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 本稿の目的 日本において「ホームレスの自立の支援等に関する特別措置法」が制定されてから8年が経 過しようとしている。この間、野宿者や、野宿すれすれの不安定な居住条件におかれた人々を めぐる社会的状況はめまぐるしく変化してきた。 ある人が野宿者となる/野宿へと追い込まれる背景には、たんなる住居の喪失だけでな く、住居の維持・確保が困難となるような貧困、その原因としての失業(労働市場からの排除) 〈ホームレス〉と社会的排除 ── 制度・施策との関連に注目して── 北川 由紀彦    東洋英和女学院大学 社会的排除という概念は、ヨーロッパにおいては、排除を被っている人々をいかに して社会的に包摂していくのか、という政策上の関心と密接に関わりながら使用さ れてきた。日本国内において展開されてきた「ホームレス対策」等の施策は、少なくと も文言上は社会的に排除されてきた野宿者の社会的包摂を目的として実施されてき た。しかしながら、現実には、むしろそうした施策それ自体が、社会的な排除を生み出 す装置となってきたという側面を持っている。 本稿では、まず、1990年代中盤以降の野宿者をめぐる状況の変化として、(1)「ホー ムレス対策」の開始と多様化、(2)〈ホームレス〉に対する生活保護適用の拡大、(3)野 宿者数の「減少」、(4)不安定雇用・不安定居住の社会問題化、という点が指摘される。 続いて、自立支援センター利用経験者に対して行なわれた調査結果などをもとに、 「自立支援事業」がその利用者を、労働市場の動向という外部条件に大きく制約され た中での非常に限られた支援によって「就労自立」を達成できる層とできない層とに 選別し、後者を路上等へと排除していく構造が存在していること、また、生活保護を 受給して施設、アパート等で生活するようになることもまた、衣食住こそ保障されて いても社会的な孤立などをともなう一種の社会的な排除の状態であることなどが指 摘される。 キーワード:ホームレス、社会的排除、自立支援 理論と動態

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� 本稿の目的

 日本において「ホームレスの自立の支援等に関する特別措置法」が制定されてから8年が経過しようとしている。この間、野宿者や、野宿すれすれの不安定な居住条件におかれた人々をめぐる社会的状況はめまぐるしく変化してきた。 ある人が野宿者となる/野宿へと追い込まれる背景には、たんなる住居の喪失だけでなく、住居の維持・確保が困難となるような貧困、その原因としての失業(労働市場からの排除)

〈ホームレス〉と社会的排除──制度・施策との関連に注目して──

北川 由紀彦   

東洋英和女学院大学

 社会的排除という概念は、ヨーロッパにおいては、排除を被っている人々をいかにして社会的に包摂していくのか、という政策上の関心と密接に関わりながら使用されてきた。日本国内において展開されてきた「ホームレス対策」等の施策は、少なくとも文言上は社会的に排除されてきた野宿者の社会的包摂を目的として実施されてきた。しかしながら、現実には、むしろそうした施策それ自体が、社会的な排除を生み出す装置となってきたという側面を持っている。 本稿では、まず、1990年代中盤以降の野宿者をめぐる状況の変化として、(1)「ホームレス対策」の開始と多様化、(2)〈ホームレス〉に対する生活保護適用の拡大、(3)野宿者数の「減少」、(4)不安定雇用・不安定居住の社会問題化、という点が指摘される。続いて、自立支援センター利用経験者に対して行なわれた調査結果などをもとに、「自立支援事業」がその利用者を、労働市場の動向という外部条件に大きく制約された中での非常に限られた支援によって「就労自立」を達成できる層とできない層とに選別し、後者を路上等へと排除していく構造が存在していること、また、生活保護を受給して施設、アパート等で生活するようになることもまた、衣食住こそ保障されていても社会的な孤立などをともなう一種の社会的な排除の状態であることなどが指摘される。 キーワード:ホームレス、社会的排除、自立支援

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や、家族・親族・友人・知人等の援助を期待できる/受けられるような社会関係からの排除、各種の社会保障からの排除がある。その意味では、野宿という状況は、重層的な社会的排除の帰結であるとひとまずは言うことができる。 社会的排除という概念は、バラとラペールによれば、1980年代以降のヨーロッパにおいて、主として政治・政策的な文脈の中で用いられるようになったものであり、社会政策上の要請、すなわち、当時社会的に問題視されていた、長期失業状態にある若者などの複合的な不利を被っている人々を社会的にいかにして包摂していくのか、という関心と密接に関わってきたとされている[Bhalla…and…Lapeyre…2004=2005:4-10]。すぐ後で検討するように、過去15年ほどの間に日本国内において展開されてきた「ホームレス対策」等の施策は、少なくともタテマエのレベルにおいては、野宿者の(たとえば「社会復帰」という文言で表されるような)社会的包摂を目的として実施されてきた。しかしながら、現実には、そうした施策がすべての野宿者の社会的な包摂を達成してきたわけではもちろんなく、むしろ、施策それ自体が、社会的な排除を生み出す装置となってきたという側面がある。この点について、いま少し具体的に検討を行なうことが、本稿の目的である。具体的には、まず、(1)日本社会において、野宿者の増加と可視化が社会問題として広く取り沙汰されるようになった1990年代中盤以降、野宿者をめぐる状況がどのように変化してきたのかを、特に野宿者等を対象とした福祉制度・施策との関連を中心に概観する1)。続いて、(2)筆者らが東京の自立支援センター利用経験者に対して行なった調査結果などをもとに、野宿者等が利用している各種の施策において、だれがどのようにして排除されているのかについて検討する。 なお、2002年に制定された「ホームレスの自立の支援等に関する特別措置法」においては、「ホームレス」は「都市公園、河川、道路、駅舎その他の施設を故なく起居の場所とし、日常生活を営んでいる者」(第二条)と定義されている。この定義は、欧米の“homeless…people”…とは異なり、その範囲をいわゆる野宿者に限定したものである。しかし、すぐ後で見るように、この定義によって「ホームレス」の指示範囲を限定してしまうと、飯場居住者、ネットカフェ生活者など、野宿ではないけれども野宿と紙一重の不安定な居住状態におかれた人々、あるいは、飯場や施設等と野宿とを往還する人々を検討の射程に入れることを困難にしてしまう。そこで本稿では、公園、河川敷等の屋外空間を生活の場とする人々を指す言葉として野宿者という語を用い、野宿者を含みつつも、飯場をはじめとした不安定な雇用形態との結びつきが強い(それゆえに失職を契機として住居を失いやすい)職住一体型の住居や、「ドヤ」「ネットカフェ」などの宿泊施設、シェルターや自立支援センターなどの施設を住居として生活している人々を指す言葉として、〈ホームレス〉という語を用いる。

� 〈ホームレス〉をめぐる状況の変化

�.� 「ホームレス対策」の開始と多様化 日本国内における1990年代中盤以降の野宿者および〈ホームレス〉をめぐる状況に関して、もっとも大きく変わったのは、野宿者を対象とした「ホームレス対策」の開始と、その多様化である。たとえば、国内ではもっとも早く「ホームレス対策」を開始・展開してきた東京都の場合、

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1994年2月に新宿駅西口地下道からの野宿者の強制締め出しとセットで臨時施設への収容が行なわれて以降、1997年秋には既存の社会福祉施設を利用した暫定的な「自立支援事業」が開始され、2001年に「自立支援センター」および「緊急一時保護センター」によって構成される「自立支援システム」が開始され、さらに2004年には、施設ではなく民間アパートを東京都が借上げ低家賃で入居させる「地域生活移行支援事業」が開始された。また、2006年には「巡回相談事業」が開始され、路上における巡回相談(自立支援センター等の情報提供)、自立支援センターからの「就労自立」による退所者宅を訪問しての相談事業などが実施されてきている。加えて2010年度からは、「自立支援システム」そのものの大幅な改編(「緊急一時保護センター」と「自立支援センター」の統合と、民間アパートを活用した「自立支援住宅」のシステムへの組み込み等)が予定されている。 他の自治体においても、上記の東京都の場合ほどの急展開ではないにせよ、「自立支援センター」や「シェルター」の新規開設等が行なわれてきている。たとえば、厚生労働省が「ホームレスの自立の支援等に関する特別措置法」に基づく基本方針の見直しにあたって2008年にまとめた国内施策の評価書によれば、国内の「自立支援センター」の設置箇所数は2003年度の13箇所に対して2006年度は24箇所に、緊急一時的な宿泊施設である「シェルター」の設置箇所数は2003年度の5箇所に対し2006年度は9箇所に増加しており、相談員が路上・公園等を巡回しつつ相談活動を行なう「ホームレス総合相談推進事業」の実施自治体数も、2003年度の12自治体に対し2006年度は26自治体に増加している[厚生労働省…2008:12-35]。 また、「ホームレス対策」における支援の時間的スパンも、路上からの締め出しの受け皿としての施設収容策(たとえば、新宿駅の地下道にいた野宿者に対して1994年2月に東京都が行なった臨時施設への収容)のように、短期間でその場しのぎ的な色彩の強いものだけではなく、相対的に長期間にわたって継続的な支援を掲げる施策(たとえば、東京、大阪等で実施されている「自立支援事業」や、同事業利用者へのアフターフォロー事業、先述した東京の「地域生活移行支援事業」等)へとその幅を拡大してきている。

�.� 生活保護適用の拡大 かつて筆者は、東京(区部)を事例として、ホームレス対策の柱とされる「自立支援事業」が、一般的な公的扶助制度である生活保護制度からの野宿者(とりわけ「高齢者」とも「傷病者」ともみなされない「稼働層」)の排除を前提としたうえで組み立てられた施策であることを論じた[北川…2005:237]。ただしこのことは、野宿者が生活保護から完全に排除されてきた/いることを意味しているわけではない。たとえば、山田壮志郎は、厚生労働省が2007年に全国の自治体に対して実施した「ホームレス対策状況」調査結果の分析を通して、国内の「ホームレス対策」がその展開過程において「就労自立」が強調されながら展開されてきたものの、現実にはホームレス状態にある人々に対しては「ホームレス対策」よりも生活保護が圧倒的に利用されてきたことを指摘している[山田…2009:201]。 また、2000年代後半からは、民間の野宿者支援団体の側が、(稼働層であるか否かにかかわらず)野宿者の生活保護の申請・活用を支援し、実際に生活保護受給にこぎつける動きも活発化している2)。さらに、その一方で、こうした流れと前後して、生活保護受給者をおもな対象と

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して収容する施設も増え続けてきた。たとえば、第二種社会福祉事業の宿泊所(無料・低額宿泊所)3)は、1997年から2005年までの間で、東京都内ではその施設数および定員数が、27施設2,185人から174施設4,558人へと増加している[東京都福祉局…1997;… 東京都福祉保健局…2009a]。また、2009年に厚生労働省が行なった「社会福祉法第2条第3項に規定する無料低額宿泊事業を行う施設の状況に関する調査」の結果によれば、2006年6月末から2009年6月末までの全国の施設数と総入所者数はそれぞれ、388施設12,110人から439施設14,089人へと増加している[厚生労働省社会・援護局…2009a:5]4)。

�.3 野宿者数の「減少」 1990年代に野宿者の存在が社会問題として広く社会的に構築されるようになって以降もしばらくの間は、野宿者は増加傾向にあったが、2000年代中盤以降は、「減少」傾向にある。たとえば、厚生労働省が「ホームレスの自立の支援等に関する特別措置法」に基づき実施した概数調査結果によれば、全国の野宿者(特別措置法でいうところの「ホームレス」)は、2003年の25,296人に対して2008年の14,707人(9278人の減少)と報告されている[厚生労働省社会・援護局…2008:1]。 付言しておけば、こうした統計上の「減少」はそのまま〈ホームレス〉状態にある人々の減少を意味するわけではない。まず、野宿者の概数調査は、多くの場合、目視による調査であるため、仮小屋やテントなどを構え(られ)ずに深夜の時間帯のみ段ボール等で寝床を作り野宿するいわゆる「移動層」の野宿者はカウントから抜け落ちやすい。かつてはテントを張っていた人たちが、公園等からの締め出しによってテントを張らなく/張れなくなり、結果として概数調査によって把握されづらくなった、ということは十分に考えられる。また、かつて野宿していた人々が自立支援センターやシェルター、先に述べた無料・低額宿泊所等の、アパート等の一般的な住居を確保するまでの過渡的な収容施設へと入所したことにより、居住の条件自体は不安定なまま、たんに路上からは見えなくなったという側面もある。したがって、統計上の野宿者数の「減少」は、〈ホームレス〉の人々が置かれた不安定居住という問題の解決をそのまま意味するわけではない。 しかしながら、特措法における「ホームレス」の定義に端的に表れているように、日本において「ホームレス問題」がもっぱら野宿者の問題として(さらにいえば野宿者による公共空間の「占拠」の問題として)取り扱われてきたことに鑑みれば、たとえ見かけ上のものであっても、あるいは不安定居住という問題の解決に結びついていなくとも、野宿者数が統計上「減少」したということは、〈ホームレス〉に関する制度や施策の今後について考えるうえで、重要な意味を持つと考えられる5)。

�.� 不安定雇用・不安定居住の社会問題化 高度経済成長の終焉以降、寄せ場が日雇労働市場としての機能を衰退させてきた一方で、パート、アルバイト、登録型の日雇派遣といった不安定雇用が拡大を続けてきたことは、寄せ場で労働運動に携わる活動家等によって、1990年代から指摘されていた[中村光男1998:169;…なすび…1999:54-7]。そして、そうした人々の存在は、2000年代に入ってから急速に社会問題

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としてクローズアップされるようになってきた。とりわけ、アパート等の住居を喪失し24時間営業のネットカフェやマンガ喫茶を当座の住居として生活し派遣型の日雇労働に従事するいわゆる「ネットカフェ難民」の存在は、〈ホームレス〉支援活動家である湯浅誠によって2006年にその存在が指摘[湯浅…2006b:22-4]されて以降、日本テレビが2007年1月に『ネットカフェ難民──漂流する貧困者たち』と題するドキュメンタリーを放映[日本テレビ…2007]したのを皮切りに、次々とマスメディアによって取り上げられ、社会的に大きな注目を集めるようになった[水島…2007:222]。こうした状況を受けて厚生労働省は、同年6月から7月に「住居喪失不安定就労者」、「日雇派遣労働者」を対象とした調査を実施し、同年8月に異例の早さで調査結果報告書を公表した[厚生労働省職業安定局…2007a;…2007b]。また、この調査結果を受けるかたちで、翌2008年に、東京都、大阪府、愛知県において、職業相談、住宅資金貸付等を行なう「住居喪失不安定就労者支援センター」(チャレンジネット)が開設された6)。こうしたいわば見えない〈ホームレス〉に対する支援策については、まだ事業が開始されてからさほど期間が経過していないこともあり、本稿ではその具体的な「成果」や、その過程における排除の細かい検証にまでは踏み込まない。しかし、少なくとも、こうした事業が、見えない〈ホームレス〉がさらに困窮して野宿へと至り可視化するのをある程度抑制する効果をもつであろうことは指摘することができる。

3 〈ホームレス〉と社会的排除

3.� 「支援策」と排除 岩田正美は、社会的排除を論じる際に福祉国家の諸制度との関係──ある特定の人々が制度から排除されるという側面と、制度それ自体が排除を生み出すという側面──に焦点を当てることの重要性について論じている[岩田…2008:30-2]。冒頭でも述べたように、日本の場合、〈ホームレス〉の支援を謳う施策は、基本的には施策の/支援の対象とされる人々の社会的な包摂(「社会復帰」)を企図して策定、実施されているものである、と一応は言うことができる。しかし、現実には、各種の「支援策」は、その「正当な」対象者とそれ以外とを、あるいは、施策を活用することで施策において掲げられている目標を達成し得る利用者とそれ以外とを選別する装置として機能し、後者を排除していく側面を持ってきた。以下では、都市部の自治体において「ホームレス対策」の要とされてきた「自立支援事業」と、生活保護が適用された場合においてどのような社会的排除が生じているのかを、調査結果などの具体的な事実に即しながら検討していく。

3.� 「自立支援事業」における排除 自治体によって多少のヴァリエーションはあるものの、「自立支援事業」は、基本的には、野宿者のうち、就労による自立を希望し、かつ、就労にあたっての健康上の支障がない人々を施設(自立支援センター等)に収容し、必要な衣・食・住を提供するとともに、就職相談等の支援を行ない、就労とアパート等の住宅の確保による「自立」を支援する事業である。 以下では、全国でもっとも早く「自立支援事業」を開始した自治体である東京都・区の自立支

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援センターの利用経験者(であり、かつ、その後野宿に戻った人々)に対して行なった聞き取り調査の結果7)をもとに、「ホームレス」の支援を謳う施策においてだれがどのようにしてふるい落とされて(野宿に戻って/戻されて)いるのかについて概観する8)。 まず、東京の自立支援事業の概要を確認しておく。自立支援センターの2004年3月現在までの事業実績は、次表の通りである。数字のうえでは、自立支援センター入所者の約半数が「就労自立」により退所したということになる。しかし、複数の支援活動家が、「就労自立」退所者のうち少なくない数の人々が再度路上へと戻っていると推定されるような事実を報告している[稲葉…2002;…湯浅…2002;…なすび…2003]。その一方で、自立支援センター入所時に「就労自立」に至らず、「自立困難」ケースとして退所する人も1割強存在しているほか、「規則違反」や「その他」の理由(「無断退所」「自己都合退所」など)で退所していったケースも2割程度にのぼっている9)。こうしたかたちで退所していった人の中には、再度野宿へと戻った人々も含まれるものと推定される。

表� 東京の自立支援センターの退所者の退所種別(�00�年3月末までの累計)

就労自立就労自立の可能性無し 長期入院 規則違反 その他 合計

住宅確保 住み込み 疾病 自立困難

1124 696 44 461 44 412 753 3,534

31.8% 19.7% 1.2% 13.0% 1.2% 11.7% 21.3% 100.0%

データ出典:特別区人事・厚生事務組合[2004:104]

 自立支援センター入所後の生活は、時間の経過とともに、就職活動の段階と、就職後、就労を継続しアパート入居費用等を貯蓄していく段階の2つに分けることができる。ただし、先に事業統計でみたように、すべての入所者がそのような段階をスムーズに経てアパート確保による「就労自立」へとたどり着いているわけではない。次の図は、筆者らが行なった調査の各ケースが、自立支援センターからどの段階で退所していったのかを示した図であるが、就職活動の段階で5ケースが「期間満了」や「自主退所」による退所、6ケースが「住み込み就労」による退所、就労の継続・貯蓄の段階で、6ケースが「無断退所」、1ケースが「命令退所」により退所している。

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図� 回答者が自立支援センターから退所に至った過程

 以下、事業の各段階において入所者がどのようにしてアパート確保による「就労自立」のコースからふるい落とされていったのかを概観する。3.�.� 就職活動段階での排除 就労による自立についての明確で具体的な目標を持ってであれ、漠然とした就労への希望を持ってであれ、入所者は、センターに入所すると「安定」した仕事と「安定」した住居の確保による「就労自立」をめざすことを要求される。そのためにセンターは、入所者に各種の支援と指導を行なう。しかしながら、支援を受けてもなお「就労自立」には困難が伴う。3.�.�.� 労働市場における年齢制限 東京都の場合、センター入所者の年齢層は、多い順に、50代、40代、60代で、中高年者が圧倒的に多い10)。これら中高年者は、そもそも労働市場において、求人の際の年齢制限によって不利な位置に置かれている。また、明確に年齢制限がされていない場合であっても、若年求職者と競合しながら就職活動を行なうため、結果的に中高年者はなかなか再就職できない。 センターで入所期間中に再就職ができなかった場合、入所者はセンターを退所させられる。その際、法的には生活保護を申請・受給することも不可能ではないが、生活保護の実施権限はセンターではなく福祉事務所にあるため、センター職員が生活保護の申請・受給の可能性に関して言及することはほとんど皆無であり、その代わりに、退所日まで求職活動にひたすら「努力」するよう指導することに力が注がれる。また、求職活動に尽力していないと見なされた場合、退所を命じられる可能性もある。3.�.�.� 求職活動への制限 センターからの求職活動に際して、入所者が求職する仕事については、センター側から一定の制限がかけられている。まず、日雇や臨時、アルバイト、パートタイマーのような不安定な

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施設での生活・指導に対する不満・ストレス就職活動段階

就職活動

とりあえずのつなぎとしての不安定就労(登録型日雇等)

就労の継続・貯蓄段階

常勤かつ無理のない就労

常勤ではあっても継続に支障のある就労(労働条件,適正,職場関係等)

自主退所 住み込み就労 無断退所 命令退所

アパート確保

C,O,P,S A,H,J,Q,R,U B,D2,F,G,L

D1,M,N

期間満了

I

TK

注)アルファベットは  ケースのIDを示す

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仕事(かつ・あるいは)低賃金の仕事を探すこと、就くことは原則として禁じられている。また、住み込み就労のような職住一体の仕事への就労も原則として禁じられている。具体的には、求人票をハローワークからセンターに持ち帰り、職業相談員に見せた段階で却下される。こうした制限は、「安定」した仕事の獲得と「安定」した住居の確保による入所者の「就労自立」をめざす、というセンター側の目標に沿って設定されているものであり、入所者が正規雇用の「安定した」仕事に就ける可能性が高い場合には、有効であるかもしれない。しかし、応募可能な求人自体が少ない中高年者の場合、こうした制限は、たんに再就職のチャンスを狭めるだけとなっている。3.�.�.3 センター入所者に対する差別 センターからの求職の方法は、センターが住所であるほかは、一般求職者の場合とほとんど変わらない。しかし、センター入所者が求職活動をする際には、(元)野宿者やセンター入所者に対する差別が、就職に際して障害となっている。センターでは、野宿をしていたという経歴を明かすかどうか、また、自立支援センターに入所しているという事実を明かすかどうかは、基本的には個々の入所者の選択に任せられており、経歴を隠したい場合、センターはそのための便宜(アパート風の住所等)も提供している。 しかし、回答者の中には、それでも隠せなかった、というケースが少なからず見受けられた。たとえば、あるセンターは、民家や一般的なアパートが存在しないことが容易に類推できるような地名(番地)に立地していた。また、センター入所者は原則としてセンターの最寄りのハローワークで求職活動を行なうため、同じ住所から特定の企業への応募が不自然に重なってしまう場合がある。そうした企業に応募した場合にも、センターに入所していることを隠すことは非常に難しい。結果として、センターに入所していること(あるいは野宿の経験があること)をうまく隠し通せない人、あるいは、そのことをもって差別しない雇用先にめぐり合えなかった人は、なかなか仕事に就くことができない。そうしている間にも、退所期限は刻々と迫ってくる。調査の中では、そうした焦燥の中でセンターから再就職することを諦めて「自主退所」した、というケースが見受けられた。3.�.� 就労継続段階での排除 以上のように、センター入所者は、そもそも再就職自体が困難な状況に置かれているが、調査の回答者について言えば、センター入所中に1回も就職できなかったというケースは、センター入所時に59歳(調査の回答者中では最高齢)であった1ケースだけである。このことは、形式的な再就職はできても、その後就労を継続し貯蓄を行なう、という段階において困難が存在することを意味している。 先にも触れたように、求職活動に際しては、日雇やパートの仕事は制限されている。しかし、年齢等によってなかなか再就職が決まらない人の場合、形式的には日雇でなくとも勤務日が一定せず、事実上日雇と変わらない仕事に「とりあえずのつなぎ」として就いていたケースがまま見られた。また、退所期限が迫ってくると、センターの側が、それまでの求職活動上の制限を緩和して、住み込み就労に就くことを逆に勧めるようになったというケースが複数みられた。退所期限が来てもアパート入居の見通しが立たない(貯蓄額が足りない、就職自体が決まっていない)けれども野宿には戻りたくない、という入所者にとっては、住み込み就労への

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誘導は「現実的な」選択肢ではある。しかし、職住一体の住み込み就労への誘導は、仕事の喪失がそのまま住居の喪失へと直結する、という点において、野宿へと戻る蓋然性の高い生活への誘導と言わざるを得ず、実際、回答者のうちで「住み込み就労」により退所したケースの大半が、その後失職とほぼ同時に野宿へと戻っていた。 その一方で、中高年者に比べ若年者は、比較的早い時期に、通勤・貯蓄が可能な仕事に再就職が決まる傾向にあった。しかし、就職先での困難(職業適性上のミスマッチや、職場での人間関係の問題)に直面し、その問題を抱え込んだ末に「無断退所」し、同時に離職というケースが複数見受けられた。聞き取りの中で挙がった職場での困難とは、具体的には、倉庫内作業や工場内作業で、作業内容が覚えきれなかったり作業のペースについていけなかったりして上司から怒られた、というものであった。新しい仕事先で怒られること自体は、センター入所者に限らず「よくある」ことである。その「よくある」ことにどうしても耐えられなければ、センター職員に相談して離職し、次の仕事を探すというのが一般的な対処方法でもあろう。しかしセンターでは、仕事(および勤務先の同僚や上司等の人間関係)に対する適性よりも、限られた期間内に就職・貯蓄して「自立」することが重視されており、いったん比較的安定した仕事に就くと、できるだけ離職させないように指導する傾向にある。それゆえ、職場での叱責のような「よくある」ことを理由とした離職は、たんなる「我慢不足」と受け取られる傾向にある。若年者の場合、そうした施設の雰囲気の中で、離転職の希望をセンター職員に言い出せずに、「無断退所」したケースが見受けられた。3.�.3 センター入所中全体を通しての排除圧力 また、以上のような各段階での排除とは別に、センター入所者は、入所中、生活全般にわたって、施設職員からさまざまな管理や指導、干渉を受ける。こうした管理や指導のあり方も、入所者の「就労自立」の成否に少なからぬ影響を与えている。 まず、センターで入所者は、求職活動中・就労中を問わず、時間と金銭の使い方について、規則にのっとった細かい手続きと自己管理が要求され、場合によっては施設職員による確認や管理、指導が行なわれる。時間については、ほとんどのセンターで、外出の時間帯が定められており、外泊も原則として禁じられている。残業等で帰寮が門限を過ぎる場合には、あらかじめ遅れる旨の連絡をセンターに入れなければならない。センターによっては、事前申告無しで帰寮が遅れた場合は、始末書を書かされる場合もある。また、金銭管理についても、給料は銀行の口座振込とすることが奨励されているほか、通勤費等の貸し付けの手続きや定期的に支給される日用品費の使途についても細かい指導が行なわれることがある。 時間や金銭の使い方に関して、これほど細かい手続きや指導が行なわれる理由については、容易に推測可能である。たとえば、原則2ヶ月、最長4ヶ月という限られた入所期間内で入所者に可能な限り多くの貯蓄──アパートへの転宅資金、転宅後初回給料日までの生活費等に充てる──をさせるため、自立に向けた支援に関する公的な諸経費を公正・公平に支給・貸し付けるため、「就労自立」退所後の独りでの生活において多かれ少なかれ必要となる自己管理能力を身につける訓練のため、等々。回答者たちの多くも、センターにおいて規則に則った細かい手続きや指導が行なわれる理由について、職員から上記のような説明を受けたり、自ら推測したりして、おおむね理解はしていた。しかし、回答者の中には、そうした理由を理解し

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ていなかった人もいた。また、理解はしていても、他ならぬ自分自身が管理・指導の対象とされること──自己管理能力を欠いた存在と見なされることに反感を抱いていた人もいた。もちろん、センター入所者のすべてが、センター内でのこうした管理や指導に対し、明確な反感を持っているわけではない。しかし、センターにおけるこうした管理・指導に対する不満やストレスは、入所者を、それに耐えられる人と耐えられない人とに選別し、後者を「住み込み」であれ、「自主退所」「無断退所」であれ、早期退所に仕向けていく機能を実質的に果たしているといえる。 さらに、入所者は、センターが想定している「就労自立」に向けてひたすら「努力」することを要求される。就職活動段階においては、ハローワーク等に行かないでセンターにいることは、しばしば、指導や注意の対象となる行動と見なされる。また、職員から直接に「就労自立」に向けたプレッシャーをかけられるだけではなく、間接的にもプレッシャーを感じている。センターの居室は相部屋であるが、入所時期、退所時期は人によってまちまちであるため、ひとつの居室の中でもたえず人が出入りしている。したがって、個々の入所者は、同室者が「就労自立」あるいは「自主退所」「無断退所」といったかたちで退所していく姿を日々目にしながら生活を送っている。他の入所者のこうした姿も、入所者を「就労自立」へと駆り立てるプレッシャーとして機能しており、こうしたプレッシャーもまた、それに耐えられない人を早期退所へと駆り立てていく方向に作用している。 以上、自立支援センターから入所者がふるい落とされていく過程について検討してきた。「自立支援事業」の利用を通じた「就労自立」の成否は、なによりもまず、外在的な要素である労働市場の動向によって大きく規定されている。さらに、センターが提供する支援・指導が「就労自立」に特化した、入所者によっては非常に抑圧的に映るものであることによって、そもそも労働市場において周縁的な位置にあり、貯蓄が可能であるような仕事への再就職自体が困難である中高年者がまずふるい落とされる。さらに、就職はできても適性上問題のある仕事・職場に就いてしまった層が、ふるい落とされていく。「自立支援事業」においては、その所与のシステムのもとで「理想的な」「就労自立」を達成できる層とできない層の選別がなされ、後者を不安定な住み込み就労や路上へと再度切り捨て、排除していくという構造が存在している。

3.3 生活保護適用下における排除 先に、〈ホームレス〉の人々をめぐる状況のこの間の変化の一つとして、生活保護適用の拡大を挙げた。「自立支援事業」は多くの場合、数ヶ月という短期間での「就労自立」を利用者に要請し、所定の期間が満了しても目標達成に至らなかった場合には退所しなければならず、再度野宿へと戻されることも珍しくない。これに対し、生活保護を適用されて施設やアパートで生活するようになった場合、基本的には、入所・入居期間が一律に区切られること自体、少ない。しかし、生活保護の適用を受けて野宿から脱することがそのまま安定した住居の獲得を意味するわけではないし、社会への十全な包摂を意味するわけでもない。 たとえば、金沢貞子は、東京において野宿から生活保護受給を経てドヤや無料・低額宿泊所で生活保護を受給して生活するようになった人々への聞き取り調査を行ない、彼らがおかれた社会的な孤立状況について次のようにまとめている。「一部屋に数人で寝泊まりする雑居

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を強いられ」る中で「彼等はトラブルをおこさないように気を使い、人と深く知りあわず、出来る限り孤立し関わらないようにする。交流を持つことは

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、トラブルがおこる可能性も増す。だから『夜まで外を歩き回る』『あまり人とは話さない』『関わらないようにする』。宿泊所で人と関わることは、その人を支えるものではなく、喧嘩などのトラブルによって、生活保護が廃止されるかもしれないという危機感を孕んでいる。この環境は自分で選んだものではない。彼等は、福祉事務所相談員から『与えられた環境』に対して、拒否や苦情は言えない。『嫌ならば路上にもどる』という二者択一に近い選択肢だからである」[金沢…2003:151]。 こうした社会的な孤立の状況は、施設等からアパートに入居した場合でも生じている。たとえば、笹島診療所居宅者調査プロジェクトチームは、野宿から生活保護受給によりアパートでの生活へ移行した人を対象に2003年にアンケート調査を実施している。その結果によれば、健康面での不安、金銭管理などの問題を抱えていても、人間関係が限定されていて特定の支援団体や福祉事務所以外に相談できる相手がいない、という実態が明らかにされている[笹島診療所居宅者調査プロジェクトチーム…2004:159-61]。 また、無料・低額宿泊所に関しては、施設からアパートへの転居の見通しを提示せず、長期にわたって施設に留めおく一方で、実際に提供する住環境やサービスに比して高額な利用料や給食費を生活保護費から天引き徴収し、高額な「利潤」をあげる所も少なくないことが、2000年頃から支援者や行政関係者から指摘されてきており11)、2009年10月に厚生労働省に「無料低額宿泊施設等のあり方に関する検討チーム」が設置されて以降、劣悪な施設への法的規制等が検討されるに至っている。こうした劣悪な施設への入所は、最低限の衣食住こそ「保障」されているものの、施設に入所していることそれ自体が、社会からの隔離・排除の状態であると言わざるを得ない。

� 小括

 以上、包括的な分析というよりはむしろ断片的な例示によってであるが、以下の点を検討してきた。まず、自立支援センターのように、労働市場の動向という外部条件に大きく制約された中での非常に限られた支援は、「就労自立」を達成できる層とできない層とを選別し、後者を路上等へと再度排除していく構造を持っている。また、生活保護適用によって一応は衣食住が保障されている場合であっても、アパートや宿泊所で社会的に孤立した状況におかれている場合も少なくなく、劣悪な無料・低額宿泊所に入所している場合、施設入所そのものが、野宿とは別のかたちでの社会的な排除の状態を意味している。つまり、「ホームレス対策」やその他の施策は、かならずしも施策対象となった人々の十全な社会的包摂を意味しているわけではない。 社会的排除という概念のもつ特徴の一つとしてしばしば、単なる状態の記述にとどまらない動的な過程への注目という点が挙げられる[Bhalla…and…Lapeyre…2004=2005:37;…岩田…2008:26-8]。この「動的な過程」という点に関して、従来の野宿者をめぐる研究においては、人々がどのような排除の過程を経て野宿へと至ったのかという点に注目されることが多かった。野宿という物理的にもっとも過酷な状態に人々が追い込まれる過程を解明することの重

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要性はいうまでもない。しかし、各地でさまざまな「ホームレス対策」が実施されるようになり、野宿者数の「減少」が指摘されるようになった現在においては、いったん野宿へと至った人々が「どこへ行っているのか」――社会的にどのような位置に配置されていっているのか、また、その配置の過程がいかなるものでありそこにいかなるメカニズムが働いているのか――を解明していくことがより重要になってくる。 今後、少なくとも、時限立法である「ホームレスの自立の支援等に関する特別措置法」がその期限を迎える2012年までの間は、「ホームレス対策」はその質・量の面においてある程度は拡充されていくことが見込まれる。生活保護その他の制度の適用も拡大も含め、〈ホームレス〉の人々が活用可能な選択肢の増加とそのキャパシティの増大は、基本的に、〈ホームレス〉が野宿者として可視化するのを抑制する方向に作用する。今後の野宿者数の動向は、上記のような〈ホームレス〉の人々を(その期間の長短はともかくも一旦は)掬い上げる施策の動向と、〈ホームレス〉を労働力として吸引(あるいは過剰労働力として排出)する労働市場の動向との総和によって左右されるため、一概には言えない。しかしながら、現在の野宿者をはじめとする〈ホームレス〉の加齢=高齢化に伴う「要保護層」としての認定による生活保護受給者の累積的な拡大は、避けがたいものとなっていくだろう。そうした状況下にあっては、林真人が指摘するように、より若年の〈ホームレス〉に対しては「『労働市場への差し戻し』による『自立』」が「より強く要請される」[林2008:16]ようになっていくものと思われる。すでに全国知事会・市長会は、2006年の段階で、生活保護受給世帯の増加という事態をふまえ、稼働層のいる世帯について「就労支援」の奨励と引き換えに生活保護の有期化を政府に求める見解を示している[新たなセーフティネット検討会(全国知事会・全国市長会)…2006:10]。 こうした流れの中にあっては、次々と企画・実施される〈ホームレス〉等の支援を謳った施策について、具体的な調査をもとにその制度的な欠陥や課題、限界を明らかにしていく作業は、(たとえそれがいかに消耗するものであろうとも)その重要性を増していくことになるだろう。「完全な施策」などあり得ない以上、施策はつねに、そこからさまざまにこぼれ落ち排除されていく人々を生み出していくのだから。

[注] 1) 〈ホームレス〉の社会的な析出過程全体を捉えようとするならば、労働市場の動向に関する検討

は欠かすことができないが、本稿では、そのことを自覚したうえで、「ホームレス対策」をはじめとした制度・施策との関係に限定して検討する。

 2) こうした動きに関係する文献としては、野宿者等の支援活動家として生活保護の積極的活用を呼びかけたガイドブックとして湯浅誠[2005]、生活保護の積極的な活用のために野宿者支援者と法律家との連携の必要性を提起したものとして湯浅[2006a]、野宿からの生活保護申請に焦点を絞った法律家によるガイドブックとして、ホームレス総合相談ネットワーク[2009]などが挙げられる。また、東京東部圏での生活保護の集団申請の活動の経緯と趣旨を報告したものとして、戸叶トシ夫[2008]も参照。

 3) 正確には、社会福祉法第2条第3項に定める第2種社会福祉事業のうちその第8号にある「生計困難者のために、無料又は低額な料金で、簡易住宅を貸し付け、又は宿泊所その他の施設を利用させ

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る事業」として設置される施設。 4) なお、無料・低額宿泊所調査と同時期に厚生労働省が生活保護受給者が入所している「社会福祉

各法に法的位置付けのない施設」に関して全国の自治体の生活保護担当部署に対して行なった実態調査結果によれば、2009年1月1日時点で「ホームレスを対象とした施設」は127施設、在所者数は1,716人と報告されている[厚生労働省社会・援護局…2009b:1-6]。

 5) 日本において〈ホームレス問題〉が社会的に構築される過程において、「公共空間の適正化」が行政にとって一貫して関心の一つであり続けてきたことについては、たとえば北川[2002:169-78]を参照。

 6) 翌2009年には神奈川県でも同様のセンターが開設された。 7) 調査時期は、2004年の7月末から11月初め、回答者は20人(うち1人は2回利用しているため、ケー

ス数としては21ケース)、性別は全て男性で、利用した自立支援センターは「新宿寮」「台東寮」「豊島寮」「墨田寮」の4施設(のうちのいずれか)、利用時期は2000年から2004年である。なお、自立支援センター内で提供される支援の内容は、センターによって、また、利用時期によって若干の違いがある。本節で言及されるセンターの支援内容は、上記のケースへの聞き取りに基づくものである。調査およびケースの詳細については、北川[2006]、就労問題研究会自立支援事業聞き取り調査チーム[2009]などを参照。また、東京以外の自治体の自立支援事業の実態分析については、先に参照した山田[2009]の他、NPO地域自立推進協会元気100倍ネット[2002],水内俊雄・花野孝史[2003]、藤田博仁[2006]などがある。

 8) 正確にいえば、東京の場合、自立支援事業は、東京都と特別区の共同事業(都区共同事業)として実施されている。以下では、特に断りがない限り、この都区の共同の自立支援事業を、東京の自立支援事業と表記する。

 9) より新しい事業実績によれば、自立支援センターの退所者累計は2009年3月末時点で9,397人、これに対し、「就労自立(住宅確保)」による退所者数は3,388人(36.1%)、「就労自立(住込み等)」退所者数は1,388人(14.8%)となっており[東京都福祉保健局…2009b:1]、2004年時と比較して「就労自立」退所者の割合に大きな変動はない。………

…10) 事業統計によれば、自立支援センター入所者の年齢層別内訳(2004年3月末までの累計)は、50代48.3%、40代25.5%、60代11.7%、30代11.5%、20代3.1%となっている[特別区人事・厚生事務組合…2004:103]。

…11) たとえば木下忠親[2000]、Shelter-less編集部[2003]。また2009年5月には、千葉県の無料・低額宿泊所に入所していた元野宿の男性が、本人の同意なく不当に生活保護費からの利用料の天引きが行われていたとして施設側に返還請求を行っている[『毎日新聞』2009.5.22]。

[文献]Bhalla,…Ajit…S.…and…Lapeyre,…Frédéric,2004,…Poverty…and…Social…Exclusion… in…A…Global…World,…2nd…

Edition,…Basingstoke:…Palgrave…Macmillan.(=2005,福原宏幸・中村健吾監訳『グローバル化と社会的排除──貧困と社会問題への新しいアプローチ』昭和堂).

NPO地域自立推進協会元気100倍ネット,2002,『脱野宿への実践──自立支援センター就労退所者支援マニュアル…社会福祉・医療事業団助成「高齢野宿生活者の就労自立支援モデル事業」』.

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Shelter-less編集部,2003,「東京都内の民間宿泊所」『Shelter-less』17:…pp.…102-16.新たなセーフティネット検討会(全国知事会・全国市長会),2006,『新たなセーフティネットの提案…「保

護する制度」から「再チャレンジする人に手を差し伸べる制度」へ』.藤田博仁,2006,「名古屋市の自立支援事業と野宿者のアフターフォロー──自立支援事業三年の経過

から」『寄せ場』19:…pp.…103-21.林真人,2008,「カール・ポランニーの埋め込み/脱埋め込み論──労働力商品化と若年ホームレス」『理

論と動態』1:…pp.…3-20.ホームレス総合相談ネットワーク,2009,『路上からできる生活保護申請ガイド』ホームレス総合相談

ネットワーク.稲葉剛,2002,「希望を託せる支援システムの構築を!──東京における自立支援事業の現状と課題」

『Shelter-less』13:…pp.…56-63.岩田正美,2008,『社会的排除──参加の欠如・不確かな帰属』有斐閣.金沢貞子,2003,「宿泊所利用者からとらえた『ホームレス』の人たちの社会保障・住環境・健康をめぐる

現状と課題」『Shelter-less』18:…pp.…136-57.木下忠親,2000,「失業保護への道」『Shelter-less』7:…pp.…21-5.北川由紀彦,2002,「〈ホームレス問題〉の構成──東京を事例として」『解放社会学研究』16:…pp.…161-84.────,2005,「単身男性の貧困と排除──野宿者と福祉行政の関係に注目して」岩田正美・西澤晃彦

編著『貧困と社会的排除──福祉社会を蝕むもの』ミネルヴァ書房:…pp.…223-42.────,2006,「野宿者の再選別過程──東京都「自立支援センター」利用経験者聞き取り調査から」狩

谷あゆみ編『不埒な希望──ホームレス/寄せ場をめぐる社会学』松籟社:…pp.…119-60.厚生労働省,2008,「ホームレスの自立の支援等に関する基本方針に定める施策に関する評価書」.厚生労働省社会・援護局,2008,「ホームレスの実態に関する全国調査(概数調査)結果」(2008年4月4日報

道発表資料).────,2009a,「社会福祉法第2条第3項に規定する無料低額宿泊事業を行う施設の状況に関する調査

の結果について」(2009年10月20日報道発表資料).────,2009b,『社会福祉各法に法的位置付けのない施設に関する調査の結果について』(2009年10

月20日報道発表資料).厚生労働省職業安定局,2007a,『住居喪失不安定就労者等の実態に関する調査報告書』.────,2007b,『日雇い派遣労働者の実体に関する調査結果報告書』.水島宏明,2007,『ネットカフェ難民と貧困ニッポン』日本テレビ放送網.水内俊雄・花野孝史,2003,「大阪市内の自立支援センター/入所者・退所者の傾向、特徴分析」『Shelter-

less』17:…pp.…80-101.中村光男,1998,「寄せ場と飯場の10年──山谷を中心に」『寄せ場』11:…pp.…168-75.なすび,1999,「寄せ場と野宿者をめぐる最近の状況」『寄せ場』12:…pp.…52-77.────,2003,「『ホームレス自立支援特別措置法』成立後の行政動向と問題」『寄せ場』16:…pp.…71-80.就労問題研究会自立支援事業聞き取り調査チーム,2009,『都区自立支援センター利用経験者路上聞き

取り調査報告書』.戸叶トシ夫,2008,「東京東部地域での生活保護集団申請の取り組みの報告──貧乏なやつらが集まっ

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てフガフガやってるみたいだな」『Shelter-less』35:…pp.…66-75.笹島診療所居宅者調査プロジェクトチーム,2004,『アパートなどで生活している人への支援に関する

アンケート報告書』.東京都福祉局,1997,「社会福祉施設等一覧」.東京都福祉保健局,2009a,「社会福祉施設等一覧」.────,2009b,「ホームレス対策の現状について」.特別区人事・厚生事務組合,2004,『更生施設・宿所提供施設・宿泊所・路上生活者対策事業施設事業概要…

平成16年度』.山田壮志郎,2009,『ホームレス支援における就労と福祉』明石書店.湯浅誠,2002,「東京の自立支援事業」寄せ場・野宿者運動全国懇談会『全国各地討議のための基礎資料』,…

pp.…12-19.────,2005,『あなたにもできる!本当に困った人のための生活保護申請マニュアル』同文舘出版.────,2006a,「『格差』に抗するネットワークと法律家の役割──野宿者支援における連携の現場か

ら」『リーガル・エイド研究』12:…pp.…41-64.

────,2006b,「生活困窮フリーターたちの『賃金と社会保障』」『賃金と社会保障』1416:…pp.…21-32.

[映像資料]日本テレビ,2007,『ネットカフェ難民──漂流する貧困者たち(NNNドキュメント’07)』(2007年1月28

日放送).(きたがわ・ゆきひこ 東洋英和女学院大学非常勤講師)

【欧文要約】

Homeless People and Social Exclusion: Focusing on Related System and Policy

KITAGAWA,…YukihikoToyo…Eiwa…Jogakuin… 

…The…concept…of…Social…Exclusion…has…been…used…with…the…political…concern…on…how…socially…excluded…people…can…be…included.…In…Japan,…policies…for…homeless…people…have…been…carried…out…to…officially…include…homeless…people.…But,…in…fact,…such…policies…have…reproduced…social…exclusion.… In…this…paper,…first,… four…changes… in…the…situation…of…homeless…people…after…the…mid-1990s…are…pointed…out:…(1)…Start…and…diversification…of…policies…for…homeless…people,…(2)…Increase…in…application…of…Livelihood…Protection…for…homeless…people,…(3)…“Decrease”…in…the…number…of…street…homeless…people,…(4)Emergence…of…unstable…employment…and…unstable…habitation…as…social…problems.…Next,… referring… to… the…results…of… some…research…such…as…interviews…with…ex-users…of… the…Centre… to…Assist…Self-Reliance… for…Homeless…People,…the… following…findings…are…pointed…out;… the…Centre…to…Assist…Self-Reliance…provides…very…limited…assistance…and…whether…the…user…of…the…Centre…can…get…a…job…is…dependent…on…the…

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condition…of…the…labor…market.…As…a…result,…the…users…are…sorted…out…to…those…who…can…get…job…and…those…who…remain…dependent…on…others.…And…the…latter…is…excluded…to…the…street…as…homeless…people…again.…On…the…other…hand,…sometimes…homeless…people…get…Livelihood…Protection…and…start…living…at…welfare…shelters…or…apartments,…but…in…such…cases,…although…minimum…food,…clothing…and…housing…needs…are…secured,…people…are…often…socially…isolated…and…remain…socially…excluded.

…Keywords:…homeless…people,…social…exclusion,…assisting…self-reliance

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