スウェーデンの生涯教育システムとジェンダー事情...スウェーデンの生涯教育システムとジェンダー事情:中澤...

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海外研究情報子ども社会研究14号ん"r"α/Q/c"〃Sr"dy,1'b./4,J""e,2008:173-181 スウェーデンの生涯教育システムとジェンダー事情 中澤智惠 スウェーデンは福祉国家として知られる国である。筆者は、2007年8月より12月にか けての4ヶ月間、スウェーデン・ヨテボリに研究滞在する機会を得た。その際の研究課題は、 スウェーデンでの成人教育施設と教員の役割に関する質的研究であったため、本稿に求めら れる学校教育や子どもを対象とする教育の状況についてはやや情報が乏しい。そこで、スウ ェーデン教育研究省や学校庁によるファクト・シートや教育年次統計を参照しながら、成人 教育を組み込んだスウェーデンの生涯教育システムとジェンダー平等政策に関する動向と具 体的状況の一端をご紹介したい。 本稿ではまず、スウェーデンの生涯教育システムの概要を説明し、学校教育と成人教育に わけて、それぞれの学校段階・種別とそこでの教育の状況を述べる。最後に、ジェンダー平 等政策と研究・教育の関連する動きについて報告する。 1スウェーデンの教育システムにおける学校 スウェーデンの(学校)教育システムを概観すると、図lのように、成人教育や就学前 教育を含めて、生涯にわたる教育のシステムとして構成されている。スウェーデンでは、 1990年代初めに深刻な経済不況と失業問題を経験し、また1995年のEU加盟に伴って国 際競争力を高める必要性が高まったことなどから、教育を通じて労働力の質を向上させるこ とを目指してきた。1996年より「生涯学習」や「知識社会」をキーワードに、国民全体の 知識水準の向上を目的とした教育改革に取り組んできている。 日本と比較して異なる点を、スウェーデンの(学校)教育の特徴としてあげるならば、 l)義務教育は小中学校一貫であること。 2)小学校から大学までの教育が無償であること。 3)原則として、入学試験による選抜を行わないこと。 4)義務教育就学前の幼児に対しても学習カリキュラムが用意され、教育が行われているこ と。言うならば、「幼保一元化」が実現されていること。 5)6歳児に、就学前教育と小学校をつなぐ1年間の教育課程FOrskoleklassが用意されて いること。 6)学童保育が学校と一体的に、ないしは連携して運営されていること。 7)青少年を対象とする高校以外に、成人後、後期中等教育修了資格を得られる成人教育機 (なかざわ・ちえ東京学芸大学) 173

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海外研究情報子ども社会研究14号ん"r"α/Q/c"〃Sr"dy,1'b./4,J""e,2008:173-181

スウェーデンの生涯教育システムとジェンダー事情

中澤智惠

スウェーデンは福祉国家として知られる国である。筆者は、2007年8月より12月にか

けての4ヶ月間、スウェーデン・ヨテボリに研究滞在する機会を得た。その際の研究課題は、

スウェーデンでの成人教育施設と教員の役割に関する質的研究であったため、本稿に求めら

れる学校教育や子どもを対象とする教育の状況についてはやや情報が乏しい。そこで、スウ

ェーデン教育研究省や学校庁によるファクト・シートや教育年次統計を参照しながら、成人

教育を組み込んだスウェーデンの生涯教育システムとジェンダー平等政策に関する動向と具

体的状況の一端をご紹介したい。

本稿ではまず、スウェーデンの生涯教育システムの概要を説明し、学校教育と成人教育に

わけて、それぞれの学校段階・種別とそこでの教育の状況を述べる。最後に、ジェンダー平

等政策と研究・教育の関連する動きについて報告する。

1スウェーデンの教育システムにおける学校

スウェーデンの(学校)教育システムを概観すると、図lのように、成人教育や就学前

教育を含めて、生涯にわたる教育のシステムとして構成されている。スウェーデンでは、

1990年代初めに深刻な経済不況と失業問題を経験し、また1995年のEU加盟に伴って国

際競争力を高める必要性が高まったことなどから、教育を通じて労働力の質を向上させるこ

とを目指してきた。1996年より「生涯学習」や「知識社会」をキーワードに、国民全体の

知識水準の向上を目的とした教育改革に取り組んできている。

日本と比較して異なる点を、スウェーデンの(学校)教育の特徴としてあげるならば、

l)義務教育は小中学校一貫であること。

2)小学校から大学までの教育が無償であること。

3)原則として、入学試験による選抜を行わないこと。

4)義務教育就学前の幼児に対しても学習カリキュラムが用意され、教育が行われているこ

と。言うならば、「幼保一元化」が実現されていること。

5)6歳児に、就学前教育と小学校をつなぐ1年間の教育課程FOrskoleklassが用意されて

いること。

6)学童保育が学校と一体的に、ないしは連携して運営されていること。

7)青少年を対象とする高校以外に、成人後、後期中等教育修了資格を得られる成人教育機

(なかざわ・ちえ東京学芸大学)

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子ども社会研究14号

関が複数用意されていること。

などであろう。

まず、義務教育は7歳から

16歳までの9年間で、基礎学

校Grundskolaと呼ばれる。義

務教育段階の学校としては、基

礎学校のほかに、北方のサーミ

民族のためのサーミスクール

Sameskola、聾学校を中心とす

る特別学校SpecialSkola、知的

障害児を対象とするプログラム

SarSkOlaが存在している。広く

定義される特別支援を必要とす

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AdultEducatIon

(Komvux,Sarvux

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図1スウェーデンの生涯教育システム図(スウェーデン学人'二識ご4し。付"'」エ痙琶必、=c9

校庁SkolverketHPをもとに作成)る生徒は、通常は普通学級に通

うこととなっており、知的障害

をもつ生徒には特別プログラムが提供される。具体的には、健常児と同じ通常のグループに

入るか、普通学校に置かれる特別グループに入るかどちらかとなる。基礎学校で特別支援を

要する生徒に対しては、特別支援専門員(教育者)Specialpedagogueや加配教員などが配置

されている。特別学校(聾学校)は、「手話」という異なる独立した言語による教育への当

事者の強い要求に支えられているとのことだ。実際には、重複障害がある場合など、重度の

障害に対応する学校といえる。スウェーデンでは、障害児教育において統合教育/インクル

ージョンが推し進められてきたが、必ずしも画一的な対応ではない。また2006年に政権が

交代して以降、教育政策が大きく転換されつつある。

基礎学校にはしばしば、下記に述べるFOrskolaやFOskoleklassが併設されている。学年段

階は、低学年、中学年、高学年に分かれており、低学年までの基礎学校、高学年だけの基礎

学校なども存在し、その学校規模も多様である。

私立学校Independentschoolについては、1990年代以降増加傾向にあり、現在では私立の

基礎学校に通う生徒は7.4%に達する(2005年秋)(Swedishlnstitute2007)。ちなみに、私

立高等学校に通う生徒の比率は13.1%である。私立学校に対しても交付金があり、学費は

無料である。

成績は8年生の秋学期までつけられず、評価は優passwithspecialdistinction良passwith

distinction可pass(そして不可・不認定)という段階でなされる。高等学校入学のためには、

国語(スウェーデン語)、数学、英語の3教科で可passの成績を修めなければならないとさ

れており、約9割の生徒がこの水準を満たしているという。しかしながら、このいずれかで

不可をとったとしても高校に進めないわけではない。こうした生徒は、高校の個別う。ログラ

ムIndividualprogramに沿って学習することになるということだ。しかしながら、近年、パ

スできない子どもの数が増加する傾向にあり、憂慮されている。成績は、全般に男子生徒よ

り女子生徒が高い。

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スウェーデンの生涯教育システムとジェンダー事情:中澤

スウェーデンの中学生の姿について、筆者はある家庭で中学生(女子)自身に話を聞く機

会があった。彼女自身の目を通した中学生のタイプ分けには、ある種のステレオタイプが感

じられたものの、現在のスウェーデンの中学生の一端を如実にあらわしているように感じら

れた。クラス写真を見せてもらうと、表情や服装、髪型などから、私にも所属グループが感

じられた。彼女が言うには、①エモEmo(思春期特有の自意識の過剰さとナイーブさを有し、

ときにはリストカットをするなどの心理状態にある)、②フィヨルティスFiortis(14歳とい

う意味。やや年齢不相応な、化粧や胸のはだけたセクシャルな装いをしたりする、フェミニ

ニテイを表現している「おませ」な女子)、③Wannabecool(いきがって振る舞う男子)、④

Brat(経済的に裕福な家庭の子どもであり、ブランド物の高価な衣類を身につけている、と

りわけ男子)、⑤Boredteenager(やる気のない態度を示す者)、⑥Alternative(青少年らしい、

新しい価値観やスタイルを模索したい志向のある者)、というものであった。

一般に、スウェーデンはジェンダー平等が相当に達成されている国として認識されている

が、学校や社会を観察してみると、意外なほどに、女らしさや男らしさは問題視されていな

いように感じられる。「ジェンダー平等教育」が授業として積極的に行われているわけでもな

い。スウェーデンにおいて一般の人々の受け止め方として、ジェンダーの平等とは、賃労働

と家族的責任を果たすことへの男女平等な参加と公正な評価であり、個々人の能力が発揮さ

れること(そして社会の構成員としての役割と責任を果たすこと)が重要なのである。同一

労働同一賃金の原則を徹底することは重視されるが、性別職域分離は水平的・垂直的両面で

あまり解消されてこなかった。例として教員の性別比をみると、F6rskolaのスタッフは女性

が97%、学童保育指導員は83%、基礎学校では74%を占めている。

筆者が見聞した範囲ではあるが、学校において、男女別にグループをわけた学習活動も、

男女の行動特性が異なるからというシンプルな理由で、その前提であるジェンダーについて

深く問われることなく行われていた。また、子どもたちの装いや持ち物、市内の店舗で見か

ける玩具や衣類も、明確に性別で分化していた。日本で見かける以上に、女児にはピンクの

づくめの装いがしばしば見かけられた。ジェンダーと教育研究においては、男児のマスキュ

リニティ研究や、学校におけるハラスメント(男子生徒が女子生徒に性的な暴言を吐いたり

する、女性蔑視発言が問題視されている)などが取り上げられている。

さて一方、就学前の子どもについては、1歳から5歳までを対象とした就学前教育プリス

クールF6rskolaが提供されている。働いているか就学している両親を持つ子どもを対象とす

る。親が失業中か、下に子どもが産まれて育児休暇取得中の場合にも、少なくとも1週に

15時間以上FOrskolaに通う権利が認められている。親は子どもが1歳になるまで育児休暇

を取得することが通例のため、ゼロ歳児保育は基本的に提供されていない。

こうした就学前の子どもへの対応は、以前は日本と同様に、教育研究省ではなく、保健・

社会事業省が所管の保育所Dagisであったわけが、1996年に幼保が一元化され、生涯教育

の一貫として位置づけられた。その形態には3種あり、まず通常のプリスクールPreschool

(FOrskola)、そしてFamilycarehomes、Openpreschoolである。2005年秋の統計では、スウ

ェーデンのl~5歳児の子どもの77.3%がFOrskolaに通い、6.1%がFamilycarehomesに通

っている。多くは公立であるが、私立(independent)が25%あり、児童数に占める割合は

1ー7貝一ー

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子ども社会研究14号

表12001年秋に入学し、5年以内に後期中等教育課程を修了した者の比率(%)

誰一祁一唖一銅

誰一癖一耐一和

耐一睡一面一唖

高等学校課程修了者の比率

スウェーデンのバックグラウンド 鋤一社

16.7%である。そのうち、半数近くは両親による共同運営である。

プリスクールクラスF6rSkoleklassは、6歳の1年間だけで、義務教育ではないが、自治体

は就学を望む全ての子どもが通えるように提供する義務を負っている。ほとんどの子どもが

就学しており、将来的には義務教育化される方向にあるといえるだろう。

学童保育Fritidshemにも3種ある。6歳から12歳を対象としており、学校で過ごす時

間の前後に提供される。その形態はほぼ就学前教育に対応しており、Leisuretimecenter,

Familycarehomes,Openleisuretimecenterがある。学童保育は無料ではないが、両親または

保護者の総所得の2%を超えないように規定されている。

高等学校は3年間の課程で、義務教育ではないものの進学率は97.9%である(2005年秋)。

17のプログラムがあり、どのプログラムを修了しても大学に進学することができる。プロ

グラム選択においては、ほとんどのプログラムで性別のバランスがどちらかに偏っており、

課題とされている。近年高校中退率は増加傾向にあり、問題視されつつある。別表に示した

とおり、高等学校の課程修了者の比率は約4分の3にとどまっている。このうち、スウェ

ーデンのバックグラウンドのない者(すなわち移民家庭の子ども)では、女性67.4%、男

性58.0%と、かなり低率である。中退者は、成人後、成人教育施設で学び直し、後期中等

教育修了資格(高卒)を得ることができるが、この中退率(未修了者率)の高さは問題視さ

れても当然であろう。

高等学校の課程を修了した者のうち、44.6%が卒業後3年の間に大学に進学する

(Skolverket2006)。性別にみると、女性49.4%、男性38.4%である。スウェーデンにバッ

クグラウンドのある者は53.2%、ない者は44.4%である。大学進学率は、定員拡充政策の

成果か、この10年間で10%ほども上昇した。

2.成人教育

スウェーデンにおいて成人教育は、公的成人教育Publicadulteducation(vuxenutbildning)と、

民衆(成人)教育Liberaladulteducation(fOlkbildning)という二つの分野に大きく分かれる。

このほか、いうまでもなく、大学や大学院という高等教育や、職場での研修や企業内教育な

どの学習機会も数多く存在する。

公的成人教育は学校教育型、すなわちフォーマル・エデュケーションであり、スウェー

デンの学校教育の補償あるいは学び直しの場と位置づけられる。自治体の運営する成人教

育Municipaladulteducation(komvux)、知的障害者を対象とする成人教育AdulteducationfOr

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スウェーデンの生涯教育システムとジェンダー事情:中澤

theintellectuallydisabled(sarvux)、そして移民を対象とするスウェーデン語教育Swedishfbr

immigrants(sfi)で構成される。

さらに2002年には、数年の試行期間を経て、国が助成金を交付する上級職業教育・訓練

Advancedvocationaleducationandtraining(kvalificeradyrkesutbildning:KY)が導入された。これ

は、地域の企業や雇用主の雇用ニーズに応じた職業教育といえる。高校卒業後のPostupper

secondaryeducationであり、理論と実践の統合を掲げ、1年から3年間にわたる学習期間の

約3分の1を実習に充てることとなっている。

また、補充教育(Independent)supplementaryeducationと呼ばれる学習機会もある。ただ

しこれは、2005年の秋の時点で、個人や民間組織をはじめ公的成人教育以外の教育機関に

移行されたため、正確に言えば現在では公的成人教育の枠組みには位置づけられないとされ

る(MinistryofEducationandResearch2007a)。具体的には、芸術や手工芸デザイン、メデ

イアなど、特化された專門分野の職業教育である。

1968年に制度化された自治体成人教育Komvuxは、義務教育レベルの成人基礎教育Basic

adulteducationと、高校レベルの後期中等教育Uppersecondaryeducationの学習機会を主に提

供している。その教育目標は、青少年や子どもを対象とする「通常」の高校や義務教育と同

一であるが、教育内容やフォーカスするポイントについては成人の学習経験が考慮される。

また、成人学習者が職業生活や社会的経験によって学校外で獲得している知識やスキルを、

学習経験として考慮するため、学習開始時にはその評価(Validation)が重要となる。そのた

めに、導入コースIntroductorycoursesが開設されている。

スウェーデンでは、1997年から2002年にかけての5年間にわたって、国による知識

向上プロジェクト(Kunskapslyftet)が実施された。これは、後期中等教育未修了者のために

Komvuxや民間の職業訓練機関等に、一年度あたりフルタイム学習ベースで10万人分の

定員を確保する予算措置を行うもの(2000年には14万人に拡大)で、一人あたり年間約

32,000SEK(日本円で約544,000円相当。(lSEK=17.02円として))の補助金が実施機関

に交付された。学習者に対しても、奨学金や教育ローンなどの特別助成金が用意された。最

終的に、スウェーデンの労働力人口の15%に相当する55万人が学習し、失業率の減少に

貢献したと評価されている。また、企業の主催する職業計||練や研修よりも、Komvuxや高校

の職業プログラムで実施された労働市場訓練との連携によって成功を収めたとされている。

しかしその一方で、専門家の間には、成人教育が職業訓練に占有されてしまうのではないか、

との危'倶がある。

教育統計(SkOlverket2006)をみてみると、2004/05年度には、Komvuxへの参加者は約

229,300人であり、学習者一人あたり平均4.2コース(ここでいうコースは、おおよそ授

業科目に相当すると理解できる)に参加している。そのうち、92%が日中のコースに参加し、

4.6%が夜間、3.4%が時間割の割り振られない柔軟なコースに参加していた。近年では、民

間教育産業など、他の教育組織と連携したコース提供を行う自治体が増えており、1997/98

年度に14.4%だったものが、2003/04年度には20.6%、2004/05年度には23.8%となった。

ヒアリングをすると、自治体の担当者(成人教育コーディネータ)は、こういう状況を「入

学申請期間後学習者数をもとに、必要な教育をKomuvuxおよび他の教育機関から、(自治体

1ワワとJノ

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子ども社会研究14号

の予算をふまえ)『定員数分』を購入する(buy)」と表現する。

Komvuxでの学習者の性別比は、女性が65.3%を占める。外国で生まれた者の比率は

33.9%であるが、成人基礎教育のみをとりだせば、79.7%に達する。平均年齢は、30歳で

あるが、成人基礎教育では34歳、後期中等教育では29歳である。卒業率は73.8%であり、

21.0%が中退している。これも、成人基礎教育のみをとりだすと、27.4%となる。女性よ

りも男性の中退率が高い(以上、2004/05年度)。これらのことから、S6を含めて、移民に

とっての公的成人教育の重要性とともに、学習支援の困難さがわかる。

さて、一方の民衆(成人)教育folkbildningは、フォークハイスクールFolkhighschool

(Folkh6gSkola、国民高等学校、成人カレッジなどと訳される)と学習協会Adulteducation

associations(studiefbrbund)によって提供される。その特徴は、自由freeと自主性・主体性

voluntaryであり、「学習者自身による自己啓発・自己教育」を理念としている。そのため、

学習者の学習過程や意思決定プロセスへの参画が重視される。2007年春の時点で、148の

フォークハイスクールと8つの学習協会が国庫補助金を受けて運営されている。国が活動を

補助する根拠は、デモクラシーおよび市民の社会への参画とコミットメントを強化すること

に資するからだとされている。

フォークハイスクール148施設のうち、100超が大衆運動団体やNPOあるいはそれらに

関連する支援団体によって、40程度が郡や市町村によって運営されている。例えば、禁酒

運動団体や労働組合、女性運動連合組織などである。KomvuxやSal-vuxとは異なり、国の

定めるカリキュラムに従うよう求められないため、フォークハイスクール毎に、その運営組

織の理念にもとづいた、特色のある学習コースが開設されている。しかしいずれのフオーク

ハイスクールにおいても全般に、学習は小集団のグループワークにもとづき、テーマ学習や

プロジェクト型で学際的inter-disciplinaryに進められる傾向がみてとれる。対話と協同・共

同作業がきわめて重視されている。

2007年においては、長期コースに春・秋各セメスターとも約13,000名、短期コースに

は約80,000名が参加している(Folkbildningsridet2008)。長期コースのうち、AllmankurSは、

学習者のそれまでの学習経歴をふまえて1年から3年間にわたるコースで、コースを修了

すると後期中等教育修了資格を得られる。現在では、フオークハイスクールが補助金を受け

る条件として、こうしたコースが全体の15%以上を占めるように規定されている。

学習協会は、学習サークルの活動を組織するほか、さまざまな文化活動・イベントの機会

を提供している。サポートを受ける学習サークルとして成立するには、5人以上20人以内

の構成員でサークル・リーダーを置き、学習時間は20時間以上で、4週間以上継続して活

動することなどの条件があるが、年間約285,000を超えるサークルが活動し、のべ二百万

人が参加している(2007年データ)。

このように、スウェーデンの成人教育では、l)後期中等教育レベルまでの教育の徹底、

2)職業教育・計||練、そして3)民衆成人教育を通じての、市民の社会参画と民主主義の促

進、に重点が置かれていることがわかる。前二者においては、Flexibleleaming,遠隔教育や

Eラーニングなどの積極的導入によって、時間や地理的条件に縛られない柔軟な学習機会が

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スウェーデンの生涯教育システムとジェンダー事情:中澤

拡充されてきている。一方で、知識向上プロジェクトAdultEcutaionlnitiative(Kunskaplifted)

以降、急速に民間企業の提供する教育機会やコースを公的成人教育に取り入れるようになっ

ており、教育の質の低下や経済界のニーズに左右されるのではないかという点が懸念されて

いる。

生涯教育システムとして、学校教育と成人教育を通して概観してみると、やはり高校教育

(後期中等教育)が鍵であるように思われる。高等教育の拡充とともに、全体的な底上げと

して後期中等教育の徹底を政策として重視しているが、青年期の高校中退率が高いことから、

青年を対象とする高校Gymnasieskolanのあり方が問われている。それゆえに成人期に、異

なる学習スタイルの学習機関での学び直しの機会を設定しているということだが、青年期に

スムーズに高校の課程を修了できるような方策が検討される必要があるあろう。また、成人

向けの後期中等教育機関が階層化・ジェンダー化のトラックとなっているのではないかとい

う懸念もありえよう。

3ジェンダー平等政策

先に述べたように、スウェーデンでは、男女ともに職業生活を送るとともに、家庭責任を

果たせるように制度や環境を整えてきた(スウェーデン文化交流協会2005)。充実した育

児休業制度と両親保険は日本にもよく知られている。この面では、父親になる男性を対象と

した学習プログラムも実施されるようになってきている。

また、ジェンダー・メインストリーミングとして、一部の別立てされたセクションで男女

平等を考えるのではなく、あらゆる政策分野にジェンダーの視点を入れるように求めている

ほか、公的レベル・個人レベル双方において、男女間の権力と影響力の不均衡を是正するよ

う求めている。具体的には、分野ごとに性別比が6:4以上に偏らないことを基準に、性別

の分離をなくすように努力されてきた。とりわけ近年の政策では、公的部門にとどまらず、

営利企業に対して意思決定レベルの職におけるジェンダー平等への取り組みを求めるように

なってきている。

権力の不均衡と切り離せない深刻な問題として、1990年代以降は、女性に対する暴力に

取り組まれてきた。女性の人身売買に対する取り組みや「名誉の殺人」に対する取り組みも

進められている。とりわけ、2002年にトルコ人の移民2世である女性が、親の決めた婚約

者ではない男性と恋愛していたことに対して、家の名誉を傷つけたという理由で父親に殺害

された事件がきっかけとなって、大きな社会問題と認識されるようになったと考えられる。

スウェーデンでは国外からの移住者が全人口の12.4%を占めるが、都市部に限れば比率は

さらに高いといわれる。こうした多文化社会で、互いを尊重し合いながらしかしスウェーデ

ン社会の民主的な価値観としてそのようなことが許されてよいのか、と議論されている。そ

こには、単なる文化の違いの問題ではなく、スウェーデン社会の移民に対する差別が隠され

ているという指摘もなされる。

女性に対する男性の暴力については、さまざまな研究プロジェクトも進められている。一

例を挙げると、MariaEriksonは、2004年に、今日のスウェーデンの家族法において父親

1ヲq…『三

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子ども社会研究14号

の暴力がどのように扱われているのかをテーマとする博士論文をまとめ、女性シェルター

全国組織による4CWomen'sActionoftheYear''を受章した(TheSwedishSecretariatfbrGender

ReSearch2005)。それによると、スウェーデンの法律では、女性に対する男性の暴力は、も

っぱら異性愛カップルの問題として位置づけられているが、そのカップルに子どもがいた場

合には、離婚や別離を選んだ後、男性に対して子どもの養育権や監視されずに子どもに会う

権利が裁判所によって認められる、という。女性に対して暴力をふるう男性であっても、父

親はある種無条件に非暴力的な存在として法的にないしは公的に位置づけられている。例外

は、ある特定の移民家庭に関する議論であり、若い女性が「家父長制家族」の犠牲になって

いるというものだ。このような、スウェーデンの白人家庭には問題がなく「移民」家庭には

問題があるという問題構成は、父親の暴力や権力の問題に、人種差別的および白人の優越志

向が絡み合っていることを示していると考察した。

また、EUのう°ロジェクトとして実施された研究報告@GSwedenNationalReportsonMen's

Practices"(BalkmarandPringle2006)も挙げられる。このように、教育学研究でもジェンダ

ー研究でも、スウェーデンという一国内にとどまらず、EUや北欧諸国の枠組みのなかでの

助成金による研究プロジェクトが非常に多いことが印象的である。さらに、上記の研究にも

明らかなとおり、近年ではとりわけIntersectionalityに焦点があてられており、移民女性の置

かれた状況に着目した研究も比較的多くみられる。ただし、階級や階層への問題関心はやや

弱いように見うけられる。

ジェンダー研究については、現在重点化政策が実施されており、CentresofGender

Excellenceとして研究拠点を3拠点指定して、5年間で総額650万ユーロ(約10億円)

(IEUR=158.49円2008年2月19日時点)が投じられる(TheSwedishSecretariatfOr

GenderResearch2007)。具体的には、通称GEXcelというプロジェクトを大学間連携・共同

によって進めるLinkOping大学とOrebro大学、学部を横断する50名を超える研究者が参加

してAdvansedGenderStudieSを進めるUmei大学、自然科学と人文社会科学の学術交流を推

進するUppsala大学である。また、新たにジェンダー・スタディーズに6つの教授職が設け

られ、現在では32の教授職のうち29が女性となっている。

しかしこうしたジェンダー研究推進の動きに対して、2005年には「ジェンダー戦争」

というテレビ番組によってジェンダー研究に対する攻撃も起こっている(TheSwedish

SecretariatfbrGenderResearch2006)。発端は、2004年にあるジャーナリストがその著書で、

一人のフェミニストの博士論文を批判したことに始まる。これについては、批判者のほうが

批判されて収束したのだが、2005年春にスウェーデンの放送局がドキュメンタリー番組を

放映して、男性を敵視する過激なフェミニストが女性の緊急シェルターを牛耳っているとし、

その代表者として、一人の研究者をやり玉に挙げた。これを受けて、その研究者の所属して

いたウプサラ大学が、彼女の研究業績が正当であるかを調査するという事態に発展した。別

のクイーア・スタデイーズ研究者も同様にその研究の妥当性を批判されたが、その所属大学

はそういう非難は取り上げるに値しないと一蹴した。しかし、フェミニストの政党をつくろ

うと尽力していた彼女は、その代表を辞すこととなった。現在ではこうしたあからさまな攻

撃は影を潜めているが、なにか発端となるきっかけがあれば、一時的ではあっても、こうし

ユ80

Page 9: スウェーデンの生涯教育システムとジェンダー事情...スウェーデンの生涯教育システムとジェンダー事情:中澤 スウェーデンの中学生の姿について、筆者はある家庭で中学生(女子)自身に話を聞く機

スウェーデンの生涯教育システムとジェンダー事情:中澤

たバックラッシュが生じうる状況にあることがわかる。

以上のジェンダー平等政策やジェンダー研究の動向については、TheSwedish

SecretariatforGenderResearchの発行する情報誌によって知ることができる。この国立

機関は、1998年に設立されたもので、スウェーデンのジェンダー研究の概要を把握し、大

学内外に研究成果を公開し、ジェンダー・パースペクティブの重要性を一般向けに啓発する

ことを目的としている。

教育にしる福祉にしろ、またジェンダー平等にしろ、私たちの目にはスウェーデンは諸課

題に先進的に取り組んでいて問題が次々に解消されていくようにみえるが、実際には、抱え

ている課題には共通する部分の多いことに気づかされる。互いに学び合うことが求められて

いよう。以上、スウェーデンのごく基礎的な情報にとどまっているが、スウェーデン社会と

教育に関して、拙稿がなにがしかの参考になれば幸いである。

参考文献・資料

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