ねみけまンわけくずヴ まン転生(仮題)き...

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ベルセリア・ゼスティリア転生(仮題)

劇鼠らてこ

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  【あらすじ】

 目が覚めたら、ノルミンだった。

 そんな話。

  一歩下がって物語を眺めていきます。

 一応女主人公ですが、ノルミンなんで恋愛要素とか皆無です。

   ※独自解釈と捏造設定が多目です。

 ※原作では説明されていない物などが出ます。

 ※世間に出回っている情報と食い違う部分があります。

 ※公式設定資料集と大きく乖離しています。 ぶっちゃけほぼ捏造設定だったよう

です。

 ※つまり、作中に出てくる情報はほぼ虚偽だと思ってお読みください。

  目   次  

ベルセリア編

 dai iti wa pro lo

─────────────

rg 

1

 dai ni wa senjou 

de no dekigoto 

6

 dai san wa rantou

 sawagi no otoko t

───────────

achi 

23

 dai yon wa shinnn

aru namae to osake

────

 to tsumami 

43

 dai go wa anata n

──

o utsuwa ha ? 

63

 dai roku wa hana 

wo sagasu ikkou 

──────────────────────

81 dai nana wa black

──────

 crystal  

90

 dai hati wa kodai

──

go no kaidoku 

102

 dai kyu wa kangok

────

u no kodoku 

118

 dai jur wa tako t

o maguro to otumam

───────────

i to 

135

 dai jur ichi wa k

ami no present 

152

 dai jur ni wa amb

er no kagayaki 

170

 dai jur san wa ka

mi wo matou mono 

──────────────────────────────────────────

182 dai jur yon wa im

──

ina no seishu 

204

 dai jur go wa 『ai

─────────

fread』 

232

 dai jur roku wa g

okkan no ti no kes

────────

sen mae 

240

 dai jur nana wa 

『Sigure』 to 『Merchi

────────────

or』 

266

 dai jur hachi wa 

───────

『phoenix』 

278

 dai jur Q wa 『Gen

──────────

esis』 

296

──────

 『Theodra』 

310

 dai ni jur wa oto

────

na no jikan 

314

 dai ni jur ichi w

a hoshi wo miru mo

─────────────

no 

324

 dai ni jur ni wa 

─────

『kanonushi』 

338

空白の1100年編

 dai ni jur san wa

 sonogo no nakama 

──────────

tachi 

345

 dai ni jur yon wa

──────

 『Rokurou』 

354

 dai ni jur go wa 

『Benwick』 to 『Bienp

────────────

hu』 

366

 dai ni jur roku w

a hajimete no hanr

──────────────

a 

381

 dai ni jur nana w

a kaikou suru otom

──────

e to kaze 

387

 dai ni jur hachi 

wa 『Magilou』 soshit

───────

e 『Dezel』 

397

 dai ni jur ku wa 

deai to wakare no 

─────────

raihou 

411

 dai san jur wa se

kai ga hajimaru ma

──────

e no toki 

420

ゼスティリア編

 dai san jur ichi 

wa reihou de no de

─────────

kigoto 

432

 dai san jur ni wa

 taiju no ue kara 

─────

konnichiha 

447

 dai san jur san w

a toumei no kagaya

─────────────

ki 

461

 dai san jur yon w

a kireta shato 

472

 dai san jur go wa

 attachment get ! 

──────────────────────

482 dai san jur roku 

wa thousand done 

──────────────────────

498 dai san jur nana 

wa hi no shinden i

─────────

grain  

516

 dai san jur hachi

 wa akai mizu wo t

───

en ni sasagu 

532

 dai san jur Q wa 

saikai to taimen 

──────────────────────────────────────────

551 dai yon jur wa ti

 ni ueta tachi 

571

 dai yon jur ichi 

wa hukisusabu kaze

────────

 no tou 

580

 dai yon jur ni wa

 sinkenmi no aru c

──────────

haban 

589

 dai yon jur san w

───────

a 『Dezel』 

599

 dai yon jur yon w

a kaikou to tettai

 soshite sousaku 

──────────────────────

610 dai yon jur go wa

 kegare no lutsubo

───────────────

 

625

───────

 『Mayvin』 

639

 dai yon jur roku 

───

wa 『maltran』  

645

 dai yon jur nana 

wa 『Goufu』 to ninge

─────

n no shori 

664

 dai yon jur hachi

 wa teisenkyoutei 

to ketui to togame

───────────────

 

675

 dai yon jur Q wa 

ka no mono ni hika

─────────

ri are 

687

 dai go jur wa rok

u dai  shin norman

───────────────

 

703

 dai go jur ichi w

──────

a 『Eisen』  

735

 dai go jur ni wa 

futatsu ga umareta

───

 sono Re you 

752

 dai go jur san wa

 『Muse』 to curselan

──────────────

d 

766

 dai go jur yon wa

 curse land island

──────────

 I&II 

779

 dai go jur go wa 

megane to me ga ne

─────────────

 ! 

793

 dai go jur roku w

a 『Dragon zombie?』t

───────

o 『Silve』 

806

 dai go jur nana w

─────

a 『Heldalf』 

820

瞳にうつるもの編

 dai goju hachi wa

 cats fight ha nek

───

o mo kuwanai 

837

ベルセリア編

dai iti wa pro lorg

  だだっ広い草原。

 怒れる程に青い空と、遠くに見える尖塔は岩石か。

 どうやら自分はそんな大自然に寝転がっていたらしい。

 このまま寝ていたい。 そんな欲求に駆られる。

 果たしてこのまま寝ていたところで、誰が起こしに来るだろうか。

 身体の底からダラダラしたい、のんびりしたいという欲求が湧きあがる。

 はて、自分は眠る前まで何をしていただろうか。

 思い出せない。 思い出せないが、至極どうでもいい事だった気がする。

 ならば、思い出さなくてもいいだろう。

 このまま寝ていよう──。

   

1 dai iti wa pro lorg

「ん? ノルミン族か? 珍しいな」

 ──誰?

「俺か? 俺は────ってんだ。 お前は?」

 ──サムサラ。

「サムサラだな。 俺と一緒に来ないか?」

 ──持って行って。

「ものぐさな奴だな。 ホラ、乗れよ」

 ──どこ行くの?

「海の向こうだ。 海を越えた、その先だ」

 ──そう。

  藤色と白色の体色の、丸みを帯びた身体。 頭には海賊帽。

 眠そうな目と、一切開かない口が特徴的な、ノルミン族。

 サムサラ。 それが私の名前だ。

   

2

       「あっちゃー……これも副長の死神の呪いですかね」

「さぁな。 旋回するぞ」

「アイサー!」

 眼下の甲板を、男たちが忙しなく走り回っている。

 船の前方には、直径20mを誇る巨大な大渦。 渦潮だ。

 先程までそんな予兆など無かったというのに、あの聖隷はとことん死神に愛されてい

るらしい。 これであの聖隷が風属性であれば、少なからず舵の手助けができたもの

を。

 もっとも文句を垂れる自身もこういった物理現象への干渉には向かないのだが。

「サムサラ姐さんも手伝ってくださいよー! って寝てるし……」

3 dai iti wa pro lorg

「ベンウィック! 無いモンに縋ってねぇで手を動かしやがれ! 飲み込まれるぞ!」

「うわわわ、面舵いっぱーい!」

「限界までやってるよ!」

 船が左側に傾く。

 非常に寝心地が悪い。 早く脱出してくれないだろうか。

「サムサラ! どっか捕まってろ! 【エアスラスト】!」

 金髪の偉丈夫が渦に向かって聖隷術を放つ。 そんなもので収まる渦であるはずも

ないのだが、何をしたかったのだろうか。

 と、船が勢いよく渦とは逆方向へ進んだ。

 あぁ、反動を狙ったのか。

「おーい、誰も落ちてないかー?」

「落ちてたら返事できねーよ!」

「そりゃそうだ!」

 船体へのダメージは……そこまででもなさそうだ。 富を意味するこの船はこの程

度の災難に負けるほど弱くないということだろうか。

 もっとも荒くれ者の多いこの船故に、甲板はいくつも修繕の痕があるのだが。

「やっぱあの海門のせいですかね、この渦」

4

「だろうな。 3年前は普通に航海できた場所だ。 あれが余計な海流を作っている」

「ちっくしょ、やっぱどうにかしてあの海門破壊しないとですね」

「……内部から直接行くか」

 ──近くに船がいる。 ヴォーティガンに向かってる。

「何? ……アレか」

「丁度いい、協力させましょうぜ」

「……死神と協力したい奴だといいがな」

 金髪の偉丈夫がコインを指ではじく。

 出目は見えないが、恐らく裏。 魔王ダオスだろう。 別にダオスはマーテルの敵で

はないのに、可哀想な話だ。

 遠方に見える地味な船。 アレに、彼女たちが乗っている。

 残念ながらミーハー精神はないのだが、これから長い付き合いになる。

 第一印象が……まぁ、いつも通りでいいか。

 船が遠方の船を追い始める。

 威嚇射撃のつもりの癖に、あちらの船体に砲弾が当たっているのも死神の呪いか。

 ウチの砲撃手の腕が悪いとは思いたくないものだ。

5 dai iti wa pro lorg

dai ni wa senjou de no de

kigoto

   生前の記憶はない。

 あるのは、Tales of BerseriaとTales of Zestir

ia、そしてTales of 世界の予備知識のみ。

 恐らく人間だったこと、恐らく女であったこと。 それくらいは覚えているが、自身

が何者であったのかはわからない。

 でも、何も問題は無かった。

 私が新しく得たこの生に於ける身体には、2つの名前がある。

 1つは対外に名乗っているサムサラという名前。

 もう一つは、凡霊と称される私達の種族がもつ、その生そのものを表す名前だ。

 それがあるから、自身が何の役割を持って生まれたのか理解できた。

 だから、何も問題は無いのだ。

 例えこの世界が、世界のシステムを根本的に変えない限りは永遠に悲しみと苦しみの

6

連鎖が続くという地獄のような場所だとしても。

 私は静かに彼らを見守ることができる。

  「うっはー、本当に業魔の集団だ。 これは使えるかもな!」

 ウォーティガン脇の陸地に主人公たちの船を追い込み、囲ませた。 既に彼らには業

魔が3匹、聖隷が1匹いると伝えてある。 もう一人の奇抜な女の事は聴かせていない

が、どうせ戦わないので問題はないだろう。 

 しかし、なんだ。

 聖隷とはいえ、あそこまで幼少の姿をした少年に無骨な革の首輪、そして鈴。

 なんともまぁ、悪趣味である。

「命令よ、二号。 こいつらを蹴散らせ」

 長い黒髪の女性が少年に命令を出す。 聖隷術の気配。

「おっと! 相手は俺達じゃないぜ」

 青年──ベンウィックが腰に手を当て、まるで自身の功績であるかの如く胸を張って

……後ろから歩いてきた男に場所を譲る。

 酷く目付きの悪い金髪の偉丈夫。 黒服に身を包んだその様は、しかし陰険さよりも

7 dai ni wa senjou de no dekigoto

突き抜けた存在を感じさせていた。

「俺だ」

 その男に向けて、二号と呼ばれた少年が聖隷術によって紙葉を飛ばす。 それを短い

詠唱の土の聖隷術で防ぐ男。 あの紙葉、中々に硬いな。

「聖隷!?」

 長髪の女性が驚いたように言う。 聖隷。 聖主の隷属物。 降臨の日以降は、その

ほとんどが対魔士によって使役される──否、強制的に従わされるだけの存在。

 男のように、聖隷自らが1人で戦うというのは相当に珍しいのだろう。

「いいや……死神だ」

 だが、男は否定する。 一応ことわっておくと、勿論彼は聖隷だ。

  男は身をかがめ、一気に距離を詰める。 聖隷故に、そして先程防いだように聖隷術

で来ると思っていたのか、戦闘員3人の内2人は動きの出が遅れる。

 もっとも速く、的確に動いたのは男の業魔。 アルベイン大陸の文化と酷似した文様

の着物を身にまとい、背中に太刀を担いだ双刀使いだ。

 常在戦場。 恐らく彼は、どのような場所で、どのような事をしていても今のように

即座に対応をするだろう。 それほどまでに、戦いに……斬る事に特化した業魔だか

8

ら。

「ロクロウ! 参る!」

 偉丈夫は真っ先に最も厄介な者……つまり聖隷術を扱う二号と呼ばれた少年を昏倒

させにかかった。 聖隷術は攻撃にも回復にも対応できる故に、先に潰しておくのが定

石だ。

 だが、業魔の男……ロクロウはソレを良しとしない。

枝垂星

しだれぼし

!」

 拳で殴りにかかった偉丈夫を、ロクロウは宙からの三連斬で止めにかかる。 

 その鋭さは業魔故の身体能力のごり押しではなく、磨き上げられた技術によるもの

だ。

 このまま殴りかかるのは危険だと判断した偉丈夫は、即座にバックステップ。 先程

も使った短い詠唱の地属性聖隷術【ストーンエッジ】を発動させようと試みる。

 だが、敵はロクロウだけではない。

「なんなの、コイツは!」

 詠唱を行おうとした偉丈夫の横合いから、鋭い蹴りが飛んできた。 長髪の女性は文

句を言いつつも的確で、ともすれば先の双刀と同程度に鋭い蹴撃を繰り出す。 エッジ

も仕込んでいるようだ。

9 dai ni wa senjou de no dekigoto

 かと思えば唐突に右腕を薙ぐように振り、その篭手に仕込んでいたのであろう、隠し

ブレードでもって偉丈夫の首を刎ねようとする。

紅火刃

こうかじん

!」

 更にそのブレードは火を纏い、火は輪状になって偉丈夫に襲いかかった。

 偉丈夫はそれを上体を逸らすことで避ける。 

「聖隷が海賊をやっているのか!」

 業魔が奇術団に属している事の方が珍しいと思う。 少なくとも、聖隷で海賊をやっ

ている者はここに2人いるから。

「剣に双刀に紙葉……ペンデュラム使いはいないようだな」

 偉丈夫は彼らを観察しながら言う。 2人の業魔の連撃を避ける間にも、二号と呼ば

れた聖隷から大量の紙葉や聖隷術【シェイドブライト】が飛んできているというのに、随

分と余裕だ。 まぁ、年季が違うからなのだろうが。

「……」

 ある程度戦うと、両者は一度距離を取った。 否、偉丈夫が意図的に距離を取らせた

というべきか。

 「合格だ。 力を貸せ」

10

 その言い方じゃあ伝わらないと思う。

「はぁ? 随分勝手な言い草ね」

「ヘラヴィーサを燃やした奴らほどじゃない」

 彼らの船を追っている時に、どのような構成でどのような経緯であの船に乗っている

のかを、まるで感知した風に話してある。 私が伝えずとも、後から来たシルフモドキ

が彼らに伝えていたかもしれないが。

「知ってて試したのか……」

「ついでに助けてもいる。 あのまま進めば、ヴォーティガンの海門に潰されていた」

 その代り砲弾を当てたのだが。 ここ──バンエルティア号のマスト上から見る限

り、甲板やら積み荷やらに焦げ跡及び破壊痕が痛々しくついている。 本当に威嚇射撃

だったのだろうか。 沈めるつもりだったのでは。

「あんたらミッドガンド領に向かってるんだろ? でも、それにゃこの先の海峡を通ら

なけりゃならない。 けど、そこは王国の要塞が封鎖してるんだ。 文字通り巨大な門

でね」

 ベンウィックが丁寧に説明する。 頭の上のシルフモドキも、心なしか凛々しく見え

る。

「そんな要塞が……」

11 dai ni wa senjou de no dekigoto

「事実なら、借りが出来たな」

 思案に耽る女性と肩をすくめる男性。 事実だが、なんだかな……。

「俺達も海門を抜けたいが、戦力が足りない。 協力しろ」

「海賊のいう事を真に受けるほどバカじゃない」

 それはごもっともだ。 アイフリード海賊団は略奪もしっかりやるから。 船長が

アレだから、女子供を殺すような事はしなかったけど。

「だから自分の目で確かめるか? いいだろう、命を捨てるのも自由だ」

 そう言い放つと、偉丈夫は彼女らの方向へ歩き出した。

 身構える業魔一同。 しかし偉丈夫はそれをスルーし、奥……西ラバン洞穴の方へと

向かう。

「なんじゃ、断ってもいいのか?」

 奇抜な格好の、戦闘に参加しなかった女が偉丈夫へと問う。 

「お前たちはお前たちで、俺達は俺達でやる。 それだけの事だ」

 そんな偉丈夫に、ベンウィックが駆け寄る。

「けど副長一人じゃ! やっぱ俺達も一緒に!」

「……お前たちは計画通り、バンエルティア号を動かせ。 合図は覚えているな?」

「……アイ、サー」

12

 ──船は任せて。 大したことは出来ないけど。

 ──俺が早めに済ませればいいだけの話だ。 

 交信。 ノルミンとしての力ではなく、私自身のチカラ。 私が繋げた相手とだけ口

に出さない会話が可能だが、相手が私につなげる事は出来ない。 でも、シルフモドキ

よりは速くて確実な手段。 交信を受けた相手の大体の位置がわかる。 霊応力が無

い相手とは交信できないけど。 まぁ開門の日以降、人間たちの霊応力は底上げされて

いるので皆無という人間には中々遭遇しなくなっている。

「あんたたち、何をするつもりなの?」

「言った通り海門を抜けるのさ。 手伝わない奴にこれ以上の事は言えないね」

 吐き捨てるようにベンウィックが言う。 目の前にいる業魔は私の手には負えない

アイフリード海賊団

クラスの物なのだが……。 まぁ、

にそれを伝えたところで何も動

じないのだろう。 それでこそアイフリード海賊団なのだから。

「……できるの?」

「副長ならやってくれる」

「随分信頼してるんだな。 あいつは聖隷だろう?」

「そんなの関係ない。 副長は、俺達の船長が認めた男なんだ!」

 ロクロウや長髪の彼女らからすれば、聖隷とは聖寮に付き従う道具……つまり、敵な

13 dai ni wa senjou de no dekigoto

窶やつ

のだろう。 そんなのが海賊に身を

している、ましてや副長と呼ばれているのは信じ

られないと。

「あんたたちなら、海峡を避けて航海できるでしょ」

「……今は無理だ。 前の襲撃で、仲間と羅針盤をやられちまったからな。 何より俺

達は海賊だ。 行く手を塞がれたからって、大人しく引き下がれるかよ」

 そこには同意しよう。

 そも、海路とは……海とは、自由であるべきだから。

「それが海賊……か」

  その後、何かを仲間内で話した後、彼女らは偉丈夫を追うことにしたようだった。

     

一時いっとき

「それじゃあ

世話になるのぅ!」

「あー、俺は業魔だが、アンタらを喰ったりしねぇから安心してくれや」

14

 彼女らを見送った後、当然とも言う顔でバンエルティア号に乗ってきた奇抜な格好の

女性。 そして、尻尾の無いトカゲの業魔。

 彼らの乗ってきた船はバンエルティア号の後ろに繋いであり、カルガモの子のように

引っ張られている。

 私達──というか、ベンウィックらの仕事は合図に合う様にヴォーティガンの海門を

通り抜ける事だ。 例え、偉丈夫……副長が乗ってこずとも。 まぁ彼らの脳内に副長

──アイゼンが戻ってこないなどという考えはないのだろうが。

「変わり身速いな……。 アンタら、名前はなんていうんだ? 俺はベンウィックだ」

「儂はマジギギカ・ミルディン・ド・ディン・ノルルントゥークじゃ。 長いから縮めて

マギルゥと呼べぃ」

「俺ァダイルだ。 生身の時は船乗りだった」

 ──10割偽名。

 ──ですよねぇ。 王国のお貴族サマだってもっと短い名前してるぜ。

「お、およー? なんじゃその冷めた反応は! くっ、人が折角名乗ってやったというの

に、やはり冷血な海賊団か!」

「あ、いやぁ……。 えーと、マギルゥって呼べばいいか。 んでダイルだな」

「おう。 ……これでも海の男でな。 アイフリード海賊団には憧れがあったんだ。 

15 dai ni wa senjou de no dekigoto

出会えて光栄半分、恐怖半分だぜ」

「一緒に協力するんなら攻撃したりしないぜ。 そんなのは俺達の流儀に反するから

な」

「儂らも海賊団かえー? 悲しいのぅ。 こんなうら若き乙女に前科を科すなどと

……」

「いやあんたらヘラヴィーサ燃やしてきたんだろ? 十二分に立派な犯罪者だって」

 ベンウィックのコミニュケーション能力は高い。 いや、誰に対してもあっけらかん

と対応するからか。 彼が敬語を使うのは船長とアイゼン、私くらいのもだから。

「そういやマギルゥは奇術師かなんかなのか?」

「ほう! よく分かったのぅ。 やはり儂の溢れ出るオーラは隠しきれぬと言う事か

……」

「いやみるからな恰好だからだろ」

「くかーッ! お前の肌のように冷たいツッコミじゃあ!」

 ──奇術。 興味ない?

「なぁ、今なんか簡単に出来ないのか? 鳩を出すとか」

「簡単に言うでないわ! 鳩だって生きとるんじゃぞ!」

「いや関係ねぇだろうよ……」

16

「全く……」

 やれやれと肩を竦め、大仰な手振り素振りで甲板を歩き出すマギルゥ。 その行先に

あるのは大砲。

「ちょ、それ弄るなよ……?」

「んー? よく聞こえんわい!」

 ポン! と大砲の砲身を叩くマギルゥ。 割と暴発の危険性がある……しかも至近

距離であればかなり危険だ。 素人が扱うには。

 だが、危惧した事件は起きなかった。 代わりにマギルゥの右手──砲身を叩いた方

の右掌が黄色く光り、ぽふんという軽快な音が響く。

「おお! すげぇ!」

 砲身から出てきたのは真白の鳩。 霊力の反応があったからどうにかやったのだろ

うが、聖隷を持たない今の彼女がどのような原理でコレを起こしたのかはわからない。

「ふふーん、どうじゃ! 見直したか! ならば崇めよこのマギルゥ様を!」

「さっき鳩だって生きてるとか言ってたのはなんだったんだよ……」

「それはそれ、これはこれじゃ! なんなら貴様の尻尾の切り口も鳩にしてやろうか!」

「そ、それは遠慮するぜ……」

 鳩を尻に宿すトカゲの業魔……。 見てみたいと思ったのは私だけだろうか。

17 dai ni wa senjou de no dekigoto

    少しして、和気藹々? とマギルゥの奇術でベンウィック達が盛り上がっていると辺

りを揺らすほどの大きな爆発音が響き渡った。

「ベンウィック!」

「わかってる! 速度をあげるぞ! 何があっても突っ切る!」

「応!」

 今までゆるゆるとヴォーティガンの海門に向かっていたバンエルティア号と一隻の

船が、急激に速度を上げて進み始める。 異大陸の技術によって為されるその推進力

は、海峡の水を押し退けて行く。

「おや、存外早かったのう。 ……いひひ」

「これがバンエルティア号の推進力……それに、この海流の嵐を抜けきる航海術か。 

やっぱりすげぇ……」

 閉じきった海門にある程度近づいたと思えば、ギギギギギと轟音を立ててヴォーティ

ガンの海門が開き始める。 海流が変わる。 しかしベンウィックも慣れた物。 海

流を利用し、渦を利用し、反流で推進力を得て突っ切る。

18

「おいおい、波止場は業魔だらけだぞ!? どうすんだぁ!?」

「このまま突っ切るよ。 そういう作戦だ。 副長たちは海門の上から飛び下りてく

る」

「なんつー無茶な……」

「それが俺達アイフリード海賊団の流儀さ。 サムサラ姐さん! マスト広げるぜ!」

 ──わかった。 業魔が飛び移りそうになったら弾くから、ベンウィック達は突っ切

ることに専念して。

 ──アイマム!

「ダイル、マギルゥ、しっかり捕まってろよ……って! 大砲を弄るな!」

「援護射撃という奴じゃよー。 えーと……これに火を付ければいいんじゃよな」

「ちょ、誰かあの人止めろ! ろくに照準も合わせないで撃ったら──」

  どーん。

 「……」

「……」

 轟音。 これがするということは、少なくともどこかに着弾したということ。 恐ら

19 dai ni wa senjou de no dekigoto

く海門のどこか……上かな。 これも死神の呪いだとしたら、もういう事はない。

「大当たり〜!」

 マギルゥだけが軽快な声色で歓声を上げる。

 よくよく確認してみれば、海門上にいた業魔に直撃したようだ。 哀れこの門の責任

者。

 「よっ」

「ふん」

 私のいるマストの両側のロープをロクロウとアイゼンが渡る。 うぅむ、流石に様に

なる。 さらに上からは二号と呼ばれる少年の、最初に見た時よりも感情が芽生えたよ

件くだん

うな悲鳴をまき散らしながら長髪の女性と

の少年が降ってきた。

 少年の腕には羅針盤。 航海では大切なものだ。

 降りてくる──否、落ちてくる少年と一瞬だけ目が合う。 もっとも落ちる速度が速

度なので、こちらを完全に認識しきることなく少年と女性はそのまま甲板の方へ降りて

行った。

「御見事!」

 戻ってきた面々にベンウィックが駆け寄る、 やはり彼らは奇術団なのかもしれな

20

い。

「まずは命の恩人への感謝が欲しいのぅ?」

「いやいや、弄るなって言ったのに勝手に大砲着火させて暴発させたんでしょ!」

「そうじゃが〜、アレはいい暴発じゃよー?」

 物は言い様だった。

「ごめんなさい……」

 二号と呼ばれていた聖隷の少年が長髪の女性に頭を下げている。 首輪を付けた少

年が長身の女性に……おっと。

「ちゃんと持ってなさい。 そんなに大事なら」

 長髪の女性は屈み、少年に視線の高さを合わせてから頭を撫でた。 優しい声だ。

「貸せ、進路を出す」

 そんな少年に、アイゼンが羅針盤を要求する。 

 だが少年はコレは自分のものだとばかりに羅針盤を渡さなかった。

 アイゼンは少年のその態度に一瞬呆け、その後ニヤリと笑う。 あぁ、これは気に

入ったな。

「じゃあ、お前が進路を決めろ」

「……うん!」

21 dai ni wa senjou de no dekigoto

   「ただし、読み間違えたらサメの餌にするからな」

「!?」

「……しっかりね」

  船はゼクソン港へと向かう。

22

dai san wa rantou sawagi 

no otoko tachi

  「さぁって、改めて一応自己紹介をしておくぜ。 俺はロクロウ! 業魔だ」

「……ベルベット」

「あ……ライフィセット、です」

「俺はベンウィック。 よろしくな!」

 ヴォーティガンを抜けた海上。 一息ついた彼らは、とりあえずの名前を呼ぶために

自己紹介をしていた。

「儂はマギルゥじゃ。 大魔法使いをしとるぅ」

「俺ァダイルだ。 アイフリード海賊団の副長に会えて光栄だぜ。 俺も海の男……い

や、海のトカゲだからよ」

「俺はアイゼンだ。 ──サムサラ、一応降りて来い」

 アイゼンの自己紹介が終わり、私を呼ぶ。 二号……いや、ライフィセットがこちら

をチラチラみていたからか。 

23 dai san wa rantou sawagi no otoko tachi

 海風に当たりながら横になっていた身体を起こし、マストから落ちる。

 この身体はとても軽いのでマスト間を吹き抜ける風に煽られるのだが、そこは経験

だ。

 巧く身体を捻ってしっかり甲板に着地。 着地音がポヨンなのはご愛嬌だ。

「ほほぅ?」

 マギルゥが興味のある目で見てくる。 まぁ彼女の探し人……探しノルミンや、姐さ

んと呼び慕うノルミンと色々と似ているのは自覚しているから仕方ない。

  よくある海賊帽を被った、藤色と白色の体色のノルミン。 それが私なのだから。

 

人間こいつら

「こいつはサムサラだ。 

じゃ感知できない業魔や対魔士の気配を感知する。 謂

わば見張り役だな。 普段はマストの上にいるだけだからそこまで気にする必要はな

い」

 コクンと頷く。 交信は一度に1人しか繋げないので、挨拶をするにも1人1人しな

ければならない。 それは酷く面倒なのだ。 だからなるべくジェスチャーで感情を

伝える。

「また聖隷……」

24

「海賊やってる聖隷はアイゼンだけじゃなかったのか」

「サムサラ姐さんは全然海賊行為しないけどな!」

 聖隷術での支援程度ならともかく、このノルミンボディで戦えというのは酷だと思

う。

 自称最強の男といって回っているフェニックスならともかく。 

 アイゼンがいれば大抵の戦闘はなんとかなってきたのだ。 前々回のヴォーティガ

ンでの襲撃のような総力戦でもなければ、だが。

  ──アイゼン。 もういい?

 ──あぁ。 

  アイゼンとの交信を切ると、アイゼンは私の方に歩み寄ってくる。

 そのまま私の後頭部を掴み──。

 マストに向かって、放り上げた。

「え!?」

 下でライフィセットが驚く声が聞こえる。

 投げられた勢いでふわーっとマストを飛び越えた私は、最頂点からうまく身体を捻っ

25 dai san wa rantou sawagi no otoko tachi

てマストの上に着地する。 そして寝転がる。 ここが私のベストポジションだ。

「……手荒ね」

「あいつがやれと言ってくるからやっている。 何も問題はない」

「サムサラ姐さーん! なんか感じたらまたお願いしますよー!」

  わかっている。 そのための私なのだから。

           結局、何も感知する事無くゼクソン港へついた。 

26

船止め

ラー

 アイゼンは

と情報交換をし、船長──アイフリードの噂を手に入れた。

 もっとも、その情報はベルベットによって訂正されたようだけど。

 アイフリード海賊団船長、バン・アイフリード。 豪快というより、突き抜けている

と言った方がしっくりくる人間だ。 元から霊応力が高く、私の事もアイゼンの事も見

えていた。

 彼は使役されて意思を奪われていた聖隷・ザビータと喧嘩し、解放。 その際の能力

──本当は違うけど──に目を付けられて、今はメルキオル・メーヴィンと共にいるは

ずだ。 

 洗脳を受けて、業魔へと身を堕としかけているはずだ。

アイゼン

アイフリード海賊団

 私はソレを、

に伝えていない。

 ソレは私の流儀に反するから。

 それで例え船長が命を落としても、甘んじて受け止めるだろう。

  私が思考に耽っている間に話は大分進んだようで、ベルベットもアイゼンも目的が合

致、これからも共に行くことになったようだ。

 彼女らの乗ってきた船はバンエルティア号の探索船として使われることになり、それ

を一括してベンウィックが担当する事になった。 

27 dai san wa rantou sawagi no otoko tachi

 「あのサムサラとかいう聖隷は来ないのか?」

「サムサラは戦闘に向かない。 拠点防衛の方が得意な奴だからな」

  ──いつも通り、2刻毎に交信する。

 ──頼んだ。 探索船の方へついていく必要はない。 お前はバンエルティア号を

守っていてくれ。

 ──うん。

  ライフィセットがこちらを見て来たので、寝転がりながらも一応手を振ってあげる。

 反応なし。 手を振りかえすという情緒はまだ育っていないか。

 探索船の最初の目的地はレイモーン嵐海に決まったようだ。 なんとも獣人がいそ

うな地名。 ティルキス兄さんそこどいてください。

 さて、ここから少し暇である。

 史実通り彼らが動くのであれば、ダーナ街道を通って検問を素通り、王都ローグレス

へ行くのだろう。 そこから先もまた彼らの物語なので、私に干渉できることはない。

 つまり何もする事はない。 定刻になるまで寝よう。

28

         ──定時連絡。 今何してる? 今どこに居る?

 ──王都ローグレスの酒場にいる。 酒が美味い。

 ──そう。 バスカヴィルには会えた?

 ──その爺さんは随分と前に殺されたらしい。 今は情報を得るために依頼を受け

た所だ。 闇ギルドの血翅蝶からな。 アイフリードの行方捜索も血翅蝶に依頼した。

 ──みんなに伝えておく。 次の連絡までに何かほかに伝えておく事、ある?

 ──今日は酒場に泊まる。 それだけでいい。

 ──わかった。

 

29 dai san wa rantou sawagi no otoko tachi

「副長なんて言ってました?」

 ──今日はローグレスの酒場に泊まるって。 あとお酒が美味しいって。

「えぇー! 副長ずるい! くっそ、俺も7年物の心水を……あ」

 ──分けてくれるの?

「……へーい」

  私はノルミンだが、お酒も大好きだ。 

         ──定時連絡。 私は心水とクリームチーズが好き。

 ──俺は心水と……ん? 誰かと繋いでいたのか?

30

 ──ううん。 なんとなく言いたかっただけ。

 ──伝達だ。 一度そちら──ゼクソン港へ行く。 倉庫街でボヤ騒ぎを起こす予

定だ。

 ──バンエルティア号を一度出航させておけばいい?

 ──いや、警備を引き付けさせるようあいつらに言ってくれ。 その隙に俺達が仕事

をこなす。

 ──了解。

     さて、警備をひきつけてくれという頼みごと。

 ひきつけるにも色々なやり方がある。

 単純に、乱闘騒ぎを起こすなりして警備兵に仲裁をさせ、さらにそいつを巻き込んで

事を大きくする方法。

 道を尋ねる、話を長くする、酔ったフリをして絡むなど、割合穏便な方法で警備兵を

引き留める方法。

31 dai san wa rantou sawagi no otoko tachi

 私達はアイフリード海賊団だ! と名乗って注目を集める方法。 これは論外か。

 一番安全な2つ目の方法で行って、それでも注意が向きそうになったら1番に切り替

える方針で行こうか。

「サムサラ姐さん、副長はなんて?」

 ──もうすぐここの倉庫街で仕事をしにくる。 だから、警備兵をひきつけて欲し

いって。 警備兵に絡んだり、引き留められそうになかったら乱闘騒ぎを起こして。

「アイマム! おまえら、騒げってさ! 出来るだけ倉庫から離れてな!」

 それだけじゃ伝わらないと思う。

「はぁ? 騒げって……騒ぎを起こせって事でいいのか?」

「副長たちが倉庫に向かってるから、そっちに気が向かない様にしてほしいとのことだ」

「はーん、じゃあ乱闘騒ぎが一番良さそうだな。 俺が様相変えてから適当に港の人間

に絡むからよ、誰か止めに入ってくれ」

「じゃあ俺が行こう。 俺が勝ったら昨日の賭けはチャラな」

「いや別に勝負しろって言ってるわけじゃ……」

 船員の1人、フェリスという名のひょろっこい男がバンエルティア号を降りる。

 だらりと下げた左手には酒瓶。 すでに歩き方が千鳥足。 役者だなぁ。

 フェリスはそのたどたどしい足取りのまま武器を売っていた1人に近づき、恐らく酒

32

臭いであろう息を吐きかけながらもたれかかった。

  「よぅあんちゃん……。 一杯飲まねぇかぁ?」

酒臭さけくさ

「え? うわ、おっさん

っ! 酔いすぎてフラフラじゃねーか……。 あー、おっさ

ん。 俺今仕事中なんだわ。 他の人探してくれよ」

「あぁん? だーって一杯飲めよぉ! ほら、ぐびーっと!」

「……はぁ。 すみませーん、警備兵さんちょっとこの人引き取ってもらえませんかー

?」

 本当に役者だな。 だが、警備兵に連れさられては困る。

 先程おれが行こうと言った男、サムがフェリスの肩を掴む。

「よぉ酔っ払い。 このあんちゃんが困ってるのわかんねぇか? とにかく離れろや

!」

「はぁ? 誰だてめーは! ってーな、何しやがる!」

「ちょ、ちょっとお二人とも落ち着いて……」

「うっせ黙ってろ! この小僧、人が折角気持ちよく酔ってた所を邪魔しやがって、ただ

じゃおかねぇ!」

33 dai san wa rantou sawagi no otoko tachi

「相手になってやるよおっさん。 その酒瓶は持っててもいいぜ。 ハンデだよ」

「上等だァァアアアア!」

  フェリスが酒瓶でサムに殴りかかる。 中身は……まだ入ってるじゃないか。 

もったいない。

 サムは半身になってフェリスの大振りな振りかぶりを避け、横から顔を殴る。

 何やら私怨が入っているような。

 「ちょ、店の前で喧嘩するのはやめてくれ! 警備兵!」

「痛ってぇな若僧が……おら!」

  フェリスがよろめきつつ右の膝蹴りをサムの腹へと入れる。 

 「かはっ!?」

「おら調子乗ってんじゃねぇよ!」

 さらにフェリスの酒瓶フック。 割れる酒瓶。 あ、中身水だったんだ。

「調子乗ってんのはお前だ酔っ払い!」

34

 サムも負けじと応戦する。 フェリスの胸元を掴み、押し倒すようにして殴る。

 まるで本気の乱闘だが、一応演技だ。 特技も使っていないし。 酒瓶で殴っても血

の一滴も出ていないのがその証拠といえるだろうか。 サムの方は聊か本気度合いが

強そうだけど。

 「そこ! 何をしている!」

  ついに警備兵の目を引く事が出来た。 ゼクソン港の門付近にいた警備兵は、つかつ

かと2人の方へ歩いてくる。 一瞬目を合わせる2人。

「あぁ!? 邪魔すんじゃねぇよ公僕がよぉ!」

「対魔士にもなれなかった落ちこぼれの癖に俺らに楯突いてんじゃねぇ!」

「酔っ払いの乱闘か……。 もう一人来てくれ!」

 2人の喧嘩、戦闘力を見て1人で抑えきれないと判断したのか、警備兵は応援を呼ぶ。

 ゼクソン港の門の警備を無くすことは出来ないので、必然的に暇な倉庫街の警備兵が

応援に来た。

 その間にも2人は喧嘩をする。 殴る、蹴る、どつく、頭突く。

 どれもまともにダメージが入っていないのに、傍から見れば本気で殴り合っているよ

35 dai san wa rantou sawagi no otoko tachi

うに見えるだろう。

「ほら、止めろ! 落ち着け……ぐぁ!?」

「スカしてんじゃねえよ狗が! 邪魔すんならお前もぶちのめす!」

「あぁ酒臭ぇ! なんだ、警備兵とかのたまっておきながらお前もさっきまで酒飲んで

たんじゃないのか!?」

「わ、私はそんなこと……ぐっ!? この酔っ払いどもめ!」

「お前まで乱闘してどうするのだ……。 各個撃破で行くぞ」

 撃破したらマズいと思います。

   さて、2人が乱闘騒ぎを起こして警備兵をひきつけている内に、ゼクソン港の門を奇

妙で珍妙な集団が通り抜ける。 言わずもがな、アイゼン含む主人公御一向だ。

 こんな乱闘騒ぎの起きている時にあんな奇抜な集団を通すなんて職務怠慢では、と

思ったのだが、よくよく見れば門にいる警備兵。 赤いスカーフをしているではない

か。

 こんなトコにも血翅蝶。 見届け役という処か。

 

36

 彼女らはスルりと倉庫街の方へ抜けていく。 そのまま、海に面した1つの倉庫に

入った。

  ──フェリス。 そろそろ収束に向かって。

 ──アイマム。

  ──サム。 続きは船内で。

 ──フェリスの野郎膝を入れるのはズルいだろ……アイマム。

  フェリスとサムに交信を入れて、騒ぎを収束に向かわせる。

 ぱったりと止めてしまっては疑われるので、慎重にゆっくりと、だ。

「ひっく……おかしいだろぅよぉ! なんで俺を置いて出て行っちまうんだ……」

「何の話だ! この野郎!」

「うぐぅ!? 娘がよぉ……娘がよぉ……!」

「……はぁ。 つまり、娘に出て行かれた父親のヤケ酒という所か。 くだらん騒ぎを

……」

 倉庫から霊力の気配。 ライフィセットか。

37 dai san wa rantou sawagi no otoko tachi

 む、港に船が。 この気配は……対魔士。 エレノア・ヒュームか。

「くだらんとはなんでぇ! 公僕の狗にはわからんだろうが、半身を捥がれた気分なん

だぞ!」

「……私には、妻も娘もいない。 もう、な」

「ガルシアさん……」

 あのガルシアという警備兵の過去の暴露によって、フェリスとサム、巻き込まれた警

備兵は喧嘩という空気ではなくなる。 予定とは違うが、いい感じだ。

「先程、対魔士になれなかったと言ったな。 確かに私には対魔士としての素養が無

かった。 それでも、妻と娘を殺した業魔を──いや、業魔から民を守るために、私は

ここにいる」

「……うぅ……すまねぇ! 一時の感情に任せて、酒なんかに頼って……俺は、俺はァ

!」

 ベルベットたちが倉庫から出てきた。 そして、船を降りたエレノア・ヒュームと戦

闘を始める。

「あー……なんだ。 酔っ払いのおっさんも、警備兵のあんちゃんも、ひでぇ事いって悪

かったな。 その……俺みたいな若僧じゃあんたらの気持ちを全部わかってやること

はできねぇけど……あー、なんて言ったらいいかわかんねぇけど、頑張ってくれよ」

38

「いや、君のような心を持つ若者が、人間の未来を創っていくのだ。 此度の事は不問に

する。 マルシュ、怪我をしていたら申し訳ないのだが、それでいいだろうか」

「いえ、ここで話を蒸し返すほど子供じゃありませんよ……。 大した怪我も負ってま

せん。 その……酔っ払いの君。 生きていれば、何度でも娘さんと出会えるだろう。

 それまでに私達にしょっ引かれないよう、真っ当に生きてほしい」

 倉庫の火の手が如実に見え始める。 そして、エレノア・ヒュームもベルベットたち

に敗れたようだった。

「あぁ……ありがてぇ。 警備兵さん達も、頑張ってくれよな」

「うむ」

「あぁ」

 こちらはもう大丈夫か。 全て演技だというのだから、恐れ入る。 ちなみにフェリ

スはずっと独身だ。

    「エレノア様は、ぼくが守るでフよ〜! かかってこいでフ〜!」

39 dai san wa rantou sawagi no otoko tachi

 ダミ声。 

「……か、かわいい……」

「そ、そうでフか〜?」

 ライフィセットはノルミン族全般が好きなのか。

  そのノルミンを見て、何故か聖寮の船の船首に乗っていたマギルゥが目を光らせる。

「見ぃぃぃぃぃぃつけたぞぉぉぉぉぉおお?」

「この、バッドなお声は〜!?」

「裏切り者ビエンフー! 珍妙にお縄につけぃ!」

 マギルゥの探し人、ビエンフー。 プレゼントボックスのような帽子を被る、私と同

勝色かついろ

じネコ系ノルミン。 体色は帽子と同じ

「出、でたぁぁぁあああぁぁぁあ!?」

 マギルゥに驚いたビエンフーは、まるで幽霊でもみたかのような声を出してエレノ

ア・ヒュームの中に戻って行った。

 「こ、こら! 戦いなさい!」

 

40

 勝手に体内に戻って行ったビエンフーをもう一度出そうとエレノア・ヒュームが頑

張っていると、とうとう火事の黒煙が見逃せない程の大きさになって膨らみ始める。

 「お、おい……煙上がってないか?」

「本当だ……火事だ、火事だぞ!」

  船乗りたちが騒ぎ始める。 と思ったらアレうちの船員じゃないか。 

 チラりとベンウィックを見ると、ニヤりと返された。

 時間を稼ぎ終わったベルベットたちは即座に逃走を図る。 マギルゥを担いでいく

事も忘れない。

 エレノア・ヒュームはうちの船員の混ざった船乗り、警備兵たちに支持をだし、消火

活動を始めた。 怪我も痛むだろうに、大した正義感だ。

 ベルベットたちが門を抜け、ダーナ街道に出ていくのが見える。 これで一息つけそ

うかな。

  ──エレノア・ヒュームはとりあえず消火活動に勤しんでる。

 ──了解だ。 何か動きがあったら知らせてくれ。

41 dai san wa rantou sawagi no otoko tachi

 ──うん。

  アイゼンに交信を入れて、エレノア・ヒュームを観察する。

 何やらを考える動作は、恐らく倉庫にあったものについてだろう。

赤聖水

ター

 

。 とある中毒性のある鉱石から造られる、薬品とは名ばかりの……いや、あ

る意味正しいか。 所謂麻薬だ。 それを高値で売りさばいて、中毒性と依存性により

更に金儲け、というのが教会の大司祭ギデオンの策略。

 欲が過ぎれば……。

  この世のシステムだ。

42

dai yon wa shinnnaru nama

e to osake to tsumami

  ──倉庫以外の場所は燃えていない。 安心した?

船止め

ラー

 ──あぁ。 

にいらん恨みを売っても仕方ないからな。

赤聖水

ター

 ──そう。 そういえば、

は飲まないでね。 

赤精鉱

せきせいこう

 ──

か。 丁度今、その精製現場にいる。

赤聖水

ター

 ──アイゼンたちが燃やした倉庫、

がいっぱいあったって。

 ──……そうか。 交信を切るぞ。

 ──うん。

   彼女らは順調に血翅蝶の依頼を片付けているようだ。 この順番であれば、最後は王

国医療団を狙う者達の排除。

赤聖水

ター

赤聖水

ター

 王国医療団は

を運び、襲撃者こそは

の中毒者となった血翅蝶のメン

バー。

43 dai yon wa shinnnaru namae to osake to tsumami

 して、彼らは業魔となりてベルベットたちに駆除される、と。

 人間が業魔になる仕組み。 私はソレを知っているが、果たして人間はそれを知り得

た所で克服する事はできないだろう。 一部の強き者達を除いて。

 ちらりとマスト上から下を見遣る。 甲板で向き合っているのはフェリスとサム。

 飲み比べで朝の戦いの続きをしているらしい。 周りを取り囲む船員もまた、ヤジを

飛ばしてはその戦いの行方を楽しんでいる。 ベンウィックは操舵輪のとこから見下

ろしていて、なんともまぁ呆れ顔だ。

 彼らは己が流儀、そしてアイフリード海賊団としての流儀に守られている。

 彼らが業魔にその身を堕とさないのは、この流儀のおかげだといっても過言ではない

だろう。

 聖隷はまた違うシステムにいるのだが、流儀に守られている事に変わりはない。

 いま眼下で騒いでいる彼らは、果たしてその生を終えるまでその流儀を持ち続ける事

ができるか……。 

 大丈夫だと、信じたい。

   

44

    ──定時連絡。 今どこに居る? 何してる?

 ──ローグレス離宮の大司祭ギデオンを暗殺しに行くことになった。 今は王都の

酒場だ。

 ──船長の情報は?

 ──恐らくアイフリードは離宮ではないどこかに捕えられている。 拷問をしてで

も、あの遺物の在り処を吐き出させるためにな。

 ────────そう。 気を付けてね。 何かあったら、バンエルティア号に戻っ

てきて。

 ──……なんだ? えらく抽象的だな。 何かを知っているのか?

 ──ローグレス離宮の地下深くに、ベルベットと同じくらい強い穢れの気配が1つ。

 そして近くに、感覚の掴み辛い気配が1つある。 

 ──ベルベットと同じくらい、か。 

 ──また定刻に連絡を入れる。

 ──あぁ。

45 dai yon wa shinnnaru namae to osake to tsumami

      離宮から特別強い霊力……そして、契約術の気配。

 フューシィ=カス……hurrxel=capsか。 幼きマギルゥが付ける名と

しては、その心情が伺える。

 なんだかんだ言って、あの勝色のノルミンはその名を体現しているのだろう。

 そして恐らく今より身を堕とす、大司祭ギデオン。

 彼は惜しかった。 自身の中に確たる流儀さえあれば、業魔になることはなかっただ

ろう。 しかし彼は、自身のすることに少なからず後ろめたさがあった。 

 それが原因で、彼は身を焦がす。

 ノルミン・───────として、見送ろう。

   

46

     ──定時じゃないけど連絡。 依然として離宮の強大な穢れは消えていないけど、生

きてる?

 ──あぁ、撤退した。 結果的にだが大司祭ギデオン暗殺は完了した。 今は、聖主

の御座へ入る方法を……鍵をタバサに尋ねている所だ。

 ──そう。 私は行かないからね。

 ──……知っていたのか。 俺が来い、と言ってもか?

 ──行かない。 こと感知においては私の方が強いけれど、私はAランク、って場所

に入らないから。

 ──そこまで知っていたなら、何故言わなかった。

 ──言えない理由があった。 言わない流儀があった。 ダメ?

 ──いや、いい。 それがお前の流儀なら、自由だ。

 ──うん。 安心して。 風はすぐ近くにいるから。

 

47 dai yon wa shinnnaru namae to osake to tsumami

      甲板を見遣ると、船員は皆眠っている。 まぁ時間は深夜なので当たり前なのだが、

船室で寝ずにこうして甲板にいるのは、さっきの酒盛りのまま眠ったからだ。

 今起きているのは、私と、私の隣にいるベンウィックだけ。

「サムサラ姐さんっていつから船長と一緒にいたんでしたっけ?」

 ──バンエルティア号が無い時から。 でも、一時期私は離れていた事があった。

 ベンウィックも酔ってはいるが、泥酔するほどではない。 酒に強いのか、こうして

皆が寝静まった後私と一緒にちびちび飲んでいる事も少なくない。

「あれ、そうなのか。 何をしていたのか聞いても?」

 ──調べもの。 あと、厄介なのに会わないためでもあった。

 厄介なの、というのは同じノルミン族の奴の事だ。 あの暑苦しい奴の事だ。

「ふーん……。 ふぁぁ……」

 ──眠いなら寝るといい。 私も寝るから。

48

「そうしますー……。 おやす……ってもう寝てるし!」

         早朝。 私の感知範囲内に、小型の何かが飛来してきた。 シルフモドキだ。

 シルフモドキは私の周りを一周すると、所定位置……ベンウィックの頭の上に止ま

る。

「んあ? ……あ、副長からの手紙……ふむ……お前ら起きろ! 仕事だ!」

 寝起きでも判断力は最適。 やはりベンウィックは有能だ。

 私の交信と比べて、シルフモドキの良い所は絵や図面を伝えられる事だ。 今回のよ

うに地図を描いて、どこまでいったら感知され、どこに検問があるかなどは地図で伝え

た方がわかりやすい。

49 dai yon wa shinnnaru namae to osake to tsumami

 ちなみに私の交信はシルフモドキにも使える。 シルフモドキの感じ取っている波

長というのは、つまり個々人の霊力の事だから。 彼らは種族として霊応力に長けてい

るのだ。

 もっとも、交信をしたところで言語がわかるわけではないのだが。

「フェリス……いけるか? 二日酔い大丈夫か?」

「あの程度で二日酔いになんかなるかよ! サムはなったみたいだけどな」

「うぅ……折角賭けをチャラにできると思ったのに……」

「んじゃフェリス、検問の偵察頼んだぜ」

「おう。 行ってくる」

 聖主の御座の検問の偵察に行くのはフェリス。 ひょろい見た目は、その実素早い身

のこなしに長けているが故だ。 そして、昨日のごたごたのおかげで警備兵にある程度

の顔つきは覚えられているはず。 心を入れ替えて商売しているとでも言えばすんな

り街の検問を通ってこられるだろうという判断か。

「んじゃ行ってくる」

「おう」

 さて、もうすぐ彼女らが戻ってくる。 ビエンフーとの顔合わせは初めてだが、なる

ようになるだろう。

50

        「あぁ。 検問に偵察を出した」

「まだ戻らないのか?」

「はい。 もうちょっと待ってください」

 ベルベット達が合流しても、フェリスは戻ってこなかった。 先程交信を入れた所ま

だダーナ街道にいるらしい。

  ──警備がかなり厳重で、もう少し時間かかるみたい。

 ──そうか。 フェリスに命を優先に、とだけ言っておけ。

 ──言われなくてもそうすると思うけど、わかった。

51 dai yon wa shinnnaru namae to osake to tsumami

 アイゼンに交信を入れ、またフェリスに繋いで伝達する。 一々切り替えなけばいけ

ないのが面倒だ。

 ──フェリス。 命を優先に、だって。 アイゼンから。

 ──いや、もう情報は手に入れました……が、検問が厳しくて夕方頃になる可能性が。

 ──そう。 地図?

 ──はい。 シルフモドキも感知されますね。 聖隷がいます。

 ──じゃあ待つね。

 ──ダッシュで帰りますよ。

        「そうだアイゼン。 上に居るサムサラはAランクじゃないのか? Aランクならそれ

52

で事足りる気がするんだが……」

バンエルティア号

「前にも言ったが、サムサラは拠点防衛に特化している。 

を離れる

事はない」

「無理矢理引きずって連れて行けばいいでしょ。 意識を奪ってでも」

 そう言って、ベルベットが喰魔となった腕を見せる。 

船員クルー

「あいつは俺達アイフリード海賊団の

だ。 あいつに手を出せば、俺達全員が相手

になるが?」

「……ふん」

「ね、ねぇアイゼン。 サムサラは喋れないの?」

 険悪な雰囲気を察知したライフィセットが話題を変える。 着々と情緒が芽生えて

いるようだ。

「お、そういえば俺も気になってたんだ。 どうなんだアイゼン」

「……」

マスト上

 

を見てくるアイゼン。 恐らく言ってもいいか? という確認だろう。 

 まぁ、言ってもいいか。 現在はフェリスの位置を知り続けるために他人には繋げな

いのだが。

 こくんと頷く。

53 dai yon wa shinnnaru namae to osake to tsumami

「喋れないのか、喋らないのかは俺も知らん。 だが、あいつは交信という特殊な術を使

うことができる。 それによって意思疎通は可能だ」

「交信?」

「繋げた相手と1:1の会話が可能になる術、と言っていた」

「なによ、ソレ。 シルフモドキより便利じゃない」

「だが絵や図は伝えられない。 出来る事は会話と、そいつがどこにいるかの感知だけ

だ」

 術なのか、私の特殊能力なのかはよくわからない。 霊力を消費しているわけでもな

いし。 疲労もないし。

「へぇ〜! じゃあ僕もサムサラと話せる……のかな」

「今は偵察に行った奴の動向を感知し続けているから無理だ」

「どんな副作用があるかもわからないモノを不用意にかけられても困るわ」

「だが、その能力はかなり有効に使えないか? ん……? あぁ、だから拠点防衛をして

いるのか」

 副作用。 あるとすれば、行動が私に筒抜けになる事くらいか。 と言っても地図上

からみる程度の大まかな位置と高低差くらいしかわからないのだが。

「あぁ。 サムサラの能力により、バンエルティア号はいつでも俺の位置を探る事がで

54

きる。 俺だけじゃない、他の船員の位置や業魔、聖隷の位置までもな」

「おやぁ? そんな便利な能力があるのならば、バン・アイフリードも探せるんじゃない

かのー?」

「……それは、無理だ」

「何故じゃ〜? 距離制限でもあるのかのぅ?」

 私の交信の欠点。 それは。

朦朧もうろう

「サムサラの交信は、意識が無い、もしくは意識が

としている奴には使えないから

だ」

 恐らくアイフリードは、現在メルキオル・メーヴィンの幻術下にある。 マギルゥが

されたように心を壊され続けているのだろう。 もっともその程度でどうにかなるア

イフリードではない。 だが、彼もまた人間だ。 心に隙間が或る。

 そしてそれを増幅する道具こそ、ジークフリート。 戦い続けている彼が負けるの

は、その術式が彼に牙を剥いた時だろう。

「なんでもいいわ。 ソイツが聖主の御座の結界を破壊するのに使えない、ってことだ

けわかれば。 やっぱりAランクの聖隷を奪うしかないのよ」

「だな。 まぁなんとかなるだろ!」

 ロクロウが朗らかに笑う横で、マギルゥは何かを考え込むように俯いている。 恐ら

55 dai yon wa shinnnaru namae to osake to tsumami

件くだり

く意識の

でメルキオル・メーヴィンの幻術を思い出したのだろう。 そしてソレが、

アイフリードを操ろうとしている事も。

「あ、あの〜……さっきから話に出てるサムサラって人は誰なんでフかー?」

 ずっと話に入れなかったビエンフーが恐る恐る聞く。 そういえばビエンフーの使

役術、書き換えられていたんだっけ。 まぁ彼の連絡手段は伝書鳩のようだから、そこ

に介入すればいいだろう。

「あ! ビエンフーはサムサラと会った事ないんだっけ……」

「そういやそうだな。 サムサラも同じノルミン族なんだろ? やっぱ気が合うんじゃ

ないか?」

 そう言ってこちらを見上げてくる一同。 興味無さそうにしながらもベルベットま

で見ているじゃないか。 

 どうしよう、行った方がいいのかな。 フェリスはもう検問に近いし。

 よし、行こう。

  フワリと身を投げるように落ちる。 そして、甲板に着地。 ぽよん。

「お、おぉ〜! ぼくと同じネコ系ノルミンだったんでフね〜!」

「ネコ系?」

56

「はいでフ。 僕は例外でフけど〜、本来ネコ系ノルミンは人里離れた所で暮らしてい

て、基本的にダウナー系でフ。 もう一つのイヌ系ノルミンは人と共に暮らし、基本的

にアッパー系でフねー」

 ──私はネコ系。 それと、フェリスは検問に引っかかってる。 ご飯でも食べたら

? ──こちらから助け舟を出すのはよしたほうがよさそうだな。 

「ぼくはビエンフーっていまフ。 よろしくでフ〜!」

 ──サムサラ。 よろしく。

「ええっ!? い、いまどこからか声が聞こえたんでフけど……」

「それがサムサラの交信だ。 偵察が返ってくるまでもう少しかかるらしい。 各自、

腹を満たすなり休むなりするぞ」

      

57 dai yon wa shinnnaru namae to osake to tsumami

  「……!」

 ライフィセットがキラキラした目でこちらを見てくる。

 〉繋げてあげる。

 ──サムサラ。 よろしく。

「え、あ、よろしく……?」

「声が響いてきた場所に返す様に念じて見ろ。 それで会話が出来る」

 ──こ、こうかな……?

 ──それでいい。 それじゃ、切るね。

「あっ……」

 交信を切ると、残念そうな顔をするライフィセット。 彼も男の子、こういった不思

議なものに目が無いのだろう。

    

58

       「……何? アレを手に入れただと?」

「シッ! ばか、声がでかいんだよ!」

 フェリスが検問で引っかかってから結構経った。 アレから何度か繋げたが、なんで

も業魔で構成された賊なんてのが王都周辺にいるらしく、中々進まないそうだ。

 そんな中、船尾でロクロウとダイルがこそこそと話していた。 ロクロウはともかく

ダイルは見た目完全な業魔なのだから、そんな目立つところに居ない方がいいと思う。

「やっとの思いで手に入れたイリアーニュの赤葡萄心水なんだぞ? ベンウィック達に

見つかったら、全部呑まれちまうだろうが」

「なんだ、あいつらには内緒なのか」

「あったりまえだろ……。 あいつらは腹いっぱい飲み食いできりゃそれで満足なんだ

59 dai yon wa shinnnaru namae to osake to tsumami

からよ……。 ガキに、貴重な赤葡萄心水なんか飲ませられるか」

「まぁ、そうだな……。 よし、イリアーニュならルカレラチーズが合うな。 よし、

どっかで手に入れるから、そんときまであいつらに見つからない様にどっかに隠してお

けよ?」

「おう、まかせと──」

 ──秘蔵のスパーディッシュサラミがある。 どう?

「うおっ!? ……だ、誰だ!」

「ん? どうした?」

「いや、今どこからか秘蔵のスパーディッシュサラミがどうのと……」

「ほほぅ? イリアーニュの赤葡萄心水にルカレラチーズ、スパーディッシュサラミか

……。 最高の組み合わせだな」

 ──でしょ? 分けて上げるから、赤葡萄心水も少しわけて欲しい。

「ん? ダイルの声……じゃ、ないな。 もしかしてこれがサムサラの交信か?」

 ──そう。 1人ずつしか繋げられない。 それで、どう?

「赤葡萄心水の分け前が少し減るのと、スパーディッシュサラミか……俺はいいぜ。 

ダイルは?」「お、おう。 俺もかまわないぜ。 スパーディッシュサラミも高級品だし

な……」

60

 ──ルカレラチーズ待ってる。 鬼海アスラの蒼翔魚のひれもあればよかったんだ

けど。

「蒼翔魚のひれ? それは知らんな……美味いのか?」

「蒼翔魚っていったら、海の上を飛ぶように跳ねるっていう幻の魚じゃねぇか。 確か

昔の船乗りが遭難した海でのみ見たって聞いたが……」

 ──イリアーニュの赤葡萄心水も、ルカレラチーズも、スパーディッシュサラミも、鬼

海アスラの島々が原産。

「何!? そうなのか? 鬼海アスラ……行ってみたいが……」

「おう。 遭難した船乗りの話じゃ、その魚は船体に突き刺さる速度を持っていたそう

だ」

 ──蒼翔魚のひれは身体を制御するために他の部位より筋肉が多い。 食感はコリ

コリ。

「そりゃあ……美味そうだな。 しかし異界探索はベンウィックの担当だ。 どうする

かね……」

「突き刺さる速度の話を聞いて美味そうと思うのか……。 いや、身が引き締まってい

ると考えれば確かに美味そうだな……」

 ダイルには途中から私の声が聞こえていないので、微妙に話がかみ合っていない。

61 dai yon wa shinnnaru namae to osake to tsumami

 しかしイリアーニュの赤葡萄心水は楽しみだ。 蒼翔魚のひれは、適当に私がくすね

て……ちょろまかしておこう。

「何はともあれルカレラチーズだな。 ダイル、ベンウィックたちに絶対に見つかるな

よ?」

「おう……。 スパーディッシュサラミを想像したら涎が出てきちまったぜ」

  「緊張感の無い奴らね……」

62

dai go wa anata no utsuwa

 ha ?

 「そいつはペンデュラムを使ったんだな」

「えぇ。 しかも検問の対魔士を全部吹っ飛ばしました。 アイツなら、船長とも遣り

あえますね」

 ザビーダだ。

 フェリスが戻って来て、聖寮の検問が襲われている事を伝えてくれた。

不殺ころさず

 喧嘩屋ザビーダ。 今の彼は

を流儀としているだろうから、聖寮の対魔士すらも

死んではいないのだろう。

 アイゼンはソレを聞いてすぐにその場に向かってしまった。

 ベルベット達もそれを追いかける。

 ──アイゼンとペンデュラム使いが接触。 交戦した。

 ──ッ!? ……成程、これが交信ね……。 わかったわ。

 一応ベルベットに連絡を入れる。 そういえばベルベットにはまだ繋いだことな

かった。

63 dai go wa anata no utsuwa ha ?

 驚かせちゃったかな。

 私の交信は、私が気配を感知したことが或る者で且つ意識のあるものであれば、その

全てにつなげる事が出来る。

 そして私はザビーダを……彼が彼の愛する者と一緒だった時に感知済みだ。

 交信は意思を送らなければストーキング行為として使える。

 ザビーダの位置とアイゼンの位置が重なった事が戦闘開始の合図なのだ。

 そこへ、ベルベットも到着した。

 うーむ。 一番の戦闘好きであるはずのロクロウが、一番戸惑っているな。

 しばらくして、彼らの動きが変化する。

 具体的に言うと聖隷4人が一列に。

 そして、膨れ上がるカノヌシの気配。

 結界が割れたようだ。

 ──ベンウィック。 出航の準備はしてある?

 ──え? してありますけど……なんでまた?

 ──恐らく……ううん、確実にこの港へは戻ってこないから。 

 ──えぇ!? あー、でも副長が一緒に居るならそれもありえるか……。 

 そういう意味ではない。

64

 遥か未来で導師が地脈間移動を行っていた様に、地脈の裂け目にはできやすい場所と

できにくい場所がある。

 できやすい場所とは地脈が飽和、ないしは重なっている場所。

 できにくい場所とは地脈が薄い場所の事だ。

 史実通りイボルク遺跡に出る可能性が一番高いのだが、何かの間違いでパラミデスや

タイタニア、ともすれば鎮めの森に出る可能性だってある。

バンエルティア号

 

が迅速に動く必要があるのというわけだ。

  む。 また膨れ上がった。

 結界を着々と崩して行っているようだ。

 そして。

  最後の結界が崩れた。

 途端、溢れ出る剣気と気配。 前者はアルトリウスで、後者はカノヌシか。

 この戦いに於いて、私のやるべきことは2つ。

 ドクン、と。 聖主の御座の方から聖主カノヌシの力が脈動する。

 捉えた。 1つは、このカノヌシの気配を感知する事。

65 dai go wa anata no utsuwa ha ?

 そしてもう1つは──。

 カノヌシの付近に、もう一つ強大な力が出現する。

 私のノルミン・──────としての部分が反応する。

 ここ!

  ドバッと頭に波が押し寄せ、弾かれるように頭を反らす。

 だが、口角が少しだけ上がる。

 やっと失っていた記憶を思い出せた。

 人間だった頃の記憶ではなく、ノルミンとしてこの世に生まれ出でてからの記憶。

 すなわち、地脈に蓄積された記憶だ。

 今やった事は、とても単純だ。

 裂けた地脈を狙って、地脈に交信を繋げた。

 地脈とは意識と無意識の集合体。 私の交信が繋がらない道理はない。

 これで私のやりたいことの半分は終了したような物。

 さて。

 あの場にいたベルベット、ロクロウ、アイゼン、マギルゥ、ビエンフーにライフィセッ

ト。 ついでにエレノアに交信を繋げてみようとこ試みたが、繋がらない。

66

 矢張り普段は地脈とこちらの世界は絶たれているか。

 まぁ彼女らならすぐに──って早っ!?

 地脈の中は時の流れが違うのかな……。 そんな話聞いたことないけど。

 まぁいい。

 感知範囲。 やはりイボルク遺跡に出たようだ。

 ──アイゼン。 大丈夫?

 ──む……サムサラの交信が繋がるということは、少なくとも地上には出ているよう

だな。 場所はわかるか。 意匠からして聖主ウマシアの聖殿のようだが。

 ──アイルガンド領だね。 カドニクス港にバンエルティア号を向かわせる。

 ──頼んだ。

  ベンウィックに指示を出すと、彼はすぐさま他のクルーにも伝達。 バンエルティア

号はアイルガンド領に向けて出発した。

    

67 dai go wa anata no utsuwa ha ?

    夜が明けて。

 ──ベンウィック。 船を止めて。

「え? あ、アイマム」

 カドニクス港が近くなってきた。 が。

 案の定、聖寮の船が近くにいる。 気配から見て、乗っているのはシグレ・ランゲツ。

 こちらの戦力で当たるのはキツイなんてものじゃない。 全滅必至だろう。

船止め

ラー

業魔ダイル

 普段であれば

に頼むという手段を取るのだが、何分現在この船には

が乗っ

ている。

 もし万が一、聖寮の聖隷や対魔士に感知されたら色々と厄介な事になってしまうだろ

う。

 ──聖寮の船が近くにいる。 恐らく特等対魔士が乗ってるね。

「えぇ!? そ、それ副長達には伝えたんですか!?」

 ──まだ。 伝えるから切るね。

「そうしてください……」

68

 呆れ声のベンウィック。

 ベルベットの特異な気配と、エレノア・ヒュームの中にいるライフィセットの気配が

現在どういう状況なのかを教えてくれているのでそこまで急ぐ必要は無いと思うのだ

が……。

 その状況というのは、ベルベット及びアイゼンらが固まって一定距離を置いたエレノ

ア・ヒュームを尾行しているという物。 あ、止まった。

 この霧のような気配はメルキオル・メーヴィンの術か。

 干渉できない事もないが、確実に感付かれる。 そうなればシグレ・ランゲツがこち

らへ向かってきかねない。

 ロクロウの獲物を奪うわけにはいかないというもっともらしい理由8割、ああいうの

を相手にするのは非常に面倒という理由2割だ。

 まぁ彼がこちらへ興味を向けるとも思えないのだが、彼の傍には聖隷ムルジムがい

る。

ノルミン

 あの聖隷は

とも、アイゼン達とも違う。

 ムルジム──Murzimは、「吠えるもの」「予告するもの」。

 私の存在を勘付かれては少々困るのだ。

 さらに言えば、彼女が寄り添うシグレ・ランゲツは気まぐれで且つ、「光り輝く者」「焼

69 dai go wa anata no utsuwa ha ?

き焦がす者」なのだろう。

 色々な意味で私とは相性が悪い。

 天狼を刺し殺すのはサソリの仕事だ。 大人しくロクロウに任せた方がいいだろう。

  ──定時じゃないけど連絡。 今どこにいる? 何してる?

 ──イボルク遺跡を出た所だ。 ライフィセットの器となった対魔士の女を尾行し

ている。 船はどうだ?

 ──聖寮の船がカドニクス港にいる。 あと、恐らく特等対魔士が乗ってる。

 ──……メルキオルか?

 ──ううん。 多分、ロクロウの獲物。

 ──そうか。 事が動いた。 交信を切るぞ。

 ──うん。 気を付けて。

    強い穢れ。 だけど、非常なまでに純粋な気配。

 これがクロガネか。 なるほど、これは面白い存在だ。

70

 彼は理性を失わないだろう。 恐らく業魔になる前のみ、穢れを生んでいたクロガネ

だが、業魔になってからはその辺の人間よりも穢れを生まない存在だ。

 恨みが業魔を生むわけではない。 彼が何百年も持ち続けた恨みは彼を生かした。

 その願いを叶えさせるための手段が業魔化だっただけなのかもしれない。

 そして、それが今。

 極大の気配にかき消されようとしている。

      ──定時連絡。 生きてる?

 ──どんな連絡だ。 現在はクロガネという業魔の刀鍛冶の元にいる。

 ──そう。 カドニクス港はもう住民が避難してもぬけの殻。 いるのは聖寮の対

魔士とシグレ・ランゲツだけ。 シグレ・ランゲツはアルトリウス・コールブランドの

用心棒だって。

 ──待ち構えている、という事か……。 バンエルティア号は感付かれているか?

71 dai go wa anata no utsuwa ha ?

 ──相手の聖隷の感知範囲に入らないようにしてるから大丈夫。 あ、一等対魔士が

そっちへ行ったみたい。 エレノア・ヒュームを粛正するんだって。

 ──わかった。 このまま繋げておいてくれ。 合図をしたら、バンエルティア号を

港に付けるように伝えてくれ。

 ──うん。

    ──聖寮の船は居なくなった。 バンエルティア号を寄越してくれ。

 ──うん。 生きてる?

 ──じゃあいまお前と話している俺はなんなんだ?

 ──……死神。

  軽口を叩いてから交信を切り、ベンウィックに出発の意を伝える。

 動き出す船。 まぁ岩陰に隠れて聖隷術でちょちょっと隠していただけなのですぐ

に向えるのだが。

 

72

      「いやー、ミッドガンド領にいたはずの副長達がアイルガンド領にいるって聞かされて

驚きましたよ。 副長の死神具合にもそろそろ慣れてきたつもりだったんですけど

ねー」

「……聞かされた?」

「えぇ。 サムサラ姐さんがいなかったらシルフモドキに負担をかけていたでしょう

ね」

「アイゼン。 どういう事?」

「どうもこうも、地脈から出た時点で俺がサムサラと交信をしていた。 それだけだ。

 サムサラが俺達の位置を特定し、バンエルティア号を向かわせた。 聖寮の船のせい

で海のど真ん中で立ち往生してたみたいだがな」

「いきなり船を止めろって指示された時のベンウィックの顔の呆け具合、みせてやりた

73 dai go wa anata no utsuwa ha ?

いくらいでした」

「あぁ……その交信とかいう術は、位置を探れるんだったわね」

「もしこの術が無ければ、そうだな……ビエンフーあたりに偵察を任せていただろう」

「びええええええ!? ぼくでフか〜!?」

「体が小さくて、空を飛べる。 体色が暗色なのも良い。 カモフラージュになる」

「明らかに帽子が目立つでしょ……」

       「そういえば、アイゼンの聖隷としての器はその幸運のコイン……なんだよな?」

「そうだが……なんだ、急に」

「いや、少し気になってな。 ライフィセットの器はエレノアで……ビエンフーの器は

なんなんだ?」

74

「ボクはマギルゥ姐さんの式神を器にしてるんでフよー。 だから、マギルゥ姐さんが

式神を変えるたびにぼくは器を替えなきゃで……」

「そこはどうでもいいんだが……じゃあサムサラは何が器なんだ?」

「びえええええ!? 話を振っておいてどうでもいいんでフか〜!?」

「サムサラの器……? そういえば、気にしたことはなかったな」

 どうなんだ? という視線を向けてくるアイゼン。

 こんなにわかりやすく見せているというのに、何故気付かないのだろうか。

 ──コレ。

 丸い手で頭を指す。

 そう。 コレ。

 海賊帽。 コレが私の今の器だ。 より正確に言うなら、海賊帽の中にあるモノ、な

んだけど。 まぁ海賊帽含めて、ということで。

「……」

「ん、どうしたアイゼン。 あぁ、交信中か?」

「いや……サムサラの頭に乗っている海賊帽。 あれが器らしい」

「……アレ、なのか……。 風で飛ばされたりしないのか?」

「知らん。 俺もサムサラがあの海賊帽を脱いだ所は見たことが無い。 むしろ、そう

75 dai go wa anata no utsuwa ha ?

いうことはビエンフーに聞いた方がいいんじゃないか?」

「それもそうだな。 なぁビエンフー。 ノルミンの帽子って、取れないのか?」

「そうでフねー。 ノルミン族は帽子に拘りがあるんでフ。 だから、特殊な方法以外

では取れない様に、ちょっとした聖隷術で止めてあるんでフよ〜」

「特殊な方法を使ったら取れるのか?」

「はいでフ。 ぼくはずっとこの帽子でフが、ノルミンによっては流行に合わせて帽子

を替えたり、奇抜な物を目指したりするのもいるんでフよ〜」

 ──可愛い帽子、だね。

「ソーバーッド! なんで知ってるんでフか〜!? って、アレ?」

 ──真名のほうじゃなくて、単純に褒めただけ。

「そ、それはありとうでフ〜。 って……。 今のが交信でフか!?」

 ──そう。 よろしくね、ビエンフー。

「ソーグーッド! よろしくでフ〜!」

 「いきなりおかしくなったのかと思ったぞ」

「サムサラの交信は1人にしか使えない。 傍からいれば、独り言を呟いているように

見えるのは仕方ないだろう」

76

「便利なように見えて、所々不便な術じゃの〜」

        「俺ァダイルってんだ。 海のトカゲさ」

「俺はクロガネだ。 刀鍛冶をしている」

 トカゲ男と首の無い鎧が向かい合って話し合う姿。

 なかなか見れるものではない。

「なーんか海賊ってより、サーカスみたいになってきたな」

 その様子を傍から眺めていたライフィセットにベンウィックが話しかけた。

 サーカスか。 火の輪はライフィセットが出すとして、誰がくぐるんだろう。

 くぐれそうなのは……ロクロウあたりか?

77 dai go wa anata no utsuwa ha ?

「ベンウィックは……怖くないの? その、業魔とか」

「関係ないさ。 バンエルティア号に乗ったからには、人間も業魔も聖隷も、動物だって

海賊。 それが俺達の流儀だからな。 ま、船長や副長の受け売りなんだけど」

「船長……アイフリードって、どんな人なの?」

「そうだな……一言で言うと、この「海」みたいなアゴヒゲ男かな」

 うむ。

 相違なし。

「海みたいな……アゴヒゲ?」

「俺達はさ、みんな世の中から爪弾きにされたはみ出し者ばかりだ。 そんな俺達を脛

の傷までひっくるめて受け入れてくれたのがアイフリード船長なのさ」

「……うーん、優しいってこと?」

 アレを優しいと表現するのなら、そこら中に聖人君子が湧いて出そうだ。

「海って優しいだけじゃないだろ? 傷が或る時に海に飛び込んだらどうなる?」

「しみるし痛い……かな」

「穏やかな日もあれば、荒れる日もある。 浅い所もあれば深い所もある。 船を沈め

ちまう渦巻だってある」

「怖いし……不思議」

78

「そう。 厳しいけど不思議で……果てしない。 だから命を張ってでも飛び込みたく

なっちまう。 大海賊バン・アイフリードは……そういうデッケェ男なんだよ」

 人の身としてみるなら、恐らく最高峰。

相見あいまみ

 それこそ先程彼女らが

えたシグレ・ランゲツと同格……もしかすれば、それ以上

かもしれない男。

 ジークフリートさえなければ、その身を堕としきる事はなかっただろう男だ。

「うーん……ベルベットみたいな人、かな?」

「なんでそうなるんだよ! 俺か!? 俺の説明が悪いのか!?」

 ベルベット・クラウ。

人間・・

 確かに彼女も海のような

だ。

 包み込むような、彼女の根幹にある愛。 そして、それを覆い隠し荒れる波のような

憎。

 抑えきれぬ激情に身を焦がしたかと思えば、他者を思い遣る心も持っている。

 彼女にとっては業魔も喰魔も一部にすぎないのだろう。 彼女本人が気付いている

かは別とするが。

「ベンウィック。 進路変更だ。 レニード港へ向かえ」

「え、副長。 どうしたんですか急に」

79 dai go wa anata no utsuwa ha ?

  「……壊賊病だ。 下で三人倒れた」

80

dai roku wa hana wo sagas

u ikkou

  かつて、猛威を振るった海賊団がいた。 四海を制したとまで言われたその海賊団

は、しかしたったの数日で全滅することになる。

 壊賊病。 一味に蔓延した病の名前だ。

 発症すると高熱を出し、最後には砂となって崩れて死ぬ奇病。

 原因は不明。 だが、海の上で且つ人間しかかからない事。 そして病状が黒水晶病

に酷似している事から、恐らく霊応力と器が関係しているのだろう。

 海は地上よりもはるかに地脈の露出部分が多い。 当たり前だ、陸より海の方が広い

のだから。 そして、海は陸と違って地脈の力を妨げるモノが少ない。 史実ではアイ

ゼンが地脈とはそういう物理的な物ではない、と言っていたが、それは少し違う。

 イボルク遺跡やタイタニア、パラミデスに鎮めの祠。 ワァーグ樹林にローグレス離

宮、ベイルド沼野。 地図を見ればわかる事なのだが、その全てが海に面している。

 それこそが、人為的に地脈に近づくために必要な条件。

 キララウス火山はそのまま地脈流に乗っかっているので別枠なのだが。

81 dai roku wa hana wo sagasu ikkou

 そして地脈点とは、その地脈の露出部を結んだ円の中心に出来るもののことを言う。

 例えばカノヌシが封印されていた鎮めの祠は、聖殿パラミデス、ローグレス離宮、ベ

イルド沼野、キララウス火山を結んだ円の中心にある。

 例えば聖主の御座は、監獄島タイタニア、ローグレス離宮、聖殿パラミデス、鎮めの

祠、キララウス火山、フォルディス遺跡を結んだ円の中心にある。

 ちなみに第四種管理区域とイボルク遺跡を結んだ円の中心はワァーグ樹林だ。

 地脈はこの円を経由するように流れ、走っている。

 今回私達が進んでいた航路は丁度聖主の御座を中心とした円上そのものだった。

 そしてもう一つ。 

 地脈の中に浮かぶ蒼黒い物塊。 

 あれこそが、黒水晶なのだ。

 地脈を流れる力が飽和した時に、その力が凝固する事で形作られる、いわば霊力の塊。

  さて、元の話に戻ろう。

 壊賊病。 そして、黒水晶病の話だ。

 ・海は陸より地脈の露出部が多い。

 ・壊賊病は何故か人間にしか罹らない。 

82

 ・霊力が飽和すると黒水晶となる。

 ・人間には器がある。

 さて、後は簡単だ。

 器が或る人間が海の地脈流の真上に居続ける事でその身に霊力が溜まる。 高熱は

急激に上がった霊力によるものだろう。

 そしてその人間の器の霊力許容量が限界に達すると、飽和が始まる。 黒水晶化が始

まるのだ。

 もっとも、黒水晶となるにはそれなりの霊力量が必要なのだろう。 こう言ってはな

んだが、器の許容量が低い者は水晶へと形を為せずに砂となって崩れ去る。

 それが壊賊病と黒水晶病の正体だ。

 そして、それを治すサレトーマは恐らく霊力を吸収する花。

 あの毒々しい見た目は真実悪い効果しかないというわけだ。

 エレノアやマギルゥ、ベンウィックが一切かかった素振りを見せなかったのは、本来

の霊力許容量の高さ故だろう。

 勿論このような原理なので、感染などするはずもない。 1人が発症してすぐに港に

向かえば地脈上から外れ、飽和が収まる。 更にサレトーマの搾り汁を飲むことで、霊

力が吸収される。 まるで陸に来たから感染しなくなったかのように見えるだろう。

83 dai roku wa hana wo sagasu ikkou

 あぁ、サレトーマがワァーグ樹林に咲いていたのは地脈点だからか。

 餌があるのだ、そこに群生しても不思議ではないだろう。

   さて。

 現在ベルベットらはそのサレトーマを探しにワァーグ樹林に向かっている。

 現在倒れているの船員は4人。 感知してみれば、明らかにほかの船員より霊力が高

い。

 ここは地脈の露出部から少しだけズレているから大丈夫だろうが、地脈は常に脈動し

ている。

忽たちま

 何かの弾みでソレがズレれば、彼らは

ち黒水晶と化すだろう。 現在発症していな

い他の船員も危なくなる可能性がある。

 速い所サレトーマを持ってきてもらいたいものだ。

 ──ベンウィック。 ちょっと出かけてくるよ。

「へぁ? あ、え? ちょ、なんで今!?」

 ──大丈夫。 すぐに戻るから。

「っていうかどうやって……え? サムサラ姐さんが……歩いた……!?」

84

 些か失敬すぎやしませんかねベンウィック。

 まぁ確かに、長距離を自ら移動するなんて20年ぶりくらいだけども。

 ──すぐに戻ってくる。 勝手に出て行ったりしちゃだめだよ?

「いやそれアンタだから! ……はぁ。 いってらっしゃい」

 ──うん。

 本当にちょっとした用事だ。

 ちょっと行ってくるだけだ。

 ──対魔士の塔、ロウライネに。

         ノーグ湿原を超え、ブルナーク台地を抜ける。

85 dai roku wa hana wo sagasu ikkou

 道中獣や業魔がいたが、その程度にやられるほど私は弱くない。 それ以前に獣は

寄ってこないのだけれど。

 そして辿り着くのは、天高く聳え立つ塔、ロウライネ。

 この地は遥か昔、聖隷と霊応力のある人間が集う聖地だったらしい。

霊応力のある人間

聖隷どうぐ

 それが今は、

を訓練するだけの場所になっている。 もしア

ルトリウスやメルキオルがこれを知っていて訓練の場にしたとしたのならば、それは彼

らなりの決意なのかもしれない。

 沢山の聖隷は対魔士がうろつくその合間を縫って塔を登る。 ムルジムのような特

異性を持つ聖隷でもない限り、私を感知する事は適わない。 

 人間はまぁ……バンエルティア号を隠した聖隷術のミニver.だ。

 ゆったりゆったり塔を登り、塔の中央部へ到着した。

 吹き抜け。 差す陽光が眩しい。

 一応警備はあるが、メルキオル・メーヴィンの気配は無かった。 都合がいい。

 中央部から少しずれたところまで歩き、地面を触る。

 霊力ぽん。

 うん。 仕込み終わり。

 帰ろう。

86

       ──定時連絡。 サレトーマあった?

 ──聖寮の結界と強力な蟲の業魔という障害があったが、なんとかなった。 サレ

トーマも発見したぞ。

 ──そう。 じゃ、早く帰って来てね。

 ──あぁ。 サムサラ、お前はカブトとクワガタどちらが好きだ?

 ──ゲンゴロウかな。 お酒に合うんだ。

 ──……。

    

87 dai roku wa hana wo sagasu ikkou

 「あれ、サムサラ姐さんお帰りなさい」

 ──うん。 誰も死んでない?

「怖い事いいますね!? 大丈夫ですよー」

 ──アイゼン達はサレトーマを手に入れたみたい。 もう少し気を抜かないで。

「マジですか!? よっし、気張れよお前ら!」

「んじゃベンウィックの隠してる心水飲んでいいか─?」

「何の関係があるんだよ! ダメだ!」

「うわーしにそうだー」

「死ね!」

 ま、この調子なら大丈夫だろう。

 ん、ザビーダが近くにいるな。 そして──メルキオルも。

     

88

  ベルベット達が帰ってきた。 そして、サレトーマを渡してくれる。

 彼女たちは2、3ベンウィックと言葉を交わし、すぐにまた出発した。

 アイゼンを、追いかけて。

89 dai roku wa hana wo sagasu ikkou

dai nana wa black crystal

   「サムサラ姐さん……アンタ、副長がロウライネに向かってること、知ってたんじゃない

のか?」

 ベンウィックが問い詰める様な口調で……いや、実際に鬼気迫る顔つきで話しかけて

くる。

 ──うん。 知ってた。

「だったらなんで! なんで止めなかったんだ!? メルキオルって対魔士が、大掛かり

な罠を張ってるって、そんなとこに副長が飛び込んだら……!」

 ──そのために、私は出かけてきたの。

「え? どういう……」

 ──私には私の流儀がある。 海賊団としての流儀も持っているけど、私が私たる流

儀もあるの。 船員は勿論、アイゼンやアイフリードにも話していない流儀が。

「だから、話せないって事ですか……?」

90

 ──大丈夫。 私はアイフリード海賊団のサムサラだから。

「……わかりました。 聞かないでおきます」

 ──うん。

 少しだけ。 少しだけ、未来を変えさせてもらおう。

   ★★★★

  

真まさ

『素晴らしい……ジークフリート……

に求めていた力だ!!』

 レジェンドワイバーンを撃ち、活力を与えたかのように見えたザビーダの持つ銃、

ジークフリート。 

 メルキオルはザビーダの背後に現出し、その力を解析・複写しようと術を発動させて

──。

侵食・・

 足元を

するモノに気付き、その場を飛び退いた。

「ぐっ!?」

「何ッ!」

91 dai nana wa black crystal 

 同時、ザビーダもメルキオルに気が付き振り返る。

 そこには、黒水晶の樹が聳え立っていた。

 黒水晶の樹はまるで根を伸ばすかのように中広間を侵食する。 伴い、樹の幹も太

く、大きくなっていく。

「え……黒水晶病……!?」

「んだ、こりゃあ……ッ!?」

 それに心当たりがあるライフィセットと、それの異質さを目の当たりにしたザビーダ

が驚きの声を上げる。

 黒水晶の樹はある程度まで大きくなると、その成長を止めた。

『いたしかたあるまい……だが、その力こそ探し求めていた物……在り処がわかっただ

けでも、よしとしよう……』

 メルキオルの声が響く。

 その声には、はっきりとした悔の色が乗っていた。

   ★★★★

 

92

  これがどのような結果を齎すか。 少なくとも、ジークフリートが拡散するのは防げ

たと思いたい。 アレは、1丁だけでいいのだから。

 やったことは簡単だ。 メルキオル程の術師が踏めば、飽和した霊力が一気に黒水晶

化するように1点集中で霊力を溜めこんでおいた。 それだけ。

 黒水晶で行う地雷のようなものだ。

 これで、私の流儀の1つは果たせた……か、どうかは未来の導師の行方によるだろう。

 今はこれでいい。 どうせ後でアイゼンに問い詰められるだろうけど。

 あ、来た。

 「副長! 船長の件は……」

「やはり偽物だった。 だが、アイフリードはまだ生きている」

「あったりまえですよ!」

「だが、残された時間はそう多くはないがのぅ……」

「どういうことだよ……!」

「焦るな。 事情は後で話す」

「アイゼンも! アイゼンも、焦らないでね……」

93 dai nana wa black crystal 

「全員サレトーマは飲んだな」

「勿論!」

「副長の死神の呪いに比べれば、どうってことないっす!」

「出航準備を急げ!」

「とっくに終わってますよ!」

「いつでも出られるっての!」

「ふっ……」

「海賊の流儀、か……」

「悪くはないのぅ」

      「あの、ベンウィック……」

「ん? どうしたー?」

94

「サムサラと話してみたいんだけど……ダメ、かな?」

「いや俺に聴かれても……。 おーい、サムサラ姐さーん」

 ──今行くよ。

「お、来てくれるってさ」

 なんだろう。 イズルトへはまだまだ時間があるが、できればアイゼンのオハナシの

前に睡眠を確保しておきたいのだけれど。

 ふわりとライフィセットの前に着地する。 目が輝いているな。

「あ、えと……寝てたのなら、ごめんなさい。 だけど……どうしても聞きたいことが

あって」

 ──答えられる事なら。

「えっと、2つあるんだけど……。 サムサラはこの虫、カブトとクワガタ、どっちだと

思う?」

 ──カブガタとか、クワブトとか、カブトクワガタとか、クワガブトとか、なんでも

いいんじゃない?

「きょ、興味無さそうだね……。 やっぱり保留にしておくよ。

 それで、もう1つなんだけど……サムサラは、オメガエリクシールの原材料って、知

らないかな」

95 dai nana wa black crystal 

 ──……。

 なるほど。 それを聞きたかったのか。

 確かに、知っている知っていないで言えば、知っている。

 十二歳病の真相も、知っている。 何故オメガエリクシールが全てを治せるのかも。

 だが、それは話すことのできなモノの1つだ。

何故なにゆえ

 

、世界がそんな便利なものを継承していないのか。

 製法が失われた、と文字にするのは簡単だが、何故そうなったのか。

 それを理解していない内に教えるのは、編み出した者への侮辱となるだろう。

 失わせた者への、貶しとなるだろう。

 だから、教えない。 読み解きたくば、己で探してみるといい。

 ──言わない。

「えぇ!? そんな……大事な事なんだ!」

 ──違った。 言えない。

「言え……ない? 何か理由があるの?」

 ──それが、長く生きている者の務め。

「サムサラの流儀……みたいなもの?」

 ──違うけど、似ている。 だから私から聞き出すのは諦めて。 でも、1つだけヒ

96

ントをあげる。

「う、うん」

 ──オメガエリクシールは、確かに存在した。

「……うん!」

 助けになったようで、何よりだ。 

 ──ベンウィック。 投げて。

「はいはい。 行きますよー」

 ふわーり。 ぽん。

 なんだかすごく睨んでくるベルベットとアイゼンの視線は無視して、しばしの微睡に

意識を浮かそう。

      ──ロクロウ。 蒼翔魚のヒレ、手に入ったよ。

「む、仕事が速いな……。 残念だが、ルカレラチーズはまだ手に入ってないんだ。 も

97 dai nana wa black crystal 

う少し待ってくれ」

 ──うん。 待ってる。

「そういえば、保存はどうしてるんだ? 共用の氷室に入れるわけにもいかないだろ?」

 ──私も聖隷。 その程度の聖隷術は使える。

「なるほど、便利だな。 そういえばサムサラの属性はなんなんだ?」

 ──無。 属性聖隷術も使えるけどね。

「アイゼンが拠点防衛に特化していると言ってたが……戦闘は出来るのか?」

 ──滅多にしないけど、出来るよ。 流石に肉弾戦は無理だけど。

「そりゃあわかってるさ。 ノルミンの身体に近接攻撃は向かんだろう?」

 ──私の最も苦手とするノルミンは近接攻撃してくるよ。

「何? そんなノルミンがいるのか。 それは……斬り甲斐がありそうだな」

 ──フェニックスって名前。 多分だけど……今のロクロウ達じゃ、束になっても勝

てないんじゃないかな。

「ほほう? それは……面白そうだな」

 ──あのノルミンに関しては感知するのもヤだから、自分たちで探してね。

「おう! 良い事を聞いた」

 

98

    「……」

 ──……。

「聴かれることは、わかっているな?」

 ──答えられることと、答えられない事がある。

「……まず1つ。 今回の対魔士……メルキオルの張った罠の事、どの時点で気付いて

いた?」

 ──レニード港に着いた時点で、聖隷の集まり方と対魔士の位置で把握してた。

「……次だ。 アイフリードの件……本当に交信は通じないんだな?」

 ──通じない。 四六時中繋げようとしているわけじゃないけど、結構な頻度で試し

てる。 そして、全部ダメ。

「……いいだろう。 次だ。 ロウライネに生えた黒水晶の樹……アレはお前だな、サ

ムサラ」

 ──うん。 意図的に起こした黒水晶病。 あそこを対魔士が訓練所として使わな

99 dai nana wa black crystal 

くなるか、四聖主が目覚めるまであの樹は消えないよ。

「結果、メルキオルに術式を掠め取られなかったからそれは良しとしてやる。 最後だ」

 ──……。

「アイフリードとザビーダの関係……知っていたな?」

 使役聖隷だったザビーダとアイフリードの決闘。 アイフリードがザビーダを解放

し、機転を利かせたアイフリードがザビーダにジークフリートを渡したこと。

 勿論、知っていた。

「何故言わなかった? サムサラ。 アイフリードの居場所……知っているんじゃない

のか?」

 ──場所は知らない。 でも、どういう状況にあるのかは想像がついている。 で

も、それは言えない。 言わないんじゃなくて言えない。 

「……」

 ──それは、アイフリードに‘頼まれた’事だから。

「……。 そうか。 なら、いい」

 アイフリードは決闘に行く前、私と話していた。

 そこで頼まれた。 だから、言えない。

 言わなくても大丈夫だと、信じている。

100

     船はイズルトへ向かう。

101 dai nana wa black crystal 

dai hati wa kodaigo no ka

idoku

  ぴきーん。

 ツマミ……沢山のツマミの気配を感知した。

「ん、どうしたんですか姐さん。 そんなに目を見開いて」

 ──イズルトには……ペンギョンがいる。

「へ? あぁ、そりゃ知ってますけど……」

 ──ペンギョンの刺身は珍味にして美味。 お酒に合う。

「いや、まぁ獲りたいなら止めませんけど……バレないようにやってくださいね。 船

止めの反感を買わない程度でおねがいします」

 ──勿論。 隠匿の聖隷術はこういう時のためにある。

「ゼッタイ違うでしょソレ!」

 南洋の都、イズルトに船は寄港した。

  

102

    海中の感知範囲を強化して、あるモノを探す。

 ペンギョンではない。 それもあわよくば、と願ってはいるが、それよりも大事なも

のだ。

 それは、ジークフリートの解説書。

 クィッキー半島から流れ着いたであろう、凄まじい耐水性を持つあの宝箱を攫ってい

るのだ。

 しかし、反応はない。 聖殿パラミデスの影響か、地脈の露出部が多すぎて感知を妨

害される。 この分だともし私が地脈の内部に入ってしまえば、‘私’としての感知技能

は使えなくなると見た方がいいだろう。

 ノルミンとしてならば、別なのだが。

 む。

神の槍

カー

収穫の聖女

 対魔士……

か……。

神の槍

カー

 

と神の如き獅子は、恐らく同一の──。

「お、ペンギョン」

103 dai hati wa kodaigo no kaidoku

 ──網。

「いや、だから手伝いませんって! そりゃ食べたいのはわかりますけど……」

 ──行ってくる。

「は? ちょ、サムサラ姐さん!?」

 身体を宙に躍らせて海に落ちる。

 ぬぅ……体が浮く。 軽すぎるのも問題だな……。

 ついでに水の気配が邪魔過ぎる。

私の領域

・・・・

 アメノチ……天之常立は眠っているとはいえ、聖殿の間近だ。 

と干渉し

て、ペンギョンを追う事が出来ない。

 ──むぅ。

「サムサラ姐さんって泳げたんスね……。 ペンギョンはいましたー?」

 ──流石に戦う医学生には勝てないから諦める。

「はい?」

 ──何か掴まるモノ降ろしてくれるとうれしい。

「自力で上がってこれないのに落ちたんですか!?」

 ──上がれるけど、やると多分バンエルティア号がダメージを受ける。

 具体的には黒水晶化というダメージを。

104

「どんだけペンギョンに目が無いんですか……網、降ろしますよ」

 ──ありがとう。

       ──定時連絡。 ペンギョンが欲しい。

 ──ダメだ。 欲しかったら自分で獲れ。 バレずにな。

 ──今どこにいる? 何をしてる?

 ──マクリル浜にいる。 グリモワールと出会う事が出来た。 サムサラ、グリモ

ワールがノルミン族だという事は知っていたのか?

 ──うん。 かなり昔からいるノルミン。 ああいう性格の癖に、かなり初期に故郷

を出た変わり者。 

 ──それは既に理解した。 お前と親交はあるのか?

 ──ノルミンとしてなら知っていると思う。 私もそれなりに有名だから。

105 dai hati wa kodaigo no kaidoku

 ──お前は古代アヴァロスト語は読めないのか?

 ──そもそも古代アヴァロスト語は、グリンウッド語と言語体系が全く違う。 グリ

ンウッド語が文字の組み合わせで意味を形作るのに対して、古代アヴァロスト語は単語

と意味を紐づける。 あんな膨大な量の単語を覚える気になれなかった。

 ──つまり、読めないんだな。

 ──うん。

 ──ハリア村に着いた。 交信を切るぞ。

 ──うん。

      正確に言えば、有名ではなく異端。

 誠に不本意ながら、私と最も相性が合わないフェニックスと同じ括りに纏められるこ

とが多い。

 ノルミン族は自然を操る霊力に劣り、他者の力を引き出す能力に秀でる。

106

 私とフェニックスは、それに当てはまらないからだ。

 プリペンドやインヴァリドなんかもその括りにされることがあるが、その中でも私と

フェニックスは異端だ。 本能的にも性格的にも私はあいつが苦手なのだけれど。

 フェニックス側は恐らく苦手意識なんてないのだろうなぁ。

 アイゼンにも言ったように、古代アヴァロスト語は非常に覚えるのがめんど……難し

い。

 感覚と直感。 直覚と語感。 カタチ的には象形文字に近いか。

 意味と単語を結びつけるのに一苦労。 結びつけた物を文にするのにまた苦労。 

結び方を間違えても文になってしまうし、悪い意味で上手くいけばそのまま1ページが

終わってしまう事もある。

 恐らく現在グリモワールとライフィセットが古文書を読み解いているのだろうが、本

来であれば凄まじい日数がかかるはずだ。

 それが史実であそこまでの短時間で済んだのは、グリモワールのノルミンとしての能

力故。

 他者の能力を引き出す事に秀でたノルミン族。 グリモワールは『助言』のノルミン

だ。

 傍に居るライフィセットが求める事への助言を出し、元よりの力を高める事で読解を

107 dai hati wa kodaigo no kaidoku

推し進めているのだろう。

  八つの首もつ大地の主は。 八は循環。 繁栄、無限と万物を顕す。 つまり、この

世界のシステムの事だ。

 七つの口で穢れを喰って。 七は独り。 だが、全てと繋がりを持つ数字。 1の最

も進化した形でもある。

 無明に流るる地の脈伝い。 六は流れ。 物質の流れを顕す数字。 スムーズ、なん

て意味合いもある。

 いつか目覚めの時を待つ。 五は人間を顕す。 人間の変化や進化、その全てが五と

なる。

 四つの聖主に裂かれても。 四は鎮め。 静寂や穏やかな死、完全。 静かなるモノ

を示す数字。

 御稜威に通じる人あらば。 三は調和。 平定やバランスを司り、対立では為し得な

い安定を掴み得る。

 不磨の喰魔は生えかわる。 二は対立。 受動性や包容力を顕し、二極でのバランス

を見せる。 また、女性を顕す。

 緋色の月の満ちるを望み。 一は始まり。 大いなる意思や予兆を顕し、全ての数の

108

元になる。 また、男性を顕す。

 忌み名の聖主心はひとつ。 忌み名の聖主体はひとつ。

 忌み名とは消えたモノの事。 消さなければならなかったモノの事。

 つまり、零。 零は原点。 そして無限。 一と八を内包する数だ。

 あの古文書に書かれた数え歌は、真実この世界を顕しているのだろう。

 アヴァロンの民がこれを思い描いたのか、はたまたこれを造り出したのかは不明だ。

 だが、この数え歌が八までしかない意味。

 そう、九つという数字が意味するモノを考えれば、この世界の意味に気付く事が出来

るだろう。

  九つは、全ての物事を終わらせ、全てを受け入れるという意味だ。

      !

109 dai hati wa kodaigo no kaidoku

 喰魔が生まれたか。

 聖殿パラミデス。 此度の聖主の御座を中心とした地脈円の、地脈の一つ。

 海の名を冠するあの子を喰魔にした聖寮。

 理に従っているように見えて、心を押し殺す時点で理から外れているその行為。

 アルトリウスやメルキオルはともかく、一般の対魔士ならば穢れが溜まってもおかし

くなかっただろう。

神の槍

カー

 

のようなものこそが珍しいのだ。 

 余程テレサの愛が深かったのだと窺い知れる。

 まぁ、業魔に身を落とす前に死ぬことが出来たのだから業魔には感謝すべきだろう。

 月を意味するあの母親によって。

      ──定時連絡。 ナマコは柚子胡椒、塩漬け、色々出来る。

 ──ロクロウと繋いでいたのか? まぁいい。 聖殿パラミデスに着いた。 業魔

110

がいるようだな。

 ──うん。 それは感知してる。 アメノチのせいで捉えづらいけど。

 ──何……? まるで、聖主を知っているような口ぶりだな。

 ──知ってるよ。 少し前まで起きてたんだから。 ビエンフーやアイゼンはギリ

ギリ生まれてなかったのかも。

 ──少し前……一体何年前の事だ。

 ──数千年くらい? アイゼンは何歳だっけ。

 ──……俺は、まだ千歳程だ。 そんなに歳を喰っていない。

 ──あれ、なんか貫禄あったからつい。

 ──聖主は存在した、か……。

       

111 dai hati wa kodaigo no kaidoku

   聖寮の結界が消えた。

 穢れは流れ、口は静まる。

 そして──

 彼女たちが、帰ってきた。

  港でアイゼンとグリモワール。 そしてベルベット達が業魔について話している。

一端・・

 世界の仕組みの

。 全てじゃない。

 業魔病の真実。 穢れとはなんなのか。

人間だから

・・・・・

 それでも、彼女は前に進む。 何故なら彼女は

      

112

  「穢れを生まないようにする方法はないの?」

「ヒトがヒトである限り、ないわ。 言った通り、穢れは感情から生まれるものだから」

「あんたたちはなんらかの対応をしているはずよ。 聖隷にも、感情も心もあるんだか

ら」

「聖隷は穢れを生むことはないのよ。 人と違ってね……」

 人間は生まれた時から器を持っている。 それが、感情と心から穢れを排出する媒体

になる。 重要なのは生まれた時から器を持っているという点。

「嘘ね。 あたしは聖隷が業魔化するのを見た」

「それは、外部の膨大な穢れに晒されたからよ。 だから聖隷は正常な存在を器にして、

身を守る必要がある。 もっともそれも万全じゃないけどね」

 そう、ノルミンでさえ業魔化するのだ。 遥かな未来、ノルミン・アタックのように。

 凡霊として、凡百の霊として司るモノと、嗜好。 それが穢れの一因。

「器が穢れたら……聖隷も業魔化する」

「ご名答」

 チラりとグリモワールがこちらを見る。 

113 dai hati wa kodaigo no kaidoku

「エレノアが穢れたら、ライフィセットも業魔化する……」

「その通りよ。 小さな心の綻びが大きな志を砕く事はよくある……ピュアピュアな対

魔士のお嬢さんを、余り虐めちゃだめよ……」

「忠告として聞いておくわ」

       「アナタの事はたまに耳にするわ……わたしはグリモワール。 よろしく、ね」

 ──サムサラ。 よろしく。 私もあなたの事は知っている。

「これが交信術……慣れない感覚ね」

 ──グリモワール。 『助言』のノルミンとして、私に何か告げてくれる事は無い?

「あらやだ、知ってたの……? でも、無いわね。 アナタ、他人の助言なんて聞く気な

いでしょう……?」

114

 ──うん。 

「そういえば、アナタのノルミンとしての名前は知らないけれど……聞いたら教えてく

れるのかしら?」

 ──教えない。 私が名前を教えたのは、世界で2人だけだから。

「へぇ……? ロマンチックな話ねぇ。 誰なのか聞いても?」

 ──アイフリードと、フェニックス。

「アイフリードっていうのは……この船の船長だったかしら。 そしてフェニックス。

 ノルミン・フェニックスの事で合ってる?」

 ──うん。 あのオレンジ色の奴。

「アナタ、ネコ系でしょう? イヌ系のフェニックスに教えるなんて、珍しいわね」

仕方が無かった

・・・・・・・

 ──私もアレは苦手。 だけど、

の。

「仕方が無かった、ね……。 気になる表現だけど、問い詰めないでおくわ」

 ──うん。 聞きたいならフェニックスから聞いて。

「会いたくもないわねぇ……」

   

115 dai hati wa kodaigo no kaidoku

    「サムサラ!」

 ──何? ライフィセット。

「サムサラは、古代アヴァロスト語は読めるの?」

 ──極僅かなら。 グリモワールほどは読めない。

「でも、読めるんだね……! どこかで勉強したの?」

 ──物語の歴史を紐解けば、自ずと正解が見える。

「かっこいい……。 あ、ここってわかるかな……ユーカリミイラの意味がわかんなく

て……」

 ──魔神の魂に触れられない。

「魔神の魂? どうやって読んだらそうなるの?」

 ──その文の最後の空白、痛んでいて消えているけど『ル』が入る。 並べ替えて、カ

イルユーリミラ。 

「ほんとだ……! でも、魔神って何だろう……。 聖主とは違うのかな」

116

 ──そこはあまり気にしなくていいと思う。 重要なのは、その後のグシン……シン

グが抜け駆けをしたって事だから。

「抜け駆け? もしかして何かを奪い合ってるの?」

 ──ある種のステータスだと思えばいい。 ベルベットは持っているから。

「ベルベットが? 今度、聞いてみようかな……」

 ──今はわからないけど、いずれ、だね……。

     

シルフモドキ

「副長、王都にいる血翅蝶から

が届きましたよ。 なんでも依頼があるんだそう

で」

「丁度いい。 離宮にいた奴が喰魔かどうか確認したいし、向かうと伝えて」

「血翅蝶なら他の喰魔の位置も知っているかもしれんしな。 向うとするか」

117 dai hati wa kodaigo no kaidoku

dai kyu wa kangoku no kod

oku

 「バンエルティア号は、樹齢千年を超えるウキウ樹で出来ていてな。 器に出来たんだ。

 結局、大事故を起こしちまったがな」

「で、アイフリードが船を奪った。 アイフリードはアンタが居る事を承知で?」

「あぁ。 あいつは、そこそこの霊応力を持っていたからな。 それよりも前から共に

いたサムサラと違って、最初は俺の事を単に影の薄く目付きの悪い新入りだと思ってた

らしいがな」

「死神も形無しね」

「全く同意だが……実際、見えていようがいまいが、奴らは何も変わらなかった。 俺

は、俺が呼び寄せる不幸と全力で戦った。 アイフリードたちと、力を合わせて。 そ

して、とうとう異体陸までの航海を果たす事が出来たんだ」

「異体陸でも見つからなかったの? 呪いを解く方法」

「わからん。 探さなかったからな」

「そのために行ったのに?」

118

「俺は、死神のまま生きると決めたんだ。 呆れた海賊たちが、俺に生きる実感を……仲

間と夢を追う喜びを、教えてくれたからな」

 アイゼンと共に行動するようになった事で、凄まじい量のアクシデントとトラブルが

生まれた。 アイフリードはそれをアトラクション感覚で楽しんでいたし、船員たちと

立ち向かっては少年のようにはしゃいでいた。 

 アイゼンはそこに混じっている事も多く、私は1人マストの上でそれを眺めている。

 そんな日々だった。

 降臨の日以降もそれは変わらず、下で騒ぐ男衆は見えるようになったアイゼンを交え

てどんちゃん騒ぎ、偶に疲れたベンウィック等がマスト上に昇って来て月見酒。

 どこまで行っても、彼らはアイフリード海賊団である。

       

119 dai kyu wa kangoku no kodoku

 さて。

 ──アイゼン。 聞こえる?

 ──なんだ。 聞こえているが。

 ──今から、バンエルティア号周辺にだけ私の‘領域’を展開する。

 ──……何?

 ──カノヌシの領域を感じ取った。 これ以上の広さにすると感知されるだろうか

ら、ゼクソン港にいる人間はそっちでなんとかして。 あと、ベンウィックも降りてる

から気を付けて。

 ──待て、そもそもなぜお前が領域を……。

 ──来るよ。

  いつも使っている感知範囲に明確な膜を作り、さらに密度を上げて固める感覚。

 それにより、バンエルティア号周辺が飴色の球体に包まれる。

「だからっ! 足元見過ぎだってッ──」

「これ以上は──」

 丁度、アイゼン達が言い争うベンウィックの元に着いた時。

 聖主の御座から、鎮静化の領域が広がった。

120

  「今の……」

「坊も、今のを感じたかえ?」

「うん。 もう消えたけど……北の方から、強い波みたいな力が来た。 それと……」

 横目でライフィセットがバンエルティア号を……ひいてはマスト周辺、つまり私を見

る。

「聖隷が持つ力の支配圏……‘領域’だ」

「ここの北って……」

「聖主の御座からか!」

「カノヌシとアルトリウスが何かやったって事か?」

「……わからない」

「嫌な予感がする、が……とりあえず全員、バンエルティア号に乗りこめ。 恐らく、中

は問題ないだろう」

 既に領域は解除している。 あのグリフォンで、喰魔は4体か。

 残る口は、あと3つ。

 

121 dai kyu wa kangoku no kodoku

      甲板では、フードの人物……パーシバル・イル・ミッド・アスガードとの顔合わせ?

 が行われている。

 しかしパーシバルか。 アーサーがアレだと知っていて、円卓の騎士の名前を付けた

のだとしたら……なんという道化か。 円卓の騎士パーシヴァルも高貴な出生とはい

え、奔放で自由なパーシヴァルと違い、第一王子は随分と窮屈だっただろう。

 あ、お話が終わったみたい。 そして次は……というような目線をこちらに向ける一

同。

 そんなに見つめられると照れる。

 「サムサラ……さっきの波みたいなのが来た時、バンエルティア号の周りに……何か、し

たよね」

「じゃのう。 あの波は見事にバンエルティア号を避けて行きよった〜。 まるで、そ

122

こに何もないかのようにの〜?」

「サムサラ。 あの時お前は一瞬早くあの力を感知していたな。 そしてそれが……カ

ノヌシの領域だとも」

 聖隷と魔女が質問責めにしてくる。

 というかマギルゥは本当に霊応力が高いなぁ。 そこまでわかるのか。

 ──1度に3人は繋げられない。 誰か私の言葉を話してくれる人を決めて。

「……なら、聞きたいことが無い奴がいいだろう。 エレノア。 サムサラの口になっ

てくれないか」

「え……口、ですか?」

「サムサラは1度に1人しか繋げられん。 多人数に話しかけるには、こうして誰かの

口を使う必要があるというわけだ。 お前はサムサラの言ったことを声に出してくれ

るだけでいい」

「な……なるほど。 やってみます」

 ──まともに話しをするのは初めてかも。 サムサラ。 よろしくね。

「まともに話しをするのは初めてかも。 サムサラ──ってあぁ、初めまして、エレノ

ア・ヒュームです」

「……サムサラ。 自己紹介は後にしろ」

123 dai kyu wa kangoku no kodoku

 ──答えられる質問と答えられない質問がある。

「答えられる質問と、答えられない質問がある……そうです」

「さっきの力……カノヌシの領域と言ったな。 アレは、何が起きた?」

 ──鎮静化。 カノヌシのチカラ。

「鎮静化。 カノヌシのチカラ……だそうです。 えぇ!?」

「鎮静化、か……なるほど、利欲を……ひいては欲という全てを抑えられたか」

「なら、さっきバンエルティア号を覆った力は?」

 ──私の領域。 私を起点に、球体の領域を創り上げた。

「私の領域。 私を起点に、球体の領域を創り上げた……そうです」

「なら、アンタはカノヌシの力に対抗できるって事?」

 ──時と場合による。 鎮静化みたいなのには対抗できるけど、直接的な手段を取ら

れたら簡単に死んじゃうと思う。

「時と場合によるそうです。 先程の様な力には対抗できるようですが、直接的な手段

を取られると危険、と言っています」

 あ、自分の言いやすいように訳し始めた。

「直接的な手段って?」

 ──近接攻撃。

124

「そんなの見たらわかります! って、あぁ。 近接攻撃の事だそうです」

「アンタに戦わせる気はないわよ……」

「サムサラに出来るって事は、グリモ先生やビエンフーも領域を展開できるのかな」

「領域を展開するだけなら私達じゃなくとも、聖隷なら誰でもできるわよ」

「と言っても、サムサラ姐さんのように体外に広く展開するには、相当な年数と実力を

持っている必要があると思いまフが……」

「少なくとも今の俺には出来ん。 それこそ聖主と呼ばれる存在でないと、地表を覆う

なんて事は不可能だろうな」

 ──1つだけ訂正。 領域は聖隷だけの支配圏じゃない。 モアナやベルベットも

無意識に使っている。

「え……それは本当ですか!? じゃ、なく……えっと、領域というのは聖隷だけのもので

はなく、無意識ながらモアナやベルベットも使っている、そうです」

「……喰魔も、か」

 「副長ー! そろそろタイタニアに着きます! でも、見張りも何もいないみたいです

よー! 一応サムサラ姐さん感知お願いしますー!」

 ──酷く、強い穢れ。 対魔士はほとんど死んでる。

125 dai kyu wa kangoku no kodoku

「酷く、強い穢れを感じるそうです。 対魔士はほとんど……死んで……え?」

 ──ごめん、ベンウィックに繋げ損ねた。 切るね。

「なるほどのぅ……聖寮は業魔に敗けたのかぇ?」

「不自然だな……かなりの量の対魔士が投入されたはずだが」

「中の様子を確かめるわよ」

      ──業魔出現。 しかも港側を背に。 こういう物理現象には向かないんだけど、数

十秒なら止めておけるから早く戻って来て。

 ──エレノアが感じた悲鳴は本物か。 わかった、すぐに向かう。

 

船上こ

 領域を

から展開すると、モアナ達まで弾かれちゃうんだよなぁ……。

 強まりすぎてて困る。 史実では間に合ったが、万一も有り得る、か。 仕方ない、出

るとしよう。

126

 ──ベンウィック。 緊急事態。 タイタニアに向かって投げて。

「へ? あ、アイマム!」

 一切の状況を理解していないベンウィックだったが、目の前に降ってきた私の頭を掴

んで思いっきりタイタニアの方向へ投げる。 ないすぴっちん。

 ぽふんと着地すると、レアボードの要領で身体を滑らせて移動する。 うわこれ本当

に疲れるな……。 走ろう。

 グリフォンがいるとはいえ、弱っていない蠱毒の業魔を喰らうには無理があるだろ

う。

 扉を開ける。 わぁおこんなに近くに。 タイタニアの構造をもっと覚えておくべ

きだったかな。

「うぉ、サムサラ!?」

「お主、戦えるのか!?」

 ──無理。 でも、数秒の足止めならできる。

 黒水晶化はダメだ。 第一王子や船員がいる。 黒水晶はこういう地脈点には残り

続けるから。 彼らはとびきり霊応力が高い、というわけではないようだし、黒水晶に

一部でも触れれば侵食しかねない。 ロウライネのは知らない。

 だから、ここで使うのは聖隷術だ。

127 dai kyu wa kangoku no kodoku

 基本意識とか魂とかにしか作用しない聖隷術しか持っていないけれど、一応戦うこと

も出来るのだ。 フェニックスのようにはいかないが。

 ──『アタックスレイブ』。 『スピードスレイブ』。

 無属性の聖隷術。 遥か未来では天響術でこの系列が使われている。

 能力を剥がすこの術は、私と相性がいい。

『!?』

 いきなり遅くなった体に驚いているようだ。 デュラハン故に、声は出せないようだ

が。

 しかし面倒な。 馬の方は自力が違いすぎる。 これが馬力か。

 あ、アイゼン達来た。 

 ──後は任せる。

 ──任せろ。

 頼もしい。 やっぱり近接攻撃が出来るのは安心するよね。

    

128

  ──クロガネ。 もう少し寄って、身を屈めて。

「む、お、おぅ。 これでいいか?」

 ──うん。 ちょっと息苦しいかもだけど、我慢してね。

 結界を張る。 気配遮断となけなしの物理防御を兼ね揃えた素晴らしい結界だ。

 これで、少なくともデュラハンのヘイトがこちらへ向く事はないだろう。

「サム、サラ……エレノア達、大丈夫かな……」

 ──大丈夫。 エレノア達は、強いから。

「そう……だよね」

「最悪クロガネを盾にすればいいんじゃないか? 俺ァ、そんじょそこらの盾よりも硬

いんじゃないかと思ってるぜ」

「うむ。 いざとなれば、後ろに隠れるといい」

 そんな心配をする必要はないと思うけど。 あ、ほら。

「流石蠱毒だ。 さっきの首なし鎧より強かったな!」

「首なし鎧?」

「お前の事じゃあない!」

 ──ロクロウ。 左後方殴り上げて。

129 dai kyu wa kangoku no kodoku

「セイ!」

 流石常在戦場。 一切の迷いなく動いてくれる。

「きゃっ!?」

 ガィンと音を立てて弾かれたレリーフは、そのまま喰魔グリフォンに穢れを喰われ

る。

「離宮にいた業魔!?」

「いや、穢れを吸い込みよったぞ。 そやつは喰魔じゃ」

「いいや、その鷹は私の唯一の友、グリフォンだよ」

 悠然と歩いてくる第一王子。 

「タバサが近いうちに必ず、と言っていたのはこういう意味だったのね」

 ──やっぱり戦闘は疲れる。 寝ていい?

 ──いいぞ。 よくやった。

 おやすみなさい。

    

130

  「で、どうするの?」

 ベルベットの声に目が覚める。 よく眠った。

 ──状況説明が欲しい。

 ──ライフィセットが地脈点を感じ取れるかどうかの実験だ。 

 ──的確な説明ありがとう。

「えっと……地脈は大地を流れている自然の力。 それで、地脈点は地脈が集中してい

る場所の事」

「そうだ。 カノヌシは地脈を利用して穢れを喰らい、覚醒しようとしている」

天之御中主神

あめのみなかのぬし

 カノヌシ……

。 最初に高天原に顕れた三柱が一柱。 だというのに、

番外とされる忌み名の聖主。 

天台の随風

 世界の安全弁とされるこの聖主だが、

の語ったことは全てではないのだと

知った。

「お前は、地脈の力を感じる事に長けているようだ。 ある程度近づけば地脈点の位置

を……」

「近づかなくても感じたんだ。 昨日ここに来た時に……ずっと先にも、ここと同じ場

131 dai kyu wa kangoku no kodoku

所があるって」

 地脈点は地脈円に添って点在しているのではなく、地脈点を結んだ円が地脈円になる

と言うだけの事。 地脈点を感じ取る力は、稀有なものだろう。

「地脈を通じて……離れた地脈点を探知できるのか」

「多分。 どこまでやれるか、喰魔がいるかどうかはわからないけど……」

「それでも重要な手がかりよ。 お願い、試してみて」

 私の知識はソレを知っているが、それを彼らに話すわけにはいかない。

 ソッチは誓約だから。

「うん」

 少しだけ……視させてもらう。

 交信をライフィセットにつなげる。

  ……。

 ……。

 ……。

 !

 おお。 すごい情報量。 私は慣れているけれど、ライフィセットはよく裁ききれる

132

な。

「はっきり感じた。 地脈点は何十個もあるけど、特に大きいのを見つけたよ」

「大きさまで感じ取れるのか……」

「うん。 この島の地脈点も、他より大きいみたい。 同じくらいのが東と南東にある。

 多分、ワァーグ樹林とパラミデスだと思う」

「だとすると、大きな地脈点に喰魔がいる確率は高いわね……」

 これを利用して癒しの銭湯見つけられないかな……。

「残る喰魔は三体。 数が絞り込めれば、総当たりもできますね」

「だな、お手柄だぞライフィセット」

    ねこにんは天への階梯からワープポイントを作っていた。

 だとするならば、あの銭湯は直接地脈に繋がっている……。 そもそも銭湯だってい

うんだから、誰かが経営しているはず。 しかも魂の抜け出る銭湯? そういえば天へ

の階梯に出てくるドラゴン達は皆、遥かな未来でザ・カリスに集合していた……つまり

カースランド島の近く? ただ現在は聖寮の……メルキオルが管理している、か。

133 dai kyu wa kangoku no kodoku

 キララウス火山から無理矢理地脈を開く、のは噴火を促しそうで怖いからダメ。 あ

とはアバル村……も、メルキオルがいるか。 メルキオルが私の銭湯への夢を邪魔して

くる。

     ぐわんぐわん。

 頭を揺すられて思考から浮上すると、何故かライフィセットに顔を覗き込まれてい

た。

金剛鉄

オリハルコン

「あ、起きた? サムサラ、

って、どこかで見たことない?」

 ──確か765年前におっきい塊が出土したとか?

「それがさっき言ってた海に沈んだ奴かな……」

134

dai jur wa tako to maguro

 to otumami to

 「ここ! ここが地脈点だよ!」

 外洋。

 ミッドガンド王国を中心とした地図には載っていない、もしくは載っていても端の方

に記載される海のど真ん中。

 地脈円からは外れているが、確かに地脈が露出している。 そのせいで業魔と……

あぁ、黒水晶化した魚類もいるじゃないか。 もったいない。

「ふむ……見渡す限りの大海原じゃな。 地脈点は海の底かえ?」

「あう……」

「世界の大半は海だ。 海底にある地脈点も多い」

 より正確に言うのならば、海底の方が地脈点が露出しやすい、だろう。

「いくら聖寮でも、海底に喰魔を捕まえておくのは難しいですね」

 どうだろうか。 ザ・カリスを管理する事と、海底に結界を敷いておく事……まぁメ

ルキオルは別に喰魔を捕まえていたわけじゃないか。

135 dai jur wa tako to maguro to otumami to

「ここは外れみたいね」

「……ごめん」

「いや、蟲の喰魔がいたんだ。 魚の喰魔ってこともあるんじゃないか?」

「一理あるな。 奥の手を使って調べてみるか」

「……奥の手?」

「──これだ」

 そう言って我らが副長が取り出しましたるは一本の竿。

「えぇ!?」

「なんだその反応は。 これは、フジバヤシの船竿だぞ。 長さ九尺三寸の一本竿。 

材は五年物の伊賀栗竹。 生き物の如く粘る四分六の胴調子に、腕と一体化するような

握りの巻き具合、そして蝋色漆の品格ある仕上げ……文句のつけようのない名竿だ」

 約2.818mの一本竿。 材質は一級品。 生きているように手元から動かせる

胴調子で以て大物を狙える。 握りの巻き具合、漆を重ね磨き上げてまるで鏡面の如く

まで仕上げる漆の最高技法。 蝋色師に依って為される蝋色漆の滑らかな輝き。

 最高の一品だ……と申しております。

「そ、そういう事ではなく……何故喰魔相手に釣りなのかと……」

「──喰魔だからこそだ。 忘れるなよ……」

136

「……はい?」

「ちょっと、釣りなんてしてる場合じゃ──」

「まぁやってみようぜ。 丁度腹も減ったし、魚が釣れたらメシにしよう」

「わしは鯉かヒメマスが食べたいのー!」

 鯉:比較的流れの緩やかな川や池などに生息する淡水魚。

 ヒメマス:低温の、これまた池や湖などに生息する淡水魚。

「……つっこまないわよ」

 突っ込んでしまった……。

      トリエットドジョウ……。 トリエットワカサギも食べてみたいのだが、ドジョウも

美味しいかもしれない。

「サムサラ姐さんは釣りやらないんでフかー?」

 ──ノルミンで釣りやってるのって……諸島の子か、キョーフーの島の若い子だけで

137 dai jur wa tako to maguro to otumami to

しょ?

「あぁ〜、確かにあの島では短い竿でやってたでフねぇ〜」

 ──ビエンフーまだ150でしょ? 混ざってこないの?

「いやぁ〜、今行ったらマギルゥ姐さんに餌として括り付けられそうで……」

 ──ん。 泳げない?

「泳げるかどうかの問題じゃないでフよ〜。 多分、両腕を後ろ手に縛られて、溺れるか

溺れないかの瀬戸際を楽しむように上げ下げされるんでフ。 そしたらアイゼンの呪

いとかでサメが来て、僕のこのぷりちーな身体をガブッと……。 いやぁ〜! ソー

バーッド!」

 ──サメは美味しいよ? 刺身、切り身、クサヤにムニエル。 ちょっと臭みが強い

から慣れる必要があるけどね。

「食べる前に美味しく頂かれるでフ……」

     

138

 ここは地脈点の影響と海流もあって、様々な……まぁ言ってしまえばゴミ。 ガラク

タが集う。

 アタッチメントが揃うのは視覚的に面白いのだが、まぁ苛立ちは募るだろう。

「大物だぞ!」

 あ、出た。

 ベルベットが釣り上げたのは、壺。 それも、大量の穢れを含んだ。

 蛸業魔とアンデッド。 まぁ地脈点だし。

 壺の名は『ミヅガメ』。 グリューネ……グリュウネの造った品だ。 モフモフ族

……モフモフ釉が壺の表面に塗られ、その躍動感を示している。 きゅきゅ?

 そして、その壺こそが──。

「この壺は業魔だぞ!」

「いいか、決して割るなよ!」

「斬る、ならいいか?」

「より悪い!」

 ……アイゼンが楽しそうで何よりだ。

  

139 dai jur wa tako to maguro to otumami to

      

金剛鉄

オリハルコン

「この輝きは……

! そうか、この場所はクロガネが言っていた、輸送船が沈んだ

場所だったのか!」

 ──ベンウィック。 オツマミ釣れた?

「いや、坊主でした……。 って、サムサラ姐さんまた泳いで取ろうなんて考えてません

よね……?」

 ──さっきの蛸……残ってないかな。

「アレを喰う気ですか……? ていうかさっきの業魔でしたよねぇ!」

 ──端っこだけ。 端っこだけなら……。

「さっきロクロウがどっかに持って行ってましたけど……」

 ──ペンギョンも欲しい。

「あー、なんかペンギョン密猟者増えてるらしいですねー。 裏のが周ってくるかも?」

140

 ──戦う医学生に密猟者が勝てるとは思えない。

「それ、前も言ってましたけど……何の話ですか……」

 ──むぅ……。

         タイタニア。

 漁? 釣り? から帰って来て、皆思い思いに過ごしている。

「サムサラ、あんたは何をしているの?」

 ──特に何も。 ごろごろしてる。

「……前から思ってたんだけど、あんたちょっと自堕落すぎよ。 少しくらい運動した

方がいいわ」

141 dai jur wa tako to maguro to otumami to

 ──この体型、数千年は維持できてるから問題ない。

「そういう問題じゃなくて……っていうか、あんたそんなに歳喰ってたのね。 もしか

してグリモワールやビエンフーも?」

 ──グリモワールは五千と少しだったはず。 ビエンフーは百五十。

「……聖隷って……」

 ──密度は人間の方が遥かに上。 ほとんどの聖隷は穢れない様に、人里離れた場所

でのんびり過ごしているから。 アイゼンみたいなのが稀。

「あんたも人間と一緒にいるじゃない」

 ──私は特別。 ビエンフーは例外。 グリモワールは変わり者。

「普通な奴がいない、って事ね……」

 ──ダイルですら普通じゃないんだから、普通な存在なんていないんだよ。

「……そうね」

     

142

    「サムサラ、ちょっといいですか?」

 ──何?

「少し聞きたいことが有りまして……」

 ──地脈点の話?

「あ、いえそれもそうなんですけど……」

 ──?

「非常に失礼なのですけど……」

 ──怒らないから言ってみて。

「で、では。 サムサラって……女性、ですよね?」

 ──……。

「あ、すみません! 決して女性らしくないとか、そういうわけではなく……」

 ──ノルミン族は見分けがつかないから、仕方がない。 私は女だよ。

「ですよね。 ずっと気になっていて……」

143 dai jur wa tako to maguro to otumami to

 ──……何か、他に聞きたいことがありそうな顔してるね。

「えぇ!? 何故分かるんですか!?」

 ──カマ掛けただけだけど……ホントにあったんだね。

「ぐっ……! い、いえ……その、サムサラっていつもマストの上にいるじゃないです

か」

 ──うん? うん。 あそこが私の定位置。

「その……お風呂とか、入っているのかなーと」

 ──……入ってないけど。

「やっぱりですか! それはダメです! 同じ女として……サムサラ、あなたをお風呂

に入れます!」

 ──無垢な魂よ。 癒しの庭に集え。 煌け、イノセント・ガーデン。 ミニ。

「はい? ……って、えぇ!?」

 ──これで綺麗になった。 エレノアもさっぱりしたでしょ?

「……そういう問題じゃありません! ほら、行きますよ!」

 ──えー。

  

144

        ──アイゼンアイゼン。

 ──なんだ、サムサラ。 いま少し忙しい。

 ──大事な妹への手紙、読まれかけて……

「うぉ!? アイゼン!?」

「……読んだのか?」

「いやぁ、読んでないぞ! ……ちょっとしか」

「本当だな? ……こいつも一緒に送ってくれ」

「毎度! 『かめにん急便』が責任と愛情をもってお預かりするっす!」

 ──助かった。 礼は言っておく。

 ──別に。 会いたくない奴に会わないようにするためだし。

145 dai jur wa tako to maguro to otumami to

 ──? 何の話だ?

 ──なんでもなーい。

         ──ダイル。 蛸分けて。

「あん? そりゃ構わねえが……こいつは業魔だったんだろう? 俺とかクロガネやモ

アナならともかく、聖隷が食べていいモンなのか?」

「普通なら、よしたほうがいいだろうな。 少なくとも人間の喰えるものではなかろう」

「タコ美味しそうー!」

 ──……むぅ。

「普通のタコ食べればいいんじゃねぇか? 俺はこう見えても元船乗りだぜ? 航海中

146

に、タコに一匹や二匹捕まえてやらぁ」

 ──ほんとに?

「あ、あぁ。 だからそんな寄ってくるなよ……」

 ──もし本当に持ってきてくれたら、コーダチーズをあげる。

「なんだって!? あ、いやなんでもねぇ」

 ──そりゃ本当か? コーダチーズって言ったらルカレラチーズに並ぶとも劣らな

い、謂わばオトナの味嗜好のチーズじゃねぇか!

 ──ロクロウじゃまだ若い。 妥当でしょ?

 ──飛び跳ねる猿のような食感。 たまらないしつこさの味わい……くぅ〜いい

ねェ! 絶対にタコをとってやらぁ、待ってろよ!

 ──うん。

「ダイルー、速く蛸料理つくろー?」

「ぬ、あ、あぁ。 わりぃわりぃ。 んじゃ行こうぜクロガネ」

「おう。 鍛え上げた包丁さばき、見せてくれるわ」

「モアナお腹すいたよー!」

  

147 dai jur wa tako to maguro to otumami to

      「取集品だけじゃないからのーこだわりは」

「そうなのですか?」

「毎週の休息日の夕食は決まってカレーじゃし、船着き場のボラードも必ず「三番」と決

まっておる」

「そういえば、調理場で海賊たちが嘆いてたわ。 パスタの茹で時間と塩加減に煩いっ

て」

「服も靴もいつも同じ仕立て屋に同じものを造らせて納めさせているそうじゃ。 ミリ

単位のサイズ指定に素材の色味にもうるさい。 ダメ出しも多いとかめにんが嘆いて

おったわ」

 ──さらに、毎朝早く起きてあの髪型、髪の長さに切りそろえてる。 聖隷だから伸

びる速さなんて亀の歩みより遅いのに、1ミリ2ミリが気になるんだって。

148

「うひぃ〜」

「もはや、拘り屋ではなく、面倒な男って感じね」

「でも、少し見直しました」

「え?」

「海賊って……もっと雑で不衛生な人たちだと思ってましたけど、案外繊細なのですね」

「……どんな再評価よ」

        ! ツマミが……空に!

 グリフォンと……エレファントマグロか!

「いかん! ベンウィック! 王子を止めろ!」

「アイアイサー!! 落とすな、落とすなよー!」

149 dai jur wa tako to maguro to otumami to

 ──誘惑の罠張り巡らし、我が懐中へ! トラクタービーム!

「な……浮いてる……?」

「これは……サムサラか! バンエルティア号を避けて落とせ!」

 ──わかっている。

 ドシン、という音がして、タイタニアの港へとエレファントマグロが落ちる。

鰓えら

 大きく開いた耳のような

。 その体躯は優に12mを越え、先の感覚から重さは1

3tくらいだろう。 よくやったぞホグホグ。

「おぉ……でかいな……」

「業魔じゃなかったのー。 ただの生物が、ここまで大きくなれるとは……」

「それより、さっきの聖隷術はなんなのですか? こんな巨大なモノを浮かせるなんて

……」

 ──本来は浮かせてから叩きつける術。 浮かせる効果のみを抽出した。

「初めて見る聖隷術でした……。 まだまだ勉強不足ですね」

「無属性には知られていない術も多い、という事か……」

「でも、お手柄ね。 これで海賊たちの食糧は当分いらないでしょ」

「え? 食べるのか? 売ればいいじゃないか。 2500万ガルドだろ?」

「どうやって運ぶのよ。 バンエルティア号に乗せる?」

150

「あ……そうだった……」

「とりあえず、解体はクロガネとロクロウに任せるか……」

「斬り甲斐がありそうだな!」

    マグロは美味しかった。

151 dai jur wa tako to maguro to otumami to

dai jur ichi wa kami no p

resent

  ゼクソン港。

 相変わらず賑やかなこの港に、一風変わった……否、奇抜な集団。 勿論ベルベット

達だ。 現在彼女たちは、血翅蝶の連絡員から情報を得ている。

 アルディナ草原。

 ひどく、懐かしい場所だ。 私との縁も浅くはない。

 そして、あの風の男にとって……大切な場所だ。

 ──アイゼン。

 ──なんだ?

 ──私も付いて行っていい?

 ──……珍しいな。 何か感知したのか?

 ──そんなところ。

「なら降りて来い。 ベンウィック! 留守は任せたぞ!」

「へい。 でもなんでわざわざ? って、サムサラ姐さん!?」

152

縁へり

 ひょーいとマストから落ちて、船の

で一回バウンド。 ゆるりゆるり、ふわりとラ

イフィセットの頭の上に落ちる。

「へ?」

 ──乗せて。

「え、いいけど……」

「連れて行ってほしいのはわかったけど……自堕落過ぎよ」

 ──ベルベットでもいいよ?

「嫌よ。 暑苦しいし……邪魔」

 ──ライフィセットー、ベルベットがいじめるー。

「い、いじめてるわけじゃないと思うけど……」

「というか、サムサラはビエンフーのように飛んだりは出来ないんですか?」

 ──翼、ないよ。

「ボクは例外でフから〜。 普通のノルミンは飛べないでフよ〜」

「そういうものなのですか……」

 ビエンフーにはコウモリのような羽が生えている。

 そして、特異な形の尻尾も。

 羽はさもアタッチメントのように見せかけているが……。

153 dai jur ichi wa kami no present

 そも、彼は他のノルミンよりも何倍も濃い穢れの傍にいたはずなのだ。

 まだ150程度の聖隷が、そんな場所に居続ければ──。

 いや、本人が語らないのだから、私が語る事もないだろう。

「ついてくるのはいいけど……アンタ戦えないんでしょ?」

 ──聖隷術くらいは使える。 補助術は得意だよ。

「ふぅん……。 なら、フィーが回復、サムサラは補助ね。 隙があればフィーも攻撃し

て」

「うん。 じゃ、よろしくねサムサラ」

 ──よろしく。 

 私の交信術の不便性に皆慣れてきたのか、私と話したことを改めて自分の言葉にして

周りに伝えてくれる。 意思の疎通が大分楽になっている。 ありがたいことだ。

      

154

  「真名は、気軽に明かすモノじゃない。 聖隷にとって、特別な意味をもっているんだ。

 契約者以外に自分の真名を告げる事は、同性になら命懸けの信頼の証。 異性になら

──」

「愛の告白に近いんじゃよなー♪」

真名がある

・・・・・

誰にも

・・・

告げた

・・・

事がない

・・・・

 私にも

が、

「そ……それを早く言いなさいよ!」

「ライフィセットは難しい年頃だ。 以後は気を付けろ」

 ライフィセットは……10歳か。 10歳かぁ……。 若いなぁ……。 私の何分

の1かなぁ……。

「ま、あれも一種の愛情表現じゃがな〜」

     

155 dai jur ichi wa kami no present

   ……繋がらない、か。

 既に意思は無く……ただ、暴虐を振りまくだけの存在。

「あれは……」

「ドラゴン……っ」

 神の贈り物という名を持つ彼女。 風の青年が心から愛した……聖隷。

「アレじゃなー。 アルディナ草原の業魔という奴は」

「自由に飛んでたが……喰魔なのか?」

「地脈点……感じた! あの岩山の上辺りだよ!」

 ……確かにそこは地脈点だ。 だが……。

      

156

   「おぉ、絶景かな、絶景かな! 気持ちのいい景色だなぁ!」

「絶景には同意しますけど……はしゃぐと落ちますよ」

 本当に、絶景だ。 

「ここ……何本も地脈が走ってる」

「やはり感じたか。 このアルディナ草原は、何本もの地脈が複雑に錯綜する場所だ。

 本来なら、大地の変化は数万年単位で起こるが……この辺りの岩山は、ここ千年で隆

起したものだ」

 千年前は更地。 その二千年前は同じく隆起した岩場。 遥か未来は──。

「地脈の流れが、地形に影響を与えたんだね」

「そうだ。 大昔には、逆に大地に刺激を与えて地形を操作する術もあったときく」

 今でも使える子はいるけれど。 使わないだけで。 グランドダッシャーやクリス

タルタワーだって、その一部だし。

「そんな術が……」

「人間の身体で言うツボのようなものでしょうか。 ツボを押すと血流が整う、みたい

157 dai jur ichi wa kami no present

な」

「ハッ、強引な例えだが……通じる物もあるかもしれん。 もっとも、もう失われてし

まった技術だがな」

 失われた……正確に言えば、失わせた、だろうか。 みんな、そんな術は戦争に使わ

れてしまうと恐れて……本来の用途を見失って、禁術にしてしまった。

「にしても、アイゼンはなんでもよく知ってるなぁ」

「いや、知らないことだらけだ。 現に俺は、ここに咲いている花の名前も知らない。 

だから、こうして旅をしているんだ」

「……アルディナ白草よ」

「この、白い花の名か?」

「えぇ。 昔、弟が図鑑を見せて教えてくれたのよ。 一株だけだとすぐに枯れてしま

う、ひ弱な花。 だけど何株も寄り添う事で互いを庇い、厳しい自然の中でも沢山の白

い花を咲かせる。 だから、花言葉は──『人の絆』」

 フェニックスの奴は確か……ジンチョウゲにシンパシーを感じていたっけ。

 花言葉はそのまんまなのだが……アレが花を愛でるのは、色々と違和感があるだろ

う。 未来でやっていた事だって、ストーカーみたいなモノだし。

 

158

           未来のラストンベル……。 今は若きラストンの名がまさか町名になろうとは、誰も

思うまい。 美味しい心水ができますよーに。 あとライバルの『いばら姫』も飲んで

みたい。 重いんだろうなぁ。 訛ってるかもしれない。

 「ザビーダ!」

 ストーンベリィの宿屋。 

 テーブル席には、ザビーダ。 テーブルにあるのは『いばら姫』。 グラスは2つ。

159 dai jur ichi wa kami no present

「よ、副長……」

「……」

「……誰かを……待ってるの?」

「いいや……あいつとの願掛けさ」

「あいつ……」

「いくぞ。 ここに血翅蝶はいないようだ」

「いいのかよ。 俺を放置して」

「誰にも、邪魔されたくない時間がある」

 もういう事はないというように出ていくアイゼン。 追従する仲間達。

「フィー」

 何かを言いたそうにザビーダを見るライフィセットだったが、ザビーダの表情に彼も

出て行った。

 「で? お前さんは出ていかねぇのか? サムサラサンよ」

 ──テオドラの真似をする必要は無い。 呼び捨てで構わない。

「あいよ。 何か言いたいことでもあんのか?」

 ──別に。 『いばら姫』が欲しかっただけ。

160

「……はぁ……。 願掛けの意味も、理由も知っててそれかよ……。 ほら、少しだけや

るよ」

 ──ザビーダ。 

「あん?」

 ──あなたがメルキオルの支配下に居た時……あなたは生きていた?

「ッ……。 ンな昔の事、覚えちゃいねーよ。 つか、どこまで知ってんだ。 ‘あの

時’、お前の姿を見た記憶はねぇんだが?」

 ──私が何年生きていると思っているの?

「……関係あんのかよ、ソレが。 それよりいいのか? お前は……アイフリードがや

ばいの、知ってんだろ? それともアイゼンの奴みたいに流儀の果てに死ぬんならそれ

でいいってか?」

 ──死は、終わる事じゃない。 戻る事だから。

「なんだ、そりゃ」

 ──終わるのは、自分が自分でなくなる事だよ。 

「……そうかい」

 ──じゃ。 『いばら姫』……美味しかった。

「貸し1つな。 俺より年上なんだし、いいだろ?」

161 dai jur ichi wa kami no present

 ──必ず返す。

           ──頑張れビエンフー。

「あ、サムサラ! どこ行ってたの?」

「ライフィセット? 女性にそういう事を聞くモノではありませんよ」

「へ? あ、ご、ごめんサムサラ……」

 ──構わない。 

 レアボード。

162

 大昔にノルミン族が創った地脈を滑って移動する乗り物。 ちなみに描かれている

のは太古も太古、ノルミン諸島に世界の中心と呼ばれる国が在った際、その時に使われ

ていた地図に描かれた地脈の位置である事は、彼らが知っても何の役に立たないだろ

う。

 遥か未来で導師が地脈間移動を行っていたけれど……、力の流れその物と言っていい

ほどの奔流の中を、地の主の助けがあるとはいえ移動するなんて狂気の沙汰にしか思え

ない。

 いつかやってみたい。

「サムサラは本当はなんて名前なの? ビエンフーはノルミン・ブレイブっていうかっ

こいい名前だったけど」

 ──教えない。 

「えぇ〜」

「ビエンフーがブレイブって名前を隠したがってたんだし、実はサムサラも全然似合わ

ない名前なんじゃないか? 例えば……ノルミン・アクティブみたいな!」

「ロクロウ、それは失礼すぎますよ……! んー、そうですね、ノルミン・スローとか!」

「むしろノルミン・スロウスじゃないかえ? 自堕落じゃしの〜」

「それだとノルミン・ディプラヴァティになるんじゃないか?」

163 dai jur ichi wa kami no present

「……どうでもいいわよ、そんな事。 ビエンフーのスペアでしょ。 ビエンフーが疲

れてレアボードが動かなくなったら、やってもらえばいい」

 ──嫌です。

「……じゃあビエンフーに頑張り続けてもらうしかないわね」

「びぇぇぇええええ!? ソー! バァァッド!」

 ──頑張れビエンフー。

         彼女がいた。

「なんて殺気……」

「それに、とてつもない穢れを発しておるわい」

164

「つまり、喰魔じゃないって事か?」

「このまま引くわよ。 あんなのと遣りあう意味はない」

「俺にはある」

 私にも、義理はある。 けれど、流儀ではない。

「おぅ? やる気か?」

「はぁ? 何言ってるの!」

「そうです! 戦ったらただじゃ済みませんよ!」

 ──立ち上がったら見つかるよ?

「え? あ……すみません」

 咆哮。 既に彼女の瞳に、理性の色は無い。

 神の龍の名は、果たして誰が付けたのか……。 皮肉にも程がある。

「ふん、もうやるしかないぞ」

 交戦、開始だ。

   「ったく、余計な事を!」

165 dai jur ichi wa kami no present

「こんな修行相手はそういないぜ!」

「気を抜くな! しくじれば一撃だぞ!」

「それがいいんだよ!」

 現時点において、彼女を殺しきる方法は少ない。 そも、そんな事は彼が赦さないだ

ろう。

 ほら、来た。

 「やはり、並みの業魔とは……手応えが違うな」

「倒せるのですか……こんな奴を!」

殺や

「なんとしても

る。 それが俺の……!」

「うぉぉぉおぉおおお!」

 アイゼンの拳をザビーダが腹で受け止める。 吹き飛ばされ、転がされるザビーダ。

「痛ェ……相変わらず、殺す気満々、だな……」

「……」

「全部知ってるんだよな、お前は……!」

「……そこを退け」

 会話は不要と断じ、ザビーダが彼女を背に構える。

166

「守りたいの……? そのドラゴンを……」

「ドラゴンじゃねえ!」

「え?」

「退かねえならこっちもマジになるぜ……」

蟀谷こめかみ

 ザビーダがジークフリートを

に向ける。

騎士ナイト

 だが、まるで

のように立つザビーダを、彼女の尾が吹き飛ばした。

「ぐぁああああ!?」

 そのまま彼女は空高くへと飛び立つ。

「くそ……逃がしちまった」

「ひでぇなぁ……久しぶりに会えたってのによぉ……」

 ──大地、魂に無上なる祝福を与えたまえ。 ソウルオブアース。

 見た目が変わらないように調節して彼の内部を治す。 

 あ、睨まれた。

 そのまま去ろうとするザビーダ。

「待て! あのドラゴンは、お前の──」

「あいつを、ドラゴンなんて呼ぶんじゃねぇよ……」

「……」

167 dai jur ichi wa kami no present

 一つ、私に会釈をしたように見えたが……。 今のは貸しを返されたわけじゃな

い、ってことか。

        ドラゴン化した聖隷を元に戻すことは、不可ではない。 浄化の炎という、信仰の力

を使えば可能だ。

 ドラゴン化はそもそも、呪いの影響ではない。 天台のズイフウはそう思い込んでい

たが、ドラゴン化そのものは呪いの影響ではないのだ。 業魔となる事は、呪いだが。

 人間が業魔化する事。 聖隷が業魔化する事。 これは同じ呪いによるモノ。 勿

論私達のようなノルミン族ですら業魔化する。 

 ドラゴン化が呪いの影響であるならば、天界に住まう天族たちが穢れを恐れる理由が

無いのだ。 つまり、呪いに関係なく外部の膨大な穢れに晒されれば、聖隷及び天族は

168

ドラゴン化する。

 その上で理性を失い、暴虐を振りまく様な存在に定着させたのだろう。 ルールとし

て。

 しかし、あくまでルールだ。 隙もあれば、穴もある。

 穢れとは、不信を指す。 他者への不信。 自己への不信。 

 それを払えるのは、信仰だけだ。 他者を信じつづけた未来の導師。 自己を信じつ

づけた未来の暗殺者。 

 彼ら彼女らは、その在り方故に導師足り得る。

 ソレに現在最も近いのは、アルトリウス・コールブランドとシグレ・ランゲツか。

 前者は不完全。 後者は完全間近。 だが、どちらも未完成。

  聖隷は人間からの信仰を貰う事で、浄化の炎を宿す。

 四聖主が信仰されていた頃に業魔の活動が大人しかったのはそれが原因だ。

異い

 『

にして聖なる穢れ』でさえも、信仰を受けていたが故にその力を使っていた。

  私達の中でいえば、勿論──。

169 dai jur ichi wa kami no present

dai jur ni wa amber no ka

gayaki

 「トータス、トータス。 常連さんが通ったッス! 丁度良かったッス。 アイゼン様

にお手紙っすー!」

「手紙? 俺に?」

「もしかして、この前手紙を出した人じゃない? なんて書いてあるの?」

「……」

「『天知る人知る我が知る! 貴様の鬼畜な所業を悔い改めよ!!』」

「お前、何やったんだ?」

「知らん。 差出人も書いていない」

 ……出たよ。

「誰がこんな手紙……」

「恨まれるのを気にしていたら、海賊なんてやってられん」

「そうだよな」

「それより、例のブツはどうなった」

170

 ……文面だけで誰かわかる。

「パルミエの方は発送済みッスけど、ノル様人形は難航してるっす。 ……すみませ

んッス」

「……ノル様人形って?」

「大昔に、四聖主の聖殿で配られてた人形で、四つ集めると幸せになれると言われていた

そうッス。 現存するのは赤青緑黒の四個だけらしいッス。 情報もほとんどないし、

大変なんっすよ」

「聖主の人形というと、イズルトで売られていたアメノチ人形のようなものなのでしょ

うか」

「似てるッスけど、あんなアンニュイじゃなくて、げんなり? うんざり? なんかそん

な感じっす」

 にゅろきー?

「はんなり、じゃろ」

「そうっす! それっすー!」

「はんなり……ですか」

「海賊が神頼みの人形集めとはのう……。 そんなのが死神の呪いに効くのかえ?」

「別に本気で信じているわけじゃないが……万が一にも本当なら、あいつは安心して暮

171 dai jur ni wa amber no kagayaki

らせる」

 健気で、不器用なお兄ちゃんだこと。 

 私はあいつに会わなければいけない可能性が潰せていなかった事にうんざりかなぁ

……。

  「サムサラはネコ派? イヌ派?」

 ──即答でネコ派。 イヌ系は苦手。

「イヌ系……」

「ベルベットとエレノアがイヌ派、アイゼンとマギルゥとサムサラがネコ派……」

「ロクロウはどっちでも無い派じゃから……ベルベットとエレノアは劣勢じゃのぅ」

「う、うん……」

「聖寮の狗を卒業した坊は、今度はベルベットのペットになるつもりかえ?」

「そういう話じゃないでしょ? 好きな動物がどっちかってだけなんだから」

「そんなに本気で怒っては、坊はもはやイヌ派と答えるしかなくなるではないか〜」

 ──イヌもネコも、元は同じ。 あんまり考えたくないけど。

「え? そうなの?」

172

「む、何かサムサラが入れ知恵しておるのかぇ? いいぞー、坊をネコ派に引き摺りこ

めぃ!」

 ──諸島に居た頃は違いなんて無かった。 だからあの石版には1つしか載ってい

ないんだし。

「石版……?」

「……なんか別の話してるわね」

「マイペース過ぎるじゃろぉ〜?」

 ──あ、でもあの頃から暑苦しかったかも。 

「暑苦しかった……?」

「ちょっとサムサラ、ライフィセットに何を教え込んでるのよ」

「おぉ! ベルベットが武力介入に!」

 ──ライフィセット。 ワンって言ってみて。

「へ? わ、わん!」

「イヌ派に寝返ったじゃとおおおおおお!?」

 ──うん。 それじゃ、おやすみ。

「えぇ!? なんだったの!?」

「……マイペースね……」

173 dai jur ni wa amber no kagayaki

  「おい、サムサラ! ちょっとこっち来い……!」

 こっそりとダイルが耳打ちしてくる。 おぉ、仕事が早いな。

「釣れたぜ……それも、結構大物だ」

 ──……いい仕事をする。 コーダチーズ取ってくる。

「おう。 待ってるぜ!」

 ──加護を受けし衣よ名を示せ。 ホーリィヴェイル(弱)。

「ん……? なんだ、このキラキラ」

 ──本来なら業魔を弾く結界だけど、これは業魔に見つからないようする結界に応用

している。 ベンウィック達はともかくロクロウはダイルだけじゃ撒けないでしょ?

「なるほどなぁ。 じゃ、できるだけこそこそしてるぜ」

 ──うん。

   「お、来たな。 ほらよ。 十二年モノの琥珀心水だ。 ベンウィック達から情報代と

174

して一本かっぱらって来たんだ。 一緒に飲もうぜ」

 ──いいの?

「酒ってのは誰かと飲むほうが美味ぇだろ? タコの刺身とコーダチーズ、琥珀心水で

一杯やろうや」

 ──海の男かっこいい。

「おうよ。 おぉー、やっぱ良い色してんなぁ」

 ──透き通るようなアンバー。 宝石に引けを取らない。

「んじゃ、乾杯と行こうや」

 ──乾杯。

 ぐび。

「ッ────っはー! うめぇ……」

 ──火酒とも違う。 何杯でもいける……。

「んじゃ、コーダチーズ貰うぜ」

 ──うん。 私もタコ食べる。

「ん? 酢味噌か……用意がいいじゃねぇか」

 ──はい、マスタード。 つけると美味しいよ。

「ほう? ……おぉ、こりゃ美味ェ!」

175 dai jur ni wa amber no kagayaki

 ──タコもいい味。 というかこの噛み応え……もしかして、オクトパジェントルメ

ン?

「おうよ。 海流に巻き込まれたみたいでな。 これでも一応業魔の端くれ、戦っても

ぎとってやったぜ」

 ──なら、私もとっておきをあげる。

「あん? なんだその葉っぱ……」

 ──エルマニアっていう葉っぱ。 さっぱりしてて、タコに合うよ。

「聞いた事ねぇが……どこ産だ?」

 ──鬼海アスラ。 そのジャングルにしか生えてない植物。

「そりゃおめぇ……大分貴重なんじゃねぇのか? 十二年モノとはいえ、琥珀心水じゃ

なくもっといい酒のツマミにするべきじゃ……」

 ──使うべき時に使わないツマミなんて、ただのゴミ同然。 食べよ。

「ん、だってんならありがたく頂くぜ」

 ──こうやってタコに巻き込んで……あむ。

「ほうほう。 ……おぉ!? 葉自体が塩辛くも……さっぱりとしてて……こりゃ美味ぇ

!」

 ──さらにコーダチーズを巻き込むと……。

176

「……こりゃやべぇな。 だが、琥珀心水が残りわずかだ……」

 ──仕方ない。 保存しておくから、残りはロクロウと一緒に食べよう。 ルカレラ

チーズとスパーディッシュサラミ、イリアーニュの赤葡萄心水と一緒にね。

「おうよ!」

      モアナが母親の夢を見たと泣いている。

 残念だが、私には母親がいないのであやせない。 子供がいた経験もないし。 誰か

を育てた事も無い。

 ベルベットが泣き疲れさせることで一時的に事なきを得たが……。

 それだけのためにあの喰魔を求めるのもおかしな話だが……。 王妃の名を持つ彼

女が、早くに見つかる事を祈ろうか。

 しかし、その娘が月の女神とは……神はどこまで皮肉を強いるのか。

 

177 dai jur ni wa amber no kagayaki

   「ねぇ……ロクロウ達は、お母さん……いる?」

 メディサを連れ帰ったライフィセットは思う所があるのか、そんなことを聞いてき

た。

「お? なんだ急に」

「うん……モアナやエレノアもだけど……ベルベットにも両親がいないってわかって、

気になって」

「俺の母親もめちゃくちゃ厳しくて怖い人だったが、やっぱり随分前に死んじまったよ」

「そう……」

「儂に親はおらん。 儂を拾った悪〜い魔法使いによれば、川を流れていた桃の中から

生まれたそうじゃよ」

 一座の者を……親とは呼びたくないだろうなぁ。

「お前なら本当にそうかもな」

「ア、アイゼンは?」

「俺達聖隷は、清浄な霊力が集まって生まれる存在だ。 稀に人間から転生する者もい

178

るが、生前の記憶を保持する事は、まずない。 つまり、人間と同じような血縁関係は

ないということだ」

 ──ノルミン族も同じ。 生まれ方はちょっと違うけど、血縁関係は無い。

「そっか……。 僕も気が付いた時には二号って呼ばれて使役されてた。 その前の事

が思い出せないのは、お母さん自体がいないからだね」

 ライフィセットには……まぁ、覚えていないならそれでいいだろう。

「僕はメディサに『お母さんが死ぬのはすごく悲しい事』なんて言ったけど……、本当の

つらさは、わからないのかもしれない」

「子供にも容赦ないの〜」

「単なる事実だ。 だがな、ライフィセット。 血縁関係が無いからと言って、特別な絆

が感じられないわけじゃない。 聖隷であっても、掛け替えのない存在を──家族や友

との繋がりを、持っているんだ」

「だよな。 お前の言葉が本気じゃなかったら、メディサは止まらなかったはずだ」

「そうなのかな……」

「きっとそうさ」

「桃から生まれた魔女よりはずっとな」

「こぉら! 桃生まれを舐めるでないぞ! 儂にだって──」

179 dai jur ni wa amber no kagayaki

 母親か。

ノルミン

誰かわたし

 

にはいなかったけれど、

にはいたのだろう。

 そういった知識は全て無いけれど……彼女も人間だったはずだ。 多分。

 年齢的に言えば私の方がみんなのお母さんなのだろうけれど……。

 うん、こんな律しきれない子供は、放任に限る。

        「来たわね」

 グリモワールが数え歌の2番をライフィセットに促す。

  八つの穢れ溢るる時に 嘆きの果てに彼之主は

180

 無間の民のいきどまり いつぞの姿に還らしめん

 四つの聖主の怒れる剣が 御食しの業を切り裂いて

 二つにわかれ眠れる大地 緋色の月夜は魔を照らす

 忌み名の聖主心はひとつ 忌み名の聖主体はひとつ

  この数え歌の恐ろしい所は、最後の二文なのだ。

 心と体は1つずつあると、古代アヴァロストの時点で語っている。

 まるで、以前にも不完全な状態での復活が行われたかのように。

 まるで、歴史が繰り返しているかのように。

181 dai jur ni wa amber no kagayaki

dai jur san wa kami wo ma

tou mono

 「あ、サムサラだー! メディサ、この子はサムサラだよ!」

「え、えぇ……。 初めまして」

 ──サムサラ。 よろしく。

「ッ!? 何……今の」

「サムサラはコウシンジュツ? がないと喋れないんだって!」

 ──驚かせたなら謝る。 1人ずつにしか繋げられないから、そのつもりで。

「……了解したわ」

「メディサ、次はクロガネのとこ行こー!」

「あ、ちょっと……走ると危ないわよ!」

 警戒は解かず……か。

 モアナにだけは気を許しているが、それでも戦闘のできる業魔……もとい喰魔とし

て、常に周囲にに気を配っている。 ま、敵の本拠地みたいな場所だ。 仕方ない。

 あとは……。

182

 そこな鳥さん。 その術式ちょっと介入させてもらうよー。

     「グリモワールって、一見やる気無さそうだが、文句言いながらも仕事は早くて確実だ

し、本音を言いつつ人を傷付けない気配りも出来て、大人の女性としての魅力があるよ

な」

 ピク。

「いやいや、お前たちはまだ若いんだし、人生経験の違いがあるのは当然だろう?」

 ……。

「もっとも、グリモワールは若いころからあんな感じで、しっかりしていたんじゃない

かって気がするけどな」

 アイゼンがニヤニヤした表情で寄ってきた。

「グリモワールより歳を喰ってるお前は、色気の欠片も無いな」

 ──いつまでも童心を忘れない事が若さの秘訣。

183 dai jur san wa kami wo matou mono

「フ、物は言い様だな?」

 ──アイゼンは1000歳のくせに老けすぎ。

「……」

 ──……。

 不毛な争いである。

    一行は、タリエシン港へと向かう。

      霧。

 未だ遠いタリエシン港を覆うような霧が発生している。 しかし、明らかに不自然な

霧の発生の仕方に気付く者は、例外2人を除いていない。

184

 例外とは私。 そしてビエンフーだ。 まぁマギルゥは元から知っているのだろう

が。

 この霧は視覚と呼吸、聴覚と嗅覚といった様々な点から他人を幻術に嵌めるメルキオ

ルの使役する特殊な聖隷を使った術。 相手の後悔を取り込み、幸福な夢に閉じ込め

る。

 この術が効かないのは、術者本人と意思の無い者くらいだろうか。 仕組みを知って

いても、幻術そのものには係ってしまう強力な術だから。

 だが──。

 船が霧の中に入る。 当然、私の身体も霧に晒される。

 と、誰かがマストに登ってきた。 この霧の中、よくやる。 落ちたらよくて甲板で

怪我、悪くて海にぽちゃんだろうに。

「おぉおったおった。 サムサラ、儂と1つ賭けをせんかえ?」

 ──マギルゥ。 登りきった方がいい。 そこ危ないよ。

「おぉ、魔女を心配してくれるのかぇ?」

 ──人間大のモノが頭の上に降ってきたら危ない。 下にはみんながいる。

「そっちの心配かーい! ……で、賭けには乗るかえ?」

 ──内容を聞いてからじゃないと乗れない。

185 dai jur san wa kami wo matou mono

「堅実じゃのぅ……。 賭けの内容は、ベルベットが折れるか折れまいか、じゃ」

 ──抽象的過ぎ。 期限は?

「儂は折れる方に1000ガルド賭ける。 つまり、ベルベットが折れた時点で儂に1

000ガルド入る方式じゃ」

 ──……折れる前に、死んだら?

「……! なるほど、そっちは考えておらんかったわ……。 つまりサムサラは折れる

折れないの前にベルベットが死ぬと思っておるんじゃな?」

 ──ううん。 死にはしないと思ってる。

「? 不思議な言い回しじゃの〜? 何かを知ってるおるのかえ?」

 ──さぁ……。 この霧が聖隷を使った幻術の手順だって事くらいしか知らないよ。

「……ずっと気になっておったんじゃが……お主、実は十二分に戦闘出来るじゃろ?」

 ──いきなりだね。 まぁ、聖隷術はそれなりに使える。 フェニックスやアイフ

リードみたいな驚異的な生命力の仲間がいないと、巻き込みかねないけど。

「なるほどのぅ……。 つまり、現在ここにいる矮小な者共では話にならんと言うわけ

か」

 ──そうだね。 否定はしない。 マギルゥ程の霊力で、ロクロウくらいの身体能力

があれば及第点かな。

186

「やけに儂を高評価してくれてるんじゃのぅ? 儂はか弱い魔女だというのにぃ」

 ──私に隠し事してもあんまり意味ないよ。 見えてるから。

「……見えていて、ベルベット達には黙っているのかえ?」

 ──私はアイフリード海賊団。 ベルベット達は協力者だよ。

「なるほどのぅ……。 それで、賭けはどうする?」

 ──折れない方に1万ガルド。 私のノルミンとしての名前を添えて。

「むむむ……それでは1000ガルドと釣り合わないではないか!」

 ──私が勝ったらマギルゥの本当の年齢教えてね。

「ひょえ? 儂はぴちぴちの10代女子じゃぞ?」

 ──教えてくれないならビエンフーかグリモワールに聞くからいいけど。

「ビエンフーならともかくグリモ姐さんは普通に喋りそうじゃのぅ……賭け成立じゃ」

 ──うん。 楽しみにしてる。

  霧が晴れ、タリエシン港に着いた。

   

187 dai jur san wa kami wo matou mono

    「サムサラは付いてこないの?」

 ──うん。 いってらっしゃい。

「いってきます!」

  ライフィセット……ベルベット一向を送り出して、バンエルティア号。

「イーストガンド領タリエシン周辺……こんな濃い霧でるのやっぱり初めてだよなぁ」

「あぁ。 何度か来たが……ここまで濃いのは初めてだ。 でもま、副長が乗ってるん

だしそういう事もあるんじゃないか?」

「だってのに迷わなかったのは、ベルベット達の悪運のおかげかもな!」

「副長の死神の呪いとベルベット達の悪運がいい具合に相殺してるのか」

「異海探索もかなり上手くいってるし……あいつら相当持ってるぜ」

 悪運が強いのは恐らくロクロウだろうなぁ。 名前的にも。

「しかし、呑気な街だなぁ。 心無し他の港より活気ある気がするぜ」

188

「業魔が出ないからだろ? この街はなーんでか業魔が出ないんだったよな」「そうだっ

け? なんか特別なモンでもあるのかね。 石材が業魔が嫌う素材とか」

 降臨の日に業魔が出た。 しかし、現在業魔は全くいない。 全くでないという知識

を覚え込まされている。 街の……否、恐らくイーストガンド領にいる全ての人間が。

 例え濃霧の出る直前の日まで業魔に怯えていようと。 失われたアバルの民の死に

咽び泣いていようと。

 今の彼らの記憶の中に、悲劇という2文字は霧がかったように消えているのだろう。

     「サムサラ姐さん、そろそろ定時連絡の時間だと思うんですけど……」

 ──繋がらない。 寝てるんじゃない?

「じゃあもうアバルに着いたって事ですかね。 副長が定時連絡の時間に寝るってのは

長閑のどか

……あんまり考えづらいですけど。 そんだけ

な村なんすかね」

 ──……そうだね。

189 dai jur san wa kami wo matou mono

      「サムサラ姐さん、夕刻の定時連絡は……」

 ──繋がらないよ。 そろそろ気づく頃。

「はい?」

 穢れが広がる。

 業が満ちる。

 ──アイゼン。 起きた?

 ──定時連絡を忘れていたわけではなかったのか。 むしろ、眠っていたのは俺の方

か?

 ──起きながら、行動しながら眠るのは中々出来る事じゃない。 興味深い体験じゃ

ない?

 ──二度とごめんだがな。 お前は気付いていたのか?

190

 ──霧が自然由来のモノじゃないのは知ってたよ。 大陸の東側に凄まじい穢れが

溜まっているのも。

 ──それもお前の流儀、か?

 ──ううん。 こっちは誓約。

 ──ふん。 ま、いいだろう。 敵だ。 交信を切るぞ。

  メルキオルの膨大な霊力。

 そして──。

 繋がらない、か。

 ジークフリートの転写術式は防いだ。 だが、どういう観点の術式なのか当たりを付

けたのだろう。 恐らく劣化しながらも……その術式を完成させたか。 流石だ。

 問題はどこまで再現できているか。

 神依がどうなるかによって……果たして、未来さえも変わってくるだろう。

    

191 dai jur san wa kami wo matou mono

  ベルベット達が帰ってきた。 オルとトロスを連れて。

 イヌか……。 イヌ系はなぁ……。

       タイタニア。

「あ、サムサラ姐さん丁度いい所に! 姉さんは『海の四大不思議』といえばなんだと思

います?」

 ──幽霊船団のフルコースとドラゴン島のドラゴン肉。 アタマデッカチ族と金の

ペンギョンかな。

「えぇ……アタマデッカチ族しか合ってないじゃないですか……食べ物の事ばっかだ

し」

 ──そもそもアタマデッカチ族ってノルミンの事だし。

192

「えぇ!? それは初耳ですわ……」

 ──巨大タチウナギは業魔だから、人間は食べない方がいいと思うよ。

「それも初耳ですぜ……」

  失礼な話である。

        ──前方。 漂流中の船有り。 一等対魔士確認。

「副長! 前方に漂流中の船発見! 聖寮の船です! 救助信号旗を上げてます!」

「わかった。 接舷しろ」

豊穣の女

 

。 史実通り彼女が遭難しているという事は、やはりメルキオルはジークフ

リートの術式を完成させたという事か。

193 dai jur san wa kami wo matou mono

 基礎すらわからない術式を見た目だけで構築する……執念、そう表現する他ならな

い。

 しかし、こんな地脈円のすぐそばをぐるぐるしてたら壊賊病になるのは自明の理だろ

うに。 例えテレサの霊応力が一等のソレでも、関係なく。 立って歩けているだけ他

よりは高いのだろうが。

 しかしウチの船員もこんな場所をうろうろしていれば再発しかねないな。 しかた

ない。

「む?」

「え?」

「ふむ?」

 アイゼンとライフィセットが気付くのはわかるのだが、やはりマギルゥ侮れない。

 こんな薄い膜でも見えるのか、感じるのか。 その割にはビエンフーが一切気付いて

いないのが面白いのだが。

 ──壊賊病に少し対策しただけ。

 ──何? 対策法を知っていたのか?

 ──疲れるからあんまりやりたくない。

 ──……どうやら、お前が知っていて俺が知らない事がごまんとありそうだ。

194

 ──年季の差。

       リオネル島。 この島の名前は、未来に於いて特に重要な意味を持つといって過言で

はないだろう。 

神の槍

カー

 何故なら、ここに

がいるのだから。

「サムサラ!」

 ──何、アイゼン。

「お前も付いてこい」

 ──うん。 いいよ。

「ライフィセット。 また乗せてやってくれるか?」

「いや自分で歩けよ……」

 ──ロクロウが乗せてくれてもいいよ?

195 dai jur san wa kami wo matou mono

「生憎、戦いの邪魔になるものは付けないからな!」

 ──私もあの速さにしがみついていられるきがしない。

「サムサラ、速く降りて来い」

 ──はーい。

 ぽふん、とライフィセットの頭の上に乗る。

 奇異の目線。 テレサか。 一応手を振っておこう。 あ、無視された。

      衝皇震

しょうおうしん

!」

岩斬滅砕陣

がんざんめっさいじん

!」

顎門あぎと

 ──死の

。 全てを喰らいて闇へと返さん。 ブラッディハウリング!

  ふぅ。 

196

「サムサラお前、結構やるじゃないか」

「ですね。 喋らないから詠唱も悟られませんし……」

 ──ライフィセットに乗ってるからね。 機動力はライフィセット任せ。

「いえいえ、それでも強力無比なことに変わりはありませんよ。 それに、見た事の無い

術が多いようですし」

「じゃな。 儂やアイゼン、坊とそれなりに術者が揃っているにも関わらず、知らない術

式ばかりじゃて。 無属性というにはおどろおどろしい術ばかりじゃがのー」

「そもそもサムサラって無属性の聖隷なのか? ノルミンに属性があるかは知らんが」

 ──ノルミンにも属性はあるよ。 私は無属性だけど。

「僕も無属性でフ。 というか、ネコ系で属性があるノルミンの話を聞いたことがない

でフねぇ」

「イヌ系はあるのか?」

「はいでフ。 多分、最も有名なノルミンといっても過言ではない奴がいましてでフね

……」

 ──ビエンフー。 口に出すと来そうだからやめておこうよ。

「びぇ!? そ、そうでフね……まぁ自称最強のノルミンなんで、アイゼンの死神の呪いが

あればどこかで鉢合わせるかもでフねぇ」

197 dai jur san wa kami wo matou mono

 ──全力で迎撃する。

「なんでそんなに嫌ってるんでフか……僕も苦手でフけど」

「……2人で話していてよくわからんが、つまり最強と言われるノルミンがいるってこ

とだな!」

 真実、アイツは最強だろう。

         喰魔ディース。 アルトリウスはコレをここに配置した。 その意味……そして、

ディースの意味を知っているのだろうか。

戦乙女

ワルキューレ

 ディースとは運命と戦いを司る

達の総称。

縁えにし

 その中には、ブリュンヒルデも含まれる。 シグルズと

の深いブリュンヒルデと。

198

神の槍

カー

 なるほど、ジークフリートの劣化術式によって強化された

に守らせるのはうっ

てつけとでも言いたいのか。

 聖寮には随分と皮肉な奴がいると見る。

 そして。

 「ぐぅぅぅうう……あぁ!」

 ディースとは、豊穣を司る女神でもあるのだ。

「喰魔になった!?」

「違う……融合したんじゃ!」

「全員殺します……オスカーのために!」

 喰魔となったテレサが襲い来た!

 「ここまでやるのか……!」

「あの子のためならなんでもないわッ!」

 ベルベットがそうであるように。

 彼女もそうなのだろう。

散牙さんが

蛇垂じゃすい

!」

199 dai jur san wa kami wo matou mono

 エレノアの槍が喰魔となったテレサを捉える。

重かさ

陽炎かげろう

!」

 ロクロウの二刀小太刀がテレサを斬りつける。

「ヴォイドラグーン!」

 ライフィセットの発生させた漆黒の沼がテレサを引きずり込む。

縛氷

ばくひょう

幻霧げんむ

!」

 ベルベットのブレードが冷気を以て追撃する。

  どれも、人間に向けるモノではない。 全員が彼女を喰魔として見ている。

 それは正解だ。 やならければやられてしまう。

 だが、彼にはどう映るだろうか。

 既に意識のある、彼には。

  リオネル島。 この島の名前の意味は、若獅子。

 今、彼の目の前で倒れ行く姉の姿は。

 神の如き獅子に、どう映るのか。

「これ以上抵抗するなら、手足を喰い千切って大人しくさせる! ──ッ!」

200

 立ちあがったオスカーが、テレサに歩み寄る。

 オスカーは姉を諭す。 もういいと。

 

依まと

 そして──彼は、神を

う。

 「いざ参る!」

 やはり、所々甘い。 未完成にして未熟。 だが、形になっている。

 メルキオル……どれほどの。

「うぉぉぉおおおおおお!」

「な、なんじゃこりゃぁ〜!?」

「聖隷と一体化した!?」

「これほどの術だったか!」

 神依。 遥か未来で、導師が使うその力。神

の如き獅子

 そして、導師と共に世界を征くのが──

だ。

 「『千の毒晶』!」

 背中に展開された風のブレードが撃ち出される。

201 dai jur san wa kami wo matou mono

「『竜の裂華』!」

 蹴りからかまいたちが発生する。

 どれもこれも、聖隷術側が不安定。 しかし、扱うオスカーの技術がそれを技へと昇

華させている。

「ぐぅぅ! まだだ! まだ崩れるな神依!」

 やはり、崩壊が早い。

 ──開口。 無窮に崩落する深淵。 グラヴィティ。

 重力で以て叩き伏せる。

 そろそろか。

 「ぐ……なんという……業魔だ……!」

 一度は倒れ掛かるオスカーだが、しかし立ち上がる。

 暴走。 霊力が溢れる。

 未来と違って無理矢理使役しているのだから当たり前だ。

 もし、対話し、理解を得て神依をしていたら……少しは違った可能性もある。

 しかし自壊術式とは……流石メルキオル、といった所か。

「ベルベット! 喰らってとめろ!」

202

「待って、その人は!」

 例え喰わらずにとめたとしても、無理だ。

 神依は制御しきれない内に使っていい術式ではないのだから。

「ガッ!?」

「……ッ!?」

 ベルベットが聖隷を喰らい取る。

 倒れるオスカー。

 交信は繋がらない。 当たり前だろう。 魂が融合したのだ。 片方を喰らえば、片

方も喰われる。 遥か未来でわけ隔つ事が可能だったのとはわけが違う。

 「殺した……な……」

 弟を殺された姉は、殺した者を殺しにかかった。

203 dai jur san wa kami wo matou mono

dai jur yon wa imina no s

eishu

  「なんにせよ、喰魔の確保は失敗じゃ。 今頃新しい喰魔が生まれてるじゃろうて」

「だな。 港に戻って新しい喰魔を探すぞ」

「……そうね」

 神の如き獅子の礎は、ここに眠れり。

     ゼクソン港の商人から対魔士の情報。

 一行はタイタニアへ向かう。

「未完成とはいえ神依が実戦で使われた以上、アイフリードに拘る必要はなくなったな

……」

204

「……」

「急いでタイタニアへ行こう、アイゼン。 僕も船の事手伝うよ!」

「あぁ。 急ぐぞ!」

      ──グリモワール。 聖寮の船が向かってるって。

 ──も少しはやければ……その情報も役に立ったかもねぇ……。 残念だけど、今港

で轟音がしたわ。 隠れるにせよ逃げるにせよ、遅いわねぇ。

 ──全速で向かうから頑張って。

 ──他人事ねぇ。 ふぅ……ま、任された事は果たすわ。

    

205 dai jur yon wa imina no seishu

   「密偵はお主じゃったか、ビエンフー」

「マ、マギルゥ姐さん!?」

 本当に甘いスパイだ。 術式に強制されていたとはいえ、甲板で話したら気付かれる

だろうに。 私がいるんだし。

 鳥さん、ちょっと介入させてもらいますよ。

「不味い所を見つかってしもうた〜。 儂が聖寮の密偵とばぁ〜れ〜た〜か〜」

 棒読み。

「身を焦がすほどの憎悪は……生きている実感を与えてくれるのか?」

 真剣。

 心とは壊れるモノに非ず。 死ぬ時に戻るモノだ。

 マギルゥの心は壊れていない。

 ──アイゼン。 グリモワールとオルとトロスが襲われてる。 先に仕掛けるよ。

 ──頼む。 俺達は飛び移る。

 頼まれた。

206

 ──腐食。 其は希望の終焉。 サイフォンタングル。

「何!?」

「くっ!」

「サムサラか! 行くわよ!」

「応!」

 避けられてはいないが、掠った程度だ。

 神依をすれば聖隷の命が加算されるだろうし、あまり意味は無かったか。

 時間稼ぎにはなったようだけど。

 対魔士は神依を発動させる。 しかし、弱いな……。

 すぐにベルベット達に倒された。

 自壊し、消える対魔士。 なるほど、霊力側に拡散させるのか。 メルキオルらしい。

「グリモワール、喰魔たちは?」

「わからないわ。 サムサラから交信を貰った直後に攻められて……散り散りになって

しまったのよ……。」

 ──ベルベット。 クロガネとダイルとモアナとメディサは一緒にいる。 そこま

で遠くない。 王子は少し地下だけど、周囲に人間はいない。

 ──わかった。

207 dai jur yon wa imina no seishu

「解読はどうなった」

「ほとんどできたけど、肝心の最後がまだね」

「あんたたちはバンエルティア号へ。 喰魔たちは……私が連れ戻す」

「できるかのぅ……神依の集団を掻い潜って」

「嫌なら来なくてもいい!」

「サムサラはここで待て。 監視と連絡を頼む」

 ──任せて。

 ベルベットたちを送り出した。

    「ギリギリだったわねぇ。 ま、助かったわ」

「わふ」

 ──グリモワールは気付いてる? この気配。

「えぇ……。 これがアルトリウスって対魔士?」

どうでもいい

・・・・・・

 ──あ、そっちは

かな。

208

「へぇ……? 強気じゃない。 何か策でもあるのかしら?」

 ──別に。 感じ取れないならそれでいい。 古文書の解読、頑張って。

「あなたも読めるって……聞いたけど?」

 ──単語だけね。

      ガシャンガシャンと音を響かせて、首の無い鎧がやってきた。 他の3人もしっかり

いる。

「ふぅ……着いたか。 途中から対魔士も聖隷も一切近寄って来なくなったのが幸い

だったな」

「だなぁ。 だが、俺は見た事あるぜ。 サムサラ、お前の仕業だろぅ?」

 ──うん。 遠すぎて効果が薄くなっちゃったけど、一応結界。

「ありがとよ。 おかげで俺達は無事だぜ。 王子とははぐれちまったが……」

 ──グリフォンは強いよ。 それに、私が場所を把握してる。

209 dai jur yon wa imina no seishu

「それなら大丈夫そぉだな。 ほらモアナ、バンエルティア号に乗りな」

「怖かったよぉ……」

「もう大丈夫よ。 だから乗りましょ?」

「うん……」

    「目視できない範囲に術をかけるなんて……聖寮の一等対魔士でも出来ないんじゃない

?」

 ──感知範囲はイコールで視覚範囲だよ。 物質でも透かして見える。

「へぇ……それは便利そうね。 そいえば気になってたんだけど……あなたの感知範囲

やら交信術やらって、生まれつき持っていたものなのかしら?」

 ──ううん。 生まれつきじゃないよ。 どっちも私の能力だし。

「ふぅん……? 生まれつき持っていたわけじゃないのに、‘私の能力’……ねぇ」

 ──好きに考察してもらって構わないよ。 私から正答を言うことはないけど。

「あ、そぅ……。 ま、いいけどね……」

210

       む。 聖寮の船か。

 ──アイゼン。 聖寮がバンエルティア号に気付いた。 何隻か回り込んできてる。

 迎撃してもいい?

 ──あぁ。 全て沈めてやれ。

 ──全部は……。

 「あら、聖寮の船?」

 ──うん。 沈める。

「そ。 クロガネは一応飛んできたりしたものを受け止めてくれるかしら……」

「了解した」

 ──元始にて万物の生たる燐光。

211 dai jur yon wa imina no seishu

 聖寮の船の真上。 海の水が引き寄せられ、収縮する。

「なんだァ!?」

「これはこれは……とても戦闘に向いていない聖隷とは思えないわねぇ」

 ──汝が力、我に示せ。

 収縮した物質は細かに砕け、さらに密度を上げる。

 こぼれ出る燐光はまるで太陽。 それが、聖寮の船の間近で脈動する。

 ──轟け。 ビッグバン。

  光が、溢れ──。

     「あなた……やり過ぎって言葉、知ってるかしら?」

 ──知ってる。 久しぶりに周りを気にしないで良かったから、はりきっただけ。

「なるほど、戦わないのはそういう理由だったか……。 確かにこれじゃ、周りを巻き込

212

みかねないわねぇ」

 ──それより、古文書。

「えぇ……えーっと……ふむ」

 ──そこはフォルトゥナ。 そこはエルレイン。

「なんだ、読めるじゃない……そう読むと……まさか、そんな!」

 ──カノヌシはもう、復活している。 

「……どうして言わなかったのかしら?」

 ──誓約。 だけど……。

「だけど?」

 ──何もしないとは、言ってない。

   ★★★★

  「安心して。 この傷だって、すぐ治るんだ。 ──お姉ちゃんを食べればね」

 カノヌシが術式を展開する。

213 dai jur yon wa imina no seishu

 ベルベット達の脚元に、地脈への入り口が現れる。

地脈からだ

 そして、彼女たちはカノヌシの

へと取り込まれていった。

 ──……。

「うぉ!?」

「くっ!?」

 シグレ・ランゲツとカノヌシが飛び退く。

 先程まであった地脈への入り口に生え咲いたのは、黒い水晶。

「……黒水晶……」

「んだぁ? まだ誰か仲間がいんのか?」

「……恐らくトラップだろう。 霊力に反応して励起するモノ。 メルキオルの報告に

あったモノだ」

「へぇ、おもしれぇ。 そんな術があんのか!」

「取り逃がしたが……どうする」

「地脈へは入れた。 追いかけるよ」

 そういってカノヌシは地面に入口を開き、その中に身を落とした。

「海賊の奴らか?」

「いや、飛びぬけて高い霊力を持つ者はいなかったはずだ」

214

「ま、誰でもいいけどよ! お?」

 ──狭間の淵に生まれし、等価なる理。

 黒い靄のような──歪みが2人の周囲に顕れる。

 床と天井には広大な方陣。

「くっ」

「まだ仕掛けてきやがるか!」

 ──殲滅の力を以て、砕け。

 歪みの靄は次第に収縮する。 とてつもない引力とともに。

 床の方陣は赤く染まり、2人を引きずり込む。

「おら!」

「ふん」

 しかし、その程度にやられる2人ではなく。

 シグレ・ランゲツもアルトリウス・コールブランドも己が剣を地面に突きさし、耐え

た。

歪ひず

 2人の視界の中心で、

みが最少にまで収縮する。

 ──エクステンション。

 そこに向かうような風流が生まれる。 歪み内部の空気が消えたのだ。

215 dai jur yon wa imina no seishu

「おー、中々エゲツねぇ術使ってくる奴がいるんだな。 しかも姿は見えねぇときた!」

「知らぬ術だ。 何者か、調べる必要がありそうだな」

金剛鉄

オリハルコン

「ん? 

が無ぇな……。 回収目的か」

「ふん、硬いだけではすぐ折れる。 放っておけ」

   ★★★★

「賭けは儂の勝ち……いや、サムサラの言った通りになるのかのぅ」

 ★★★★

   回収ではなく、消滅が目的だ。

 エクステンションはそういう術なのだから。

「……で? 戻るの?」

 ──ううん。 タイタニアにベルベット達はいないよ。

「ふぅん?」

 ──ベンウィック。 カースランド島へ向かって。 後、私は少し眠る。

216

「……よくわかんないッスけど、アイマム!」

   ★★★★

   人が聖隷に転生した事実はあるが、その原理は解明されていない。

 アイゼンは彼らにそう説明した。

 まぁ、その原理自体は簡単なものだ。 短くまとめるならキャリーオーバーか。

 それを起こせるのが、稀有な人間というだけの話。

  さて、今私の意識はバンエルティア号ではなく、地脈流の中にある。

 入口が開いた瞬間に前回のように介入させてもらったのだ。

 一度目はビーコンのような役割をする聖隷術を置いてくるまでしかできなかったが、

今回はそれを頼りに意識ごと飛ばすことに成功した。

 勿論隠匿術もしっかりかけてある。 前のカノヌシならいざ知らず、今のカノヌシに

は見つける事はできないだろう。

217 dai jur yon wa imina no seishu

 眼下に見下ろすベルベット一向。

 大地の記憶に惑わされているのか。

 私は私で天への階梯を見つけようと模索したのだが、未だ開いていない様子。 ほん

とあのねこにんどうやって見つけたんだ。

 銭湯行きたい。

        地脈の裂け目の前まで彼女たちが来た時点で、大地の記憶がよみがえる。

見えない

・・・・

 私には

ソレ。

 十二歳病か。

 十二歳病に罹るのは霊応力の飛びぬけて高いモノだけであり、更に傍に地脈点がある

事が重要だ。

218

 彼らは融合してしまうのだ。 無意識に。 地脈と──地脈に流れる霊力と。

 聖隷の生まれ方を覚えているだろうか。

 清浄な霊力が清浄な場に集まり、生まれる存在。

 清浄な場とは、何も自然の中である必要はない。

 ライフィセットがいい例だろうか。 カノヌシの半分……つまり心はセリカ・クラウ

のお腹の子を憑代にして聖隷として生まれた。 それはお腹の子が飛びぬけて高い霊

応力を持っていた事、そして清浄な場──セリカ・クラウの腹の中だった事に起因する。

 ライフィセット・クラウは亡き母の腹に居る時点で、清浄なる母親の腹に生まれた聖

隷と無意識に融合した。 まぁ聖隷と言っても目視すら不可な矮小なモノだが。

 それはつまり、極自然に行われた神依だ。

 故に反発、拒絶を繰り返し、高熱を発する。 契約を通り越し、融合までしてしまっ

たが為に。 ドラゴンになれないほど矮小な聖隷は地脈に還り、融合した魂も地脈へと

引き摺られる。

 神依化のリターンは思考速度や閃きに顕れ、凡そ神童と呼ばれる類いにまで昇華させ

るだろう。

 とてつもない力の代わりに大きな代償。 神依らしいことだ。

 

219 dai jur yon wa imina no seishu

 キメラ。 さて、私は私でやることをしてしまおう。

     「最後の穢れ……お姉ちゃんの‘憎悪’と‘絶望’を食べれば、僕は完全に覚醒する」

 これ見よがしな方陣。 ライフィセットのものによく似ている。 当たり前か、

 だが、他人の記憶を利用すると言うのは少々看過できるものではない。

 それはノルミンとしての仕事。

「そうすれば──世界の痛みは止められるんだよ」

 ──時。

「お姉ちゃんには、痛みの無い世界で幸せになってほしかったけど……化け物に成っ

ちゃったんじゃ、仕方ないね」

 ──逆しまに

「一人目の生贄の転生体……君も僕の一部だ。 一緒に食べてあげるよ」

 ──還りて

220

詐欺師

 アイゼンが浮き上がるライフィセットの足を掴み、

で己を固定する。

「ライフィセット! この自惚れ屋に言ってやれ!」

「お願い……もう、手を……」

 ──其を

「うるさい! 黙れぇ!」

「え……」

「わかるわけないよ! ベルベットは! すぐ怒って! 怖くて! 僕を食べようとす

る!」

「でも、優しくて──こんなに、あったかい!」

 ──

「ベルベットの事なんて……全然わからないよ! けど、ベルベットは僕に名前をくれ

た! 羅針盤をくれた! 僕が生きてるんだって、教えてくれた!」

「……」

「だから僕は、僕の為にベルベットを守るんだ!」

「……フィー……」

「穢れてたっていい! 意味なんかなくたっていいよ! みんなが間違ってるっていう

んなら、世界とだって戦う! ベルベットが絶望したって知るもんか!」

221 dai jur yon wa imina no seishu

「僕は、ベルベットがいない世界なんて──」

 業魔手がライフィセットの腕を喰い掴む。

 その手を離せとカノヌシの一部として言っているのか。

 その手を掴めと喰われた彼女が叫んでいるのか。

「絶対に嫌だァァッ!」

「ダメよ……腕が、勝手に……」

「腕くらい食べてもいいよ。 でも、こっちは残しておいて」

 ──消し去らん

カノヌシ

「ベルベットを泣かせた

を、殴ってやるんだから!」

「あたし……大好きだったの。 ラフィもセリカ姐さんもアーサー義兄さんも……みん

な。 だから、あの時を奪われた事が……あたしを選んでくれなかったことが……」

「悔しいっ!!」

 ──ディストーション

「絶望が……消えた!? くっ!?」

 方陣の上に歯車が出現する。 歯車の下部に時空の歪みが出来る。

 方陣は割れた。 あわよくばカノヌシを……!

 無理か! なら、シアリーズのための時間稼ぎをする!

222

 ──始まりと終わりを知らず時の狭間に遊べ、ストップフロウ!

「私の心にもあるのです。 あなたと同じ、消したくても消えない炎が」

「あなたの気持ち……やっとわかったわ。 ……でも私は、自分のためにしか戦えない」

「十分です。 それが生きると言う事ですから」

 感じた。

 しっかり戻ったね。 仕事はしっかり果たせたようだ。

 後は、彼女たちに任せよう。 この意識も、本体に流れる。

   ★★★★

 

刻遺の語り部

メー

ヴィ

 覚醒。 そして、ザ・カリスで『

』が生まれた。

 遥か未来で、導師に真実を伝える子の名前。

 ただの姓名から、語り継がれる名前に変わったのだ。

「あら、起きたのね」

 ──うん。 ザビーダは?

「……ほんとに寝てたの? あの子なら、島の中へ入って行ったわよ」

223 dai jur yon wa imina no seishu

 ──何かほかに変わった事ある?

「いいえ。 特に無いわね」

 ──そう。 あ、ベルベット達出て来たよ。

「……どこからそれを知り得たのか……気になるわねぇ」

 ──カノヌシも。

      「灼陣、熱波! 焦がせ、ディバイドヒート!」

 熱風が一直線に巻き起こる。 しかし、これといったダメージはカノヌシには入らな

い。

「その程度で僕を止めるなんて言ったの?」

「うるせぇんだよ! あいつを……一緒にいきてぇつったシルバを!」

「シルバ……? あぁ、ドラゴンの贄の事か」

224

「瞬迅、旋風、業嵐、来な! ホライゾンストーム!」

 ザビーダの頭上の方陣から旋風が巻き起こる。

「ジルクラッカー」

「詠唱無しかよッ! ちぃっ!」

 避け切れない。 だが。

 ──大地、魂に無上なる祝福を与えたまえ。 ソウルオブアース。

「何?」

「こりゃ……」

 ──ザビーダ、加勢する。

 歳を経てのドラゴン化なら納得するが、故意でのドラゴン化は看過できない。

 前の、心が伴っていたカノヌシならばやらなかった事だ。

 その償いは目の前の存在に受けてもらうしかないだろう。

「どこに……ッ!」

詐欺師

!」

 カノヌシを地面から生えた鎖が縛る。

「くっ!?」焔

ほむら

 ──

、其は魂を看取る幽玄の炎! 葬炎、ファントムフレア。

225 dai jur yon wa imina no seishu

 実体のない、しかし確実にダメージを刻む炎が纏わりつく。 鎖のせいで動けないカ

ノヌシは、それをまともに喰らう。

 ──ザビーダ。 カノヌシの弱点は火属性。

謀略者

スクイーズ

!」

 ペンデュラムが熱波を出し、カノヌシに傷を負わせる。

「この……!」

 無詠唱のシェイドブライト。 術名すら言わないとは。 以下省略でもそんなこと

できなかったのに。

 避ける事が出来ずにまともに喰らうザビーダ。

 ──紡ぎしは抱擁、荘厳なる大地にもたらされん光の奇跡にいま名を与うる。 リザ

レクション。

 本来広範囲回復のコレを、ザビーダの周囲のみに展開する圧縮術式だ。 その回復量

はエリクシールに匹敵する。

「回復術……面倒な! なら、一気に叩く!」

「させるかよッ!」

 間に合わない。 秘奥義か。 なら──。

プライマリィ・キリング

「世界の痛みも穢れも、これが最善の理なんだ! 

!」

226

「ぐぁッ!?」

号ごう

 ──聖光を

し、再誕願い奉る。 レイズデッド。

 この世界の詠唱ではない術。 四大の王がいてくれてよかった。

「はぁ……はぁ……ったく、人使いが荒い……」

「蘇生術……」

 ──ザビーダ、ライフィセットに策が或るみたい。 合流して油断させて。

「無茶な注文を……だが、やるしかねェ!」

「……逃げるの? いや、合流するのか」

 釣れた。

 ここまでプライドを傷つけられたのだ。 今のカノヌシなら、釣れないはずもない。

  光弾がザビーダに迫る。

 ──喰らった感じで前に倒れて。

「ぐあっ!」

「だから苦しむと言ったのに……」

「ザビーダ……」

 ──名演技。

227 dai jur yon wa imina no seishu

 ──回復してくれねェのかよ……。

 ──あ、痛かった?

     ライフィセットの機転により、シルバはカノヌシの一撃を受け、シルバの反撃にカノ

ヌシは怯む。

 ──ザビーダ、立てる?

 ──逃げるんだな?

「うぁぁぁぁぁあああああ!」

 白銀の炎。 浄化の炎。 祈りの炎。

 それは、穢れを灼いた。

「退くぞ!」

「逃避行だ、頑張ったなライフィセット!」

「ザビーダ!? てめぇ、演技か!」

「それも後だ。 今は逃げようぜ、南の浜にいるバンエルティア号でな!」

228

「……あいつ……!」

 わーい怒られそう。

       カドニクス港の宿屋。

「ライフィセットは起きんし、ベルベットも眠ったままかのー」

「だな。 それより、だ」

「何故バンエルティア号がカースランド島にいたのか……何故ザビーダが演技をしてい

たのか……」

『話してもらうぞ』

 ぶるぶる、私悪いノルミンじゃないよ。

「あー、副長。 カノヌシを引き剥がした時、加勢してくれたんだ。 そう邪険にすん

なって」

229 dai jur yon wa imina no seishu

「百歩譲って、そっちはいい。 お前の感知範囲に入ったのだと思えば納得だ。 だが、

バンエルティア号がカースランド島へ向かうまでの間俺達は地脈の中に居た。 それ

をどうやって感知したんだ?」

「あ、そういえば地脈の中でカノヌシの術が不自然に砕けてましたし、その後もアワーグ

ラスでも使われたかのように停止していましたね」

 ──地脈に意識を飛ばして、術を放っただけ。

「いやなンで俺に言うンだよ。 地脈に意識飛ばして術を放っただけだとよ」

「俺達の場所がわかった件は?」

 ──地脈の裂け目くらい感知できる。

「だからッ……っはぁ……地脈の裂け目くらい感知できるンだとよ」

「……そうか」

 ──あ、ベルベットもライフィセットも起きたみたい。

「2人とも起きたってよ」

 抗議も面倒になったか。

 面々はわざわざ気配を消し、2人を見に行った。

  

230

   「それで? 何よ、こんな朝早く」

「……何かを感知したんだな?」

 ──アイフリード。

「何? アイフリードだと?」

「ンだと!? どこだ、あいつはどこにいる!」

 ──エンドガンド領。 リオネル島ベイルド沼野。 あの大角の業魔がそう。

 ちなみにベイルドは顎髭という意味。

「エンドガンド領……リオネル島のベイルド沼野か」

「チッ……俺は行くぜ、副長! 例え罠でもな!」

「あたしたちも行くわ。 手掛かりになるだろうし……後願の憂いは絶っておきたい」

「あぁ、リオネル島に急ぐぞ。 ベンウィック!」

「出航準備、整ってるぜ!」

乖離かいり

 史実とは少し

しつつも……一行はアイフリードの元へ向かう。

231 dai jur yon wa imina no seishu

dai jur go wa 『aifread』

   カドニクス港からエンドガンド領は、そこまで距離が無い。

 バンエルティア号の速力をもってすれば、すぐに到達し得た。

「これは……」

「荒れている……ッ」

 史実と違って、組員に犠牲者はいない。

 しかし、いや故に、だろうか。

 リオネル島の桟橋は、凄惨な状態となっていた。 あちらこちらがボコボコである。

「サムサラ、アイフリードは!」

 ──島の奥。 私も付いていくよ。 

「あぁ。 島の奥だそうだ。 行くぞ!」

「応!」

 交信は繋がらない。

 

232

 「あれは!」

「おぉらぁ!」

 ザビーダが先行した。 技でもなんでもない、ただの殴りかかり。

 しかし、大角の業魔はそれを避けてザビーダに逆に拳を叩き込む。

「ぐぅぅぅぅ!」

「ザビーダ!」

「この拳……間違いねぇ! こいつはアイフリードだ!」

 アイフリード。

「ぐぁ!?」

「何故やり返さない!」

「こいつには、俺を‘俺’に戻してもらった借りがあるからよ……。 今度は俺が戻して

やる番さ」

「業魔はもう人間には戻らん!」

「だからって流儀を変えられるかよ。 なぁ、アイフリ──ガッ!?」

「ウォァァァァァアア!」

 アイフリードがザビーダを突き飛ばす。 そして、その拳で──ライフィセットを狙

233 dai jur go wa 『aifread』

う。

 ガッ。

「子供まで狙うのか……。 ザビーダは馬鹿だが、仁義を通した。 誰かの流儀を踏み

にじる野郎は……てめぇでも許さねえ!」

 吹き飛ばされるアイフリード。 彼の吹っ飛んだ場所に、ジークフリートは……無

い。

 トラクタービームって便利。

「お前には、でかい借りがある。 それを今返すぜ、アイフリードッ!」

「いいのね、アイゼン!」

「あぁ、ケジメをつける!」

「言うても、こやつクソ手ごわいぞ……!」

「当然だ! だからこそ俺がやる!」

 ──解き放たれし不穏なる異界の力、目の前に邪悪の裁きを。 ヴァイオレットペイ

ン。

「グォォォオ!?」

「五の型!」

灼風

しゃっぷう

狼火ろうか

!」

234

 いけない。 あまり広範囲の術は巻き込んでしまう……。 シェイドブライトとか

使えたらいいのになぁ。

 4対1……否、5対1でも強い。 流石はアイフリードだが、これでもアイフリード

とはずっと一緒にいたのだ。 癖くらいはわかる。

 ──ロクロウ、左脚払って。

業火ごうか

炯乱けいらん

「セイ! 

!」

 ──エレノア、弱点は無属性だよ。

六行むぎょう

六連りくれん

!」

 そして──。

 「ぐぉぉぉぉおおお!」

「くっ!?」

「あぁっ!?」

「フィー!」

 ライフィセットを人質に取るアイフリード。

「構わないで! 僕はもう、覚悟を決めてるよ!」

 ──大地よ、魂に無上の祝福を与えたまえ。 ソウルオブアース。

235 dai jur go wa 『aifread』

「何……」

「わかった。 家族……仲間……かつて俺が掴もうとしたものは、みんな掌から零れ落

ちちまった。 だが、あるバカは『どうせ掴めないなら拳を握って勝ち取れ』と笑って

いいやがった」

 アイゼンが拳を握りしめる。

「この拳で取り戻すぜ……」

「お前の言った通りになァ!」

「ふぅっ!」

 ライフィセットが後頭部でアイフリードに頭突きをする。

 その怯んだ隙に、アイゼンが──全力の拳を、アイフリードに叩き込んだ。

 「あぁ……お前の拳だ……な……悪い……面倒かけちまった……」

親友ダ

「いいさ……

だからな……!」

「アイフリード……」

 力なくアイゼンに凭れ掛かるアイフリード。

 ライフィセットは。

「うぁぁぁぁああああああ!」

236

 アイフリードを、白銀の炎で灼いた。

「業魔が人間に戻った!?」

 すぐさまアイフリードに駆け寄り、傷を癒そうとするライフィセット。

 だが。

「サムサラ、手伝って!」

「もういいぜ。 無駄だ」

 その傷は、あまりに深い。

 それよりも精神への負担が深すぎた。

「ごめん……僕が今の力を……ちゃんと使えれば……」

「泣くな……覚悟、決めたんだろ」

「でも! アイゼンはずっと、アイフリードを探してたんだ……」

「ふっ……苦労性だなぁ。 相変わらず。 ……坊主、良い事を教えてやるよ。 お前

の力は、カノヌシの一部なんだとさ。 だからもし、ヤツの領域を封じ込めれば……

面白おもしれ

ぇケンカができるかもな」

「領域を封じる……?」

「地脈に眠る地水火風の四聖主を叩き起こせば……。 急げよ、今アルトリウスとカノ

ヌシは鎮めの儀式とやらで動けねぇ。 出し抜くなら……今だぜ」

237 dai jur go wa 『aifread』

「わかったよ……アイフリード」

「ふっ……一緒に行けねぇのが残念だ……面白くなりそうなのに、よ……」

「詫びは言わんぞ」

「当たり前だ。 お前のおかげで、退屈しなかった……また、どっかで会ったら遊ぼう

ぜ、アイゼン」

「あぁ……またな、アイフリード」

   ──さよなら。 楽しかったよアイフリード。

 ──サムサラ……口を動かす力も無ぇ時だけは、便利だな……。

転生しない

・・・・・

 ──あなたは

。 ううん、その魂は戻るけれど……記憶は引き継がれな

い。

 ──はん、ノルミンとしての……チカラって奴か。

あなた

・・・

 ──そう。 そして、死にゆく

に、私の真名を。

 ──あん?

 ──『エヌエス=ジャーニー』。 本当に、この十数年は楽しかった。 ありがとう。

 ──あばよ、サムサラ。

238

  「世話になったな、ザビーダ」

「……可能性はあった。 なのに殺しちまいやがって……」

「次に会った時は着けるぜ。 てめぇの流儀との決着をな」

「またな、ザビーダ」

 ──またね、ザビーダ。

239 dai jur go wa 『aifread』

dai jur roku wa gokkan no

 ti no kessen mae

 「四聖主の復活か……確かにそれが叶えば、カノヌシの領域を抑える事が出来るでしょ

うね」

「カノヌシが封じている聖隷の意思も解放されるかもしれません」

「きっと、対魔士に従わない聖隷も出てくるよ」

「対魔士戦力を大きく削げるわね」

「そもそもカノヌシによる霊応力の増幅が無くなれば、以前のようにほとんどの対魔士

は聖隷そのものを認識できなくなるはずじゃ。 儂のように元から特別な才能があれ

ば別じゃがのー」

 マギルゥの霊応力は現時点の人間としては恐らく最高峰だろう。 故にメルキオル

も彼女に目を付けた。

「私も……ライフィセットが見えなくなる?」

「それは……やってみねばわからぬ」

「エレノア……」

240

「なら、やってみましょう。 どんなことになっても後悔はしません」

 エレノアはギリギリだ。 ギリギリ、見えるか見えないかという所。

 元よりの素質は高いが、マギルゥ程ではない。 ただ、ライフィセットの器となった

事で、少しは……。

「しかし四聖主って神様だろ? 叩き起こして平気なのか?」

「地水火風を司っている奴らじゃ。 大自然のバランスが大きく乱れるやもしれん」

旱魃かんばつ

 地殻変動。 森林減少。 

、水没。 嵐に竜巻。

 そうした世界の乱れが起きて、あの未来になる。

 でも、それはどの道起こる事だ。 それを早めただけ。

「しかも、復活させる方法は恐らく──」

「開門の日と同じだとすれば、緋の夜に地脈点に生贄をささげる事……」

「誰かを殺すの!?」

「殺す事が、生贄の本質じゃないわ。 必要なのは穢れなき魂よ」

 生贄が必要な理由。

 生贄に戻ってもらう事で、四聖主がその器を得るためだ。 例え肉体を失っていよう

と、人間である限りは器がある。

「ふむ。 じゃとしたら……ベルベットは生贄を既に持っているのではないか?」

241 dai jur roku wa gokkan no ti no kessen mae

「喰らった対魔士たち!」

「あつらえた様に、お主は喰らった力を撃ち出せる喰魔じゃ。 高位対魔士どもの魂な

ら、生贄に申し分あるまいて」

「オスカーやテレサの魂で、四聖主を……」

 悲痛な声を出すのは何故だろう。

 彼らは戻るだけなのに。 

「試してみる価値はある。 次の緋の夜はいつ?」

「暦に依れば降臨の日の三年後……もうすぐよ」

赤色月蝕

ブラッドムーン

 緋の夜……

。 周期は大体三年毎。

 太陽 私達の星 月が一直線に並ぶ時に起きる現象。

「うーん、時間が足りるか? 四聖主は別々の場所で眠ってるんだろ?」

「えぇ。 各々地脈の奥底で眠りに就いているはず……。 でも、地脈浸点を利用すれ

ば、一気に全員を起こせるかもしれないわね」

「地脈浸点?」

「えぇ。 基本的に地脈の流れは水平なんだけど、極稀に縦の流れができることがある

の。 力が地脈の底に潜っていく場所を’地脈浸点’。 逆に、奥底から力が吹き上がっ

て来る場所を’地脈湧点’というのよ」

242

 ちなみにその場所はレアボードに描かれている……が、諸島が中心の時代のモノなの

で彼女らには意味が無いだろう。 参考にはなるかもしれないが。

「ふむ。 その地脈浸点を使えば……地脈の底におる四聖主どもに、一度に生贄を届け

られるやもしれんのぅ」

「場所は?」

「ミッドガンド領の北部に浸点が一つ。 最近大きな聖殿が建ったらしいけど」

 少し前まではアルディナ草原に湧点が、リオネル島に浸点があったのだが、地脈変動

で動いてしまった。

「そこは聖主の御座じゃ〜! カノヌシがおる本拠地じゃし」

「あら、不味いわねぇ」

「湧点じゃ、ダメかな。 同じように地の底に繋がってるんでしょ? 流れに逆らう事

になるけど……」

「押し込んで見せろっていうのね」

「湧点はどこにあるんだ?」

「恐らく、キララウス火山あたりだろう」

「アイゼン!」

「大丈夫だ。 話は済んだ」

243 dai jur roku wa gokkan no ti no kessen mae

 これで一応、私はアイフリードとの義理を終えたわけで。

縁えにし

 もう、彼らとの

は無い。

 だがまぁ、歩くのも面倒だし。

 もう少しこの船でゆったりさせてもらおう。

「キララウスといえば、ノースランドの最北にある火山じゃな。 氷と溶岩の地獄じゃ

が」

「正に。 キララウス火山こそ、最大の湧点よ」

「ようするに、火山の火口に対魔士共の魂をぶちこんでやればいいんだな?」

「そうすれば四聖主が復活し、カノヌシの領域を封じられる……あくまで推論ですが」

「あたしは賭けるわ」

「僕も」

 封じると言うよりは弾く、だが。

 元から相容れぬ聖主だ。 前回は力の弱まりを感じたカノヌシ自身が封印に応じた

までの事。 迎合する事は在り得ない。

「ノースガンド領に向かうぞ。 キララウス火山は、ヘラヴィーサの北だ」

 メイルシオか……度数の高い心水と、新鮮な魚介の宝庫。

 楽しみだ。

244

       「……サムサラ」

 ──お疲れ、アイゼン。

「……何を労われたのかわからんな」

 ──うん。 

「お前、最後にアイフリードと話していたな。 何を言っていた?」

 ──私の真名と……お告げ、かな。

「あの顎鬚に愛の告白か?」

 ──わかってるでしょ? ……最大の親愛だよ。

「フ……。 それで、お前は」

 ──まだ降りないよ。 もう少しのんびり船旅したいし。

245 dai jur roku wa gokkan no ti no kessen mae

「……そうか」

 ──うん。

「お前も、アイフリード海賊団の一員だ」

 ──うん。

        「何かが来る!」

「サムサラ!」

 ──わかっている。 

 領域を展開する。

「これは……」

246

「カノヌシのだ。 でも、素通りした……?」

「サムサラの領域じゃて。 今のは明らかに本気じゃったろうに、涼しい顔をしとる。

 ここまでくると、サムサラが何者なのかの方が気になってくるのぅ?」

「今はそんなこと気にしてる場合じゃないわ。 アイゼン!」

「あぁ、近くの港に付ける。 ゼクソン港だ!」

 涼しい顔はデフォルトなので勘弁願いたい。

 これでも一度に色々な聖隷術を発動させているのだ。 主に隠匿系の。

 領域を球状に展開するだけでも調整が面倒なのに、さらに領域の範囲に被せるように

隠匿しなければバレてしまう。 

 そろそろバレてもいいんじゃないかと思えてくるほどにはめんどくさい。

 いけないいけない。

      

247 dai jur roku wa gokkan no ti no kessen mae

 

理システム

「己が穢れを自覚した者は自ら命を絶つか……。 実に効率的な’

’じゃな」

船止め

ラー

 自死しようとした

を見ての、マギルゥの言だ。

 確かに俯瞰で見れば無駄のない理だろう。

ノルミン

 しかし、

から見れば非常に迷惑だ。

 戻れば戻るほど発つものも多くなるというのに。

 実に天族らしい考えというか……やはりカノヌシは降りてきた聖主ではないのだと

思い知らされる。 天族連中の中では弁えている方ではあるが、今代は特にひどい。 

「まずはこの力の影響範囲を調べる。 サムサラ、アンタはここで領域を維持して。 

ベンウィック達は、サムサラの領域から出ないで」

「ローグレスへ向かうぞ!」

      

248

   「……異様な光景だな、こりゃァ」

「あぁ。 綺麗に整列して……気味がわりぃ」

 あの賑やかだったゼクソン港はどこへやら。

 理路整然と並んだ住民と兵士が、直立不動で立っている。

「静かだねー」

「えぇ……本当に。 これが聖寮の目指していた世界……なのね」

 一度は聖寮に肩入れした者として……思う所があるのだろう。

 もっとも、世界がこうなることを知っていた対魔士が幾人いるのやら、という所では

あるが。

「同じ訳が分からなくなるのでも、カノヌシに鎮静化されるより心水で記憶飛んだ方が

百倍マシだよなぁ」

「そりゃあな。 ……って、もしやこの状況がずっと続いたら心水造りも止められちま

うんじゃねぇか?」

「やべえじゃねえか! くっそ、副長やベルベット達に頼るしかない自分が情けねえ

249 dai jur roku wa gokkan no ti no kessen mae

……!」

「心水のために決起するってオイ……」

 こいつらはいつも通りだなぁ。

 本当に。

  あ、帰ってきた。

        ヘラヴィーサへ向かう海上。

 領域の展開を終了する。

「サムサラ?」

 ──鎮静化の効果は薄れている。 ヘラヴィーサもある程度は無事だと思う。

250

「ホントに!?」

 ──と言う事で、寝るね。

「何がと言う事でなのかはわからないけど……おやすみ、サムサラ」

 ──うん。

       ……なるほど。

 そこにあったのか。

 ずっと探していた癒しの銭湯。

 確か一昔前は温泉街だったメイルシオ周辺。 

 キララウス火山から入れる天への階梯の地脈口に繋がっていた事。

麓ふもと

 あの銭湯のある場所……それは、キララウス火山の

 現在は雪と溶岩に埋もれた──ガイブルク氷地の最下部だろう。

251 dai jur roku wa gokkan no ti no kessen mae

 魂が入れ替わるのも説明が付く。

 あそこは地脈に最も近く、地脈流とマグマの熱で湯を沸かしているのだ。

 恐らく経営している者はいないのだろう。

 あそこに行くためには……やはり、天への階梯から行くしかないか。

       「ベンウィック! 一緒に行って!」

 む。

「いや、夢だろ? ここから離れちゃ不味いんだって……」

「でも、エレノアが! エレノアが〜!」

 ──ベンウィック。 何事。

「あ、サムサラ姐さん起きたんすね。 いや、なんかモアナがエレノアの夢を見たって

252

……」

「サムサラ! エレノアが死んじゃう〜!」

 ──死んでないよ? ベルベット達がいるのに、エレノアが死ぬと思う?

「……思えない、ケド……」

 ──でもまぁ、メイルシオまで行こうか。 モアナ、とりあえずローブを持ってきて。

「うん!」

「え、サムサラ姐さん!? 何言ったんですか!?」

 ──メイルシオに向かうよ。 ただ、人目があるから業魔たちにはローブとかフード

を被らせてあげて。

「……バンエルティア号はどうするんですか?」 ──隠匿の聖隷術をかけて、停めてお

く。 それと……。

「俺も連れて行ってくれ。 ロクロウに……届けなければいけないものが或る」

「クロガネ? ……あぁ、もう。 んじゃとっとと行くぞ!!」

殿しんがり

 ──

はクロガネお願い。

「あぁ、了解した。 確実に守り通そう」

 ──先頭はベンウィック。 でも、敵の殲滅は私がする。

「サムサラ姐さんがですか? ……わかりました。 お前ら、もしぼーっとする奴がい

253 dai jur roku wa gokkan no ti no kessen mae

たら殴って起こせよ!」

「あいよー。 そうなったら合法的にフェリスを殴っていいんだよな」

「海賊が合法的もクソもあるかよ……。 ま、お前が鎮静化したら飛びあがるくらい

殴ってやらぁ」

「……大丈夫そうだな。 モアナ、ローブは……」

「準備できてるよ〜! クロガネのは……シーツでいいかなぁ」

「……頭の無い雪だるまみたいだな」

 ──メディサも付いてきて。

「わかったわ」

 ──ダイルは……。

「そこで言い淀むんじゃねぇ! だがま、俺はここでこいつら見張っておくぜ。 俺も

業魔だ、こいつらよりは鎮静化? とやらに対抗できるかもしんねぇ」

 ──うん。 みんなを任せるよ。

「応よ!」

 ちなみにグリモワールは室内で古文書の理解を深めているらしい。

  

254

     ──開口、無窮に崩落する深淵。 グラビティ。

 生成された重力球が、ウィンターウルフ6匹を押し潰す。

「サムサラすごーい!」

「うむ……聖寮の船を消し飛ばした時も思ったが、お主相当に強力な聖隷のようだな」

 ──照れる。

「無表情で言われてもな」

 ──顔の無い人に言われるとは思わなかった。

「そりゃそうだったな! ……む、フン!」

 クロガネが後ろから仕掛けようとしていたスペクターを叩き潰す。

 刀を使わずに、腕で。

「しっかし寒いなぁ……えくしっ」

「ベンウィック大丈夫ー? えへへ、モアナがあっためてあげるー! メディサもー!」

「私は……皮膚の温度は低いわよ……」

255 dai jur roku wa gokkan no ti no kessen mae

 それに歩き辛そうだ。 ベンウィックの機動力は私の機動力に直結するのだが……。

 あ、門が見えた。

 ──ベンウィック。 メイルシオ着いたよ。

「へぶしっ! あー……お、本当だ。 門番とかいないんすかね……ってうわ!?」

 ダン! と門が開け放たれたかと思えば、中から大勢の人間が南へ……つまり遺跡及

びヘラヴィーサの方へ向かって押し寄せてきた。

「モアナ!」

「わぷっ!?」

 メディサが道脇にモアナを避けさせる。 クロガネとベンウィックも同じように避

けた。

 人間の顔は全て恐怖に染まっており、まるで災禍の顕主でも見たかのような怯え方

だ。

「……行ったな」

「何事だ?」

 ──ベルベット達がメイルシオから人間を退去させたんだと思う。

「なるほどな。 ならば、そのまま突き進んでよいということか」

 ──モアナ、エレノアはもうすぐ会えるよ。 死んでないから安心して。

256

「……うん!」

       メイルシオに着き、アイゼン達に事情を説明した。

 その中で、クロガネとロクロウは早々にその場を離れた。

  長きを生きる刀鍛冶の……最高の一品。

 ──さよなら。

 返事はなかった。

    

257 dai jur roku wa gokkan no ti no kessen mae

   「呼び出しは届いた様じゃの」

 メイルシオの東門。 メルキオルがそこに立っていた。

「……四聖主の復活を企んでいるのだな」

「流石、察しが良いのぅ」

「わかっているはずだ。 四聖主が復活すれば、どのような混乱が起きるか」

「カノヌシが増幅していた霊応力が元に戻り、精霊も意思を回復。 多くの対魔士が力

を失い、聖寮の管理体制も崩壊するじゃろう」

「業魔の脅威はそのままに、な」

「のみならず、数百年は地水火風の自然バランスが大混乱するはずじゃ。 異常な地殻

変動、気候や海面の大変化に火山の爆発……お祭り騒ぎじゃな」

 最も、それは繰り返されてきた事なのだが。

「文明も大きく後退するぞ? キララウス火山一つとっても、噴火によって炎石が失わ

れれば火薬の製造が不可能になる」

「それも一興。 ま、心配せずとも案外なんとかなるものじゃろうて。 頑張れ人間!

258

 じゃよ」

「人を何だと思っている……」

罪業ざいごう

「穢れを生む悪の源泉。 故に情を鎮め、理に秩序を齎す。 人が己が

を悔い改め、

超越するその日まで……じゃろう?」

 超越できないから人間というのだ。 超越した時点で、それは人ではない何かだろ

う。

「そう。 だからこそのカノヌシの覚醒だ」

「我らはそのための捨て石、汚れ役。 救世主たる導師の影……か」

「戻ってくる気はないのか? お前がメーヴィンを名乗った意図は……」

「お師さんらの理想は、退屈過ぎるわい」

「だが、清浄な世界だ」

「造花の箱庭じゃよ。 見てくれだけの紛いモンじゃ」

「正しい理と秩序がある」

「歪んだ理じゃ! 花が枯れねば幸せか? 狼が草を喰えば満足か!」

 マギルゥが吠える。

「気色悪いわ! そんな世界を願う者も、囲われて満足する奴らも! 毒虫とて喰いた

いものを喰うぞ! 名もなき花とて咲きたい場所に咲く! 他人にとってはどーでも

259 dai jur roku wa gokkan no ti no kessen mae

いい願いにも、決して譲れぬ、生きる証があるんじゃ!」

 マギルゥは続ける。

「それを悪と言うなら、儂は悪として生きて、死ぬわい」

「ならば踏み潰すまでだ」

「──どこまでも上から物を言いやがる」

「手を貸すぜ、マギルゥ」

 メイルシオから出てきますは強面の聖隷と夜叉たる業魔。

 おそろしおそろし。

「待った、決着は後じゃ。 こやつは災禍の顕主への供物じゃてな。 メルキオル・メー

ヴィン。 火山で待っておれ。 案ずるな、お主の最後は……儂が‘看取る’」

「良いだろう。 まとめた方が踏み潰す手間がかからん」

 振り返るメルキオル。 足元には、花。

「……」

 メルキオルは花を踏み潰す事なく、歩き去って行った。

「変わらんのぅ、 お師さんは」

 その声には……少しばかりの、哀愁が混じっていた。 ……かもしれない。

 

260

      「お主、最初から見ていたじゃろ? 悪いノルミンじゃて」

 ──隠蔽していても、一度覚えた霊力なら判別できる。

「ほぉ……? お師さんでもサムサラには適わんか?」

 ──うん。 あんな静かに燃えてる炎みたいな霊力は、滅多にいないし。

「炎かえ? どちらかといえば雪山に鎮座する氷塊とかのほうがしっくり来ると思うん

じゃが……」

 ──炎だよ。 静かに、でも消えることなく燃え続ける炎。 カスパルでもバルタザ

ルでもなく、メルキオルな所も人間らしいよね。

「……誰じゃ?」

 ──黄金を求めるのは人間だけだよ。 聖隷や業魔には必要ないもん。

「っはぁ〜。 お主の話はこの大魔女マギルゥ様を以てしても理解し難いわい」

261 dai jur roku wa gokkan no ti no kessen mae

 ──メルキオルに啖呵を切ったマギルゥ、かっこよかったよ。

「……本当に悪いノルミンじゃぁ〜」

      「はぁ〜良いお湯ですねぇ〜」

 ──そうだね。 バンエルティア号の風呂と違って……広いし、色々効果がありそ

う。

「はい。 それにしても、最初はサムサラはお風呂嫌いかと思っていましたが、むしろ好

きなんですね」

 ──うん。 面倒臭さが勝ってただけ。

「……それもどうかとは思いますが……」

 ──……。

「サムサラは……自己嫌悪というモノを覚えた事はありますか?」

262

 ──無いよ。 私の生に於いて……自身を嫌悪した事は、一度も無い。

「……すごいですね。 私は、眩しくて純粋なモアナや……ベルベット達を見る度に

……苛まれるんです。 自らが──」

 ──エレノアは人間でしょ? なら、それは正常だよ。 ううん、聖隷や業魔でもそ

う。 理性を失った業魔ですら、死ぬ時に自己を嫌悪する。 アイフリードみたいなの

は異常。

「なら、あなたは……自らが異常だと?」

 ──私は特別。 

「特別?」

 ──エレノアは、生まれた時に自らがやるべきこと、為すべきことを自覚していた?

「い、いえ。 むしろ、今でさえ……迷っています。 でも、進むと決めましたから……」

 ──私は知ってた。 私と言う意識が覚醒した瞬間から、私のやるべきことは分かっ

ていた。 

「それは……」

 ──私は最初からこういう性格で……人格形成に他者の影響を受けていない。 私

は私個人で完結し、故に自己を嫌悪するとか好むとか、そういう次元にいない。

「……」

263 dai jur roku wa gokkan no ti no kessen mae

 ──なんて。 簡単に言うと、私はまだ赤ちゃんなの。 ばぶー。

「……なら、これから育てて行けばいいじゃないですか。 ふふ、千歳の赤ちゃんです

ね」

 ──そんなに若くない。

「えぇ!?」

 ──今の歴史書に書いてある歴史なんて、本来の歴史の1割くらいだよ。 本当は

もっと長い。

「サムサラは……その全てを知っていると?」

 ──さぁ。 どうだろうね?

「ここまできて誤魔化すんですか!?」

 ──生きるのに必要なのは、C調と遊び心だよ。

「……何故かマギルゥを幻視しました……」

     

264

 「休憩はここまでじゃ。 特等共が来おったぞ」

 緋の夜が来た。

265 dai jur roku wa gokkan no ti no kessen mae

dai jur nana wa 『Sigure』 t

o 『Merchior』

 「行くわよ! 特等対魔士を殺し、世界を混乱の炎で包む!」

 おー。

      「空も……地面の雪も、みんな緋い……。 これが緋の夜なんだね」

 緋の夜。

赤色月蝕

ブラッドムーン

 空に浮かぶ

が魔的に輝く。

 3年ごとに起こる星の巡りが引き起こす現象。

 地脈の力を吸い上げた月。

266

 まぁ実際に月に地脈の力が届いているわけではなく、地脈の力が大気中に溢れ出てい

るだけなのだが。 

 時に猟奇的さは想像を膨らませる。 恐怖は妄想を掻き立てる。

 そうしてあることない事が歴史書に描かれていくのだ。

 言わずが華、という奴である。

  さて、現在私は1人である。

 正確に言えば眼下にベルベット一行がいて、私は天井に居ると言った方がいいだろう

か。

 トラクタービームを足元に小規模展開し続ける事で、空中の歩行を可能としている

……ッ!

 こんなことをしている理由。

 まぁ、そこまで大した意味はない。

 ただ、ムルジムと会話したかったのだ。 あの吠える者と。

 いた。

  

267 dai jur nana wa 『Sigure』 to 『Merchior』

      「大した奴だ。 自分を刀にしやがるとはなぁ」

「あぁ、その刃はクロガネの数百年そのものだ」

 兄弟は向かい合って酒を飲む。

 兄は刀の出来を……その意思を讃え。

 弟は號嵐を倒して刀を完成させると宣言する。

 シグレ・ランゲツは、それを『面白い』と言った。

聖隷たにん

の力を借りる趣味はねえよ!」

「対魔士がよう言うわ。 ネコ聖隷の力を借りとるじゃろが」

 違う。

「借りてねぇよ、バーカ!」

 彼女は吠える者。 予告する者。

268

 役割は──。

「そうよ。 逆にあたしは、頼まれてシグレの霊力を抑え込んでいるのよ」

光り輝く者

 彼女は枷。 

を更に輝かせるための──。

 「ムルジム。 枷を外せ」

 霊力の鎖が消える。 不可視の鎖は大気に溶けおち……。

「うおおおおおおおぁぁぁぁああああああああ!!」

 解放された霊力は爆発的な広がりと共に、周囲の空間を揺らした。

  「さぁ、楽しもうぜ!」

「応! 1013回目の勝負だ!」

「細けぇなてめぇは!」

「負けた数だからな! だが、それも今日で最後だ!」

  交戦が始まった。

 

269 dai jur nana wa 『Sigure』 to 『Merchior』

   

無ね

「避ける必要は

ぇ!」

『どこにいても、同じだ!』

荒鷲あらわし

『嵐月流・

!』

絶刑ぜっけい

『嵐月流・

!』

 秘奥義の相殺。 何百……千に至るほど見続けた太刀筋だからこそ、できる所業。

「はは! 俺の一撃を止めるか!」

 彼は最初から気付いている。

 自身の裏。 天狼を刺し殺す蠍の存在に。

 その上で……その上で、全てを楽しむ。

 彼が穢れない理由であり──最も神に近い人間である証明だろう。

「震天!」

「裂空!」

「斬光!」

「旋風!」

270

「滅砕!」

「神罰!」

「割殺!」

「無音!」

 怒涛の連撃。 

 奇しくも、この技の原型を初めに使った者も’兄’だった。

  さぁ、蠍よ。

 天狼を打ち貫いてみせておくれ。

「大したモンだな、おまえら……」

「感心するのはまだ早い。 まだ、俺の剣を見せていない」

「お前の剣……? そりゃ、休んでる場合じゃねえな!」

 一騎打ち。

 剣閃が輝き渡る。

「おぉぉぉぉおおおああああ!!」

「あぁぁあああああぐぅぅぅぅ!!」

 拮抗。

271 dai jur nana wa 『Sigure』 to 『Merchior』

 しかし、ロクロウの交差された二刀は、シグレ・ランゲツの一刀を絡め取り──。

「なッ!?」

 上空へと、払い飛ばした。

 ロクロウは背中に背負う、大太刀クロガネの柄を両手で……業魔となった半身と、人

間である半身でしっかりとつかむ。

 一刀一刀でも二刀でもない。

「斬ッッッ!!」

 これぞ、ロクロウの剣。

「三刀……これが、お前の剣か……」

業わざ

「そうだ。 シグレ・ランゲツに勝つために、鍛え上げた

だ」

天狼シグレ

 

は、満足した表情をつくり。

「やるじゃねえか……」

 そのまま、背から倒れた。

    

272

贐はなむけ

ムルジム

「クロガネへの

だ。 號嵐は持って行け。 あとな……

は、見逃してやって

くれ」

「……シグレ」

 彼女も、思う所はあるのか。

「シグレ……あの上意討ちは」

 語られるのは、ロクロウの業。

 しかし、シグレ・ランゲツは全てを受け入れていた。

 彼の生は……私と似ているかもしれない。

 全てわかっていたのだろう。

 全て知っていたのだろう。

 その上で、更に上を求め続けた。

 自己を嫌悪する事なく、飽くなき欲求を持ち続ける純水のような心。

 さようなら、シグレ・ランゲツ。

 数千……いや、万の時の中で、最も清い魂よ。

   

273 dai jur nana wa 『Sigure』 to 『Merchior』

   ──ムルジム。 久しぶりだね。

「あなた、会うたびに同じ言葉で話しかけてくるわね」

 ──そうだっけ?

「全く……。 あなたが敵に居たんじゃ、感知できないわけね」

 ──ムルジムと私は相性が悪い。 あなたがソッチにいるって知らなかったら、危な

かった。

「最年長のノルミンに褒められて、悪い気はしないわね」

 ──天族ムルジムよりは生きてないよ。

「どうだか。 あなたとノルミン・フェニックスは、かなり昔からいる印象だけど?」

 ──少なくとも私は人間と一緒に生まれたから。 天界出身じゃない。

「それだけじゃ、年齢の違いはわからないじゃない。 胡散臭いのは相変わらずね」

 ──ズイフウと最後に会ったのは、いつ?

「……唐突なのも相変わらずね。 随分と懐かしい名前だけど……いつだったかしら

ね。 あなたがその名前を知っている事の方が驚きなくらい……遥か過去だわ」

 ──そう。 また……1000年後に会おうね、ムルジム。

274

「具体的ね。 でも、前に会ったのもそのくらい前だったかしら。 意思を封じられて

……シグレに解放されるまでの間は、よく覚えていないけど」

 ──ばいばい。

         「理を越えて願い思う‘理想’こそ人の力だ」

 先代筆頭対魔士、クローディン・アスガードの言葉。

 ベルベットは詭弁と言ったが……しかし、確かに真理だ。

 メルキオル・メーヴィンは、弟子であったマギラニカ・ルゥ・メーヴィンの機転によっ

て……なんともあっけない、最後を迎える。

275 dai jur nana wa 『Sigure』 to 『Merchior』

 しかし、その高潔にして純粋な魂は、確かに人間だったと言えるだろう。

 彼の誓約は草花とは関係の無いモノ。

 相討ちを狙う局面で、誓約を気にする必要はないから。

 でも、自らが踏み潰す事だけは避けたかったのだろう。

 噴火に巻き込まれたとしても、結果は同じ。

 それがわかっていて。

 彼は、草花を愛していたのだろう。

   さぁ。

 高潔な魂を糧に、起きろ。

 少し忘れられたくらいで眠りに就いた、四聖主共。

最後の聖主

 彼らを見捨てなかった

は、お前たちを見ていたぞ。

 「四聖主は……災禍の顕主が……叩き起こす!!」

  ──起きろ。

276

   光が──光の柱が生まれる。

 光の柱は半球状のドームを描き、膨らませる。

 それは徐々にカノヌシの領域を押しやり……地上から、宙へと追い出した。

   さて、見つからない内にかえろーっと。

277 dai jur nana wa 『Sigure』 to 『Merchior』

dai jur hachi wa 『phoenix』

 「アイゼンさんに手紙ッス〜」

 げ。 いつのまにノル様人形を集めていたんだライフィセット……!

「また例の手紙か。 『一筆啓上。 我の堪忍袋の緒は切れた。 怒りの鉄槌を今くだ

さん! 監獄島に来るが良い』、『逃げても責めはせぬ。 うぬが薄情かつ臆病な愚兄と

判断するのみ』」

「おいおい、こいつは果たし状じゃないか! 面白そうだなぁ、行こうぜ!」

 どうする。 ついていくべきか、行かざるべきか。

 あいつはあんなナリだが真実最強だ。 ベルベット達では万一もあり得る。

 殺しこそしないだろうが……。

「サムサラ、行くわよ。 ……サムサラ?」

 ──………………わかった……。

「? やけに嫌そうね。 別に、あんただけいつも通りバンエルティア号残ってても─

─」

 ──ううん、行くよ。 多分、避けられないし。

278

「そ。 ならタイタニアへとっとと行きましょ」

     「対魔士の姿は見当たらないわね」

「ここは用済みとて、完全撤退したようじゃな」

「それを知っていてここを果たし状に指定したのなら、侮れませんね」

「油断せずに行くぞ」

 ……うん。

 ソウダネ。

 ライフィセットの頭に乗ったまま、タイタニアを進んでいく。

 あぁ、ここからでも暑っ苦しい気配が……。

  そして、タイタニア裏側エントランスに着いた。

「なんだ? 誰もいないじゃないか……。 ん? 何だあの箱」

279 dai jur hachi wa 『phoenix』

 「盟約の……そして断罪の時は来たれり!」

「何……?」

 エントランスに置いてあった木箱が光り輝く。

 眩しい。

 そこから、重い音を立ててオレンジ色の物体が飛び出した。

「箱の中からノル様人形が!?」

「なに、あんた」

  ──天光満る処我は在り

 「フ……冥途の土産に覚えておくがいい。 我が名は──」

  ──黄泉の門開くところ汝在り

 「おー、ノルミン聖隷のフェニックスではないか〜。 そうかそうか、どうりで手紙が暑

苦しかったわけじゃ」

280

「びえ〜ん! 自称ノルミン聖隷最強のオトコがこんなところに関わっていたんでフか

〜!?」

「自称に非ず! 我が名はフェニックス! ノルミン聖隷最強の漢なり!」

  ──運命の審判を告げる銅羅にも似て

 「全部、先に言われてるんだけど?」

  ──衝撃を以て世界を揺るがすもの

 「手紙をよこしたのはてめぇか! なんの真似だ?」

 

此方こなた

 ──

天光満る処より

 「全ては天の導きなり。 過日、我は兄への想いが綴られた手紙を拾った。 差出人を

探し出し、密かに訪ねてみると……そこには、1人の可憐な少女が居た。 兄からの贈

り物と、出せなかった手紙の山に囲まれて、な」

281 dai jur hachi wa 『phoenix』

「出せなかった手紙……?」

便箋びんせん

「一文字一文字に込められた兄への想い。 

へ落ちた涙の痕に、我も涙した」

「てめぇ! 拾った手紙勝手に読んだ挙句、人の部屋に勝手に入りやがったのか!」

 

彼方かなた

 ──

黄泉の門開く処生じて

 「我が道徳に反したことの非は認める。 だが、我の正義が貴様の非情を許さぬ! 使

い古しの手袋を握りしめ、広い海に兄の無事を祈る、少女の瞳にかけて!」

「わけがわからん。 てめぇは何がしたいんだ!」

「その言葉、汝自身に問うが良い!」

「なんだと……?」

「上っ面の言葉を重ねた手紙とおまけのガラクタで、何が伝わると言うのだ!」

「それは贖罪の……」

「笑止! 妹を心配する汝も、海賊と共に行きたいと望む汝も、どちらも本物であろう!

 ならば何故、それを正直に伝えてやらぬ。 それが、汝の流儀なのだと何故言わぬ!

 兄の流儀を許せぬような器の小さい女なのか、汝の愛する妹は!」

「てめぇに説教される筋合いはねえ!」

282

  ──滅ぼさん。

 「ならば、力を示して見せよ!」

「何が‘ならば’だ!」

「我が勝った暁には、即座に妹と会ってもらう。 だが、我が敗れた時は、我になんでも

命ずるがよい!」

 ──久しぶり。 そして喰らえ、フェニックス。

「む!?」

  狭い室内の床と天井に幾何学模様の描かれた方陣が展開される。

 幾何学模様の間には文字。 言語はプライマル・エルヴン・ロアー。

 原初の力にして最大の幻想が込められた文字だ。

 方陣は回転を繰り返し、幾層も幾層も重なっていく。

 回転するごとに方陣は光り輝き、その光が視認できぬ程になった瞬間に──。

  ──インディグ・ネイション!

283 dai jur hachi wa 『phoenix』

 

怒槌いかづち

 轟音と共に、神の

がフェニックスを貫いた。

  「なんだかいつもより容赦なくないか、サム……」

 ──ロクロウ、終わってないよ。

 そう、終わっていない。 わざわざ完全詠唱したのは、あいつに秘奥義を使わせるた

めだ。

 早々に使わせておかないと、後が面倒だから。

  「ここで果てるわけには……いかんのだ! 今復活のォォォォォオオオ! 羽ばたきの

時なりぃぃぃぃいいいいい!」

   轟雷の中から生まれた火の鳥が、方陣を喰い割った。

 

284

「あれで倒れないのか! 面白い奴だな!」

「笑いたくば笑うがいい! だが、最後に笑うのは我なり!」

「泣きっ面を拝ませてもらうぞ!」

 ──全開で術を使うから、巻き込まれないでね。

「あぁ、勝手に避ける!」

  ──滅びの時……ディメンジョナル・マテリアル。

真黒しんこく

 突如空間に光をも吸い込む

の球体が生まれる。

 球体は膨張し、フェニックスを潰しにかかる。

「ぬぅぅぅううう!? 懐かしいぞ!」

 フェニックスは体に炎を纏い、ピュイイイイイという甲高い鳴き声を発しながらそこ

を離脱した。 面倒な……!

「ハハ! 前に聞いた時からやりあってみたかったんだ! あいつが認めた最強、フェ

ニックス!」

「そうだ! 我は最強の漢フェニックスなり!」

 ロクロウの斬りかかりもあわや、フェニックスは天井すれすれまで飛びあがる。

 そして巨大化。 ロクロウ目掛けて落ちてきた。

285 dai jur hachi wa 『phoenix』

 ──誘惑の罠張り巡らせ、我が懐中へ! トラクタービーム!

「ぬぉああああ!?」

崩牙襲

ほうがしゅう

!」

 落ちてくる前に敷いたトラクタービームによって天井に押し戻されたフェニックス

を、ベルベットの蹴りが襲う。 しかし有効なダメージにはなっていない。

「『喝!』」

「くっ!?」

 ベルベットが弾き飛ばされた。 

 ──無垢な魂よ。 癒しの庭に集え。 煌け、イノセント・ガーデン。

「助かる!」

「久しい感覚だ! 久しく……懐かしい、我が──」

 ──デスクラウド。

 真黒の雲が生まれる。

 その雲は、容易くフェニックスを取り込んだ。

「エレノア、下がれ! あれに触れるのは不味い!」

「はい! ……見た事も無い術ですが……アレは、なんなのでしょうか……」

「知らん! だが、アレから奴が出てきたら一斉に叩くぞ!」

286

 「ぬぅぅぅぅぅぉぉぉおおおおお! 我が栄光の軌跡、見切れまい! 我こそが天翔

オォォォォォォオオオオ!」

 雲がはじけ飛ぶ。 ち、一度倒れた癖に蘇ったか!

「響け! 集え!! 全てを滅する刃と化せぇぇぇえ!! ロストフォン・ドライブ!!」

「明日はいらねぇ! 今お前を仕留める、詰みの一手だ! ドラグーン・ハウリング!!」

 穢れの炎と超振動がフェニックスを襲う。

 ──マギルゥ、私の術を吸って。

「なるほどのぅ……スペルアブソーバー! ハイドロシュトローム!」

 地水属性がフェニックスを巻く。

 私が詠唱しかけた術をマギルゥに蓄積させ、秘術を発動させたのだ。

「瞬撃必倒! この距離なら、外しはせん! 零の型・破空!」

「善なる白と悪なる黒よ! 混ざりて消えろ! ケイオス・ブルーム!!」

白黒

びゃっこく

 ロクロウの突きとライフィセットの

がフェニックスを貫く。

「一撃じゃ、生ぬるい! 絶破滅衝撃!!」

 止めとばかりにベルベットの2段……いや、三段の攻撃がフェニックスを灼いた。

 

287 dai jur hachi wa 『phoenix』

「まだだ……鳳凰百烈──」

 ──沈め。 元始にて万物の生たる燐光。 汝が力、我に示せ。 轟け、ビッグバン

! 「ちょぉぉおお! 明らかにそれは室内で使う術じゃないじゃろぉぉぉ!? 退避じゃ退

避〜!!」

 ──てへ。

 光が、満ちた。

    「……強かったね」

「あぁ、最強と言われるだけはある」

「だが、死神に喧嘩を売った落とし前はつけてもらう」

「え? アイゼン何を……」

 アイゼンが構えると、倒れていたフェニックスは目を見開き立ち上がり、ポーズをと

288

る。

 どこからか聞こえる鳥の鳴き声。

「やはりな……貴様の力は『不死鳥』。 俺の『死神の呪い』と真逆の性質を持つ加護の

力」

「ふっ、気付いていたか」

「じゃあ、フェニックスの不死鳥の力があれば、アイゼンの妹を守れるって事?」

「我は敗北した。 なんなりと好きに命ずるがよい」

「断る」

「何故だ!?」

「自分で自分の舵を取る。 それが俺の流儀だ。 そのせいで妹にさびしい思いをさせ

ている事も、それが身勝手な流儀だということも分かっている。 だが、俺はこういう

生き方しかできない」

「……」

「お前に命令する事は、俺自身を否定する事になる。 だから命令はしない。 だが─

─」

「だが?」

「出来るなら、お前の力で妹を守ってやってほしい。 業魔や穢れ……そして、いつかあ

289 dai jur hachi wa 『phoenix』

いつを襲うであろうドラゴンから」

「ドラゴン!? 汝はそこまで……!」

 ……。

「命令じゃなく、お前に頼みたい」

「友よ、その願いしかと受け止めた。 ならば、友として我も汝に頼みがある」

「なんだ?」

「汝の妹に手紙を書いてやってほしい。 汝の想いを正直に綴り、伝えてやってほしい。

 手紙を書き終えるまで我は待つ」

「その必要は無い。 出しそびれている内に随分と汚れちまったがな……」

「友よ、この手紙我が名に懸けて妹に届けよう。 そして、必ずあの娘の笑顔を’蘇らせ

て’みせる」

「何故なら、我は不死鳥。 我が名はフェニックス!」

「頼んだぞ、フェニックス」

「さぁ、我を送るがよい。 来たれかめにん!」

「どもっす! フェニックスさんは、自分が命に代えても届けるっす!」

  

290

「さらば友よ! そして……我が半身、サムサラよ!」

 ──はいはい。 またね、フェニックス。 私の半身。

   全く同時に……全く同じ場所で生まれた最初のノルミン。

 それが私とフェニックスだ。

      「なぁ、サムサラ」

「あの、サムサラ……」

「サムサラ」

「ちょっといいかな、サムサラ」

「サムサラ〜? 何か隠しておる事があるんじゃないかぇ?」

291 dai jur hachi wa 『phoenix』

「サムサラ、知っていたんだな」

 ロクロウ、エレノア、ベルベット、ライフィセット、マギルゥ、アイゼンの順である。

 ──エレノア、口になって。

「あ、はい。 口になります」

 ──それで、何が聞きたいの。

「何を聞きたいのですか?」

「そりゃ勿論、フェニックスとお前の関係だよ」

 ──あいつは私の半身。 私はあいつの半身。

「フェニックスはサムサラの半身で、サムサラはフェニックスの半身……だそうです」

「それがどういうことかって聞いてるのよ。 双子って事?」

「双子のノルミンなんて聞いた事ないでフが……そもそもフェニックス兄さんはイヌ

系、サムサラ姐さんはネコ系でフよね?」

 ──別に。 フェニックスみたいなのをイヌ系、私みたいなのをネコ系って呼ぶよう

になっただけだし。

「フェニックスのようなノルミンをイヌ系、サムサラみたいなノルミンをネコ系と呼ぶ

ようになっただけ、だそうです」

「びぇぇぇええ!? サムサラ姐さん達が発祥だったんでフか!?」

292

 ──ノルミン諸島で、石版見付けてきたでしょ?

「ノルミン諸島で石板を見つけましたよね」

「あぁ……四聖主とカノヌシが描かれた石版か」

 ──アレの左上がノルミン。 誰をモデルにして描いてあるのかは知らないけどね。

「えぇ!? あ……。 その石版の左上部分がノルミンなのだそうです」

「……成程、あの欠け方はそういう理由か」

「確かに、もう1つ絵が入ると考えた方が自然だな」

「で? あんたたちは双子なの?」

 ──人間で言う双子とは全く違う。 けど、原理としては一卵性双生児に近い。

「人間の双子とは全く違うけれど、原理は一卵性双生児に近いそうです」

「一卵性双生児……つまり、何らかの要因で別たれた元は同じ存在というわけじゃな?」

陰いん

 ──そう。 私が

ならあいつは陽。 私が影ならあいつは光。 私が戦う医学生

ならあいつは四大の主。

「そうです。 サムサラが陰ならフェニックスは陽。 サムサラが影ならフェニックス

は光。 サムサラが戦う医学生ならフェニックスは四大の主と言っています。 後半

は良くわかりませんが」

「フェニックスの力は『不死鳥』だった……なら、サムサラの力は『死神の呪い』なの?」

293 dai jur hachi wa 『phoenix』

 ──違う。 『不死鳥』と『死神の力』は真逆だけど、あいつと私は表裏一体。

「『不死鳥』と『死神の力』は真逆ですが、フェニックスとサムサラは表裏一体だそうで

す」

「んー? 切っ掛け次第でどっちにもなる、って事か?」

 ──ロクロウの解釈で合ってる。

「そういう事のようです」

「それで? あんたの力は教えてくれないわけ?」

 ──うん。 教えない。

「教えないそうです」

「……なら、いいわ。 そんだけしても言いたくないなら、無理に言わせる気はないし」

「だな。 しっかし、負けたのに偉そうな奴だったなぁ」

「でも……思ったよりいい聖隷だったね」

「ストーカーじゃがの〜」

「……やはりもう一発殴っておくべきだったか……」

「ですね。 ストーカーはいただけません」

  

294

  ──じゃ、千年後に。 ばいばい。

295 dai jur hachi wa 『phoenix』

dai jur Q wa 『Genesis』

  「探索船から連絡が入った。 恐怖の島が見つかったらしい」

 お。

 グリモワール、ビエンフーに視線を向ける。

 グリモワールはそっぽ向き、ビエンフーはニヤニヤしている。 それじゃ何かを隠し

てますよと言っているようなものだよビエンフー。

「恐怖の……ですか? なんなのですか、それは」

「前にアイゼンが言ってた、動く島だね」

 まぁ動けなくなる島でもあるが。

「そう、太古から異海を彷徨いつづけていると伝わる、奇島中の奇島だ。 森羅万象、あ

らゆる力を吸い取るとも言われている」

「その力……カノヌシと何か関係が!?」

 二つの事実が重なってるだけなのに、まるで恐怖の島みたいに聞こえるから不思議だ

よね。 アタマデッカチ族とか馬鹿にしてたくせに。

296

「これ以上は行ってみなければわからん。 まずは、イズルトの船着き場にいる仲間と

合流するぞ」

 島に行くのは何年ぶりだろう……。 数千年ぶりかなぁ。 

      ぼよん、ぽよん。

「こ……ここは……!」

「わ〜、珍しいなぁ〜、またお客さんや〜」

「ノルミン島へようこそ〜。 遠いとこ、疲れはったやろ〜? まずはぶぶ漬けでも〜」

 うわー、知らない子だ。 新しく生まれた子かなぁ。 知識としては知ってる子だけ

ども。

「ノルミン島……だと……」

「そうでフ。 ここは僕達ノルミン一族の故郷でフよ〜!」

「懐かしいわねぇ……帰省なんて千五百年ぶりよ」

297 dai jur Q wa 『Genesis』

 ……グリモワールですらそんな最近に来てたのか……。

「ほぁ〜! グリモ姐さんやんか〜! お久しぶりですぅ〜」

「はぁ〜い」

 ……私もゆっくりなライフスタイルだけど、ここはちょっとベクトルが違うよなぁ。

 というか、諸島生まれって今何人いるんだろう。

「あなた達……ここの正体を知っていたなら、何故教えてくれなかったんですか?」

「アイゼンが『神秘に挑むのがアイフリード海賊団だ』とかかっこよく言ってたから、い

いだせなくて……」

「男のロマンを邪魔するのは野暮でしょ? それが、どんなに無駄な夢だとしても……」

「ぬぅ……」

 あ、迎えに来てくれた子と目があった。

 手を振ってみる。 首を傾げられた。 デスヨネー。

     

298

「はじめましぃや〜、あんさん見た事ない顔ですけどぉ〜」

 ──私がここ最後に来たのは、多分8千年くらい前だからね。

「ほわぁ〜、どこぞらからか声が〜」

 ──ちょっと事情があって、この方法でしか喋れないの。

「へぇ〜、そないなんか〜。 やて、八千年前って島が動き始めた時とおまへんですか〜

?」

 ──うん。 私はノルミン諸島出身だよ。

「ほなすごいおねーさんはんやな〜」

 ──そうだね……。 ミヤビはどこ行ったの?

「ミヤビはんは〜、まや帰っておこしやすおりません〜」

 ──そっか。 業魔化してないといいけど。

「どーもないと思いますよ〜。 それより、あんさんの名前をおせておくれやす〜」

 ──サムサラ。 一応……あなた達の、先祖になるのかな。

「ご先祖様でしたか〜。 ……どないなことですか?」

 ──気にしないでいいよ。

  

299 dai jur Q wa 『Genesis』

        いつのまに戦う医学生や四大の主に会っていたんだろう。

「ジュード……ミラ」

「どうした、こんなところで」

「ひょっとして……あんたたちが‘’終末の使者‘’!?」

精霊・・

 うーん、この2人がいるとなると……

術は使わない方がいいかな。

「いや、違う」

「僕達は‘’終末の使者‘’から託されたんだ。 裁きの戦いを」

「裁きの戦い!?」

 ……私が彼らを送り出せばいいんじゃないだろうか。 適当に送り出しても、ミュゼ

辺りが拾ってくれるんじゃ……。 こう、エクステンションあたりで。

300

「あんたらに敗けたら、この世界が滅ぶって言うんじゃないでしょうね?」

「察しが良いな。 その通りだ」

「‘’終末の使者‘’が、勝利すれば元の世界に戻してくれる、とでも約束したか?」

「僕達は……リーゼ・マクシアでやり残している事があるんだ」

「そうなのね。 ……けど、そんなのも、こっちにだってあるわよ!」

 そう、こいつらを追い出せばペンギョンを簡単に獲る事が出来る……?

「一人と一匹で、儂らとやる気かえ?」

「一匹じゃない……」

「マギンプイ!」

 そ、その呪文はッ!

「2人だよ!」

「な、なに!? 儂のどーでもいい呪文が驚きの効果を!?」

「‘’終末の使者‘’の力だ。 この戦いの重要さがわかっただろう」

「本気で──」

 ──ちょっと待って、ジュード・マティス。

「ッ!? 誰!?」

 ──ライフィセットの頭の上に乗ってる。

301 dai jur Q wa 『Genesis』

「……この声は、君が?」

 ──うん。 それで、物は相談なんだけど……もし、私があなた達をリーゼ・マクシ

アかエレンピオスに送り返したら、どうなるかな。

「ッ……どうして、その名前を」

 ──識ってるから。 そっちの世界の事。 あなたと、四大の主が何を背負っている

のかも。

「ふむ……ジュード、先程から誰と話しているんだ?」

「ミラには……聞こえないの?」

 ──私の交信術は1人ずつにしか繋げられない。 不便でごめんね。

「今、ライフィセットの頭の上に乗ってる……人形? と話してるんだ」

「この子はサムサラだよ」

「……ねこにんやかめにんのようなモノか」

 ──そんな感じで捉えて当たり。 はじめまして、四大の主。 ミラ・マクスウェル。

「頭の中に声が……精霊術ではないようだが……」

 ──交信術っていうの。 これでしか喋れなくてごめんね。

「いや、気にしていない。 それで、ジュードと何を話していたんだ?」

 ──私が術で、あなた達をリーゼ・マクシアかエレンピオスに送り返したらどうか

302

なって。 ミュゼに拾ってもらうか……運が悪くてマグナ・ゼロ。 運が良くて次元の

裂けた丘辺りに出ると思う。

「ほう……? やけにこちらの事情に詳しいな?」

 ──識ってるから。 私は世界とか、次元とかいったものに干渉できる。

「そうか……だが、それは無理な相談だ。 ‘’終末の使者‘’に、自身の方法以外で帰

ることは出来ないと聞いている。 信用していないわけではないが……私は確実な手

段を取りたい」

 ──そう。 じゃ、本気であなた達を消し飛ばすよ。 この世界から。

「望むところ、だ」

「……長話は終わった様ね。 サムサラ、もういいの?」

 ──うん。 待たせちゃってごめんね。 私も戦闘に参加するよ。

「えぇ。 それじゃ、とっととやりましょ」

「本気で戦わないと、僕達には勝てないよ!」

 重々承知の上だ。 対フェニックスと同じ勢いで戦わせてもらおう。 精霊術も込

みで。

  

303 dai jur Q wa 『Genesis』

    「終末の使者に代わって!」

「いざ裁きの戦いを!」

「何様のつもりよ!」

蝕しょく

 ──

を知り来れ、死を纏う黒蝶……フラッターズ・ディム。

 闇色の蝶々が空中に顕れ、巨大な剣を形成する。

「これは!?」

「エリーゼの!」

誰かさん

 ティポがいないが、

のおかげで剣の大きさは最大だ。

「くっ、オーバードライブ!」

 ミラ・マクスウェルが光と共に剣先から離脱する。

「弐の型!」

 その先にロクロウが地雷型の特技を設置した。 あれどういう仕組みなんだろう。

戦吼せんこう

「ミラ! このっ! 獅子

──」

304

「あんたの相手はこっちよ! 魔王炎撃波!」

名めい

 ──薙ぎ払え葬送の鎌、

は煉獄。 ブラックガイド。

 ミラ・マクスウェルから溢れ出る精霊のおかげで、こういった小規模の精霊術を使う

ことが出来ている。 いや本当に小規模の術は使いやすくて良いね。 

「くっ……何故精霊術が使えるッ!?」

詐欺師

! 何を言ってやがる?」

 精霊術を使うと動揺するか……。 なら、これを見せたらどうなるかな?

黒白

こくびゃく

 ──

は螺旋に溶け……陰陽合一層。 ケオティックフューザー!

「共鳴術義!? そんな、リンクもしてないのに!」

「隙を見せたな! 今じゃーっ!」

 マギルゥが天高く式神を掲げる。

「伸びろ……伸びろーっ!」

 ぎぎぃ、ぎぃぃぃいと音を立てて、式神が伸びる。

「光翼天翔くーん!」

 それを思いっきりジュード・マティスへ振り降ろした。 良い技だ。

「ちょ──っ!」

 そこに完成したケオティックフューザーがのしかかる。 1人撃破。

305 dai jur Q wa 『Genesis』

「ジュード! ……この! 集え、地水火風!」

「くっ!?」

 ──出でよ、原罪の特異点。 虚無と永劫を交え、弾けて潰せ、イベントホライズン

(劣化)!

肖あやか

 流石に秘奥義は扱えない。 だから、形と効果だけ

らせてもらった。

 スプリーム・エレメンツとイベントホライズンが衝突する。 四大はともかく、微小

な精霊すらもいないこの世界では本来の威力は出せまい。

「ミュゼの……!」

「余所見してんじゃねえ! 躱せる物なら躱してみな! ウェイストレス・メイヘム!」

 アイゼンの拳がミラ・マクスウェルに全弾ヒットする。 痛そうな音だ。

 ふぅ。 協力秘奥義を出される前に終わってよかった。

   「くっ……」

「終わりよ」

 ベルベットがミラ・マクスウェルにブレードを向ける。

306

「ミラ!」

 それを、ジュード・マティスが盾になる事で止めた。

 さて、と。

 後はベルベットに任せるとしよう。

 私は私で、ちょっと話したい奴がいるんだ。

         ──で? 何の目的があったの?

「ふむ……バレていたか。 お前が彼らを送り出すと言った時は、少し焦ったぞ」

 ──隠したいなら声を変えなよ。 どれだけ時間経ってても、わかるよ。

「私はそこまで万能ではない。 彼らを呼び出すことが出来たのも、ブリュンヒルトの

307 dai jur Q wa 『Genesis』

おかげだ」

 ──その呼び出した目的を聞いてるんだけど。 ノルミン・ジェネシス。

「創世の名前が今や‘’終末の使者‘’だ。 普通にミヤビと呼んでくれ、サムサラよ」

 ──で?

「そう急くな。 ……あの場で言った通りだ。 ジークフリートとブリュンヒルトと共

に旅をし、世界を見て……私の心は荒んだ。 穢れこそしなかったものの、裁きを行お

うと思うくらいにはな」

 ──進歩しない人間を見て絶望でもしたの? 少しはフェニックスを見習ったら?

「フェニックス……。 あれは聊か行きすぎだろう? もし見習うとすれば、サムサラ

のほうだ」

 ──私はフェニックスの半身だよ?

「だが、混じっているだろう? 全てを見てきたノルミン・────よ」

 ──もう、島の子達には会ってあげないの?

「相変わらず唐突だな。 ……残念だが、今の私はノルミンでもペンギョンでもない曖

昧な存在だ。 既にキンギョンの身に落ち着いて幾年か経つ。 ……もう、この島に戻

ることもノルミンに戻る事も無いだろう」

 ──そっか。 それじゃ、次会う時までに心は残しておいてね。 ノルミンだって、

308

戻るんだから。

「お前に言われるまでも無い。 どんな姿になろうと、私は私だ」

 ──うん。 じゃあね、創世のノルミン。

「さらばだ、はじまりのノルミン」

309 dai jur Q wa 『Genesis』

『Theodra』

  ──ザビーダ。

「……よぉ、サムサラサン。 なんでアンタ、ここにいるんだ?」

 ──やっと、彼女が戻ってきたから。 暗く、温かい穴の中に。

 ブリギット渓谷。 良い風が吹いている。

 日向ぼっこをしていたのだ。 そこへ、ザビーダが来た。

「アイゼン達はアルディナ草原にいたぜ? アンタ、あいつらと一緒に行動してるん

じゃなかったのかよ」

 ──寝心地が良かったから、寝過ごしちゃった。

「……そうかよ」

 本当に心地のいい風だ。

 このまま、千年くらい眠ってしまいたくなる程に。

 ブリギット渓谷。 この場所の意味は、崇高。

 今の聖寮が掲げる様な正義とは違う。

 ただただ、崇高である場所。 それがここだ。

310

「アンタ前に、聞いて来たよな……。 メルキオルに使役されてた頃、俺は生きていた

かって」

 ──そうだね。 答えは出た?

「……あぁ。 アイゼンが気付かせてくれたからな……。 今思えば、この問いも俺に

気付かせるため、か」

 ──殺すことが救いになる奴もいる……か。 私から見れば、殺す事じゃなくて、戻

すことが救いになるんだけどなぁ。

「……アンタの言う『戻る』ってのは……何の事なんだ?」

 今の彼になら話してもいいだろう。 

 世界の真実の一端。 

 ──教えてあげる。 生きている者は、みんなこっちに来ているの。 だから戻る事

で本来の流れに行きつく。

 業魔化すると、本人の意思と関係なくとどまらなければいけなくなる。

 それは、とてもつらいことだ。

 ロクロウやベルベットでさえも……。

「そりゃ……」

 ──ドラゴン化は呪いじゃないの。 呪いは等しく、業魔化だけ。

311 『Theodra』

「何……?」

 風が吹く。 世界を巡る風が、世界を旅した風が。

 寝たい。

 ──穢れも祈りも、元をただせば心の力。 存在の力。

「……」

 ──聖隷には許容量が存在する。 それこそが、天界の連中が人間を恐れた理由でも

ある。 それこそが、ドラゴン化の原因でもある。

 そして、人間にも。

 あぁ、そうだ。 今なら名乗っても良いだろう。

  ──私の真名は、エヌエス=ジャーニー。 

「真名……すまねェな、俺には心に決めた女が……」

wargxno

フィ

クー

xavie

 ──

。 久しぶり。 漸く生き返ったね。

「何……? なんでアンタが知って……待てよ、確か生まれたばっかの頃……」

 何年経っても変わらず、優しい子。

 彼女も安心したから、アイゼンの拳を受け入れたのだろう。

 ドラゴン化した聖隷になんども打たれて、死なないはずがないのだ。

312

 神の贈り物は、やはりこの子を愛していた。

 ──誘惑の罠張り巡らせ、我が懐中へ。 トラクタービーム。

 自身に術をかける。

 ふわりと浮きあがる身体。

 ──最後に1つ。 シルバもしっかり戻ったよ。 

「……唐突なのは相変わらずなンだな……サムサラ」

 ──またね、ザビーダ。

 さて、バンエルティア号はどこかなーっと。

313 『Theodra』

dai ni jur wa otona no ji

kan

  トラクタービームの有用性というか、汎用性がすごく高い。

 小規模展開をするために大規模展開している円周部を反転したトラクタービームで

削る、というアナグロな手法を取っているために霊力の消費量が2倍3倍所ではないと

いう欠点こそあれど、自分や味方、物体の移動・攻撃・防御等様々な用途に転用可能だ。

 どう足掻いてもやはり私はノルミンと言うことなのか、人間と関わらない生活を何十

何百何千と送っていると、術の改良や発展をせずにげーんなり、けだるーく生きてしま

うようだ。 

 さて、現在私はタリエシン港上空にいる。

 バンエルティア号に帰ろうかとブリギット渓谷を飛び立って、ベンウィックに交信を

繋げてみるとあら不思議。 真下と言ってもいい所に彼がいるではないか。

 そして直後に感知する、空間の歪み。

 知識の覚えている場所に目を向けててみれば、円に五芒星という酷く見覚えのある形

をした転移陣とねこにんの姿が。

314

 ふわっとねこにんの前に降り立つ。

「わわ! 空からノルミンが降りてきましたにゃ!」

 ──ねこにんの里……行っていい?

一見いちげん

「あ〜、本来は

さんお断りにゃんですけど……」

 ──ねこスピ、幾つ欲しい? 11,330個あるけれど。

「……では、全部もらいますにゃ! ねこにんの里を楽しんでくださいにゃ〜!」

 全てのねこにんBOXを開けるのに必要なねこスピが11,330個。 その全てを

持っていかれた。 ぼったくりかな。 まぁまだ倍以上あるんだけど。

 円に五芒星の転移陣に入る。 守る強さを知り続けた青年の領地でよく聴く音が鳴

る。

 にゃあ〜お。

     「ぐぅ……身体が……甘辛いッ……!」

315 dai ni jur wa otona no jikan

 あれ、入って早々秘伝の醤油ダレに付け込んだすっぽんみたいな匂いが。

 ……美味しそう。

 とりあえずお取込み中っぽいベルベット達に見えない様に、ニャバクラへ向かう。

  ──金はある。 ねこスピもある。 歳は数万。 名前はサムサラ。 入っても?

「おぉ……女性の方でも、ニャバクラは歓迎いたしますニャ! サムサラ様、一名ご案内

ニャ〜!」

 ふ、これが年齢の差という奴だ、という思いを込めた視線をアイゼンに送ってみるも、

絶賛ダークかめにんと戦闘中だった。

 ──以下省略。 ヴァイオレットペイン!

 術をダークかめにんに放って店内に入る。 ここからはオトナの空間だ。

菱鉱心水

インカローズ

緋髪あかがみ

 ──『四つ腕の青鬼』『

』『

の魔王』『いばら姫』と……『地念どど〜ん』

入れて。

「ウチの最高品を羅列するニャんて……お客さん、ウチは初めてじゃないのかニャ?」

 ──そう言うってことは、『日々寧日』は置いてないんだね。 残念。

「なんとにゃ!? 試されていたのかにゃ!! ……次のご来店までには、仕入れておく

ニャ……」

316

 次に来るのは多分千年後だけど……。 いや、千年寝かしたと考えれば……。

 ──ちゃんと、保管しておいてね。

菱鉱心水

インカローズ

緋髪あかがみ

「お任せあれにゃ! 『四つ腕の青鬼』『

』『

の魔王』『いばら姫』『地念どどー

ん』入りますにゃ〜!」

『ありがとうございますにゃ〜!』

 今度ダイルに自慢しよーっと。

    「ダークかめにん様一名ご案内〜!」

「俺も心を洗濯するッス〜!」

 戦闘が終わったらしい。 そういえばこのかめにん、ここでニャバクラに嵌って未来

で横領するんだっけ。 

 まぁ、私には関係の無い事だ。

ダークかめにん

 ──ねこにん。 

に『すっぽん酒』。 タワーで。 一回目だけ私が

御代払ってあげる。

317 dai ni jur wa otona no jikan

「まいどありニャー! ささ、お兄さん。 これが当店自慢の名物、ニャンパンタワーで

すニャー!」

 当然ながら、一回目以降はダークかめにんの支払いである。

 さて、そろそろ出よう。 いい感じにベルベット達に合流するかバンエルティア号に

辿り着けばいいだろう。

 ──ねこにん、勘定。

「はいですニャー! えーっと、合計で360万ガルドになりますニャ」

  ──幸運招きし金色の雨降らし、汝の名はゴルドカッツ。

  ──じゃ、コレ。 400万ガルドくらいあるから。

「お客さん今どこから出しましたニャ? まぁ、ありがとうございましたニャー! ま

たのご来店をお待ちしておりますニャー!」

 ──じゃ、千年後までに『日々寧日』をとっておいてね。

「うぉぉぉおおおおお! もっと注ぐッス〜! やる気が湧いてきたッス〜!」

  ダークかめにんの覚醒したような声を聴きながらニャバクラを後にする。

318

 やっぱりお酒は良いなぁ。

    「よ、サムサラ」

「サムサラ、起きた方がいいぜ。 ついに手に入ったってよ!」

 ──ダイル、声が大きい。 ベンウィック達に見つかる。

「あ、すまねぇ……。 で、だ。 ロクロウ」

「おう。 コレがルカレラチーズだぜ」

  ロクロウが取り出したるは、一見普通のチーズ。 しかし、見る角度によっては銀に

見えたり阿修羅が見えたりする不思議なチーズだ。 味もなよなよしいかと思えばい

きなり辛くなったり、しっかりした味かと思えば急にヘタレる。 そんなチーズ。

 しかし、これをイリアーニュの赤葡萄心水と一緒に食べると、その味は固定される。

 「これがイリアーニュの赤葡萄心水だ。 それと、俺が捕まえたオクトパジェントルメ

319 dai ni jur wa otona no jikan

ンだぜ」

 ──こっちが私の提供するコーダチーズ、エルマニア、蒼翔魚のひれ、スパーディッ

シュサラミにアンジョルノ。

「……いつのまに集めたんだ? ん、これは……葉っぱ?」

「アンジョルノまであんのか。 そりゃエルマニアって葉っぱらしいぜ。 くぅ〜、こ

うなってくるとリカルデンが欲しくなる所だが……」

 「──リカルデンなら俺の秘蔵のモノが一本ある。 俺も混ぜるというのなら、栓を抜

こう」

 「うぉ、アイゼン!?」

「静かにしろ。 ベンウィック達に勘付かれる」

 ──ま、1000歳ならオトナかなって。 イリアーニュの赤葡萄心水の取り分は減

るけど、リカルデンがあるならいいでしょ?

「いや、今は業魔とはいえ元人間の俺からしたら1000歳は十分に大人なんだが……。

 ダイル、アイゼンも混ざっていいか?」

「船に乗せて貰ってんだ。 ベンウィック達みたいなガキにはやれんが、アイフリード

320

海賊団の副長にやれない酒なんてあるはずがねぇ」

「既に持ってきている。 肴は……ほう、オクトパジェントルメンだな。 ダイルが仕

留めたのか」

「これでも海の男だからよ。 さて……乾杯と行こうじゃねェか?」

「だな。 心水も肴も早く喰ってくれって叫んでいるようだ」

 ──アイゼン、折角だから乾杯の音頭取ってよ。 注ぎ終わったから。

「俺でいいのか。 ……なら、そうだな……。 余計な言葉はいらねぇ。 乾杯だ」

「おう、乾杯」

「乾杯だぜ」

 ──乾杯。

  イリアーニュの赤葡萄心水を煽る。

 情熱の赤と二丁拳銃を幻視した。

 「──っはぁ……うめぇ」

「あぁ……染み入るなァ」

「琥珀心水とはまた違う良さだな……」

321 dai ni jur wa otona no jikan

 ──ほら、ルカレラチーズを早く食べた方がいい。 味が激変してるから。

「少しくらい余韻に浸らせてくれ、とは思うが……ま、サムサラの言うとおり早くルカレ

ラチーズを喰った方がいいなァ」

「じゃ俺から……」

  ロクロウがルカレラチーズを切り分けて口に入れる。

 しばらく口をもごもごしていたロクロウだったが、ある一点でカッと目を見開いた。

 「……天空の……城?」

「イリアーニュの赤葡萄心水とルカレラチーズを初めて一緒に食べた奴は、みんなそれ

を見るんだ。 んじゃ、俺も頂くぜ……。 あぁ、美味ェ」

「……成程……これは美味い……」

  美味しい。 本当に。

 ニャバクラの雰囲気とはベクトルの違う、心水の楽しみ方の一つだろう。 

 「オクトパジェントルメンをエルマニアで巻いてだな、さらにコーダチーズを巻き込ん

322

でみろ。 美味いからよォ」

 ──スパーディッシュサラミとルカレラチーズを切り分けてアンジョルノに乗せる

のもいいよ。 塩味といい具合にマッチするから。

「一度に言うな一度に! アイゼン、お前も……って、何してるんだ?」

「いや……何故かバンエルティア号が海を滑るように空を飛んでいる姿を幻視しただけ

だ……気にするな」

「そ、そうか……。 おぉ、こりゃ美味いな!」

 ──ロクロウ、少し声が大きい。 気を付けて。

「ん、あぁすまん。 あまりに美味いからつい、な……」

  その後、リカルデンとの組み合わせも色々試して大の大人4人の飲み会は続いたので

した。 めでたしめでたし。

323 dai ni jur wa otona no jikan

dai ni jur ichi wa hoshi 

wo miru mono

  ようやくねこにん達が天への階梯に繋がる封印された地脈を見つけたようだ。

 というよりは四聖主が起きた事で地脈のズレが生じ、丁度近くにねこにんがいただ

け、と見るべきなのだろう。

 地脈内部に入り、更に天への階梯へ出た。

 今回は私もライフィセットの頭の上にいる。 ズイフウに会うため2割、癒しの銭湯

へ行くため8割だ。

 「そそっかしい仲間を助けてほしいニャー」

「ふむ……」

 考え込むベルベット。

 そして、私の交信術によく似た気配が湧く。

『およしなさい』

「誰!?」

324

『世界の仕組みを識る者、とでも言っておきましょうか』

 天台のズイフウ。

吠える者

 

と同じく、星に関係がある聖隷。

『進んでも無駄です。 この奥には、絶望しかない……。 せめて自分の世界で生を

まっとうなさい。 進めば、それすらできなくなるでしょう……。 それと』

 光が強まる。

 ん、それと?

「サムサラ!?」

 なんだいライフィセット。

 あれ、トラクタービームでも使っているかのような浮遊感。

「サムサ──」

『あなたには、こちらへ来てもらいます』

 わぁ、まぶしぃ。

    

325 dai ni jur ichi wa hoshi wo miru mono

  つるりとした床。 材質はよくわからない。

 壁面や天井に描かれた模様は、古代アヴァロストの物に似ている気がする。 いや、

マーリンドの物にも……。

 ──それで、何用?

天族・・

「地上で生まれた、永久を生きる

。 あなたは何者ですか?」

 光に包まれたと思ったら、空飛ぶブウサギの前にいた。

 地上で生まれたって言ってるのに天族ってどういう事だろう。

 まぁ私は聖隷でもないんだけどさ。

 ──サムサラ。 初めまして、ズイフウ。

「……再度問います。 あなたは何者ですか?」

norman

 ──

だよ。 降りてきた聖主ではなく、凡百としてそこにある聖主。 

隷属物ではない意識。 故に凡霊。

 ノーマンとは異端者の事であり、同じ意味でベルセルクの事だ。

 ミヤビのように他者の力を引き出す事に特化した者を中心に、地水火風無の聖隷では

引き起こせない事象を操る事が出来る。

 全て、色々なという意味の凡だ。

326

降神術

・・・

「ノルミンであることは知っています。 しかし、あなたの使っているその

は、本

来聖主との契約者の中でも限られた人間のみが使えた術。 天族にも、聖隷にも使うこ

とはできないはずです」

 ──私は契約しているから。 聖主とね。

「天族と聖主が契約を……? それは、ありえない事です」

誰かさん

聖主ノルミン

 

が契約しているのだ。

誰かさん

サムサラ

 だから私には真名がある。 

に付けて上げた、つけてもらった名

前が。

 ──星を識る天台のズイフウ。 あなたは本当に、世界を識っている?

「……少なくとも、私は全てを見てきたつもりです。 そして……世界に絶望しかない

事も」

 ──あなたが見てきたのは、一端だよ。 世界の仕組み全てじゃない。 だって、ド

ラゴン化は呪いじゃないから。

「……なんですって?」

 と、そこで。

 空間内に、とてつもない穢れの気配が顕れる。

 まぁベルベットの事なのだが。

327 dai ni jur ichi wa hoshi wo miru mono

 私が連れられてからそう時間は経っていないと思うのだが、やっぱり地脈内部の時間

の流れは信用できない。

「……驚いたわ。 まさか天界の門にまでたどり着くなんて」

「サムサラは、いないのね」

「その声は……まさか、世界の仕組みを識る者!?」

 あら? 変な感じすると思ってたけど、もしかしてここ異相?

「えぇ。 元天族……今は聖隷ズイフウです」

「その姿……まさか呪いって、ブウサギに成る事なのか?」

「違う、ムルジムと同じだ。 こいつはこういう聖隷なんだ」

 星に関係する聖隷はこうなるようで。

 しかし……青いブウサギは流石に、食欲湧かないな。

「人間と聖隷にかけられた呪いとは、業魔化とドラゴン化の事じゃろう?」

「その通り……地上に降り立った聖主と聖隷は、心ある人間と手を取り合って世界を支

えようとしました。 でも、協力は呪いのせいで早々に崩壊しました。 ささいな諍い

が穢れを生み、業魔とドラゴンが溢れた。 業魔は人間を愛する聖隷を引き裂き、ドラ

ゴンは聖隷を信ずる人間を喰らった。 ほとんどの聖隷は共存の希望を捨てて、人間か

ら離れて暮らすようになったのです」

328

 ズイフウは語り紡ぐ。 世界の仕組みを。

 カノヌシが安全弁であり、番外の聖主である事。

 ドラゴン化が呪いであるということ。

  だが、おかしいじゃないか。

   だってほら、カノヌシは。

 最初からドラゴンの姿をしていたよ。

  「ふざけないで」

 安全弁として遣わされたというカノヌシ。

 どこから遣わされたのだろう。 天界から?

 地上を壊滅させたい天界が、安全弁を遣わした? 穢れを溢れさせない様に?

 ズイフウは語っていた。 カノヌシが地上の穢れを鎮静化しなければ、人間も聖隷も

息絶えていたと。

329 dai ni jur ichi wa hoshi wo miru mono

 好都合じゃないか。

 あの数え歌。

 四つの聖主に裂かれても。

 カノヌシと四聖主は敵対していたような文。 しかし、史実の最後の時のように、カ

ノヌシに居なくなられるのは四聖主も困るらしい。 だが、恐らく四聖主にとって必要

なのは鎮静化ではなく、別の作用。

 カノヌシ……天之御中主神は、一番最初に顕れた存在だ。

 それが忌み名であるはずも、番外であるはずもない。

「なんて人たち……」

「うん。 怖くて、勝手で。 変な人たちだよ。 でも、僕はみんなが……みんなが生き

ている世界が、嫌いじゃないんだ」

「何万年後に……あなたがドラゴンになっても、同じことが言えるかしら」

「それは……わからない。 けど」

「言えるように、一生懸命生きてみるよ」

 ライフィセットが去っていく。

 私を探したり場所を聞いたりしないんですかね皆さん。

 少しくらい心配してくれてもいいと思う。

330

「……あんな聖隷と人間たちがいたなんて……。 この希望は、あなたが育てたのかし

ら?」

 ──あんな子供、私はいらないよ。 そういうのはゼンライが得意でしょ?

「……ドラゴン化が呪いではないと。 そう言いましたね」

 さっきからスルーし過ぎだよズイフウ。

 サムサラちゃんだって傷つく……事は無いけども。

 ──呪いは等しく業魔化だけ。 信仰よりも穢れの方が密度が高いから、基本的にド

ラゴンはみんな業魔化しちゃうけどね。

「……最後に問います。 あなたは何者ですか?」

 ──ノルミン・──────。 世界の仕組みの一端を司るノルミンだよ。

  さて、先程から感知している待望のアレへ行こう。

 いざ行かん癒しの銭湯へ!!

    

331 dai ni jur ichi wa hoshi wo miru mono

   「オドロキの癒し効果を、保証しますニャ♪」

 間に合った!

 ──誘惑の罠張り巡らせ、我が懐中へ! 出力最大トラクタービーム!

「ん? うぉ! サムサラ!?」

 ──銭湯に行こう。

「呑気な奴だなぁ。 今までどこに居たんだ?」

 ──ズイフウの隣にいたよ。 見えなかったと思うけど。

「ズイフウの隣? ……まぁよくわからんが、とりあえず銭湯に行くか」

「この転移陣に入れば、一気に銭湯までいけるニャ〜」

 わーい。

    

332

 「ほほ〜〜……こりゃいい湯じゃわ〜〜」

「はぁ……気持ちいいですねぇ……」

 うわぁ。

 良い湯なのは確かなんだけど……私の性質上、抜け出かかっている魂が見える。

 どうしよう。 留めておいた方がいいのだろうか。

 私の魂は既に処置済みだけど……っていうか、やらないと後で怒られそう。

「ホント……魂が抜け出しそうなくらい……」

 はーい戻ってねー。 元の体に戻ってねー。

 あ。

 ねこにんの魂いっちゃった。

 そして……ビエンフー、イン!

「……」

 目を限界まで見開いているビエンフー。

「ふぅ……戦いの傷が消えていくようです……」

「じゃのう。 泉質も見事じゃし、湯量も湯加減も文句のつけようがないわい……」

 ──ねぇ、ベルベット。 ねこにんを見てみて。

333 dai ni jur ichi wa hoshi wo miru mono

「ふぅ……ねこにん? ……やけに視線が強いけど……何?」

 ──ソレビエンフー。 銭湯の効果で、ねこにんと中身が入れ替わってるみたい。

「はぁ? ……あんた、本当にビエンフーなの?」

「ぼ……アタシはねこにんニャフ!」

 ノルミンとしては裸を見られても特に問題は無い。 というか、常に裸だし。

 ただまぁ……マギルゥを除いて2人はトシゴロの乙女だ。

「……ほほぅ? のぅ、ねこにん。 お主が本当にビエンフーだった場合、今すぐに湯を

出て行けば許してやるぞぇ? ここで出て行かずに、後であっちのビエンフーに確認を

取るまで黙っているのであれば……相応の仕打ちが待っているぞ?」

「……ビエンフー、最低です」

「びぇぇぇぇえ!? 直ぐ出て行きまフ〜──あがっ」

 いつのまに移動したのか、ニャスタオルを胸にまで巻いたマギルゥがねこにん(ビエ

ンフー)の頭を掴む。 何故湯室にバスタオルを持ってきているんだろう。

「乙女の柔肌を見た罰は……何がいいかのぅ……」

「コレ、今ビエンフーにダメージを与えると痛みはねこにんに残りそうですよね。 と

りあえず私達が上がるまで目隠ししてどこかに縛り付けておきませんか?」

「……そうね。 サムサラ、何かいい術とか無い?」

334

 ──始まりと終わりを知らず時の狭間に遊べ、ストップフロウ。

「びぇ…………」

 持続版ストップフロウ。 エターナルスロー並の霊力を消費する、私の持つ術の中で

も最大コストの術だ。 原理としては、切れたらかけるを繰り返しているだけなのだ

が。

 ──これで大丈夫。

「おぉ〜、恐ろしい術じゃあ〜! あわれビエンフー。 ま、どーでもいいがのー」

「そうでした、サムサラ。 先日ジュードとミラが言っていたのですが……サムサラの

扱うその術は、聖隷術ではないのですか?」

「ふぅ……これでゆっくりできるわね……」

 ベルベットは術に興味なしか。 

 さて、どうやって答えたものか……。

 ──他の体系の術を、霊力と私のノルミンとしての能力で補って形作っている。 本

質的には聖隷術……の、亜種かな。

「だから知らない術ばかりだったのですね……。 すみません、ゆったりしている時に

……」

 ──構わない。 私はカノヌシの元へ行く気は無いし、聞きたいことがあれば聴くと

335 dai ni jur ichi wa hoshi wo miru mono

いい。

「そうですか……え?」

 ザバァ! とエレノアが立ち上がる。

 良いスタイルですね。

 「エレノア、静かにしなさいよ。 みっともないわよ?」

「す、すみません。 ですがサムサラ……カノヌシの元へ行かないというのは、どういう

ことですか?」

「……怖気づいた、わけでもないじゃろうがのぅ……」

あなた達

・・・・

 ──もし

がカノヌシに負けた場合に……やらなきゃいけない事がある。 

あなた達

・・・・

を信じてはいるけれど、保険としてね。

「そんな……」

「何、来ないの? ま、それでもいいわよ。 最初からアンタは私達についてくる理由無

かったんだし。 アイフリードの諸々が片付いた今、アンタはアイゼンとも繋がりが無

いんでしょう?」

 ──あれ、わかってた? うん。 今はもう、私はアイフリード海賊団でもないよ。

「そ。 ……さぁ、十分浸かったし……上がりましょ」

336

「……はい。 サムサラも……」

 ──私はもう少し浸かっていくよ。 あ、ねこにん忘れないでね。

「……はい」

  あぁ、本当に。

 いい湯だなぁ。

337 dai ni jur ichi wa hoshi wo miru mono

dai ni jur ni wa 『kanonus

hi』

  カノヌシの鎮静化が解除され、喧噪を纏いつつも一応の『元通り』が大陸を覆った。

 業魔の被害こそ一時的に増えるかもしれないが、それは今まで通り……いや、カノヌ

シの鎮静化で一度無に戻されかけた事により、他人を信用する気持ちが澱みなく備わっ

ているだろうから業魔そのものが減るかもしれない。

 カノヌシの鎮静化は、やはりどこまでも人間のためを……。

宙そら

 空に……

に浮かんでいるのは、八頭竜カノヌシそのもの。

   ──ベルベット。

 ──……何?

 ──さよなら。

 ──……。 えぇ、さようなら。

 彼女は既に、自身のやることを決めている。

338

 もう戻ってこないということを。 身を喰らい続ける八となる事を。

 20にも満たない娘が、素晴らしい気概だ。

 同時に酷く哀れでもある。 あの少女が、そして未来の導師たる少年が全てを背負わ

なければいけない程、この世界は絶望に塗れているのだから。

 さて、彼女が彼女の役目を果たすなら、私も私の役目を果たさなければ。

        ふわーん。

 ぽわーん。

 ごぼごぼ。

 真っ暗闇の中で、泡が沢山浮かんでいる。

 黒く染まった泡。 あまりにも眩しい泡。

339 dai ni jur ni wa 『kanonushi』

 それらが下から上へと上がっていくから、この場所での上下がわかる。

 カノヌシの鎮静化によって、灰色の泡が急増した。

 泡は分裂し、小さな泡となって上へと昇る。 まぁ、それは良い。

 私がやるべきは、下の方でもたついている真っ黒な泡を上へと上げてやることだ。

 さぁ、戻ってきたのだから、そんな所で燻っていないで。

 また出ていくために、キレイになりなさい。

 神の贈り物。 神の如き獅子の槍。 収穫の聖女。 絹の乙女。

 賢き者。 天狼。 

 クロガネ。

  さぁ。

      カノヌシとアルトリウスの完全神依。

340

nave

hiヒ

erem

ジャ

 

。 

 皮肉な物だ。 舵を取るための翼が、理想のための翼であるとは。

 奇しくも、同じライフィセットを元に生まれたカノヌシとフィーは、まるで照らし合

わせたかのような真名を持つ事となったわけだ。

 それはやはり、アルトリウスとエレノアの性格がとても似ている事に起因するのかも

しれない。

 もし、アルトリウスが絶望を持たなければ……。

 しかしエレノアとアルトリウスでは、得て非なる部分が或る。

 その尊さは、しっかりと未来の従者に引き継がれたのだろう。

 あの戦いに、私が手を出す必要は無い。

 彼女たちは十分に、十二分に成長しているから。

 しかし……秘剣・覇道絶封か。

 やはりアルトリウスの弟子たるベルベットが絶破滅衝撃を秘奥義とするのもよくわ

かるというものなのだろうか。

   

341 dai ni jur ni wa 『kanonushi』

    あ。

 今。

 アルトリウスが……この世で最も清浄で、最も穢れた人間が。

 戻った。

  そして、鎮めの力が暴走を始める。

 さて……。

 領域を、ちょっとだけ広げましょうねー。

 うすーく、ひろーく。

 大地を覆えるくらい。

 まぁ、そんなのは一瞬で。

 直ぐに鎮めの力は治まっていく。

 ここに封印が生まれる。

 そして……四聖主が、我が物顔で現れた。

342

 一応器……というか生贄は対魔士たち4人なので、声もそのまま使っているらしい。

 ──じゃあね、カノヌシ。

  世界に白銀の炎が顕れる。

 ライフィセットに向けられていた、ベルベットの信仰。

 その全てが、今或る穢れを浄化する。

  ──おはよう、マオテラス。

 ──サムサラ……?

        意識を浮上させる。

343 dai ni jur ni wa 『kanonushi』

「ん、起きたのか? サムサラサン」

 ──さんはいらないって。 

「んじゃ、サムサラ」

 ──行こうか、ザビーダ。

「ベルトに括りつけられてるだけの癖に行くってな変じゃねぇか?」

 ──それじゃあ。

  ──持って行って。

 「ものぐさな奴だな……」

 ──うん。 それが私。

344

空白の1100年編

dai ni jur san wa sonogo 

no nakama tachi

  「んで? いいのかよ。 アイフリード海賊団の船員に話つけなくて」

 ──ベンウィックだけには、言ってあるから。 別れの言葉。

「そうかよ。 さて……どっか行きてぇトコあるか?」

 ──ストーンベリィかロウライネかな……。 前者は心水、後者は忠告。

「あからさまに大事そォな忠告と心水が同列かよ……。 ま、気ままに行こうや」

 ──うん。 私はストラップになるから。 じゃ、おやすみ。

「……はァ……」

 ベルベットがカノヌシと喰らい合って封印を為し、ライフィセットがマオテラスと

成って新たなる五大神となった。 そして、『やり直すチャンス』を与えられた業魔達は

皆人間に戻り、今度は間違えない様にその生を謳歌するのだろう。

345 dai ni jur san wa sonogo no nakama tachi

 人々の霊応力は降臨の日の前……つまり、余程の素養が無ければ聖隷を目視する事す

ら不可な状態にまで戻り、使役されていた聖隷や人の文化に紛れていた聖隷は姿を消す

事となる。

 ノルミンだってそれは同じ事。

只管ひたすら

 グリモワールはまた

にアンニュイでダウナーな日々を送ることにしたようで、

『ふぅ……じゃ、またねぇ……』とだけ言って一行の元を去って行ったらしい。

 ビエンフーは元よりマギルゥと共にいたし、マギルゥはマギルゥで霊応力の素養が最

高峰(メルキオルやシグレ・ランゲツが居なくなった今、恐らく最高)なので見えなく

なる、なんて事は無く、2人仲良く吟遊詩人を始めるらしい。 吟遊詩人メーヴィンと

名乗るのだそうな。

 ロクロウは『俺より強い奴に会いに行く(意訳)』と言って旅に出たし、アイゼンは『あ

いつらと一緒に旅をして……その後はどうなるかわからん』と残してアイフリード海賊

団の元へ戻って行ったらしい。

 エレノアはライフィセットとの呼応で霊応力の底上げがあったせいか、聖隷を見る事

は可能だと言っていた。 一行の動向はエレノアとの交信で聞いたのだが、意味深な別

れ方はやめてくださいと説教された。 当のエレノアはストーンベリィの発展を手伝

うらしい。

346

 ダイルはヘラヴィーサに……なんて事があるはずもなく、なんと本当にアイフリード

海賊団に入ったそうな。 業魔化が解けたし、割とダンディなおっさんだったしお似合

いかな。

 モアナとメディサは2人で静かに暮らすらしい。 いつの日か、モアナにも真実を離

さなければいけない。 その役目をメディサが自ら買って出た。 まぁ、モアナも聡い

子だ。

 恐らく、既に……。

 クワブトはヴァーグ樹林へと還され、オルとトロスもアバルへと帰って行った。 オ

ルとトロスの意思を確認してみた所、ベルベットへの恨みは残っていない様だった。 

 パーシバル殿下とグリフォンは王宮へ。 導師の伝承を曖昧に書くと言っていた。

 そんなことよりグリフォンと共に表だって遊べる事が嬉しくて仕方ないようだった

が。

「着いたぜ。 んで、忠告って何すんの?」

 ──中広間まで行って。

「へいへい」

 とまぁ彼ら彼女らの動向はこの辺りだろうか。 ノルミン島の子達が大陸に渡ろう、

という所まで決意して、結局ほちゃほちゃしてるとかそんな情報もあるけどどうでもい

347 dai ni jur san wa sonogo no nakama tachi

いだろう。 ミヤビはペンギョン達と楽しくやっているらしいし。

「ん? なんか集まってンな」

「む……我らはこれからの聖隷の在り方を話し合っていたのだが……お前は?」

「俺はザビーダってんだ。 ま、用向きがあるのは俺じゃねェ。 こいつだ」

「……ノルミンか?」

 ──うん。 ノルミン。 忠告だけど、そこの隅にあんまり霊力溜めない方がいい

よって事言いたかったの。

「……何かの術か。 それで、何故だ?」

「あン? そこって確か……」

 ──大分拡散したけど、名残りが残ってるから。 切っ掛けを与えるだけで黒水晶が

生えると思う。

「……黒水晶だと?」

「やーっぱりあン時の黒水晶はお前の仕業だったのか……」

 ──もう言うことは無い。 ザビーダ、行こう。

「あー。 もう言うこと無ぇんだってよ。 そんじゃーな」

「ちょ、ちょっと待ってくれ! 黒水晶がどういう……」

 ──ぐっらっく。

348

表情か

 そんな仮面してると

がわからないから焦ってるかわからないね。

      「あぁ! ちょ、ちょっと行ってきますね!」

 ストーンベリィに着いて早々、何か角材を運んでいたエレノアがこちらに気付いた。

 度重なる戦闘故か、ロクロウに感化されてか。 かなり気配に敏くなっているよう

だ。 

 ストーンベリィの大半の人間には私達が目視できないので、とりあえず場所を変える

事にした。

  「いやぁ、仕事ほっぽり出してまで駆けつけてくれるなんて……良い男冥利に尽きる

ねェ」

349 dai ni jur san wa sonogo no nakama tachi

「あなたではありません! サムサラです!」

「……ちょっと傷ついた」

 ──や、エレノア。 元気だった?

「あんな別れ方をして……はぁ。 交信だけで済ませようと思っていなかった所だけは

褒めてあげますけど」

「あら、俺はいらない雰囲気? んじゃちょっくら……アイツに会ってくるぜ」

 ──行ってらっしゃい。

 風となってザビーダはアルディナ草原の方へ行った。

「ザビーダ……」

 ──それで、何か用?

「何か用って……いえ、特に用向きは……というか、あなた達があったんじゃないんです

か?」

 ──私は心水を飲みに来ただけだし。 あぁ、まだ完成してない奴じゃなくて、琥珀

心水ね。

「そんな事聞いてません。 ……はぁ。 あなたは変わりませんね……」

聖なる

神の光

ヒュー

 ──ねぇ、

「……はい?」

350

 ──ひと段落したら、ローグレスに行くといいよ。 星の巡りに会えるから。

「はぁ……?」

 ──ロマンチックに言うなら……運命の相手?

「へ? ……えぇ!?」

 ──それじゃ。

       「で? 何を言ったんじゃ〜? ほれほれ、言うてみぃサムサラ〜」

 ──マギルゥ、密かにエレノア応援してたんだね。 やっぱり気になるの?

「ち、違うわ! 儂は吟遊詩人メーヴィンとしてあ奴を面白おかしく……」

「マギルゥ姐さんは、エレノア様がミスしそうに成る度に息を押し殺しながら、なんでそ

こでそうするんじゃ! とか、そこは違うじゃろ! とか言ってるんでフよ〜」

351 dai ni jur san wa sonogo no nakama tachi

「余計な事を言うでないわ!!」

「びぇえええええ!!」

 ぐいっと首を絞められているビエンフー。 うん。 元気そうで何より。

「……お主は何処へ行くんじゃ、サムサラ」

ザビーダ

 ──

の吹くまま気向くまま。 吟遊詩人メーヴィンは?

「儂も同じじゃのぅ……。 お師さんもいない、身寄りもない。 ビエンフーと一緒に

世界を面白おかしく練り歩いていくわい。 コレもあるし、のぅ?」

 そう言って取り出したるはレアボード。 あ、マギルゥが持ってたんだ。

 哀れビエンフー。 解放されず。

世界を旅する

栄光の

ルゥ

探検家

メーヴィン

 ──

。 

「なんじゃあ? かしこまって」

 ──神器の事、頼んだよ。

「……全く……。 のんびりさせてくれん仲間達じゃ〜」

 ──ばいばい。

   

352

  ──もういいの?

「あぁ……テオドラはもう『戻った』ンだろ?」

 ──うん。 

「ならいいさ。 カワイコちゃんを見つける旅に出ないといけないしな!」

 ──頑張って。 応援してる。 きっと見つかるよ。

「……ぜってェ応援してねェ……」

353 dai ni jur san wa sonogo no nakama tachi

dai ni jur yon wa 『Rokuro

u』

   ──ザビーダ。 ダヴァール森林へ行ってくれる?

「ん? 珍しいじゃねえの。 サムサラが行先を指定してくるなんて」

 ──うん。 ……あまり、来てほしくは無い時だったかな。

「……そういう事かよ」

 あれから、30年ほど経っただろうか。

 人の営みに、人間たちの輪に入らなければ、私達聖隷の時間の感覚は薄れていく。

 私達にとっては一瞬で過ぎ去った30年。 だが、人間たちにとってはそうではない

だろう。

 四聖主を無理矢理に叩き起こした影響で地殻変動がとても速い頻度で起き、既にロウ

ライネなんかは半壊状態だ。

 勿論そんな中でも変わらずに……どころか、更にやる気を出す人間たちもいれば、折

角『やり直すチャンス』を与えられたというのに変わりきる事が出来ず、その身を業魔

354

へと再度落とした人間もいる。

 そして。

    「……ザビーダと……サムサラですか。 随分とお久しぶりですね」

「あン? ……おぉ、エレノアか! 随分とまぁ……キレイになったじゃねェの」

 ──エレノア、大人になったね。

「ふふ、よしてください。 私はもう、’あの時’のお母さんの年齢を越してしまったん

ですから」

 そう言ってにっこりと笑う、40か50程の女性。 エレノア・ヒューム。

 青と白の制服を見に纏い、手には槍を持っている。

 その姿から発せられるは、歴戦の猛者のような風格。 覇気。

「お二人は何故、ここに?」

「サムサラがな……。 ここにいるって、教えてくれたんよ」

「……分かっていて、来たんですね」

355 dai ni jur yon wa 『Rokurou』

 ──うん。 あまり来てほしい『時』ではなかった。 エレノアも同じ目的でしょ?

彼・

「はい……。 約束、しましたから。 

がただ人を斬るだけの業魔となったら、私が倒

しに行くと」

「……加勢してもいいか?」

「はい。 よろしくお願いします」

 ダヴァール森林を見つめる。

 既に地殻変動のせいで、地割れが起きているこの森。

 「んじゃ、行こうぜ。 業魔──ロクロウを、倒しにな」

「……はい」

       

356

 殺気。 言葉に、文字にするのは簡単だ。

 文字通りに見れば、殺す気。 殺したいと言う意思の顕れを殺気というのだろう。

 だが、この場合は……『殺したい』ではなく『斬りたい』が正しいのかもしれない。

徳利とっくり

 その男は、空気の死滅した空間に佇んで……

を呷っていた。

 周りには、死骸。 どれもコレも、斬撃によって息絶えている。

「……ロクロウ」

 エレノアが男に声をかける。 すると、男はゆっくりとこちらを向いた。

「……おお! エレノアにザビーダじゃないか。 どうした? こんな場所まで」

 まるで何も変わっていないかのような朗らかさで。

 彼は無邪気に……凄惨に笑う。

 漸く斬り甲斐のある相手が来た、とばかりに。

退治・・

「……。 ……あなたを、

しにきました。 業魔ロクロウ」

「……おお! そいつは丁度良かった。 丁度……俺も、斬り応えのある奴がいなくて

困ってたんだ。 お前たちが相手をしてくれるんだな」

「……っ! ……はい。 約束、ですから」

 それを聞いて、ロクロウは安心したような顔を一瞬だけする。

 まるで、それのためだけに理性を保っていたかのように。

357 dai ni jur yon wa 『Rokurou』

 直後、凄まじい穢れが彼の体から溢れだした。

 その様は……かつてキララウス火山の洞窟で見た、シグレ・ランゲツの解放された霊

対つい

力と

になるようで。

 彼は──背中から、大太刀・征嵐を引き抜く。 裏芸たる二刀ではなく、シグレ・ラ

ンゲツを追い抜くと宣言した、大太刀が一刀で。

「いざ、尋常に勝負!」

 ロクロウは、あらん限りの声を出して、斬りかかってきた。

        六行六連

むぎょうりくれん

!」

「虚空!」

358

 カウンター。 だが。

詐欺師

「させないよォ! 

!」

「チィッ!」

 ──焔、其は魂を看取る幽玄の炎。 葬炎、ファントムフレア。

霊槍れいそう

氷刃

ひょうじん

「ザビーダ、助かりました! 

!」

「震天!」

 シグレ・ランゲツを彷彿とさせる動き。 しかし、その太刀筋はどこか禍々しい。

 シグレ・ランゲツのような、斬撃に特化したモノではない。 正確に言えば……『斬

る事』ではなく、『斬り殺す事』に特化しているのだ。

「瞬迅、旋風、業ら──」

「無音!」

 ──大地、魂に無上なる祝福を与えたまえ。 ソウルオブアース。

悪わり

ィ、助かった!」

「サムサラもいるのか! こりゃあ、増々斬り甲斐がある!」

 今更気付いたんですか。

 ストラップじゃ分かり辛いですか、そーですか。

 ──腐食。 其は希望の終焉。 サイフォンダングル。

359 dai ni jur yon wa 『Rokurou』

「ぐぅッ!?」

「今です! 響け! 集ええええ! 全てを滅する刃と化せ! ロストフォン・ドライ

ブ!!」

 サイフォンダングルに足を取られたロクロウを、エレノアの超振動の槍が襲う。

「ビート上げるぜ……ルードネスウィップ!」

「因果応報・滅! 瞬撃必倒! 儚く散り逝け……絶命の太刀! 九の型! 絶刑!」

 ──無垢な魂よ。 癒しの庭に集え。 煌け、イノセント・ガーデン。

 回復。 まさか秘奥義にカウンターを乗せてくるとは思わなかった。

 だが、あと一手。

 足りない。 ピースが足りない。

「ザビーダ! 竜巻起こせますか!」

「グ……何する気か知らねェが、ほらよ!」

 ザビーダがエレノアを中心とした竜巻を起こす。

 その勢いに乗じるようにして、エレノアの槍がロクロウを天へと打ち上げる。

「最後まで気を抜くなよ、エレノアァ!」

敵・

に言われるほど……私はもう、甘くはありません!」

 本当に楽しそうな顔でロクロウが笑う。

360

 あぁ。 やっと良い悪い顔になった。

 竜巻によって打ち上げられたロクロウが最頂点に達する。

 同時、エレノアの槍に込められた風の霊力も最高点に達したのを感じた。

「参ります! 信念を込めた閃空……天をも貫け! 狙いは一点! グングニル・ツイ

スター!!」

「零の型ァ! 破空!!」

 二刀小太刀を抜き放ったロクロウの空中で行う変則的な破空と、エレノアのグングニ

ル・ツイスターが激突する。

 単純な威力で言えばエレノアが上。 だが、落下による威力上昇がロクロウの破空を

常・

以上の物にしていた。 

 そして、この光景は。

 縦横が違うものの、あの時のシグレ・ランゲツとロクロウ・ランゲツの拮抗そのもの

で。

 今、エレノアの槍が二刀小太刀に弾かれて──

「終わりだ、エレノア!」

「──この一瞬に、全てをかけます!!」

 弾かれてなお、掴んだ手を滑らせて槍の柄の先端を掴むエレノア。

361 dai ni jur yon wa 『Rokurou』

 横薙ぎ、打ち上げ。

 そして、

翔破しょうは

裂光れっこう

閃せん

!!」

 「……楽し──かった──ぞ」

  業魔ロクロウは、エレノア・ヒュームによって討伐された。

 ──じゃあね、ロクロウ。

      「……これで良かったのか。 カノヌシとベルベットを見送った直後の私なら……そう

やって悩んでいたと思います」

「ンでも今は違うんだろ?」

362

 アルディナ草原。 少し風に当たりたいとの事で、地殻変動により更に高くなったね

じまき岩の上にエレノアを連れてきた。

「……半分、ですかね。 私の中に、記憶の中に……ベルベット達と共に過ごした記憶は

大きく残っていて……。 ロクロウの事も、強く覚えているんです」

「そりゃなァ。 あんな濃い奴ら忘れろって方が無理だろォ?」

「それと同時に、彼が誰かを無条件に害すようになれば、彼の為に彼を倒さなきゃいけな

いという理屈……そして理念も納得できているんです」

「その2つが鬩ぎ合って、なんとも言えない状態だと」

「アルトリウス様に立ち向かった時、私は自分の信じた道を進んでみると言い放ちまし

た。 でも……今回は、どちらの道も、自分の信じた道なんです」

「ロクロウがずっと理性を保ち続ける、もしくは理性を取り戻す事と……業魔ロクロウ

として、もう戻らないだろうって事か」

「……はい。 私は彼の全てを理解したわけではありません。 だから、もしかしたら

……と考えてしまうんです」

 ──それでいいんだよ。 エレノアは人間なんだから。 多面性がなかったら、業魔

に成っちゃう。

「サムサラ……」

363 dai ni jur yon wa 『Rokurou』

 ──だから、ノルミンとして1つだけ教えてあげる。 ロクロウはしっかりと『戻っ

た』よ。

「戻った……?」

「お、ちゃんと戻ったのか。 ならアイツも救われてたって事だな」

「ザビーダはわかっているのですか? 戻った、というのがどういう意味なのか……」

「ちゃんとは分かってねぇ。 けど……アイツは救われた。 エレノアも聞いただろ?

 ロクロウの最後の言葉」

「……! 楽しかったぞ、でした」

「斬る事を楽しむ業魔が、楽しかったって言ったんだ。 それでいいじゃねェか」

 ──それに……エレノアはロクロウの戦法も打ち破ったからね。

「あ……。 はい。 彼の3刀に抗うために……新しく編み出した技でした」

 ──自分を破る戦士が現れたんだもん。 満足だと思うよ。

「……はい。 ありがとうございます、サムサラ。 あと……ザビーダも」

「ついでかよ! ま、いいけどな。 それじゃ、俺達はそろそろ行くぜ。 またな、エレ

ノアちゃん」

「ちゃん付けはやめてください。 さようなら……ザビーダ、サムサラ」

 ──さようなら。

364

    さようなら、エレノア。

 そして……ロクロウ。

365 dai ni jur yon wa 『Rokurou』

dai ni jur go wa 『Benwick』

 to 『Bienphu』

  ──なんだか……不思議な感覚です。 副長も姐さんも見えなくなって……俺はア

イフリード海賊団の中で最年長になって……今、こうして姐さんと会話してる。

 ──うん。

 ──副長は……多分、もうバンエルティア号には乗ってません。 最後に一瞬見えた

気がしたんです。 すぐそばに。

 ──うん。

 ──副長達と一緒に居た奴らはもう逝きました。 あとは、俺だけ。 やっぱりわ

かってたんですか?

 ──……うん。 

 ──最期に、姐さんと話せて良かった。 ほんとに……楽しかった……です……。

 ──うん。 さよなら、ベンウィック・アイフリード。

船長・・

 ──……へへっ、ベンウィック・アイフリード

、ですよ……。

 

366

 「終わったのかよ」

 ──うん。 

 あれから更に60年が経った。

 ダイル含め、バンエルティア号の船員はどんどん減って行ったらしい。 人間なん

だ、当たり前だろう。

「ま、海賊でしかもアイフリード海賊団の船長やってたのに老衰で死ねるなんて、すげー

ことなんじゃねぇの?」

 ──だろうね。 お墓はいらないって言ってたし、満足できた人生だったと思うよ。

「アイゼンは?」

 ──少し前に船を降りて、ベンウィックの死に目だけ見たみたい。 交信を繋げてな

いから正確な位置はわからないかな。

「なンで繋げねーの?」

 ──誰だって1人になりたいときが或る、でしょ?

「……それなら仕方ねェか」

 そして先程。

 ベンウィックが、その生を閉じた。 海賊でありながら100歳を過ぎて老衰とい

367 dai ni jur go wa 『Benwick』 to 『Bienphu』

う、この世界の人間……誓約をしている者を除けば恐らく最長に近い長寿だっただろ

う。

 何よりもすごい事は、その生に於いて彼は一切の穢れを生まなかった事だろうか。

 バン・アイフリード率いたアイフリード海賊団が副長。 現アイフリード海賊団が船

長、ベンウィック・アイフリード。

ノルミン

 

は彼を讃えよう。

        「この穢れは……何ッ!?」

 上空を一匹のドラゴンが翔んで行った。

 その方向にあるのは、ザマル鍾洞か。

368

「今のは……」

 ──ザビーダ。 あそこ。

「ん? ありゃあ……マギルゥか?」

 視線の先。

 そこには、座り込んだマギルゥの姿が。 あの戦いから90年経つというのに、全く

姿が変わっていない。

 そこへと歩いていく。

「……渡りに船、という奴かのぅ……久しぶりじゃあ、お主ら」

「ンだよ。 やけに元気ないじゃん? お前、そんなキャラだっけ?」

「儂だって落ち込む事くらいあるわい。 か弱き少女……でもないがの」

 ──誓約、したんだね。

刻遺の語り部

メー

ヴィ

「……サムサラ。 そうじゃ。 

として、儂は誓約を行った。 じゃが

……」

「あり、そういえばビエンフーの奴が居ねえな」

 ──ビエンフーが限界だった。 違う?

「……当たりじゃあ。 もう大丈夫じゃからノルミン島へ戻れというのに……あやつは

全く言うことを聞かんかったわい。 最後にこの帽子を儂に返して、飛んで行きよっ

369 dai ni jur go wa 『Benwick』 to 『Bienphu』

た」

「はァ!? じゃあ、あれはビエンフーかよ……!」

 ──ベルベット達と出会った当初から……ううん、もっと前から兆候はあったんで

しょ?

「……そこまでわかっとったか。 そうじゃ。 既にあ奴の頭には角が生えていてな。

 無理もない。 ずっと穢れの傍にいたようなもんじゃからのぅ……」

「……そこまで分かってて……ベルベットやロクロウと一緒に居たらなおさらじゃねぇ

か!」

「あ奴の心中なぞ知る由もないわい。 じゃが……戻れと言って聴かなんだ。 儂がけ

じめをつけねばなるまいて」

 ──良かった。 ふさぎ込んでるだけじゃなかったんだね。

「今だけは、吟遊詩人メーヴィンでなく大魔法使いマギルゥ様としての姿を取り戻すと

するかのぅ」

「俺も行くぜ。 あいつだって、むやみやたらに他人を傷つける存在で居続けるのは嫌

だろ」

 ──勿論、私も。

「素直に助かるわい。 今のあやつは、ちと骨が折れそうじゃからのぅ」

370

 向う先は、ザマル鍾洞。

        静かな鍾洞を歩く。 ビエンフーの領域を恐れてか、業魔はほとんどいない。

「ザビーダ。 ちとお願いがあるんじゃが……」

「ン? 何だ?」

「自前の霊力だけでは儂は大きな術を使えぬ。 じゃから……一時だけ、儂と契約して

欲しいんじゃ」

 そう言って取り出したのは、凄まじいまでの風の霊力が秘められたナイフ。

 周囲の霊力をも取り込み、結合の術式が駆けられている。

 ──もしかして、神器?

「そうじゃ。 だが、対魔士共の使っていた強制させるタイプではないぞ。 聖隷と人

371 dai ni jur go wa 『Benwick』 to 『Bienphu』

間がお互いに同意し合う事によって力を高められる、本来あるべき形の神依を為すため

の道具じゃ。 ノルミンと出来るようには作っていないが……」

 ──私とはできないよ。 主神をザビーダとして見るの?

 私は既にしているから。

「……どこまで知っとるんじゃ、お主は……。 そうじゃ。 じゃが、これはそこまで大

層なものじゃあない。 恐らく2、3度戦闘を熟せば砕けてしまう。 安心せい、聖隷

側への負担は出来るだけ無い様に作ってあるでの」

「……ま、良いぜ。 で、何すりゃいいの、俺は」

「お主の真名を教えてくれるだけでいい。 後は、恐らく引っ張り込むような力に抗わ

ない事じゃな」

「ま、マギルゥは『良い女』だしな……。 フィルクー=ザビエ。 それが俺の真名だ」

 ──見た感じ、この神器が使用に耐えられるのは4回。 だけど、秘奥義レベルの術

を使えば1回で壊れちゃうと思うよ。

「お主の名前、しかと覚えた。 そしてサムサラ……忠告、感謝じゃ」

「それじゃ、行こうぜ。 あのお調子者を『戻し』に」

 ──うん。

 

372

       ドラゴンパピーという存在がいる。

 ドラゴンの幼体とでも言えばいいのか、生体のドラゴンよりかは弱い存在。

 私達の目の前にいるのは、そんなドラゴンパピーを……一回り大きくした存在だっ

た。

「こぉらビエンフー! 姿を変えて良いと許した覚えはないぞ!」

 マギルゥの軽口に、しかしビエンフーはグルグルと唸るだけだ。

 もうビエンフーでは無い。

「マギルゥ、行けるか?」

「誰に物を言うておる! 悪鬼羅刹を討つのが……っ! 大魔法使い、マギルゥ様じゃ

!」

 ──来るよ。

373 dai ni jur go wa 『Benwick』 to 『Bienphu』

 そして、戦闘が始まった。

     「『フィルクー=ザビエ』!!」

 開幕神依。 リオネル島で見たオスカーのように風のナイフを従えた姿になるマギ

ルゥ。

 しかし、感じられる霊力は高まり続け、留まるところを知らない。 同調している証

だ。

顎門あぎと

 ──死の

、全てを喰らいて闇へと返さん。 ブラッディハウリング。

「『迅の裂刀!』」

「グォォォオオオオオオオオ!!」

 踵落としによる斬り下ろし。 真空刃を纏った一撃は、しかしビエンフーの外皮に阻

まれる。 だが、少しは傷が付いている。

「『竜の裂華!』」

374

 ──解き放たれし不穏なる異界の力、目の前に邪悪の裁きを。 ヴァイオレットペイ

ン。

鎌鼬

かまいたち

 蹴り上げに

が添う様に発生し、ビエンフーへと飛ぶ。

 確実に、

「『千の毒晶!』」

 展開した風のナイフの一斉掃射。 

 ──葬送の制裁、蹂躙せしは怒涛の暴風。 テンペスト。

 それを追いたてるように横方向に軸を向けた竜巻を発生させる。

 加速し、ビエンフーに刺さるナイフ群。

「グォォォオオオアアアアアア!!」

「『嵐界! 霊陣! ラストフレンジー!』」

 さらにそのナイフ群から霊力砲の一閃。 そういう使い方をするとは思わなかった。

 どちらもが歴戦の猛者であるからだろうか。

 硬い外皮の内側から放たれる、霊力のブレード。

 ──2人とも、隙を創るから行って!

「『応!』」

 神依時だからこそ、2人同時に交信が出来る。

375 dai ni jur go wa 『Benwick』 to 『Bienphu』

 そんな少しだけの発見をしつつ、霊力を集める。

 ちなみに神依時も私はザビーダの腰に括りつけられているので、見た目的にはマギ

ルゥの本に乗っかっている感じである。

 ──始まりと終わりを知らず時の狭間に遊べ、ストップフロウ!

 カノヌシの行動すらをも封じた術。 聖隷術ではないこの術が、ビエンフーの動きを

止める。

 ──今。

「『風神招来! 我が翼は碧天! 天を覆うは処断の翠刃! シルフィスティア!!』」

 天から、竜を叩きつける風の刃が降り注いだ。

      「ビエンフー!!」

 手を伸ばし、マギルゥが跳ね起きる。

376

 既にビエンフーの体は無い。 ただ、美しい色をした宝珠がそこに転がっていた。

「……そうじゃった、の……」

「よっこいせっと」

 その宝珠を拾い上げたザビーダ。 それをマギルゥの所まで持ってくる。

「どうよサムサラ。 ビエンフーはちゃんと戻ったか?」

 ──うん。 ビエンフー’’は’’戻ったよ。

「……? なら良かった。 んじゃ、マギルゥ。 コレ持っときな」

「……ビエンフーの形見、という所かえ? 儂がそんなものを大事にするように見える

か?」

「見えるさ。 アンタもビエンフーも大切なものはずっと取っておくタイプだろぅ?」

「……ハッ。 良い男が聞いてあきれるわい。 女を見る目が……無さ過ぎじゃあ!」

「涙声で言われてもなァ」

 神器だったナイフは砕けている。 修復には時間がかかりそうなほどに。

「……儂が死ぬまでに、これを永遠に使えるモノにまで仕立てあげる。 それで借りは

チャラじゃ」

「別に貸しだなんて思ってねェけど? つか、それ俺にそこまで関係ねーじゃん」

「良いな! それと、サムサラ!」

377 dai ni jur go wa 『Benwick』 to 『Bienphu』

 ──何?

「お主の事も面白おかしく語り継いでやるでの! 吟遊詩人メーヴィンを甘く見るでな

いわ!」

聖隷

わたしたち

 ──別に甘く見てないよ。 今だって葛藤して、泣き喚きたいのに……

の手前な

んでもないように振る舞ってる。 マギルゥは凄いよ。

「うるさあああああい! ふん! またの!」

「じゃあな、マギルゥ」

 ──さよなら、マギルゥ。

「……最後まで、ノリの悪い奴らじゃあ……」

        

378

「ビエンフーが残した宝珠……アレはなんだったんだ?」

 ──あれは勇気の宝珠。 人間が変わるための一歩を踏み出す力の塊。

「……?」

 ──私達ノルミンは、それぞれ司っているものがある。 アタックなら他者を攻撃す

る意欲。 マインドなら集中するという意欲。 そして、ブレイブなら勇気そのもの。

「……」

 ──現時点により、ただの人間は霊応力が有っても業魔を倒すことが不可になった。

 どころか、なんでもない無機物すらも業魔になる。 今までビエンフーが存在してい

るだけで周囲にまき散らしていた『勇気』が固まってしまった。 よって、人々の欲望

は……踏み留まる勇気が限りなく少なくなり、増大する。 私達聖隷でさえも、特別な

力が無ければ倒しきれない程、強力に。

「……特別な、力だと?」

 ──例えば、ライフィセットの使っていた白銀の炎。 元々はカノヌシの力。 例え

ば、ベルベットのような喰魔の力。 それもカノヌシの力だね。 そして、コレ……

ジークフリートのような、断ち切る力。 これはブリュンヒルデとジークフリート、ミ

ヤビの力。

「それって……ヤバイんじゃねぇの?」

379 dai ni jur go wa 『Benwick』 to 『Bienphu』

 ──ヤバイ、なんてものじゃないだろうね。 とはいえ、マオテラスの力で業魔の数

は減り、霊応力が戻った事で業魔自体を視認できる人間も減った。 業魔って存在を知

らない人間が多くなれば業魔は業魔としてではなく、悪魔憑きとか鬼憑きとか、変なも

のが憑りついた存在だって認識されるようになるんじゃないかな。

「だが、そりゃあ……何も変わってねーだろ?」

 ──そう。 何も変わってない。 これから起こるであろう大規模な地殻変動によ

り、業魔がいたという事実はさらに失われていく。 何も変わらずに、危機だけが人類

の首を絞めたまま動いていく。 そして、その災禍が集えば……。

「災禍の顕主が生まれる……」

 ──呼応するように導師も現れるんじゃないかな。 ほら、感じない?

「……? 何がだ?」

   ──カノヌシの残滓が、起きたよ。

380

dai ni jur roku wa hajime

te no hanra

   史実に於いて、あの天族は1000年を生きた天族とされていた。

 同時にアイフリードの狩り場に関する説明も、1000年前に大海で暴れたアイフ

リードと記されていた。

 だが、アイフリードが死んだ年にいたはずのあの天族を私達は知らなかった。

 アイフリードが死んだからといって、アイフリード海賊団が無くなるわけではないの

はベンウィック達を見てわかっていた事。 そしてベンウィックが死んでしまった事

で……アイフリードが死んでから凡そ100年後、漸くアイフリード海賊団はその旗を

降ろす事になる。 

 つまり、アイフリードの狩り場と名付けられるに至ったダーナ街道の説明は1100

年前のもので、1000年前に大海で暴れたアイフリードというのはベンウィック・ア

イフリードの事になるわけだ。

 さらに言えば、この時代を生きた聖隷ならカノヌシへと良感情を持つ者は限りなく少

381 dai ni jur roku wa hajimete no hanra

ない。 当然だ。 自身らを使役し、その命を利用しようとしていた聖寮に味方をして

いた聖主なのだから。 鎮静化1つ取っても、同じ聖主という立場やムルジムのような

特殊な立ち位置でなければ嫌悪の対象となるだろう。

 だというのに、あの天族はカノヌシの事を『カノヌシ様』と呼んでいた。

 空白の1000年と、カノヌシへの敬意。

 そしてもう1つ。

 本来、ベルベットの特殊能力たる『相手の力を喰らって撃ち出す』という能力は、喰

魔に備わっているモノ、というわけではない。 『相手の力を喰らう』までは喰魔の力と

言えるだろうが、『撃ち出す』部分は彼女が喰らった聖隷シアリーズの力だ。

 そしてシアリーズは彼女の姉、セリカ・クラウの転生した姿。 だが、セリカ・クラ

ウが『撃ち出す』という力を持っていたわけではない。

 あの力は、同時に転生を果たしたライフィセット……つまりカノヌシの力なのだ。

 証拠になるのかはわからないが、カノヌシもライフィセットも、そしてシアリーズも

武器を紙葉としていた。 カノヌシは紙葉を紙剣にしているようだったが。

 これは彼ら彼女らが同一の力を使っていたということだろう。

 つまり、ベルベットの『喰らって撃ち出す』という特異能力も、ライフィセットの『白

銀の炎』も元をたどればカノヌシの力になるのだ。

382

 1000年を生き、そして『浄化の炎』と『紙葉』を扱う天族。 

  天族ライラは、カノヌシの残滓として……ビエンフーが死んだ事によって生まれ出で

た聖隷である。

       「んおっと……また地震か」

 ──これからもっと多くなるよ。 今回のカノヌシの地脈円は大きかったから……

多分、それに沿うようにして、ぐるりと周るように近くが動いていくと思う。

「俺もそれなりに生きてきたが……目に見えて地形が変わってくってなァ、変な感じだ」

 ──そう? 私もそれなりに生きて来たけど……今回はちょっと周期が早いだけで、

いつも目に見えて変わってるよ。

383 dai ni jur roku wa hajimete no hanra

「アンタと同列に扱われたくねェな……。 つか、ノルミンと同じ目線ってのが……」

 ──まぁ、そうだね。 聖隷の中でもノルミンはのんびりしてるから……。 常に目

標に向かっているのなんて、フェニックスくらいじゃない? ヒーローもクリムゾンも

エターナルも、今はゆったり暮らしているし。

「そもそも……おおっと、ノルミンってな何なンだ? 結構な数のノルミンを見てきた

が……そういや詳しい事は知らねェなと思ってよ」

 ──ザビーダになら話してもいいかな……。 ノルミンはね、全員まとめて聖主な

の。 1人1人が聖主なんじゃなくて、ノルミン総体が聖主。 でもまぁ、他の四聖主

やカノヌシとは役割が違う。 もう少し正確に言うと、私達ノルミンは天族じゃなく、

地上で発生した聖主なんだよ。

「あー……なンだ、前知識が色々と足りてねェ。 まぁ続けてくれ」

 あぁ、そういえばザビーダはズイフウの元へは行ってないんだったか。

 ──ザビーダも知ってると思うけど、ノルミンは他者の力を引き出す事に長ける凡百

の霊、凡霊。 その力はそもそも、人間や聖隷の願いによって生み出されたものなの。

 前も言ったように、アタックなら倒したい、ディフェンスなら守りたいといった具合

に。 人間が意思を持ち始めたと同時に地上で生まれたのが、私達ノルミンだよ。

聖隷おれたち

とは随分違う生まれ方なンだな」

384

 ──うん。 あなた達は元天族かこの地上の清浄な霊力と正常な力場が組み合わ

さって生まれた存在。 私達は人の意思によって生まれた存在。 地上の聖主。

「ん? じゃあサムサラも人間の意思によって生まれたのかよ」

 ──私とフェニックスは特別。 私達の次に生まれたミヤビとエターナルは人の意

思だね。

「それは教えてくんねーの?」

 ──私はダメ。 生きているあなたに教える事じゃないから。 だけど、フェニック

スならいいよ。 フェニックスはね、『死にたくない』っていう意思。 生物が持ってる

原初の意思だよ。

「だからフェニックス、か……。 そいつは、本当に死んだ奴を生きかえらせれんの?」

 ──フェニックスが近くにいれば、ね。 正確に言えば、命が停止する直前に健康な

状態まで回帰する、みたいな力だから。 完全に停止した後なら、どうしようもないよ。

「なるほどねェ……」

 ノルミンという種の中で見ても、破格の力を持つ私とフェニックス。

 どちらもが同じ意思の裏表を体現した存在であると言えるだろう。

 勿論、私が裏。

「んで、だ。 まぁノルミンの話は置いとくとして……カノヌシの残滓ってのがいるの

385 dai ni jur roku wa hajimete no hanra

は……本当にココかい?」

 ──うん。 ザビーダって泳げるの?

「や、まぁ風の聖隷としちゃ別に水には苦手って事もねェンだけどよ……。 もしかし

なくても、湖の底か?」

 ──うん。 ブルハナ湖の湖底にある、試しの神殿。 クリムゾンが外に出たから水

没しちゃったけど、ここにはジークフリートの持ってたカリバーンがあるの。 あぁ、

その銃の元の持ち主ね。 ここは鎮めの森にも地脈円にも近いし、辿りやすかったんだ

と思うよ。

「……仕方ねェ、ここはいっちょ風のザビーダ様が一肌脱ぎますかァ!」

 ──私の呼吸に関しては心配いらないよ。 

 そもそも呼吸しなくても私は生きていけるし。

「……一応聞いとくが、どんだけ深いンだ?」

 ──そんなに深くないよ。 広いだけで。

「湖底でホライゾンストームでも撃ちゃ空気は確保できるか……」

 試しの神殿を壊す事だけはやめて頂けると嬉しいです。

386

dai ni jur nana wa kaikou

 suru otome to kaze

  「……ッは!」

 ──中に空気が残ってたんだね。 それにしてはやけに清浄だけど。

「っはぁ……。 みたいだな。 つーか、風の動きがある。 どっかに繋がってんのか

?」

 ──水没した王国に繋がる水道みたいな場所だからね。 もしかしたら、どこかに空

気の供給源があるのかも。

「はーん。 さって……ここまで来ると、俺でも分かるなァ」

 ──カリバーンを辿って復活したからかな? 火の気配が強いね。

強つえ

「あぁ……。 それに、生まれたばっかとは思えねえ程

え」

 未来の水道遺跡たる区画に辿り……というか、泳ぎ着いた。 ザビーダが。

 そして、その遺跡の中に充満する濃密な炎の気配。 クリムゾンは後片付けが出来な

い奴だったが、その影響だろうか。

387 dai ni jur nana wa kaikou suru otome to kaze

 ──辿れる?

「そりゃ問題ねぇが……結局、会って何すんだ? 再封印するとかなら協力しないぜ。

 カノヌシの残滓だかなんだか知らねぇが、そいつは生まれたばっかなんだからよ」

 ──私もそんなことしないよ。 それに、会う意味も特にないかな……。 私は彼女

に何もできないし。

「……一瞬やる気失いかけたが、なんだ、カノヌシの残滓なのに女の子なのかよ。 カワ

イコちゃんか?」

 ──まぁ、造形はシアリーズを真似ているだろうし……ライフィセットも女顔だった

から、美人なんじゃない?

「俊足流転軽快爆ぜるぜ! クイックネス!」

 移動速度を上げる聖隷術。

 あれ、ザビーダってあんまり若いのには興味ないんじゃなかったっけ。

     巨大な剣の突き刺さった祭壇。

388

 見た目はくすんだ石剣だが、本来であれば最高峰の清浄な器となる剣、カリバーン。

顕師けんし

 はじまりの

ジークフリート、大聖隷ブリュンヒルデ、そしてその旅を助けたミヤ

剣つるぎ

ビやクリムゾン達の大切な

だ。

 そんな祭壇の前に、1人の乙女が座り込んでいた。

 ──アレだね。 

「おぉ……後姿だけでカワイイな」

「……あら?」

 乙女が首をこちらに向け……ようとして可動域に詰まり、一度立ち上がってからわざ

わざ座り直して再度こちらを見た。

 律儀っていうか天然っていうか……。

「えっと……」

「初めまして、カワイコちゃん。 俺はザビーダってんだ。 風のザビーダ。 よろし

くな」

「あ、これはどうもご丁寧に。 私はライラと言います」

 ──ザビーダ。 とりあえず私の事は黙っといて。

「いいねェ……名前もかわいいと来た。 んで、ライラちゃんはこんなトコで何してン

の?」

389 dai ni jur nana wa kaikou suru otome to kaze

剣つるぎ

「特に何をしていたというわけでもないのですが……。 何故か、この場所とこの

気になってしまって……」

「何故か、ねェ。 どうよ。 この後予定が無いんなら、これから俺とお茶しない?」

 古い。 あ、今はゼスティリア時代から見れば古代か。

 ならいいのか……?

「それはお断りしますが……ザビーダさんこそ、何故ここに?」

「うぉ、さらっと流された……。 いや、なんつーかな……。 ここで生まれた気配がし

たンよ。 ──カノヌシの残滓が、な」

「!」

 目に見えてうろたえるライラ。 あと、それを感知したのは私であってザビーダじゃ

ない。

「けどまァ、それは勘違いで、いたのはカワイコちゃんだったってわけ。 流石にこのザ

ビーダ様の女になるにゃ1050年くらい足んねェが……。 どうよ。 この場所か

ら出て、外の世界を見に行かねェか?」

「いえ……すみません。 誘っていただいてありがたいのですが、私はもう少しここに

いますわ」

「あちゃー、フラれちった。 んじゃ、俺も行くぜ」

390

「あ……あの!」

「なンだい? やっぱ俺と──」

「その腰に付けている人形……よく見せて頂く事は出来ませんか!?」

 おっと。

 とうとうこの愛らしいぼでーに気付いたか。

 ビエンフーはいなくなっちゃったから、グリモワールとアタックと私だけが奇抜な帽

子被ってるんだよ! レアリティが高いよ!

「ン、あ、いやこれはだなライラちゃん……」

 ──はじめまして。 私はサムサラっていうの。 よろしくね。

「? 今のは……もしかして、ザビーダさんの腹話術ですか!?」

違ちげ

「何言ったか知らねェが

─よ! めんどくさいから動いてくれ」

 心底面倒くさそうに言われたので顔を上げる。

 ライラと目が合った。 わぁ、なんて純粋な目。 どれほどカノヌシの記憶を引き継

げているかしらないけれど、心と体が分離した状態じゃない様でなによりです。

「もしかして……のるみん、ですか?」

 ──そう。 ノルミン。 知識に在った?

「はい……会ったことはありませんでしたが、識っていました」

391 dai ni jur nana wa kaikou suru otome to kaze

 ──そう。 でも、その知識は穴があるから、それだけを頼りにしないようにね。

「はぁ……? わかりました」

 ──うん。 それじゃあね、ライラ。

「あ、あの……触らせてくれたりは……」

 ──安心して。 いつかあなたが外へ出た時に、沢山集まってくるだろうから。

「それはどういう……?」

 ──ザビーダ。 行こうか。

「またアンタ意味深な事言って煙に巻いたのかよ。 ま、いいけどよ。 そんじゃ行き

ますかね……。 んじゃあな、ライラちゃん」

「あ、はい……。 さようなら、ザビーダさん、サムサラさん」

 ──バイバイ。 頑張ってね。

「……? はい」

     

392

  「あー、こりゃひでェな……」

聖隷みんな

 ──仕方ない事だよ。 それに、一応

が術の準備をしてる。

「術? あぁ、地盤を平定させる奴だったか?」

 ──うん。 アルディナ草原に術の起点を撃ち込んで、どうにか力を外に逃がすみた

いね。 だけど……アルディナ草原が平気でも、他の所に余波が来るのは確実、かな。

 見えはしないだろうけど……別れに見ておきたい人間がいるなら急いだ方がいいよ。

「いや……いいさ。 もう100年以上経ってんだ。 アイツらはもう死んでるか、生

きてたとしても爺さん婆さんだろうよ」

 ──タリエシンは崩落すると思うよ? いいの?

「ッ……。 知ってて聴く辺りがサムサラだよな……。 アンタ実はアイゼンより良い

性格してねェ?」

 ──褒め言葉、かな。 人間が全員死ぬって事は無いだろうね。 そんな直ぐに起こ

る事でもないだろうから。 でも、猶予もそれほどないよ。

「つっても俺が何か出来るってわけでもねぇだろ? なら……いいさ」

 ──そう。 それじゃ、いいね。

393 dai ni jur nana wa kaikou suru otome to kaze

 ライラと会ってから150年程経っただろうか。

 地殻変動は激しさを増し、各地で地震や噴火などの所謂天変地異が起こり続けてい

る。

 ロウライネは上層部が完全に落ちた。 こう、がしゃーんと。 そこに募っていた聖

隷こそ無事だったものの、訓練所としての機能は果たさないだろう。

 まぁ元々が聖隷に物を言わせた突貫工事だったのだ。 維持のための聖隷術も消え

た今、アレを再建しようと言う物好きもいないだろう。

 たった150年でかなりの大陸移動もあったし、沈む島や浮き上がる島などでてんや

わんやだ。 アイフリード海賊団の作り上げた地図も、既に使い物にならなくなってい

る。 

 一応完成版は保存させてもらっている。 未来の導師様が見たら喜びそうな一品だ

なぁ。

「ちなみにサムサラは手伝わねェの? その術」

 ──私は手伝えないんだよ。 ノルミンはそういう自然を動かす術には長けないし。

「あンだけ大規模な術使っといてよく言うぜ……」

 ──アレは聖隷術擬きだからね。 聖隷術で形作っただけ。

「……ソレ、アンタ以外に真似できる奴は?」

394

譜術士

四大の主

 ──いないんじゃない? 遥か未来の

とか、少し前に来た

とかなら使

えただろうけど。

「……よくわかんねェな」

 ザビーダの腰に括り付けられるようになってからは滅多に使わなくなったが、本来ト

ラクタービームやらソウルオブアースやらはこの世界にない術だ。 それを私はとあ

る誓約によって無理矢理持ってきている。 これだって福次効果的な使い方なのだけ

れど。

 その分、というわけではないが、この世界の聖隷術はほとんど使えなかったりする。

 魂に類するものやスレイブ系、結界術は別だが。

 それなりに大きい誓約を払っているのがつらい所だが。

「ロクロウもビエンフーもエレノアも居なくなっちまったな……。 アイゼンの野郎も

……」

 ザビーダはアルディナ草原の北を見る。

 凄まじく高い山。 霊峰レイフォルク。

 まだあそこにアイゼンはいない。 まだ、だが。

「ベルベットとライフィセットは上と下なんだろ? あぁ、マオテラスって呼んでやん

ないとな」

395 dai ni jur nana wa kaikou suru otome to kaze

 ──マギルゥはマオ坊って呼んでたし、マオ坊でいいんじゃない?

「マオ坊……。 結局子供っぽくなってねェか?」

 ──マギルゥだもん。 生きてるのはマギルゥとグリモワールだけだし、マギルゥに

合わせるのも一興、でしょ?

「そういうモンかね」

 ──そういうモンだよ。 

 人間は直ぐに死んでしまう。 聖隷として、その別れは何度も味わって来た。 それ

はザビーダとて同じだろう。 若いとはいえ、この心優しい聖隷は幾度とない別れを経

験したはずだ。

 だからこそ、呼び方や名前は大事にする。

記憶こころ

 それは

の中にずっと残るから。

 と言うことで。

 ──マオ坊にけってーい。

 ──この姿にマオ坊は似合わないでしょ! サムサラ!

  なんか聞こえた気がするけどキコエナーイ。

396

dai ni jur hachi wa 『Magi

lou』 soshite 『Dezel』

   あれから更に200年程経った。

 基本的にザビーダの腰に括り付けられているだけの私は、余程の事が無ければ自ら動

いたりしない。 だから時間と言うか、日数・年数の感覚が消えていく。 もしかした

ら200年じゃないかもしれない。

 でも、彼女の寿命に気付く事は出来た。 

 吟遊詩人にして大魔法使い……そして、親愛なるマギラニカ・ルゥ・メーヴィンの寿

命に。

 ──ザビーダ。 ザマル鍾洞に行ってほしい。 

「ン? あぁ、それは別に構わねンだが……。 あぁ」

 ──うん。 誓約で伸ばせる寿命にも、限界があるんだよ。

「……最後は同じ場所で、か」

 

397 dai ni jur hachi wa 『Magilou』 soshite 『Dezel』

      「んー? なんじゃぁ……? どこぞのノルミンお墨付きの結界を張っておいたはずな

んじゃがのぅ……。 アレを破れるのは、それこそどこぞのノルミンくらいなもんじゃ

て……。 うん?」

 ──やっほー、マギルゥ。 死に目に会いに来たよ。

「……お主、もうちっとくらい言葉を選んだりせんのかえ? はぁ……久しぶりじゃの、

サムサラ。 あとザビーダも」

「やっぱり俺はついでかよ」

「仕方ないじゃろ。 一度は神依した仲とはいえ、そもそもお主と一緒に旅をしていた

時間は短いんじゃし」

「ひでェ! 一度は神依した仲を重視しようぜ」

「乙女の初めてを奪ったと思えば殺意くらいは湧いてくるかの〜。 ま、既に乙女とい

398

う年齢でもないがのぅ……」

 ──マギルゥはいつまでも少女だよ。

「面と向かって少女とか言われるとこっ恥ずかしいんじゃが……。 はぁ。 お主らは

変わらんのぅ……」

「聖隷にとっちゃ200年や300年程度はそこまで大した時間じゃねェしなぁ……」

「ふん、古いのぅ。 ナウなヤングはお主たちの事を聖隷ではなく天族と呼んでいるぞ

? なんでもローグレスの元対魔士達が、お主らを天からの遣いであると吹聴してるら

しいわい。 人間と同じように意思があり、人間に力を貸してくれていた存在、とな」

「ンだそりゃ……。 都合の良い話すぎねェか?」

 ──多分、パーシバル王子……あぁ、パーシバル王とかエレノア辺りも噂を広める事

に協力したんじゃない? あの2人、なんだかんだいってノリ良かったし。

「エレノアは……あぁ、言ってる姿が浮かぶぜ……。 王の方はあンま面識ねェんだけ

どよ」

「儂の努力が一番大きいんじゃよ〜。 お主らの事、面白おかしく世界に伝えておいた

でのぅ。 サムサラ、お主は世間では」

 ──マギルゥ。 それは、後世のメーヴィンに聴くよ。 楽しみにしてるから。

「……それもそうじゃな。 ま、ここまでの儂にはどーでもいいことじゃぁ」

399 dai ni jur hachi wa 『Magilou』 soshite 『Dezel』

「……神器はどうしたンよ。 まさか」

「この大魔女マギルゥ様を嘗めるでないわい! ちゃんと全部創り上げて……意味深な

場所と伝承と文言を残して各地に散らばらせたのじゃよ。 災禍の顕主だろうと導師

だろうと、儂の掌の上で踊ると思うと笑いが止まらんわい」

  くつくつと楽しそうにマギルゥは笑う。

横たわった

・・・・・

 

その身体は、もう動かないのだろう。

 「そうじゃ……サムサラ、ザビーダ。 お主ら、儂と一つ賭けをせんか?」

 ──乗った。

「……良いぜ」

「カッ。 内容も聞かずに乗るなど、お主らは馬鹿の極みじゃわい……」

 ──マギルゥ程じゃないよ。

「マギルゥ程じゃないぜ?」

「ふん……。 儂は、儂の作り上げた神器が悪用され、人間も天族も全滅する道に……儂

の大切な10ガルドを賭ける。 ベルベットとの賭けは負け、ロクロウやアイゼンとの

賭けでも大損しているでな。 おっと、サムサラ。 お主との賭けは無効じゃぞ。 ベ

400

ルベットは折れなかったが、死んだわけじゃないしのぅ」

 ──じゃあ私は、マギルゥの言った通りにならない世界に……私の本当の名前を賭け

る。 もし、全てが穢れに飲み込まれたら、その時にもう一度会おうね。 私なら会い

に行ける。

「そンじゃ、俺は人間のカワイコちゃんも聖隷……っと、天族のカワイコちゃんも俺にメ

ロメロになる道に俺の真名を賭けるぜ」

「なンじゃぁ? お主の真名は神依の時に教えてくれたじゃろ?」

「アレはメルキオルのジジイに無理矢理押し付けられた名前と混ぜて使ってンのよ。 

俺の本当の名前は別にある……ってな。 俺達の真名を異性に告げんのは、愛してま

すって言ってるようなモンだからよ……。 300歳じゃ、まだ若いぜ。 マギルゥ」

「こっちからお断り……じゃ……。 時間のようじゃ……のぅ……。 最後に……サム

サラ、こっちに寄れぃ……」

 ──? 何?

  段々と生気が失われていくマギルゥが来い来いと手招きをしてきた。 そんな気力

すら絞り出さなければ出ないだろうに。

 元の大きさへ戻りつつザビーダの腰から降りる。 

401 dai ni jur hachi wa 『Magilou』 soshite 『Dezel』

 久しぶりに歩く感触を確かめながら、マギルゥの近くへ行った。

 そして、囁くような声色で、

 「お主……実は全部知ってたんじゃろ。 じゃから……それを見込んで、コレを……預

ける……わい」

  ──大切な相棒でしょ? いいの?

「ふん……。 ソレはあ奴じゃない……じゃろ。 なら、そんなものは……どーでも、い

いわ…………い……」

 ──そう。 じゃあ、これは預かっておくよ。 さようなら、マギルゥ。

「じゃあ……の……」

  そう言って。

 莫大な霊力の拡散と共に……300年を生きた大魔法使いにして最高の吟遊詩人は、

その生を終えた。

 彼女の誓約は……言わぬが花か。

 

402

 ──ザビーダ。 ここ崩しちゃおうか。

「は? 墓とか作ってやンねぇの?」

 ──うん。 初代は謎に包まれるのが華だよ。 それに……。

「?」

 ──お墓を作って、それを暴かれたりしたら……私は赦せる気がしないから。

「……」も

うマギル

・・・・・

ゥ・

の身体も無いし

・・・・・・

 ──

、思いっきりやっちゃおう。

「そォだな……。 んじゃ、いっちょ派手に行きますか!」

天響

てんきょう

 ──風の聖隷術……ううん、

術の最上位……ザビーダはホライゾンストーム?

「俺が使えンのはソレだな」

 ──じゃあ、ザビーダはソレで。 私がタイミング合わせるから……本気でやろう

か。

「んじゃ、外に出るか。 俺達まで埋まっちまったら世話無ェからよ」

 ──うん。

 「瞬迅、旋風、業嵐.……来なよ! ホライゾンストーム!」

 ──葬送の制裁、蹂躙せしは怒涛の暴風、テンペスト。

403 dai ni jur hachi wa 『Magilou』 soshite 『Dezel』

  ザマル鍾洞の一画に向けて直上から放たれた暴虐と言って差し支えない威力の風。

 それは狙い通り彼女が死に行った場所を砕き、崩落させた。

使用済み

・・・・

 その余波はザマル鍾洞だけに収まらず、アルディナ草原に置かれた

の楔をも

斬裂した。

 ソレが自らの影響だと知るのは、700年後の話になるのだが。

        「……こりゃ……風の天響術……か?」

 ──ここも随分と変わったね。 今はなんて呼ばれてるんだろう。

 

404

 アレから更に200年程経ったある日。

 つまりベルベット達が居なくなってから500年の時が過ぎた、そんなある日。

 私達は(正確にはザビーダは)元ブリギット渓谷、未来ではウェストロンホルドの裂

け目に来ていた。 今の名前は知らない。

 「いやいや、もっと言う事あるでしょうよ? 確かに地形も気候も変わったンだろうが

……明らかに風が抉り取った痕跡だと思うよォ?」

 ──私は違うと思うけど、風のザビーダが言うなら間違いないね。 ところでザビー

ダ。 この周りのモノ全てに死を振りまくような気配……感じた覚えはない?

「……あるぜ。 アイゼンのと一緒だ。 つまり、ここには……」

 ──死神の力を持つ天族がいる。 しかも、恐らくまだ子供。

「何ッ!? 子供だと……? なら、放っておけねぇな……」

 ──しかも生贄として死んだ人間が……憑魔化してるみたいね。 霊力の薄い今だ

と、憑魔にとって聖隷は美味しそうな餌に見えるんじゃない?

「俊足流転軽快、爆ぜろ! クイックネス! 場所は!」

 ──真下の慰霊碑。 種別はゴブリンロード。 弱点無し、耐性は無、火、水。

「なら風が通るな! 風槍走れ、ウィンドランス!!」

405 dai ni jur hachi wa 『Magilou』 soshite 『Dezel』

  風の初級天響術。 しかし、仮にも1000年近くを生きるザビーダの、それも戦い

続けてきた彼の術だ。 凄まじい速度と威力で放たれたソレは、吸い込まれるようにし

てゴブリンロードへと突き刺さる。

 「え……」

「間に合ったか! っと、坊主! ちょっと退いてな! 先にコイツを片付けてやるか

破門者

キャンドル

らよ! 

!」

  交差されたペンデュラムから衝撃波が生じ、起き上がろうとしていたゴブリンロード

を吹っ飛ばす。 

  ──この子に外傷は無いみたいだよ。 余波は防いであげるから、ソイツの処断は任

せた。

憤怒ラース

詐欺師

嫉妬者

ジェ

「おう! 

! からのォ、

! 

!」

  巧みにペンデュラムを操りゴブリンロードを追いやっていくザビーダ。

406

 しかし、人派生の憑魔というべきだろうか。

  敵わないと判断したゴブリンロードが、逃走を始めた。

 「……逃がすかよ。 サムサラァ!」

 ──自ら進んで生贄となった人間だよ? それでもいいの?

「そいつだって、いっぱしのプライドが在ったはずだろ!」

 ──じゃ、はい。

 

結界術

セーフティ

 ジークフリートの

を外し、意思の弾丸を装填する。

 それを引き抜くザビーダ。

 「憑魔は一緒に地獄へ連れて行ってやる……。 それが俺の流儀だ!」

  引き金が引かれる。

 放たれたその弾丸は、ジークフリートとブリュンヒルデの伝承を再現したかのように

ゴブリンロードの「身体」と「心」を分断する。

407 dai ni jur hachi wa 『Magilou』 soshite 『Dezel』

 すると穢れは拡散し、後には死体が残された。

  「ふぅ……。 っと! そうだ、坊主。 どこに……って、ん?」

「……ソレは……なんだ……?」

「コレかい? これはペンデュラムつって風を操る道具──」

「そっちじゃなくて……ソレ」

「ドレだよ。 ん……? もしかしてコレか?」

 ぐい、と首根を持ち上げられる。

 どうも、コレです。

「そうだ……。 それは人形、か?」

「ンだよ。 男が人形付けてちゃダメか?」

「いや……良い。 それと……礼を、言う」

「良いって良いって! 子供が余計な事気にすんな。 それよりお前、なんでこんな所

にいたンだ? それとも、ここで生まれたのか?」

「あぁ……。 そう、らしいな。 だから、あまり状況を理解していないんだが……さっ

きのは何だ?」

408

「さっきのは憑魔っつー……まぁ俺みたいな強い奴じゃないと倒せない生き物だな。 

間違っても近づいたりすんじゃねェぞ?」

「……わかった。 そうだ。 あんた……名前を教えてくれ。 命の恩人の名前くら

い、知っておきたい」

「俺はザビーダってんだ。 そんで、この人形っぽい奴がサムサラだ」

 ──初めまして。 私はサムサラ。 人形じゃないよ。

「!? ……声が……」

「お前は? 名前とか、あんの?」

「……幻聴か? 俺は、デゼルだ。 改めて礼を言う。 助かった、ザビーダ」

「だから気にすンなってのに……。 そんで? お前、これから行くアテでもあんの?

 ないんだったら俺と一緒に、」

「とりあえず……世界を周ってみようと思う。 もし、次に会えたら……その時にまた、

誘ってくれ」

「あらら……フラれちゃったよ。 そンじゃ、これを餞別にやるよ」

「……良いのか? ザビーダの……武器だろう?」

「丸腰で子供を放り出すほうが寝覚めが悪いって! そんじゃあな、デゼル」

「……あぁ。 助かった。 この事は忘れない」

409 dai ni jur hachi wa 『Magilou』 soshite 『Dezel』

「そんな気負わなくてもいいってのに……」

  ザビーダが風を纏う。

 忘れない、か……。

  ──じゃあね、デセル。

「……! ……幻聴じゃ、無かったのか……?」

   忘れない。

 果たして──。

410

dai ni jur ku wa deai to 

wakare no raihou

  「……誰よ、あんた」

「おー、初対面なのに敵意バリバリだねェ! でも見てよコレ。 お揃いのストラップ。

 これで仲良く出来なーい? な、エドナちゃん」

 霊峰レイフォルク。 その中腹。

 一見ただの穴のように見える入口を進んだ先にあった、こじんまりとした家。

風鈴おみやげ

 玄関先に見覚えのある

がぶら下がっていたので、間違いないだろう。

 ここがアイゼンの家だ。

 そして、勿論アポイントメントの無い私達の来訪に……家主であるエドナが、武器で

あるパラソルを此方へと向けて、歓迎してくれた。

「何? ストーカー? それならもう間に合ってるんだけど」

「手厳しいねぇ! いやなに、ここら辺に可憐な花みたいにカワイイ天族が住んでるっ

て聞いてさぁ、つい訪ねてきちゃったわけ!」

411 dai ni jur ku wa deai to wakare no raihou

「この辺に近づく天族……かめにん? 今度来た時醤油漬けにしてやろうかしら」

 濡れ衣だけど、まぁ顧客情報をあんな公でペラッペラ喋るのを反省してくれればいい

かな。 後、言い方からしてバレてるよ、フェニックス。

 何故目を動かすのだろうか。 バレたいの?

「エドナちゃんもノルミン好きなんだろ? どう、この後どっかでお茶しない?」

「ノープランで女の子をナンパしたって、誰もついてこないわ。 あと好みじゃない」

 ──フェニックス。 その姿勢辛くないの?

 ──む、この会話方法も久方ぶり。 我はノルミン界最強の男フェニックス! この

程度の苦行、なんということは無い!

「うわひでェ……。 つか、ノルミン関係の事ガン無視? っかしぃなぁ……エドナ

ちゃんはノルミンにただならぬ興味を持ってると思ってたんだが……」

「コレはお守りよ。 大切な人がくれたから付けてるだけ。 別に、コレクトしてるわ

けじゃない。 というか、そろそろ名乗ったら? じゃなきゃストーカーって呼ぶけ

ど」

 ──あ、やっぱ苦行なんだ。 ちなみに何年前から?

 ──友からの頼みを受け、かめにんによって運ばれてから長い年月が過ぎた……。

「大切な人ねぇ……。 あぁ、俺は風のザビーダっての。 気軽にザビーダ兄さんって

412

呼んでくれていいぜ?」

「不愉快ね。 帰って。 すぐ帰って」

 ──じゃあ500年くらいか。 でも、エドナが寝てる時は夜なべしてるんでしょ?

 ──何故それを……いや、流石は我が半身と言ったところか……

「おおっと! 天響術の気配! んじゃ、また来るぜ!」

「次に来たら問答無用でぶっ放すから」

 ──じゃあね、フェニックス。 半身同士、ストラップの身に甘んじよ?

 ──矢張り我らの辿るは同じ運命か……ッ!

        「あれが今の災禍の顕主ね……。 ンで、あっちが今の導師……。 人間はいつまでも

413 dai ni jur ku wa deai to wakare no raihou

同じ事やってンねぇ……」

 ──閉じてる輪の中じゃ、成長なんかできないよ。 枠組みを破らない限り。

「救われねェ話だ……。 ところでよ、サムサラ。 あの山……前からあったか?」

 ──ううん。 大陸移動でイーストガンド領がこっち来た時に、イカヅチ諸島とくっ

ついたんだよ。 でも、あの中にいるのは隠居した天族ばっかりだと思うよ? 

「あー。 ずっと感じてたメチャクチャでけェ風の気配はそれか……」

 ──ゼンライっていう、雷を操る天族がいるね。 天界出身の紛れもない天族だよ。

「サムサラは会った事あるのか?」

 ──ううん。 でも、知ってる。 遥か昔に教えてもらったから。

「アンタが言う遥か昔ってのは……云万年も前の事か?」

記憶きろく

 ──うん。 云万年も前の事。 地脈の中くらいにしか

が残ってないんじゃな

いかな。

「はぁ……。 なンとも実感の無ェ話だ」

 ──そうだね。 私も大半寝てるからそんなに長く感じてないや。

「……ノルミンだったな、そういや」

 ──ノルミンだよ。 紛れも無く。

「……はぁ。 お、災禍の顕主が……」

414

 ──倒されたね。 これでめでたしめでたし。 平和になった人間は、災禍の顕主の

存在も導師の存在も忘れてしまうのでした。

「そしてまた繰り返す、か……」

          ──お別れ、だね。

 ──ふん。 じゃあな。

 ──うん。 おやすみ、アイゼン。 必ず戻しに行くよ。

 ──あぁ……必ず……。

 

415 dai ni jur ku wa deai to wakare no raihou

  「ン? どうしたよ、サムサ──!?」

 ──領域、展開。 速めの離脱を推奨する。 エドナはアイツが守ってるから、速く。

「チッ! くそっ、もうかよ……アイゼン!」

 ──この濃密な穢れは一時的な物。 けど、今コレにザビーダが触れたらザビーダご

とドラゴン化する。 戦略的撤退。

「わぁーった! 範囲はどンくらいだ!」

 ──丁度レイフォルクを覆うくらい。 脱出最優先で。 道中に何かあっても、戦闘

行為はご法度。 いいね?

「くそッ!」

  ベルベットがいなくなってから、800年。

 アイゼンが……ドラゴンと化した。

   

416

     「一時的じゃなかったのか?」

 ──もう少しかかるよ。 あそこは地脈点だから、少し長いだけだと思う。

「はぁ……。 速く殺してやンねぇとならねェのに……」

 ──あ、そこ。 ザビーダそこの木陰。

「ン? あー……レッドサフランか。 薬草集めも大概にしたらどうよ?」

 ──枯らす方が勿体無い。 それに、この苦味は心水に合うんだよ?

「ツマミかよ! ……あンたは何もおもわねぇの? ずっと仲間だったってのによ」

 ──仲間だったから、特に何も思わないよ。 来てほしくない時だったとは思ってい

たけれど……穢れが濃い程、完全に戻るまでに時間がかかるから……やっと来た、って

思いはあるかな。

「相変わらずよくわかンねぇな……。 はァ。 うじうじしてても仕方ねェか。 

ちょっくら世界でも見て回るかね……」

417 dai ni jur ku wa deai to wakare no raihou

 ──15代目バスカヴィルとかに会ってみる? 今はペンドラゴにいるみたいだけ

ど。

「バスカヴィル? ……あぁ、血翅蝶の……15代目? いやどンだけ続いてんだよ!」

 ──今も血翅蝶かどうかは知らないけどね。 4代目までしか霊応力が呼応しな

かったみたいだし。 

「んじゃ俺が会いに行っても見えねェだろ……。 というか、俺はそこまで血翅蝶と関

わり無かったしよ」

 ──じゃあローグリンは? そろそろ良い心水が出来てる頃かも。

「……だがよ、結局俺達じゃ盗む事になンねぇか? そんならニャバクラにでも行った

方が……」

 ──あれ、ザビーダ行った事あったんだ。 テオドラが居た時?

「アイツと出会う前さ。 あんないい女置いて酒飲みにいったりしないぜ」

 ──行くなら一緒に?

「わかってんじゃないの。 ……っはぁ。 どっかにいい女いねェかなぁ……」

 ──エドナはダメなの?

「いやエドナちゃんは……あと500年くらいだな……。 ちと子供過ぎる」

 ──グリモワールは?

418

「大分飛ンだな……。 サウスガンド領は遠すぎるからパス」

 ──ライラ。

「若い。 けど結構ねらい目」

 ──私は?

「アンタが断るだろ?」

 ──うん。 単身で本気のフェニックスに勝つくらいが大前提かな。

「アンタはフェニックスとくっつけば、って痛ェ!?」

 ──断る。 そもそもノルミンは繁殖不可。

「じゃなンで振ったんだよ!」

 ──流れ。

「……はぁ」

  あの導師が誕生するまで、あと300年。

419 dai ni jur ku wa deai to wakare no raihou

dai san jur wa sekai ga h

ajimaru mae no toki

  「よ、エドナちゃん。 お茶しない?」

「ばかなの? そう何度も来られてもうざいだけなんだけど」

「いいじゃねーの。 ほら、こんな穢れだらけの場所にいないでさァ!」

 ──それは失言。 天響術来るよ。

「ッ! いいから帰りなさい。 さもなきゃ……」

「うおっと、落ち着けよ。 クールダウンだ。 わぁーった、わぁーったから詠唱はじめ

んなって!」

「赤土目覚める、ロックラ」

「んじゃまた来るぜ!」

 ──7連敗、だね。

  

420

    「兄想いだよなぁ……っとに」

性質た

 ──まぁ、上が上だし。 同じ

なんじゃない?

「アイツよりはよっぽど素直……いや、どっちもどっちか」

 ──うん。 どっちもどっち。

「……で?」

 ──で、って?

「俺はアイツの領域だよ……解除されたんか?」

 ──領域はね。 でも、決して穢れに侵されない器でもないと……あそこへは近づけ

ないよ。 仮に近づけたとしても、ザビーダ1人に倒せるとは思えないかな。

「言うじゃねェの……。 アンタの領域と、アンタが手助けすりゃあいけるんじゃねぇ

の?」

 ──私の流儀にドラゴンを倒す、っていうのは含まれてないかな。 それに、私は手

を出せないから。 誓約上、私はアイゼンを戻すことは出来ない。

421 dai san jur wa sekai ga hajimaru mae no toki

「誓約、ねェ……。 ノルミンが何を誓ったンだか……」

 ──原初の誓約。 私が生まれて、すぐに誓った誓約。 内容は内緒。

「……昔の仲間を救えねェ誓約なんざ、聞きたくもねェ」

 ──うん。 あなたはそれでいい。 あなたはそっちでいい。

「……そうかい」

 自らのためだけに建てた誓約なんて、知らなくていい。

 世界を救うためだったクローディン。 世界の存続を願ったメルキオル。 世界に

未来を託したマギラニカ。 

 誓った想いと、失った代償。 さてはて、私は何を失ったのやら……。

 ザビーダの言葉が刺さる程、私はキレイじゃなかったようだ。

     「んん? あれ、ライラちゃんじゃねェ?」

 ──うん。 ライラだね。 となりにいるのは、今代の導師か。

422

「なンだ……随分と若い奴だな。 ライラちゃんはあいいうのが趣味なのか?」

 ──さぁ? 惚れ込んでるのかもしれないし、入れ込んだ想いがあるのかもしれない

し。

「ンな事はわぁーってるよ。 だが……なンだろうな。 若い……じゃなくて、」

 ──青い?

「そうソレ! ……見ててハラハラする感じだ。 同じ導師でも、アルトリウスの野郎

とは大違いだぜ……」

 ──そうかなぁ。 本質的には全く同一だと思うけど。 導師はみんな行動力が

あって、意思が弱くて……強く見せようとしてる。 だから簡単に、人の悪い面を見て

立ち止まっちゃう。 この悪循環を抜け出せるとしたら、それは──。

「それは?」

 ──天族も、憑魔も、人間も……全部受け入れて、救おうとするような……大馬鹿野

郎が導師になることだろうね。

「ンな奴がいたら苦労しねェさ……。 だから人間って言うンだろ?」

 ──うん。 

 だから、あの少年を導師って言うんだよ。

 

423 dai san jur wa sekai ga hajimaru mae no toki

    「……マオ坊を動かす……か。 確かに戦火に巻き込まれるよりは良いとは思うが……

よりによってカノヌシの聖殿かよ」

 ──ライラ的には一番安心できる場所なんじゃない? 

「成程ねェ……。 しかも一からの村づくりと来た。 人間は一々行動が早い早い」

 ──もっとほちゃほちゃしててもいいのに。

「いやノルミン基準だとちぃと遅すぎだろォ? んな事してたら300年くらい経っち

まう」

 ──そういうザビーダだって、この間4か月くらい昼寝してたでしょ。

「……マジで?」

 ──嘘だけど。

   

424

     こぽこぽと泡立つ暗い暗い水の中。

 1つの泡が上へと昇って行く。

 ──いってらっしゃい、神の槍。

 女神に生まれた子供はだぁれ?

 それはリオネル島の因子を継ぐ者。 神の如き獅子。

 こぽこぽと泡が昇って行く。

       

425 dai san jur wa sekai ga hajimaru mae no toki

「ふぅ……ヤな雰囲気だ。 あっちコッチで戦争だのなんだの、もっと気楽に生きられ

ねェもんかね……」

 ──国同士の喧嘩だもん。 どっちかが折れるまで終わらないよ。

「ケンカ、ね……。 だったらこう……もっとはっきりやりゃいいのに」

 ──喧嘩屋の矜持?

子供ガ

「ンなもんは無ェよ。 けどな……何も知らねえ

まで巻き込んでする事じゃねーっ

て言いたいワケ」

 ──そうだね。 子供と言えばザビーダ。 ほら、左斜め前方。

「あン? ……んん?」

 ──あれ、デゼルじゃない? 果てしなく似合わない白スーツ着てるけど。

「……」

 ──隣にいる天族は……ザビーダと一緒の格好だね。 風の天族でアウトローだと

そういう格好になるの?

「……」

 ──アイゼンも鎖ジャラジャラしてたけど……あ、アイゼンは地の天族だった。

「……ったく……」

 ──ザビーダ?

426

  ザビーダがデゼルの方へ近づいていく。

 腰に括り付けられた私も勿論近づく事になる。

 近付いて、気付いた。 彼等の視線の先に、何十人かの集団が居る事に。

 その中に、見知った霊力の人間が居る事に。

 「ん……?」

「よ、デゼル! 久しぶりじゃねぇの!」

 赤い髪の少女。 間違いない。 バスカヴィルの血筋だ。

 恐らく17代目の子供。 ……戦争孤児か。

 なら、長きにわたって続いたバスカヴィルの名は……ここで途切れるのか。

「知り合いか?」

「あ、あぁ……昔世話になった奴だ」

「かてェ事言うなよ……俺とお前の仲だろ?」

 確かバスカヴィルは少しの間だけ、ロクロウと共にいたはず。 ロクロウが業魔とし

て討伐対象になったのは、彼らの報によるものだから。

 嵐月流。 既に息絶えたランゲツの名が遺した、人を斬るための流派。 人を守るた

427 dai san jur wa sekai ga hajimaru mae no toki

めの流派。

 もし、バスカヴィルがそれを受け継いでいたとしたのなら……この幼子の名は。

「……何の用だ」

「んー、一つ、俺がオトナの天族としての嗜みを教えてやろうと思ってな。 なぁ、アン

タ。 こいつの白スーツ……似合わねェと思うだろ?」

「……正直に言うとね」

 この幼子が、ロゼか。 史実に於いて彼女の名前はわからなかったが……ロゼ・バス

カヴィルだというのなら、彼女の扱っていた嵐月流はそういう事なのだろう。

 穢れとは不信。 ならば──。

「つーことで、俺直々に上着をやろうってワケ。 そろそろ生まれてから500年だろ

? 良い記念って事で」

「……くれると言うのなら貰う。 だが、ザビーダはどうするんだ……?」

「いぃーっていいーって! 子供……じゃ、ねぇな。 ま、俺のことは気にすんなって。

 アイツが怖気づいて出来なかった半裸を俺がやってやるって!」

「アイツ……?」

 なるほど。 探しても探してもロクロウの魂が見つからないわけだ。

 まさか穢れていなかったとは、思いもしなかった。 クロガネ共々、不思議な人間だ。

428

「ってなワケで。 ──デゼル、今……楽しいか?」

「あ、あぁ……唐突だな」

 ザビーダはニカっと笑う。

 ライフィセットやシルバに見せた、あの笑顔。

 まだ子ども扱いしてるな。

「んじゃ良いさ。 アンタ、こいつの事頼んだぜ」

「何故親目線なんだ……助けられた事は恩に感じているが、育てられた覚えはない……」

親友ダ

「任せてくれ。 デゼルは

だからな」

「あぁ……任せたぜ」

 風を纏うザビーダ。

 デゼルと目が合う。 手を振る。

 驚いた顔をしていたデゼルだったが、優しい目で手を小さく振りかえしてくれた。

 ……。

 濁りなき瞳、か……。

   

429 dai san jur wa sekai ga hajimaru mae no toki

    「!」

 ──マオ坊……。

「マオ坊……1000年耐えたってのに……」

 ──もしかしたら……同情しちゃったのかもね。 災禍の顕主に。

「ベルベットと同じだから、なんて言わねェよな?」

 ──優しいから、だよ。 どの時代も、完全悪の災禍の顕主なんていなかった。 で

も、導師は……。

「その辺は当人達にしかわからねーだろうよ。 だが……救ってやる奴が1人増えた

な」

 ──そうだね。 そして……生まれたみたいよ。 輪を断ち切る子供が。

「……?」

 ──騒ぎ祀る導師。 過去最高の逸材。

 

430

 今は亡きマヒナ。 モアナという純粋な少女を育んだ、自らの最期まで子を想い続け

た聖女。 月の名を冠する女性。

 その生まれ変わりが、純粋たる導師を生む。

 やはり皮肉だらけの世界だ。

 ベルベットに言わせれば前世など関係ないのだろうが……それでも、私は皮肉にしか

感じられない。

Selene

 どうか安らかに眠ってほしい。 

 あなたはもう、戻るしかないのだから。

431 dai san jur wa sekai ga hajimaru mae no toki

ゼスティリア編

dai san jur ichi wa reiho

u de no dekigoto

  「こりゃ、一雨来そうだな……」

 ボールス遺跡。 元鎮めの森だが、イーストガンド領とミッドガンド領が大陸移動に

よりグシャッと合わさったことによって、カノヌシの封印されていたかつての祠はその

一部分のみしか姿を残していない。 しかし、植物はむしろ青々と茂っている。 千年

の時によりかつてないほどの速さで適応と絶滅を繰り返した木々は、元のアバルで見ら

れた紅葉はどこへやら、一年中青々強い葉を付ける林と化した。

 アルトリウスの辿り着いた祠が、ボールスの名を冠するのは……。

 ──雨は来ないと思うよ。 これは領域による雷だから。

「領域? ……あぁ、あっちの山の上か? どんだけ広範囲に影響してんだよ……」

 ──本来の意味での天族だからね。 四聖主へも匹敵しうるんじゃない? 

432

「マジかよ。 でも、なンでそんな奴が今まで出てこなかったンだ? そんなすげぇ奴

ならカノヌシ相手でも色々出来たんじゃねェの?」

 ──ゼンライもズイフウも人間との和解を無理だと断じたんだよ。 ゼンライはど

ちらかと言えばそういった聖隷……天族を守る為に引きこもった、って方が正しいんだ

ろうけど。

「勝手に諦めて勝手にひきこもったってワケね……」

 ──ゼンライは存在として『永遠に変わらない幸福』を求めると思うから、そういう

意味では閉ざされた天族だけの楽園は理想の土地なんじゃないかなぁ。

「……つまンなそーな理想だな、そりゃ……」

 ──人に寄りけり、だよ。 天族だけど。

 しかし、このバチバチとした雷の領域の気配に混じる……姑息な気配。 そして、久

しく感じる事の無かった……かつてメルキオルに使役されていた、特殊な幻術を扱う聖

隷の気配。

支配せいぎょ

 彼女は結局のところ、自らを

してくれる存在を求めてしまうのだろう。

 果たしてメルキオルはそれを……いや、詮無きこと、か。

「ま、なんにせよとっととマーリンドまで行っちまうとするか。 雨降りそうな時はア

イツ、いねェからな」

433 dai san jur ichi wa reihou de no dekigoto

 ──わざわざ水の近くで生活しようとする地の天族は早々いないからね。 どっか

の誰かさん以外。

「違いねェ」

 レイフォルクを見上げる。

 そこには既に重い穢れの領域は無い。 だが、大きな穢れの気配も無い。

 それでも、もう少しで帰ってくるだろう。

 何故なら──、

「ん? どうしたよ、サムサラ」

 ──……。

 一瞬だけ見えた、走るように去っていくピンク色の鎧。

 貴き者の子孫にして、星を冠する清浄な者。

 災厄の時代の始まりだ。

 そういえばマギルゥが言っていた私の面白おかしい伝承……多分あの娘に伝わって

るんだろうなぁ。

   

434

      大樹の街マーリンド。 かの大魔法使いの名を冠するこの街は、元の名をアバルと言

う。

 そんな、私にとっても縁深いこの街は今、澱んだ空気に満ち溢れていた。

「んだコリャ……穢れてやがんな」

 ──分かるでしょ? 何の気配か。

「あぁ……あの野郎と比べると随分とよえーが……ドラゴン、いやドラゴンパピーか?」

 ──正解。 自分より強いドラゴンが帰ってこようとしているのを察知してか今は

いないけど……。

「随分と長くここにいたみてェだな。 これはちとヤバイんじゃね……ん?」

 ──どうしたの?

「いや……あそこにいる人間に見覚えがあるような気がしたんだが……気のせいか」

 ──まぁ、光り輝く者が光を齎す者になったからね。 外見はともかく、雰囲気や人

435 dai san jur ichi wa reihou de no dekigoto

となりは少しは似てると思うよ。

「……何の話だ?」

 ──この世で2番目に強い剣士の話。

 穢れた魂は戻りきるのに時間がかかる。 しかし、最初から一切の穢れが無い魂はこ

うして短いスパンで出ていくことがあるのだ。

 その意味で言えば、ロクロウやクロガネは特異な例と言えるだろう。

 そういえば遥か過去にクロガネの意思を受け継いだ人間が世襲制を取って続いてい

たような。 確か名前は千回……じゃない、サウザンドーンだっけ?

金剛鉄

オリハルコン

輝銀鉱

は私が消滅させたので、現存する最硬は

となるだろう。

 エクステンションの内部がどこに繋がっているかしらないので、もしかしたら次元の

裂けた丘とかフォスリトスあたりに落ちてる可能性もあるけど。

「おー……人間のくせにやるじゃねぇの」

 ──でも、人間じゃ殺せない。 今現在何匹いるのか分からないけど……。

「とりあえず今は、目の前の奴のプライドを守ってやるべき、だよな」

 ──そうだね。 足止めするから、ジークフリート撃ち込んで。

「わーってるって」

 ──腐食。 其は希望の終焉。 サイフォンタングル、ミニ。

436

 眼下、木立の傭兵団と闘うハウンドドッグの足元を絡め取る。 霊応力の無い人間に

は犬が泥沼に躓いたように見えただろう。

 その隙を狙って剣を叩き込む傭兵。 同じくそのタイミングを狙ってザビーダが

ジークフリートを撃ち込んだ。

 伝承を起こした術式通り、意思の力を撃ち込まれたハウンドドッグは無理矢理魂を剥

がされ、その生を閉じる。

 大切な2発を数えなくても、残り少ない銃弾。

 ビエンフーがドラゴンとなった事で、新しい意思の弾丸を創る事が出来なくなってし

まったのだ。 

 それでも、ザビーダも私も躊躇なくジークフリートを使う。 憑魔へと堕ちた者への

優先度など存在しないからだ。 例え弾丸が尽き、ドラゴンを殺す事が出来なくなった

としても──。

 ──ないすしょっと。

「任せときなって。 んじゃ、明日くらいにゃ向かうとするかね……アイゼンの野郎の

元に」

 ──その前にレディレイク行かない? タリエシンがぐしゃっとなったせいで、元の

ねこにんの里への入り口が潰れちゃってたんだけど……さっき開いたみたいなの。 

437 dai san jur ichi wa reihou de no dekigoto

「……」

 ──最高級心水、奢るよ?

「はァ……。 行くか」

 ──うん。

       「で? どこだって?」

 ──……開いてない……だと……。

「口調変わってんぞ。 心水が飲めないのがそんなにショックかよ」

 ──1100年待ったのに……。 割合楽しみにしてたのに……。

「割合かよ」

 ──おかしいなぁ……。 さっきダークかめにんの気配がここで消えるのを感じた

438

んだけどなぁ……。

「んじゃタイミングが悪かったって事だろうよ。 よくある事だろ? サムサラサン

よ」

 ──さんはいらない。 そうだね、よくある事だね。 なんか聖堂の方がやけに穢れ

の気配が強いのも、よくある事だよね。

「そーそー……って、そりゃあ……あぁ、よくある事だな。 特に最近は」

 ──ソウダッタネ。

       一日経って、ゼンライの領域の余波だった雷雲が完全に引いた。

「さてぇ……行くとしますかね」

 ──うん。 ザビーダ、分かってると思うけど……。

「アイゼンの野郎との戦闘なら参加しない、だろ? わーってるって」

439 dai san jur ichi wa reihou de no dekigoto

 ──私が手を出す事が出来ない存在は他にもいるから、基本的にはザビーダ1人で

戦ってもらうことになるかな……。 回復はするけど。

「むしろストラップに徹してくれてもいいんだぜ? 俺はそんなに弱くねェよってな」

 ──ふふ、そうだったね。 それじゃあ。

鼠やつ

「……あぁ。 うろちょろしてる

もついでに……な」

 ──うん。

         「『ルズローシヴ=レレイ』!」

 叫び声ではないけれど、しかし辺りに響き渡る声。

440

 人間と天族の声が全く同一に重なった──私達からすれば、凡そ700年ぶり程聞い

ていなかった懐かしい響きだ。

 霊峰へと続く細い崖道の中腹辺り。 かつて……約200年程前までは信仰対象

だったこの霊峰を祀る祠の辺りで、荒れ滴る水の気配と燃え盛る火の気配、そして──

行っては戻るを繰り返すこの世界の中で、極めて稀なケースと言える……新しい気配。

 魂の根底に、一切の穢れ無き文字通りの純粋である人間。

 導師の姿が、そこにあった。

 対峙するはマウンテントロール。 腹を出した血色の悪いゴリラ憑魔だ。

 ちなみにこのトロールは唯一種。 レイフォルクにはベルグフォルクという割合血

色のいいゴリラっぽい憑魔がいるが、マウンテントロールと呼ばれる種はこいつだけ。

「ちっ……見てらんねーぜ、ボーヤ達ィ!」

 ──アイゼン、捕捉。

「このザビーダ兄さんが、お手本って奴を見せてやるぜぃ!」

 ──きゃー、ザビーダ兄さーん。

 ちなみにとても今更ではあるのだが、ジークフリートを頭に打ちこむのは『意思を増

幅させる』という効果があるからだ。 天族と人間では脳の創りが多少違うが、意思を

持つのが頭である事に変わりはない。 

441 dai san jur ichi wa reihou de no dekigoto

 兎にも角にも増幅されたザビーダの霊力は、実際に風となって周囲に余波を齎す。

「ルードネスウィップ!」

 特に呼びかける事も無く、単にダメージを入れるザビーダ。

 そして、

「──」

「いけません!」

 ライラが叫ぶ。

 装填、完了。 ふぉいあー。

 ジークフリートとブリュンヒルデを別たった伝承のように、魂を剥ぎ取る弾丸がマウ

ンテントロールに直撃する。

 そのまま、マウンテントロールは力なく生を閉じた。

「殺……した……?」

「貴様ッ!」

 ところで、私は今ザビーダの腰に括り付けられているわけで。

 先のルードネスウィップが目の前で荒れ狂うわ、今はミクリオとスレイに睨み付けら

れているわ。 まぁ見ているのはザビーダなんだろうけども。

 あとライラの視線が一瞬たりとも私へ向かないのは、もしや忘れてる、なんてことは

442

無いよね。

「サムサラ、手ェ出すんじゃねェぞ?」

 ──え? あ、うん。

 ボソっと囁かれた声に驚いて反応する。

 聞いてなかった……。

 いつのまにか導師御一行との戦闘が始まっていた。

 しかしまぁ、手加減も手加減という所か。

 いつかの戦い……アイゼンとベルベット達の戦いと、奇しくも同じような立場にいる

私だが……なんだろう。 あの時は視界にすら入っていなかったという点で気づかれ

ないのは当たり前(まず自分から視界に入ろうとしていなかった)だったけど、今回は

がっつりと視界に入って且つ本当にストラップと思われているのだろうか……。

 まぁそう誤認させるようにだらーんと四肢を投げだしているせいもあるのだろうけ

ど。

「双流放て、ツインフロウ!」

「へぇー?」

 ミクリオの杖の先から水流が放たれる。 が、ザビーダは少し横に移動する事でそれ

を避けた。

443 dai san jur ichi wa reihou de no dekigoto

剣つるぎ

「てぃ! はぁ! 

の牙!」

「ほぉー?」

 虎牙破斬。 どこぞの腹出し猟師のモノに似ているソレは、しかし儀礼剣では然程の

威力は出ない。 何故行く先々に儀礼剣を売る店があるんだろう。

「ライラ、変わって!」

「我が火は灼火! フォトンブレイズ!」

「おぉっと、そりゃ不味い!」

 ライラの天響術はしっかり避けるザビーダ。 まぁ、史実と違ってライラの力は10

00年を生きぬいたソレだからなぁ。

 そもそもザビーダは風の天族。 火には弱いわけで。 まぁ弱点としては描かれな

かったけど。

「『フォエス=メイマ』!」

 しかし、ザビーダが避けたのを好機に思ったのかライラとの神依化を行うスレイ。

pahoes

フォ

malma

 

。 カノヌシの残滓であるならば、妥当な真名と言ったと

ころか。

 炎の聖剣を大きく奮うスレイ。

「『燃ゆる弧月』!」

444

「『剥ぐは炎弾』!」

「『朱の新月』!」

 連撃。 熱い熱い。 こっそり自分にだけ結界を使う。

「タァンマ! タンマ! わーるかったわーるかったって!」

「!?」

 小物臭のする声でザビーダが言う。 演技派ダナー。

「もうこれくらいにしようぜ?」

「そっちが仕掛けてきたんじゃないか……」

「だから悪かったってば。 俺は敵じゃないって。 もういいだろ、な?」

「はい。 私達が争うのは無益ですわ」

「さっすがぁ、話が分かる。 俺たちが目指している事そのものは同じなんだし、な?」

 まぁ、この連鎖を断ち切るという意味では……いや、そうじゃないか。

 彼らは鎮めて救いたい。 ザビーダは殺して救いたい。

 私は戻したい。

 あれ、私だけ違うじゃないか。

「知りません」

 心の声を否定された。

445 dai san jur ichi wa reihou de no dekigoto

       「青いねェ……。 昔の自分でも見てるみたいだ」

 ──そう? 今のザビーダも十分若いよ。

「アンタと一緒にされちゃあ構わねえよ! ってか、ライラちゃんお前の事見てなかっ

たよな」

 ──ザビーダも気付いた? ……忘れられてるのかな。

「ま、1000年前の事だしなァ。 あれ、っつーことはライラちゃんはまだニャバクラ

入れねェんだな」

 ──ザビーダは入れるでしょ? ほら、ねこにんの里探しに行こうよ。

「まだあきらめてなかったのかよ……」

446

dai san jur ni wa taiju n

o ue kara konnichiha

   マーリンドに地の主の加護が与えられた。 

 憑魔と化し、ドラゴンパピーへとその身を転じていたロハンを浄化し、地の主の役割

を持たせた。

 おかげで私が領域を出す必要もなくなったし、憑魔も綺麗さっぱり鎮められたのだ

が。

 現在私は、マーリンドの大樹の上にいる。

 ぽつんと。

 1人で。

 久しぶりの1人旅状態だった。

  

が・

尾行つ

 というのも、こそこそと私達

けていた風の骨の口から『ティンタジェル遺跡群』

447 dai san jur ni wa taiju no ue kara konnichiha

という言葉が出てすぐ、ザビーダは私を大樹の上の置いてこう言ったのだ。

悪わり

ィけど、ちょっと1人にしてくんねェか』と。

 そう言われてしまえば私は引き下がるしかない。 昔はいばら姫を集りに行ったと

いう前科があるとはいえ、今回のは恐らく……本当に1人で浸りたい目だったと思うか

ら。

 まぁ、1000年も一緒に居たワケで。

 どうせだから、という理由でを付けて私は、

 ──じゃ、ここでお別れだね。

 と交信してみればあら不思議。

 ザビーダは一瞬驚いたような顔をして、次に意を決したような顔をして、最後には神

妙な顔つきになって、

『あぁ……世話ンなったな、サムサラ』

 と。 それだけ言って、身体を風に包んで去って行ってしまった。

 まぁ別れるのはいいんだけど、何故ああも……今生の別れ感を漂わせていたのか、と

ても気になる次第だ。

 回想終了。

 

448

経緯いきさつ

 とまぁ、こんな

があったワケで。

 私の眼下にいるロハン……ではなく、『セット』されたらしいアタックに、声を掛けて

みる事にした。

      ──ノルミン・アタック。 ディフェンスと一緒に出てきた世界は、やっぱり辛い事

だらけだった?

「!?」

 視界の隅で、アタックがガクンと頭を上げる。 あ、ヘルムが地面に刺さった。

 あぁいう動きをするからアタマデッカチ族とか言われるんだろうなぁ。

「だ、誰や? ウチの頭の中に話しかけとくるんは……」

「どうしたんだ?」

「誰かが……誰かが頭ン中で声かけてくるん!」

 ──あれ? ……あぁ、そうか。 あの時は顔合わせしなかったんだっけ。

449 dai san jur ni wa taiju no ue kara konnichiha

「ま、またや!」

「……憑魔か?」

 さて、無為に脅かしていないで降りるとしよう。

約1100年

 

使っていなかったが、一度覚えたコツを忘れるほど鳥頭ではない。

 ──誘惑の罠張り巡らせ、我が懐中に。 トラクタービーム。

 足元と頭上にそれぞれ弱いものと強いものを発生させ、ゆったり降りる。

 まぁ身体が軽いからこの程度の高さから落ちた所でどうにもならないのだが、気分と

言う奴だ。

「む……? ノルミン、か?」

「はぇ〜……お姉さんはん、見たことない顔やけど……」

 ──1000と少し前、災禍の顕主ご一行がノルミン島に訪れたのは覚えてる?

「ま、また声〜!? ……あ、もしかしかてて、お姉さんはんの声なん?」

 ──そう。 この方法でしか喋れないから、ごめんね。

「そうなんかぁ……。 それで、災禍の顕主ご一行っていうとー、もしかしかてて、ビエ

ンフーはんやグリモ姐さんが来やはった時ですかぁ?」

 ──うん。 その時に私もいたんだけど……覚えてないかな?

「すんまへん〜、覚えておりません〜」

450

 ──まぁ、直接顔を合わせてないから仕方ないよ。 ……それで、アタック。 ディ

フェンス達と一挙してノルミン島の外に出てみて……やっぱりあそこに帰りたいと思

う?

「……確かに楽しい事やけほななくて、辛い事悲しい事もたんとおしたやけど、やっぱ人

間はんの役に立つん好きやし、なんよりうちは芸術が好きですねん。 やさかい、今す

ぐに帰りたいとは思居りません」

 ──そう。 なら良かった。 若い子達を守るのは、年長の役目だからね。 あなた

達が楽しんでるなら……それでいいよ。

「……お姉さんはんの名前、おせてくれまへんか?」

 ──サムサラ。 ミヤビより年上……って言ったら、思い出すかな?

「ミ、ミヤビはんより……!? そらフェニックス兄さんと同い──」

 ──その名前は、禁句。 まぁアイツも旅してるみたいだし……いずれ会わなきゃな

らないんだろうけどね。

「……アタック。 先程からずっと独り言を言っているみたいだが……どうかなっち

まったのか?」

「あれ、ロハンはんには聞こえてないんかぁ〜?」

交信コ

 ──私の

は、一度に1人にしか繋げられないの。 ごめんね。

451 dai san jur ni wa taiju no ue kara konnichiha

「サムサラ姉さんが謝る事ないはずや〜」

 サムサラ姉さん。

 懐かしい響きだ。 ビエンフー。 そして、ベンウィックやアイフリード海賊団の仲

間達。

 確かもっと過去にも、私をそう呼ぶ者がいたような……。

 アレは誰だったか……。

「姉さん?」

 ──何?

「なんか悲しそないな顔をしいやおいやしたさかい」

 ──ふふ、ありがと。 若いナイトさん。

「……ノルミンの表情……。 口元以外での判断方法があるのか……」

 ──失礼。 目元とか口元以外も、よーくみればみんな違うんだよ?

「ッ!? 声が……!」

「わぁ〜、ほんまやぁ〜。 ウチには何も聞こえへん〜」

「聞こえてないってのか……?」

「姉さんの声は、1人にしか聞こえへんらしいんよ〜」

 ──そう言う事。 初めまして、加護天族ロハン。 昇るモノ。 私はサムサラ。

452

「サムサラ……。 聞いたことがある……確か……」

 お?

 もしや、マギルゥが広めたという噂か?

「異海に渡ってはツマミを求め、酒を飲み、数十年は自分で歩かない怠け者……」

 ほう。

「その天族の名をサムサラ。 かつてこの世を征した大海賊アイフリード海賊団の食材

庫を器にした世界一食い意地の張った天ぞ、」

 ──始まりと終わりを知らず時の狭間に遊べ、ストップフロウ。

「k……u……」

 ──アタック。 それじゃ、元気でね。

「はい〜、サムサラ姉さんも御達者で〜」

 ──誘惑の罠張り巡らせ、我が懐中へ トラクタービーム。

  こちらへ手を振ってくれているアタックに手を振りかえしながら考える。

 最後の器のくだり以外合っている辺り、確実にマギルゥの仕業だな……。

 ロハンには完全なる八つ当たりだったが、まぁあと1時間くらいしたら解けるから安

心してほしい。

453 dai san jur ni wa taiju no ue kara konnichiha

 仕返しするには……ふっふっふ。

        「装備品のスキルについて教えてほしいんだ!」

 いや、まぁ。

 いつかは相見えるだろうなーとは思っていたけれど。

 こんな往来で、人の目のあるところで、天族と会話を始める導師と出会うとは思わな

かった。

 出会うとはいっても、私は樹の上なんだけど。

 ただエドナがキョロキョロしてはたまに私のいる樹を見ている辺り、ノルまっしぐら

が働いてるんじゃないかと思う。 ノルまっしぐら……私にも効いたんだなぁ。

454

 相変わらず、というか多分あっちは今生の別れみたいな別れ方をしたと思い込んでい

るザビーダは当然帰ってこないし、そろそろトラクタービームで他の街へ行ってみよう

かなーという所でこのご一行を発見した次第だ。

 ザビーダには見せない、つまり私も史実以外では見た事の無い信頼或る毒舌が導師様

たちを突き刺していく。

 うーむ。

 いや、別に特に隠れている意味は無いのだけれど……私のスキルを彼らの付与する事

は出来ないワケで。 ついでにぶら下がってるにも拘らずこちらを目線で追ってくる

フェニックスにも会いたくないワケで。

 どうにかして退散したいのだが、動けば見つかるのが関の山。

 御世辞にも私の移動速度は早いとは言えない。 トラクタービームは瞬時の方向転

換には向かないし、瞬間出力を上げる事は出来ても射出速度まで上がるワケじゃない。

 つまるところ、ミボの矢のようなものが大敵なのだ。 だからライフィセットやザ

ビーダに引っ付いて機動力を補っていたわけだし。

「! 近くにいるわね……!」

 わっほい。

 ちょっと様子を見ようと思ったら感知された。 おかしいな……史実におけるこん

455 dai san jur ni wa taiju no ue kara konnichiha

な序盤で、サポートタレントのレベルはそこまで上がっていないと思うのだけれど

……。 更に私は隠匿の聖隷術……もとい、天響術を使っているワケで。

 それすらをも貫く感知能力だというのだろうか。 ノルまっしぐら……侮れない。

「あれ、ロハンさん?」

「d……e……a……r……」

「であー?」

「であー、ですか? うーん……ここであーったが100年目! であー参ろう! な

んて!」

「無理有り過ぎ。 それに、100年は生きすぎ。 30年とかでいいでしょ」

「u……t……o……k」

「うとく?」

「スレイ、何か様子がおかしいぞ。 何かの術がかかっているのかもしれない。 ライ

ラ!」

「うとく……うとく……? あ、はい! なんでしょう、ミクリオさん」

「なんでしょう? じゃなくて! ロハンさんに何か術がかかってないか見てくれ。 

あと、エドナはアタックを探してくれ!」

「頼みごとばかりね、ミボ。 でも自分は何もしないのね、ミボ。 良い御身分ね、ミボ」

456

「そういう意味じゃない! どうして君はそうやってすぐに曲解するんだ!」

「自分の説明下手を私のせいにするのね、ミボ。 ま、いいわ。 優しい私が探してあげ

る。 あなたはそこで何もしないで腕を組んで足を組んで座ってるといいわ」

「僕も探すよ! 探せばいいんだろ!!」

「ライラ、どう?」

「コレは……無属性の天響術ですわ。 それも、相当高位の術者がかけた……。 時間

を遅くする術ですね」

「時間を!? そんな術があるの?」

「はい。 今は失われた術です。 でも、アイテムのアワーグラスでも同じような事が

できますよ」

「へぇ〜……ライラは物知りだなぁ」

「いえ、それほどでも……。 しかし、この術をロハンさんに掛けた理由がわかりませ

ん。 この術は本来、敵の動きを止めてその隙に攻撃・回復を行うための術なのですが

……」

 ハッ。

 エドナがいない今なら、逃げられるじゃないか。

 しかしコレ、ロハンのストップフロウが切れるまで居座られたらどうなるんだろう。

457 dai san jur ni wa taiju no ue kara konnichiha

 犯人が私だとわかったとして……追われるのだろうか。

 や、まぁ……それは特に問題ではないのだけれど。

 ただ、まぁ。

 私もノルミンとして、はんなりほちゃほちゃ生きていたいと言う欲求はあるわけで。

 追われ続けるのは嫌だなぁ。

 いっそのこと捕まっちゃう──のは、ダメなんだった。

 むーん。 どうしたものか。

「連れて来たわよ。 あら、どうしたのミボ。 手ぶら?」

「仕方ないだろ! 僕にはノルミンの位置なんてわからないんだから!」

「また言い訳? ねぇ、言い訳なの、ミボ」

「言い訳していいわけ? なんちゃって!」

「ハハ……2人とも、そのくらいで抑えて抑えて。 それでアタック。 ロハンさんが

こうなった理由、わかる?」

「スルーされました……」

 ──アタック。 私の名前を出さない感じでお願い。 あと体色もダメだから。

「へぇっ!? あ……」

「どうしたんだ? 急にキョロキョロしだして」

458

「敵か? スレイ、穢れの気配は?」

「え? いや……特に増えてはいないけど」

「敵が憑魔とは限らないわ、ミボ。 ザビーダみたいなのだっているんだから」

「……まともな事も言うんだな」

「それで……アタックさん、理由を教えて頂けませんか?」

「えっと……えとな? ロハンはんが、通りかかった天族はんに、『世界で一番食い意地

の張った天族』なんて失礼なコト言いはってな?」

「まぁ……」

「しかもそん人はおなごはんやったさかい、余計に怒ったんやと思う……」

「それは因果応報ね。 コイツが悪いわ」

「うーん……それは俺も擁護できないかなぁ。 ハハ、食い意地の張ったは言い過ぎだ

と思う……っていうか、聞こえてないのか」

「女性にそんなことをいったら怒られて当然ですわ! スレイさん? あなたはそうい

う人にならないでくださいね?」

「うん。 ジイジに女の子には優しくしろってキツく言われてたし……。 もし間違っ

てることが在ったら、しっかり教えてね、ライラ、エドナ!」

「ふふ……やっぱりスレイさんは純粋な心をお持ちですわ」

459 dai san jur ni wa taiju no ue kara konnichiha

「そうね。 少し馬鹿すぎるキライはあるけど……少なくとも、ミボよりは純粋だわ」

「やっぱり飛び火するのか……来ないと思ってたら」

「何? 待ってたの? Mなの? ドMなの? 実はドMってドミボの略なの?」

「違う! あーもう!」

 一行は騒ぎながら村の南口の方へと歩いて行った。

 ロハンは完全に濡れ衣感あるけど、噂とはいえ女性に食い意地の張ったなんて言っ

ちゃいけないと言う事を学べたよね。

 ──アタック。 パーフェクトだよ。 お礼に、君に良い物をあげよう。

「そないなこと言われても、うちは正直に話どしたやけど?」

 ──その純粋さを捨てなければ、もう大丈夫だよ。 それじゃ、ありがとね。

 ダムノニア美術館に1つ。

 グリュウネのミヅガメを、送っておいた。

 かめにん郵送で。

460

dai san jur san wa toumei

 no kagayaki

   目を覚ましたら、導師一行は去っていた。 

 うん。 眠ってたね。

 伸びをするほど長くない手足で、それでも伸びの真似をすれば、心無しかスッキリし

たように感じる。

 周囲一帯は緑一色。 ザビーダに会えるかなーと思ってやってきたヴァーグラン樹

林の樹木たちの天辺。 結局ザビーダはいなくて、風が心地よかったから眠ってしまっ

た次第だ。

 北東の方にヘルダルフの領域を感じる。 生前に姿を確認してないから繋げられな

いなぁ。 繋げる意味もないのだけれど。

 ロゼ・デゼル・スレイ・ミクリオ・ライラ・エドナと、私のいる場所の右下あたりに

6人とも集まっているのがわかっている。 あそこはテオドラの……。

 まぁ、私が気にする事でもない。

461 dai san jur san wa toumei no kagayaki

 それよりも……ラストンベルに行こう。 あそこにはかめにん天族が幾人かいるか

ら、心水も貰えるだろうし。

 トラクタービームを発動させて、浮かび上がる。

 ……アルヨネ?

       

純心水

じゅんしんすい

通つう

「はい、1050年モノの

ッスね。 コレを知ってる辺り、お客さん……

ッス

ね!」

 ──1100年モノはないの?

「あー、1100年モノは1050年前と1071年前に全部飲まれちゃったんスよ。

 えーっと……購入者は、ロクロウ・ランゲツさんとアイゼンさんッスね。 どっちも

人間じゃなかったッスから、もしかしたらまだ所持している可能性もあるッスけど……

462

探してみるッスか?」

 ──……ううん。 多分、その場ですぐに飲んじゃったと思うよ。 じゃ、1050

年モノ買うね。 いくら?

「1億ガルドになるッス! ……と、言いたいところなんスけど……、これを800年ほ

ど前に委託してきた酒業者さんから、「もし飲みたいと言ってくれる人がいるならば飲

ませてやってほしい」と言われてるッスから……。 信用第一のかめにんとして、

依頼主

クライアント

の意向は無視できねぇッス! なんで、0ガルドッスね」

 ──いいの? お金くらい、払うけど。

「いやー、それは受け取れないッス! これでも商人。 かめにんとしての矜持があ

るッスから! じゃ、コレがラストンベルの純心水になるッス」

 そう言ってかめにんが甲羅から出したのは、空のワインボトル。

Wウ

nahitgi

coti

コッ

ティ

 ラベルには『

 

 

』という文字。 更に右下に小さく、s

toneberryと書かれている。

 ……いや、空じゃない。

 恐ろしい程の透明度が、まるで何も入っていないかのように感じさせているだけだ。

 光の屈折が大気と同等の、究極の心水。

 知らず知らずに唾を飲み込み、かめにんの手からソレを受け取る。

463 dai san jur san wa toumei no kagayaki

 想像以上に重い。 いや、空のワインボトルを想定していたからか。

「あ、それと……この辺で、真っ黒な甲羅をしたかめにんを見かけなかったッスか? も

し見かけたら連絡してほしいんスけど……」

 ──消し去ればいい?

「い、いや! こっちで粛清するッスから……。 じゃ、これからもかめ屋を宜しくお願

いするッス!」

 ──うん。 ありがとう。

 早い所飲みたい。

 ……けど、まだだ。

 ワインボトルを帽子の中にスーッと入れる。 大分ゴチャゴチャしてきたな……。

 これを飲むのは、もう少し後。

  純心水をしまい、私は足元に置いたアンバーの輝きを持つ琥珀心水の栓を抜く。 

きゅぽん、という良い音がして、からい匂いが漂ってくる。

 ゴーンゴーンとラストンベルの大鐘楼が鐘を鳴らす。

肴さかな

 その音を

に、琥珀心水を呷った。

 あーっ……美味しい……。

464

 久しぶりの心水は、身体の奥底まで染みわたった。

        「そこのノルミン。 昼間から酒盛り? 良い御身分ね」

 なん……だと……!?

 いやいや、ここラストンベルの大鐘楼の真上なんですけど。

 何故youがそこにイルンデースか。

「無視? ていうか、あなた見た事あるんだけど……。 具体的には、軽薄チャラチャラ

半裸男の腰あたりで」

 ……どうしよう。

 ここで同行するとなると、どこぞのロハンに止まってもらった意味がなくなるという

465 dai san jur san wa toumei no kagayaki

か。

 あと傘に着いてるフェニックスが私の酒盛り姿をみて溜息ついてるのが非常に──

というか。

「そう、あくまで無視するのね。 凡霊の分際で……」

 ──お……琥珀心水、飲む?

 ほら、見た目は幼くてもこの子確か1300歳とか1400歳とかだったはずだか

ら。

 わー、つめたい目。

「今の声、そこのノルミン?」

 ──うん。 この方法でしか喋れない。

「そう。 で、アンタの名前は?」

 ──サムサラ。

「ノルミンとしての名前の方を聞いてるの」

 ──教えられない。

「……へぇ。 で? あの軽薄チャラチャラ半裸変態男との関係は?」

 あ、増えた。

 ──天族同士。

466

「それは知ってる。 なんであの男の腰に付いていたのかを聞いてるのよ」

 ──自分の足で歩くのが面倒だから。

「……自堕落極まりないわね。 ノルミン・スロウスね」

 ──前も言われたなぁ、ソレ。

 懐かしい。

「……はい、コレ」

 ──?

 そう言って差し出されたるは結い紐のようなモノ。

「歩くのが面倒なんでしょ? だったら傘に吊るして運んであげるわ」

 Oh…それはフェニックスと同じになれという事ですか。

 出来ない事は無いけれども。 

 うん。 ヤだ。

 ──誘惑の罠張り巡らせ、我が懐中へ! トラクタービーム!

「なっ……!」

 ──またね、エドナ。 その心水は置いて行ってあげるから……。

  重ねがけで退避する事に成功した。

467 dai san jur san wa toumei no kagayaki

    《!》サブイベント 空飛ぶノルミンを追って

「あれ、エドナ。 どこ行ってたの?」

「逃げられたわ。 ノルのくせに……」

「……おい。 お前、その手に持っているのは……」

「これ? ノルが置いて行ったものよ。 琥珀心水とか言ってたかしら」

菱鉱心水

インカローズ

「こ、これは……! 最高級酒の『

』!? エ、エドナさん……これをどこで手に

入れたのですか!?」

「だからノルが置いて行ったって言ったでしょ。 話聞いてる?」

「……? ミクリオ、心水ってなんだ?」

「お酒の事。 スレイはまだ飲めないよ」

菱鉱心水

インカローズ

……樽の中に上質の琥珀と水を入れ、その水がアンバーの輝きを持ち始めた

辺りで、地下深くでしか育たないと言う専用の大麦を細かく砕いたものを投入。 それ

を半年ほどかけて濾過し、煮沸。 更につる性の特殊な植物を入れ、冷却。 さらに果

468

実などから抽出した酵母を入れ、数十日貯蔵。 それを濾過する事で漸く完成する、手

間と暇をこれでもかとかけた琥珀心水……だったな?」

「デ、デゼル……詳しいんだね」

菱鉱心水

インカローズ

「しかも! この

を創ることが出来る琥珀は、何故か世界に7つしか生成でき

ないんです。 8つ目を造ろうとすると輝きが失われ、ただの琥珀に戻ってしまうと

菱鉱心水

インカローズ

か。 さらにさらにぃ! この

を創る事の出来た7人の酒造業者の内、3人は

亡くなってしまっていて……現存している4人のみが、気まぐれで出荷する事から値段

が倍も倍も倍に! 流通数自体が少ないですから、滅多にお目にかかれるモノではない

んですよ!」

「……ライラもテンション高いね」

「デゼル、君はお酒はいけるのか?」

「あぁ。 お前も水の天族なんだ、酒くらいどうということはないだろう」

「無理じゃない? ミボはおこちゃまだし」

「確かに苦手だが、君に言われたくはない! 君だってお子様だろう!」

「は? ……私はこれでもライラより年上なんだけど」

「え?」

「え」

469 dai san jur san wa toumei no kagayaki

「……そろそろ1400歳になるかしらね。 で? 私がお子様なら……ミボは赤ちゃ

んかしら。 その辺の水の霊力かもしれないわね」

「……おい、ライラ。 あいつの言っている事は……」

「本当ですわ。 デゼルさんはおいくつでしたっけ?」

「……600くらい……な、はずだ。 昔の事は……あまり覚えていない」

「あら、ではスレイさんとロゼさんとミクリオさんの次に若いという事ですわね!」

「へぇ、デゼルってそんな若かったんだ。 あ、でも人間からしたら600歳って……う

ん、やっぱりデゼルはおじいちゃんだよ!」

「……なら、ライラやエドナはバ……」

「デゼルさん?」

「いや、なんでもない。 ペンドラゴへ行くんだろう。 とっとと行くぞ」

菱鉱心水

インカローズ

「あ、デゼルさん! ……行ってしまいました……。 では、この

は私のものと

いう事で……」

「いいんじゃない? 私もお酒は飲まないし」

「僕もスレイも飲まない。 ロゼも飲まないだろう?」

「飲めるけど……ま、好き好んで飲むモンじゃないね」

「じゃあライラ。 いつも頑張ってるから、ご褒美って事で!」

470

「……ありがとうございます」

「飲みかけだけれどね」

471 dai san jur san wa toumei no kagayaki

dai san jur yon wa kireta

 shato

   凱旋草海。 元の名をアルディナ草原というココは、地脈円や地脈のラインが集中し

ているせいで非常に起伏の激しい地形に成ったり、逆に平坦で何もない地形になったり

と忙しい場所だ。 現在はある程度平坦……でもないかなぁ。 まぁねじまき岩みた

いなのが無いだけ平坦と言えるのだろう。

 そして大地に刺ささった斜塔。

 思い出されるは700〜800年程前にかけて地脈の集中が激しくなり、大地が割れ

かけた事があった。 まぁ正確に言えばしっかりと割れているのだが。 他の場所が。

 ともかく、その大地が割れる寸前まで来てしまったココを、当時の聖隷が集って特殊

な聖隷術を用い、結合……もう少ししっかり言うと引き合わせるような作用を起こした

のだ。

 その名残である支柱こそがこの斜塔の正体であるのだが……。

 すっぱりと。

472

 それはもう見事に切断されている。 これほどまでの太刀筋は、それこそシグレ・ラ

ンゲツ程の剣豪でなければ造り出せないだろう。

 聖隷術を使ったりしなければ。

 まぁ、御分かりであろう。 この切断面と広域加減は、私とザビーダの天響術による

物だ。 

 現在眼下で目を輝かせながら騒いでいる導師と若い天族には非常に申し訳ないのだ

が、とくに意図があって崩したというわけではなく他の目的の余波で起きた事なので

……こう、あれだ。

 知らない方がロマンは大きいというものである。

  さて、ここにはノルミン・プライムとノルミン・ゲインがいる。 その内ゲインの方

は発見されたのだが、プライムは珍妙な場所にいるせいで彼らに発見されていない。

 や、まぁ発見されないならされないで良いのだが。 49人見つからなければフェ

ニックスは動き出さない……と、思うし。 多分。

 プライムもプライムで、ノルミンらしいノンビリとした性格もあってかのほほーんと

日向ぼっこしているだけのようだし……。

 とはいえ無視して去る程、私は目的に追われていない。 丁度導師一行は穢れの坩堝

473 dai san jur yon wa kireta shato

に夢中のようなので、少しだけ周辺の噂なんかを聞いてみようと思った次第だ。

 いつも通りトラクタービームでいい感じにフワっと降り立つ。

「あれー? 空さかいおねーさんはんが降ってきたんや〜」

 ──こんにちは、ノルミン・プライム。

「なっと聴おいやした事んおす声が聞こえます〜。 もしかしかててサムサラはんです

か〜?」

 ──あれ、私会った事あったっけ。

「1000年程前に歓迎ん挨拶をどしたんどすけど、覚えとりませんか〜?」

 ──覚えてる。 アレ、プライムだったんだ。 ううん、島を出てからプライムに

なった……のかな?

「わかるんですか〜? 流石ですなぁ〜」

 ──あの島に居た子達はニュートラルが多かったからね……。 ともかく、久しぶ

り。「お久しぶりです〜!」

  ノルミンというのは非常に奇特な存在だ。 いつかライフィセットが母について問

うた時にも触ったが、他の地水火風の天族とも無の天族とも生まれ方が違う。

 天族は清浄な場に清浄なる霊力が集う事で世界に顕れる存在だ。 霊峰だったり人

474

の寄り付かない森の奥地だったりと様々だが、往々にして地脈の上であることがあげら

れるだろうか。

 その『清浄な場』の最たる場所が天界だったというのはまぁ今語るべき事ではない。

  そんな天族の中の種族の一つとしてノルミンも数えられる。 しかしながら、ノルミ

ンの生まれ方は所謂『普通の』からは離れたモノであるのだ。

 ビエンフーの例がわかりやすいだろうか。

 彼は人間の勇気が集結した存在であり、同時に人間から勇気を引き出すという役割を

持っていた。 他のノルミンも同じことだ。

 ノルミンは人間の願いの結果生まれる。 彼らが踏み出す勇気を持った時にブレイ

ブは生まれたし、無くした時にブレイブはいなかった。 遥か過去に持っていた時ブレ

イブはいたけれど、それはビエンフーではなかった。

 私達の個体名はそういう事だ。 だからこそ、このプライムもまた……何代目かはわ

からずとも、今代の人間から引き出された存在という事である。

 プライムに個体名が無いのは、特に気にしていないと言う事だろう。 ミヤビやビエ

ンフー、グリモワールのような存在でもない限り、わざわざ名前を付け直そうと思わな

い性質であるともいえる。

475 dai san jur yon wa kireta shato

 諸島や島に居た、ディフェンスやアタック達以外の何者でもないノルミン達は、引き

なんにでもなれる

ニュー

出される前の存在……つまるところの

なのだが、それすらも気にしな

いでほちゃほちゃしている辺りが彼らの『ノルミン具合』が窺い知れるだろうか。

 「あれ、どなたかがこっちゃに来はるみたおすよ?」

 ──ん……。 エドナだ。

「ほぁ〜……あれ、サムサラはん?」

 ──それじゃ、またねプライム。 それ置いていくから……口止め料。

「??」

 トラクタービームで浮き上がる。 エドナの接近に何故気付けなかったんだろう。

 そういえばラストンベルでもそうだった。

 導師他天族やロゼは気付けるのに……エドナだけ、自然と私の近くに来る気がする。

 謎だ。

   「……チッ」

476

「いきなって舌打ちなんて、どないん?」

「……ここに、さっきまで他のノルミンがいたでしょう。 隠しても無駄よ」

「あれ〜……もしかしてサムサラはんとお知り合いですかぁ〜?」

「知り合い? ……そうね。 ストーカーの腰巾着としてなら知っているわ」

「へえ。 よおわさかいへんやけど、これどないぞ〜」

「……また酒ね。 そうだ、アンタの名前は?」

「プライム言います〜」

「そ。 じゃ、地の主の元で役立ってもらうわよ」

「はいなー」

 《!》スキット 『赤い薬草』

「あれ、エドナ。 どこか行ってたの?」

「散歩よ。 穢れの坩堝は?」

「ん、しっかり浄化出来たよ。 けど……」

「溜まっている穢れの量が多すぎるらしくてね。 一度浄化しただけでは浄化しきるに

至らないみたいなんだ」

「そ。 ライラはどこ?」

477 dai san jur yon wa kireta shato

「ライラ? うーん、ライラー!! どこー!?」

「いきなり耳元で叫ぶなスレイ! ライラならさっきロゼ達とサフランを摘みに──」

「今、戻った。 スレイ。 これを食っておけ」

「……何? この赤い葉っぱ」

「レッドセージだ。 身体に良い」

「スレイさん? こっちも食べてください」

「……ほんとに身体に良いの? その……明らかに明るすぎる色なんだけど」

「食べなってスレイ。 慣れないと変な味に感じるかもだけど、結構高いんだよ?」

「……はぁ。 ま、デゼルとライラが言うんなら間違いないだろうし……。 ん」

「ミボ。 水を出してあげるといいわ」

「? なんでだ?」

「んんー!?」

「もの凄く苦いから」

「んんんー!!」

 《!》サブイベント 『空飛ぶノルミンを追って2』

「……エドナ。 その手に持っている物は……」

478

「コレ? さっき見つけたノルが持っていた物よ。 ノルに渡したのもノルだけれど」

「……その赤い瓶。 その赤い液体……『緋髪の魔王』か」

「えぇ!? 赤葡萄心水の中でも最高級酒である『緋髪の魔王』ですか!?」

「あ、それ私も聞いた事あるよ! 確か赤葡萄酒は『イリアーニュ』と『緋髪の魔王』が

双肩を並べているんだ、って」

荊の人柱

ロー

「あぁ……。 青い瓶が特徴の『

』という特殊な炭酸水で割ると、何とも言えな

い……まるで2000年の愛が込められているかのような錯覚を覚える酒だ」

「『いばら姫』に勝るとも劣らない、存在自体が芸術として讃えられている最高級酒です

から、異海と呼ばれる今はもう地図も残されていない島々の1つ、『海上火山ソーマ』の

菱鉱心水

インカローズ

麓にある村でしか造られていないというのです。 先日の『

』といい、そのノ

ルミンさんはどのようにしてコレを手に入れているのでしょうか……」

「ね、エドナ。 そのノルミンがどういう特徴あるのか言ってくれればセキレイの羽で

……って、そうか。 天族だからみんなには見えないんだった……。 最近普通の事に

なりすぎてて、忘れてたよ」「一応特徴を言っておくと、藤色の体色に海賊帽を被ったノ

ルね。 ……海賊帽?」

「藤色の体色……? ……どこかで……」

「藤色……。 海賊帽……。 いや、そんな記憶は俺にはない」

479 dai san jur yon wa kireta shato

「アタックもそうだったけど、ノルミンって変な帽子被ってる事多いよねー」

「そうしないと個性がないからよ。 流石凡霊ってトコかしら」

「……エドナさん。 そのノルミンさんの名前……もう一度言っていただけますか?」

「ノルの名前? 確か、サムサラって名乗っていたはずだけど」

「サムサラ……藤色……海賊帽……」

「ミクリオ! もっと水出してくれ!」

「もう十分飲んだだろ! というか、水を飲むより味の濃いご飯とか──」

「ライラー!! ごめん、おやつ作って! さっきの薬草の味が抜けないんだ!!」

「ご飯……ライラ……。 はんら?」

「半裸? あぁ、前に言ってたザビーダの事? そういえばさっきスレイとミクリオが

風の天響術がどうのって言ってたけど、そのザビーダってのもデゼルと同じ風の天族な

んだよね?」

「……そうらしいな」

「じゃああの斜塔はザビーダってのが斬ったものだったりして。 って、そんなワケな

いか」

「……少なくとも、あの切断面からして1人じゃ無理だろうな。 当時の風の天族が全

員で行ったか……。 だが、真相は謎だ」

480

「ザビーダさん……腰……。 あ!!」

「どうしたのライラー。 おやつ作ってくれないかー?」

「……スレイ、これ食べる?」

「エドナ。 えっと……何、この黒い物体」

「お菓子よ。 暗黒物体と書いてダークマターと読むおやつ」

「あはは……い、いただきまーす!」

「思い出しましたわ! サムサラさん……ザビーダさんの腰に付いていたストラップで

すわ!」

「……哀れね、スレイ。 そんなもの明らかに誰がどう見ても食べ物じゃないのに……」

「……」

「君が食べさせたんだろ!? スレイ! 気をしっかり持て!!」

「ストラップ? サムサラってノルミンじゃないの?」

「ノルミンの形をしたストラップですわ」

「……それって、エドナの傘についてるのと同じ感じって事?」

「概ね、間違ってないわね。 空飛ぶけど」

「……ホントかなぁ……」

481 dai san jur yon wa kireta shato

dai san jur go wa attachm

ent get !

  皇都ペンドラゴ。

 オスカー・ドラゴニアを失った王都ローグリンの名門貴族ドラゴニア家。 

 しかしそれでも、当時のドラゴニア伯が跡継ぎであったオスカー・ドラゴニアの兄・ペ

ン=ドラゴニアへと家督を譲る。 

 時のアスガード王家……まぁ簡単に言えばパーシバル王が、ペン=ドラゴニア伯へガ

リス湖道及びアルディナ草原の攻略を命じた。 結果、ペン=ドラゴニア伯はこの攻略

……多大なる戦いと血が流れたものの、勝利。

 とはいえ平和を象徴するアルディナの名は流血の中に消え、人々はその光景と広大さ

から凱旋草海と呼ぶようになったようだ。

 また、ガリス湖道は地殻変動により遺跡の入り口が露出していたり、その名の通り当

時のローグレスの水源だったガリス湖の半分を埋め立ててドラゴニア領となした。

 湖を、ローグレスと隔てるかのように。

 そして見せつけるように──領の中心に、ローグレスと全く同じ構造の噴水を据えた

482

のだ。 ローグレスの水道技術をそのままに、その威を見せつけるかのように。

 また、埋め立てた地は牧草地として活用。 結果ドラゴニア領は凄まじいまでの生産

量を誇る土地となった。

 さらにペン=ドラゴニア伯は周辺の地を攻略し、最後にはローランス帝国始祖皇帝と

いう名にまで登り詰める。

 皇都の名をペン=ドラゴニア伯からとってペンドラゴと改めた。

 聖隷というモノに関して、そして聖隷を天からの遣い……つまり天族である、と言い

出したのがオスカーを慕っていた者達(霊応力がそれなりにあって、天族も見えた)で

ある事からか、1100年経った今でも天族信仰の色濃く残る場所だ。

 これは憶測だが、マオテラスの加護が効いていた時代なので憑魔へと落ちる者の数は

激減していたし、福次効果として絶望しづらい、言い方を簡単にすればやる気の出やす

い時代だった事もこの行動の原動力となっていたのかもしれない。

 そして、ローランス帝国にとっては最良の、ローグレス王家及びローグリン王国に

とっては最悪のタイミングで……ヘラヴィーサやビアズレイ、メイルシオが一塊となっ

た集団、つまるところ北方の遊牧民扱いだった彼らが南下。

 これにより、水源を絶たれ、食事情までもをとられたローグリン王国は敢え無く滅亡。

 これを見たローランス帝国が懐柔目的で遊牧民の王、元・商船組合組長に公爵位と領

483 dai san jur go wa attachment get !

地を与え、北の大国スラガ公国の成立となる。

  なれば、パーシバル王は、アスガード王家はどこへと消えたのか。 ローグリン王国

ごと滅亡した?

 ところがそうは問屋が卸さない。

 パーシバル王とつながりの深かった血翅蝶、そして他ならぬ私達の仲間、エレノアが

パーシバル王

・・・・・・

と・

エレノアの子

・・・・・・

逃亡に手を貸し、パーシバル王、エレノア、血翅蝶、そして

は隣の大陸──まだ地殻変動で繋がりきっていない頃──へと亡命した。

 その場所は当時のブルナハ湖畔──つまり、現在の王都レディレイクだ。

 タリエシンの人々はブルナハ湖畔の水抜きを成功させており、しかしそれを持て余し

ていた所にエレノア達が亡命。 タリエシンにいた血翅蝶が情報操作や印象操作を行

い、彼女らがどういう人物で、どのように悲劇的な事情で逃げて来たのかを埋め込んだ。

 結果、彼女らはブルナハ湖畔に沈んでいた試練の神殿含む水道遺跡近辺を使い、ハイ

ランド王家を再興。 近辺をレディレイク(提案者はレディにライクされるレディライ

クと言っていたが)と名付け、都とした。

 その際心優しい3人の人間、アーヴェル、バード、フゥや、獣医の青年(何故か名は

残されていない)がエレノアを手伝ったらしい。

484

 ザビーダ曰く、春風の家……ザビーダとテオドラに縁の深い家の孤児3人だったそう

な。

  話を戻そう。

 その後、エレノアもパーシバル王も老衰で亡くなり、その子供こそ純真で良き王で

あったものの──その子供が2人の子供を為してしまった事から、激しい政権争いが勃

発する。

 即ち、どちらを次期王とするか。 

 本人たちの思惑も無視して、政治腐敗と共に悲しき争いが起きた。

 その時に2人の子供の内1人が民間へと姿を消し、結果残った1人が王となったの

だ。

 姿を消した方の子供はエレノアから引き継がれた槍術に長けていて、それを惜しんだ

者もいたらしいが……。

 そこから腐敗はさらに進み、ローランス帝国もハイランド王国も穢れに染まりかけ、

首の皮一枚という所で──アイゼンが災禍の顕主と相討ち、ドラゴン化。

 これを受けたマオテラス……心境的にはライフィセットだったのかもしれないが、ほ

ころびかけていたマオテラスの加護が途切れてしまう。

485 dai san jur go wa attachment get !

 その時代をデス・エイジと呼ぶ。

 その後100と80〜90年……今から数えて10数年前、ローランス帝国とハイラ

ンド王国の戦いに飲まれてカムランが滅び、マオテラスが憑魔化。 同時に導師ミケル

の呪いで災禍の顕主が生まれた。

 この際キララウス火山が突如噴火。 スラガ公国とローランス帝国は停戦条約を結

び、スラガ公国は北方へと去って行った。

   と、この1100年間のおさらいをざーぁぁぁあっとしてみたわけだけれど。

 私は今、ペンドラゴ教会神殿にいる。 もっと言えば、最奥に。

 カノヌシ信仰を当時の聖隷及び聖寮が捨て去り、手の平クルーとマオテラスを信仰し

始めた頃に出来た物だから、壁面に描かれた紋様はマオテラスを顕す。

 光と闇……ケイオス・ブルームでも使って見せたのだろうか。

 ペン=ドラゴニア伯は地脈点の事を知っていたのか、はたまた当時の対魔士や聖隷が

それを教えたのか、この教会神殿にも地脈点が存在している。

 ローグレスの地下にあった物に比べれば大分小さいが、やはり地脈点。

 マオテラスの穢れがそのままじわりじわりと流出し、この皇都自体が穢れに塗れてい

486

る。

 こんな場所にいては普通のノルミンでは憑魔化してしまいかねないので、なーぜかこ

こにいるノルミン・バーニングにちょっと細工をしにきたわけなのだが、まぁちょっと

した寄り道で最奥まで来てしまった。

 壁画もさることながら、ここには今なお人間の姿で枢機卿をしているフォートン三姉

妹が末女、リュネット・フォートンである憑魔メデューサと……メデューサによって石

に変えられたセルゲイの弟、ボリスがいる。

 石化は非常に面倒……というと言い方が悪いのだが、私からすると厄介な分類で、

戻ってもいないがここにいるわけでもない、という曖昧な状態だ。

 原初の物語においても石化した人間は出てきたが……状態異常の分類としては、本当

に奇妙なものだと思う。

 何せ硬直している、とかではなく……本当に石化しているのだから。

 ボアなどを石化したら食べられなくなるのだろう。 なんとも酷い状態異常だ。

  さて、寄り道を終えて……バーニングの元へ行く。

 バーニングという名前からどこぞの半身を思い出すが、そんなことはない、普通には

んなりしたノルミンだ。

487 dai san jur go wa attachment get !

   ──ノルミン・バーニング。 何故こんなところにいる?

「ほわぁ〜頭の中に声が〜?」

 といういつも通りのやり取りを経て。

「なんかな〜? こん神殿を創ってる時さかいうちへーたにゃけれど、扉ん方にけった

いな霊力埋め込まれたせいで出れなくなってしもたんや。 やさかいここでんんべべ

たこしいやおいやしたんです〜」

 ──あぁ……そういう。 出る気はある?

「穢れと憑魔がいてる事以外は困ってへんさかいどもないや〜」

 それが一番困る事なのでは。

 ──加護を受けし衣よ名を示せ。 ホーリィヴェイル。

「あれ、なっとキラキラどしたんが出てきたんやけど〜?」

 ──それ、弱い憑魔や薄い穢れなら弾いてくれるから。 

「へぇ、便利ですなぁ。 おおきにでした〜」

 ──ううん。 もうすぐ、導師がここを根本から祓ってくれるだろうから……それま

で頑張ってね。

488

「はい〜」

 やることをやって、先程見つけた赤黄青緑の石版の霊力周波数を真似たものを扉へぶ

つける。

 開く扉。

 ──じゃ。

 私が出ると扉は閉まる。

 シルフモドキの使っていた意思疎通の改良版だ。

 これがもしヴィヴィア水道遺跡のような物理的なしかけであれば私は無力だっただ

ろうが、霊力的な仕掛けだったおかけで素通りする事に成功しているわけだ。

 む。

 その時、サムサラに電流走る。

 すぐさまトラクタービームで身体を天井へと貼り付ける。 ついでにいつかバンエ

ルティア号に掛けた物と同じ、隠蔽と形状変化の入り混じった聖隷術……天響術で、自

身の周りのみに展開した領域を隠す。

 直後、導師一行が入って来たではないか。

 エドナがキョロキョロと辺りを見渡している辺り、司祭を追っているにも拘らずノル

まっしぐらしているようだ。

489 dai san jur go wa attachment get !

 あ、スレイに手を引かれていった。

 しかしまだ油断しない。

 スッと教会神殿を出て、直後。

 恐らく導師一行が秘力の碑文の後ろに消えた直ぐくらいに、強大な領域が発生する。

 リュネット・フォートンの領域だ。

 ついでとばかりに乗せられたサイモンの幻術もある。

 とりあえず自身の領域内にトラクタービームを敷き、離脱。

 一足先に(別に導師一行の旅に同行したいわけではないのだが)カンブリア地底湖へ

と身を躍らせた。

        カンブリア地底湖。

490

 この場所はベルベット達と共に在った時代──まぁ1100年前には終ぞ見る事の

適わなかった場所だ。 とはいえ、この場所自体は遥か昔から存在していた。

 具体的に言えば、私が生まれる前から。

 最初のノルミンたる私とフェニックスは、あくまで人間と共に生まれ出でた存在だ。

誰かさん

 だからこそ、この地に化石として残る……

曰くアノマロカリスという名の

誰かさん

どっちが前なのか後ろなのか分からない生物(

曰く、くるっとした触覚のある

ほうが前らしい)は、私の記憶にはない。 見た事も無い。 美味しいのだろうか。

 コレが今の人間の姿へと転じたらしいのだが……そのあたりの詳しい記憶は持って

いなかった。

 正直コレ、憑魔とさして変わらないような気がする。

  さて、ここにもノルミンはいる。

 というか多分どこにでもいる。 導師の行く先々にはイヌ系が多いようだが、ネコ系

もそこら中に居るんだろう。

  ──ノルミン・テンペスト。 ……あれ。

 

491 dai san jur go wa attachment get !

 あれ?

 いない……と思った瞬間、ガシィ! と。

  私の身体が掴まれた。

 「やるわね、ミボ。 そして捕まえたわよ、ノル」

 バシャッという音がして、私の背後にいきなり気配が出現する。

 導師一行だ。

 目を輝かせている導師スレイ。 両手を頬に当て、まぁ! という様子を全身で表し

ている天族ライラ。 両ひざに両手を付き、肩で息をしている天族ミクリオ。 そんな

ミクリオの肩に手を置いている従士ロゼ。 こちらを凝視する天族デゼル。

 私の身体をがっちりと掴む天族エドナ。

  ……霊霧の衣か……。

 「ほんとに浮いてた! 君が空飛ぶノルミン?」

 導師スレイがキラキラした目で聞いてくる。

492

 Oh……別に飛んでいたわけじゃないでーす。

 ──何用、導師スレイ。

「え? ……今、誰か喋った?」

「何を言ってるんだ? スレイ、君が今自分で問うたんだろ?」

「いや、そうじゃなくて……頭の中に声が」

「このノルの声よ、それ。 その方法でしか喋れないって言ってたわ」

 ──交信術っていうの。 1人ずつにしか繋げられないから、この声は他の人には届

いてないよ。

「へぇー……へぇー……! すっごいな、これ!」

「いや、僕には何も聞こえないんだが……」

「まぁ、まぁまぁまぁ! お久しぶりですわ、サムサラさん!」

 ──久しぶりだね、ライラ。 知識の穴は埋められた?

「……はい。 それでも、知らない事はありますが……」

 ──そういうものだよ。 それじゃ、私はこれで……。

 ガシッ、グイッ、ぐえっ。

「何? 逃げられると思ってるの?」

「……おい、エドナ。 締まってるぞ」

493 dai san jur go wa attachment get !

「エドナエドナ、力強すぎだって……」

 おぉ、この掴む力加減……アイゼンそっくりだ。

 今回こそ霊霧の衣が原因だったが、エドナの接近に私が気付けないのはそういう理由

だ。

 つまり、似ているのだ。 霊力の質も……気配も、アイゼンと。

 アイゼンと共にいた時間が長すぎたのだろう。

 多分ザビーダの兄妹……居ないとは思うが、同質の気配が現れても私は対応できない

と思う。

 慣れが弱点になる……まぁ、エドナが敵に周る事はない……だろうけど?

 ──何用、エドナ。

「ノルとしてアンタの力を貸しなさい」

 ──援護射撃すればいい?

「出来るの? ただのノルが?」

 ──無属性天響術なら。

「……アンタの名前は?」

 ──教えない。

 そろそろ手、離してくれないだろうか。

494

 ずっと振り向き続けるのは首が苦しかったりしなくもないのだけれど。

「……ま、いいわ。 はいこれ」

 ──……遠慮しておく。 

「じゃあどうやって付いてくる気?」

 差し出された結い紐を断わり、視線を巡らせる。

 ぴこーん。

「ミボ? ……まぁ、2つも付けたらバランス取りづらいかしら」

「え、僕がどうしたんだ? エドナ」

 ──ミクリオ。 肩に乗せてほしい。

「頭の中に声が……」

「それがコイツの声よ」

 ──安心して、重さは無いから。

「いや、肩にって……」

「肩に乗せるのね。 それじゃ、はい」

 !アタッチメント:いつでもサムサラを取得しました。

「……案外、軽いんだな」

「いけませんよミクリオさん! それではまるで、重いと思っていたようです! 女性

495 dai san jur go wa attachment get !

に体重の事を言ってはいけません!」

「これだからミボは」

「えーと……上手く飲み込めてないんだけど、その藤色のノルミンが仲間に加わった感

じ?」

「……どうやらそうらしい」

「よろしくな! サムサラ!」

 ──よろしく。

   《!》サブイベント 『空飛ぶノルミンを追って3』

 《!》サブイベント 『受け継がれた二刀小太刀1』

 ──ロゼ・バスカヴィル。

「うわっ!? ……って、サムサラか。 驚かせないでよー」

 ──渡すものがあって。

「何? っていうか、バスカヴィルって誰?」

 ──あなたのご先祖様。 ま、気にしないで。 それよりコレ……。

「うわ!? え、帽子から剣が出てきた! どこにしまってたんだ? そんな長さ……」

496

 ──これを渡したかった。 あなたの手に馴染むはずだから。

「……何、それ……黒い短剣……? ううん、それよりも……」

 ──穢れが漏れる事のないようにしてある。 銘を、『二刀小太刀クロガネ』。

「『二刀小太刀クロガネ』……? 明らかに業物……それに、素材がわからない……」

 ──世界で最も純粋な憑魔が最高の腕で叩き上げた小太刀だよ。 もし、今使いこな

す自信が無くても……あなたに使ってほしいんだ。 他ならぬ、ランゲツ流を継いでい

るあなたに。

「ランゲツ流……?」

 ──あなたが無意識に叩き上げた剣術の元になった流派だよ。 

「いやいや、これはほとんど我流だし、ってなんでそんな事知ってんの?」

 ──年季の候。

「……えと、サムサラっていくつ?」

 ──云万。

「……天族ってすごいんだね」

 ──そうね。

497 dai san jur go wa attachment get !

dai san jur roku wa thous

and done

  「あれ、大地の記憶じゃないか?」

 ミクリオの肩に揺られて地底洞を行く。 杖を主武器として扱うミクリオは華奢な

見た目とは裏腹に足腰と重心がしっかりしていて、揺れが少ない。 意図的に身体を揺

らす事でペンデュラムをより複雑に動かしていたザビーダとは大違いだ。

 まぁ、それはそれで揺り籠のような振動が心地よかったのだけれど。

 今私達がいるカンブリア地底洞は、元々海だった場所が地殻変動で一度地上に露出、

その後また地下に沈み、更に再度露出したことで形成された土地だ。 だから内部の洞

窟は所々が浸食されているので非常に崩れやすい。 下手をすれば空でも飛べない限

り生きては戻れない深さまで落ちる事もあるだろう。

 そう言うことをわかっているのか、いないのか……まぁ、エドナやデゼルがいれば平

気と思っているのかもしれない。

 ちなみにこのカンブリア地底洞は小規模な地脈湧点であり、湧き出る水には多分に霊

498

力が含まれている。 ザマル鍾洞はこのカンブリア地底洞のほぼ直上に存在し、今はそ

の一部がイデル鍾洞と名を変えて、過去の様相を見せている。

 今にして思えば、ドラゴンと化したビエンフーがザマル鍾洞へ向かったのもこれが理

由だったのかもしれない。

 あと、ストーンベリィの純心水も……恐らく、ここの湧水が関係しているはずだ。

「追放された、って事かな。 軍や国から」

「戦争に負けたんじゃない? 多分だけど」

「あんなに声援を受けてたのに……なんだかね」

 過去、ベルベット達を追って地脈に意識を飛ばした時もそうだったが……私は大地の

記憶、というものを見ることが出来ない。

 正確に言うなら、それに込められた記憶だけを見る、ということが出来ないのだ。

 私はあくまで交信術でのみ会話を行い、意思の、意識の疎通を行う。

 集められ固められた意識の塊のような存在である大地の記憶は、その全てが地脈に通

じている。 だから、コレに交信術を繋げると地脈に術を繋げている事と同義になって

しまうのだ。

 まぁより簡単に言えば、検索結果が膨大過ぎて知りたい情報を知り得ない、と。 

誰かさん

の言葉を借りた。

499 dai san jur roku wa thousand done

「サインドと申します。 導師スレイ」

「ラストンベルを加護されていた方ですね?」

 天族サインド。 優雅な乙女。

 彼女と、彼女の持つ人間に対しての想いは私にはどうする事も出来ないモノだ。 あ

あいう人間も、そうでない人間も、全てひっくるめて人間だから……もしそれに彼女が

気付いた所で、彼女が心を改めるとも思えない。

 サインドへの交渉を一旦諦め、一行は一度ラストンベルへと戻るようだ。

     ──腐食。 其は希望の終焉。 サイフォンタングル。

「無属性の天響術!? いえ、これは……サムサラさん!?」

「おどろおどろしい術だ……だが、今は目の前に集中しろライラ!」

「唸れ旋風!」

 住民を襲ったルーガルーを追ってラストンベルの外に出てみれば、そこにいたのは

ルーガルーを喰らうブリードウルフ。

500

 このPTの弊害は総じて憑魔が見えてしまうという事であり、彼らの人間として、獣

としての姿は穢れを払わないと見ることが出来ない。

「『ルズローシヴ=レレイ』!」

loose

law

ロー

save

lorrei

 

 

 

 執行者ミクリオ。

 かのアルトリウス・コールブランドの真名たるloose law save = 

hiハ

pahoesy

フォ

ウェ

スィ

 = 

──清浄のための執行者を汲んだ……スレイが、導師であっ

ても未熟である事を補っているかのような、彼の親友たる良い真名だと思う。

 ──開口、無窮に崩落する深淵。 グラヴィティ。

「風と地属性の天響術……? いや……」

「デゼル! 考察は後にしてよ!」

 確かに風と地属性の天響術にもグラヴィティは存在するのだが、こちらは霊力で形

作っただけの無属性天響術だ。 消費する霊力はこちらのグラヴィティよりはるかに

大きいものの、威力は私の物の方が大きい。 範囲も大きい上に気を付けないとフレン

ドリーファイアするのだけれど。

 浄化の力がブリードウルフを灼き、その姿が元に戻る。

 ルーガルーは少女マーガレットに。 ブリードウルフは子犬のワックに。

501 dai san jur roku wa thousand done

 2つの命の灯火は小さく、消えてしまいそうだった。

「サインドさん……?」

「憑魔の気配を感じて来たんです。 何故か懐かしい感じがしたから」

「サインドの……声が聞こえる……」

 本当にふざけた話だ。

 私はアイゼンと闘う事は出来ないが、彼女達なら──治癒してやれる。 カノヌシを

殺すことは出来なくても、彼女達なら助けてやれる。

 それが私の誓約であるから。

 だがまぁ……知らぬのならば、それも幸せだろうか。

  ──大地、魂に無上なる祝福を与えたまえ。 ソウルオブアース。

「……あったかい……?」

「マーガレット? 今のは……」

「私じゃないわ」

「僕でもない。 多分……」

 この世界のものでないこの術は、しかし詠唱も形も……ひどくこの世界にマッチして

いる。 私の性質上扱いやすい術であるし、元の世界も私に合致するところの多い世界

502

だ。

「マーガレット……」

「なんだか……眠く……なっちゃ……た……」

「くぅん……」

 ──眠っただけ。 この状態なら、母親もこの子を憑魔とは思わないよ。

「……そう、だけど……」

 そう。 これは現状維持にもならない回復だ。

 だからこそ私はこの子を掬えたのだし、だからこそ私の誓約はしっかりとこの身を

縛っていると言えるだろう。

 だが、そこを切り開くのも人間だ。

「マーガレットはただ……「聖堂に天族はいない」と言っただけなのに」

「その発言が……イジメへとつながった」

「そう。 国同士の対立が激しくなる中で、教会は信徒の統制を強めていきました。 

彼らは、価値観を違える者に対し、強硬に反発するようになったのです。 例え、子供

の戯言であっても」

 でも、それが人間だ。

 人間から生まれたノルミンでさえ、イヌ系とネコ系では埋めきれない溝があるよう

503 dai san jur roku wa thousand done

に。

 いつかのヘラヴィーサで、メディサの娘が殺されたように。

 何も変わらない。 ただ、生きていくのに価値観が違う者は邪魔であるという……た

だそれだけの事。

 カノヌシやアルトリウス、メルキオルだって人間と聖隷のためを思って鎮静化を行っ

ていたし、それに反抗したマギルゥやエレノアもその根底にあるモノは人の為だ。

 それでも対立するのは価値観が違うためであり、もし全ての人間が全ての価値観を受

け入れるようになったとしたら……それは、人類が滅亡したその時の事を指すのだろ

う。

「導師スレイ。 私に、あの町をまた加護させてもらえませんか?」

 マーガレットは天族は聖堂ではなく、あの大鐘楼にいると言った。

 遥か昔、青年ラストン達が創り上げた鐘。 ストーンベリィの民の名を汲んだ街の象

徴に。

 もし、サインドがこのままラストンベルを放っていけば……真実、あの鐘楼に天族は

いない……つまり、マーガレットが嘘を吐いている事になってしまう。

 それが、彼女の出した答えだ。

 

504

   「俺、霊応力が在るのは、良い事だって思ってた。 けど、そうとは限らないのかな……」

「見えるようになると前と後じゃ、全然違う世界だもん。 人に寄っちゃ悪い方に転が

る事もありそう」

降臨の日

ダー

導師の光輝

ヴェ

 それが全ての人間に起こったのが

 とはいえほぼすべての聖隷は使役され、その矛先が向くはずの対魔士は国家権力と

なった。

 文句の言えない存在となったのも、あの時代に穢れが蔓延っていた理由の1つだろ

う。

   さて、一行はこのままカンブリア地底洞へと地脈間ワープを用いて移動するようなの

だが。

 ──スレイ。 私は地脈間ワープできない。

「え? ど、どういう事?」

505 dai san jur roku wa thousand done

「どうかしたのですか? スレイさん」

「いや……サムサラが、地脈間移動が出来ないっていうんだ」

 ──だからここでお別れかな。 楽しかったよ。

「ちょ、ちょっと待って! ミクリオ! 抑えて!」

 ぐえっ。

 ──何?

「だったら陸路で行くよ。 それほど遠いってわけでもないし……みんなも平気だよな

?」

「正直あたしはあの感覚苦手だったから、全然かまわないよ。 でも、サムサラも天族な

んでしょ? なんで使えないの?」

 ──私はライラと繋がってないからね。 あなた達が同じ場所に移動できるのは、主

神と陪神、もしくは導師と従士って関係で繋がってるからだよ。

「えーっと……つまり、ライラと陪神契約だっけ? を、結べば使えるって事?」

「あぁ! そう言えばサムサラさんとは繋いでいませんでしたね!」

 ちなみにフェニックスはエドナに加護を与えているという繋がりを持っている。

 ──でも、私はすでに契約済みだから……ライラとは結べないよ。

「契約済み? 誰とです?」

506

 ──誰か、だよ。

誰かさん

 

だから、嘘ではない。

「ま、歩いたほうがスレイも鍛えられるしね。 道中の憑魔も浄化出来て、一石二鳥だ。

 それに、君の天響術について……歩きながらで構わないから、教えてほしい」

 ──私は歩かないけど?

「僕が、歩きながらだ。 そういえば最初に君が言った通り、本当に重さが全然ないから

疲れないが……ノルミン天族はみんなこうなのか?」

 ──私は異常に軽いけれど、そうだね。 基本的には重みはほとんどないよ。 ア

タックみたいに重い物を被っているなら話は別だけど。

「……確かにアレは重そうだ」

「ミクリオー? 行くよー?」

 自然な流れで置いて行かれる作戦、失敗。

     

507 dai san jur roku wa thousand done

 《!》サブイベント 『空飛ぶノルミンを追って4』

「……お前の、自身を浮かせていた術は……どういう術なんだ?」

 ──トラクタービームの事?

「いや知らんが……。 風の気配は感じなかった、と思ってな」

 ──原初の術の構成は、上から持ち上げる術だったけれど……時代を経て、下から押

し上げる術に変わって行ったの。 どっちも無属性だったけどね。

「無属性か……」

「無属性の術なのか? そういえばライラ。 マオテラスも無属性の聖主だったよな」

「え? キャトルミューティレーションですか? 怖いですよね!」

「いや、そんなこと一言も言ってないが……」

 ──まぁ、意味で言えば合ってるよ。

「合ってるのか!? ……って、デゼル。 何しようとしてるんだ!」

「いや……風で再現……無理そうだな」

 ──でもエドナは傘で浮遊してるよ?

「……! 地の天族は浮けるのに……風の天族が出来ないはずがない、か……?」

「え? 地の天族って浮けるの? エドナ!」

508

「何馬鹿な事言ってるのよ。 浮いている物を叩き落すのならやってあげるけど?」

「……! これは、私にウケを取れと言う暗示ですね!?」

「いやライラのそれは滑空だから。 滑ってるから」

 ──浮きたいなら、浮かせてあげるよ?

「いやいい、いい! ほら、デゼルとの神依だって半分浮いてるようなもんじゃん?」

「あー……確かに浮いてるよな。 というか、飛んでる気がする」

「……言われてみれば、低空だが……飛行しているな」

「スレイさん! 熱を利用すれば、私達でも浮けるはずですわ!」

「いやぁ……無理だと思うけど……?」

 ──気球のバーナー代わりに神依を使うなんて、贅沢だね。

「何故僕に言う……。 正直、そこまでして空を飛ぶ価値が見いだせないな。 僕達の

住んでたイズチは雲より高い所にあったわけだし……」

「いやいやミクリオ! 森の奥深くとか、高い所からじゃないと見えない発見があるか

もしれないだろ? もしかしたら遺跡があるかもしれない!」

「……確かに、偵察という意味では……空を飛べるってのは、重要だね。 どれだけコソ

コソしてても、空から見たら一目瞭然だろうし」

「戦略的にも……戦場を俯瞰できるというのは大きい。 戦争なら相手の陣形や作戦ま

509 dai san jur roku wa thousand done

でわかるわけだからな」

 ──あと、空は風が気持ちいいよ。

「うん、それはわかる。 イズチだってとてもいい風が吹いていたし……」

 ──ゼンライは風属性の中でも雷の天族だからね。 立地的にも、加護的にも、あそ

こほど風の天族にとって住みやすい場所は無いと思うよ。 勿論、他属性でもだけど。

「ジイジを知っているのかい?」

 ──面識はないけど、識ってるよ。 ゼンライの友人のズイフウとも顔見知りだし。

「……改めて問うけど、君は何者だ? 見た事の無い天響術もそうだけど……どうにも、

今まで会って来たノルミンとは違う気がするんだ」

 ──あなた達が今まで会って来た子はイヌ系だからね。 私はネコ系。

「……真実も話しているけれど、話していない事もある、って感じだな……」

 わぉ。 鋭い。

     

510

《!》サブイベント 『受け継がれる二刀小太刀2』

「……! 嬢ちゃん! そこの嬢ちゃん! ちょっと止まってくれ!」

「? あたし?」

「あぁ!」

 ラストンベルを出ようと支度している最中、ロゼが呼びとめられる。

 彼女を呼び止めた相手は男。 武器屋の男だ。

「えっと……何?」

「頼む! 後生だ!!」

 そう言って、往来で土下座する男。

 既にロゼは引き気味だ。

「何なになに! 一応聞くだけ聴くから顔あげて! っていうか恥ずかしいから声小さ

くして!」

「あぁ!! すまねぇ……! つい、興奮しちまって……!」

 男は涙を流しながら言う。

「で? 引き留めた理由は? あたしに何を頼みたいわけ?」

「あぁ……嬢ちゃん、短剣を持ってるだろ? いや、二刀小太刀を」

 その言葉が出た瞬間、ロゼは少しだけ腰を下げていつでも抜刀できる姿勢に入る。

511 dai san jur roku wa thousand done

 彼女の姿は今はセキレイの羽の物であり、風の骨の頭領の物ではない。 だから、短

剣だって見える所に置いていないはずなのだ。

「あ、あぁ、すまねえ。 隠してるんなら悪かった。 ただ、俺達は職業柄わかっちまう

んだ。 隠し持っていても……その武器の発する声、って奴が」

「……それで?」

「あ、えーと。 まず自己紹介だ。 俺の名前はラスリートン。 伝説の鍛冶職人サウ

ザンドーンの息子が四男で、特殊武器を学んだ。 それで、嬢ちゃんの持ってる小太刀

から……あり得ない声が聞こえたんだよ」

「あり得ないって?」

 10年前、その類い稀なる技術を独占しようとしたローランスとハイランドの抗争に

巻き込まれて死亡した鍛冶職人サウザンドーン。

 そう、業魔でありながら……一切の穢れを生む事の無かった、彼の……。

「親父の声だ。 死んだはずの親父の声……いや、親父その物の声じゃなくて、親父が

打った武器と同じ声がしたんだ。 親父の武器は、もうそのほとんどが失われているは

ずなのに……。 だから嬢ちゃんを呼び止めたんだ。 別にそれが欲しい、って言うつ

もりはねえ! けど……少しだけ、見せてもらう事は出来ねぇか!」

「だから声が大きいって……。 ま、見せるだけならいいけど……」

512

 そう言って、どこへ隠していたのやら『二刀小太刀クロガネ』を取り出すロゼ。

 その黒い刀身。 赤黒いライン。 私の処置によって穢れこそ生まなくなったとは

いえ、やはりおどろおどろしい外見。

 しかし、それを見て男は、

「……見える」

「へ?」

「……この武器は、それだけで凄まじい武器だが……まだ、先がある」

 目をこれでもかと見開き、耳をヒクヒクと動かし、刃物である二刀小太刀に鼻先が付

くのではないかという勢いで食い入るように見つめながら言う。

「ちょ、ちょっと近いって!」

「あ、あぁ……すまん。 だが、嬢ちゃん。 この武器は……まだ未完成だぜ。 材料さ

えあれば、俺達六兄弟が……これを真の刀へと昇華させられるはずだ」

 これが、1000の時を経て受け継がれる技術。 そして、魂だ。

「材料って?」

「この小太刀と、同じ材質の……何か、だな。 嬢ちゃんはこれが何で出来ているのかし

らないのか?」

「いやぁ……これ、もらい物だから……」

513 dai san jur roku wa thousand done

 そう言ってラスリートンには見えないであろうミクリオ……の、肩に乗っている私を

みるロゼ。 当然、ラスリートンからしてみればその視線の先に居るのは、

「お前さんがこの小太刀の元の持ち主か!?」

「へ? な、何!?」

「教えてくれ! この小太刀は……何で出来ているんだ!?」

 ぼけーっとしていた、スレイへと喰い気味に迫るラスリートン。

 当然事情を掴んでいないスレイは答えを持っていない。

「……サムサラ。 アレは何で出来ているか教えてよ」

 小さな声で話しかけてくるロゼ。

 ──緑青林マロリー。 そこに、残りの材料があるよ。

「……それが何かは自分で見つけろ、って事?」

 ──うん。

 唾を飛ばす勢いでスレイに詰め寄るラスリートン。

 スレイがロゼへと救難信号を出したところで、ロゼがラスリートンの肩を叩いた。

「おじさん。 確証はないけど、残りの材料の手がかりはあるんだ。 だから、もし材料

が見つかったら……」

「あぁ! 俺達兄弟、死力を尽くして……そいつを完成させる! いや、俺達に完成させ

514

てくれ!」

「だから声がデカいって。 ま、そん時はよろしく頼むよ」

「あぁ……! ありがとう!」

 深々と礼をするラスリートン。

 この二刀小太刀が、真の姿となる日は近い。

 今から私も楽しみだ。

515 dai san jur roku wa thousand done

dai san jur nana wa hi no

 shinden igrain 

   ラストンベルにサインドの加護が戻り、いざ憂いなしとカンブリア地底洞を進みゆく

導師一行。 地脈の塊たる大地の記憶を動かしたので、穢れが溜まり出していたが今は

関係の無い事なのかもしれない。 恐らく次に訪れるときには異形の宝珠あたりと共

鳴して、変異憑魔が現れている事だろうけど。

 暗く湿った洞窟を抜けると、久方ぶりの太陽が彼らを照らした。

「よっし! 出られた〜! お日様最高!」

 ──焔、其は魂を看取る幽玄の炎。 葬炎、ファントムフレア。

「ちょ、いきなり何!?」

 彼らを強風が襲う前に、無・火属性の術を前方に放つ。

 相殺されない炎は風をすり抜け、その身を焼く。

「! 憑魔ですわ!」

「こんなところにグリフォンがいるとはな!!」

516

 ……。

 ホグホグは、既に老衰で戻っている。

 それは他ならない私が確認した。

 だから、この憑魔は憑魔グリフォンでしかない。

 彼は子を残さなかったから、何の繋がりも無い。

 例えここが、かつてのローグレス離宮の地に程近い場所であっても──。

 ──開口、無窮に崩落する深淵。 グラヴィティ。

「火属性・地属性が効くようです! お任せを!」

「漆海、集う、二十の明けに! グラヴィトリガー!」

 関係ないのだ。

       

517 dai san jur nana wa hi no shinden igrain 

 マギルゥが十全に開発した神依は、ひょっとすると史実よりも高い出力となっている

かもしれない。

 そして、私の蒔いた種がもし、しっかりと芽吹いてくれるならば……。

 少しばかりの希望を持っても、いいのかもしれない。

「ん? どうしたんだ、サムサラ。 ライラが気になるのか?」

 ──ライラなら、この程度の憑魔には遅れは取らない。

「僕もそう思ってるよ。 でも、それならなんで穢れの坩堝を凝視していたんだ? 何

か見えるのかい?」

 現在、バイロブクリフ崖道にあった穢れの坩堝にライラが挑戦中だ。

 穢れの坩堝。

 その機構は、やはり第四種管理地区を思い出してしまう。

 私はほとんど付いて行かなかったが、律儀な事にベルベット達はその全てを攻略して

いた。

 これが導師一行となってみれば、カースランド島の物含めてどれか1つを見逃す、と

いう事は有り得ないのだろう。

 ──再封印が出来ないか見てただけ。 でも、私には無理みたい。 というか、封印

術を私が知らない。

518

「……知らないのにどうやって出来る出来ないを判断したんだ?」

 ──ミクリオだって、火は出せなくても燃えそうか燃えなそうかはわかるでしょ?

「……成程?」

 実を言えば、物語の歴史の中には封印術に相当する物がいくつかあった。

 だが、それを用いても穢れの坩堝を封印する事は出来ないだろう、というのが今回の

判断だ。

 それに、封印したところで……意味があるとは、思えないし。

「ん、ライラが出てきようだね。 流石はライラ、傷一つ負ってない」

 ──近接攻撃・中距離攻撃・術。 どれをとってもハイレベルに使えるからね。 紙

葉使いはみんな強いよ。

「他に紙葉使いを知っているのかい?」

 ──2人。 どっちも、今のヘルダルフより強かったんじゃないかな。

「そんな強い天族が……でも、亡くなったのか」

 ──ううん。 戻ったわけじゃないよ。 でも……。

「でも?」

 ──終わらない連鎖と、限りない悲しみの中にいるから、明るい所に導いてあげて欲

しい。

519 dai san jur nana wa hi no shinden igrain 

「?? ……よくわからないけど、導くのならスレイに任せるといいさ。 なんたって、ス

レイは導師なんだから」

 ──うん。

「おーいミクリオー! おいてくぞー?」

「今行くよ!」

 導師。

 導く者。

        ゴドジンに着いた一行は、とりあえず情報収集をするために散開した。

 この村は赤精鉱……過去、ネクターと呼ばれていた赤精鉱水をエリクシールと偽って

販売、収入を得ている村だ。

520

 村長スランジはマシドラ教皇その人であるが、心から村の為を想って偽エリクシール

を販売している故、穢れは割合少ない。 負い目があるため、どこぞの大司祭よりかは

少ない物の、どうしても穢れは生み出してしまうようだが。

 また、その依存性と中毒性を知っているが故に、村人には一切赤精鉱水を与えていな

い様だった。

 勝手に酒蔵を覗いてみた結果以上の事がわかった次第である。

「あれ? サムサラ、こんなところでなにしてるの?」

 ──食物庫を見ていた。 分かった事は、この村は質素ながらもかなりの農産・海産

物を外部から仕入れているって事かな。

「サムサラも収入源が気になってたのか」

 ──そうだね。 まぁ、一個人がどれだけ努力したって……村全体の人間のお腹を

いっぱいにするのは、とても難しいはずだよ。

「うん……やっぱり、何かあるんだろうな。 この村は」

 ──そう言えば、村の奥にバクス・メリオダス王朝時代の遺跡があるみたいだね。

「え? アヴァロスト調律時代じゃないの? さっきエドナが、クローズド・ダーク以前

の物だって言ってたけど……あ、バクス・メリオダス王朝もクローズド・ダーク以前の

事か」

521 dai san jur nana wa hi no shinden igrain 

 ──アヴァロスト調律時代が、どれほど前の事だと思ってるの?

「確か2300年前……だったよな! そんで、バクス・メリオダス王朝時代が1800

年前!」

 ──バクス・メリオダス王朝時代が2300年前だよ。 そして、アヴァロストの調

律時代は……確か、8万年前だったかな? 確かにアヴァロスト調律時代の遺跡が残っ

ている場所はあるけれどね。 まぁ、ここの遺跡はバクス・メリオダス王朝時代に秘密

裏に再建された物っぽいから、原基はアヴァロスト調律時代の物であるかもしれない

ね。

「……それ本当? なら、今までの説が沢山覆される事になる……大発見だよ!」

フォーチュン・オブ・ファンタジア

 ──なんなら、宿屋に泊った時とかに聴かせてあげる。 

から、今に

至るまでを。

「う……聞きたい……けど、それ聞いてたら多分俺、眠れなくなっちゃうよ……。 ヘル

ダルフを倒して、穢れを鎮めて──その後、ゆっくり時間が取れたら聴かせてほしいな」

 ──……そうだね。 ゆっくり……その時は、ゆっくり話そうか。

「うん! ……所で、サムサラっていくつなの?」

フォーチュン・オブ・ファンタジア

 ──

と同い年かな。

 

522

     巨魁の腕。

 エドナの力を乗せた下突きであり、巨大な岩や壁を粉砕できる。

 力を使う時には霊体としてエドナがスレイの中に入っている上、私はそれを見ること

が出来る。

 もうまんまアイゼンを見ている様で、なんだか懐かしい。

 見た目だけで言えば超強力な腹パンなんだけど。

 アイフリードへの一撃が思い出される威力だ。

 おそろしおそろし。

     

523 dai san jur nana wa hi no shinden igrain 

  遺跡そのものはバクス・メリオダス王朝時代の物だが、秘文はマギルゥが残した物だ。

 火の試練神殿イグレイン。

産霊ムスヒ

 マグマ煮え滾る、

の力震う場所である。

 ちなみにだが、かつてベルベットが四聖主を叩き起こした時に立ち昇ったムスヒの零

柱はこの神殿から出た物だ。

 今見えているところはバクス・メリオダス王朝時代に造られた物。 恐らくマグマの

奥底にアヴァロストの調律時代の地脈への出入り口がある事だろう。

 メリオダス王は災禍の顕主であったから、時の天族が秘密裏に海底に創り上げたのだ

ろう。 

 2300年前と言えば、確か私は双子島ディオメルで箪笥を漁っていたような……。

「ミボ、冷たい水を出しなさい。 私じゃない、スレイとロゼ用よ」

「ああ。 この暑さの中で、水分補給を怠れば最悪死につながるだろう。 2人とも、喉

が渇く前に水を飲むんだよ」

「……」

「デゼルさん? 風の天族であるあなたには、ここはお辛いでしょうか……?」

「……いや、気にするな。 大丈夫だ」

524

「サムサラも、辛かったら言ってくれ」

 ──それじゃ、お酒を。

「そんなものは出ない!」

 基本的にカンブリア地底洞のようなじめじめした所の方が好きな私にとって、こうい

う空気の乾いた場所はあまり得意ではない。

 まぁ史実においてフェニックスがここへ誘いを出したように、多分本能的にココを苦

手だと思っているという可能性もある。

 先程から云々と頷いているフェニックスを見るに、コイツにとってここは最良の雰囲

気であるのだろう。

誰かさん

 

の記憶ににある火の試練神殿イグレインのBGMを思い出しつつ進む。

 とてもどうでもいい事であるが、私の交信術は音楽であれば伝える事が可能だ。

 誰か1人の脳内にBGMを流すことが出来るわけである。 やらないけど。

     

525 dai san jur nana wa hi no shinden igrain 

  さて、私は導師の試練に手を出す事は出来ない。

 だから、サラマンダー(エクセオ)の領域展開に合わせて傍観のために離脱させても

らった。

 『俺が灼くのは──こんなことを誰かに強いる、憑魔だ!!』

 葛藤こそあれど、既に信を持っているスレイはライラの言葉もあって、すぐに答えを

掴みとった。

 神依による秘奥義。

 ようやく、手に入れたというわけだ。

 エクセオの人柄……天族柄? もあってか和気藹々とした雰囲気のまま、一行はこの

場を後にする。

 残ったのは、亡骸たる人だった頃のエクセオと、護法天族エクセオ。

「さて、いつまでそこにいるつもりだ? お前は彼らの仲間では無かったのか?」

 ──転生を果たしたあなたに、問うことがあって。

「……驚いたな。 天族が独力で神依を使っているのか。 それも、ノルミン天族が」

誰かさん

 ──独りではない。 私は、

と契約している。

526

「……! なるほど、お前はどちらかといえば……人を纏っているのだな?」

 ──考察は勝手にしてくれていい。 ただ、私の問いに答えてほしい。

「よかろう。 五大神──否、四聖主が一、火の聖主ムスヒに仕える天族エクセオに、答

得う

ることならば、だがな」

 ──六聖主が六、ノルミン。 司るモノは──。 即身仏となりて天族へ成った者。

  ──あなたは、私を覚えていますか?

 一瞬の静寂。

「……すまない。 人であった頃の記憶は無いのだ。 いや、趣味嗜好や大切な物は覚

えているが──」

 ──知っている。 けど、知らないのならそれでいい。 

「……ノルミン。 お前たちは、何だ? 何を目指して生きている?」

 ──閉じた輪を破る事。 それじゃ、エクセオ。 ムスヒによろしくね。 今度は叩

き起こされない様に──目覚ましでも、かけときなって。

 隠蔽の術式を解除して、小さくエクセオに手を振る。

 あ、隠蔽の術式と共に熱気遮断も解いちゃった。

 あとぅい。

527 dai san jur nana wa hi no shinden igrain 

 速く出よう。

       「あれ、サムサ──」

 ──黙って。

「!?」

 まるい腕をミクリオの口に突っ込む。

 そのまま、術を張った事を気付かせないレベルで隠蔽術を発動した。

 ──ミクリオ、私の声が聞こえる方に念じるようにして。

 ──こ……こうかい? それより口を……。

 ──今からあなたを転ばせる。 何もない所で転んだ演技をして。 私をいないも

のとして。

528

「んん!?」

 ──えいっ。 以下省略、トラクタービーム。 ミニ。

「うわっ!?」

 ミクリオの右脚側面に展開したトラクタービームが彼の足を取り、ミクリオは尻から

転倒した。

       ──もういいよ。

「……ふぅ。 なんだったんだ? さっきのは」

 ──監視されていた。 私はまだ見つかるわけにはいかないの。

「……監視? 誰に?」

 ──導師一行を監視するのなんて、限られてるでしょ? ヘルダルフとサイモンだ

よ。

529 dai san jur nana wa hi no shinden igrain 

「……! まさか、ゴドジンを──!?」

 ──やる気があるなら、もうこの地は更地になっていると思う。 単純に様子を見に

来ただけだと思うよ。

「一応、スレイ達にも言っておかなきゃだな。 気を引き締めないと……」

 ──うん。

   《!》サブイベント 『受け継がれる二刀小太刀3』

「お、アンタが親父の……。 うんうん、可愛い子じゃねえか!」

「何? いきなり……新手のナンパ?」

「あり? 連絡通りの格好だったからそうだと思ったんだが……違ったのか?」

「だから、何が? ていうかおじさん誰?」

「俺はゴドワン。 このゴドジンで武器屋をしている、伝説の職人サウザンドーンの次

男だぜ」

「ああ! 二刀小太刀の! でもごめん、まだ素材手に入ってないんだ。 また今度来

るから──」

530

 ──コレ。

「え? ……なにこれ。 真っ黒い……ううん、鎧の破片……?」

「うぉっ!? 嬢ちゃん、いまどこからそれを取り出し──……」

「ん? おじさーん?」

「……嬢ちゃん、親父と同じ声がするその二刀小太刀と……この破片を、俺にくれねぇ

か。 一日だ! 一日かけて……こいつを、強化する!」

「ええ? いや、私達ちょっと急いでて──」

「ロゼー! 今日はゴドジンで一晩泊まってから出発するから、そのつもりでー!」

「……なんてタイミングのいい……。 おう! 今日は疲れたろうから、スレイは早く

寝なよ!」

「ロゼも、だよ!」

「あー……いい年したおっさんにそんなキラキラした目で見られてもね……。 ま、ア

ンタらの腕は聴いてるし……任せるよ、おっさん!」

「おう! 俺は鍛冶の腕を受け継いだゴドワン! 最高の仕事をしてやるぜ!!」

  二刀小太刀クロガネ+2を取得しました。

531 dai san jur nana wa hi no shinden igrain 

dai san jur hachi wa akai

 mizu wo ten ni sasagu

   私が居るので地脈間ワープを使うことが出来ず、カンブリア地底洞をまた戻っていく

一行。 疲れるのなら置いて行ってくれていいといったけれど、やはり許してはくれな

かった。

「サムサラ、君は何故海賊帽を被っているんだ? 1000年前に大暴れしたという大

海賊アイフリードと何か関係があるのか?」

 ──昔、アイフリードの船にいたのは事実だよ。 途中で降りたけど。

「そうだったのか。 なら、その帽子はアイフリード海賊団の……?」

 ──ううん。 この帽子自体はもっと昔から使ってる。 諸島を出た頃だから……

ディスティニー・ドーン……5万年くらい前かな? もっとかも。

「ディスティニー・ドーンは2000年前だろう? ……いや、その時代を生きてきた天

族の言葉の方が正しい、か」

 ──ゼンライには聴かなかったの?

532

「ジイジは、余り昔の事を話したがらなかったんだ。 だからイズチのみんなに知って

いる事を聞いたり、天遺見聞録から考察したりしていたのさ。 スレイと一緒にね」

 ──ゼンライは永遠に変わらない幸福を求めていたから……過去の事は話したくな

かった……ううん、外界の事も本当は話したくなかったんだろうね。

「……うん。 そんな感じだった。 でも、僕とスレイがイズチを出るときは……しっ

かり、背中を押してくれたんだ」

 ──子供の門出を祝わない親はいないんじゃない? 

「……そうだね。 イズチのみんなは、家族だから……」

 私も戻ってきた子供達を祝福して送り出すものだ。

 もしそれを祝えない親だとしたら……それは、己が欲に苛まれた憑魔という存在だろ

う。

「そろそろペンドラゴだ。 雑談はこの辺りにしておこう」

 ──そうだね。 

 火の試練神殿を越えたスレイは、一層強くなっていた。

 身体も、心も。

 けれど……。

 

533 dai san jur hachi wa akai mizu wo ten ni sasagu

       雨の降りやまぬ皇都ペンドラゴ・騎士団の詰所にて、スレイとセルゲイが話し合って

いる。

 私は詰所を出て、1人で雨に打たれて空を見上げていた。

 こういうどんよりとした天気は嫌いじゃない。 降り注ぐ雨もまた、あの船で感じた

水飛沫を思い出すようで心地が良い。

 例え領域による雨だとしても、だ。

 海賊帽から、ぬぅっと赤い瓶を取り出す。 猪口も一緒に。

 残り少なくなった、懐かしきイリアーニュの赤葡萄心水。

 これから死にゆく彼女を、私は救うことが出来ない。

 誓約の縛りは彼女を重要だと断じたらしい。

 だから、彼女の領域に──これを捧げよう。

534

誰かさん

 

の世界では、しばしば赤葡萄心水は『血』に例えられた。

 なら、彼女を愛した2人の姉の想いの涯に──これを注ごう。 

 きゅぽん、と栓を抜いて、とくりと猪口に注ぐ。

 領域によって降る雨には穢れは含まれていない。 ただ、悲しみと苦しみと、そして

2人の姉を愛した彼女の心が沁みわたっている。

 猪口に注がれた赤葡萄心水へ、雨が落ちる。

 栓を抜かれた赤葡萄心水の瓶へ、雨が落ちる。

 ──乾杯。

 瓶に栓をしなおしてから、猪口を一気に煽る。

 薄まった赤葡萄心水はお世辞にも美味しいとは言えない。

 この世界の雨は不純物がほとんどなく、そのまま飲んでも差し当たっての障害はな

い。

 つまるところ、ただの水に近いのだ。

 水で薄めた心水が美味しいわけがない。

 でも、これをあの2人の姉に贈るのは……せめてもの反抗に、成り得るかな。

 赤葡萄心水の瓶を海賊帽にしまう。 勿論猪口も。

 私の海賊帽の中という、ある種の聖域に1100年貯えられ続けた酒気が、周囲の穢

535 dai san jur hachi wa akai mizu wo ten ni sasagu

れを一時だけ排除しているのを感じた。

「あ、サムサラ外にいたのか。 風邪ひくよ?」

 ──スレイ。 話は終わった?

「うん。 ……? サムサラ、何かやってた? なんかここだけ凄く空気が美味しいっ

ていうか……すぅ……はぁ……。 うん。 穢れが少ない……のかな?」

 ──驚いた。 そこまで感じ取れるようになったんだ。 まぁ、一種の儀式みたいな

ものだよ。

「儀式? それって、天族に伝わる〜みたいな奴?」

 ──追悼と、祝杯。 人間もやっている事だよ。

「お葬式……みたいなもの?」

 ──そんな感じ。 

「スレイー? いくぞー?」

「スレイ! って、サムサラ。 そこにいたのか……ほら、乗って。 行くよ」

「今いくー!」

 ──あとスレイ。 私は風邪、引かないよ。

「何故僕に言うんだ……」

 ──あ、間違えた。

536

        「見張りもいないとか、罠っぽすぎるんだけど……」

「けど、これなら思いっきり暴れられる」

「ふふっ、言うねぇ〜」

 神依状態で思いっきり暴れたら地下神殿なんて簡単に壊れそうだけど……。

 よく史実では崩れなかったなぁ。

 ──来た。

「来たぞ!」

 領域が展開される。

 だが、スレイは秘力と──己を見定める事で、それを破った。

537 dai san jur hachi wa akai mizu wo ten ni sasagu

 まやかしは心の弱い者、隙のある者に付け込む術だ。

 サイモンのものとは違う、領域によってのみ天族と導師の繋がりを断ったように見せ

るソレでは、己を固めたスレイの目は晦ませられない。

「酷い穢れだ……。 枢機卿についているのは……まさか、マオテラス?」

Near

「すぐ近くにいるネコの真似をしまーす! 

〜!」

 ──凄く遠い所で鳴った音の音階は?

far

ファー

! ですね!」

「サムサラ、甘やかさない。 っていうか僕達に聞こえないと何も意味ないよ?」

 じゃあ何故私が交信したとわかったんだ……。

「ライラがサムサラの方を見たんだから、誰でもわかるさ。 それより、行くよ」

「ちっ、ノルと同じ思考回路だったなんて……」

「あれ? デゼル……笑ってない?」

「……何の事だ」

「二度ネタだけど、遠くにいるネコの鳴き声は……ふぁぁ〜」

「ブフッ」

「やっぱり!」

「なるほど、論理的だね。 めずらしく」

538

 後ろの3人何も聞いてなかったけど大丈夫なのかな……。

       「赤い石版……? これがこの神殿の鍵になるのか?」

 ──スレイ。 任せて。

「へ?」

 先日憶えた霊力の波長を扉に込める。

 この行為は誓約に触れない。 だから、彼らが彼女へ辿り着くまでは存分に支援でき

る。

「開いた!? 俺、何もしてないのに……」

 ──交信術の応用。 いうなれば、あの扉と会話して開いてもらった。 そんな感

じ。

539 dai san jur hachi wa akai mizu wo ten ni sasagu

「そんな事が出来るの!? 遺跡と会話するって……なんかカッコイイな!」

「遺跡と会話する、だって? どういう事だ?」

「サムサラがいつも俺達と喋ってる術を、あの扉に向けた……って事でいいんだよな?」

 ──あってる。

「それで、扉に開いてもらったんだって!」

「うわぁ……それ、一生懸命機構を作った人大号泣じゃん……。 つまりサムサラには

こういう仕掛けとか、意味ないって事?」

 ──霊力が絡んでなければ無理だよ。 ヴィヴィア水道遺跡とか、完全に霊力無しで

作られている遺跡は私じゃ無理。 非力すぎてレバーも動かせないし。

「力弱すぎでしょ……。 つまり、サムサラ対策をするなら物理的な仕掛けを用意し

ろ、って事か」

「……わざわざサムサラ1人の為だけに仕掛けを用意する奇特な奴がいるとも思えん

が」

「そうだった!」

 昔、1人だけいたような……。

 赤、青、緑、黄と問題なく開き、途中バーニングや宝箱を回収しつつ、最奥部までほ

ぼ一直線で向かうことが出来た。

540

 久しぶりに役に立った気がする。 アイゼン達と一緒に居た時含めて。

        ──それじゃ、私はここで待ってるね。

「え?」

 ──私は誓約で、この先には行けない。 たとえどんな結果になったとしても……私

はこの先に進む事は出来ない。

「誓約……サムサラも?」

 ──遥か昔に行った誓約。 一度も覆すことなく、一度も覆そうとは思わなかった誓

約。 だから、私はこの先に行かない。

「……そっか。 じゃ、行ってくるよ」

 ──うん。 

541 dai san jur hachi wa akai mizu wo ten ni sasagu

 霊力で扉を開ける。

「……」

 ──デゼル?

「……前々から思っちゃいたが……お前、なぜ瞬きをしない?」

 ──デゼルと一緒だよ。

「!」

 ──まばたきの風さえも感じ取れるとは思ってなかったけどね。

「……そうか」

 ──さ、早く行って。 あなたがいないと、彼らが石になっちゃう。

「……そうだな」

 まばたきの風って……デゼルはいつもそんなものまで感じ取っているのかなぁ。

      

542

  一刻程……いや、それ以下かもしれない。

 悲痛な慟哭と、狂い笑いが響いて……彼女の領域は消えた。

 従士であるロゼによって、カノヌシの流れ──鎮静によって、その命が絶えた。

 浄化されることなく、戻ったのだ。

 そして、彼らが少しばかり沈んだ顔で出てきた。

「サムサラ……」

 ──おかえり。

 悔いはある。

 けれど、同時に決意も秘めた瞳。

 もっと俺に力があれば、か……。

 スレイにどのような力があっても、あの手の人間は『救う』事では変えられない。

 かつてのメディサがそうであったように。

 あるいは、モアナと同質の純粋さを持つスレイと共に在る事が出来たのならば……

『救われる』事は、出来たのかもしれない。

 無意味なIFだ。

 私がこの先に進めなかった時点で、彼女の心は決まっていたはずなのだから。

543 dai san jur hachi wa akai mizu wo ten ni sasagu

「サムサラは……石になった人を元に戻す事は、出来ない?」

 ──聞きたいことはそれ?

「いや……違う。 サムサラは全部知ってた……フォートン枢機卿の事も、セルゲイの

弟たちの事も。 知っている上で……教えなかった」

 ──そう。 この先に進まなかったのは誓約だけれど、教えなかったのは私の都合。

 流儀にも満たない、ただの選択。

「──そっか。 なら、俺が今サムサラに聴く事は……何もないよ」

 スレイが顔を上げる。

 なんて強い子供なのだろうか。

 ロゼよりも、もしかしたらベルベットよりも……強くて、脆い。

 どちらも自らを犠牲にする、なんて考えは持っていない。

 でも、周りから見れば……どれほど恐ろしい存在に見えるのか、どちらも気付いてい

ない。

神聖なる断罪の光

リュ

ネッ

ト・

フォー

 ──スレイ。 フォートン枢機卿……彼女の本名は、

。 そして、

正しく見る物

リュ

ネッ

でもある。

「……」

 ──彼女には2人、姉がいた。 

544

「……今はよくわからないけど……言いたいことは、伝わったかな。 多分、だけど

……」

 ──それでいい。

          雨の止んだペンドラゴ。

 快晴は好きじゃないけれど、雨上がりはまだ好きの部類に入る。

 宿で一旦の小休止……一休みをした一行。

 騎士団のこれからを聞き、再度宿に戻って食事をするらしい。

 ドラゴ鍋……嫌な料理名だ。 天族を食べるつもりだったのだろうか。

545 dai san jur hachi wa akai mizu wo ten ni sasagu

 宿に入る前に、懐かしい気配を感じた。

「ドラゴ鍋……70点てとこだな」

「メーヴィン!」

 失敬な。 まぁ本当にドラゴンを使っているわけじゃないから別に怒る事も無いの

だが、70点は低いだろう。

 メーヴィン。

 あぁ、懐かしい名だ。

 彼は直接マギルゥに会った事はないだろうが……その飄々とした態度は、やはりマギ

ルゥを彷彿とさせる。

 メルキオルには無かった遊びだ。

「それで? わざわざ隠蔽の術式まで使って付いてくるなんざ、俺に何の用だ?」

 ──刻遺の語り部。 あなたと話したかった。

「……場所を移そうぜ。 こんな街中じゃ、ゆっくりできないだろ」

 ──誘惑の罠張り巡らせ、我が懐中に。 トラクタービーム。

 なんだか久しぶりに使う気がするトラクタービームで、自身とメーヴィンを浮かせ

る。

「うぉっ!? こりゃ……無属性の天響術、って奴か?」

546

 ──どちらかといえば聖隷術だけど、そんな風に捉えてくれて構わないよ。

 向う先は、ペンドラゴ教会神殿の頂上付近の屋根だ。

 ここなら誰にも邪魔されまい。

「よ、っと……。 こりゃ、良い眺めだなぁ! 少なくともここに登った奴は、ここを

造った奴以外じゃ俺達が初めてだろうなぁ」

 ──ムルジム辺りは昇ったりしてそうだけど。

「ムルジム……あの猫天族の事か」

 ──面識が?

「一回だけなぁ。 ここへ初めて訪れた時に、呼びとめられたぜ?」

 ──刻遺の語り部として?

「いや、話し相手がいなくて退屈だったのだとよ!」

 ムルジムらしい。

「それで? お前さんもそのクチかい?」

 ──改めて自己紹介を。 私はサムサラ。 初めまして、メーヴィン。

 目を見開くメーヴィン。

「そうか……お前さんが……」

 ──私の事、やっぱり伝わってた?

547 dai san jur hachi wa akai mizu wo ten ni sasagu

「……あぁ。 その天族の名をサムサラ。 かつてこの世を征した大海賊アイフリード

海賊団の食材庫を器にした世界一食い意地の張った天族……ってのが、表向きに流して

いた噂だな」

 ──どこまで、受け継がれた言葉?

「一言一句、一切改変されちゃいねぇぜ」

 ……マギルゥめ……。

「もう一つのメッセージの方は……」

 ──そっちは、刻が来たら聴くよ。 もう、決めてるんでしょ?

「……まぁな。 けど、だからって手を抜くつもりはないぞ。 見合わなければ──」

 ──その時は、私があなたに本当の名前を教えてあげる。 それが、賭けだから。

「……ふ」

 にやっと笑うメーヴィン。

 ? 何か含みがあるな。

「さて、そろそろ導師一行がお前さんを探してる頃だろ。 そろそろ行った方がいいぜ」

 ──独りで降りられる?

「問題ないぜ。 そんじゃあな!」

 ──うん。 じゃあ、またね。

548

 メーヴィンはかるーいジャンプでこの凄まじく高い教会神殿から降りて行った。

 身軽ってレベルじゃない……。 まさか、同族……!?

      《!》サブイベント 『受け継がれる二刀小太刀4』

「あ、いたいた! サムサラ! ちょっと、この前の金属出してくれない? このおじさ

んがうるさくてさ……」

 ──もうないよ。 マロリーにいかないと。

「ええ!? そんな……」

「お嬢ちゃん! 何か勘違いしてるみてぇだが……俺の鍛冶に、素材はいらねぇぜ」

「へ?」

「俺は研ぎの技術を受け継いだラゴッツー! 俺がやるのは、武器を研ぐこと……それ

だけだ。 その小太刀を……渡してほしい」

549 dai san jur hachi wa akai mizu wo ten ni sasagu

「ん。 なら、お願いしよっかな。 どうせ今日は宿に泊まるし……」

「あぁ! 任された!!」

 二刀小太刀クロガネ+4を取得しました。

550

dai san jur Q wa saikai t

o taimen

  「今の声は!?」

「うるさいわよミクリオ」

 静けさに包まれた夜中のペンドラゴに、吠え声が響き渡った。

 濁音混じる、肉食獣の唸り声だ。

「僕じゃない!」

「とにかく外だよ!」

「今の唸り声は……まさか、かの者!?」

「わからない……あの領域は感じないけど……」

「まさか、奴か?」

 眠りに就いた古都を駆け抜ける。 スレイとロゼが。

 ちなみにミクリオがスレイの身体に入っている間、私はスレイの肩に『いつでもサム

サラ』として乗っかっている。 重くないし回復もできる優れものである。

551 dai san jur Q wa saikai to taimen

 城や教会のある区域……ペンドラゴ南にある広場まで辿り着くと、そのステージの上

に彼女は居た。

 虎。

 虎の憑魔。

「サムサラ?」

 ──……。

 彼女は、この強い穢れの中で……契約する事も、器を持つ事も無く、ドラゴンパピー

やドラゴニュートになる前の段階で踏みとどまっていた。

 そして、憑魔化してなお今の今までは自身を律していたのだろう。

 それがこうして咆哮を上げるに至った理由は……フォートン枢機卿、か。

「来るよ、スレイ!」

「あ、あぁ!」

 枢機卿が殺されたという事実が民に広まった。

 上が居なくなれば、民は捌け口を見失う。

 見失った捌け口は、そのまま強い穢れとして放出される。

 つまり──

「サムサラ、手を貸してくれ!」

552

 ──大地、魂に無上なる祝福を与えたまえ。 ソウルオブアース。

 いや、史実だったのだろう。

 なら、一刻も早く彼女を解放してやるべきか。

 誓約に触れない、彼女を。

「チッ、こいつ、全属性に耐性を持ってやがる……」

「『火神招来』!」

「『ハクディム=ユーバ』!」

 見た目通り高火力なその攻撃に加え、無以外の全ての耐性持ち。

 流石高位天族。

 その見た目が武人なのは、長年あの男を見ていたせいだろうか。

 ……長年、じゃあないか。

 いや、そうだった。L

oyin

リュー

ディ

mquer

キュ

cepelli

 彼女の真名は……

 虎の姿を取るのは当たり前じゃないか。

「数多の流水、敵を潰せ!」

詐欺師

!」

 この多勢に無勢な状況であっても強い。

553 dai san jur Q wa saikai to taimen

 強靭な身体を削りきるのは中々に難しいかもしれない。

 まぁ、大太刀とか使ってこなくて良かったけど。

「『燃ゆる弧月』!」

「『驚天動地! グランドシェイカー!』」

顎門あぎと

 ──死の

、全てを喰らいて闇へと返さん。 ブラッディハウリング。

 だがしかし、こちらは1人でさえ強力な神依が2人。

 そして、体術ならば到底かなわないだろうが術に関して言えばそれなりに強いと自負

できる私。

 加え、天族2人。

 負ける道理は、無かった。

「片付ける! 阿頼耶に果てよ!」

「!」

 虎武人の動きが止まる。

 それは、驚き。

「嵐月流・翡翠!!」

 その手にある武器は──二刀小太刀クロガネ+4。

 憑魔・虎武人はその身を倒した。

554

  「トラネコがデブネコに!」

「まぁ、失礼なお嬢さんね。 せめてポッチャリさんと呼んで」

 体系も、その首に巻くスカーフの色も、何も変わっていない。

「ご、ごめん」

「もしやムルジム様?」

「えぇ、そうよ」

 吠える者。 予告する者。

 ムルジム。

「有名人?」

「一匹オオカミ……いえ、一匹ネコの高位天族で、強い加護の力を持つと聞いています」

「へぇ」

 ……気のせいか、いや心成しか。

 何も変わっていないように見えて……ちょっと痩せた?

 ミクリオの肩にいるから視点が上がってるのかな?

 キララウス火山で出会った時は、もっとぽっちゃーりしていたような。

555 dai san jur Q wa saikai to taimen

 さて、ちょっと私は姿を……こそこそっと。

 特に意味のある行為ではないけれど……遊び心、という奴なのだろう。

       ──ムルジム。 久しぶりだね。

「あなた、会うたびに同じ言葉で話しかけてくるわね」

 ──そうだっけ?

 ただ、このやり取りをしたかっただけだ。

「前は災禍の顕主一行と共にいて……今回は導師一行なのね。 あなた、そんなに人間

の歴史に関わる天族だったかしら?」

 ──ううん。 この数千年だけだよ。 本来の私は人里離れた所でゆったり眠って

いる存在だから。

「しかも、あなたがノルミン・フェニックスと旅をしているなんて……。 この数万年で

556

も初めての事じゃない?」

 ──ううん。 一番最初は一緒にいたよ。 100年くらいで別れたけど。

「へぇ。 それは初耳ね。 ま、いいわ。 それより……驚いたわ。 まさか、憑魔化し

たとはいえこの私が……嵐月流を、相手取るなんて」

 ──正統な後継者、というわけじゃないけどね。 でも、技術は受け継がれているよ。

「……それは良かった……のか、わからないわね。 けど、少しだけ……本当に少しだ

け、シグレを思い出したわ」

 ──嬉しい?

「さぁねぇ。 でも、少なくとも……嫌な気分でないのは、確かよ」

 ──それはよかった。

「それで? 今度会うのはいつになるのかしら?」

 ──いつか、とだけ言っておくよ。 そろそろリセットが来るし……。

「リセット?」

 ──あぁ、こっちの話かな。

「……そう。 そう、なら……あなたの真名、教えてくれないかしら。 私のばかり知っ

ているのはずるいでしょう?」

 ──エヌエス=ジャーニー。 リューディン=メキュア=セプに、親愛を込めて。

557 dai san jur Q wa saikai to taimen

「……なるほど。 らしい名前ね」

いいらしい名前

・・・・・・・

 ──

でしょ?

「自分でいっちゃ、世話無いわよ。 でも、いいらしい名前ね」

 ──ありがと。

「ねぇ、サムサラ」

 ──何? ムルジム。

「あの導師さんは……あなたから見て、どうなのかしら」

 ──……少なくとも、最後にはなり得ない。 けれど……閉じられた輪に、微かな罅

を入れられる存在ではあると思う。

「人間と天族の共存は?」

 ──私の目的ではない。

「……ノルミンの、ではなく……私の、か。 じゃ、また会いましょ」

 ──うん。 ばいばい。

    

558

    「アリーシャ!」

 ヴァーグラン樹林とラモラック洞穴、更にボールス遺跡を抜けてフォルクエン丘陵ま

ではるばるやってきた一行。 ここに関して言えば、私がいようがいまいが地脈間ワー

プは使えなかったので妨害にはなっていないだろう。

 フォルクエン丘陵を楽々と抜け、レイクピロー高地の橋へと差し掛かった辺りでスレ

イが声を上げた。

「スレイ! こんなところで! ライラ様たちも?」

「うん」

天族

わたしたち

 既に彼女とのパスは無い故に、

の姿は見えない。

 ……見えないが、私の声は届くだろう。

 見れば見るほど……懐かしい。

「ども」

「ロゼ……だったね。 王宮に出入りしていた、セキレイの羽の」

559 dai san jur Q wa saikai to taimen

「あはは……ちゃんと話すのは初めてですね、アリーシャ姫」

「アリーシャで構わないよ」

 特に、その瞳がそっくりだ。

 ロゼも緑と言えば緑だが、その色味には青が混じっている。

 だが、目の前の姫騎士の……その翡翠色は、彼女の瞳によく似ていた。

「ロゼは俺を助けてくれているんだ。 大丈夫、どこも悪くないよ」

「そうか。 スレイの成長もあるだろうが……きっとロゼの力が優れているのだろう

な」

「なんかすごい褒められた!」

「ふふっ……スレイに似ているからかな」

 ……こちらの姫騎士の方が、いささか……うーん、かなり? 落ち着いているようだ

が。

 こう、なんていうんだろう。

 お淑やかさ?

「それは……褒められたのかビミョー……」

「確かに! これはすまない!」

「ちょ、そこで謝る!?」

560

「ふふ」

「あはは」

 ノリの良さは、受け継がれているようにも見えるが。

 水の試練神殿に纏わる情報を聞き出した所で、姫騎士が恐らく部下であろう男に呼ば

れた。

 ま、このくらいなら……いいかな。

 ──加護を受けし衣よ名を示せ。 ホーリィヴェイル。

「!?」

「サムサラ?」

貴き子孫

リー

シャ

2つ目の星

ディ

 ──お守り。 頑張ってね、

「頭の中に声が……。 天族様?」

「あはは……サムサラの声は聞こえるんだ。 うん。 一緒に旅してるサムサラって天

族だよ」

「お守り……ありがとうございます、サムサラ様」

 ──うん。

 去っていく姫騎士を見送る。

 もう一つ。

561 dai san jur Q wa saikai to taimen

誰かさん

 これは、

から。

        「ここがイズチ……」

「そう! ここが俺達の生まれ育った場所!」

 瞳石集めの傍ら、ふと思い立ったらしいスレイとミクリオの里帰り。

 つまるところ、イズチへと一行はやってきた。

 アロダイトの森へ入った瞬間、私の隠蔽術式の上を撫でる様にして通り過ぎたパチパ

チとした感覚。

 ゼンライの領域だ。

 適う事ならミスリルをエクステンションして少し持って行こうかと思ったのだが、や

562

めておいた。

 この場に私の霊力を混ぜると、ちょっと大変な事になりそうだったから。

「穢れの無い、とても穏やかな場所ですわね……」

「良い風が吹いている」

 アロダイトの森を抜け、一気に視界が開ける。

 大気中の霊力が多すぎて少し見辛い程だが、なるほど。

 行った事の無い天界という場所も、このような感じなのだろうかと思ってしまう。

「良い日差しね。 それに、霊力も潤沢」

「あぁ、なんだか懐かしいよ。 ここを出たのは、ついこの間の事なのに」

 ──……。

 繋がらないか。

 ここならあるいは……と思ったのだけれど。

 ズイフウへの交信は出来ないようだ。

 勝手知ったる……いや、そもそも彼らの家なのだから当たり前だが、周囲の天族の視

線を集めながらも頂上の家……つまり、ゼンライの家を目指す一行。

 そしてドアを開けるなり、朗らかな声をスレイが発した。

「ジイジ、元気だった?」

563 dai san jur Q wa saikai to taimen

「バッカも──ん!!」

 その声を雷のような怒鳴り声が叩き落した。

「なんだよ、いきなり!」

「まずは挨拶じゃろ! そんな無礼者に育てた覚えはないぞ!」

「黙って出て行って、ごめんなさい!」

「ただいま戻りました!」

 流石、雷の天族と謳われるだけあるな、うん。

誰かさん

 私に耳は無いけど、思わず

の経験から側頭部を抑えそうになった程だ。

「はじめましてロゼです! お邪魔します!」

「うむ。 無事で何よりじゃ。 従士の娘御も、歓迎しよう」

「わかるの? 私が従士って」

「わからいでか。 スレイを導師として、ミクリオは陪神になったのじゃろう。 そし

て主神は……湖の乙女か」

 2代目だけどね。

「お久しぶりです。 ゼンライ様。 私は──」

理ことわり

「何も言わずとも良い。 因縁は巡る。 避けられぬ世の

じゃ」

 因縁は巡る、の所で私を見るゼンライ。

564

 おっとこれはバレてますね。 流石、聖主に成り得る天族。

「はい。 それでも私は信じたいと思います。 必ず正しい未来に至れると」

「スレイ達は良い主神を持ったようじゃの。 そういえば、キセルは役に立ったか」

 彼がどちらを選んだのか……私は知らないなぁ。

 史実において、この時点でキセルの有無はいくつかの可能性があったし。

「キセルの事はもういいんじゃ。 お前たちの役に立ったなら」

「でも、返すよ。 もう大丈夫だから」

 そう言ってキセルを取り出すスレイ。

 あぁ、持ってたのか。

「遠慮せずに持っておれ」

「ほんとに大丈夫なんだよ。 オレも、ちょっとは成長したから」

「生意気言いおって」

 嬉しそうに言うゼンライ。

 孫の成長を喜ぶ祖父、といった所だろうが……歳の差は云万だろうなぁ。

「なら、代わりにこれを持って行け」

「ありがとう、ジイジ」

「なんの。 礼を言うのはこっちじゃ」

565 dai san jur Q wa saikai to taimen

 絆と言う物を形にするのならば……ここに見える、それがそうなのだろう。

   「じゃ、しばらく自由行動で!」

 というロゼの声と共に、一行は一度休憩に入った。

 ──誘惑の罠張り巡らせ、我が懐中に。 トラクタービーム。

 トラクタービームで宙を行く。

 目指すはゼンライの家の上。 良い風に撫でられながら、良い睡眠が期待できそうだ

から。

 ちょこんとそこへ降り立てば、やはり絶景。 そして心地よい風。

 よきかなよきかな。

 アルディナ草原のねじまき岩よりも、霊峰レイフォルクよりも高いここは……最高の

昼寝場所かもしれない。

 それでは、おやすみな──

「これ、人の家の上で眠るでないわい。 挨拶も無しに……」

 ──初めまして、天族ゼンライ。 私はサムサラ。 屋根、借りて良い?

566

「……降神術か。 憑代も無しに、よくやる」

 ──あるよ、ここに。

 帽子を指差す。

 あ、指ないや。 腕差す?

「……なるほどのぅ。 それで、お前さん……いばら姫持っとるじゃろう。 宿代じゃ」

 ──緋髪の魔王は?

「ほぅ、それもあるのか。 とはいえ、若い頃ならば行けたんじゃろうが……今は、いば

ら姫でちょうどいいわい」

 ──ちょうどいいって……一応最高級品なんだけどなぁ……。

「じゃから、宿代じゃ。 下にいる者達は……湖の乙女含めて、儂にとっては孫同然。 

じゃが、お主は違うじゃろう」

 ──流石に天界天族よりは年下だと思うなぁ。 天台のズイフウの話から察するに、

あなた達は十万百万と生きているんでしょ?

 言いながらいばら姫を帽子から出す。 猪口も一緒に。

 そして、注いで渡す。

「儂とて天界の造られた当初から生きていたわけではないわい。 そして、ズイフウと

は……また、懐かしい名前じゃの」

567 dai san jur Q wa saikai to taimen

 ──天への階梯で地上を憂いでいたよ。 けど、1100年前の災禍の顕主を見て

……少しだけ、改心したみたい?

「あ奴の目指す理想と、儂の目指す理想は違う。 それはお主もそうであろうがのぅ」

 ──永遠に変わらない幸福を……それは、人間には我慢できない苦しみだよ。

「そうじゃ。 じゃから、それに早期に気付いた儂はここを隔離した……。 残された

天族が、その悲しみに溺れぬように」

 ──共存は私の目的じゃないからどっちでもいいけれど……周りの存在は、特に今代

の災禍の顕主はそれを善しとしないよ。

「わかっておるわい。 それでも……あの子達なら、乗り越えてくれると信じておる」

騒ぎて奉る者

神の如き獅子

 ──

と、

「あの子らの魂が見えているお主ならば、わかるじゃろう。 あの子らに渦巻く因縁と、

巡るモノを」

 ──特にミクリオは凄いね。 神の槍と、獅子の島、そして神の如き者。 その全て

を受け継いでいる。

「厄介なのはわかっておる。 じゃからこそ、儂はあの子達の己を信じた」

 ──スレイは、ううん。 スレイの母親は……彼女の魂は、とても高潔なモノだった。

 だからこそ、スレイは導師に成り得た。

568

「それは前の魂の話じゃな?」

 ──うん。 マヒナ……セレンと同じ、月を意味する女性だったよ。 そして、彼女

の娘はとても純粋な子だった。

「……因果。 それが皮肉となるか、希望となるかは……」

 ──スレイ達次第、だね。

 会話が途切れ、こくこくと心水を煽る音が響く。

 翡翠色に見える液体は陽光に照らされ、輝き、流れる。

 不意に猪口が目の前に差しだされた。

「先の地の娘っ子の傘についたノルミン……あ奴も、あの子らを見守ってくれているの

じゃろう」

 ──そうだね。

「お主の加護より、あ奴の加護の方が縁起が良い。 願掛けは、緋髪の魔王にしようか

の」

 ──……若い頃じゃないとキツイんじゃなかったの?

「何、幸先を……」

 ──赤葡萄心水はダメ。 それこそ縁起が悪いから。 だから、守護の意思を込め

て。

569 dai san jur Q wa saikai to taimen

「……四つ腕の青鬼じゃな。 現物を見るのは2000年ぶりか……」

 ──あと、私の加護は別に縁起悪くない。 フェニックスのは『死なない』だけど、私

のは『死んでも──

「乾杯じゃな」

 ──……乾杯。

 食わせ物、という表現の似合いそうな天族だった。

 ジジイ言葉の使い手は飄々とした奴が多いのかな……マギルゥとか。

570

dai yon jur wa ti ni ueta

 tachi

  「……領域!?」

「……違うよスレイ。これは……殺気だ」

 緑青林マロリー。

 元の名を、ダヴァール森林。

 一行はこの場所へ来ていた。

 既に変異憑魔クジャクオウは浄化した彼等だったが、少し奥へと足を踏み出した途端

──気が付いたのだ。

 気を抜けば首が落ちたとでも錯覚するほどの、濃密な殺気に。

「これは只者じゃないわね」

「ええ……並居る憑魔ではこれほどの殺気は出せませんわ。 彼の者のように、強い執

念が無ければ……」

「……不気味なほどに風が静かだ。 まるで、風そのものが死滅しているような……」

571 dai yon jur wa ti ni ueta tachi

 警戒しながら奥へ進む一行。

 憑魔は出現しない。 言葉をも解さなくなった憑魔とは言わば剥き出しの本能であ

り、欲の権化だ。

 つまりそれだけ、生への渇望も強いと言う事。

 普段であればより強い物を倒し、さらなる高みへ上がる事で生存率を高めんとするそ

の憑魔が、己では太刀打ちできないと判断して近寄ろうとしないのだ。

 そして、辿り着く。

「……剣?」

 ──太刀だよ。 大太刀。

  それは地面に刺さるようにして立っていた。

 それは地面に刺さりながらもその長大さを見せつけていた。

 それは、血に濡れていた。

「サムサラ……もしかしてあれが、目的の素材?」

 ──うん。 二刀小太刀クロガネを強化するための素材。

「やっぱりかー……。 でもアレ、近寄ったらなんかヤバそうじゃね?」

「はい……周囲にこそ撒き散らしてはいませんが、アレはとてつもない穢れの塊。 触

572

れたらロゼさんでも瞬く間に穢れてしまいますわ」

「スレイ、浄化できそうかい?」

「わからない。 だけど……オレにはあれが、此処から出たいって叫んでいるように思

えるんだ。 出来るなら浄化して……外に連れて行ってあげたいよ」

 呼吸を必要としない身でも、思わず息を飲んだ。

 蠍はしっかりと戻った事を私は確認したし、数百年の妄執もまた戻って行ったのを確

認したのに。

騒ぎ奉る導師

 それでもまだ、

に助けを乞う存在があるのだとすれば──。

「! みんな、下がれ!」

「憑魔化する……!?」

 その存在は業を蓄積し続けた──業魔と、そう呼ばれる存在だろう。

「これは……まさか、刀斬り!?」

「1100年くらい前はたまに見かけたヤツね。 今はめっきり見なくなったけど」

「名の或る刀匠や剣豪もとに現れてはその者達が持つ刀を軒並み斬り折っていくと言わ

れる憑魔です! その剣筋、実力は達人に引けを取りません! 何より、憑魔自身が刀

よりも硬いと言われています!」

「剣は弾かれそうだな……みんな! 術で対応してくれ! サムサラも……サムサラ

573 dai yon jur wa ti ni ueta tachi

?」

 ──……。

 私は動けなかった。

 エドナの傘についたまま真ん丸と目を見開いているフェニックスを見るに、恐らくは

私と同じ気持ちであるはずだ。

 私は、私達は今……感動しているのだ。

「くっ! 『フォエス=メイマ』!」

「『風神招来』!」

「ちょっとミボ! 速くそのノル起こしなさいよ!」

「無茶を言うな! レリーフヒール!」

 何度も言う。

 クロガネは確かに戻った。

 この世界に来ていたクロガネの魂は一度は業魔化してこの世に留まったものの、最後

には執念を遂げて確実に戻った。

 にも拘らず、ここでこうしてスレイ達と闘っている憑魔は──クロガネの身体から出

た穢れで、クロガネの姿をしている憑魔には──。

 魂がある。

574

「『炎舞繚乱! ブレイズスウォーム!』」

「『竜の裂華』!」

 素晴らしい。

 やはり人間は……素晴らしい存在だ。

 ずっと、この輪を断ち切るのは導師の仕事だと思っていた。

 思い込んでいた。

 だがまさか……業に宿ろうとは。

「『火神招来! 我が剣は緋炎! 紅き業火に悔悟せよ! フランブレイブ!!』」

 ──我が呼びかけに応えよ。 我が力、解放せよ。 灼熱と、業火の意思よ。 焼き

尽くせ……フランブレイブ。

 神依を行う2人に重なるようにして灼熱の魔人が現れる。

 その剣は、その腕は……確実に刀斬りを捉える。

「『千の毒晶』!」

 ──葬送の制裁、蹂躙せしは怒涛の暴風、テンペスト。

 暴風が刀斬りを押さえつけ、縫いとめる。

 ──スレイ!

「『うぉぉおぉおぉおおおおおおお!!!』」

575 dai yon jur wa ti ni ueta tachi

 私が呼び掛けるまでも無く、スレイは駆けだしていた。

 浄化の炎をその剣に宿し、刀斬りを斬らんと。

 しかし、刀斬りはそれを受け止めた。

 自らの腕を犠牲に、だがしっかりと止めた。

 ──直後、足元の破裂にバランスを崩す。

 幻針・土竜。

醒地だいち

 名こそ違えど──それは、彼の使っていた弐の型・

と合一。

「『とどめだ』!!」

 未だ解除されぬフランブレイブの炎がバランスを崩した刀斬りに襲いかかった。

     「穢れが無くなってから見ると……相当の業物だねコレ。 芸術的価値も高そう」

「アルベイン大陸由来の技術が見えますね……どうしてこんな業物がこんな場所にあっ

たのでしょう」

576

「なんでもいいけど、目的の物は手に入ったんでしょ? ならとっとと帰りましょ。 

ここ、辛気臭いのよ」

「だな。 そいつの殺気が無くなったことで憑魔も集まりつつある……とりあえずは宿

に戻るべきだろう」

「ロゼ! ライラ! 帰るよ!」

「おう! ……なんだかよくわかんないけど、お前はしっかり役に立ってもらうよ」

「ロゼさん? 行きますよ?」

「はいはいっと! あれ? ミクリオ、どったの?」

「……まただ。 またサムサラがいないんだ……」

「ほっときなさいミボ。 流石にもう逃げたりはしないでしょ。 心水とツマミでもち

らつかせれば戻って来るわよ」

「……予想に難くないな」

「エドナー! ミクリオー! おいてくぞー!」

    

577 dai yon jur wa ti ni ueta tachi

 ──あぁ。

 そうだ。 思い出した。

 この場所は過去……ライフィセットの友達の、リーヴのための……。

 世界樹の葉があった場所。

 オメガエリクシール。

 なら、あの憑魔は……。

     《!》サブイベント 『受け継がれる二刀小太刀5』

「お嬢ちゃん……こりゃあ……」

「それで足りる? 小太刀の強化」

「……これで足りなきゃ、サウザンドーンの息子の名折れだぜ。 他の街……ローグリ

ン、マーリンド、レディレイクの兄弟たちの所にもいってやってくれよ?」

「はいはい、わかってるって!」

578

 二刀小太刀クロガネ+6を手に入れました。

579 dai yon jur wa ti ni ueta tachi

dai yon jur ichi wa hukis

usabu kaze no tou

   ──じゃ、頑張って。

「へ?」

天族わたし

 ──イグレインに関しては成り行きだったけれど、本来陪神でも無い

が導師の試

練に手を貸すのはおかしいからね。 ついでに言うと、私はここの天響術を使用した仕

掛け……特に転送系は効かないから、置いてけぼりになっちゃうんだよ。

「転送系の仕掛け?」

 ──それは入ってみればわかるよ。 私は適当にその辺でぶらぶらしてる。 終わ

るころを見計らって合流するよ。

「……確かに、これは僕達が秘力を得るための試練、か。 わかった。 スレイ達にも

言っておくよ」

 ──応援してる。

 

580

 そんな感じで一行から一時離脱中。

 言った言葉に嘘は無い。 瞳に見られると最初に戻される仕掛けは私には効かない

のも事実だし、陪神云々も事実だ。

 ただ、私は水の試練が終わったら合流するとは一言も言っていない。

 試練が終わった頃を見計らって合流するとは言ったけどね。

 彼らが私を待ち続ける、という事が無いように、入口辺りに古代語でメモ書きをして

おく。

 『全テノ秘力ヲ得タ時、私ハ現レル』、と。

 うん。 ラスボス感が出ていいんじゃないかな。

異質なる法

maltran

 まぁ行きたくない理由は上に上げたものだけじゃなく……ここには

が居

る。 ヘルダルフの手先たる、それ。

 ゴドジン然り、ここ然り……ヘルダルフの目につかない様に行動しているのにはワケ

があるのだ。

 それは、1100年をかけた……自らの誓約を欺く仕込み。

 精微さの為に、それそのものを考えないようにする仕込み。

 輪に、亀裂を──。

 

581 dai yon jur ichi wa hukisusabu kaze no tou

       ひゅごーっと風が吹き荒れる、高い高い塔の上。

 これほどの高さに会ってもなお黒々しい雲は、しかしその隙間から陽光を覗かせ、幻

想的な光景を造り出していた。

 眼下に見える灰色の森はリヒトワーグ石灰林。 元の名をワァーグ樹林と言い、この

森が化石化したのは霊力を吸収する花、サレトーマが原因だと思われる。

 その奥に見えるのはプリズナーバック湿原。 元の名をノーグ湿原。

 名前が変わった理由は単純で、タイタニアからの廃棄物……溺死、ないしは使われな

監獄

プリズナー

帰還者

バッ

くなった囚人が流されて漂着した。 

からの

の湿原というわけだ。 

 奥地に或る、今は滅びたロディーヌという村。

 恐らくは……というより確実にレニードであり、滅びの原因とされた『石の病』は地

脈点ゆえの物なのかもしれない。 フォートン三姉妹による石化はあくまで近年の物

582

であり、それを隠れ蓑にした黒水晶化が進んだと考えられなくもないだろう。

 更にその隅……異様な力場を放つ、アルトゥス遺跡。

 バクス・メリオダスの眠る、最高峰の技術によって創られた遺跡。

 完全なる左右対称と、呪いを齎さなかった鏡。

 ノルミン・ヴォイド、そして変異憑魔・無。 共に私が感知しづらい存在トップ。 

五指に入る。 指無いけど。

 まぁ2100年も前の話だ。 戻ったのは確認しているし、あそこ自体に特に大きな

力は無いだろう。

小さなご婦人

ル・

ディ

「ほう……こんな所にノルミンがいるとは。 初めまして、

?」

 ──久しぶりだね、導師ワーデル……護法天族ワーデル。 私はサムサラって言うん

だ。

「おや? 君は生前の私と会った事があったのかな。 それはすまなかったね」

 ──生前の貴方にも、今の貴方にも会った事は無いよ。 

「……? よくわからないが、それは私が知るべき事ではないという事だろう。 サム

サラ、君はこの塔をどうして登ってきたんだい?」

 ──トラクタービームで。

「……理由を、聴かせてくれるかな」

583 dai yon jur ichi wa hukisusabu kaze no tou

 ──高い場所は、時間が遅いからね。 その点ここは、イズチ程じゃないけど……

ゆったり世界を眺められる。

「つまり、試練とは関係ないと?」

 ──私は主神でも陪神でもないし、風の天族でもないから。 ただ、この場所は……

戻れなかった子が集まる場所。 彼らが秘力を得た後に、少しだけ仕事をさせてもらお

うと思って。

「……なるほど。 君は死……それも、死後に纏わる天族だね?」

不死しなず

輪廻めぐる

 ──うん。 フェニックスは

。 サムサラは

。 どちらも同じ願いに生ま

れた天族だよ。

「私が君と会ったのは、人としての肉を捨てた直後だね?」

 ──当たり。 こういう問答、好き?

「謎を紐解くのは好みかもしれないな。 と……若き導師達が来たようだ。 君の事は

黙っていた方がいいかい?」

 ──なるほど。 それは面白いね。

「ははは、君もね」

  

584

    「彼らに付いて行かなくていいのかい?」

 ──ここに縛り付けられている子を解放しないとだから。

「デュラハンは浄化された。 君に浄化の術はあるのかい?」

 ──無い。 けれど、存在そのものを押し潰して……強制的に戻す術なら持ってい

る。

「……なるほど。 君にとって、導師としての想いや数刻前に居た風の天族の誇りさえ

も、眼中にはない、という事だね」

 ──浄化は良い事だと思う。 浄化されれば、自らの意思で戻ることが出来るから。

 割断も良い事だと思う。 魂をジークフリートで引き剥がされれば、その魂は戻って

くるから。

「憑魔化は?」

 ──仕方のない事だと思う。 それはこの世界に根付く仕組み。 世界を根本から

崩すか、天界への総攻撃を仕掛けて誓約させ直すなりしないと絶対に紐解けないから。

585 dai yon jur ichi wa hukisusabu kaze no tou

 「天族の、ドラゴン化は?」

 ──それが本人の、意思ならば。

「……君は存外残酷だね。 いや、平等というべきかな?」

 ──少なくとも私は一個人に肩入れする事が多々あるから、平等では無いよ。 言っ

てしまえば世界には憑魔が溢れているのに、私は今ここにいるコ達だけを戻そうとして

いる。 選んで戻しているんだ。

「それは平等じゃないね」

 ──うん。 平等じゃない。

 ──デスクラウド。

「……これは」

 紡ぐ文字は、プライマル・エルヴン・ロアー。

 原初の物語の最も力のある文字。

 発生するのは、ギネヴィアの塔頂を残す全てをすっぽりと覆い隠すほどの……巨大な

黒球。 物理法則に適応されないソレは、地形をも貫通して球を描く。

 最大まで達したそれは、呆気なささえ感じる様相で萎んでいった。

「……即死天響術、だね」

586

 ──強制回帰術、と言ってほしいかな?

「なるほど……塔の中の憑魔の気配が、消え去りましたね」

 ──消えてない。 戻っただけ。

「ははは……元導師として思う所もあるけれど、なるほどこれは……不平等だ」

 ──ただの剪定だからね。

      《!》サブイベント 『受け継がれる二刀小太刀6』

「聞いたぜ! 俺は拵えの技術を学んだレディファイ! さっそく見せてもらってもい

いか?」

「いいけど……おっさん達ほんと似てるねー。 同一人物じゃないかって疑っちゃうく

らいだけど、本当に兄弟?」

「親しみを持たれやすいようにわざと似せてるのさ! ……っていうのは冗談で、各町

587 dai yon jur ichi wa hukisusabu kaze no tou

で順当に育ったら何故かそっくりになっちまっただけだぜ!」

「へー……それで、拵えって何するの?」

「基本的には刀の外装だな! 鍔の部分、鞘の部分……この大太刀の外装部分を解体し

てこっちの二刀小太刀用に作り替えるんだ!」

「なるほどー……ちょっと見てても良い? 手入れする時とか、参考になりそうだし」

「おうよ! 嬢ちゃん、若いのに見る目もある上、結構なお手前だからな! 小太刀も嬉

しがってるぜ!」

「っ! ……そういうのも、声で?」

「あぁ。 だが安心しな。 顧客の情報を漏らすなんて事は、商人としても職人として

もあり得ねえ! 俺達は最高の逸品を造るだけさ!」

「んー、じゃあウチ……セキレイの羽を今後ともよろしくぅ! ってね」

「おうよ!」

  二刀小太刀クロガネ+8を手に入れました。

588

dai yon jur ni wa sinkenm

i no aru chaban

   コトン、と。

 猪口ではなくワイングラスを置く。

 何の意味も無い行為。 既に立ち去った後であり、そもそも憑魔ステンノー……エニ

ド・フォートンはそれが禁忌と分かっていながらも司祭エリックとの不義を交わした

者。 例え甘言に弄された結果だとしても、信じたから、捧げたからといって村を壊滅

させるのは文字通りお門違いという奴だ。

誰かさん

 だからこれは、

の自己満足。

サムサラ

 

はする必要が無いとわかっているけれど……。

 ワイングラスに注ぐのは、赤葡萄心水。 ペンドラゴの領域による雨で薄めた赤葡萄

心水だ。

 とぽとぽと残り半分になるまで注いだソレを、指の無い手で持ち上げる。

 ──乾杯。

589 dai yon jur ni wa sinkenmi no aru chaban

 そして、零した。

 グレイブガンド盆地の乾いた土に、簡単に染み入る赤葡萄心水。

 記憶とは、魂だ。

 記憶の大半を失うのは、魂の大半を削られるに等しい。

 彼女らの記憶は戻ったのではなく、消滅した。

 浄化されたが故に。 まぁ、戻ったとしても私がやっていたのだけれど。

 だから、弔いだ。

 彼女らの身体は、大元の魂はまだこっちに来ているから。

 消えてしまった記憶にだけ、乾杯。

    「ザビーダ!?」

「偶然……って感じじゃないね」

 4つの試練神殿を越え、4つの秘力を手に入れた導師一行は、ローランス皇帝の秘書

官からの依頼を受けるというロゼと共に、皇都ペンドラゴへと向かっていた。

590

 その、皇都前で。

 木に凭れ掛かる、ザビーダと遭遇する。

「今回の相手だけは俺に任せなって……悪い事は言わねえからよ」

「ふざけんじゃねえぞザビーダ」

「ふざけてないぜ。 特に今回はな。 ま、聞く耳持たないってなら、俺もいつも通りや

らせてもらうだけだけどな」

 一向に背を向け、ペンドラゴへ歩いていくザビーダ。

「行かせるか!」

 その背中にデゼルがペンデュラムを投擲するも、一切の目視無く避けられる。

「……わかったよ、デゼル……。 俺にはどうしてもケリをつけなきゃならん奴が、あと

2人いる……だからその時の為にこの最後の2発は大事に取っておいたのさ……」

「お、おい? 話が見えない!」

 振り返り、ジークフリートへ弾丸を込めるザビーダ。

「ミク坊、男の本気は本気で受け止めるもんだ。 さぁ、来なァ!」

 ──なら、私も。

 天より、藤色のノルミンが降りてくる。

 轟と上がった風の霊力に負けぬほど、何か薄暗い雰囲気を持つ二頭身。 

591 dai yon jur ni wa sinkenmi no aru chaban

 それが小さくなり、ザビーダの腰に取りついた。

「サムサラ!?」

「上等だ!!」

「なんでこうなんの!? サムサラまで!」

 喧嘩腰のデゼルとザビーダ。

 表情はいつも通り眠そうだが、攻撃的な霊力を放つサムサラと動揺する導師一行。

 過去であれば、流儀のぶつかりあいであろうそれは──やはり、唐突に始まった。

   「ロゼ、ミクリオ! デゼルをお願い! オレとライラとエドナはサムサラを相手する

よ!」

「わかりましたわ!」

「ちょっとやる気出ないんだけど……」

pahoes

フォ

malma

「先手必勝! 「『

』!!」

 迸る焔。 轟轟と燃え盛るソレは、どこかフェニックスを彷彿とさせる。

 実際にエドナの傘についているフェニックスが、その顔を少しだけ怒気に染めている

592

のは私が動いたからだろうか。 それとも、仮にも見守ってくれというあの時の願いを

……。

 ──天照らせ日輪、今こそ消滅の時。 ライジングサン。

「『ッ! 炎舞繚乱! ブレイズスウォーム』!!」

 中空で発生した小さな太陽。

 圧倒的にして膨大な熱量を放つそれを、あろうことか地面へ向かって落とすサムサ

ラ。

 ただでさえ収穫量の減っているパルバレイ牧草地にそんなものを落とせばどうなる

かなんて考えるまでも無いだろう。

 スレイの選択した天響術は、下から上へ吹き上げる熱波の天響術。

「氷海凍てる果て行くは奈落、インブレイスエンド!」

 その中心から少しでも熱を放出させようとエドナのインブレイスエンドが熱球に突

き刺さる。

 仮にも導師と主神の神依+その陪神であるエドナの天響術。 秘力も含め、どれほど

長く生きていると言っても結局はノルミンでしかないサムサラの術は相殺された。

「『剥ぐは炎弾』!」

「ロックトリガー!」

593 dai yon jur ni wa sinkenmi no aru chaban

 ──紡ぎしは抱擁、荘厳なる大地にもたらされん光の奇跡にいま名を与うる。 リザ

レクション。

 剣から放たれた炎弾はサムサラへと直撃し、仕込みとして発動するロックトリガーも

またサムサラに付与される。 その上で、全異常解除+全回復という回復術式がサムサ

ラを覆った。

「『サムサラ! あの置手紙は、やっぱりそういう事なのか』!?」

 ──……。

 そういう事ってなんだろう。

 そんな疑問がサムサラの脳裏に溢れ出る。 が、この戦いは唯一と言っていいほどの

……スレイ達と直接刃を交える事の出来る極短い機会。 疑問は放置する。

 ──焔、其は魂を看取る幽玄の炎。 葬炎、ファントムフレア。

 この世ならざる幽界の焔が湧きあがる。

 それはどこか穢れにも似ていて、しかし浸食の気配はない。

「万有傅く膝下に! エアプレッシャー!」

 それを、無理矢理エドナのエアプレッシャーが地面へと押さえつけた。

 元の術がどうであれ、今はこの世界の法則に則った術。 相殺できないと言う事は無

い。

594

悔悟かいご

「『火神招来! 我が剣は緋炎! 紅き業火に

せよ!』」

 ──我が力、解放せよ。 灼熱と、業火の意思よ……焼き尽くせ!

 炎が広がる。 大剣に業火を纏わせたスレイとライラが、その緋炎と共にサムサラへ

斬りかかる。

 対するサムサラは地面へと何かに呼びかける様に、その指の無い腕を差し向けた。

「ッ!? 障壁集く肉叢に……バリアー!」

 その地面に、煮え滾るマグマのような、噴火口の様なものが現れる。 そこから、鉄

色と赤色を併せ持つ……何かが這い出てきた。

「『フランブレイブ』!!」

 ──フランブレイブ!

 三者同時に同じ……しかし全く違う技を放つ。

 呼び出された異形──フランブレイブはその両腕から灼熱の焔を放出し、最後には両

腕を合わせて特大の焔を落としてきた。

 それに合わせる様にして、スレイが大剣を振り抜く。

 爆発。

「『炎じゃ……押しきれない』!?」

「スレイ! 私と!」

595 dai yon jur ni wa sinkenmi no aru chaban

 これもまた相殺だった。

 即座にライラとの神依を解除し、今度はエドナと神依を行うスレイ。

pavitlam

ディ

juve

ユー

「『

』!」

「秘めし力、解き放ちましょう……アスティオン!」

 ──腐食。 其は希望の終焉。 サイフォンタングル。

「『ライラ、ジャンプ! 晶石点睛! クリスタルタワー』!」

「きゃっ!」

 足元へ引きずり込もうとするその術式に、咄嗟にスレイが判断。 ライラと自らの真

下に水晶の塔を出現させ、事なきを得た。

 そして確信に至る。

 『全テノ秘力ヲ得タ時、私ハ現レル』という置手紙。

 わざわざ古代語で書かれたソレは、つまるところ最後の試練を意味していたのだろ

う。

 4つの秘力と……最後、無の秘力!

 全く、完全にそういうつもりの無いサムサラは、やはりとくに意図した事でもなく相

手に合わせた天響術を使っている。 まるで試練のように。

雌黄しおう

煌かが

「『地神招来! 我が腕は

! 

やくは瓦解の黄昏』!」

596

 ──荘厳なる意思よ、今ここに! 来たれ、大地の煌き!

 巨大な手甲へと乗り、サムサラへ突撃するスレイとエドナの後ろから、土人形の群れ

が現れる。 とはいえ浮いている彼らが無視して先を行こうとすれば、今度は天からク

リスタルの柱──尖っている──が落ちてきた。

「『アーステッパー』!」

 ──アーステッパー。

 手甲の振りおろしと、水晶の柱。 そして土人形。

 これもまた、相殺される。

「だったら……!」

 術で挑むのは無謀。

 であれば、頼るべきは無。 つまり、己が肉体!

 巨たる大剣でもなく、巨たる手甲でもなく──生まれた時からミクリオと共に高め

合った儀礼剣で、サムサラを狙う!

「うおぉぉぉぉおお!! 剣の刃!」

魔神ノ魂触レルコト能ワズ

ユー

 ──

 その軽い身体で地面に振り下ろした腕から、先程の幽玄の焔のような衝撃波が発生す

る。

597 dai yon jur ni wa sinkenmi no aru chaban

 それを儀礼剣で受け止めるスレイ。

 唐突に、ソレの使い方がわかった。

「うぉぉぉぉおおおお!!! 魔神剣!」

 地面スレスレを掬う様にして、儀礼剣を下から上へと切り上げる。

 すると、そこからサムサラの出した物と同じような衝撃波が出たではないか。

 機動力の無いサムサラに、これを回避する手段も、相殺する手段も無かった。

 ぽこーん、と跳ねて、動かなくなる。

  スレイがこれを秘力だと勘違いしたのは言うまでもない事だった。

598

dai yon jur san wa 『Dezel』

   大の字に、仰向けになったザビーダの横に座る。

 スレイ達はもう行った。 ジークフリートは彼らの手に渡った。

 私はデゼルを相手取る事が出来ない。 本来はスレイもそうだけど、この場に限って

言えば……ザビーダを加勢するという名目があれば、それが出来たのだ。

 歴史は史実通りに進む。

 もう止められないし、止める気もない。

 ない、が。

「……アンタはいかねェのか? サムサラサンよ」

 ──行っても……何もできないから。

「……そうかよ」

 アイゼンにも、フォートン枢機卿にも、そしてデゼルにも……。

 私は干渉できない。 

「自分の流儀を貫く……流儀同士がぶつかりゃ喧嘩になる……」

599 dai yon jur san wa 『Dezel』

 ──何か思い出した?

「……さぁな」

 そう言う意味では、今のデゼルは流儀を持っていない。

 自らの流れを自ら決める意思こそを流儀というのなら……その身の感情で事実へ蓋

をかけてしまった今のデゼルに、それはないのだろう。

 同じくメルキオルに使役されていた彼女もまた……流儀と呼べる物は無い。

「……あんたは、情とか無ぇのか?」

 ──あるよ。 けど、人間ほど激しい物じゃない。 天族達にも劣る、小さな感情。

 フェニックスが激情の天族だとすれば、私は鎮静。 カノヌシに鎮静化されるまでも

なく……私はやるべき事のみに向かって生きている。

「……仲間を、見殺しにする事が……やるべき事かよ」

 ──そうだよ。 最終的には……あなた達を看取り、戻し……巡らせる事が私の使

命。 それが早いか遅いか、明日が何万年後か……それだけの違い。

 それが、異物としての使命。

 本来『サムサラ』というノルミンは、地下深くに眠っているはずだったけれど……。 

誰かさん

が宿って、それを見抜いたフェニックスに外に連れ出されて……。 人間や他

のノルミンと出会って、この世界を見た。

600

誰かさん

 

は、知識を持っていた私は自分勝手な誓約を行い、結果この世界には無い物

を私は使うようになった。

 誓約の代償と、ノルミンとしての使命は奇しくも重なっていて。

 結果私はフェニックスと共に膨大な年月を生きて、その営みを観測してきたのだ。

 フェニックスはそんなつもりないんだろうけど。

「そりゃあ……生きてんのか?」

 ──死んでるんじゃない? サムサラは生きているのかもしれないけど……

誰かさん

はもう、死んでいるんだと思う。

「俺に生きているかどうかを聞いて於いて、あんたが死んでたんじゃ……世話無ぇな」

 ──自身が自身で無くなる事を、死と呼ぶ。 その命尽きる時は戻るという。 

誰かさん

サムサラ

誰かさん

になった時……確実に、

は死んだはず。 けど……。

「けど?」

 ──……一番最初はフェニックスが。 その次は、ジークフリートが。 その次はア

イフリードが。 私を殺してくれた。 死んでいた私を殺して、巡らせて……私は再び

こっちへ来れた。

enuath

journey

ジャー

ニー

 

。 

 彼女に付けられた、そして私が思いだした真名。 

601 dai yon jur san wa 『Dezel』

「殺す……」

 ──宛先不明の復讐を否定する気も無いし、止める気も無い。 デゼルの命もサイモ

ンの命も、なんならヘルダルフの命だって……等しく、同価値だから。

「……まぁ、そこは俺も同じだな。 だからジークフリートを惜しまなかった……」

 ザビーダがアイゼンのためとジークフリートの弾丸を温存しなかった理由。

 簡単だ。

 憑魔となった奴のプライドを守る為に殺す。 そこに仲間だったとか知らない奴だ

とかいう貴賤は無く、例えほかに手段があるのだとしても、それは関係の無い事なのだ。

 プライドを守った結果なんて、見ていないのだから。

「あぁ……アンタ、戻すためなら過程がどうであれ関係ないんだな」

 ──そう。 だからこそ、本人以外の意思によるドラゴン化が許せない。 無理矢理

にこの世界に引き留める行為は……唾棄すべきもの。 テオドラも、シルバもね。

 逆に言えば、ビエンフーやアイゼンは違う。 

 それを呪いとしていたかは分からないけれど、穢れの蓄積を容認していたのなら……

それは私でどうこうすべきことではない。

Lxnuayx

ヴィー

l'ecume

 

 濁り無き瞳のデゼル。

602

 史実では自ら死を選ぶ彼が……この世界で、それを選ばない可能性は限りなく低い。

 中途半端に流され続けた彼が、ようやく手にできた流儀を手放すはずがないのだか

ら。

    「!」

 ──ジークフリートは、役目を果たせたみたいだね。

「……馬鹿が……」

     こぽこぽと、泡が昇って行く。

 下から上へ。 

 穢れた泡が、穢れを落として登って行く。

603 dai yon jur san wa 『Dezel』

「……ここは」

 暗い暗い、海のような場所。

 全てが流れ込む、戻ってくるための場所。

「……」

「あなたは、巡る」

「!」

 この場所に魂がある私は普段喋ることが出来ない。

 耳も聞こえないし、目も見えていない。

 味覚と触覚はあるから十分だけれど。

転生

てんしょう

「でも、感情は許容限界に達していない。 故に

したとしても……その記憶が残る

事は無いわ」

「……アンタは」

「ラファーガはとっくの昔に戻っている。 あなたも戻った。 そして全てを置いて、

またあちらへ行くのよ」

 デゼルが私を見る。

 その開いた瞳で……睨みつける。

「なるほどな……オレの事情も、ロゼの事も……いいや、スレイの事でさえ知ってたって

604

事か。 オレと会う前から、全て知っていて……何もしなかったな、てめぇ」

「そうね。 風の傭兵団が風の骨へと転ずる事件も、ロゼが戦争孤児となる事件も……

全部知っていたわ。 これからスレイがどういう道を辿るのかも、知っているわ」

 ベルベットの事もライフィセットの事もロクロウの事もエレノアの事もマギルゥの

事もアイゼンの事も……全部全部知っていて、何もしなかった。

誰かさん

 気付いたらノルミンに宿っていた

は、ただただ彼らと心水を酌み交わして旅

サムサラ

を楽しんだだけ。 

もそれを許容し、触れる事のなかった味覚を楽しんだだ

け。誰

かさん

 

がこの世界に来た意味なんて、欠片も無い。

「……オレはもう行く。 てめぇの言う通り、全てを忘れて……また巡るんだろう。 

けどな」

 この場所に戻ってきた魂は皆、諦めたような口で私を諌めるか、怒気を露わに私を罵

倒するかの2択だ。 そして、過去幾人かの例外があった。

「けど、なにかしら」

「お前もいつか来い。 来ねぇんなら……あいつらごと、俺が鎖で引きあげてやる」

 ニヤりと、獰猛な笑みを浮かべるデゼル。

 どうやら彼も例外のようだ。

605 dai yon jur san wa 『Dezel』

 即ち──私を殺そうとする者。 残念ながら彼自身にその力は残っていないが……

これは、ロゼ辺りに殺されてしまいそうだなぁ。

「楽しみにしているわ。 おやすみなさい、デゼル」

「じゃあな」

     「サムサラ」

 ──何、スレイ。

「サムサラはザビーダと一緒に旅をしてたんでしょ? その……サムサラもやっぱりデ

ゼルの事、知ってたの?」

 ──うん。 知ってたよ。

「……そっか」

 ──怒らないの? なんでもっと早く教えなかったんだ、って。

「……フォートン枢機卿の時もそうだったけど……言えない理由があったんでしょ? 

606

それがどんな理由なのかは俺にはわかんないけど……サムサラにとって大切な事な

ら、」

 ──残念だけど、そんな大層な理由じゃないよ。 本当ならもっといいやり方があっ

たかもしれないのに、私は近道を選んだだけなんだから。 近道を選んだ結果、あなた

達に真実を教える事が出来なくなったの。

「……サムサラ?」

 ──ごめん、なんでもない。

 エレノアには後悔が無いと言ったけれど……。

誰かさん

 サムサラはそうだけど、ただの人間でしかなかった

は相応に後悔している。

 けれど、死んでいるから穢れが溜まらない。

 皮肉な話だね。

「よくわかんないけど……もし、サムサラが真実をデゼルやオレ達に教えていて……今

日の事を、オレは防げたのかな……」

 ──それはわからない。 私自身がifの存在だからこそ、他のifを観測する事が

できない。 けれど、それが出来たとして……デゼルは何をしたと思う?

「今日の事を、防いでいたら……」

 ──今日にいたる前か、後か。 どちらにしろデゼルは自死を選んだんじゃないか

607 dai yon jur san wa 『Dezel』

な。 自らのせいで大切な物を失ったとか、利用したとか、貶めたとか、自責して……

自死する前に穢れていたかもしれないね。

「憑魔に……なっていたかもしれない……」

 ──そう。 『かもしれない』。 満足できずに、自らの意思を無くしてスレイ達に襲

い掛かって、スレイ達を傷つけて……体にも心にも傷を負わせて、浄化されて。 それ

で満足できると思う?

「……ううん。 思わない」

 ──満足した、って言ったんでしょう? ならいいんだよ。 その生で、満足できた

のなら……それが幸せ。 私達に介入できる余地は無いよ。

「……そう、なのかな」

 ──私とあなたとでは死生観も世界観も違うのよ。 あなたはあなたの答えを得れ

ばいいわ、スレイ。 年齢は関係なく、答えが出るまで大いに悩みなさい。 そして、答

えが出た後は更なる事を悩みなさい。 悩みを無くした時、人間は死ぬのだから。

「……なんかサムサラ、今お姉さんっぽかったよ」

 ──それは普段が子供っぽいと言いたいわけだね?

「う……うん」

 ──まさか素直に認められるとは。 やっぱそういう所もベルベットに似てるね。

608

「ベルベット?」

 ──1100年前の災禍の顕主の名前。

「え!? オレ災禍の顕主に似てるの!?」

 ──身長はスレイの方が5cm高いけど。 よかったね。

「何が!?」

 Velvet

ベッ

Crowe

 

 名の意味を、混沌と濃紺の温もり。

Sorey

 

 騒ぎ奉る導師。

 なるほど、賑やかという点ではよく似ている。

 ならばやはり、どちらもが──。

609 dai yon jur san wa 『Dezel』

dai yon jur yon wa kaikou

 to tettai soshite sousak

u  夜が明けた。

「つーワケで。 またよろしくな、サムサラサン?」

 ──よろしく、ザビーダ兄さん。

「……」

 ──……。

 軽口を叩きつつ、私はまたザビーダの腰元に……という事なく。

 乗り心地の良い、ミクリオの肩に乗っかる。

 一瞬「えぇ……」という怪訝な顔をしたザビーダとミクリオの両名だが、1100年

も一緒にいたのだ。 ザビーダゲージは振り切っているので、ミクリオゲージを溜めな

ければ。

「そういえばサムサラはザビーダと一緒に旅をしていたんだっけ?」

610

「ま、ちーぃっとばかしな。 旅をしていた、なんつっても俺の腰元にストラップみたい

に括り付けられてほとんど眠ってただけだけどよ」

「それは今とあまり変わらないな……」

 みんながみんな、努めてエドナの傘を見ないようにしているのが面白い。

 あとフェニックス。 何故ドヤ顔なんだ。 バレてないと思っているのか。

「じゃあザビーダも海賊だったの?」

「いやいやいや。 ロゼちゃん、俺がそんな野蛮人に見える? 俺はアイフリード達と

正面切って殴り合う流離の喧嘩屋だっただけだっての」

「十分野蛮な気がするのですが……」

野蛮人

Berseria

 まぁあの頃は文字通り

だからね。

 喰えばわかるさ系刺突剣士に斬ればわかるさ系二刀剣士に殴ればわかるさ系海賊副

長と3大野蛮人が1つの場所にいたのだ。 そりゃあザビーダでも霞む霞む。 突け

ばわかるさ系対魔少女も若干野蛮だった気もするけど。

 ……ライフィセットはいいとして、マギルゥが常識人枠にいるんだなぁ……。

 あ、ライフィセットもとりあえず殴ろう少年になったんだっけ?

「で、どこ行くんだ?」

「……とりあえず、グレイブガント盆地に行ってみようと思う」

611 dai yon jur yon wa kaikou to tettai soshite sousaku

「最初にヘルダルフに遭遇した場所だからね」

「グレイブガント盆地な。 わかったぜ」

     「ザビーダ。 ……それと、サムサラ。 あの話の事を聴かせなさい」

「あの話ィ? って、なんだっけ。 告白の返事の事か?」

「誤魔化さないで。 さっき言ったでしょ……お兄ちゃんと決着をつけるって」

「そのままの意味さ。 アイゼンとは、ちょっと因縁があってね」

「それがどんな因縁かを聞いているの」

「『妹さんを僕に下さい』って言ったら殴られた」

「嘘ね」

「でも絶対やるだろ、アイツ」

「……答える気はない、って事ね。 サムサラ、ずっと黙っているけれど、アンタも同じ

?」

612

 ──私は決着を付ける気なんてないから。 

「……エドナちゃん。 ソイツは誓約でアイゼンの野郎には手を出せないんだとよ。 

どんな誓約かは知らねぇが、聞いて面白いもんじゃないと思うぜ?」

「……そ。 あなた達が別れていたのはそういう理由。 仲間、ってワケじゃないのね」

 「ヒヒヒ。 アイゼンが心配するワケだ」

 ──よく似ているからね。 変なこだわりがあるところも、家族思いな所も、内に秘

めているつもりだろうけど全く隠せてないのも、全部そっくり。

「全くその通りだなァ。 エドナちゃんの方が数千倍可愛い気があるってトコくらい

じゃね? 似てないの」

 ──そんなことないよ。 アイゼンにも可愛げはあった。 特に遺跡について語っ

てる時とか。

「……微妙に想像ついちまうのがなんか嫌だな」

    

613 dai yon jur yon wa kaikou to tettai soshite sousaku

 「……ふひぃ〜……」

「ぬくぬく、ですわね……」

「……暑いわね」

「そりゃサウナなんだから暑いのは当たり前だってー」

 男共を宿屋に残して、サウナなう。

 渾身の隠蔽術を全体にかけているが故に、例えカノヌシであろうと中を除く事は出来

秘密の花園仕様

シークレットガーデン

ない

。 覗こうとするのはザビーダぐらいだろうけど。

「ロゼさんはお肌ツヤツヤですわね……」

「ライラこそ、って、天族じゃん!」

「確かに私達は肌荒れとは無縁の存在ですけれど、精神に重きを置く天族だからこそ、弛

みや怠惰はそのまま見た目に現れます。 存外、気を遣わなければいけないんですよ

?」

「……」

 ──何故こっちを見たのか言わないと氷水かけるよロゼ。

「それは無理! いや、サムサラって基本だらけてるイメージで……ノルミンだから肌

とかよくわかんないけど、そこんとこどうなの?」

614

「ノルミンと私達天族は微妙に種族的な部分で違いますから、私もそういう健康情報は

知りませんわね……」

「肌荒れするノルとか聞いた事ないけど」

 ──ノルミンも太ったり肌が変質したりするよ。 今は大分離れちゃった元サウス

ガンド領にいるノルミンなんかは、肌が黒くなってたりするし。

「日焼けするの!?」

 グリモワールの事である。

 ……黒いし、間違ってない。

「そういえばロゼ。 気になっていたのだけれど……あなた、こういう場にも武器を

持ってきているわよね。 錆とか考えないの?」

「あれ、気付かれてたんだ。 まぁ錆びない素材使ってる奴だから、大丈夫。 いつどこ

でヘルダルフが襲ってくるかわかんないし……武器くらいはもってないと」

「その場合バスタオル姿で戦わなければならなくなるのですが……。 そういえばこの

バスタオルはサムサラさんの私物だったようですけれど、何故こんなものを?」

 ──1100年前、それを着たまま旅をする6人の戦闘集団がいてね。 時の導師と

も、災禍の顕主ともそのままの装備で戦っていたよ。 ちなみにバスタオルじゃなくて

ニャスタオルね。 これは彼女らから貰った物。

615 dai yon jur yon wa kaikou to tettai soshite sousaku

「こ、この恰好でですか!? 男性はザビーダさんの例があるのでいいにしても……女性

は、その、色々と……」

「いやいやザビーダが半裸なのもおかしいから」

 ──ちなみにアイゼンも半裸だった事あるよ。

「……詳しく聴かせなさい」

 ──そんなあなたに朗報。 エドナが今使っているニャスタオルこそアイゼンの使

用していたニャスタオルでございます。 洗ってあるけど。

「!?」

 ライラのはベルベットので、ロゼのはエレノアの物。

 違い?

 胸囲だよ。

      

616

 グレイブガント盆地にヘルダルフはいなかった。

 お前わかってたんだろ早く言えよ的な目線が地と風から飛んできているのだが、実は

わかってなかったりする。 いや、史実から見るのならばわかっている事になるのだろ

うけれど、今の私は全身に隠蔽術式を纏う隠行中。 マオテラスと繋がっているヘルダ

ルフを察知しようものなら逆探知必至である。 地脈と接続しているというのはそれ

だけで脅威なのだから。

 そして一行はアイフリードの狩り場へ向かう。

「ヘルダルフ!!」

 そこに、奴はいた。

 獅子の顔を持つ、穢れの塊。

 災禍に相応しい暴虐をまき散らす存在が、仁王の如く立っていた。

 そして始まる、導師と災禍の顕主の戦い。

 付け焼刃の決心に付け入られ、仲間を奪われ、従士を失いかけ……しかし、導師は雌

雄を決すことを今にしなかった。

 去っていく、災禍。

 領域が消え、重苦しい空気も消え去る。

 ──紡ぎしは抱擁、荘厳なる大地にもたらされん光の奇跡にいま名を与うる。 リザ

617 dai yon jur yon wa kaikou to tettai soshite sousaku

レクション。

「……ありがと、サムサラ」

「闘う前はいたのに……」

 ──諸事情あって。

 まだだ。

 あの時に蒔いた種は、まだ発芽していない。

誰かさん

 私はサムサラ。 だけど、

でもあるのだから。

 一行はヘルダルフを倒す為にマオテラスの浄化を優先し、マオテラスの所在を求めて

メーヴィンを探すため、ローグリンへ向かう。

     ザフゴット原野を抜けて、塔の街ローグリンへ辿り着いた一行。

 入って早々お目当てのメーヴィンと邂逅。

 彼から助言を貰い、一行は瞳石を集める事となった。

「え、ここに残るって?」

618

 ──うん。 私は瞳石の記憶を見る事が出来ないし、私が居ると地脈間移動も出来な

いでしょう?

「それはそうかもしれないけど……」

 ──時間、有り余ってるわけじゃないでしょう? 地脈間移動出来ないってリスクを

被ってまで私を連れていくメリットは無いはず。 回復ならミクリオがいるし、エドナ

も出来るからね。

「……うん。 じゃあ、手早く集めてくるから……待っててくれ、サムサラ」

 ──ええ。 頑張りなさい、導師スレイ。

      「……お前さんは高い所が好きなのか?」

 ──地面が遠いからね。 空は遠くても良いけど、地面が近いのは嫌なんだ。

「俺も、高い所はそれなりに好きだぜ」

619 dai yon jur yon wa kaikou to tettai soshite sousaku

 ──世界を見渡せるから?

「あぁ」

 心水。

 銘を、『霧狐』。 数を減らして消えゆく2匹の狐の片割れが人に恋をして人となり、

残された片割れが人となった狐に結婚祝いの尾を送った──『仲間』を意味する心水。

 別名をカリンという。

「……白靄の心水ってな、中々珍しいな」

 ──手作りだからね。 まろやかだけど、どこか切ない。 味はそれなりに自信ある

よ。

「んぐ……。 ……あぁ。 美味いぜ」

 ──ありがとう。

 静かな時間が流れる。

「……未練、って奴……だろうな」

 ──もっと世界を見たかった?

「ああ……遺跡が好きってな、嘘じゃねぇんだ」

 ──けれど、悟ってしまったんだね。

「もしかしたら未練なんて綺麗なもんじゃなく……後悔かもしれねぇ」

620

 景色を手のひらの上に乗せる様に、手を伸ばす。

 その様は、欲しい物に手を伸ばす少年のようだった。

 ──私と話すことが、そもそものタブーだというのなら……私も、1つだけタブーを

犯してあげる。

「ほう? ソイツぁ……魅力的だな」

転生

てんしょう

 ──記憶を持って、次なる生を……天族への

を望むのなら。 

「……!」

 ──満足をしてはいけない。 情念を、怨念を、絶対に諦めないという心を以て、戻

りなさい。 幸せを感じてはいけない。 満ち足りる事は受容。 拒絶を示すのなら、

次なる生すらも掻き抱いて離さないという意思を持ちなさい。

 この世界の、システムの話。

 私が管理する魂が、何故転生という例外を許すのか、という話。

 キャリーオーバー。

 洗い落とす穢れが、信仰が……あの世界で流しきれない程に多い場合にだけ起こる。

 満足した魂は真っ新となって転ず。 私が推奨するのはその形。

 他者の意思で憑魔化・ドラゴン化した者は長きを経て転ず。

 けれど、戻ってくる時に多量の想いを抱え続ける者は……落としきれずに出て行って

621 dai yon jur yon wa kaikou to tettai soshite sousaku

しまうのだ。

 例えば、セリカ・クラウ。

 例えば、オスカー・ドラゴニア。

 もし、それを望むというのなら。

 幸せになるな。 満足するな。

 それが唯一の方法。

「……じゃ、俺には無理だな」

 ──諦めるんだ。

「あぁ……俺にだって情熱はあるがよ。 けど、導師に全てを託すって決めた時にゃも

う……満足してるはずだぜ」

 ──そう。

「しかし、長年疑問だった仕組みがこんな場所で明かされるたぁな。 当たりはついて

たが、これでわかったぜ、アンタの名前」

 ──最初の文字は?

「レ」

 ──じゃあ、正解。

 本当はあまり好きな名前じゃないのだけれど。

622

 理由はビエンフーと同じだ。 私の性格とあってない。

 無駄に仰々しい。

「……良い風だな」

 ──うん。

    《!》サブイベント 『受け継がれる二刀小太刀7』

「俺は刃を打つ技術を受け継いだゼログリン! 兄弟達から話は聞いてるぜ! ソイツ

が例の二刀小太刀だな? 俺がその身を最上の物に引き立ててやる!」

「あ、うん。 頼むよ。 でも大丈夫? 刀身は殊更に硬いけど……」

「力だけが刃打ちじゃないからな! 安心してくれ!」

「じゃ、任せた! ……ところでさ、マーリンドにいるのって……」

「五男のフォーリンドだな」

「その人が受け継いだ技って……」

「防具造りだな」

623 dai yon jur yon wa kaikou to tettai soshite sousaku

「……行かなくていいかな?」

「そこは嬢ちゃんに任せる。 ……が、兄弟としては行ってやってほしい」

「だよねー……」

  二刀小太刀クロガネ+10を手に入れました。

624

dai yon jur go wa kegare 

no lutsubo

   湿原と言う名に負ける事の無い、湿気と言う湿気を詰め込んだような湿原に降りる。

 こういう、暑苦しさのあるじめじめとした所は実を言えば好きではない。 

 あくまで私が好きなジメジメは暗い洞窟の奥深くとか、果ての見えぬ裂け目の地下深

くとか、そう言う場所。 フェニックスが炎でも、私は水ではなく地なのだ。 属性は

無だけど。

 既に導師一行の去ったその湿原は、重苦しいまでの静寂を……生弱を見せている。

 憑魔が蔓延り、瘴気が蔓延り、戻ることさえできない怨嗟が蔓延しているのだ。

 それは、あの風の試練ギネヴィアと同じ。

 あそこはワーデルがいたし、場所の性質上力が上へ上へと逃げていたからここまでで

はなかったけれど……湿気に覆われ、逃げ場の無くなったここは、あそこよりも酷い。

サムサラ

誰かさん

 

はそちらをどうにかしたがっているようだけれど、

はまたも自己満

足を行うことにした。

625 dai yon jur go wa kegare no lutsubo

  取り出すのは赤葡萄心水。 既に銘柄など解らない程に薄まったソレは、ただの赤葡

萄心水とした方が良いだろう。

雨なみだ

 末女の

を入れた。 姉を想い、民を想った枢機卿。

土わらい

 長女の

に零した。 妹を想い、男を想った修道女。

 そして、

 ──酒気は精気。 精気は聖気。

泥いかり

 次女の

に混ぜる。 姉と妹を想い、子供を想った聖女。

 赤葡萄心水の残り半分を半分になるまで零し、ロディーヌ村の地面に混ぜる。

準備・・

 さぁ、これで彼女達への弔いの

は整った。

 後はもう一度、あの村へ行って……彼女らを出迎えるだけだ。

    「サムサラ! ちょっと来て!」

 ──わー。

626

 一度ローグリンに戻ってきたスレイ達にむんず、ガシィ! と掴まれて、拉致された。

 地脈間ワープが使えないので、ドナドナドーナと運ばれる事1時間ちょい。

  私の目の前には、何やら曰くあり気な遺跡があるではないですか。

 犇めく穢れ、蠢く瘴気、さんざめく悲鳴。

 いつぞやの監獄島や第四種管理区域を思い出すその有様は、何を隠そう穢れの坩堝。

「一緒に入ってくれ!」

 ──え?

 やはり口に出さずとも思うだけで災いはやってくるらしい。

  事の顛末、なんて面倒な事を言うまでも無く、見つけた穢れの坩堝に誰も反応しな

かったのだそうだ。 スレイとロゼ以外。

 であればスレイとロゼだけで入ればいいじゃないかと思うのだが、それだと浄化の力

が云々かんぬん。 

 考え方を変えてみようと、つまり地水火風が反応しなかっただけで無属性には反応す

るんじゃないかと、あぁアイツがいたなと。

 さぁて連れてこられました非力なるサムサラちゃん。 穢れの坩堝がどういう役割

627 dai yon jur go wa kegare no lutsubo

なのかを知っているだけに、乗り気ではありません。 例えヘルダルフによって良い様

に利用されていようとも、ノルミン的使命としてはこの場所便利なのであんまり消費し

たくないのです。

 そもそも。

「え、契約が結べない?」

「一時的でもダメなの? サムサラだって天族でしょー?」

 そう、私は彼らと陪神契約も主神契約も従士契約も結べないのです。

 何故なら既に主神がいる上に、主神にそんなにキャパシティがないから。

「ところがどっこい! このザビーダ兄さんに任せな! ……コレ、見覚えあるだろ?」

 ──……それは。

 驚いた。

 息をしていない私が息を飲んでしまった。

 だって、それは……。

「……なにそれ、白い布?」

「……帆船のセイルか? ザビーダ、よくそんなもの……っていうか、どこに持ってたん

だ?」

「随分古い布ですわね……しかし、天族の器になれそうな程穢れていません」

628

「そんなものでどうしようっていうの? このノルの器にでもする気?」

「うわ、これすっごい古い物だよ! 骨董品としてもかなり価値ありそー……布だけど」

 十人十色な反応を見せてくれるPTメンバー。

 確かにそれ自体はただのセイル。 帆でしかない。

 けれど、どの船かと問われれば……。

「そぉ! これは海賊アイフリードが乗っていた海賊船バンエルティア号のセイル! 

……の予備だぜ!」

 一瞬の静寂。

 そして、色めき立つ遺跡馬鹿2人とお兄ちゃん馬鹿1人。

 しかし冷静なツッコミたるは流石湖の乙女(後任)。

「あの……結局ソレ、どのように使う気ですの……?」

「ま、これだけじゃあただの清浄な布だ。 例え100年ほどそこのサムサラが居座っ

ていたマストだろうと、な。 そこに、コレがあればどうだ?」

 そう言いながら取り出したるは、何処までも黒く、際限なく青い水晶。

 風の霊力に包まれ、決して外界に触れないように隔離されたソレは怪しく黒々しく、

冷たく光っている。

「いけません! ザビーダさん、それに触れたら水晶化は免れませんよ!?」

629 dai yon jur go wa kegare no lutsubo

「わーぁってるって。 だからこうして隔離してるんだし……」

「……黒水晶? 伝説の内の1つじゃないか……どうしてそんなものをザビーダが?」

「この布とサムサラと関係あんの?」

 ある。

 どちらも、私に縁深い物だ。

 そして、どちらも私に繋がりが深い物だ。

「あぁ! ソレを持っていれば、疑似的なパスが出来ると言う事ですか!?」

「そゆこと。 ま、陪神契約にも満たない微かな繋がりだが……穢れの坩堝に入る瞬間

くらいは保つだろうさ。 で、同じ親和性を持つ物は……」

 黒水晶をセイルで包むザビーダ。

 セイルが黒水晶化する気配は無く、一見すれば白くて丸いだけの物体が完成した。 

誰かさん

の世界の血濡れのセイントクロスよろしく、口の部分を持つ事も出来る。

「これでOK。 スレイ、ほらよ」

「わわっ……! ……凄まじい霊力を感じるんだけど……」

「まぁある種物質化した地脈みたいなもンだからなぁ。 って事で、行ってこい」

「……ああ! サムサラ、俺の肩乗って!」

 行く流れらしい。

630

 仕方がない。 私、浄化の力なんて持ってないんだけどなぁとか思わないでもない。

 浄化の力がないならロゼと一緒に行っても同じじゃないとか思わない事も無い。

 だから、まぁ。

 しょうがないから、奥の手を使おう。

 ──ライラ。 私のいる方向に向かって念を飛ばして。

「!」

 ──こ、こうですの……?

 ──うん。 みんなにはあんまり聴かれたくない話。

 ──……。

 ──私は浄化の力を使えない。 マオテラスの力も、カノヌシの力も持っていないか

ら。

 ──……カノヌシ様。

 ──けれど、神依は使える。

 ──……それは、でも、浄化の力は使えません。

 ──だから、あなたの力を貸しなさい。 ライラではなく、カノヌシの力を。

 ──……。

 ──フェニックスが活性なら私は鎮魂。 カノヌシと同じ鎮静の力。 似通った力

631 dai yon jur go wa kegare no lutsubo

であれば、真似する事が出来る。

 ──……わかりましたわ。 私は何を?

 ──1つ。 私からの行為を、抵抗せずに受け入れなさい。

 ──はい。

「……サムサラ? ライラ?」

 ──スレイ、一瞬離して。

「え? うん」

 降ろされる。

 さぁ!

 目を瞑ったライラの口に──腕をIN!!!

「──!?」

 周囲で息を飲む音が聞こえる。

 それはライラも同じで、目を見開いてこちらを見ていた。

「む〜〜〜!?」

 ──私の血を飲みなさい。

 あらかじめ切っておいた腕先の傷口から、ライラの喉に血を垂らす。

 味を憶えられてはかなわない。 ただ飲めよ飲めよと口蓋を刺激する。

632

 ごきゅ、と音が聞こえたと同時に私は腕を引き抜いた。

「けほ、けっほ……」

「……えっと、サムサラ?」

「……サムサラって、走れたんだな」

 ミクリオがなんか失礼な事言ってるが、これでパスが出来た。

仮契約

パクティオー

 血の契約。 所謂

という奴だ。 一時的で互いのどちらからでも切断できる

軽い契約。

 本来はこの世界の物でも、ましてや物語の歴史の物でもないが故に負担が大きいコレ

は、私の霊力の大凡5割を持っていく奥の手。 というか禁じ手。

 ようはものっそい疲れるのである。

 ──いこ、スレイ。

「う、うん……」

 さぁ……手に入れた浄化の力(薄)で久方ぶりの業魔退治と行きますかね……。

 憑魔になってから、結構やきもきはしていたのだ。 デスクラウドなんか人目に見せ

られないし。

 どうせ後は眠るだけ……あと4割使い切ろう。 1割は残さないとリセットしちゃ

うから……。

633 dai yon jur go wa kegare no lutsubo

     さて、穢れの坩堝である。

 ティアマットと化してしまった護法天族ゴウフウの封じていた蠱毒の一種であり、異

形の宝玉のまた違う形であるこの場所は、闘技場宜しく千切っても千切っても敵が湧い

てくる場所だ。

「魔神剣! 地竜連牙斬!」

 その中をぴょんぴょんと駆け回って斬り回る導師。

 当然その肩にいる私もぐわんぐわん揺れるのだが、別に脳があるわけでも角膜で世界

を見ているわけでもないので特にモーマンタイ。 

「炎よ燃え上がれ! 氷月、翔閃! 爆炎剣! 雅流炎舞!」

 史実と違って連携に縛りがあるわけでもないので、様々な技を様々な場面で使い分け

るスレイは見ているだけでもキレイである。 

 バッタバッタと倒され、浄化される憑魔。 どうにも無足憑魔とか不死者な奴らが多

のは無属性が陰湿だとでも言うつもりなんだろうか。 いやまぁしょうがないんだけ

634

どさ。

 私と闘ってから使える様になったらしい魔神剣も駆使して闘っている姿はもうなん

かベルベット。

「呪護暴陣! 戦吼、爆雷! はぁ、はぁ……!」

 ──大地、魂に無上なる祝福を与えたまえ。 ソウルオブアース。

「ッ! 太刀紅蓮! って、」

 そうして眺めつづけていると、まぁ。

 至極文句あり気な瞳を向けてくるスレイ。

 回復はしていた。 例え1ダメージ程度の怪我でも全回復していた。

 しかし、攻撃術は自重していたのだ。 だってスレイ神依してないから。

「サムサラ、ちょっとくらい!」

 ──巻き込まれたら、死ぬよ?

「じゃあいい!!」

 私の術は基本的に即死が乗ったり広範囲だったりと面倒なのだ。

 フレンドリーファイアの無い世界であればよかったのにと何度思った事か。 そし

て、喰らっても平然としているフェニックスやジークフリート、普通に避けられるアイ

フリードのなんと凄い事か。

635 dai yon jur go wa kegare no lutsubo

 流石はアイゼンを乗せていて不幸にならなかった男。 即死が一度も発動しなかっ

たのはもう流石としか言いようがない流石。

「感覚的に……あと少し!」

 まぁ、スレイにおいて神依に頼り切るという事はないだろうけど、初心に帰ると言う

意味では己が肉体のみで戦える機会は結構少ない。 

 例えここにいる憑魔が無機物だけではない……霊応力の無い者が見れば、狂った人間

の収容所であっても。 それを斬り伏せて動けなくしている導師がどう目に映るのだ

としても。

神依を使わない

 浄化は彼の使命であり、鍛錬の為にわざと

なんて事は出来ないのだか

ら。

 神依が使えない状況で、沢山の憑魔を相手取る機会は重要なのだ。

 今の状況は、つまるところライラが私に力を貸して、私がその力をスレイに貸してい

る状態。 私は単なる中継ポイントであって、私の変換効率によってスレイの浄化の力

も変動する。 

 逆に言えば、スレイへの供給を全カットすれば私はライラから貸し与えられたカノヌ

シの力をフルに使える、と言う事である。

 ──スレイ。 下がれるだけ下がりなさい。

636

「え? ……わかった!」

 入り口付近まで下がるスレイ。

 殲滅が止まれば増える増える憑魔の群れ。

 なまじ無足と不死者が多い故に連なり重なり群れに群れては海となる。

 ぐちゃぐちゃ、べちゃべちゃという不快な音が響き渡る水底。

 ──その力、穢れ無き澄み渡り流るる……。

 そこへ、光が降り注ぐ。

 私には似合わない荘厳なる光。

 身を贄とした少女の、真の意味での生贄の術。

 ──魂の輪廻に踏み入ることを許し給え リヴァヴィウサー!

 光。

    「サムサラ! いい? もうあの術は使わないでくれ! 心臓に悪いから!」

 ──……使ってみたかったから使った。 反省も後悔もしていない。

637 dai yon jur go wa kegare no lutsubo

「反省はしてよ……」

 リヴァヴィウサー。

 わが身の命を代償とし、敵には大ダメージ&強制仰け反りと、味方には蘇生&異常回

復体力回復の究極自己犠牲術。 勿論使用者は死ぬ。

 とはいえ、私は色々な都合によって死なないし、この術だって形だけ肖った偽物。

 だからどうなるのかなーって。

 結果、私は意識を失った。

 眠る以外で意識を失う手段があったとは驚きである。 恐らくこの身体を維持する

のに必要な霊力分にまで干渉したからだろう。 多分サムサラが怒ってる。

誰かさん

サムサラ

 子供っぽい

と違って、

は落ち着きのある女性なのだ。 グリモワー

ル感満載なのだ。 自己愛ではない。

誰かさん

 お酒が好きなのもオツマミが好きなのも悪戯が好きなのも全部

なのだから、

面目ないとしか言いようがない。 うん。

 ──……ちょっと反省する。 でも後悔はしないから。

「……ならいいけどさぁ……」

 ご迷惑おかけしました。

638

『Mayvin』

  スレイ達が、全ての瞳石を集めきったらしい。

 そして、メーヴィンは覚悟を決めたようだ。

「今回もアンタは参戦しねぇの?」

 ──メーヴィンと闘う必要性は感じないね。 血族じゃないとはいえ、マギルゥの子

孫のような存在に刃を向けたくないし。

メーヴィン

「そりゃ同感だ。 だがよ、そりゃ

の覚悟に対して礼を欠くってもんじゃ

ねぇ?」

 ──だからザビーダは戦うんでしょ? 流儀と誇り……今まで天族達を殺してきた

ように。

「だからアンタは手を出さない、ってか……誓約ではなく、個人の好みとして」

 ──そうだね。 

「……じゃ、行くぜ。 俺はあいつらの陪神だからな」

 ──うん。 

刻遺の語り部

メー

ヴィ

 

の言葉に従い、導師一行はローグリンの中心に建てられた石碑に手を触

639 『Mayvin』

れる。

 どの道、私には見えない物。

 見えなくとも知っている物。

 メーヴィンが文言を唱える。

 そして、6人の魂は懐かしい気配に包まれた。

   ──Hou hir suthu kao, Wnusim kao aseto.

 Wa boyyou fnese 『quqao』 nome.

「偉大なる大地の神よ、契約者『刻遺』に御心を示したまえ、だ」

 ──刻遺の語り部一族に伝わる言葉?

「そうだな。 初代が死ぬときに残した言葉と聞いているぜ」

 ──なるほど……言い回しが『らしい』ね。

 特に「偉大なる」を「彼の」と置き換える当たりが。

 時が経つ。

「……人の業か」

 ──遥か昔は憑魔を業魔と呼んでいたからね。

640

「とんだ世界に生まれちまったなぁ、お互いによ」

 ──そうだね。

 人間の彼と、ノルミンの私では……いや、言うべき事じゃないか。

 時が経つ。

「さて……そろそろ俺は、準備に取り掛かるぜ。 お前さんは戦わないんだろ?」

 ──うん。

「それを聞いてちったぁ安心したぜ。 ……死に目には来いよ?」

 ──うん。

     スレイの答え。

 憑魔となった天族だけでなく、憑魔にさせられたヒトも救う。

 ヘルダルフをも救う。

 それは彼の物の命を止め、戻すと言う事。

 その覚悟があるのか、躊躇わない覚悟があるのかと、メーヴィンは問う。

641 『Mayvin』

 そして戦いが始まった。

 誓約による長命を断ち切る方法。

 ジークフリート。 意思を剥ぐ物。

 人間としては強いメーヴィンだが、誓約を破った事による弱体化も手伝って、ほぼ全

開状態の神依──スレイ達の前に為す術はない。

 彼は武芸者ではない。

 我流の剣術は確かに長い年月を経て見事な物に仕上がっているが、刻遺の語り部とい

う性質上誰かに師事する事も無かったのだろう。

 長命の誓約が彼を守っているが、同時に牙を剥いているのだ。

 だから。

「茶番にしたいのなら終わらせてやる!! 決めさせてもらうぞ、我刀・穿光塵!」

 挑発するような、その笑みに。

「メーヴィン! これが、答えだ!」

 銃弾は、放たれなかった。

   

642

   ──私はサムサラ。 メーヴィン、あなたは?

 ──俺はメーヴィンだ。 聖隷サムサラ、アンタに伝言がある。

 ──うん。

 ──『今更伝える事など無いわ! 何千年も期待しおって、その顔が見られんのだけ

は残念じゃが……想像するだけですっきりするわい! これで因縁も賭けも貸し借り

も無しじゃ。 また会おうぞ、サムサラ』……だとよ。

 ──……え。

 そんなことを……1000年も受け継いできたの?

 私に意趣返しするためだけ……あぁ、マギルゥらしいか。

 確かにちょっと期待してたなぁ……。 何を言われるのか、って。

 ──ふっふっふ、澄ました奴だと思っちゃいたが……普通に驚くんだな。 その声が

聴けただけでも、これを受け継いできた価値はあったってもんだ。

 ──あの時の含み笑いはそう言う事か……確かに、賭けに勝っても得られるものがこ

れじゃあね。

 ──そういうことだ。 ……輪廻を司るノルミン。 俺は、転生しないんだろ?

643 『Mayvin』

 ──記憶が引き継がれないだけで、その魂はちゃんと戻るよ。

人間おれたち

 ──

にとっちゃあ、そりゃしねぇのと一緒だな。

 ──……ありがとう。 マギルゥの言葉を伝えてくれて。

 ──おう。 あいつら、見守ってやれよ? 年長者の務めって奴だ。

 ──おかえり、メーヴィン。

     「あ、やっと起きた。 サムサラ! 始まりの村カムランに行くよ!」

 ──イズチの麓の村だね。

「……やーっぱり知ってたんだな」

 ──うん。 咎める?

「ううん。 進むよ」

 ──うん。

 そっか。

644

dai yon jur roku wa 『malt

ran』 

  「おーい聞いたか! また戦争だってよ!」

 メーヴィンを看取り、さぁ決戦……カムランへ至ろうと、キャメロット大橋を渡って

いた最中の事。

 ハイランドとローランスの本気の衝突。

 武器商人は喜び勇み、導師は焦る。

 ローランスの晴嵐騎士団の小競り合い。 一行はラストンベルにいるという増援の

白皇騎士団──つまり、セルゲイの元へ会いに行く。

   「そういえばサムサラはセルゲイと会うのは初めてだよな」

 ──そうだね。 石になった弟なら見た事あるけど。

645 dai yon jur roku wa 『maltran』 

「そうか……そうだったな」

 グレイブガント盆地を抜けて、ヴァーグラン森林を行く一行。

 一時戦争が中断していた時の安穏とした空気は完全に大地から消え去り、人間の少な

いこの森の中までもがピリピリと張り詰めた空気に満たされている。

 そして向こうから、よたよたとこちらへ歩いてくるのは。

「ごめん頭領……みんなが、ペンドラゴで捕まっちゃった……」

「トル!」

 セキレイの羽、もしくは風の骨。

 双子の商人にして暗殺者。 帽子を被っている方、アン・トルメ。

 彼がボロボロの状態で一行の前に現れた。

 彼の口から出たのは、ルナールによる謀略で風の骨が捕まったと言う事。

 戦争を止める為にラストンベルへ行くか、風の骨を助ける為にペンドラゴへ行くか。

 ロゼは家族のため、ペンドラゴへと向かう。

 さて、ここは史実でも選択肢となった場所。 果たして。

「強いるねぇ……」

 ──残酷だと思う?

「いや……あいつらを思い出すな」

646

 ──……そうだね。

 この世界は本当に。

     悩んだ結果、ハイランド──アリーシャに会う事を優先した一行。

 それはロゼを信じての物であり、同時にセルゲイを信じての事。

 私としてもありがたいことだ。

 何故ならラストンベルの方にはサイモンがいる。 また身を隠さねばならない。

 セルゲイはまぁ……こっちの姿は見えないだろうけど、どっかフェニックスと似てい

るし。 ロゼの方は、私にできる事は何もないからだ。

 さて、ラモラック洞穴を抜けてハイランドを目指す一行。

 道中で出会うのは、マルトラン。 グレイブガント盆地のハイランド陣営にいた。

「……」

 私は風。 私は空気。 私は世界に流れる不偏の存在。

 故に、私はここにいない。

647 dai yon jur roku wa 『maltran』 

 大丈夫見られてない隠蔽術式は完璧。

 だけど、ロクロウがそうだったように……本物の武術家が感じ得る『気配』というの

は侮れない。

 私はそう言う事をしてこなかったから、霊力の感知に比べて生体エネルギーともいう

べきか、そういう気配の察知は苦手なのだ。

 だけど何も言ってこない辺り違和感を覚えているだけだろう……と思いたい。

 マルトランの視線は、私ではなくフェニックスに行っていると……そう思い込もう。

     レディレイクに到着した一行。

 アリーシャのいるだろう貴族区域を行くと、聞こえてくるのは怒声。

 アリーシャを糾弾する声だ。

 急ぎアリーシャの家へ向かうと、そこには憑魔化したハイランド兵3人。

 スレイ、これを浄化した。

 戦闘描写すら必要ない程だ。 なぜなら、既に彼らは秘力をも得た導師なのだから。

648

 だが、アリーシャへと戦争の勅命の事を問うも、帰ってきた答えは「仕方ない」。

 ザビーダの戯言も、彼女には通らない。

 だが、少し頭を冷やした彼女は、その戯言……王の勅命を握りつぶす、という考えを

受け入れる事にした。

 それがいばらの道であると知った上で。

 彼女への牙はもう1つ。

 彼女が頼ると言ったマルトランの正体。 皆が言いあぐねる中、エドナが言い放つ。

「無理よ、マルトランは憑魔だもの」

「え?」

「ヘルダルフの配下として戦争を煽った張本人なのよ」

 取り乱すアリーシャ。

 仕方のない事だろう。 彼女にとって、親にも等しい存在なのだから。

 だが、顔を伏せたスレイを見て……彼女は飲み込んだ。

 それが真実だとわかってしまった自身を騙すかのように、歩き出す。

   

649 dai yon jur roku wa 『maltran』 

  ──アリーシャ・ディフダ。 

「……」

 ──選択を迫られて、迷ったままに掴んだ光でも、それはあなたの選択肢。

「……」

 ──いつか大切になるわ。

    さて、ボールス遺跡だ。

 アウトルから奪った槍を掲げ、マルトランが待ち構えるそこ。

「で、アンタはまたお留守番……ってか?」

 ──意地の悪い質問をするね。

「そりゃあな。 あんな泣き顔の子供さえ守ってやれない誓約なんざを立ててる最年長

者にアタリがきつくなるのは仕方ねえってもんだろ?」

 ──その通りだね。 だからザビーダが守ってあげてよ、私の次の年長者さん。

「ああ、このザビーダ兄さんに任せとけって」

650

    憑魔と業魔。

 ビエンフーがいなくなった今、力自体は憑魔の方が上と言えるだろうが、その本質は

同じモノ。

 即ち、魂の表出だ。

容量過剰

オー

バー

 業に塗れ、欲に塗れ、穢れが

した魂が各憑魔の姿を形取り、本能の赴くまま

に破壊を行う。

 霊応力のある者にはそれが異形の存在に見え、無い者には気を狂わせた人間や動物、

もしくは異常発生した自然物や原理不明のまま動く物に見える。

 理性を吹っ飛ばした凡百の憑魔は各地をうろつき、本能のあらん限りを持って人間に

襲い掛かるのだが。

 時折……そう、それはロクロウのように本能自体が人の業であり、理性を保っていら

れる存在になったり、ベルベットたち喰魔のように他の役割を与えられる事で理性を持

つ上位存在に至ったりと様々な様相を見せ、その中でも極めて強い穢れを持つ者が、災

禍と呼ばれる。

651 dai yon jur roku wa 『maltran』 

 マルトランもまた、そういう例外たる存在の1つだ。

 強靭な理性と意思。 背後を襲われて尚世界を救いたいと言う理想。

 それはかつてのアルトリウスやメルキオルにも匹敵せんという意志故に。

 前は変えるための行動を起こしたのが導師で、今回は災禍だったと言うだけの話。

 どちらもが人間であるからの行動と言えるだろう。

 変わりたい。 変えたい。

 そのためには元の存在を殺さなければならない。

 それが世界であれ、自分であれ。

 それは私の言う戻す、とは違う。

 本当に殺すという事。 存在を消滅させる事。

 ヘルダルフの理想は、アルトリウスの理想は、マルトランの理想は、メルキオルの理

想は。

 殺して、一新する。

 鎮めて、一新する。

 同じものなのだ。

 同じものならば。

 それを打ち崩すのも、同じ。

652

 完璧を崩すのは、いつだって混沌なのだから。

     少女の慟哭が響き渡る。

 エレノアと同じ。 いや、エレノアより遥かに弱いのかもしれない。

 やめたい。

 考えるのも、やめてしまいたい。

 もう嫌だから。

 辛い思いをするのが嫌で、苦しい思いをするのが嫌。

 民のために、国のために動いても、辛くて苦しい。

 だから、やめてしまいたい。

 言葉では彼女はこれほどに後悔している。

 重責を背負い、押し潰され、慕っていた者にも拒絶され。

 だというのに、彼女は。

 ──フェニックス。 感じる?

653 dai yon jur roku wa 『maltran』 

良い師

・・・

 ──全く感じはしない……素晴らしい魂の少女なり。 余程、

に育てられたの

だろうな。

 ──そうだね。

 一切の穢れを発する事なく。

 スレイの手を取って、立ち上がる。

 何故なら、戦争が起きる事も……自身が止められない事も、嫌だから。

 拒絶の強欲、といった所だろうか。

 全てが嫌だけれど、だからこそ立ち上がる事が出来る。

 素晴らしい人間だ。

 「信じられるかよ! 勝手な事ばかり言いやがって!!」

 ラストンベルについて早々、教会の方から住民らしき男の声が響いた。

 行ってみれば、セルゲイが住民たちに糾弾されているではないか。

「一度街を出よう」

 スレイに気が付いたセルゲイが言う。

 その背に向かって心無い言葉が投げかけられるが、何故か彼らは追ってこない。

 街の外へ出てセルゲイと会話をしようと試みるも、まるで見計らったかのようなタイ

654

ミングで現れる子供とハイランド兵。 導師が加勢しようとした途端、世界から色が失

われた。

「これは!」

「邪魔立てしてくれるな……折角お膳立てしたんだ」

「全部お前の仕業か!!」

 現れたのは、サイモン。

 刹那的な加護故に、総じてみれば死神の加護にも似た人間を不幸にしてしまうソレを

持つ彼女。

 現れては消え、現れては消えを繰り返し、導師一行をおびき寄せる。

 その彼女を追って行けば、何故か見えたのはセルゲイ達──。

  と、言ったところだろうか。

 私に幻術は効かない。

 それはアバルや、前のペンドラゴでも同じ。

 故に、今回も静観──とは行かない。

 折角だ、干渉できる内にセルゲイにホーリーヴェイルをかけて、その戦いを見守ると

しよう。

655 dai yon jur roku wa 『maltran』 

   ──大地、魂に無上なる祝福を与えたまえ、ソウルオブアース。

「これは……!?」

「この感じ……サムサラ!? って、そういえばさっきから見てない!」

 住民と和解したセルゲイ。

 住民が去ったのを見計らって、回復術を使う。

 見事、そう言う他ないだろう。

 ただの人間が憑魔化したハイランド兵を倒しきったのだ。 浄化できずにその命を

奪って止めたのだとしても、賞賛に値する。

 故に、まだ息の或るローランス兵を助けるくらいはしよう。

「う……」

「傷が……」

守護者の指針

セルゲイ・ストレルカ

 ──

「何!? ……誰だ!」

 ──私はそこの導師の仲間。 サムサラ。

「また唐突に話しかけたんだな……」

656

「スレイ、サムサラというのは……」

「うん、俺達の仲間だよ」

 ──先を示す者。 あなたを目指し、皆がついてくる。 故にあなたは信仰を集めて

いる。

「……信仰?」

 ──それは、穢れと最も遠い力。 相反する力と言っても過言ではないし、浄化の力

の源でもあるもの。

「浄化の力……」

 ──私も保証する。 セルゲイ・ストレルカは穢れない。 穢れを持つ事が出来な

い。

「……よくわからないが……スレイと同じく、慰めてくれていると思って良いのか?」

 ──うん。 けど、ガス抜きは必要。 戦争が終わったら一緒に心水でもどう?

「なるほど……確かに導師一行は心水が飲めなそうだ。 飲み仲間が欲しい、そう言う

事だな?」

 ──簡単に言えば。

政まつりごと

「わかった。 戦争が終わり、国の

にも片が付いた時は、共に飲もう」

 ──うん。 待ってる。

657 dai yon jur roku wa 『maltran』 

       夜のペンドラゴ。

 ロゼが出した貼り紙によって、一層静まり返った貴族街を行く。

 と、貴族街の一角から聞こえてくる密会の声。

謀たばか

 風の骨を

ったルナールと、それに手を貸したのであろう貴族の声だ。

 明朝、風の骨の処刑を執行するらしい。

 屋敷を出て行ったルナールを追う。 が、邪魔をするようにローランス兵の憑魔が彼

らの前に立ちはだかった。

 ──スレイ、捕捉してある。 存分に。

「ありがとう! 行くぞ、みんな!」

 史実と違い、従士がいないからと言って2人で戦わなければいけない、という事はな

く。

658

 天族4人と導師1人にかかって、ローランス兵の憑魔は浄化された。

   「サムサラ、ここ!?」

 ──うん。 ほら、あそこ。

 そこには、縛られた風の骨と、その前に立つルナール。

 そして刃を突きつけるロゼがいた。

 ──私が風の骨を助けてあげる。 スレイはロゼと一緒にルナールを。

「うん、行くぞ!」

 ルナールの青い焔を避けたロゼの元に、スレイ達が駆けつける。

 私はトラクタービームで浮いたまま、風の骨の元へ行く。

 エギーユとアン・フィルは霊応力が高く、私のいる場所を見て首をかしげた。

 まぁ今は隠蔽術式使ってないからね。

 全ての風の骨を解放すると、丁度ケリがついた。

 スレイが浄化の炎でルナールを焼く。

 だが。

659 dai yon jur roku wa 『maltran』 

「ククク……灼けないねぇ、導師ィ……!!」

「これは!」

「枢機卿と同じ……」

 そもそも、浄化の炎は『元の自分に帰りたい』という意思が欠片でもなければ浄化で

きない。 強制的に姿を変化させるのであれば、それはもう浄化とは言えないのだか

ら。

 故に、枢機卿も、マルトランも、そしてルナールも。

 力を得るために、そして理想を、野望を叶えるために。

 戻りたいなどと、微塵も考えてはいないのである。

「私の仕事」

 ロゼが寄る。

 ルナールは身内だから、自らの手で。

 けれど。

康寧こうねい

「眠りよ……

たれ」

「……ざけん、じゃねぇ……安らぎもクソもあるか……」

 その目が、ロゼを見て。

 私を見る。

660

 私は強く見返す。

「カッコつけようが人殺しだ……ただの……!!」

「わかってる」

「カゾクゴッコの建前の……癖に……!」

「だったら?」

 その口角が、上がる。

 強い、強い、強い強い強い意思がロゼを貫いた。

「きめぇんだよぉ!!」

「あっ!?」

 それは、最早穢れとさえも呼べない感情の露出。

 その色は今もなお地脈に生成される黒水晶にも似て、しかしシグレ・ランゲツやアル

トリウス・コールブランドの放つ魂の呼気にまで匹敵する力の奔流。

「死ぬほどなぁ!!」

 その力は、穢れとも信仰とも気ともとれるそれはルナールの身体を灼き尽くす。

 スレイの浄化の炎よりも深い。 ライフィセットの白銀の炎よりも暗い。

 分類できない憑魔。 唯一となった憑魔。

 ルナール。 

661 dai yon jur roku wa 『maltran』 

「サムサラ」

 ──戻ってないよ。 ルナールは、戻っていない。

「何だと……?」

 ──狐は強欲の動物。 その魂すらも、手放す事はしない。

「じゃあ、奴は……」

 ──自身の感情を発露した事で力を失った……けれど、どこかでまた力を取り戻して

復活する。

「……なンで止めねえ?」

 ──止まらない。 彼はもう概念化したと言っても良い。 謂わば、私やフェニック

ス、そしてビエンフーと同じく……ううん、ノルミンですらない。 

  ルナールは1人で生きてきた人間。 それはもはや、独善……いや、独悪の概念その

ものと言っても過言ではない。 

 ヘルダルフにかけられた孤独の呪い。

 それを自ら進んで被り、さらに昇華させたような……アレこそが、本当の意味での災

禍の顕主。

 人間のためなんて事は微塵も思っていない、世界を変えようとさえ思っていない、自

662

己の為だけの悪魔。

 ルナール。 その名は狐を意味するRenardではない。

 確かに彼は狐の憑魔だが、その綴りはLunarre。

Lunar re

 

 赤き月は地上側の地脈の変化によってこの数百年起こっていない。

 だからもし、彼が力をつけ……赤い月がまた顔を出した時。

 全てが起こる……のかもしれない。

 史実より先は、わからないままだから。

663 dai yon jur roku wa 『maltran』 

dai yon jur nana wa 『Gouf

u』 to ningen no shori

   ──東方。

 ──莫大なる穢れを感知。

「それって……グレイブガンド盆地の……!」

 ──スレイ、走ってちゃ遅いから……吹っ飛ばすよ。

「お願い、サムサラ!」

 ──誘惑の罠張り巡らせ、我が懐中に! トラクタービーム!

「ッ……ライラ! ロゼ!」

Pahoes

フォ

Melma

「はい! 『

!』」

「ミクリオ!」

Loose

low

ロー

save

Rorroi

「わかってる! 『

 

 

!』」

「なんとかできるの、あれを!?」

「出来なきゃ救えねえさ……誰もな! サムサラ、今回アンタは!」

664

 ──天族の意志でなく、故意にドラゴン化する……私の使命の対象だよ。

「シルバとおんなじか……そいつぁ許せねぇな!」

 ──発射。

  「くそ……」

 木立の傭兵団団長、ルーカス。

 負傷した仲間の元に駆け付けたが、そこにあった現実はただ1つ。

 死。

 死が形となって、文字通り牙を剥いたのだ。

 それはかつて見た導師の力よりも恐ろしく、暴虐で。

 ルーカスの心を折るには十分な存在だった。

 一度は敬遠した自分が導師に縋るなど都合が良いにも程があるが、その縋り得る存在

を遠ざけたのも他ならぬ自分。 否、自分達だ。

 もしこの事を予見でき得る者が1人でもいれば、ドラゴンの出現という埒外の事態を

知り得る者が1人でもいれば、例え団の規律を破る事となったとしても己の頭を地に叩

き付け、助力を願っていた事だろう。 

665 dai yon jur nana wa 『Goufu』 to ningen no shori

 それほどに恐ろしい存在。 それほどに余りある存在。

 だから、悪態を吐いたのは自身に対してだったのだろう。

 だから、すんなりと出てしまった。

「ここまでか……」

 諦めの、言葉が。

 「『うぉぉぉおぉおお!! 諦めるな!!』」

 しかし、ルーカスの縋った導師は、諦めさせてくれるような優しい導師ではない。

 優しい故に取り込まれ、穢れ、朽ち果てて行った導師とは違う、ともすれば向かうド

ラゴンよりも恐ろしい程に、純粋。

人間界

 

ではあり得ない程に真っ直ぐに育った添え木は、良質な支えとなって折れた心

を奮い立たせる。

「『走れぇぇ!!』」

 その従者の言葉に、ようやく火がついた。

 仲間の肩を支え、無様に足をもつれさせ、転げるようにして逃げる。

 誰かが臆病だと咎めても、誰かが都合が良いと咎めても、今はただ生きる為に。

 導師のくれた、命の為に。

666

 そして見上げる。

 駆け付けた、導師の和。

 一度は折れ、燻った火が、彼らの姿を──戦い続ける彼らを見上げて、心に産むのだ。

美しい炎

Bien feu

勇気

Brave

 

を。 

を。

   「『しぶとい……!』」

「流石はドラゴン、ってトコだなぁ……」

 ──大地、魂に無上なる祝福を与えたまえ。 ソウルオブアース。

「『助かる! けど……』」

「穢れを食べているのです……自身を恐れる人間たちの」

 護法天族・ゴウフウ。

 穢れの坩堝の管理をしていた彼の存在がなったドラゴンだ。 強いのは当たり前。

 けれど同時に、このドラゴン・ティアマットは周囲の穢れに支えられている。

 シルバとは大違いなのだ。

「あんた、何を待ってる……? チッ、合わせな! 瞬迅、旋風、業嵐.……来なよ! 

667 dai yon jur nana wa 『Goufu』 to ningen no shori

ホライゾンストーム!」

皇子み

 ──我が呼びかけに応えよ。 舞い降りし疾風の

よ、我らに仇為す意思を切り裂

かん。 シルフィスティア。

 ザビーダに悟られた。

 私が、この期に及んで手を抜いている、という事を。

 先程から使う術は全て一行の使う術に合わせた物ばかりだ。

 それは、超常の力だと悟られないため。

 スレイだから立ち向かって行けるのだと、彼らに知らせるためだ。

「やば……」

 打ち上げられたロゼに迫る、穢れを纏った大咢。

 空中では為す術の無い人間を食らうなど、造作もない事だろう。

 間に合わない。 神依ですら間に合わない。

  ──ほら、起きる時間だよ。

  帽子から取り出す。

 それは、亡き大魔法使い──そして今代で途絶えた刻遺の語り部の、その初代が私に

668

託した親友の形見。

「……そりゃ」

 ──おはよう。

 勇気の宝珠。

 それが、美しい光と共に煌き──燃え上がる!

「くそ、ロゼ! 魔神剣!」

 スレイが咄嗟にはなった魔神剣。

 それを貫く、一本の槍。 槍にかけられた術は、ホーリーヴェイル。

 加速したソレが、ティアマットの翼を貫いた!

「グォォォオオオアアア!?」

 さらにその槍を蹴って、ロゼが離脱する。

「アリーシャ!?」

「スレイ!! 私達も戦う!」

 振り返ったスレイの眼下に映るのは、士気を──残った勇気を燃え上がらせた、ハイ

ランドもローランスも傭兵団も正規軍も関係ない「人間」。

「恐れるな! ドラゴンなど、」

「でかいトカゲだ!!」

669 dai yon jur nana wa 『Goufu』 to ningen no shori

「「うぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」」

 勇気は怒声となり、怒号となりて戦場に響き渡る。

 ティアマットが吸収していた穢れもまた、断たれた。

Rising up

 

「あはは……なんか希望見えてきたかも……」

「オレもだ。 もーっちょとだけ……」

「「やってみるか!」」

 ──元始にて万物の生たる燐光。 汝が力、我に示せ!

Pulchri

フィ

クー

Zadeer

「『

!』」

Pavitlam

ディ

Juve

ユー

「『

!』」

 ──ビッグバン!

 ティアマットの頭上に、純白の輝きが生まれる。

 実はコレ、一応私の秘奥義だったりする。 空中という被害を気にしなくても良い場

所で放たれたソレは、いつか聖寮の船を完全に消し去った時と同じく──。

 ──片翼、貰った。

 ティアマットの右翼をごっそり削り取った。

「ゴガァァアアアアアアアアアアアアアッ!?」

670

「これも導師の力か、スレイ! 頼もしい! 獅子戦吼!」

「これは負けていられない……星天裂華!」

「放て! ありったけの矢だ! 補給は気にするなよ!?」

「おおおおお──ッ!!」

「サムサラ! 僕にも合わせてくれ! 灼熱の赤、極寒の青! 交じりて乱舞せよ! 

ヴァイオレットハイ!」

 ──我が呼びかけに応えよ! 静かなる意思、粛清の力に変えて! 正義の心、我ら

に!!  アクアリムス!

「これなら……! 参ります! 忌まわしき闇を呑み込む忘却の終焉!!」

 沢山の力による連鎖の末に放たれた、ライラの紙葉。

 確かに史実で言う50hitなどとうに超えているだろうこの雨の中であれば発動

できるだろう。

 ならば、便乗しよう。

 術、借りるよカノヌシ。

 ──元素集いて万象果てよ!

「サイレント・エンド!」

 ──インサブステンシャル!

671 dai yon jur nana wa 『Goufu』 to ningen no shori

 光球が、ティアマットの身体を削ぎ──。

「スレイ!」

「……」

「スレイ?」

「……ああ!」

 ティアマットは、ドラゴンは。

 導師と共に、暗雲と共に。

 戦場から、消えた。

 「……やった」

「人間の勝利だ!!」

「うぉぉおおおおおおおおおおおおお!!!」

 国のいがみ合い、関係なく。

 今は肩を組む、人間達。

 ここに勇気は再誕せり。

  

672

   ドラゴンは消えたとしても、穢れがすべて消えるわけではない。

 グレイブガント盆地は依然として兵士の憑魔が蔓延る土地となってしまった。

 そしてその中心で、かつてのザビーダが……アイゼンと出会えなかったザビーダを彷

彿とさせる、その憑魔が生まれようとしていた。

 ゴウフウと共に500年前旅をした彼女は、故に恋人を殺した導師を怨まずにはいら

れない。 彼女には、ゴウフウが救われたとは思えないのだから。

 ──だから私が、あなたの穢れを奪いに来た。

 戻ることは何も悪い事ではないと。

 いずれまた、輪廻の果てに出会えると。

 置かれた輪廻の龍珠。 天恵の宝珠。 そして、異形の宝珠。

 ──ゴウフウに会いたい?

 肯定。

 ──導師が許せない?

 逡巡……肯定。

 ──憑魔になってでも、導師を殺したい?

673 dai yon jur nana wa 『Goufu』 to ningen no shori

 否定。

 ──天族として、導師と闘いたい?

 肯定。 躊躇。

 ──本当に?

 ……否定。

 ──ゴウフウに、会いたい?

 肯定。 肯定。

 ──戻りたい?

 ──……。 …………はい。

 ──おいで。

  2つ・・

 

の宝珠を拾う。

 さて、ティンタジェル遺跡群へ行こう。

 ……おかえりなさい。

674

dai yon jur hachi wa teis

enkyoutei to ketui to tog

ame

   ティンタジェル遺跡群。

 かつてドラゴンを神と崇めるカルト集団が根城にしていた、現在は風の骨のアジトで

あるここ。

 ザビーダはもう、割り切れているのだろうか。

「あ、サムサラさん……どこへ行っていたのですか?」

 ──ちょっとそこまで。

 そこってどこだよ、というツッコミは受け付けない。

 視線を向ければ、スレイとロゼは爆睡中。 真正面からドラゴンを倒しきる……それ

は、確かに彼らの精神に負担を強いた事だろう。

 戦士の束の間の休息、という奴かな。

675 dai yon jur hachi wa teisenkyoutei to ketui to togame

「さァ、俺達も一休みしようぜ、お姉さん方?」

「はい……お二人に、毛布をかけてから」

 ライラがスレイとロゼの方へ歩いていく。

 彼女がそちらへ向いた瞬間に、ザビーダが意味あり気な視線を私へ向けた。 コク、

と頷く。

「んじゃ、俺は遺跡の上で寝てるぜ」

          ──なに?

「いやぁ、なんつーかな……聞きたいんだよ、アンタの今後の行動、って奴について」

676

 そう切り出すザビーダの声色は、いつも通りの様で真剣だ。

 嘘は許さない、という意思が感じ取れる。

「この1100年とちっとか……アンタと行動していて、幾つか分かった事がある」

 ──……。

「アンタは何か大層な使命か宿命みてぇなのを持っていて、それを全うするためなら仲

間が死にそうになっていても〞そっち〞を優先する、ってことだ」

 ──うん、そうだね。

 その考察は正しい。

サムサラ

誰かさん

 

が生まれた時。 そして

がこちらに来た時に見た、地脈の奔流。 

本流といってもいいかもしれない。

 それは大地の記憶や瞳石で見れる物よりも遥かに情報量の多い、この地この世界で怒

り続けてきた事柄の全て。

 この凄惨な世界が、繰り返し続ける文明の涙。

未来

さきのこと

「そんでアンタは、限定的にだが〞

〞まで知ってやがる……」

 ──へぇ、驚いた。 よくわかったね。

「1100年前からソレっぽい行動はしてたンだろ? 多分、一緒に行動してりゃ気付

けた……あの時、マギルゥの今の際……あいつが言った「全部知ってたんじゃろ?」っ

677 dai yon jur hachi wa teisenkyoutei to ketui to togame

て言葉は、「ベルベットたちの身に起こることを」って言葉にかかってたんじゃねぇの

?」

 ──あれ、聞こえてたんだ。 乙女の秘密を盗み聞き?

「風の天族だからな。 勝手に聞こえるさ」

 そう。

 私の不可解な行動に最も疑問を持ち続け、そして類い稀なる頭脳によって答えを導き

出したマギルゥ。 純粋ゆえに私と接し続ける事で老いてから正解に辿り着いたベン

ウィック。

 彼ら彼女らが残した、「全部知っていたのだろう」という言葉はカノヌシの事だけでな

く、初めて会った時から未来に起こりうることを知っていたのだろう、という……少し

だけ咎めるような感情のこもった言葉だった。

 それでも2人は、私を信じて笑ってくれた。

 ──それで? 何が言いたいの?

「次はねぇって事さ」

 ピリ、という殺気が身体を撫でる。

 粟立つようなつくりにはなっていないけれど、氷風呂にでも浸かったかのような寒気

に襲われた。

678

「今まではアンタの流儀が俺の流儀とぶつからねぇから見逃してきたが……アンタあの

時、〞人間〞のために〞ロゼ〞を見捨てようとしたな?」

 ギロ、と睨みつけられる。

 それも正解だ。

 私はあの時、『人類が勇気を取り戻す事』を優先し、『ロゼの命』を蔑ろにした。

 史実では助かっていたのだから、大丈夫だと。

 私のやるべき事の方が先だと。

 ──ザビーダの元の流儀って、憑魔化した天族は殺す、だけじゃなかったっけ?

「ちょっと違ぇ。 俺の流儀は『どんな命も奪わず、見捨てない』、だ。 あと、元じゃ

ねぇよ。 流儀が2つあったっていいだろ?」

 ──……確かに、憑魔化した天族を殺すことは命を奪う事ではないね。

「俺は見捨てねえ。 で、見捨てようとする奴も許さねぇ。 流儀と流儀がぶつかり

あったら、どうするかはわかってるよな?」

 ──ぶつかり合って、黙らせる。 あは、私もアイゼンに毒され過ぎたかな?

 私はもう海賊じゃないのに。

「一応聞いておく。 最終確認だ。 アンタの流儀ってな……本当の所、何なンだ?」

 私の流儀。

679 dai yon jur hachi wa teisenkyoutei to ketui to togame

 私が万を生きる中、守り抜いてきた流儀。

 それは。

  ──人類の営みに、発展に、助力しない。

 「……それは誓約じゃねェのか?」

 ──違う。 私の流儀はコレ。 私は眺める者として、記憶する者として、管理する

者として、この世界を生きとし生ける人間を高める事をしない。

「神にでもなったつもりか……?」 

大精霊

・・・

 ──敢えて言うならプルート……

や晶霊に近いかな。 もしくは魔界の王。

「なら、アンタの誓約は……なンだ?」

 ──流石にそれは言えない。 けどまぁ、似たようなものだよ。

 ザビーダは、それ以上は聞いてこなかった。

 けれど、私を見る目は明らかに変わっていた。 今までの気に入らないモノから、呆

れたような、理解の範疇外にいるモノとして。

  

680

      「ふぁぁ……あ、おはよ、サムサラ」

 ──おはよう。 3日間の爆睡、さぞかし心地良かったかな。

「3日!? え、オレ3日も寝てたの!?」

 ──うそうそ。

「なんだ、嘘かぁ〜。 で、ホントは?」

 ──4日。

 スレイ達が眠りに就いてから丸々3日経った明け方。

 ようやく2人が目を覚ました。

 あれから私とザビーダは微妙な距離感を保つようになってしまったので、ミクリオに

ちょっかいをかけて3日を過ごした。 何がのでなんだ! というミクリオの怒りは

聞こえないものとする。

681 dai yon jur hachi wa teisenkyoutei to ketui to togame

「ラストンベルへ行こう!」

 戦争は本当に終わったのか。

 あの後、セルゲイやアリーシャはどうなったのか。

 ソレを知る為に、一行はラストンベルへ向かう。

        「サムサラ、ちょっといいかしら」

 セルゲイとアリーシャの停戦協定への歩み出しを見て、今日の所はラストンベルで休

むことにした一行。

 日が落ちてからも各自自由行動をとる最中、エドナが私に声をかけてきた。

 ──今忙しい。

682

「……あなたにとって、死って何?」

 ──戻ること。 人間や動物が1日の終りに眠りに就く様に、魂もまた一生の終りに

戻る。

「……あなたも、死が救いになると思ってるの?」

 ──思っていない。 戻ってくることは決定事項。 けれど、それを歪めて掠め取る

のなら容赦はしない。 自分の意志ではなく、誰かの意志によるドラゴン化は私の使命

によって断ずる。

「……」

 聞いてもいない事をペラペラと喋って誤魔化すのは私の常套句だけど、殊更アイゼン

にこの手段が効いた試しは無かった。 

 妹であるエドナもまた、私を射抜くような瞳で見ている。

 ──ドラゴンを元に戻すことは、出来ない。 白銀の炎で身を灼けば、業魔ではない

ドラゴンに返す事は出来るかもしれないけれど……文字通りの、天に住まう者達に呪い

を解かせない限り、ドラゴンから天族へ戻ることはできないよ。

「……それは、あなたの持っている事実、かしら」

 ──そう。 割り切れないのも納得しきれないの呑み込めないのも勝手にすればい

いけれど、それは不変の真実。 いくら探求しても、いくら願い求めても、それは変わ

683 dai yon jur hachi wa teisenkyoutei to ketui to togame

らない。

「……そう」

 それだけ言って、エドナはザビーダの元へと歩いて行った。

 私に事実を聞いたエドナは、ザビーダの信念を聞きに行ったのだろう。

 聡明は大半の時において良い言葉として扱われるが、一部の例外が存在する。

 早咲きのエドナ。 早咲き故に、経験は圧倒的に足りない。

 達観してしまった私より、苦汁を舐め啜ってきたザビーダのほうが、なるほど経験者

としての知識は多いだろう。

 満天の星空を眺める。

 スレイの決断。

 マオテラスと主神契約を結び、スレイが全ての感覚を遮断して眠りに就く事で、マオ

テラスの加護の届く場所──つまり大陸全土の人間に、従士程度の力を与える事を可能

とする。

 それは、遥か過去。

 聖隷信仰の厚かった時代の最初に、彼が行った事と同じ。

 前回は信仰を忘れた人間によって、そして勝手にあきらめた天族達によって、開きか

けていた輪が閉じてしまった。

684

 過ちを、過去にできるか。

Journey's end

 ここが、

    

ノルミン

「……我々も決めねばならんな。 

の立ち位置と、独立と──友の生き様を見

届けるために」

 ──そうだね。 色々ケリがついたら……自主独立はともかくとして、共闘くらいは

してあげる。

「ほう? またあのコンビを結成するか? 我が半身」

 ──アレ黒歴史なんだから忘れてくれない? っていうか、各地で私の噂流してるの

あなたでしょ。 結成の前に解散することになるよ? 私の半身。

「また島が一つ消えるか……」

誰かさん

サムサラ

 ──

は別にあなたの事嫌いじゃないんだけど、

は苦手で仕方ないら

しいから……まぁ、再結成は諦めて?

「おぉ、我が半身では無い方の。 ならば伝えておけ。 必ずや、ノルミンのノルミンに

685 dai yon jur hachi wa teisenkyoutei to ketui to togame

よるノルミンのための覇権は復活すると……! その時、我の隣にいるのは我が半身以

外にいない、とな!」

 ──アーアーキコエナーイ、だってさ。

「では伝えたぞ……我が半身」

 ──またね、私の半身。

686

dai yon jur Q wa ka no mo

no ni hikari are

  《!》サブイベント 『受け継がれる二刀小太刀8』

 カムランがあるイズチ近郊へ向かう途中、補給と休憩の意味を込めてマーリンドへ

寄った一行。

 その入口で、こちらを目視するやすっとんで寄ってきたのが武器屋の親父。

 他の兄弟からの文で、今か今かと待ち構えていたらしい彼は、ロゼを見るなり眼を輝

かせて自身の家の中に一行を招待した。

「よく来てくれたな! 俺はサウザンドーンから防具造りの技術を学んだ五男フォーリ

ンド! さぁ親父の造った武器の声がするっていう小太刀を見せてくれ!」

「いいけどテンション高いし声デカいっての! っていうか、他にする事あるの? こ

れが最高の出来上がりだって私でもわかるんだけど」

「フォーリンドさんは防具造りを受け継いだ……って言ってたけど、武器の事もわかる

の?」

687 dai yon jur Q wa ka no mono ni hikari are

「いや、兄弟がここまで仕上げた武器となると、俺にできる事は何もない!」

 そしてロゼには重々しい防具はいらない。

 身軽さこそがロゼの武器であり、防具だ。 避ける事こそが本懐であるロゼは、そも

そも当たらない戦闘を行う。

「ならなんで呼び込んだの……?」

「そりゃあ……まぁ、うん。 見たかったからだ!」

「スレイ、行こ? 無駄な時間食っちゃった」

「そうだね……」

「まぁ待てまぁ待て! 呼び込んだのは、お前達に一つ情報をやるためだ!」

 ゴホン、と咳払いをするフォーリンド。

 そして指を立てながら、こう言った。

「これはとある吟遊詩人に聞いた話なんだがな?」

 吟遊詩人と聞いて、ロゼとスレイが止まる。

 少し前、メーヴィンの前代のメーヴィンが眠るトリスイゾル遺跡を訪れたばかりだっ

たのだ。

 もしやその吟遊詩人もメーヴィンに繋がりの或る物ではないかと、期待に胸を膨らま

せた。

688

「なんでもこの世界には天族という存在がいて」

「それは知ってる」

「だから待てって! その天族って存在は、最大まで強化した武器を祝福し、人間じゃ辿

り着けない領域まで昇華してくれるらしいんだ。 あんた、導師なんだろ? 心当た

り、あるんじゃねぇの?」

「なるほど……確かにコレを祝福すれば、素晴らしい武器になりそうですわね!」

「うん、あるよ」

「本当にあるのか……じゃ、なくてだ。 コイツを祝福して、それで初めて俺達の……サ

ウザンドーンの技を継ぐ兄弟の仕事は終わる気がするんだ。 頼む、ソイツの最後の姿

を見せてくれ……!」

 頭を下げるフォーリンド。

 いわゆる土下座。 DOGEZAの文化。

 ──スレイ、ムルジムなら祝福できるよ。 他の装備と違って、ソレはね。

「え、ムルジムって、ペンドラゴにいた天族……だったよね」

 ──うん。フトマユネコ。

「……ロゼ。 心当たりがあるんだけど……やってみる気、ある?」

「そりゃ勿論! スレイの足りないトコ、補うのが私の役目だし。 それじゃ、その心当

689 dai yon jur Q wa ka no mono ni hikari are

たりとやらに行ってみますか!」

「おぉ、おおお……! そんで、頼みがあるんだが……」

「無事に昇華で来たら一目で良いから見せてくれ、でしょ?」

「このとおりだ!」

「だから声がデカいって……わかってるわかってる。そんじゃ、また来るよ」

 ──スレイ。流石にここからペンドラゴは遠いから、地脈間移動を使うといいよ。

「いや、それだとサムサラが……」

 ──私はこのレディレイクに用があるから。気にしないで。

「……わかった。また、言えない事なんだね」

 ──え。 ……あー。 うん、そうそう。 言えない事。 あぁ、あとこれ持って

行って。

 うん。

 言えない事だよ。

 うん。

「これ……お酒? だいぶ色が薄いけど……。 これも、必要な事なんだね? ……わ

かった。 それじゃ、行ってくる」

 ──行ってらっしゃい。

690

      「サムサラ」

「ノル」

 ──アイゼンに手を出すつもりはない。 安心して?

「……」

「もし勝手に、お兄ちゃんに何かしたら……許さないから」

 ──はーい。

「ザビーダー? エドナー? 行くよー?」

 ──信用してよ。 そも、自らの意志によるドラゴン化は管轄外なんだってば。

「……そうかよ」

 ──エドナも。 そんなに怖い顔しないで、さ?

「……」

691 dai yon jur Q wa ka no mono ni hikari are

 ──じゃあ、私はもう行くから。

 振りかえらずにトラクタービームで浮かび上がる。

 うーん、本音だけで生きていくにも、アイゼンやベルベットのようにはいかないもの

だ。

 やっぱり私はのらりくらりと誤魔化しながら生きていた方がいいのかな。

      「いらっしゃいませニャーっておお! お久しぶりですニャ!」 

 ──あれ、ちゃんと覚えていてくれたんだ。

「勿論、お客様の事は誰1人として忘れませんニャ! あのお酒も、1100年間保存し

て置きましたニャ!」

 ──素晴らしい。 パーフェクトだねこにん。

 忘れている、もしくは消費してしまったのならクレームの1つでも入れて見ようかと

692

思っていた腹に、コレ。

 私の中のねこにんの評価は鰻登り……いや、ねこまっしぐらである。

菱鉱心水

インカローズ

 ──前回と同じく『四つ腕の青鬼』『

』『緋髪の魔王』『いばら姫』『地念どど

空より来る石

二石天使

ダブルセラフ

〜ん』……そして『日々寧々』『

』『

』に……イリアーニュの、赤

葡萄心水。

「まいどありがとうございますニャー!」

 さぁ……久しぶりの酒盛りだ。

 これが最後になる事は無い。 けれど……お別れの意味は、込めてある。

 戻ってきたら、一緒にお酒を飲もうね。

        サムサラがPTから外れたスレイ達一行は、久方ぶりの地脈間ワープを使用し、皇都

693 dai yon jur Q wa ka no mono ni hikari are

ペンドラゴに来ていた。 アリーシャに一緒に行かないと断った手前、鉢合わせる可能

性も考えなくは無かったのだが、今回の戦い……あのドラゴンとの戦いで危機に陥った

ロゼの戦力強化の為にも、ロゼ本人含めて天族達が推奨した事で踏ん切りがついたよう

だ。

「この匂いは……スレイ、お酒を持っているのかい?」

「え? あぁ、地脈に入る前に、サムサラが持って行けってさ。 ……そういえば、この

お酒……前に、サムサラが儀式に使ってたような」

「儀式?」

 儀式、という単語に反応するミクリオ。

 例え旅が終われども、遺跡好きという根幹の部分は変わっていない。

「追悼と祝杯……だったっけな。 確か、フォートン枢機卿と対決する前くらいに」

「フォートン枢機卿……そういえば、グレブガンド盆地にはフォートン姉妹に由来する

村があるんじゃなかったか? ペンドラゴの蔵書に、そう記されていたと思ったんだが

……」

「……多分、それだ。 ミクリオ、ロゼの武器の祝福が終わったら……帰り道は歩いて行

こう。 グレイブガント盆地にあるっていう、その村に行く必要があるはずだ」

「……なぁ、スレイ。 ずっと気になっていたんだが……君は、その……サムサラの不可

694

解な行動について、何か思う所はないのか? 僕達の行動だけじゃない。 ヘルダルフ

やサイモン、憑魔たちの動きまで先読みしたかのように結界を張ったり、身を隠したり

……まるで、未来を知っているかのようなあの行動に」

 それは、同じく何かを知っていて話さない──話せないライラとは違う、不信感。

 そもそもがエドナが連れてきた程度しか関わりの無いあのノルミンが、何故かスレイ

達の動きを知り尽くしている。 非力だの弱いだのと本人……本ノルは言うが、彼女の

扱う術はスレイたちの神依時の天響術にさえ匹敵する威力だ。 

 今まで40近いノルミンに会ってきたが、誰もが一点特化な存在で、自分から戦うよ

うな者は1ノルだっていなかった。 強いていえば憑魔化していたノルミン・アタック

がそうと言えるかもしれないが、本人の意志ではない。

 サムサラ、という名前も気になる。

 他のノルミンは皆、ノルミン・〜〜という名前であるのだから、サムサラにもそうい

う名前があるのではないか。 例えば……ノルミン・スロウスみたいな。

 何故それを明かさないのか。

 なぜサムサラと名乗っているのか。

「ハハ……正直な事言えば、思う。 サムサラは俺達に全く心を開いてないから、誰より

も距離を感じる。 けど……ちょっとコレ、失礼になっちゃうんだけど……」

695 dai yon jur Q wa ka no mono ni hikari are

「今、僕以外誰も聞いてないよ」

「……サムサラはさ。 なんていうか……無害だから」

 それは、導師の顔だった。

 人々を救う導師。 導く者の顔。

 大局を見据えたうえで、『サムサラ』という個人は人間に害が無いのだと、導師スレイ

は断定していた。

「無害で……それで、生き物の味方だよな。 いや、サムサラ風に言うなら魂の味方……

かな? 俺の仕事が生かす事なら、サムサラの仕事は多分……」

「多分?」

「俺が生かせなかった魂を、もう一度生まれられるようにしてあげる事なんだと思うん

だ」

 この、導師一行という一つのパーティを預かる、謂わばリーダーという立ち位置にい

るスレイは、何もサムサラという存在の全てを頭ごなしに受け入れていたわけではな

かった。

 彼なりの目で、彼なりの考えでサムサラという一個存在を観察し、その上で提示され

る『試練の様な物』を受けていた。

 各地に会った試練の塔。 サムサラは、それそのものの様な存在なのだと。

696

 ならば、やることはただ一つ。

 試練に合格できるよう、やりきるだけだ。

「……君は本当に……馬鹿なのか、頭が良いのかわからないな」

「ミクリオこそ人の事言えないだろ? ずっとサムサラ、肩に乗せてたんだし」

「あれはっ! あれは勝手に乗ってくるから……」

「普通、全く信頼してない奴を頭の横になんか置かないよ」

「……それはそうだが……」

 スレイこそ、ミクリオこそと言い合う2人。

 その2人を見て、普段はどこかの誰かの傘にぶら下がっている男が、腕を組みながら

云々と頷いていたり、しなかったり。

      《!》サブイベント 『受け継がれる二刀小太刀9』

697 dai yon jur Q wa ka no mono ni hikari are

 「それで、あの子に言われて私の所に来た、ってワケね……はぁ、全く。 いつも唐突な

んだから……」

「えっと……ごめんなさい?」

「いいのよ。 それがあの子の良い所でもあるのだし……。それで、武器の祝福だった

わね。 見せてもらえるかしら?」

「あ、うん。 これなんだけど……」

 ロゼはソレを取り出す。 導師一行であるとはいえ、曲がりなりにも神聖な教会の中

で、ソレを出す。

 ソレ──二刀小太刀クロガネ+10は、禍々しいオーラを放ちながらも、穢れを一切

放出していない。 それでも、ムルジムは一瞬だけたじろいだ。

 否、威嚇したと言う方が正しいか。

 だってそれは、自身の主であるシグレ・ランゲツを殺した太刀と──余りに似ていた

から。

「なるほど……だから私の所に持ってこさせた、ってワケね。 わかったわ。 祝福

……してあげる」

 思う所は多々あった。

698

 何故ならば、コレは怨敵の獲物に他ならない。 ましてやあの大太刀が、二刀となっ

ている。 いや……大太刀の残りが、この二刀だった。

 それがわかってしまう。 ムルジムにとって、大切な思い出を斬った者を思い出させ

る。

 これは、シグレに対する裏切りではないのかと。

 だが、同時にこうも思う。

 シグレは強い者と闘いたかった。 そのために自身に枷をつけさせてまで、戦いを楽

しんでいた。

 そのシグレを殺すことが出来た大太刀と同等のコレに、枷の逆である祝福を授ける。

 それはある種──彼が追い求めた最強を、彼が戦いたかった最強を創り出すに等しい

はずだ。 最硬でも、最優でもない──最強を。

 ──シグレ・ランゲツは、もういるよ。

「!」

「ムルジム?」

 声が聞こえた。

 渦を巻く泥沼の中に鈴を入れたような、そんな声。 唐突な声。

 不死と同じ願いから生まれた、輪廻のノルミンの声が。

699 dai yon jur Q wa ka no mono ni hikari are

「いいえ……なんでもないわ。 さぁ……やりましょう」

 もういる。

 もう、いる。

 そうか。

 もう、いるのか。

「……終わったわ」

「え? 嘘、はやっ!」

「祝福なんてそんなものよ……けど、銘は与えたわ」

 ──どこにいるかは、聞いたら教えてくれるのかしら?

 ──あれ? 交信のやり方教えたっけ? ……ま、いいや。 どこにいるかっていう

と……ペンドラゴにいるよ。

 ──……あなたは。

「真刀・黒鋼……なにこれ、さっきと全然違う……」

「それが祝福銘というものよ。 ……じゃ、私は用事があるから……この辺りで失礼す

るわね」

「え? さっき暇だって」

「今出来たのよ。 急用がね」

700

 ──言っておくけど、性格はそのまんまじゃないし、強さもそこそこだよ?

 ──別に、いいわよ。 そんなこと気にしないわ。

 ──……そっか。 じゃ、ヒント。 彼は──光を意味する名前を持っていて、

小太刀

に関係する組織に属しているよ。

 ──……それは、あなたの差し金かしら?

 ──まさか。 そこまでの権限は私には無いわよ。 買被り過ぎないでほしいわね、

誰もかれも。

 ──あら。 初めまして。

 ──ええ、初めまして。

        ムルジムは見つける。

701 dai yon jur Q wa ka no mono ni hikari are

彼・

 残念ながらその

には天族を目視しうる霊応力は無かったけれど、確かにどこか面影

を感じさせる顔立ちだった。

傭兵団

・・・

 そして彼の属する

の名前を聞いて、苦笑する。

「こだち、ね……。 これはどっちのセンスなのかしらね」

 ──私じゃない。

 ──私じゃないわ。

 地の主として、彼らの旅に同行する事はできないけれど。

 せめて彼がこの地に居る間は、共に居ようと思うムルジム。

 その彼と会話を交わせるようになるのは、存外近い未来の事だったりもする。

     真刀・黒鋼を入手した。

702

dai go jur wa roku dai  s

hin norman

   ──や、ペネトレイト。 久しぶり。

「あれ、サムサラお姉はんではおまへんですか〜。 どうもお久しぶりですな〜。 か

れこれ7000年ぶりですか? いやー、懐かしおすね〜」

 ──うん、久しぶり。 早速で悪いんだけど、イグレインに向かってもらえるかな。

 フェニックスが、なんかやるんだって。

「ありゃま、兄さんが? わかりました〜、向かいます〜」

     ──やぁ、シールド。 初めまして。

「あれー? どこぞらともなく声が〜」

703 dai go jur wa roku dai  shin norman

 ──フェニックスが呼んでいるから、イグレインに来てほしいんだ。

「兄さんが? どなたか知らんやけど、おせてくれておおきに〜」

     ──プリペンド。 ちょっと痩せた?

「そりゃあこんな閉ざされた空間にずっといたら痩せますわ〜。 そやけども、相変わ

らず唐突ですね〜、サムサラ。 久しぶりです〜」

 ──ちょっと今代の導師をね、私とフェニックスで力試し、してみたいんだ。 フェ

ニックスは違う理由があるみたいだけど。

「おお〜、伝説んコンビん再来ですな〜。 どこでやるんですか〜? 見に行きます〜」

 ──火の試練神殿イグレイン。 ミケルの家、見守ってたの?

「さぁ、どうですやろね〜? 忘れてしもたんえ〜」

 ──そっか。

  

704

   ──流石だね、インヴァリド。 この災禍の中、穢れを寄せ付けないなんて。

 ──それがうちん得意分野やからね〜。 さ、今回はなん用〜?

 ──話が早くて助かる。 自力でそこから出られるなら、イグレインに向かってほし

い。 そこに、フェニックスがいるから。 みんなも向かってる。 一応私達もほら、

聖主だからさ。 四象の聖主が力試しをしたんだ。 私達も、試練を与えなきゃ。

 ──果たしいやわてたちが聖主である事を知っとるノルミンが、一体幾人おるんやら

〜? まぁ、いいわ〜。 付き合って上げる〜。

 ──ありがと。

       火の試練神殿イグレイン。

705 dai go jur wa roku dai  shin norman

 その最深部に沢山のノルミンが集まっている。

 エドナが見つけた呼び出しの手紙に書かれた「指定の場所」スレイ達がに来てみれば、

そこにいた沢山のノルミン達も呼び出されたというではないか。

 中には数人ほどスレイ達が出会った事の無いノルミン達もいて、ペネトレイト、プリ

ペンド、インヴァリドは素知らぬ顔、シールドは顔は見えなかったとスレイ達に話す。

 結局呼び出したのは誰なんだ? と一行が首をひねっていると、どこからか声が聞こ

えた。

 「盟約の……そして、解放の時は来たれり!!」

 「な、なんだぁ!?」

  エドナの傘に付けられていた、オレンジ色のノルミンのマスコット。

 それが急に輝き、膨らみ、本物のノルミン天族になったのだ。

 そのオレンジ色のノルミンはポーズを取り、名を名乗──、

 「あぁ〜、フェニックス兄さんやんか〜」

706

「おひさしゅう〜。 元気しとったか〜?」

「そら元気やろ〜。 フェニックス兄さんはノルミン最強の漢やし〜」

「兄さんから元気とったら何も残らんしな〜」

 

漢おとこ

「我が名はフェニックス! ノルミン天族最強の

なり!!」

 「全部先に言われてるけど」

 ロゼの鋭い(?)ツッコミに項垂れるノルミン・フェニックス。

 しかしスレイの「俺達を呼び出したのはフェニックスなのか?」という問いに気を取

り戻し、静かに語り始めた。

 「そうだ……我はマスコットに身を窶し、密かに汝らの力を測ってきた……」

「気付いてたけど」

「実はウチもやねん。 フツーにバレバレやんか〜」

  静かな語りはエドナとアタックに阻止される。

 さらには、

707 dai go jur wa roku dai  shin norman

「せやけど、言うたら兄さんの立場ないやんか〜」

「せやな〜、兄さん、形から入るお人やし〜?」

  同胞であるはずのノルミン達に滅多刺しにされる。

 余りに可哀想だ。

 それを見兼ねた……のかはわからないが、先程素知らぬ顔をしていた3人、ペネトレ

イト、プリペンド、インヴァリドが口々に話し出す。

 「それに、姐はんから聞いとったしなぁ〜」

「姐はんが、フェニックス兄さんがイグレインにやはるから向かっておくれやすって〜」

「かな伝説んコンビを再結成しはるなんて聞おいやしたら、居ても経ってもいられおへ

んどしたよ〜」

「伝説のコンビ?」

「姐さんって……まさか」

  その「事情を知るらしい3人」の言葉の端々に出てきた単語に反応するロゼとミクリ

オ。

708

 彼らの脳内に浮かぶのは、〞ノルミン天族最強の漢〞などという称号を持つノルミン

に比肩しうる、コンビとなり得る女性の姿だ。彼らの知り合いに、まるで照らし合わせ

たかのように、この熱血漢と正反対の性格や体色をしているノルミン女性が1人。

 「ええい、もういい! かくなるは……今こそ、伝説の再来の時!! 我がノルミン天族最

漢女おんな

強の漢なら、此奴はノルミン天族最強の

なり!!」

  構えを取りながら距離を取ったフェニックスが、イグレインの天井へ向けて手をかざ

す。

 そして、叫んだ。

 「出でよサムサラ! 我が半身よ!!」

  ──テンション高すぎだよ、私の半身。 あとその当て字だとオトメにみえるからや

めて。 私、そういうのじゃないから。

  イグレインの天井から、1人のノルミン天族の女性がゆったりと降りてくる。

709 dai go jur wa roku dai  shin norman

 青紫の身体に、海賊帽がトレードマークのノルミン。

 サムサラだ。

 

鳳凰星座の

フェ

ニッ

「……今こそ、

──」

  ──だからやめてってば。 黒歴史だって言ってるじゃん。 スレイ達の前に、フェ

ニックスを落とすよ?

 「──の、名に懸けて!! 導師よ、貴様が’渡す’に値するかどうか、確かめさせてもら

おう!!」

  どこからともなくピュィィィイイイイ! と鳥の鳴き声がする。 

 同時に、コポコポコポ……という水泡の音も鳴り響いた。

 

ノルミン

 ──スレイ。 

は、アメノチ、ムスヒ、ハヤヒノ、ウマシア、そしてマオテ

ラス達五大神と同じ、神の1つ。 ノルミン総体で1つの神。 故に今から行うのは、

聖主・・

ノルミンという

からの試練だと思いなさい。 他者の力を引き出すことに長けた

710

凡霊ノルミン

。 その中で、私達が持つ力を見極めて。

 「……わかった。 サムサラ、そしてフェニックス!! 何を渡すのかはわからないけど、

今のオレ達の全力をぶつけさせてもらう! 2人を倒せない程度じゃ、ヘルダルフも倒

せるわけがないしな!」

「いいねェ、そうこなくっちゃな! スレイ、気を付けろよ? 相手はあのサムサラが相

棒として認めるノルミンだ、弱いはずがねぇ!」

「とにかく全力でボコるわよ」

「サムサラは術の発生の兆候が無い! 常に動きに気を付けるんだ!」

「じゃあライラ! カンだけど、あっちの黄色いのは火属性効かなそうだから……サム

サラは私とライラで!」

「はい、ロゼさん!」

  火の試練神殿・イグレイン。

 ここで、火の試練とは一切の、全くの、なんら関係の無い試練が今、始まった。

 裏で余波を考える度に頭を抱える護法天族が居たことなど、誰も知らぬ事である。

 

711 dai go jur wa roku dai  shin norman

      「うおおお! 天滝破!」

「出でよ、絡み舞う荘厳なる水蛇! アクアサーペント!」

「ふん!」

  その見た目から火を扱うと判断したスレイとミクリオが、水属性で攻める。 スレイ

は逆巻く水流を、ミクリオは絡み合う水の蛇を撃ち出した。

 だが、フェニックスはそれを飛びあがることで避ける。 さらには巨大化し、スレイ

の上に落ちてきた。

 「うわっ!?」

偽善

フラッター

! 油断すんなよ、スレイ! 速い上に攻撃力がたけぇ!」

712

「た、助かった!」

  寸前にザビーダがペンデュラムをスレイに巻き付けて引っ張ることで、フェニックス

のストンピングを回避する。 見た目はプニプニしていそうなのに、その衝撃でイグレ

イン全体が揺れた事から威力はお察しだ。

 「瞬迅剣! ここだぁ!」

  スレイの高速の踏み込みから突きが放たれる。 それは確かにフェニックスにヒッ

トしたが、意にも介さぬ様子でフェニックスは儀礼剣を拳でそらし、連続の拳をスレイ

にお見舞いする。

 「ぬぅん!」

「辛苦潰える、見紛うは現世……ハートレスサークル!」

「ぐ! 悪い、助かったエドナ!」

  すかさずエドナによる回復が入ったものの、先程の百連撃を何度も喰らうのは不味い

713 dai go jur wa roku dai  shin norman

と直感するスレイ。 こちらの攻撃に臆すことなく踏み込んでくる上で、最強の名に相

応しい攻撃力を持つのだ。 理性の無い憑魔というわけでもないのに、である。

 「どうした、その程度か! 喝っ!」

「うォ!? っとと、チッ! 確かにコレと比べられちゃあ、認められないのも納得ってぇ

モンだぜ……」

  近づき、攻撃を加えようとしたザビーダを吹き飛ばすフェニックス。

 空中で姿勢を立て直したザビーダは独り言ちる。 こんな相棒がいたのでは、アイツ

に認められるのは至難の業であると。

  ──解き放たれし不穏なる異界の力、目の前に邪悪の裁きを。 ヴァイオレットペイ

ン。

  瞬間、イグレインの床に深い黒紫の円が現れる。 そこからゆったりと’黒い流体’が

現れ、範囲内にいたスレイ、ミクリオ、そしてフェニックスに襲い掛かった。

 

714

「うあっ!?」

「これは、サムサラか!」

「ぬおぁー!?」

  発生兆候の無い術の行使。

 喋ることができない、を逆手に取ったサムサラの戦法は、敵に周ると果てしなく厄介

だ。 欠点であるはずの機動力は、トラクタービームによって自身を上に打ち上げなが

ら攻撃すると言う方法で補われていた。

 「だが、こりゃあラッキーなんじゃねぇか? 上手くサムサラの術を野郎にぶつけてい

けば、確実に力を削り取れるってこった!」

「ハートレスサークル! その前に、誘導役が倒れないって前提が必要よ」

「そこはエドナちゃん、回復任せたぜ!」

  エドナに全幅の信頼を置いて駆けだすザビーダ。 先程のヴァイオレットペインに

晒された2人にハートレスサークルを掛け、戦局に集中する。 回復術はどちらかとい

えばミクリオの仕事なのだが、接近戦という点ではエドナはミクリオに劣る。 故の判

715 dai go jur wa roku dai  shin norman

断だ。

 「『剥ぐは炎弾!』」

 一方こちらはライラとロゼ。

 手数で攻めようとしたロゼだったが、サムサラが宙へ逃げた事を受けてライラと神依

を行い、遠距離攻撃で詰めようとしている。

 今も炎弾を生み出し、絶妙なコントロールで落ちては上がるを繰り返すサムサラにソ

レを直撃させるが、

 ──大地、魂に無上なる祝福を与えたまえ。 ソウルオブアース。

 瞬く間に回復されてしまった。

 今までの旅でわかっていた。 サムサラの真価は術の兆候が見えない事だけではな

いのだ。

 この、驚異的な回復術。 一行もその恩恵に与かったことがあるのだが、回復量が異

常なのだ。 一度の術の行使で万全の状態に戻るなど、敵に回すにあたって面倒な事こ

の上ない。

 「『あぁ、もう! 上にいるからスレイ達の動きも読まれちゃうし、なんとかならないの

716

!?』」

(ロゼさん、落ち着いて。 如何にサムサラさんが強力なノルミン天族だとしても、永遠

に尽きぬ力を持っているわけではないはずです。 慎重に、しかし確実に削って行きま

しょう)

「『だといいけど!』」

  もう一度炎弾を撃つロゼ。

 ロゼには懸念があった。 即ち、「本当にサムサラは霊力が尽きるのか?」というも

の。

 以前スレイとサムサラが穢れの坩堝に入った時、確かにサムサラは気絶して出てき

た。 その時症状を診断したライラが、「霊力切れ……に、似た症状ですわね。 霊力は

有り余っていますから、霊力切れそのものではないようですが……」と言っていた事を

覚えていたのだ。

 あのノルミン天族・フェニックスはサムサラの事を「半身」と呼んだ。

 「相棒」や「兄妹」ではなく、「半身」。

 それはつまり、サムサラもフェニックスと「同じ」能力をもっているということにな

らないだろうか。

717 dai go jur wa roku dai  shin norman

 それは今、ザビーダとスレイの神依による秘奥義『シルフィスフィア』の直撃を喰らっ

たにも関わらず、直撃を貰う直前よりも傷の無い──戦い始めた時と同じ状態で再び地

に降り立ったフェニックスと、同様の力を持っているという事に、なるのではないだろ

うか。

 「『だからどうした、って話だけど、さ!』」

 

顎門あぎと

 ──死の

、全てを喰らいて闇へと返さん。 ブラッディハウリング。

 またも大円。 今度は、ロゼとエドナ、フェニックスが効果範囲内だ。

 神依を行っているロゼはともかく、エドナに自衛の手段は無い。

 「『瞬転流身! ゲイルファントム!』」

  そのエドナ目掛けて真空刃が飛ぶ。 それに触れたエドナとスレイの位置が、入れ替

わった。 風の天響術の中でもとりわけ原理の解らない術である。

 「『くぅ!』」

718

「『ぐあっ!!』」

  冥府の門から放たれる獣の叫びに硬直する2人(+2人)。

 その背を目掛け、ブラッディハウリングの効果中にも関わらず動き出す漢が1人。

 言うまでも無く、フェニックスだ。

 「我が栄光の軌跡、見切れまい!」

 その小さな体躯で回し蹴りを行い、煌く光弾を拳と共に放ち、

「我こそが天翔オオオッ!!」

 巨大化し、その身体に炎を纏ってスレイ達を吹き飛ばした。

 「くそがっ」

「う、ぐ……」

「ちょっとヤバイね……」

「力、至らずです……」

  その威力に溜まらず神依を解除し、膝を突くスレイとロゼ。

719 dai go jur wa roku dai  shin norman

 流石に神を名乗るだけはあると、スレイは1人気合を入れ直す。

 「『ルズローシヴ=レレイ!』」

「エドナ、回復お願い! 私はなんとか1人でやってみるよ!」

「言われなくてもやってるわよ!」

 それはスレイだけではない。

 ロゼも、そして生かされたエドナも諦める事無く、すぐに次の行動に移る。

  ──そうこなくてはな! だがサムサラよ、昔のようにもっと盛大に術を使え! 奴

らは本気で我らを倒そうとしているのだ、貴様が本気で無くてどうするというのだ!

 ──珍しい。 フェニックスと意見が合うなんて。 フェニックスこそ、なんで技を

制限しているの? ベルベットたちの時はもっといろいろ使ってたでしょ?

 ──未だ友との盟約は続いているが故に。

  ロゼと神依化したスレイに応戦するフェニックスとは対照的に、まるでエドナの回復

を待ってあげるとでも言いたげに動かないサムサラ。

誰かとの交信中

しゃべっているあいだ

 それは油断や慢心ではなく、

は詠唱が出来ないという、知る者の少な

720

い欠点による結果でしかないのだが、当たり前の様にエドナ達は「舐められている」と

受け取った。

 「サンキュな、エドナちゃん。 そんで……あんまり舐めてくれンなよ、サムサラサンよ

!」

  ジャラッ! と鋭い音とともに伸ばされたペンデュラムが浮いているサムサラの身

体に巻きつく。 引き戻していては反撃されると考えたザビーダは、ペンデュラムごと

サムサラを地面に叩きつけた。

 そのままにしておけば確実に回復術を使われるだろう。 故に、ライラとザビーダの

回復を終えたエドナが、

 「氷海凍てる果て行くは奈落、インブレイスエンド!」

  堕ちたサムサラを氷漬けにする。 無論サムサラのソレは口を動かしているわけで

はないので凍りついたままでも使えるが、動きは確実に止めた。

 

721 dai go jur wa roku dai  shin norman

「ロゼさん、今です!!」

「オッケー! 『フォエス=メイマ!!』」

  その氷山へ向けて、フェニックスと闘っていたはずのロゼが踵を返し、ライラと神依

を行う。その勢いのまま、

 「『火神招来! 我が剣は緋炎! 紅き業火に悔悟せよ! フランブレイブ!!』」

 凍りついたサムサラを、焔纏う剣が砕き斬った。

   その瞬間ロゼは、サムサラと目があった事実に恐怖を覚えた。

 どこからか、コポコポという水泡の上がる音が聞こえる。

 剣を振り抜き、振り向いたロゼの視界。

 その氷山に埋まっていたはずのサムサラの姿は、どこにもない。

  ──元始にて万物の生たる燐光。 汝が力、我に示せ! 轟け! ビッグバン!

 

722

 直後、視界が──いや、イグレインの内部が全て〞白〞に染まる。

 フェニックスの攻撃を見極めながらその体力を削っていたスレイとミクリオも、その

フェニックスも。

 連携によってサムサラを仕留めたはずだったザビーダもエドナもロゼとライラも。

 そして頭を抱えながらも戦闘をヒヤヒヤしながら見つめていたどこぞの護法天族や、

観戦に来たノルミン天族達も、全て。

 全てが、それに飲み込まれた。

       ──……終わりか。

「ふん、我らに奥義を出させた事は褒めよう。 だが、その程度では、」

  一応イグレインに保護を掛けた上で放たれた、サムサラが今まで放ってきた中でも

723 dai go jur wa roku dai  shin norman

トップクラスのビッグバン。 巻き込まれたフェニックスは当然のように一度体力を

消し飛ばされるも、不死鳥の力で蘇っていた。

 光の収まっていくイグレインの最奥部。

 倒れている、四象の天族達。 目を回すノルミン天族達。

 短剣を構えたまま、立っているロゼ。

 「──む?」

「七星天昇……、集気法ォォオ!」

 ──驚いた。

  そのロゼの背後で、地面に手を叩きつけた導師が僅かばかり──だが、立ち上がれる

量の体力を回復する。

 ロゼがふらりと倒れ、スレイは駆けだす。

 「仲間を盾にするか! それは我らに勝つためか? それでは渡すことなど到底──」

「盾になんか、してない! サムサラ、答えはこうだ!」

 

724

 ふらりと倒れたロゼ。

 その手に持つのは、直前に強化していた真刀・黒鋼ではなく──ただの、アンフィダ

ガー。

 前のめりに倒れるロゼは、しかし寸前で目を見開き、駆けだす。

 アンフィダガーの基本スキルは、リリーブだ。

 「終わらせる!」

「ぬぅ!?」

  そしてスレイの持つ剣は、ミスリルソード。

 二手に分かれたスレイがフェニックスを斬り付け、

 「斬り抜ける!」

  イグレインの壁を蹴ったロゼがサムサラを斬り落とす。

 「合わせるぞ!」

725 dai go jur wa roku dai  shin norman

「オッケー!」

  さらに追撃。 既に答えは出ている。 ならば、迷う事はない。

 そのままジグザグに2人纏めて斬りつけていくスレイとロゼ。

 「「駆け抜ける!」」

 「そうだ、それでこそ……それでこそだ!」

 ──そう。 私達に最も効くのは、それ。

  斬り抜け、駆け抜けた先に切っ先を向ける。

 向う先にいるのは2つのカタチ。 人間の願いによって生まれたノルミンの、一番最

初のカタチ。

 「「万感の想い……放たん!」」

「それでこそ! 人間だ!」

 ──それでこそ、人間。

726

「「アルティメットエレメンツ!!」」

  その2つに、想いによって象られた光弾が、突き刺さった。

        「……認めよう。 エドナを託すに値する漢だと」

「エドナを?」

「やっぱり、そうだったのね」

「そっか……フェニックスって、エドナのお兄さんが遺した形見」

能力ちから

「アイゼンに頼まれて、エドナを守っていたのか。 その

で」

「……ドラゴン化した、アイゼンからも」

727 dai go jur wa roku dai  shin norman

  当然のように起き上がったフェニックスと再出現したサムサラだったが、素直に負け

を認めた。 フェニックスにはその力と想いを見せつけ、サムサラへは答えを叩きつけ

たからだ。

 「……もはや、語ることはなし」

「漢じゃねぇか」

  その手段はともかくとして、フェニックスのソレがなければエドナが早々に憑魔化し

ていたのは事実だ。 あの霊峰レイフォルクは既に並みの天族では長時間いるだけで

も憑魔化するほどの穢れに満ちており、その中でエドナが清浄でいられた最も大きな要

因である。

 「エドナさんをスレイさんに託した今、フェニックスさんはこれからどうされるのです

か?」

「知れたことを……我は独立闘争を再開する! ……と、言いたいところだったのだが

な」

728

  またも気炎を揺らめかせ始めたフェニックスにツッコミを入れようとしていた周囲

のノルミン達が停止する。 そのノリで来る事はわかっていたために、肩透かしを食

らった気分だった。

 フェニックスはチラりとサムサラを見る。

 「我もサムサラも、元を辿れば同一の願いによって生まれ出でたノルミン。 もしこの

戦いで汝らが『死にたくない』だの『まだやることがある』だのとほざく様では独立闘

争も考えたが……」

 ──いいよ。 言っても。

「汝らは『今を生きる』事を選んだ。 我らに頼らぬというのならば、独立もなにもない

だろう」

  その言葉に、ペネトレイトやプリペンド、インヴァリドが頷く。

 この3人に共通することは、生まれ出でてから一度も死んでいない、という事だ。

 つまり諸島生まれのノルミンである。

 

729 dai go jur wa roku dai  shin norman

「……なんか、ノルミンってあたしらが考えてるよりずっと複雑な生態してんだね」

「そう? ノルはノルよ。 どうせ、何も考えてないわ」

「……ねぇ、サムサラ」

  スレイが問いかける。

  ──何、スレイ。

「もし……さ。 俺達が、オレ達以外の所に何も願わなくなったら……ノルミンは消え

ちゃうのかな」

  それは、スレイが導き出した答えによる想像。

 それが如何に難しいかなどは重々承知だが、聞かざるを得なかった。

 「もし俺達が、無欲になったら──」

 ──逆だよ、スレイ。

「え? どういうこと?」

 ──私達の生まれは確かに「願い」。 そこは合っている。

730

 ──けれど、私達の死は「願いが無くなること」ではない。 それは、逆。

 ──私達が死ぬ事で、「人間の願いが無くなる」んだよ。 

「……それって」

 ──けれど同時に、人間が「願う」度にノルミンは生まれる。 私達とあなた達は常

に表裏一体。 だから、ノルミンを無碍に使っちゃあダメだよ? 

「む、無碍になんてしないよ! って、あぁ。 だからノルミン天族はオレ達に力を貸し

てくれている、のか?」

 ──そう。 大半の子は無意識だろうけどね。 私達にとっても、あなた達は生命線

なんだよ。

「……そっか」

 「スレイ。 そろそろ何を話しているのか教えてくれないか。 サムサラとの会話が僕

達に聞こえないなんて、分かりきっている事だろう?」

  何か納得したらしいスレイにミクリオが問いかける。

 しかし、スレイは「後で話すよ」と言って話を切ってしまった。

 ザビーダは「どうせ小難しい話でもしたんだろうなァ」と文字通りどこ吹く風。 エ

731 dai go jur wa roku dai  shin norman

ドナもあまり興味が無いようで、ライラに至っては恐らく知っているだろう話だ。

 ここで自分だけがせがむのも格好が悪いと、ミクリオは我慢した。

 「サムサラが汝らに力を貸しているとなれば、我も地の主に従い、汝らに力を貸そう。 

今まで通り付いていくことはないが、我が不死の力、必ずや汝らの翼となるであろう!」

「おう、ありがとな、フェニックス!」

  話が纏まった。

 さぁ、事も終わりだ。

 帰ろうか、という所で。

  エドナがポツりと呟いた。

 

能力スキル

「……そういえば、結局サムサラの

はなんなの? 何故サムサラだけ、力を貸そうと

しないのよ。 半身さえもが力を貸すって言ってるのに」

 ……。

 ……。

732

  ──誘惑の罠張り巡らせ、我が懐中へ! トラクタービーム!

 「あぁ! 逃げた!」

「しかも出力最大にしてやがンな……ありゃ追いつけねェ」

「そこんとこどうなの? サムサラの半身とか言ってたけど、フェニックスはなんか

知ってるんじゃないの?」

「……多分だけど、サムサラの能力は俺達には意味が無いんじゃないかな……。 もっ

と言うと、’今の’オレ達には。 違う? フェニックス」

「その通りだ、導師。 今の汝らにサムサラの加護を与えた所で、何も起きん。 サムサ

ラの真価は死むがもご」

「へーへー、本人んへん所でそんな事バラすんやめような〜、フェニックス兄さん〜」

「ま〜た怒られて黒水晶漬けにされへんんかなんでしょ〜?」

「アレ、見えなくなっても罠みたいに効果残り続けるから怖いんです〜。 自重してお

くれやす〜」

「むがもごもがむぐ」

 口を塞がれ、ペネトレイト、プリペンド、インヴァリドに運ばれていくフェニックス。

733 dai go jur wa roku dai  shin norman

 ちなみに彼らもそのまま地の主に従ってくれるとのことで、晴れて(図らずとも)ス

レイ達はサムサラを除く50人のノルミン天族を集めた事になった。

  その後も、事情を知っているらしい3人にいくら聞いても情報が出てくることは無

かった。

     ──傷付けてないから、許して?

「……」

 そんな会話が、イグレインのどこかであったとか、無かったとか。

734

dai go jur ichi wa 『Eisen』

  「……どォいうつもりだ、アンタ。 なンで立ち塞がる?」

「……サムサラ」

  スレイが霊峰レイフォルクに来た。

 それを意味する事は即ち、ここにいるドラゴン……アイゼンを殺すということ。

 理解していたが、納得できなかったエドナ。 早咲き故に、誰よりも愛情を欲した’

妹’。 ‘兄’の言葉を告げたザビーダの目にも、翳りがあった。

 蹲ったエドナを置いて歩き出したザビーダはしかし、来ないと思っていたその人物に

苦言を呈す。

 「アンタ、言ったよな。 自分はアイゼンと戦えない。 アイゼンを解放する事は私の

使命には含まれていない、ってよ。 ……今更、アンタに立ち塞がる資格はねぇぞ」

「サムサラ、退いてくれ。 オレ達はエドナのお兄さんを……アイゼンを、止めなきゃな

735 dai go jur ichi wa 『Eisen』 

らない。 それはサムサラにとっても辛い選択なのかもしれないけど……」

  ザビーダは殺意すら込めて彼女を睨み付け、スレイはつらそうに、しかししっかりと

言い切った。

 サムサラは何も言わない。

 何も言わず、じっと2人を見据えている。

 グォォォオオオオオ!! という、咆哮がレイフォルクに響き渡った。

  ──ベルベットとカノヌシは眠りに就いた。 ライフィセットは穢れに冒された。

 ロクロウは人斬り業魔になったけど、エレノアがちゃんと討ち取ったんだ。 凄いよ

ね。

  バサァッ! と、大きな翼を羽ばたく音が聞こえる。

  ──エレノアはパーシバルとくっついたよ。 近くにあるレディレイクは、2人が築

き上げた国。 エレノアの子孫にも会ってきた。 とっても、真っ直ぐな女の子だっ

た。

736

 「ち、なんのつもりか知らねえが、来るぞ!」

「サムサラ、危険だ!!」

  ──ビエンフーは最期までマギルゥの傍を離れなかった。 だからドラゴンに至っ

てしまって、でもマギルゥがちゃんと最期を看取ったよ。 最近新しい「勇気」が生ま

れたから、もしかしたらどこかにビエンフーがいるかもしれないね。

  ヒュオッ! という、上空から巨大な物体が風を切り裂いて落ちてくる音が鳴る。

 決意を決めたエドナの視界に、それは──巨大な黒が、映る。

  ──マギルゥは神具を全て完璧な物にして、眠りに就いたよ。 弟子たちを経て私に

伝えた伝言もマギルゥらしかった。 久しぶりに人間に驚かされたよ。

  無言で浮かぶサムサラの背後に、その巨体が舞い降りる。

 優雅にして凶悪。 荘厳にして畏怖。

 その身、その形は、まさにドラゴンと呼ぶに相応しい──!

737 dai go jur ichi wa 『Eisen』 

 

未練ねがい

 ──あとは、あなただけ。 私は「まだやり残したことがある」という

から生ま

れた、輪廻のノルミン。 故にサムサラ。 

  ドラゴンが咆哮を上げる。

 耳を塞いでもなお鼓膜を突き破りかねないその声は、どこか悲痛だった。

 構えを取る一行に反して、サムサラは振り向きすらしない。

  ──あなたは願わないから、干渉できない。 私ではあなたをどうすることもできな

い。

  いつも眠たげに半目しているサムサラの目が、見開かれる。

 そして、動く事の無かった眼球がギョロリと──真下を見た。

 「お兄ちゃん……!」

「アイゼン!」

 

738

 アイゼンと関わりの深い2人が叫ぶ。

 とうとうこの時が来てしまったと、嘆き、怒り、笑う。

 

サムサラ

誰かさん

 ──けれど、

はノルミンでも……

は人間なのよ。 アイゼン。 

この子

・・・

のために、後で付き合って頂戴。

  アイゼンの前足が、サムサラを吹き飛ばした。

        こぽこぽこぽ……。

  真っ暗な水の中。 泡の向く方向だけが空間の上下を示す、右も左も分からぬ場所。

739 dai go jur ichi wa 『Eisen』 

 ここは狭間の世界。

 水底が過去で、水面が未来。

 魂に纏わりついた穢れを落とし、綺麗になって生まれ変わるための場所。

 穢れが少なく戻ってきた魂は、そのまま未来へと昇って行く。

 でも、穢れの量が多い魂は水底で燻り、中々上に上がれない。 だから私が手伝って

上げるのだ。

 ふわーん、こぽこぽ。

未練ねがい

 不死のノルミンは「まだ死にたくない」という

から生まれた。

未練ねがい

 輪廻のノルミンは「まだやるべき事がある」という

から生まれた。

未練ねがい

 どちらも自身の死を嘆く

であり、前者は今世をもっと長く、後者は次の生に使命

を持ち越したいという身の程を超えた欲求からくるものだ。

 故にこの2存在は、願わない者にとことん弱い。

 生き返る気も転生する気もない、「今を精一杯生き切った者」は、2存在を不要と断ず

る者。 他のノルミン達の司る「守りたい」「力が欲しい」「苦しみたくない」と言った

身の丈にあった欲求と同じく、「今を生き抜き、そして満足して死ぬ」を選ぶ者は2存在

に対して特効薬とでもいうべき存在になるのだ。

 それはシグレ・ランゲツであったりロクロウ・ランゲツであったり、クロガネやメー

740

ヴィン、ベルベット・クラウやマギラニカ・ルゥ・メーヴィンであったりと様々。 そ

れを知っているからこそ2存在は彼らと闘う事は滅多にせず、戦う時は必ず負けてい

る。

 せめて彼がアルトリウス・コールブランドのようにifを願ってくれていれば多少は

干渉し得たかもしれない。

 だが、彼は──アイゼンは、何も願わなかった。

 不死のノルミンと輪廻のノルミンに出会っておきながら、「もっと生きていたかった」

とも「まだやり残したことがある」とも願わなかったのだ。

 願ってくれれば、触れられたのに。

 輪廻のノルミンの中に有る、幼い人格が嘆いた。

 こぼこぼこぼこぼ……。

 黒ずんだ泡が生まれる。 

 大きな泡。 それは、纏わりついた穢れが重くて上がって行けないようだった。

 「……私には特別な感情が無いのよねぇ。 何も変わらない、いつもと同じ魂」

  その声は妙に響き渡った。

741 dai go jur ichi wa 『Eisen』 

 渦巻く泥の中に鈴を放ったような声。

 「でも、あなたは違うわ。 だって私の契約者だもの。 それって、人間って事でしょう

?」

  普段の彼女を知っている者が聞けば、別人かと思う程に女性らしいその声は、真実別

人だ。

 普段表出している人格ではない──内側の、サムサラ本来の人格。 神格。

 女性的で、ダウナーで、味覚も視覚も聴覚も無いサムサラだ。

 その女性が、深く目を瞑る。

 次に目を開いたその顔は、あまりに幼かった。

 「……ありがとう」

  大きく黒ずんだ泡に近づいていくサムサラ。

 彼女のそばを沢山の小さな泡が通り抜けるが、それを遮ることはない。

 すり抜ける様にゆらゆらと揺れながら、その泡の元へ降り立つ。

742

 「……私の加護は、転生。 現世にて死の影である穢れを寄せ付けないフェニックスの

『不死』の裏側。 次の生において今世の溢れ出た感情を引き継ぐことが出来るように

なる。でもこの世界でしか、かける事は出来ない。 それも人間にしかかけられないん

だ」

  静かに語り出したサムサラの言葉に、しかし黒い泡がごぼごぼと……その穢れを落と

し、相槌を打つかのように震える。

 「アイゼン。 あなたは記憶を引き継ぐことなく、その魂は分散し拡散し、また新たな命

となって生まれる。 それは、普通の事」

  穢れが消えていく。

 サムサラが何かをしているわけではない。 ただ、彼が自身の加護によって引き寄せ

た穢れがその役割を終え、落ちて言っているだけだ。

 彼の加護は「死神」などと揶揄されているが、本来は「試練」。

 人間に試練を与え、高めていくのが目的の加護だ。

743 dai go jur ichi wa 『Eisen』 

 故に、「試練を乗り越えた人間達」に倒された今……彼に纏わりつかんと群がっていた

穢れは、勝手に消えていく。

 「それを捻じ曲げる事は出来ない。 しちゃいけない。 私は平等ではないけれど、公

平でなくてはいけないから。 

 ……それでもね、アイゼン。 いけないからって、やりたくないわけじゃないんだ」

 

サムサラ

じょ

誰かさん

 超然とした

とは違い、

は幼い。

 後悔もするし懺悔もする。 だが、死んでいるから穢れが溜まらない。

 穢れが溜まらないからこそ、この狭間の世界では普段以上に本音が出る。

 「ねぇ、アイゼン。 私はあなたを仲間だと思っているんだ。 驚いたことに、私は今で

もアイフリード海賊団のクルーのつもりなんだよ」

  漆黒ほどに黒ずんでいた泡は、いつしか少し黒ずみが残る程度の輝くソレに変貌して

いた。 彼が生前に加護により溜め込んだ穢れが消え、ドラゴン化に至るまでに溜めた

穢れだけが残ったのだ。

744

 それに触れ、水中へと放って行くサムサラ。

 「副長を助けたい……そう思ってしまうんだ」

  ゴボボボボ……。

 穢れが取り払われる。 心に持つ穢れの量によって上がって行く速度は変わるが、

ゆったりと浮き始めた分を見るにもう世話は必要ないだろう。

 泡と同時に、サムサラも上がって行く。

 

世界う

「ねぇ、アイゼン。 ここでもいい。 私に、『まだ見たい

がある』と願って。 『妹

を残して死ねない』と、願って」

  それは果たして、情以外の何物でもなかった。

 彼女が頑なに唾棄してきた後悔。 当然の感情と認めながら罵っていた未練。

希こいねが

 願われるべき存在が、願えと

う、存在を揺るがす行為──、

 『要らん。 余計な世話だ』

745 dai go jur ichi wa 『Eisen』 

「!」

  泡が加速する。

 泡の中に有った、サムサラの手が届かない穢れが消えていく。

 それは彼の妹に対する罪悪感。 それが消えたという事は。

 

拳おもい

『エドナの

はしっかり受け取った。 俺の想いは手紙に乗せた。 だから、もういい』

「……そっか」

  ゴボゴボゴボゴボ……。

 泡が上がって行く。

 死しているサムサラではもう追いつけない場所まで、高く、高く。

 enuath

journey

ジャー

ニー

。 私の真名」

『あの顎鬚に続いて、俺にも愛の告白か?』

「まさか。 ──あなたに、最大の親愛を込めて」

 

746

 輝く泡が、フ、と笑ったように見えた。

 真っ暗だった狭間は、明るく輝いて──。

   Wuhinume

フェ

ミュー

wicksbe

。 世話になった──礼を言う」 

         「……よォ」

 ──や、ザビーダ。 1人で来たの? 危ないよ。

747 dai go jur ichi wa 『Eisen』 

「いつもの感知能力はどォした? あそこにいるぜ、導師ご一行も」

感知

そういうの

 ──……ほんとだ。 今は

切ってるから、わかんなかった。

「……らしくねぇな。 エドナちゃんはしっかり立ち上がったってのに……アンタが後

悔してんのか?」

 ──……後悔、できたらよかったんだけど。

「できねェ、ってか。 そりゃ、また難儀な悩みだ」

 ──私、アイゼンを転生させようとしたんだ。 誓約も流儀もかなぐり捨てて、一時

の感情だけで。

「……で?」

 ──『要らん。 余計な世話だ』だってさ。

「ハッ、アイツらしいじゃねえか」

 ──……そう。 そうだね。 アイゼンらしい言葉だった。 

「それで? アンタは何をそんな悩んでンだ?」

 ──アイゼンとね。 酌み交わそうと思ってたお酒があるんだ。

「へぇ。 その墓にかけてやりゃいいんじゃねぇの?」

 ──それは勿体無いじゃん?

「……まさかとは思うが、その酒をどうするかでンな思いつめた顔して悩んでんじゃ

748

ねェよな?」

 ──ざっつらーい。 透視能力?

「……っはぁ〜〜。 んじゃ、エドナちゃん呼んで……オレとエドナと、アンタで酌み交

わそうや。 どの道他の奴らは飲めないだろうしな。 あ、ライラは飲めるか」

 ──……ザビーダ1人でいいよ。 エドナにお酒は、まだ早いから。

「いいのか? アイゼンの野郎と酌み交わそうと思ってた酒だろ? 確かにオレは奴と

ダチだが、そんだけだ。 存在の繋がった妹がいた方がいいんじゃねえ?」

 ──思い出だから。 このお酒は、心水は……色が無い。 ガラスの想い出に、新し

い色を入れたくない。

「いつにもましてわかんねェな……。 で? その色の無い心水ってのはどこにあるん

だ?」

 ──ここ。

  にゅ、と。

 サムサラが海賊帽の中からワインボトルを取り出した。

Wウ

nahitgi

coti

コッ

ティ

 銘を、『

 

 

』。 端に書かれた産地名は、Stonebe

rry。

749 dai go jur ichi wa 『Eisen』 

 「古代語で純心水、ね……。 ほぉー、こいつはすげぇ。 本当に色が無い……空っぽに

すら見えてくる」

 ──かめにんの話によればロクロウとアイゼンは先にちょっと飲んでるらしいんだ

けどね。

「別にいいんじゃねぇの? 初めてである必要なんざないだろ」

 ──……そうだね。 よいしょ。

  またもグラスを帽子から取り出したサムサラ。

 それをザビーダと自分、そしてアイゼンの墓碑の前に置き、中身を注ぐ。

 注がれている中身さえ見えぬ、光の屈折率が異様なソレは、ただただ潤沢にして芳醇

な香りだけがその存在を知らせてくれた。

  3人分を注ぎ終え、しっかりと栓をしてまた海賊帽子の中にニュルンとワインボトル

をしまった。

「で、これは何の酒なンだ? 弔い酒か? それとも祝い酒か?」

 ──そこまで考えてなかった。

750

「おい」

 ──私はただ、アイゼンとお酒が飲みたかっただけだもん。 なんでもないよ。 な

んでもない、いつも通りのただの心水。 ただもしも、祝う事があるとするなら──、

   長い永い、アイフリード海賊団の航海の終わりを讃えて。

    ──乾杯。

「俺は海賊じゃねェんだけどなぁ。 まぁ、ダチの代わりにってことで、乾杯」

 カチン、とグラスが鳴る。

 周囲で、沢山の乾杯が鳴り響いたような、そんな気がした。

  おかえり、アイゼン。

751 dai go jur ichi wa 『Eisen』 

dai go jur ni wa futatsu 

ga umareta sono Re you

   ──そっか。 フォートン三姉妹の長女と次女は、何か言っていた?

「ううん。 今までの記憶もほぼ無くしているみたいで……。 だけど、サムサラのく

れたお酒を渡したら、涙を流して……大事そうに抱きしめてたよ」

 ──……ならよかった。 

「アレは……フォートン枢機卿の領域に降り注いでいた雨、だよな?」

清酒

すみざけ

 ──うん。 あれは彼女の涙でもあるからね。 本当は

が良かったんだけど、こ

の世界……というかこの大陸にはないから、代用。

「エドナのお兄さん……アイゼンのお墓の前でザビーダと飲んでたのも、それ?」

 ──あっちは純心水っていう、昔の仲間達との思い出のお酒だね。 スレイに渡した

あれは弔い酒だけど、こっちは祝い酒になるのかな。 無事に戻ってきた事と、新しい

船出を兼ねて。

「──……アイゼンと話したの?」

752

 ──うん。 誓約も流儀もかなぐり捨ててアイゼンをアイゼンのまま転生させよう

としたら、ぶっきらぼうに断られちゃった。 余計な世話だ、だって。 勿体無いよね。

 私が一個人に対してこれほど親身になってあげる事なんか過去何万年を通しても無

かったのにさ。

「……寂しいの?」

現世こっち

 ──寂しかったら、良かったんだけどね。 生憎

にいる時はそういう感情は湧い

てこなくて……。 ま、笑って行ったから……嬉しいかも。 最近の戻ってくる子達は

みんな嘆いたり悔んだりして散らばることが多かったから、あれだけ満足した声でお礼

を言われたのは……久しぶりだったから。

「はは、今日は結構答えてくれるな。 サムサラ、いつもはぐらかしたり誤魔化したりば

かりだから、オレも嬉しいよ」

 ──もう、大丈夫。 誤魔化す意味も、はぐらかす意味も無くなったから……聞きた

い事、なんでも答えて上げるよ。

「……はは……それは、俺達を気遣って?」

役割ロール

 ──もしかしたら、それもあるのかもしれない。 けどこれは、

の問題。 ゼン

ライの代わりに、私が答える。 

「……サムサラは、一度会った事がある存在と交信が出来て……その所在地がわかるん

753 dai go jur ni wa futatsu ga umareta sono Re you

だったよね」

 ──そうだね。 

「……ジイジの手紙。 読んだよ。 ……サムサラの態度は、そう言う事……なのかな」

 ──希望が無いわけじゃあないんだ、スレイ。 そのために私は1100年前、とあ

る仕込みをしたのだから。

「仕込み……?」

 ──1つは、ジークフリート……魂剥の銃の構造を時の導師一派に解析させなかった

事。 今の時代まで伝わっているジークフリートの術式は、スレイが持っているソレに

しか込められていない。 故に、ヘルダルフはその術式の詳細を知ることが出来ていな

い。 同時に、彼の神依も完全ではない。

「……」

サムサラ

 ──そしてもう1つは、

という存在。 本来私の身体は地の奥底で眠りに就

世界の機構

き、戻ってくる魂たちを清浄にするというだけの

に過ぎなかった。 けれど

サムサラ

誰かさん

を迎え入れた事で、こうして出会うはずの無いあなた達と接してい

る。 だから私はヘルダルフやサイモンたちから己をひた隠しにしてきた。 決戦の

地で、文字通りのイレギュラーとなるために。

「サムサラはシステムなんかじゃ」

754

 ──フェニックスを見たでしょう。 私とフェニックスは真実対照的。 フェニッ

クスは活動家で行動力があり生命力に満ち溢れる存在。 私は不動にして不変にして

死の影を帯びる存在。 彼が動き回れば動き回る程、私はじっとして眠りに就いている

のが〞本来の姿〞だった。 世界のシステムだった。

「それでも……サムサラは、オレ達の仲間だよ。 システムなんかじゃあない。 1人

の女性だ」

 ──ふふ、ありがとう。 でも、そんなシステムでしかなかった私はとある男に出

会って、海賊に出会って、業魔や喰魔、聖隷や天族や導師に出会って……ようやく最近、

誰かさん

が言っていた’情’という物を理解できるようになった。 人間を群体として

ではなく、個として捉えられるようになったのよ。 これは凄い進化で進歩。

「……」

サムサラ

誰かさん

 ──だからね、スレイ。 

も、

も……昔の仲間である彼女たちと、今

誰かさん

の仲間であるあなた達のためにこの命を燃やし尽くす事に迷いはないわ。 

のためにも、ね。

「……こうやって、ちゃんと話すのは初めて……だよな。 君がサムサラ、なんだね」

誰かさん

 ──ええ、そうよ。 

はあくまで代理。 輪廻のノルミンとは、私の事を指

すわ。 よくわかったわね? 

755 dai go jur ni wa futatsu ga umareta sono Re you

「はは……。 きっかけはこの前、フェニックスとサムサラを倒した時。 サムサラは

ザビーダのペンデュラムで雁字搦めにされて、エドナの氷で固められて、ライラとロゼ

どこからともなく

・・・・・・・・

現れた

・・・

の炎剣で斬られたのに……

よね。 オレ、最初はサイモンの使

う幻術に似た物じゃないかと思って、領域を広げる感覚で探ってみたんだ。そしたら

……」

 ──ふふ。

「……あの時サムサラは、2人いた。 幻術によって創られたソレじゃあなくて……オ

レがいつも感じている『サムサラ』が、元々重なっていた部分が一枚一枚になったみた

いに。 そしてその時、サムサラの帽子は無かった」

 ──凄いわ……そこまでわかったのね。 帽子の方はそれこそ幻術で隠していたの

に、バレちゃうなんて思わなかった。 中身は見たかしら?

「──────……ちゃんと見たわけじゃないけど……多分あれは、小さい子の手の骨

……だったと、思う」

誰かさん

 ──半分正解よ。 正確に言えば、アレは

の’身体になるはずだったモノ’。

 といっても人間のモノかと問われれば微妙な所ね。 指は3本しかないし、手首から

サムサラ

先もないから。 ただ、

という存在が生まれた時……即ち〞初めの人間〞が

未練ねがい

を持った時、すぐそばにあったものだから……少なくともルーツは人間なんじゃな

756

い?

「アレがサムサラの器なんだね。 あの骨に君が宿って、君とサムサラは常に神依をし

てる。 あの時最後に現れてビッグバンを使った方が……君だ。 神依を解いて、俺達

に攻撃した……違う?」

 ──90点。 私達が行っているのは神依じゃなくて、降神術……神依は天族を人間

に降ろす術だけど、降神術は人間を天族に落とし込む術。 あの子の魂は狭間から引っ

張ってきているから、死して自身を認識でき得る存在……即ち霊力を持つ存在となら、

その魂を通じて交信が出来る、という仕組みね。 

「……オレ達がいつも話しているサムサラは、誰……なのかな」

 ──さぁ? 私だってあの子の事については……私より幼くて、お酒とおつまみが大

好きで、未来を知っている。 それくらいしか知らないもの。 本人も知らないんじゃ

ないかしら。

「……そっか。 あれ……何の話をしてたんだっけ?」

 ──ゼンライの話よ。 いいえ、ヘルダルフの話かしら。

「……一つだけ、いいかな」

 ──ええ。

「オレは……オレ達は、例えジイジに何があったとしても……もう起きてしまっている

757 dai go jur ni wa futatsu ga umareta sono Re you

としても、サムサラに犠牲になれとは言わない。 オレ達がいつも話しているサムサラ

にも、君にも、だよ」

 ──酷いのね。 折角死に場所を見つけたっていうのに、死なせてくれないの?

「やっぱり、そういうつもりだったんだな。 多分だけど……全てをサムサラに任せて、

君は消えるつもりだった。 違う、かな」

 ──満点よ、導師スレイ。 基本的に私はダウナーなのよ。 私みたいなのをネコ系

と呼ぶようになるくらいには、ダウナーで面倒くさがりなの。 魂のお掃除だって、面

倒と言えば面倒だし……もう持って行ってくれる人間もいないわ。 移動の為に筋肉

史実みらい

を使うのも、術を使うのも面倒。 だから、曲がりなりにも

を変えようと行動でき

るあの子にこの身を明け渡した方が楽でしょう?

「今のままじゃダメなのかな。 今だって、サムサラが君の身体を動かしてるだろ?」

 ──別に構わないわ。 けれど、消えたがっていて且つ使える魂があるのなら、使っ

た方が効率良いじゃない。 魂の剥離にお仲間のソレを使うくらいなら、私のを使った

方が心情的にも楽じゃないの? っていう話よ。 この子に影響はないのだし。

「……ごめん。 それは、オレが嫌だから……」

 ──馬鹿な子。 ライフィ……マオテラスと神依を行って感覚を閉じる、って考えも

相当馬鹿だけど……わざわざ茨の道を選ぶなんて、やっぱり理解しがたいわ。

758

「はは……けど、これがオレだから」

 ──……馬鹿だけど、素敵な子ね。 ふふ、そんなあなたにサービス。 さっき言っ

た事、嘘じゃないのよ。 聞きたい事があったらなんでも聞いて。 全部答えてあげる

わ。 あの子が覚えていないような大昔の事も、ね。

「……それは魅力的だけど、遠慮しておくよ。 ミクリオと約束してるからさ……オレ

が目覚めたら、一緒に世界を回るって」

 ──……良い笑顔ね。 悲しい程、良い笑顔。 そういえばベルベットも笑っていた

わね……。 結局永遠に戻らない存在になってしまったけれど……。

「ベルベット? って……サムサラとかザビーダの話にちょくちょく出てくるような」

 ──1100年前の、災禍の顕主の名前よ。 20にも満たない女の子だったわ。

「オレと同い年か、ちょっと上くらいか……。 その子がザビーダとサムサラの昔の仲

間、だったんだよね」

 ──他にもいっぱい居たけどねぇ。 私は直接話す事はほぼなかったけれど……首

輪を付けた天族、人斬り憑魔、吟遊詩人、従士擬き、そして海賊。 トカゲの憑魔や首

なし鎧の憑魔、植物憑魔や蛇女の憑魔……バラエティー豊かだったわ。 一国の王子殿

下もいたし、ね。

「……なんだろ、言葉が出ないや」

759 dai go jur ni wa futatsu ga umareta sono Re you

 ──でも、そうね……’情’を理解した今ならわかるけど……あの時は確かに、私も

〞楽しかった〞のかもしれないわ。 今の気持ちと、あの頃の気持ちは酷似しているも

の。

「……そっか」

 ──そろそろ、行くのかしら?

「うん。 正直、今でも心の整理はついてないけど……立ち止まってはいられないから」

 ──そ。 じゃあ、私も眠るわ。 あの子によろしくね。

「……うん。 おやすみ、サムサラ」

 ──おはよう、スレイ。

「おはよう、サムサラ」

       

760

「よォ、フェニックス。 ちぃっとばかし聞きたい事があるんだが……いいか?」

「我に問う事? ふん、問う事があるのならばまず! 己が内に問いかけて見よ! さ

すれば答えは己ずと──」

アイツ

・・・

「アンタとサムサラの事だ。 正確には、アンタとサムサラと

の事を、聞きてェ」

「……聞いてどうする。 聞いたところで、汝に何が出来る」

「なンもできねェな。 だがよ、一応1000年はアイツと一緒にいたってのに、アイツ

は何も話しちゃくれねェ。 だったら一番アイツを知ってるアンタに聞くしかないだ

ろ?」

「答え得る質問と、答え兼ねる質問があるだろう。 それでも良しとするならば、エドナ

と……そして我が盟友に免じて答えてやろう」

「恩に着るぜ。 まず1つ目だが……アイツはこのままで大丈夫なのか? 全部を知っ

たワケじゃねぇが、語り草からして相当な無理をしてるって事は、俺でもわかるぜ」

「それについて我は答えを持ち合せておらん。 我も我が半身も同じ場所で生まれ、そ

の時既に彼女はいた。 とはいえ、彼女と我が半身の繋がりが強固である事はわかる。

 故に多少の事でその繋がりが千切れる事はないだろう」

「……同じ場所で生まれた、ってのは……アイゼンとエドナの関係とはまた違うのか?」

「違うな。 エドナと我が盟友は同じ地脈点から生まれ、その魂の形質や性質が似通っ

761 dai go jur ni wa futatsu ga umareta sono Re you

ているという意味での兄妹。 我と我が半身は全く同時に生まれた、元は一つの願いの

片割れ同士だ」

「あぁ、そりゃどっかで聞いた事あンな」

「どちらも死にたくない、という願いから生まれたノルミン。 だが、願った者が違っ

た。 全く同時でありながら、な」

「要領を得ねェな。 アンタらは初めの人間から生まれた、とか言ってなかったか?」

「そうだ。 初めの人間……始まりの女。 女は自身に〞寿命が存在する〞という事を

未練ねがい

理解しておらず、死の際になってようやく願った。 その

を受け、生まれたのが」

「……不死のノルミン。 つまり、アンタか」

「いいや、違う。 女が願ったのは、『我が子を抱きしめたい』だったのだ。 女は身籠っ

未練ねがい

ていた。 女は寿命が来たにも拘らず『まだやりたい事がある』と

を意志にした。

 ──その願いを受け、我が半身……サムサラが世界に出現した」

「……誰の子になるンだ? 初めの人間なンだろ?」

未練ねがい

「男もいたのやもしれんが、それは我らの知ることではない。 少なくとも、男は

残さずに死んだのだろうな。 ……そして、女の腹に宿っていた命。 死にゆく母体で

は満足に子を産み落とす事は出来なかった。 命は『まだ死にたくない、生きたい』と

願った」

762

「……それが、アンタを産んだ」

「そうだ。 そして願いを受け、我が半身は女の魂を転生させた。 我は赤子を蘇らせ

た。 ……だが、我らにはその赤子にしてやれることなど何もなかった。 母親のいな

い赤子は、間も無くして再びその命を散らしてしまったのだ……」

「……おい、まさか」

「その赤子に宿っていた……宿ろうとしていた魂こそが、我が半身の中にいるサムサラ

未練ねがい

になる。 目の前で死んだ、『

を持った最初の魂』。 我が半身は旅立とうとするソ

レを自身に引きずり込み、生まれ切る事の出来なかった赤子の身体を器とした」

「アイツの器は人骨かよ……」

「我が半身の器は、だ。 汝らに接しているサムサラという少女は、あくまで人間の魂に

過ぎぬ。 情動も感情も確かと存在する、幼い少女だ。 初めの頃は面倒くさがって

早々に眠りに就いた我が半身の代わりに色々やったものよ……。 我の一挙手一投足

に段々と反応を示すようになった少女に、我は〞父性〞というものを感じた! それが

エドナを見守る事に繋がったのだ……!」

「……アイツの誓約に関して、何か聞いてるか?」

「ぬぉぉ……! 何故こうも最近の若者はノリが悪いのだ! 全く、嘆かわしい……。

 それで、誓約か。 少女の誓約に関しては何も知らぬ。 あの誓約は『人間の少女の

763 dai go jur ni wa futatsu ga umareta sono Re you

魂』が行ったモノ。 我も我が半身も、それに干渉する事は出来ぬのだ」

「……結局わかったのは、アイツが長生きのフリしたちびっこ、って事だけかよ」

「まぁ、安心しておくがいい。 我が半身は面倒くさがりではあるが、面倒見も良い。 

あの少女を見捨てる、ということはしないはずだ。 何より、契約者であるからな」

「そォかい。 ……そいや、アンタとサムサラが組んでたコンビ……コンビ名はなん

だっけな?」

サムサラ

・・・・

「おぉ、よくぞ聞いた! 我と

が結成した伝説のコンビ!! その名も、

鳳凰星座の

フェ

ニッ

輪廻リーオン

、」

 ──時、逆しまに帰りて其を消し去らん。 ディストーション!!

「ぬぉぉぉおおおぁぁああああああ!?」

「うぉっとぉ! ……なんつー危ない術を至近距離で使ってんだよ……」

 ──黒歴史なの。 フェニックスがあんまりにも楽しそうだから、ちょっとだけ乗っ

ちゃっただけなの。 だから忘れて。

「全く……照れ隠しなどする必要はないぞ、我が半身! さぁ、何度でも言おう! フェ

ニ」

 ──デスクラウド。

 

764

    ゼンライの手紙を読んだ一行は少しだけ休憩をはさみ、マビノギオ山岳遺跡へと向か

う。

 その先に有るカムラン、そしてアルトリウスの玉座を目指して──。

765 dai go jur ni wa futatsu ga umareta sono Re you

dai go jur san wa 『Muse』 t

o curseland

  「この穢れは……」

 マビノギオ山岳遺跡。

 過去、天族ゼンライを祀り上げていたこの遺跡は今、途方もない程の穢れに満ちてい

た。

 遺跡の中にはハイランドの兵士の死骸がちらばり、その中にはあのバルトロもいた

が、既に事切れていた。 イズチに戦略的価値を見出し、自ら文字通りの死地に入った

というわけだ。

「ミューズさん!!」

 その死骸の先に、倒れ伏すは先代導師ミケルが妹・ミューズ。

 誓約によって命を延ばしていたのだろう彼女はしかし、封印を強引に破ったヘルダル

フによって既に戻りかけている。

「ライラ! サム──! 治癒の天響術を!」

766

「はい!」

 ──……。

「サ──ラ!?」

 ライラがミューズへと治癒術を施すも、治るのは傷だけ。

 サムサラの目にはもう、彼女の魂が狭間の世界へと足を付けているのが見えていた。

 それより、監視しているだろうサイモンに自身の存在を明かさないために、消音の聖

隷術を行使する。

「おい……」

 ──人間が自ら戻る事を選んだのに、それを私が止めるはずがないでしょ。 まして

や穢れも少なく、使命と誓約を果たした上での事。 それを踏みにじるようなことはし

ないよ。

「チッ……」

 ミクリオは決意し、自らの母であるミューズに杖を持たせる。

 ミューズは言う。 スレイとミクリオが、必ずや希望の光になると……信じている

と。

「ミューズ。 あなたの願いが、きっと叶うと……僕も信じる」

「ありがとう」

767 dai go jur san wa 『Muse』 to curseland

 その命を糧に、膨大な霊力がミューズの杖に収束する。

 文字通り一身を賭した、全生命力を振るっての封印。

 美しく、心地の良い力がマビノギオ山岳遺跡をかけぬける。

「さようなら、ミューズ」

 ──おかえり、ミューズ。

 お疲れ様。

     一行が山岳遺跡を進んでいると、一瞬視界が白く染まり、気付けば砂漠にいた。

「スレイ! 今の!」

「ああ!」

 見渡す限りの砂漠。 そして、最早恒例となりつつあるが、サムサラの姿がない。

(きっとサイモンだ)

(でしょうね)

(さーて、今度はどんな手でくるか……)

768

 スレイの中で天族が会話をする。

 最早「サムサラは何処へ行ったんだ?」というリアクションは一行に存在しないよう

だ。

 砂漠を進み、現れた自分達と同一の姿をした幻覚を下すと、場所は山岳遺跡に戻って

いた。 ミクリオの肩にサムサラもいる。

 ──初めに言っておくけど、私がどっかに行ってたんじゃなくて、スレイ達の意識が

飛んでたんだからね。 出会った頃に言ったと思うけど、私の交信術は相手の意識が

はっきりしていないと使えないから。

「あ、ああ! べ、別に疑ってないよ!」

 ──ならいいけど。

 がっつり、「まーたどっか行ったのか……」とか思ってないよ、とスレイは独り言ちる。

 スレイは自分の中にいる天族達に同様の説明をした。

「サムサラは……なんでサムサラには幻術が効かないんだ?」

 山岳遺跡を駆け抜けながらスレイはサムサラに問いかける。

 小声で。

 ──多分サムサラが説明したと思うけど、私は死んでるの。 それはいい?

「う……あ、あぁ」

769 dai go jur san wa 『Muse』 to curseland

 面と向かって「私は死んでいる」と言われたスレイが、理解していながらも納得しき

れていない表情で頷く。 

 ──幻術というのは、得てして〞生者に良い夢を見させる〞というのが本質。 スレ

イ達にはわからないだろうけれど、本当の本当に絶望した人間は、時として終わらない

夢に意識を預けたくなるものなの。 サイモンの幻術はそれを叶えることができる。

「……そういう考え方も、あるのか」

 ──そして私は生者ではなく死者。 それも、’もっとも安らかに眠り得る安寧の地’

を知っている。 だから、まやかしによる幸せや絶望は効かない。 それに、わかって

サイモンの幻術がとても弱くなっている

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

るんでしょ? 

って事。

「……ああ」

 ──そろそろ、着くよ。 彼女の元に。

     「なんだ……お前は……誰だ……!」

770

 スレイ達は、サイモンを下した。

 彼女の問答も彼女の悩みも、全てが筋違いであると強制的に気付かせた。

 苦しまぬ方法こそが救いであると信じた彼女は、その裏にあった「自分は存在しては

いけない天族なのではないか」という生涯の慟哭を導師に許されてしまったのだ。

 遥か昔、メルキオルに使役されていた「特殊な幻術を扱う聖隷」。

 意思を剥奪され、従うままに幻術を使っていた頃、生の実感はあったのだろうか。

 今なおヘルダルフに言われるがまま、人間同士を争わせるこの瞬間に、生の実感は

あったのだろうか。

 ──私はサムサラ。 はじまりのノルミン。

「はじまりの……ノルミン? ノルミン天族風情が、私を見下しているのか……?」

 ──いいえ。 ただ、そんなに苦しみから解放されたいのなら……私がやってあげよ

うかと思って。

「な……に……?」

 輪廻のノルミンとして、「自身を含めた生物の殺傷が出来ない」という誓約から自死を

選べない者へのサービスだ。

 戻ってくるのならなんだっていい。 カノヌシの鎮静化による連続自死は管理が面

倒なので勘弁してほしい所だが、自らの加護に絶望して自死を選ぶのなら、それを止め

771 dai go jur san wa 『Muse』 to curseland

る事はない。 むしろ手伝って上げても良い。

「ふ、ふん! 殺すというのなら、殺すがいいさ……。 どの道、もはや私に道など残っ

てはいない。 命を果たせぬ端末など、廃棄処分は確定だからな……」

 ──ダメ。 それだと動けない。 殺してくれ、って頼んで。

 ギネヴィアの時とは違い、まだ生きている命だ。

 憑魔になっているのならいざ知らず、ただの天族を私の意志だけで殺せるはずもな

い。

「……」

 ──どうかしたの? 殺してほしいって、戻してほしいって願って。 あぁ、安心し

てね。 本来は人間の願いのために存在するノルミンだけど、天族の願いがかなえられ

ないわけじゃあないから。 

「……わた……し、を……」

 ──でも、勿体無いとは思うけどね。 幸せな夢が必ずしも悪い事に繋がるわけじゃ

ないんだし。 良い夢をみた、だから今日も頑張ろう、って思う人間だって少なからず

いるし、珍しい夢をみた、良い閃きが来た! なんて人間だってたくさんいる。 あな

たの加護はそもそも’人間に良い夢を見させてあげる’というものなのだから。

「ころ……」

772

 ──けれど、戻りたいのなら是非も無し。 大丈夫よ、痛みも苦しみも死の実感も無

く消し去ってあげる。 さぁ、心から願いを口にして。

「……さ」

 ──やめるの? じゃ、いいや。 死にたくなったら言ってね。 できればこのまま

憑魔になるのだけは選ばないでほしいかな。

 心より願えないのなら、私が手を下すわけにもいかない。

 私はスレイ達を追いかける事にした。

 振り返る程、暇ではない。

    「おっそろしい量の穢れだな。 スレイがいなけりゃドラゴンになってるぜ」

「マオテラスが発しているのか、マオテラスに流れ込んでいるのか……」

「そういえばサムサラは平気……なんだよな。 今更だけど」

「本当に今更ね。 今更過ぎて逆に新しいわ」

器コレ

 ──サムサラだって天族だから、

が穢れれば憑魔化、果てはドラゴン化すると思う

773 dai go jur san wa 『Muse』 to curseland

器コレ

よ。 もっとも、

は私の身体みたいなものだから、死んでいる私が穢れない事を考え

器コレ

ると、私と

との繋がりを切り離してから穢れの坩堝に5000年くらい置いておけば

少しくらいは穢れるんじゃないかな。

「あ、あはは……サムサラは自衛手段があるから大丈夫、だってさ」

「……まぁ、お兄ちゃんの領域に居てもフェニックスと私は平気だったし」

「そうか、フェニックスとサムサラは同じ存在なんだったな」

未練ねがい

 ──ミクリオ。 半身なだけで同じ存在じゃない。 同じ

から生まれただけで、

決・し・て、同じ存在じゃあないからね?

「あ、あぁ。 わかったからそんなに顔を近づけないでくれ。 無表情で詰め寄られる

と、怖い」

 ──わかったのならいい。

 サムサラも私も、フェニックスが苦手である事に変わりは無い。

 そりゃあ最初の頃はちょっと遊んでもらったけど、あのテンションはついていけな

い。

「しっかし……アルトリウスの玉座、ねぇ……」

「ん? なんだ、ザビーダ。 何か思う所があるのか?」

「いやぁ……歴史はめぐる、っつーか……盛者必衰というか……」

774

「??」

 ──でも、1100年経った今でもアルトリウス、って名前が残っているのは凄い事

だよね。 求心力でいえばスレイやヘルダルフの比じゃないし。

「まぁ、そりゃなぁ。 今の時代、人間を先導する組織って奴がねェから、比べようもな

いワケだが」

 ──まぁね。

 聖主の御座が、アルトリウスの玉座に変わったのは、「聖主」という言葉が廃れてし

まった事に一番の要因があるのだろう。 「坐す場所」から「座る場所」に変わったのは、

アルトリウスという導師が最も鮮烈で崇めやすかったからか。

「うわ、この辺はもう崩れてるな……仕方ない、迂回しよう」

 ──なんで? 私がいるじゃん。

「へ? ……ああ! あの浮き上がる天響術!」

 ──誘惑の罠張り巡らせ、我が懐中に。 トラクタービーム。

「わわわっ! ちょ、サムサラ! 一言なんか言って……って無理かぁ〜」

「でも流石だな、ロゼ。 着地が様になってる」

「いやまぁ、これでも風の骨の頭領だからね」

 そうして、史実では行けなかったルートを通って最短距離でてっぺんまで辿り着い

775 dai go jur san wa 『Muse』 to curseland

た。

    「あれ? あそこにあるの……なんだろう」

「あれは……天響術、のようですわね。 なぜあのような所にあるかはわかりませんが

……」

「どうする? スレイ。 触ってみる?」

「……ああ! ヘルダルフとの戦いの最中に起動するものだったりしたら、大変だし」

「なるほど、確かにそれは有り得るね。 この玉座そのものを崩壊させるような天響術

だったら、危険すぎる」

「よし……触るぞ!」

 ──ザビーダ。 あっちへ行ったら適当な所に私の黒水晶転がして。

「あン? ……あぁ、アンタ効かないのか、これ」

 ──うん。 自分で地脈通って行くから、お願い。

「あいよ」

776

 そうして、目の前で導師一行が消える。

 ここは地脈深点で、次元も所々危うい。 ……見つけた。

 久しぶりに地脈の中に入る。 ベルベット達といた時はバレないように意識だけ飛

ばしていたけど、身体を入れる事も出来なくはないのだ。

 ただ目印がないと迷うというだけで。

 この迷う、というの。 単純な事に見えて、地脈の中で、という冠が着くと大参事に

なる。 知っての通り地脈は全世界を流れ、巡り、循環している長大にして膨大な脈流

だ。

 故に、この中で迷うと距離も時間も一切把握できないまま進み、ようやく出られた場

所は大海の真ん中で、しかも云千年の時が過ぎていた、なんてこともあり得る。

 だからこうして、「私の霊力で励起した黒水晶」という分かりやすい目印をザビーダに

持って行ってもらう事で、安全策を取ったわけだ。

 ──ありがと、ザビーダ。

「うわっ!? 地面からサムサラが出てきた!?」

 ──やっほーロゼ。 

「やっほーって……アンタそんなキャラじゃないっしょ?」

 ──後悔はない。

777 dai go jur san wa 『Muse』 to curseland

 さて、カースランド島である。

 意気揚々と調査に向かったスレイとミクリオ、お守のロゼとエドナから離れて、ザ

ビーダとライラが立ち止まる。 私も首をがっつり掴まれる。

「……ライラ。 あんた、どこまで覚えてンの?」

「……知識としてなら、ある程度、ですね……。 カノヌシ様の紋章があった事から予見

はしていましたが……」

「ここでカノヌシがやった事は?」

「……断片的ですが……」

 ──ザビーダ。 あくまでライラは残滓だから、カノヌシの記憶があるわけじゃない

よ。 

「……そぉだな。 すまん、ちっとばかし気が立っちまってたわ」

「いえ……」

 シルバは戻った。

 それは確実だ。 だが、この穢れは……。

778

dai go jur yon wa curse l

and island I&II

   カースランド島の紋章によるワープは、この閉じられた空間と目印使って行われるも

の。

 言うなれば天の階梯でズイフウが行ったモノの劣化版だ。

 故に一緒に跳ぶのは無理でも、同じカースに霊的接続をすれば私もワープができるの

である。

「なんだこりゃー!?」

「術で隔離された空間だこりゃー!」

「はは……ザビーダのボケで冷静になれた」

 ──私は冷製スープが食べたい。

「そりゃよかった。 ボケボケしてると死んじまうからな……」

「……サムサラ、シリアスになりきれないからボケにボケ重ねるの止めて」

 ──はーい。

779 dai go jur yon wa curse land island I&II

 最近、私の外の人ことサムサラが出てきているせいで交信内容がシリアスになってい

たからこそのボケだったのに……。

 さて、気を取り直してカリスIである。

 といっても私は然程やることはない。 初めの頃のように回復はするけれど、その頃

とは見違えるように成長し強くなったスレイ達を前に攻撃天響術を使う必要が無いの

だ。

 まぁエドナの「アンタもっと働きなさいよ」という視線はひしひしと感じているのだ

けれど。

 逐一回復のついでとしてイノセントガーデンを使用したり、最近ではあまり使う事の

無かったアタックスレイブやスピードスレイブで補佐したりはしているから働いてい

ないわけではないのだが。

 高低差の激しい浮島を走るスレイ達。 私はいつも通りミクリオの肩に乗っている

のだが、階段を駆け下りる時の振動をザビーダの腰についていた時より強く感じる

なぁって。

「それにしても……ここはどこなんだ?」

 ミクリオがポツりと呟く。

 見渡す限りの雲海と蒼穹。 術によって浮かされた島と、現代のものではない意匠の

780

階段や門。 スレイと同じくらいの遺跡好きであるミクリオが気にならないはずもな

い。

 ──カースランド島であって、カースランド島ではない場所……かな。

「……もう少し分かりやすく教えてくれ」

 ──座標という意味ではさっきの島のはるか上空に位置するのは間違いないけど、私

が称賛するレベルの術者によって隔離されていて、さっきの石碑に触れるか直接ここに

繋がる地脈を通らなければ侵入できない美しいまでの閉鎖空間。 ここを造った術者

の思想は私の使命と食い違う、唾棄すべきものだけれど……この術単体の完成度で言え

ば、人の身で辿り着く事が出来るのは彼だけだろうって断言できる程に凄い。

「君は……ここを造った人間を知っているのか?」

 ──うん。 ある意味で、全ての元凶となった……一切の穢れを生まなかった高尚な

人間だよ。

 アバルを沈めた幻術。 あれはメルキオルに使役されていたサイモンによるもの。

 サイモンが抱く「人を不幸にする」という苦しみの助長になった事だろう。

 ヘルダルフの神依。 ローランドにあったメルキオルの神依研究がヘルダルフに知

識を与えた。

 勿論他の大多数の要因が現状を作っているのは確かだけど、メルキオルの徹底的なソ

781 dai go jur yon wa curse land island I&II

レが現状に繋がっていることも確かだ。

 穢れなき世界を願ったメルキオルの所業が、今の世界を穢れに沈めようとしている。

 なんて、皮肉。

「階段も門も凄く丁寧な造りだな……。 その高尚な人間とやらの性格が窺い知れるよ

うだ」

 ──流石ミクリオ。 そんな所に目を付けるとは思わなかった。 

「え? あぁ……。 けど、意匠から製作者の性格を想像するのは基本だからね。 こ

の場所、今まで潜ってきた遺跡と比べても遥かに分かれ道が少ないし、見通しも良い。

 効率を最も重視し、目的の為なら手段は厭わない……そんな、製作者の強い信念の様

な物を感じるよ」

 ──……。 すごいのね、あなた。

サムサラ

 

が称賛するほどに。

 遺跡好き、というのも侮れないなぁ。

 ──ほら、ミクリオ。 遺跡を調べるのも良いけど、スレイ達が呼んでいるよ。 炎

纏いし不死なる者、水の天響術の出番だよ。

 鎮静化を終えて地上から穢れがなくなれば眠ってしまうカノヌシへの穢れの供給源

として造られたここ。 唯一神の娘の名を冠するここはもう、本来の目的を失ってい

782

災禍の顕主

ベッ

る。 カノヌシは

によって閉じた輪に封じ込まれ、外部の干渉を受け付けな

いが故に。

 それによってこの閉鎖空間は供給先を失い穢れが飽和し、閉じられているが故に唯一

の出口であるあの石碑に逃げ場を求めた。 石碑を通じてカースランド島へと出てき

た穢れは近くにあったシルバの死体──穢れと親和性の良いそれに集い、結果地脈を歪

めている。

 地脈の歪みは大地の歪み。 大地を器とするマオテラスはそれによって弱体化して

いるけれど、その結果ここに彼らが落ちてきてしまった。

 それは、事実。

 だけど……。

 あのクロガネのように。

 もしもシルバが、穢れ狂うライフィセットを助けるために、その全てを一身に引き受

けていると考えるなら──。

サムサラ

 魂だけがその存在を形作るわけではないと、

に突き付けているような、そん

な気がした。

  

783 dai go jur yon wa curse land island I&II

    ザ・カリスIIの最奥。

 そこに、長いツインテールを垂らす女の子がいた。

「お、女の子? なんでこんなところに……」

「気を付けなさい、スレイ。 この子、私達が見えてる!」

 ……これ、戦う必要あるんだろうか。

 今更ながらにそう思ったのだけれど、まぁ拳で通じる想いもある。

 剣だけど。

 ──無垢な魂よ。 癒しの庭に集え。 煌け、イノセント・ガーデン。

 いわゆるぶっぱ、である。

 今までの道中の戦いの疲れを癒し、且つ相手にダメージを与える素晴らしい回復術。

 スレイ達にはもう見慣れた天響術だっただろうが、その子には違ったようで。

「ッ!? シェリアの……」

 ──神聖なる雫よ、この名を以ちて悪しきを散らせ。 ライトニングブラスター。

「また……!」

784

 目に見えて動揺し、術の出所を探る少女。

 ライトニングブラスターは術者から放射状に雷撃を放つ術だ。 その要にいるのは

──、

「あの青い光……ッ!」

「へ?」

 ミクリオだ。

 少女には光球としか見えていないだろうが、その青い光球が彼女のよく知る人間の術

を使った。 事情を知っていると、そう勘違いするのも無理はないだろう。

 青い光球をよく見てみれば、小さな藤色がひっついているのもわかるのだが、天族の

見えぬ少女にそれを要求するのは酷だろう。

 結果、ミクリオを執拗に狙うインファイターが誕生する。

「くっ、強いっ!」

「なんでミクリオばっか!? ミクリオ、あんたこの子になんかしたんじゃないの!?」

「してない! 初対面だ!」

 少女は両腕のガントレットによる殴打と光の粒子による術……輝術で戦う、ハイス

ピードインファイターだ。 杖術が得意とはいえ、純粋な戦士ではないミクリオには荷

が重い。

785 dai go jur yon wa curse land island I&II

 その速度についていけるロゼがフォローをするが、その一切合財を無視してミクリオ

に突っ込んでいく少女を止めきれない。

 ──光よ集え、全治の輝きを持ちて、彼の者を救え。 

「今度は私の……ッ!?」

 少女の身体から溢れ出る光子を使い、覚えているその「形」を倣って術を構成する。

 真っ当な天響術とも聖隷術とも言い難いそれは、少女が動揺するくらいには高い再現

度を維持できているらしい。

「助かった、サムサラ!」

「……つーか、その子が反応してンのってどう考えてもサムサラの術なんじゃね?」

「君が原因か! サムサラ!!」

 おっこらーれたー。

 しかしザビーダとミクリオの会話は少女には聞こえていない。

「くっ、スレイ! ロゼ! 術者は僕じゃないって教えてやってくれ!」

 ──腐食。 其は希望の終焉。 サイフォンタングル!

「教官の術まで……?」

 サイフォンタングルに足を取られる少女。だが、その小さな体躯からは想像もできな

い跳躍力でそこを脱し、そのまま、

786

「必中必倒! クリティカルブレード!!」

「嘘だろう!?」

 変則的な秘奥義発動。

 って、あ。

 これ巻き込まれる奴だ。

 ──ごめんミクリオ。 とらくたーびーむ。

「そう言うと思っていたけど! 逃がさないぞ!」

 ──うぇっ。

 ミクリオはガシっと私の身体を掴む。

 逃げるだけだからと出力を弱めにしていたことが仇になった。

 そうして、私とミクリオは、仲良くガントレットの餌になるのだった。

     戦いが落ち着いて。

 ──紡ぎしは蘇生、訪れぬ終焉、永劫たりえる光の奇跡に名を与え、いま希望を宿せ。

787 dai go jur yon wa curse land island I&II

 レイズデッド。

「……それ……何? あなたの周りの、五つの光」

「仲間だよ。 見えないだろうけど、友達なんだ」

 ミクリオを蘇生させつつ、少女とスレイの話を聞く。

 少女の目線は完全に私を捉えつづけていて、実は見えているのではないかと思うくら

い目が合っている……気がする。

「ともだち……。 ごめんね、それ、なんて言って……」

「いいんだ。 それより、教えてくれる? なんで急に襲ってきたのか。 あ、その前に

名前を聞かなきゃね」

「私は……ソフィ・ラント」

 そこから語られるのは、この空間、そしてソフィ達の境遇。

 力の源を断たなければ帰る事が出来ない。 故に力を持つスレイ達を襲ってきた。

「それに……その、紫色の光の……人? が使う術が、私の知っているみんなの使う術と

そっくりで……」

 スレイ達の視線が一斉に私を向く。

 やだなぁ、照れちゃうよ。

「サムサラ、どういうことか……説明してくれる?」

788

 ──いいけど、この子霊力持ってないから、口になってくれる? 交信が繋げられな

い。

「口になるって……どういうこと?」

 ──私の話す言葉を話してくれればいい。 スレイ風に噛み砕いてくれても良いし、

そのままでも。

「……うん、わかった。 やってみるよ」

 ──ソフィ・ラント。 私はあなた達の世界、エフィネアやフォドラを識っている。

「ソフィ、その紫色の光……サムサラって言うんだけど、サムサラは君の世界の……エ

フィネアとフォドラを知っているんだって」

「……本当に?」

 ──知っている。 けれど、あの世界に送り返す術がない。 あの世界は閉じている

から、術であなた達を排出した場合、よくてフォスリトスにあるゾーオンケイジに、悪

くて宇宙空間に放り出されてしまう。

「うん、本当に。 でも、今は送り返す術がないんだって。 ソフィ達の世界は閉じてい

るから、サムサラの術で送り出すとよくてフォスリトス? って所のゾーオンケイジ

に、悪いとウチュー空間に放り出されてしまうんだって」

「それは……困る」

789 dai go jur yon wa curse land island I&II

 ──私はこの遺跡の仕組みを知っている。 あなた達がどうしてここにきてしまっ

たのかも知っている。 だけど、それを解決する方法はスレイにしか行えない。

「ええ!? あ、ごめん。 えっと……サムサラはこの遺跡の仕組みを知っていて、ソフィ

達がどうしてここに来ちゃったのかも知っていて……でも、現状を解決する方法は俺に

しか使えない……って」

「そう……なんだ」

 ──ジェイドは信用には足るかもしれないけど、信頼してはダメ。 特に眼鏡とか渡

されても、特に効果は無いからね。 騙されてるだけだからね。

「えーっと……、ジェイドって人は信用は出来るかもしれないけど、信頼は出来ないっ

て。 眼鏡にも何の効果も無い、ってさ」

「……」

「えっとさ、スレイ。しょーじき今の説明、知り過ぎててなんか怪しいっていうか、私で

もちょっと引っかかったくらいなんだけど……」

「俺に言わないでくれ! サムサラが言った事だよ、全部!」

「……一度、フォニマーのおじさんのトコに行ってみる」

「あ、ちょっと……行っちゃった」

「変な子」

790

 ソフィは考えながら去っていく。

 えぇー、的確な説明だったと思うんだけどなぁ。

「だってサムサラ、なんで術を使えるのかー、とか全く答えずに話題すり替えたし。詐欺

の常套手段だよ? それ」

「サムサラの常套手段でもあるよなァ。 俺様も何度誤魔化された事か」

「サムサラさんは、ちょっと言葉足らずなだけですわ。 人を騙したりする方ではあり

ません」

「言葉足らずっていうか、認識不足じゃない? 自分の胡散臭さに対して」

「……確かに、異世界の知識なんてなんで持っているんだ? 知識の源泉が不明瞭すぎ

て怪し過ぎる……」

「ハハ……。 でも、解決法を知っているならいいじゃないか。 サムサラ、どうすれば

いいのか教えてくれる?」

 スレイだけが優しい。

 ──カースランド島にあるカリスの全てにいる強い穢れの原因……ドラゴンや憑魔

を倒していけばいい。 その後の事はその後に教えるよ。

「ん、わかった。 みんな、やることはいつも通り、穢れの浄化だって。 気合入れて行

こう!」

791 dai go jur yon wa curse land island I&II

 優しいなぁ、ホント。

 なんでこう、優しい子が……犠牲になる世界なんだろうなぁ。

792

dai go jur go wa megane t

o me ga ne !

   ──はろう、はろう。 マルクト軍大佐殿。 ここの異相にブウサギはいるよ。

「おや、これはこれは。 見た目から察するにチーグル族の近縁種でしょうか?」

 ──そんなものと思ってくれて構わないよ。 ソーサラーリングがなくても喋れる

けれど。

「はは、いえ失礼。 何分、いきなり異界の地へ放り出された身。 ガラにもなく気を

張ってしまっていたようです」

 ──いきなり話しかけたのは私だもの。 礼を欠いたのはこちらだから、大丈夫。 

あなたが気にする必要はないよ、ジェイド・カーティス。 フォミクリー技術発案者の

バルフォア博士と言った方がいいかな?

「……どうやら、随分とこちらの状況に詳しい様子ですね。 出来るのならば、貴女のお

名前と所属をお教え願いたいものですが」

 ──私はサムサラ。 一応、この世界の神様の位置かな。 100の分体の内の1で

793 dai go jur go wa megane to me ga ne !

しかないけれど。

「ほう。 ならば、もしや私達をここに呼んだのはあなた、でしょうか?」

 ──違うよ。 あなたをここに呼んだのは私でも、私の仲間でもないし、あなたのと

ころの親善大使のせいでもない。

「本当ですか? いやぁ、こうも此方の事情に詳しいと、胡散臭くなってきてしまいます

ね」

 ──あなたの常套手段を真似てみたのだけれど、胡散臭さの部分だけは再現できてい

たみたいだね。 よかった。

「では本題に移りましょうか。 サムサラさん、あなたの力で私達を元の世界へ戻すこ

とは可能ですか?」

魔界

クリフォド

 ──三分、とだけ。 あなたの世界は’外’が狭いから、よくて譜石帯か

、悪く

て音譜帯のどこか、もしくは地核の中に放り出されると思う。

「それは恐ろしい。 では、先程話に出てきた貴女のお仲間ならどうでしょう」

 ──あなたの世界とは役割が違うけれど、こちらの世界にも導師がいる。 彼なら、

あなた達をこの地へ縛り付けている流れを解き、あなた達を元の世界へ戻してくれる。

「ふむ。 どうやら本当に口先だけではないようですね。 いやぁ〜、いきなり出てき

て私は神だ、なんて言うから疑ってしまいましたよ〜」

794

 ──あなたも、最初から自分たちの現状は分かっていたでしょ。 ソフィ・ラントに

適当言って自分から離していたのは……ああいう、純粋すぎて話の通じない子が苦手だ

から?

「はは、それもありますね。 ですが、辺りにいる強い存在を打破してほしいというのは

本音ですよ。 この空間の力場を崩すには、それが一番手っ取り早い。 ……尤も、こ

の力場はこの空間以外の場所へ供給されるためにあるようにも思えますが」

 ──そうだね。 この空間に出来上がってしまった力場はあくまで副次的な物に過

ぎないから、この空間で何をしても無駄だよ。

「おっとはっきり言いますね。 もっとはっきり言ってくれてもいいのですよ?」

 ──あなた達にできる事は何一つない。 座して待て。 さすれば導き救われん。

「残念ですが、それが出来ないのが研究者というものです」

 ──でしょうね。 まぁ、この空間で何をしても無駄ということは、何をやってもあ

なた達が帰るのに影響しないという事でもある。 命を落とす様な真似をするならま

だしも、研究や調査に勤しむ分には何の問題もないかな。

「それはそれは、魅力的な事を聞きました。 ところでサムサラさん。 何故私とソ

フィがここに引きずり込まれたのかわかりますか? ガイやティアではなく、私が」

 ──この世界にも超振動を扱える人間がいる……いた、からね。 ファブレ公爵息子

795 dai go jur go wa megane to me ga ne !

と縁が深すぎる人間は引きずり込めなかったんじゃない? 縁は互いを引っ張り合う

から、力場程度の引力では千切れない程に強い縁があったんだよ、彼ら彼女らには。

「私には無かったと? それは酷い話ですね〜」

 ──あとは、あなたがより死の影を帯びていたから……だと思う。

「……」

 ──この世界に満ちる力は、穢れと言ってね。 死の影が、陰鬱の気が形になったも

のなんだ。 穢れを取り込みやすい者は穢れに好まれる。 葛藤と後悔は、穢れの温床

だよ。

「ははは……なるほど、確かにあの面々の中では私が一番引き込まれやすそうですね。

 なら、彼女は?」

 ──彼女には逆に、死の影が全くない。 恐らくだけど、現状の彼女は機能停止以外

で死ぬことはない。 故に、あなたとプラスマイナスゼロ。 あなたは力場が引き込ん

だ存在で、彼女は世界が抑止にくっつけた存在。

「……つまり、彼女が巻き込まれたのは私があまりにも多くの葛藤と後悔を抱えている

せい、だと?」

 ──とかだったら納得が行く?

「はっはっは、それなら面白いですね」

796

 ──でしょ? やっぱり私のセンスも捨てたものじゃあないよね。

 沈黙。

「さて、そろそろ貴女のお仲間がここに到着するようです。 簡単なテストも兼ねて手

合せをするつもりですが、サムサラさんはどうしますか?」

死霊使い

ネクロマンサー

 ──勿論、戦うよ。 

ジェイド・カーティス。 魂を扱う者としては、見逃

せない存在だからね。

「その仇名は私の使う術とはあまり関係がないのですが……いえ、魂を扱う者でしたか。

 それなら、私も戦う理由がありますね」

 ──フォミクリー技術。 魂の複製。 それがあなたの後悔であったとしても、生命

あるべき等しい死から逃れる技術を見逃すわけにはいかない。

「やれやれ、過去の行いばかりが今の自分の首を絞めますね〜。 というより、サフィー

ルの行いが、というべきでしょうか?」

「サムサラ!」

 テレロレレロレロレーレーローレーロ、レーレローレー!

 記憶にある戦闘曲を思考の縁に流しつつ、私の横に立ち並んだミクリオの肩に乗っか

る。

「全く君は……」

797 dai go jur go wa megane to me ga ne !

「おやおや、団体様のご到着ですか」

「!? 気ィつけろ、コイツ俺達が見えてやがる!」

 ちなみにジェイドと交信を繋げられるのは彼に霊力があるからだ。

ヒューマノイド

 

であるソフィには、霊力が存在しない。

 ジェイドが構えを取る。

「来るぞ、みんな!」

「多対一とは卑怯ですね〜……なら、こちらも本気で相手をしましょうか」

 ついでに言うと、恐らくジェイドには彼らの姿が見えているわけではない。

 私を見た目で判断出来たのは、私が私に幻術をかけていたからだ。 私は学んだの

だ。 見えない相手からどこからともなく声が飛んでくると、警戒されるということ

を。

 ……今、外側でサムサラが溜息を吐いた気がするのは気のせいだろう。 彼女に息を

すると言う機能はないはずだし。

「狂乱せし地霊の宴よ……ロックブレイク!」

「天響術!? 天族なのか!?」

「赤土目覚める……ロックランス! 天響術はこっち。 あれは違うわ、スレイ」

音素フォニム

 彼の身体から溢れる

から、術の構成方法を真似していく。

798

 随分と幾何学的というか、過去の四大の王のそれとは明らかに構成方法が違う。

 やはり譜術は学問なのだな、ということがよくわかる。

 ──魂をも凍らす魔狼の咆哮、響き渡れ。 ブラッディハウリング。

 闇色の奔流が、地面から噴き出す。

「これは……第一音素? いえ、構成は酷似していますが……」

「潜りドラゴン! 何!? またサムサラ!?」

 ロゼ酷い。

「ふむ……では、受けよ、無慈悲なる白銀の抱擁! アブソリュート!」

「氷海凍てる果て行くは奈落! インブレイスエンド!」

 ロゼの足元が凍りつく瞬間、それを食いつぶすようにエドナの氷が発生する。 だ

が、エドナの氷ではジェイドの氷を止める事は出来なかった。

 一瞬で来た隙を縫ってロゼがその場から離脱する。

「今のは完全に違う術ですね。 ならこっちはどうです? 焔よ、業火の檻にて焼き尽

くせ……イグニートプリズン!」

「火神招来! フォエス=メイマ!」

 一瞬の判断。

 自らの周りに出てきた炎に、ライラとの神依を果たすスレイ。

799 dai go jur go wa megane to me ga ne !

 だが、その選択はFOF変化を扱うジェイドを相手にはまずかった。

「煮え湯を飲ませてあげましょう……レイジングミスト」

 熱された大地に大量の水が降り注ぐ。

 そして盛大な蒸気が発生した。

「うわっ!?」

「どォやら属性の縛りなんてものはねぇみたいだが……」

シ・ド・レ・ソ

ヴァ・レイ・ズェ・トゥエ・ラ・ソ・ミ・ソ・ファ

・ネゥ・トゥエ・リュオ・トゥエ・クロア

 ──壮麗たる天使の歌声。 

「回復……サムサラか、ありがとう!」

「今度は譜歌ですか……こちらに合わせてくれているのか、おちょくられているのか、謎

ですが……天雷槍!」

「仕込み槍!? おっさんアンタ暗殺者か何か!?」

「ロゼさんが言えた事ではないと思うのですけど……」

 ジェイドを術師タイプと踏んで接近戦を持ち込んだロゼに槍を突きつけるジェイド。

 おっさん……彼はまだ35歳である。

 十分におっさんとか言わないで上げてほしい。

死霊使い

ネクロマンサー

「多勢に無勢ですねー。 なら、これはどうです? 旋律の戒めよ、

の名の下に

具現せよ……ミスティック・ケイジ!」

800

 譜術の球体がスレイやロゼだけでない、天族達全員を完璧に包み込み、収縮、ジェイ

ドの手中で爆破した。

 ──天地に散りし白き煌華よ。 運命に従い敵を滅せよ、

「なるほど、突然見えなくなったといってもいなくなったわけではないのですねぇ。 

ティアの術を真似ようとしたようですが……使わせてもらいましょうか。 墜牙爆炎

槍!」

 私の詠唱を察知したのか、はたまた別の理由か。

 攻撃と回復を兼ねたティア・グランツの秘奥義を再現しようとした隙を縫って、ジェ

イドは私を槍で撃ち上げる。

 その槍は私に刺さる事は無かったものの、極至近距離で膨大な熱量と共に爆発を起こ

した。

 光はわかるけど……火はどこから。

 ──神々の御使いの祝福を今ここに。 エンジェルブレス。

「おや……まだ術を詠唱する元気がありましたか。 いえ、どちらかと言えば……誰か

が肩代わりした、という感じでしょうか。 しかし、フィールドオブフォニムスも使わ

ずに、よくもまぁそうポンポンと次から次へ譜術が使えるものですね。 しかも今度は

厄介な補助術ですか」

801 dai go jur go wa megane to me ga ne !

 ──本当に譜術を使っているわけじゃあないからね。 あなたから溢れる音素を真

似て、形だけを似せて術を作っているにすぎない。 その点あなたの複雑怪奇な術よ

り、ナタリアやアニスの真っ直ぐな術の方が真似しやすいかな。

「はっはっは、確かにあの二人の使う……使える譜術はそこまで難しい物ではありませ

んからね。 とはいえ、私の記憶違いでなければ譜歌はそれなりに複雑な構成をしてい

たと思うのですが? そこのところは?」

 ──真似しやすいか真似し難いかってだけで、出来ないなんて言ってない。

「これは一本取られました〜。 あ、降参です。 流石にあなた達と三度も交戦できる

若さは私にはありませんからね」

 なんとか起き上がったスレイ達を前にしてあっけらかんと言い放つジェイド。

 流石にリヴァイヴのかかったスレイ達6人を相手取るのは面倒と感じたようだ。

「さて、おふざけはこのくらいにして……あ、申し遅れました。 私、ジェイド・カーティ

スというものです」

「あ、俺はスレイって言います……じゃなくて、ジェイドさんは……天族が見えている

……んですか?」

「いえいえ、見えませんよ? 見えませんが、そこに何かがいる、というのはわかります

ので……それを見られるようちょちょっと工夫してみたら、声くらいは聴けるようにな

802

りました」

「ちょちょっとって……」

 実際、ジェイドは少なからず霊応力がある。 正確に言えばこの世界に引きずり込ま

れる際に出現した、というべきなのだろうが、身の内に現れたその異質な力を辿って天

族の声が聴けるような細工を自身に施したのだろう。

 メガネ云々は関係ないはずだ。

「とりあえずこの空間の事はお仲間のサムサラさんにお伺いしましたので、原因があな

た方に無い事もわかっていますから、安心してくださいね」

「じゃあなんで攻撃してきたんだ……」

「こちらの世界の導師がどのような物か試してみたかったのですが……藪蛇でした」

「こちらの世界……? 違う世界から来た、っていうのか? いや、それよりも! 違う

世界にも導師がいるのか……?」

「こちらの世界とは役割も意味も全く違いますけどね」

 何やら感動しているスレイは置いて於いて、ロゼがメガネのおっさんに話しかける。

「さっきの女の子となんか関係あんの?」

「彼女もまた違う世界……私とも違う世界の出身のようです。 その辺りの事情は全て

サムサラさんが知っていると思われるのですが……聞いていませんか?」

803 dai go jur go wa megane to me ga ne !

「またこのノルなの? 秘密主義もここまでくると尊敬ね?」

「ま、言わなかったって事はなンか意味があったンだろ。 どうせ聞いてもどうしよう

もねぇ事だろうよ」

「……庇うじゃない」

 どちらにしろスレイは全カリスを回る必要があるのだ。

 そうしなければ、シルバの遺体がドラゴンゾンビに至れないのだから。

 それに、答えを私がポンと用意しても、スレイは納得しないだろうし。

「それでは、私はこの辺りで。 もう少しこの辺りを調べてみたいですし、あのお嬢さん

の事も気になりますからね」

 去っていくジェイド。

 短時間ならともかく、長時間この空間にいると……彼は穢れを取り込んでしまいそう

で、少しだけ心配だ。

 ホーリーヴェイル、かけておこう。

 「サムサラさん……」

 ──うん? どうしたの、ライラ。

「あの方は、顔色が全く窺えませんでしたね……」

804

面が無ぇ

ネぇ

 ──……

って事?

「はい!」

805 dai go jur go wa megane to me ga ne !

dai go jur roku wa 『Drago

n zombie?』to 『Silve』

  考えていた。

 ずっと考えていた。

 史実に於いて、このカースランド島で彼の遺体は導師一行に襲い掛かった。

サムサラ

 だが、私は、

は、彼がしっかりと戻った事をこの目で確認している。

 それはあの刀鍛冶も同じ。

 だというのに、あの刀鍛冶も、そしてここにある彼の遺体も、まるで未だにこの世界

に残っているかのような、そんな気配や動きを見せてくる。

 ドラゴン牧場としての穢れが集い、無機物憑魔になったのかとも考えた。

 鎧を付けたまま死した兵士が、骨や鎧の憑魔に成り果てるというのはよくある事だ。

 無論、生きている者が爬虫類のような憑魔となる方がよっぽど多いのだが。

 だが、彼らには意志があった。 私は彼らに心を感じた。

 おかしなことだ。 どんな存在であっても魂はただの一つしか持ち得ない。 それ

サムサラ

にだって言える事。 どちらかが表にいる時は、どちらかがあの狭間の世界

806

にいなければならない。

 有り得ない事だ。

 有り得ない事。

 私の常識に、サムサラの知識に無い現象。

 あぁ、それは、なんて──素晴らしいのだろう。

 そう、素晴らしいのだ。

世・

界・

が・

こ・

の・

ま・

ま・

順・

調・

に・

進・

ま・

な・

い・

事・

 だってそれは、

を示しているに等しいのだから。

 私が何万年をかけて創り出した綻び。 私が千年と百年をかけて創り出した罅。

 そして、あの刀鍛冶と、マオテラス……否、ライフィセットの片割れが創り出した捩

れが、必ずやこの悲しみの連鎖を、世界のシステムを壊してくれるカギとなるのだろう

から。

 ベルベット・クラウのような、悲劇に憑かれ、慈愛に疲れてしまった少女や。

 導師スレイのような、未来を見据え、我が身を犠牲にする事を選んだ少年が。

 少年少女が命を賭すような事でしか変えられない世界が、ようやく終わるかもしれな

い。

 希望的観測だ。 全てifの域を出ない事柄だ。

 史実通りに全てが行くなんて思っていない。 スレイが同じ選択をするとは限らな

807 dai go jur roku wa 『Dragon zombie?』to 『Silve』

い。

 だから、せめてその道先は明るく照らそう。 

 私はサムサラ。 輪廻を司るノルミン。 不死鳥のフェニックスの裏側。

 私の流儀は人間や天族の営みを高めない事。 死に纏わるノルミンとして、彼らの生

には関与しない。

 そして──私の誓約は、史実を大きく歪めない事。

 この世界で目を覚ました私が安直に、愚直に行ったその誓約。 この世界を見つめて

いなかった私が行った、安易で愚かな誓約によって、私は知識にあらん限りの術を持つ

ようになった。

 これさえなければ、もっと彼女らを助けられたのに。

 彼らを導き、彼らを助け、彼らと共にもっと戦えたのに。

 だからこそ、今この状況に感謝しなければいけない。

 刀鍛冶と彼。 この二人の存在が史実を大きく歪める可能性を持っているというの

に──私の誓約は失われていない。

 私が千と百年前に行った細工も、誓約に触れなかった。

 これはチャンスなのだ。

 表面張力で張りに張った水面を、一気に溢れさせるために。

808

 ここぞと言う時に、私が──誓約を破れば。

 例えこの身、この魂が滅びる事になっても……彼らを救えるかもしれないのだから。

    「サムサラ?」

 ──あ、ごめん。 考え事してた。 何? ロゼ。

「いや、元凶はサムサラが知ってるってジェイドが言うから……」

 ──あぁ、うん。 知ってる知ってる。 多分ジェイドも知ってる。

「なんかテキトー!?」

 適当なものか。

 私にとっての一大イベントなのだ。

 テキトーに済ませるはずもない。

 ──カースランド島の真ん中に、あの子はいるよ。 けど、ちょっとだけ待ってほし

い。

「あの子? ……うん、わかった。ちょっと待つよ」

809 dai go jur roku wa 『Dragon zombie?』to 『Silve』

 ──ありがと、スレイ。

 スレイにそう告げて、ジェイドとソフィの元へ向かう。

 正確にはソフィの元へ。

「おや、てっきり私に用事があるのかと思っていましたが」

 ──うん。 用事はある。 ソフィには霊力が無いから、貴方に口になって欲しかっ

た……けど、やめた。

「おや、それまた何故ですか?」

 ──しっかりそのまま伝えてくれなそうだから。 だから、私が寄る事にした。

 ソフィ──プロトス1である彼女の身体からは、微量の光子が発せられている。

 四大の王の精霊術を真似た時のように、その形質を霊力で再現してみる。 私の誓約

によるリターンがこれなので、やはりすんなり上手く行った。

 そしてそれを、ソフィへ差し出す。

「……? 受け取れば、いいの?」

 頷く。

 霊力謹製光子にソフィが触れた途端、それはソフィの中へと取り込まれていった。

 ──テステス。 マイクのテスト中。

「!? 声が……誰?」

810

 ──目の前目の前。 藤色の二頭身。

「もしかして、あなたがサムサラ?」

 ──いえすいえす。 そして、ありがとう。

「? 私、何もしてないよ……?」

 ──私の交信はね、例え霊力を注入したとしても、無機物相手には繋がらないの。 

貴女は造られた生命なのに、私と交信が出来た。 それは貴方が、魂を持っているから。

 私はその事実が欲しかった。

「よく、わからない……けど、どういたしまして?」

 ──うん、じゃ、元凶を断ってくるね。

 ただただ利用させてもらった事に少なからず負い目がなかったわけではない。

 後悔はしないが、やり方はもっと他にあったような気もする。 

 だが、これではっきりした。

 ただの無機物に交信は繋がらず、魂或る無機物には繋がるのだという事が。

    

811 dai go jur roku wa 『Dragon zombie?』to 『Silve』

 「島の真ん中って……まさか、コイツ?」

「なんかヤバイ雰囲気なんですけど……」

「……」

「どうしたんだ、ライラにザビーダまで。 いつもならここでジョークやダジャレの一

つでも入れてくるのに」

「いや……気分じゃねえってだけさ。 心配すンなって、戦いはちゃんとやるさ。 

……ちゃんと、な」

「はい……」

 全てのカリスにいたドラゴンを倒したスレイ達一向は、カースランド島の真ん中……

彼の遺体がある場所へとやってきた。

 各々モチベーションに高低差があれど、戦いに臨む気持ちに憂いは無い。

「今回はちゃんとやるってことでいいンだな?」

 ──確約は出来ない。

「……」

 ──顔怖いよ、ザビーダ。 真面目にやらないってわけじゃない。 彼に少しでも意

志を感じたら、私は交信を試みたいと思っているの。 その間無防備極まりなくなるか

812

ら、どっか適当な場所に蹴り飛ばしてくれると嬉しい。

「……ま、手が空いてたらな」

 穢れの流入。

シルバの遺体

 彼の──

が、のそりと首をもたげた。

 先手必勝。

 ──原初光明かくありき……万象の死たる燐光。 我が前に、力を示せ! ビッグバ

ン!

中に・・

 ドラゴンゾンビの

、まばゆい光が生まれる。

 それは一度限界まで収縮し、零次元へと向かった──その直後。

 全方位に、余りにも膨大な熱量と光を解き放つ!

「うわっ!?」

「くっ!」

 光は島全体、その上空に至るまでにも爆発的な広がりを見せ、至極当然に導師一行を

も巻き込んだ。

 ──大地、魂に無上なる祝福を与えたまえ。 ソウルオブアース。

「ちょっと、味方を巻き込む術やめてくれない?」

「回復したからって許される事じゃないからね」

813 dai go jur roku wa 『Dragon zombie?』to 『Silve』

 エドナとミクリオに怒られた。

 ごめんなさい。

     ──シルバ、聞こえる?

 ──シルバ。 シルバ、返事をしてほしい。

 ──シルバ、ライフィセットを覚えているかな。

 ……返事はない。

 無いが、反応はあった。

 このドラゴンゾンビが、何のために地脈を歪めているのか。

 それはやはり、マオテラスへと流入する穢れの量を少しでも減らそうと言う魂胆なの

だろう。 魂胆。 面白い言葉だ。

 タマシイとカラダ。 そのどちらもがキオクを持っているという話をどこかで聞い

た。

 魂は戻った。

814

 間違いない。

 だから、今この場で彼らと闘っているのは、躰の方なのだろう。

 交信は通じている。 ただ、返事が無い。

 言語を持たないか、正気ではないか。

 憑魔──いや、業魔とは、本能だけになった存在の事を言う。

 シルバの躰は、本能からマオテラスを救おうとしているのだ。

 

サムサラ

 ならば──この相手は、戻すべき相手であると

も、私も判断した。

 さぁ、加勢しに行こう。

 思いの外物凄い勢いの蹴りで吹っ飛ばされた身体を癒しながら、私は彼らの元へ向か

うのだった。

 彼にもういいよ、と。

 おやすみなさい、というために。

    

815 dai go jur roku wa 『Dragon zombie?』to 『Silve』

 ォォォオオオオ……。

 ズシン、と音を立てて……その骸は倒れ伏した。

「逝けよな……今度こそ」

 ──帰っておいで……貴方も。

 結び目が解ける。

 地脈の流れは正常に戻り、この地で淀んでいた、留まっていた大地の穢れが正常にマ

オテラスへと流れ込み始めた。

 ライフィセットのようにカノヌシの片割れでもなく、マオテラスのように五大神とし

ての力を得た訳でもなく。

 ただ、ライフィセットと一緒に使役されていた、というだけのただの聖隷でしかな

かった彼が。

 一号という名を捨て、シルバと名付けられて喜んでいた幼い彼が。

 その小さな体で、ずっとずっと、千年と百年もの間、ここでマオテラスを、ライフィ

セットを守っていたのだ。

 ──おつかれさま。 そして、お帰りなさい。 大丈夫、マオテラスは必ずスレイが

救ってくれるから……ゆっくり休んで。

 ──……。

816

 返事があった──それは、文字通り気のせいなのだろう。

    「ねぇ、サムサラ。 別の世界ってどんなところ?」

 ──え、なに。 いきなり何。 というかなんで私に聞くの。

「ジェイドもソフィも別の世界から来たって言ってただろ? それで、サムサラはその

世界の事を知ってる。 なら、サムサラに聞くのは当然。 だろ?」

「へぇ、珍しい。 スレイがそんなに論法立てて話せるとは思っていなかったよ」

「スレイも成長しているのよ。 ミボと違って」

 ──えー……どんなところって言われても、いっぱいあるから……いろんなところ、

かな?

「いっぱいあるんだ。 あ、それもそうか……ジェイドとソフィも、別々の世界から来

た、って言ってたし。 あの二人の世界はどんなところなの?」

「散々僕の事を弄ってくるけど、そういう君はどうなんだ? 天族は精神年齢が見た目

に作用する。 君はいつまでたっても子供、って事じゃないのかい」

817 dai go jur roku wa 『Dragon zombie?』to 『Silve』

「別に弄ってないわよ。 事実よ、事実。 私はこの姿を意識的に保っているの。 ミ

クリオお坊ちゃまと違うのよ。 むしろミクロお坊ちゃまよ」

 ──ジェイドの世界は、音を主体とする世界だよ。 音素っていう、この世界で言う

霊力みたいなものが世界にあふれていて、人々はそれを使って生活をしたり争いをした

りしているの。 この大陸にはあまりない街並みが広がっているよ。 

 ──ちなみにだけど、ジェイドの世界の親善大使……こっちでいうアリーシャ的な存

在の子が、アリーシャの先祖と同じ技を使えたりするよ。

「へぇ〜! って、アリーシャのご先祖様? サムサラ、知り合いなの?」

「誰がミクロお坊ちゃまなのかな……」

「文脈的に貴方しかいないでしょう? もしかして脳までミクロお坊ちゃまなの? ミ

クリオじゃなくてミクロなの? ミロなの?」

 ──知り合いだよ。 それなりに仲が良かった。 それで、ソフィの世界は……自然

の美しい世界だね。 原素っていう、これまた霊力的なものが溢れている世界で……三

つの巨大黒水晶みたいな結晶と、巨大な地核で成り立っている惑星。 星全体を人工の

遺跡が取り巻いているっていう点では、スレイ達の興味を引きそうだよね。

「星全体を!? そんな巨大な遺跡があるなんて……」

「もう原型がないじゃないか!」

818

「ミが残っているじゃない。 そんなに言うならミでいいわよミで。 原型しかないわ

良かったわねミ」

 ──この星にも、まだまだたくさんの遺跡があるわ。 貴方の想像もしていない遺跡

がたくさん、ね。

その・・

「……うん。 大丈夫、

つもりはないよ、サムサラ」

「……わかった。 もうわかった。 じゃあ僕もこれから君の事をエって呼ぶことにす

るよ。 それが嫌なら──」

「別に、いいわよそれで。 じゃあ今日からよろしく、ミ」

 ──この星にあるのはこの大陸だけじゃないからね。 是非、自分の足で踏破してほ

しい。 海は私達が貰ったから、陸をお願い。

「あぁ、アイフリード海賊団、だっけ」

「よくない! エもミも呼び辛いし分かり辛いだろう!」

「貴方が言ったんじゃない。 スレイ、今日からミボの事はミ、って呼んであげて」

「え? ミ?」

「……ほら、どっちが呼ばれたかわからないだろ!」

「この流れでそれは最高のボケですわスレイさん……!」

 ──スロラミエザサの提供でお送りいたします。

819 dai go jur roku wa 『Dragon zombie?』to 『Silve』

dai go jur nana wa 『Helda

lf』

 「はぁ〜、戻ってこれた……けど」

「っとに、やっぱりここか……」

「なにもかも非常識すぎる景色……さっきの島もそうだったけど……」

「どちらも、膨大な穢れと埒外の術式が産んだ光景ですのね……」

「この世ならざる景色、ってヤツ?」

「こんな感じなんだ、あの世って?」

 ──全然違う。一緒にしないでほしい。もっと安心できる所だよ。

「……今、本気であの世を知ってる人から苦言が届いたんだけど……」

「え? 誰?」

「あ、いや、なんでもない」

 ──別に、言ってもいいのに。

 ──今言わなくても良い事だから。この戦いが終わったら、君が直接言えばいいよ。

「心配しなくても、すぐに見られるかもしんねぇぜ?」

820

「ふふふ、大丈夫ですわね。冗談が言えるのならば」

 ──頼もしい限り、だね?

「……ええ、本当に」

 全ては今、そこへと──。

    「ヘルダルフ……決着の時だ」

 彼の者と、対峙する。

「……苦しみと共に生きねばならぬ世界。全ての物は、これからの解放を望んでいるこ

とは明白。何故、それに抗う。導師よ」

「確かに、お前の目指す世界は苦しみから逃れられるかもしれない。でも、やっぱ違うと

思う」

「僕らは苦しみから眼を背けたくない」

 彼らは言う。辛い事があるから、楽しい事があるのだと。

 生きていると、そう思えるのだと。

821 dai go jur nana wa 『Heldalf』

「……苦しみに抗う事でのみ得られる安寧。そんなものを、世界が享受するはずなどあ

るまい」

 ……正直な話をすれば、私は彼の王……ヘルダルフの言い分も、納得できてしまう。

 何故なら私は輪廻のノルミン。転生の加護を与える一部の者を除き、他全ての魂は

穢れくるしみ

から解放されて、次なる生へと旅立っていく。

 だが。

「摂理に従う事が、生きるって事だっていうのか」

「無論のことよ」

「違う! それは死んでないだけだ!」

 そうだ。

 それは、死んでいないだけ。

 生き返ったわけでも、転生したわけでもなく……死んでいない。

「もう一度言う。導師スレイ。我に降れ」

「断る!」

「……やはり災禍の顕主と導師。世の黒白という事か……」

 そうだ。

 そうだ。

822

 そうだ。

 クロガネも、シルバも。

 死んでいなかったわけではない。彼らはしっかりと生きていた。

 そこか。そこに……そこに糸口があったのか。

蘇ったわけ

フェ

ニッ

転生した

死んでいない

生きている

 

でも、

でも、

でもない──

という道。

 願いの結晶たるノルミンにいないわけだ。だってそれは、願いにすらならない──本

能。

 ──〞もっと〞では、ダメ。〞まだ〞でも、ダメ。〞もう〞も、ダメ。

 動かない私を余所に、彼の王とスレイ達は戦闘を行う。

 黒白が交わらないのならば、どちらがを滅すしかないと。

 ──許される道は、一つだけ。

「自らの家族だけは失いたくない……大した覚悟だ」

「ふざけんな! おじいちゃんもミューズって人も、ホントだったら犠牲になる必要な

んてない! 全部アンタのせいでしょ!」

 ──申し訳ないけど、これはスレイやミクリオのためじゃ、ない。

 ──これは試金石。今ようやく掴んだ、ようやく見つけた糸口を、確かなものとする

ための。

823 dai go jur nana wa 『Heldalf』

「それで……どうするというのだ」

「あたしがなんとかする! そうするって、決めたんだから!」

 だが、紫電によって身を焼かれるロゼ。

 導師でなければ、災禍の顕主には対抗できない。

「従士の出る幕ではない……」

──そう、だから、私が出る幕なの。

「──?」

「『ルズローシヴ=レレイ!』」

 スレイとミクリオの神依。

 その神なりし矢を、腰だめに番える。

 ……弓の悲鳴が聞こえる。

 目の前で肉親を失った、神の如き者。

 彼が、神なりし獅子までもを悲しませたくないと、悲痛に訴えてきている。

 曲がりなりにも、導師アルトリウスを倒し、世界をこうあるように変えた──ベル

ベットの仲間である、私に。

「この痛み──忘れない!」

腕かいな

唯ゆい

──我が

、零れ落つ流砂の果て……今ここに

ある奇蹟を齎さん。

824

「ぬぅっ!?」

「『光……!?』」

──レイン・カーナート。

「『うぉおおおおおおおぁぁああああああ!!』」

 神依化したスレイとミクリオの身体が、光に包まれる。

 我が名を冠す、私の第二秘奥義。秘奥義にして強化を主とするモノ。

  私の加護を、牙として一瞬だけ貸し与える術技。

 

包・

み・

込・

ん・

だ・

 神弓が、ヘルダルフに取り込まれたゼンライを──

 そうしてそれは、弾けるわけでも、爆ぜるわけでもなく……世界に溶けて行く。

「……ぐぅっ……!」

「い、まのは……」

 腕を抑えて蹲るヘルダルフ。感情の高ぶりからか、神依が解け……しかし、膝は付か

ないスレイとミクリオ。

 彼らには聞こえていたはずだ。

 ゼンライのその声が。

825 dai go jur nana wa 『Heldalf』

 しっかりとした、生きている声が。

「……何をしたのかは、わからんが……よかろう、真の孤独をくれてやる!」

「『マオテラス』!」

enuath

journey

ジャー

ニー

私サムサラ

 ──

。行くよ、

「ミクリオ……」

「……ああ!」

 四肢の頭に、竜の肢体。

 異形。数々のドラゴン化した天族たちをしても、異形と称する他ないその姿は、それ

ほどまでにヘルダルフの怨念が強い証。

「決意、覚悟、全て無駄! この力の前ではな!」

「もうお互い引けない……引いたらこれまでの事を否定する事になる!」

 ──大地、魂に無上なる祝福を与えたまえ。 ソウルオブアース。

 ──回復は任せて。

「スレイ、僕達の策は都合上四回が限度だ! それまでに決めろ!」

「神依による最大の攻撃を四度撃ち込んでください!」

「『ヘルダルフ……処断せし瞬天の先導!』『いい頃合いだな……!』」

 スレイがジークフリートを構える。

826

「『それは……!?』

「『シルフィスティア!』」

 そこから打ち出されるは、風の天族たるザビーダの全て。

 そしてそれは、ヘルダルフの中に吸い込まれるようにして消えて行く。

「『なんたる残酷、なんたる無為! 仲間を撃ち出すなどという非道に、何の功も奏して

おらん!』」

「『オレは……俺達は……! 信じた答え、信じてくれた道を貫く!』」

 ザビーダに続き、ライラ、そしてエドナ。

 最後に、ミクリオまでもが天なる弾丸となって、ヘルダルフに撃ち込まれた。

 しかし、それでもヘルダルフは倒れない。

 そしてスレイは──ロゼを突き離し、地を砕く。

 砕け、堕ちる玉座。

 穢れの満つ空間に玉座ごと落ちて行く二人。

「……先程から、邪魔をしていたのは……そこの凡霊か」

「サムサラ……君も戻っていいんだよ?」

 ──私は輪廻のノルミン。ノルミン・レインカーナート。ここからの戦いに於いて、

私はどちらの方を持つ事も出来ない。災禍の顕主。導師。どちらもが摂理であり、どち

827 dai go jur nana wa 『Heldalf』

らもがシステム。

誰かさん

 ──同時に、スレイ。

は貴方が勝つ事を望んでいる。

「……邪魔をする気はない、ってさ」

「ふん……もはや語るべくも無し」

 そうして、男二人の泥臭い戦いが始まった。

 神依はない。天族の力を借りる事無く、浄化の侵攻と不浄の穢れさえもなく。

 ただ、己の武を叩きつける、泥のような戦い。

 だが、その戦いも、幕を告げる時が来る。

 双方、同じタイミングでそれを構えた。

 そうして、全く同じ、鏡合わせのような呼気で撃ち放つ。

「「獅子戦吼!」」

 獅子の闘気。

 その、ぶつかり合い。

 相討ち──ではない。

「ッまさか!」

「これが、俺の──全てだ!!」

 更なる獅子の追撃。

828

 それはセルゲイ・ストレルカから受け継いだモノ。

 奇しくもヘルダルフは、自身の後世の者が編み出した術技によって──敗れるのだ。

     眼下。

 ゆっくりと……ヘルダルフへと歩み寄るスレイ。

 ──ねぇ、聞こえてる?

 ──ライフィセット。ねぇ、覚えている?

 ──シルバが、貴方を覚えていたよ。彼の事を、覚えている?

 スレイは剣を取る。

 そしてまた一歩、また一歩と……彼の者に近づいていく。

 ──夢を見ていたかった。誰もが笑っている夢。

 ──私にはそれが叶わなかったみたいだから、せめて夢だけは。

 ──ねぇ、ライフィセット。貴方は、生きているの?

 ヘルダルフの前に立つ、スレイ。

829 dai go jur nana wa 『Heldalf』

 そして剣を構える。

 ──ベルベットのいない世界がつらい? ロクロウのいなくなった世界がつらい?

 エレノアがいなくなったこの世界がつらい? マギルゥもビエンフーもいないこの

世界が、つらい? アイゼンが去ったこの世界が……怖い?

長・

く・

生・

き・

て・

し・

ま・

う・

事・

を・

 ──後悔したんだよね。五大神になって、

 ──責めてしまったんだよね。誰も救えなかった自分を。

 スレイは、剣を──ヘルダルフに、突き刺した。

 ──それが穢れを生む事を知っていたのに。大地が穢れたから、なんて理由じゃな

い。だってベルベットの傍にいた貴方は、決して穢れなかったから。貴方は、自ら穢れ

たんだよ。自ら穢れを生み出して、それに浸った。

 ──いけない事じゃない。逃げるのも手段の一つ。決して、悪い事じゃない。

 ──でも、ベルベット達は選ばなかった。スレイ達も、選ばない。ただ、それだけ。

 ヘルダルフの身体から穢れが溢れ、それはスレイに纏わりつき……しかし定着する事

が出来ずに、空間へと溶けて行く。

 さらなるは、四つの光。

 それぞれ地水火風、共に旅をした天族たちが現世へと帰って行く。

 ──さぁ、ライフィセット。選択の時だよ。

830

 ──あなたは〞もっと〞ベルベット達といたかった? あなたは〞まだ〞彼らと離

れたくなかった? あなたは〞もう〞苦しみたくない?

 ──ねぇ、ライフィセット。あなたは、誰に縋る?

「サムサラ……ここにいたんだ」

「マオテラスとは、旧知の仲だからね」

「あれっ? サムサラが喋れるってことは……ここはもうあの世、なのかな」

誰かさん

「ううん、違う。交信術は今

が使用しているから……フフ、今は私、なのよ。良

く似ていたでしょう? それと、安心なさい。まだここはあの世ではないわ。地脈の中

ではあるけれど、ね」

「……もしかして……だけどさ」

「『本当は、喋る事が出来たんじゃないか』かしら?」

「……うん」

「残念だけど、現世では無理よ。私の身体はほとんど生命活動をしていないもの。だけ

ど、ここでなら、この霊力が飽和したこの世界でなら、喉を使う事が出来る。これはあ

の子には無理な事。この身体の本来の所有者たる私だけが、出来る事よ」

「そうなんだ」

誰かさん

「ええ──ほら、マオテラス。私の声なんて、初めて聞いたでしょう? 

に何を

831 dai go jur nana wa 『Heldalf』

言われているのかまでは知らないけれど……世界にはまだ、新しい事が沢山あるのよ」

「……」

「なんて……私らしくなかったわね。さぁ、スレイ。後は任せるわ。マオテラスも、あの

子の事も」

「うん。……死のうなんて、思っちゃダメだからね」

「ええ──今度は生と死の狭間で、会いましょう」

サ・

ム・

サ・

ラ・

 

が消える。大方、地脈流に乗っかってどこかのマーキングに飛んだのだろ

う。

「……ありがとう」

 それは誰に向けた言葉だったのか。

 私ではわからない。

騒ぎ奉る者

 ──

「何、サムサラ」

 ──夢は往々にして、掴み取れるのは一握りの者だけ。追いかけても追いかけても、

決して辿り着けない存在も少なくは無い。

「うん」

 ──その上で問う。貴方の夢は、何?

832

「変わらないよ。導師になったオレも、今全てを終わらせた……オレも。いつか世界中

を回って、全ての遺跡を見つけて──」

 ──全てを語ってはダメ。夢は形にしない方が、遠くていい。

「それ、誰の言葉?」

 ──……バン。バン・アイフリード。

「そっか」

 ──貴方はまだ、追いかけるためのスタートラインにすら立っていない。走り始めて

いない。夢を追い続けた人間の船に乗っていたノルミンとしては、貴方を夢追い人とは

認められない。

「……うん」

 ──必ず、帰ってきて。貴方のおかげで、ようやく罅を手に入れた。貴方が起きる頃

には、少しは穢れも減っている事を約束する。

「うん」

 ──じゃあ……私の真名を。

enuath

journey

ジャー

ニー

「……行くよ、サムサラ。『

』」

 スレイが、私を纏う。

 ヒトがヒトを纏う。それは神依ではなく……敢えて名を付けるのなら、霊依か。

833 dai go jur nana wa 『Heldalf』

 互いに地脈流の中という、不安定な状態だからこそ成し得る力技。

「『輪廻めぐる闇叡の決断……』」

 ──ライフィセット。言ったよね。

「『レイン・カーナート』!」

  ──間違えたら、サメの餌にするって。

  輪廻が宿るその手が、マオテラスに触れる──。

 そうして、光が溢れた。溢れ出した。

   穢れに包まれていた大地が、信仰の光に満たされていく。

 導きし者。導かれし者。

 導師。主神、マオテラス。

共存の光

maotelas

 彼の青年の眠りと共に……世界に

が響き渡る。

  

834

  こぽこぽこぽ……。

 暗闇の中。泡が下から上へと上がって行く。

「ふぅ……まったく、柄でも無い事はやるものじゃあないわね……そう思わない?」

 答えは無い。それは、当たり前だ。

「全く、迷惑な話よね。あれだけの事をして、あれだけ人を振り回して……満足してい

る、なんて」

 急速に泡が拡散し、浮上していく。

 引き留める物、繋ぎ止める物は何もない。

 未練の欠片も無い魂は、この場所に留まる必要が無い。

「……なんて、感情のあるフリ。……あの子の前では大人ぶっているけれど、私もまだ若

いのよ?」

 そうして──彼の王の魂は、狭間を抜け出していった。

「……また、長い眠りに就くのかしらね……」

 こぽこぽこぽこぽ……。

 泡は絶えず、下から上へと上がって行く。

 過去から未来へと。

835 dai go jur nana wa 『Heldalf』

 絶える事無く、堪えることなく、耐える事無く。

「……じゃ、後は任せたわ、フェニックス。見つけたらしっかり掴まえて、説教してやん

なさい」

 こぽこぽこぽこぽこぽこぽ……。

 泡が。

836

瞳にうつるもの編

dai goju hachi wa cats fi

ght ha neko mo kuwanai

  「まったく……我とサムサラは表裏一体。 だが、お前は違うと散々説いた事を忘れた

か。赤子の霊魂のまま地脈流で放出される? 愚かにも程がある……このノルミン最

強の漢フェニックスのそばにありながら、死のうとしたのだからな」

意思を断ち切るモノ

ジー

リー

 ──死のうとしたわけじゃないよ。 ただ、

で撃ち出される

輪廻司るモノ

という矛盾概念が地脈流にどんな影響を与えるか知っていただけで、

「ええい、話が長いわ! お前はいつもそうだ。我々の前に表れた時から、小難しい言葉

と関係のない話で主張を濁し、煙に巻いて逃げる! 何も成長していないな!」

 ──何言ってるのフェニックス。 死体が成長するわけないじゃん。

「そういう話をしているのではないわ!」

「さっきから人の傘でうるさいんだけど。 回すわよ?」

837 dai goju hachi wa cats fight ha neko mo kuwanai

「ぬぉぉおおおおぉぉおぉおおおぉおおお!?」

 ──いつもより多く回しております。

 あの後。

 私の真名と共に放たれた、弾丸としての私は、地脈流に決定的な概念を刻み付けた。

 それは、ひいては世界に生じた罅に対して、その罅を決して埋まらないモノへと変え

た、という事でもある。

肉体サムサラ

捕獲

サルベージ

 その後

を持たないままにフヨフヨ流れていた所を先ほど

され、ノル様人形の

一つに憑依させてもらう形で定着した。 私は天族ではないので、器がどうのとかは関

係ないのだ。 動けないけど。

「まぁまぁ、いいじゃん。 ようやくサムサラを見つけられて、フェニックスもホッとし

てるんでしょ?」

「ぬぉぉおお……お、う、うむ。 このまま憑魔、もしくは霊障にでもなられようものな

ら余りに寝ざめが悪い故……成仏であるのなら、問題はなかったのだが」

 ──残念ながらこの通りピンピンしております。 人形だけど。

「ふん、誰もお前がいなくならなかったことを残念になどと思っておらんわ。 ……特

にサムサラは胸をなでおろしているだろうよ。 アレはああ見えて心配事を忘れられ

ないタイプだ」

838

「あ、そうだ。 ねぇフェニックス」

「む?」

「帰ってきたサムサラのことは、なんて呼べばいいの? サムサラって、あのアンニュイ

な人格の名前なんでしょ?」

 ちなみに今、導師活動をしているのはスレイではなくロゼだ。

 スレイは眠りに就いているから当たり前なのだけど、従士の器でよくもまぁ、とは思

う。

 彼女を器にしているのはライラとロゼ。

 ミクリオは遺跡探索の旅へ、ザビーダは流浪の旅へ出ましたとさ。 ロゼが言うには

サムサラ

を探して旅に出たとか。 それは、なんというか。 ありがとうございます。

「ふん、元々此奴に名はない。 我とサムサラで抑え込まなければ散り散りになってい

た存在だ。 今でこそその心配はないがな。 真名以外、名らしい名は持っていない」

 ──真名で呼ばれるのは恥ずかしいです。

「わ、久しぶりの交信だ。 やっほーサムサラ。 元気だった? って、あ。 ついサム

サラって呼んじゃったね!」

 ──サムサラでいい。 ロゼ、これからよろしく。

「おう!」

839 dai goju hachi wa cats fight ha neko mo kuwanai

 そんな三人(四人?)を、見つめる天族が一人。

 少し離れた所を歩いているライラである。

 彼女は、少しだけ胸をなでおろしていた。

 スレイが眠りに就いてから──ロゼがすこしだけ、思いつめているようだったから。

 それが、サムサラを見つけてから、昔の通りのロゼに戻りつつある。

 ノルミン・レインカーナート。

 ノルミン・フェニックスの裏側。 輪廻のノルミン。

 果たしてその力は、今は地中深くで眠っているらしいサムサラという名のノルミンの

持つ物であり、目の前で会話を繰り広げている(だろう)ノル様人形はその契約者に過

ぎなかった、という話だが。

「……どちらも、サムサラさんに変わりはありませんものね」

 それは多分、ロゼが口に出さずとも辿り着いていたコタエなのだろう。

 ようやく、一つの形を以て。

 導師一行改め従士一行は、また歩き出した──。

  ──あ、ザビーダ。 おはよう。

 ──おはようじゃねェよ! こっちがどンだけ探したと思って、

840

 通話、終了。 ぶちぃっ。

    それは、ラストンベルの宿屋で休息を取っている時だった。

 元からいつにない速足でラストンベルを目指していたけれど、まさかこんなに早く出

て行こうとするとは。

「さって、そろそろ出発しないとね。 こわーいお姫様が追ってくるからさ」

 ──それがアリーシャの事であれば、時すでに時間切れ。

 バタン! と大きな音を立てて、彼女が入ってくる。

 アリーシャ・ディフダ。

「あ、アリーシャ……こんなに早く……」

「ロゼ!」

 アリーシャはつかつかとロゼに歩み寄り、スレイの事を話せと糾弾する。

 しかしロゼはどこ吹く風だ。

 まぁ、その辺りの痴話喧嘩は私達の興味のある所ではないし、当人以外が口を出して

も話がこじれるだけだ。

841 dai goju hachi wa cats fight ha neko mo kuwanai

 しばらく、キャットファイト……というには結構な威力のビンタの応酬が続くのを、

私達は少し離れた所で見ていた。

「どれだけ不器用なの、この二人」

「止めます? エドナさん」

「ふむ……美しき友情。 しかし針の上か……」

人形この体

 ──今気づいたんだけど、

だとオツマミ食べられなくない?

「コイツの言う通り、この二人はどうせ、無二の親友になるか心底疎み合う関係になるか

しか道はないわ。 どちらの味方をしてもしなくても、私にメリットがない」

「確かに……」

「でも正直意外ね。 この二人がこんなになるなんて」

 ──そう? でも、この場にスレイがいたらきっとこう言うよ。 二人が仲良くして

くれて俺は嬉しいよ、って。

「……そうね。 それでどうせ、この二人が『仲良くない』、って叫ぶ」

 ──容易に想像できるよね。 ところでエドナ。 物は相談なんだけど。

「イヤよ。 そういうのはそっちに頼みなさい」

「?」

 でも今は、そんな繋ぐ者がいない。

842

 不器用な二人では、素直になりきれないのだ。

 さて。

 アイゼンとエドナには申し訳ないけれど、こんなノル様人形より……目の前に、一時

的とはいえライフィセットを宿した器の子孫がいるのです。

 私は天族ではないけれど。

 ではないけれど。

 親和性は、うん。 やっぱり。

「む……待て、何をしている」

 ──ちょっと小細工。 後々のためにね。

「お前は……はぁ」

 ──フェニックスのため息は珍しいね。

 ひと段落ついたのだろう。

 アリーシャが宿屋を出ていく。

 直後、穢れの気配。

「言わんこっちゃない……」

 ──誘惑の罠張り巡らせ、我が懐中へ。 トラクタービーム。

「っと、とと、わっ! ……早く行け、って?」

843 dai goju hachi wa cats fight ha neko mo kuwanai

 ──うむ。

「口調、フェニックスに似てきてるよ、っとと、おい、なんで出力さげてんだ!?」

 ──ロゼが嫌な事いうから。

「謝るから! ほら、すぐに行くよ!」

 ──ふへーい。

 あぁ、なんだろ。

 まだふわふわしてるなぁ。 

  「従士、やる?」

「やる!」

 虎祭兄貴の緋凰絶炎衝さながらライダーキックで反休戦派の憑魔を仕留めたロゼが、

アリーシャに手を差し出す。

 これにアリーシャは即答で是を返した。

「ライラ!」

「はい。 エドナさん、足止めをお願いできますか?」

「しょうがないわね」

844

 ──フェニックス、私達も参加する?

 ──ふん、お前に加減というものが出来るのならば、な。

 ──それは無理でござんす。

「我とサムサラは人間同士の諍いに介入するつもりはない。 エドナの身の危険となれ

ば話は別だが、他の事柄は汝らでなんとかするのだな」

「どうせサムサラが加減できないとかそういう理由でしょ」

「む……むぅ。 まぁ、そうなのだが」

主神ライラ

 エドナがあくせく壁を作っている間に、

による従士契約が執り行われていく。

 ふふーふ。

「覚えよ! 汝の真名は──」

イスリウィーウェブ=アメッカ

リー

シャ

!」

「ええっ!?」

 ──励起せよ──ホーリーヴェイル!

「えええっ!?」

 is real we have=o muqa……ま、それはそれとして。

 いつぞや、彼女にかけていたホーリーヴェイル。

 今ここに励起させよう。

845 dai goju hachi wa cats fight ha neko mo kuwanai

 そして。

「……お久しぶりです、ライラ様。 エドナ様。

 そして……」

 ──ハロー、アリーシャ。 間借りさせてもらうよ。

「さ、サムサラ様? どこに……」

「主神契約に……割り込み……そんなことが可能だなんて……」

 ──君の身体の中。 安心して、手は出さないからさ。

 うーん、清浄なる身体はやっぱり居心地がいいね。

 私のガイコツよりは下とはいえ、流石エレノアの血を引くモノ。 人間らしい呼気を

持っている。

「さ、アリーシャ。 やってみせてよ」

「……わかった!」

 ふふーふ。

 これで味もわかる……一石二鳥とは之この事なり。

 なお、戦闘は特筆すべき点のないものだった。

 ヒト型憑魔など、現時点のアリーシャの敵ではないのだ。 単一で浄化が出来ないだ

けで。

846

  「おやすみ!!」

 顛末として。

 和解とは至らなかったアリーシャとロゼは、別々の方向に歩いていく。

 それは偶然、正反対の道ではなかったが……。

 また、当然のことながら。

「あ、あの……不思議な感覚なのですが」

 ──何が?

「いえ、自分の内側に誰かがいて、自分の内側から声が聞こえるという現状が……その」

 ──スレイはずっとこうだったのです。 

「スレイが……」

 ──確かにもどかしいかもしれませんが、スレイは全く気にした素振りを見せていま

せんでしたよね。

「う……そう、ですね」

 ──そうです。 ならばあとは、わかりますね。

「……これからよろしくお願いします、サムサラ様。 おやすみなさい」

847 dai goju hachi wa cats fight ha neko mo kuwanai

 ──おやすみ、アリーシャ。

 おやすみなさい。

 《サブスキット》「一方その頃、グリモ姐さんと……」

「ふぅ……」

「はぁ……」

「うぅん……」

「はふぅ……」

「……ねぇ、アナタ。 呼吸、しないんじゃなかったの?」

「そうよ? 貴女の真似をしていたのよ……もしくはあの子の真似かしら?」

「ふぅん。 ま、どうでもいいけどね……。 それより、こんなところで何をしているの

?」

「地中深くに出るつもりだったのだけどねぇ。 あの子の嗜好が移って、暖かいところ

に来てしまったみたい」

「元サウスガンド領の、この南国へようこそ……と言いたい所だけど……気のせいでな

ければ、アナタ」

「ええ……沈んでいるわね」

848

「冷静なのね。 ふぅ。 まぁ、元々が地脈と区別のつかないようなカラダみたいだし

……そういうこともあるのかも、ね」

「それじゃあ、グリモワール。 また会いましょうね。 今度は、何万年後か、わからな

いけど……」

「はぁい。 ……まぁ、無事でなにより、と」

849 dai goju hachi wa cats fight ha neko mo kuwanai