インサイダー取引の刑事法的規制 - Chukyo...

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インサイダー取引の刑事法的規制――裁判例の検討を中心として――

加 藤 佐 千 夫

はじめに

Ⅰ インサイダー取引規制の概要

(�) 構成要件

(�) 主体

(�) 重要事実

①決定事実 (1号)

②発生事実 (2号)

③決算変動事実 (3号)

④包括条項 (4号)

⑤子会社の重要事実 (5号~8号)

Ⅱ 業務執行決定機関による決定事実 (1号) の裁判例

(�) 日新汽船株事件 (東京簡裁略式命令平成2年9月��日資料版商

事法務��号��頁)

(�) 日本織物加工事件 (最判平成��年6月��日刑集��巻5号��頁)

(�) 村上ファンド事件 (最決平成��年6月6日刑集��巻4号���頁)

Ⅲ 発生事実 (2号) の裁判例

Ⅳ 決算変動事実 (3号) の裁判例

中京法学巻3・4号 (����年) ���(�)

論 説

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Ⅴ 包括条項 (4号) の裁判例

(�) マクロス事件 (東京地判平成4年9月��日判時����号���頁)

(�) 日本商事事件 (最判平成��年2月��日刑集��巻2号1頁)

おわりに

はじめに

インサイダー取引の罪とは, 株式会社の役員等の会社関係者であって,

会社の重要情報を入手しうる者が, 当該情報が公表される前, すなわち,

一般投資家の知るところになる前に, 当該情報に基づき当該会社の株式

を売買等することで成立する罪である。 売買等をしたことで利益を得る

ことがほとんどであるが, 構成要件としては, 利益を得たか否かは本罪

の成否とは無関係とされている。

このようなインサイダー取引を放置すれば, 会社の重要情報をいち早

く入手した者が一般投資家に比べて有利な取引をすることができ, その

結果として, 証券市場の公正性・健全性が阻害され, 一般投資家は不公

平だと感じるために証券市場に対する信頼も損なわれてしまう。 このよ

うな事態を防止・禁圧する観点から, 昭和��年の証券取引法 (以下, 証

取法という) の改正によりインサイダー取引を禁止する規定 (罰条も含

む) が導入されたのである (施行は平成元年からである)(1)

。 具体的には,

いわゆる内部情報に関するインサイダー取引 (証取法���条の2, 平成

4年改正により���条) と, 外部情報 (公開買付け) に関するそれ (同

��条の3, 平成4年改正により��条) とが禁止され, これに違反した

者には刑事罰が科せられることとなった (当時の証取法�条6号)。 当

初の法定刑は, 6月以下の懲役若しくは�万円以下の罰金, または, そ

の併科であり, 両罰規定による法人処罰は�万円以下の罰金であった

(当時の証取法�条1項3号)。 さらに, 平成4年には, 証券取引等監

視委員会が設置され, インサイダー取引の摘発と, 事案により刑事告発

インサイダー取引の刑事法的規制 (加藤)���(�)

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を行うものとされた。

インサイダー取引に対する刑事罰は, その後変遷を重ね, 次第に重罰

化されており, 平成9年の改正では法定刑が3年以下の懲役若しくは

���万円以下の罰金, または, その併科とされ, 両罰規定における法人

の罰金も3億円以下に引き上げられた。 さらに, 平成��年には, 証取法

は金融商品取引法 (以下, 金商法という) へと移行し, その際, 法定刑

が5年以下の懲役若しくは���万円以下の罰金, または, その併科とさ

れ (金商法���条の2第��号), インサイダー取引により得られた不法収

益は必要的没収・追徴の対象とされた (同法���条の2)。 同時に, 両罰

規定における法人の罰金も5億円以下に引き上げられた (同法���条1

項2号)。 また, この間には, 平成�年の証取法の改正により不法収益

剥奪の行政処分として課徴金の制度も導入され, その対象や範囲も次第

に拡充されている (金商法���条以下参照)。

なお, 金商法への移行前の証取法の条数と金商法のそれとはほとんど

同じであるため, 以下の叙述では, 単に法○○条と記することにする。

� インサイダー取引規制の概要

(�) 構成要件

内部情報に関するインサイダー取引は, ①重要事実を知った, ②会社

関係者等, 又は情報受領者が, ③当該事実が公表される前に(2)

, ④関係有

価証券等の売買を行うことである (法�条)。 外部情報, すなわち, 公

開買付に関するインサイダー取引も, 基本的には同じ構造であり, 相違

点は, 主体の②が, 公開買付者等関係者となる点だけである (法��条)。

また, 重要事実を受領して売買等を行った者も, 第1次情報受領者まで

は処罰される (法�条3項, ��条3項)。 違反者には, 罰金と課徴金

の双方が科される (課される) こともありうるが, 没収・追徴がなされ

たときには, その額を差し引いて課徴金の額を決めるものとされている

(���条の7, ���条の8)。

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(�) 主体

法���条1項各号が定めるインサイダー取引を禁止される主体および

重要事実を知ることとなった態様は以下のとおりである。

①会社関係者

1号 発行会社 (上場会社または店頭登録会社) の役員等 (取締役・監

査役・代理人・従業員)。 職務に関し知ったとき。

2号 主要株主 (発行済株式の3%以上を有する株主)。 帳簿閲覧権の

行使に関して知ったとき。

3号 法令関係者 (発行会社に対し法令に基づく権限を有する者)。 当

該権限の行使に関し知ったとき。

4号 契約関係者 (発行会社と契約を締結している者)。 当該契約の締

結または履行に関し知ったとき。

5号 会社関係法人の役員等 (2号または4号掲記の者であって法人で

あるものの役員等。 ただし2号または4号に当たる者を除く)。

職務に関し知ったとき。

②元会社関係者

①の会社関係者であったが, 退職等によりその身分を失った者もその

後一年以内は同様の規制に服するものとされている (法���条1項本文

後段)。

③第一次情報受領者

①②以外の者で, 会社関係者 (または元会社関係者) から重要事実の

伝達を受けた者 (第一次情報受領者) が, その得た重要事実に基づき,

当該事実の公表前に有価証券の売買等をすれば本罪が成立する (法���

条3項)。 この者から更に重要事実の伝達を受けた 「第二次情報受領者」

は含まれないが, 第一次情報受領者との共犯が成立する余地はある。

(�) 重要事実

金商法 (���条第2項) が投資判断に及ぼす重要事実として同条同項

各号で規定しているのは次のとおりである。 なお, これらの事実に該当

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する場合でも, その規模が小さく投資家の投資判断に影響を与えないと

想定される程度のものについては, これを規制の対象外とする1号, 2

号についての軽微基準と3号についての重要性基準が 「有価証券の取引

等に関する内閣府令」 で定められている(3)

①決定事実 (第1号)

決定事実とは, 上場会社の業務執行決定機関が一定の事項を行うこと

についての決定をしたこと等をいう。 例えば, (イ) 募集株式の発行,

(ロ, ハ) 資本金等の減少, (ニ) 自己株式の取得, (ホ) 株式の無償割

当て, (ヘ) 株式分割, (ト) 剰余金の配当, (チ~ヲ) 株式交換, 合併,

事業譲渡などの企業再編行為などが決定事実に当たる。 なお, 後に検討

する村上ファンド事件で問題となったのは���条2項・施行令��条の公

開買付およびこれに準じる5%以上の株式の買い集めに関する 「決定事

実」 である。

②発生事実 (第2号)

発生事実とは, (イ) 災害に起因する損害または業務遂行の過程で生

じた損害, (ロ) 主要株主の変動, (ハ) 有価証券の上場廃止または登録

取消の原因となる事実などである。 軽微基準によれば, (イ) の損害が

純資産額の���分の3に相当する額未満のときは除外される (内閣府令

��条)。

③決算変動事実 (第3号)

決算変動事実とは, 上場会社等の売上高, 経常利益, 純利益, 剰余金

の配当などについて, 直近に公表された予想値と比較して, 新たに算出

した予想値または決算において, 内閣府令��条で定める重要性基準 (た

とえば, 売上高については��%以上の増減のあること) に該当する差異

が生じることをいう。

④包括条項 (第4号)

包括条項 (いわゆるバスケット条項) とは 「前三号に掲げる事実を除

き, 当該上場会社等の運営, 業務又は財産に関する重要な事実であって

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投資者の投資判断に著しい影響を及ぼすもの」 をいう。

⑤子会社の重要事実 (第5号~8号)

これらについては, 前記1号から4号を子会社について定めたものに

すぎず, 紹介は省略する。

以下では, 1号から4号の重要事実に関する主要な裁判例を紹介しつ

つ, 若干の検討を加えることにしたい。

� 業務執行決定機関による決定事実 (1号) の裁判例

1号の決定事実について問題となるのは, 業務執行決定機関 (以下,

機関という) とはなにか, どの段階で決定があったといえるかである。

以下では主要な裁判例を検討する。

(�) 日新汽船株事件 (東京簡裁略式命令平成2年9月��日資料版商事

法務��号��頁)

【事案】

被告人はTファイナンス会社の社長であったが, 日新汽船株式会社の

取締役会長から, 同社がオーストラリアのホテルを買収することとなり,

その買収資金のうち���億円を第三者割当増資により調達することを決

定したのでT社でも��万株引き受けてもらいたい旨の依頼を受けたため,

第三者割当増資という重要事実が公表される前に, 同社の株式を買い付

けた。 この買付けは, 日新汽船株式会社の取締役会による増資決定がな

される前になされていた(4)

【命令要旨】

本件は, 初めてのインサイダー取引処罰事例である。 そこでは, 取締

役会が業務執行決定機関であれば, 被告人が行為をした時点では 「決定

事実」 は存在しなかったことになり, 本罪は成立しないのではないかが

争われた。 しかし, 東京簡裁は本罪の成立を肯定した。 すなわち, 取締

役会による決定以前であっても, 会社の中枢を形成する役員により, 増

資が実質的に決定されれば, 「業務執行機関」 による 「決定」 がなされ

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Page 7: インサイダー取引の刑事法的規制 - Chukyo U...インサイダー取引の刑事法的規制 ――裁判例の検討を中心として―― 加藤佐千夫 はじめに

たと解釈しうるとして略式命令により被告人を��万円の罰金に処した。

【検討】

この事件当時の商法���条の2第1項によれば第三者割当増資の正式

な決定は取締役会でなされるべきものであるから, この簡易裁判所命令

は, 「業務執行を決定する機関」 の意義をかなり柔軟に解釈したものと

いえる。 しかし, 会社内部における主要な役員が意思決定をしていたの

であれば, すでに投資家の投資判断に影響をあたえる事実といってよい

からこの判断は妥当であったといえよう。 そして, これと同様の立場は,

次の最高裁判例によって確認されることになるのである。

(�) 日本織物加工事件 (最判平成��年6月��日刑集��巻5号��頁)

【事実】

①本件被告人は弁護士であり, A社の監査役兼代理人として, 日本織

物加工株式会社 (以下, 日本織物という) を対象とするM&A交渉に携

わっていたが, A社と日本織物との間では秘密保持契約が締結されてい

た。 したがって, 被告人は日本織物と契約を締結している者 (A社) の

役員として���条1項4号の主体に該当する者であった。 ②日本織物は

B社, C社を親会社としており, 日本織物の代表取締役社長であるKは

B社から派遣されていた。 被告人はA社に対する第三者割当増資および

B社, C社の持ち株をA社に譲渡するというスキームを提案した。 B社

はM&Aに積極的であったが, C社は消極的な態度を採り続けており,

交渉は一旦白紙に戻された。 ③平成6年��月頃, 交渉再開の気運が生じ

たが, なおC社はA社との直接取引には応じない姿勢を取っていたため,

このような事態を打開するため, 平成7年1月末にはA社のT社長とB

社のY会長とのトップ会談が設定された。 ④そして, 平成7年1月��日

にB社常務取締役UがK社長に対し, トップ会談が決まったことやC社

の感触が好転していることを伝えたところ, K社長はUに対して 「今回

は是非実現したいので, よろしくお願いします」 などと答え第三者割当

増資の意向を伝えた。 被告人は数日後, 関係者からこのような趣旨を伝

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Page 8: インサイダー取引の刑事法的規制 - Chukyo U...インサイダー取引の刑事法的規制 ――裁判例の検討を中心として―― 加藤佐千夫 はじめに

え聞いた。 ⑤その後のトップ会談でA社の修正案が作られ, この修正案

がC社に伝えられたところ, C社は方針を変更し平成7年2月8日にA

社との直接取引に応ずる意向をB社に伝え, 2月9日には被告人もこの

方針変更を伝え聞いた。 ⑥そして, 平成7年3月3日, A社とB, C社

は本件M&Aについての本契約を締結し, K社長は, 日本織物の取締役

会で第三者割当増資の議題を提出し, 承認決議を得た。

このような事実関係のもとで, 被告人は2月��日から��日の間, 知人

名義を使用して日本織物の株式��万����株を買い付けた行為が, ④のK

社長の上記発言を伝え聞いて日本織物が第三者割当増資を実施するため

に新株を発行することを決定したことを知り, その事実の公表前に同社

の株式を購入したインサイダー取引に当たるとして起訴されたのである。

【第一審判決】

東京地裁は, (�) K社長が業務執行決定機関に当たるかについては,

K社長が親会社の了解が得られれば第三者割当増資を実施する実質的な

権限をその他の取締役から与えられていたという事実から, この点を肯

定した。 (�) ④の1月��日におけるK社長の発言が 「決定」 に当たるか

という点については, 一定の障害事由が無くなれば新株発行を行う旨の

事前の決定は, 投資者の投資判断に影響を及ぼす事実であるから 「決定」

に当たるとし, この事前の決定は, 懸案の問題であったC社の方針転換

により障害事由が無くなったことで重要事実となったとしたうえ, (�)

その後, ⑤の2月9日にC社の問題が決着したことを知ることによって

被告人は重要事実を知ったと認定し本罪の成立を認めた。

【第二審判決】

これに対して, 控訴審である東京高裁は, K社長が同社の 「業務執行

を決定する機関」 に該当することは認めたものの, 機関による 「決定」

に該当するためには, 「当該決定に係る事項が確実に実行されるであろ

うとの予測が成り立つものでなければならない」 と解し, ④の1月��日

段階ではいまだ 「決定」 があったとはいえず, ⑤のC社が方針を転換し

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た2月9日以降にK社長による具体的な第三者割当増資のための新株発

行の 「決定」 の有無を認定する必要があるとして, 第1審判決を破棄し

て差し戻した。 これに対して, 検察官から上告受理の申立てがなされた

が, 最高裁は次のように判示し, 原判決を破棄し, 本件を原審に差し戻

した。 差し戻し後の東京高判平成��年3月4日 (公刊物未登載) は控訴

を棄却し確定している。

【判決要旨】

最高裁は, (�) 「業務執行を決定する機関」 の意義については, 「商法

所定の決定権限のある機関には限られず, 実質的に会社の意思決定と同

視されるような意思決定を行うことのできる機関であれば足りると解さ

れるところ, K社長は, 日本織物加工の代表取締役として, 第三者割当

増資を実施するための新株発行について商法所定の決定権限のある取締

役会を構成する各取締役から実質的な決定を行う権限を付与されていた

ものと認められるから, 『業務執行を決定する機関』 に該当する」 と判

示した。

(�) 「新株の発行」 を行うことについての 「決定」 の意義については,

「右のような機関において, 株式の発行それ自体や株式の発行に向けた

作業等を会社の業務として行う旨を決定したことをいうものであり。 右

決定をしたというためには右機関において株式の発行の実現を意図して

行ったことを要するが, 当該株式の発行が確実に実行されるとの予測が

成り立つことは要しないと解するのが相当である。 けだし, そのような

決定の事実は, それのみで投資者の投資判断に影響を及ぼし得るもので

あり, その事実を知ってする会社関係者らの当該事実の公表前における

有価証券の売買等を規制することは, 証券市場の公正性, 健全性に対す

る一般投資家の信頼を確保するという法の目的に資するものであるとと

もに, 規制範囲の明確化の見地から株式の発行を行うことについての決

定それ自体を重要事実として明示した法の趣旨にも沿うものであるから

である」 とし, それゆえ, ④のK社長の言明は 「決定」 に該当すると判

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示したのである(5)

【検討】

本判決は, (�) まず 「業務執行を決定する機関」 については, 第一審,

控訴審の判断を踏襲し 「取締役会を構成する各取締役から実質的な決定

を行う権限を付与されていた」 という事実を重視して, (当時の) 商法

の権限規定に拘束される必要はなく, 実質的に会社の意思決定を行うこ

とのできる機関であればよいと解している。 インサイダー取引規制にお

いては, 投資判断に影響を及ぼし得る事実であることが重要なのである

から, 実質的に会社の意思決定を行う者を業務執行を決定する 「機関」

とする理解は基本的には妥当なものと思われる。

(�) さらに本判決は, 1号における 「決定」 の意義について, 決定し

た事実が 「確実に実行されるとの予測が成り立つことは要しない」 旨の

判断を示している。 また, 明言はしていないが, 第一審判決が, 親会社

の了解をえられることを 「決定」 とは別のいわば停止条件のように解し

ていた点についても, これを否定する趣旨であると思われる。この (�)

に対する評価は, 学説において分かれている。 これを支持する見解も有

力であるが(6)

, 批判も根強い。 本判決に批判的な学説は, (�) の最高裁見

解を文字通りに解すれば, 実現する可能性が乏しい決定をした場合でも

決定事実ありとされる結果, 市場にとって重要性を欠く行為までもイン

サイダー取引罪の対象なってしまい本法の趣旨に反することになると主

張している(7)

。 しかし, 本件事案は実現可能性の極めて高いものであった

こと, さらには, 原判決のようにそれが 「確実に実行されるであろうと

の予測」 が必要であると解すると, 「決定」 と評価される場合がきわめ

て限られてくることになり, インサイダー規制の実効性が大きく損なわ

れることになろう。 このように考えると, 本決定が確実に実現される可

能性までを要求しなかったことは適切な判断であったと思われる。

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(�) 村上ファンド事件 (最決平成��年6月6日刑集��巻4号���頁)

【事実】

①被告人 (村上) は, 投資ファンド���アセットマネジメント (以

下, ���という) の代表者であったが, A放送株の多数を取得すれば

Bテレビをも支配できることに目を付け, 平成�年1月から順次A放送

株を買い付けた。 村上は, Bテレビによる��の際に高値で買い取ら

せることをメインシナリオとしつつも, それが実現しない場合の処分と

してライブドア社 (以下, �という) への売却を考えた。 ②平成�年

9月�日に村上は, �の���であるHに 「 �がA放送株の三分の

一を取得すれば村上ファンドの保有分と合わせてA放送の経営権を取得

できる」 旨を話し, Hに対しA放送ひいてはBテレビの経営権も取得で

きると思わせた。 同日, Hは経理担当のMにA放送株の三分の一の取得

に向けて動くことの了解を受け, 買収のために必要な���億円を外資系

金融機関Pからの借り入れに向けて動くように指示した。 ③平成�年�

月��日ころ, Hは, 資金の目処がたったことから村上ファンド側に 「買

収資金の借入が可能になった。 早急にミーティングを設定したい」 旨の

メールを送信し, 同年月8日に会議が設定されることとなった。 同日

の会議において, HとMは資金の目処がたったので具体的に計画を進め

させて貰いたい旨を村上に伝えた。 ④村上は, 平成�年�月��日 (③の

メールのあった日) から, A放送株の買付を急増させ, 以後, 平成�年

1月��日までの間, A放送株の買付を行った。 ⑤平成�年1月日,

�取締役会は, A放送株を同年3月�日以降に5%以上�%まで取得

し買付価格を����円以下とする旨を決議した。 ⑥平成�年1月7日, B

テレビはA放送株につき公開買付を行う旨を公表した。 ⑦平成�年3月

��日, �は約���億円の転換社債の発行による資金調達を実現させた

結果, 同日, A放送株の過半数を取得するに至った。 ⑧村上ファンドは,

平成�年2月8日以降, 所有するA放送株の一部を �に売却するとと

もに市場で売却するなどして多額の利益を上げた。

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本件で問題となったのは, (�) HとMとが 「業務執行を決定する機関」

といえるか, (�) ③の事実が, 「業務執行機関」 による法���条2項・3

項および施行令��条の規定する重要事実である 「公開買付けに準ずる5

%以上の株式を買い集めること」 の 「決定」 にあたるか, (�) それによ

り, 村上及び���が重要事実の公表前に, 決定事実の伝達を受け, 第

一次情報受領者としてA放送株の買い集めというインサイダー取引を行っ

たといえるかである。

【第一審判決】

第一審判決 (東京地判平成�年7月�日刑集�巻4号��頁) は, ラ

イブドアの 「業務執行を決定する機関」 は, ライブドアの�� であっ

たHと�� であったMの二名によって構成されるものと判示した。 こ

れは, 既に紹介した日本織物加工事件最高裁判決の趣旨が, 法���条2

項にも適用されることを明示した初の裁判例である。 同判決は, 法

���条2項にいう 「決定」 の対象はA放送株式の5%以上の買集めであ

るとし, 次のように判示した。 「同法���条2項にいう 『公開買付け等を

行うことについての決定』 をするに当たり, 当該公開買付け等が確実に

実行されるとの予測が成り立つことは要しないと解するのが相当である。

すなわち, 実現可能性が全くない場合は除かれるが, あれば足り, その

高低は問題とならないと解される。」 そして, 同判決は, 前記③の時点

で村上に対し重要事実が伝達されたとして被告人に本罪の成立を認め,

懲役2年の実刑および���万円の罰金としたうえ, ��億���万円余の追

徴金を科し, 法人である���には罰金3億円を科したのである。

【第二審判決】

これに対して, 第二審判決 (東京高判平成��年2月3日判タ��号

頁) は, 被告人の本件犯行に至った経緯や認識状況などを情状として考

慮すると原判決の量刑は重すぎるとして第一審判決を破棄し, 被告会社

を罰金2億円, 被告人を懲役2年および罰金���万円とし, 被告人に対

する刑の執行を3年間猶予するという判決を言い渡した。

インサイダー取引の刑事法的規制 (加藤)���(��)

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他方, 前述した争点については, 原審と多少異なる判断を示した。 す

なわち, 東京高裁は, ある事実が証券取引法���条2項の 「決定」 に該

当するためには, 決定に係る内容 (本件では, A放送株の5%以上の買

集め行為) が確実に行われるという予測が成り立つことまでは要しない

が, その決定にはそれ相応の実現可能性が必要だと解した。 すなわち,

「『決定』 に該当するか否かの判断に当たっては, 投資者の投資判断に影

響を及ぼすものであるか否かという点が重要な判断要素となるのである

から, 第三者の目から見ても (客観的にも), 実現可能性があるといえ

るか否かについても検討しなければならない。 すなわち, 主観的にも客

観的にも, それ相応の根拠を持ってその実現可能性があるといえて初め

て, 証券取引法���条2項の 『決定』 に該当する」 との判断を示した。

そのうえで, ③の段階における決定は 「投資者の投資判断に影響を及ぼ

し得る程度に達している」 から���条2項にいう 「決定」 に当たり, 村

上は同日の会議において 「決定事実」 の伝達を受けたといえるとした。

このように, 第二審判決は, 「決定に係る事実の実現可能性が全くない

場合は除かれるが, あれば足り, その高低は問題とはならない」 とした

第一審判決の立場を限定しようとしている点に特徴があるといえよう(8)

【決定要旨】

最高裁第一小法廷は, 村上側の上告を決定で棄却したが, つぎのよう

な職権判断を示した。

(�) H, M両名は, 本件の重要事実につき 「実質的に��社の意思決

定と同視されるような意思決定を行うことのできる機関, すなわち証券

取引法���条2項にいう 『業務執行を決定する機関』 に該当するものと

いうことができ, この点に関する原判断は正当である。」 (�)���条2

項は禁止行為の範囲について, 客観的・具体的に定め, 投資者の投資判

断に対する影響を要件として規定していない。 これは類型的に投資判断

に影響を与える行為を規制対象とすることにより, 「投資判断に対する

個々具体的な影響の有無程度を問わないこととした趣旨と解される。 し

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たがって, 公開買付け等の実現可能性が全くあるいはほとんど存在せず,

一般の投資者の投資判断に影響を及ぼすことが想定されないために, 同

条2項の 『決定』 と言うべき実質を有しない場合があり得るのは別とし

て, 上記 『決定』 をしたというためには, 上記のような機関において,

公開買付け等の実現を意図して, 公開買付け等又はそれに向けた作業等

を会社の業務として行う旨の決定がされれば足り, 公開買付け等の実現

可能性があることが具体的に認められることは要しないと解するのが相

当である。 これを本件についてみると・・・公開買付け等の実現可能性

が全くあるいはほとんど存在しないという状況でなかったことは明らか

であって, 上記 『決定』 があったと認めるに十分である。 そうすると,

原判決が, 主観的にも客観的にもそれ相応の根拠を持って実現可能性が

あることを上記 『決定』 該当性の要件としたことは相当でないが, 本件

決定が同条2項の 『公開買付け等を行うことについての決定』 に該当す

るとした結論は妥当である。」

【検討】

法���条・���条の 「決定事実」 に該当するか否かは, その処罰根拠が

一般投資家の証券市場の公正性・健全性に対する信頼を保護することに

あることから考えれば, 当該 「決定事実」 を知れば一般人の投資判断に

影響を与えるか否かによって判断されるべきであろう。 このような見解

は, すでに日本織物加工事件の最高裁判決において採用されていたとこ

ろであり, 本件の第一審判決もこれに従うものである。 問題は, どのよ

うな状況で行われた 「決定事実」 が投資判断に影響を与えるかである。

最高裁は, この点で, 類型的に投資判断に影響を与えうる 「決定事実」

であれば, その実現可能性は原則的に問題とする必要はないとした。

このように判例に示された判断枠組みに対しては, 正当な取引や企業

活動をも萎縮させる危険性があるといった批判もある。 すなわち, この

ような類型的判断基準では会社内でなされる一般的な調査や研究などの

段階で 「決定」 が認められることになりかねず, 新株発行, 株式の売買

インサイダー取引の刑事法的規制 (加藤)���(��)

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など通常行われる企業活動が萎縮することになるというのである(9)

。 たし

かに, 企業の重要な 「決定」 は, 着想から始まり, 調査・検討, 基本プ

ランの策定, その検討, さらに実施プランの策定, その検討といったさ

まざまな手続を経ながら徐々に最終の 「決定」 に向かうのが通常であろ

う。 したがって, そのうちの, 作業あるいは執行がいかなる段階に達し

たかで機関による 「決定」 があったとみるか。 この基準を設定すること

は難しいものと思われる。 この点に関して, 第二審判決は 「それ相応の

実現可能性が必要である」 として, 第一審と比べてより具体的・実質的

な判断基準を設定している。 しかし, 本来, 一般投資家には有価証券報

告書等の公表データや記者発表等から情報を得る他に方途がなく (そう

であるが故にわずかな情報でもいわゆる市場心理が働くのである), 他

方, 会社関係者等は投資判断材料となり得る重要情報に接する機会が常

態的にあり, その意味で, 両者の間には大きなインフォメーション・ギャッ

プが存在している。 このような状況を前提にするならば、 例えば公開買

付けの場合, 会社の実質的な意思決定機関が 「組織再編手段の選択肢の

一つとして公開買付けもあり得る」 と考えて, そのための一般的な調査・

研究や基礎資料の収集を開始する旨の決定をしたとしても, その決定は、

「公開買付け等を行うことについての決定」 の実質を欠くものといえ,

インサイダー規制の対象外と考えていいであろう。

これに対して, なお、 このようなケースの場合, 決定機関の主観を重

視し, 「実現に向けた意思・意欲が強い場合には, 具体的事案のいかん

によっては, 検討の進捗や具体化の程度が多少低く, あるいは実現可能

性の程度が多少低くとも, 公開買付け等の実施に向けて調査検討・作業

中であるとの情報が投資判断に重要な影響を与えると認定されることも

ありうる」 とする指摘もある(��)

。 しかし, 決定機関の意思・意欲という外

部からは分かりにくい主観内容を重要な判断要素とすることは, 法によ

り規制対象行為が詳細に類型化されている趣旨から考えて, また, 規制

対象行為の明確化という要請からは疑問があろう。

中京法学��巻3・4号 (����年) ���(��)

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他方で, 先に述べたような形式的・類型的な判断基準に対しては, 規

制範囲を限定して株式等取引の過大規制を防止すべきだとする立場から,

法が 「行うことについての決定」 とやや広い文言にしたのは, 「 『決定』

の解釈において実現可能性を考慮した限定を加え, 適切な範囲でインサ

イダー取引を規制しようとした趣旨に出たもの」 と捉える考え方が有力

に主張されている(��)

。 これは 「将来の事象について実現可能性がまったく

ない (ゼロである) 場合などあり得ない」 との前提に立つものである(��)

しかしながら, 機関によって為された決定の内容が, 一般投資家の社会

通念からすれば実現可能性が極めて薄いと判断される場合は十分あり得

るし, また, 「一定の実現可能性」 という具体的・実質的要素でもって

インサイダー取引罪の範囲を画そうとすることは, いわば書かれざる構

成要件を認めるものであり, それは, 「行うことについての決定」 とい

う文言のもつ日常用語的意味を超え, 解釈としては困難であるように思

われる(��)

以上述べたように, 重要事実の決定には会社内部における様々な段階

があることを前提とするならば, 決定該当性の判断に実質的な基準を設

定することは困難と言わざるを得ない。 すなわち、 「決定」 事実に該当

するか否かは, 結局, その事実を仮に一般投資家が知った場合に投資行

動に出るか否かで判断せざるを得ない以上, ある段階の 「決定」 事実を

聞いたとしても一般投資家が, その実現可能性について疑念を抱くよう

な場合は除くという形で, かなり形式的・類型的な基準で判断するほか

ないように思われるのである(��)

。 以上のように考えれば, 本件最高裁決定

を支持すべきであろう。

� 発生事実 (2号) の裁判例

法���条2項2号の規定する発生事実についての判例としては日本商

事事件がある。 しかし, この事件では, 結局2号の発生事実への該当性

は問題とされず, 4号の包括条項が適用されている。 それゆえ, この事

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件については4号の解説・検討に譲ることとする。

� 決算変動事実 (3号) の裁判例

3号の決算変動事実とは, 上場会社の売上高, 経常利益, 配当等が,

既に公表されている数値と比較して, 一定の基準を超えて差異が生じる

ことに関する事実である。 この3号については, マクロス事件が重要で

あるが, この東京地裁判決も最終的には4号の包括条項によりインサイ

ダー取引の成立を認めているため, その説明も4号の解説・検討に譲る

こととする。

� 包括条項 (4号) の裁判例

(�) マクロス事件 (東京地判平成4年9月��日判時����号���頁)

【事実】

(�) この事案は, マクロス社の専務取締役であった被告人が, 同社の

臨時取締役会で, その代表取締役から, 同社の売上額に約��億円の架空

売上相当分が含まれており, このため当面約��億円の営業資金の不足に

至るであろうこと, これを担当していた常務取締役が所在不明のため今

後の営業活動にも重大な支障が生じるであろうこと等の報告を受けたが,

これらの事実が公表されれば同社の株価は下落するであろうと考えた被

告人は, この事実の発表前に, 自己および妻名義の同社の株式を売却し

たというものである。

(�) 検察官は主位的訴因として, 代表取締役から��億円の架空売掛金

が計上されていることから, 売上高の予想値が直近の予想値���億円か

ら���億円へと減少する旨の報告がなされ, 了承されたことを法�条2

項3号の重要事実としたが, さらに第一次的予備的訴因として, 約��億

円の売掛金の計上のほか, 担当の常務取締役が失踪中であることから,

売上高の大幅な減少が確実視される状況が判明し, このため売上高の予

想値が��億円に減少するとの報告がなされ, 承認されたことを重要事

中京法学�巻3・4号 (����年) ���(��)

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実とし, そのうえさらに, 第二次的予備的訴因として4号の包括条項に

該当する旨を主張していた。

【判決要旨】

東京地裁は, 結局, 第二次的予備的訴因に該当する事実を認定し, 次

のように判示して, 被告人にインサイダー取引罪の成立を認めた。

(�) まず, 決算予想値の算出主体については 「修正公表されるべき新

たな予想値の算出主体も取締役会である」 とした。 そのうえで, インサ

イダー取引規制の趣旨に鑑み, 「取締役会が算出主体である場合におい

ては, …取締役会において予想値の修正公表が避けられない事態に立ち

至っていることについての報告がなされてそれが承認されたことをもっ

て, 同号にいう数値の 「算出」 がなされたものと解するのが相当」 であ

るとしている。

(�) 次に, 直近に公表した予想値の��パーセント以下の予想値が新た

に算出された事実が, 本項3号の事実に該当するという検察官の主位的

訴因および第一次的予備的訴因について, 本判決は, 本社の業績におい

ては売上高の予想においてプラスとなる要素も存在していたから, 本件

において 「売上高の予想値が���億円以下になることが避けられない事

態になっているとの趣旨の報告」 がなされたとは断じがたいとした。 そ

して, 約��億円の架空売上が計上されていたこと, 担当の常務取締役が

失踪したことから, 予定されていた売上げのほとんどが架空である疑い

が生じたのであるから, 「経営状態が実際よりもはるかに良いように見

せ掛けられ, その結果として株価が実態以上に高く吊り上げられた状態

に置かれていたこと」 を指摘しつつ, 「公表されていた売上高の予想値

に大幅な架空売上が含まれていた事実, 及びその結果現に売掛金の入金

がなくなり, 巨額の資金手当てを必要とする事態を招いた事実は, まさ

に投資家の投資判断に著しい影響を与える事実」 であり, 3号の 「業績

の予想値の変化として評価するだけでは到底足りない要素を残して」 い

るとして, このような事実が2項4号の重要事実に該当するとする第二

インサイダー取引の刑事法的規制 (加藤)���(��)

Page 19: インサイダー取引の刑事法的規制 - Chukyo U...インサイダー取引の刑事法的規制 ――裁判例の検討を中心として―― 加藤佐千夫 はじめに

次予備的訴因によって犯罪事実を認定したのである。

【検討】

本件事案における約��億円の架空売上の発覚などの事実は, それ自体

が3号の事実を意味するわけではないが, これらの事実が必然的に売上

高の予想値の変更などを招きうるのであるから, 決算変動に関わる事実

として評価可能な側面を有していることは明らかである。 しかしながら,

本判決は, これらの事実には決算情報の変動にとどまらない側面がある

ことを重視して, 4号事実該当性を肯定したものである。 このような本

判決の趣旨を一歩進めれば, 決算変動事実としては重要性基準を充たさ

ず, 3号に該当しない事実であっても, 別の側面から把握することによっ

て 「投資家の投資判断に著しい影響を与える事実」 と認定できる場合に

は, 4号該当性を肯定すること余地があることになる。

このような東京地裁の判断に対しては 「三号の適用を否定するために

プラス要素を重視した後に, プラス要素を抜きにして四号を適用できる

のなら, 一号ないし三号の規定はなくてもよいとはいえないにしても,

あまり意味がない」 との批判がなされている(��)

。 そこでは, まさしく, 1

号~3号と4号 (包括条項) との関係が問われていたのである。 そして,

この問題に答えたのが次に検討する日本商事事件最高裁判決である。

(�) 日本商事事件 (最判平成��年2月��日刑集��巻2号1頁)

【事実】

医師であった被告人は, 日本商事と契約関係にある薬品販売会社の販

売員から, 日本商事が開発した新薬による死亡例も含む重篤な副作用が

生じたとの事実の伝達を受けた (第一次情報受領者)。 被告人は, この

事実が公表されると同社の株価が確実に下落するものと予想し, 同社の

株式を高値で売り付け, 株価の下落後に反対売買を行って利益を得よう

と決意し, 同事実の公表前に証券会社を介して, 同社の上場株券の空売

りを行った。 すなわち, 同社の株式の現物を持つことなく, 証券会社か

ら株を借りて高値で売り, 株価の下落後に反対売買を行って利益を得た

中京法学��巻3・4号 (����年) ���(��)

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のである。

【第一審判決】

大坂地裁は, 新薬の副作用により日本商事が損害賠償責任を負うこと

は, 2号イの 「災害又は業務に起因する損害」 に該当する余地があるが,

その場合は (当時の) 大蔵省令が規定する軽微基準を上回っている必要

があるところ, 日本商事に 「生ずると予想される前示損害の見込額は, ・・

・その具体的な額を算定し得ない上, ・・・右損害がこの 『軽微基準』

を上回るものとにわかに断定することができないから」 2号イに該当す

る重要事実は認められないとしたが, 当該副作用により日本商事は会社

の信用を落として株価を下げる原因となるのは当然であるから, 本件副

作用情報は, 2項4号の包括条項に規定する重要事実としてインサイダー

取引に当たるとして被告人を有罪とした(��)

【第二審判決】

これに対して大阪高裁は, 本件事実は2号イにいう 「災害又は業務に

起因する損害」 に該当する余地があり, そうだとすると, 「4号の冒頭

にある 『前三号に掲げる事実を除き』 との文言からしても, 四号は, 一

ないし三号までに掲げられた重要事実以外の事実についての規定であり,

一ないし三号に相応する事実ではあるが, 同時に又は選択的に, 投資判

断に著しい影響を及ぼすものとして四号に該当するというようなことは

ないと解するほかはない。」 とし, 二号イの軽微基準を超えるか否かの

判断を尽くすべきであるとして第一審判決を破棄差し戻しとした。 これ

に対して, 検察官から上告受理の申立がなされた。

【判決要旨】

最高裁は, 「もとより, 同号イにより包摂・評価される面については,

見込まれる損害の額が前記軽微基準と認められないため結局同号イの該

当性が認められないこともあり, その場合には, この面につき更に同項

四号の該当性を問題にすることは許されないというべきである。 しかし

ながら, 前記のとおり, 右副作用症例の発生は, 同項2号イの損害の発

インサイダー取引の刑事法的規制 (加藤)���(��)

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生として包摂・評価される面とは異なる別の重要な面を有している事実

であるということができ, 他方, 同項1号から3号までの各規定が掲げ

るその他の業務等に関する重要事実のいずれにも該当しないのであるか

ら, 結局これについて同項4号の該当性を問題にすることができるとい

わなければならない。 このように, 右副作用症例の発生は, 同項2号イ

の損害の発生に当たる面を有するとしても, そのために同項4号に該当

する余地がなくなるものではない」 から, 4号所定の事実の存否を判断

すべきであったとして, 原判決を破棄して差し戻した(��)

【検討】

本件第二審判決がいうように, 法���条2項4号の包括条項が1号~

3号を補完する規定であり, 1号~3号の事実と4号の事実の双方に該

当することはありえないとする見解もありえないではない(��)

。 しかし, た

とえば, ある石油精製会社の複数ある工場のうちの一つの工場で石油タ

ンクが火災事故により炎上したような事例を考えれば, その業務上の損

害を数量的に計算して2号イの 「損害発生事実」 として軽微基準を超え

るか否かの判断をするにとどまる場合もありうる。 しかし, 同時に複数

の石油タンクが炎上し, この会社が長期間に亘り営業を継続できないよ

うな事態が生じた場合には, 単に数量的な損害にとどまらず, 会社の営

業全体の業績不振低下が継続するであろうという事実は, これらの数量

的な損害を超えた別個の事実として4号の包括条項に該当する場合があ

ることも否定できないであろう。 このように考えれば, 本件事案も単に

新薬の副作用により損害賠償の負担という 「業務上の損害」 が発生した

という単体としての数量的な損害にとどまらず, 日本商事の製薬会社と

しての業績不振を招き, さらには, 同社の今後の業務の展開や財産状態

などに重要な影響をおよぼすことを十分に予想させるに足りる事実であっ

たということができる。 それゆえ, 本判決が, 本件における死亡例も含

む重篤な副作用の発生という情報を2号イの事実とは独立して4号に当

たる事実としても評価しうるとしたことは妥当な判断であったといえよ

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う(��)

。 さらに, 本判決が4号該当事実は1号~3号該当事実とは独立のも

のであり, 検察官は1~3号の事実と合わせて, または, これと独立し

て4号の事実に該当するとして起訴することも可能であるとの判断を示

したことは, 今後の実務の運用に対して与える影響は大きいものがある

と思われる(��)

おわりに

以上の裁判例の考察と検討が示すように, 最高裁をはじめとする裁判

例は, 特定の者がインサイダー情報を利用した株取引をして不当な利益

を獲得することが一般投資家の公平性への不信感を招き, かれらを証券

投資から遠ざけてしまう結果を招きかねないなど, インサイダー取引が

わが国の証券市場の公正性や健全性にきわめて重大な悪影響を及ぼすこ

とを考慮して, 法���条, ���条の解釈において, かなり実質的かつ柔軟

な態度を示してきたということができよう。

1号の決定事実における 「業務執行決定機関」 の意義を, 会社内部の

意思決定の現実に即して, 形式的な 「取締役会」 に限定せず, 実質的に

決定権限のある者 (達) を 「決定機関」 に当たるとし, かつ, これらの

「機関」 による 「決定」 があれば, それがほとんど実現可能性のないよ

うな場合を除き 「決定」 にあたるとする日本織物加工事件最高裁判決や

村上ファンド事件最高裁決定は, 「その事実を知れば投資家の投資行動

に影響を及ぼすか」 という実質的観点からインサイダー取引規制を実効

性のあるものとするうえで妥当な方向を示すものといえる。 また, 2号

の発生事実, 3号の決算変動事実と4号の包括条項とにまたがる日本商

事事件やマクロス事件で示された1号~3号事実と4号事実との関係に

ついての裁判例も, すでに検討したように基本的には妥当な方向を示す

ものと思われる。

インサイダー取引の刑事法的規制 (加藤)���(��)

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(1) この間の経緯については, 竹内昭夫 「インサイダー取引規制の強化」 商

事法務����号2頁, 佐伯仁志 「インサイダー取引」 西田典之編著 『金融業

務と刑事法』 (����) ���頁, 神山敏雄 『[新版] 日本の経済犯罪』 (����)

��頁以下, 木目田裕監修, 西村あさひ法律事務所・危機管理グループ編

『インサイダー取引規制の実務』 (����) 2頁など参照。 具体的には, 昭和

��年にタテホ化学工業が財テクの失敗により巨額の損失を出したという事

実が公表される前日にメインバンクである阪神相互銀行がタテホの持ち株

��万株以上を売り抜けていたという事件が強い批判を浴びたことが契機と

なったといわれている。

(2) 法���条にいう 「公表」 とは, 同条4項および施行令��条によれば, ①2

つ以上の日刊新聞紙やNHKなどに対して公開してから��時間が経過した

こと, ②東京証券取引所に通知し�� (���������������� ����)

という電子的方法により公衆の閲覧に供されたことをいう。

(3) その詳細については, 横畠祐介 『逐条解説インサイダー取引規制と罰則』

(����) 参照。

(4) 詳細は, 伊丹俊彦 「インサイダー取引と規制対象者」 研修���号��頁,

芝原邦爾 『経済刑法研究下』 (����) ���頁参照。

(5) 最高裁判決の調査官解説として, 三好幹夫 「判例解説」 ジュリスト����

号���頁, 同・最高裁判例解説平成��年度刑事編��頁以下参照。

(6) 芝原邦爾・前注 (�) ���頁, ���頁, 小林憲太郎 「判批」 ジュリスト����

号���頁など参照。

(7) 黒沼悦郎 『金融商品取引法入門 (第3版)』 (����) ���頁, 同・「判批」

法学教室���号���頁参照。

(8) 第一審判決の検討については, 太田洋・「村上ファンド事件東京地裁判

決の意義と実務への影響」 商事法務����号��頁以下, 丹羽繁夫 「ニッポン

放送株式インサイダー取引事件判決」 ������号��頁以下参照。 また, 第

二審判決に好意的なものとして, 木目田裕=山田将之 「村上ファンド事件

第二審判決の検討― 『決定』 の解釈を中心に―」 商事法務����号��頁, 批

判的なものとして, 山下貴司 「判批」 研修���号��頁がある。

(9) 黒沼悦郎 「村上ファンド事件最高裁判決の検討」 商事法務����号4頁以

下参照。

(��) 木目田・前注 (1) ��頁 [山田将之]。

(��) 黒沼・前注 (9) 9頁。

(��) 黒沼・前注 (9) 8頁。

(��) この点につき, 佐藤淳・「判批」 研修���号��頁以下参照。

(��) 西田典之 「村上ファンド事件最高裁決定について」 刑事法ジャーナル��

中京法学��巻3・4号 (����年) ���(��)

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号��頁が 「一般投資家には, その 『決定』 の具体的実現可能性を調査する

手がかりはないのであるから, かなり形式的・類型的な判断基準を設定す

ることがインサイダー取引の規制の理念にも合致するように思われる。」

とするのも同旨であろう。 なお同旨のものとして, 佐藤・前注 (��) ��頁,

内田幸隆 「判批」 刑事法ジャーナル��号���頁参照。

(��) 堀口亘 「マクロスのインサイダー取引事件」 金融・商事判例���号2頁。

これに対して, 本判決を肯定するものとして, 芝原・前注 (�) ��頁がある。

(��) 第一審判決に好意的な評釈として, 神崎克郎 「日本商事事件の法的検討」

商事法務����号7頁がある。

(�) 最高裁判決の調査官解説として, 木口信之 「判例解説」 ジュリスト����

号��頁以下, 同・最高裁判例解説平成��年度刑事編1頁以下がある。

(�) 神山・前注 (�) ���頁も 「二審の立場が妥当である。 その結果, 同一事

実が1号ないし3号の事実ではあるが, その要件を充足しないか, 立証で

きない場合, それをさらに4号で判断するということは許されない。」 と

する。 なお, 神山 「判批」 判時����号���頁以下も同旨である。

(��) 芝原・前注 (�) �頁以下, 小林憲太郎 「判批」 ジュリスト����号���

頁, 尾崎安央 「判批」 平成��年度重要判例解説���頁以下, 野々上尚 「イ

ンサイダー取引規制に関する初の最高裁判決」 商事法務����号��頁以下な

どがある。

(��) 芝原・前注 (�) ��頁は, 本判決の見解によれば, 法���条2項の2号

と4号は独立の規定であり, 「四号により公訴提起がなされている場合は,

四号該当の有無を判断すればよく, それに先立って二号イの該当性を判断

する必要はないことになる」 としているが妥当と思われる。

インサイダー取引の刑事法的規制 (加藤)���(��)