サンパウロ州における 初等教育 -...

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─ 57 ─ サンパウロ州における 初等教育の市営化プロセス 江 原 裕 美 -目次- はじめに 1980 年代 市営化への試み 1990 年代 市営化の進展 1初期段階 パートナー関係の樹立 2新たな段階 FUNDEF の導入 市営化の実例から 市営化と地域社会 はじめに 1980 年代の経済危機を経て1990 年代のブラジルはそれまでの政府に よる開発政策を転換させ新たな開発モデルに向かうことを宣言したルドーゾ政権の下で招集された国家改革評議会 これまでの国家が経 済生産分野に介入し公共サービスの供給の不足や財政危機をもたらして きたと批判し市場経済の枠内で社会的な政策や基礎的サービスを実行 する良き調整者としての国家を作り上げると宣言しているその内容は 近代的で合理的な公共行政への再編であるこれまでの 公共行政はヒエラルキーや手続きに注意を集中するあまり伝統主義 patrimonialismo)、クリエンテリスモ clientelismo, 親分子分の関係に依存 する社会風潮)、ネポティスモ nepotismo, 身内びいきなれ合い主義どの問題を解決できなかったとして市民を国家サービスの クライアン と見なし結果重視で分権的な合理的運営管理を行う gerencial 公共 行政へと改革していくという

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  • 帝京大学外国語外国文学論集 第 12 号

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    サンパウロ州における初等教育の市営化プロセス

    江 原 裕 美

    -目次-

     はじめに

    1.1980年代 市営化への試み

    2.1990年代 市営化の進展

      (1)初期段階 パートナー関係の樹立

      (2)新たな段階 FUNDEFの導入

    3.市営化の実例から

    4.市営化と地域社会

    はじめに

     1980年代の経済危機を経て、1990年代のブラジルはそれまでの政府に

    よる開発政策を転換させ、新たな開発モデルに向かうことを宣言した。カ

    ルドーゾ政権の下で招集された国家改革評議会1は、これまでの国家が経

    済生産分野に介入し、公共サービスの供給の不足や財政危機をもたらして

    きたと批判し、市場経済の枠内で、社会的な政策や基礎的サービスを実行

    する、良き調整者としての国家を作り上げると宣言している。

     その内容は「近代的で合理的な」公共行政への再編である。これまでの

    公共行政は、ヒエラルキーや手続きに注意を集中するあまり、伝統主義

    (patrimonialismo)、クリエンテリスモ(clientelismo,親分子分の関係に依存

    する社会風潮)、ネポティスモ(nepotismo,身内びいき、なれ合い主義)な

    どの問題を解決できなかったとして、市民を国家サービスの「クライアン

    ト」と見なし、結果重視で分権的な合理的運営管理を行う(gerencial)公共

    行政へと改革していくという2。

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     この計画においては、国家機能を1.戦略的核心部分、2.独占的活動、

    3.非独占的サービス、4.市場に向けた福祉やサービスの生産という4

    種類に分け3、1と2は国の独占が必要だが、3のような活動は理想的に

    は「非国家的公共団体」の所有とされるべきだとしている。教育は補助金

    の支出に関しては2、その他の点では3に分類される。3の活動は、国の

    所有ではないが、補助を受けてサービス活動が行われる点で民間の所有で

    もない。この種類の活動では、国と市民社会の連携のもと、さまざまな人々

    が参加する運営会議によって社会的な監督が容易に行われ、国の所有する

    機関の下にあるより自律性が高まると考えられている。4は適切な規制の

    下で民間による活動が好ましいとされる。

     こうした方向のもと、初等教育は 1988年憲法と 1996年の教育基本法で

    主として市(ムニシピオ)4が担当するものと規定された。これは初等教育

    を中心的に担ってきた州から、さらに下のレベルへと地方分権化が進め

    られることを意味する。その動きは「市営化(municipalização)」と呼ばれ、

    2000年度には市によって運営される学校の生徒在籍数が、州立学校の在

    籍数を上回るに至っている5。

     このような地方分権化はどのようなプロセスで進められたのだろうか。

    そして、それは教育にどのような変化をもたらしているのだろうか。

     本稿では、サンパウロ州における初等教育の市営化のプロセスについて

    報告を試みる。サンパウロ州を選んだ理由は、経済力はもちろん、国内で

    最大の生徒数を擁するなど同州の影響力の大きさ6が一つであり、加えて、

    同州では市営化の動きは遅かったが、1990年代後半に急速に進められた

    ことが注目に値するためである。

     

    1.1980年代 市営化の試み

     1964年に成立した軍事政権期以来、初めて行われた 1982年の州知事選

    挙では、26州のうち 12州で野党からの候補が当選し、民主化への動きを

    加速する結果となった。

     サンパウロ州知事に選出されたフランコ・モントロ(Franco Montoro在

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    任期間 1983-87)も、野党の PMDB(ブラジル民主運動党)に属する1人で

    あって、民主主義の拡大、社会的ニーズの充足、行政の再編成を主張して

    いた。

     教育分野では、行政機能の分権化、就学前、および初等教育を地域化/

    市営化するための計画編成、各市での評議会編成、学校建設体制の強化、

    学校給食の分権化、教員採用試験の地域化、教師の待遇改善が改革の目的

    となった7。州の教育局は、フォーラムを開くなど広く教育に関する論議

    を盛り上げたほか、分権化、学校による参加(自律性の強化)、教育普及プ

    ログラムの導入を強調した。分権化に関しては、1983年から給食の市営化

    が実験的に導入され、1984年には州の法律により正式に導入が決定され、

    1986年には 95%の市が、学校給食を自前で行うようになった8。

     続くオレステス・ケルシア(Orestes Quércia 在任期間 1987-1991)知事の

    在任期間は、教育機会の拡大、生徒を学校にとどめること、教師の養成と

    研修の現代化、前知事時代からの教育行政の民主化・近代化の継続が基本

    的方針であった9。分権化については、1987年には州立学校の職員を市の

    教育行政の補助のために任命する事業計画、1989年にはサンパウロ州運

    営の教育を「市営化」する計画が開始された。「市営化」とはいっても、その

    内容は、希望する市では教育委員会を作り、また市と州の教育局が市営化

    を目指して協定を結び、市にある「州の」学校の補修や改築、建設などを

    行うもので、市の参加は自由である。これは市の管轄内にある学校の充実

    を提案するものだが、可能なところでは市に学校運営を経験させ、学校を

    新たに作るなどして、市の責任を拡大することを目指すものであった。早

    く計画に参加した市には、校舎の建設や改築の他に建物、設備や教材を有

    利な条件で使うことのできる優遇措置も提示された 10。同年の 10月には

    市町村長を集めての説明会が開かれ、1989年 12月には全体の約3分の1

    に当たる 165の市町村が計画への参加を申し込んでいる 11。初等教育も対

    象に含まれてはいたものの、その大部分は就学前教育に関わる「市営化」

    であった。特徴としては参加を申し込んだ 165のうち 140は人口が3万人

    までの小規模自治体であった 12。その後、1990年には市内に建設された

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    州の学校を市が運営することを目指して、希望する市は州と協力協定を締

    結できるよう定めた州令第 2392号が発布される。

     このような経緯を見ると、サンパウロ州においては、市が学校運営を行

    うことはまだ一般的でなく、小さい自治体はほとんど学校の運営自体に経

    験がなかったこと、この時期の「市営化」の対象は初等教育でなく、主と

    して就学前教育であったことがわかる。

    2.1990年代 市営化の進展

     上述のような動きはあったものの、初等教育の市への分権化の動きはそ

    の後 1995年までほとんど変化がなく、同年に知事となったマリオ・コー

    バス(Mario Covas)の指示によって新たな動きを見せることになる。

     サンパウロ州の報告書によると、この頃から州立学校を 1-4学年と 5-8

    学年とで別の建物にすることが提起されるようになっており、市の状況調

    査、「市営化」に関する自治体の首長からの意見聴取がおこなわれた。その

    上で、以下の段階に分けて計画が進められた 13。

    (1)初期段階 パートナー関係の樹立

     1995年、サンパウロ州内の 625の市のうち、初等教育を何らかの形で行っ

    ているのは 72であった 14。初等教育在籍者に占める割合で見れば全体のう

    ち 10.9%であって、この数値は 1980年代とほとんど変化がなかった(表1)。

    しかし、1996年2月に「初等教育整備のための州―市教育パートナー化計

    画」(政令第 40673号 1996年 2月 16日)が発令されて 15、3月 25日に発効

    する 16と事態が大きく変わった。これは、89年のものと同様、希望する

    市が州とパートナー協定を結ぶ形式で、州教育局の調整によって徐々に生

    徒、学校、教師、学級、資産等を州から市に移行するものである。初年度

    には 43市、1997年には 194市が協定を結んだ 17。それは州立学校の一部

    を市が引き受けること、新たな学校建設、学校の一部分の市所有への移行、

    といった形態を取った。こうしたパートナー協定の拡大に加え自前の学校

    網を作る市もあり、1997年には何らかの形で初等教育を行う市の数が 410

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    に達した 18。

     この時期、初等学校の「市営化」に取り組んだ市の内訳を見ると、人口

    1万人~2万人の小さい市が最も増加率が高いが、人口5万人以上および

    10万人以上の大きな市では、同じ規模の市の中での「市営化」率が最も高く

    8割弱に達した(表2)。

    表2 「市営化」に取り組んだ学校数 1996-1997

    市の人口規模 市の数 初等学校を持つ市の数1995 1997

    10万以上 56 22 445万~ 10万 50 18 382万~ 5万 116 17 801万~ 2万 117 6 841万まで 306 9 164

    計 645 72 410出所)Governo do Estado de São Paulo, 2001, p.5.

    (2)新たな段階 FUNDEFの導入

     FUNDEF(初等教育の維持発展および教職向上基金)が 1998年から開始

    されることになると、資金を受託する州はその準備として、これに関する

    表1 サンパウロ州における公立学校登録者数の比率

    年 全登録者数州立学校在籍者の割合

    ムニシピオ学校在籍者の割合

    学校網を有するムニシピオ数 全ムニシピオ数

    1985 4,485,191 88.7 11.3 64 572

    1990 5,269,235 89.4 10.6 57 572

    1995 5,909,612 89.1 10.9 72 625

    1996 5,805,243 87.5 12.5 121 625

    1997 5,710,410 81.2 18.8 410 645

    1998 5,631,218 78.8 21.2 442 645

    1999 5,564,156 72.8 27.2 498 645

    2000 5,461,201 70.8 29.2 503 645

    出所)Centro de Informações Educacionais, 2001,p.7.

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    州令第 42778/ 97号を発令して受託資金の適用、分配、移動を社会的に

    監視するため州審議会の設置を定めた。そして、以下のような準備が行わ

    れた。

     まずは、学校センサスで市立学校として計算されるまでの間、市が管理

    している州立学校の生徒数に応じて州が受託した FUNDEF資金 19を移行

    すること、教職員を給与等の不利な条件なくして市の要請に応じて個別の

    法令の下におくこと、市の管理に移った州立学校の建物の使用許可を出す

    こと、市管理下の学校で働く教職員の給与は州から支払われているがそれ

    を市が返済すること、などであった。加えて、「初等教育整備のための州

    ―市教育パートナー化計画」が定めていたように、学校網が市のものとな

    る際の管理運営の条件である、教育に関する市の組織編成、市教育審議会

    の設置、市教育計画、市教職員に関する法令と職階表の整備などについて

    州が指導を行ったのである。

     1998年5月には、州令第 43072/ 98号が、FUNDEF開始後の新たな州と

    市との協定について定めた。これは 1996年 97年の協定は有効であることを

    宣言したと同時に、FUNDEF導入に際しての手続きその他を明らかにしたも

    のである。市の学校に勤める州教職員への給与支払いについて、市が州への

    返済を行わない様式と返済を行う様式とどちらかを選ぶことを定めている。

    多くの市がこの州令に関心を示した。「計画」での協定内容は、市立学校への

    州教師の出向、生徒の移籍と教師の出向、生徒の移籍のみ、教師出向の延長

    という4つに大きく分けられ、それも段階順に、初めて協定を結ぶ場合、内

    容を追加する場合、期間を延長する場合と3つに分けられる 20。

     そうしたさまざまな形態で計画に加わる市は増え、2000年までで累計

    440となり、これによって全 645市のうち、529市が何らかの形で初等学

    校網に関与するようになった。しかし、116市は全く初等教育に関係して

    おらず、全て州が行っている 21。

     この 440の市の市営化の内訳を見ると、1-8学年の生徒全てを市営の学

    校に収容した例は 55、1-8学年の一部を市営化したのが 60,1-4学年全て

    を市営化した例が 220,同学年の一部を市営化したのが 109、というもの

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    であった(表3)。このように何らかの形で初等教育の運営を市が引き受

    ける割合は高まっているものの、表1で見たように在籍者数に占める割

    合としては多くない(市立学校が引き受けている初等段階の生徒の割合は

    2000年で 29.2%であった)。その理由は、多くの市が、生徒の一部のみを

    引き受けていることと、生徒全員を引き受ける市は人口規模の小さいとこ

    ろが多いためである。生徒全員を市の管轄下に移すやり方を実施している

    のは 1-8学年、1-4学年いずれにおいても、ほとんどが、人口規模5万人

    までの市であり、それ以上の市の場合は少数であることがみてとれる。

    表3 サンパウロ州内の市による初等教育引き受けの状況 人口規模別一覧

    1996-2001年 6月

    市の人口規模 市の数 協定を結んだ市1-8学年全部

    1-8学年一部

    1-4学年全部

    1-4学年一部

    参加の割合(%)

    50万以上 8 4 0 2 0 2 5020万 1~ 50万 19 14 1 7 1 5 73.6810万 1~ 20万 35 26 0 13 0 13 74.285万 1~ 10万 54 45 3 13 8 21 83.331万 1から 5万 234 171 9 22 85 55 73.075千 1~ 1万 115 77 13 3 55 6 66.955千以下 180 103 25 0 71 7 57.22

    計 645 440 51 60 220 109 68.22出所)Governo do Estado de São Paulo, 2001, p.12.

     1995年時点では、わずかでも初等教育を行っているのは 625市中 72で

    あったが、2000年になると、645市のうち 503市となり、州だけで行って

    いるのが 142,市だけで行っているのが 43となった。州と市とでの初等

    教育の分担割合は様々であり、例えば、アチバヤ市は州が生徒の 81%を、

    市が 19%を担当しており、ビニェード市では州が 25%、市が 75%を担

    当している 22。州と市とで生徒を分け合っている場合、ほとんどのケー

    スでは州の方が大きな割合を有しているが、中には拮抗していたり、市の

    方が多数である場合も出てきている。

     サンパウロ州での初等教育分権化(市営化)の動きは就学前教育から始

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    まり、1-4学年を中心に現在進んでいるといえよう。5-8学年はなお大部

    分、州によって運営されている(表4)。しかし、表1、表4に見るように、

    市の学校網への在籍者数は増え続けている。特に、FUNDEFが開始した

    1998年からの伸びは顕著である。また、表にはないが、さらに新しい情

    報では、2002年にはパートナー協定の市が 478で自前の学校網も含め初

    等教育を何らかの形で行う市が 544となり、2004年には、その数がそれ

    ぞれ 499と 556に達している 23。

    表4 サンパウロ州における普通初等教育登録者数と占める割合の推移   管轄主体および学年集団別1991-2001年

    年 1-4学年在籍者数と割合 5-8学年在籍者数と割合合計 州立学校 市立学校 合計 州立学校 市立学校

    1991 3,289,0952,929,387 359,708

    2,215,8361,988,348 227,488

    89% 11% 90% 10%

    1996 3,049,8652,627,948 421,917

    2,755,3782,450,591 304,787

    86% 14% 89% 11%

    1998 2,804,9371,946,850 858,087

    2,826,2892,489,557 336,732

    69% 30% 88% 12%

    1999 2,679,2841,570,059 1,109,225

    2,884,8722,482,913 401,959

    59% 41% 86% 14%

    2000 2,615,2281,430,797 1,184,431

    2,845,9732,434,523 411,450

    55% 45% 85% 15%

    2001 2,644,1841,329,866 1,314,318

    2,679,7062,222,086 457,620

    50.30% 49.70% 82.92% 17.08%

    出所)Governo do Estado de São Paulo, 2001, p.14.

     FUNDEFの生徒1人当たりの金額は年ごとに増加している。サンパウ

    ロ州の実績額は表6の通りで、これらは連邦が毎年算出する1人当たり最

    低金額(表5)を悠に上回っている。

     加えて、1996年の憲法第 14号修正は付加的財源として、企業から徴収

    される教育税を公立の初等教育に振り向けることを定めた。この教育税は

    正式名称は「教育税州別割り当て」といい、通称 QESE(Quota Estadual do

    Salário Educação)と呼ばれている 24。これは初等教育の個別の活動、プロ

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    グラム、プロジェクトなどを実施する財源として毎月、州教育局に寄託さ

    れる。1998年1月1日からは、FUNDEFと同様、在籍生徒数に応じて市

    に分配されることとなった。2001年の1人当たりの金額は 120レアルで

    あった 25。これらから、FUNDEF等が分権化(市営化)に与えた推進力は

    かなり大きいということができ、今後も市立学校への在籍者拡大は続くと

    見られる。

    表5 ブラジルのFUNDEF 連邦決定による1人当たり最低額の推移単位:レアル (R)

    年 1-4学年(都市)1-4学年(農村)

    5-8学年(都市)

    5-8学年(農村) 特殊教育

    1998 315,00 315,00 315,001999 315,00 315,00 315,002000 333,00 349,65 349,652001 363,00 381,15 381,152002 418,00 438,90 438,902003 462,00 485,10 485,102004 537,71 564,60 564,602005 620,56 632,97 651,59 664,00 664,00

    出典)http://qese.edunet.sp.gov.br/fundef/sugbapes/comple.htm2006.1.14ダウンロード

    表6 サンパウロ州のFUNDEF実績 生徒1人当たり金額の推移-サンパウロ州                     単位:レアル(R)

    年 1-4学年 5-8学年および特殊教育1998 657,42 657,421999 780,06 780,062000 888,04 932,442001 999,92 1.049,912002 1.152,93 1.210,582003 1.248,17 1.310,582004 1.435,30 1.507,082005 1.627,42 1.708,792006(*) 1.717,17 1.803,11

    (*) 推計値出典)http://qese.edunet.sp.gov.br/fundef/sugbapes/evolu.htm2006.1.14 ダウンロード

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    3.市営化の実例 小さい市の場合 では、実際に初等学校の「市営化」はどのように進められ、どんな変化が見

    られたのだろうか。サンパウロ市は人口が集中し、市の規模が大きい大都市

    圏と、小~中規模の市が多い内陸部とに大きく分けられる。市立学校在籍者

    の割合はあまり変わらず、どちらも2000年度約30%となっている(表7-A,

    7-B)。別の機会に、サンパウロ大都市圏内の中規模市の例を簡単に報告

    したが 26、今回は内陸部の小さな市に関して見てみたい。

    表7 サンパウロ州における学校網を有する市(ムニシピオ)数

    表7-A サンパウロ大都市圏

    年 全登録者数 州立学校在籍者の割合市立学校

    在籍者の割合学校網を有する市の数 全市数

    1985 2,191,806 81% 19% 3 381990 2,560,552 82% 18% 3 381995 2,899,027 83% 17% 5 391996 2,831,284 81% 19% 7 391997 2,788,713 77% 23% 30 391998 2,751,734 76% 24% 33 391999 2,721,694 73% 27% 35 392000 2,666,585 71% 29% 34 39

    表7-B 内陸部

    年 全登録者数 州立学校在籍者の割合市立学校

    在籍者の割合学校網を有する市の数 全市数

    1985 2,293,385 96% 4% 61 5341990 2,708,683 96% 4% 54 5341995 3,010,585 95% 5% 67 5861996 2,973,959 93% 7% 114 5861997 2,921,697 85% 15% 380 6061998 2,879,492 81% 19% 403 6061999 2,842,462 73% 27% 463 6062000 2,794,616 70% 30% 469 606出所)Centro de Informações Educacionais, 2001, p.8.

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    サンパウロ州における初等教育の市営化プロセス

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    (1)市営化の手続き

     ピラール・ド・スール(Pilar do Sul,以下 PS市)は、サンパウロ市か

    ら南西に 150キロメートルに位置し、面積 697平方キロメートル、人口

    23949人(2000年国勢調査)の小規模なムニシピオである。市街地人口(都

    市人口)が 30%で、農村人口が 70%、農牧業を主な経済基盤としており、

    主な産物はブドウ、柿などの果物生産や牧畜が盛んである 27。多くの日

    系農家が活躍している土地でもある。

     この市の初等教育市営化は 1997年から 2425名の生徒を引き受けるこ

    とで開始している 28。1998年7月2日には州との間で協定が締結された。

    この協定の目的は、先に記した「州-市教育パートナー計画」に加わり、

    生徒、教員、施設設備等の市への移行を実現し、生徒数に応じた FUNDEF

    資金を導入するために、州と市との間で共同の活動を行う基盤を作ること

    である。そのため1.州と市の間に実務的関係を築く、2.他の市との協

    力関係を作る、3 .万人のための質の高い公立学校を作るための行政の自

    律性を高める、4.市が憲法の規定に沿って初等教育を行うためのさまざ

    まな支援を保障し、教員研修を共同して行うこと、5.格差を埋める教員

    の処遇、評価の導入について定めることを目的として掲げている。

     重要な点として双方がどのような役割を有するか見ておこう。州の義務

    は、市に対して憲法規定の遵守に関わる学校運営の指導をすること、市に

    出向した教職員の研修を市と共催すること、市に対する必要な人員の出向

    と市から申し出た出向教員に対する給与等を支払うこと、市立学校在籍

    の生徒数に基づく資金配分を行うこと、不動産の使用許可、第三者による

    評価等である。他方、市の義務は、学校運営に関して市の教育審議会の設

    立、国の方針と教育計画に合致する市の教育計画の策定、市の教員の職階

    および俸給制度の整備、父母と教師の会またはそれに準じる団体の編成、

    30日以内の学校運営開始、の他、動産、不動産の管理についての市の責

    任を明らかにすること、人員については署名後 12ヶ月のうちに教職員の

    採用は公開試験によるものとすること、市に移行した教員や職員の州規定

    に沿った出勤の管理制度を作ること、欠員はこの規定に沿って補充するこ

  • 帝京大学外国語外国文学論集 第 12 号

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    サンパウロ州における初等教育の市営化プロセス

    ─ 69 ─

    と、などである。また、財政については州から出向している教職員の給与

    等を 10日以内に弁済すること、FUNDEF資金を受け取るための独自口座

    を銀行に開くこと、州教育局と市教育審議会、FUNDEF管理評議会には管

    理と評価について必要な情報入手を保障すること等が規定されている 29。

    このように、市は教育審議会を設置し、教育計画を作り、教職員の取り扱

    いを州と合意した上で、1998年からは FUNDEFと教育税の資金とが市に

    入るようになった。

    (2)市営化による変化 肯定的な見方

     2005年3月現在、PS市は、初等教育の 1-4学年では市立学校が5校で

    2429名を収容している。5-8学年と中等教育は州立学校で行われている。

    1-4学年の5校のうち、N校は市営化によって新設されたものであり、ほ

    かの4校は州立校から市立校に変わったものである。うちM校は、かつて

    6学年まであり、1-4学年を市立校にし、5-6学年を州立校へと移動させ

    て現在の形(図1)となった。

     それでは具体的にどのような点が変化したのか。前教育長によると以下

    のような点が上げられるという。

    ・財政面

     まず、資金の点であるが、FUNDEFと教育税の市への分配により、

    市が扱う教育予算が急に大きくなった。その増大分はおよそ 2割強と見

    積もられている。市の FUNDEF管理審議会が設置され、FUNDEFの情

    報が公開されるため、透明性が高まった。また教育税は州でなく市に分

    配されるようになり、こちらの金額も増大して給食およびスクールバス

    の資金を補えるようになったという 30。

    ・教職員の採用

     教員の雇用も市レベルで行えるようになった。教員、校長、コーディ

    ネーターは試験(concurso)によって選ばれることになる。近年では2年

    に1回程度、募集試験があったとのことである。教師の資格は 2006年

    からは全員大学卒レベルであることが必要となったため、現職教員研修

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    サンパウロ州における初等教育の市営化プロセス

    ─ 69 ─

    が課題となっている。

    ・学校の教育計画

     これらの学校は図2のような系統の中にある。PS市の場合は、9つ

    の市を管理するボトランティン教育事務所の管轄下にある。市立学校は

    市教育審議会に運営計画を提出してチェックを受け、市教育局を通して

    同事務所に提出して許可をもらうことになっている。ただし、市営化後

    は市の審議会が実質的な力を得て、教育事務所では法律的な部分を形式

    的にチェックするだけに変わった。

    ・新企画の実施

     各学校への図書室整備、教室移動制、継続進級制度 31の強化といっ

    た新しい試みや学校プロジェクトの充実を実現することができた 32。

    図1 PS市内の学校と生徒数  2005年3月就学前教育 市立学校

    学校名 学校1 学校2 学校3 学校4 M校付属学級S校付属学級 合計

    生徒数 331 202 180 206 53 16 988

    初等教育1-4学年 市立学校学校名 I校 H校 N校 M校 S校 合計学級数 28 31 12 13 4 88生徒数 827 937 307 280 78 2429

    初等5-8学年・中等教育 州立学校学校名 O校 LE校 LA校 A校 合計生徒数 1394 816 568 1091 3869

    初・中等 私立学校学校名 G校 BM校 合計生徒数 64 8 72

    特殊教育 市立学校

    学校名リ ハ ビ リテーション・セ ン タ ー

    合計

    生徒数 152 152出所)PS市提供資料(2005年3月)より

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    サンパウロ州における初等教育の市営化プロセス

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    図2 サンパウロ州初等教育組織概略図

    教 育 省 国家教育審議会※1

    サンパウロ州教育局 州教育審議会

    2教育調整部※2

    89教育事務所※3

    私立学校 州立学校 市教育局 市教育審議会

    市立学校

    ※1 連邦、州、市の教育審議会は政策決定を行い、教育当局が執行する。※2 サンパウロ州には、大都市圏と内陸部向けに2つの調整部がある。※3 大都市圏には 28、内陸部 61の教育事務所がある。各教育事務所は管轄範

    囲内の私立学校、州立学校、市教育局を担当する。(筆者作成)

     以上は「市営化」に携わった当事者からの所見であるが、それらの変化

    を実際の学校において検証すべく、いくつかの学校を訪問して聞き取りを

    行った。訪問した学校は、市立学校ではM校、I校、N校、州立校では O校、

    L校である 33。 

     まず、市立校では財政的には豊かになったという声が複数の学校で聞か

    れた(I校、M校、N校、L校)。どの学校にも体育館、図書室、コンピューター

    室ができ、屋根のなかった体育館には屋根がついた(N校)。教材が豊かに

    なった(L校)。テレビが多くの学校に備え付けられた(I校)。給食やスクー

    ルバスは良くなった(O校、L校)。市街地の学校と農村部の学校の差がな

    くなった(M校)。実際に図書室の司書教諭に聞いたところ、教科書は希望

    で選ぶことができ、毎年いくつかの科目が配布されるということであった。

    市立校が以前よりも豊かになったということは確かと言って良いようだ。

     州立学校の立場からは、言語や文化など地域の現実に対応した教育がで

    きる点、子ども、親、教師から市の職員までが皆知り合いであるため、資

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    サンパウロ州における初等教育の市営化プロセス

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    金豊富になった市から州立学校も支援を受けることができる点、市で教職

    員を雇用するので地元の職の増加に貢献する点、等は好ましい(O校)と

    という意見があった。

     教職員関係では、採用が試験によるようになった(I校)。教師の給料は

    市立と州立であまり変わらなくなった(I校)という声が聞かれたが、それ

    でもやはり州の方が給与は高く、安定している(O校、N校)と思われて

    いる。勤務に関しては午前の部と午後の部、どちらかにしか勤められなく

    なったが、会議と教材研究 5時間分を含めた1週 30時間分の給与が支払

    われるようになっている(N校)。農村学校にも校長が配置され、教師の資

    格も変わらなくなった(M校)。研修については、市立校の教師は州の教

    育事務所で研修を受けさせてもらえないという不便があったが、その問題

    は解決される見込みがついた(N校)。

     学校の教育計画については、市が承認し、教育事務所では法に反しない

    限りそのまま承認するようになった(I校)。現状にあった教育計画を立て

    られるようになった(I校)。教育活動では、1-4学年でも教室移動制がで

    きるようになった(I校、M校、N校)2000年から継続進級制度を採用した

    (M校、M校)。全ての市立学校にコンピューター教室が備えられ、コン

    ピューター教育の教師、音楽および体育の教師が来るようになった(I校、

    M校、N校)。カウンセラーや健康の専門家が定期的にやってくる(N校)。

    勉強の後れた子のクラスを作った(N校)。総合的な学習として、「プロジェ

    クト 34」を多くやるようになった(O校)。教育理論や教育方法に関しては

    市営化をきっかけとしての特段の変化はない。すなわち「プロジェクト」

    を含む 1990年代の傾向がそのまま引き継がれているという(I校)。

     生徒の留年はや退学の率は非常に少なくなっている。1997年の州教育

    審議会による通達と州教育局の承認で 1998年からサンパウロ州全体で導

    入された「継続的進級制度」によって、生徒が毎年度、合格不合格が判定

    されていた制度は変えられた 35。生徒の学習評価を絶えず行い、初等教

    育の4年間ないし8年間、を継続的に進級させていくというものである。

    各学校では学習の後れが見られる生徒を工夫して一つのクラスにして指導

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    サンパウロ州における初等教育の市営化プロセス

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    したり(N校)、教師同士で絶えず気を配ることで対処している。

    (3)市営化による変化 ― 懸念される面

     上記(2)においては肯定的な評価を挙げたが、全員が賛成していると言

    うわけではない。

     市立学校では、かつては「モデル・スクール」を作るだけだったことに

    比べると州が教育に真剣に取り組んでいる(I校)と評価しながらも、継続

    進級制度が成功していない(M校)、資金を学校の講座に直接入れて、品

    物がすぐに購入できるようにして欲しい(N校)、といった不満があった。

     州立学校から市立学校への出向という立場の不安定さ(LA校)、自由な

    議論が難しくなる点(LA校)を懸念している。また、大きな金額を扱うよ

    うになったことで、市の教育局の発言力・影響力が増大すること(LA校)、

    市の教育方針の「押しつけ」(O校)、にも不安が述べられている。

     これらの指摘の中で注目すべき点は、政治との関係であるように思われ

    る。即ち政治の変動の影響を受けやすくなるということだ。

     ブラジルでは政治に縁故主義(clientelismo)が強く、政治的関係とは何

    よりも政府の職や公的仕事の受注などと政治的支持の交換関係である。政

    党は政策よりもその時々の便宜的な理由から結成されており、政治家によ

    る政党所属の変更は珍しくなく、政党の連立などや解消も状況的なもので

    ある。党によっての教育政策などの違いはあまり大きくない反面、政治家

    個人の政治的つながりや選挙に関する立場によって政策施行の差が大きく

    生じてくる 36。サンパウロ州では、学校長は首長によって任命される。4

    年ごとの選挙の結果によってその都度、教育が変えられる可能性がある。

    政治家は在任中に前任者とは異なる実績を選挙民に印象づけたい気持ちが

    強いため、一旦始まった改革が継続するとは限らないおそれがある。PS

    市においても、市営化により決定権者との距離が近くなることによって教

    育現場への政治的影響は強化されると思われる。学校のオートノミーは州

    立であったときよりも制限を受けることになると予想する人もいる 37。

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    サンパウロ州における初等教育の市営化プロセス

    ─ 73 ─

    (4)市営化がもたらすもの

     上記のような懸念には背景がある。PS市では、2005年の選挙で任期を

    一つはさんで現市長が再選された。現市長は 1997年から 2000年まで一期

    目を務めて「市営化」を進めたが、二期目に挑戦したとき「市営化」に反対

    する教師たちの運動も一因となって敗退した。再度二期目を目指して選挙

    に臨み今回勝利して市長に返り咲いたものである。市長は市立校の校長を

    全員交代させ、また、妻を教育長に任命した。

     昨年まで市立学校の一つ I校で校長を勤めていた彼女は教育長として

    前任校の経験を生かそうと意欲に燃えている。「市」は一つの教育制度と

    して、自律性を持っていることから、市として一つのライン、方向性を

    作りたいと考えている。「統一された市立学校制度(sistema unico de ensino

    municipal)」がその目指すところである 38。コンピューター学習を1年生

    に持ってくること、図書室をコンピューター管理すること、子どもの健康

    管理も学校でできるようにする。教室移動制は、全校に広める 39。市立

    校全てに実施したいテーマ、ないし活動としては以下のようなものがある

    という。1.「学校の守護聖人」、2.「水の確保と水に関わる環境の保護」、

    3.自然と環境、4.麻薬乱用防止、5.宗教と倫理、6.市民的倫理、7.

    音楽、8.情報学 である。これらの多くは昨年 I校で「プロジェクト」と

    して、実施されたものだが、それを今年度は全校に「義務として」実施し

    たいと考えている 40。学校の時間割と教科の進度に、なるべく差が出な

    いように、各教科の教師からなる専門家チームを作り、市立学校教師の研

    修を担当させるほか、定期的に各校を巡回して進度の管理を行うことも予

    定している 41。

     現教育長のこうしたやり方には市立学校側での反発もある。同じ「プロ

    ジェクト」テーマの全校導入には、各学校の事情が違う、という声を聞く

    (L校,N校)。農村からの児童を多く抱える N校では、家庭の貧困問題が

    深刻であるが、そうした学校では中心部の市街地の子どもしかいない I校

    で実施されたことを N校にもさせようとするのは無理があると述べてい

    る。「同じリズムで」というのは、市側が常に述べるところだが、こうした

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    サンパウロ州における初等教育の市営化プロセス

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    市の指導の強まりに、教師が意欲をなくしているという(O校、N校)。州

    と市とを比較すれば、明らかに学校に近いのは市であり、市営化は良くも

    悪くも学校と行政当局の距離を縮めることとなる。その距離の取り方が課

    題となっている。

    4.市営化と地域社会

     市営化は学校と市との距離を縮めるものであるとすると、地域社会との

    関係はどのようなものであろうか。

     市民にとっては、学校が州立か市立か、は日常あまり意識される問題で

    はない(O校)。良い教育をしてくれれば、それはどちらであっても構わ

    ないわけである。しかし、1990年代、多くの市民は市営化に賛成をした。

    国や州のレベルにおける予算の使い方は不透明だとして常に問題とされて

    きた。市営化により、地域に資金が来るようになれば監視の目も行き届き、

    その金が地域の収入や職のもととなるという期待があったという 42。

     市営化がほぼ定着しつつある現在、市民による市営化の評価はどうなの

    か。建物設備の変化は明らかであり、学校は豊かになったという印象は教

    員、市民に共通である。学力が上がったかどうかは不明だが、生徒の落第

    や中途退学は少なくなっている。以前より市の予算へのチェックは厳しく

    なり、市営化は一定の透明性をもたらしたとの評価をする市民もいる 43。

    この発言者は、地域の学校が良くなることは地域社会の向上をもたらすと

    し、教育に強い関心を抱いている。このような市民の支持と市のリーダー

    シップが合致すれば市営化は教育の改善をもたらすと考えられる。

     しかし、常に市営化が万能薬であると言うことはできない。市営化の

    成功は社会構造、政治のあり方と教育との関係により規定されるものであ

    り、そこには文化の違いが反映されるであろう。ブラジルの場合、4年ご

    との選挙の結果に教育が左右される構造になっており、それは運営レベル

    が州から市に変わっても同様である。市においては教育当局と学校との距

    離が州よりも近い分、政治の変動が直接教育に跳ね返ることになる。サン

    ズの研究におけるゴイアニアの例では、再選の意欲を持たず、州の政治家

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    サンパウロ州における初等教育の市営化プロセス

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    との密接な関係もない市長の場合、改革に強い熱意はなく、市営化が大き

    な変化をもたらすことはなかった 44。

     PS市の場合、改革意欲に燃える教育長は、政治力を背景に「統一的」「積

    極的」な教育計画の推進を表明しており、現場を知る教員はそれに対し懸

    念を抱いているが、表だって反対意見を述べることはできないでいる。校

    長、教員らは自らの立場が市の有力者の一存にかかっていることを強く意

    識し、市政府の方針に従順に従わざるを得ないと考えている。彼らのそう

    した態度は改革の内容よりも力関係や政治を強く意識しており、教育と政

    治の微妙な関係を物語っていると言えよう。市民社会のチェック機能が選

    挙によって働けばよいが、政党の連立その他で政権が独裁的立場になった

    場合、縁故主義や身内びいき(nepotismo)の温床となりかねない。地方政

    治のありようが教育に影響しないように注意する必要がある。

     市営化は教授活動そのものの変革ではなく、教育行政の組織編成上の変

    化ではあるものの、以上のような理由でブラジルの教育に大きな変化をも

    たらすかも知れない改革であるといえよう。それは教育のあり方に市民社

    会のチェックや参加の役割が一層必要となる体制である。先に紹介した国

    家改革評議会の関心は、市の行政の自律性強化と、学校を取り巻く地域社

    会が学校運営に参加しつつ監視する文化の醸成であった。社会の土壌その

    ものの成熟、民主主義の成長こそが今後の最も重要な課題になってくるで

    あろう。

    1 民事大臣を長とし、行政改革大臣、労働大臣、財務大臣、予算計画大臣、

    陸軍参謀本部長からなる評議会。行政改革大臣から提出された計画はこ

    の評議会で審議され、1995年 9月に承認を得て、11月には大統領府か

    ら承認された。

    2 Cãmara da Reforma do Estado, “Plano Diretor da Reforma do Estado,”

    Brasília,1995.

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    サンパウロ州における初等教育の市営化プロセス

    ─ 77 ─

    3 1.戦略的核心部分: 政策や法律を決める部分、

    2.独占的活動: 国の権力によって行われる活動、すなわち徴税と監査、

    治安維持、基礎的社会サービスの提供、保健基準の設定と監督、交通サ

    ービス、環境保全、基礎教育への補助、など。

    3.非独占的サービス: 他の機関と同時に活動する分野。教育や保健

    のように人権に関わる分野や、市場では供給されない分野、活動が経済

    的利益を生まない分野である。大学、病院、調査機関や博物館など。

    4.市場に向けた福祉やサービスの生産: 企業により行われる活動で、

    経済的利益を生むものであるが、インフラストラクチャー建設のように、

    資本の不足その他の理由で国が行っている活動。

    4 州より下位の地方自治体のこと。日本の市町村に相当する。ただし、ム

    ニシピオ(municipio)は人口規模にかかわらず、一個の自治体として同

    格に見なされる。本稿では、ムニシピオという用語は使いにくいため、

    「市」を代わりに用いるが、そこには市のみならず町、村に当たるもの

    も含まれることを了解されたい。

    5 江原裕美「ブラジル初等教育改革における分権化と学校自律性の強化」

    『帝京大学外国語外国文学論集』第 11号、2005年、pp.61.

    6 サンパウロ州の教育長官としてはパウロ・デ・タルソ・サントス

    (1983-1984)、カルドーゾ大統領の時の教育大臣パウロ・レナト・コスタ・

    ソウザ(1984-1986)、同じくカルドーゾ政権期の行政改革大臣ルイス・

    カルロス・ブレッセル・ペレイラ(1986)、ジョゼ・アリストデモ・ピ

    ノッティ(1986)がおり、ブラジルの政治を左右するような人物が輩出

    している。

    7 Rus Perez, Jose Roberto. “A politica educacional do Estado de São Paulo

    1967-1990”, UNICAMP, 1994, p.72.

    8 Rus Perez, p.85.

    9 Rus Perez, p.86.

    10 Rus Perez, p.92-93.

    11 Rus Perez, p.94.

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    サンパウロ州における初等教育の市営化プロセス

    ─ 77 ─

    12 Rus Perez, p.94.

    13 Governo do Estado de São Paulo Secretaria de Estado da Educação Equipe de

    Municipalização(以下 Equipe de Municipalização), Parceria Educacional

    Estado-Municípalização do Ensino Fundamental Público no Estado de São

    Paulo, Dezembro-2001.

    14 Governo do Estado de São Paulo Secretaria de Estado da Educação Assesoria

    Técnica de Planejamento e Controle Educacional Centro de Informações

    Educacionais, (以下 Centro de Informações Educacionais 2001)

    Municipalização Informações Bãsicas Estado de São Paulo, 2001, p.7

    15 Equipe de Municipalização, p.3.

    16 Governo do Estado de São Paulo Secretaria de Estado da Educação Assesoria

    Técnica de Planejamento e Controle Educacional Centro de Informações

    Educacionais, (以下 Centro de Informações Educacionais 2003)

    Municipalização Informações Bãsicas Estado de São Paulo, 2003, p.5.

    17 Equipe de Municipalização, 2001, p.3.

    18 Equipe de Municipalização, 2001, p.3.

    19 FUNDEFとは憲法第 14号修正と 1996年の法律第号で設置が決まった、

    初等教育整備のための新たな教育財政の仕組みである。定められた税

    収が発生すると同時に、その一定割合が、前年度の学校センサスによる

    生徒在籍数に応じて自動的に管轄自治体に振り込まれる。毎年算出され

    る生徒 1人当たりの公的支出基準にそれが満たなかった場合は、連邦が

    不足分を補足する。また、FUNDEF資金はその使途も定められていて、

    60%は現役教師の給与に充てられなくてはならない。詳しくは、江原

    2005年を参照。

    20 Equipe de Municipalização, 2001, p.11.

    21 Equipe de Municipalização, 2001, p.10.

    22 Centro de Informações Educacionais, 2001, p.31-42.

    23 http://info.edunet.sp.gov.br/municipalizacao/subpages/sintese.htm

    (2005年 3月 7日ダウンロード)

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    サンパウロ州における初等教育の市営化プロセス

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    24 教育税とは、毎月の給与から 2.5%が差し引かれるもので、連邦が3分

    の1を取った残りの3分の2が、各州の納付額に応じた割合で各州に分

    配されるもの。付加的財源として、州立、市立の学校の教育向上のため

    に用いられる。

    25 Equipe de Municipalização, 2001, p.17.

    26 江原裕美「ブラジル初等教育改革における分権化と学校自律性の強化」

    『帝京大学外国語外国文学論集』第 11号、2005年。

    27 Pilar do Sul Edição Especial produzida pela Revista Tempo, novembro de 1999.

    28 Centro de Informações Educacionais, 2003, p.21.

    29 Governo do Estado de São Paulo Secretaria de Estado da Educação Gavinete

    da Secretãria, “Termo de Convênio”, 02 de julho, 1998.

    30 2005年 3月 14日、前教育長(1997-2000)E・C・プロエンザ氏とのイ

    ンタビューから。

    31 1- 4学年の間、原則的に落第・留年させない制度。

    32 前教育長とのインタビュー、2005年3月 14日午前。

    33 2005年 3月 15日 O校、LA校訪問。同年3月 16日 I校、M校訪問。同

    3月 17日 N校訪問。O校、LA校は州立学校であるが、同時に市立学

    校に勤務している教員、勤務した経験のある教員から話を聞いた。

    34 「プロジェクト」とは、「教育プロジェクト」の略である。学校において

    教師が個人や複数で、生徒とともに行いたい活動を提案申請して認めら

    れれば行うことができる、課外活動ないしは総合学習のような活動であ

    る。運動部のような活動やバザーのようなボランティア活動、地域に出

    かける総合学習のようなものまで様々なものがある。

    35 Secretaria de Estado da Educação SP, “Progressão Continuada”, No date, p.7.

    36 Sands, Joseph Charles, Jr., “After Decentralization: Federal Constraints, Local

    Oversight, and Municipal School Systems in Brazil”, Doctoral Dissertation,

    2004, p.88-91.

    37 2005年3月 15日、O州立学校長 S・M・デ・サレス・ドミンゲス氏と

    のインタビューにて。

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    サンパウロ州における初等教育の市営化プロセス

    ─ 79 ─

    38 2005年3月 14日 教育長とのインタビュー。

    39 2005年3月 14日 教育長とのインタビュー。

    40 2005年3月 17日 教育長補佐 A・ドニゼフィ氏とのインタビューより。

    41 2005年3月 17日 教育長補佐 A・ドニゼフィ氏とのインタビューより。

    42 2005年3月 17日、PS市市民、N・アブミヤ氏とのインタビューより。

    43 2005年3月 17日、PS市市民、N・アブミヤ氏とのインタビューより。

    44 Sands, p.90.

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    サンパウロ州における初等教育の市営化プロセス

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    Summary

    Decentralization of Primary Education in the State of Sao Paulo, Brazil

    Hiromi Ehara

    Brazi l under Fernando Enrique Cardoso declared to adopt a new

    development policy to turn the Brazilian State into a good mediator in the

    market economy. An important policy was to organize “modern and rational”

    public administration that offers national service for citizens as “clients”. In

    this standpoint, functions of state apparatus are divided into four sectors. The

    first is strategic nuclear or government, which makes political decisions. The

    second is exclusive activities done by public sector: collecting tax, police,

    providing basic services etc. Subsidy for basic education is included in this

    sector. The third is non-exclusive activities, where the state acts with other

    public or private non-governmental organizations. It includes activities for

    human rights, such as education and health, which are not supplied by the

    market. The fourth is production of wealth and service for the market, which

    corresponds to the activities of private companies.

    Such direction pushed forward with decentralization of primary education,

    whose responsibility has been transferred from states to municipalities. By this

    process called “municipalization”, municipal schools exceeded state schools

    in enrolment in 2000.

    How was this decentralization proceeded by the states? And what kind of

    differences did it bring to the primary schools? This article tries to explore

    this question taking examples in the State of Sâo Paulo, the most influential

    state in Brazil.

    In 1980’s democratization, elected governors tried to improve education in

    various ways. As to decentralization, administration of school lunch program

    and pre-primary education were transferred to small municipalities which had

    no experience for that.

    In the latter half of 1990’s, the number of municipalities which contracted

    with the state to “municipalize” state schools increased rapidly under the 1996

    program of partnership between states and municipalities. Another impetus

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    サンパウロ州における初等教育の市営化プロセス

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    for that direction was given by the new distribution scheme of revenue for

    education, FUNDEF (Fundo de Manuntenção e Desenvolvimento do Ensino

    Fundamental e de Valorização do Magistério). By these measures, 556 out of

    645 municipalities were brought to administer primary education in some ways

    in 2004. While the rate of increase is especially high in small municipalities

    whose population is less than twenty thousand, the proportion of municipalities

    with municipalized school network is higher among larger cities.

    There are positive and negative views on decentralization. Are they all

    content with decentralization? Or are there any problems in this policy? By

    some interviews to related people(teachers, public officers and parents) in a

    small city, the following points have been found as to the changes brought by

    the “municipalization” at this moment.

    In one side, the revenue for education has increased since the participation

    in FUNDEF. Municipality got new school buildings, facilities, computers, and

    additional teachers, etc. Teachers are now employed through examinations.

    The municipality got more autonomy in planning of education. Purchase of

    materials became easy.

    In another side, teachers have fear of losing free atmosphere in schools.

    Authority of education is now closer to schools than with states, and control

    over education will be stronger, they think. Schools are more easily influenced

    by political changes.

    From these findings, it can be said that the decentralization has success

    partway, but itself does not resolve the problems of the quality of education.

    It has been able to supply more resources to education, and transparency

    and school autonomy grew. But maybe it is not enough. Schools and local

    communities get closer now by decentralization, and it means that schools

    cannot function well without democratized society. Schools should continue

    to play its role with stability even in changing situations. The growth of civil

    society and mature culture for school community will be necessary for the

    ultimate success of decentralization.