イノベーション活動グローバル化の構造と展開 - …...用」(global exploitation...

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はじめに 経済活動のグローバル化,知識経済化,中国をはじめとする新興国の台頭などに特 徴づけられる現代の世界経済は,国家間の経済的,技術的な相互依存を高めるととも に,国際分業構造を複雑に深化させてきた。そうした環境のなかで,技術を重要な変 数とする企業間の国際競争が激化するとともに,イノベーションの加速化や技術の複雑 化,科学と技術の関連強化などはイノベーション活動のコストとリスクを高め,イノ ベーション活動の連携や協調を促した。 こうした背景のもとで,企業は貿易,直接投資あるいは技術取引を通じてイノベー ションの成果をグローバルに活用するだけでなく,グローバルな規模で研究開発資源へ アクセスし,それをいかに自社のイノベーション活動に活用できるかが企業にとっての 重要な課題となってきている。 本稿は,イノベーションの創出から,その活用までの一連の企業活動をイノベーショ ン活動としてとらえ,イノベーション活動のグローバル化の全体像を明らかにし,そ の変化と特徴を見いだそうとするものである。企業のイノベーション活動グローバル化 は実に多様な形態をとるが,ここでは,Archibugi and Michie 1995)に従い 1) ,イノ ベーションの国際的活用,グローバルなイノベーション創出,科学技術分野での国際協 調という3つに類型化し,それぞれについて世界的な傾向と変化を見ていきたい。 1.イノベーションの国際的活用 前述のように,企業活動において技術知識が果たす役割はますます高まってきてい る。技術知識を創出するため,企業は研究開発活動を積極的に行っているが,その成果 論  1 産業経済研究所紀要 第17号 2007年3月 イノベーション活動グローバル化の構造と展開 Globalization of Innovative Activities: Structure and Dynamics Naoki YAMAGUCHI

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Page 1: イノベーション活動グローバル化の構造と展開 - …...用」(global exploitation of innovation)と呼んでおこう。この分類に属するイノベーション活動グローバル化には,新たに生み出された技術知

はじめに

経済活動のグローバル化,知識経済化,中国をはじめとする新興国の台頭などに特

徴づけられる現代の世界経済は,国家間の経済的,技術的な相互依存を高めるととも

に,国際分業構造を複雑に深化させてきた。そうした環境のなかで,技術を重要な変

数とする企業間の国際競争が激化するとともに,イノベーションの加速化や技術の複雑

化,科学と技術の関連強化などはイノベーション活動のコストとリスクを高め,イノ

ベーション活動の連携や協調を促した。

こうした背景のもとで,企業は貿易,直接投資あるいは技術取引を通じてイノベー

ションの成果をグローバルに活用するだけでなく,グローバルな規模で研究開発資源へ

アクセスし,それをいかに自社のイノベーション活動に活用できるかが企業にとっての

重要な課題となってきている。

本稿は,イノベーションの創出から,その活用までの一連の企業活動をイノベーショ

ン活動としてとらえ,イノベーション活動のグローバル化の全体像を明らかにし,そ

の変化と特徴を見いだそうとするものである。企業のイノベーション活動グローバル化

は実に多様な形態をとるが,ここでは,Archibugi and Michie(1995)に従い1),イノ

ベーションの国際的活用,グローバルなイノベーション創出,科学技術分野での国際協

調という3つに類型化し,それぞれについて世界的な傾向と変化を見ていきたい。

1.イノベーションの国際的活用

前述のように,企業活動において技術知識が果たす役割はますます高まってきてい

る。技術知識を創出するため,企業は研究開発活動を積極的に行っているが,その成果

論  文

― 1 ―

産業経済研究所紀要 第17号 2007年3月

イノベーション活動グローバル化の構造と展開

Globalization of Innovative Activities:

Structure and Dynamics

山 口 直 樹

Naoki YAMAGUCHI

Page 2: イノベーション活動グローバル化の構造と展開 - …...用」(global exploitation of innovation)と呼んでおこう。この分類に属するイノベーション活動グローバル化には,新たに生み出された技術知

は,生産工程の改善や製品の品質向上,新製品の開発といったイノベーションにつなが

る。研究開発の成果は,国内市場にとどまらず,海外市場においても活用し,利益を

得ることができる。自国の研究開発拠点で生み出された技術知識によるイノベーション

の成果を,国内市場にとどまらず,国境を越えて活用しようとする現象は,イノベー

ション活動グローバル化の一側面としてみることができ,「イノベーションの国際的活

用」(global exploitation of innovation)と呼んでおこう。

この分類に属するイノベーション活動グローバル化には,新たに生み出された技術知

識を体化した財の貿易あるいは直接投資を通じた国際生産,または,より直接的に技

術知識やノウハウの国境を越えた取引(技術貿易)という形をとるであろう。以下で

は,これらの世界的な動向と国ごとの特徴を明らかにしていこう。

(1)貿 易

最初に貿易についてみてみると,この30年間で,世界貿易に占めるハイテク製品の

シェアは大きく高まってきた。1976年には世界輸出総額の7%程度であったが,1990

年には 15%,2000年には 23%となっている。一方,天然資源関連財は 80年代前半,

低位技術製品は90年代前半をピークにそのシェアを低下させており2),貿易構造はハ

イテク化しているといえる。図1は1994年を100として,OECD加盟国による貿易

額の推移を技術集約度別3)に見たものである。最も技術集約度(研究開発集約度)の高

いハイテク製品が,2001年にはいったん落ち込みを見せているものの,大きく伸びて

おり,この9年で2倍近くになっている。さらに,産業ごとの研究開発集約度と輸出額

の伸びの相関を見たものが図2である。横軸には研究開発費を生産額で割ることによ

り求められる研究開発集約度を,縦軸には 1994年から 2003年までの貿易額の年平均

伸長率をとってある。研究開発集約度の最も高い医薬品が貿易伸長率も最も高くなっ

ているなど,研究開発集約度が高い財ほど貿易の伸びも大きくなる傾向にあることが

確認できる(R2=0.4295)。

(2)技術貿易

前項で見たハイテク貿易は,研究開発を通じて生み出された技術知識を財に体化さ

せ,輸出することで,イノベーションの成果からの利益を国境を越えて得ようとするも

のであるが,技術のみを海外に移転(輸出)し,利益を得ることもできる。この技術

取引には,直接投資を通じた海外生産に付随して技術が移転されるケース,すなわち,

技術知識が多国籍企業内部で国際的に移転されるケースと,技術そのものが外国企業

にライセンスという形で販売(輸出)されるケースがあろう。

― 2 ―

山 口 直 樹

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図1 技術集約度別貿易額(OECD加盟国,1994年=100)

(出所)OECD, Science, Technology and Industry Scoreboard 2005, p.171

図2 研究開発集約度と貿易伸長度(1994-2003年)

(資料)OECD, Science, Technology and Industry Scoreboard 2005 より作成。

この指標となるのが技術貿易である。技術貿易とは,海外との間での技術の売買契

約(特許などの産業財産権の譲渡やその権利の実施許諾についてライセンス契約)に

おける,その対価(ライセンス料やロイヤルティ)の受取および支払である。また,

― 3 ―

イノベーション活動グローバル化の構造と展開

200�

190�

180�

170�

160�

150�

140�

130�

120�

110�

100�

901994 1995 1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003

低位技術�全製品�

ハイテク�中高位技術�

中低位技術�

医薬�

通信機器�自動車�電機機器�

事務用機器�鉄道・輸送機械�

科学機器�航空宇宙�

化学�

機械設備�非金属鉱物�

繊維・衣類�卑金属�

木材�

0� 2� 4� 6� 8� 10� 12�

石油精製�

ゴム・プラスチック�造船�

その他製品�

研究開発集約度(研究開発費/生産額)�

貿易伸長度(年平均 %)�

16.0�

14.0�

12.0�

10.0�

8.0�

6.0�

4.0�

2.0�

0.0

金属製品�

紙・印刷�

食品�

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ライセンス対象には特許などのように権利として設定登録されているものだけでなく,

ノウハウや設計図などの技術に関する権利も含まれる。この技術貿易は,企業の国境

を越えた技術の活用を示す直接的な指標と考えることができる。

図3は,主要国の技術貿易の輸出額(受取),輸入額(支払)および技術貿易収支の推

移を見たものである。国については,2004年の技術輸出額が10億ドルを超える9カ国,

技術輸入についても同様に,2004年の技術輸入額が 10億ドルを超える 17カ国を選ん

である。図からも分かるように,ほとんどの国で輸出入ともに増加傾向にあり,世界

的に技術の国際的取引が活発化しているとみることができる。

技術輸出についてみてみると,世界全体の技術輸出額(受取額)は,1981年に111億

ドルであったが,1991年には314億ドル,2001年には770億ドル,2004年には1,110億

ドルに達している。とりわけ90年代以降,その伸びは大きく,また,2000年代に入っ

てからもその勢いは衰えていない。

国ごとの特徴についてみてみると,米国の技術輸出額が圧倒的に大きく,この20年

間,ほほ一貫して増加してきた。1984年から1994年の10年間に,技術輸出額は4倍に

なり,さらにその後の10年間(1994年から2004年)で倍増となっている。2004年の

米国の技術輸出額526億ドルは,世界全体の技術輸出総額の半分近い数字である。日

本の技術輸出額は 177億ドルで世界第2位,イギリスが 136億ドルで第3位となって

いる。この3カ国で全体の72%を占め,技術輸出は特定国に集中していることが分か

る。第二グループについてみてみると,ドイツ,フランス,オランダの3カ国は,

1980年代後半から増加基調となり,90年代後半に横ばいとなるものの,その後2000

年代に入り,技術輸出を急増させている。また,カナダは,1990年代後半以降,大き

な伸びを続けており,この10年で約10倍になっている。一方,ベルギーは1990年代

以降,ほぼ横ばいである。韓国については,1990年代前半には1億ドル程度の技術輸

出額であったが,1990年代終盤から技術輸出を急増させ,2004年には 18億ドルの技

術輸出を行っている。

一方,技術輸入額(支払額)で見てみると,受取と同様,米国が 239億ドルで第1

位であり,次いでアイルランドの184億ドル,日本の136億ドルが続く。日本は1997

年まで,世界最大の技術輸入国であった。米国,アイルランドともに,この10年で技

術輸入を大きく増加させてきており,米国は 1994年から 2004年の 10年間で約4倍,

アイルランドは10倍近くになっている。一方,ドイツは,多くの国が技術輸入を拡大

させている中で,1990年代後半以降,横ばいで推移してきている。第二グループにつ

いてみてみると,国によって,急増する時期や増加幅などにそれぞれの特徴をもつが,

すべての国で増加基調にある。韓国は,この20年で,何回かの急増期を経験しながら,

技術輸入を大きく伸ばしてきた。中国については,1996年以前のデータが欠落してい

るが,1999年以降,技術輸入を目立って増加させている。

― 4 ―

山 口 直 樹

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技術貿易収支で見ると,圧倒的な輸出額の大きさのため,米国の技術貿易の黒字幅

は287億ドルと際立って大きい。米国は,この期間,一貫して黒字であり,また,そ

の黒字幅を大きく拡大させてきた。日本は1996年までは主要国のなかで最大の赤字国

であったが,その後収支は改善を続け,2003年に黒字に転換している。2004年の黒字

幅は21億ドルであった。ここで取り上げた国のなかでは,日米以外にイギリス,フラ

ンスが黒字であるが,その他の国はすべて赤字である。また,ここにあげていない国

を含めてみてみると,オランダ,フィンランドが黒字であるが,その他のほとんどの

国は赤字となっている。1990年代終わりから,中国,シンガポールの赤字幅の拡大が

目立つ。

技術貿易統計は,技術の国際的取引の規模(金額)を直接的に示すものとして有用

であるが,統計上の問題点も多く,その利用には注意を要する。

第一に,ここに示されている技術貿易額のかなりの部分が,直接投資先のホスト国

への技術輸出,すなわち企業(グループ)内の技術移転で占められていると考えられ

るが,親子会社間取引の割合を示すデータが得られる国が限られていることがある。

日本では,総務庁の『科学技術研究調査報告』による技術貿易統計が2001年より親子

会社間とそれ以外のデータを区分して報告している。また,米国では,全米科学財団

による技術貿易統計が80年代より親子会社間とそれ以外を区分して報告している。そ

れらによれば4),日本では,2004年の技術輸出額5)1兆7,694億円の73.4%にあたる1

兆2,987億円,技術輸入額5,676億円の 14.9%にあたる844億円が親子会社間の取引で

ある。米国については,技術輸出額の 74%,技術輸入額の 82%が親子会社間の取引

となっている。米国については,技術の輸出入ともに,親子間の取引が多くを占めて

いるが,日本の技術輸入については,親子間取引の割合は非常に少ない。

日本の親子会社間の取引を除いた技術貿易収支は約100億円の赤字であり,日本の

技術貿易黒字は,海外子会社への技術輸出によるところが非常に大きい。米国につい

ては,親子間以外の技術貿易についても,大幅な黒字であり,拡大傾向にある。この

ように,親子会社間の技術取引を除いた技術貿易と,それを含むものとでは大きく構

造が異なる。

第二の注意点は,各国ごとに技術貿易の定義や統計の作成方法に違いがあり,また,

同一国においてもその定義が大きく変更され,データが連続しないなどのデータ上の

制約が大きいことである。例えば,日本の場合,主要な技術貿易統計として,日銀の

国際収支統計と総務省の科学技術研究調査があるが,それぞれ調査の対象や技術貿易

の範囲が異なっている6)。

― 5 ―

イノベーション活動グローバル化の構造と展開

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図3 技術貿易の推移

(資料)World Bank, WDIデータベースより作成。

― 6 ―

山 口 直 樹

1981� 1984� 1987� 1990� 1993� 1996� 1999� 2002�

(百万ドル)� (百万ドル)�

(百万ドル)� (百万ドル)�

(百万ドル)�

1981�1984�1987�1990�1993�1996�1999�2002�

(年)�

1981�1983�1985�1987�1989�1991�1993�1995�1997�1999�2001�2003�(年)�

(年)� (年)�

1981 1983 1985 1987 1989 1991 1993 1995 1997 1999 2001 2003(年)�

技術貿易収支�

1981 1983 1985 1987 1989 1991 1993 1995 1997 1999 2001 2003(年)�

60,000�

50,000�

40,000�

30,000�

20,000�

10,000�

0

25,000�

20,000�

15,000�

10,000�

5,000�

0

35,000�

30,000�

25,000�

20,000�

15,000�

10,000�

5,000�

0�

-5,000�

-10,000

6,000�

5,000�

4,000�

3,000�

2,000�

1,000�

0

5,000�

4,000�

3,000�

2,000�

1,000�

0

受取(1)�

支払(1)�

受取(2)�

支払(2)�

米国�日本�イギリス �

韓国�

ドイツ�フランス �オランダ�カナダ�

ベルギー�

中国�韓国�オランダ�フランス�スペイン�イタリア�オーストラリア�オーストリア�ブラジル�ロシア�

米国�

日本�アイルランド�

カナダ�シンガポール�ドイツ�イギリス�

日本�韓国�中国�

米国�イギリス�

フランス�ドイツ�カナダ�シンガポール�

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図4 日米の技術貿易収支

調査の対象については,日銀統計では,500万円以上の技術貿易を行ったすべての

居住者の受取額と支払額を集計した全数調査であるのに対して,総務庁統計は,抽出

調査,アンケート調査であり,商社や小売等の一部業種,大学や研究機関を対象として

いない。また,技術貿易の範囲については,日銀統計では,特許やノウハウだけでな

く,商標までも含めた産業財産権と著作権に対する対価などが含まれる一方,プラン

ト輸出に伴うノウハウや技術指導などは貿易収支に含まれるため,技術貿易には計上

されない7)。さらに,総務庁統計は,1996年,2001年に調査対象業種が追加されたた

め,非連続的である。図3は,国際比較が可能で,多くの国のデータが得られる国際

収支ベースの技術貿易であり,図4は総務庁統計によるものとなっている。必要に応

じて使い分ける必要があるが,その中身が大きく異なるため,留意する必要がある8)。

第三に,クロスライセンスの場合,技術貿易の輸出入金額に反映されない点である。

すなわち,総務庁統計にしても日銀統計にしても,受取と支払を集計したものである

ため,対価が相互に相殺されるクロスライセンスは,その大きさが輸出額や輸入額と

して反映されない。産業によってはクロスライセンスが相当規模で活用されているが,

技術貿易統計ではその大きさは反映されず,したがって,この点では,技術貿易は技

術交流の大きさを過小評価していることになろう。

(3)特許出願

特許統計により,ハイテク貿易や技術貿易とは違った角度から見ていこう。企業が

― 7 ―

イノベーション活動グローバル化の構造と展開

親子以外�

親子会社間�

0�

5�

10�

15�

20�

25�

30� 1400�

1200�

1000�

800�

600�

400�

200�

0�

-2001987�1988�1989�1990�1991�1992�1993�1994�1995�1996�1997�1998�1999�2000�2001�2002�2003� 2001 2002 2003 2004

(10億ドル)� (10億円)�

親子会社間�

(資料)NSF, Science and Engineering Indicators 2006 Vol.2,    Appendix Table 6-7より作成。�

(資料)総務庁統計局『科学技術�    研究調査報告』より作成。�

(1)米国の技術貿易収支� (2)日本の技術貿易収支�

親子以外�↑�

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イノベーションの成果を国外で活用しようとした場合,外国での特許取得が重要な役

割を果たす。すなわち,特許の権利は各国が独自に定めた特許法により保護され,権

利の効力の範囲は特許を取得した国に限定されるため,イノベーティブな財を輸出し

たり海外生産したりしようとする場合,あるいは技術知識を海外にライセンスしよう

とする場合には,他の模倣を防ぐため,外国に特許出願する必要がある。したがって,

ある国の対外出願動向は,当該国企業がどれほど海外で自らの 技術を活用しようとし

ているのかを示す一つの指標となろう。

図5 世界の特許出願件数の推移

上の図5は,1985年以降の世界全体(WIPO加盟国)の出願数の総計の推移を,国

内からの出願(居住者出願)と外国からの出願(非居住者出願)に分けて示したもので

ある。1985年には国内からの出願が 67万件,外国からの出願が 53万件であり,外国

からの出願の方が少なかった。89年に逆転し,国内からの出願が73万件,外国からの

出願が80万件となる。その後,外国からの出願は急伸し,95年に207万件,2000年に

867万件,2002年には1,278万件である。一方,国内からの出願は,緩やかながら増加

を続け,95年に 72万件,2,000年に 92万件,2002年には 94万件となっている。95年

以降の外国人出願の年平均増加率は 29.7%,国内出願のそれは 3.9%であり,世界的

な特許出願の急増は,外国人出願の急増,すなわち,一つの発明がますます多くの国

に出願されるようになったためといえる。単純計算すれば,一つの特許が平均13.6ヶ

国に出願されていることになる。こうした国境を越えた特許出願の急増は,企業がよ

り多くの国で自らの技術の権利化を進め,保護を求めるようになってきていることを

― 8 ―

山 口 直 樹

(年)�

(万件)�

外国からの出願�

(資料)『科学技術指標(2006年改訂版)』p.305より作成。

1600�

1400�

1200�

1000�

800�

600�

400�

200�

01985� 1987� 1989 1991 1993 1995 1997 1999 2001

国内からの出願�

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意味し,技術知識利用のグローバル化の急速な進展を示すものといえるであろう。

ただし,ここでの外国人出願の出願数はPCT(特許協力条約)出願による指定件数

を含んだものである。図5で示されている外国人出願の急増は,従来のパリルートに

よる出願から,低いコストで多数の国に出願できるPCT出願の利用が促進され,対

外出願のPCT出願(国際出願)への転換が進んだことが背景にあろう。PCTは国際

出願の促進のための様々な施策を行うなどの努力をしてきている。また,1995年の

TRIPs協定の成立や途上国の経済発展などによる途上国での特許保護のニーズの高

まりも,対外出願数を大きく引き上げた。このように,外国人出願数の急増には,制

度的な要因も含めて,多くの要因を含んでおり,技術利用のグローバル化がどの程度

進んだかについては,必ずしも数字通りには解釈できないことに注意したい9)。

表1 特許出願の国際化

(資料)特許庁『特許行政年次報告書』,『特許庁年報』各年版より作成。

― 9 ―

イノベーション活動グローバル化の構造と展開

対外国出願/対自国出願(倍) 外国人出願/全出願(%)

1989 1996 2002 1989 1996 2002

オーストリア 3.5 7.5 22.5 97 99

オーストラリア 1.8 7.0 20.2 73 79 90

ベルギー 7.4 15.8 47.1 98 98 99

カ ナ ダ 2.4 19.2 44.3 91 93 95

ス イ ス 7.3 36.0 91 94 97

中  国 0.7 3.2 78 78

ド イ ツ 3.9 4.5 18.2 64 63 74

デンマーク 7.4 18.7 30.9 90 97 98

スペイン 6.1 6.0 18.7 93 97 98

フランス 4.4 6.7 26.0 82 83 88

イギリス 3.0 9.0 23.4 76 80 88

イタリア 5.7 63.1 89 98

日  本 0.4 0.6 3.4 11 15 24

韓  国 0.3 4.2 40 62

オランダ 7.8 16.6 38.4 94 93 95

ロ シ ア 0.8 5.0 61 80

スウェーデン 5.3 15.1 1.8 92 92 96

米  国 2.7 10.2 26.6 49 50 48

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表2 出願増加率(1996-2002年,年平均)

(資料)表1と同じ。

次に,表1により,国ごとの特徴を確認しておこう。最初に全出願に占める外国人

出願の比率である。これは,国内で活用される(見込みのある)技術(発明)がどれ

だけ外国人によって保有されているかを示すものと考えることができる。EU諸国は

もともと高く,89年時点で9割を超える国が多いが,活発な研究開発活動を背景に国

内からの出願の多い国ほど外国人出願比率は低くなる。EUで特許出願数の最も多い

ドイツが,外国人出願比率がEU諸国のなかで最も低く,89年に 64%,2002年には

74%であった。米国は50%前後で安定的に推移していることが分かる。一方,日本は

外国人出願比率が極端に低いが,これには日本国内の多出願構造が背景にあろう。

次に,外国への出願数を自国での出願数で割った対外出願倍率である。これは自国

からの出願がどれくらいの国に保護を求めて外国出願されているのかを示すものと考

えることができる。これについても,EU諸国はもともと高く,また,96年,2002年

とその倍率を高めてきている。89年時点で対外出願倍率が高い国は,ベルギー,スイス,

― 10 ―

山 口 直 樹

対自国出願 外国人出願 全出願 対外国出願

オーストリア 4.8% 22.0% 21.6% 25.7%

オーストラリア 2.8% 18.9% 16.3% 22.7%

ベルギー 7.7% 18.2% 18.0% 29.2%

カ ナ ダ 10.2% 14.3% 14.0% 26.7%

ス イ ス 7.4% 21.6% 20.9% 26.6%

中  国 22.9% 22.8% 22.9% 58.9%

ド イ ツ 6.0% 15.2% 12.3% 33.8%

デンマーク 7.9% 23.0% 22.7% 17.3%

スペイン 8.3% 20.7% 20.4% 30.7%

フランス 4.3% 11.9% 10.8% 30.6%

イギリス 4.9% 15.8% 14.1% 22.2%

イタリア -12.1% 14.2% 12.5% 31.2%

日  本 1.4% 11.4% 3.3% 36.8%

韓  国 2.0% 18.6% 10.2% 58.0%

オランダ 7.4% 16.9% 16.4% 23.5%

ロ シ ア -10.3% 22.8% 17.3% 22.2%

スウェーデン 74.3% 21.6% 20.6% 22.1%

米  国 10.0% 8.6% 9.3% 29.2%

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デンマーク,オランダといった研究開発活動の活発な小国であり,これらの国々はい

ち早く技術活用のグローバル化を進めてきていたといえよう。米国の対外出願倍率は,

1989年には2.7であったが,96年には10.2と大きく伸ばしており,この期間の増加率

は各国のなかで最も高い。90年代前半に米国がいち早く対外出願を大きく伸ばし,90

年代後半以降,その他の国々が対外出願を増やしてきたといえるであろう。日本は

1989年に0.4,96年でも0.6と,極端に低く,国内出願偏重であったが,その後,対外

出願増加基調を強めた。

表2には,1996年から2002年までの対外出願の年平均増加率を示してある。ほとん

どの国が年率20%を超える増加を示しており,世界的に,多くの企業が広く世界各国

において技術の権利化を押し進めている様子が示されている。なかでも,中国

(58.9%),韓国(58.0%),日本(36.8%)の東アジア3カ国の伸びが目立って大きい

ことが注目される。

2.グローバルなイノベーションの創出

(1)研究開発

イノベーション創出のグローバル化について,研究開発活動のインプット系の代表

的な指標である研究開発支出により見ていこう。

最初に,一国内の研究開発がその国に存在する外国企業の子会社によってどの程度

行われているのかについて見てみる。OECD諸国全体で見ると,民間企業の研究開

発支出全体に占める外国企業子会社の研究開発支出のシェアは,2001年において16%

である 10)。図6は,1981年から2003年までの推移を国別に見たものである。データの

欠落が多いが,1981年においてすべての国で10%以下であり,日本は0.1%ときわめ

て低い値であった。その後,すべての国でシェアを高めてきており,2003年には,ア

イルランドの72.1%を筆頭に,ベルギーの57.1%,イギリスの45%が続き,20%から

40%のあいだにカナダ(34.9%),イタリア(32.1%),オランダ(31.3%),ドイツ

(26.7%),フランス(22.6%)がある。米国は14.5%,日本は4.3%であった。国によ

ってそのシェアには大きな違いがあるが,1998年と比較して,スペインを除くすべて

の国で,外国企業子会社による研究開発支出の伸びは,国内企業のそれを上回ってお

り,各国内における外国企業子会社による研究開発活動のプレゼンスが高まってきて

いることが分かる。各国における外国子会社の研究開発支出額は,1998年から2003年

で,日本やスウェーデンで3倍以上,ドイツ,イギリスでは2倍程度増加した 11)。

― 11 ―

イノベーション活動グローバル化の構造と展開

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図6 各国内での外国子会社によるR&D支出のシェア

図7 日本の製造業の現地法人研究開発費および

1社あたりの地域別研究開発費の推移

― 12 ―

山 口 直 樹

(年)�

(%)�

80�

70�

60�

50�

40�

30�

20�

10�

02003�1998�1990�1981�

(注)1998年のドイツ,アイルランド,スペインは1999年,2003年のオランダは2002年の数値である。(資料)1981, 1990年はNSB(2004),1998,2003年はOECD(2006)より作成。

アイルランド�

ベルギー�

イギリス�

カナダ�イタリア�オランダ�ドイツ�スペイン�フランス�

米国�フィンランド�

日本�

(年度)�

(百万円)� (億円)�

北米�

総額�

(資料)経済産業省『海外事業活動基本調査』各年版より作成。�

ヨーロッパ�アジア�

1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004

1,000�900�800�700�600�500�400�300�200�100�0

4,500�

4,000�

3,500�

3,000�

2,500�

2,000�

1,500�

1,000�

500�

0

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一方,金額ベースで見ると 12),米国において支出された外国企業子会社の研究開発

費は,2003年に 295億ドルとずば抜けて多く,OECD諸国全体での外国子会社の研

究開発支出706億ドルの 41.8%を占めている。2位はドイツの 101億ドル,3位はイ

ギリスの98億ドルとなっている。次いで,フランスの54億ドル,日本の36億ドルが

続く。上位3カ国でOECD諸国全体の70%,上位5カ国で83%を占めることになり,

外国企業の研究開発は特定国に集中して立地していることが分かる。ただし,1995年

には,米国が全体の51.7%を占めていたなど,集中化は進展しておらず,むしろ分散

化が進行していると考えることができる。

一方,各国の多国籍企業が海外でどの程度,研究開発活動を行っているかについて

は,データの得られる国は少ない。多くの国では,国境内で行われた研究開発を調査

の対象としているためである。データの得られるスイス,スウェーデン,フィンラン

ド,ドイツ,米国,日本について見てみると,各国の国内研究開発支出総額と比較し

た当該国多国籍企業の海外での研究開発支出の大きさは,高い順に,スイスの124%,

スウェーデンの 43%,フィンランドの 26%,ドイツの 25%,米国の 11%,日本の

2.5%となっている 13)。スイスの多国籍企業は,自国内での研究開発を上回る規模で海

外での研究開発を行っている。一方,日本の多国籍企業の海外での研究開発活動は非

常に低い水準にあることが分かる。

より詳細なデータが入手可能な日米の多国籍企業の海外での研究開発動向につい

て,もう少し詳細に見てみよう。米国については 14),1994年と2002年における米国多

国籍企業の海外子会社(majority-owned foreign affiliatesのみ)による研究開発支

出は,119億ドルから212億ドルと,8年で約1.8倍と大きく伸びている。地域/国別

に見てみると,1994年には,他の先進国での研究開発支出が全体の92.4%を占め,全

体の約7割がEUであった。2002年になると,先進国のシェアは84.4%に8ポイント

低下し,発展途上国での研究開発のシェアを高めている。国別のシェアでは,高い順

に,EUの 58.8%,カナダの 11.1%,日本の 6.8%,イスラエルの 4.2%,中国の

3.1%,シンガポールの2.8%である。インドは0.4%と低い。

日本については,海外に現地法人を有する企業を対象とする経済産業省『海外事業

活動基本調査』がある。これによれば,日本企業の海外現地法人 15)による研究開発費

は,1996年度の 2,057億円から 2004年度には 4,210億円と8年で倍増した。地域別に

見ると,2000年度以降,北米およびヨーロッパでの1社あたりの研究開発費は,増減

を繰り返していることが分かる。アジアについては,2004年度に前年度比56.9%増の

1億6千万円となっている。

図8は,日本,米国,EU15の多国籍企業による三極間の研究開発投資フローにつ

いて見たものである。EU多国籍企業は米国に175億ドルの,そして,米国多国籍企

業はEUに129億ドル(米国企業の海外研究開発投資の61%に相当)もの研究開発投

― 13 ―

イノベーション活動グローバル化の構造と展開

Page 14: イノベーション活動グローバル化の構造と展開 - …...用」(global exploitation of innovation)と呼んでおこう。この分類に属するイノベーション活動グローバル化には,新たに生み出された技術知

資を行っており,米欧間の研究開発における相互交流が進展していることが分かる。

一方,日本についてみると,欧米の多国籍企業による日本に対する研究開発投資は,

それぞれ22億,15億ドルにとどまっている。同様に,日本の多国籍企業による欧米で

の研究開発投資についても,EU15において6億ドル,米国で10億ドル程度とさらに

少なく,欧米間での相互交流と比較して,日本企業の欧米諸国での研究開発,および

日本国内での欧米多国籍企業の研究開発は非常に低い水準にとどまっている。

図8 三極間のR&Dフロー(2002年,百万ドル)

次に,研究開発費とは別の指標により,多国籍企業の海外での研究開発活動につい

て確認しておこう。

次の表3は,イギリスのOCO Consulting 社のLOCO-monitorデータベースによる

グリーンフィールドFDIによるR&Dプロジェクト件数をまとめたものである 16)。こ

れによると,海外研究開発拠点への新規投資プロジェクトは合計1,773件であったが

(2002-2004年),投資国の 91%が先進国,ホスト国の 62%が途上国となっている。

最も多い組み合わせは,先進国が途上国に研究開発拠点を設置するプロジェクトであ

り,全体の56%にあたる993件となっている。一方,先進国が他の先進国に投資する

という伝統的なパターンは612件であり,全体の1/3程度にとどまっている。

表3 R&DグリーンフィールドFDIプロジェクト件数(2002-04年)

(注)表中の発展途上国には,南東ヨーロッパ,CISを含む。(資料)UNCTAD(2005)p.132より作成。

― 14 ―

山 口 直 樹

17,554�

12,941�

(出所)OECD(2006)p.123の図を修正。

720�

2,239� 1,452�

1,029�720�

2,239� 1,452�

1,029�

EU15 米 国�

日 本

投資国ホスト国

先進国 途上国

先 進 国 612 993

発展途上国 66 102

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以上のデータは,今後も多国籍企業による海外での研究開発が進展していくこと,

また,特に,発展途上国での研究開発を拡大させていくことを示唆するものであるが,

このことはUNCTADにより行われたサーベイにより確認できる。UNCTADが主

要な多国籍企業 17)に対して2004年に行ったサーベイによると,2005年から2009年ま

での間での海外拠点における研究開発の今後の見込みとして,減少させるとした企業

は全体の2%にすぎず,回答企業の69%が増加,29%が現状維持としており,企業の

海外での研究開発意欲が非常に高いことが示されている。立地については,有望な立

地として,中国(回答企業の 61.8%),米国(41.2%),インド(29.4%),日本

(14.7%),イギリス(13.2%),ロシア(10.3%),フランス(8.87%),ドイツ(5.9%),

オランダ(4.4%),カナダ(4.4%),シンガポール(4.4%),台湾(4.4%)が挙げら

れている。多国籍企業の海外研究開発拠点がいままでの欧米集中から,世界のより広

い地域,とりわけ中国,インドを中心とする発展途上地域に拡大する傾向は今後も続

くと予想される 18)。

(2)特許データによる研究開発の国際化

技術知識,あるいは研究開発活動の成果を測定しようとした場合,多くの困難を伴

う。研究開発活動やイノベーションの指標として,従来,研究開発費が多く用いられて

きた。しかしながら,研究開発費は研究開発活動のインプットを測定する指標に過ぎ

ず,研究開発活動の成果を測定するためには,別の指標が必要である。他の指標とし

て,研究者数の他,アウトプット系の指標として,特許,論文数,技術貿易,ハイテ

ク製品貿易などがしばしば用いられてきた。

様々なイノベーションの指標のなかで,特許データは技術知識に関する様々な情報を

体系的にもっており,そこから生まれる指標は,他では得られない貴重な情報源とな

る。世界全体で年間100万件以上が出願される特許のそれぞれには,出願日や優先日,

発明者名とその住所,出願者とその住所,国際特許分類などの書誌的事項の他,特許

請求の範囲(クレーム),明細,要約,図面,引用情報(先行文献や引用文献),国際出

願日や指定国,パテントファミリー,審査請求や特許付与などの経過情報といった,き

わめて多彩な内容が含まれており,これらは体系的にデータベース化されている 19)。

豊富な内容をもつ特許データであるが,マクロ的なイノベーション活動の指標として

利用しようとする場合,いくつかの欠点があり,注意が必要である。第一に,すべての

研究開発の成果が特許出願されるわけではない。秘匿され,企業内にトレード・シーク

レットとして保持されるものもあろう。また,産業ごとに特許性向が大きく異なるこ

とも知られている。逆に,出願された特許がすべてイノベーションを導くものでなく,

各特許の価値は玉石混淆である。第二に,国際比較を行おうとした場合,どこの国に

― 15 ―

イノベーション活動グローバル化の構造と展開

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出願されたものを採用すべきかという問題がある。どの国も,自国からの出願が最も多

く,その国を過大評価することになる(ホーム・アドバンテージ効果と呼ばれる)。また,

属地主義のもとで,特許制度は国ごとに構築され,運用されているため,制度の違いも

その国の出願動向を大きく異なったものにする。制度の改正や運用の変化もそれに大

きな影響を与えよう。こうした問題点に留意し,また,コントロールする必要がある。

以下では,OECDのデータベースから得られたデータを中心にして,研究開発活

動のグローバル化の構造変化について見ていきたい。

通常,企業の従業員が職務発明を行った場合,出願人はその企業である。米国の場

合,発明者が出願人とならなければならないので,企業は譲受人である。特許データ

には発明者,出願人の住所が含まれるため,海外(海外子会社など)で行われた発明

を確認することができる。例えば,日本企業の海外子会社で行われた発明は,出願人

(あるいは譲受人)の国は日本,発明者の国は外国になるであろう。また,外国に外注

(委託)した研究開発の成果も,このケースに含まれよう。

こうした方法で研究開発の国際化についてみたものが図9である。図中の「国内発

明・外国保有」とは,各国からEPO(European Patent Office,欧州特許庁)に出願

されたすべての特許 20)のうち,当該国居住者による発明が外国企業によって出願(保

有)されている割合を示している。また,「外国発明・国内保有」は当該国企業が出

願した特許のうち,外国居住者の発明に基づいて出願されたものの割合を示している。

すなわち,「国内発明・外国保有」はその国でどれだけ外国企業の研究開発活動が行

われているかという国の研究開発活動の国際化の度合いを,また,「外国発明・国内

保有」は,その国の企業がどれだけ多く外国で研究開発活動を行っているかという当

該国多国籍企業の研究開発国際化の指標とみなすことができるであろう。

最初に,国内発明・外国保有について,世界的な傾向を見てみると,EPOに出願

されたすべての特許のうち,外国人(外国居住者)により出願・保有される発明の割

合は,1981年に8.7%,1991年に10.7%,2001年に16.1%,2003年に16.6%と着実な

高まりを見せており,特に90年代にそのシェアを大きく高めたといえる。図9により

国別に見てみると(2003年),ロシアが 64.9%と最も高く,シンガポールの 49.8%,

中国の46.8%,ベルギーの46.5%,インドの40.7%が続く。英国,カナダ,アイルラ

ンド,オーストリア,ブラジル,スペインでも,国内発明の30%以上が外国企業保有

となっている。ロシアや中国,インドといった新興国で高くなっているのが特徴であ

り,これらの国々で多国籍企業が積極的に研究開発活動を行った成果が表れているも

のと考えられる。また,主要先進国では,英国やカナダといった,対内直接投資を積

極的に受け入れてきた国で高くなっている。一方,日本は非常に低く,他の主要国と

比較して,国内での外国企業による研究開発活動が不活発である。この背景には,日

本の対内直接投資が世界的に低い水準にあることがあろう。

― 16 ―

山 口 直 樹

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図9 EPO出願特許の発明と保有の国際化(全出願に対する割合)

表4は「国内発明・外国保有特許」の件数について,日米EU15の三極と主要な発

展途上国についてみたものである。世界的に見れば,日米欧の三極,とりわけ米欧間

で相互に研究開発拠点を乗り入れ,その成果を特許出願している。推移を見ると,発

展途上国において,「国内発明・外国保有」特許のシェアを低下させている国も多い

ものの,そのような国ほど件数ベースでは,外国保有となる発明の出願が大きく伸び

ている。このことは,中国,インドなどにおいて,国内の技術能力が高まり,国内に

存在する外国企業のみならず,自国企業における研究開発の成果が特許出願として結

実する程度にまで高まってきたことを意味しよう。2003年において,米国は中国での

発明を166件,インドでの発明を155件,また,EU15は中国での発明を163件,イン

ドでの発明を 65件特許出願している。その一方で,日本は,中国での発明13件,イ

ンドでの発明4件のみにとどまっているなど,欧米諸国と比較して,途上国での発明

の出願が一部の国を除いて非常に少ないことが分かる。

― 17 ―

イノベーション活動グローバル化の構造と展開

(%)�

75�

60�

45�

30�

15�

0日 本�

韓 国�

イタリア�

スペイン�

ブラジル�

EU15�

インド�

オーストラリア�

ドイツ�

ニュージーランド�

ノルウェー�

ロシア�

台 湾�

世 界�

中 国�

米 国�

イギリス�

デンマーク�

フランス�

カナダ�

フィンランド�

オーストリア�

シンガポール�

スウェーデン�

ベルギー�

オランダ�

アイルランド�

スイス�

89.2�

外国発明国内保有 2003国内発明外国保有 2003�外国発明国内保有 1991�国内発明外国保有 1991

(注)1.ブラジルの1991年の外国発明国内所有の数値は1992年のものである。�   2.EU15はEU15域内を国内,域外を外国とみなした数値である。�(資料)OECDデータベース(OECD. Stat)より作成。�

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表4 国内発明・外国保有特許の件数とシェアの推移(EPO出願)

(注)シェアは全出願に占める国内発明・外国保有特許のシェアである。(資料)OECDデータベースより作成。

次に,外国発明・国内保有について見てみよう。この指標は各国企業が外国で行っ

た研究開発活動が国内での研究開発活動と比較してどの程度かを示している。国別に

見ると,スイスが51%で最も高く,アイルランド,オランダ,ベルギー,スウェーデン,

シンガポール,オーストリア,フィンランドと続き,ヨーロッパの開放的な小国が高い

値を示していることが分かる。これらの国々の企業は,国内における研究開発資源の

制約から,外国に研究開発活動の拠点を求め,海外での研究開発活動を積極的に行っ

てきたものと考えられる。中国は17.5%であり,グラフには表れていないが,近年に

なって低下傾向にある。米国は,国内での研究開発規模が大きいため,17.7%となっ

ているが,件数ベースでは 5,683件とずば抜けて多く,米国多国籍企業が世界各国で

― 18 ―

山 口 直 樹

1991年 1997年 2003年 うち保有国

% % % 米国 EU15 日本

米   国 1,374 7.6 2,782 10.3 4,444 13.5 - 2,656 456

E U 15 2,158 7.9 4,504 10.7 6,093 11.6 3,627 - 379

日   本 390 3.3 638 4.2 761 3.6 391 300 -

台   湾 13 9.6 36 22.0 92 16.8 40 19 7

韓   国 13 7.3 57 8.5 126 4.0 62 35 18

中   国 18 48.6 73 57.5 442 46.9 166 163 13

シンガポール 33 89.2 65 65.7 135 49.8 41 65 22

イ ン ド 16 72.7 39 48.8 244 40.7 155 58 4

マレーシア 4 50.0 9 60.0 41 68.3 10 23 0

ト ル コ 4 57.1 12 48.0 29 28.7 16 11 0

タ イ 3 75.0 10 90.9 21 84.0 6 13 1

ブ ラ ジ ル 14 40.0 42 40.0 70 34.5 21 44 0

メ キ シ コ 5 33.3 28 50.9 40 48.2 23 11 0

アルゼンチン 6 37.5 18 50.0 38 67.9 13 17 0

ロ シ ア 51 51.5 153 71.2 179 64.9 57 74 13

ウクライナ 15 88.2 19 86.4 24 66.7 10 6 0

南アフリカ 26 35.6 69 46.0 41 27.3 13 23 0

世   界 6,448 10.7 12,516 14.2 19,220 16.6 5,683 9,553 926

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活発な研究開発活動を行い,その成果を特許出願していることがわかる。一方,日本

は,この値も非常に低いものとなっている。

図10 外国発明特許の流れ

(資料)OECD統計データベースより作成。

上の図10は,外国での発明が出願される場合について,どの国での発明が,どの国

から出願されているかを見るためのものである。日米欧の三極とそれ以外の4つの

国/地域に分け,矢印は発明国から特許の出願・保有国に向かって示してある。また,

EU15は一つの国とみなし,域外での発明のみを外国発明として計算している。ここ

でも,EPOに出願された各国からのすべての出願のうち,発明者が外国居住者である

特許を対象としており,かっこ内には当該国からの出願に占める割合を示してある 21)。

1981年において,すでに米国は外国発明の出願が8.9%になっており,米国多国籍企

業は早い時期から相当規模で外国での研究開発活動を行っていたことが分かる。地域

別で見ると,欧州地域で行われた発明を米国多国籍企業が出願するケースが多くを占

めていた。その後,1991年,1997年,2003年と,三極とも外国発明出願のシェアを高

めてきたことが見て取れる。欧米間の相互交流が全期間を通じて高い。1997年から

― 19 ―

イノベーション活動グローバル化の構造と展開

999

300300381381

1609 1609 1609 16211621

456 456 391391

89

EU15 (9.1%)�

EU15 (7.0%)�

EU15 (5.3%)�

EU15 (3.4%)�

米 国�(17.8%)�

米 国�(15.5%)�

米 国�(11.0%)�

米 国�(8.9%)�

2656

3671

2003年� 1991年�

その他�

(4.4%)�

日 本

29

423 458 423 458

105 105 104104

その他�

(2.8%)�

日 本

5

その他�

(1.2%)�

日 本

1300

850

198 198

266 266

1997年 1981年

その他�

(3.0%)�

日 本

2942

1666 927 838

171

172 410

333

927 838

171

172 85410

333

296

561

38 38

172 172 104104

26

30

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2003年の変化で注目されるのは,その他地域での発明が欧米企業により出願された件

数が大きく伸びている点である。欧米企業の研究開発拠点が三極から他地域,特に中

国をはじめとする発展途上国へと拡大しているためと考えられ,それらの国の研究開

発拠点において,特許となるような高度な研究開発が進められていることを示唆して

いる。対照的に,日本企業によるその他地域での発明の出願は,1997年に85件,2003

年に89件と件数が少ないだけでなく,ほとんど増加していない。日本企業の研究開発

のグローバル化が欧米諸国と比較して大きく立ち遅れているだけでなく,地域的な拡

大もみられないことを示している。

3.科学技術分野での国際協調

この分類には実に多様な形態の研究開発活動が含まれる。出資による企業間での合

弁による研究開発や契約による企業間の共同研究開発プロジェクト,航空機開発など

で見られるような巨大な共同研究開発から,科学技術者間の非公式な国境を越えた研

究交流まで,様々なものが含まれよう。こうした規模や形態の大きく異なる科学技術

分野での国際協調については,それぞれの価値や意味が大きく異なるため,全体像を

とらえ得るデータは得難く,国際比較可能な集計データは充分でない。以下では,入

手可能なデータをもとに,科学技術分野での国際協調の進展について見てみよう。

(1)戦略的技術提携

一つには,戦略的技術提携について,MERIT(Maastricht Economic Research

Institute on Innovation and Technology)によるデータベース(CATI-MERIT)か

らデータを得ることができる 22)。企業は,研究開発の不確実性の高まりを背景として,

リスクやコストを共有するためなどに,技術提携を積極的に行ってきた。図11は,日

本,米国,欧州,その他の4カ国(地域)間での国境を越えた技術提携の新規件数に

ついて,年代ごとに見たものである。欧米企業間の技術提携件数が最も大きく,大き

なシェアを占めており,90年代に大幅に増加しているのが分かる。日本については,

全体的に見ると減少傾向にあり,他国/地域とは逆の傾向を示している。日米企業間

の技術提携が最も多いが,年代を追うごとに減少している。日本,米国,欧州ともに,

その他地域との技術提携が増加傾向にあり,とりわけ2000年代に大きく増加している

ことが特徴的である。

― 20 ―

山 口 直 樹

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図11 国際的な戦略的技術提携の推移(新規件数,年平均)

(注)2000年代は,2000年から2003年までの年平均である。(資料)NSF, Science and Engineering Indicators 2006, Appendix Table 4-37より作成。

(2)特 許

次に,前節同様,特許統計を用いて他国との共同研究開発の状況を確認してみよう。

出願された特許に,複数の異なる国の発明者(共同発明者)がある場合には,国境を

越えた研究開発(発明)が行われていたとみなすことができる。ここでは,EPOに

出願されたすべての特許のうち,出願人の国以外に,一人以上の外国人の共同発明者

をもつ特許をカウントすることで,特許出願された発明のどの程度が,外国人との共

同研究開発によるものかを見てみる。

全出願のうち外国人の共同発明者をもつ特許の割合は,世界全体では,81年に

2.2%,91年に 3.9%,2001年には 7.1%となっている。国際共同発明は着実に高まっ

てきており,研究者・技術者が国境を越えて研究開発を進めてきていることが分かる。

ただし,2003年には,その割合は6.9%と若干下げている。

図12は,外国人共同発明者をもつ特許が,全出願のどの程度の割合を占めているか

を出願人の国ごとに見たものである。ロシアが最も高く,46.4%となっており,次い

で,シンガポール(36.5%),ベルギー(35.7%),スイス(32.0%),アイルランド

(31.5%),インド(31.4%),カナダ(28.6%),中国(26.3%),ブラジル(24.1%),

オーストリア(23.5%)と続く。上位10カ国のうち半分が発展途上国であり,ロシア

からの出願の半数近くが,中国からの出願の四分の一以上が外国人との共同研究開発

― 21 ―

イノベーション活動グローバル化の構造と展開

(件数)�

80年代�90年代�2000年代�

米-欧� 日-米� 日-欧� 米-その他� 欧-その他� 日-その他�

150

120

90

60

30

0

Page 22: イノベーション活動グローバル化の構造と展開 - …...用」(global exploitation of innovation)と呼んでおこう。この分類に属するイノベーション活動グローバル化には,新たに生み出された技術知

の成果である。その他の上位国は欧州の小国4カ国とカナダである。これらの国々で

は,研究開発の国際的なコラボレーションが大きく進展していると考えることができ

るであろう。

図12 国際共同発明特許の割合(2003年)

次の図13は,地域別に1988年,1996年,2003年の推移を見たものである。アジア4

は2003年において出願の多かった,韓国,中国,台湾,シンガポールの4カ国であり,

EU15については域外のみを外国とみなしている。件数ベースで見ると,アジア4の

伸びが目立って大きく,1988年の208件から2003年には4,994件と,この15年間で24

倍になった。シェアで見ると,1996年の20.4%から2003年には11.2%と大きく低下し

ている。これは自国の発明者のみの出願が急増していることを意味し,これらの国々

の技術的能力の高まりを反映したものと考えられる。米国,EU15については,件数,

シェアともに着実な増加傾向を示しており,件数では,2003年に米国が3,922件,EU

15が4,058件である。一方,日本は,件数ベースでは増加傾向にあるものの,全出願

に占めるシェアは 2.7%程度であり,この値は米国,EU15,アジア4といった他

国/地域と比較して非常に低い水準である。また,2003年と1996年とは同じ値であり,

外国人との共同発明が近年になっても進展していないことを示している。

― 22 ―

山 口 直 樹

(%)�50�

40�

30�

20�

10�

0日本�

韓国�

世界�

EU15��

イタリア�

台湾�

米国�

フィンランド�

ドイツ�

イスラエル�

ノルウェー�

スウェーデン�

フランス�

デンマーク�

オランダ�

オーストラリア�

イギリス�

スペイン�

ニュージーランド�

オーストリア�

ブラジル�

中国�

カナダ�

インド�

アイルランド�

スイス�

ベルギー�

シンガポール�

ロシア�

(注) EU15は域外のみを外国とみなしている。�(資料)OECDデータベースより作成。�

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図13 地域別・国際共同発明特許の推移 

図14 地域別・国際共著論文の推移

(3)科学技術論文

次に,科学技術の成果を測定するもう一つの指標である科学技術論文を取り上げよ

う。特許の場合と同様に,外国人(正確には所属機関が外国の研究者)との共同執筆

論文を見ることで,科学技術研究の国際化を見てみる。図14は,国,年代等を図13と

同じになるようにして,各国(地域)の国際共著論文の本数と全論文数に対する割合

― 23 ―

イノベーション活動グローバル化の構造と展開

日本�

米国�

EU15

アジア4�

米国(シェア)�

EU15(シェア)�

日本(シェア)�

アジア4(シェア)�

(%)300,000�

250,000�

200,000�

150,000�

100,000�

50,000�

0

40�

35�

30�

25�

20�

15�

10�

5�

01988 1996 2003

(資料)NSB(2006)Appendix Table 5-47, 48, 49より作成。

(件)

(%)(件)

日本�

6,000�

5,000�

4,000�

3,000�

2,000�

1,000�

0

25�

20�

15�

10�

5�

0

(注) 1.アジア4とは,中国,シンガポール,韓国,台湾である。  2.EU15については,EU15域外のみを外国としている。

(資料)OECDデータベースより作成。�

1988 1996 2003

米国�

EU15

アジア4�

米国(シェア)�

EU15(シェア)�

日本(シェア)�

アジア4(シェア)�

Page 24: イノベーション活動グローバル化の構造と展開 - …...用」(global exploitation of innovation)と呼んでおこう。この分類に属するイノベーション活動グローバル化には,新たに生み出された技術知

を示したものである。ただし,データの制約から,EU15については,域外のみを外

国としている図13とは異なるため,注意が必要である。

特許の場合と比較すると,異なる傾向を示していることが分かる。件数,シェアとも

に,すべての国で高まっているとともに,2003年での各国(地域)のシェアを見てみ

ると,最も高いのはEU15であり,全論文の約36%が外国人との共著である。次いで,

アジア4の25%,米国の25%と続く。日本は最も低い21%であるが,前項でみた国際

共同発明と比較して各国との差はそれほど大きくなく,科学技術論文分野での研究の

国際化は日本を含めて世界的に着実に進展していると考えることができる。

1) Archibugi and Michie(1995)は,技術のグローバル化について,グローバルなイノベーショ

ンの活用(global exploitation of technology),グローバルなイノベーションの創出(global

generation of technology),グローバルな技術的コラボレーション(global technological

collaboration)という3種に分類している。

2) UNCTAD(2002)Chapter VIを参照。

3) 技術集約度による財の分類については,詳しくは,OECD(2005)pp.181-184を参照。

4) ここでは,日本については,親子会社とは出資比率が50%超の場合を指す。米国については,

親子会社とは,ある国に開業した会社が,直接または間接的に他の国に実在する会社によっ

て保有ないし株式の 10%以上を保有される場合を指す。『科学技術指標(2006年改訂版)』

p.317を参照。

5)『科学技術研究調査報告』(平成17年版)によれば,日本の技術輸出額1兆7,694億円のうち,

自動車が9,640億円と輸出額の54%を占め,また,自動車の技術輸出の91%にあたる8,752億

円は親子間取引である。次いで,情報通信機械器具の1,864億円(うち親子間は987億円),医

薬品の 1,820億円(同745億円),機械の 886億円(同626億円)と続いている。技術輸入につ

いては,最も多いのが情報通信機械器具の1,891億円であり,うち親子間は128億円であった。

6) 詳しくは,吉見(1993)を参照のこと。

7) 日銀統計には,必ずしも「技術」とはいえない商標権や著作権の使用料が含まれており,日

銀統計は技術貿易というよりもむしろ知的財産貿易といった方がふさわしいかもしれない。

日銀統計による技術輸出額は1兆7,717億ドル,技術輸入額は1兆5,248億ドルであった。一

方,総務省統計では,輸出が1兆7,694億円,輸入が5,676億円(2004年度)である。輸出額

― 24 ―

山 口 直 樹

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については大きく変わらないものの,輸入額については,日銀統計の技術輸入額が総務省統

計と比較して非常に大きくなっている。これは著作権使用料の支払が大きいためである。

8) 他国の技術貿易の定義も様々である。米国はロイヤルティとライセンスのみ,ドイツは技術

サービス,コンピュータサービス,産業分野の研究開発を含み,イギリスは1996年から特許,

発明,ライセンス,商標,意匠,技術に関連したサービス及び研究開発を含んだものを公表

している。

9) PCT出願は 2004年1月から指定国制度が廃止され,全加盟国にみなし指定されることに

なった。従って,今後は,指定件数ではなく国内出願段階に入った件数をカウントする他な

いが,その場合,データがそろうまでのタイム・ラグが大きくなる。

10) OECD(2005)p.121を参照。

11) M&Aによる研究開発拠点の外国企業への保有の移転による影響も大きいが,新規での研究

開発拠点の設立とM&Aを区別できる統計はない。

12) 以下のデータは,OECD(2006)を参照。

13) 以下のデータはOECD(2005b)pp.127-128による。

14) BEA, Survey of U.S. Direct Investment AbroadおよびNSF(2006)を参照。

15) 海外現地法人は,日本側出資比率が10%以上の外国法人(海外子会社),および日本側出資

比率が50%超の海外子会社が50%超の出資を行っている会社(海外孫会社)を指す。

16) UNCTAD(2005)pp.131-133を参照した。

17) 世界の多国籍企業のうち,研究開発支出の上位300社(発展途上国企業については上位700

社に入る企業)に対して行われた。回収率は22%で,68社から回答があったという。詳しく

は,UNCTAD(2005)p.124を参照。

18) UNCTAD(2005) pp.151-153を参照。

19) ただし,これらの特許データは,電子化され,利用しやすくなってきたものの,基本的にこ

のデータベースは先行技術調査などのために個別の特許を検索するためのものであり,統計

的用途のためには,多大なコストと時間をかけて編集する必要がある。この点については,

森藤(2002)を参照。しかしながら,米国では,NBER(National Bureau of Economic

Research)のHall et al(2001)により特許引用データベースが開発され,多くのイノベーショ

ン研究に利用されてきた。また,OECDにおいても特許統計のデータベースの整備が進めら

れている。さらに,日本でも特許データベースの開発が行われ,2005年末に公開されるなど,

統計用途に向いたデータベースが整備されつつある。我が国の特許データベースの開発や特

許データの利用について,詳しくは後藤・元橋(2005)を参照。

20) EPO出願のデータの他に,USPTO(米国特許商標庁)のものもあるが,出願ではなく,

付与データである。出願から付与までタイムラグがあるため,より新しいデータの得られる

EPO出願のデータで見ていく。両方とも類似の傾向を示しているが,米国及び日本の特許

数は,出願と付与の違いがあるにもかかわらず,EPO出願よりも多くなっている。

― 25 ―

イノベーション活動グローバル化の構造と展開

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21) 比較のため,USPTOにおいて付与された特許(優先日が1997年の出願)をベースにする

と以下のようである。

22) このデータは,NSF(2006)により集計され,公表されており,ここでもそれを参照した。

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― 26 ―

山 口 直 樹

161

EU15 (9.2%)�

米 国�(8.4%)�

4613

1997年(USPTO)�

その他�

(4.0%)�

日 本

168 256

673 2292

100835168 256

673 2292

100835

14781478

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イノベーション活動グローバル化の構造と展開