ボート競技に関するトレーニングプログラムの実施...

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人間情報学研究,第9巻 年, Journal of Human Informatics Vol.9 March, ボート競技に関するトレーニングプログラムの実施と試合 結果に対するmonotony解析の試み その具体的実例と展開 鈴木省三 ・前田明伸 ** ・高橋彌穂 ** Attempt of Monotony Analysis to a Result of the Boat Race Associated with the Training Program for the Japanese Rower Shozo SUZUKI, Akinobu MAEDA and Yasuo TAKAHASHI The purpose of our research was to diagnose the training program for the Japanese rower by using the index of Monotony(Foster and Lehmann; ).The subject (HD, in age, cm, kg) belongs to an S collage boat team and was the Japanese high school champion of double scull event in . In training session, body weight, resting heart rate, training time and RPE were recorded in every day during the months ( ). For each pre-session of most important competitions( / - , / - , / - ), load(training time×RPE) decreased changing according to training planning. As the result, monotony increased to the twice or more before the competitions, which led to a rise of the resting heart rate from bpm to bpm, indicating the rowers condition. When the annual training session was evaluated by using index of monotony, it revealed that the monotonous peaking program before the competitions resulted to the decrease in efficacy of the training. In conclusion, our research supports the availability of concept of monotony to diagnosis the program. Key Words: Monotony, Japanese rower, Training program of boat race - 原 著 - 東北学院大学大学院博士課程後期課程 年  ** 東北学院大学大学院人間情報学研究科教授

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人間情報学研究,第9巻2004年,39~48頁

Journal of Human Informatics Vol.9 March,2004

ボート競技に関するトレーニングプログラムの実施と試合結果に対するmonotony解析の試み

その具体的実例と展開

鈴木省三*・前田明伸**・高橋彌穂**

Attempt of Monotony Analysis to a Result of the Boat Race Associated with

the Training Program for the Japanese Rower

Shozo SUZUKI, Akinobu MAEDA and Yasuo TAKAHASHI

The purpose of our research was to diagnose the training program for theJapanese rower by using the index of “Monotony”(Foster and Lehmann;1996).Thesubject (HD, 19 in age, 187cm, 73kg) belongs to an S collage boat team and wasthe Japanese high school champion of double scull event in 2001. In trainingsession, body weight, resting heart rate, training time and RPE were recorded inevery day during the 7 months (2002). For each pre-session of 3 most importantcompetitions(7/4-7,8/22-25,10/4-6), load(training time×RPE) decreased changingaccording to training planning. As the result, monotony increased to the twice ormore before the competitions, which led to a rise of the resting heart rate from 38bpm to 46bpm, indicating the rower’s condition. When the annual training sessionwas evaluated by using index of monotony, it revealed that the monotonouspeaking program before the competitions resulted to the decrease in efficacy of thetraining. In conclusion, our research supports the availability of concept ofmonotony to diagnosis the program.

Key Words: Monotony, Japanese rower, Training program of boat race

-原 著-39

* 東北学院大学大学院博士課程後期課程2年 ** 東北学院大学大学院人間情報学研究科教授

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鈴木省三・前田明伸・高橋彌穂

人間情報学研究 第9巻 2004年3月

1.はじめに

トレーニングの最終目的は、重要な試合場面

で最高の力を発揮できるように準備する事であ

り、そのためには年間あるいは複数年にわたり

トレーニングや競技力の戦略を高度化させる事

が必要となる。Steinacker(1993)は、トップレベ

ルのボート選手の無酸素性作業閾値が最大酸素

摂取量の80-85%の強度でトレーニングしてい

ることから、ボート競技で成功するためには�

血中乳酸濃度が4mmol/lをこえる強度でのトレ

ーニング②トレーニングスケジュールには、ス

プリントとアスレティックトレーニングを必ず

配列③それらのトレーニング量は、年間1000時

間でローイング距離が5000-7000kmに達するこ

とを報告した。また、Hagerman(2000)は世

界トップレベルのボート選手がレースで示す呼

吸、代謝および心臓血管系応答は人間の能力の

上限(upper limits of human capacity)に相当す

ることを示した。これらの報告から、ボート選

手が質の高いパフォーマンスを発揮するために

は、高レベルの総合的な体力トレーニングを実

施し、各種体力要素の増強をトレーニングプロ

グラム内で展開することが必要不可欠となる。

しかし、このような激しいトレーニングは、選

手にオーバートレーニングを生じさせることか

ら、コーチ、選手さらにそれらを取りまくスポ

ーツ科学者は選手のコンディションを 注意深

くモニタリングすることが重要となる。

ボート選手を対象としたコンディションのモ

ニタリングに関する最新の研究をみると、

Kellmann&Gunther(2000)は、1996年アトランタ

オリンピック大会に出場した11名のドイツナシ

ョナルチームの競技会に向けたコンディション

の把握のため、トレーニング量と回復の変動パ

ターンについて調査した。その結果、最適なパ

フォーマンス向上のためのトレーニング量と回

復の調和は重要であり、これらのコンディショ

ン状況をモニタリングしたトレーニング量と回

復の質問紙(REST-Sport)は有効であったこと

を報告した。 しかしこれらのモニタリング事

例は、質問紙を元にした主観的評価であり、ボ

ート選手の年間トレーニングプログラムを客観

的・主観的な両面からコンディションを調査し

た実例やトレーニングプログラムが選手に有効

に機能したか否かの評価等に対する報告がほと

んどないのが実状である。

陸上競技や自転車競技においては、トレーニ

ング評価の新しい概念としてMonotony(単調

さ)が、オーバートレーニングの防止やトレー

ニング量の“メリハリ度”を評価する指標とし

て有効である事が報告された(Foster &

Lehmann;1996)。トレーニング効果を高めるた

めには、単に運動量を増加させることではなく

Hard&Easyの原則に基づいたトレーニングと休

息のバランスを考慮し、いわゆる“メリハリ”

のついたトレーニングを実行することが重要と

なる。トレーニングプログラム作成時には、ト

レーニング強度が強ければ休息時間を長く設定

し、また強度が低ければ休息時間を短くするこ

とが基本となるものの、この概念に基づいたト

レーニング内容を定量化することでトレーニン

グ量の“メリハリ度”をチェックし、現在実施

しているトレーニングが単調であるか、否かに

ついて判定できる手法は監督・コーチにとって

極めて意義深いこととなる。

2.目 的

本研究はボート競技が陸上長距離や自転車の

ロードレースと同様に、競技会中において動作

発揮パワーが同じ姿勢で繰り返されるサイクル

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運動ということに着目し、競技力向上を狙いと

し た ボ ー ト 選 手 の ト レ ー ニ ン グ 評 価 に

Monotonyが有効な指標となるか、否かについ

て検討した。

3.方法

3-1 被験者

被験者は、2001年インターハイダブルスカル

優勝の実績を持つS大学ボート選手H.D.(187cm、

73kg)の1名であった。なお、H.D.選手には本

研究の目的、方法およびサポートに伴う危険性

について十分に説明し、本研究に参加する同意

を得て実施した。3-2 測定方法

実験デザインを図1に示した。ボート部の年

間トレーニング計画は、休息期、準備期、試合

期からなるマクロサイクルで構成されていた。

パフォーマンスを最高の水準まで高めていく特

別なピーキング期間が全日本選手権(7/4-7)、

全日本インカレ(8/22-25)そして全日本新人戦

(10/4-6)の主要な競技会前に設定されていた。

これらのプログラムは監督によって計画され実

行された。選手には起床時脈拍数、体重、主観

的運動強度(Rating of Perceived Exertion:

RPE)・筋痛(Category ratio Pain Scale: CPS)等

からなるトレーニング日誌を平成14年4月7日~

10月28日までの7ヶ月間毎日記入してもらった。

パフォーマンスの指標としては、年3回実施し

たローイングエルゴメトリー実施時の2000m平

均パワー値を用いた。3-3 測定項目

1)起床時脈拍数と体重:起床時脈拍数は、

毎朝目がさめたと同時に蒲団の中で触診により

脈拍数を1分間計測した。体重は100g感度の体

重計を用い、起床後排尿の前に裸体で計測した。

2)RPEとCPS:被験者は、 Foster &

Lehmann (1996)ら の RPE改 変 ス ケ ー ル 、

Arvidsson (1987)らのCPSスケールを用いて、ト

レーニング終了30分後にトレーニング内容の主

観的強度と筋痛について評価した。

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3)Load, Monotony, Strainの算出方法

Foster & Lehmann(1996)が報告した算出方

法に従ってLoad, Monotony, Strainの各数値を求

めた。Monotony等の算出方法であるが、本被

験者H.D.を対象に具体例を示し解説する。表1

にH.D.選手のミクロサイクルにおけるトレーニ

ング内容とLoad, Monotony, Strainを用いたトレ

ーニング評価例を示した。選手はトレーニング

に要した時間とトレーニング30分後のRPE(主

観的運動強度)を毎日トレーニング日誌に記入

する。Loadはトレーニング時間×RPEで算出さ

れ、トレーニング量を示している。日曜日のト

レーニング内容は、クロスカントリー30kmを

実施しており、Loadは135×5=675となる。こ

れと同様な計算を曜日ごとに1週間実施する。

これら1週間分の合計Loadから平均(273.5)と

標準偏差(256.5)を算出する。Monotonyは1週

間の平均値を標準偏差で除した値となる。した

がって単調なトレーニングを実施した場合は、

標準偏差が小さくなるのでMonotonyの数値は

大きくなる。またMonotonyが小さくなると、

トレーニングの評価として“メリハリ”のつい

たトレーニングを実行したことになる。さらに

Monotonyと1週間のLoad合計値の積(2043)が

Strain(生体負担度)として表示される。

4.結果

4-1 Load, Monotony, Strainの年間変動

図2にH.D.選手の平均Load, Monotony, Strainの

年間変動について一週間毎の平均値で示した。

総トレーニング量の指標としたLoadは、年間の

中で重要な大会として位置づけていた全日本選

手権大会(7/4-7)、全日本インカレ(8/22-25)、

全日本新人戦(10/4-6)に向けて減少しながら

変動した。しかし、トレーニングの“メリハリ

度”を評価しようとしたMonotonyは、Loadの

変動とは反対に全日本選手権大会前が1.88から

4.04に、全日本インカレ前が1.83から3.06に、

そして最後の全日本新人戦前にも1.17から3.43

へと重要な競技会前に上昇した。さらにStrain

もMonotony同様、重要な競技会前に上昇した

状況で試合に出場していることが示された。ま

た平均Load±SD、Total Load、Strainの大会1週

間前の値は、全日本選手権大会前が357.7±93.1、

2630、10617、全日本インカレ前が478.2±156.3、

3347 .5、10244そして全日本インカレ前が

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502.9±146.6、3520、12074とすべての大会前に

は休養日が設定されていなかった。4-2 トレーニング時間、RPE、CPSの年間

変動

図3にH.D.選手のトレーニング時間、RPE、

CPSの年間変動について一週間毎の平均値で示

した。トレーニング時間とRPEは、年間の中で

重要な大会として位置づけていた全日本選手権

大会、全日本インカレ、全日本新人戦に向けて

減少しながら変動した。しかし、CPSはトレー

ニング時間、RPE と同様な変動パターンを示し

ているものの、全日本選手権大会時に比べて全

日本インカレ前、そして最後の全日本新人戦前

には高値を示した。4-3 起床時脈拍数と体重の年間変動

図4にH.D.選手の起床時脈拍数と体重の年間

変動について一週間毎の平均値で示した。起床

時脈拍数は、年間の中で最も低値を示した38拍

/分に比べて、重要な大会として位置づけてい

た全日本選手権大会、全日本インカレ、全日本

新人戦に向けて平均8拍/分上昇しながら変動し

た。体重は全日本選手権大会までは75kg前後で

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推移していたものの、その後急激に体重は減少

し、全日本インカレそして最後の全日本新人戦

大会は70kgと6kg低い値で出場していた。年間

における起床時脈拍数と体重の変動幅は、8

拍/分、8.2kg増減していた。4-4 パフォーマンスの評価

ローイングエルゴメトリーでの平均動作発揮

パワー値は、4/16が333W、9/9が324Wそして

10/28が331Wと年間を通してシーズン初期の値

を改善することができなかった。

5.考察

ボート部の2002年度年間トレーニング計画は、

休息期、準備期、試合期からなる単数のマクロ

サイクルさらにそれらを14の目的をもったメゾ

サイクルに分類し、ピーキング期間を主要な競

技会前に設定していた。ダブルススカルを専門

としていたH.D.選手のパフォーマンスに関する

内省報告をみると、目標としていた全日本新人

戦3位以内という目標を達成したものの、シー

ズン初期に比べて全日本選手権後のパフォーマ

ンスは良くなかったと報告した。パフォーマン

スの指標としたボートエルゴメトリーテストの

結果をみても、シーズン初期に記録した平均動

作発揮パワー値が改善されずに減少したことか

らも、年間トレーニングプログラムが有効に機

能しなかったことが示唆された。

Thayer(1980)は、刺激・過負荷・適応そしてト

レーニング効果の過程が超回復過程に関連して

いることから、このサイクルの最大利得を得る

目的で、運動と休息を交互に置くプログラムの

作成が肝要であり、この点が年間トレーニング

計画を立案する上で極めて重要なポイントにな

ることを指摘している。

このようにThayerの指摘どおり、メリハリの

ついた年間レーニングプログラムを計画・実践

していれば、Monotonyが低く推移することが

予想できる。ここでH.D.選手の年間トレーニン

グプログラムを評価してみると、Loadの変動は

各重要な試合に向けて3つの山が計画されてお

り、総トレーニング量の変動からみる限り、試

合に向けたテーパリングはプログラム通りに実

践されていた。しかしMonotonyの変動は、全

日本選手権大会前が1.88から4.04に、全日本イ

ンカレ前が1.83から3.06に、そして最後の全日

本新人戦前にも1.17から3.43へと重要な競技会

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前に値が増加していたことから、単調なピーキ

ングプログラムを実施していることが明らかに

なった。H.D.はダブルススカルを専門とする選

手であり、テーパー期において自分自身のコン

ディショニングの他にチームメートと艇を同期

させるテクニックトレーニングが水上のボート

上で毎日実施されていた。したがって、監督が

計画した試合前のプログラムは、Loadを試合に

向けて減少させているものの、テーパー期に休

日を1日も配列していないことがMonotonyを上

昇させた主要因となり生体負担度も増加させ

た。このような艇やチームメイトとの同期トレ

ーニングがテーパー期の単調さを生じさせる原

因となることは、先行研究で示された陸上長距

離選手や自転車選手の個人種目とは異なり、チ

ームスポーツのフォーメーションプレーが重要

な種目ほど試合前のプログラムが単調になると

予想される。

これらのことから、トレーニングに“メリハ

リ”がある場合、Monotonyは小さくなり、そ

の結果Strainも低値を示すことになる。また単

調なトレーニング(低強度で長時間運動)を毎

日繰り返し実施した場合、1週間の総トレーニ

ン グ 量 ( L o a d の 合 計 ) は 低 く て も 、

Monotony・Strainは上昇し、コンディションを

悪化させる要因となる。つまり、高強度・短時

間運動の翌日に疲労を軽減する目的で低強度・

長時間運動等を実施していくトレーニングプロ

グラムを基本とすると、常にトレーニング量は

同程度になり、導かれるMonotonyは大きな数

値を示すことになる。このような“メリハリ”

の欠いたトレーニングを1週間、1ヶ月さらに1

年間と継続すると、生体負担度が上昇し、意図

としたトレーニング効果が望めないばかりかオ

ーバートレーニングに陥る危険性が増加するこ

とになる。これらのことから、総トレーニング

量を低下させるテーパリングプログラムも、単

調な量の減少だけでは選手のコンディションを

試合に向けて上昇させる事ができないことが示

唆された。

図5に先行研究で報告された陸上長距離エリ

ート選手のLoad, Monotony, Strainの2年間の変

動について示した。1年目は競技成績が悪かっ

たものの、2年目にはパフォーマンスが改善さ

れた時のLoad, Monotony, Strainの変動パターン

の実例である。年間のトレーニング量は、同様

な変動傾向を示したものの、2年目は1年目に比

べて量が少なかった。さらに2年目のMonotony

やStrainの変動パターンは、上下動の穏やかな

状態を保ちながら変動した。すなわち単調の度

合いが小さく“メリハリ”のきいたトレーニン

グを実施したことが競技力向上に結びついた。

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これらのことからMonotonyは、2以下になるよ

うトレーニングを計画・実践し、1週間のミク

ロサイクル毎にトレーニングを評価するシステ

ムを構築することが必要となろう。ボート選手

のMonotonyの変動パターンも先行研究同様、

大会前のピーキングプログラムにおいて2を超

える数値を示したことや、狙った大会に向けて

徐々に上昇している傾向が示されたことが来シ

ーズンに向けた課題となった。

トレーニング時間とRPEは、年間の中で重要

な大会として位置づけていた全日本選手権大

会、全日本インカレ、全日本新人戦に向けて減

少しながら変動したとともに、年間の中で最低

値を示した。しかし、CPSはトレーニング時

間・RPE と同様な変動パターンを示しているも

のの、全日本選手権大会時に比べて全日本イン

カレ前、そして最後の全日本新人戦前には高値

を示した。このことは重要な大会として位置づ

けていた最後の2大会では筋肉痛の水準が高い

まま大会に出場した事を示している。

Steinackerら(1998)は、ボート世界選手権

前のトレーニングについて、1日3時間以上のト

レーニングが2~3週間継続する現状に対して、

選手がオーバーリーチング状態に陥りやすく、

クロストレーニングの原則から、強弱そして休

日を交互に入れることにより、ボート選手のオ

ーバートレーニングのリスクが減少できること

を示唆した。これらのことからもMonotonyの

ようなパラメータが、ボート選手のトレーニン

グ評価に有効に活用できることが望まれる。

選手の客観的な生理学的パラメータとして用

いた起床時脈拍数は、年間の中で最も低値を示

した38拍/分に比べて、重要な大会として位置

づけていた全日本選手権大会、全日本インカレ、

全日本新人戦に向けて平均8拍/分上昇しなが

ら変動した。WangとWu(1980)は、起床時脈

拍数が以前の平均値より15%以上増加した状態

における選手のコンディションは悪化している

ことを示している。またDressendorferら(1985)

は、選手の疲労症状が高まると起床時脈拍数が

10拍/分以上の増加を示したと述べている。

WangらやDressendorferらが指摘したように、起

床時脈拍数が年間のベースラインよりも15%増

加した期間や10拍/分以上増えたポイントが重

要な試合前に実際に出現しており、Monotony,

Strainのみならず、選手の主観的・客観的データ

も悪化していた。これらのことからも選手のコ

ンディション状況を把握するためには、

Monotonyをモニタリングすることが年間トレ

ーニングプログラムを計画・評価する上で極め

て重要であることが示された。

またH.D.の体重は、全日本選手権大会までは

75kg前後で推移していたものの、その後急激に

体重は減少し、全日本インカレそして最後の全

日本新人戦大会は70kgと6kg低い値で出場して

いた。Bourgoisら(2000)は、近年のエリート

男子ジュニアボート選手の形態的特徴を分析し

た結果、平均身長は187.4±5.8cm、平均体重は

82.2±7.4kgであることを報告した。このことを

考慮すると、体重を減量する方向ではなく、除

脂肪体重を増量していくトレーニングが今後極

めて重要になる事がアドバイスできよう。

このようにボート選手H.D. の年間トレーニ

ングについてMonotonyを中心に点検・評価した

ところ、試合前のピーキングプログラムの計

画・実践に問題があることが示された。これら

の事から、ケーススタディーではあるが、

Monotonyを用いたトレーニング評価はボート

競技でも応用できる可能性が示唆された。今後

は、従来のコンディション評価プログラムに

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Monotonyを加えた総合的なモニタリングシス

テムをスポーツ現場で応用することにより、オ

ーバートレーニングを防止しながらボート選手

の競技力を更に向上させることが課題となる。

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