マス類の効果的な増殖手法の開発 - maff.go.jp ·...

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1 マス類の効果的な増殖手法の開発 独立行政法人水産総合研究センター 増養殖研究所 内水面研究部 要旨 ヤマメ・アマゴ、イワナについての本事業他機関のものも含む河川調査データおよび既往の文 献データを線形モデルで分析した結果、残存率は自然繁殖由来魚、発眼卵放流由来魚、稚魚放流 由来魚の順に高く、 3 者間の比率は 2.31 : 1.67 : 1 であった。この数値と種苗の全国平均単価等を もとに計算し、他の知見を加えて検討した結果、全長 15cm のヤマメ・アマゴ、イワナを放流で 1 尾増殖するために必要な平均的な種苗代は、稚魚放流では 563 円、成魚放流では 126 円以上、 発眼卵放流では 106 円、親魚放流では 90 円と推定された。 線形モデルによる分析の結果、稚魚放流由来魚の残存率は、種苗の全長範囲が 50110 mm 場合小型魚ほど高く、放流河川の平均流れ幅の範囲が 18 m の場合流れ幅の小さい川ほど高か った。また、発眼卵放流由来魚の残存率は、放流河川の河床勾配の範囲が 319 %の場合、勾配 の緩やかな川ほど高かった。 以上の結果から、河川におけるヤマメ・アマゴ、イワナの効果的な増殖手法は次のとおりであ ると考えられた。 ・稚魚放流よりも成魚放流、成魚放流よりも発眼卵放流、発眼卵放流よりも親魚放流を行う。 ・稚魚放流では、種苗の全長範囲が 50110 mm の場合、より小型の魚を放流する。平均流れ幅 の範囲が 18 m の場合、より流れ幅の小さい川に放流する。 ・発眼卵放流では、河床勾配の範囲が 319 %の場合、より勾配の緩やかな川に放流する。 ・人工産卵場の造成や禁漁等により、自然繁殖を促進させる。 緒言 最近の在来マス類(ヤマメ Oncorhynchus masou masou、アマゴ O. m. ishikawae、イワナ Salvelinus leucomaenis。写真 12)の年間の漁業生産量は約 1,700 トン、養殖生産量は約 11,000 トンであ る。また、資源の維持増大のために河川湖沼で種苗放流が行われ、その数量は約 4,500 万尾であ る。放流されている魚がすべて 2 g サイズの稚魚であると仮定すると、マス類の稚魚の単価は約 15 円なので、年間約 7 億円分の魚が放流されていることになる。

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    マス類の効果的な増殖手法の開発

    独立行政法人水産総合研究センター

    増養殖研究所 内水面研究部

    要旨

    ヤマメ・アマゴ、イワナについての本事業他機関のものも含む河川調査データおよび既往の文

    献データを線形モデルで分析した結果、残存率は自然繁殖由来魚、発眼卵放流由来魚、稚魚放流

    由来魚の順に高く、3 者間の比率は 2.31 : 1.67 : 1 であった。この数値と種苗の全国平均単価等を

    もとに計算し、他の知見を加えて検討した結果、全長 15cm のヤマメ・アマゴ、イワナを放流で

    1 尾増殖するために必要な平均的な種苗代は、稚魚放流では 563 円、成魚放流では 126 円以上、

    発眼卵放流では 106 円、親魚放流では 90 円と推定された。

    線形モデルによる分析の結果、稚魚放流由来魚の残存率は、種苗の全長範囲が 50~110 mm の

    場合小型魚ほど高く、放流河川の平均流れ幅の範囲が 1~8 m の場合流れ幅の小さい川ほど高か

    った。また、発眼卵放流由来魚の残存率は、放流河川の河床勾配の範囲が 3~19 %の場合、勾配

    の緩やかな川ほど高かった。

    以上の結果から、河川におけるヤマメ・アマゴ、イワナの効果的な増殖手法は次のとおりであ

    ると考えられた。

    ・稚魚放流よりも成魚放流、成魚放流よりも発眼卵放流、発眼卵放流よりも親魚放流を行う。

    ・稚魚放流では、種苗の全長範囲が 50~110 mm の場合、より小型の魚を放流する。平均流れ幅

    の範囲が 1~8 m の場合、より流れ幅の小さい川に放流する。

    ・発眼卵放流では、河床勾配の範囲が 3~19 %の場合、より勾配の緩やかな川に放流する。

    ・人工産卵場の造成や禁漁等により、自然繁殖を促進させる。

    緒言

    最近の在来マス類(ヤマメ Oncorhynchus masou masou、アマゴO. m. ishikawae、イワナ Salvelinus

    leucomaenis。写真 1、2)の年間の漁業生産量は約 1,700 トン、養殖生産量は約 11,000 トンであ

    る。また、資源の維持増大のために河川湖沼で種苗放流が行われ、その数量は約 4,500 万尾であ

    る。放流されている魚がすべて 2 g サイズの稚魚であると仮定すると、マス類の稚魚の単価は約

    15 円なので、年間約 7 億円分の魚が放流されていることになる。

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    一方、マス類の遊漁者数は年間でのべ約 170 万人である。多くの内水面魚種で遊漁者数は平

    成 5 年のピーク時に比べて半減しているが、マス類では減少率は約 25 %にとどまっており、マ

    ス釣りの人気が高いことが伺える。

    このように、マス類は我が国の内水面における重要な水産資源である。また、日本では多くの

    マス類は河川上流部の清流に生息していることから、山間部や水源地の良好な自然環境の指標の

    ひとつとして国民の関心が高い。

    第五種共同漁業権が免許された内水面の漁業協同組合には、漁業法に基づいて増殖の義務が課

    せられている。その履行方法は、水産庁長官通知において、種苗放流、産卵床造成、堰等下流の

    滞留魚の持ち上げ再放流である。現在、多くの漁協が義務増殖として種苗放流を行っている。

    マス類についても、古くから種苗放流が行われている。マス類の放流には、大きく分けて稚魚

    放流、発眼卵放流、成魚放流の 3 つの手法がある。最近の研究で、成魚放流については放流され

    た魚が放流後短期間で釣られてしまうことや出水により流失してしまうこと(德原ほか、2010)、

    魚の単価が高いので通常の遊漁料では漁協が赤字になってしまうこと(德原ほか、2011)が明ら

    かにされた。これに対して、稚魚放流と発眼卵放流については放流の歴史が古いにもかかわらず、

    増殖効果や費用対効果は定量的に示されていない。また、マス類の増殖手法には放流の他に、禁

    漁(Nakamura et al., 1994;中村ほか、2001)や産卵場造成(中村、1999;中村ほか、2009)等の

    自然繁殖の促進がある(中村、2007;中村・飯田、2009)。

    本課題の目的は、マス類について効果的な増殖手法を明らかにすることである。そこで本年度

    は、当機関と本事業の他の参画試験研究機関(岐阜県河川環境研究所、滋賀県水産試験場)の河

    川調査データおよび既往の文献データを統計モデルで分析し、稚魚放流由来魚、発眼卵放流由来

    魚、自然繁殖由来魚の間で残存率を比較した。また、稚魚放流、発眼卵放流それぞれについて統

    計モデルによる分析を行い、残存率の高い放流方法の抽出に取り組んだ。さらに、稚魚放流、発

    眼卵放流、自然繁殖の費用対効果を検証した。以上の結果をもとに、マス類の効果的な増殖手法

    を整理した。

    写真 1 イワナ 写真 2 ヤマメ

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    方法

    統計モデルによる残存率の比較

    原著論文、学位(卒業・修士・博士)論文、都道府県水産試験場の研究報告書・事業報告書、

    水産庁事業の報告書等から、当歳時の 5 月から 11 月の間の国内の自然河川におけるヤマメ・ア

    マゴ、イワナの稚魚放流由来魚、発眼卵放流由来魚、自然繁殖由来魚の残存率データを収集した。

    併せて、残存率に影響すると想定される諸要因、すなわち調査年(以下、年と略す。以下同様)、

    調査河川(川)、魚種(種:ヤマメ・アマゴかイワナか)、初回調査時の全長の平均値(全長)、

    調査間隔日数(日数:残存率を求めた調査の初回調査日と終回調査日の間隔)、調査区間の距離

    (距離)・平均流れ幅(流れ幅)・河床勾配(勾配)、他のマス類の生息の有無(他種:ヤマメ・

    アマゴの場合はイワナ、イワナの場合はヤマメ・アマゴ)、漁獲の有無(漁獲:遊漁区か禁漁区

    か)、遡上阻害物の有無(遡上阻害物:調査区間の上流端が堰堤や滝かどうか)のデータも収集

    した。

    残存率を応答変数、増殖手法(稚魚放流か発眼卵放流か自然繁殖か)および上記の諸要因を説

    明変数とする統計モデル分析を行った。これにより、稚魚放流、発眼卵放流、自然繁殖の間で残

    存率を比較できる。増殖手法、種、全長、日数 、距離、流れ幅、勾配、他種、漁獲、遡上阻害

    物を固定効果の説明変数、年、川をランダム効果の説明変数として扱った。残存率は割合データ

    のため二項分布に近似する。しかし、二項分布とみなして一般化線形モデルあるいは一般化線形

    混合モデルで分析したところ、過分散が認められた。これは、残存率の元データである初回調査

    時および終回調査時の個体数の変異(幅)が大きいためであると考えられる。そこで、初回調査

    時の個体数と終回調査時の個体数をもとに残存率を経験ロジット変換した。その値は正規分布に

    近似するので、一般線形モデルあるいはランダム効果を設ける場合は一般線形混合モデルで分析

    した。AIC が最小のモデルについて尤度比検定を行い、ベストモデルを選択した。計算にはフリ

    ーソフトの「R」を使用した。ヤマメ・アマゴの体長が尾叉長や被鱗体長、標準体長で記されてい

    る文献が散見された。その場合は、前述のキリズシ沢、荒井川、御沢川のヤマメ当歳魚の実測デ

    ータから求められた次の式によって全長に換算した(ただし、40 < 全長(mm)< 120)。

    全長(mm)=1.084×尾叉長(mm)-0.782(n=30、r=0.998、p

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    距離と流れ幅については残存率との間に有意な指数関係が認められたため、それぞれ対数変換し

    た。

    多くの都道府県の内水面漁業調整規則におけるヤマメ・アマゴ、イワナの制限体長は全長 15

    cm(正確には 15 cm を少しでも上回る 15 cm 超)である。全長 15 cm 超の個体が漁獲対象であ

    る。そこで、当歳時から全長 15 cm 超までの残存率についても河川調査によりデータを収集し、

    上記と同様の分析を行った。また、放流手法別に残存率の高い放流方法を抽出するため、当歳時

    の残存率データをもとに稚魚放流、発眼卵放流それぞれについて同様の分析を行った。

    なお、先住魚の生息密度も残存率に影響すると考えられるが、密度のデータが記載されている

    文献は稀であったため、本研究では説明変数に加えなかった。

    結果

    当歳時の残存率のモデル分析 収集されたデータ数は、稚魚放流 39(ヤマメ・アマゴ 34、イ

    ワナ 5)、発眼卵放流 14(ヤマメ・アマゴ 10、イワナ 4)、自然繁殖 17(ヤマメ・アマゴ 13、

    イワナ 4)、計 70(ヤマメ・アマゴ 57、イワナ 13)であった(川嶋、1988;山形県内水面水産

    試験場、1991;久保田、1995;本田、1999;三重県科学技術振興センター水産技術センター伊勢

    湾分場、2001;三重県科学技術振興センター水産研究部鈴鹿水産研究室、2002;栃木県水産試験

    場、2008;氏家・桑村、2008;中村・土居、2009;中村他、2009;岐阜県河川環境研究所、2013a、

    2013b;滋賀県水産試験場、2013;水産総合研究センター増殖研究所内水面研究部、2013;高原

    川漁業協同組合、私信)。データの記載内容が本研究にとって不十分な場合は、文献の執筆者や

    執筆機関から聞き取った。

    各変数の数値の範囲は表 1 のとおりであった。

    表 1 変数の数値

    変数 数値

    残存率 0~96.5 %

    全長 44.8~108.2 mm

    日数 37~163 日

    距離 35~2,500 m

    流れ幅 1.0~8.0 m

    勾配 1.0~19.2 %

  • 5

    増殖手法ごとの残存率の頻度分布は図 1 のとおりであった。

    増殖手法、全長、日数、距離、他種を固定効果の説明変数として設けた一般線形モデルがベス

    トモデルとして選択された。各説明変数の諸元は表 2 のとおりであった。

    表 2 ベストモデルの諸元

    係数 標準誤差 t 値

    稚魚放流 -1.0826 0.3580 -3.024

    自然繁殖 0.7935 0.3926 2.021

    全長 -0.0556 0.0095 -5.835

    日数 -0.0136 0.0048 -2.839

    距離 0.4558 0.1143 3.987

    他種 1.5443 0.3183 4.851

    切片 2.0213 1.0338 1.955

    0

    1

    2

    3

    4

    5

    6

    7

    8

    9

    10

    11

    12

    13

    14

    河川数(調査区間数)

    稚魚放流 ヤマメ・アマゴ

    イワナ

    0 20 40 60 80 100

    残存率(%)

    図 1 増殖手法ごとのヤマメ・アマゴ、イワナの当歳時の残存

    0

    1

    2

    3

    4

    5

    発眼卵放流

    0

    1

    2

    3

    4

    5

    自然繁殖

  • 6

    増殖手法間で有意差が認められ(p < 0.05)、残存率は自然繁殖、発眼卵放流、稚魚放流の順に

    高いことが示された(多重共線性を回避するため、3 つの増殖手法のうち係数が間の値をとる手

    法の係数が 0 として扱われる。ここでは発眼卵放流の係数が 0 とされた)。

    全長の係数は有意な負の値(p < 0.001)であり、全長が小さい魚ほど残存率が高いことが示さ

    れた。日数の係数は有意な負の値(p = 0.006)であり、調査間隔の日数が短いほど残存率が高い

    ことが示された。距離の係数は有意な正の値であり(p < 0.001)、調査区間の距離が長いほど残

    存率が高いことが示された。他種の係数は有意な正の値であり(p < 0.001)、調査区間に調査対

    象以外のマス類が生息しているほうが残存率は高いことが示された。

    係数は、稚魚放流で-1.0826、発眼卵放流で 0、自然繁殖で 0.7935 であった。稚魚放流の係数を

    1 とすると、発眼卵放流の係数は 2.0826、自然繁殖の係数は 2.8761 と計算される。このことから、

    ヤマメ・アマゴ、イワナの当歳時の残存率の比率は

    稚魚放流由来魚:発眼卵放流由来魚:自然繁殖由来魚=1:2.08:2.88

    である。つまり、残存率は稚魚放流由来魚に比べて発眼卵放流由来魚では 2.08 倍高く、自然繁

    殖由来魚では 2.88 倍高い。同様に、発眼卵放流由来魚に比べて自然繁殖由来魚では 1.38 倍高い

    (2.88/2.08)。

    全長 15 cm 超までの残存率 2010 年 6 月 1、2 日に標識放流した荒井川下流区のヤマメ自然繁

    殖稚魚では、2011 年 8 月 17、18 日の調査時に平均全長が 15 cm 超であった。この時の推定個体

    数は 7.8 ± 1.1 尾であり、放流時からの残存率は 26.0 %であった(7.8 尾/30 尾)。

    2010 年 6 月 4 日に標識放流した荒井川上流区のヤマメ養殖稚魚は、2011 年 6 月 14 日の調査時

    に全長 15 cm 超であった。この時の推定個体数は 4.0 ± 0 尾であり、放流時からの残存率は 8.2 %

    であった(4 尾/49 尾)。

    2010 年 6 月 21 日に標識放流したキリズシ沢上流区のヤマメ養殖稚魚は、2011 年 6 月 23 日の

    調査時に全長 15 cm 超であった。この時の推定個体数は 6.0 ± 0 尾であり、放流時からの残存率

    は 8.0 %であった(6 尾/75 尾)。

    全長 15 cm 超までの残存率のモデル分析 収集されたデータ数は、稚魚放流 12、発眼卵放流

    3、自然繁殖 16、計 31 であった(岐阜県河川環境研究所、2013a、2013b;滋賀県水産試験場、

    2013;水産総合研究センター増殖研究所内水面研究部、2013)。すべてヤマメ・アマゴのもので

    あった。

  • 7

    各変数の数値の範囲は表 3 のとおりであった。

    表 3 変数の数値

    変数 数値

    残存率(稚魚放流) 0.3~26.7 %

    (発眼卵放流) 12.5~30.0 %

    (自然繁殖) 0~41.1 %

    全長 52.0~130.0 mm

    日数 291~442 日

    距離 90~1,309 m

    流れ幅 1.7~6.7 m

    勾配 1.8~11.9 %

    発眼卵放流についてはデータ数が 3 と少ないため、分析対象から除いた。

    増殖手法のみを固定効果の説明変数として設けた一般線形モデルがベストモデルとして選択

    された。説明変数の諸元は表 4 のとおりであった。

    表 4 ベストモデルの諸元

    係数 標準誤差 t 値

    自然繁殖 1.3141 0.4058 3.238

    切片 -2.8916 0.3068 -9.426

    残存率は稚魚放流に比べて自然繁殖のほうが有意に高いことが示された(p = 0.003)。係数は

    自然繁殖では 1.3141、稚魚放流では 0 であった。稚魚放流の係数を 1 とすると、自然繁殖の係数

    は 2.3141 と計算される。このことから、残存率の比率は

    稚魚放流由来魚:自然繁殖由来魚=1:2.31

    である。つまり、当歳時から全長 15 cm 超までの残存率は稚魚放流由来魚に比べて自然繁殖由来

    魚のほうが 2.31 倍高い。

  • 8

    稚魚放流についてのモデル分析 前述の当歳時のデータのうち、稚魚放流由来魚の 39 データ

    (ヤマメ・アマゴ 34、イワナ 5)を分析に使用した(山形県内水面水産試験場、1991;本田、1999;

    三重県科学技術振興センター水産技術センター伊勢湾分場、2001;三重県科学技術振興センター

    水産研究部鈴鹿水産研究室、2002;栃木県水産試験場、2008;氏家・桑村、2008;岐阜県河川環

    境研究所、2013a、2013b;滋賀県水産試験場、2013;水産総合研究センター増殖研究所内水面研

    究部、2013)。

    各変数の数値の範囲は表 5 のとおりであった。

    表 5 変数の数値

    変数 数値

    残存率 0~83.5 %

    全長 50.9~108.2 mm

    日数 37~148 日

    距離 35~2,500 m

    流れ幅 1.2~7.7 m

    勾配 1.0~19.2 %

    全長、日数、距離、流れ幅、他種を固定効果の説明変数として設けた一般線形モデルがベスト

    モデルとして選択された。各説明変数の諸元は表 6 のとおりであった。

    表 6 ベストモデルの諸元

    係数 標準誤差 t 値

    全長 -0.0448 0.0103 -4.359

    日数 -0.0243 0.0067 -3.625

    距離 0.8045 0.1170 6.876

    流れ幅 -1.3502 0.4005 -3.371

    他種 1.3654 0.2887 4.729

    切片 0.8696 1.1759 0.740

    全長の係数は有意な負の値(p < 0.001)であり、全長が小さいほど残存率が高いことが示され

  • 9

    た。日数の係数は有意な負の値(p = 0.001)であり、調査間隔の日数が短いほど残存率が高いこ

    とが示された。距離の係数は有意な正の値であり(p < 0.001)、調査区間の距離が長いほど残存

    率が高いことが示された。流れ幅の係数は有意な負の値であり(p = 0.002)、流れ幅が小さい川

    ほど残存率が高いことが示された。他種の係数は有意な正の値であり(p < 0.001)、調査区間に

    他のマス類が生息しているほうが残存率は高いことが示された。

    以上の結果は、稚魚放流を行う際には、放流魚の全長が約 50~110 mm の範囲の場合、より小

    型の魚を放流するのがよいこと、および、放流河川の流れ幅が約 1~8 m の範囲の場合、より流

    れ幅の小さい川に放流するのがよいことを示している。

    発眼卵放流についてのモデル分析 前述の当歳時のデータのうち、稚魚放流由来魚の 14 デー

    タ(ヤマメ・アマゴ 10、イワナ 4)を分析に使用した(川嶋、1988;栃木県水産試験場、2008;

    中村・土居、2009;岐阜県河川環境研究所、2013b;水産総合研究センター増殖研究所内水面研

    究部、2013)。

    各変数の数値の範囲は表 7 のとおりであった。

    表 7 変数の数値

    変数 数値

    残存率 10.6~90.9 %

    全長 49.9~94.0 mm

    日数 40~163 日

    距離 48~1,600 m

    流れ幅 1.2~8.0 m

    勾配 2.7~19.2 %

    勾配と他種を固定効果の説明変数として設けた一般線形モデルがベストモデルとして選択さ

    れた。各説明変数の諸元は表 8 のとおりであった。

    勾配の係数に負の傾向が認められ(p = 0.066)、河床勾配が小さい川ほど残存率が高い可能性

    が示された。また、他種の係数に正の傾向が認められ(p = 0.056)、調査区間に他のマス類が生

    息しているほうが残存率は高い可能性が示された。

    以上の結果は、放流河川の河床勾配が約 3~19 %の範囲の場合、発眼卵放流はより勾配の緩や

    かな川で行うのがよいという可能性を示している。

  • 10

    表 8 ベストモデルの諸元

    係数 標準誤差 t 値

    勾配 -0.7014 0.3437 -2.041

    他種 0.9400 0.4390 2.141

    切片 0.9874 0.8198 1.204

    成長、体重、肥満度の比較 稚魚放流由来魚、発眼卵放流由来魚、自然繁殖由来魚の間で、成

    長(体重増、体重の相対成長率)、肥満度に明瞭な有意差は認められなかった(体重増、図 2;

    相対成長率、Mann-Whitney のU 検定、図 3;肥満度、分散分析、図 4)。

    稚魚放流由来魚、発眼卵放流由来魚、自然繁殖由来魚ともに、残存個体(再捕された個体)と

    非残存個体(再捕されなかった個体)の間で体重、肥満度に明瞭な有意差は認められなかった(体

    重、表 9;肥満度、表 10。Mann-Whitney のU 検定)。

    6月 7月 8月 9月 10月 11月

    5

    10

    15

    0

    2010年 荒井川

    自然繁殖

    稚魚放流

    体重(

    g)

    5

    10

    15

    0

    2011年 荒井川

    6月 7月 8月 9月 10月 11月

    5

    10

    15

    0

    2011年 御沢川

    6月 7月 8月 9月 10月 11月

    自然繁殖

    稚魚放流

    自然繁殖

    発眼卵放流

    5

    10

    15

    0

    2010年 キリズシ沢

    6月 7月 8月 9月 10月 11月

    発眼卵放流

    稚魚放流

    相対成長率(

    %/ 日)

    0

    0.5

    1.0 2011年6→10月御沢川 ヤマメ

    0

    0.5

    1.0 2010年8→10月荒井川 ヤマメ

    自 稚 自 発

    p=0.508

    p=0.072

    0

    0.5

    1.0

    2010年8→10月

    キリズシ沢 ヤマメ

    1.5

    2.0

    発 稚

    p=0.749

    図 2 稚魚放流由来魚、発眼卵放流由来魚、自然繁殖由来

    魚の成長(増体重)の比較

    図 3 稚魚放流由来魚、発眼卵放流由来魚、

    自然繁殖由来魚の体重の相対成長率の

    比較

  • 11

    8月 10月

    10

    15

    20 2010年 荒井川

    肥満度

    10

    15

    20 2011年 荒井川

    10月

    10

    15

    20 2010年 キリズシ沢

    8月 10月

    10

    15

    20 2011年 御沢川

    6月 10月

    発稚自稚

    自稚 自発

    F=0.165, p=0.686 F=6.291,

    p=0.016

    F=0.041, p=0.841F=0.130, p=0.721

    図 4 稚魚放流由来魚、発眼卵放流由来魚、自然繁殖由来魚の肥満度の比較

    2.83±0.83 (11) 2.86±0.97 (15) 0.260 0.795

    2.50±0.90 (16) 2.59±0.68 (34) 0.021 0.983

    2010 ヤマメ 荒井川 自然繁殖

    稚魚放流

    キリズシ沢 発眼卵放流 1.46±0.40 (13) 1.31±0.60 (42) 1.420 0.156

    稚魚放流 1.36±0.64 (12) 1.07±0.26 (61) 1.251 0.211

    3.44±1.05 (21) 4.63±2.35 (46) 1.954 0.051

    5.35±1.55 (10) 4.04±1.82 (57) 2.279 0.023

    2011 ヤマメ 荒井川 自然繁殖

    稚魚放流

    キリズシ沢 発眼卵放流 3.10±1.64 ( 7) 1.63±0.84 (59) 2.805 0.005

    稚魚放流 2.62±0.90 ( 5) 2.60±0.74 (61) 0.352 0.715

    御沢川 自然繁殖 2.38±1.41 (12) 2.96±1.61 (21) 1.049 0.294

    発眼卵放流 4.55±1.57 (22) 4.74±1.28 (33) 0.799 0.424

    年 種 河川 由来 残存個体 非残存個体 z値 p値

    表 9 残存個体と非残存個体の調査開始時の体重の比較

    15.37±2.66 (11) 14.59±1.84 (15) 0.441 0.659

    12.56±1.62 (16) 12.90±2.90 (34) 0.333 0.739

    2010 ヤマメ 荒井川 自然繁殖

    稚魚放流

    キリズシ沢 発眼卵放流 16.19±2.50 (13) 14.84±2.49 (42) 1.407 0.159

    稚魚放流 13.19±0.72 (12) 12.73±1.41 (61) 1.141 0.254

    16.30±1.12 (21) 16.27±1.46 (46) 0.237 0.813

    15.98±1.30 (10) 16.05±1.51 (57) 0.282 0.778

    2011 ヤマメ 荒井川 自然繁殖

    稚魚放流

    キリズシ沢 発眼卵放流 17.91±2.02 ( 7) 16.06±1.95 (59) 2.646 0.008

    稚魚放流 14.77±0.66 ( 5) 14.80±1.66 (61) 0.206 0.837

    御沢川 自然繁殖 16.01±0.99 (12) 16.39±0.91 (21) 1.048 0.295

    発眼卵放流 17.05±1.85 (22) 16.52±0.77 (33) 0.438 0.661

    年 種 河川 由来 残存個体 非残存個体 z値 p値

    表 10 残存個体と非残存個体の調査開始時の肥満度の比較

  • 12

    考察

    増殖手法以外の説明変数と残存率の関係 複数の統計モデル分析において、残存率は調査間隔

    日数が短いほうが高い、調査距離が長いほうが高い、他のマス類が生息していたほうが高いとい

    う結果が示された。調査間隔日数については、短いほうがその間の死亡個体数や漁獲個体数、調

    査区間からの移出個体数が少ないので、残存率の数値は高くなると考えられる。同様に、調査距

    離が長いほうがその範囲内で遠くに移動した個体も調査対象になるので残存率の値は高くなる。

    一方、サケ科魚類では同種や異種間で個体間の干渉が激しい(Chapman、1962;Nakano and

    Taniguchi、1996)ので、その観点に立つと他のマス類は生息していないほうが良いように思われ

    る。しかし、他のマス類も混生するような河川では、生息環境が良好なために残存率が高いのか

    もしれない。

    稚魚放流、発眼卵放流、自然繁殖各由来魚間の当歳時の残存率の比較 国内の自然河川にお

    けるデータを元にした統計モデル分析の結果、当歳時の残存率は自然繁殖由来魚、発眼卵放流由

    来魚、稚魚放流由来魚の順に高く、その比率は稚魚放流由来魚を 1 とすると、

    稚魚放流由来魚 : 発眼卵放流由来魚 : 自然繁殖由来魚 = 1 : 2.08 : 2.88

    と算定された。つまり、残存率は稚魚放流由来魚に比べて発眼卵放流由来魚では 2.08 倍高く、

    自然繁殖由来魚では 2.88 倍高い。また、発眼卵放流由来魚に比べて自然繁殖由来魚では 1.38 倍

    高い(2.88 / 2.08)。

    稚魚放流由来魚の残存率が最も低い原因として、摂餌能力の低さ、天敵からの逃避能力の低さ、

    出水時の生残能力の低さ等の継代飼育によるいわゆる「家魚化」の可能性が考えられる。このこと

    の検証は今後の課題である。発眼卵放流由来魚の残存率は稚魚放流由来魚と自然繁殖由来魚のお

    よそ中間に位置した。発眼卵放流由来魚はふ化直後から河川で生活するので、環境に適応して残

    存率が高いことが期待される。しかし、そうでなかった。発眼卵放流由来魚も元は継代飼育され

    た養殖魚である。継代飼育により、すでに家魚化し、ふ化直後から河川で生活しても残存率は低

    いのかもしれない。

    稚魚放流、発眼卵放流、自然繁殖各由来魚間の全長 15 cm 超までの残存率の比較 前述のよ

    うに、当歳時の残存率の比率は、

    稚魚放流由来魚 : 発眼卵放流由来魚 : 自然繁殖由来魚 = 1 : 2.08 : 2.88

  • 13

    と算定された。一方、当歳時から全長 15cm 超までの残存率の比率は稚魚放流由来魚と自然繁殖

    由来魚について算定され、

    稚魚放流由来魚 : 自然繁殖由来魚 = 1 : 2.31

    であった。前述のように、当歳時の発眼卵由来魚と自然繁殖由来魚の残存率の比率は、

    発眼卵放流由来魚 : 自然繁殖由来魚 = 1 : 1.38

    である。

    そこで、発眼卵放流由来魚の当歳時から全長 15 cm 超までの残存率が当歳時の 3 者(稚魚放流

    由来魚、発眼卵放流由来魚、自然繁殖由来魚)間の残存率の比率と同じと仮定すると、当歳時か

    ら全長 15cm 超までの残存率の比率は、

    稚魚放流由来魚 : 発眼卵放流由来魚 : 自然繁殖由来魚 = 1 : 1.67 : 2.31

    と算定される。

    なお、残存率の比率の算定にあたって、今回はデータ数の絶対的な少なさから先住魚の生息密

    度を説明変数に加えることができなかった。今後、先住魚の密度も加えて検討する必要がある。

    放流種苗費の試算 全長 15 cm 超の魚を 1 尾増殖するための平均的な放流種苗費を算定する。

    国内の自然河川における在来マス類の卵からの残存率についてのデータは少なく、筆者が知る

    限り斉藤(1975)、三浦(1977)の長野県木曽川支流児野沢(ちごのさわ)におけるイワナのも

    のがあるに過ぎない(図 5)。その結果に基づくと、卵から全長がおよそ 15 cm 超となる 1 歳時

    の 8 月までの残存率は 1.86 %である(中村、印刷中)。国内の河川におけるヤマメ・アマゴ、イ

    ワナ親魚の平均体長を全長 20 cm と仮定し、親魚の抱卵数を北野・久保田(1999)に基づくと、

    2 種(ヤマメ・アマゴ、イワナ)の平均抱卵数は 1 尾あたり 305.5 粒である。前述のように、卵

    から全長 15 cm 超までの残存率は 1.86 %なので、雌 1 尾の産卵から全長 15 cm 超の魚が 5.7 尾(≒

    305.5 粒 × 0.0186)生産される。

    稚魚放流は春から夏に行われることが多い。そこで、稚魚放流日を 6 月 1 日と仮定した。産卵

    日を 11 月 1 日と仮定すると、6 月 1 日は産卵から 212 日後である。卵から 6 月 1 日までの残存

  • 14

    率は中村(印刷中)に基づくと

    30.3 %であり、これは個体数に換

    算すると 92.6 尾(≒ 305.5 粒 ×

    0.303)である。前述のように、

    稚魚放流由来魚に比べて自然繁

    殖由来魚のほうが残存率は 2.31

    倍高い。つまり、92.6 尾の 2.31

    倍にあたる213.9尾の養殖稚魚を

    放流すれば、自然繁殖と同じく

    全長 15 cm超の魚を 5.7尾増殖

    できる。

    放流用の養殖稚魚の値段を 15 円/尾と仮定すると、自然繁殖と同じく全長 15cm の魚を 5.7 尾

    増殖するために必要な種苗代は、

    213.9 尾 × 15 円/尾 ≒ 3,209 円

    である。このことから、稚魚放流で 15 cm の魚を 1 尾増殖するために必要な種苗代は、

    3,209 円 / 5.7 ≒ 563 円

    である。

    一方、多くの漁業協同組合で、「放流した養殖稚魚の少なくとも 2 割、多くて半分が全長 15 cm

    超になるまで残っていると想定して増殖事業を行っている」という声をよく聞く。つまり、1 尾

    増やすための種苗代は、残存率が 2 割の場合は、

    15 円/尾 × 5 = 75 円

    であり、半分(5 割)の場合、

    15 円/尾 × 2 = 30 円

    図 5 稚魚放流の場合の放流尾数の検討

    1400120010008006004002000

    20

    40

    100

    80

    60

    0

    (日数)

    213.9尾

    2.31倍の放流数が必要

    0歳の8月 1歳の8月 2歳の8月 3歳の8月産卵

    全長約15 cm

    30.3 %, 92.6尾

    212日

    稚魚放流の時期

    残存率(

    %)

    1.86 %,

    5.7尾

    全長20cmの野生のヤマメ・アマゴ、イワナの産卵数305.5粒/尾

  • 15

    でよいことになる。しかし、75 円では、

    75 円 / 560 円 ≒ 0.13(尾)

    30 円では、

    30 円 / 560 円 ≒ 0.05(尾)

    しか魚を増やすことができない。このように、稚魚放流の費用対効果は実際にはかなり低い。

    次に発眼卵放流の場合につい

    て検討する。

    マス類の卵は、受精後およそ

    60 日で発眼する(小原・山本、

    1988)。そこで、放流日を受精

    から 60 日後と仮定した。卵から

    60 日後までの残存率は中村(印

    刷中)に基づくと75.1 %であり、

    これは卵数に換算すると229.4粒

    (≒ 305.5 粒 × 0.751)である(図

    6)。前述のように、発眼卵放流

    由来魚に比べて自然繁殖由来魚

    のほうが残存率は 1.38 倍高い。

    つまり、229.4 粒の 1.38 倍にあたる 316.6 粒の養殖発眼卵を放流すれば、自然繁殖と同じく全長

    15 cm 超の魚を 5.7 尾増殖できる。

    養殖発眼卵の値段を 1.9 円/粒と仮定すると、自然繁殖と同じく全長 15cm の魚を 5.7 尾増殖す

    るために必要な卵代は、

    316.6 粒 × 1.9 円/粒 ≒ 602 円

    である。このことから、稚魚放流で 15 cm の魚を 1 尾増殖するために必要な種苗代は、

    図 6 発眼卵放流の場合の放流卵数の検討

    1400120010008006004002000

    20

    40

    100

    80

    60

    0

    305.5粒

    75.1%, 229.4粒

    316.6粒

    60 (日数)

    0歳の8月 1歳の8月 2歳の8月 3歳の8月産卵

    発眼

    残存率(%)

    1.86 %,

    5.7尾

    1.38倍の放流数が必要

    全長約15 cm

  • 16

    602 円 / 5.7 尾 ≒ 106 円

    である。

    稚魚放流で 15 cm の魚を 1 尾増やすために必要な種苗代は 563 円なので、発眼卵放流のほうが

    安価で済む(106 円 / 563 円 ≒ 0.19。稚魚放流の 19 %、約 2 割)。

    成魚放流の場合について検討する。成魚を 1 尾放流すれば、漁場に 1 尾増やすことができる。

    ただし、放流された成魚の多くは短期間で釣られてしまったり、雨による増水で漁場から流失す

    る(徳原ほか、2011)。稚魚放流や発眼卵放流によって増殖した全長 15 cm 超の魚は、放流され

    た養殖成魚よりも釣られにくかったり、増水時の残存性が高いと考えられる。したがって、稚魚

    放流や発眼卵放流によって増殖した全長 15 cm 超の魚と同程度の資源を期待するためには、成魚

    放流の場合は単純に 1 尾放流すればよいのではなく、少なくとも 2 尾以上放流する必要があると

    考えられる。全長 15 cm 超の養殖成魚の値段は 63 円/尾と仮定できるので、成魚放流の場合の種

    苗代は 126 円以上である。

    親魚放流で 15 cm の魚を 1 尾増やすために必要な種苗代は 90 円である(岐阜県河川環境研究

    所、私信)。

    以上のことから、全長 15cm 超のマス類を放流で 1 尾増やすために必要な平均的な種苗代は次

    のとおりである。

    稚魚放流 ・・・563 円

    成魚放流 ・・・126 円以上

    発眼卵放流・・・106 円

    親魚放流 ・・・90 円

    費用対効果を考えたら、稚魚放流よりも成魚放流、成魚放流よりも発眼卵放流、発眼卵放流よ

    りも親魚放流を行ったほうがよい。また、増殖効果は自然繁殖で最も高い。

    ただし、親魚放流を普及させるためには放流用の養殖親魚が大量に必要である。都道府県の水

    産主務課、水産試験場、内水面漁業協同組合連合会、養殖組合等の関係機関で供給方法を協議・

    検討する必要がある。また、親魚放流や発眼卵放流が普及した場合、稚魚放流用の種苗を供給し

    てきた養殖業者の収入が減少するので、親魚放流の場合と同様に、関係機関による協議・検討が

    必要である。

  • 17

    残存率の高い個体の放流前判別 稚魚放流、発眼卵放流ともに、残存した個体の成長は自然繁

    殖由来魚と大差なかった。このことは放流魚であっても残存すれば資源増大に寄与することを示

    している。ただし、残存個体と非残存個体の間で体重や肥満度に有意差を認めることができなか

    った。このことは、放流後に残存する個体を放流前に体サイズで判別することが難しいことを示

    している。

    まとめ (効果的な増殖手法)

    以上の結果および考察から導き出させるマス類(ヤマメ・アマゴ、イワナ等)の効果的な増殖

    手法は次のとおりであると考えられる。

    ・稚魚放流よりも成魚放流、成魚放流よりも発眼卵放流、発眼卵放流よりも親魚放流を行う。

    ・稚魚放流では、種苗の全長範囲が 50~110 mm の場合、より小型の魚を放流する。平均流れ幅

    の範囲が 1~8 m の場合、より流れ幅の小さい川に放流する。

    ・発眼卵放流では、河床勾配の範囲が 3~19 %の場合、より勾配の緩やかな川に放流する。

    ・人工産卵場の造成や禁漁等により、自然繁殖を促進させる。

    ・以上のことを基本として、川の環境や魚の生息状況、めざす川のかたちによって下の表を参考

    に増殖手法を選択する。

    また、効果的な増殖手法を普及させる方法として次のことが考えられる。

    ・内水面漁場管理委員会が漁業協同組合に示す増殖目標量に、親魚放流や発眼卵放流、人工産卵

    場の造成を盛り込む。

    ・増殖目標量のうち、一定の金額割合分(例えば 1~2 割)の増殖手法を漁業協同組合の裁量に

    委せて、親魚放流や発眼卵放流、人工産卵場の造成を普及させる。

    表 11 川の環境や魚の生息状況に応じた増殖手法

    川や魚の状況 めざす利用のかたち 増殖方法

    自然繁殖はみられるが、釣られすぎて魚が減ってしまった川

    稚魚の生息場所はないが、成魚は生息できる川

    天然魚に近いきれいな魚がとれる

    成魚放流よりきれいな魚がとれる

    たくさんとれる

    短期的であればとれる

    貴重な天然魚を守るために放流をしない

    禁漁・輪番禁漁、人工産卵場の造成

    親魚放流、発眼卵放流

    貴重できれいな天然魚がとれる

    成魚放流

    成魚放流

    禁漁・輪番禁漁、人工産卵場の造成

    親魚放流、発眼卵放流、稚魚放流

    天然魚が生息する山奥の川

  • 18

    ・内水面漁場管理委員会が示す増殖目標量を超えて放流している分の費用を使って、親魚放流や

    発眼卵放流、人工産卵場の造成、禁漁・輪番禁漁を行う。

    今後の課題として次のことが考えられる。

    ・通常入手できる種苗の残存率の高い放流手法と放流後の残存率の高い新たな種苗の生産手法の

    開発

    ・親魚を残して自然繁殖させるための漁獲規制手法の開発

    ・放流手法が稚魚放流から親魚放流や発眼卵放流に移行した場合の親魚や卵の安定供給、稚魚の

    販売量減少による養殖業の収入減

    引用文献

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    川環境研究所研究報告,55,1-4.

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    流経費および遊漁者の意識からみたヤマメ・アマゴの成魚放流の有効性.水産増殖.,59(2),

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