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Studies of Broadcasting and Media ポスト東日本大震災の災害情報 ─増大する災害関連情報と伝達手段をどう使いこなすか─ 村上圭子(NHK 放送文化研究所) 1 はじめに 2 増大する災害関連情報 災害関連情報の現状 活用最適化のための整理と課題確認 新たな災害情報収集の動き 3 増大する災害情報伝達手段 災害情報伝達手段の現状 多様化・多重化の到達度と課題 新たな周波数帯域と災害情報伝達 4 おわりに

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Studies of Broadcasting and Media

ポスト東日本大震災の災害情報─増大する災害関連情報と伝達手段をどう使いこなすか─

村上圭子(NHK放送文化研究所)

1 はじめに2 増大する災害関連情報

災害関連情報の現状活用最適化のための整理と課題確認新たな災害情報収集の動き

3 増大する災害情報伝達手段災害情報伝達手段の現状多様化・多重化の到達度と課題新たな周波数帯域と災害情報伝達

4 おわりに

村上圭子(むらかみ・けいこ)

NHK放送文化研究所メディア研究部専任研究員1992年NHK入局。報道局でディレクターとして『NHKスペシャル』『クローズアップ現代』等を担当,ラジオセンターを経て現職。その間,北海道南西沖地震,阪神・淡路大震災,中越 , 中越沖地震,東日本大震災など数々の災害現場の取材に携わる。現在は,メディア・情報環境が変容する中でのテレビ・放送・マスメディアの役割について,災害情報や世論形成など多方面から取材・研究を進めている。専門:災害情報伝達・情報通信政策主な著書・論文(災害関連):「東日本大震災・安否情報システムの展開とその課題」『IT 時代の震災と核被害』インプレスジャパン(2011 年12 月),「ポスト東日本大震災の市町村における災害情報伝達」『放送研究と調査』(2012 年 3 月),「災害ビッグデータ活用の今後」『都市計画306 号』日本都市計画学会誌(2013 年 12 月)など。

ポスト東日本大震災の災害情報

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1 はじめに

東日本大震災後の災害情報のあり方を考える際,災害関連情報と伝達手段の増大という 2つの動向は極めて大きな要素である。これらの背景には,大震災が発生した 2011年前後から顕著になりはじめた,デジタル化・モバイル化・クラウド化に代表される情報環境の変容と,センサーやソーシャルメディアなどの膨大な情報,いわゆるビッグデータの増大とその解析技術の向上などがある。膨大な情報と手段を,社会における課題の発見と解決や人々のニーズの開拓と充足のためにどう使いこなしていくかは,現在,災害に限らず公共サービスからビジネスまで,あらゆる分野において大きなテーマとなっている。しかし,災害の分野は,情報や手段を使いこなせれば 1人でも多くの人命を守り,救い,つなぐ可能性がある反面,使いこなせなければかえって現場に混乱を生じさせかねず,最悪の場合,多くの人命を奪うことにもなりかねない,いわば “諸刃の剣 ” となる側面が極めて大きい。災害時利用という社会的意義が強調され,災害情報やその伝達に関連する市場は活況を呈しているが,取り組みや提案はいささか濫立気味とも思える状況にある。今後の社会実装に向けては,情報や手段を活用する主体それぞれの,真贋を見極める目が試されるであろう。本稿では,大震災が端緒となり,現在も増え続ける災害に関する情報とそれらを伝達する手段について整理し,それをさらに主体・時系列・目的・方法などの観点から体系化することを試みた。筆をとるかたわらで次々と新たな動向が進行しているため,どれだけ網羅的に捉えられているかは自信がない。ただこうした作業を継続的に行っていくことが,情報に向き合うリテラシー醸成と状況に応じたマッシュアップの想定,また,手段を活用する主体間の責任分解の明確化とシステム構築や相互連携のあり方を探る際の前提になると考えている。本稿はこうした分類・整理に力点を置くが,その過程で,

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現在の課題や今後の展望についても随時言及していく。

2 増大する災害関連情報

災害関連情報の現状

一言で災害に関する情報といっても,災害因の現象についての情報や,人々に警戒や避難を呼びかける情報,安否やライフラインの情報,また,平時の防災のための情報や,さらには日常生活で使われている情報が転化して災害対策に有効な情報となるものなど,裾野は限りなく広い。また前述したとおり,量・質ともに年々増え続けているため,分類するのも困難である。総務省では大震災後,これらの情報を大きく「動的情報」(時間の経過とともに変化する事案の性質や進展に関する情報)と「静的情報」(事案の性質や進展に左右されない情報であり,事前に入手することが可能な情報)に分類しており(1),本項ではそれを踏まえ,静的・動的それぞれに関する大震災以降の動向を,新たに台頭した情報を中心に整理していく。

(1)東日本大震災で台頭した新たな災害関連情報表 1は,災害警戒期から発災,復旧期までの期間の災害関連情報について,現在想定しうる内容をまとめたものである。復興期は情報が平時の情報と入り混じってくるため,今回の図からは除外した。大震災で初めて存在がクローズアップされたのが,⑩ソーシャルメディアによる情報と⑪位置情報であった。また,⑧ボランティア関連情報と⑨安否情報についても,今回の大震災ではWeb上に本格的な情報プラットフォームが形成されるなど,新たな動きがみられた(2)。これら 4つに共通しているのは,情報の発信主体が市民中心であることである。こうして見ると東日

(1)総務省「防災・災害情報の公開・二次利用促進のためのガイド」(2013年 6月)7ページより。

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本大震災は,市民による情報が行政やマスメディアによる情報と肩を並べる存在感を持った初めての災害であったことを改めて感じさせられる。以下,⑩と⑪について詳しく見ていく。⑩のソーシャルメディアは,マスメディアのような “1対多 ” の一方向メ

ディアではなく,アカウントさえ持てば誰もが発信できる双方向メディアである。官邸から市民まであらゆる立場の組織や人が,対等な存在として発信し,それがユーザーを介し拡散されていく特徴を持つ。そのためあらゆる情報が含まれており,①~⑨のような内容別の区分とは位相が異なることをあらかじめ述べておく。大震災では,2008年に日本でサービスを開始した Twitterや Facebookが,特に市民からの情報発信という面で大きな存在感を示した。中でも Twitter

は,ネットワークふくそうや基地局の停電などで不通となった電話の代わり

(2)Google「クライシスレスポンス」や「sinsai.info」「ALL311」などではさまざまなボランティアの活動が共有された。また安否情報については,Google「パーソンファインダー」や goo「避難所からのメッセージ」などのプラットフォームができた。NHKはこれまでの災害では独自に安否情報を収集,テレビやラジオで放送していたが,大震災ではこれらのプラットフォームと連携し,情報を共有した。

表1 主な災害関連情報と発信主体

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に被災地からの市民の発信を支え,その発信が拡散され救援にまでつながった事例もあった(3)。ただしその後の分析で,発災当日から 1週間の間の約 1

億 7,900万件のツイートが日本の人口の 2.9%にあたる約 369万人によってつぶやかれており,かつ,そのうちの 4.2%である約 15万 5,000人が全体の半数をつぶやいていたという実態も明らかとなった(4)。大震災からおよそ 3年が経過した現在,ソーシャルメディアの利用者は

ネット利用者の半数を超える状況となっている(5)。もちろんそれでも発信する人は限られており,また内容についても市民からの情報には不確かなものが少なくないという側面は否めない。だが,ソーシャルメディアは交わされる人々のやりとりが全てコンテンツとしてWeb上に記録されていく特性を持つ。蓄積されたビッグデータから災害の全容を把握するような分析や,必要な情報だけを抽出する技術,ビッグデータに埋没せず情報を効果的に発信する方法などをどこまで進化させられるかが,今後の活用の鍵を握るであろう。⑪の位置情報とは,個人が持つモバイル端末もしくは車から発信される情報のことである。平時には事業者が収集して,地図アプリのナビゲーションやカーナビの渋滞情報などのサービスを展開している。災害時にはこれらが,避難・救援・救助活動をサポートする貴重な災害関連情報となる。車の位置情報については,すでに林春男氏が冒頭の原稿で紹介している

とおり,大震災時には事業者各社の情報が集約されWeb上に公開された(6)。被災地では長期間ネットが利用できなかったため,この情報にアクセスできたのは主に被災地外の人だったが,救援に入る前にあらかじめどの道が通れ

(3)「障害児童施設の園長である私の母が,その子供たち 10数人と一緒に,避難先の気仙沼市中央公民館 3階にまだ取り残されています」というツイートが東京都の猪瀬副知事(当時)に伝わり,東京消防庁のヘリが派遣された。

(4)「震災ビッグデータワークショップ」三重大学・奥村晴彦教授の報告より。(5)ICT総研「日本における SNS利用者数調査」によると,2011年当時より 1割強増加している。(6)大震災時に最初に情報を公開した本田技研工業の取り組みについては本書の原稿を参照されたい。

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てどの道が通れないのかを市民が発する情報の蓄積によって把握できたのは,これまでの災害史上ほぼ初めてのことであった(7)。大震災後 ITS Japan(8)では,災害時によりスムーズに同様の取り組みを行うため,情報の集約を手動から自動へ,更新頻度も 1日から 1時間へ,提供するファイル形式も複数にするなどの作業を進めている。次に個人の位置情報である。ここでは 2つ事例を挙げておきたい。まず,

大震災以前からWebに一般公開されていたのが,ゼンリンデータコムの「混雑統計 ®(9)」であった。これは地図アプリの利用者の中で,端末の GPS情報の提供を許諾した人の情報をもとに,250mメッシュの人口を推計しているものである。1時間ごとに情報が更新されるため,リアルタイムで人の動態が把握できる。大震災では災害の対応にまで活用された事例はなかったが,後の検証で,被災地の人の動態が捉えられていたことが確認された(図 1)。

(7)2007年の中越沖地震の際には,防災推進機構と本田技研工業がホンダ車の通行実績データを試験的に提供していた。

(8)高度道路交通システム(ITS)を推進する民間団体(NPO)。

図1 岩手県大槌町の津波到達後の人の動態(10)

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今後は,ビルの屋上にどの位の人が避難しているのかとか,どこで人々が孤立しているのかなど,これまではヘリコプターで上空から捜索することでしか把握できなかった被災状況の可視化などが期待されている。もう 1つが,GPSではなく,通信事業者が持つ位置登録情報を活用する方法である。事業者は通信サービスを成立させるため,契約する全てのユーザーの端末がどの基地局にいるのか絶えず取得しているが,それがこの情報にあたる。NTTドコモは 2013年 10月から「モバイル空間統計」という名でこの情報を用いたサービスを開始した。現在,主に自治体向けに有償で提供を行っている。先のゼンリンデータコムのサービスとの最も大きな違いは,リアルタイムにではなく,分析結果報告書という形で情報が提供されるということである。これは,位置情報以外にはユーザーの個人情報を取得していないゼンリンデータコムと違い,位置情報にひもづいているユーザーの個人情報を匿名化する作業が必要なためであるという。ただ匿名化したうえで,NTTドコモユーザー全数の性別・年齢・居住地などとともに人の動態を把握することが可能なため,平時に帰宅困難者対策を詳細に検討するために活用する自治体が出てきている。こうした⑪の個人や車の位置にひもづく位置情報のような,近年急速に普及が進む新たな個人に関わる情報はパーソナルデータと位置づけられ,大地震後,政府の「パーソナルデータに関する検討会(11)」で,その利活用と,個人情報とプライバシー保護との両立をどう考えるのかが議論されてきた。2014年 6月には個人情報保護法改正の大綱が取りまとめられ,それを踏まえて取り扱いが定まっていく予定である(12)。ちなみに,犯罪捜査や捜索活動などの目的で特定の個人の位置情報を警察・

(9)現在は「混雑度マップ」として提供。http://lab.its-mo.com/densitymap/(10)「震災ビッグデータワークショップ」Masters& Forever22の報告資料より。津波が押し寄せた後にも多くの人が浸水した地域にいることが分かる。

(11)http://www.soumu.go.jp/main_sosiki/kenkyu/kinkyu_ichi/index.html(12)詳細は本書の内閣府・谷脇康彦氏の原稿を参照されたい。

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消防・海上保安庁などが入手することについては,総務省の「緊急時等における位置情報の取扱いに関する検討会(13)」が開催され,2013年にガイドラインの見直しにより,厳密なルールのもとですでに活用に道が開かれている。パーソナルデータについては,消費者側には収集された情報が何に使われているのか分からないと不安である,とか,匿名化されていても個人が特定されてしまう可能性があるのではないかといった懸念が根強い(14)。こうした懸念も鑑み,2013年 12月にパーソナルデータに関する検討会がまとめた制度見直し方針では,パーソナルデータの利活用を進めるためにも,苦情処理の受け付けや行政処分などを行う第三者機関の設置や,個人が特定される可能性を低減した個人データについて,個人情報およびプライバシーの保護への影響に留意しつつ,第三者提供における本人同意原則の例外として新たな類型を創設し,それを取り扱う事業者が負うべき責任を法定するとしている(15)。一方,事業者サイドからは,第三者機関を新たな規制機関設置と受けとめる事業者の委縮が危惧され,自由に使えるデータの範囲が狭くなっていくのではないか,などの反発の声が出ている(16)。災害時に位置情報を効果的に活用するという点に限って考えると,匿名化がなされたうえで,より詳細な内容が更新頻度高くリアルタイムに把握できることが望ましい。例えば,現在ゼンリンデータコムのサービスは 1時間に1度の更新頻度だが,実際には数分に 1度データが収集されている。平時と災害時が地続きの情報であるため,ルールを切り分けることは難しいのかもしれないが,災害時に得られる便益を考慮した柔軟な対応やそれに向けた社会的合意がどこまで可能か,今後の議論に注目していきたい。

(13)http://www.soumu.go.jp/main_sosiki/kenkyu/kinkyu_ichi/index.html(14)「緊急時等における位置情報の取扱いに関する検討会」での消費者団体の委員の発言など。

JR東日本が Suicaのデータを匿名化して第三者提供したことについても強い反発があり,提供が中止された。

(15)http://www.kantei.go.jp/jp/singi/it2/pd/dai5/siryou3-1.pdf(16)2014年 1月 21日に Yahoo!JAPANが制度見直し方針に異議を唱える記者説明会を開催した。

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(2)メッシュ化する動的情報と静的情報ソーシャルメディアによる情報や位置情報などの新たな災害関連情報の台頭は,どこで何が起きそれが今後どうなっていくのかという,特定の地域の状況やその変化を,これまで以上にきめ細かく把握することを可能にしている。また近年,防災気象情報についてもメッシュ化が進んでおり(17),地域ごとのきめ細かな災害関連情報の流通は,大震災後の 1つの大きな動向となっている。こうした災害時に刻一刻と変化する地域の動的情報は,ハザードマップやさまざまな施設の所在地情報のような,あらかじめ地図に落とし込まれた静的情報と組み合わせる(マッシュアップする)ことで,より大きな効果を発揮することができる。表 2は災害に関連する主な静的情報を所持主体別に列挙したものである。この静的情報は一般的な内容と防災を対象とした内容に分かれるため別々に表示した。色づけした所は,市町村が所有する固定資産情報や住民基本台帳情報,要援護者居住地情報など,特定の個人にひもづいた情報である。これらを静的情報に含めることには異論もあると思うが(18),施設の位置を把握する静的情報と同様,個人が平時に所在している位置を把握する静的情報とみなしたい。ただしこれらは,他の情報のように公開可能な情報ではないため,“クローズドな静的情報 ”と位置づけることにする。まず,動的情報と静的情報をマッシュアップする効果として最もイメージしやすいのが,災害実況値・予測値などの動的情報と,防災関連の静的情報との組み合わせである。例えば大雨の場合なら,降水ナウキャスト(19)や土壌雨量指数などの動的情報と,ハザードマップ,地すべり・河川氾濫履歴情

(17)「防災気象情報の改善に関する検討会」報告書においても気象庁の保有する格子点情報(メッシュ情報)の一層の公開と活用の推進がうたわれている。

(18)総務省「防災・災害情報の公開・二次利用促進のためのガイド」にも,こうした情報は静的情報として位置づけられていない。

(19)気象庁から発表される 1kmメッシュの降水予測で,5分間隔で 1時間後まで強さを予測する。

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表2 災害に関連する静的情報

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報,避難所所在地など,例えば津波の場合なら,津波警報などの動的情報と,浸水想定域,地盤データ,避難所所在地などとの組み合わせである。これらを組み合わせ,地図上に可視化することにより,どの地域でより早く対策を講じなければならないのかが把握しやすくなる。そうすれば関係者間の状況認識の統一が得やすくなり,市町村が避難勧告・指示などをはじめとした意思決定をこれまで以上に迅速に行うことができるのではないかと期待される。またこれらの情報に,(1)で触れた人や車の位置情報を組み合わせ,カーナビやスマホなどに対し,個々の避難行動の助けとなるような情報を伝達しようという取り組みも始まっている(20)。ソーシャルメディアから発信される動的情報とさまざまな静的情報と組み合わせる取り組みも,大震災後,積極的に行われている。例えば,避難所所在地の情報と避難所の状況についてつぶやかれている内容を組み合わせることで,救援物資配送の偏りなどを防止するアプリの製作や,駅やバス停の所在地情報とその場所に関連するソーシャルメディア上のつぶやきのポジティブ・ネガティブの比率などを分析した結果を組み合わせることで,どこでトラブルが発生しているか,もしくは発生しやすくなっているのかを把握しようという試みなどがある。これらは一例に過ぎず,ボランティアや民間企業を中心に,さまざまなアイデアが提案されている。また,個人の所在地を示す情報であるクローズドな静的情報を活用する取り組みも出てきている。大震災で液状化の被害が大きかった千葉県の浦安市役所の事例である。市では,動的情報である下水道復旧情報と,あらかじめ地図化されていた住民基本台帳情報と外国人登録台帳を組み合わせることで,給水や簡易トイレの配布が必要な世帯とその人数を特定する作業を行った(図 2)。以上に挙げたような動的情報と静的情報のマッシュアップを進めていく

には,大きく 2つの取り組みが必要である。1つ目はオープンデータ化であ

(20)詳細は本書の東北大学・桑原雅夫氏の原稿を参照されたい。

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る。公開できる情報については,マッシュアップ可能な機械可読と二次利用のルールが定められた形での提供が急がれる。この点についてはその課題も含めて,福長秀彦氏が本書の原稿で詳細に言及しているので参照されたい。次に,自治体内部の各部署が所有する情報の地図化とネットワーク上での統合化,つまり統合型 GISへの取り組みである。前述した浦安市役所では,1998年から統合型 GIS化を進めており,日頃のこうした取り組みがあったからこそ,大震災時,個人情報の塊である住民基本台帳情報についても抵抗なく他の情報とマッシュアップする作業が可能であった。しかし,総務省の調査では 2012年の段階で統合型 GISを導入している自治体はわずか 41.2%にすぎない(22)。普及促進は 10年以上前から行われているものの,なかなか思うように進まない背景には,専門性を備えた人材の不足という大きな課題がある。理想

図2 大震災後の浦安市の下水道復旧状況(21)

(21)総務省「G空間× ICT推進会議」第 1回(2012年 3月 6日),松崎秀樹浦安市長資料より抜粋。(22)「G空間× ICT推進会議資料」より。

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的には全ての市町村でボトムアップからの整備が進むことが望ましいが,現実的にはベースとなる基盤地図やボーリングデータなどの整備は都道府県やいくつかの市町村が広域で行うなど,市町村の負担を軽くして普及させていくスキームを早急に講じる必要があるのではないだろうか。また,すでに統合型 GISに取り組んでいる市町村の中でも,住民基本台帳や要援護者居住地情報については扱いに注意を要するとして,地図化すらしていなかったり,担当部署以外は決して情報を共有しないルールにしている市町村も少なくない。しかし,災害時の動的情報と組み合わせて活用すれば,すべての市民に等しく対応していると真にサポートが必要な市民に手が届かなくなるという,多忙時の行政サービスにありがちなジレンマを克服する大きな切り札となる。何のためのオープンデータ化なのか,何のための統合型 GIS化なのか,活用の目的とその意義を関係各所で改めて確認,共有しながら,足並みをそろえて取り組みを進めていくことが必要であろう。

活用最適化のための整理と課題確認

これまで見てきたように,災害関連情報の内容も,また扱う主体や目的なども多様化・複雑化している。本項では情報を効果的に活用するため必要と思われる整理と,それぞれにおける課題の確認をしておきたい。

(1)主体・時期・目的・内容・方法表 3は災害関連情報について,それを扱う主体,時期,目的,内容,方法別に流れを整理したものである。以下,主体別に確認し課題を整理していく。最も情報の活用頻度が高いのは,被災者に直接向き合う市町村であろう。市町村は,施設整備などハードの防災,平時における対策の検討や教育などソフトの防災,発災後の諸対応,この 3つのフェーズそれぞれで,動的情報と静的情報との組み合わせを考えておかなければならない。また同時に,平時と災害時とが有機的に繋がる情報活用の全体設計をしておくことも求められる。最近は,平時に存在する動的情報(位置情報を活用し,渋滞多発地帯

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や混雑しやすい場所を時間別に分析するなど)と,過去の災害の履歴情報や各種ハザードマップを組み合わせたシミュレーションも可能になってきている。こうしたシミュレーションをWeb上で簡易にできるようになってきたのも,大震災後の災害情報を巡る大きな進化の 1つである。こうした手法を試してみることで,当該地域でどのような情報を活用することが効果的か,より具体的に想定できるのではないかと思われる。ただ,こうしたシミュレーションシステムを市町村ごとに導入するかどうかは別問題である。使いこなす行政能力までも想定に入れた全体設計が必要であろう。次にWeb上の民間ポータルサイトを見ておきたい。大震災では網羅的な

リンク集や,Web-GIS上でチェックボックスを使ってユーザー自身が自由に情報をマッシュアップできる機能などが作られ,災害情報のあらゆる分野をカバーする主体として大きな存在感を示した。また大震災後は,こうした情報の共有だけでなく,個別の伝達に乗り出す事業者も出ている(23)。電気通

(23)Yahoo!JAPANでは,事前に登録した地域に関係する避難情報や緊急地震速報,津波,ゲリラ豪雨などの災害情報や予報・予測を,PCや携帯のメール,スマホアプリの PUSH通知で受け取れる「防災速報」サービスを無料提供している。

表3 災害関連情報活用の流れ

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信事業者や放送事業者のような指定公共機関(24)ではないものの,市民にとってはそれに近い公共的役割を帯びる存在になりつつある中,情報の量と質(その信頼性)のバランスをどう考えるのか,取り組みの重心をどこに置いていくのかなど,民間サイト運営事業者それぞれの判断が問われてくるであろう。次にマスメディア,主にリアルタイム情報を扱う放送メディアについてである。このうち市町村をベースとした地域メディアについては,災害情報の細分化・メッシュ化の流れを受け,より細かい地域情報をどう伝えるかという取り組みに注力していくと思われるが,県域やブロック単位,もしくは全国を放送範囲とする放送局は,台頭する新たな情報とどのように向き合っていくべきだろうか。1つの方向性としては,ソーシャルメディアや位置情報を活用した災害情報コンテンツの制作がある。報道や CG制作のノウハウを持つ放送局が,膨大なツイートの信憑性の分析をしたり,さまざまな地図情報をマッシュアップして分かりやすく可視化していくことなどで貢献できることは多いと思われる。またこうした災害情報コンテンツは,災害の全容を捉えることができると同時に,切り分ければ地域への伝達をよりきめ細かく行うことも可能である。前者のような,いわば災害報道のふかん化と,後者のような,災害情報伝達の個別化については,現在さまざまな模索が行われている(25)。その両立をどう図っていくのかについて,また,行政や事業者との連携や情報共有をどのように進めていくのかについては,今後検討していかなければならない課題である。最後に,ボランティアについて触れておきたい。大震災後,ハッカソン(26)

と呼ばれるワークショップなどが数多く開催され,ソフトウエア開発に詳しい技術者や専門家が,ボランティアでさまざまなシステムやアプリの提案を

(24)災害対策基本法や国民保護法で定められている団体。詳細は,山田健太「3・11東日本大震災とメディア」(『放送メディア研究 9号』2012年 3月)。

(25)具体的な内容については本書の NHKの各種取り組みを参照されたい。(26)ハックとマラソンを組み合わせた造語。ソフトウエア開発者などが一定期間集中的に共同作業で開発を行い,技能やアイデアを競う取り組み。

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行っている。大震災から1年半後の2012年 9月に行われた「東日本大震災ビッグデータワークショップ(27)」でも,ソーシャルメディアや位置情報を活用した 50の提案が出された。筆者も参加したが,そこで最も気になったのが,誰が何の目的で活用するものなのかが曖昧な提案が多かったということだった。何ができるかだけでなく,誰が何のために使うのかという視点が加わることで,さまざまな提案が社会実装される可能性は高まると思われる。行政やメディアだけでなく,施設管理者や民間事業者にもきめ細かな情報の伝達が求められる時代になってきている。今後はさまざまな提案について,その目的や方法を明確化し,活用可能性のある主体とをつなぐコーディネーターのような存在が重要になってくるのではないだろうか。

(2)活用の 4フェーズ(戦略・公開・伝達・管理)さらに情報の活用について,4つのフェーズに分けて確認しておきたい。まず 1つ目が「戦略」,つまり対策の検討である。このやり取りは対策を

検討する主体,もしくはセキュリティが守られた専用ネットワークなどで繋がった主体間に限定される。そのため,先ほど触れたようなクローズドな静的情報をいかに効果的に活用していけるかが 1つのポイントとなる。次に,2つ目の「公開」と 3つ目の「伝達」である。不特定多数を対象と

する「公開」には,できるだけ多くの情報が提供され,必要な情報が検索によって入手できるなどの利便性の高さが求められる。一方,特定の被災者もしくは地域を対象とする「伝達」には,対象に向けて絞り込まれた正確で分かりやすい情報が求められる。特に緊急時においては,情報が多いと判断できなくなるリスクがあるからである。同じ情報の提供というカテゴリーではあるが,この 2つは逆の発想で捉えるべきものであることを確認しておきたい。

4つ目の「管理」については,ここまで述べてきた災害関連情報の文脈とは若干位相が異なる。ベースとなるのは,個人の名前や住所,年齢などの基

(27)https://sites.google.com/site/prj311/

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本的な情報が登録された ID(個人識別番号)である。ここまで,住民基本台帳や要援護者居住地情報などを個人の所在地情報とみなし,クローズドな静的情報としてその活用の意義を述べてきた。ただし発災後には人々は大きく流動するため,落ち着き場所は必ずしも自宅になるとは限らない。その際,あらかじめ市民の ID管理が市町村などで行われていて,避難所や病院などの一時滞在地で近距離無線通信などを活用してチェックインする仕組みができていれば,そこで改めて暫定的な個人の所在地情報を収集し,災害時限定のクローズドな静的情報を作ることが可能になる。安否情報や避難所名簿は自動化され,IDに医療情報(電子カルテ)やお薬手帳などの情報がひもづけば,医療や物資支給なども効率的に行うことができてくる。2016年 1月からのマイナンバーの運用もにらみ,総務省の実証実験では IDを活用した数々の試みが行われている(28)。今後の災害情報の新たな動向の 1つとなっていくであろう。

新たな災害情報収集の動き

本項の最後に,大震災で台頭したソーシャルメディア,位置情報に関連した新たな情報収集の動きとして 2点触れておきたい。

(1)スモールデータソーシャルメディアによる情報は,Twitterのつぶやきだけで 1日に数千万件もあるビッグデータである。ここから有用な情報を抽出するには,分析のためのソフトや専門家の力が不可欠であり,また災害時に活用するためには,平時活用もしておかなければならない。そうなると,ソーシャルメディアによる情報を扱える主体はおのずと限られてくる。では,こうした分析のプロセスなしに市民からの有用な情報を収集するこ

(28)総務省では「ICT街づくり推進事業」として IDと連携させた地域課題の解決や地域活性化の実証実験を行っており,災害情報はそのうち主要なテーマとなっている。

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とは不可能なのだろうか。そこで筆者が注目するのがスモールデータの存在である。スモールデータとは,ビッグデータの対義語として最近使われるようになってきた言葉だが,明確な定義があるわけではない。筆者が考える災害時の市民によるスモールデータとは,機械解析が不要で(情報の数が少ない),信頼性が高く(不要な情報が少ない),地域性が高い(情報の対象が狭い)という 3つのスモールな要素が備わっているものである。まずは具体例を示したい。大震災で存在感を示したウェザーニューズ社の

「減災リポート」である。ウェザーニューズ社は,ボランティアが作る気象予報というコンセプトで,全国のリポーターが情報を投稿するサイトを大震災前から運営していた。投稿内容は天気に関わるため,写真と位置情報は不可欠である。大震災では,このリポーター達が身近な被害の状況を刻一刻と投稿し続けた(29)。こうした市民から発信される情報の収集は,地域メディアや県域ラジオ

局など旧来のメディアでも以前から行っていた(30)。しかしそこには絶えず,市民による情報が事実かどうか,確認してから放送すべきか否か,という課題がつきまとっていた。こうした放送局の取り組みとウェザーニューズ社との大きな違いは,リポーターから投稿される情報には,ほぼ写真と位置情報が付与されているということである。これにより情報の信頼性は格段に高くなる。またリポーターはあらかじめ天気の情報を発信するという前提で参加しているため,情報の内容にも一定程度の信頼が担保されているといえる。大震災後,市町村の中には,職員や消防団,民生委員などが所持するモバイル端末の位置情報を把握し,災害時には写真つきの情報の発信を行い,それをWeb上で集約する仕組みを構築する動きも出てきている(31)。また地域

(29)取り組みの詳細は,本書のウェザーニューズ社の原稿を参照されたい。(30)阪神・淡路大震災の放送記録をまとめた,ラジオ関西『RADIO AM神戸 69時間震災報道の記録』(長征社 2002年 10月)によると,局は市民の情報を信頼し確認作業なしでも放送していた。東日本大震災の被災地のメディアでは方針が分かれていた。

(31)トヨタ自動車やウェザーニューズ社をはじめとしたさまざまな事業者が,こうしたシステムの提供を開始している。

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SNSを活用して,災害時には市民同士で情報を共有しようとする動きも増えている。集中豪雨による土砂崩れの前兆や生活道路が不通になっているなどの地元の極めて細かな情報は,ソーシャルメディア上に情報が膨大に存在していたとしても,また,センサーやカメラを張り巡らしたとしても,把握するには限界がある(32)。放送局でも,日頃から視聴者に写真などを投稿してもらうような場をWeb上に構築する取り組みも始まっている。ビッグデータに目を奪われ過ぎず,情報通信技術の進化を援用しながらスモールデータを着実に収集しようという取り組みも,重要な視点である。

(2)屋内測位技術首都直下地震のような都市型災害では,特定のエリアに集中する人々の混乱,それが引き起こすトラブルをどう防ぐかが最大の課題となる。例えば渋谷駅は一日 200万人もの人が訪れる大ターミナル駅であるが,都市圏には地下空間も含めこうしたエリアが点在しており,人の位置情報の効果的な活用が期待されている。しかし屋内や地下空間では,衛星を使った GPS測位は困難である。そのため,GPS以外の技術で位置情報を把握する取り組みが模索されている。現在,Wi-Fi,ICタグ,AISLE,IMES,可視光など,数々の測位技術の開

発が行われているが(33),これらの開発をけん引しているのは商業利用である。店舗に端末が近づいたら位置を感知し自動的にクーポンを配信したり,ユーザーの購買履歴に基づいて効果的なエリアでカスタマイズされた情報を配信するなど,個々の端末の位置を把握し,そこに対して PUSH型(34)で情

(32)ウェザーニューズ社の「減災リポート」も地域 SNSもソーシャルメディアの一種ではあるが,本稿では Twitterのようなビッグデータの対比としてのスモールデータと位置づけた。災害時のTwitterと地域 SNSの違いについては,小川祐樹他「東日本大震災における Twitterと地域 SNSの利用特性の違い~災害時の効果的な情報ツール活用に向けて~」(2011)他の研究がある。

(33)AISLEは音波信号,IMESは屋内 GPS送信機,可視光は LEDを利用。(34)情報が自動的に通知されたり,情報が更新された場合にユーザの操作なしに情報が送られてくる仕組みのことをいう。

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報を送るという発想が主流である(35)。つまり,位置情報の収集と伝達がワンセットでサービスが開発されているのである。その発想で災害時活用を考えると,個々の端末の位置情報に応じた最短の非常口や避難路への誘導をどう行うか,というところに行き着く。総務省の資料にも,「屋内や地下空間で個々の位置に応じたきめの細かい避難誘導システム等の実現」がうたわれ,個別端末への伝達の絵も示されている(36)。しかし,人が殺到しそうな箇所での混乱をどう防ぐのかが最大の課題となる屋内空間において,個々の端末への安易な避難誘導は,かえってより大きな混乱を引き起こしかねない。“ きめ細かい避難誘導システム ” がどうあるべきかについては慎重な検討が必要である。ただいずれにせよ,施設内にいる人の位置情報が収集され,その全容が把握できるようになれば,施設管理者はより効果的な災害対応を考えることができるようになる。そうすればサイネージなどを活用し,多くの市民に的確な情報を伝達することも可能になってくる。災害時の対応には,着実に活用できるところから段階的に社会実装させていくことが必要と思われる。今後の技術の開発に期待したい。

3 増大する災害情報伝達手段

ここまで,大震災後増え続ける災害関連情報について,新たに台頭してきた情報を中心に整理し課題を提示してきた。ここからは情報を伝達する手段の最新動向について見ていく。災害情報の伝達手段については,大震災後,国の方針として積極的に多様化・多重化が進められている(37)。その背景には,市町村で避難情報など緊

(35)大阪・梅田のグランフロントのコンパスアプリなど。http://www.grandfront-osaka.jp/compath/02

(36)総務省「G空間× ICT推進会議報告書」より。

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急情報の伝達手段として最優先に整備が進められてきた防災行政無線(同報系)が,大震災時に十分に機能しなかったという教訓があった。消防庁が被災 3県の全市町村を対象に実施した調査によると,回答した太平洋沿岸市町村 27市町村のうち,17市町村が津波による倒壊,破損やバッテリー切れなどで防災行政無線が利用できなかったと回答している(38)。また,総務省が被災 3県沿岸部に居住する人たちを対象に実施した調査によると,57.1%が近辺に防災無線がなく聞こえなかった,聞こえた気がするが耳に入らなかったと答えている(39)。本章では上記の教訓を踏まえて進行中の,災害情報伝達手段の多様化・多重化の全容を押さえ,それらを効果的に機能させるための整理と課題を提示していく。

災害情報伝達手段の現状

災害情報伝達の担い手は,行政,メディア,通信事業者,ポータルサイト事業者,民間事業者まで多岐にわたる。また伝達の対象も,被災地(災害発生が予測される地域も含む)の中にいる市民だけではない。本項では伝達の対象を被災地内の市民に特化し,伝達の主体も災害対策基本法で気象予報,警報,警戒情報等の災害関連情報を住民等に直接伝達する義務を負う市町村に絞り,そこから伝達手段を概観していく。

(1)市町村から見た伝達手段図 3は,市町村から見た主な災害情報伝達手段を図式化したものである。手段は大きく 3つに分けられる。まず消防団や防災行政無線のように直接伝

(37)消防庁では「地方公共団体における災害情報等の伝達のあり方に係る検討会」の開催や災害情報伝達手段の多様化実証実験などの取り組みを進めている。

(38)消防庁「地域防災計画における地震・津波対策の充実・強化に関する検討会報告書」(2011年 12月)。

(39)総務省「災害時における情報通信の在り方に関する調査結果」(2012年 3月)。

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達するもの,次に公式 HPなどのように直接伝達するものではあるが何らかの入力作業を伴うもの,3つ目がテレビやラジオなどのメディアを介し間接的に伝達するものである。こうした伝達手段の増加は,被災地にいる市民に対し,より多くの災害情報に接触できる機会を提供する反面,情報を伝達する側の市町村に大きな負担を背負わせることにもなる。この負担を少しでも軽減しようと,2012年 7

月から本格運用が開始されているのが「公共情報コモンズ(40)」(以下「コモンズ」)である。コモンズとシステム連携した市町村は,担当者のパソコンに専用のソフトウエアをインストールし,コモンズのネットワークに接続して情報を入力するだけで,多くの伝達手段への一元配信が可能となる。一般財団法人マルチメディア振興センターが無料で運用を行っている。現在,図3に示した伝達手段の範囲まで一元入力が対応可能である。このシステムは,情報を入力する市町村の側だけでなく,それを受けて伝

達するマスメディア等の側にもメリットがある。例えば,数多くの市町村か

図3 市町村から見た災害情報伝達手段

(40)http://www.fmmc.or.jp/commons/

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らの情報を伝達しなければならない県域・全国の放送局では,これまではそれぞれの市町村に電話などで避難勧告・指示の発令の有無や被害の情報を問い合わせていた。しかし公共情報コモンズと連携すれば,入力された全ての市町村の情報を一覧で入手することができるようになる。また,データ放送のシステムと連携すれば,テレビ画面に情報を自動出力することも可能である。現在,13の府県の市町村で運用が開始されており,事業者側は放送メディアを中心に 200近い団体が参加している(41)。

(2)東日本大震災後の伝達手段を巡る新たな動き表 4は,これらの伝達手段を,伝送路別,情報の入手方法別(42),全国普

及率(市町村単位)別に示したものである。このうち,大震災およびその後に活用が注目され普及が広がっているのが,通信の分野では⑤~⑨,放送の分野では⑭~⑯である。通信分野の⑤~⑨のうち,⑦ソーシャルメディアと⑨デジタルサイネージでの伝達の取り組みについては,関谷直也氏が本書の原稿で触れているので割愛する。ここでは,個人のモバイル端末に対し直接 PUSH型で伝達できる手段として急速に普及が進む,⑤登録制メール,⑥緊急速報メール,⑧Yahoo!防災速報の 3つについて触れておく。⑤登録制メールは,あらかじめ登録しておいた住民に対し,市町村が直接情報を伝達するメールである。伝達する内容は市町村自らが自由に決めることができ,平時には市町村からのお知らせの伝達に活用している市町村も多い。ただ,災害時はネットワークふくそうや通信インフラの断絶の影響を受ける可能性があり,登録者が多い場合には送信に時間がかかることも予想される。⑥緊急速報メールは,携帯事業者がある特定のエリアに存在する端末に対

(41)自治体については 2014年 1月現在,事業者については 2013年 10月現在。(42)情報を自動的に通知したり,情報が更新された場合にユーザーが受動的に情報を得られる場合を PUSH,逆に情報をユーザー自らが能動的に取りに行く場合を PULLとしている。

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し,携帯電話を制御する帯域を使って基地局経由で同報的に情報を送信するサービスである。⑤登録制メールと違い,ふくそうの影響を受けにくいこと,市民は事前の登録なしに直接当該地域の情報を入手することができるなどのメリットがある。ただし情報の内容は,避難勧告・指示や各種警報などの緊急情報のみで,入力文字数も限られている。緊急速報メールが伝達する情報の内容は,大きく 3つに分かれる。1つ目

は 2007年から行っている緊急地震速報,2つ目は 2012年から開始した津波警報である。この 2つは気象庁発表の情報を直接事業者が受け,警報や速報の対象エリアの端末に伝達している。3つ目が,市町村と事業者が契約を結び,市町村が入力した情報を事業者が受けつけ,市町村のエリアにある基地局を通じて端末に伝達するものである。表 4の普及率はこの数字を示している。大震災以前は NTTドコモだけが有償でサービスを展開しており,契約している市町村も 50弱しかなかった。しかし 2012年 7月に NTTドコモ

(43)全国普及率については消防庁調べによる。

表4 主な災害情報伝達手段一覧(43)

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が無料化し,その後 KDDI,ソフトバンク各社も同様のサービスを無料で開始したため,現在 3社とも 80%近い契約率となっている。震災からわずか 2

年半の間に,防災行政無線の整備率を超える普及率となったのである。防災行政無線については,普及していると回答した市町村においても必ずしも全域をカバーしているとは限らないため(44),国民の大半が所持するモバイル端末に直接伝達される PUSH型の伝達手段が,現時点では緊急情報をあまねく国民に伝達するのに最もふさわしい手段であるといえよう。また 2013年 8月からは⑧ポータルサイトの Yahoo!JAPANが公共情報コモンズと連携して,市町村の緊急情報を PUSH型で端末に伝達する「防災速報」のサービスを開始した。これは個人がアプリをダウンロードして利用するタイプで,登録地を 3つまで選べるのが特徴である。2014年 1月現在,累計登録者数は 300万人を超えている。次に放送分野の新たな動きについても触れておきたい。大震災では,市町村が免許人となり直接情報を発信できる⑮臨時災害放送局が,これまでの災害時の実績をはるかに上回る 27局(45)開設され,大きな話題を呼んだ。開設のきっかけは,通信回線の断絶と,停電が長期に続きラジオの有用性が確認されたこと,広域災害であったためマスメディアが地域のきめ細かな情報を伝えきれず,地域メディアの役割が確認されたこと,多くの市町村で防災行政無線が機能不全に陥ったことなどが挙げられる(46)。⑮臨時災害放送局には,新たに放送局を立ち上げるパターンと,もともと市町村にあった⑭コミュニティー放送局が,災害時に免許を市町村に移行する形でそのまま放送を継続するパターンがあり,特に後者のパターンは発災時から復旧,復興までほぼ継続して放送を行い,大きな存在感を示した。

(44)防災行政無線については,沿岸部や市街地だけをカバーしている市町村や,市町村合併をした際,いずれかの市町村が整備していなかった場合にも合併後は整備済みとカウントされてしまうため,実質的に整備されていない地域は全国にかなりあると思われる。

(45)中継局を除く。(46)村上圭子「ポスト東日本大震災の市町村における災害情報伝達システムを展望する」(『放送研究と調査』2012年 3月)。

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このため大震災後,全国で⑭コミュニティー放送局を開設しようという動きが広がっている。大震災後に開設した局は 2014年 1月末現在で 37局に上る。2014年からは新たな周波数帯を活用できるようになるため(47),今後開設の動きは一層加速化していくと思われる。また⑮臨時災害放送局についても,多くの市町村が開設の意向を示している。といっても,制度上はあくまで発災後の臨機の措置で開設される放送局であるため,事前に周波数の割り当てを受けることはできない。ただしある程度開設の目処をつけておくことは可能であり(48),市町村やケーブルテレビ会社などが,開設のための機材を購入する動きが出てきている。2013年 7

月末には,集中豪雨に見舞われた島根県津和野町で,町が事前に購入していた機材を使い,速やかに臨時災害放送局を開設したという事例も生まれている。

(47)ガードバンドとされていた 85MHz~ 90MHzと,地デジ後に空いた帯域 V-Low帯のうち90MHz~ 95MHz帯が活用可能となった。

(48)各地の総務省総合通信局ではセミナーを開催するなどして市町村からの相談を受けつけている。

(49)総務省資料より。(50)三重県尾鷲市役所資料より。

図4 ホワイトスペースのイメージ(49) 図5 三重県尾鷲市の無線設備(50)

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最後に⑯エリア放送の市町村利用についても簡単に言及しておく。エリア放送は地上波テレビの完全デジタル化に伴い発生したホワイトスペースを活用した放送局で,2012年 3月に制度化された(図 4)。カバーエリアが数 10

メートルから 200メートルと狭いため,空港やスタジアム,大学などでの利用が広がっているが,山間や沿岸部などに集落が点在し,コミュニティー放送局の電波が届きにくい市町村などで,無線局を複数設置して行政の伝達手段として活用するところも出始めている(51)(図 5)。

(3)市民から見た伝達手段表 5は,これらの情報伝達手段を,情報を受け取る市民の側から捉えたものである。手段の特性という観点を軸に,メリット,デメリットを記した。紙面が限られているのでそれぞれの項目について詳細に触れるのは避けるが,手段が多様化・多重化することで,かえって市民の側が混乱するようなことがあってはならない。市民は手段それぞれに対するリテラシーを高めるとともに,市町村も,多様化・多重化が目的化しすぎることなく,常に伝達する対象である市民を想定しながら整備を進めていく必要がある。

多様化・多重化の到達度と課題

大震災後の市町村による災害情報伝達の多様化・多重化はどこまで進み,課題はどこにあるのか。ここからは時系列と情報内容,伝達対象と場所という 2つの観点から,現在の到達度と課題について考えてみたい。

(1)時系列×内容多様化・多重化する伝達手段を,時系列と伝達内容から評価したのが表 6

である。評価にあたっては,手段に定められた要件,気象状況,伝送路の耐災害性(ふくそう・断線),停電リスク,情報の量と地域性,端末可搬性な

(51)尾鷲市の他,青森県三沢市,岩手県葛巻町,福島県南相馬市で開設。

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どを加味し総合的に判断した(52)。全体をふかんすると,多様化・多重化が最も進んでいるのは,発災直前直

表5 市民から見た災害情報伝達手段のメリット・デメリット

(52)消防庁「災害情報伝達手段の整備に関する手引き」や被災地の市町村担当者の講演資料などを踏まえつつ,そこに筆者の取材や調査による考察も反映した。

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後の警戒情報や各種警報,避難情報など,避難行動の端緒となる緊急情報が発令される時期である。防災行政無線の課題が指摘された大震災の教訓が生かされている結果と捉えていいであろう。では発災から数時間の時期はどうだろうか。この時期は,緊急情報を入手し,避難が必要な場合にはどこに向かうかを決断し,その場所に向かうという段階である。どんな情報を頼りにするか,そして,それに基づきどんな判断をするかが生死を分けるといっても過言ではない。しかし,災害の種類や

表6 災害情報の内容と時期と伝達手段との関係

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規模にもよるが,その時期の伝達手段はかなり限られてしまうのが現状である。緊急情報のみを担う緊急速報メールはその役目を終えており,防災行政無線の屋外拡声子局には倒壊のリスクが伴う。登録制メールや公式 HPなど通信を活用する手段にはふくそうのリスクが,ケーブルテレビや IP告知放送には断線のリスクが,そしてテレビには停電のリスクが迫っているのである。そして最も情報が錯そうしてくるのが,その後の 72時間位までの間である(53)。安否情報,被災・被害・救援情報,交通情報,ライフライン情報などタイプの異なった膨大な情報が飛び交い,また一刻も早い人命救助に向け,どんな小さな関連情報も極めて重要となってくる。都市部では,帰宅困難者の発生が予想され,適切な情報が伝達されなければ混乱による二次災害も引き起こされかねない。東日本大震災ではこの時期,地震や津波で被害を免れて機能し続けていた防災行政無線や携帯の基地局が,予備電源が切れて次々と使えなくなっていった。大震災以降,バッテリーの増強や太陽光発電の整備などの対策が行われ,耐災害性はかなり向上してはいるものの,すべての施設に数日分のバッテリーを整備するなどという取り組みにはやはり限界があるであろう(54)。以上見てくると,発災後数時間から 72時間の時期に向けた多様化・多重

化を検討するならば,やはり停電やふくそうに強い放送波を軸に考えていくことが不可欠であることが分かる。前項「災害情報伝達手段の現状」(2)ではコミュニティー放送局と臨時災害放送局の 2つの地域のラジオメディアとエリア放送について触れたが,次項ではこれから開始される予定の新たな放送メディアについても触れておきたい。また,全く別の動きとしては,被災地内の情報流通を確保するため,避難所となる学校などの施設への公衆無線 LAN環境(Wi-Fiスポット)の整備

(53)災害の規模や質によって異なるので,あくまで救助の目安として 72時間とした。東日本大震災の場合は 1週間以上情報が錯そうする状況が続いた。

(54)携帯事業者の取り組みについては,本書の NTTドコモの取り組みの原稿を参照されたい。

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を今後広く行っていくという流れがある(55)。わずか 20m程度のスポット的なエリアであるため,そのエリア同士をつないでいくとなると課題はあるが,スマホやタブレットに対する音声以外の情報の伝達が可能となるというのは魅力的である。こうした動きについても今後注目していきたい。

(2)場所+対象表 7は,伝達手段の多様化・多重化について,情報を入手する場所と対象から評価したものである(56)。まず入手場所についてだが,最も課題が大きいのは車内である。車を運転しているのは,たまたまその地域を通過中だった地域外の市民であるケースも少なくない。彼らは土地勘も全くない。そのうえ,情報も入手できなければどこに避難したらいいのか判断のしようがないのである。次に,商業施設やターミナルである。こうした場所は閉鎖空間や地下空間であることが多いため,重要な伝達手段になるラジオが聴取しにくい可能性がある。今後は,設置が広がるサイネージをどの程度活用していけるかが 1つのポイントになっていくであろう。次に伝達対象についてだが,最も深刻なのは外国人である。SNSなどが普及したことで,母国語の情報を自ら探し出して入手することが多少はできるようにはなったものの,情報を伝達する側に多言語に対応するシステムが構築されている事例はほとんどないのが現状である。コミュニティー放送局の中には,以前から積極的に多言語での災害情報伝達に取り組んでいるグループがあり,大震災でも臨時災害放送局に対するサポートを行っていた(57)。しかし,時間に制約があるラジオ放送の中で,多言語を使って情報を伝えることにはどうしても限界がある。また,高齢者,障がい者,特に耳が不自由な人についてはラジオが聴取できないため,テキストでの伝達

(55)平成 25年度総務省補正予算「防災情報ステーション等整備事業」。(56)消防庁「災害情報伝達手段の整備に関する手引き」や被災地の市町村担当者の講演資料などを踏まえ,そこに筆者の取材や調査による考察も反映した。

(57)阪神・淡路大震災後に開設された FMわぃわぃを中心とした活動。

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が不可欠である。緊急情報については緊急速報メール,防災行政無線の戸別受信機などで伝達できるが,その後の時期のテキスト情報はどの手段で伝達していくことが最もふさわしいのか。課題は山積みである。

新たな周波数帯域と災害情報伝達

2012年 7月 24日,東北 3県で 1年間延期されていた地上波テレビの完全デジタル化が完了した。現在,アナログテレビが活用していた VHF帯のうち,90MHz~ 108MHz帯(以下,V-Vow帯)についての周波数割り当てと制度整備が行われている。これらの作業はいずれも災害情報伝達に深く関連するものとなっている。以下,現状について触れておきたい。

(1)放送ネットワークの強靭化大震災において,災害情報伝達手段としての放送,特にラジオの有用性が高く評価されたことは,本章でも何度も触れてきたとおりである。しかし,ラジオが今後もその役割を果たしていくにはさまざまな課題があるという声が,大震災後,ラジオ事業者側,特に県域 AMラジオ事業者側から強く発

表7 伝達場所と対象者と伝達手段との関係

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せられた。具体的には,民放 47局の送信所のうち 45局が海辺または河川の近くにあ

り津波や洪水の被害を受けやすいこと,都市部では高層ビルや電子機器などの影響で難聴が広がっていること,約 20年の間に売上高が半減し経営状況が極端に悪化しており,そうした中で高額の費用がかかるとみられる送信アンテナ等の更新時期を控えていることなどである。しかし,これらは実は大震災以前から存在している課題であった。これ

らの解決策という意味も含み,ラジオ事業者は長らく業界一体となって,V-Low帯によるデジタル化を模索していた。しかし結局,負担金などを巡って最後まで各局の足並みが揃わず,2013年 3月,業界一体でのデジタル化を断念するに至った。これを受け,2013年 2月から開始された総務省の「放送ネットワークの

強靭化に関する検討会(58)」では,V-Low帯のうち半分を予定どおりデジタル化(マルチメディア放送)にあて,残りの帯域を AMの難聴対策としてFM波で補完(59)する目的にあてることを決めた(60)。加えてアナログテレビ放送とのガードバンド(61)とされていた帯域も活用の対象となり(62),FM補完には補助金もつくことが決まった。もう 1つ,コミュニティー放送局の課題もあった。東京と大阪では 15年

以上前から電波が逼迫しており,新規開設がほぼ不可能となっていたのである(63)。先に述べたように,大震災後,コミュニティー放送局の開設希望が高まりを見せる中,検討会では FM補完に活用する帯域と同じ帯域を,新た

(58)http://www.soumu.go.jp/main_sosiki/kenkyu/kyoujinka/(59)FM波は AM波に比べ,ビル陰などに回り込みやすいなどの特性を持つ。(60)99~ 108MHzをマルチメディア放送,90~ 95MHzは AMの FM補完。95~ 99MHzはガードバンド。http://www.soumu.go.jp/main_content/000251376.pdf

(61)隣接する周波数帯域を利用する別な放送システムとの干渉を防ぐために設けられている未使用の帯域のこと。

(62)85~ 90MHz(63)東京 23区およびその周辺は 1997年,大阪市周辺は 1998年に,各総合通信局が電波逼迫宣言を出していた。

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にコミュニティー放送局開設に活用することが決められた(図 6)。

(2)V-Lowマルチメディア放送とデジタルコミュニティー放送次に,V-Lowマルチメディア放送と災害情報伝達との関わりについて触れ

ておく。マルチメディア放送とは,ラジオのような音声のリアルタイム放送やコンテンツのダウンロード配信,テキストや動画,画像などのデータキャストまで,放送と通信を組み合わせ,多様な情報を多様な伝達方法で届けることができる移動体向けの放送である。V-High帯ではすでに 2012年 4月から全国向け放送が開始されているが(64),これから開始される V-Lowマルチメディア放送は,全国を 7つに分けたブロック(65)で放送が行われる予定で

図6 地デジ後の新放送メディアと帯域活用

(64)33セグメントのうち 13セグメントを使い,mmbiが NOTTVを展開している。残りの 20セグメントについては参入意向調査が終わり,2014年春には電波監理審議会への諮問が予定されている。

(65)北海道,東北,関東・甲信越,東海・北陸,近畿,中国・四国,九州・沖縄の 7ブロック。

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ある。2013年 12月に制度整備に向けた関連省令等が施行され,今後,ハード整備事業者,続いて認定基幹放送事業者であるソフト事業者の募集・審査を経て,早ければ 2014年夏頃から順次放送が開始されることになっている(66)。この放送が具体的にどのような姿になっていくのかはこれからであるが,

大震災後の 2013年度に行われた 7つの実証実験では,そのすべてに災害情報伝達に関する内容が盛り込まれ,新たな伝達の可能性を切り拓いていこうという意図が伺えた(67)。例えば,端末側にあらかじめエリアコードを設定すれば必要な端末だけに情報を PUSH伝達できるため,放送波で防災行政無線を補完することができるのではないかとか,データキャストを活用すれば一度に多くの種類のコンテンツを送ることができるため,外国人に向けた多言語伝達や高齢者・障がい者の状況に合わせた伝達ができるのではないかとか,画像や地図データなどを送ることができるため,カーナビに車の位置情報と災害実況値・予測値をマッシュアップした情報を送り,避難の誘導ができるのではないか等々である。こうした提案を見てみると,前項の「多様化・多重化の到達度と課題」で触れたような,伝達手段の多様化・多重化を進めても依然残り続けるさまざまな課題の解決に向けて,また,前章の「2

 増大する災害関連情報」で触れたような,災害時の動的情報と静的情報を組み合わせた情報を,発生後数時間~ 72時間の人命に関わる時期の伝達に活用していくことなど,マルチメディア放送は貢献できることがかなり多いのではないかと期待できる。この放送に対する市町村の関心は高い。関心の中心はやはり災害情報伝

達にどう活用できるかである。2014年 1月には「自治体連絡会」が発足し,防災行政無線よりきめ細かい情報を着実に伝達できる方法を模索したいとい

(66)2018年までに,関東・甲信越・近畿で 80%以上,北海道・東海・北陸・九州・沖縄で 70%以上,東北・中国・四国で 60%以上,かつ都道府県 50%以上のカバー率で整備することが決められている。九州から開始予定。

(67)http://www.soumu.go.jp/menu_news/s-news/01ryutsu07_02000030.html

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う市町村や,新たな周波数が開放されてもアナログのコミュニティー放送局を開局できないという悩みを抱える市町村などが参加している。これらの市町村は,V-Lowマルチメディア放送のソフト事業者と協定を締結するなどの形で,災害情報伝達の新たな姿を模索していく予定であるという。ただ,この放送については当初から,受信するには専用端末が必要であるということが最大の課題とされてきた。日常使っていないものは災害時には使えないというのは,多くの被災経験者や専門家が指摘するところである。この点については,本放送を間近に控えさまざまな動きが出てきている。1

つは,V-Lowマルチメディア放送だけでなく現在のアナログラジオ放送も同時に聞ける端末の開発である。最近,市町村では防災行政無線の戸別受信機やコミュニティー放送局が開発した自動起動ラジオ(68)を配布する事例が増えているが,それらの端末よりも,よりきめ細かい緊急情報が PUSHで伝達でき,きめ細かい内容の情報を伝達できるのであれば,端末の無料配布を考えたいという市町村も出てきている。現在はコミュニティー放送局の開発した防災ラジオと同じ位の価格だが,量産されていけば,単価も下がってくると思われる(69)。またV-Lowの電波を受信し,Wi-Fi経由でスマホやタブレットに情報を表示するルーターの開発も進んでいる。こうしたルーターの整備がWi-Fiスポットなどに広がっていけば,放送と通信を効果的に組み合わせた災害情報伝達の新たなシナリオも出てくるであろう。また今後は,V-Lowマルチメディア放送の各ブロックに生じた空き帯域を活用したデジタルコミュニティー放送も制度化される予定である(70)。この制度ができれば,市町村は V-Lowマルチメディア放送上だけでなく,3セクや公設民営の形で自前の免許を取得することも可能となってくる。

(68)緊急情報の伝達の際は,放送を聞いていなくても自動的に当該地域のコミュニティー放送局の放送が自動で ONになる仕組みのラジオのこと。

(69)価格は自動起動ラジオも V-Low端末も現在は 1万円程度。(70)当初,制度設計は V-Lowマルチメディア放送の全ブロックの整備が済んだ 5年後とされていたが,現在,総務省ではできるだけ前倒しで技術基準その他の制度の検討を進める方向で動いている。

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前述したように,発災時から 72時間までの時期は,これまではラジオが頼みの綱となっていた。今後は音声だけでなく,テキストや画像,地図などのマルチメディアを駆使した災害情報の伝達が放送波によって可能となってくる。ではそのコンテンツとは具体的にどのようなものなのか,また,どこまで市町村単位でそうしたコンテンツを制作することが可能なのか,そして,市町村の取り組みを支える枠組みを作っていくとすれば,それはどのような座組みになるのか。引き続き注目していきたい。

4 おわりに

東日本大震災以降の災害情報の新たな動向について,その内容と伝達手段に焦点をあて,現時点で可能な限りふかんすることを試みた。個々のテーマについての詳細な分析や事業者の最新の取り組みについては,本書のそれぞれの原稿を参照されたい。ここまで書き進めてきて最も強く感じたのは,内容と手段が変化するということは,それを扱う主体の役割もまた大きく変化していく可能性が高いということである。今後は法律の改正などを視野に入れたダイナミックな議論や,これまでの役割にとらわれない大胆な発想が必要になってくるであろう。本稿は課題の確認にとどまり,こうした問題提起にまで至らなかったが,引き続き災害情報を巡る新たな取り組みに,自らも当事者として関わりながら考えていきたい。