定に関して終始一貫沈黙を続けていることに

    ついて、同賞の選考委員会であるスウェーデン・アカデミーの一員が21

    日に、『ボブ・ディランは傲慢(ごうまん)だ』と非難しました。

    ボブ・ディランは、授賞を伝えるスウェーデン・アカデミーからの再三の

    電話に出ず、受賞決定に関して公の場でも一切コメントもしていない。

    同国のテレビ局SVTによると、アカデミーの委員を務めるスウェーデ

    ン人の著名作家ペル・ワストベルイ(Per Wastberg)氏はこうしたボブ・

    ディランの態度について、『無礼で傲慢だ』と述べています。

    時間が経過してもボブ・ディランの態度に何の変化もなく、日本の一

  • 般の人たちの間にもボブ・ディランの態度に対する不信感、無礼感など

    が高まってきており、今や当初の祝意は消えて、人間的・人格的な面で

    の評価が非常に低下しており、ボブ・ディランは精神的に問題があるの

    ではないかとさえ言う人まで出てきています。せっかく世界最高の賞が

    授与されるというのに、本当に惜しいことです。なぜ無視し続けている

    のでしょうか?ノーベル賞が要らないのなら辞退しないといけませんし、

    受けるのならきちんと対応すべきでしょう。彼の株価はストップ安です。

    なお、『ボブ・ディランの詩は耳で楽しむもの、ホメーロスやサッフォー

    の時代から、詩はもともと楽器と共に聞かれるものであった。』とスウェ

    ーデン・アカデミーの事務局長は述べており、この観点からすると、純

    文学者でないシンガーソングライターのボブ・ディランが受賞しても何ら

    おかしくないのですが。

  • すぐ上に示すボブ・ディランの公式ウェブサイトの「ノーベル文学賞受賞者」 (赤のアンダーラインの部分)の文言が削除されたことが21日、分かった。各国メディアによると、彼の公式サイト”bobdylan.com”の書籍紹介ページでは、17日付で掲載されたとみられる歌詞集の紹介文で「ノーベル文学賞受賞者」と英文で記されていました。ボブ・ディラン側が受賞を歓迎したものと思われましたが、この部分は21日までに削除されています。スウェーデンのメディアは、関係筋の情報として「削除はボブ・ディラン自身の指示だ」と報じているそうです。

    http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20161021-00000109-asahi-musi.view-000http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20161021-00000109-asahi-musi.view-000

  • 以下の5ページは、10月30日に、さらに最新の重要な情報を追記し

    たものです。なかなかFinal Versionになりません。

    ボブ・ディランがついに沈黙を破り「ノーベル賞受賞を受け入れます」

    と連絡してきた

    今年のノーベル文学賞に決まったものの、その後、沈黙を続けてい

    たボブ・ディランが、ついに受賞を受け入れることを明らかにしました。

    これはノーベル財団が28日に発表したもので、ボブ・ディランは今

    週、スウェーデン・アカデミーに電話で連絡し、「もちろん受賞を受け入

    れます。大変光栄です」と伝えたとのこと。

    ボブ・ディランの受賞が決まったのは今月13日でしたが、その後、本

    人と連絡が取れない状態が続いており、本人の発言が明らかになった

  • のはこれが初めてのこと。

    一方で、ノーベル財団は、12月にスウェーデンで行われる授賞式に

    ボブ・ディランが出席するかどうかはまだ決まっていないとしている。

    これに対しイギリスの新聞テレグラフは28日、ボブ・ディランのインタ

    ビューを掲載し、授賞式出席について「もちろん。できることなら」と答え

    たと伝えている。

    ボブ・ディランが、28日に英紙デーリー・テレグラフ(Daily Telegraph)

    が掲載したインタビューの中で、今年のノーベル文学賞(Nobel Prize

    in Literature)受賞者に選ばれたことに初めて言及し、「素晴らしい」こ

    とだと喜びを語った。 ボブ・ディランは同賞受賞について「信じられな

    い」「素晴らしいことだ。こんなことを夢見る人がいるか?」と語り、12月

    10日にストックホルムで行われる授賞式への出席の意向を問われると

  • 「もちろん、できることなら」と答えたと報じられています。

    インタビューで、沈黙を貫いていた理由について問われたボブ・ディラ

    ンは、「今ここにいるだろう」と答えたそうです。さらに追加です。

    スウェーデン・アカデミーのサラ・ダニウス事務局長は29日、12月10日

    の授賞式に出席しない場合、短いスピーチやビデオ映像、歌の披露な

    ど何らかの行動が求められると語りました。

    事務局長は授賞式出席は義務ではないと説明。「彼がしたいようにす

    ることを望む」と述べ、アカデミーは授賞式をそれに合わせるため「でき

    ることは何でもやる」と強調しています。

    【筆者の意見】

    とにかくこれで、とりあえずホッとしました。誰か大物がボブ・ディラン

  • に忠告してこうなったのではないかとも思いますが、他人の意見をそう

    簡単に聞き入れる人ではありません。VTRなどによると、ボブ・ディラン

    はデビュー当初から非常にユニークな面がありました。沈黙を続けて

    いたというのは、より目立つための高度なテクニックではないかとも思

    えますが、そんなことをしますかねー。いずれにしろ、真相はよくわかり

    ません。

    沈黙を貫いていた理由の質問に対する上記の「今ここにいるだろう」

    という返答の意味が理解しかねます。その前後のやりとりが不明です

    し、日本語訳に舌足らずなどの問題があるのかも。

    12月10日の授賞式ですが、コンサートなどで多忙なボブ・ディランの

    その頃のスケジュールが空いておれば、出席するのではないかと思い

    ますが、 「もちろん、できることなら出席する」と答えているのは意味深

  • です。相変わらず、まだすっきりしませんねー!

    (以上の5ぺージは、10月30日に追記したものです。)

    ボブ・ディランには、いつものカジュアルなカントリースタイルがよく似

    合いますが、タキシード姿やモーニング姿はピンときません。授賞式に

    出席するとしたら、その時の服装に興味あります。いつものカジュアル

    な姿で、記念講演の代わりに歌を披露すれば、彼に最もふさわしいと

    思いますが、そんなのは非常に格式高いノーベル賞の授賞式にはダ

    メなんでしょうか。この際、従来の旧習を打破した新しいノーベル賞の

    時代に変革するのも面白いのではないでしょうか。ボブ・ディランが文

    学賞を受賞したこと自体が、その第一歩になっていると思いますが。

    (このぺージは、11月6日に追記したものです。)

  • 以下にボブ・ディランと私の関係(ただ単に彼のレコード、CD、DVD、

    本、詩集などを持っているだけ)とノーベル賞と私の関係(ただ単にノー

    ベル賞の本物のメダルを同時に2個持たせてもらったことがあり、ノー

    ベル賞のことを色々と教えてもらっただけ)について書いておきます。

    ストックホルムにあるノーベル賞の祝賀会をする広間へ行ったことも

    あります。

  • ボブ・ディランの代表作が入っているベリーベスト的なレコードここに入っている曲は:

    ★風に吹かれて★コーヒーもう一杯

    ★ライク・ア・ローリング・ストーン

    ★ミスター・タンブリン・マン

  • ボブ・ディランの有名なシカゴでのライブのレコードアルバム (2枚組)

    ジャケット外側

    ジャケット内側

    1974年1月3日 シカゴ・スタジアムにて

  • ボブ・ディランの有名なSACD“THE FREEWHEELIN”

    (自由奔放)

  • アメリカで作られたコンサート開催100回記念のプロモーションDVD (非売品)2016年4月28日にパシフィコ横浜で開催されたコンサートのライブ版 (非売品のためか映像の収録の仕方が下手)

  • ボブ・ディラン全詩集 英文と和訳のセット 英文本 和訳本

  • 表紙裏表紙

    ボブ・ディランの自伝本の訳本

    目次の項目は、

    初めの一歩、失われた土地、新しい夜明け、

    オー・マーシー、氷の川

    で書き方も彼らしく、とてもユニーク。

    これは006年7月 初版第1刷発行本(英文の原本は2004年10月にアメリカで出版)訳本は ソフトバンク パブリッシング㈱ 発行

  • 前ページに紹介した『ボブ・ディラン自伝』の中に書いてあることで、特に印象に残っているフレーズは下記のようです。(原文のまま)

    ★わたし自身にとっても、歌は軽い娯楽ではなく、もっと重要なものだった。歌とは、異なる現実の認識へ―異なる国、自由で公平な国へ―導いてくれる道標だった。 (41ページ)

    ★人間は、人生が配ってくれたカードとともに生きる。わたしたちはみんな、それに合わせてものごとを調整しなくてはならない。 (274ページ)

    ★ケネディ兄弟、キング牧師、マルコムXの暗殺という恐ろしいニュースも・・・・・わたしは彼らを射殺されたリーダーとしてではなく、悲しむ家族を残して死んだ父親として見た。自由と独立の国、アメリカに生れ育ったわたしは、平等や自由という価値観と理想をつねにたいせつにしてきた。子どもたちもそういう理想のもとに育てようと決意していた。 (139ページ)

    ★ニューヨークはニューオーリンズとはちがっている。ニューヨークは占星術の街ではない。そこには、広大なる秘密の場所に潜む神秘が、だれがいつ、みつけて伝えたのかもわからない神秘がない。ニューヨークは、行き交う通りのまんなかで凍え死ぬ人間がいても、だれも気にしない街なのだ。 (206ページ)

    ★わたしがやっているのは、極端なくらい伝統的なもので、十代の若者向けのはなやかな音楽とは遠く隔たっていた。 (281ページ)

    ★小さいころのわたしが何をしていたかといえば、主として時機の到来を待っていた。外にはもっと大きな世界が

  • あるが自分のいる世界も悪くないのはわかっていた。たいしたメディアもなく、わたしは基本的には、ありふれた生活を送っていた。 (286ページ)

    ★フォークミュージックとは、よりすばらしい光を放つ、もうひとつの次元の現実だった。それは全人類の叡智をあ

    わせたものにもまさり、呼びかけに応える者は姿を消してそのなかに入っていける。それは、個人というより心の

    原形―具体的な形態を超えて鮮やかに引き出された人間性の原形、人間が自然に持つ知識と知恵をそなえた

    いくつもの素朴な魂―が集合してできあがった神話の世界であり、わたしにはそこに身を置くことが自然に思えた。

    私はその世界のすべてを信じ、それを歌うそれを歌うことができた。そこで生きることは非常に現実的であり、実際

    の生活よりも真実味があった。拡大され増幅された人生だ。フォークミュージックがあれば、それだけでよかった。

    問題は、それが充分になかったことだ。フォークミュージックは時代とずれていて、時代の流れや現実生活とうまく

    つながっていなかった。とても巨大なものなのに、出会うことが少なかった。ひとたびその境界を越えてなかに入り

    こめば、六弦のギターがまるで水晶でできた魔法の杖であるかのように、わたしはいままでは動かせなかったもの

    を動かすことができた。わたしはフォークミュージックにしか興味がなかったし、注意を払わなかった。フォークミュ

    ージックを軸に人生を計画していた。同じ考えでない人間とは、何も共通点がなかった。 (291~292ページ)

  • 以下はボブ・ディランと直接関係のない別のノーベル賞のこと

    (ボブ・ディランonlyの人は以下をパスしてください)

  • Linus Pauling (Feb. 28, 1901-Aug. 19, 1994)The only person ever to receive two unshared Nobel Prizes—

    for Chemistry (1954) and for Peace (1962)

    ノーベル化学賞と平和賞を単独で2回受賞した唯一の偉大なアメリカ人研究者

  • Linus Paulingの長女でPauling財団理事長のLinda女史と女史の関連する賞の授賞式で

    (2004年11月22日 ロサンゼルスにて)

  • Linda女史と親しいので、奈良を案内した時の写真(2005年1月17日 二月堂にて)

  • Linda女史の紹介で特別訪問したポーリング研究所:Linus Pauling Institute (LPI) 2006年11月

    (アメリカ・オレゴン州)

  • ポーリング研究所内のゲート

  • ポーリングが受賞したノーベル賞の化学賞(左)と平和賞(右)のメダルの実物

  • Linda女史の紹介なので特別に本物のノーベル賞のメダルを2個金庫から出してきて持たせてもらえました。当時のは純金の塊で大きく、ずっしりと重かったです。背後の黒板の文字は、Linus Paulingの肉筆を保存してあるもの。

  • 当研究所所長の Balz Frei教授と握手 (2006年10月29日撮影)

  • Balz Frei所長らと『がん予防法』について討論中

  • 終り

    以上の原稿は、2016年11月19日に最新の情報を追加したものです。今後さらに、ボブ・ディランの対応などに何か変化があるかもわかりません。

    医学生理学賞