ステップ2の 弱オピオイドは必要か? -...

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宮下光令 教授 みやしたみつのり:1994年3月東京大学医学部保健学科卒業, 臨床を経験した後,東京大学大学院医学系研究科健康科学・ 看護学専攻助手・講師を経て,2009年10月東北大学大学院医 学系研究科保健学専攻緩和ケア看護学分野教授。専門は緩和 ケアの質の評価。 東北大学大学院 医学系研究科 保健学専攻 緩和ケア看護学分野 Bandieri E, Romero M, Ripamonti CI, et al. Randomized Trial of Low-Dose Morphine Versus Weak Opioids in Moderate Cancer Pain. J. Clin. Oncol. 2016;34(5):436-442. ステップ2の 弱オピオイドは必要か? 連載 第 18 回 今回は少し前に出た論文でご存じの方もい るかもしれませんが,今後の疼痛治療の常識 を変えるかもしれない論文を紹介します。 WHO方式がん疼痛治療法の除痛ラダーは ご存じだと思います。図1のように軽度な疼 痛にはNSAIDsやアセトアミノフェンで対応 し,除痛が困難ならコデイン,トラマドール といった弱オピオイドを追加し(ケースにも よるが,基本的にはNSAIDsやアセトアミノ フェンは中止するのでなく弱オピオイドを上 乗せする),それでも疼痛が緩和されない場 合には弱オピオイドをモルヒネ,オキシコド ン,フェンタニルといった強オピオイドに切 り替えるというものです。 弱オピオイドは,以前はコデインが主に使 われてきましたが,2010年ごろからトラマー ルカプセルR,トラムセットRといったトラ マドールの経口薬が発売され用いられていま す。これらの経口薬が発売される以前は,低 用量オキシコドンなどが弱オピオイドのよう な役割をしていたケースも少なくないと思い ますし,そのように改変されたWHO除痛ラ ダーの図を見たこともあると思います。 今回紹介する研究は,「WHO除痛ラダーの ステップ2にあたる弱オピオイドは本当に必 要なのか? ステップ2を飛ばして強オピオ イドを低用量で使用した方がよいのではない か?」という臨床疑問を解決するために行わ れたランダム化比較試験です。 イタリアで実施された本研究では,NRS(0 ~10点)で4~6点の中等度のがん疼痛を 有し,オピオイド未使用の患者240人が,弱 オピオイド群118人,低用量モルヒネ群122 人にランダム化されました。弱オピオイド群 では,トラマドール単剤またはアセトアミノ フェン,コデインと併用され,決まった量ま で増量できるルールでした。低用量モルヒネ 群では,3日間で30mg/日を上限に速放製 剤でタイトレーションし,その後は徐放剤で コントロールしました。薬剤の投与開始後1 週間ごとに4週後まで評価を行いました。 その結果,弱オピオイド群ではトラマドー ル単剤が16%,トラマドールとアセトアミ ノフェンまたはコデインの併用が84%で, タイトレーション後のモルヒネ徐放剤の開始 量の中央値は30mgでした。 必要に応じて鎮痛補助薬 非ステロイド性消炎鎮痛薬または アセトアミノフェン 弱オピオイド コデイン トラマドール 強オピオイド モルヒネ オキシコドン フェンタニル 軽度の痛み 軽度から 中等度の痛み 中等度から 高度の痛み 《図 1》 WHO除痛ラダー 94 エンド・オブ・ライフケア Vol.1 No.3

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Page 1: ステップ2の 弱オピオイドは必要か? - UMINplaza.umin.ac.jp/~miya/oncolnurs18.pdfBandieri E, Romero M, Ripamonti CI, et al. Randomized Trial of Low-Dose Morphine Versus

宮下光令 教授

みやしたみつのり:1994年3月東京大学医学部保健学科卒業,臨床を経験した後,東京大学大学院医学系研究科健康科学・看護学専攻助手・講師を経て,2009年10月東北大学大学院医学系研究科保健学専攻緩和ケア看護学分野教授。専門は緩和ケアの質の評価。

東北大学大学院 医学系研究科保健学専攻 緩和ケア看護学分野

Bandieri E, Romero M, Ripamonti CI, et al. Randomized Trial of Low-Dose Morphine Versus Weak Opioids in Moderate Cancer Pain. J. Clin. Oncol. 2016;34(5):436-442.

ステップ2の弱オピオイドは必要か?

連載 第18回

 今回は少し前に出た論文でご存じの方もい

るかもしれませんが,今後の疼痛治療の常識

を変えるかもしれない論文を紹介します。

 WHO方式がん疼痛治療法の除痛ラダーは

ご存じだと思います。図1のように軽度な疼

痛にはNSAIDsやアセトアミノフェンで対応

し,除痛が困難ならコデイン,トラマドール

といった弱オピオイドを追加し(ケースにも

よるが,基本的にはNSAIDsやアセトアミノ

フェンは中止するのでなく弱オピオイドを上

乗せする),それでも疼痛が緩和されない場

合には弱オピオイドをモルヒネ,オキシコド

ン,フェンタニルといった強オピオイドに切

り替えるというものです。

 弱オピオイドは,以前はコデインが主に使

われてきましたが,2010年ごろからトラマー

ルカプセルR,トラムセットRといったトラ

マドールの経口薬が発売され用いられていま

す。これらの経口薬が発売される以前は,低

用量オキシコドンなどが弱オピオイドのよう

な役割をしていたケースも少なくないと思い

ますし,そのように改変されたWHO除痛ラ

ダーの図を見たこともあると思います。

 今回紹介する研究は,「WHO除痛ラダーの

ステップ2にあたる弱オピオイドは本当に必

要なのか? ステップ2を飛ばして強オピオ

イドを低用量で使用した方がよいのではない

か?」という臨床疑問を解決するために行わ

れたランダム化比較試験です。

 イタリアで実施された本研究では,NRS(0

~10点)で4~6点の中等度のがん疼痛を

有し,オピオイド未使用の患者240人が,弱

オピオイド群118人,低用量モルヒネ群122

人にランダム化されました。弱オピオイド群

では,トラマドール単剤またはアセトアミノ

フェン,コデインと併用され,決まった量ま

で増量できるルールでした。低用量モルヒネ

群では,3日間で30mg/日を上限に速放製

剤でタイトレーションし,その後は徐放剤で

コントロールしました。薬剤の投与開始後1

週間ごとに4週後まで評価を行いました。

 その結果,弱オピオイド群ではトラマドー

ル単剤が16%,トラマドールとアセトアミ

ノフェンまたはコデインの併用が84%で,

タイトレーション後のモルヒネ徐放剤の開始

量の中央値は30mgでした。必要に応じて鎮痛補助薬

非ステロイド性消炎鎮痛薬またはアセトアミノフェン

弱オピオイドコデイントラマドール

強オピオイドモルヒネ

オキシコドンフェンタニルⅠ

軽度の痛み

Ⅱ軽度から中等度の痛み

Ⅲ中等度から高度の痛み

《図1》WHO除痛ラダー

94 エンド・オブ・ライフケア Vol.1 No.3

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(%)1009080706050403020100

*p<0.001

弱オピオイド群

低用量モルヒネ群

弱オピオイド群

低用量モルヒネ群

弱オピオイド群

低用量モルヒネ群

54.7*

88.2*

47.0*

82.7*

41.9*

75.5*

主要評価項目:最低限の疼痛緩和(20%以上)

2次的評価項目(1):意味がある疼痛緩和(30%以上)

2次的評価項目(2):非常に意味がある疼痛緩和(50%以上)

※20%以上:研究開始時から痛みが0~ 10のNRSで20%以上,緩和された状況。30%,50%も同様。

《図2》28日後の疼痛の緩和状況

100

80

60

40

20

*p<0.001

43.6

80.9*

51.3

87.3*

53

88.2*

54.7

88.2*痛みが0〜10のNRSで

20%以上緩和された割合(%)

日数7 14 21 28

■弱オピオイド群■低用量オピオイド群

《図3》研究開始後の各日数における変化

 28日後の主要評価項目,二次的な評価項

目の結果について図2に示します。どの項目

においても,低用量モルヒネ群で統計的にも

臨床的にも意味がある大きな効果が見られて

います。これは28日後の結果ですが,研究

を開始して早々の7日後でもNRSで20%の

低下が見られた患者は弱オピオイド群で

44%,低用量モルヒネ群で81%と大きな差

がついていました(p<0.001)(図3)。

 また,ESASという尺度で評価した患者の

倦怠感や精神状況などを含んだ全身状態の総

合スコアの平均も弱オピオイド群が10,低

用量モルヒネ群が19と低用量モルヒネの方

が心身のQOLを改善させることが分かりま

した(P<0.001)。

 気になる副作用に関しては,便秘や嘔吐,

眠気,口渇,めまい,せん妄など,すべての

項目で若干低用量モルヒネ群で多い傾向に

あったものの,2群で統計的に有意な差は見

られませんでした。

 この結果は,おそらく今後の世界中のガイ

ドラインを書き変えるものになると思います。

ただし,コデインには鎮咳作用があり,トラ

マドールには神経障害性疼痛に有効であるだ

けでなく麻薬指定されていないので,麻薬に

抵抗感がある患者にも使用しやすいなどの特

徴があります。今後は,このような薬剤の性

質や副作用の発現,全身状態などの患者の個

別性も考慮しつつ,弱オピオイドを用いるの

か,それともステップ2をスキップして低用

量で強オピオイドを用いるのか判断が必要に

なると思われます。

95エンド・オブ・ライフケア Vol.1 No.3