幼少児のキック動作の発達過程についての筋電図的...

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187 幼少児のキック動作の発達過程についての筋電図的研究 後曝幸弘* (昭和61年9月30日受理) I.緒言 .人の基本的な運動を分類すると,歩く・走る・跳ぶ・泳ぐ等の移動系の運動(Locomo- tive movement)と投げる・捕る・打つ・蹴る等の操作系の運動(Manupulative m に大別される。 著者らは,これまで歩11)走4,21)固M草の移動系の運動の発達過程をDevelopment Kinesiologyの立場から明らかにしてきた。操作系の運動の一つであるキック3)について は7歳から13歳の児童・生徒を対象にボール速度と正確性の発達過程を明らかにした。し かし,インステップキック技能の習得・習熟過程を問題にする場合,さらに低年齢者を対 象にする必要があるし,聖37ル速度・フォ‾ム等の外面的な変化過程だけでなく,中枢神 経系における知覚一運動系等の内面的な変化過程についても検討する必要がある。 そこで,キック動作の発達過程を動作の内部構成のパターンを把握できる筋電図を用い て, 1歳から5歳の同一幼児11名を5カ年問追跡する縦断的方法と, 1歳から成人に至る 被験者を対象とする横断的方法を併用し検討した。 すなわち,何歳頃からキックの指導が可能であるのか,いつ指導するのが最も効果的か, また,どのような方法がよいのか等を知るための基礎的資料を得る目的で検討しようとす るものである。本研究では,それらの第一段階として,特別な練習を行ったことのない幼 少児を中心に筋の作用機序とフォームからみた動作パターンの発達過程,ならびにポール スピードの発達傾向を明らかにしようとした。 Ⅱ.方法 (1)被験者 幼少児期のキック動作の習熟過程を,筋の作用機序の面から縦断的に追跡するため, 1 歳から5歳の同一幼児11名について, 5カ年間,筋電図ならびに映画を記録した。さらに, 年齢層別変遷を把握するため,ようやく,キックが出来るようになった1歳7カ月から25 歳に至る55名についても横断的に同様の記録を試みた。 争.縦断的記録 1歳8カ月児1名(女子), 2歳児2名(男子1名,女子1名), 3歳児3名(男 名,女子2名), 4歳児3名(男子2名,女子1名), 5歳児2名(男子1名,女子1 について3カ月から12カ月の間隔で記録した。 b.横断的記録 1)幼児前期グループ(1-3歳) 10名 2)幼児後期グループ(4-6歳) 10名 3)児童グループ(7-11歳) 15名 *兵庫教育大学第5部(生活・健康系教育講座)

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幼少児のキック動作の発達過程についての筋電図的研究

後曝幸弘*(昭和61年9月30日受理)

I.緒言

.人の基本的な運動を分類すると,歩く・走る・跳ぶ・泳ぐ等の移動系の運動(Locomo-

tive movement)と投げる・捕る・打つ・蹴る等の操作系の運動(Manupulative movement)

に大別される。

著者らは,これまで歩11)走4,21)固M草の移動系の運動の発達過程をDevelopmental

Kinesiologyの立場から明らかにしてきた。操作系の運動の一つであるキック3)について

は7歳から13歳の児童・生徒を対象にボール速度と正確性の発達過程を明らかにした。し

かし,インステップキック技能の習得・習熟過程を問題にする場合,さらに低年齢者を対

象にする必要があるし,聖37ル速度・フォ‾ム等の外面的な変化過程だけでなく,中枢神経系における知覚一運動系等の内面的な変化過程についても検討する必要がある。

そこで,キック動作の発達過程を動作の内部構成のパターンを把握できる筋電図を用い

て, 1歳から5歳の同一幼児11名を5カ年問追跡する縦断的方法と, 1歳から成人に至る

被験者を対象とする横断的方法を併用し検討した。

すなわち,何歳頃からキックの指導が可能であるのか,いつ指導するのが最も効果的か,

また,どのような方法がよいのか等を知るための基礎的資料を得る目的で検討しようとす

るものである。本研究では,それらの第一段階として,特別な練習を行ったことのない幼

少児を中心に筋の作用機序とフォームからみた動作パターンの発達過程,ならびにポール

スピードの発達傾向を明らかにしようとした。

Ⅱ.方法

(1)被験者

幼少児期のキック動作の習熟過程を,筋の作用機序の面から縦断的に追跡するため, 1

歳から5歳の同一幼児11名について, 5カ年間,筋電図ならびに映画を記録した。さらに,

年齢層別変遷を把握するため,ようやく,キックが出来るようになった1歳7カ月から25

歳に至る55名についても横断的に同様の記録を試みた。

争.縦断的記録

1歳8カ月児1名(女子), 2歳児2名(男子1名,女子1名), 3歳児3名(男子1

名,女子2名), 4歳児3名(男子2名,女子1名), 5歳児2名(男子1名,女子1名)

について3カ月から12カ月の間隔で記録した。

b.横断的記録

1)幼児前期グループ(1-3歳) 10名

2)幼児後期グループ(4-6歳) 10名

3)児童グループ(7-11歳) 15名

*兵庫教育大学第5部(生活・健康系教育講座)

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4)少年グループ(12-14歳) 10名

5)成人グループ(18-25歳) 10名

(2)被験筋

キック動作に関与すると考えられる筋を下記のどとく選択したO

下肢筋: Tibialis anterior

Gastrocnemius

Vastus medialis

Rectus femons

Biceps femoris

Gluteus maximus

脊柱筋: Rectus abdominis

Sacrospinalis

上肢帯筋: Deltoid

anterior portion

posterior portion

(前歴骨筋)

(排腹筋)

(内側広筋)

(大腿直筋)

(大腿二頭筋)

(大殿筋)

(腹直筋)

(仙頼筋)

(三角筋前部)

(三角筋後部)

なお,一部の被験者についてはPeroneus longus (長排骨筋), Gluteus medius (中

殿筋), Sartorius (縫工筋), Adductor longus (長内転筋)についても筋電図を記録

した。

(3)記録方法

a.筋電図の記録

筋電図は,ミニチュア円盤電極(径5mm)とシールド加工された有線を使用し,通常の

皮膚表面誘導法により, 18素子万能型脳波計(三栄測器社製)を用いて感度: 7 mm/0.5mV,

時定数: 0.003sec,紙送り速度6cm/secで記録した。

b.バゾグラムの記録

助走中の接床期,離床期を区分して記録するため,特別なフットコンタクトスイッチを

作製し, D. C3Vでガルバノメーターを作動させ,バゾグラムを筋電図と同時記録でき

るように工夫した。

C.フォーム,ならびに関節の角度変化の記録

フォーム,ならびに各関節の角度変化を把握するため16mmシネカメラ(Bolex社製: 32-

64F.P.S),あるいはビデオカメラ(ビクター社製:32F. P. S)を用いて動作を

記録した.なお,映画のフレームシグナルは同期パルス発生装置を用いて筋電図と同時記

録した。

d.インパクトシグナルの記録

試作したマイクロスイッチを爪先と甲に取り付けボールインパクト時を電気的に捉え筋

電図と同時記録できるように工夫した。

e.ボール速度の測定

ボールが蹴られると作動するように設置したマイクロスイッチによってデジタイマー

(竹井機器工業社製)をスタートさせ, 3m離れた場所に設置したマイクロスイッチを内

蔵した特別なシュート板にボールが接触するとタイマーが停止するように組んだ電気的装

置を用いてポール速度を測定した。

一部の幼児については, 3mの距離を浮球で飛ばせないことや,前方に的を置くことは

動作を抑制するように考えられたので,同一条件で検討するには若干の問題はあるが,側

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幼少児のキック動作の発達過程 189

方より16mmシネカメラあるいはビデオカメラで撮影した映画からボール速度を算出した。

なお,ボール速度については,上記被験者とは別に4歳から13歳,一般成人男女,なら

びにサッカー選手,それぞれ20-30名を対象に計580名について測定したo

f.方法

いずれの被験者にも静止したボールを3m以内の位置からインステップで出来るかぎり

強く蹴るように指示した。

ポールは,成人については日本蹴球協会公認5号球を,児童・生徒については4号球を,

幼児については日本バレーボール協会公認5号球をそれぞれ使用した0

Ⅲ.結果ならびに考察

(1)ポール速度の加齢的変化について

ポールを蹴るという運動の能力を知ろうとする場合,その基本となるものはキックされ

たボールのスピードであると考えられる。

I

100CM

80

60

サ・

00

M,

12345678910111213AdSo(Age)

図1プレースキックによるポール速度の年齢別変化

注) Ad:成人

So:大学サッカー選手

Ratio of Adult :一般成人の値に対するそれぞれの年齢の割合(%)

Girl/Boy :男子に対する女子の割合(%)

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190

戸cm/0.5iミevcTIBIAUSANTERIOR

GASTROCNE川US

PERONEUS L0ト梅Us・璃ト

VASTUS MEDIAUS

RECTUS FEMORIS

BICEPS FEMORIS

GLUTEUS MAXIMUS

GLUTEUS HEDIUS

SARTORIUS

ADDUCTOR LONGUS

RECTUS ABOOMINIS

SACROSPINALIS

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InslepKick Toe Kick

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BALL CONTACT

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川oe血

No3FC

図2成人熟練者のインステップ・キックとトウ・キックの筋電図の比較荏)図中の縦線FCは立ち脚の着地時を, BCはボールコンタクト時をそれ

ぞれ示すFoot contactは最も下にさがっている問が離地時を示す。

図1は,プレースキックによるボール速度,成人に対するそれぞれの年齢の記録の割合,

ならびに男子に対する女子の比率の加齢的変化を示したものである。

いずれの被験者にもインステップで蹴るように指示したが,後述するようにトウで蹴る

者が年少者ではかなりみられた。しかし,図2に示すインステップとトウキックの筋電図

から分かるように,足関節筋の前歴骨筋,長排骨筋,排腹筋の放電パターンには差異は認

められるが,他の膝・股関節筋,躯幹筋,上肢帯筋の放電様相には殆ど差はみられなかっ

た。さらに,ボールスピードにおいてもインステップとトウキックを明らかに使い分ける

ことができる成人では殆ど差はみられなかった。

したがって,ここでは両キックによって得られたデーターで年齢別平均値と標準偏差を

求めた。また, 3歳以下では男女差が殆ど認められなかったことと例数の関係で男女をま

とめて示した。

ボール速度は1歳8カ月の1.86m/secから加齢とともに増大し, 5歳児男子で6.70m

/sec,成人男子では19.21m/secを示した。 5歳児女子では5.90m/secで,成人女子

では13.19m/secを示し加齢的に増大したが,増加傾向は男子に比して小さかった。19,21)

ボール速度の加齢による発達傾向は,短距離走の記録やステッピング1‰発達に類似

しているように考えられる。短距離走の記録の短縮は単位時間当りの足先の水平移動速度

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幼少児のキック動作の発達過程 191

の向上を意味しているoまた,ポール速度と蹴り脚のスイングスピードには正の相関がみ

られる8,16,22)これらのことからボ-ル速度の加齢による増大は脚のスイングスピード,す

なわち,筋収縮速度の増大チ)ならびに足先のスピードをボールに効果的に伝達する技術の

向上が主として関係していると考えられる。

男女差は5歳頃から出現し, 7歳以降で統計的に有意な差がみられるようになり, 5歳

女子では男子の90%を, 11歳で75%を, 13歳で70%を,成人では65%を示し,性差は加齢

的に大きくなる傾向がみられるoすなわち,ボール速度の性差は,短距離19,21)立幅跳19,21)

び等の移動系の運動よりも早期に出現し,成人における差も大きい傾向が認められた。

また,成人の50%以上のボール速度を示す年齢は男子では7歳,女子では6歳であり,

成人のレベルに達する年齢は男女いずれも13歳であった。このことは, 13歳以降の身長や

体重等21b身体的成熟はボール速度の増大に殆ど貢献していないことを示している.

なお,大学サッカー選手のボ-ル速度は26.45m/secで,一般成人の1.38倍の値を示し16)

た。全日本代表選手については30.0m/secの値が報告されている。

(2)成人熟練者(サッカ-選手)と未熟練者の筋電図とフォームについて

幼少児の発達過程を明らかにするためには成人のパタ-ンについて把握する必要がある。

図3は,関西学生サッカー1部リーグに所属し代表選手に選ばれた熟練者F. Dと成人未

熟練者A. Kのインステップキックのフォームと筋電図を,図4は,その際の身体各部の

関節角の変化をそれぞれ示している。

二三室誓・・ :-三三等子雪蒜昌一

TIBIAUS ANTERIOR

GASTROCNEMIUS

PERONEUS LONGUS

VASTUS MEDIALIS

RECTUS FEMORIS

BICEPS FEMORIS

GIUTEUS MAXIMUS

GLUTEUS MEDIUS

SARTORIUS

ADDUCTOR LONGUS

RECTUS ABDOMIN15

sACROSP間ALIS十ノD〔LTOIDANTERIOR PORTION

fLTOID>osTERIORPORTION珊ニBALL CONTACT

FOOT COIHI蝣ACT - L

KNEE A岨∈ I ;こTEよ.

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8C

(Unskilled)FC(Skilled)

図3成人熟練者(Skilled)と未熟練者(Unskilled)のキック動作の筋電図とフォームの比較荏)図中の縦線FCは立ち脚の着地時,BCはポールコンタクト時を示すFootcontactは最も下にさがっている間が離地時を示す。

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42 Fra me No. 50

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27 33 Frame No. AO

図4成人熟練者(skilled)と末熟練者(unskilled)のキック動作における身体各部の関節角の変化注)F.S.:フォワ-ドスイング

F.T.:フォロースルー

BC :ポールコンタクト

熟練者についてみると,立ち脚を大きく鐙から踏み込み,蹴り脚の膝関節を僅かに屈曲

(コック)し,フォワードスイング(股関節の屈曲)を開始している。立ち脚着地後,戟

り脚の大腿が地面に垂直になる頃,膝関節を最大に屈曲し,その後,急激に伸展しボール

インパクトに至っている。インパクト後,股関節を内転ぎみに下肢を大きく前上方に振り

上げフォロースルー動作にはいっている。この間,上肢は,蹴り脚の対側は前方に,同側

は後方に大きく振られ下肢との相対動作がみられる。すなわち,両腕は強力なキックを行

うための補助動作として働き,身体のバランス保持のために有効に利用されている。

筋電図についてみると,申殿筋,縫工筋,長内転筋ならびに大腿直筋に立ち脚着地(F

C)後,顕著な放電がみられる。これらの筋は股関節の屈曲に働いているものと考えられ

る。内側広筋は大腿直筋の放電に僅かに遅れボールインパクトまで顕著な放電を示し,膝

関節の積極的な伸展に働いている。

前歴骨筋と長俳骨筋の桔抗筋に*蝣-ルコンタクト前からコンタクトにかけて同時放電が

認められる。俳腹筋の放電はボールコンタクト前は弱いが,インパクト後は顕著にみられ

る。すなわち,足関節はフォームからも分かるように伸展位で固定されインパクトにおよ

び,インパクト後も排腹筋によって足関節は伸展が維持されている。

大殿筋にはフォワードスイングからフォロースルーにかけて放電は殆ど認められない.

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幼少児のキック動作の発達過程 193

15)

高木らはボールインパクト直後,大殿筋に放電のみられる例の存在することを報告し,

この筋は本来股関節伸展筋であるが大腿が95度以上に屈曲されると起始と付着を結ぶ線が

股関節の回転軸を越えるため屈曲にも参画することを指摘している㌘)本実験においてもこ

の時期に放電を示す例が一部認められた(図6)0

腹直筋は,立ち脚着地からポールコンタクトまでの股関節が積極的に屈曲される間に顕

著な放電がみられる。これは股関節の屈曲を強力に行うための骨盤の引き上げに働いてい

るものと考えられる。

三角筋前部と同後部は,ほぼ相反的な放電を示している。すなわち,立ち脚踏み込み1

歩前の離地前から三角筋前部は放電を示し,フォワードスイング開始直前,同前部の放電

の消失に呼応して同後部に放電が出現しインパクト直前まで持続している。三角筋後部の

放電は蹴り脚の振り上げに呼応して同側の腕を後方に振るため(肩関節の伸展)に働いて

いる。

すなわち,熟練者では,股関節の強力な屈曲と膝関節の伸展によって足先にスピードを

つけ,足関節を固定しボールに衝撃を合理的に伝えているものと考えられる0

一方,未熟練者ではボールコンタクトの前後,足関節筋では前歴骨筋にのみ顕著な放電

を示し,熟練者にみられた足関節の固定は認められず,むしろ足関節を背屈させながらポー

ルコンタクトに至っており,インステップでボールを捉えていないことはフォームからも

分かる。

膝関節の伸展に働く内側広筋の放電がボールコンタクト前に殆ど認められない。このよ

うな放電パターンはキック動作習得初期の幼児にはみられるが,成人においては本被験者

以外には認められなかった。このことは,図4の膝関節角度の変化からも分かるようにイ

ンパクト前に膝関節が積極的に伸展されていないことを示している。

さらに,三角筋後部の放電は立ち脚踏み込みのかなり前からボールコンタクト後まで持

続し,蹴り脚のフォワードスイング時(FC-BC)に三角筋前部と同時放電を示し,宿

関節は外転しており熟練者のような蹴り脚の相対動作としての腕の後方への振りはみられ

MB.

しかし,他の股関節筋,躯幹筋には熟練者と顕著な差異は認められなかった。

これらのことから,本末熟練者では膝関節の伸展を殆ど用いず股関節の屈曲によってボー

ルを蹴っているものと考えられる。

(3)幼少児の筋電図とフォ-ムの加齢的変遷について

図5は,筋電図ならびにフォームからみたキック動作の加齢的変化を2, 4, 6,歳

児について横断的に示したものである.図6は,図5の4, 6,歳児の-年後の筋電図

記録の結果を示している。図7-A,B,C, D, Eは,やっとキックが行えるようになっ

た1歳8カ月の幼児S. Gがキック動作に習熟していく過程を5カ年問追跡した結果の筋

電図とフォームを示している。図8は11歳児の,図9は13歳児のインステップによるプレー

ス(地上に置いたボールを蹴ること:A),ローリング(地上をころがっているボールを

蹴ること:B),パント(ボールを手から落しざまに空中で蹴ること:C)キックの筋電

図とフォームをそれぞれ示している。

図10は,プレースキックのフォームの加齢的変化を示したものである。

キックは, GeselFが報告しているように,走行ができるようになる直後の1歳6カ月

頃から可能になる.しかし,図5,図7-Aに示すように1歳後半から2歳前半の幼児で

は成人でみられたキック時の内側広筋,大腿直筋,腹直筋の顕著な放電は認められず,筋

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A.A <;-o> M.I.(410)

示圭二Kick

ll U. 1b 17 19 2:

BC

M. tibialis anterior 」叫

M.vostus medians

M.rectus femoris

M. biceps femoris

M giuteus moximus

M.rectus obdomms

M. socrospi noiis

M deltoideubpars spinata

pく】rs clOviculans

如Io signal 耶・㌻■--軒iii=iiiij- I

K.H.<6-'0> K.M.ォー"

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昭一トーく-.、-lLl岬r(-

図5 2歳児, 4歳児, 6歳児, 8歳児のキック動作の筋電図とフォーム注)図中の縦線BCはポールコンタクト時を示す。

フォーム下の数字は映画のフレーム番号を示し,筋電区下の

Photo signalと対応する。

M・l(5-0) K.H(7-io)

39 tS A 52 S9 63 64

Kick

Tibialis anterior小か-LILr一、.-: 、叫-仰叫・

Gastrocnemius -恥へ'サ-A'-- --、サ-叫

Vastus medialis珊≠一一-一十-」Y-ectus femons小..IBicepsfemoris叫叫y--叶-一一-ヰ-1軸

Gluteus maximus -Iレ-・.十一、トー一一-

Rectus abdominis

SacrospinalisDeltoid

anterior

posterior

ー・<* :蝣'.-・.・、・-、

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I---筒V一一、 ・-一詛*h-一帖-、 I

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BC

叶-、叶ヤ・サーBC

40

77522 F.31

図6 5歳児, 7歳児, 9歳児のキック動作の筋電図とフォーム

荏)図5の4顔児, 6歳児, 8歳児とそれぞれ同一被験者図中の縦線BCはポールコンタクト時を示す。

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幼少児のキック動作の発達過程

肯| I:譜・-

二二二二

195

豆玉二三_手-i.-t --辛Kicking

Tibialis anterior

Gastrocnemius

vastus medialis

Rectus femoris

Biceps femoris

Semimembranosus

Gluteus maximus

Rectus abdominis

Sacrospinalis

HIP片

pFootContactL'

phlosignal

-4-I

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S.Goト8)

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S.Go(2-10) *>蝣"

図7 -A筋電図とフォームの変化からみた同一幼児のキック動作の習熟過程S.Gの1歳8カ月, 2歳0カ月ならびに2歳10カ月における記録の1例

荏)図中の縦線BCはボールコンタクト時を示す。

Tibialis antenO「柵叫-・J?

GastrocnemlUS

Vastus medians -J'叶巾

Rectus femori5 --・1

Biceps femons

^emimembranosus

GLuteuS m(コximus

Rectus abaominis

5・ユC 「ospinalis叫,P.ト¶

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二二一∴SGo(3- io)

図7-B S.Gの3歳3カ月, 3歳6カ月tj:らびに3歳10カ月における記録の1例(図7-Aに続く)

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196

嘘嶺辞葛藤欝徽I 2 3 4

Tibialis anterior

Gastrocnemius

Vastus medialis

Rectus femoris

Biceps femoris

Gluteus maximus

Rectus abdominis

Sacrospinalis

Deltoidanterior

posterior

Knee片

Hip片

Foot Contact *

photo signalmit ralに

重苦丑

図7-C S.Gの4歳1カ月における記録の1例(図7IBに続く)

.∴ IKick -t

・ibia帖anteriorHGastrocnemius

Vastus medians

Rectus femoris

Bicepsfemoris l-I

Gluleus rnaximus

Rectus abdominlS

SacrospHnalis

De toldanienor

poSlenor

Foot Contact

軸o signalS.OoK-5) -V.~

ーI-"i iー‾‾111ムーi蝣*"TV

BC即BC - BC

iNI!#.'IBC

・図7-D S.Gの4歳5カ月における記録の1例(図7-Cに続く)

荏) Stationary :プレースキック(図左)Rolling :前方よりころがされたボ二ルをキックするo(図中央2つ)Punt:手から落しざまに空中でボールをキックする。(図右)

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幼少児のキック動作の発達過程

潮陣窄礫醸軒畔革mm

・ ∫ _∴∴'く,。kやBC -^.二:丁葦Tibialis Onterior*:j

Gastrocnermus -

Vastus medians

Reclusfemoris -

Bicepsfemo「is !-vふし瑚Gl uteus mくユximus一一-せ.lb

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図7-E S.Gの5歳0カ月ならびに5歳5カ月における記録の1例(図7-Dに続く)

(A)Place遡幹鵜(B) R。Ili細十・ ∴′.、

(C) Punt

ー】'0.5mVBIALISANTERIOR-*叫GASTROCNEMIUS瑚VASTUS MEDIALIS

RECTUS FEMORIS

mCEP5 FEトAoms

GLUTEUS MAX MUS

BECTUS ABDOMINIS

SAEROSPINAUS

DELTOIDANTERIOR PORTION

OELTO DPOSTE剛OR PORTION

HECTUS FEMORIS

DICEPS FEMOR S

VASTUS MEDIALIS

GLUTEUS MA>CIMUS

KNEE ANGLE濫xFOOT CONTACT.B

FOOT CONTACT. I

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Oohnshi fl 1vrs)

-ti**ニ・-ヽ ■■一一一、 --------トq・-

FC FC FC

(A) (B) (C)

図8 11歳児のプレ-スキック,ローリングキックならびにパントキックの筋電図注)図中の縦線FCは立ち蜘

着床時, BCはボールコクト時を示す。Foot contact :最も下にさがっている間が離地時を示す。(L)からの下の4筋は

立ち蜘側の筋を示す。

197

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198

( A)Place

(B)RoHng

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ECTUS FEMORISRE

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L

e -rr

6cm/sec0.5mV

TIBIALIS ANTERIOR

GASTROCNEMIUS

VASTUS MEOIALIS

RECTUS FEMORIS

BICEPS FEMORIS

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RECTUS ABDO.MINIS

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FOOTCONTACT.L

PHOTOSIGNAL(SJDE・16mm)

Fujiwara(i3yrs)

蝣jo 67 ら

FC FC

(A) (B)

図9 13歳児のプレ-スキック,ローリングボールキックならびにパントキックの筋電図とフォーム

荏)図中の縦線FCは立ち脚着床時, BCはボールコンタクト時を示す。Foot contactは最も下にさがっている間が離地時を示す。(L)から下の4筋は立ち脚側の筋を示す。

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幼少児のキック動作の発達過程 199

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享、二幸二

至孟ミニき≡R。川戯払弧図11同一幼児のプレ-スならびにローリ

ングポールキックにみられるボール

コンタクト時のフォームのバリエ-

ション

注)上段は6歳2カ月時における

プレ-スキック

中段は6歳8カ月時における

プレースキック

下段は6歳8カ月時における

ローリングポールキック

図10プレースキックのフォームの加齢的変化注)イニシャルが同じ者は同一被験者

を示す。

イニシャル下の数字は年令を示す。

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200

電図上段のフォームに示すように,身体の前に置かれたボ-ルを爪先でつつくnudging

型2隼,腕は身体の横で保持され殆ど動かない非常にプリミティブなものである.

足の甲でボールを蹴る動作様式はインステップキックと呼ばれているが,図10に示すよ

うに1歳の幼児でも既に一部可能である。著者63)は先にインステップで蹴ることのでき

る者の割合は7歳児の40%から加齢的に増加し11歳で一般成人と同等の80%を示すように

なることを報告した。インステップで蹴ることのできる者の割合を幼児期についてみると,

前期(1-3歳)では25%みられるのに対し,後期(4-義)では20%で若干低下する

傾向が認められた。後述するように幼児後期でバックスイングがみられ,さらに股関節の.

屈曲に働く大腿直筋に顕著な放電がみられるようになり積極的なフォワ-ドスイング(股

関節の屈曲)が行われるようになる。幼児では積極的な股関節の屈曲は足関節の屈曲(育

屈)を誘発するためインステップで蹴ることのできる者の割合がむしろ幼児後期で減少し

たものと考えられる。すなわち,後述する膝,股関節筋の放電にもみられるように,直列

系の異なる関節の屈筋と伸筋を同時に意識的に制御することは難しいことを示している。

したがって, 7歳以降インステップで蹴ることのできる割合が加齢的に増加することは随

意的に足関節をコントロールできるようになる者が増加したことを意味している。

2歳代前半の幼児は前方に置かれたボールに歩いて近づき蹴ることもできるが,一旦停

止した後キックが行われ,歩行とキックの動作が局面融合19)される傾向はみられなかった。

また,立ち脚とボールの距離についての知覚能力が十分に発達していないため遠過ぎて

空振りしたり,近過ぎて腔でボールを蹴る場合もしばしばみられた。

さらに,この年代では,片足立位6)が十分に出来ずバランスシステムが未発達であるの

で,蹴り脚の勢いは制限された小さいものである。勢いよく蹴られた場合バランスを失い

倒れることもしばしばみられた。したがって,この年代ではボールを空中に蹴り上げる十

分な力がボールに伝達されることは殆どなく,浮球を蹴ることは出来なかった。

この年代の幼児は,キックの意味を十分に理解できないためボールを蹴らずにしゃがみ

込んでポールを手で動かそうとすることもしばしばみられた。20)

しかし, 2歳代の後半,走行がかなり上手になり両足踏み切りで立幅跳びができるよ

うになると,蹴り脚を後ろに引き勢いをつけようとする予備動作の認められる例が一部み

られるようになる。また,股関節の屈曲に働く大腿直筋の放電がフォワードスイング期に

みられるようになる.しかし,まだ内側広筋の放電は比較的弱く,積極的な膝関節の伸展

によるキックを行えない例が多く認められた。

2歳代では,助走を用いることのできない例が殆どである。

3歳代になると,腕も脚の動作に呼応して前後に振られ,踏み込み動作(立ち脚をボー

ルの横に置く動作)ができるようになり,一部の幼児で腹直筋に放電がみられだした。腹

直筋は骨盤の引き上げに働き,この筋に放電のみられることは,かなり積極的な股関節の

屈曲が行われていることを示している。

さらに.,内側広筋の放電がかなり顕著にみられるようになったが,ボールコンタクト前

よりはむしろコンタクト後において著しい傾向がみられる。これはフォームからも分かる

ように,ボールに衝撃を加える前の輝関節の伸展はわずかで,ボールコンタクト後に膝関

節の伸展を積極的に行っていることによる。すなわち,膝関節の伸展のタイミングが悪く,

ポール速度の増大に合理的に利用されていないことを示している。年少の幼児にとって,

直列系の異なる関節の伸筋と屈筋を組み合わせて制御すること,股関節を強く屈曲しなが

ら膝関節を伸展することは神経生理学的に難しいためにこのような動作がみられたものと

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幼少児のキック動作の発達過程 201

考えられる.このような例はすでに水泳のバク足についても認められている12)すなわち,

股関節を屈曲しながら僅かに遅れて膝関節を伸展する熟練者にみられるバク足動作は難し

く,幼児はもちろんのこと成人初心者においても膝・股関節を同時に伸展・屈曲するペダ

リング様の動作がしばしばみられた。

また,この時期図7-Bの3歳10カ月児の例のように,キック後大腿二頭筋,半膜様筋

に放電が認められ,前方に振られた脚を膝関節を屈曲し素早く引き戻す動作がみられる。

いわゆる24)Wickstromゥいうretract現象のみられることがこの年代の一つの特徴とし

て指摘できる。

retract動作のみられる幼児では,蹴り脚の対側の腕は前方に振られず,横に広げられ

るwing型の傾向がみられる。これは助走を用いたキックができるようになるとみられず,

キック後のバランスの確保に働いているものと考えられる。

4歳代になると,助走を用いたキックが行えるようになり踏み込みと膝関節の適当なコッ

ク(屈曲)により全体としての下肢の運動範囲が大きくなる。三角筋後部の放電が顕著に

なり腕の後方への振り,ならびに,蹴り脚対側上肢の前方への振りも認められるようにな

る。しかし,スイング脚の動作範囲拡大のために上体を後傾する例は,まだ殆どみられな

かった。

また,図7-Dに示すように,この年代でローリングボ-ルをキックすることやパントキックを行える者が一部みられるようになるが,知覚-運動系23も能力が十分に発達して

いないため空振りしたり,歴でポールを蹴ったりする場合が多くみられた。

5歳代になると,インパクト前の内側広筋の放電が顕著になる例が認められ,助走とキッ

ク動作のスムーズな局面融,9)がみられるようになる。しかし,インパクト後も内側広筋

の放電が持続し余分な筋緊張の認められる例が一部存在した。

6歳代になると,殆どの例で腹直筋に顕著な放電がみられ,踏み込み時からインパクト

にかけて上体を後傾し大きな動作でキックができるようになる。

しかし,図11に示す幼児S.Maの6歳2カ月,ならびに6歳8カ月の記録の際にみら

れたボールコンタクト時のフォームから分かるように試技E:とのバリエーションはかなり認められたO三宅22)も幼児ではボールを捉える足の部位が試技毎で異なる傾向を認めて

いる。これは立ち脚とポールの距離が一定しないことと関係している0

また,三宅-22)はボールと立ち脚の絶対距離には加齢的な変化はみられなかったとして

いるが,長青を考慮して相対距離で評価した場合には加齢的に短縮されることになる。

ボールインパクト時のフォームにバリエーションのみられることは立ち脚とボールの距

離の調整が的確に行えないことに起因し,知覚一運動系の能力が,この年代ではまだ十分

に発達していないことを示している。

7,8歳代になると内側広筋,大腿直筋の放電がボールコンタクト前に顕著にみられる

ようになる。しかし,内側広筋の放電開始が大腿直筋よりもかなり遅れる例がいまだに存

在し,特に女子において認められた。したがって,前述のボール速度にみられる性差は,

筋活動から推察されるキック技術の差が一つの要因と考えられる。

また,助走を用いたキックを行わせた場合にも,女子において図11のO.K(8-8)

の例にみられるように,踏み込み脚で助走の勢いを支えることが出来ず,ボールと立ち脚

の距離も遠く,つまずくような型になる場合が比較的多く認められた。すなわち,立ち脚

の着地後,蹴り脚のフォワードスイングが早期に開始され,いわゆる"ため"がみられな

かった.女子大学生では半数以上の者で7,8歳児にみられる動作パターンが観察された70)

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202

これらのことから,キック動作の習熟には加齢による成熟だけには期待でず,学習(練習)

の必要性が示唆される。

さらに,大腿二頭筋の放電がポールコンタクト前後にみられ,大腿直筋と協同して股関

節あるいは膝関節の固定を推察させる放電様相を示す例が一部みられる。高木ら15)も成人

熟練者に同様の放電を認め,股関節を固定しそれまでに得られた大腿の運動量を下腿に転

移し足先のスピードを高めるために働いていると考察している0本研究においても7 , 8

歳の児童においてこのような同時放電を示す例が多く認められたが成人では殆どみられな

かった。同時放電の出現条件を検討したが,全力よりも,弱いボ-ルを蹴ろうとした場合

や狭い実験室で全力で蹴るように指示した場合に出現する傾向が認められ,蹴り脚のスイ

ングを止め,ポ-ル速度をコントロールするために働いていると推定される.全ての被験

者に全力で蹴るように指示したが7, 8歳の児童からこのような放電がみられ出すように

なったことは,実験室の狭さに起因する何らかの抑制が働いたものと思われる。逆に言え

ば,この頃から知覚が運動系に制御をかけられるようになったことを示していると解釈す

ることができる。

同時放電のみられない成人熟練者においてもインパクト直前.股関節の屈曲に停滞(図

4)がみられたが.このような例では深部筋が関与しているものと考えられる。

10歳以降の年代になると男子の例では,内側広筋,大腿直筋の放電開始の時期は成人熟

練者と殆ど差はみられなくなり,フォームも成人と類似したものを示すようになる。すな

わち,若年者において認められた内側広筋の放電開始の遅れやインパクト後の余分な筋緊

張もみられなくなった。

しかし,足関節筋の放電様相は成人熟練者と異なり,足関節を固定したキックは中学生

においてもみられず,さらに,ポールコンタクト後の足関節伸展の保持に働く馴腹筋に放

電の認められる例も殆どみられなかった。したがって,足関節の固定の習得には特別な練

習の必要性が示唆される。・ii;

キック動作のパターンが成人レベルに達する年齢は10歳以降と考えられ,歩行の7歳

や走行の8歳4,21よりも遅れることから,キック動作の習熟には歩.走などの系統発生的な

運動に比し学習や経験の必要であることが示唆される。

キックは助走の勢いと体重を片足で支える必要がありバランス能力が重要である。さら

に,ボールと自分の身体の空間的認知が要求される運動である。開眼片足立ち維持時間や

立位時の重心動揺面積は9歳頃に成人レベルに達することが報告されている誓)また,正確

性を要求した場合と速度を要求して蹴らせた場合のポール速度に差異がみられるようにな

るのは11歳である3.)これらのことと本研究の結果を考え合わせると,キック動作の学習の

可能性はパントキックができるようになり知覚・運動系の能力がある程度発達していると

推察される6歳以降と考えられ,学習の適時性はバランス能力が成人レベルに達する9歳

頃からポール速度が成人のレベルに達する13歳までの年齢に存在し,ボール速度を蹴り分

けることができるようになる11歳前後にあるものと推察される。

本研究では,全力でボールを蹴らせた際の発達過程をみたが,実際のゲーム等の場面で

は種々の速度のボールを蹴ることが軍求されるOさらに,若年者では膝関節の伸展がキッ

クに合理的に利用されておらず,また,幼児・児童では足関節を固定したキックも認めら

れなかった。これらの動作の習熟には練習の必要性が示唆された。

したがって,今後,ボール速度のコントロールについてスイングスピードとボ-ル速度

の関係を指標に筋の作用機序の面から検討するとともに,練習の効果や指導法の影響につ

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幼少児のキック動作の発達過程 203

いても明らかにする必要があると考えられる。

Ⅳ要約

1歳から5歳の11名の同一幼児のキック動作を5カ年問追跡記録する縦断的方法に加え,

1歳から成人に至る55名についても横断的方法を用いて映画と筋電図を記録し,幼少児の

キック動作の発達過程を検討した。

さらに, 1歳から13歳の幼少児,ならびに成人被験者,計580名を対象にプレースキッ

クによるポール速度を電気的方法と映画法を用いて測定しその発達過程を明らかにした。

(1)ポール速度は1歳8カ月児の1.86m/secから加齢的に増大し.男子では5歳児で

6.70m/sec,成人で19.21m/sec,女子では5歳児で5.90m/sec,成人で13.19m/

secを示した。また,ボール速度が成人のレベルに達する年齢は男女いずれも13歳であっ

た。さらに,性差は5歳頃から出現し7歳過ぎで顕著になる傾向がみられた。

(2) 1歳児のキック動作は,身体の前に置かれたボールを予備動作を殆ど用いずに股関

節を屈曲し,爪先で蹴るプリミィティプなもので,膝関節の伸展に働く大腿直筋,内側広筋

には顕著な放電は見られず,さらに,腹直筋にも殆ど放電は認められなかった。

3 2歳代後半の幼児では,蹴り脚を後ろに引いて構える予備動作が一部みられるとと

もに大腿直筋の放電がかなり認められるようになり,股関節の積極的な屈曲が行われ始め

た。しかし,内側広筋の放電は弱く,膝関節の積極的な伸展によるキックはみられなかっ

!t.

(4) 3歳代の幼児では.ポールキック後,蹴り脚を素早く身体の下に引き戻す,いわゆ

るretracto現象のみられる例の存在することが一つの特徴である。

(5) 3歳終わりから4歳にかけて,一部,腹直筋に放電がみられた。さらに,内側広筋

の放電がかなり顕著にみられるようになるが,放電はボールコンタクト前よりもコンタク

ト後において顕著で,膝関節の伸展がボール速度の増大に合理的に利用されていなかった。

また,このころから助走を用いたキックやローリングポールがキックできるようになった。

(6) 5歳から6歳にかけて,下肢の相対動作としての腕の前後への振りがみられるとと

もに.腹直筋にも顕著な放電が認められるようになり,かなり積極的なキックが行えるよ

うになった。また,パントキックができるようになるのもこの頃からであった。

(7) 7 - 8歳代になると,内側広筋の放電がボールコンタクト前に顕著にみられるよう

になるが,放電の出現は大腿直筋よりもかなり遅れる例がまだみられ,女子においてこの

傾向が顕著に認められた。また,インパクト時に大腿直筋と大腿二頭筋に同時放電がみら

れるようになった。

(8) 10歳以降の年代の男子では内側広筋,大腿直筋の放電の開始は,成人熟練者と殆ど

差がみられなくなるとともにインパクト後の余分な筋緊張もみられなくなった。また,フォ

ームも殆ど成人と類似したものを示すようになった。

しかし,足関節を固定したキックは殆どみられず,さらに,ボールコンタクト後の足関

節伸展の保持に働く俳腹筋に放電の認められる例も殆どみられなかった。したがって,足

関節の固定の習得には特別な練習の必要性が示唆された。

(9)以上のことから,キック動作の学習の可能性はパントキックができるようになり知

栄-運動系の能力がある程度発達していると考えられる6歳頃からであり,学習の適時性

はバランス能力が成人レベルに達する9歳以降でボール速度が成人のレベルに達する13歳

までの年齢に存在すると推察された。

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204

本研究は文部省科学研究費,一般研究(C) Na59580082にもとずくものである。

本研究の一部については第36回日本体育学会において発表した。

稿を終るにあたり,御校閲を賜った兵庫教育大学・辻野昭教授に深く感謝致します。

本研究の遂行にあたって,関西医科大学・岡本勉教授,堤博美助手,仏教大学・風井詩♭恭教授,

聖母女学院短期大学・丸山宣武助教授にひとかたならない協力を賜った。また,被験者として多数の

方々にご協力をいただいたことを記し,ここに深謝の意を表します。

Oサl<^Ka

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206

An Electromyographic Study on Development of Kicking Motor Pattern

in Children

Yukihiro GOTO *

The purpose of this study was to examine the developmental process of the ball-

kick in children.

EMG activity was longitudinally recorded throughout periods of over five

years for eleven children ranging in age from 1 year 8 months to 5 years, and

cross-sectionally recorded for another 55 subjects, including children ranging

m age from 1 year 7 months to 14 years as well as adults.

The kicking form for every individual was also recorded using a 16 mm cine-

camera or a video-camera.

In addition, ball speed for another 580 subjects, including children 1 to 13

years old, adults, and soccer-players, was measured through a special electrical

device or a 16 mm cine-camera.

1. Ball speed increased with the age in both boys and girls, from 1.86m/ sec

for 1 year 8 months to 18.29m/sec for 13 year old boys, and to 12.90m/sec

for 13 year old girls.

The values of 13 year old boys and girls were almost the same as the adult re-

spective values.

2. Sex difference in ball speed appeared at 5 years of age and increased with

age. It was larger than for locomotor movements, such as running or jumping.

3. One and two year old children showed minimal forward movements by the lower

leg and little accompanied movement by the arms. Electrical activity of the rec-

tus femoris and vastus medialis muscles was very weak throughout the period just

before impact, and that of the rectus abdominis was indiscernible during the kick-

ing movement.

4. Slightly before 3 years of age, a preparatory backward movement of the

kicking leg appeared, and the rectus femoris showed some activity before ball

contact. The vastus mediahs, however, failed to show much activity during the

same period.

5. At around 3 years of age, the kicking leg tended to withdraw after the

completion of the kick, and this was a clearly identifiable aspect of developmen-

tal form in kicking. This retraction disappeared when the children could fuse

the running and kicking into a qmooth movement.

6. At the stage of 3 to 4 years of age, the vastus medians showed a strong

discharge during the forward swing of the kicking leg, but the discharge was weak-

er before ball contact than after. This indicated that the children were not

able to use the knee extension effectively for kicring.

Page 21: 幼少児のキック動作の発達過程についての筋電図的 …repository.hyogo-u.ac.jp/dspace/bitstream/10132/964/1/AN...殿筋), Sartorius (縫工筋), Adductor longus

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7. At the stage of 5 to 6 years of age, the total arc of leg-swing increased

significantly and a compensatory arm movement appeared. The rectus abdominis

showed a strong burst dunug the forward swing of the kicking leg. During this

period, children became able to punt.

At the stage of 7 to 8 years of age, the strong discharge of the vastus

medians shifted from the period after ball contact to before, but the onset of

discharge was later than that of the rectus femoris. This tendency was dominant

ingirls.

9. Beyond 10 years of age, the discharge pattern of knee, hip, trunk, and shoul-

der muscles, and kicking form showed almost the same pattern in boys as in adults.

However, one could not recognize fixation of the ankle joint in terms of muscle

activity.

This fact suggests that practice is necessary to acquire fixation of the ankle

joint.

10. From the above results, the optimum time to learn the kick appears to be be-

tween 9 and 13 years of age, when children approach the adult level of body balance

and of ball speed.

* Supported by a Grant-in-Aid for Scientific Research (Na 59580082),

from The Ministry of Education, Science and Culture, JapanDepartment of Practical Life Studies

Hyogo University of Teacher Education

-942-1 Shimokume, Yashiro、cho, Kat0-gun Hyogo, JAPAN 〒673-14