ラテンアメリカと子どもの本...2009/04/25  · 1 ラテンアメリカと子どもの本...

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1 ラテンアメリカと子どもの本 平成 21 4 25 講師:神戸 万知 皆さんはじめまして。神戸と申します。よろしくお願いいたします。着席してお話をさ せていただきます。今日はあいにくのお天気の中、足を運んでいただき、どうもありがと うございます。先ほど紹介にありましたとおり、私は国際子ども図書館で 2007 年にラテン アメリカのスペイン語圏の図書の購入リストというのを作成するお仕事をさせていただき、 今回ラテンアメリカと子どもの本について、お話しさせていただくことになりました。実 はこの「ゆめいろのパレット」展でも御縁がありまして、先ほど私の訳書の作品を紹介し ていただいたのですが、野間国際絵本原画コンクールが今回 16 回目なのですが、その中で 準グランプリを含めて何度も受賞されているピエト・フロブラーさんの『おい、カエルく ん!』(ピエト・フロブラーさく、ごうどまち訳、オリコン・エンタテインメント、2004 年)という作品を 2004 年に翻訳出版したのですね。この本を見付けたきっかけというのが 実はユネスコのこの野間コンクールでした。その当時、世界の絵本を出そうという企画を 依頼されまして、アメリカとイギリスとスペインは比較的簡単に決まったのですけれども、 世界ということで、ほかの国はないかと探していろいろ当たってみたときにちょうど「ゆ めいろのパレット」展をやっていまして、いろいろ見せていただいて、これは、と思う作 家の中で既に出版されている本がないかなということで調べたら『おい、カエルくん!』 がありました。取り寄せてみたらとてもよい作品なので、どうですか、というふうに提案 をしたらすぐ通って出版する運びになりました。ですからこのような形で「ゆめいろのパ レット」展に関われることを大変光栄に思っています。では、ラテンアメリカの話に移り たいと思います。 ラテンアメリカとは ラテンアメリカといいますと、今日いらっしゃっている方は興味を持っていらっしゃる かもしれませんが、一般的な日本人にとっては地理的にも一番遠いぐらいの場所ですし、 気持ち的にも世界で一番遠い所と言っても過言ではないぐらい知らないのですね。例えば、 例を挙げますと、私は翻訳学校で翻訳を教えていたりもするのですが、ドミニカ共和国を 舞台にした作品を課題に出したときに、訳文に平気で南アメリカのドミニカとか書いてき たりするのですね。言ってみると、アジア大陸の日本と書いているようなもので、私はド ミニカがすごく好きなので、結構ガックリしちゃったりしたのですけれども、それぐらい 逆に考えると日本人は知らないのだなあというのを改めて思ったりしました。 ではなぜそもそも私がラテンアメリカに興味を持ったかといいますと、もともと英語以 外の外国語を勉強したいと思っていて、それは別にフランス語でもドイツ語でもよかった わけなのですが、スペイン語とかフランス語を話している国を数えて、一番多かったのが

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Page 1: ラテンアメリカと子どもの本...2009/04/25  · 1 ラテンアメリカと子どもの本 平成21 年4 月25 日 講師:神戸 万知 皆さんはじめまして。神戸と申します。よろしくお願いいたします。着席してお話をさ

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ラテンアメリカと子どもの本 平成 21 年 4 月 25 日

講師:神戸 万知 皆さんはじめまして。神戸と申します。よろしくお願いいたします。着席してお話をさ

せていただきます。今日はあいにくのお天気の中、足を運んでいただき、どうもありがと

うございます。先ほど紹介にありましたとおり、私は国際子ども図書館で 2007 年にラテン

アメリカのスペイン語圏の図書の購入リストというのを作成するお仕事をさせていただき、

今回ラテンアメリカと子どもの本について、お話しさせていただくことになりました。実

はこの「ゆめいろのパレット」展でも御縁がありまして、先ほど私の訳書の作品を紹介し

ていただいたのですが、野間国際絵本原画コンクールが今回 16 回目なのですが、その中で

準グランプリを含めて何度も受賞されているピエト・フロブラーさんの『おい、カエルく

ん!』(ピエト・フロブラーさく、ごうどまち訳、オリコン・エンタテインメント、2004年)という作品を 2004 年に翻訳出版したのですね。この本を見付けたきっかけというのが

実はユネスコのこの野間コンクールでした。その当時、世界の絵本を出そうという企画を

依頼されまして、アメリカとイギリスとスペインは比較的簡単に決まったのですけれども、

世界ということで、ほかの国はないかと探していろいろ当たってみたときにちょうど「ゆ

めいろのパレット」展をやっていまして、いろいろ見せていただいて、これは、と思う作

家の中で既に出版されている本がないかなということで調べたら『おい、カエルくん!』

がありました。取り寄せてみたらとてもよい作品なので、どうですか、というふうに提案

をしたらすぐ通って出版する運びになりました。ですからこのような形で「ゆめいろのパ

レット」展に関われることを大変光栄に思っています。では、ラテンアメリカの話に移り

たいと思います。

ラテンアメリカとは

ラテンアメリカといいますと、今日いらっしゃっている方は興味を持っていらっしゃる

かもしれませんが、一般的な日本人にとっては地理的にも一番遠いぐらいの場所ですし、

気持ち的にも世界で一番遠い所と言っても過言ではないぐらい知らないのですね。例えば、

例を挙げますと、私は翻訳学校で翻訳を教えていたりもするのですが、ドミニカ共和国を

舞台にした作品を課題に出したときに、訳文に平気で南アメリカのドミニカとか書いてき

たりするのですね。言ってみると、アジア大陸の日本と書いているようなもので、私はド

ミニカがすごく好きなので、結構ガックリしちゃったりしたのですけれども、それぐらい

逆に考えると日本人は知らないのだなあというのを改めて思ったりしました。 ではなぜそもそも私がラテンアメリカに興味を持ったかといいますと、もともと英語以

外の外国語を勉強したいと思っていて、それは別にフランス語でもドイツ語でもよかった

わけなのですが、スペイン語とかフランス語を話している国を数えて、一番多かったのが

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スペイン語だったので、ああ、これは得だとか、そういう安直な考えでスペイン語やって

みようかなって思ったのがきっかけでした。その後アメリカのオレゴン州に高校生のとき

に交換留学をしました。オレゴン州は余り知られていないかもしれないのですけれども、

メキシコ系のアメリカ人が割合と多い所です。当時はメキシコ系アメリカ人という存在も

知らなかったのですが、メキシカン、メキシカンと言われていて、きっと外国人のメキシ

コ人なのだろう、彼らは英語が上手でうらやましいなあなんてばかなことを考えて、後で

メキシコ系アメリカ人というのを知ったのですけれども、それで親近感を覚えました。あ

と、その後にニューヨーク州の大学に進学して、スペイン語を専攻しました。日本でスペ

イン語というと、まず、思い浮かべられるのは、ヨーロッパのスペインなのですが、アメ

リカではやはり地理的に近い地域ですので、ラテンアメリカの方がずっと近いのですね。

ですから私が習った先生も、最初はメキシコが専攻のアメリカ人で、次がメキシコの人と

かアルゼンチンの人とかニカラグアの人とかで、スペインの先生は一人だけでした。 メキシコ専門の先生からメキシコとメキシコ系の人たちのことを学んだり、アメリカ文

学の授業でいろいろな移民のお話を読んだりして、そういうところに、自分もアメリカで

はマイノリティでしたから、すごく共感を覚えました。白百合の大学院で児童文学を専攻

し、ほかの人がやっているテーマよりも自分ならではのテーマがないかなと探したときに

メキシコ系のことを思い出して、昔読んだ作品を手がかりにいろいろ探してギャリー・ソ

ト(Gary Soto)という作家を見付け、それで作品を読んでみて、とてもよかったので、修

士論文に書きました。幸いなことに、その修士論文で取り上げたソトという作家の『四月

の野球』(ギャリー・ソト作、神戸万知訳、理論社、1999 年)という代表作を後に翻訳で出

版できることになりました。それからヒスパニック作家に興味が広がって、ドミニカ系の

フーリア・アルバレス(Julia Alvarez)の『ロラおばちゃんがやってきた』(フーリア・ア

ルバレス作、神戸万知訳、講談社、2004 年)という作品を翻訳したりしました。ヒスパニ

ックについてはまた後ほど触れたいと思います。 ラテンアメリカといいますと、では、具体的にどこでしょうということで、適宜皆さん

にお配りした地図を見ながら話を進めていきたいと思います。案外日本人は知らないので

すけれども、地理的な分類だと、ラテンアメリカは文化的な分類で、地理的だとメキシコ

は北アメリカになるのですね。その下にグアテマラがあって、エルサルバドルがあって、

ホンジュラス、ニカラグア、コスタリカ、パナマがあります。そこからカリブ海に移ると、

アメリカのフロリダの下にキューバがあって、ハイチの右側がドミニカ共和国、あと、国

ではないのですが、アメリカの準州でプエルトリコがあります。南米に移りまして、パナ

マの右ぐらいから、コロンビアがあって、その右にベネズエラがあって、コロンビアの下

にエクアドルがあって、その下にペルーがあって、ボリビアがまたあって、パラグアイが

あって、ウルグアイが右の方にあって、アルゼンチン、チリとなっています。合計 17 か国

プラス、プエルトリコがスペイン語圏のラテンアメリカになります。 これから各国を少しずつ紹介していきたいと思います。その際に御参考までに識字率と

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人種構成も述べていきたいと思います。識字率は 15 歳以上の住民の読み書きができる割合

ですね。これは CIA(Central Intelligence Agency;アメリカ中央情報局)のホームペー

ジから見ています。大体 2008 年とかではなくて、2002 年とかぐらいのデータですが、参

考までに日本とどれぐらい違うかというと、日本は 99.8%ということでした。人種構成に

関しても、一言でラテンアメリカと言いましても、例えば白人が多い地域と、メスティー

ソといわれる、白人とインディオ(先住民)の混血が多い地域と、先住民が多い地域と、

あとアフリカ系の人が多い地域と、いろいろなのですね。だから、それが違うということ

だけでも、ラテンアメリカの多様性が分かるかなということで、決して人種構成がこうだ

から、ということで、差別意識があるからという意味ではないことをお断りしておきます。 レジュメに一応皆さんの聞き慣れない言葉としてメスティーソとムラートを書いておき

ました。メスティーソというのは、先住民、スペイン語だとインディオなのですけれども、

英語だとインディアンですね。今はインディアンというのは差別語でネイティブアメリカ

ンと言わなければいけないのですけれども、スペイン語ではネイティブアメリカンという

言い方はしないで恐らくインディオのままなのかなと思います。先住民とスペイン系白人

の混血ですね。ムラートが黒人とスペイン系白人の混血です。混血というのも決して悪い

意味ではなくて、いろいろな国でそれが彼らのアイデンティティとなっていたりするので、

ちょっと日本人と感覚が違うかなあと思います。またラテンアメリカのメスティーソとか

白人とかそういう分け方もあくまで見た目での判断であったり自己申告だったりするので、

おおよその目安と考えてください。アメリカだと何%、おじいさんと、おじいさんのおじ

いさんがとか厳密にどこまでがアフリカ系だ、とかという法律があるのですが、ラテンア

メリカだと見た目なのですね。だから、兄弟で色が浅黒い子と白い子だと白い子の方が優

遇されるとか、そういうアメリカとは違う人種差別みたいなものが実際には存在していま

す。ちなみにラテンアメリカで混血が進んだ理由というのは、イギリスの清教徒たちは大

体家族そろってアメリカに移住したのですが、スペインから中南米へ入植した人たちとい

うのは約 8 割が男性で、そのために先住民とか黒人の奴隷とかの女性との間に子どもをも

うけることが少なくなかったから、そのため混血がラテンアメリカでは進んだ、とされて

います。 人種構成が様々ということを言いましたけれども、では共通点は何かというとスペイン

語になると思います。スペイン語が公用語あるいは主な使用言語です。もちろん、ハイチ

はフランス語であったりブラジルはポルトガル語であったり、違う国の植民地だった所も

ありますけれども、今回スペイン語圏のラテンアメリカの共通点というのは、まずスペイ

ン語ですね、当然ですが。ただまあ、北のメキシコから南のチリまで様々で、知れば知る

ほどやはりスペイン語という言葉だけでくくるには、ちょっと難しいかなというのは思い

ます。一般的に日本だったら、自分たちが属するアジアというのは、国ごとの違いはイメ

ージできるでしょうし、ヨーロッパでもイギリスとかフランスとかスウェーデンとかもあ

る程度あると思うのですね。アメリカなんかだったらニューヨーク、ロサンゼルスと、市、

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都市ごとの違いというものも皆さんイメージがわくかもしれません。ですから、いかにラ

テンアメリカが日本にとって遠い国なのかというのも一くくりにしてしまうということが

大きな象徴になっていると思います。私自身もラテンアメリカの話をしに来ているのです

が、ラテンアメリカ諸国 17 か国プラス、プエルトリコがあって、全部に精通しているわけ

では決してありません。もともとはメキシコ系のアメリカ人や、ドミニカ系のアメリカ人

とかヒスパニックの作品が一番の専門なのですけれども、それにつながって興味があるの

がメキシコとかカリブ海とかコスタリカ、そういったラテンアメリカのどちらかといえば

北側に私は興味があります。皆さんが例えば「ボリビアの話とか聞きたかったのに」と期

待なさっても余り話さないかもしれません。全部の国をまんべんなくというのはちょっと

今回は難しいかもしれないので、それは最初にお断りしておきます。では、北から一つ一

つの国をちょっとずつですが、お話ししていきましょう。 メキシコ

一番北がメキシコです。先ほども言いましたとおり地理的には北アメリカです。ナフタ

(【NAFTA】North American Free Trade Agreement;北米自由貿易協定)、御存じでしょ

うか。北米自由貿易協定というのは、アメリカ、カナダ、メキシコの 3 か国が加盟国です。

だから中南米という言葉は私にはとても抵抗がありまして、メキシコが外されてしまうと

いう気がいつもするのです。ですから今回の講演タイトルも中南米ではなくてラテンアメ

リカにしてください、とお願いしました。地図を見ていただければ分かるとおり、メキシ

コはアメリカと地続きです。ですから、ほかの国よりもアメリカとの関係が強いです。と

いうよりも 1846 年から 1848 年の間に起こったアメリカ・メキシコ戦争というのがあった

のですね。そこでメキシコは負けて現在のテキサス州、カリフォルニア州、アリゾナ州、

ユタ州、ニューメキシコ州等を取られてしまって自分たちの領土をかなり無くしたのです。

ですからカリフォルニア南部ではロサンゼルス(スペイン語で訳すと天使たち)とかサン

フランシスコ(聖フランシスコ)のように、スペイン語名の地名が多いのです。メキシコ

の人たちが合法的に入って移民した人もいれば、国境を破って非合法に入った人もいます。

そういう人たちも多いのですが、自分たちは全然動かないのに勝手に領土がメキシコにな

り、勝手に領土がテキサスとして独立して、また勝手に領土がアメリカに移ってしまって、

そういう先住民と呼んでもよいようなメキシコ系の人たちもいます。そういう人たちはも

ともとスペイン語を話していますので、ずっとスペイン語を話している人も多いようです。

子孫になると教育が英語になりますから違うでしょうけれど、本当に自分は何一つ移動し

てない、どこも移動していないのに国境だけが動いてしまったという人も中にはいるので

すね。 余り御存じない方も多いのですが、メキシコの人種構成はメスティーソと呼ばれる白人

とインディオの混血の人が一番多いとされていて、過半数を超えていて、約 60%です。識

字率は 91%。メキシコはラテンアメリカの中では経済的にも大きい方ですから、91%とい

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うのは納得ですね。イメージとしてはマリアッチというバンドとかサボテンで作ったお酒

のテキーラなどが知られています。メキシコ料理というのは東京で最近は大分増えました

ので、なじみのある方も増えていますが、まだまだ一般的とは言えません。でも私の経験

から言うと、アメリカの南西部というのはすごくメキシコ料理が多くて、メキシコ料理と

いうのはお米やトウモロコシを材料に使っているので、日本人の口にとても合いやすいの

ですね。だから留学生が帰ってきてメキシコ料理がすごく好物になっているということは

とても多いです。 あと、メキシコだけではないのですが、ラテンアメリカ全体で、もともとスペインの植

民地でしたから、カトリックが広く浸透しています。ただカトリックといっても、ヨーロ

ッパのカトリックというよりも、もう少し土着の信仰と融合したカトリックなのですね。

スペインの人たちも現地の人たちをカトリックに改宗させるためにそういうようなことを

使い、現地の人たちもそういうことに土着の信仰とうまく融合させることによってカトリ

ックを受け入れてきたということになります。ちょっと驚かれるかもしれないのですが、

ラテンアメリカには肌が褐色のマリア様とかもいるのです。一番よく知られているのは、

カトリックの教会から聖母出現譚(奇跡によってここでマリア様が出たというような、世

界各地にある話)に公認されているお話の一つで、メキシコのグアダルーペの聖母という

話です。このグアダルーペの聖母というのは肌が褐色と言われています。メキシコでは精

神的な象徴としてとても親しまれている存在、マリア様です。 文学の話に移りますと、ノーベル文学賞を受賞した詩人のオクタビオ・パス(Octavio P

az)という人がいます。今日の一つ目は、このオクタビオ・パスの短編を子ども向けに翻

訳した『ぼくのうちに波がきた』(オクタビオ・パス原案、キャサリン・コーワン文、マー

ク・ブエナー絵、中村邦生訳、岩波書店、2003 年)という作品です。これは岩波書店から

出ました。子ども向けに翻案したので、この話では子どもが海に行って波と仲良くなって

波を連れて帰ってきちゃう。捨て犬とか捨て猫じゃなくて波を拾ってきちゃうのですね。

それでだんだん波が大きくなって手に負えなくなって、さんざん困って、しまいには得体

の知れない怪物とかまで呼んできちゃって、どうしようかと思って逃げたときに、ちょう

ど冬になって波が凍っちゃってまた海に戻す、という話なのですね。もともとの話はこの

波が女の人で、男の人が連れて帰ってちょっと何ていうか残酷な愛憎物語みたいな形で、

最後は氷になった波がアイスピックで砕かれるみたいな怖い話なのですけれども、子ども

向けの話では、後で海に戻してあげて、その男の子は、波がいなくなってほっとしたと思

ったら今度は雲を見てあれは素敵だな、なんて思ったりしています。このとてもスケール

の大きい想像力に、驚かされる作品でした。 中央アメリカ(グアテマラ、ホンジュラス、エルサルバドル、ニカラグア、コスタリカ、

パナマ)

次に中米、中央アメリカに移りましょう。メキシコのすぐ南から、地理的には中央アメ

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リカが始まります。 グアテマラ、ホンジュラス、エルサルバドル まずはグアテマラ(Guatemala)。スペイン語は基本的にローマ字読みなのですね。です

から皆さんは「グアテマラ」と、もうこれでよいのです。「グアテマラ」簡単に言えると思

うのですが、何かアメリカ人にはとても舌が絡まる名前らしくて私の同級生はグアテマラ

が言えなくて非常に苦労していました。こういう意味でスペイン語を習うのは日本人にと

って少し有利なところもあります。メキシコと同じにマヤ文明が栄えた地域で、メスティ

ーソが多いのですね。メスティーソが多くてマヤ文明ということで私はグアテマラとメキ

シコは似たような印象を持っています。ですが、グアテマラの方は 1960 年から 36 年間も

内戦がずっと続いていましたので政治的にすごく不安定で、今でもちょっと貧しくて経済

的にも大変という感じです。文学的にはミゲル・アンヘル・アストゥリアス(Miguel Ángel Asturias)がノーベル文学賞を受賞しています。ラテンアメリカの受賞者は結構多いのです。

次がグアテマラの東、ホンジュラスです。ここら辺にくるとなじみのない方は何だろう

という感じになってくると思いますけれども、グアテマラの南がエルサルバドルでここら

辺がまだメスティーソが多くて住民の約 90%がメスティーソですね。それで、グアテマラ

の識字率がやはり低くて 69.1%、これを見ていただくと、やはり 36 年間内戦が続いた影響

がここに現れているのが分かっていただけるかなあと思います。エルサルバドルが 80%、

やはりちょっと低めですね。ホンジュラスも 80%です。ですから、中央アメリカというの

は、そういう意味では、子どもの本を読むというよりも、まず、読み書きができるように

なる人たちを増やすというのが先決なのかなあという印象もあります。

ニカラグア

その南にニカラグアがあります。ニカラグアは識字率が 67.5%、恐らくラテンアメリカ

の中で一番低いのではないかなと思います。67.5 ですからね。だから今は余りこういう作

品があるよ、こういう作家があるよというのが出てこないのですが、ここでは 19 世紀にス

ペイン語圏最大の詩人といわれたルベン・ダリオ(Ruben Dario)という人がいまして、こ

の人が子ども向けの詩とかを書いていたりして、それが今でも非常によく読まれています。

コスタリカ

ちょっと識字率が低い国が続いて、その下がコスタリカになります。コスタリカだけは

ちょっとほかの中央アメリカと違う国です。ちなみに今回のコンクールのグランプリ受賞

者はコスタリカの方、とさっきも紹介されていましたね。コスタリカは「豊かな海岸」と

いう意味なのです(ほかの国名にも意味があるかもしれないのですけれども、私にはちょ

っと分かりません)。その言葉のとおり非常に自然が美しい国です。映画「ジュラシック・

パーク」の舞台とされるほどの密林とかジャングルみたいなのがあったり、世界一美しい

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鳥とされる、「ケツァル」という鳥がいたりしまして、これは手塚治虫の『火の鳥』のモデ

ルになった、と言われています。あと、コスタリカはほかのラテンアメリカの国と政治的

にもちょっと違いまして、軍隊を持たない国とか、あとは教育がすごく熱心という国でも

知られています。そういう意味で経済とか政治的にほかの地域より安定しているのですね。

あと、アメリカ人の多くが定年後に移住をしていったりするし、観光などでとても潤って

いるので、そういう意味でも豊かです。周辺諸国は、最近までいろいろ政治的に不安定な

のですけれども、コスタリカは政治的にも経済的にも良好な状態を保っていて、先ほど識

字率が低い数字が幾つか並びましたが、コスタリカは白人が多くて 94%で、識字率もとて

も高くて 94.9%となっています。白人が多い、と言いましたけれども今回のコンクールの

グランプリの受賞者は彼女が小さいころ台湾から移住してきたそうです。コスタリカの中

では、そういう台湾とかアジアの人たちはごくごく少数で 1%ぐらいだそうです。 あちらで原画を見ていただくと分かると思いますが、台湾ならではのすごく細かい貼り

絵と、あとコスタリカの自然の美しい色合いを知らない者でなければ出せないような海と

か大地の色というのがすごく素敵なので是非生で御覧になってみてください。コスタリカ

は教育が熱心で識字率も高いと先ほども言いましたけれども、余り文学者でこの人という

のが私は聞き覚えがないのですね、勉強不足なのかもしれませんが。私コスタリカが好き

でだれかいないかなあと思っているので、ウェン・シュウさんの本なんか是非本として出

してほしいなと思っています。 パナマ

コスタリカの南がパナマです。スペイン語の発音だと「パナマア」となります。中央ア

メリカはここまでですね。パナマというのはパナマ運河とか教科書で学びますから聞き覚

えのある方は多いのではないでしょうか。ここはメスティーソが人口の 60%ぐらいです。

中央アメリカの中ではコスタリカと並んで経済的に進んでいますので、識字率も 91.9%と

高いです。ただ文学的にこれという有名作家とかこれという作品はちょっと思い当たらな

いのですね。 カリブ海(キューバ、ドミニカ共和国、プエルトリコ)

次にカリブ海へ移りましょう。カリブ海というのは中央アメリカの右側です。すごくた

くさん小さな島があるのですが、もとスペイン領だけでなく、フランス領とかオランダ領、

イギリス領など様々です。ただ今回はスペイン語圏ということで、キューバとドミニカ共

和国そしてアメリカ準州のプエルトリコを取り上げます。 キューバ

まずはキューバです。アメリカの一番右の中、フロリダ半島の下に細くとがっている先

の、フロリダ海峡を挟んでアメリカの最南端、キー諸島の 145 キロ南にあって、アメリカ

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大陸で初めて成立した社会主義国家です。フィデル・カストロ(Fidel Castro)とか知って

らっしゃる方も多いと思います。日本ではキューバというと野球が有名ですし、あと踊り

とか音楽ですね、ルンバとかチャチャチャなどがよく知られているかなあと思います。キ

ューバの住民の人種構成は、ムラート(白人とアフリカ系の混血)が 3 割、ヨーロッパ系

白人が大体 5 割、インディオと呼ばれる先住民ももちろんいたのですが、スペイン人が来

たときにすごく過酷な扱いを受け、虐殺されたりとか労働を強いられて亡くなってしまっ

たりとかして、あとはヨーロッパから持ち込まれた疫病などでほぼ絶滅に追いやられてし

まいました。これは後から述べるドミニカも一緒なのですね。先住民が全部死んでしまっ

た代わりに黒人奴隷をじゃんじゃん連れてきて、それで混血が進んで今ムラートが多くな

っているのがキューバとドミニカ共和国です。 キューバは高度な医療技術を持っていて知的水準も高いのですね。識字率は 99.8%、日

本と同じです。文学の面では 19 世紀のホセ・マルティ(Jose Marti)という国の英雄的な

存在がいました。キューバ革命の前はニコラス・ギリェン(Nicolas Guillen)とかアレホ・

カルペンティエル(Alejo Carpentier)など、世界的に評価の高い作家が登場しました。け

れども革命後に著名な作家が反革命的とされて弾圧を受けたりして、迫害を受けて国外へ

亡命してしまいました。例えば、レイナルド・アレナス(Reinaldo Arenas)がそのような

亡命してしまった人です。ですから、そういう意味では水準は高いのだけれどもやはりち

ょっと思想的には自由に何かいろいろ活動できないというのがあります。 キューバに限らず、ほかのラテンアメリカ諸国でも国の情勢が不安定になって自由な創

作活動が妨げられると、国外へ脱出してしまう作家が少なくないのです。幸いスペイン語

を使える国というのはたくさんありますから、国外へ出てもそれほど不自由なく創作活動

を続けられますし、日本人からするとちょっとうらやましい話なのですけれども、ただそ

の国の人たちにとっては優秀な人材が流出してしまうから、その不安定な時期に文化が停

滞してしまって結果としては痛手を被ってしまうことになってしまうのですね。ですから、

ラテンアメリカの購入する本のリストを作っているときにも、思った以上に本はたくさん

あり、あわよくば実際に持ち込もうかなあなんて思って見ているのですが、水準に達して

いると思える本は案外少なく、なかなか見付からないのです。というのは、研究者として

はこういうのがたくさんあって、こういう傾向があるというのがそれはそれで面白いので

すけれども、翻訳者としての視点で考えると、やはり紹介するからには質のよいものじゃ

ないと持ち込めないかなあというので、それはちょっと寂しいところでした。それは戦後

のある時期に大体独裁制になってしまったりとか、軍事政権がどうのとか内乱が起こった

りとか、そういうことがあるからというのが大きいと思います。 ドミニカ共和国

話を戻しまして、ドミニカ共和国に移りたいと思います。ドミニカ共和国はキューバの

東にあるハイチと一緒の小さな島です。エスパニョーラ島というのですが、そのエスパニ

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ョーラ島の左側、西側がハイチです。ハイチはフランス語圏です。ちなみにカリブ海には

ドミニカ国という国もあって、こちらは英語圏で全く別の国です。ドミニカ共和国という

のは、コロンブスが1492年に初めてアメリカに上陸したときに来た所だと言われています。

だからヨーロッパ人が最初に定住を始めたのもスペイン人がアメリカ征服の拠点としたの

もこのドミニカ共和国です。アメリカ大陸全体の中で最初に大聖堂とか大学が建設された

のもドミニカです。日本ではキューバと同じように野球が盛んな国として有名でしょうか

ね。メジャーリーガーもたくさんいます。人種はキューバと似ていますけれども、ムラー

トの率が少し多くて 73%、白人が 16%、黒人が 11%、識字率は 87%です。先ほども言い

ましたように、キューバと同じように先住民というのはスペイン人による虐待とか虐殺と

かヨーロッパ人からの疫病のためにほぼ絶滅してしまいました。 私は個人的にドミニカというのがすごく好きな国なのです。メキシコと並んで 2 大、好

きな国なのですけれども、なぜかというと『ロラおばちゃんがやってきた』という、ドミ

ニカ出身の作家の作品を訳して、その世界観がすごく気に入ってしまったからなのです。

国際子ども図書館の依頼でラテンアメリカの児童書購入リストを作成したときも、是非ド

ミニカの本を見付けたいと思って頑張ってみたのですけれども、残念ながらあるかどうか

はともかく、入手できそうなもの、リストに載せられるものは 1 冊も入れることができま

せんでした。本当に残念です。ほかにもホンジュラスとかパナマというのが見付からなく

て、エルサルバドルも全然なくて、最終的にアメリカに移住してスペイン語で作品を発表

しているホルヘ・アルグエタ(Jorge Arugueta)という人を捜し当てる程度にとどまりま

した。ラテンアメリカ、スペイン語圏の作家リストのような、研究書のようなものもある

のですが、調べると絶版になっていたりして入手不可能とかなのですね。ですから入手可

能なものが本当になくてとても残念ですが、今後もドミニカは探していきたいと思ってい

ます。 先ほどもちょっと言いましたけれども、スペイン語を使える国というのはラテンアメリ

カで 17 か国、加えて、アメリカでも使っている人が多いですし、スペインももちろんあり

ますし、たくさんあるので、人々が国外へ移るケースが日本で想像する以上にあります。

一番近い大国のアメリカでは、スペイン語は公用語ではないのですけれども、ラテンアメ

リカから移住する人は非常に多くて、アメリカ国内でのスペイン語の需要というのはどん

どん増えていますから、作家活動も問題なく続けて、それでドミニカ出身の作家とかも英

語で作品を書いています。 アメリカの話を始めてしまったのでちょっと続けますけれども、アメリカの第 1 マイノ

リティは皆さんアフリカ系アメリカ人かなあと思われるかもしれませんが、実は現在では

ヒスパニックなのですね。大体予測では 2010 年ぐらいに、ヒスパニックがアフリカ系の黒

人を超えるのではないか、というふうに言われていたのですけれども、2000 年の調査で、

人口増加が予想以上でヒスパニックが全米人口の 12.6%となって、12.1%のアフリカ系を超

えました。カトリックの信者なので、彼らは中絶がタブーなのですね。ですから子沢山で、

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アメリカの中で白人とかはそんなに増えなくても、ヒスパニックの人口はすごく増えてい

る、という状況なので、これからもどんどん増えて影響力が増していくのではないかと思

います。つい先ほど大統領選挙がありましたけれども、ヒスパニックの票をつかむのが勝

敗の大きな鍵になっていると最近では言われています。 作家が自由に移動して自由に表現できる場所を求めるのはとてもよいことなのですけれ

ども、研究者としては、これは実に困ることでもあるのです。というのは、だれがどこの

国の人かというのが調べてもなかなか分からなくて、すごく手間取ることがあるからです。

国際子ども図書館の仕事でも、作者の出身地というのが分からなくて延々と探して結局ス

ペインだと分かって、そのときはスペインの子どもの本は対象外でしたから除外してがっ

かり、ということがありました。本を見ただけではプロフィールに必ずしも書いていると

は限らないですし、どこどこ在住イコールどこどこ出身とも限らないですし、例えばドミ

ニカ出身で生まれ育って移住した人は二重国籍なのかもしれませんし、出版社の国イコー

ル作家の国ではないのですね。だから、スペイン語というつながりがあれば別にほかのス

ペイン語の国から出すことも全然難しくないのですね。輸入する側としても翻訳の手間が

省けますから、実際に手間暇がかからなくてお互いによいのではないかなあと思いますけ

れども、研究者としてはいつも探して調べるのに手間取っています。 ドミニカに戻りまして、先ほどのフーリア・アルバレスのことについてちょっと触れた

いと思います。現時点では翻訳が出ているのが、私が訳した『ロラおばちゃんがやってき

た』という作品だけです。この作品は、アメリカのヴァーモント州(ニューヨーク州の隣

なのですけれども大体東北だと思ってください。一番北でカナダの国境に近いほうです。)

に住むドミニカ系アメリカ人の男の子ミゲルという子が主人公で、両親がドミニカからア

メリカに移住してきたので、ミゲルは二世になります。アメリカで生まれ育ったので肌は

浅黒くていわゆるドミニカ人なのですけれども、ドミニカには行ったことがないし、スペ

イン語も話せません。両親が離婚する前まではマンハッタンに住んでいて、そこではいろ

いろな人種がいますから、特に自分が目立つということもなかったのですけれども、ヴァ

ーモントというのは白人が多い地域ですので、もう引っ越してみると、ミゲルってインデ

ィアンなの?と友達に言われたりとかして、改めて自分とはだれなのだろうというように

悩みを抱えるのですね。両親が離婚してしまって母親が仕事に行くことになったので、子

どもの世話をしてくれる人がいないということで、お母さんがドミニカに住むロラおばさ

んを呼び寄せるのです。このおばさんというのが、ドミニカというのはカリブ海の明るい

太陽とか想像していただけるかなあと思いますけれども、それをまさに象徴しているよう

な人で、最初はスペイン語しか話せず、英語は一つも分からないのですけれども、太陽の

ようなとびきりの笑顔とすごくおいしい料理で次々と周りの人を巻き込んで、すごく幸せ

にしちゃうのです。ミゲル自身も自分が抱えていた両親の離婚とか、転校直後にいろいろ

環境が変化したこととか、自分はだれなのだろうという文化的な葛藤なども、おばさんの

おかげで無事乗り越えられるというハッピーエンディングな話です。よくドミニカ版メア

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リー・ポピンズと称されたりもしています。メアリー・ポピンズのように飴と鞭を使い分

けて怖いようなそういうことはなくて、とにかく優しい、温かい人です。 このフーリア・アルバレスという人は、独裁政権下のドミニカで子ども時代を過ごし、

1960 年、10 歳のときにアメリカに移住しました。でも自分たちはアメリカに逃れたからよ

かったのですけれども、ドミニカにはまだ親戚がたくさん残っているのですね。ですから

自分のことではなく、その残された人の話を書こうということで書いたのが Before We Were Free(わたしたちが自由になる前)という作品です。これは小学校高学年から上を対

象にしている作品で、12 歳のアニータという女の子が一人称の語りで物語を進めていくの

ですけれども、アニータのお父さんやおじさんは水面下で反政府運動に加わって、秘密警

察にねらわれたりして、危険なのですね。例えば、いつどこに盗聴器が隠されているか分

からない、いつ何どき銃弾が飛んで来るか分からない、みたいな、緊迫感のある生活をし

ばらく送っているのです。大人たちは暗号を使って話さなきゃいけないとか、夜にベッド

に寝るときは、普通に寝ると銃弾が飛んで来るかもしれないので、窓のすぐ下の銃弾が飛

んできても当たらない場所に寝たりとかしています。もういよいよ、ますます状況が危な

くなってアメリカに移ろう、ということになるのですが、そのいろいろ手続きをしている

間、それも危ないですからイタリア大使館の知り合いのところに頼って、1 か月ほどウォー

クインクローゼットの中に(本当にちっちゃいのじゃなくて大き目のウォークインクロー

ゼットの方だと思いますけれども)、そういうところで隠れて暮らした上、ついにアメリカ

へ逃亡します。その間に独裁者トルヒーリョ(これは実在の人物)が暗殺されたりして、

民主化に向けてドミニカが大きく動くのですね。ですが、アニータのお父さんとおじさん

は、最後は残念ながら殺されてしまって、その知らせはアニータがアメリカに渡って何日

か後に届いたというような作品ですね。すごく物騒なあらすじなのですが、実際は 12 歳の

女の子の視点で語られているしっかりとした成長小説なので、社会性を押し付けていると

か、そういうことはありません。女の子が初恋したりとか初潮を迎えたりとかごく普通の

視点から書かれていますが、ただ状況としてはそういう怖い中にあるということですね。

あと今回画像がないのですけれども、絵本で The Secret Footprints(秘密の足跡)とい

うドミニカ周辺の民間伝承に登場する不思議な存在、シグアパ(Ciguapas)という存在に

ついて書いた話があります。このシグアパというのは、生き物というか妖精というか妖怪

のような存在で、恐らく皆さん御存じないでしょう。私が調べた限り、日本で出版されて

いる『世界の妖精・妖怪事典』(キャロル・ローズ著、松村一男監訳、原書房、2003 年)で

も見付からず、英語のものでも、今のところ再話もなくて、私が読んだ限りではこのアル

バレスの再話くらいしかないのですね。どういう存在かというと、簡単にいうと人魚のよ

うに海に住んでいて人間にそっくりの姿をしているのですが、ただ足だけがこうやって前

後が逆になっているのですね。何でこれが違うのかというと、歩くと進行方向と逆向きに

足跡が地面に付くから、そうすると見付からない、人間に見付かることがないということ

で、便宜上そのような体型になったということです。非常に美しい生き物だというのです。

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ストーリーは民間伝承を基にしています。好奇心の強いシグアパの女の子が人間のところ

に行って見付かってしまって、でも人間が親切にしてくれて最後はなんとか逃げて帰って、

今度は気をつけなさいよ、で、人間も案外よい人もいるじゃない、というお話ですね。ア

ルバレスの後書きによると、このシグアパというのはスペインの入植者から逃げた先住民

族ではないかという説もあるそうなのですね。

ちなみにアルバレスはこういう作品を英語で書いています。10 歳までドミニカにいまし

たから恐らくスペイン語が母国語でその後英語を獲得したのだろうと思うのですが、現在

の彼女が、自分の第一言語がスペイン語と捉えているのか英語と捉えているのかそこはち

ょっと私には分かりません。ただ事実として彼女は英語で作品を書いて、スペイン語版も

ほとんどの作品が出ているのですけれどもそれは全部翻訳者に任せています。国籍がドミ

ニカ人なのかアメリカ人なのか、はたまた両国、二重国籍を持てているのか、それもちょ

っと私は分かりませんけれどもアメリカにいて英語でドミニカの物語を紡ぐことによって、

より多くの読者を獲得してドミニカについてすごく広めていることは確かなのですね。ド

ミニカ系の作家の第一人者で、もともとはこの Before We Were Free とかを書く前には大

人向けのフィクションでベストセラーを出し、その後に子ども向けの本も書き始めました。

彼女の後にはジュノ・ディアズ(Junot Diaz)というドミニカ出身の作家が登場してい

て、この人は 2008 年、ドミニカ系の作家として初めてフィクションの部門でピューリッツ

ァー賞を受賞しました。このレジュメにはディアズ(Diaz)となっていますが、通常スペ

イン語読みですとディアズにならずにディアスとなり、スが濁りません。訳者が彼に確認

してわざと英語読みにしたのかもしれません。アルバレスにしてもファーストネームが英

語読みだとジュリア(Julia)になってスペイン語読みだとフーリアになるのですね。私も

実際疑問に思って問い合わせをしたときに、アルバレスのエージェントが、どちらでも呼

ばれているけれども本人はフーリアの方が好きみたいだよ、と言ったので、フーリアを採

用しました。例えばアルファベットの V、Victory の V、あれも英語の最近の英語読みでは

ヴァーモント(Vermont)というように「ウ」に点という表記が主流になってきましたけれ

ども、スペイン語では ABCの Bと Victoryの Vは、発音がどちらもバビブベボなのですね。

ですから、アルバレスもバビブベボになっています。名前の表記というのはいつもやっか

いで、移民の文学になると英語読みをするのかその人の国の言葉にするのかというのはそ

の都度本人に確認しないと分からないのですね。レジュメにあるメキシコ系のヴィクタ

ー・マルティネス(Victor Martinez)もヴィクターというのはスペイン語読みをするとビ

クトールになるのですけれども、これも訳者のさくまさんに伺ったところ、マルティネス

本人に質問してヴィクターと指定されたそうです。

プエルトリコ

カリブ海でもう一つスペイン語圏に触れたいと思います。アメリカ合衆国の準州のプエ

ルトリコです。プエルトリコというのは「豊かな港」という意味です。準州というのは皆

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さんよく御存じのグアムと同じ扱いです。彼らはアメリカのパスポートを持つアメリカ国

民なのですけれども、オリンピックではプエルトリコとして出場していますし、記憶に新

しいワールド・ベースボール・クラシックでもプエルトリコとしてアメリカとは別枠で出

場していました。プエルトリコでは一応アメリカですから英語が公用語なのですが、昔は

スペインの支配下にあったので、実際はスペイン語が使われているようです。文化として

もヒスパニックに分類されます。プエルトリコの人たちはミュージカルとかで有名な『ウ

エスト・サイド物語』に登場していたりして、ほかのヒスパニックより比較的早い時期か

ら描かれていました。子どもの本の書き手でもニコラサ・モア(Nicholasa Mohr)という

プエルトリコ系の作家が 1970 年代から作品を大きな出版社から発表していました。メキシ

コ系の作家が子ども向けの本を大きな出版社から出し始めるのが 1990 年代なのですね、だ

から、20 年くらいも早くから出しています。ただ最近はメキシコ系の方が、数がワーッと

増えているような印象があります。では南米に移る前に 10 分くらいお休みにいたしましょ

う。

南米(コロンビア、ベネズエラ、エクアドル、ペルー、ボリビア、パラグアイ、ウルグア

イ、アルゼンチン)

(後半)はい、では始めたいと思います。先ほどカリブ海が終わりましたので南米に移り

ましょう。

コロンビア

まずは、コロンビアですね。南米の一番西北、北西端にあります。人種構成が、メステ

ィーソが 58%、白人が 20%、ムラートが 14%となっています。識字率は 92.7%です。コ

ロンビアと聞くと、まず何といってもノーベル文学賞作家のガブリエル・ガルシア=マル

ケス(Gabriel García Márquez)が思い浮かびます。世界的ブームになったラテンアメリ

カの魔術的リアリズムの書き手として有名で、『百年の孤独』とか『コレラの時代の愛』な

どの作品を数多く発表しています。実はガルシア=マルケスの短編というのは、絵本の形

で改めて絵を付けて出版されたりしているのですね。日本でいうと例えば芥川龍之介の『蜘

蛛の糸』や『杜子春』などが子ども向けに読まれるようになったような感覚かなあ、と私

は思っているのですね。これは購入リストに入れてありますので、いつかこちらでも所蔵

していただけるとうれしいな、実際に私も見てみたいな、と思っています。 ベネズエラ

次がベネズエラです。ベネズエラはコロンビアの東にあります。南米の一番北のところ

ですね。こちらの人種構成はメスティーソが 67%、白人が 21%、識字率は 93%です。最

近では 2007 年に社会主義に移行したり大統領の再選制限が撤廃されたりしたので、いつま

でも、終身大統領でいられるのですね。ですから、そういう形で政治的に大きな変化があ

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って独裁色が強まって、ちょっと心配なエリアです。 エクアドル

その次にエクアドル、コロンビアの南西ですね。エクアドルというのは「赤道」という

意味でその名のとおり赤道の上に国土があります。人種は、メスティーソが 67%、インデ

ィオが 22%で、識字率が 91%です。やはりインディオが多いですから、インディオを描い

た作品でホルヘ・イカサ(Jorge Icaza,)の『ワシプンゴ』(ホルヘ・イカサ著、伊藤武好

訳、朝日新聞社、1974 年)という作品が有名でよく読まれています。この国も現在武器と

か麻薬とかの密輸が増えていたり武装勢力が衝突していたりとかで、かなり危険な地域で

すね。外務省の海外安全ホームページというのがありまして、危険度が大丈夫から退避勧

告まであるのですけれども、下から 2 番目の「渡航の延期をお勧めします」という大変危

険な地域とされています。 ちなみにこの退避勧告とか問題なしとか、そういうところでいいますと、昨日ぐらいに

外務省のホームページを調べたところでは、問題がないのがウルグアイ、キューバ、チリ、

ドミニカ共和国。「十分注意してください」、行く分には大丈夫な国だと思うのですけれど

も、いろいろ窃盗団とかいますから気を付けてね、くらいですね。それがアルゼンチン、

エルサルバドル、グアテマラ、コスタリカ、ニカラグア、ボリビア、ホンジュラス、メキ

シコです。全部が日本よりも危険ですから気を付けてね、くらいなのでしょう。「渡航の是

非を検討してください」がパラグアイ、ベネズエラですね。パラグアイ、ベネズエラは南

米で、ほかにも危ないのがやはり南米で「渡航の延期をお勧めします」が今出てきたコロ

ンビアとかエクアドルなのですね。ですからやはり日本人の感覚では、日本よりはるかに

危険な地域です。全部の地域ではないのですけれども、ここのエリアは危ないですよとい

うところが 1 か所でもある国ですね。とりあえず戦争とかは起きていませんので退避勧告

はありません。 ペルー

エクアドルの南がペルーです。ペルーもスペイン語の発音だとペルー(ルが強い)にな

ります。こちらも現在の状況は「渡航の延期をお勧めします」という、危険度合いが下か

ら 2 番目となっています。フジモリ元大統領の影響でラテンアメリカの中では日本人にな

じみのある国ではないかなあと思います。最近 CM などで人気のラクダみたいなアルパカ

という動物は、もともとペルー、ボリビア、チリの高原で放牧されている動物なのですね。

マチュピチュなどの世界遺産も有名です。人種構成はメスティーソが 45%、インディオが

37%、白人はないですね、インディオが 37%です。ちなみにフジモリ元大統領などのアジ

ア系は約 3%しかいないのですね。だから彼が大統領になったことがいかにすごいことかと

いうことが分かります。識字率は 87.7%です。文学的にはガルシア=マルケスと共に魔術的

リアリズムを代表する作家マリオ・バルガス=リョサ(Mario Vargas Llosa)がいます。

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ちなみにリョサというのは 1990 年に大統領選でフジモリ氏と戦って敗れました。現在ペル

ーは、地域によってはテロが発生し、危険な所もあります。 ボリビア、パラグアイ

次がペルーの南東になるボリビアです。人種構成は先住民が多くて大体 55%、その中で

も先住民のケチュア族が 30%、マイアラ族が 25%、と細かく書いてありました。メスティ

ーソが 30%です。識字率は 80.7%、インディオが多数派の国ということは分かっていただ

けるかなあと思います。ラテンアメリカの中では最も開発が遅れているとされています。

ですから、もうこのボリビアとかになると本当に文学でもだれと思いつかない、有名な大

人の作家でも思いつかないですね。 それは次のパラグアイもそうなのですけれども、ボリビアの南東にあります。人種構成

は 95%がメスティーソ、識字率は 94%。私はほとんど未知のエリアなのですね。 ウルグアイ

パラグアイと名前の似ているウルグアイというのは、似ているのですけれども大分違い

ます。これはブラジルの南、アルゼンチンの東にあります。パラグアイとは国が微妙にく

っついていないのですね。人種構成は、ここは白人が 88%、さっきまでは、ずっとメステ

ィーソとかインディオとかでしたけれども、ここは白人が 88%、メスティーソが 8%、識

字率が 98%。ですから人種構成だけでもパラグアイとウルグアイは国の特徴が違います。

国内総生産(GDP)もウルグアイがパラグアイの 2 倍あります。ですからどれだけ貧富の

差というか経済的な豊かさも違うかということが分かっていただけたかなあと思います。 ウルグアイというと、まず子どもの本の作家で思い付くのが、オラシオ・キローガ

(Horacio Quiroga)です。この人は絶対紹介しなければいけない人ですね。随分昔の人で

す。1918 年に発表した『フラミンゴの長くつ下』(オラシオ・キローガ作、やまかわはな訳、

金の星社、1993 年)、これが話の一部なのですけれども、1918 年に「ジャングルのお話」

という子ども向けの話を発表しまして、この話は今でもずっと読み継がれています。ジャ

ングルつながりで、ジョゼフ・ラドヤード・キップリングの『ジャングル・ブック』と比

較されることも多いのですけれども、内容としては同じくキップリングの『ぞうのはなは

なぜ長い』とか、ああいう話に近いものです。今回皆さんに見ていただいている『フラミ

ンゴの長くつ下』は、原作はもともと 8 点の短編集だったのですけれども、日本ではこの

『フラミンゴの長くつ下』という本の中に 3 点選んで入っています。これはフラミンゴの

脚はどうして今の色になったのか、といういわゆる、由縁譚です。ほかには漁師とシカが

仲良くなる話とかワニが軍艦と戦って追い払うみたいな面白い話があります。このキロー

ガは自然を大変愛していて、すでにこのころからいろいろ環境問題を考えていて物語にも

うまく取り入れていたのですね。ですからこの本などは今読んでも古さは全く感じません

し、全 8 編まとめたものを今出しても価値があるのではないかと思います。この『フラミ

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ンゴの長くつ下』が金の星社から出たのですが、現在は版元品切れ又は絶版なのですね。

やはり文化的になじみがないからかなあと残念です。ただ、これだけ環境問題に対しての

意識が高まっている中で、この時代からすごく先進的なことを考えて作品できちんと書い

ているので、今だからこそ逆に日本の子どもに紹介できるということもあるかもしれない

なあと考えていました。 アルゼンチン

ウルグアイの西側がアルゼンチンですね。ここら辺になると皆さんだんだんまた聞き覚

えがあるという所に戻ってきたかなあという感じになりますけれども、こちらも人種構成

は白人が多くて 85%、残りの 15%はメスティーソ又はインディオです。ほかの国もそうな

のですが、ただ「白人」といっても先住民の血が流れている場合は多いです。だからメス

ティーソと言うか白人と言うかというのは本当に本人次第ということもあるのですね。そ

こら辺のアバウトさがラテンアメリカの魅力なのかもしれませんけれども。ですから何%

白人で、何%インディオというかというよりも見た目とか肌の色で判断する傾向があった

りして、先住民の血が流れていても見た目がまるっきり白人っぽければ白人であったりし

て、それは逆にその遺伝子のイタズラで先住民の血がより多く見えれば先住民っぽいと言

われてしまうという本当に見かけの問題であったりします。これがアメリカ合衆国と大分

違うところなのかなあと思っています。 アルゼンチンにはやはりいろいろ作家がいまして、例えば、ホルヘ・ルイス・ボルヘス

(Jorge Luis Borges)とかフリオ・コルタサル(Julio Cortazar)とかマヌエル・プイグ

(Manuel Puig)とか世界的に有名な作家がたくさんいて、最近日本で人気が高い政治家で

作家でもあった、エルネスト・チェ・ゲバラ(Ernesto Guevara)もキューバ革命とかで活

躍した人なのですけれども、彼もアルゼンチン人です。子どもの本の数もほかのラテンア

メリカ諸国よりあると思います。 野間のコンクールでも 13 回、2000 年のグランプリ受賞者がアルゼンチンのクラウディ

ア・レニャッツィ(Claudia Legnazzi)さんでした。このグランプリ受賞作がメキシコの

出版社から出ています。今見ていただいている「わたしの家」という作品です。いかがで

しょうか。線はすごく細いのですけれども、構図が大胆で色合いもおしゃれで私は彼女の

絵はとても素敵だなと思っています。ただ、この本に関してはストーリーが余りにも漠然

としているというかほとんどない感じなのですね。文章が作品の始めと終わりにちょこっ

とあって中は全部絵なのですよ。今からめくっていただいてゆっくりいきましょうか。ま

ず、始めと終わりにしか文がないので全部の訳を読んでしまいますが、2 ページ目に「私は

家を持っている。その家は行ったり来たりできて乗り降りできて小さくなったり大きくな

ったりしてこっちにもあっちにもあるの」ということが書いてあります。それからいろい

ろなシチュエーションで家が出てくるのですが、船の上に乗っていたり、象の上に乗って

いたりとか、ちょっと見えにくいかもしれませんが本当に奇想天外な場所にあるのですね。

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車の上ですね、これは。これが象の上ですね。はい、これが戦車ですかね。本当にここら

辺はずっと文章がないのですね。このカメのところにいますね。木の上にいて、山のてっ

ぺん、今度は雲の上ですね。どこでしょうここは、タンポポの中、このように次から次へ

と絵が延々と続いています。こんな街中にあったりして、お花畑の中ですか、森の中です

か、やっとこれで最後のページになりました。最後のページに来ると「そう、私のいると

ころに、いつだって私の家があるの」で終わります。すごく哲学的で芸術的で、素敵なの

ですが、斬新といえば斬新なので、これを日本の出版社にじゃあ私が持って行こうかなと

いうとちょっと難しいかな、日本の読者、子どもの読者に勧められるかなとちょっと躊躇ちゅうちょ

てしまうところがあります。恐らく出せるとしても大人向けの絵本という形になるのでは

ないかなあという気がします。ですから彼女の絵はとても素敵なので、もうちょっとスト

ーリー性のある絵本を出してくれたら是非持ち込みたいなあなんて考えています。 じゃあ逆にどういう本が邦訳されるかという例を実際に紹介していきますと、同じくア

ルゼンチンの作家ケセルマン(Gabriela Keselman)による、『ねむれないの、ほんとだよ』

(ガブリエラ・ケセルマン文、ノエミ・ビリャムーサ絵、角野栄子訳、岩波書店、2007 年)という作品ですね。これは、アルゼンチン出身のケセルマンという作家なのですけれども、

絵を付けているのはスペインのイラストレーターです。落ち着いた感じの絵で安心感があ

りますね。ストーリーとしては怖くてなかなか寝付けない男の子がいろいろなものを身に

着けたりするのですけれどもやはり眠れないのですね。最後にお母さんが、じゃあずっと

そばにいるわと言って、ずっと着けていたものを取ってしまってお母さんがそばにいたら、

安心してあっという間に寝てしまったという話です。何よりこの年ごろの子どもの目線に

立っているのがとても素敵だなあと思いました。お母さんの愛情でハッピーエンドになっ

て普遍的な話ですから日本の子どもも共感できるのではないかなあと思います。 このように海外の本を邦訳出版するかどうかという場合、私だったら例えば出版社に頼

まれて見てみたりとか自分で探してみたりするときに、これはよいですよと勧めるときの

判断なのですけれども、もちろん日本ではない外国のものを入れるわけですから、外国ら

しさはもちろん必要なのですが、プラス日本人になじみやすさというものもないと全く異

質のものが来たら拒絶反応が出てしまいますので、そのバランスが大切なのですね。日本

にはないものだから輸入はしたいのだけれども、だけど日本人が受け付けられないもので

は困るのですね。 例えば絵本ではないのですけれども、英米の作品でニューベリー賞とかカーネギー賞と

いった権威のある賞を取っている作品でも、歴史物は翻訳されにくいと言われています。

それは背景になじみがないからということなのですけれども、例えば出すとしても、すご

く有名なものに限られてしまうとか、結構冒険しないと出せなかったりとか、日本の子ど

もにはフランスのナポレオンは有名でもイギリスのウェリントンはほとんど知られていな

いので、ナポレオンのものは比較的出しやすいのですけれども、ウェリントンのものは、

作品はよくてもそれだけでハードルが高くなってしまったりします。日本人にとって英米

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でもそうなのですから、ラテンアメリカは文化的により遠いので、それだけハンディがあ

るとも言えるのですね。もちろん英米のもの、欧米のものはすでにたくさん紹介してある

ので、新しいものが欲しいという考えも一方ではあるのです。ただもう一つ、欧米のもの

であってもラテンアメリカのものであっても日本人が要求する水準に達していないといけ

ないのですね。日本人は、日本のものもたくさん出ていますし、英米の名作もどっさり輸

入していますから、そういう意味ではすごく目が肥えているのですね。そういう経済の基

盤がずっと安定していて、子どもの本の歴史も長い日本や欧米と比べると、ラテンアメリ

カの本で、じゃあこれはよいよと言える作品は少ないのが現状です。この図書館の中でも

ラテンアメリカの絵本というのは多数所蔵されているのですけれども、日本人からすると、

これ、パンフレットですか、というような、学年誌の付録よりも素朴な作りの絵本が少な

くないのですね。私なんかネットの書店で画像だけ見て買って、届いた物を見ると、え、

これで、いくら、というようなものというのもあってびっくりということも実は少なくあ

りません。でも逆にインターネットが発達したおかげで、ラテンアメリカの本もとても入

手しやすくなり、創作する側もチャンスが広がったと言えるので、これからは大いに期待

したいところです。 チリ

ラテンアメリカの最後の国になりました。チリです。アルゼンチンの西側にある、細長

い国ですね。人種構成は 95.4%が白人及び白人系メスティーソ。白人系メスティーソ、新

しい言葉ですが、何かというとメスティーソの中でもより白い方の人ということですね。

この 95.4%の中で白人の割合が高いメスティーソが大体その中で 65%くらいだそうです。

識字率は 96.4%です。 文学では詩人のガブリエラ・ミストラル(Gabriela Mistral)とパブロ・ネルーダ(Pablo

Neruda)という人、二人がノーベル文学賞を受賞しています。ラテンアメリカの中では、

一国で二人も受賞しているというのはチリだけです。小説では、映画にもなった『精霊た

ちの家』(イサベル・アジェンデ著、木村栄一訳、国書刊行会、1989 年)(映画のタイトル

は「愛と精霊の家」)のイサベル・アジェンデ(Isabel Allende)とかホセ・ドノソ(Jose Donoso)とか、ルイス・セプルベダ(Luis Sepulveda)がいます。ルイス・セプルベダの

作品では、白水社から出ている『カモメに飛ぶことを教えた猫』(ルイス・セプルベダ著、

河野万里子訳、白水社、1998 年)がありまして、ストーリーはそのままです。カモメに猫

が飛ぶことを教える本なのですけれども、すごく素敵なよいお話で、ヤングアダルトくら

いから読めると思います。私もブックガイドとかで取り上げたことがあります。 チリは 1990 年ごろまで独裁政権下にありましたので、表現の自由もままなりませんでし

た。『ペドロの作文』(アントニオ・スカルメタ文、アルフォンソ・ルアーノ絵、宇野和美

訳、アリス館、2004 年)という作品は邦訳が出ていまして、訳者後書きによりますと、最

初はフランスの新聞に掲載されたそうです。書いたのが 1970 年で、チリでは発表できなか

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った。絵本の形になったのが 2000 年でベネズエラの出版社から出版されました。というこ

とで、チリについての話なのですが、最初がフランスで、それからいろいろ広がって、最

後はベネズエラという、チリはどこに行っちゃったのだという感じですね。ストーリーは

軍の大尉が学校にやって来て家での夜の過ごし方を作文にするように指示をするのですね。

ねらいは独裁に反対する者を捕まえることなのですね。ペドロの両親は独裁に反対してい

るので、もし彼が正直に書けば、捕まってしまうかもしれません。ということで、ペドロ

は何をどう書こうか悩んで、あるアイディアを思いつく、という話なのですね。日本には

なじみのない国の、なじみのない政治状況についての作品なのですけれども、とてもよい

作品なので、よく訳して出してくれたなあと感心しています。 ラテンアメリカにとっての日本

ところで、日本にとってラテンアメリカは遠いですよ、遠いですよとさんざん言ってき

たのですけれども、逆にラテンアメリカにとっても日本は遠い見知らぬ国と言えるように

思います。国際子ども図書館の購入リストを作ったときに、逆に日本の作品でスペイン語

に翻訳されているものも探しましたが、余り見付けられませんでした。リストに入れるこ

とができたのが、メキシコで出版された『ぼくネコになる』(きたむらさとし作、小峰書店、

2003 年)とか『スーホの白い馬』(大塚勇三再話、赤羽末吉絵、福音館書店、1967 年)と

か、ベネズエラで出版された『かぞえてみよう』(安野光雅作・絵、講談社、1975 年)とか

『したきりすずめ』(石井桃子再話、赤羽末吉画、福音館書店、1982 年)、あとコロンビア

で出版された『くりすます』(わきたあきこぶん、すずきえつろうえ、女子パウロ会、1971年)、これは何かキリスト教系の本ですね。見付けてリストに入れることはできたのですけ

れども、どれくらいなじみがあって、読まれているかというのは私にはよく分かりません。

そんなにメジャーではないのではないかなあとは推測します。 逆にラテンアメリカでも欧米の名作とか人気作はよく翻訳されています。例えば、最近

の大ヒット作のハリー・ポッターシリーズとか、名作でずっと読みつがれているナルニア

国シリーズとか、ロアルド・ダールの作品なんかはいろいろなところで見付けることがで

きます。逆に本屋とかでそういう本の方があったりするのですね。 アメリカ合衆国のヒスパニック

ラテンアメリカの国を今までで一通り紹介しましたので、ドミニカのところで少し触れ

た、アメリカ合衆国のヒスパニックについて最後にお話ししたいと思います。ヒスパニッ

クとは何かというと、スペイン語を母国語とするラテンアメリカ出身の人々です。ですか

ら今までメキシコからチリまでの人たちを言いましたけれども、この人たちの、ここから

移民してアメリカに移民した人及びその子孫ですね。ヒスパニック人口全体の中で、一番

多いのがメキシコ系で 66.1%、次いでプエルトリコの 9%、続いてキューバの 4%、圧倒的

にメキシコ系が多いです。これだけ国境が接していますから、それは想像に難くないとは

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思います。面白いことにそれぞれの民族集団は特定の地域に集中する傾向があるのですね。

メキシコ系はメキシコと国境が隣接しているカリフォルニア州、テキサス州、ニューメキ

シコ州、アリゾナ州辺りが多いです。私がいたオレゴンには、カリフォルニアから入って

北上して来た人たちが多くいました。プエルトリコはカリブ海にありますから、プエルト

リコ系は、飛行機で飛んで来てニューヨーク市、マンハッタン近郊に住むことが多いです。

キューバ系は、キューバから一番近いフロリダ、特にマイアミに多く住んでいます。逆に

じゃあ内陸部はどうかというと、アメリカの五大湖の左側、シカゴ辺りで西から内陸に向

かってきたメキシコ系とか東から内陸に向かってきたプエルトリコ系が大体合流すると言

われています。 シカゴ出身のメキシコ系のサンドラ・シスネロス(Sandra Cisneros)という作家は、1989

年に『マンゴー通り、ときどきさよなら』(サンドラ・シスネロス著、くぼたのぞみ訳、晶

文社、1996 年)というシカゴのヒスパニック居住区を題材にした物語を出しています。こ

の本はもともと一般向けに書かれたのですけれども、ヤングアダルト向けとしてもよく読

まれていて、アメリカのヤングアダルト向けのブックリスト等にも載っています。そして、

子どもの本の世界でメキシコ系の作家が活躍するようになったのは、先ほどちょっと言い

ましたけれども 90 年代になってからです。カリフォルニア出身のギャリー・ソトの『四月

の野球』が 1990 年、ヴィクター・マルティネス(Victor Martinez)の『オーブンのなか

のオウム』(ヴィクター・マルティネス作、さくまゆみこ訳、講談社、1998 年)が 1996 年、

フランシスコ・ヒメネス(Francisco Jimenez)の『この道のむこうに』(フランシスコ・

ヒメネス作、千葉茂樹訳、小峰書店、2003 年)という作品が 1997 年、テキサス出身のデ

イヴィッド・ライス(David Rice)の『国境まで 10 マイル』(デイヴィッド・ライス作、

ゆうきよしこ訳、福音館書店、2009 年)というのが 2001 年ですね。こんな感じで主な作

品が出ています。 まず『四月の野球』と『オーブンのなかのオウム』というのは現代の子どもの姿を書い

ています。『オーブンのなかのオウム』はどちらかというとマイノリティとしての差別とか

苦労を力強く訴えかけている感じなのですね。それまでもそういうような彼らの不条理を

訴えるような作品というのはあったのですけれども、とても洗練されて技術的に上手だと

いうことで、『オーブンのなかのオウム』は評価されてメキシコ系で初めて全米図書賞を児

童書部門で受賞しました。一方で『四月の野球』というのは、ごく日常のだれもが経験す

るようなこと、例えば、初恋を経験したりとか兄弟げんかをしたりとか、おじいちゃんと

ちょっと散歩に出かけたりとか、そんなことが中心でメキシコ系という、何というか民族

的、文化的特徴はあくまでも背景として、時々差別とか、貧富の差などが見え隠れするく

らいに収めています。このソトとマルティネスも移民の子孫ですので、メキシコ系なので

すが彼らは生粋のアメリカ人ということになります。逆に『この道のむこうに』のヒメネ

スというのは、4 歳のときにメキシコから移民してきた人なのですね。メキシコから移民し

てきた家族の話ですし、季節労働者としての苦労とか移民局に捕まりそうになったりする

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とかいうような自伝的小説です。これもアメリカでは高く評価されました。テキサスが舞

台になっているライスの短編集『国境まで 10マイル』はカリフォルニアのメキシコ系作家、

ソトとかマルティネスよりもどちらかといえばもうちょっとメキシコ色が強いというか、

それだけメキシコと近いような印象を持ちます。メキシコの国境も近いですし、メキシコ

から家政婦が定期的にやって来るお話もありますし、実際にメキシコに行くお話もあった

りします。ソトの『四月の野球』でも『国境まで 10 マイル』でも両方ともおじいさんと子

どもの話があるのですけれども、ソトのおじいさんはおそらく移民なのだろうなという感

じなのですね。ライスの方のおじいさんはテキサスにいたのですけれども、国境の方が勝

手に変わってしまった、先住民タイプのメキシコ系なのではないかなという印象がありま

す。 おわりに

ここまでドミニカ系はアルバレスを紹介して、プエルトリコ系も紹介して、メキシコ系

のヒスパニック作家も数名挙げてきました。基本的にこういう作家たちの創作言語は、英

語です。ただ自分たちのアイデンティティを表現する手段として文章中の英語の中、例え

ばセリフとかキーワードとかにスペイン語をちょこっと入れたりします。ソトなんかは御

丁寧に巻末にスペイン語用語集とか付けてくれるのですね。どの作品でも大体彼の場合は

付いています。ですからそういう形でスペイン語とかかわりを持って、メキシコ系、ドミ

ニカ系、ヒスパニックのアイデンティティを保持しているのではないかなあというふうに

思います。絵本などではスペイン語と英語のバイリンガル絵本というのがとても多いので

すね。ヒスパニックの人口というのはこれからも増え続けると予測されていますし、ヒス

パニック作家や作家の需要もこれまで以上に増え、大きくなるのではないかなあと私は予

測しています。またスペイン語そのものの作品の需要も高まるのではないかなあと考えて

います。というのは現時点でアメリカのアマゾンとかのインターネット書店では、スパニ

ッシュというカテゴリがあって、それがすごく増えていて、いろいろ調べていくと、予想

以上にラテンアメリカの作家の作品が出てくるのですね。それは書誌情報も詳しかったり

画像もあったりして、国際子ども図書館の仕事では大変助かったのです。そういうことで、

前よりもすごく増えたなということを体感しているので、やはりこれからはもっと増えて

いくのではないかなと思います。それはまあつまりラテンアメリカの作家のチャンスが拡

大してどんどんよい作家が生れることにもつながってほしいなと願っています。というこ

とで今日のお話は終わりにしたいと思います。ありがとうございました。