ドライバー開発 3.セラミックス材料 開発 - ILTSlip casting Sintering Adding...

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OPTRONICS2012No.9 1 特集 新たな段階に突入したレーザー核融合研究 ギリシャ語の Keramion(焼き物)を語源とするセラミ ックスは,極めて長い歴史を有する実用材料であり,陶 磁器をはじめ様々な用途で使用されている。一方,多結 晶透明セラミックス材料の歴史は短く,1961 年に R. L. Coble の透光性アルミナの発明 1に端を発して,盛んに 開発が行われるようになった 2 5。しかし,当時の技術 では光学ガラスや単結晶に光学品質が遥かに及ばず,次 第に開発自体が停滞していった。 セラミックスへの透光性の付与には成功したものの, 長い間透明化は出来ずにいた。しかし,1995 年のレーザ ーダイオード(LD)を励起光源に用いた Nd:YAG セラ ミックスのレーザー発振成功以降 6,再度精力的に検討 されはじめた 7 112000 年代に入ると,単結晶を凌ぐ 程の性能を有するまでに至り,従来技術では不可能と考 えられていた核融合発電用ドライバーを代表とする大出 力固体レーザーをも可能にしつつある。 本稿では,大出力固体レーザー用媒質として期待され Nd:YAG Yb:YAG セラミックスの一般特性や大型化 を可能にする手法,それに伴う寄生発振防止法並びに, セラミックスファラデーローテーターの紹介を行う。 透明セラミックスは,原料調整,成形,焼成の 3 工程 により製造される。多数報告されている透明セラミック ス材料の製法の一例として,筆者らの用いている透明 Nd:YAG セラミックスの製造フローを図1 に示す 13透明セラミックス材料の製法の特徴は,その熱履歴に ある。すなわち,光学ガラスや単結晶は,材料融点もし くはそれ以上の温度で一旦溶融して作製される。それに 対して,透明セラミックス材料は融点よりもかなり低い 温度で焼成して作製される。そのためセラミックスは, 微細な結晶の集合体(多結晶)となる。焼結による非溶 融法で製造される透明セラミックスは,既存の光学材料 と比較して,(1)大型化・大量生産が可能,(2)高融点 材料の作製が可能,(3)各種ドーパントの均一且つ高濃 度添加が可能,(4)高い機械的強度,(5)複合化(コン ポジット)が容易,(6)結晶方位がなく透過波面歪が小 さい,といった優位性が確認されている 132.1 製法と特徴 ドライバー開発 3.セラミックス材料 開発 神島化学工業㈱ 村松克洋,八木秀喜,柳谷高公 1 はじめに 2 透明セラミックス 図1 Nd:YAG セラミックスの製造プロセス Chloride solution Al 3+ ,Y 3+ , Nd 3+ Ball milling Nd:YAG powder Nd:YAG ceramics 2 m μ NH 4 HCO 3 (NH 4 ) 2 SO 4 Slip casting Sintering Adding dropwise and stirring Filtering Washing and drying Calcining Nd:YAG precurcer

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OPTRONICS(2012)No.9 1

特 集新たな段階に突入したレーザー核融合研究

ギリシャ語のKeramion(焼き物)を語源とするセラミ

ックスは,極めて長い歴史を有する実用材料であり,陶

磁器をはじめ様々な用途で使用されている。一方,多結

晶透明セラミックス材料の歴史は短く,1961年にR. L.

Cobleの透光性アルミナの発明 1)に端を発して,盛んに

開発が行われるようになった 2~ 5)。しかし,当時の技術

では光学ガラスや単結晶に光学品質が遥かに及ばず,次

第に開発自体が停滞していった。

セラミックスへの透光性の付与には成功したものの,

長い間透明化は出来ずにいた。しかし,1995年のレーザ

ーダイオード(LD)を励起光源に用いたNd:YAGセラ

ミックスのレーザー発振成功以降 6),再度精力的に検討

されはじめた 7~ 11)。2000年代に入ると,単結晶を凌ぐ

程の性能を有するまでに至り,従来技術では不可能と考

えられていた核融合発電用ドライバーを代表とする大出

力固体レーザーをも可能にしつつある。

本稿では,大出力固体レーザー用媒質として期待され

るNd:YAGやYb:YAGセラミックスの一般特性や大型化

を可能にする手法,それに伴う寄生発振防止法並びに,

セラミックスファラデーローテーターの紹介を行う。

透明セラミックスは,原料調整,成形,焼成の 3工程

により製造される。多数報告されている透明セラミック

ス材料の製法の一例として,筆者らの用いている透明

Nd:YAGセラミックスの製造フローを図1に示す 13)。

透明セラミックス材料の製法の特徴は,その熱履歴に

ある。すなわち,光学ガラスや単結晶は,材料融点もし

くはそれ以上の温度で一旦溶融して作製される。それに

対して,透明セラミックス材料は融点よりもかなり低い

温度で焼成して作製される。そのためセラミックスは,

微細な結晶の集合体(多結晶)となる。焼結による非溶

融法で製造される透明セラミックスは,既存の光学材料

と比較して,(1)大型化・大量生産が可能,(2)高融点

材料の作製が可能,(3)各種ドーパントの均一且つ高濃

度添加が可能,(4)高い機械的強度,(5)複合化(コン

ポジット)が容易,(6)結晶方位がなく透過波面歪が小

さい,といった優位性が確認されている 13)。2.1 製法と特徴

ドライバー開発3.セラミックス材料開発

神島化学工業㈱村松克洋,八木秀喜,柳谷高公

1 はじめに

2 透明セラミックス

図1 Nd:YAGセラミックスの製造プロセス

Chloride solutionAl3+,Y3+, Nd3+

Ball milling

Nd:YAG powder

Nd:YAGceramics

2 mμ

NH4HCO3(NH4)2 SO4

Slip casting

Sintering

Adding dropwiseand stirring

Filtering

Washing and drying

Calcining

Nd:YAG precurcer

2 OPTRONICS(2012)No.9

特集 新たな段階に突入したレーザー核融合研究

核融合用ドライバーの様な大出力固体レーザーには,

主に Nd:YAGがレーザー結晶として検討されてきた。

Nd:YAGは光学的にも機械的にも性能が優れており,古く

から透明材料としてセラミックス化が検討されてきた 14)。

筆者らは,セラミックスレーザーを実現すべく電気通信

大学と共同研究を進めてきた。研究初期からNd:YAGセ

ラミックスに集中し,2003年に図2に示す様にレーザー

媒質としてセラミックスが単結晶を凌ぐ事を初めて実証

した 15)。

大出力固体レーザーに必要な大型結晶についても,こ

れまでに 10 cm× 10 cm× 2 cmの大口径スラブや,図3

の様な長さ約 35 cmの長尺スラブなど,従来の結晶育成

技術では不可能であった大型YAG結晶の製造が可能と

なっている。実際,米国ではセラミックススラブを用い

て,2006年には 67 kW,2009年には 100 kW超のレーザ

ー出力が既に実現されている 16)。

一方最近では,Yb:YAGを用いた thin-disk laserが盛ん

に研究開発されており 17),核融合用レーザー媒質として

も検討されている。Yb:YAGはNd:YAGと較べるとエネ

ルギー蓄積能力が高く,レーザー活性イオンのドープ量

も増やせるため単位体積あたりのエネルギー蓄積密度を

極めて高くする事も可能である。また,非輻射遷移によ

る熱発生はNd:YAGの 1 / 3~ 1 / 4程度と,利点が多い。

しかし,良質の高濃度Yb:YAG単結晶の製造は困難なた

め,そのセラミックス化が強く要求されてきた。

これまでに 20% Yb:YAGセラミックスが試作され,

thin-disk laserによるレーザー発振が報告されている 18)。

そのレーザー特性を図4に示す。約10 Wのレーザー出力

が60%以上の高いスロープ効率で実現されている。一方,

比較の 16.5%Yb:YAG単結晶では最大 38.1%のスロープ

効率しか得られず,セラミックスの優位性が実証されて

いる。レーザー技術総合研究所ではYAG/Yb:YAGのコン

ポジットセラミックスを使用した,全反射アクティブミ

ラーレーザー(TRAM:Total-Reflection Active-Mirror)の

開発が行われており,300W級出力を高効率で実現して

いる 19~21)。

Nd:YAG及びYb:YAGセラミックスを用いた固体レー

ザーは,最も実現性のある核融合における炉用レーザー

2.2 YAGセラミックス

図2 Nd:YAGセラミックスのレーザー発振試験

0

20

40

60

80

100

120

0 100 200 300Pump power(W)

Out

put p

ower(

W)

110 W

103 W

Ceramic: =41.2%

Single crystal: =38.4% η

η

Nd:YAG ceramic 4×105 mmNd:YAG crystal 4×105 mmφ

φ

図3 大型Nd:YAGセラミックス(length~35 cm)

図4 20%Yb:YAGセラミックスのレーザー発振試験

Pin[W]

P out[W]

0 2 4 6 8 10 12 14 16 18 20 22

10

9

8

7

6

5

4

3

2

1

0

T=0.3% =30.3%

T=1.63% =53.9%

T=3.35% =60.6%

T=6% =56.2%

ηηηη

OPTRONICS(2012)No.9 3

と考えられ,今後更なる結晶の大型化,それに伴う固体

レーザーの大出力・高効率化が進むものと推測される。

誘導放出を利用したレーザー増幅器では,寄生発振の

問題がある。寄生発振とは,結晶内の内面反射により生

じる不要な発光で起こる発振である。この発振が,本来

増幅に使われる励起エネルギーを消費して,利得が低下

する。寄生発振は,主に結晶の端面間や側面間で起こり

易いため,反射防止膜や吸収体などを配する必要がある。

以前から,内面反射光を吸収する結晶を配し,寄生発

振を防止するための複合結晶が提案されている。しかし

単結晶の接合は,剛体同士の接合のため超高精度鏡面研

磨加工技術が必要であり,非常に作製が難しい。一方,

セラミックスの接合は,原子の拡散が容易に起こる焼結

接合法によるため,比較的簡単に作製できる。2つの異

なるセラミックス同士の接合方法は以下の通りである。

図1で作製した成形体を,真空中約1400℃で予備焼結を

行うことで,相対密度 85~ 95%程度の予備焼結体を作

製する。次に被接合表面をλ / 10程度(λ = 633 nm)の平

坦度で鏡面研磨を行い,研磨面同士を貼り合わせる。最

後に真空中約 1700℃で焼結する事で,接合セラミック

スの作製が可能になる。この手法では最終焼結と接合工

程が同時に行われるため,接合境界部の結晶が粒成長に

より結合し,一体化される。そのため,境界面にはその

形跡もなく,極めて強固に且つ,簡便にセラミックス同

士の接合が可能となる 13)。図5はこの手法でNd:YAGの

周囲に寄生発振防止用としてSm:YAGのクラッドを配し

たものである。Rutherford Appleton Laboratoryでは,慣

性核融合用レーザードライバーの開発が行われている。

そこでは寄生発振やASEを制御するため,Yb:YAGの周

囲にCr:YAGのクラッドを配したコンポジットセラミッ

クスを使用しており,高い効率でのレーザー発振を実現

している 22)。

近年ファイバーレーザー等の普及に伴い,アイソレー

ション及び偏光制御に用いられるファラデー素子がキー

パーツとなりつつある。これまでは,Tb3+–doped glassが

一般的にファラデー素子として使用されていたが,熱伝

導率が低く,磁気光学特性を示すベルデ定数が小さいた

め,ハイパワーレーザー用ファラデー材料としては性能

が不十分であった。そのため,最近ではTGG(Tb3Ga5O12)

がその主流になりつつある。TGG単結晶材料は,その

ベルデ定数が~ 35rad / TmとTb3+–doped glassの 2倍以上

であり,熱伝導率も高く優れた材料である。しかしなが

ら,大出力レーザーに必要とされる大口径化が困難であ

る事や,消光特性など光学品質が作製毎に安定化しない,

といった問題点も存在している。

これらの課題を克服すべくTGGのセラミックス化が

検討されており 23),最近では高品質のTGGセラミック

2.4 ファラデー素子のセラミックス化

2.3 寄生発振防止用複合化セラミックス

図5 Sm:YAGクラッド付きNd:YAGスラブ

Sm3+:YAG

Nd3+:YAG

図6 単結晶とセラミックTGGのファラデー効果

Tra

nsm

ittan

ce(

dB)

Rotation angle(degree)

Commercial FR(t=20 mm)

Ceramic TGG(t=20 mm)

Crystal TGG(t=18 mm)

40

30

20

10

0–50 0 50 100 150

4 OPTRONICS(2012)No.9

スが開発されている 24)。性能においてもTGG単結晶同

等のファラデー効果が得られており,また消光比も~ 40

dBと極めて良好な値であった。図6に単結晶と比較し

たファラデー効果を,図7に現在開発中の TGGセラミ

ックスを示す。

今後,大出力レーザーにも対応できる様な大口径

TGGセラミックスの開発を目指していく。

レーザー材料を中心に透明セラミックス光学材料を紹

介した。透明セラミックスは,単結晶材料の優れた光学

特性と,単結晶では不可能な大型化・大量生産が可能な

光学材料である。難点であった光学品質においても現在

ではレーザーグレードまで向上し,更にセラミックス化

により既存の光学材料にはない優れた性質も明らかにな

りつつある。

材料の基礎研究・開発からその実用化までには極めて

長い期間を要するが,今後多結晶透明セラミックスは光

学材料として更に発展し,レーザー核融合やレーザー加

速器等の様々な用途へと貢献できるものと期待している。

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12)今井功,藤田光広,入江正樹,大石浩司,宮井剛:光技術コン

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20)古瀬裕章,河仲準二:LASER CROSS 266 (2010)

21)古瀬裕章,河仲準二:LASER CROSS 287 (2012)

22)S. Banerjee, K. Ertel, P. D. Mason, P. J. Phillips, M. Siebold, M.

Loeser, C. Hernandez-Gomez, and J. L. Collier: Optics Letters, 37,

vol. 12, (2012)

23)安原亮,時田茂樹,河仲準二,川嶋利幸,官博文,八木秀喜,

野沢星輝,柳谷高公,藤本靖,吉田英次,中塚正大:レーザー

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24)H. Yoshida, K. Tsubakimoto, Y. Fujimoto, K. Mikami, H. Fujita, N.

Miyanaga, H. Nozawa, H. Yagi, T. Yanagitani, Y. Nagata, and H.

Kinoshita: Optical Society of America 16, vol. 19 (2011)

■Development of optical ceramics materials

■① Katsuhiro Muramatsu ② Hideki Yagi ③ Takagimi

Yanagitani

■Konoshima Chemical Co., Ltd, Ceramics group research

division

①ムラマツ カツヒロ ②ヤギ ヒデキ ③ヤナギタニ タカギミ

所属:①②③神島化学工業㈱ 技術本部 セラミックスグループ開

発部門

図7 TGGセラミックス(30mm×30mm×3mm)

3 おわりに