フェンス...フェンスには、仕切網、被覆ネット、および籠付き藻礁がある。これらの設置状況と...

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E3.フェンス 植食動物から海藻を防御するフェンスにはウニ用と魚用がある。 【解説】 1)ウニ用 ウニフェンスは、ウニの侵入を防御し、藻場を保護したり回復させたりするのに用いる。 設置後は必ず定期的に点検し、ウニの侵入の有無、フェンスの状態や生物の付着状況を確 認し、必要に応じてメンテナンス(網目の補修、浮きの交換、付着生物の掻き落としなど) を行う。ウニフェンスには、刺網(テグス網)を筒状に巻いた「棒網タイプ」と、一枚網 (ポリエチレン製など)を立たせた「立網タイプ」がある(図 E3-1)。前者は波浪に比較 的強いが、製作に手間がかかり、磯魚やイセエビなどがゴーストフィッシングされやすい。 後者は製作が容易であるが、波浪に弱い。どちらも、浅所では移動・破損しやすい。 棒網タイプ 立網タイプ 図 E3-1 ウニフェンス ウニフェンスを設置すること により、対策域と非対策域が明 確に区別できる(図 E3-2)。こ のため、漁業者が藻場の回復状 況を確認しやすく、その後の対 策のモチベーションが高まる。 また、ウニの侵入状況も把握 できるため、ウニの密度管理が やりやすくなる。 図 E3-2 内外で除去効果が明瞭に示されたウニフェンス - 103 -

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E3.フェンス

植食動物から海藻を防御するフェンスにはウニ用と魚用がある。

【解説】

1)ウニ用

ウニフェンスは、ウニの侵入を防御し、藻場を保護したり回復させたりするのに用いる。

設置後は必ず定期的に点検し、ウニの侵入の有無、フェンスの状態や生物の付着状況を確

認し、必要に応じてメンテナンス(網目の補修、浮きの交換、付着生物の掻き落としなど)

を行う。ウニフェンスには、刺網(テグス網)を筒状に巻いた「棒網タイプ」と、一枚網

(ポリエチレン製など)を立たせた「立網タイプ」がある(図 E3-1)。前者は波浪に比較

的強いが、製作に手間がかかり、磯魚やイセエビなどがゴーストフィッシングされやすい。

後者は製作が容易であるが、波浪に弱い。どちらも、浅所では移動・破損しやすい。

棒網タイプ 立網タイプ

図 E3-1 ウニフェンス

ウニフェンスを設置すること

により、対策域と非対策域が明

確に区別できる(図 E3-2)。こ

のため、漁業者が藻場の回復状

況を確認しやすく、その後の対

策のモチベーションが高まる。

また、ウニの侵入状況も把握

できるため、ウニの密度管理が

やりやすくなる。

図 E3-2 内外で除去効果が明瞭に示されたウニフェンス

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(1)設置方法

ウニフェンスは「瀬切り方式」で設置する。この方式は、海岸線と直角に 2 本のフェ

ンスを設置し、内側のウニを除去して藻場を回復させた後、同じフェンスを移設、もし

くは外側に新たに設置して、順次、保護域を拡大させていく方式である(図 E3-3)。ウ

ニの移動や侵入が少ない岸側(浅場)と沖側(砂地)にはフェンスを設置しなくてよい。

海底勾配が緩い場所ではフェンスが長大となり、また、波浪が強い場所はフェンスが破

損するので、適していない。

フェンス内のウニ除去 フェンス内にタネまき 藻場再生後、フェンスを移設

図 E3-3 ウニフェンスの設置方法

(2)留意点

ウニフェンスは、侵入を完全に阻止できないが、上手く設置すれば大幅に抑制できる。

ただし、珪藻や海藻が付着すると、ウニはフェンスを乗り越えやすくなる。ガンガゼな

どと比べて、キタムラサキウニやシラヒゲウニはフェンスを乗り越えやすい。ウニの侵

入が増加した場合は、再除去が必要である。

フェンスのチェーンと海底との間に隙間があるとウニが侵入するので、礫などで隙間

をふさぐ。ただし、礫と網地が擦れて穴が開くこともあるので注意する。

2)魚用

フェンスによる物理的な隔離は、植食性魚類から藻場を守るための最も確実な方法であ

る。海底の一部を網やカゴで囲って植食性魚類の侵入を防ぎ、藻場を保護したり回復させ

たりすることができる。しかし、ウニの場合と異なり、天井網または海底~水面の網が必

要となるため、費用が嵩み、広範囲の藻場を守るのは難しい。また、設置後に付着物除去

等や破損時の補修などのメンテナンスを行わないと魚が侵入する(図 E3-4)。

フェンスには、仕切網、被覆ネット、および籠付き藻礁がある。これらの設置状況と

特徴を表 E3-1 に示す。いずれも網を使用するが、網の目合(5 ㎝位が多い)は、対象と

する植食性魚類の種類と大きさを考慮して決定する。網への付着物防止には、テフロン樹

脂の塗布も有効である。

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図 E3-4 魚対策用フェンスの失敗例(左:破損,右:海面との間の隙間)

表 E3-1 魚対策のフェンス

種類 設置状況 特 徴

小湾など広範囲(100~1,000㎡)を防げる。

波浪が比較的弱い場所で有効。

網地を海底から海面まで伸ばすか、天井網

をつける(蚊帳式)。

付着生物が付くと沈むので除去が必要。

海底との擦れで穴ができやすい。

メンテナンス費が高い。

継続的な成功例は少ない。

100㎡前後の範囲の海底を防げる。

海藻は網と海底の隙間に生育する。

網目から伸長した主枝等は採食される。

海底に強固に固定しないと流失する。

廃棄漁網等の再利用が可能。

比較的安価。

小規模な範囲(数㎡)を確実に防げる。

核藻場として利用されることが多い。

網は、化学繊維製、鋼製、または人工樹脂

製。

網が目詰まりすると、内部の光環境が悪化。

設置費用が高い。

メンテナンス費が高い。

施工例が多い。

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【技術ノート E3-1】ウニフェンス(立網タイプ)の作り方

ウニフェンス(図 1)の作り方は、網地の上

端に浮きロープを、下端にチェーンを結ぶため

の筋ロープを通し、結束バンドにより 25 ㎝間

隔で結ぶ。次に、筋ロープとチェーンを結束バ

ンドにより 10㎝間隔で結ぶ。ウニフェンス(仕

上がり 100m)の材料は下表に示すとおり。材

料費は 1,500円/m程度である。

ウニフェンスは、岸側から沖側に向かっ

て船を動かしながら投入する。チェーンは

5m毎に 50 ㎝程度の「遊び」(図 2)をと

っておくと設置時の展張が容易になる。投

入後、潜水してウニフェンスと海底面の隙

間を石で詰める。また、網地が礫と接触し

ないように注意する。

図 1 ウニフェンスの諸元

図 2 チェーンの遊び

名 称 仕 様・数 量

浮きロープ 長さ 100m、浮力 50g/m(ワンラインフロートなど)

筋ロープ φ8㎜、長さ 100m+2m、ポリエチレン系ロープ

網地 長さ 150m(縮結率 0.7※で仕上がり約 100m)、ポリエチレン等

チェーン 長さ 100m、8㎜のドブメッキ

結束バンド 長さ 20 ㎝、耐候性

浮きロープと網地(25 ㎝間隔)×400本

筋ロープと網地(25㎝間隔)×400本

筋ロープとチェーン(10㎝間隔)×1,000 本

土のう 40 ㎏×3 個(両端と中央)

※縮結率(いせ):網地の目の縦方向の長さの詰み具合の比率(目が開くほど縦方向は短くなる)

全漁連(2011):環境・生態系保全活動ハンドブック.

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【コラム E3-1】ウニフェンスの事例

北海道小樽市忍路湾の水深 0.5~2.5mの海底において、ウニの侵入を防止するため、11 月に

刺網を丸めて棒状にしたフェンスを設置し、フェンス内のウニを除去した。3月には、フェンス

内にホソメコンブやケウルシグサが優占したのに対し、フェンス外ではわずかにアオサやケウル

シグサが見られる程度であった(図 1)。

5 月に、海藻が生えたフェンス内に痩せたキタムラサキウニを 3,000 個体放流したところ、3

ヶ月間でウニの身入りを改善し、出荷することができた。

しかし、静穏域では、フェンス上に無節サンゴモが着生し(図 2)、ウニがよじ登った。また、

外海域に面した波浪が強い場所では、フェンスの破損を確認した(図 3)。

フェンス内で回復した藻場を利用して、ウニを肥育することができた事例である。

図 1 実験場所の経過状況

図 2 サンゴモが付着したフェンス 図 3 波浪で破損したフェンス

川井ら(2002):磯焼け地帯におけるウニ侵入防止フェンスによるホソメコンブ群落の造成とキタ

ムラサキウニ生殖巣の発達,水産工学,39,15-20.

1997.11.25 フェンス内外磯焼け

1998.3.25 フェンス内はコンブ

フェンス内 フェンス外

フェンス

1997.11.25 フェンス内外磯焼け

1998.3.25 フェンス内はコンブ

フェンス内 フェンス外

フェンス

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E4.海藻のタネの供給

海藻のタネ(胞子、遊走子、幼胚)の供給方法には「母藻利用」と「種苗利用」がある。

【解説】

海藻のタネの供給の目的は、タネ不足が懸念される磯焼け域の海底で藻場再生のチャン

スを増大させることである。タネの供給方法として、移植用の海藻が大量に入手できる場

合は「母藻利用」、少量しか入手できない場合は「種苗利用」を選ぶ。それぞれ色々な方

法があり、海藻の種類や現地の状況に応じて選択する。いずれの場合も、移植した母藻や

種苗が残ればそれ自体が藻場となるが、本来の目的は再生産できる藻場の復活にある。

両者には、再生産できる藻場(成熟藻体)の成立までに要する時間に違いがある。「母

藻利用」では、移植した母藻からタネが直ちに拡散し、1~2 年以内に周辺海底に成熟藻体

が出現するのに対し、「種苗利用」では、移植した種苗が生長し成熟してからタネが拡散

するので、生長・成熟に要する分が余計にかかり、成熟藻体の出現は 2~3年後になる。

「母藻利用」に使う母藻は、十分に成熟し、タネを出すまでの時間が短い藻体が望まし

い。また、「種苗利用」では、陸上での採苗作業が必要となる。入手できる母藻の量が限

られている場合の方法であり、初年度から広範囲に藻場を再生するのは無理である。タネ

は集中的に供給し、食害に強い濃密な核藻場をつくり、核藻場から藻場を順次拡大させる。

1)母藻利用

(1)方法

「母藻利用」は、海底、中層または表層で行う(図 E4-1)。用いる海藻の種類と実施

場所に応じて方法を選択する(図 E4-2)。母藻からのタネの拡散範囲は、方法や海況に

より異なるが、アラメ・カジメ類で 10m程度、ホンダワラ類で数mである。

図 E4-1 海底,中層および表層で行う母藻利用の方法

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図 E4-2 主な母藻利用の方法

流れ藻キャッチャー

スポアバッグ

(袋詰め型)

海底タネ付け網

中 層 網

小型ネット

スポアバッグ

(開放型)

樹脂ネット 瞬間接着剤

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流れ藻キャッチャー

ホンダワラ類の流れ藻を待ち受ける網(古刺網など、長さ 20m位)に浮きを付け、

両端をアンカーで係留する。流れ藻の流路に設置する。母藻の入手が困難な場合に

用いる。幼胚の拡散範囲は、本体(網)の直下である。

中層網

海苔網等にホンダワラ類の成体を差し込み、海底から 1~2mの高さにブイで浮か

す。移植した成体は生長・成熟するので、未成熟でも使用できる。大量の母藻が必

要である。幼胚の拡散範囲は広く、約 2haに達することもある。

スポアバッグ(袋詰め型)

成熟した成体を網袋等に入れ、錘を付けて沈設する。簡便であるが、網袋の中の

移植した成体は長持ちせず、目合が細かいとタネが網袋に付着してしまう。実施時

期が成熟期に限定される。タネの拡散範囲はホンダワラ類で半径 2m、コンブ類・カ

ジメ類で半径 10m程度である。

スポアバッグ(開放型)

ホンダワラ類の成体を不織布や網袋に差し込み、袋部に石を入れて、沈設する。

移植した成体は生長し続けるので、未成熟藻体も使える。オープンスポアバッグと

も呼ばれ、安価で簡便なため、各地の小学生参加の磯焼け対策などに使われている。

タネの拡散範囲は袋詰め型と同じである。

海底タネ付け網

数m四方の網(目合数㎝)を藻場内に設置し、小型海藻を天然採苗する。約 1 年

後、磯焼け域に移設し、ボルトや土嚢で海底に設置する。この網は被覆網としても

機能する。

小型ネット

園芸用の網(大きさ数m×数m、目合 10㎝程度)に母藻を結束バンドで縛り、海

底に土嚢で固定する。濃密な核藻場をつくることができる。安価で、比較的確実な

方法である。タネの拡散範囲は、ホンダワラ類で 20~30㎡(網縁から 1m程度外側)、

コンブ・カジメ類で 100㎡程度である。

その他の方法

アラメ・カジメ類では、仮根を瞬間接着材でスレートやコンクリートブロックに

接着し、これを移植する方法がある(平田ら、1997)。このほか、海底に樹脂ネッ

トやU字ボルトを水中ボンドで固定し、これらに母藻を取り付ける方法(中嶋、2015)、

母藻を着生する礫ごと移植する方法、母藻に錘を付けて投入する方法などがある。

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(2)母藻の選び方

「母藻利用」でも「種苗利用」でも、成熟状況を正確に判断することが重要である。

実施時期の目安として、代表的な大型海藻の成熟時期を表 E4-1に示す。同じ種類であっ

ても、海域により成熟時期は大きく異なる場合があるので、よくわからない時は地元の

水産試験場や専門家から情報を入手する。

① コンブ類・アラメ・カジメ類

タネは子嚢斑でつくられる。子嚢斑が形成された部分の葉は、厚みを増し、色が濃く

なっている。色が濃く大きな子嚢斑がある葉を選ぶ。遊走子が放出されて色が薄くなっ

た子嚢斑のある葉は使わない(図 E4-3)。

子嚢斑なし 子嚢斑あり 放出後の子嚢斑

図 E4-3 子嚢斑の形成状況

② ホンダワラ類

タネは生殖器床でつくられる。幼胚を出した部分は、光にかざすと「透かし」(技術ノ

ート E4-1 参照)となる。「透かし」が少ない生殖器床をもつ母藻を選ぶ(図 E4-4)。

図 E4-4 アカモクの生殖器床(左:幼胚放出前・右:幼胚放出後)

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表 E4-1 代表的な大型海藻の成熟時期

必要な母藻の量は、海藻の

種類、海底状況、ウニ密度な

どにより異なる。鹿児島県で

行われたヤツマタモクの藻

場造成試験では、母藻 1㎏に

より成体 50 個体/㎡の藻場

100 ㎡が造成された(新村,

1983)。

2)種苗利用

(1)種苗利用の方法

海藻の種類や経費等に応じて、種苗利用の方法を選択する(表 E4-2)。種苗は、天然

から採苗するか、水産試験場より入手、または市販品(注文生産)を購入する。

表 E4-2 種苗利用の主な方法

方法 特 徴

・基質は紐状か網状のナイロン、ポリエチレン等。

タネ付け、育成、沖出し等に専用施設が必要で、光熱水

費が必要。

・中間育成に経験が必要。

・岩盤や礫への直接取り付けは困難で、ブロックに巻き

付け、専用の取付け用具に固定。

・基質は板状のコンクリート、モルタル、スレート等。

・ボルト+ナット締めや水中ボンドで海底等に接着。

・成熟期に藻場内に板を放置する天然採苗も可能。

・タネ付けした割り箸を針金とモルタルで礫に固定。

・基質は軽量ブロックや自然石等。

・タネ付け数量に限度がある。

・海底に沈設(設置水深と場所の検討が必要)。

・波浪で移動・反転。砂地との境界付近は比較的安定。

・簡便で、安価。

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(2)採苗

タネ付け(種苗生産)は専門家の仕事と思われていたが、海藻養殖業者は以前から実

施しており、最近は一般の漁業者も独自で行うようになっている。採苗方法には人工採

苗と天然採苗がある。人工採苗は、タネの種類(遊走子か幼胚か)により、採苗時間、

固着時間、沖出し時期および水槽の流動が異なっている(表 E4-3)。

表 E4-3 人工採苗の方法

海藻の種類 コンブ類・アラメ・カジメ類 ホンダワラ類

タネの種類 遊走子 幼胚

タネの形成部位 子嚢斑(葉の表面) 生殖器床(特別な葉)

タネのサイズ 顕微鏡的サイズ(0.01㎜) 肉眼サイズ(0.1~0.3㎜)

人為放出 容易(陰干し) 困難

採苗時間 数時間 ≦数日間

固着時間 1日 数日間

沖出し時期 翌日以降 数日後以降

水槽の流動 止水も可 流水、一時的に止水

①人工採苗

遊走子の場合(図 E4-5)

子嚢斑が形成されている葉片を数時間、日陰に放置(陰干し)した後、海水を入れ

た容器に漬けると遊走子が雲のように放出される。この溶液を糸やブロックなどの基

質を入れた容器に注ぐと、1日以内に遊走子が着生する。種苗を長期間育成する場合

には、遊走子液は、珪藻など雑藻が混じらないように表層からすくい、底層から取ら

ないようにする。短期間で海に出す場合には、遊走子液へのドブ漬けでもよい。遊走

子の遊泳や着生は顕微鏡で確認し、遊走子が付いた基質は乾燥させないようにする。

幼胚の場合(図 E4-6)

ホンダワラ類の卵は、簡単には人為的に放出できず、自然産卵による。卵の放出間

隔は種によって数日ないし十数日の幅がある。卵は、生殖器床内で一定の大きさまで

生長すると一斉に放出される。自然産卵は、自然光下の流水水槽で藻体を維持するこ

とが必要で、水槽内にオスを入れておけば、卵放出と同調して精子も放出される。幼

胚は 1~2日間、生殖器床上に留まり、卵割が十分に進み、仮根が形成されると海底に

落下する。幼胚が着底後に仮根を伸長して岩盤や礫に固着するまで数日間を要する。

固着後は、強い水流を当てても容易には剥離せず、輸送が可能である。幼胚の場合、

収容~卵放出までの日数に、生殖器床に留まる日数や基質に固着するまでの日数が加

わり、作業開始から海域に設置するまで、最長 20日以上を要する場合もある。

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①子嚢斑の選別 ②陰干し ③遊走子の確認(1)

色の濃い部分が子嚢斑。

白くなっている場合は遊走

子放出の後なので使わない。

日陰で 1~3時間干す。

乾燥し過ぎに注意する。

30分毎に海水に漬ける。遊走

子が泳ぎ出すと葉の表面に

茶色い雲が浮かぶ。

④遊走子の確認(2) ⑤遊走子液づくり ⑥注 入

茶色い海水をスポイトで吸

いとり検鏡し、泳ぎ回る遊走

子を確認する。

陰干しした葉を海水に漬け、

棒などで強くかき混ぜる。

遊走子液を注入する。

⑦静 置 ⑧運 搬 ⑨設 置(例)

翌日まで止水で静置する。

軽くエアレーションし、海水

を緩く動かす。

着生基質は、乾燥しないよう

に、海水に漬けて運搬する。

着生基質は、専用の台座等に

ボルトで固定する。

図 E4-5 遊走子によるタネ付けと海底への設置の手順

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①着生基質の準備 ②良い主枝の選別 ③成熟主枝の取付け

水槽の底面に着生基質(天然

石、ブロック)を敷き詰め、

通水する。

生殖器床の有無・雌雄や状態

を観察し、十分に成熟した主

枝を選別する。

結束バンドで小型ネットに成

熟した主枝を均等に取り付け

る。

④卵放出チェック ⑤卵放出チェック ⑥卵放出後

流水水槽に③のネットを浮

かせる。

毎日または隔日、生殖器床を

観察し、卵の有無を確認す

る。

卵を確認したら、翌日、主枝

を強く揺すり、幼胚を落とす。

幼胚が残ると、生殖器床の表

面で発芽してしまう。

⑦静 置 ⑧幼胚が着生した基質 ⑨運搬

幼胚が生殖器床から脱落し

たら、止水で数日間静置す

る。

基質の表面に幼胚が着生し

ているのが確認できる。

幼胚が着生した基質は、重ね

ずに、乾燥に注意して運搬す

る。設置は E4-5⑨を参照。

図 E4-6 幼胚によるタネ付けの手順

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②天然採苗

採苗のための水槽等を準備できない場合、藻場内に着生基質(コンクリートブロック、

網など)を設置して、天然採苗を行う(図 E4-7、左・中央)。藻場がない場合は、基質

の上部に成熟した主枝を設置する。砂地で採苗した場合、ウニの食害を避けて、育苗す

ることができる(図 E4-7右)

藻場内に軽量ブロックを

設置して採苗

藻場の中にロープで編んだ

網を設置

砂地での採苗。基質を並べた

架台の上に母藻を設置

図 E4-7 天然採苗の例

参考文献

平田ら(1997):海中造林のための接着剤を用いたカジメ藻体の移植,藻類,45,111-115.

中嶋(2015):新しい播種方法とその考え方,水産工学,51,227-232.

新村(1983):南日本における藻場造成技術の問題点,水産の研究,7,67-71.

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【技術ノート E4-1】モク(ホンダワラ類)のオスとメス

モクの生殖細胞は卵と精子であり、それらが受精

して幼胚となり、生長して成体になる。モクの多くの

種類はメスとオスが別株であり、卵と精子は生殖器床

と呼ばれる特別な葉に造られる(図 1)。生殖器床の

形や大きさは種類により様々であるが、メスは短く丸

みがあり、オスは長くて細いことが多い。生殖器床の

表面をみると、メスには丸い大きな穴、オスには縦長

の小さい穴がみられる。これは卵(0.1~0.3 ㎜)と精

子(0.001 ㎜)の大きさの違いによるものと考えられ

る。

卵は受精の準備ができると、生殖器床の表面に一斉に出て、泳いできた精子と受精する。受精

卵は 1~2日間表面に留まり、付着の準備ができると海底に落下する。

生殖器床は伸長しながら、下部から上部に向かって数回に分けて卵を放出する。卵の未放出

部をよくみると、丸い穴の周辺に内部の卵が黒くみえる。卵を放出した部分は、卵がなくなるた

め、上側の未放出部分に比べて色が薄くなり、光にかざすと「透かし」となる。この透かしの有

無で、メスとオスを分けることもできる。図 2は卵が 3 回放出される場合を模式的に示したもの

である。

図 2 生殖器床の模式図

図 1 生殖器床

卵放出前

卵放出後

卵 落下した幼胚

生殖器床(♀)

卵放出

卵放出

卵放出

透かし

透かし

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【コラム E4-1】★海藻のタネの拡散範囲

海藻のタネの拡散範囲は、タネの種類や流動によって異なっている。コンブ・アラメ・カジメ

類のタネ(遊走子)の大きさは 0.01㎜と小さく、沈降速度も遅いので水平方向に拡がりやすい。

アラメやカジメでは、大きな母藻群落があれば数百mの範囲に拡散するといわれている(寺脇ら、

1991、養父ら、2000)。柳瀬ら(1983)は、伊東市湯川地先で茎部の途中から刈り取ったカジメ葉

部を網袋 50 袋に 5本ずつ収容し投入した。結果は、カジメ幼体の着生密度が母藻投入地点の中

心部で高く、離れるに従い指数曲線的に減少し、拡散範囲は 10m程度に留まった。寺脇らや養

父らの報告と静岡県の試験結果は大きく異なる。遊走子の拡がりは、母藻の量、沿岸流や潮流の

強さおよび母藻の海底からの高さなどに影響される。磯焼け対策の現場では、経験的に遊走子の

拡散範囲は 10m程度といわれており、母藻移植の効果は限定的である。

ホンダワラ類のタネ(幼胚)の大きさは 0.1~0.3㎜あり、沈降速度は 0.1~0.5 ㎜/秒と速く

(奥田、1983)、海中で拡がりにくいので、アラメ・カジメ類に比べて母藻の設置間隔を狭くす

る必要がある。クロメ(タネは遊走子)をスポアバッグ方式で移植し、1 年後の藻体の分布を図

1 に示した。幼体は母藻設置範囲の中心から最大 20m離れた場所まで出現し、10m以内で高密度

(5本/㎡以上)であった(図 1 左)。一方、ノコギリモク(タネは幼胚)を小型ネット方式で

移植した結果、幼体は小型ネットの設置範囲(破線、2×3m)の中心から半径 5~7.5m(最大

10m)まで出現し、濃密な藻場(密度 10本/0.25㎡以上)は半径 2.5~5m以内で、その面積は

約 30 ㎡あった。

図 1 母藻移植1年後の藻体の分布状況

奥田(1983):ホンダワラ類の着生機構、昭和 56 年度近海漁業資源の家魚化システムの開発に関

する総合研究(マリーンランチング計画)プログレスレポート,有用海藻群落(2),129-136.

寺脇ら(1991):海中砂漠緑化技術の開発 第 4報 砂地海底に設置したコンクリートブロック上

でのアラメ・カジメ類の生育,電力中央研究所研報,U91024.

柳瀬ら(1983):カジメ群落拡大に関する研究、静岡県水試伊豆分場資料,143.

養父ら(2000):空港島緩傾斜護岸の藻場造成、関西国際空港関連環境保全技術論文集,123-133.

0

6

7

7

9

1

0

20m

10

クロメ

2 0 13 1 24

6493341

単位:本/㎡

砂 地

≧1 ≧5

母藻設置

範囲

0

2

18

18

3

0

1

0

0

0

36

0

10m

5m

単位:本/0.25㎡

ノコギリモク

2 0 03 0 24

40

20

11

14300

ネット設置

範囲

≧1

≧10

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