スピントロニクス実験のコツ - Riken...spin )が作用します.図 3(b)に,磁化...

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Fundamental Lecture 1. まえがき スピントロニクス分野においてスピン流の有効活用は,磁性 の基礎研究だけでなく,不揮発性磁気メモリなどの応用を視 野に入れた研究においても重要課題の 1 つです.そのため, スピン流の定量的な計測手法は当該分野の主要技術といえま す.そこで本稿では,高周波測定技術を利用したスピン流の 計測法について筆者らの経験も含めて詳細に説明します. 2. スピン流生成 1,2) これまでにスピン流を生成する手法として,強磁性電極から のスピン偏極電流を注入する手法や強磁性体の磁化ダイナミ クスを利用する手法,さらには非磁性体中のスピン軌道相互 作用に起因したスピンホール効果を利用した手法が知られて います.本稿では,近年研究が盛んに行われているスピン ホール効果由来のスピン流に焦点を当てて説明したいと思い ます. 2.1 スピンホール効果 スピンホール効果は電流をスピン流,つまりスピン角運動量 の流れへと変換する現象です.歴史的には 1971 年にすでに 理論的予測がなされていましたが,それから約 30 年後の 2000 年代に入ってから爆発的に実験研究が進み現在に至っ ています.このスピンホール効果の概念図を1 に示します. この図に示すようにスピン軌道相互作用の強い白金(Pt)な どの遷移金属に電流 J C を流すと,直交方向にスピン流 J S 生成します.このスピン流の大きさはスピン軌道相互作用が強 いほど大きくなることが知られています.また,その逆効果は 逆スピンホール効果と呼ばれ,スピン流 J S を注入することで, 電流 J C が生成されます.以降,第 3 章ではスピンホール効 果により生成されたスピン流の計測方法,第 4 章では逆スピ ンホール効果を利用したスピン流の計測方法について説明し ます. 2.2 スピンホール効果を利用したスピントロニクス素 第 3,第 4 章での具体的なスピン流計測の方法についての スピントロニクス実験のコツ(近藤・大谷)/ 基礎講座 139 超低消費電力スピントロニクス素の実には,なスピン流生成操作必要です.そのためにはスピン流を定量的 に計測する手法が必要となります.本稿では,スピンル効果用したスピン流生成や,それを用いたスピン流の定な計測方法などについて解します. J C J S (a) (b) Pt,Ta,W J C J S 1 (a)電流 - スピン流交換(スピンホール効果),(b)スピン流 - 電流交換 (逆スピンホール効果). スピントロニクス実験のコツ スピン流の計測 Tips for spintronics experiments: Spin current measurements 近藤 浩太 大谷 義近 Kouta KONDOU Yoshichika OTANI 国立研究開発法人理化学研究所 量子ナノ磁性研究チーム 東京大学 物性研究所 Quantum Nano-Scale Magnetism Team, RIKEN The Institute for Solid State Physics (ISSP), The University of Tokyo 〒 351-0198 和光市広沢 2-1 〒 277-8581 柏市柏の葉 5-1-5 2-1 Hirosawa, Wako 351-0198 5-1-5 Kashiwanoha, Kashiwa 277-8581 e-mail: [email protected] e-mail: [email protected] 分類番号 : 10.2, 10.3

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  • OY172012(基礎講座_近藤先生・大谷先生)_下版_三校_再校_初校_0校.mcd Page 3 17/01/25 13:48 v6.20

    Fundamental Lecture

    1. まえがき

    スピントロニクス分野においてスピン流の有効活用は,磁性

    の基礎研究だけでなく,不揮発性磁気メモリなどの応用を視

    野に入れた研究においても重要課題の1つです.そのため,

    スピン流の定量的な計測手法は当該分野の主要技術といえま

    す.そこで本稿では,高周波測定技術を利用したスピン流の

    計測法について筆者らの経験も含めて詳細に説明します.

    2. スピン流生成1,2)

    これまでにスピン流を生成する手法として,強磁性電極から

    のスピン偏極電流を注入する手法や強磁性体の磁化ダイナミ

    クスを利用する手法,さらには非磁性体中のスピン軌道相互

    作用に起因したスピンホール効果を利用した手法が知られて

    います.本稿では,近年研究が盛んに行われているスピン

    ホール効果由来のスピン流に焦点を当てて説明したいと思い

    ます.

    2.1 スピンホール効果

    スピンホール効果は電流をスピン流,つまりスピン角運動量

    の流れへと変換する現象です.歴史的には1971 年にすでに

    理論的予測がなされていましたが,それから約 30 年後の

    2000 年代に入ってから爆発的に実験研究が進み現在に至っ

    ています.このスピンホール効果の概念図を図 1に示します.

    この図に示すようにスピン軌道相互作用の強い白金(Pt)な

    どの遷移金属に電流 JCを流すと,直交方向にスピン流 J

    Sが

    生成します.このスピン流の大きさはスピン軌道相互作用が強

    いほど大きくなることが知られています.また,その逆効果は

    逆スピンホール効果と呼ばれ,スピン流 JSを注入することで,

    電流 JCが生成されます.以降,第 3 章ではスピンホール効

    果により生成されたスピン流の計測方法,第 4 章では逆スピ

    ンホール効果を利用したスピン流の計測方法について説明し

    ます.

    2.2 スピンホール効果を利用したスピントロニクス素

    第 3,第 4 章での具体的なスピン流計測の方法についての

    スピントロニクス実験のコツ(近藤・大谷)/ 基礎講座

    139

    超低消費電力スピントロニクス素子の実現には,効率的なスピン流生成と磁化操作が必要です.そのためにはスピン流を定量的

    に計測する手法が必要となります.本稿では,スピンホール効果を利用したスピン流生成素子や,それを用いたスピン流の定量

    的な計測方法などについて解説します.

    JCJS

    (a) (b)Pt,Ta,W

    JC JS

    図 1 (a)電流 -スピン流交換(スピンホール効果),(b)スピン流 - 電流交換

    (逆スピンホール効果).

    スピントロニクス実験のコツスピン流の計測

    Tips for spintronics experiments:Spin current measurements

    近藤 浩太 大谷 義近Kouta KONDOU Yoshichika OTANI

    国立研究開発法人理化学研究所 量子ナノ磁性研究チーム 東京大学 物性研究所

    Quantum Nano-Scale Magnetism Team, RIKENThe Institute for Solid State Physics (ISSP),

    The University of Tokyo

    〒 351-0198 和光市広沢 2-1 〒 277-8581 柏市柏の葉 5-1-52-1 Hirosawa, Wako 351-0198 5-1-5 Kashiwanoha, Kashiwa 277-8581

    e-mail: [email protected] e-mail: [email protected]

    分類番号 : 10.2, 10.3

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    Fundamental Lecture

    説明に進む前に,これまでに実証されたスピンホール効果を

    利用したスピントロニクス素子について簡単に紹介したいと思

    います.図 2に,素子の基本構造を示します.素子のスピン

    ホール効果を示す金属(スピンホール材料)に電流を印加す

    ると,スピン流が直交方向に生成します.そのスピン流は近接

    する強磁性体へと注入され,強磁性体の磁化にスピントルク

    を与えます.このスピントルクを用いることで,これまでに磁化

    反転・自励発振・スピン波の伝搬特性などの制御が実現さ

    れ,将来的には磁気メモリ・ナノサイズのマイクロ波発振器・

    スピン波ロジックなどへの応用につながると期待されています.

    また,従来の強磁性電極を用いたスピン流注入素子と比べ

    て,スピンホール効果を利用した素子ではスピン流が常に電

    流と直交方向に生成されるため,電流とスピン流を分離して

    利用することが容易となります.これにより素子構造の簡略

    化,および電流による発熱効果の抑制が可能となります.こ

    のような理由から,スピンホール効果に関する基礎研究が精

    力的に行われ,スピンホール効果の実験的検証から約 10 年

    の間に,ここで示した全ての素子の動作原理の検証がなされ

    ました.このことからも,スピンホール効果を用いたスピン流生

    成の重要性と注目度の高さがうかがわれます.

    3. スピンホール効果により生成したスピン流の計測3)

    スピン流を強磁性体に注入すると強磁性体の磁化はスピント

    ルクによって傾きます.そして,このスピントルクの大きさと方

    向は,注入されるスピン流の大きさとスピン流の偏極方向で決

    まります.つまりスピントルクによる磁化の傾きを測定すること

    ができれば,スピン流の大きさを算出することができるわけで

    す.ここではその具体的な測定手法および算出方法について

    説明します.

    3.1 測定原理:スピントルク強磁性共鳴法

    測定試料の構造と測定回路を図 3(a)に示します.試料は

    強磁性金属とスピンホール材料の2 層薄膜構造からなります.

    今回は,強磁性層としてNiFe 合金(Py),スピンホール材料

    としてPt を例にして説明します.この試料に高周波電流 Irf

    (〜20 GHz)を印加すると,Pt 層に流れる RF 電流によって

    電流に直行する面内交流磁場 Hrfが発生し,強磁性体の磁

    化に磁場トルクTfield

    が作用することで強磁性層の磁化の歳

    差運動である磁気共鳴が励起されます.それと同時にPy 層

    とPt 層の界面近傍では,スピンホール効果由来のスピン蓄積

    が生じ,拡散スピン流 JSが Py 層へと注入され,磁化にスピ

    ントルク(Tspin

    )が作用します.図 3(b)に,磁化 M に働く

    磁場トルクTfield

    とスピントルクTspin

    の方向を示します.この

    図からわかるように,Tfield

    とTspin

    はそれぞれ面直トルクおよ

    び面内トルクとして働きます.その結果,共鳴磁場において面

    内トルクによる試料抵抗の変化は印加電流 Irfと同位相になる

    ため出力電圧が生じますが,面直トルクは位相が 90° ずれる

    ため共鳴磁場で電圧は生じません.図 3(c)に,Py/Pt 2 層膜

    で測定された強磁性共鳴スペクトルを示します.赤プロットが

    実験結果で,スペクトル解析により対称な電圧スペクトル Vsym

    と非対称な電圧スペクトル Vanti

    に分離することができます.

    対称成分はスピントルクによる強磁性共鳴に対する寄与,非

    対称成分が磁場トルクによる寄与に対応します.そして Vsym

    はPy に注入されたスピン流 JSを用いて以下の式で表すこと

    応用物理 第 86 巻 第 2号(2017)140

    JC

    JS

    自励発振スピン波制御磁化反転

    強磁性層スピンホール材料

    図 2 スピンホール効果を利用したスピントロニクス素子の基本構造.

    Pt

    Py

    JC

    Hrf

    M JSz y

    x

    Hext

    Vsym(spin current)

    Vanti(spin current)

    (c)(b)(a)

    z

    M

    y

    x

    Hext

    Tspin

    Tfield

    0−300−200−1000

    100200300

    400 800 1200Hext (Oe)

    V out (μV)

    20×60

    V

    図 3 スピントルク強磁性共鳴測定.(a)試料構造と測定回路,(b)磁化 Mに働く磁場トルクTfieldとスピントルクTspin,(c)スピント

    ルク強磁性共鳴スペクトル.

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    Fundamental Lecture

    ができます.

    V =1

    4

    dR

    γI cosθ

    2π(df /dH )HH0

    J

    2eμ0M t

    Δ

    Δ2+(H−H0)2 (1)

    ここで,dR/dθ は歳差運動による試料抵抗の変化,γ は

    ジャイロ磁気定数,MSは飽和磁化,t

    PyはPy 層の膜厚,H

    0

    は強磁性共鳴磁場,Δは共鳴スペクトルの半値半幅を示しま

    す.また,括弧内の Js/2eμ0M

    StPy

    は,スピン流 JSに比例

    するスピントルクTspin

    の大きさに対応します.

    また,式(1)から,共鳴磁場 H0での出力電圧 V H

    0

    は,

    V H0

    =1

    4

    dR

    γI cosθ

    2π(df /dH )HH0 J

    2eμ0M t

    1

    Δ (2)

    と書き表すことができます.実際の測定では,検出した電圧

    スペクトルから対称成分の電圧スペクトルを分離し,共鳴磁場

    H0での出力電圧 V H

    0

    を決定することで JSを算出することが

    できます.

    3.2 強磁性体の緩和定数変調を用いたスピン流計測

    次に,3.1 節と同一試料を用いてスピン流を計測するもう1

    つの手法について紹介します.3.1 節の測定では試料に RF

    電流を印加して強磁性共鳴を励起しました.ここでは RF 電

    流に直流(DC)電流を重畳させることで,強磁性体の有効

    緩和定数 αeff

    が変調されることを利用してスピン流の計測を行

    います.DC 電流によって生成されるスピン流は,図 4 上図に

    示すように緩和トルクTdamp

    と平行,もしくは反平行方向のス

    ピントルクTspin

    を与えることから,Tspin

    が Tdamp

    と平行であ

    れば αeff

    は増大し,反平行であれば減少します.この Tspin

    による緩和定数の変調量 Δαeff

    は,式(3)で与えられます.

    Δα=sinθ

    (H+M /2)T =

    sinθ

    (H+M /2)μ0M t

    J 2e

    (3)

    ここで,θと JSは,それぞれ外部磁場 H

    extと印加電流の成

    す角度とPyに注入されたスピン流を表します.

    式(3)に実験から求めた緩和定数の変調量 Δαeffを代入す

    ることで,Py 層に注入されたスピン流 JSを算出することがで

    きます.さらに,印加するDC 電流量を増やし,Py に注入さ

    れるスピン流 JSを増加させることにより,T

    dampとT

    spinが相

    殺する状況を作り出すことができます.したがって,有効緩和

    定数 αeff

    はゼロとなり,Py 層の磁化は DC 電流を流している

    間,緩和せずGHz 帯域の周波数で歳差し続ける “自励発振

    素子” になります.このように 3.1 節で用いた 2 層薄膜細線

    の試料はスピン流 JSの計測だけでなく,自励発振も同一素子

    で行うことができます.

    3.3 電流 -スピン流の変換効率の導出

    スピンホール効果由来のスピン流 JSは,印加する電流 J

    C

    と線形関係をもつので,印加電流 JCと生成するスピン流 J

    S

    の比率(スピンホール角 θSH:JS/J

    C)を用いて,異種材料の

    スピン流生成能を比較します.このスピンホール角 θSH におい

    ても3.1 節の測定で得られたスペクトルを解析することで算出

    することができます.図 3(c)の Vsym

    は JSを用いて式(1)のよ

    うに表すことができます.一方,Vanti

    は,JCを用いて以下の

    ように表すことができます.

    V =1

    4

    dR

    γI cosθ

    2π(df /dH )HH0

    Jt2

    1+M

    H 0.5

    (H−H0)

    Δ2+(H−H0)2 (4)

    ここで,tPtは Pt 層の膜厚,括弧内の J

    CtPt/2は交流磁場 H

    rf

    の大きさに対応しています.式(1)および式(4)を用いることで

    スピンホール角 θSHを式(5)のように書き下すことができます.

    θ≡J

    J=tt

    V

    2V eμ

    0M

    1+(M /H) (5)

    これにより,Vsym

    /Vanti

    をスペクトル解析から求め,試料形状

    や飽和磁化 MSの値を代入することでスピンホール角 θSHを

    求めることができます.

    第 3 章の最後に,このスピントルク強磁性共鳴測定に適し

    た外部磁場角度について説明します.まず,スピンホール角

    θSH は材料のスピン軌道相互作用に由来する定数なので,外

    部磁場の角度には依存しません.しかし,検出されるスペクト

    ルは,歳差運動による試料の異方性磁気抵抗変化を利用して

    スピントロニクス実験のコツ(近藤・大谷)/ 基礎講座

    141

    Hext

    Hext

    Tdamp

    M

    Tspin

    HextTdamp

    M

    Tspin

    PyPtJC

    JS

    Hext

    PyPtJC

    JS

    0.040

    0.038

    0.036

    0.034

    0.032

    0.030

    0.028

    0.026

    α eff

    70

    65

    60

    55

    50

    HMHW (Oe)

    −2 −1 0 1 2JPt (1011 A/m2)

    図 4 スピン流による緩和定数の変調.

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    Fundamental Lecture

    検出しているため,外部磁場の角度 θ によって検出される電

    圧強度が変化します.その磁場角度依存性は,歳差運動に

    よる試料抵抗の角度依存性(sinθcosθ)とスピントルクのかか

    り方の角度依存性(cosθ)の積 sinθcos2θ で決まります.図

    5 に,Py/Pt における電圧強度の角度依存性を示します.プ

    ロットは実験値,実線は sinθcos2θのフィッティング曲線に対応

    します.ここに示されているように,検出される電圧強度は磁

    場角度が 35°,145°,215°,325°のときに最大値を示すた

    め,これらの角度が最も高感度に測定できることがわかりま

    す.また,スピンホール角 θSH が外部磁場に対して依存しな

    いことは,挿入図に示すように Vsym

    /Vanti

    の角度依存性から

    確認することもできます.

    4. 逆スピンホール効果を利用したスピン流計測3)

    次に,逆スピンホール効果を用いたスピン流計測について

    説明します.スピンホール効果と逆スピンホール効果の間には

    Onsagerの相反定理が成り立ちます.そのため電流からスピン

    流への変換効率(JS/J

    C)と,スピン流から電流への変換効

    率(JC/J

    S)は同じ値になります.この定理に基づき,さらに

    3.3 節で導出した式(5)を用いることで,実験からスピンホー

    ル角 θSHを決定し,スピン流 JSを非磁性金属で算出すること

    ができます.ここではスピンポンピング法を用いたスピン流注

    入とその注入されたスピン流の計測方法について説明します.

    4.1 スピンポンピング法によるスピン流注入

    強磁性体の緩和定数は材料定数として知られています.し

    かし,強磁性体/スピンホール材料の 2 層膜において緩和定

    数を測定すると,強磁性体単層膜よりも大きな緩和定数が見

    積もられます.これはスピンポンピング効果による磁気緩和の

    増大が原因であると考えられます.図 6に示すように,強磁

    性体(Py)とスピンホール材料(Pt)の接合がある状況で強

    磁性体の磁化を歳差運動させた場合,スピン流 JSが強磁性

    体からスピンホール材料へと流れ込みます.その際,スピン

    流がスピンホール材料中を伝搬しながら減衰してしまうと,強

    磁性体へ戻ってくるスピン流が減少するため緩和定数の増大

    が引き起こされます.つまり,緩和定数の増加量を用いること

    で,スピンホール材料中でのスピン流 J

    を表すことができま

    す.

    J

    =ωM t

    μ(α/−α)sin

    2θ (6)

    J

    は,それぞれ Pt へ注入されたスピン流,αPy/Pt,αPy は,

    Py/Pt 2 層膜とPy 単層膜での緩和定数を示しています.この

    式からわかるようにスピン流 J

    は緩和定数の増加分(αPy/Pt

    −αPy)を比例係数として,歳差運動の極角 θCone の 2 乗に

    比例します.つまり,強磁性共鳴を強く励起し,極角 θCone

    を大きくすることで,スピンポンピングによるスピン流注入量を

    増大させることができます.

    4.2 逆スピンホール効果を用いたスピン流計測

    4.1 節で示したスピンポンピング効果によってスピンホール材

    料にスピン流注入すると,逆スピンホール効果を介してスピン

    応用物理 第 86 巻 第 2号(2017)142

    (a)

    Hext−y

    x

    (b)

    Vsym

    Vanti

    00.0

    1.0

    0.5

    120 240 360

    Vsym/Vanti

    Vsym, Vanti (

    μV)

    0−150

    −100

    −50

    0

    50

    100

    150

    60 120 180 240 300 360

    θ

    20×60

    Angle: θ (°)

    V

    図 5 スピントルク強磁性共鳴測定外の外部磁場角度依存性.

    GND

    GNDSignal

    M

    J SSP

    Py

    Pt

    θCone

    Irf

    V

    Hrf

    Hrf

    Hext

    図 6 スピンポンピング効果および逆スピンホール電圧測定回路.

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    Fundamental Lecture

    流 J

    が電流 JC へと変換されます.そして,検出される電圧

    VISHE

    は以下のような式を用いて表すことができます.

    V =wRθ(

    2e

    )J

    (7)

    w,Rは2 層膜細線の細線幅と抵抗値です.図 7に,Py/Pt

    2 層膜において逆スピンホール効果で検出された電圧スペクト

    ルを示します.検出された電圧スペクトルは共鳴磁場 H0で極

    大値をとります.これは共鳴磁場 H0で最も大きな歳差運動

    角を有するため,スピン流が最も多く注入された結果と考える

    ことができます.ここで得られた電圧 VISHE

    を用いることで,

    共鳴磁場 H0でのスピン流は,J

    S=θSH×J

    C=θSH×V ISHE/

    (RwtPt)から算出することができます.今回は,スピンポンピン

    グ法によるスピン流注入を例に逆スピンホール効果を利用した

    スピン流計測について解説を行いましたが,近年盛んに研究

    されている熱勾配誘起のスピン流や光誘起のスピン流におい

    ても,同様の手法を用いることで定量的にスピン流計測するこ

    とが可能です.さらに,この測定法では,式(7)に示されてい

    るように検出される電圧 VISHE

    の強度が試料抵抗 Rと比例関

    係にあるため,生成されるスピン流が微小な場合でも,試料

    抵抗が大きくなる試料を設計することで検出感度を上げること

    ができるという利点があります.そのためこの手法は,新たな

    スピン流生成機構の開拓において特に有用な手法といえます.

    5. むすび

    強磁性体/スピンホール材料の 2 層膜を用いたスピン流の

    定量計測について解説しました.これらの手法で用いた試料

    は,いずれも数十 μmとフォトリソグラフィ描画で加工できる大

    きさです.そのため,今回取り上げた金属材料だけでなく,

    微細加工がより困難な酸化物や有機物におけるスピン流計測

    にも適用可能であると考えられます.最近ではすでに,トポロ

    ジカル絶縁体表面やラシュバ界面から生成するスピン流の計

    測などにも用いられ,界面スピントロニクスの開拓にも役立っ

    ています.今後,スピントロニクス分野がさまざまな材料系へ

    展開する際に,本稿が参考になれば幸いです.

    文 献

    1)猪俣浩一郎監修:スピンエレクトロニクスの基礎と応用 (シーエムシー出版,

    2010).

    2)S. Maekawa, S.O. Valenzuela, E. Saitoh, and T. Kimura: Spin Current-

    Semiconductor Science and Technology (Oxford University Press, 2012).

    3)J. Sinova, S.O. Valenzuela, J. Wunderlich, C.H. Back, and T. Jungwirth:

    Rev. Mod. Phys. 87, 1213 (2015).

    (2016 年 10月 3日 受理)

    スピントロニクス実験のコツ(近藤・大谷)/ 基礎講座

    143

    近藤 浩太(こんどう こうた)

    2011 年京都大学大学院理学研究科博士課程修了.同年独立

    行政法人物質・材料研究機構磁性材料ユニットスピントロニクス

    グループポスドク研究員.12 年独立行政法人理化学研究所基

    幹研究所量子ナノ磁性研究チーム特別研究員.15 年同研究所

    研究員.博士(理学).

    大谷 義近(おおたに よしちか)

    1989 年慶應義塾大学理工学研究科博士課程(物理学専攻)

    修了,理学博士.同年〜91 年アイルランド・ダブリン大学トリ

    ニティーカレッジ博士研究員,91〜93 年フランス・ルイ・

    ネール磁性物理学研究所研究員,93 年慶應義塾大学理工学研

    究科(物理学専攻)助手,95 年東北大学大学院工学研究科

    (材料物性学専攻)助教授,02 年独立行政法人理化学研究所

    フロンティア研究システム,07 年より同基幹研究所量子ナノ磁

    性研究チーム・チームリーダーを経て,04 年より東京大学物性

    研究所ナノスケール物性研究部門教授,13 年より理化学研究

    所創発物性科学研究センター量子ナノ磁性研究チーム・チーム

    リーダー兼務.

    H0

    450

    0

    40

    30

    20

    10

    600 750 900Hext (Oe)

    V ISHE (

    μV)

    図 7 スピンポンピング効果によるスピン流注入および逆スピンホール電圧ス

    ペクトル.