カンボジア初等教育における教育生産関数カンボジア政府は,2001年にMDGs...

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Kobe University Repository : Kernel タイトル Title カンボジア初等教育における教育生産関数 : シェムリアップ州6校の実 証分析(Educational Production Functions in Cambodian Primary Schools : Empirical Analysis in Siem Reap Province) 著者 Author(s) 石黒, 掲載誌・巻号・ページ Citation 國民經濟雜誌,215(3):1-17 刊行日 Issue date 2017-03-10 資源タイプ Resource Type Departmental Bulletin Paper / 紀要論文 版区分 Resource Version publisher 権利 Rights DOI JaLCDOI 10.24546/E0041103 URL http://www.lib.kobe-u.ac.jp/handle_kernel/E0041103 PDF issue: 2020-08-10

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Kobe University Repository : Kernel

タイトルTit le

カンボジア初等教育における教育生産関数 : シェムリアップ州6校の実証分析(Educat ional Product ion Funct ions in Cambodian PrimarySchools : Empirical Analysis in Siem Reap Province)

著者Author(s) 石黒, 馨

掲載誌・巻号・ページCitat ion 國民經濟雜誌,215(3):1-17

刊行日Issue date 2017-03-10

資源タイプResource Type Departmental Bullet in Paper / 紀要論文

版区分Resource Version publisher

権利Rights

DOI

JaLCDOI 10.24546/E0041103

URL http://www.lib.kobe-u.ac.jp/handle_kernel/E0041103

PDF issue: 2020-08-10

石 黒 馨

カンボジア初等教育における教育生産関数シェムリアップ州 6校の実証分析

国民経済雑誌 第 215 巻 第 3号 抜刷

平 成 29 年 3 月

1 は じ め に

教育は, 人間の尊厳に欠くことのできないものであり, かつすべての国民が相互の援助と

相互の関心によって果さなければならない神聖な義務である (ユネスコ憲章:UNESCO,

1945)。 この教育を受ける権利はすべての人びとの基本的人権である (世界人権宣言:

United Nations, 1948)。 しかし, 開発途上国ではこの教育を受ける権利はすべての人びとに

十分に保障されているわけではない (Sen, 2003)。 開発途上国の多くの子供たちは, 初等教

育さえ十分に受けられないという現実がある。

このような現実に対して, 2000年 9 月, 国連ミレニアム・サミットにおいて 「国連ミレニ

アム宣言」 (United Nations, 2000) が採択された。 この宣言では, 「極度の貧困と飢餓の撲

滅」 (目標 1 ) をはじめとする 8 つの開発目標からなる 「ミレニアム開発目標 (Millennium

Development Goals : MDGs)」 がまとめられた。 この開発目標の 1 つに 「普遍的な初等教育

の達成」 (目標 2 ) がある。 これは, 「2015年までに, すべての子供が男女の区別なく初等教

育の全課程を修了できるようにする」 ことを目標にした。 MDGs達成期限の2015年, 国連

は, 最終報告書 (United Nations, 2015) を発表した。 この報告書では, この間, 多くの成

果も得られたが, 課題も多く残されていることが示された。1)

開発途上国の普遍的な初等教育の達成について, MDGsの 3 つの指標 (①純就学率, ②

最終学年までの残存率, ③識字率) をもとに現状を確認しよう。 開発途上国の純就学率は,

2013年時点で79.9%である。2)初等教育の第 1学年に就学した生徒が最終学年まで残る残存率

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石 黒 馨

本稿の目的は, カンボジアの初等教育における教育生産関数を実証的に明らかに

することである。 本稿の主要な結論は以下の通りである。 カンボジアの初等教育に

おいて学力に影響を及ぼすのは, 父親の学歴や職業よりも, 家庭の資産・水源や家

事労働時間のような家庭の要因と共に, 宿題をする頻度のような生徒の要因である。

学校の要因も学力に影響を及ぼすことが確認できたが, どのような学校の特性が影

響するかについては, 明確な結果を得ることはできなかった。

キーワード カンボジア, 初等教育, 学力の要因, 教育生産関数

カンボジア初等教育における教育生産関数*

シェムリアップ州 6校の実証分析

は, 2012年に50.4%であり, 15�24歳の識字率は68.1%である。 これらの指標を見ると, 開

発途上国における初等教育の普遍的な普及には, なお課題が残されていることが分かる。

2015年の調査結果の集計でも, これらの目標は達成が難しい見通しである (United Nations,

2015)。

カンボジア政府は, 2001年にMDGsを受けて 「カンボジア開発目標 (Cambodia Millennium

Development Goals)」 を作成し, その 1 つに 「普遍的基礎教育 ( 9 年) の達成」 を定めた

(Royal Government of Cambodia, 2003)。 この達成目標では, 2015年までに 9 年間の基礎教

育を修了することを掲げた。 カンボジアは, 開発途上国の中でも後発開発途上国 (Least

Developed Countries : LDC)3)に分類される最貧国の 1つである。 初等教育の就学率 (2012年:

98.4%) は高いが, 最終学年までの残存率 (2012年:64.2%) は低く, 識字率 (2015年:91.5

%) にも問題がある (石黒, 2015 ; 石黒馨研究会, 2012, 2015)。

本稿の目的は, カンボジアの初等教育における教育生産関数を実証分析によって明らかに

することである。 教育生産関数とは, 学力のような教育成果がどのような要因によって決定

されるのかを明らかにするものである。 本稿では, カンボジア政府がその開発目標の 1つに

定めた初等教育に注目し, 初等教育における教育成果 (学力) の決定因を独自に収集したデー

タによって実証的に分析する。

本稿の分析の特徴は, 筆者らが2015年 2 月に実施したフィールド調査により得られたデー

タを用いて実証分析している点である。 カンボジアのシェムリアップ州の 6つの小学校で学

力テストとアンケート調査を実施し, そのデータをもとに計量分析した。 カンボジア初等教

育に関する教育生産関数の実証分析は, 筆者らが調べた限りではこれまで存在しない。 した

がって, 本稿の分析は, この分野の研究の出発点として重要な意味を持っている。

本稿の主要な結論は以下の通りである。 カンボジアの初等教育において学力に影響を及ぼ

すのは, 父親の学歴や職業よりも, 家庭の資産・水源や家事労働時間のような家庭の要因と

共に, 宿題をする頻度のような生徒の要因である。 学校の要因も学力に影響を及ぼすことが

確認されたが, 具体的にどのような学校の特性が学力に影響するかについては, 明確な結果

を得ることはできなかった。

以下, 本稿は次のように構成される。 第 2節では, 開発途上国の初等教育の教育生産関数

に関する先行研究について検討する。 第 3節では, カンボジアの初等教育の現状について検

討し, その特徴を俯瞰する。 また, 筆者らの調査のフィールドであるシェムリアップ州の教

育の現状について明らかにする。 第 4節では, まず実証分析で用いるモデルや手法を示す。

次に, フィールド調査を行った小学校の概要と分析に用いるデータを示す。 その後, 分析結

果を述べる。 第 5節では, 結論を要約し, 今後の課題を明らかにする。

第215巻 第 3 号2

2 先 行 研 究

開発途上国の教育生産関数に関する従来の研究では, 教育成果の決定要因として主に, ①

家庭の要因, ②学校の要因, ③生徒の要因が挙げられる (Hanushek, 1995 ; Glewwe, 2002 ;

澤田, 2003 ; �����������et al., 2005 ; Glewwe et al., 2011)。 ここで, 教育成果とは, 学力

で測定可能な認知能力や労働者の賃金を指す。 初等教育に関する先行研究では, 認知能力が

教育成果の指標として用いられている。

第 1 に, 家庭の要因が教育成果に影響を及ぼすとする研究には, Baker et al. (2002) や

�����(2010) がある。 Baker et al. (2002) は, 36の国・地域に関する算数と理科の学力

データ (Trends in International Mathematics and Science Study) を分析した。 彼らは, 学力

に影響を及ぼす主要因は家庭の要因 (親の学歴や本の数) であり, 学校の要因 (予算や施設)

はあまり影響しないとしている。 �����(2010) は, 2001年に35カ国で実施された

Progress in International Reading Literacy Studyのデータを用いて, アルゼンチンとコロン

ビアの教育生産関数について分析している。 この 2カ国では, 教育成果に影響を及ぼす要因

として, 家庭の要因は認められるが, 学校の要因は国によって結果が異なるとしている。

第 2 に, Glewwe (2002) と Glewwe et al. (2011) は, どのような学校要因が教育成果に影

響を及ぼすかに注目しながら従来の研究をサーベイしている。 Glewwe (2002) では, 教科

書や学習帳の利用, ICT (Information and Communication Technology) 教育, クラスの人数

などが影響を及ぼすとする研究を紹介している。 また Glewwe et al. (2011) では, 教材の利

用, 学校の施設, 教師の質, 宿題の有無などが教育成果に影響を及ぼすとする研究を紹介し

ている。

その中でも, Heyneman and Loxley (1983) は, 29カ国の小中学生の理数科の学力データ

を分析し, 開発途上国では学校の要因の方が家庭の要因よりも学力への影響が大きいとして

いる。 彼らの研究を受け, 富田・牟田 (2010, 2012) は, 2004年にマラウイで実施された学

力テストと, 生徒・保護者・教員などを対象とするアンケートからなる Monitoring

Achievement in Lower Primaryパイロット・プロジェクトのデータを分析した。 彼らの結果

は, Heyneman and Loxley仮説を支持し, 学校の要因の方が家庭の要因よりも算数と国語の

学力への影響が大きいとしている。 また, 小川・中室 (2009) は, ベトナムの初等教育にお

いて学校の要因が学業成績に及ぼす影響について検討し, 有意な結果を得ている。

第 3に, 開発途上国の教育成果に影響を及ぼす要因として, 生徒の要因を重視する研究は

ほとんどない。 というのは, 開発途上国において現在重要なのは, 貧困や紛争から生じる家

庭の要因や学校の要因だからである。 ただし, Glewwe et al. (2011) で指摘された宿題の有

無は, 生徒の要因にも関係していると考えられる。 教師が宿題を出したとしても, 生徒がそ

カンボジア初等教育における教育生産関数 3

れをやらなければ意味がないからである。 開発途上国の経済発展が進むにつれて, 家庭の要

因 (経済資源の不足) や学校の要因 (学校や教材の不足) に起因する問題が徐々に解消され

れば, 先進諸国で問題になるような生徒の要因が重要になるだろう (中室, 2015 ; 赤林・直

井・敷島, 2016)。

以上の 3つの要因以外では, ④家庭や学校が属する地域のコミュニティの特性や, ⑤国際

機関や NGOによる教育・生活支援なども, 教育成果に影響を及ぼす要因として挙げられる

場合がある (Glewwe, 2002 ; Glewwe et al., 2011)。

3 カンボジアの初等教育と調査地の概要

3.1 カンボジアの初等教育の概要

カンボジアの義務教育では日本と同様に, すべての子供は 6歳で小学校に入学し, 6 年間

小学校に通い, 3 年間中学校に通わなければならない (Royal Government of Cambodia,

2003)。 制度上はこのように定められているが, 実際には入学年齢も就学期間も子供によっ

て多様である。 以下, カンボジアの初等教育の現状について見てみよう。

カンボジアの経済や初等教育に関する指標について, 東南アジアの周辺諸国と比較しなが

ら検討しよう。 ここで比較するのは, カンボジアと同じく後発開発途上国 (LDC) に分類

されるミャンマーとラオス, 東南アジアの中では開発が進み経済力のあるタイ, 同様に開発

が進んでいる社会主義国ベトナムの 5 カ国である。 図 1 は, この 5 カ国の 1 人当たり実質

GDPと初等教育に関する 3 指標を比較したものである。 初等教育に関する 3 指標は, ①初

等教育における純就学率, ②第 1 学年に就学した生徒が最終学年まで残る残存率, ③15�24

歳の男女の識字率である。 これらは, MDGsの 「普遍的な初等教育の達成」 において指標

とされたものと同じである。

第 1 に, カンボジアの 1人当たり実質 GDPは, 2014年時点で748.8米ドルであり, 国連の

LDC基準1,035米ドルを大きく下回る。 データが欠損しているミャンマーを除く 4 カ国の中

で最も低く, 周辺諸国に比べて経済開発が遅れている (図 1 ①参照)。 近年の 1 人当たり実

質 GDPの水準や推移はラオスとほぼ同じである。

第 2に, カンボジアの純就学率は, 2003年からほぼ横ばいに推移しており, 高い水準を維

持している。 2012年時点でカンボジアは98.4%であり, データの制約上同一年の比較はでき

ないが, 直近のデータと比較すると 5カ国の中で最も高い値を示している (図 1 ②参照)。

しかし, いずれの国も95%を越える高い水準を示しており, その差はわずかである。

第 3に, 最終学年までの残存率は, 上昇・下降を繰り返しながら周辺諸国に比べて低い水

準で推移し, 2012年時点で64.2%である (図 1 ③参照)。 就学率と同様に同一年の比較では

ないが, 比較対象諸国の中で最も低い水準である。 同じ LDCのラオスの2012年の残存率は

第215巻 第 3 号4

73.3%である。 ラオスと比較しても, カンボジアの水準が低いことが分かる。

第 4 に, 15�24歳の男女の識字率は2015年時点では91.5%であり, ラオスの90.2%に次い

で 2 番目に低い (図 1 ④参照)。 カンボジアの識字率は, ラオスとほぼ同じ軌跡を辿りなが

ら上昇を続けている。 しかし, 同じ LDCのミャンマーの識字率は96.3%とタイやベトナム

の水準に近いが, カンボジアはミャンマーほど高くはない。

以上より, カンボジアの初等教育の特徴は次のようにまとめられる。 純就学率は周辺諸国

並みかそれ以上に高いが, 最終学年までの残存率や15�24歳の男女の識字率はそれら諸国よ

りも低い。

カンボジア初等教育における教育生産関数 5

図 1 カンボジアと周辺国の実質 GDPと初等教育の比較

注) 1 人当たり実質 GDPは2005年米ドルを基準とする。 ミャンマーのデータは欠損している。 データの欠損している年次は省略しグラフを描いている。

出所) UNESCO Institute for Statistics (2015) 及びWorld Bank (2015) より筆者作成。

① 1人当たり実質 GDP ② 純就学率

③ 最終学年までの残存率 ④ 15�24歳の識字率

2000

0

20012002200320042005200620072008200920102011201220132014

カンボジア ラオス ミャンマータイ ベトナム

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米ドル(2005年基準)

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カンボジア ラオス ミャンマータイ ベトナム

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カンボジア ラオス ミャンマータイ ベトナム

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3.2 シェムリアップ州における初等教育の概要

調査地のシェムリアップ州は, カンボジアの中心部に位置するトンレサップ湖の北東にあ

り, アンコール遺跡群を中心に観光都市として発展している。 しかし, 観光客が多く集まる

のは主に市街地で, 郊外に出ると田園風景が広がる農村地帯である。

カンボジア教育・青年・スポーツ省 (Ministry of Education, Youth and Sport) による

2014/2015年の初等教育に関するいくつかの指標をもとに, カンボジア全24州・プノンペン

特別市の中でのシェムリアップ州の初等教育の特徴について検討しよう。

カンボジアの初等教育の純就学率は, 全国平均が94.5%であり, 最高がカンポンチャム州

の99.3%, 最低がパイリン州の71.1%, シェムリアップ州は13番目の94.3%である (図 2 ①

参照)。 また, シェムリアップ州の初等教育の修了率は11番目の81.6% (全国平均は84.1%,

最高はタケオ州の97.2%, 最低はラタナックキリ州の62.3%) である。 この 2 つの指標はい

ずれも全国平均を下回っているが, 著しく低い水準ではない。

しかし, シェムリアップ州の初等教育の留年率は7.5% (全国平均は5.1%, 最高がスタン

第215巻 第 3 号6

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① 純就学率 ② 留年率

③ 中退率 ④ 進級率

図 2 カンボジア初等教育の州別比較

出所) Ministry of Education, Youth and Sport (2015) より筆者作成。

全国平均

全国平均

全国平均

全国平均

トレング州の11.4%, 最低がケップ州の2.0%) であり, 全24州中 3 番目に高い (図 2 ②参

照)。 中退率は12.8% (全国平均は8.3%, 最高がラタナックキリ州の22.7%, 最低がタケオ

州の3.6%) であり, 4 番目に高い (図 2 ③参照)。 進級率は79.7% (全国平均は86.5%, 最

高がプノンペンの94.1%, 最低がラタナックキリ州の72.2%) であり, 3 番目に低い (図 2

④参照)。 このように, これら 3指標は, 全24州中 3番目か 4番目に悪い値を示している。4)

以上より, カンボジア・シェムリアップ州の初等教育の特徴は以下のようにまとめられる。

子供が小学校に入学し通学する機会 (純就学率) は全国平均と同じ水準にある。 しかし, 入

学後の留年率や中退率が高く, 上級学年への進級に問題が認められる。

4 実 証 分 析

4.1 分析の枠組み

教育生産関数は, 教育のインプットとアウトプットの関係を表す関数である。 教育のイン

プットには, 教育を需要する①家庭の要因や②生徒の要因がある。 また教育のインプットに

は, 教育を供給する③学校の要因もある。 教育のアウトプットは教育成果である。 教育生産

関数は, これらのインプットとアウトプットによって定義される (Glewwe, 2002 ; 小塩,

2002 ; 澤田, 2003 ; Glewwe et al., 2011)。 先行研究を参考に, カンボジアの初等教育におけ

る教育生産関数を次のように表す。

�������������� ( 1 )

��は生徒が習得した認知能力の水準, ��は家庭の特性を表すベクトル, ��は生徒の特性を

表すベクトル, ��は学校の特性を表すベクトル, �は生徒である。

( 1 )式の教育成果は認知能力を表す。 教育成果としては認知能力だけではなく, 非認知能

力も重要な要素であるが, ここでは認知能力を用いる。 Glewwe et al. (2011) で指摘されて

いるように, 認知能力は生徒の将来の賃金を決定づける要因の 1つであり, これを教育成果

として分析することは意義がある。

( 2 )式は, 実証分析に用いるモデルである。 ( 1 )式の教育生産関数をもとに線形モデルを

仮定する。

����������������������� � ( 2 )

����は, 生徒が習得した認知能力の代理変数として用いる算数テストの点数, ��から��

は未知パラメータ, �は誤差項である。

4.2 フィールド調査の概要とデータ

本稿の分析で用いるデータは, 筆者らが2015年 2月24日から26日にかけてカンボジアで行っ

カンボジア初等教育における教育生産関数 7

たフィールド調査によるものである。 フィールド調査は, シェムリアップ州の小学校 7校で

実施した。 このうち 6校から得られた第 3学年186人のデータをもとに分析する。

この調査では, 生徒と教師を対象としたアンケートと生徒への算数テストを実施した。 ま

ず, アンケートで, 生徒や教師の家庭環境や学校生活について尋ねた。 アンケートは, 先行

研究で認知能力の決定要因とされているものを参考に, 筆者らが作成した。 次に, 25分間の

算数テストを実施した。 算数テストは, 第 2学年修了時点において習得が期待される内容を

問うものであり, これも筆者らが作成した。

表 1は, 第 3学年対象の 6校の算数テストの結果を表す。 このテストは, 数の大小や, 加

法・減法・乗法の能力を問う全20問から構成されており, 20点満点である。

表 2は, アンケートの内容をもとに分析に用いる変数とその定義を示す。 説明変数は, ①

家庭の要因, ②生徒の要因, ③学校の要因からなる。 ①家庭の要因は, さらに家庭の属性

(父親の学歴, 両親の職業, 兄弟の人数, バイクや牛などの家庭の資産, 水源の確保) と学

習環境 (家事労働の時間, 通学時間, 教科書などの学用品) に分けられる。 ②生徒の要因は,

生徒の属性 (年齢, 性別), 就学状況 (入学年齢, 留年経験), 学習意欲 (宿題への取り組み,

先生への質問) に分けられる。 ③学校の要因は, 6 校をダミー変数によって区別する。

表 3は, 被説明変数 (算数テストの点数) と説明変数 (①家庭の要因, ②生徒の要因, ③

学校の要因) の基本統計量を示す。

表 1と表 3をもとに, 家庭・生徒・学校の特徴を確認しよう。 最初に, 生徒の家庭環境に

ついて見てみよう。 初等教育を修了している父親の割合は68%であり, 3 割以上が初等教育

を修了していない。 農業・漁業に従事する父親は62%, 母親は61%であり, 共に半数以上が

農業に従事している。 カンボジアの労働力人口に占める農業従事者の割合は2013年時点で

64.1% (ADB, 2015) であり, 調査値がカンボジアの平均的な就業構造と同じであることが

分かる。5)

次に, 生徒自身の特徴を見てみよう。 調査対象者は186人であり, このうち男子が102人,

第215巻 第 3 号8

表 1 小学校の算数テストの結果

観測数 平均値 標準偏差 最大値 最小値

A小学校 30 8.73 4.52 18 2

B小学校 20 12.75 3.88 18 6

C小学校 52 14.50 3.46 20 7

D小学校 35 10.94 3.95 18 4

E小学校 31 8.61 3.06 15 2

F小学校 18 10.22 4.76 18 1

全小学校 186 11.32 4.48 20 1

カンボジア初等教育における教育生産関数 9

表 2 変数の説明

変数名 定義

○被説明変数 教育成果 算数テストの点数

○説明変数 ①家庭の要因 1) 家庭の属性

2) 学習環境

1.父親の学歴 ( 6 年未修 1 , 6 年修了 2 , 9 年未修 3 , 9 年修了 4 )2.両親の職業 (農業 1 , 漁業 2 , 無職 3 , その他 4 )3.兄弟の人数4.家庭の資産 (バイク・牛) (有 1 , 無 0 )5.水源 (井戸) (有 1 , 無 0 )1.家事労働時間 ( 0 分 1 , 60分未満 2 , 120分未満 3 , 120分以上 4 )2.通学時間 (30分未満 1 , 60分未満 2 , 60分以上 3 )3.学用品 (教科書) (有 1 , 無 0 )

②生徒の要因 1) 生徒の属性

2) 就学状況

3) 学習意欲

1.年齢2.性別 (男 1 , 女 0 )1.入学年齢 ( 6 歳 1 , 7 歳 2 , 8 歳以上 3 )2.留年経験 (有 1 , 無 0 )1.宿題 (全くしない 1 , 時々する 2 , よくする 3 )2.先生への質問 (全くしない 1 , 時々する 2 , よくする 3 )

③学校の要因 A小学校 (A小学校 1 , その他 0 )B小学校 (B小学校 1 , その他 0 )C小学校 (C小学校 1 , その他 0 )D小学校 (D小学校 1 , その他 0 )E小学校 (E小学校 1 , その他 0 )F小学校 ( F小学校 1 , その他 0 )

表 3 基本統計量

変数 観測数 平均 標準偏差 最小値 最大値算数テストの点数 186 11.32 4.48 1 20父親の学歴 174 2.62 1.31 1 4母親の職業 165 2.10 1.41 1 4兄弟の人数 174 3.18 0.56 2 4家庭の資産 (バイク) 186 0.78 0.41 0 1家庭の資産 (牛) 186 0.69 0.46 0 1水源 (井戸) 186 0.91 0.28 0 1家事労働時間 172 2.06 0.77 1 4通学時間 178 2.66 0.52 1 3学用品 (教科書) 186 0.94 0.24 0 1年齢 185 9.66 1.30 8 14性別 186 0.54 0.49 0 1入学年齢 175 1.75 0.55 1 3留年経験 180 0.63 0.48 0 1宿題 184 2.52 0.60 1 3先生への質問 179 2.70 0.48 1 3A小学校 186 0.16 0.37 0 1B小学校 186 0.11 0.31 0 1C小学校 186 0.28 0.45 0 1D小学校 186 0.19 0.39 0 1E小学校 186 0.17 0.37 0 1F小学校 186 0.10 0.30 0 1

女子が84人である。 生徒 (小学校 3年生) の年齢を見ると, 最年少が 8歳で最年長は14歳で

あり, 平均9.7歳, 標準偏差は1.30である。 先に述べたように, 制度上は 6 歳で入学するの

で, 留年しなければ 8歳である。 しかし, 37%の生徒が留年を経験している。 したがって,

年長の子供が多く, 就学の遅れが認められる。

最後に, 学校の特徴を見てみよう。 算数テストの各小学校の平均点は, 最高が C小学校

の14.5点 (標準偏差3.46), 最低が E小学校の8.6点 (標準偏差3.06) であり, 全体の平均点

は11.3点 (標準偏差4.48) である。 1 クラスの人数は, 最大が C小学校の52人, 最小が F小

学校の18人であり, 平均31人である。 C小学校は 1クラスの人数は多いが, テストの平均点

が高く, また標準偏差も小さく, 全体的にどの子供も高い点数を得ている。

4.3 推計結果

表 4 は, ( 2 )式の線形モデルを OLSで推定した結果を表す。 モデル 1 からモデル 3 は家

庭・生徒・学校の要因を単独で説明変数としたモデルであり, モデル 4はこれらすべてを説

明変数としたモデルである。

1 ) モデル 1:家庭の要因を説明変数としたモデル 1について検討しよう。

第 1に, 父親の学歴は子供の学力に有意な影響を及ぼしている。 親の学歴は人的資本の世

帯間移動を表すものである。 父親の初等教育修了率は68%であり, 30%以上が未修了である。

カンボジアでは1970�93年の内戦期に教育制度が崩壊した。6)この間の親世代の教育は十分で

はなかった。 しかし, 内戦後の約20年の間に, 父親の学歴が人的資本の世帯間移動に影響を

及ぼしている。

第 2に, 家庭の資産が有意に正の効果を持っている。 家庭の資産は家庭の経済状況を表す

指標である。 ここでは, バイクと家畜 (牛) を家庭の資産として用いた。 農村地域において,

バイクは不可欠な移動手段である。 また, 農家では, 豚や鶏は販売目的で飼育される場合が

多いが, 牛は農作業の動力として利用されたり資産形成の手段として用いられたりする。 こ

の結果は, 家庭の経済状況の改善が子供の認知能力を向上させることを示している。

第 3に, 家庭の水源 (井戸) の係数が有意に正である。 これは, 井戸や水道がある家庭の

方が, 子供の学力が高いことを表す。 この点については, いくつかの解釈ができる。 第 1に,

衛生的な水にアクセスすることができれば, 健康状態を維持することができる。 カンボジア

の農村部では, 一般的に雨水を大きな瓶に貯めて利用している。 しかし, 高温多湿なカンボ

ジアでは瓶に貯めた水は腐敗しやすく, 健康を悪化させる原因になっている。 健康状態は子

供の学力に影響を及ぼす。7)第 2 に, 国際機関や NGOなどから, 地域や家庭が多様な支援を

受けている可能性がある。 カンボジアでは, 国際機関や外国の NGOなどが井戸を掘る支援

をしている。 これらの国際機関や NGOが井戸だけではなく, その他にも多様な支援を行っ

第215巻 第 3 号10

ている可能性がある。 第 3に, 井戸は家庭の資産の一部であり, これは, 他の家庭の資産と

同様にその家庭の経済力を表す。

第 4に, 両親 (母親) の職業が子供の学力に及ぼす影響については, 有意な結果は得られ

なかった。 調査では, 父親と母親の両方の職業を質問した。 農業・漁業に従事する父親は62

%, 母親は61%であり, 共に半数以上が農業に従事している。 両者の相関係数は0.52と高く,

カンボジア初等教育における教育生産関数 11

表 4 推計結果

モデル 1 モデル 2 モデル 3 モデル 4父親の学歴 0.772981***

(0.2490)0.376794(0.2452)

母親の職業 0.110862(0.2449)

�0.358292(0.2592)

兄弟の人数 �0.663179(0.5695)

�0.617859(0.5600)

家庭の資産 (バイク) 3.384967***

(0.8191)2.729208***

(0.8359)家庭の資産 (牛) 1.716274**

(0.7622)1.759726(1.0810)

水源 (井戸) 2.997988**

(1.2874)2.220073*(1.2270)

家事労働時間 �0.609500(0.4010)

�0.674162*(0.4024)

通学時間 �1.191030*(0.6487)

�0.218845(0.6459)

学用品 (教科書) 2.967880(2.1708)

2.376771(2.0251)

年齢 �0.497566*(0.2610)

�0.277800(0.2615)

入学年齢 0.961164(0.5964)

0.980438(0.6173)

宿題 0.917561*(0.5457)

1.447720***

(0.5309)先生への質問 1.057871

(0.7142)0.608616(1.3250)

B小学校 4.016667***

(1.1149)4.209023***

(1.3808)C小学校 5.766667***

(0.8855)6.050878***

(1.2481)D小学校 2.209524**

(0.9609)3.981717**

(1.6757)E小学校 �0.120430

(0.9891)2.780292*(1.4042)

F小学校 1.488889(1.1515)

3.974549*(1.9522)

定数項 �5.401506(3.4856)

9.541279**

(3.7579)8.733333***

(0.7051)�0.344188(5.5159)

観測数 146 171 186 140R2 0.30 0.07 0.28 0.47自由度修正済 R2 0.26 0.05 0.26 0.39

注) 学校ダミーは A小学校を基準校にしている。 ***は 1%, **は 5%, *は10%の有意水準, 括弧内の値は標準誤差を表す。

これらを同時に説明変数に含めると多重共線性の可能性があるので, 母親の職業を説明変数

とした。 農業・漁業以外の約 4割の両親の職業については明確な結果を得ていない。

最後に, 通学時間が有意に負の係数を持っている。 これは, 学校から近いほど, 学力が高

いということであり, 直感的に理解できる結果である。 通学時間が長くなれば, それだけ身

体や学習意欲に負の影響を及ぼすと考えられる。

2 ) モデル 2:生徒の要因を説明変数としたモデル 2について検討しよう。

第 1 に, 年齢は有意に負の効果を持ち, 入学年齢は正の効果 (p値は0.1089であり, 10%

の有意水準をわずかに満たさない) を持っている。 今回の調査では, 留年の有無についても

調査した。 その結果, 年齢と留年の相関係数は0.43と高い。 したがって, これらを同時に説

明変数に含めると多重共線性の可能性があるので, 留年ダミーは説明変数として採用しなかっ

た。

生徒の年齢に関する分析結果は, 留年の経験による学力への影響を示唆しており, 留年の

経験が負の効果を持つと解釈することができる。 また年齢と入学年齢の相関係数は0.08と低

い。 すなわち, 入学が遅れても, 留年する子供は少ない。 以上から次のことが予想される。

第 1に, 入学年齢にかかわらず, 留年の経験があると, 学力は低下する。 ただし, 学力が低

いために留年する場合もある。 この因果関係は, 今回の調査では明確ではない。 第 2に, 入

学が遅れても, 留年する子供は少なく, むしろ学力を向上させる。

第 2に, 宿題をする頻度は有意に正の効果を持っている。 この結果は直感的に理解できる

だろう。 またこの結果は, 学校外の教育環境 (家庭や地域コミュニティ) が子供の学力に影

響を及ぼすということであり, カンボジアのように学校設備や教師の人数・質が不十分な国・

地域で学力を向上させる場合の政策的な示唆を与えている (石黒馨研究会, 2012, 2015)。

3 ) モデル 3 :学校の要因を説明変数としたモデル 3 について検討しよう。 B, C, Dの

小学校ダミー変数が有意に正の係数を持っている。 このことから, 学校ごとに有意に学力の

差があることが分かる。 しかし, 学校要因の変数は学校ダミーしか扱っていない。 そのため,

学校要因の何が影響しているかは不明である。

今回の調査では, 学校の設備や担任教員の家庭の特性などの項目についてもアンケートを

実施した。 しかし, Aから Fすべての小学校について, いずれの項目でもほぼ同じ結果を

得たため, これらの変数を推定に用いることができなかった。 学校間の相違で確認できたの

は, 学校群 (クラスター) の中で, C校はクラスターの中心校であるが, その他の小学校は

サテライト校であるという点である。 調査結果から, 小学校ごとの学力の差については, 以

下の点に留意する必要があるだろう。

第 1に, 1 クラスの生徒数が学力に及ぼす影響は確認できない。8)アンケート調査の結果か

ら学校間には, 1 クラスの生徒数に明確な相違がある。 しかし表 1からも分かるように, C

第215巻 第 3 号12

小学校の生徒は, 1 クラスの人数が多いが学力は高い。 他方, F小学校では, 1 クラスの人

数は少ないが, 学力は高くない。 よって, 1 クラスの生徒数が学力の差に影響を及ぼすとは

考えにくい。

第 2に, 授業方法, 教材の利用の仕方, 教師の質などを明らかにするような項目が, アン

ケート調査において不十分であった。 学校設備や教師の学歴・家庭環境が同じであったとし

ても, 教師の質や授業の仕方によって子供の学力に差が出ることは容易に理解できる。

この点で留意すべきことが 2 つある。 1 つは, 平均点の最も高かった C小学校がクラス

ターの中心校であるという点である。 地域の小学校群の中心校には優れた教師が配置されて

いる可能性がある。 もう 1つは, 2 学年を同時に授業する複式学級である。 平均点の低い A

小学校は, 6 学年あるが, 教師は 3人しかいない。 そのため, 1 人の教師が 2つの学年を担

任し, 同一教室で 2学年を同時に教えている。 教室の前と後ろに黒板があり, 3 年生は前の

黒板を見て授業を受け, 5 年生は後ろの黒板を見て授業を受けている。

第 3 に, 学校ダミーが学校の要因ではなく, 地域のコミュニティや国際機関・NGOから

の支援の特性を表している可能性もある。 先行研究 (Glewwe, 2002 ; Glewwe et al., 2011)

でも, 地域コミュニティの特性が子供の学力に影響を及ぼす点について指摘している。 この

点については, 今回十分に調査できなかった。 国際機関や NGOからの支援については, 全

6 校の小学校が, 国連 World Food Program から朝食の支援を受け, 米国 NGO の Planet

Water Foundationから飲料水の提供を受けていた。

4 ) モデル 4:すべての説明変数を含めたモデル 4について検討しよう。

①家庭の要因を表す変数では, 家庭の資産 (バイク) と水源 (井戸) が依然として有意で

あるが, 父親の学歴と家庭の資産 (牛) 及び通学時間が有意な説明変数ではなくなった。 そ

の一方で, 家事労働時間が10%水準で有意になった。 ②生徒の要因を表す変数では, 年齢が

有意な要因ではなくなった。 宿題は, モデル 2と比べて有意水準が10%から 1%に改善して

いる。 ③学校の要因を表す変数は, モデル 3 と比べ新たに E校と F校が有意になった。 学

校の要因をコントロールすると, 家庭の要因や生徒の要因は, 家事労働と宿題以外について

は学力への影響が弱くなることが分かる。

モデル 4の分析から明らかになったのは以下の点である。 第 1に, 家庭の資産 (バイク)

や水源 (井戸) のような家庭の経済状況を表す指標は, 学力に及ぼす影響が大きい。 カンボ

ジアのような経済開発が遅れた LDCにおいても, 家庭間の経済格差が大きくなると, 生徒

の学力への影響は大きくなる。 第 2に, 生徒の学習環境を示す家事労働時間や, 宿題をする

頻度のような生徒の要因は, 学力に対して影響がある。 第 3に, 学校の要因は学力に有意な

影響を持っているが, その内容については明確ではない。 教師の授業能力や地域コミュニティ

の特性が考えられるが, 明確な結果は得られていない。

カンボジア初等教育における教育生産関数 13

本稿の結果を先行研究の結果と比較しよう。 第 1に, 家庭の要因が学力に影響を及ぼすと

した Baker et al. (2002) や�������(2010) とは, 特定の要因で整合性が認められる。 LDC

のカンボジアの農村でも, 家庭の資産 (バイク)・水源 (井戸)・家事労働時間は, 生徒の学

力に影響を及ぼしている。

第 2 に, Heyneman and Loxley (1983) や富田・牟田 (2010, 2012) が指摘した学校の要因

の学力への影響については, 有意な影響が認められる。 ただし, Glewwe (2002) や Glewwe

et al. (2011) で指摘されたような具体的な要因については, 本稿では明確な結果を得られな

かった。

第 3に, 生徒の要因が学力に及ぼす影響については, 先行研究ではほとんど検討されてい

ないが, 宿題への取り組みが学力に影響することが認められる。 生徒の年齢や入学年齢の学

力への影響については有意な結果は得られなかった。

5 お わ り に

本稿は, カンボジア初等教育における教育生産関数について, フィールド調査によって得

られたデータをもとに分析した。 本稿の主要な結論は以下のように要約される。

カンボジアの初等教育において学力に影響を及ぼすのは, 父親の学歴や職業よりも, 家庭

の資産 (バイク)・水源 (井戸)・家事労働時間のような家庭の要因と共に, 宿題をする頻度

のような生徒の要因である。 学校の要因も学力に影響を及ぼすことが確認された。 しかし,

どのような学校の特性が具体的に学力に影響するかについては, 明確な結果を得ることはで

きなかった。

最後に, 今後の研究課題を明らかにして本稿の結びとしよう。 今後の課題で重要なのは,

学校ダミーとしてしか分析できなかった学校の要因を明らかにすることである。 特に以下の

点の調査が必要になる。 第 1に, 各小学校における授業方法, 教材の利用の仕方, 教師の質

(教師歴) などを明らかにし, 学力との関係を分析することである。 第 2 に, 学校ダミーが

地域のコミュニティの特性を表している可能性がある。 農村コミュニティは仏教の寺を中心

に形成され, このコミュニティに小学校が建設される。 小学校を取り巻く地域コミュニティ

の特性と学力との関係を明らかにする必要があるだろう。

* 本稿は日本学術振興会科学研究費補助金 (基盤研究(A)26245020) の研究成果の一部である。

本稿の作成において, 神戸大学大学院経済学研究科の堀江進也准教授や石黒ゼミ参加者に有益な

コメントを頂きました。 またカンボジアでの調査では, ������� �University of Cambodiaの

Matsuoka, Shuji教授や Doung, Narin氏にお世話になりました。 これらの方々に記して感謝致し

ます。

第215巻 第 3 号14

1) 2015年 9 月25日, 国連の 「持続可能な開発サミット」 で, 17の目標からなる新たな 「持続可能

な開発目標 (Sustainable Development Goals : SDGs)」 が採択された。 MDGsが開発途上国を対

象とした目標であったのに対して, SDGsは, 開発分野だけではなく気候変動や平和などの分野

を含め先進国も対象としている。

2) UNESCO Institute for Statistics (2015) による。 以下, 残存率と識字率も同じ。

3) 2015年に国連開発計画委員会 (Committee for Development Planning : CDP) により改訂された

定義では, 次の 3 つの基準を同時に満たし, かつ当該国の同意があれば, 後発開発途上国

(LDC) として認定される (Committee for Development Policy, 2015)。 ① 1人当たり GNI (2011�

2013年平均) が World Bankの定義する low income (1,035米ドル以下) であること, ② CDPが

定義した人的資本の指標である Human Assets Index (HAI) (0�100の値を取る) が60以下である

こと, ③ CDP が定義した経済や環境の外的ショックに対する脆弱性の指標である Economic

Vulnerability Index (EVI) (0�100の値を取る) が36以上であること。 2015年時点で48カ国が LDC

に認定されており, 東南アジアではカンボジア, ミャンマー, ラオス, 東ティモールが含まれる。

4) データはMinistry of Education, Youth and Sport (2015) による。 純就学率は同書の Table 11,

留年率・中退率・進級率は Table 16, 修了率は Table 25による。

5) カンボジアでは, 農業従事者が近年急速に減少している。 農業従事者比率は, 2003年以降2012

年までは70%程度で推移していたが, 2013年に64.1%, 2014年に45.2%に低下した (ADB, 2015)。

農業従事者の減少が急激なので, 2014年のデータについては, 調査地の結果と大きく乖離してい

る。

6) 1970年のシアヌーク王制崩壊後, 1993年のカンボジア国民議会選挙で新政権が成立するまで内

戦が続いた。 特に, 1976年以降のクメール・ルージュによるプノンペン支配期には, 多くの教師

や知識人が抑圧され, 教育制度も崩壊した。

7) 子供の健康状態の改善が学校への出席率を改善し, その結果, 学力を向上させるという報告が

ある (Karlan and Appel, 2011)。

8) クラスの生徒数が学力に及ぼす影響については, 日本でも議論が行われている (中室 2015,

99�140)。

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