リチウム含有ゼオライトを用い たコンクリートアル …...Zeolite Framework...

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548 セラミックス 472012No. 7 1. はじめに コンクリートの早期劣化の要因の一つとして,骨材 のアルカリシリカ反応(ASR: alkali-silica reaction) がある.ASR はコンクリート中の骨材が,火山ガラ スやクリストバライトなどのアルカリ反応性が高い成 分があった場合,セメント中の水溶性のアルカリ成分 (Na + あるいは K + )と反応して吸水膨潤性のゲルを生 成するものである.この生成したゲルが膨潤し,コン クリート構造物にひび割れを生じさせ,強度低下等の 被害をもたらすことが問題となっている. これまでに,ASR を生じたコンクリートの補修に 種々抑制材料が実用化されている.その一つとして, Ca 交換 A 型ゼオライト(Ca-A)を超微粒子セメン トに添加したひび割れ注入材がある.この ASR 抑制 機構は,ゼオライトのイオン交換性を利用し,アルカ リ成分をゼオライト構造内の Ca ₂+ と交換することに より捕捉するためと考えられている.この抑制材は, 粉体のため取り扱いやすいが,一方で,ASR 抑制効 果の持続性が低く,₁₀ 年もしない内に再膨張が進行す る事例もある. また,近年亜硝酸リチウム溶液をひび割れに高圧注 入する工法も開発されている.その抑制機構は,Li + が反応性の骨材表面に非膨潤性のゲルを生成し,Na + 等との反応を阻害するためと考えられている.この抑 制材は,高価なリチウムを多量に使用する点や亜硝酸 リチウムは発火性があるため,粉体では取り扱えず溶 液で使用・運搬する必要がある点が問題点としてあげ られている. このような状況から,ASR 抑制効果が高く,施工 性にも優れたひび割れ抑制材の開発が望まれていた. 筆者らは,ゼオライトのアルカリ成分補集効果と Li + の非膨潤性ゲル生成効果を併せ持つ ASR 抑制材とし て,Li 含有ゼオライトが有効と考えた.本稿では, 新規な Li 含有ゼオライトの合成から,その ASR 抑制 効果の検討,ひび割れ注入材の開発に至る内容につい て紹介する. 2. 新規リチウム含有ゼオライトの合成と ASR 抑制効果 ゼオライトは含水アルミノケイ酸塩であり,Si,Al,O からなる多孔質のフレームワーク構造を持ち,その細 孔内に陽イオンおよび水が存在している.その構造的 特徴から,吸着能やイオン交換能を有しており,水処 理や石油化学分野において広く利用されている.ゼオ ライトの種類は,アルファベット ₃ 文字で表されるフ レームワーク構造だけでも,現在までに約 ₁₉₀ 種が報 告されており,組成の違いを含めると ₄₀₀~₅₀₀ 種類 ある ₁) ASR 抑制効果が高いと期待されるゼオライトは次 のような性質が必要となる. ① Li 含有量が多い ② Na および K 含有量が少ない ③ Na + および K + に対するイオン交換選択性が高い さらには,低価格である必要もある. 候補のゼオライトとして,Ca-A の原料である Na 含有 A 型ゼオライト(LTA 型)を Li + 交換した Li 含 有 A 型ゼオライトがある.しかしながら,A 型ゼオ ライトは Ca ₂+ へのイオン交換と異なり Li + に対する 交換選択性が低く,イオン交換に用いる塩化リチウム 溶液等を大量に必要とするため実用的でない. Li O-Al O -SiO -H O 系からのゼオライト合成にお いては,Li のみを陽イオンとする ABW 型ゼオライ トの合成も報告されているが,合成温度が ₁₀₀℃以上 であり,オートクレーブなどの高温高圧下の反応が必 要となるため合成コストが高くなる. これらのことから,筆者らは新規な Li 含有ゼオラ イトの合成に取り組んだ.Li O-Al O -SiO -H O 系か ら ₁₀₀℃以下の大気圧下におけるゼオライト合成を検 討した結果,出発原料にアルミナゾルとシリカゾルを 用い,これまで報告がなかった EDI 型構造の新規な ゼオライト"Li-EDI"の合成に成功した ₂),₃) .この Li-EDI は,Li 含有量が Li O として ₉mass%と多く, しかも Na および K を含まない ₂) .また,Na + および K + に対しイオン交換性を示し,かつセメント中に大 量に含まれる Ca ₂+ より交換選択性が高い.すなわち Na + および K + の捕集能力が高い ₄) © 日本セラミックス協会 第 66 回日本セラミックス協会技術賞を受賞して リチウム含有ゼオライトを用い たコンクリートアルカリシリカ 反応抑制材の開発 Development of ASR Suppression Grout Containing Lithium Zeolite 松本 泰治 *1 ・水野 清 *2 ・上原 元樹 *2 後藤 義昭 *3 *1 栃木県産業技術センター; *2 (公財)鉄道総合技術研究所; *3 龍谷大学) Taiji MATSUMOTO *1 , Kiyoshi MIZUNO *2 , Motoki UEHARA *2 and Yoshiaki GOTO *3 *1 Industrial Technology Center of Tochigi Prefecture; *2 Railway Technical Research Institute; *3 Ryukoku University)

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548 セラミックス 47(2012)No. 7

1. はじめに

 コンクリートの早期劣化の要因の一つとして,骨材のアルカリシリカ反応(ASR: alkali-silica reaction)がある.ASR はコンクリート中の骨材が,火山ガラスやクリストバライトなどのアルカリ反応性が高い成分があった場合,セメント中の水溶性のアルカリ成分

(Na+ あるいは K+)と反応して吸水膨潤性のゲルを生成するものである.この生成したゲルが膨潤し,コンクリート構造物にひび割れを生じさせ,強度低下等の被害をもたらすことが問題となっている. これまでに,ASR を生じたコンクリートの補修に種々抑制材料が実用化されている.その一つとして,Ca 交換 A 型ゼオライト(Ca-A)を超微粒子セメントに添加したひび割れ注入材がある.この ASR 抑制機構は,ゼオライトのイオン交換性を利用し,アルカリ成分をゼオライト構造内の Ca₂+ と交換することにより捕捉するためと考えられている.この抑制材は,粉体のため取り扱いやすいが,一方で,ASR 抑制効果の持続性が低く,₁₀ 年もしない内に再膨張が進行する事例もある. また,近年亜硝酸リチウム溶液をひび割れに高圧注入する工法も開発されている.その抑制機構は,Li+

が反応性の骨材表面に非膨潤性のゲルを生成し,Na+

等との反応を阻害するためと考えられている.この抑制材は,高価なリチウムを多量に使用する点や亜硝酸リチウムは発火性があるため,粉体では取り扱えず溶液で使用・運搬する必要がある点が問題点としてあげられている. このような状況から,ASR 抑制効果が高く,施工性にも優れたひび割れ抑制材の開発が望まれていた.

筆者らは,ゼオライトのアルカリ成分補集効果と Li+

の非膨潤性ゲル生成効果を併せ持つ ASR 抑制材として,Li 含有ゼオライトが有効と考えた.本稿では,新規な Li 含有ゼオライトの合成から,その ASR 抑制効果の検討,ひび割れ注入材の開発に至る内容について紹介する.

2.新規リチウム含有ゼオライトの合成と ASR抑制効果

 ゼオライトは含水アルミノケイ酸塩であり,Si,Al,Oからなる多孔質のフレームワーク構造を持ち,その細孔内に陽イオンおよび水が存在している.その構造的特徴から,吸着能やイオン交換能を有しており,水処理や石油化学分野において広く利用されている.ゼオライトの種類は,アルファベット ₃ 文字で表されるフレームワーク構造だけでも,現在までに約 ₁₉₀ 種が報告されており,組成の違いを含めると ₄₀₀~₅₀₀ 種類ある ₁). ASR 抑制効果が高いと期待されるゼオライトは次のような性質が必要となる. ① Li 含有量が多い ② Na および K 含有量が少ない ③ Na+ および K+ に対するイオン交換選択性が高いさらには,低価格である必要もある. 候補のゼオライトとして,Ca-A の原料である Na含有 A 型ゼオライト(LTA 型)を Li+ 交換した Li 含有 A 型ゼオライトがある.しかしながら,A 型ゼオライトは Ca₂+ へのイオン交換と異なり Li+ に対する交換選択性が低く,イオン交換に用いる塩化リチウム溶液等を大量に必要とするため実用的でない. Li₂O-Al₂O₃-SiO₂-H₂O 系からのゼオライト合成においては,Li のみを陽イオンとする ABW 型ゼオライトの合成も報告されているが,合成温度が ₁₀₀℃以上であり,オートクレーブなどの高温高圧下の反応が必要となるため合成コストが高くなる. これらのことから,筆者らは新規な Li 含有ゼオライトの合成に取り組んだ.Li₂O-Al₂O₃-SiO₂-H₂O 系から ₁₀₀℃以下の大気圧下におけるゼオライト合成を検討した結果,出発原料にアルミナゾルとシリカゾルを用い,これまで報告がなかった EDI 型構造の新規なゼオライト "Li-EDI" の合成に成功した ₂),₃).このLi-EDI は,Li 含有量が Li₂O として ₉mass%と多く,しかも Na および K を含まない ₂).また,Na+ およびK+ に対しイオン交換性を示し,かつセメント中に大量に含まれる Ca₂+ より交換選択性が高い.すなわちNa+ および K+ の捕集能力が高い ₄).

© 日本セラミックス協会

第 66 回日本セラミックス協会技術賞を受賞して

リチウム含有ゼオライトを用いたコンクリートアルカリシリカ反応抑制材の開発Development of ASR Suppression Grout Containing Lithium Zeolite

松本 泰治*1・水野 清*2・上原 元樹*2・後藤 義昭*3

(*1 栃木県産業技術センター;*2(公財)鉄道総合技術研究所;*3 龍谷大学)Taiji MATSUMOTO*1, Kiyoshi MIZUNO*2, Motoki UEHARA*2 and Yoshiaki GOTO*3

(*1Industrial Technology Center of Tochigi Prefecture; *2Railway Technical Research Institute; *3Ryukoku University)

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材が充填されており実用性が実証された ₅).

4. おわりに

 ASR抑制材として,新規Li含有ゼオライト"Li-EDI"を合成し,そのLi-EDIを微粒セメントに添加したペースト材のひび割れ補修効果を実証し製品化に至った.この補修材は,従来の Ca 含有 A 型ゼオライトに代わる,ひび割れ補修材として実用化された.この ASR抑制材は,長期の効果持続性の検証等が残るものの,今後,広く利用されコンクリート構造物の長寿命化に寄与することを期待している.

文  献

₁) The Structure Commission of the International Zeolite Association(IZA-SC), Database of Zeolite Structures, http://www.iza-structure.org/databases/

₂) T. Matsumoto, T. Miyazaki and Y. Goto, J. Eur. Ceram. Soc., 26, ₄₅₅-₄₅₈(₂₀₀₆).

₃) Ch. Baerlocher, L. B. McCusker and D. H. Olson, "Atlas of Zeolite Framework Types(₆th ed.)", ELSEVIER, Amsterdam

(₂₀₀₇)pp.₁₂₀-₁₂₁.₄) 松本泰治,湯澤修孝,上原元樹,水野 清,栃木県産業技

術センター研究報告,7,₁₇-₂₀(₂₀₁₀).₅) 水野 清,上原元樹,佐藤隆恒,松本泰治,後藤義昭,コ

ンクリート構造物の補修,補強,アップグレード論文報告集,11, ₄₉₃-₅₀₀(₂₀₁₁).

₆) 上原元樹,水野 清,佐藤隆恒,松本泰治,後藤義昭,粘土科学,50,₁-₁₁(₂₀₁₁).

[連絡先]松本 泰治(まつもと たいじ)〒 321-3224 栃木県宇都宮市刈沼町 367-1栃木県産業技術センター 材料技術部E-mail:[email protected]

(受賞者の業績,推薦理由等は本誌 4 月号参照)

 次に,Li-EDI の ASR 抑制効果を調べるために,ASR 反応性の高い骨材を用いたモルタル供試体の作製時に Li-EDI を添加して,アルカリシリカ反応性試験方法(モルタルバー法)により膨張性を評価した.図 1にその結果を示す.Li-EDI を添加した供試体は膨張が抑制されており,その伸びは従来の ASR 抑制材の Ca-A と比較すると約 ₁/₂ であり,優れた ASR抑制効果を示すことが明らかとなった ₅).

3. ひび割れ注入材の開発

 上述の Li-EDI は合成原料が高価なため実用的ではないことから,製紙用等で工業的に広く利用され,安価なシリカ-アルミナ原料としてカオリン鉱物を焼成したメタカオリンからの Li-EDI の合成を検討した.メタカオリンと ₁mol・dm-₃LiOH 水溶液との反応を行った結果,₄₀℃以下という極めて低温で Li-EDI の合成に成功し,原料コストのみならず反応エネルギーの面でも低コスト合成に成功した ₆). 実際の ASR 抑制材はひび割れへ注入して使用されることから,メタカオリンから合成した Li-EDI のひび割れ注入材料としての評価を行った.ASR 反応性の高い骨材を用いて,アルカリ成分として NaOH を₂.₈mass%添加したモルタル供試体を作製し,ドリルでひび割れに見立てたφ₆mm×₄₀mm の孔をあけた.そこにLi-EDIを添加したセメントペーストを注入して,供試体の膨張率を調べた.図 2に示すように Li-EDIは注入材としても ASR 抑制効果があり,Ca-A と比較して約 ₃₀%高い膨張抑制効果を示した ₅). 次に,ASR によりひび割れを生じさせた大型コンクリート供試体(₅₀₀×₅₀₀×₁₀₀₀mm)を作製し,実施工と同様の低圧注入工法によるひび割れ注入性の試験を行った.メタカオリンから合成した Li-EDI は,従来の注入材と比較して同様の性状を示し,大型供試体へひび割れ注入材を使用した結果,その施工の作業性は良好であった.図 3に示すように注入後の供試体の断面観察から,幅 ₀.₁mm 以下のひび割れにも注入

図 1 ASR 抑制材添加モルタル供試体の膨張量変化 図 2 ASR 抑制材注入モルタル供試体の膨張量変化

図3 大型コンクリート供試体への ASR 抑制材注入試験と注入材のひび割れ充填状況