パリ協定発効後のビジネスチャンスとリスク -...
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Copyright 2017 FUJITSU RESEARCH INSTITUTE
『富士通総研 FRI 経済研ワークショップ』
パリ協定発効後のビジネスチャンスとリスク
~企業がどう対応すべきか考える~
―2017 年 2 月 15 日 富士通総研会議室にて開催―
■開会挨拶 富士通総研 経済研究所 上席主任研究員 生田孝史
2016 年 11 月にパリ協定が発効し、気候変動対策の新しいステージになってくることが見えて
きました。企業を取り巻く状況がどう変わり、その中で日本企業が何をしていけばいいか。昨今、
国際情勢に動きがある中で、このパリ協定の実効性はどうなのか。そこで本日は、有識者や先行
的な取り組みに着手されている企業の方をお招きし、プレゼンテーションとパネルディスカッシ
ョンを行います。短い時間ですが、率直な意見を交換する活発な議論の場とさせていただければ
と思っております。
■プレゼンテーション(発表順)
『企業にとってのパリ協定の意義 』
富士通総研 経済研究所 上級研究員 加藤 望
パリ協定は長年にわたる気候変動の交渉における 1 つの転換点となるものです。パリ協定の特
徴は、先進国のみに目標を課した京都議定書と違って、すべての国が参加し、目標設定は各国で
行うボトムアップ型の制度であること。また、平均気温上昇を 2 度未満に抑えると明記されたこ
とです。現在の排出ペースで行くと 30 年程度で残された排出量を使い切る計算になり、それ以
後はゼロ排出にする必要が国際的に認識されたのです。
2020 年のパリ協定下での取組開始に備えて、2018 年までの採択を目指し、ルール作りが進め
られています。目標も再設定される予定です。各分析機関によると、多くの先進国の中期目標が
2050 年 80%削減に至る軌道に乗っておらず、どこまで軌道修正できるかが重要です。また、第
2 位の排出国であるアメリカは、政権交代による影響が少なからずあるでしょう。
パリ協定関連の報道を見ていると、ビジネスの存在感が強まったという印象があります。国際
競争力の不均衡の解消や気候変動への取組の長期的展望の提示、その有効な手段としてのカーボ
ンプライシング(炭素価格付け)の導入推進への期待もあります。導入に向けた働きかけや、個々
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の企業による独自の削減目標設定、複数の企業によるイニシアチブや声明を出すなどの流れが大
きくなってきております。
たとえば、グローバル企業の国際的ネットワーク「WE MEAN BUSINESS」の下では、参加企
業が科学的根拠のある削減目標や、再エネ 100%を掲げています。LCTPi(低炭素技術パートナー
シップ・イニシアチブ)は WBCSD(持続可能な発展のための世界経済人会議)の下で参加企業
が削減手段普及の目標を掲げるネットワークです。気候変動対策を自らのビジネスにプラスにし
ようとする動きが見られ、リスクとチャンスの受け止め方は変わりつつある時期なのかと思いま
す。
リスクに関して、これまでは削減への取り組みにより、規制によりコストが上がる、競争力が
低下するといった見方がありましたが、技術革新や市場拡大を狙うという方向に変わってきまし
た。ESG(環境・社会・ガバナンス)投資に見られるように、対策を講じない企業への投資や需要
が離れることもリスクとして受け止められつつあります。
企業が果たす役割は主に「削減主体」と「削減手段の提供者」の 2 つです。世界の平均気温上
昇を 2 度未満にするという目標に必要な削減量に対して、グローバルの大手企業の削減目標を合
計すると 25%、LCTPi の参加企業が削減技術の開発、向上、普及目標を達成すると 65%を占め、
大きなインパクトがあります。企業の貢献状況によって国別目標の見直しにも影響してきます。
脱炭素の実現に向けて、脱炭素のエネルギー源が使いやすくなる方向と、自社だけでなくバリ
ューチェーン全体で各段階での排出を減らしていくライフサイクルでの脱炭素という 2 つの方向
性があります。短期的には、目標設定、社内体制、バリューチェーン全体のマネジメントなど実
務的な課題が、そして長期的にはカーボンプライシングなどのビジネス環境の変化への対応や経
営方針など、その企業の長期戦略にも関わる課題があります。こうした課題を、この後のパネル
ディスカッションでカバーしたいと思います。
『COP22 とカーボンプライシング 』
三井物産戦略研究所 国際情報部 メガトレンド調査センター シニア研究フェロー
本郷 尚 氏
本日は、COP22 とアメリカ新政権のインパクト、カーボンプライシング、金融の動向、リスク
マネジメントとビジネスオポチュニティという 4 点について、私の理解をご説明させていただこ
うと思います。
歴史的転換点であった COP21 は長期目標を作ったのに対し、COP22 はそれをどう実施してい
くかを考えた会議です。2018 年の COP までに実施細則をつくるタイムラインが決まったことが
大きな成果です。
COP の会場で人々の関心が最も高かったのは、アメリカの今後の行方です。アメリカの政策と
して、ホワイトハウスのホームページに「An America First Energy Plan(アメリカ第一のエネ
ルギープラン)」が公表されています。気候変動という言葉が消えた、などとショッキングに伝え
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られていますが、気候変動政策はエネルギー政策と表裏の関係にあるので、おおよその方向性は
つかめます。今後予想されるのは、シェール開発が推進され、それに伴って安いガスが大量に出
てくること、価格競争力で負ける石炭はシェアを落としていくものの、今後も一定比率は残って
いくことです。
アメリカの国際交渉におけるキーパーソンは国務長官です。トランプ政権のレックス・ティラ
ーソン国務長官はエクソンモービル出身で、石油寄りとされています。しかし、エクソンモービ
ル社で炭素価格を導入したり、「気候変動は事実だ」と述べるなどをみると、CO2 問題に対して消
極的とは限らないので、決めつけて見るのはリスクが高いでしょう。
もう 1 つ注目すべきは、EPA(米環境保護庁)が気候変動問題担当から外れたことです。エネ
ルギー省、国務省中心で進めることになりますが、その際に注目すべきは、長期のエネルギー政
策の中で CO2 が減っていく可能性が非常に高いと思われることです。他国に比べて排出量のウエ
イトが高く主要排出源の一つとなっている自動車輸送部門も、カリフォルニアを中心に電気自動
車化を産業政策として進めています。さらに、トランプ大統領は実利的な方なので、国益になる
ならいいと考える可能性が高いと思われます。CO2 対策をせずに CO2 が減っていく状況を、ア
メリカが今後どのように交渉に使っていくのかは非常に注目されます。パリ協定から離脱しても
得はないので、交渉のテーブルに残ると見ている人が多いと、私は理解しています。
次のテーマ、カーボンプライスについて。日本では、規制手法や政策手法としてのカーボンプ
ライスと、企業にとってのカーボンコストがごちゃまぜに議論されていることが多いと感じます。
政策としてのカーボンプライスは、排出量取引もしくは炭素税の 2 つがありますが、どの形であ
れ企業には同じく対策コストがかかります。コストの発生を前提とすれば、規制、排出量取引、
炭素税のどれがいいかという選択肢の問題となってきます。なお、かかったコストは最終的にだ
れが負担するのかの議論がされていませんが、排出量取引では価格転嫁できるかどうかがポイン
トになります。
3 つ目の金融において注目したいのが、緑の気候基金(GCF)です。これは、COP21 の前に各
国が資金を持ち寄ったもので 1000 億ドルをどう使っていくかが議論されています。アメリカは
30 億ドルのコミットをしましたが、拠出はまだ 10 億ドルのみ。トランプ政権ではおそらく国連
関係の拠出を取りやめるので、今後は出さない可能性があります。日本は既に 15 億ドルを拠出
し、支出額で実質的にトップシェアになります。このため責任重大であり、これをいかに使って
いくかを一生懸命に考えていかなくてはなりません。GCF のトップは来日時のセミナーで、個別
事業へのファイナンスだけでは限界があるので、省エネ投資を魅力的にするための制度や市場環
境の整備にも取り組んでいくと述べていました。
Divestment(投資撤退)やグリーンボンドも大きな流れとなっており、企業にとって非常に大
きなプレッシャーとなります。しかし投資家の立場では、投資の選択肢を狭め、収益率が下がる
可能性がある Divestment は本意ではありません。また現時点では、グリーンボンドを出したか
らといって、調達コストや投資収益は変わりません。規制が発効されるタイミングが見えないの
で、リスクが顕在化するのはボンド償還後かもしれないのです。こうしたファクトをきちんと把
握すべきだと思います。いずれにせよ、過大評価も過小評価もすべきではなく、また、これらを
社会変革に、あるいは企業のビジネス化にいかにうまく利用するかを考えていくべきでしょう。
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最後、オポチュニティについて。私は去年 6 月に日経産業新聞で「約束された市場」という言
葉を使いましたが、それは将来、低炭素化という方向に動くことは間違いないからです。そうな
ると、まずエネルギー消費を減らす動きが出てきます。IEA(国際エネルギー機関)の分析では、
対象分野は 5 割がビルディング、3 割が交通、2 割が産業となっており、こうした分野が将来伸
びてきます。次に、再生可能エネルギーも増えてきますが、そこでの大きなポイントは、不安定
な電源が入って来ることです。不安定な電源と安定した電源とでは電力としてのバリューが違う
ので、そこにビジネスチャンスがあるはずです。
『LIXIL の環境ビジョンと環境活動』
株式会社 LIXIL EHS 推進部 部長 川上 敏弘 氏
LIXIL グループは住宅やビルの建材や水回り商品を製造販売しています。売上の7割が日本、
3割が海外で、売上高は約 1 兆 9000 億円、社員数は約6万人です。
本日のテーマである気候変動について、弊社ではリスクだけでなく大きな機会となるという捉
え方をしています。例えば、砂漠など日照条件のよい広い土地では、従来型の大きな発電所、送
電線、変電所をつくるよりも、街の周辺に太陽熱パネルなど自然エネルギーを活用する設備を設
置したほうが低コストでインフラ整備に時間もかかりません。脱炭素という視点に加えて純粋な
ビジネスで選ばれる市場が芽生えてきているのです。
日本は COP21 に際して 26%削減という目標を掲げました。この 26%削減目標を産業、輸送、
家庭、業務などの部門に分解していくと、私たちの事業に関わりが深い家庭部門と業務部門は約
40%削減することが前提となっています。住宅やビルの部材を供給している LIXIL グループは、
建物から排出される CO2 の削減に貢献したいと思っています。
LIXIL グループの事業活動に由来する CO2 排出量を、「原材料調達~製造~輸送~顧客先での
製品使用~廃棄」までのライフサイクルで分析したところ、特に製品使用の場面での排出が多い
ことが分かりました。なぜなら、私たちの製品は設置されてから寿命を終えるまでの期間が、例
えば水回り商品では 10~15 年と長く、この長期間の排出量が積算されるからです。したがって、
私たちの製品の環境性能を上げ、環境に貢献する商品の販売比率を高めることが、私たちの事業
活動に由来する CO2 削減に最も効果的なのです。
このことを鑑みて、一昨年、LIXIL グループは 2030 年環境ビジョンを策定しました。私たち
のテクノロジーで製品による環境貢献を高め、事業活動全体から生じる排出量を減らして、2030
年にこの両方をバランスさせようというビジョンです。
私たちの商品において、トイレの洗浄水量の削減や、窓や外壁の断熱性能の向上など環境貢献
を高める余地が多くあります。例えば、窓のフラッグシップ商品「レガリス」は世界初の五層構
造で壁並みの断熱性能を持たせることで、冷暖房由来の CO2 を大幅に削減することができます。
さらに普及価格帯においても高断熱の商品を積極的に展開していきます。
この 2030 年ビジョンにグループ全体で取り組むため社内体制の整備にも取り組んできました。
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各事業部門に推進責任者を配置し事業所や連結子会社を含めてマネジメントする体制にしました。
また、グループ全体の環境パフォーマンスを正確に把握するためにパフォーマンス・データの定
義を統一し第三者保証も受審しました。そして、2030 年ビジョンをバックキャストさせた 2020
年中期目標を設定し、事業ごとの具体的な施策に展開して推進しています。国連グローバル・コ
ンパクト、国際標準(ISO)、SRI(社会的責任投資)インデックスに沿った新たなグループ全体
の環境方針も策定しました。
この環境ビジョン達成は容易ではありませんが、地球環境の持続性と LIXIL グループのビジネ
スの成長機会の両方を高めるため取り組んでいきます。
『2050 年を見据えたリコーグループの環境経営』
株式会社リコー サステナビリティ推進本部 社会環境室 室長 阿部 哲嗣 氏
リコーは複合機、プリンターなど情報機器を扱っている会社で、8 割くらいはオフィス分野の
事業を営んでいます。グローバルにも展開し、アフリカ以外はだいたい直販体制でサービス機能
を持っています。サステナビリティ推進本部はグループ全体の環境あるいは CSR の政策立案と推
進を担当している部署で、50 名程度で業務を進めています。
2 年前の COP21 では、環境経営に長く取り組んできた企業姿勢が評価され、フランス政府の打
診により公式スポンサーとなり、会場で使われたオフィス機器は弊社が提供しました。昨年は、
回収リサイクルだけでなく、製品のリユースを事業として成立させているところが評価され、内
閣総理大臣賞を受賞しました。
企業理念リコーウェイに「持続可能な社会づくりに貢献する」とあるように、事業を通した社
会課題解決と事業成長を結びつけたいと思っております。環境問題は継続的に取り組まないと効
果は出ませんが、企業としては持ち出す一方では活動を継続できません。利益創出と環境保全を
同時に実現できる活動にしようという考えで取り組んで参りました。
2020 年に CO2 は 30%削減、50 年は 87.5%削減という目標を置き、中期経営計画ごとに環
境行動計画を策定。省エネ温暖化防止、省資源・リサイクル、汚染予防、生物多様性保全という 4
つの柱と、それを支える基盤という 5 つに分けてアクションプランを設定し、調達機能、設計機
能など各組織に落とし込んで活動を推進しています。
2020 年の目標達成に向けて特に注力してきたのが、お客様のところで使う製品の性能向上で
す。小型軽量化、再生した製品・部品の利用、回収プラスチックの再製品化、電炉鉄使用、バイ
オ・プラスティックの使用という 5 つの施策で投入資源を減らす活動を行っています。たとえば、
カラー複合機の消費電力を 3 分の 1 にしたり、複写機の重量を 298kg から 102kg に減らし、
37%の省スペース化を実現。顧客満足度向上にもつながっています。
今後、力を入れたいのが、再生可能エネルギーの利活用です。アメリカ生産拠点や販売会社で
は、太陽光発電システムを設置し電力を賄うように努めています。日本では、2002 年から継続し
てグリーン電力証書を購入しているほか、室内光からでも発電する太陽電池など、再エネ関連の
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技術にも注力しています。
昨年は、静岡県御殿場市に環境事業開発センターを開設し、新規事業の開発機能を集約。バイ
オマスボイラーを設置し、御殿場市と連携して、使い道のなかった間伐材を燃料にする協定を締
結しました。最終的には、オフィス・バイオマスの供給とボイラーの設置・メンテナンスをパッ
ケージにして自治体や企業に販売できるよう実証実験を進めています。
太陽光発電設備のオペレーションやメンテナンス・サービスなど、従来の複写機のビジネスを
飛び出し、環境を切り口としたビジネスを広げるために「お客様とともに進化する環境経営」と
いうキャッチフレーズを掲げて、今後もチャレンジをしていきます。
■パネルディスカッション
【パネリスト】
・株式会社リコー サステナビリティ推進本部社会環境室室長 阿部哲嗣 氏
・株式会社 LIXIL EHS 推進部部長 川上敏弘 氏
・三井物産戦略研究所 国際情報部
メガトレンド調査センター シニア研究フェロー 本郷 尚 氏
【モデレーター】
・富士通総研 経済研究所 上級研究員 加藤 望
Q 削減目標を決めて取り組む中でもたらされるメリットは
阿部:商品の性能向上、コスト低減、サイズダウンによる顧客満足向上などの狙いを持つことが
大切です。取り組みの成果として、全体の排出量を下げるためにムラのない商品性能のラインナ
ップを準備できていること、商談でサプライヤーの選定の際に環境やサステナビリティの観点で
ネガティブな評価にならないことなどが挙げられます。
川上:環境ビジョンを策定する過程で経営層としっかりコミュニケーションできたことや、外部
評価が高まり企業価値の向上に貢献できたことが収穫でした。ビジョンや中期目標の達成に向け
てグループ全体のパフォーマンスを把握したため事業活動の実態を掴むこともできました。
Q 海外のグローバル企業はどのように取り組んでいますか
本郷:グローバル企業はリスクマネジメントの観点から内部価格の形で排出量規制の影響を取り
込んでいるところが少なくありません。グローバル展開では規制発効のタイミングも関係するの
で、各国事情という水平軸と時間軸の両方で戦略や個別事業のフィジビリティを考える必要があ
ります。
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Q ライフサイクルの観点で自社管理外の排出量削減にどのように取組んでいますか
阿部:新素材や新技術の開発など、互いにメリットがあればいいのですが、強制はできません。
長く付き合いたい重要サプライヤーには省エネを支援する形で働きかけるなど、ひと手間かけて
巻き込まないといけません。現状は、当社がどのような支援をすれば環境関連テーマで協業でき
るかを関係部門と一緒に考え、トライしているところです。
Q 再生可能エネルギーの利用において難しさを感じるところは
川上:自社でメガソーラーを運営していますが、この電力を自社で活用することは残念ながら選
択肢にならないことが実情です。日本の産業界ではコスト競争力の点で再エネ普及にはもう少し
時間がかかると感じます。一方、別の視点ですが、家庭で使用される電力の再エネ比率は ZEH(
ネット・ゼロ・エネルギー・ハウス)の普及により大きく高めることが可能だと思います。
Q クレジット利用について選択肢と今後の展望についてご意見をお聞かせください
本郷:グローバル展開の際には、その国の規制やエネルギー資源の賦存状況などを勘案して、エ
ネルギーミックスを考えていく必要があります。排出量取引という形でコストが移動可能になれ
ば、グローバル・ベースで利益最大化やコスト最小化を図れるので、経営のフレキシビリティは
高まります。今後はそうしたやり方が便利だと感じる人も増えてくると思います。
Q 企業としてカーボンプライシングにどのように備えていけばいいのでしょうか
阿部:カーボンプライシングはスタディの最中で、戦略の中でどう位置付けるかはまだつかみあ
ぐねています。より低炭素や脱炭素に貢献するモノやサービスがチョイスされるような全体の仕
組みやインセンティブになることが大切だと思っています。
川上:昨年 11 月、環境大臣がカーボンプライシングの有識者との検討会を開始することを表明
し、この議論の行方に注目しています。国の制度としてカーボンプライシングが導入された際の
自社への影響や、自社のどこで CO2 すなわちコストが発生することになるのか分析し備えておく
ことが大切だと思います。
本郷:企業は規制に対して受け身にならざるを得ないので、時間軸、水平軸でシナリオを考え、
どのインパクトがどの部門に、どの程度かかってくるかを検討し、一種のストレステストを行う
とよいでしょう。また、企業あるいは業界団体として、炭素価格が転嫁しやすい状況、つまり、
競争相手にも同条件になるよう、規制当局に競争環境整備を働きかけることも大事です。
環境は経済システムの一部であり、削減に対して補助を出せば、もう片方で排出に対してコス
ト負担させるという再分配の構図になるはずです。長期的にはそういう方向に制度が動くことを
予期して、戦略を考えていく必要があると思います。
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<フロアからの質問>
住宅メーカーはビジネス拡大につながるので、カーボンプライシングの導入を積
極的に働きかける戦略がとれるし、そうすべきではないでしょうか。
川上:社内でカーボンプライシングの議論は熟していませんが、低炭素型、脱炭素型の商品
の競争力が高まることは間違いないと思います。私たちの新しい環境ビジョンでも環境貢献
型の商品開発や拡販をテーマとしていますので、国の制度として導入されたとしても機会の
一つとなるよう取り組んでいきます。
COP22 後に発表された世界経済フォーラムによる「The Global Risks Report
2017」によると、「気候変動の緩和と適応の失敗」のリスクが前年の同レポート
よりも下がっています。パリ協定の成果としてリスクが軽減したと考えていいの
でしょうか。
本郷:リスクが減ったというよりも、その時々のホットなテーマとして取り上げられ方が違
うだけだと思います。パリ協定後の顕著な動きとして、途上国や湾岸産油国などが排出量取
引について真剣に検討していることが感じられます。
日本では原発に対する感情論もあって、再生可能エネルギーの活用をめぐる議論
がうまくかみ合いません。海外と比べて、日本のエネルギー活用のあり方はどう
なのでしょうか。
本郷:IEA などが言っていることですが、自然エネルギーの分布は一様ではなく、国によっ
てエネルギーの賦存量も異なるため、世界共通の 1 つの解はありません。どこかの国を真似
るのではなく、日本に適したやり方を考えないといけません。ただし、その時にエネルギー
価値と環境価値に分けて考えるべきでしょう。今の FIT(固定価格買い取り制度)は一番不
安定な電気に一番高い値段がついており、経済原理に反しています。不安定な電気でも構わ
ない人は安く不安定な電気を買える、また環境価値や安定性のある電力は高く売れる仕組み
を作ることは可能ですし、それを検討するうえで、電力市場改革は良いタイミングだと思い
ます。
インターナル・カーボンプライシングについて、各国の規制や発効タイミングの
予測、適正価格などについて、どのような観点で見ていけばいいのでしょうか。
本郷:各国の規制は国際的な枠組みの影響を受けます。各国政府の現状の政策だけでなく、
政策担当者の意思に影響を与える国際枠組みの議論の展開、さらには IPCC(国連気候変動に
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関する政府間パネル)の報告など、気候変動の科学の分析などを 1 つ 1 つ見ながら、長期的
に政策がどう変わるかを判断しなくてはなりません。
適性価格については、排出量取引は短期の価格なので、その水準だけで長期の投資のため
の価格を考えるべきではありません。なお、国際会議で長期について議論をするとき、IEA の
「World Energy Outlook」の価格シナリオを参考することが多いと思います。
パリ協定発効後、現場の肌感覚としてどのような変化がありましたか。
阿部:社内でパリ協定での決定事項がお客様にどのような影響が与えるかを気にする人が圧
倒的に増え、社内で勉強会も行われています。新興国市場を開拓する際に、環境規制や環境
目標について改めて議論する機会なども増えています。
川上:脱炭素に向かう潮流が明確になり環境部門に対する注目度が上がってきたことを実感
しています。私たちの社内では、経営層や各事業の環境担当責任者などに社内外の環境関連
情報を月次で送付し情報共有する仕掛けをしています。こういった取り組みを通じてさらに
認知度を高めて推進していきたいと思っています。
■閉会挨拶 富士通総研 経済研究所 研究主幹 浜屋 敏
本日のように多様で、時には両極端の解釈のあるテーマに対して様々な立場の方にご登壇いた
だき対話をするのが私たちのワークショップの主な趣旨です。私たち研究員の主な仕事は、各国
の規制の行方を客観的に分析・予測、レポートにまとめ、あるべき仕組みや制度を提言すること
ですが、それを実際に使っていただくためには、実践されている方々と対話し、共感を持って一
緒に考えていくことが大切です。今後もこのような場を持ち、より良い研究に努めたいと思って
おります。これからも、ぜひお集まりいただければと思います。