グローバル・コモンズのガバナンスが抱える難題 海洋と...

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グローバル・コモンズのガバナンスが抱える難題 31 グローバル ・コモンズのガバナンスが抱える難題 海洋とサイバー空間を事例として原田 有 はじめに 海、空、宇宙、サイバー空間は時に、グローバル・コモンズと総称される 1 。様々な行為者 の活動に欠かせないこれら空間は、自由かつ開放的であることに意義が見出される。他方、 安全保障や経済活動の基盤であるがゆえに、国家は一部の活動領域において排他的な権 益を追求し得る。いわば「自由・開放」と「囲い込み」の論理の緊張関係が存在し、両 者の調整は規範の醸成やルールの策定、すなわちレジームの形成によって図られるが、それ は容易い問題ではない。本稿では歴史の古い海洋と新出のサイバー空間の歴史的変遷を 追跡することで、異なる 2 つの論理が前者では調和され、後者では競合が増してきたこれま での過程を論考する。そして国際レジーム論の観点から両空間の特徴や差異を考察する。 グローバル・コモンズが一躍注目を集めた 1 つのきっかけは、2010 年に米国のバラク・オ バマ(Barack H. Obama)政権が発表した「4 年毎の国防計画の見直し(Quadrennial Defense Review: QDR)」にある。2010 年版 QDR では、空間の自由な利用が阻害され る懸念から、グローバル ・コモンズへの安全なアクセスを確保する必要性が指摘された 2 2014 年版 QDR になると一転してグローバル・コモンズへの言及は減ったが 3 、行為者にとっ て必要不可欠な空間における「自由・開放」と「囲い込み」の論理の緊張関係の調整は 依然として課題である。グローバル ・コモンズの用法には盛衰があるものの、分析概念とし ての重要性は失われていない。 グローバル ・コモンズに着目する分析視角には、幾つかの利点がある。1 つは国家間対 立の舞台の理解に資する点である。ある空間における国家間関係を考える上では、特定の 1 Abraham M. Denmark and James Mulvenon, Contested Commons: The Future of American Power in a Multipolar World, Denmark and Mulvenon, eds., Contested Commons: The Future of American Power in a Multipolar World, Center for New American Security [CNAS], January, 2010, pp. 5-47, <http://www.cnas. org/sites/default/files/publications-pdf/CNAS%20Contested%20Commons_1.pdf> accessed on August 21, 2015. 2 Department of Defense (DoD), Quadrennial Defense Review Report 2010, February, 2010, <http://www. defense.gov/Portals/1/features/defenseReviews/QDR/QDR_as_of_29JAN10_1600.pdf> accessed on October 28, 2015. 3 DoD, Quadrennial Defense Review Report 2014, March, 2014, <http://www.defense.gov/Portals/1/features/ defenseReviews/QDR/2014_Quadrennial_Defense_Review.pdf> accessed on October 28, 2015.

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グローバル・コモンズのガバナンスが抱える難題

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グローバル・コモンズのガバナンスが抱える難題 ―海洋とサイバー空間を事例として―

原田 有

はじめに

海、空、宇宙、サイバー空間は時に、グローバル・コモンズと総称される 1。様 な々行為者の活動に欠かせないこれら空間は、自由かつ開放的であることに意義が見出される。他方、安全保障や経済活動の基盤であるがゆえに、国家は一部の活動領域において排他的な権益を追求し得る。いわば「自由・開放」と「囲い込み」の論理の緊張関係が存在し、両者の調整は規範の醸成やルールの策定、すなわちレジームの形成によって図られるが、それは容易い問題ではない。本稿では歴史の古い海洋と新出のサイバー空間の歴史的変遷を追跡することで、異なる2つの論理が前者では調和され、後者では競合が増してきたこれまでの過程を論考する。そして国際レジーム論の観点から両空間の特徴や差異を考察する。グローバル・コモンズが一躍注目を集めた 1つのきっかけは、2010年に米国のバラク・オバマ(Barack H. Obama)政権が発表した「4年毎の国防計画の見直し(Quadrennial

Defense Review: QDR)」にある。2010年版 QDRでは、空間の自由な利用が阻害される懸念から、グローバル・コモンズへの安全なアクセスを確保する必要性が指摘された 2。2014年版 QDRになると一転してグローバル・コモンズへの言及は減ったが 3、行為者にとって必要不可欠な空間における「自由・開放」と「囲い込み」の論理の緊張関係の調整は依然として課題である。グローバル・コモンズの用法には盛衰があるものの、分析概念としての重要性は失われていない。グローバル・コモンズに着目する分析視角には、幾つかの利点がある。1つは国家間対立の舞台の理解に資する点である。ある空間における国家間関係を考える上では、特定の

1 Abraham M. Denmark and James Mulvenon, “Contested Commons: The Future of American Power in a Multipolar World,” Denmark and Mulvenon, eds., Contested Commons: The Future of American Power in a

Multipolar World, Center for New American Security [CNAS], January, 2010, pp. 5-47, <http://www.cnas.org/sites/default/files/publications-pdf/CNAS%20Contested%20Commons_1.pdf> accessed on August 21, 2015.

2 Department of Defense (DoD), Quadrennial Defense Review Report 2010, February, 2010, <http://www.defense.gov/Portals/1/features/defenseReviews/QDR/QDR_as_of_29JAN10_1600.pdf> accessed on October 28, 2015.

3 DoD, Quadrennial Defense Review Report 2014, March, 2014, <http://www.defense.gov/Portals/1/features/defenseReviews/QDR/2014_Quadrennial_Defense_Review.pdf> accessed on October 28, 2015.

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国家の政策やその時の国際・地域情勢はもとより、空間を律するレジームがどのように形成・変容し、それによって行為者の行動がいかに規定されるのかも重要な論点となる。2点目は、空間同士を比較する視点を得られるところにある。各空間は歴史、関与する行為者、適用される法やルールなどに違いがある一方で、異なる2つの論理の調整をどのように図るかという共通の課題も抱える。従って、ある空間での調整のプロセスは、他の空間を考察する際の参考になり得る。仮に同様の問題を抱えながらも空間によって異なったプロセスが存在している場合には、その差異をもたらす理由も研究に値しよう。3つ目は、レジーム論に寄与する点が挙げられる。グローバル・コモンズをめぐってはレジームの形成が志向され得るため、レジームの持続性や変化、その下での国家間関係の変動を考察するに適した事例群を提供する。本稿の構成は次の通りである。第 1節ではグローバル・コモンズの概念と国際レジーム論

を概説する。続く第 2節と3節ではそれぞれ、海洋とサイバー空間(インターネットガバナンス)を事例に、「自由・開放」と「囲い込み」の論理の緊張関係をめぐる歴史的変遷を追跡する。その上で国際レジーム論の観点から考察を加え、海洋とサイバー空間の比較を通じて得られる知見を述べてまとめとする。

1 グローバル・コモンズに欠かせないレジーム

(1)グローバル・コモンズとは我が国ではしばしばグローバル・コモンズは、国際公共財と訳出される 4。そもそも公共財

は私的財と対置され、コストを負担せずとも財・サービスの利用が可能であり(非排除性)、ある行為者が財・サービスを利用することで他者の利用が妨げられることもない(非競合性)点を特徴とする。この 2つの特性が同時に満たされる場合には純粋公共財となり、部分的に満たされる場合には準公共財となる5。公共財から生じる便益が国際社会の広範囲に及ぶ場合、そのような財・サービスは国際公共財と位置付けられる。こうした定義に照らすと、「公共財」と位置付けられるグローバル・コモンズも状況によってはその性質が変わり得ると解せる。ヒト・モノ・情報の自由かつ開放的な流動性が重視されれば公共財としての純度は高まり、対照的に国家の安全保障や経済的利益が優先されることで排除性や競合性が高まれば私的財の性格を強く帯びるようになる。従って「自由・開放」と「囲い込み」の論理の調整がいかに図られるのかは、空間の特徴を決める要点となる。

4 国家安全保障会議「国家安全保障戦略」内閣官房、2013年 12月(7頁)、<http://www.cas.go.jp/jp/siryou/131217anzenhoshou/nss-j.pdf> 2015年 8月 21日アクセス。

5 なお準公共財は、排除可能・非競合である場合にはクラブ財へ、非排除・競合の場合にはコモンプール財へと細分化される。

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しかし、両者の調整は自然発生的に生じない。むしろ、ギャレット・ハーディン(Garrett

Hardin)の議論によれば「囲い込み」がより生じ易い。ハーディンは「共有地の悲劇」の中で、効用の最大化を図ろうとする行為者の自由な行動は破滅をもたらすと論じ、共有地からの恩恵を得続けるためには行為者が相互に抑制する必要があることを指摘した6。この議論から類推すると、グローバル・コモンズでは国家の利益に資するような空間の「囲い込み」が優先される可能性がある。「共有地の悲劇」を克服するための方策として、これまでの研究では幾つかの潜在的な解決策が指摘されてきた。例えば、中央権力者による統制、価値や責任を共有する少数グループによる統制などである 7。しかし国際政治に中央権力者は存在せず、空間の利用者を少数グループに限定することも困難である。そこで、問題を克服するための現実的な選択肢となるのが、空間の利用をめぐる規範の醸成やルールの策定、すなわち国際レジームの形成である。次にグローバル・コモンズに関する先行研究をみてみたい。グローバル・コモンズはこれ

までにも、しばしば研究の対象とされてきた。もっとも各空間は独自の歴史、特性を有しているため、それらを1つの概念で括って議論するのではなく、個別に研究することに重きが置かれる場合もある。他方で研究者の中には、空間の共通性に着目し、グローバル・コモンズを分析概念に据えることに積極的な意義を見出す立場も存在する。先行研究ではグローバル・コモンズに関して、幾つかの特徴が指摘されている。例えば「開放性、連結性、非対称性」である 8。共有部分における自由なアクセス(開放性)、行為者間を繋げる社会インフラとしての役割(連結性)、相対的に劣勢な立場にある行為者の動向がもたらす影響(非対称性)を各空間は共有しているとされる。あるいは別の研究では各空間の共通点として、単一の行為者によって統御されていない、空間が部分的ではなく一体的に扱われることで効用が最大化される、技術的能力を有している国家・非国家主体による利用が可能で、場合によってはそれら行為者間の争いの場となることが挙げられている 9。こうした指摘から分かるように、グローバル・コモンズにはまだ明確な定義はなく、統一的な見方が存在しているとも言い難い。しかしいずれの議論の要点も、多様な行為者にとって欠かせず、自由・開放的な空間であることで効用が高まるにもかかわらず、その実現が確約

6 Garret Hardin, “The Tragedy of the Commons,” Science, Vol. 162, December, 1968, pp. 1243-1248.7 Denmark, and Mulvenon,“ Contested Commons,” p. 12.8 星野俊也「総論:『アクロス・ザ・ユニバース』の安全保障―グローバル・コモンズにおける『普遍的な平和』とは」平成 26年度外務省外交・安全保障調査研究事業(調査研究事業)『グローバル・コモンズ(サイバー空間、宇宙、北極海)における日米同盟の新しい課題』日本国際問題研究所、2015年 3月、1-9頁。

9 Denmark, and Mulvenon, “Contested Commons,” p. 11.

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されていないことを問題視するところにある。そして台頭する新興国や非国家主体が空間の利用にもたらす挑戦に対して、米国やその同盟国、友好国はどのような政策を講じるべきかが論点とされるのである 10。先行研究での議論は、国際社会が直面している安全保障上の重要な課題をグローバル・

コモンズを分析概念として体系立てて論じる点で興味深く、また重要である。他方でこれら研究では、グローバル・コモンズの特徴を成す「自由・開放」と「囲い込み」の論理の緊張関係をめぐる歴史的変遷は十分に考察されていない。異なる論理の調整はどのような過程を経て図られ、いかなるレジームが形成されていくのか。この点を論考することで、既存研究への補完が期待できる。  

(2)国際レジームとは国際レジームとは、階層化された制度にまでは至らないものの、行為者間に何らかの規範

やルールが存在することで無政府(アナーキー)ともいえない状態を説明する概念である 11。レジームを形成することで、行為者間の協力を通じた問題の管理や解決が期待される。その学術上の定義は、スティーヴン・クラズナー(Stephen D. Krasner)によって包括的に示されたが、核となる要素は「規範」と「ルール」である。「規範」は何が望ましい状態かを指す。例えば対人地雷禁止レジームにおいては、規範として「人道」が位置付けられる。「ルール」は幾つかの趣旨を異にする規則から成る。まずレジームの基本的な構成を定めるルールがあり、扱う問題領域、参加メンバーの範囲などが規定される。その上で、レジームを機能させていくための具体的なルールが設定され、それらには各種規則、規則に反した場合の手続きに関する規則、これら規則をどのように定めるかについての規則などが含まれる。国際レジーム論の学問的関心は、レジームの形成や変容をもたらす要因は何か、あるいは

レジームが存在することで行為者の行動にどのような変化が生じるか、といった点にある。例えばレジームの形成と変容を促す代表的な要因として、パワー、利益、規範の 3要素が着目されている 12。パワーとは、卓抜した軍事力や経済力に裏付けされた国、いわゆる覇権国によるレジーム形成を意味する。覇権国にとってレジームは、他国の行動を規定する可能性の拡大、準拠すべきルールの設定を通じた国際システムの安定化といったメリットをもたらすと考

10 その他、グローバル・コモンズを扱う近年の研究には例えば次のものがある。Scott Jasper, ed., Conflict and

Cooperation in the Global Commons: A Comprehensive Approach for International Security (Washington, D.C.: Georgetown University Press, 2012).

11 ここでの国際レジーム論に関する議論は次を参照した。山本吉宣『国際レジームとガバナンス』有斐閣、2008年。12 同上、59-104頁。

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えられている。覇権国が形成したレジームが他国にも利益を与える場合には、当該レジームは国際公共財を供給し得る。なお供給にはコストがかかるため、覇権国の衰退に伴ってレジームの機能も弱まり、国際システムが不安定化する可能性も指摘されている。

2つ目の要因は行為者による利害得失の計算である。他者を裏切るよりも、歩調を合わせることで得られる利益の方が大きいと考えられる場合、相手も同調するような仕組みが存在することが望ましい。こうした仕組みが行為者間の交渉によって意図的に、あるいは歴史の中で自然発生的に生じることでレジームが形成される。このことは、パワーの変動が必ずしもレジームの形成や変容を引き起こすとは限らないことを意味する。例え覇権国が衰退しても、協調に資する仕組みを行為者が重視する場合には、覇権国なき後もレジームは存続し得る。また投票による意思決定が可能であれば、相対的にパワーの弱い行為者の連立がレジームの帰趨に大きな影響を与える可能性もあろう。利害得失の計算に基づくレジームでは特に、いかに裏切り行為を防げるかが要点になる。そのためにルールが設けられる場合がある一方で、裏切らなければ将来的に得られたであろう利益の逸失を懸念し、内生的に歩調を合わせることが選択される場合も考えられる。

3つ目の要因は規範である。世界に広く受け入れられている規範が存在する場合、それに基づくレジームが形成されることがある。その際、規範の受け入れが主体的に進められることもあれば、規範の伝播を企図した行為者によって強制的・非強制的に受け入れが進められることも想定される。規範に焦点を当てた議論は、力や利益への着目とは異なった視点からレジーム形成を説明する可能性を有する。しかし、実証的な研究において幾つかの克服すべき課題がある。とりわけ問題になるのは、行為者間の相互了解(間主観性)という非物質的な要素である規範の存在をどう証明するかである。客観的な証明が不十分である場合には、規範が存在したからレジームが形成されたのか、レジームが存在したことで規範が醸成されたのか、論理が判然とせず適切な説明要因とはなり得なくなる。国際レジーム論のもう1つの大きな問いは、レジームが存在することで行為者の行動にどの

ような変化が生じるかである。論理上、レジームによって行為者が強く規定される場合と、全く規定されない場合の両極端が想定される。しかし現実には、両者を極端とする線上のいずれかに位置すると考えられている 13。なお概念上、レジームには幾つかの類型が存在する 14。まず特定の問題領域で、1つの規範・ルールが定められるような純粋に単一的なレジームが考えられる(結晶型)。他方、幾つ

13 同上、67-68頁。14 同上、136-142頁。なお複数レジームの相互関係に関する先駆的研究は次を参照。Oran R. Young, “Institutional

Linkage in International Society: Polar Perspectives,” Global Governance, Vol. 2, No. 1, 1996, pp. 1-23.

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かのレジームから単体のレジームが構成される場合もあり、3つのケースが想定される。1つ目は、同じ問題領域を扱いながらも、異なった規範が対立する場合である(内部競合型)。このケースでは異なる規範の調整が必要になる。2つ目は、対象とする問題領域を異にする複数のレジームが存在しながらも、それぞれの規範が整合的であり、大枠となるレジームに包摂される形で成り立つ場合である(統合型)。そして 3つ目は、扱う問題領域を異にし、それぞれの規範・ルールも異なっている複数のレジームが、政治的あるいは便宜的要請から一括りにされているレジームである(複合型)。こうした類型化は、階層化された制度ではないが故に、実体が把握しづらいレジームの概念化に資するとともに、レジーム間の相互作用の分析といった論点も提示する。これまで概説してきた国際レジームは、グローバル・コモンズのガバナンスにおいて重要な役割を果たす。では歴史的にみて、各空間のレジームはどのような変遷を辿って形成・変容してきたのか。またその過程で、「自由・開放」と「囲い込み」の論理はいかにして調整されてきたのか。この点を論考するために次節以降では、海洋とサイバー空間の歴史的変遷を追跡する。その上で、国際レジーム論の観点から考察を加える。

2 海洋

(1)海洋の歴史―「自由・開放」と「囲い込み」の調和 15

元来、海洋は自由で開かれていた。しかし、大航海時代の幕開けに伴い、ヨーロッパの強国は海洋進出を積極化、「囲い込み」が本格化した。スペインとポルトガルが大西洋と太平洋を分割するために締結した、トルデシリャス条約(1494年)とサラゴサ条約(1529年)はその先例である。その後、17世紀から18世紀にかけて沿岸海域に領海を設定する慣習が普及し、19世紀に至るとおおよそ 3海里からなる狭い領海と、広く自由な公海の 2つから構成される「二元的法制度」16が出現した(伝統的海洋レジーム)。この制度は当時、卓抜した海軍力を有し覇権国として君臨していた大英帝国だけでなく、経済的繁栄のための円滑な海上交流を求める各国も利するものとして広まった。領海の出現は「海洋自由の原則」に一定の退潮を迫る変革であった。しかし、無害を条件に外国船舶の領海の通航を認めるという、現在の無害通航制度につながる航行のルール

15 本稿での海洋史の概説は主に次を参照した。Donald R Rothwell and Tim Stephens, The International Law

of the Sea (Oxford: Hart Publishing, 2010); D. P. O’Connell, The International Law of the Sea, Vol. 1 (Oxford: Clarendon Press, 1982), 島田征夫、林司宣編『国際海洋法』有信堂高文社、2010年;林司宣『現代海洋法の生成と課題』信山社、2008年。

16 島田、林編『国際海洋法』、9頁。

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が 19世紀を通じて形成され、慣習となっていった。「囲い込み」の潮流が強まる中にあって、「海洋自由の原則」の核ともいえる「航行の自由」は巧妙に堅持されたのである。その後、19世紀も後半に差し掛かると、3海里を超えた領海を求める趨勢は強まり、領海のルール設定が重要な争点となった。1888年、国際法学会(Institute of International

Law)は領海の研究を開始、1892年に他国の無害通航権を除き、沿岸国は領海に絶対的な主権を有するとの報告書をまとめた。続く1894年には、領海の幅を干潮線から6海里とする案も提示された。第 1次世界大戦後には、国際連盟の創設や国際協調の機運の高まりを背景に、海洋の

ルールをめぐる議論も活発化した。1930年、40カ国以上が参加したハーグ国際法典編纂会議が開催され、領海の規定に関する検討が続けられた。また、日本、米国、ドイツの学者の間でも領海の規定が議論されるなど、1920年代~ 30年代にかけて多方面で検討が進められた。一連の論議は海洋法の成文化には結実しなかったものの、その後に続く議論の基盤となった。

2度目の世界大戦は海洋をめぐる国際的な議論の中断を余儀なくしたが、その中にあって今後の海洋レジームの方向性を示す重要な取り決めがなされた。覇権国の立場が揺らぎ始めていた英国と、新たな覇権国になり得る存在として浮上した米国は 1941年 8月に戦後の世界構想をまとめた大西洋憲章に調印、その中で「航行の自由」を堅持する方針を確認したのである。英国と同様、米国もかねてから「航行の自由」を重視していた。第 1次世界大戦期にウッドロウ・ウィルソン(Woodrow Wilson)大統領が掲げた「14カ条の平和原則」の中でも、「国際規約上の要請を除き、平時と有事とを問わず、領海外では絶対的な航行の自由が認められる」ことを掲げている 17。連合国側の勝利は「航行の自由」の戦後への引き継ぎを決定付けた。しかし、終戦後程なくして、狭い領海と広い公海から成る伝統的海洋レジームは大きな見直しを迫られることになる。その契機となったのは皮肉にも米国の政策であった。1945年 9月、ハリー・トルーマン(Harry S. Truman)大統領は大陸棚資源の権限、並びに沿岸海域における漁業資源の保存・管理を求める宣言(トルーマン宣言)を発布した 18。もっともトルーマン大統領は宣言の中で「航行の自由」の堅持を明示しており、大西洋憲

17 President Woodrow Wilson’s Fourteen Points, January 8, 1918, The Avalon Project at Yale Law School, <http://avalon.law.yale.edu/20th_century/wilson14.asp> accessed on August 21, 2015.

18 トルーマン宣言に関しては次を参照。Policy of the United States With Respect to the Natural Resources of the

Subsoil and Sea Bed of the Continental Shelf/ Policy of the United States with Respect to Coastal Fisheries

in Certain Areas of the High Seas, September 28, 1945, The American Presidency Project, <http://www.presidency.ucsb.edu/proclamations.php?year=1945&Submit=DISPLAY> accessed on August 21, 2015.

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章で確認された二元的法制度を受け継ぐ立場を明確にしていた。それにもかかわらず、この宣言をきっかけに新たな海洋レジームの検討が本格化した。それは宣言に触発された中南米諸国を中心とした諸国によって、より広い領海、大陸棚における海洋権益の獲得を求める趨勢が強まったからであった。例えばチリやペルーは、大陸棚の天然資源だけでなく、その上部水域における主権も主張した 19。両国は1952年 8月にエクアドルも加えて、領海 200海里を主張する宣言も発出している 20。トルーマン宣言は、各国が「狭い領海」の枠を超えた海洋権益を求める重要な契機になったのである。こうして「囲い込み」の潮流が増す中、国際連合の下に組織された国際法委員会で海洋ルールをめぐる議論が再開された。領海制度の成文化だけでなく、大陸棚といった新たな海洋権益の法制度の整備も射程に入れた討議の結果は、1956年に全 73条からなる海洋法の草案としてまとめられた 21。この草案はハーグ国際法典編纂会議での議論を踏まえたものであり、領海を領土と本質的には変わらない国家主権が及ぶ沿岸水域と位置付けるなど基本的な概念を踏襲した。他方、草案ではいくつかの興味深い方針も示された。例えば領海に関しては、領海幅の上限を12海里とするとともに、無害通航権が認められるとした。また新出の大陸棚に関しては、どこまでが大陸棚と認められるかは明確にされなかったものの、天然資源の探査や開発において沿岸国が主権的権利を有するとし、その上部水域は公海であるとした 22。草案の作成を受けた 1958年 2月、86カ国が参加する第 1次国連海洋法会議(第 1

次会議)が開催された。その目的は法的側面だけでなく、技術的、生物学的、経済的、そして政治的側面も加味して海洋法を検討し、議論の結果を条約といった適切な形にまとめ上げることにあった 23。そして約 2カ月間に渡って開催された会議の結果、領海条約(1964

年 9月発効)、大陸棚条約(1964年 6月発効)、公海条約(1962年 9月発効)、公海

19 Second United Nations Conference on the Law of the Sea, Annexes: Synoptical table concerning the

breadth and juridical status of the territorial sea and adjacent zones, UN Doc. A/CONF.19/4, February 8, 1960, <http://legal.un.org/diplomaticconferences/lawofthesea-1960/docs/english/vol1/a_conf-19_4_ANNEXES.pdf> accessed on August 21, 2015.

20 UN Treaty Collection, Chile, Ecuador and Peru: Declaration on the Maritime Zone, August 18, 1952, <https://treaties.un.org/doc/Publication/UNTS/Volume%201006/volume-1006-I-14758-English.pdf> accessed on August 21, 2015.

21 UN, “Articles concerning the Law of the Sea,” in Yearbook of the International Law Commission 1956, Vol. 2, November, 1956, pp. 256-264, <http://legal.un.org/ilc/publications/yearbooks/english/ilc_1956_v2.pdf> accessed on August 21, 2015.

22 「主権的権利」とされているのは、大陸棚では海底資源の探査・開発に関する権限が認められるに過ぎず、領海で認められる「主権」とは異なる点を明らかにするためである。また国際法委員会の草案では、大陸棚の限界は水深 200メートルまでか、あるいは開発可能な範囲までとされ、明確な範囲は定められなかった。

23 UN Diplomatic Conferences, “Conference on the Law of the Sea 1958,” <http:// legal.un.org/diplomaticconferences/lawofthesea-1958/lawofthesea-1958.html> accessed on August 21, 2015.

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生物資源保存条約(1966年 3月発効)から成る、ジュネーブ 4条約が締結された。領海条約と大陸棚条約はともに、概ね国際法委員会の草案を踏襲する内容となった。領海条約では無害通航権に関する規定が明記され、大陸棚条約でも大陸棚の上部水域が公海であることが定められた。沿岸海域において法的に認められる国家の権限の範囲を拡大しつつも、「航行の自由」が著しく損なわれないようなルールが目指されたと解せる。ジュネーブ 4条約体制は国連海洋法条約(United Nations Convention on the Law of the

Sea: UNCLOS)体制に至るまでの数十年間、「海洋の国際法秩序の主要部分を構成した」24

と評されている。この体制下において、海洋レジームが規定する海洋権益の範囲は、狭い領海から、より広い領海と大陸棚へと拡大していった。しかし各条約の批准国はまちまちであり、かつ領海幅の未決、大陸棚の限界の曖昧さといった問題も残された。戦後の海洋をめぐるルール作りは 1つの節目を迎えたが、その取り組みはまだ途上であった。海洋においてより広範な権益を得ようとする動きは、ジュネーブ 4条約体制下でより加速し

た。その要因の 1つは、1960年代に入っての世界的なエネルギー需要の高まりと科学技術の進歩を受けた大陸棚資源への一層の関心の高まりにあった。海洋石油資源の確認埋蔵量・生産量、並びに資源開発を進める国の数は拡大の一途を辿った。別の要因は時期を同じくして生じた、アフリカを中心とした多くの新興独立諸国の誕生であった。脱植民地を経て途上国グループが一大勢力となると、中南米諸国を筆頭とした沿岸海域の「囲い込み」はより強い潮流を成すに至ったのである。途上国グループは国連の主権平等・一国一票制度の下、数の論理に裏打ちされた強

い発言力を活かして、新たな海洋レジームをめぐる議論に積極的に関与し始めた。その最たる例が排他的経済水域(Exclusive Economic Zone: EEZ)の提唱である。トルーマン宣言に触発された中南米諸国は既に沿岸海域に領海にとどまらない国家の権限を求めていたが、相次いで独立したアジア・アフリカ諸国も同様の主張を展開し始めた。1972

年 1月のアジア・アフリカ法律諮問委員会ではケニアが EEZに関するコンセプトペーパーを提出、漁業や汚染防止を念頭に沿岸国の排他的管轄権が及ぶ 200海里の水域を設けることを提案した。それを引き継ぐ形で 1973年 5月にはアフリカ統一機構の首脳会議で

「アディス・アベバ宣言」が採択され、領海の外側に 200海里を超えない範囲での EEZの設定が提唱された 25。中南米諸国、アジア・アフリカ諸国の主張内容は完全に一致していた訳ではなかった。し

24 島田、林編『国際海洋法』、11頁。25 Third United Nations Conference on the Law of the Sea, Declaration of the Organization of African

Unity on the issues of the Law of the Sea, UN Doc. A/CONF.62/33, July 19, 1974, <http://legal.un.org/diplomaticconferences/lawofthesea-1982/docs/vol_III/a_conf-62_33.pdf> accessed on August 21, 2015.

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かし沿岸海域における国家の権限の拡大に否定的な国も存在する中で、主張を通すためには数的優位を築くことが不可欠であった。そこで、中南米諸国がアジア・アフリカ諸国に接近する形で両者は結束した 26。こうして第 3次国連海洋法会議(第 3次会議)の議題としてEEZを加えることが決定されたのである。

UNCLOSという一大成果をもたらすことになった第 3次会議では、従前からの論点であった領海、大陸棚だけでなく、EEZといった新たな議題も追加し、幅広い議論が交わされた。領海に関しては、幅を12海里とすることが決定された。画期的な決定であったが、12海里化に伴って狭い領海を前提とした伝統的海洋レジームは変容を免れなくなった。そこで第3次会議で改めて争点となったのが無害通航権であった。領海において外国船舶の無害通航が認められることは既に領海条約で明記されていたが、船舶に軍艦が含まれるか否かは不明確だった 27。UNCLOSでも軍艦に無害通航が認められるとは明示されなかったものの、無害とはされない船舶の活動が列挙されたことで、当該活動を行っていなければ軍艦にも無害通航権が認められると解することが可能になった 28。

12海里領海化に伴う船舶の無害通航問題は、国際航行に欠かせない海峡に関して特に重要な争点となった。国際海峡における外国船舶の通航問題は、領海の概念が誕生した19世紀頃から既に論点となっており、1894年には国際法学会が公海間の通航に用いられる海峡は閉鎖できないとの見解を示していた。領海条約でも、国際海峡において外国船舶の無害通航を停止してはならないことが明記されている。第 3次会議でこの問題が再度注目を集めたのは、12海里化に伴い、従来よりも多くの国際海峡がいずれかの国の領海と化す可能性が増したからであった。ナショナリズムを高揚させ、自らの海洋権益を守ることに鋭敏になっていた新興の海峡沿岸諸国の存在は、国際海峡閉鎖のシナリオに現実味を持たせていた。この問題の突破口になったのは、英国が提案した「通過通航制度」の導入であった。この制度は、領海で認められる無害通航権よりも広い権利が海峡の利用国に認められるが、自由通航よりは制約がある内容になっている。同制度が通常の無害通航権と比べて強化さ

26 全ての中南米諸国がアジア・アフリカ諸国の立場に接近した訳ではない。例えばエルサドバドルはその後も 200海里領海を主張した。

27 領海条約では無害通航権に関して「軍艦に適用される規則」が明記されているが、そこでは軍艦が沿岸国の規則を遵守しなかった場合に沿岸国が当該軍艦に退去を要請できるとだけ記すにとどまっている。

28 UNCLOS採択後の 1989年 9月には米ソの共同声明が発表され、軍艦にも他国の領海における無害通航権が認められ、事前通告・許可が不要であることが両国間で確認されている。UN Office for Ocean Affairs and the Law of the Sea, “Joint Statement by United States of America and the Union of Soviet Socialist Republics: Uniform Interpretation of Norms of International Law Governing Innocent Passage,” September 23, 1989, in Law of the Sea Bulletin, No. 14, December, 1989, pp. 12-13, <http://www.un.org/depts/los/doalos_publications/LOSBulletins/bulletinpdf/bulE14.pdf> accessed on August 21, 2015.

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れている点は、例えば領海の無害通航権は軍事訓練などの場合に一時的に停止できるのに対して、通過通航権は原則的に停止できないことや、権利は船舶のみならず航空機にも認められ、潜水艦も潜没航行が認められると解されるところにある。ただし、通航に関わる事項以外では、海峡沿岸国の主権や管轄権の行使が認められており、また利用国には継続的かつ迅速な通過と、海上の安全や汚染防止のための一般的な規則の遵守が求められている。米ソが国際海峡に公海と同程度の自由を求めていたことと比して、通過通航制度は沿岸国に配慮した内容になっている。無害通航制度の補正や通過通航制度の新設にみられるように、領海の 12海里化に直面

しながらも「航行の自由」を維持する方策が検討された。大陸棚に関しても、曖昧であった限界が原則として領海の基線から200海里までと決定される一方で、沿岸国の権利はその上部水域や上空の法的地位には影響を及ぼさないことが確認されている 29。第 3次会議において、「航行の自由」を妨げかねないより大きな懸念を提起したのは、

EEZの導入であった。EEZは領海の外側に基線から200海里の範囲内で設定できる海域とされ、沿岸国に優先的な経済的権利が認められた。具体的には、天然資源の探査・開発、人工構築物の設置、洋上発電といった活動が可能である。当初、途上国グループが牽引するEEZの概念に対して、沿岸国が過度な権限を有することに米ソを初めとした国々は消極的な態度を示していた。しかしこうした国 も々、国際海峡や EEZにおける船舶や航空機の通航の保障を得られる見通しがついたこと、並びに途上国グループの数的優位という状況を受けて、EEZの導入を支持する立場へと転じた。

EEZは領海とも公海とも異なる「機能的な水域」と位置付けられた。沿岸国に一定の権限を認めつつも、公海に準じた自由原則を維持することで妥結が図られたのである。伝統的海洋レジームに変容を迫る、沿岸海域における権益の拡大を求める途上国グループの要請は、「航行の自由」と併存し得る形でUNCLOSに取り入れられたと解すことができる。以上の歴史的変遷からうかがえる通り、海洋レジームの核には「海洋自由の原則」が存在してきた。領海、大陸棚、EEZといったように国家が沿岸海域に及ぼす権限は徐々に拡大し、相対的に自由の範囲は狭まってきたものの、こうした過程を経ながらも「航行の自由」はレジームの基礎を成す理念として受け継がれてきたのである。新興独立諸国の誕生が「囲い込み」の趨勢を強める中にあって、「自由・開放」の論理との調和が巧妙に図られてきたと評せよう。次項では国際レジーム論の観点から、海洋レジームの特徴を論考する。

29 なお、大陸棚が 200海里を超えて伸びている場合には、新設の大陸棚限界委員会に延伸を証明するデータを提出し、委員会の勧告を受け入れることで一定範囲までの延長も可能である。

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(2)海洋レジームの考察―統合型レジーム海洋レジームの形成と変容に関する代表的な論考として、ロバート・コヘイン(Robert O.

Keohane)とジョセフ・ナイ(Joseph S. Nye, Jr.)による研究が挙げられる 30。コヘインとナイは 1920年代から1970年代までの時期を3期に大別した上で、レジームの変容が生じた要因を分析している。第 1期は 20世紀初頭の伝統的海洋レジーム期であり、時の覇権国であった大英帝国が主となって自由を原則とする海洋レジームが形成されたと指摘する。第 2期は戦後から1960

年代にかけてであり、トルーマン宣言やそれに触発された中南米諸国による沿岸海域における権利の主張が熱を帯びた時期を指す。冷戦の文脈上、友好国の拡大を望む米国は、卓抜した海軍力を有しながらも過度な権利を主張する国 を々十分に牽制することができなかったと考えられている。そして第 3期は 1960年代終盤以降であり、一大勢力となった途上国グループが国連を中心とした国際機関を舞台に強い発言力を有したことで、「海洋の自由原則」が一段の退潮を迫られたと論じている。ただしコヘインとナイが指摘する自由の退潮は、沿岸海域における国家の権限が「狭い領海」の枠に収まらなくなったという文脈に限定されている 31。自由原則を構成する全ての要素が退けられた訳ではない。これまで考察してきたように、「海洋自由の原則」の核とも言える「航行の自由」は辛くも堅持されてきた。海洋レジームの変化が強調されることで埋没しがちなレジームの継続性にも着目は欠かせない。「海洋自由の原則」は範囲を狭めながらも維持され、大枠となるレジームを形作ってきた。その背景には、覇権的地位にある国家が大英帝国から米ソへ変遷を遂げつつも、「航行の自由」が重視され続けてきた事実がある。いわば大国のパワーに支えられたレジーム形成であったとの解釈も可能だろう。ただし海洋レジームは大国の論理のみで形成・変容してきたのではなく、新興独立諸国も新たなレジーム作りで重要な役割を果たしてきた。こうした諸国の要望は「海洋自由の原則」の一部を侵食したものの、その核である「航行の自由」という大枠の中に包摂されてきたのである。また海洋レジームでは、行為者による利害得失の計算の結果、「自由・開放」的なレジームが求められる傾向にある点は注目に値する。例えばソ連はもともと、沿岸国の同意なしで他国の軍艦が領海を通航することに反対していた。しかし次第に特に軍事面での海洋の利用を深めるようになるとソ連は立場を変えていき、やがて軍艦にも他国の領海における無害通

30 Robert O. Keohane, and Joseph S. Nye, Jr., Power and Interdependence, Fourth Edition (Boston: Longman, 2012).

31 Ibid., pp. 82-83.

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航権が認められることを主張するようになったのである。行為者による空間の利用度が高まるにつれて、「自由・開放」の論理が求められる性質を海洋レジームは備えていると解せる。もっとも、レジームの規範を成してきた「自由・開放」の論理は盤石ではない。領海における軍艦の無害通航権の否定や、EEZにおける軍事的活動への条件付与といった「囲い込み」の論理をより強めかねない問題が生じている。領海における軍艦の無害通航の可否について、これまでの実績やUNCLOSの解釈から認められるとする立場が多数である 32。しかし立場を異にする国もわずかながら存在し、条約を批准するに当たってアルゼンチン、イラン、エジプト、オマーン、クロアチア、中国、バングラデシュ、マルタ、モンテネグロなどが事前通告や許可を求める宣言を行っている 33。領海とは異なりEEZでは他国の軍艦の通航は大きな問題とはならない。しかし軍事演習

や軍事的測量が認められるか否かに関して、見解の相違が存在する。公海ではかねてから軍事的活動が認められ、かつ実施されてきた。この事実を踏まえれば、EEZでも同様の活動が可能だと解すことができる。また EEZで認められる自由に関して、UNCLOSの起草過程では米国の提案を受けて、船舶や航空機の運航に関わるようなその他の国際法的に適法な海洋利用の自由も認められることが敢えて明記された。このことから、規定の解釈上もEEZでの軍事的活動は認められると指摘されている34。しかし、インド、ウルグアイ、タイ、中国、パキスタン、バングラデシュ、ブラジル、マレーシアなどといった国々は、EEZにおける軍事的活動に否定的な見解を示している 35。領海における軍艦の無害通航や、EEZにおける軍事的活動を支持しない立場はまだ主流ではない。しかし、こうした趨勢が強まれば、巧妙に保たれてきた「航行の自由」は損なわれかねず、「囲い込み」の論理が優勢となる体制へと、海洋レジームは本質的な変化を迫られることになる。海洋レジームを概念化する時、先行研究では国際レジーム4類型の中でも複合型に分類

している 36。それは領海、大陸棚、EEZ、深海底といった多様な問題領域ごとにレジームが作られ、かつ全体を括るようなコンセンサスのある規範や知識が存在しないからだとされる。この場合、海洋レジームは単に海を共通項とする複数のレジームの寄せ集めに過ぎないこと

32 島田、林編『国際海洋法』24頁。33 UN Division for Ocean Affairs and the Law of the Sea, “Declarations and Statements,” <http://www.

un.org/depts/los/convention_agreements/convention_declarations.htm> accessed on August 21, 2015.34 James Kraska, Maritime Power and the Law of the Sea: Expeditionary Operation in World Politics (Oxford:

Oxford University Press, 2011), pp. 269-270; 島田、林編『国際海洋法』141-142頁。35 UN Division for Ocean Affairs and the Law of the Sea, “Declarations and Statements.” 36 山本『国際レジームとガバナンス』、141頁 ; 足立研幾『レジーム間相互作用とグローバル・ガヴァナンス―通常兵器ガヴァナンスの発展と変容』有信堂高文社、2009年、13頁。

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になる。しかし海洋レジームの変遷過程をみると、領海や大陸棚、EEZといった新出の概念は、「海洋自由の原則」を基軸にそれぞれのレジームを形成してきたことがうかがえる。既に論じたように、自由原則の範囲は狭められながらも「航行の自由」は巧妙に堅持されてきた。領海や国際海峡では無害通航制度、通過通航制度が導入され、大陸棚の上部水域・EEZは公海に準じるものとされたのである。このように「航行の自由」に焦点を当てると、海洋レジームは単に海を共通項にするだけのレジームの集合体にとどまらないと解せる。この場合、海洋レジームは複合型というよりも、対象とする問題領域を異にする複数のレジームが存在しながらも、それぞれが「航行の自由」を規範とする大枠のレジームに包摂されている、統合型のレジームだと評せる。 

3 サイバー空間

(1)インターネットガバナンスの歴史―「自由・開放」と「囲い込み」の角逐 37

サイバー空間とは、情報通信技術(Information and Communication Technology:

ICT)を用いて多種多様な情報が流通される仮想的なグローバル空間である 38。本項では空間の主要な構成要素であるインターネットに主な焦点を当てて、その歴史を概観する。インターネットの原型は、1967年に米国国防総省がプロジェクト化した世界初のパケット通信ネットワークであるARPANET (Advanced Research Projects Agency Network)だと指摘されることがある 39。その後、1969年に幾つかの大学や研究所の間で接続が開始され、1972年には英国とノルウェーにも接続範囲は拡大していった。接続範囲の拡大は、相互接続とネットワークの一体性の保持という課題をもたらした。この問題に対して技術者たちは、各々に異なった独自のシステムやサービスを用いながらも相互接続を可能にする、「開かれたネットワーク(Open Architecture Networking)」を標榜した。それを可能にするために、パケット通信の基本的なルール(プロトコル)が定められ、今日のインターネットに欠かせない TCP(Transmission Control Protocol)/IP(Internet Protocol)

37 本稿でのインターネットの歴史の概説は主に次を参照にした。日本ネットワークインフォメーションセンター(JPNIC)「インターネット歴史年表」、<https://www.nic.ad.jp/timeline/> 2015年 2月 25日アクセス。

38 サイバー空間の定義は多様だが、本稿では日本政府の「サイバーセキュリティ戦略」の定義を採用した。情報セキュリティ政策会議「サイバーセキュリティ戦略―世界を率先する強靭で活力あるサイバー空間を目指して」高度情報通信ネットワーク社会推進戦略本部、2013年 6月10日(4頁)、 <http://www.nisc.go.jp/active/kihon/pdf/cyber-security-senryaku-set.pdf> 2015年 8月 21日アクセス。

39 パケット通信とは、交信されるデータを「パケット」という形式に加工・細分化することで機器や回線への負担を減らすとともに、安定したデータ通信を維持するための方法である。

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が考案された。また、パケットの伝達に必要になるインターネット上の住所である IPアドレスと、それに呼応したドメイン・ネーム(両者は「インターネット資源」と称される)を結びつける役割として、ドメイン・ネームシステム(Domain Name System: DNS)を採用、効率的な情報通信を可能にする枠組みが築かれていったのである 40。このようにインターネットの黎明期にあって、レジームを形成する主役を担ってきたのは科学者たちを中心とした非国家主体であった。そして、インターネットの基本原理には「自律・分散・協調」が据えられた。相互接続を可能にするための必要なルールは整備され、一体性の保持が図られたものの、インターネットに関わる機能や組織は自律、分散しており、中央集権的に管理されていた訳ではなかった。民間の英知を活力に、自由で開放的なレジームが形成されてきたのである。しかし「自由・開放」を特徴としたレジームで、次第に国家の存在感が増すとともに、空間における国家主権の尊重や政府の権限の拡大といった、排除的・競合的な性格を強めかねない「囲い込み」の潮流が生じ始めた。その背景には、インターネットを中心とした ICT

の国際社会への浸透を受けて、陸・海・空・宇宙に続く第 5の活動領域としてサイバー空間が認知されるようになったことがある。特に 2000年代に入って大規模かつ組織的なサイバー攻撃の事例が相次ぐと、インターネットの運用をめぐる規範やルール、ガバナンスの在り方を見直す声が強まった。新たなレジームをめぐる議論は、様 な々国際会議を舞台に交わされている 41。以下では、そ

の中でも特に重要な会合となっている、国連の第 1委員会(軍縮と安全保障)の政府専門家会合(Group of Governmental Experts: GGE)と、国連の専門機関である国際電気通信連合(International Telecommunication Union: ITU)、並びに国連外の会合である「サイバー空間に関する国際会議」(サイバー国際会議)を取り上げる。まずGGEでは、主に国際安全保障の側面に焦点を当てて議論が進められてきた 42。その

40 当初、資源管理は南カリフォルニア大学情報科学研究所に所属していたジョン・ポステル(Jonathan B. Postel)らが結成した組織(Internet Assigned Numbers Authority: IANA)が、米国商務省との契約に基づいて管理していた。この点については次を参照。Laura Denardis, The Global War for Internet Governance (New Haven: Yale University Press, 2014), pp. 33-62.

41 サイバー空間、インターネットのガバナンスについては例えば次を参照。土屋大洋 「サイバースペースのガバナンス」平成 25年度外務省外交・安全保障調査研究事業(調査研究事業)『グローバル・コモンズ(サイバー空間、宇宙、北極海)における日米同盟の新しい課題』日本国際問題研究所、2014年 3月、27-41頁 ; Denardis, The Global

War for Internet Governance.42 GGEのこれまでの経緯については次を参照。Eneken Tikk-Ringas, “Developments in the Field of Information

and Telecommunication in the Context of International Security: Work of the UN First Committee 1998-2012,” ICT for Peace, Cyber Policy Process Brief , 2012, <http://www.ict4peace.org/wp-content/uploads/2012/08/Eneken-GGE-2012-Brief.pdf> accessed on August 21, 2015.

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推進役を担ったのはロシアであり43、「顕在化している、もくしは潜在的な情報セキュリティ分野の脅威と、それらを取り除くためにとり得る共同の対処策を検討し、グローバルな情報通信システムの安全強化に資する国際的なコンセプトを考える」44ために、GGEは開催されることになったのである。積極的なロシアとは対照的に、欧米諸国の反応は当初、前向きではなかった。その要因

の 1つは、「情報セキュリティ」には政府による通信内容の検閲が含まれると解され、通信や表現の自由が脅かされかねないと懸念されたことにあった。例えば米国は、通信内容の検閲を可能にしかねない新たなルールの設定は、あらゆる国の繁栄と発展に欠かせない情報通信の自由の原則に反するとの見解を示していた 45。欧米諸国の基本的な立場は、新たなルールの策定ではなく、国連憲章や世界人権宣言、国際人道法といった既存のルールの適用にあった。こうした見解の相違のため、2004年 6月から開催された第 1次 GGEでは会合の成果を報告書としてまとめることはできなかった 46。続いて2009年 11月から開催された第 2次GGE

では報告書の作成には成功したものの、通信内容への政府の介入の是非、どのようなルールを適用すべきかといった主要な争点は依然として決着をみなかった。持ち越された議論は、2012年 8月から開催された第 3次 GGEで大きく進展した。会合

後の報告書に「国際法、特に国連憲章は適用可能(applicable)」であり、「ICTの安全確保に向けた各国の取り組みは、世界人権宣言やその他の国際的な取り決めで規定されている人権と基本的自由を考慮して実施されなければならない」ことが明記されたのである 47。欧米諸国の主張する既存の国際法の適用が盛り込まれたことは、従前には見られなかった第 3次 GGEの成果だと評されている。とはいえ、諸国間の見解の相違が解消した訳ではない。まず国際法を「適用可能」としている点が注目に値する。論理的には「適用されない」場合も存在することになり、新たなルールを設ける余地が残されているとも解せる。更に報告書の中で、第 3次 GGEの開催に先駆けた 2011年 9月に、ロシア、中国、タジキスタン、ウズベキスタンが連名で国連に

43 GGEの開催は、1998年 12月のロシアの提案に基づく決議「国際安全保障の文脈における情報及び電気通信分野の進歩」(決議 53/70)の無投票での採択を契機としている。UN General Assembly (UNGA) resolution 53/70, Developments in the Field of Information and Telecommunication in the Context of International

Security, UN Doc. A/RES/53/70, December 4, 1998.44 UNGA, Official Record: First Committee 13th Meeting, UN Doc. A/C.1/60/PV.13, October 17, 2005, p. 3.45 UNGA, Developments in the Field of Information and Telecommunication in the Context of International

Security: Report of the Secretary-General, UN Doc. A/59/116/Add. 1, July 13, 2004, p. 3.46 GGEへは地理的な公平性を考慮の上、参加国が選ばれている。47 UNGA, Group of Governmental Experts on Developments in the Field of Information and Telecommunications

in the Context of International Security: Note by Secretary-General, UN Doc. A/68/98, June 24, 2013, p. 8.

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発出した「情報セキュリティのための国際行動規範」への留意が示された点も見過ごせない 48。なぜなら、「国際行動規範」では自らの「情報空間(Information Space)」を守るための国家の権利や責任を確認するとともに、情報空間における権利や自由を尊重するとしつつも、その前提として国内法や規則の順守を挙げており、空間における国家主権や政府の権限拡大に重きを置く内容になっているからである。2014年からは第 4次GGEが招集され、2015年 7月に新たな報告書が発表されたが、内容に大きな進展は見られなかった。諸国間の見解の隔たりの解消にはまだ相当な時間を要するとみられる。国連では、ITUもインターネットをめぐるレジームの在り方を議論する場となっている。ITU

は情報社会の到来を踏まえた世界情報社会サミット(World Summit on the Information

Society: WSIS)の開催を主導し、これまでに 2003年のジュネーブ会議(スイス)と2005

年のチュニス会議(チュニジア)を開催してきた。当初、サミットの主眼は ICTを活用した経済発展に置かれており、特に先進国と途上国と

の間のデジタルディバイドの緩和に焦点が当てられていた。しかしジュネーブ会議に先駆けた準備会合の段階で、インターネットガバナンスが論争の的として浮上した。それは一部の新興諸国が、ガバナンスにおいて米国が優越的な地位にあるとの批判を展開したからである。これまで、IPアドレスやドメイン・ネームといったインターネット資源の管理では、米国のカリフォルニア州に拠点を置く非営利民間法人の ICANN(Internet Corporation for Assigned

Names and Numbers)が、米国商務省との委託関係に基づいて中核的な役割を果たしてきた 49。一部の諸国はこの点を問題視し、資源を多国間、あるいは国際機関で管理することを求め始めたのである 50。

175カ国が参加して 2003年 12月に開催されたジュネーブ会議では、インターネットガバナンスをめぐり議論が紛糾した 51。中国、ブラジル、南アフリカといった諸国は、ICANNを中核とする現行の資源管理体制に異議を申し立てた。これに対して欧米諸国は現行の体制を概ね支持し、民間主導で地平を拡大してきたインターネットのこれまでの歴史を踏まえて、過度

48 2013年以降はカザフスタンとキルギスも「国際行動規範」の提案国になっている。なお、6カ国は 2015年 1月に行動規範の修正版を国連に提出しているが、その内容は以前のものと大きくは変わっていない。

49 それまで IANAが担ってきたインターネット資源管理の役割は、2000年に ICANNへと引き継がれた。50 例えば西アジア地域で開催された準備会合で採択された「ベイルート宣言」(2003年 2月)では、ドメイン・ネームは適当な国際機関で管理すべきことが明記された。Western Asia Preparatory Conference for the World Summit on the Information Society, Beirut Declaration: Towards an Information Society in Western Asia,

February 2003, <http://www.escwa.un.org/wsis/conference/outcome/beirut.pdf>, accessed on August 21, 2015.51 WSISにおけるインターネットガバナンスをめぐる議論については次を参照。Milton Mueller, John Mathiason

and Hans Klein, “The Internet and Global Governance: Principles and Norms for a New Regime,” Global

Governance, No. 13, 2007, pp. 238-243.

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に政府がガバナンスに関与することに反対したのである 52。WSISの第 2フェーズに当たるチュニス会議は 174カ国参加の下、2005年 11月に開催

された。会議の結果、ICANNを中心とした体制は現状維持となった 53。しかしこれによって、議論が決着をみた訳ではない。これまでの議論と今後の課題をまとめて採択されたチュニスアジェンダでは、2006年にインターネットガバナンスフォーラム(IGF)を設置することを国連事務総長に要請し、議論の継続が求められた 54。WSISの主要課題と化した新たなインターネットガバナンスの検討は、長期的な課題に位置付けられたと言える。

ITUにおいては、同機関が定める国際電気通信規則(International Telecommunication

Regulations: ITR)の改正に際しても、インターネットガバナンスが争点となった 55。改正 ITRにインターネットに関する事項を盛り込むべきか否かや、セキュリティの範囲などに関して、欧米諸国と、旧ソ連邦諸国、中国、アラブ諸国とが立場を対峙させたのである 56。インターネットに関わる諸規則の改正 ITRへの追加は、ITU、並びにその構成者である国家のインターネットガバナンスにおける役割の拡大をもたらす。更にロシア、中国といった新興諸国が、改正 ITRへの追加を図った規則にはコンテンツ規制も可能になる内容も含まれ、自由なインターネットの利用が制限されることも懸念された。そのため先進諸国の中でも米国は、ITRの中にインターネットという単語を記載することにすら否定的であった。また欧米諸国は国家主導によるレジームとはせずに、様 な々行為者の協力に基づく、マルチ・ステークホルダーによるガバナンスを求めたのである。最終的に採択された改正 ITRでは、過度に規制的な表現は採用されなかった。しかし、規定には明記されなかったものの、マルチ・ステークホルダーの中でもITUが重要な役割を

52 2005年 6月には米国商務省は「インターネットのドメイン・ネームとアドレスシステムに関する米国の原則的立場」を公表し、DNSの技術的な管理者は ICANNが適切であることを改めて主張している。National Telecommunications and Information Administration (NTIA), “U.S. Principles on the Internet’s Domain Name and Addressing System,” U.S. Department of Commerce, June 30, 2005, <http://www.ntia.doc.gov/other-publication/2005/us-principles-internets-domain-name-and-addressing-system> accessed on August 20, 2015.

53 Lennard G. Kruger, Internet Governance and the Domain Name System: Issues for Congress, Congressional Research Service, November, 2013, p. 8 <http://fas.org/sgp/crs/misc/R42351.pdf>, accessed on August 21, 2015.

54 IGFは拘束力のある決議を採択する場ではなく、あくまで対話の場と位置付けられ、2006年 10月のギリシャでの第 1回会合を皮切り以降、定期的に開催されている。

55 ITRはまだ電話が主要な情報通信手段であった 1988年、主として国営の国際電話事業に関する一般的規則や接続料金の計算方法等を定めるために設けられた。しかしその後、新たな情報通信手段が普及するなど環境が一変したことを受けて、時代に即した規則の改正が求められていた。

56 ITR改正に関する会議の内容や結果については次を参照。JPNIC「WCIT 2012 の結果について」『ドメイン名を中心としたインターネットポリシーレポート』2013 年 1 月号、1-9頁、<https://www.nic.ad.jp/ja/in-policy/policy-report-201301.pdf>;総務省情報通信国際戦略局国際政策課「WCIT-12の結果について」(2013年 1月)、<http://www.soumu.go.jp/main_content/000195974.pdf> いずれも 2015年 8月 21日アクセス。

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グローバル・コモンズのガバナンスが抱える難題

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果たすことを盛り込んだ決議も採択され、見解を分かつ諸国間の溝は埋まらなかった。これまでの慣行であったコンセンサス方式ではなく、多数決方式によって採択された改正 ITRに欧米諸国は反対する結果となった 57。その後もITUではインターネットガバナンスをめぐる議論は平行線を辿っている。2014年 10月に開催された ITU全権委員会議でも、ロシア、中国、インドといった幾つかの国々はインターネット資源管理などにおける ITUの関与の拡大を支持、それに対して欧米諸国が反対するという構図は続いた 58。サイバー空間に適用すべき規範やルールに関する議論は、国連以外の舞台でも行われて

いる。代表的な会合の 1つとして「サイバー空間に関する国際会議」(サイバー国際会議)がある。この会議は英国政府の主導で開催された 2011年 11月のロンドン会議を皮切りに、これまでブタペスト会議(ハンガリー、2012年 10月)とソウル会議(韓国、2013年 10月)、ハーグ会議(オランダ、2015年 4月)が開かれてきた。その特徴の 1つは、各国政府のみならず、国際機関、民間セクター、NGOからも多くの参加者が集まっている点にある。マルチ・ステークホルダーによる議論を具現化した会議と言えよう。会議の主な議題は、サイバー空間の安定と経済発展・開発の両立、安全保障に向けた取り組み、サイバー犯罪対策の推進、国際規範作りなどである。ロンドン会議で議長役を務めたウィリアム・ヘーグ(William Hague)英外務相の言葉によれば、会議の目的はWSIS

での取り組み、あるいは経済協力開発機構や欧州評議会などで行われてきた既存の取り組みを基盤に議論を深めることにあり、新たな機構を設けることではない 59。ソウル会議でまとめられた「オープンで安全なサイバー空間のためのソウル枠組み」も、国連総会の決議、GGEで作成された報告書、WSISジュネーブ会合で確認された基本原則などに基づいて作成されており、これまでの議論を踏襲する成果物となった。サイバー国際会議でも、依然として政府の役割や規制の在り方に関して意見の対立が続

く。例えば、ロシアや中国は「国際行動規範」に基づく議論を提案するとともに、国際的な

57 改正 ITRは 90カ国が署名、55カ国が署名を見送る状態となっている。この結果を受けて、サイバー空間での冷戦の到来を指摘する識者も現れた。Alexander Klimburg, “The Internet Yalta,” CNAS, Commentary, February, 2013.

58 総務省情報通信国際戦略局国際政策課 米子房伸「ITU全権委員会議(PP-14)の結果概要について(インターネット関連)」JPNIC第 4回日本インターネットガバナンス会議、2014年 11月、<https://www.nic.ad.jp/ja/materials/igconf/20141120/2-yonago.pdf> 2015年 8月 21日アクセス。

59 Foreign & Commonwealth Office and The Rt Hon William Hague MP, “London Conference on Cyberspace: Chair’s Statement,” UK Government, November, 2011, <https://www.gov.uk/government/news/london-conference-on-cyberspace-chairs-statement> accessed on August 21, 2015.

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サイバー問題を論議する場として相応しいのは国家が主役である国連だと主張している60。この点でサイバー国際会議では、これまでと同様の論争が繰り返されていると言える。他方で、議論の中心性が国家ではなく、マルチ・ステークホルダーに存在することを体現し、空間の開放性や透明性、自由を堅持する方針を基礎付けるという点で、この会議は重要な意味を有している。以上の考察からうかがえる通り、サイバー空間レジーム、とりわけインターネットガバナンスに

おいては諸国間に見解の相違が存在し、レジームの基盤は定まっていない。非国家主体が中心的であったレジームで国家の存在感が増し始め、かつ安全保障上の要請から「囲い込み」の論理が強まり始めると、それまで培われてきた「自由・開放」の論理との角逐が顕在化した。次項では国際レジーム論の観点から、サイバー空間レジームの特徴を論考する。

(2)サイバー空間レジームの考察―競合型レジームサイバー空間では幾つものレジームが、安全保障、インターネット、犯罪、プライバシー、人権、知的財産といった多様な争点に応じて形成され、それらが複雑に関わり合いながら存在する。ナイはこうした状況をレジームコンプレックスと位置付けて考察している61。ここではインターネットガバナンスに関わるレジームを焦点に論考する。インターネットの歴史は、その過程を幾つかの段階に分けて捉えることができる。1970年代から1980年代頃にかけての草創期は、科学者たちの英知の賜物としてインターネットが誕生、民間セクターの活力によって徐々にネットワークの範囲を拡大していった時期であった。1990年代も後半になると、爆発的に利用者が拡大する発展期を迎える。インターネットの国際社会への浸透は利便性を高める一方で、様 な々懸念ももたらし、安全保障問題と関連付けて捉えられるようになっていった。そうした潮流は 2000年代に入って、大規模かつ組織的なサイバー攻撃が相次いで発生するとより顕著になった。国際会議の場で、官民を交えながらインターネットガバナンスをめぐる議論が白熱した。一般的に国際レジーム論では、国家が主役であるレジームを始発点とし、行為者の範囲

が非国家主体にまで拡大することで、レジームの地平が拡大していくことが想定されている 62。従って、インターネットガバナンスに関するレジームは、理論上の想定とは逆向きのベクトルを

60 「サイバー空間に関するブダペスト会議」外務省、2012年 10月、<http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/soshiki/cyber/cyber_1210.html>;「サイバー空間に関するソウル会議」外務省、2013年 10月、<http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/page18_000084.html > いずれも 2015年 8月 21日アクセス。

61 Joseph S. Nye, Jr., “The Regime Complex for Managing Global Cyber Activities,” Global Commission on

Internet Governance Paper Series, No. 1, May, 2014.62 山本『国際レジームとガバナンス』、168-184頁。

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描いてきた興味深い事例と言える。国家ではなく民間セクター主導のレジームであったことは、インターネットの爆発的な普及に資した。国家の枠に収まらない行為者だからこそ、インターネットの基本原理として「自律・分散・協調」を掲げて、瞬く間に利用者を拡大する推進力になれたと考えられる。このように民間セクターを主な担い手に「自由・開放」的な特徴を有してきたレジームで、国家が存在感を増し始めたことは多くの問題を提起した。とりわけ、空間における国家主権の尊重や政府の役割拡大を求める主張が様々な国際会議の場で繰り広げられ、「囲い込み」の潮流が生じている点は注目に値する。中国やロシアを中心とした一部諸国が求める「国際行動規範」はその好例である。もっともサイバー空間における自由や権利の尊重を謳う米国にしても、対テロリストといった名目から政府による情報通信への関与は行われている。程度の差はあれど、安全保障と密接に関連するサイバー空間を野放しにしておくことは、もはや各国ともにできなくなっている現状がある。いかに異なる論理の調和を図れるかが、今まさに主要な課題となっている。インターネットガバナンスにおける国家の台頭は、これまでのレジームを米国主導によるもの

と位置付けて、それを批判する動きも生んだ。レイトカマーとなった一部の新興諸国は、米商務省とICANNとのつながりに対する不満を露わにしてきた。確かに米国内で醸成されてきた高い技術力を背景としたインターネットガバナンスの形成は、米国のパワーによって築かれたレジームとの解釈を可能にするかもしれない。しかし米国がレジームの中心に位置付けられるのは、インターネット発祥の地であったが故の結果とも言え、経路依存的に現行の仕組みが形作られてきたと評することもできよう。民間セクターが主であった時代に比して、レジームの正統性が問われる時代となったと言える。なおサイバー空間レジーム、とりわけインターネットガバナンスにおいては、行為者による利害得失の計算が「囲い込み」を求める傾向にあることは注目に値する。空間への依存度が深まる程に、先進国・新興国に関わらず、安全保障上の脆弱性の高まりが強く懸念されるようになる。国家の中枢を脅かしかねないリスクの回避に重きが置かれることで、「囲い込み」の論理が強まる性質をサイバー空間レジームは備えていると解せる。以上述べてきたように、インターネットガバナンスという大枠の中で、基本的な概念であ

る規範やルールをめぐって見解の相違が存在している 63。そのため、同様の問題領域を扱いながらも異なったレジームの形成が追求される可能性がある。国際レジームの類型上は、内部競合型のレジームに該当すると解せる。内部競合型では、相違する規範の調整が

63 インターネットガバナンスにおける原理や規範の欠如については次を参照。Mueller, Mathiason, and Klein, “The Internet and Global Governance.”

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必要になるが、これまで考察してきたようにその溝の解消は容易ではない。むしろ各行為者が自らの要求をより満たすレジームの選択、いわゆるフォーラムショッピングが行われるような状況は、「自律・分散・協調」に支えられてきたインターネットの一体性を損なう懸念を孕む。

おわりに

海洋とサイバー空間の歴史からは、「自由・開放」と「囲い込み」の論理の間で生じる緊張関係が、前者では調和が図られ(統合型レジーム)、後者では角逐が強まってきた(競合型レジーム)過程が示される。異なる2つの論理をどのように調整するかという共通の課題に対して、異なった状況が生じている。本稿のまとめとして、以下では両空間を試験的に比較し、差異をもたらす 3つの要因を指摘する。

1つは歴史の長さの違いである。海洋では国家が沿岸海域に及ぼす権限が徐々に拡大し、相対的に自由の範囲が狭められていく中で、「自由・開放」を基本に据えながら「囲い込み」の潮流の受容・調和が長い時間を掛けて図られてきた。トルーマン宣言からUNCLOSの発効に至るまでの期間だけで、実に約半世紀も掛かっている。対照的にサイバー空間、特にインターネットガバナンスにおける異なる 2つの論理の角逐は、今まさに顕在化した問題であり、バランスの調整にはまだ相当の時間を要するだろう。また「自由・開放」をレジームの基盤として歴史的に培ってきた海洋では、2つの論理は「調和」の方向に進んだが、インターネットガバナンスでも同様の軌跡を辿るとは限らない。相違を生む 2つ目の要因はレジームに参画する行為者にある。海洋レジームでは民間セク

ターも重要な役割を果たしつつも、歴史的にみてレジームの形成や変容を主導してきたのは国家であった。他方でサイバー空間では、これまで民間セクターが中心的な役割を果たし、現在も国家と非国家主体とを並列的に扱うマルチ・ステークホルダーモデルが追求されている。より多くの行為者が参画するサイバー空間では海洋と比して、レジームの基盤に何を据えるのか、あるいはどのようなルールを導入するのかといった点で合意に達することがより難しいと考えられる。もっともこのことは国家によるガバナンスを重視すべきという結論を導き出さない。むしろ、サイバー空間は多様な行為者によるガバナンスをいかに確立できるかという国際レジーム論の先端的事例に位置付けることができる。そこから得られる含意は、グローバル・ガバナンスへと地平を広げている海洋レジームの議論にも資する可能性を秘める。

3つ目の要因は海洋とサイバー空間では、空間の利用をめぐる利害得失の計算に違いが存在する点にある。海洋では空間の利用を深めれば深める程、「自由・開放」の論理を求

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める傾向がある。既述した通り、ソ連はもともと沿岸国の同意なしで他国の軍艦が領海を通航することに反対していたが、特に軍事面で海洋の利用を深めるようになると、その立場を変えていき、領海における他国の軍艦の無害通航権を認めるようになったのである。一方でサイバー空間では空間への依存度が深まる程に、安全保障上の脆弱性の高まりが強く懸念され、国家の中枢を脅かしかねないリスクを回避するための「囲い込み」が求められる傾向にある。海洋とサイバー空間とでは、空間への依存度の高まりがどちらの論理に加担するのかに相違がある。以上の要因から、海洋レジームとサイバー空間レジームとでは異なる2つの論理の調整の

仕方に差異が生じている。もっともレジームは変容する。海洋レジームの基盤を成している「自由・開放」の論理も盤石ではない。領海における軍艦の無害通航権の否定や、EEZにおける軍事的活動の事前通告・許可の必要性を認める見解が主流を成すようになる可能性も否定できない。「自由・開放」の論理を引き続き堅持するためには、米国による「航行の自由プログラム(Freedom of Navigation [FON] Program)」のような、具体的な施策が必要になっている 64。一方、サイバー空間レジームも競合型から統合型レジームへと変容する可能性がある。し

かし現状を観察する限りでは「競合」の強まりが予測される。世界65カ国を対象にインターネット利用の自由度を評価した調査によれば、「自由」あるいは「不自由」に該当する国の数はそれぞれ 19カ国と15カ国だったのに対して、「部分的に不自由」と評された国は 31カ国と多数派を占めた 65。「部分的に不自由」に該当する国 を々単純に一括りにすることはできないものの、「不自由」の予備軍が多く存在する事実は注目に値する。こうした国々が国家主権の尊重や政府の権限拡大を重視する姿勢を強めていけば、インターネットガバナンスにおける「自由・開放」と「囲い込み」の論理の角逐はより顕著になっていくだろう。更には、後者の論理が優勢となる統合型レジームへと変容していくシナリオも現実味を帯びるかもしれない。本稿での論考はあくまでグローバル・コモンズに関する1つの見方・解釈を示すものであり、

これによって一般化された理論が直ちに導き出される訳ではもちろんない。海洋とサイバー空間だけでなく、空や宇宙に関する事例へと議論の射程を広げながら、グローバル・コモンズの分析概念としての質を高めていく必要がある。またレジームの形成や変容の過程に着目す

64 米国は沿岸国による過度な海洋権益の主張を、外交的な抗議、米軍の展開、二国間・多国間対話を通じて牽制している。

65 調査では、インターネットアクセス障害の程度、コンテンツ制限、あるいはユーザーの権利侵害の程度といった項目が評価対象とされた。詳しい調査内容は次を参照。Freedom House, Freedom On the Net 2014, <https://freedomhouse.org/sites/default/files/resources/FOTN%202014%20Summary%20of%20Findings.pdf>

accessed on August 21, 2015.

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るだけではなく、国際レジーム論のもう1つの重要な論点である、レジームによって行為者の行動がどのように規定されるといった側面を論考することも今後の課題である。

(はらだゆう 政策研究部グローバル安全保障研究室研究員)