しゃじくも · 2016. 6. 24. · しゃじくも 車軸藻類の保全をめざして...

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5 ( ここ * ) Chara fibrosa var. brevibracteata Chara globularis var. hakonensis Nitella flexilis var. bifurcata Nitella furcata var. fallosa Nitella minispora ( ) 1 Nitellopsis obtusa ( ) 24 (2000 ) ( ) ( n)( a) (b ,c) ( )(d -g) ( 2n) (ん ) Chara) Lamprothamnium) ( Lychnothamnus) Nitellopsis Nitella Tolypella 4 ( ) Chara braunii a. ; b. ( ); c. ( );d. (ん )( ); e. * a b c d e 1mm f g f. ( SEM); g. ( SEM) 1

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しゃじくも車軸藻類の保全をめざして

しゃじくもレッドリスト ★絶滅種 ・・・ 5種類(種類とはここでは種や変種などのこと*)

イケダシャジクモ Chara fibrosa var. brevibracteata ハコネシャジクモ Chara globularis var. hakonensis チュウゼンジフラスコモ Nitella flexilis var. bifurcata テガヌマフラスコモ Nitella furcata var. fallosa キザキフラスコモ Nitella minispora

★野生絶滅種 (栽培や培養によってのみ生存している) ・・・1種 ホシツリモ Nitellopsis obtusa ★絶滅危惧Ⅰ類種 (絶滅する可能性が高い) ・・・ 24種類 オウシャジクモ、カタシャジクモ、アメリカシャジ クモ、シラタマモ、ヒメフラスコモ、キヌフラスコ モ、オトメフラスコモ、フラスコモダマシ、ハデフ ラスコモ、シャジクモなど

(2000年版環境省レッドデータブックより)

車軸藻ってどんな生き物

車軸藻類*(車軸藻綱に属するシャジクモ目の藻類)は淡水から汽水に生息する大型の多細胞藻類です。おなじ車軸

藻綱のコレオケーテ目とともに陸上植物の祖先に最も近縁なグループといわれています。車軸藻類の藻体は単相

(n)(図a)であり、ユニークな生殖器官(図b,c)を形成して卵生殖を行います。受精に伴って形成される卵胞子(接合

子)(図d-g)のみが複相(2n)になります。

 車軸藻類は主軸に枝を輪生するシダ植物のスギナのような形態をしています。その中で、輪生枝(りんせいし)が

分枝しないタイプのものには、シャジクモ属(Chara)、シラタマモ属(Lamprothamnium)、リクノタムヌス属

(Lychnothamnus)、ホシツリモ属(Nitellopsis)が知られています。一方、輪生枝が細かく分枝するタイプのもの

はフラスコモ属(Nitella)およびトリペラ属(Tolypella)と呼ばれています。

 日本にはそのうちの4つの属(シャジクモ、シラタマモ、ホシツリモ、フラスコモ)が生息しています。

                                                      (坂山)

*車軸藻類:この冊子では、車軸藻、しゃじくも、車軸藻類、シャジクモ類...いろいろな呼び方をしていますが、どれも「シャジクモ目の藻類」のことをあらわしています。分類学的には「シャジクモ目」「シャジクモ類」といった呼び方が一般的です。カタカナの「シャジクモ」はChara brauniiという種の和名で、これとは区別して使います。

車軸藻類の形態(例:フラスコモ属)

a. 藻体の先端部分; b. 生卵器(せいらんき); c. 造精器(ぞうせいき); d. 卵胞子(らんほうし)(全形); e. 卵胞子表面構造

*属、種、変種など、いろいろな階層の分類学的まとまりを分類群とい

います。この冊子で「・・種類」と使われている「種類」は、種および種以

下分類群を表しています。

a b

c

d

e

1mm

f

g

f. 卵胞子壁表面構造(SEM); g. 卵胞子壁断面構造(SEM)

1

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1992年から行われた湖沼の車軸藻類再調査の様子。加崎博士のお元気な姿。

再調査が行われた湖沼の車軸藻類の生育状況。( )内の数字は1964年調査時の種類数。赤は絶滅、緑は現存した車軸藻類の比率を示している。       (Watanabe et al. 2005を改変)

日本産の車軸藻類は、1960年代までの研究では4属74種類が記

録されており、この中には日本固有の35種類が含まれていま

す。

 1970年代の日本経済の高度成長期を発端とする環境破壊が

日本の車軸藻類の生育分布にどのように影響を及ぼしたのかを

調べるために、1992年から車軸藻類の分布調査が行われまし

た(右上図)。1964年に加崎英男博士によって調査された日本

の46湖沼の車軸藻類を再び調査し、当時記録された種類数と

現存する種類数を比較するのが目的でした。

 現在までに39湖沼の調査が終了し、27湖沼では車軸藻類の

生育がまったく認められず、日本の湖沼全体から車軸藻類が消

滅していることが明らかになりました(右下図)。

 2000年発行の環境省レッドデータブックにある5種類の絶

滅種(しゃじくもレッドリスト参照)は日本固有であり、世界

からの消滅を意味します。しかし最近、東京海洋大の学生の丹

念な現地調査で野生絶滅種ホシツリモが河口湖湖底に生育する

ことがわかりました。また、千葉県立市川西高校の生物部が手

賀沼の底泥から手賀沼原産の絶滅種テガヌマフラスコモを復活

させることに成功しました(後述参照)。絶滅した車軸藻類のこ

のような復活の例は世界的に見ても唯一であり、同様の手法

による更なる絶滅種の復活が期待されます。

 また、2004年からはため池を中心とする調査も行われてい

ます。        (野崎)

きれいな湖沼には車軸藻帯が発達することは知られていました

がどんな役割を果たしているのかはわかっていませんでした。

 オランダのValuwemeer湖は、かつては水草(ヒルムシロ)と

車軸藻が茂るきれいな湖でしたが、1960年代に富栄養化が進行

し、アオコが発生する典型的な富栄養湖沼となりました。1980年にリン負荷削減と湖沼水のいれかえを行い、湖の修復をはか

りましたが、透明度はなかなか回復せず、10年後に車軸藻が湖

沼の60%程度を覆うようになってから、透明度が回復しました

(左図)。

 オランダでは22の湖沼の修復が図られ、その50%にあたる11湖沼で車軸藻が復活し、きれいな湖にもどっています。透明度

はおもに水中の懸濁物質と植物プランクトンの量で決まりま

す。車軸藻帯が復活したことで車軸藻が密に底泥を覆って、底

泥からの再懸濁を防止し、また多様な動物が生息するようにな

り、植物プランクトンが捕食されて、その量が減少したことで

透明度が回復したと考えられています。

 車軸藻は湖沼の透明度を高く保ち、水生生物の多様性を育む

重要な役割を果たしているといえます。

(渡辺)

1. 富栄養化による透明度の低下 (アオコ等の繁茂により車軸藻に必要な光が届かなくなった)

2. 開発、水位変動 (八郎潟のシラタマモは干拓によって消滅した)

3. 草食魚の人為的導入 (野尻湖のホシツリモはソウギョによって消滅した)

十和田湖

鷹架湖

芦ノ湖

芦ノ湖

(Van den Berg et al. 1999を改変)

30°N

35°

40°

45°

125°E 130° 135° 140° 145°

500250 km0網走湖(1)

涛沸湖(1)

阿寒湖 (3)

塘路湖 (2)

大沼 (3)

左京沼(1)鷹架沼 (2)

市柳沼 (4)田面木湖(1)十和田湖 (2)

猪苗代湖 (3)湯ノ湖 (2)

中禅寺湖(4)霞ヶ浦 (4)印旛沼(7)

手賀沼(10)多々良沼(10)

芦ノ湖 (9)山中湖(5)

河口湖(5)松原湖(1)

諏訪湖(2)

琵琶湖(3)

池田湖 (7)

藺牟田湖(3)

神西湖(2)

宍道湖 (2)柴山潟(1)

今江潟(1)

河北潟 (1) 木崎湖(3)

中綱湖(1)野尻湖(8)

尾瀬沼(1)

八郎潟(5)

蔦沼 (2)

津軽十三湖(2)津軽十二湖 (1)

木場潟(5)

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身近な車軸藻のはなし...残念なことではありますが「車軸藻」はあ

まり身近なものではありません(水中にいて

泥がついていることが多い、食べものでも

ない、花も咲かない・・・・・関心をひく要素が

ほとんどない?)。

 なんとか目にすることがあるのは高校生

物の教科書の中でしょうか。「原形質流動

(細胞質流動)」や「浸透現象」の項目で実

験材料として紹介されていることがありま

す(同じ項目でよく出てくる水草の「オオ

カナダモ」と間違えないで下さいね)。分類

の項目で、「陸上植物の先祖かもしれない」

なんて紹介されているのがいちばん華やか

な扱いかもしれません。

 

田んぼのシャジクモ

左:6月半ば、浅く水を張った水田(徳島県)。稲株の間の緑色がシャジクモ右:シャジクモ拡大

ため池の車軸藻

左:写真の右手前の沿岸部に黒っぽく見えるのが車軸藻右上:沿岸部に繁茂していたイトシャジクモ類右下:ハデフラスコモ

こちらはため池(香川県、8月)。改修されたため池

でも昔車軸藻が生息していた自然の浅瀬が残され、

水管理が行われているため池では、まだ多種の車軸

藻が繁茂していました。         (笠井)

 では身近なところにいないかというと、

さりげなくひそんでいる所があります。そ

れは「田んぼ」です。車軸藻類の中で代表

的な種の一つ、その名も「シャジクモ」(まぎらわしくてすみません)、この種は湖沼にもそして「田んぼ」にも生えるの

です。代表的な「水田雑草」の一つで、最近では農薬や除草剤の影響で目にすることが少なくなってきたところもある

ようですが、繁茂すると米の収穫量に大きく響くほどの害がでるときもあるそうです。

 春、田んぼに水が入ると土に含まれる卵胞子から発芽して育つので、6月後半頃、梅雨の晴れ間にでものぞいてみて

はいかがでしょう。見慣れてくると田んぼや休耕田にすむ他の車軸藻類も見つかるかもしれませんし、田んぼの脇のみ

ぞ、ため池などものぞくとまた別の種類がいるかもしれません。           (森嶋・佐野・宮地)

この冊子について

車軸藻の多くは、絶滅が危惧されていますが、その実態については、

まだわかっていないことがたくさんあります。それを調べるためには

多くの人の目が必要ですが、車軸藻自体があまり知られていないのが

現状です。この冊子は、多くの人たちに車軸藻を知ってもらおうとい

う目的で作られました。車軸藻の研究・保護・保存にかかわっている

人たち(通称:シャジクモグループ)がそれぞれの立場で車軸藻につい

て書いています。車軸藻のことを少しでも身近に感じていただけたら

幸いです。

 また、この冊子は(独)国立環境研究所が環境省と共同で行っている

「環境試料タイムカプセル化事業」のうちの絶滅危惧藻類の生育調査

と系統保存の活動の一環として作られました。

 この冊子全般については国環研(笠井)へ、個々の話題についてはそ

れぞれの担当者にお問い合わせください。

この冊子の製作にかかわった人たち                     (あいうえお順)

大森雄治 横須賀市自然人文博物館

笠井文絵 独立行政法人国立環境研究所生物圏環境研究領域

加藤 将 東京大学大学院理学系研究科

坂山英俊 東京大学大学院総合文化研究科

佐野郷美 千葉県立船橋芝山高校

野崎久義 東京大学大学院理学系研究科

樋口澄男 長野県環境保全研究所

宮地和幸 東邦大学理学部

森嶋秀治 千葉県立船橋古和釜高校

渡辺 信 筑波大学大学院生命環境科学研究科

注意!! 水田は農家の方々の大切な生産の場です。出来るだけ所有者にことわる、畦を荒らさない、など基本的なマナーに注意して見せていただきましょう。ため池は水田と違ってかなり危険な場所ですので、一人では行かない、未成年の人は必ず大人と行くなどの注意が必要です。また、ため池などをみるのは夏のおわりから秋の方がよいでしょう。

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シャジクモ属の仲間は世界中に分布し、日本では約15種類

が確認されており、全国各地の湖沼や水田などに生育して

いる。属名である "シャジクモ(車軸藻)" は、藻体を上から

見たときの様子が"車軸"に見えることから名付けられた(図

1a)。

輪生枝は数個の細胞が連なって直線状になっており、節部

に雌雄の生殖器官である "生卵器" および "造精器" (図1b)が形成され、またトゲ状の細胞である "苞(ほう)" (図1b)が伸

びる。主軸部分や輪生枝には、通常 "皮層(ひそう)" (図1c)を構成する細胞の列が、軸となる巨大な細胞(節間細胞)を取

り囲んでいるが、皮層を全く欠く種も存在する。輪生枝の

基部には、苞のような細胞が冠状に並んだ "托葉冠(たくよう

かん)" (図1d)がある。シャジクモ属に含まれる様々な種は、

主に皮層、苞、托葉冠などの特徴にもとづいて分類されてい

る。

 日本では以下の3種がよく見られる。

シャジクモ属 (Chara)

シャジクモ (Chara braunii) (図1a、2a)最も普通に見られる種類であり、湖から水田まで様々な環

境に生育する。皮層を完全に欠く種類であり、他のシャジ

クモ属の仲間と比べて藻体は透明感がある。

イトシャジクモ (Chara fibrosa) (図2b)主にため池でよく見られる種類であり、苞や托葉冠が長く

伸びるのが特徴である。主軸のみが皮層に覆われ、輪生枝に

皮層を欠く。他のシャジクモ属の仲間と比べて、主軸や輪生

枝が細いため、藻体は繊細な印象を受ける。

カタシャジクモ (Chara globularis) (図2c) 主に湖沼に生育する種類であり、主軸、輪生枝ともに皮層

で覆われている。他のシャジクモ属の仲間と比べて、藻体

はその名のとおり硬く、また独特の臭いがする。

(加藤・坂山)

a b c

シラタマモ属の仲間は日本には1種(シラタマモ、Lamprothamnium succinctum)(図3a)のみが知られている。シラタマモは汽水に生育

し、外部形態はシャジクモ(Chara braunii)によく似ているが、地

中の仮根部に白色の "球状体" (図3b)と呼ばれる栄養生殖器官を形

成するので容易に区別できる。この白玉のような球状体をもつこ

とから和名がつけられた。

シラタマモは日本では最初に加崎英男博士によって秋田県の八郎潟

で発見された。その後、徳島県出羽島にも生息していることがわか

った。しかし、八郎潟が干拓により消滅したために、出羽島が日本

唯一のシラタマモの自生地となった。現在、出羽島のシラタマモは

国の天然記念物として保護されている。             

                        (坂山・加藤)

シラタマモ属(Lamprothamnium)

図3. シラタマモ a. 藻体の先端部分; b. 球状体 (スケールバーはすべて1 mm)

車軸藻の見分け方

図1.シャジクモ属の重要な形質a. 全体像 (シャジクモ) (スケールバーは1 mm) b. 生卵器(上)、造精器(下)および生卵器をとりまく苞 (カタシャジクモ)c. 主軸を覆う皮層 (カタシャジクモ)d. 輪生枝の基部にある托葉冠 (ヒメカタシャジクモ) (b-dのスケールバーは500 µm)

図2.代表的なシャジクモ属a. シャジクモ(スケールバーは5 mm)b. イトシャジクモ(スケールバーは5 mm)c. カタシャジクモ(スケールバーは1 mm)

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フラスコモ属の仲間は日本には約50種類生息するといわれている。しかし他にも分類学的な判断が難しいものが数多く知られており、正確な数は明らかではない。 フラスコモの属名は生卵器の形がフラスコに似ていることに由来する(1ページの図b)。 フラスコモ属は輪生枝の終端部分(最終枝と呼ぶ)の特徴に基づいて大きく3つに分けることができる。さらに輪生枝の他の形質や卵胞子の特徴、特に壁の表面・断面構造(1ページの図e-g)にもとづいて種が分類されている。

1.フラスコモ(Nitella)亜属輪生枝の分枝回数が少なく(1~2回)、一般的に大型のも

の。顕微鏡で最終枝を見ると1細胞でできている(図

5a)。大きな湖沼に生育するものはヒメフラスコモ(N. flexilis、図6a)である場合が多い。一方、水田で見られ

るこのタイプのものはたいていトガリフラスコモ類(N. acuminata など)である。

2.ヒエラ(Hyella)亜属輪生枝は普通2~3回分枝する。最終枝が1~3個のソーセ

ージ状の細胞で構成されている(図5b)。日本にはハデフ

ラスコモ(N. pulchella、図6b)1種のみが生息する。ハ

デフラスコモは藻体全体が厚い寒天質で覆われており、

枝の分枝している部分が基部の細胞(第一分射枝と呼ぶ)

に対して極端に短いので野外で見分けやすい。

3.ティファレニア(Tieffallenia)亜属輪生枝の分枝回数が多く(1~5回)、輪生枝が集まった部

分が扇のように見えるものが多い。大型のものから小型

のものまで大きさは多様である。顕微鏡で最終枝を見る

と1~3細胞でできており、終端の細胞が極端に小さくト

ゲのような形をしている(図5c)。湖沼にはオトメフラス

コモ(N. hyalina、図6c)やキヌフラスコモ(N. gracilens)など、水田にはフタマタフラスコモ(N. furcata、図6d)やミルフラスコモ(N. axilliformis)などが生育する。

(坂山)

フラスコモ属(Nitella)

a b c

図5. フラスコモ属の最終枝a. フラスコモ亜属; b. ヒエラ亜属; c. ティファレニア亜属(スケールバーは全て0.5 mm)

図6. 代表的なフラスコモ属a. ヒメフラスコモ; b. ハデフラスコモ; c. オトメフラスコモ; d. フタマタフラスコモ (スケールバーはすべて1 mm)

ホシツリモ属 (Nitellopsis)

ホシツリモ属の仲間は主にヨーロッパからアジアにかけて分布し、

3種が含まれるが、よく知られているものはホシツリモ Nitellopsis obtusaの1種のみである(図4a)。日本においてもホシツリモは確

認されており、比較的大型の湖沼の水深の深い場所に生育する。

 属名である "ホシツリモ(星吊藻)" は、"星状体" と呼ばれる星形

のムカゴ(無性生殖器官;図4b)が、藻体から吊り下がるように形

成されることから名付けられた。

 本属はシャジクモ目の中で最も大きく生長し、ときに数メート

ルにもおよぶ。輪生枝の節部からは巨大な苞が伸び、一見フラス

コモ属のように叉状分枝しているように見える(図4a)。また、藻

体主軸の各節部は顕著に肥大する(図4c)。

 雌株と雄株が存在し(図d)、雌雄の生殖器官が同一個体に形成さ

れることはないが、自然界において生殖器官が形成されることは

非常にまれで、繁殖はほとんどが星状体による無性生殖によるも

のと考えられている。                (加藤) 図4.ホシツリモの形態a. ホシツリモの全体像 b. ホシツリモの名前の由来となった星状体 (スケールバーは1 mm)

c. 肥大した節部を下から見た様子 (スケールバーは3 mm)

d. 雌株に形成された生卵器 (スケールバーは1 mm)

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シャジクモ類(図1)は、円柱形の細長い細胞(節間細胞)が長く連な

った1本の主軸があり、各節部から放射状に輪生する輪生枝があっ

て(図2、3)、さらにこの輪生枝の節には種子植物と同じように苞と

呼ばれる突起がある。シャジクモ類では水草の葉に相当する器官

はないが、輪生枝は水草の葉のように見え、また、その基部に種

子植物の托葉を思わせる托葉冠を持つ属がある。このような外見

は、細長い葉が輪生する水草や、細長く切れ込んだ葉を持つ水草と

よく似ている。

雄器や雌器のついたシャジクモ類と花や果実のついた水草は見誤

る恐れは少ないが、これらの生殖器官がないものでは、シャジク

モ類と水草を見間違える可能性があり、ルーペや実体顕微鏡など

による観察が必要とされることもある。

シャジクモ類と水草の形態的なおもな相違点は、シャジクモ類

では主軸も、輪生枝も円柱形をしている(図2、3)。一方の水草の

葉は、ほとんどが扁平であり、裂片であっても、その中央部には

少なくとも1本の葉脈がある。また、シャジクモ類の主軸は太く

てもせいぜい1.5 mm まで、多くは0.5 mm 前後であり、輪生枝は

さらに細い。 

以下に、シャジクモ類に似た水草の葉の形態的特徴を比較して整

理しました。シャジクモ類の調査の参考にしてください。

(大森)

○葉は輪生。

・葉は細裂しない。

  線形で全縁    ・・・スギナモ科スギナモ(図4)  糸状で裂片の先は2裂する(図5)。幅が広い水上葉がある

           ・・・ミソハギ科ミズスギナ

・葉は細裂する。

  葉身は羽状に細裂する(図7)

          ・・・アリノトウグサ科タチモなど(図6)  葉は二又に分かれる。

   線形で、1、2回二又分枝する。裂片には鋸歯がある(図8)              ・・・マツモ科マツモ

   細裂して糸状になる。幅の広い水上葉がある

           ・・・ゴマノハグサ科キクモなど(図9)

◎葉は対生または輪生状(側枝の基部にも葉が出るので)。

・鋸歯はなく、1脈がある。基部は葉鞘になる

           ・・・イトクズモ科イトクズモ(図10)・葉の縁には鋸歯がある(図12)。基部は葉鞘になる(図13)           ・・・イバラモ科イバラモなど(図11)

●葉は対生。

・5裂してさらに2、3回二又に分裂し、全体は扇状

    ・・・スイレン科ハゴロモモ(フサジュンサイ)(図14,15)

△葉は互生。

・葉は線形で細裂しない。

  縁は鋸歯がなく平滑。基部は葉鞘になる

           ・・・ヒルムシロ科イトモなど(図16)   縁は鋸歯がある(図18)。基部は葉鞘となって茎を抱く

           ・・・カワツルモ科カワツルモ(図17)・葉は細裂する。

  葉は細裂し(図20)、多くは捕虫嚢をつける

           ・・・タヌキモ科タヌキモなど(図19)  3裂してさらに細裂し、全体は扇状または筆状

           ・・・キンポウゲ科バイカモなど(図21)

1. シャジクモ属の一種; 2. ヒメフラスコモ; 3. ハダシシャジクモ; 4. スギ

ナモ; 5. ミズスギナの2裂する葉の先端部; 6. タチモ(左:雄株、右:雌

株); 7. オグラノフサモの葉; 8. マツモの葉; 9. コキクモ; 10. イトクズモ; 11. イトトリゲモ; 12. 葉の先端部; 13. 葉鞘; 14. ハゴロモモ(フサジュ

ンサイ); 15. 葉の先端部; 16. リュウノヒゲモ; 17. カワツルモ; 18. 葉の

先端部; 19. コタヌキモ; 20. 葉; 21. ヒメバイカモ <図は三木茂(1937)、Morioka (1941)ほかによる>

図の説明:

6

左から; スギナモ、コタヌキモ、バイカモ

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長野県北部の野尻湖では1970年代に入ると水草が増えすぎて船の航行や

漁業の障害となりました。そこで水草の除去を目的に中国原産の草食魚

ソウギョを放流したところ水草は3年間で食べ尽くされ、車軸藻ホシツリ

モもこのとき全滅してしまいました。 

 ホシツリモは国内では野尻湖など4湖沼のみに生育していましたが他の

湖沼でも確認されなくなりました。幸い大阪医大に野尻湖産ホシツリモ

株が培養保存されており、2000年のレッドデータブックでは野生絶滅種

とされました。

                

野尻湖の水草復元実験区(水深4.5m)で成長するホシツリモ(撮影:酒井昌幸氏)

 水草の全滅後、野尻湖では生態系のバランスが崩れ淡水赤潮の発生も見られました。そ

こでホシツリモをシンボルにして水草全体を復元する目的に、1996年、研究者や住民に

よる野尻湖水草復元研究会が発足しました。まずソウギョの進入を防ぐために網で囲んだ

復元実験区を野尻湖に設置し、ホシツリモ培養株を植栽して復元を検討しました。その結

果ホシツリモが野尻湖内で生育するためには、エビ・小魚などの小動物や水草などの生物

と共存して互いに関係をもつ環境が必要であることがわかりました。そこで実験区内にそ

の環境を復元するとホシツリモはよく成長して小さな群落をつくりました。しかし最近は

急激に増えたブルーギル(北アメリカ原産の淡水魚で特定外来生物)の食害を受けるなど新

たな障害が発生しており、その対策を検討しています。   このような野尻湖の環境保全活動を地元住民の手で継続していくため、野尻湖水草復元

研究会では住民や小学校児童と共に水草復元活動や環境教育活動を行っています。   

                                     (樋口)

野尻湖。妙高山を望む。 (撮影:近藤洋一氏)

手賀沼の土から再生した、左からケナガシャジクモ、テガヌマフラスコモ、オトメフラスコモ 朝の手賀沼。幅も狭く、浅い沼で、

かつて水底は多様な水草や車軸藻に

おおわれていたそうです。

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千葉県北西部にある手賀沼はかつては多くの車軸藻が生育するきれいな浅い沼でしたが、1970年代以降急速に水質が悪

化し、日本一汚れた沼として有名になりました。車軸藻はすべていなくなりました。しかし手賀沼の土を水槽や人工池

に入れることで合計9種類の車軸藻が再生しました。その中にはテガヌマフラスコモという、手賀沼をはじめ、それま

でに知られていた生息地全てで姿を消し、絶滅したとされていたものもあります(2000年環境省レッドデータブックでは

絶滅種)。車軸藻には「卵胞子」というものがあり、沼の土の中に今でも発芽可能な状態で眠っているのです。

 近年、手賀沼の水質浄化が進められています。土中の卵胞子やそれらから得られた株をうまく使うことが出来れば、

近い将来、車軸藻類が繁茂するかつての手賀沼を復元することができるかもしれません。       (森嶋・佐野)

Page 8: しゃじくも · 2016. 6. 24. · しゃじくも 車軸藻類の保全をめざして しゃじくもレッドリスト ★絶滅種 培・・・ 5種類(種類とはここでは種や変種などのこと*)

独立行政法人国立環境研究所では絶滅の危機に瀕している藻類、主に車軸藻と

淡水産紅藻の系統保存を行っています(生息場所ではない所で種の存続を守って

いくので域外保全といっています)。この活動は、2002年からは環境省と国環研

が共同して行っている「環境試料タイムカプセル化事業」の一環として行われ

ています。現在、環境省のレッドデータブック(2000年版)には、47種類の藻類

が絶滅危惧種としてリストアップされていますが、その中で、車軸藻は30種類

を占めています。国環研では、現在20種類57株の車軸藻を培養していますが、

そのうち11種類37株が絶滅危惧種です(2006年8月現在)。  (笠井)

                             

国環研では20-23℃の培養室で、暗めの光の下で車軸藻を培養しています。 

培養:マヨネーズびんの底が見えない程度の腐葉土を入れ、その上に黒土または砂を入れる。土を湿らせ、ふたを軽く閉めてオートクレイブにかけ(121℃ 20分)、滅菌する。びんに水(国環研ではイオン交換水を使っています)を満たす。植える直前にゲルマニウム溶液を加える(珪藻の増殖を抑えるため)。種類によって好む土が違うので、砂、黒土、砂と黒土を混ぜたもののどれかにとりあえず植え、その後はよく生えてきた土を使って培養している。

単藻化:単藻化とは目当ての藻類1種だけにすることで、これによって混在する他の藻類に邪魔されずに増殖できるため、植えかえ間隔を長くすることができる。保存のためには大きなメリットとなる。成熟した卵胞子を集め(右図)、次亜塩素酸処理、冷暗処理をほどこした後、滅菌した土に播種する。

車軸藻類の標本は乾燥(さく葉)標本と液浸標本の両方を作成しておくと、その後の研究

に便利である。乾燥標本は、海藻標本を作るときと同じ要領で行う。まず、①水をはっ

た大きめのバットを準備する。②バットの水の中で藻体(特に枝の部分)をきれいに広げ

る。このとき絵筆を使うと藻体を傷つけずに広げられる。③台紙で藻体をすくい上げ、

絵筆を用いて形を整える。このとき枝が重なり合わないように注意する。④水をよくき

った後、ガーゼをあてて、新聞紙で挟むようにしてプレスする。乾燥標本はいつでも容

易に藻体の全形や枝の特徴を観察できるので、形態による同定を行うのに都合がよい。

しかし、古くなるとDNAの抽出が困難になるなどの欠点がある。

 液浸標本を作成するときは、その目的に応じて固定液を使い分けるとよい。形態観察

が目的の場合はFAA(50%エタノール:酢酸:フォルマリン=90:5:5)を用いると

よい。一方、分子系統解析などのためにDNA抽出を行いたい場合は70%エタノールを

用いる(または、液体窒素で固定し、-80℃で保存してもよい)。DNA抽出が目的の場合

は、他の生物の混入をできるだけ避けたいので、先端の、若いきれいな部分を選び、絵

筆やピンセットを用いて細胞表面をできる限りきれいにすることがポイントである。

                                   (坂山)

国環研では、保存している車軸藻培養株を研究・教育用に分譲しています。下記のサイトをご覧ください。http://www.nies.go.jp/biology/mcc/home_j.htm

完成したさく葉標本

培養株の実体顕微鏡写真:左から;オーストラリアシャジクモ;シャジクモ;オトメフラスコモ;リクノタムヌスの1種 培養株:左から;フタマタフラスコモ; シャジクモ; ホシツリモ

シャジクモの単藻培養株

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