花からのSaccharomyces cerevisiaeの選択的分離と …花からのSaccharomyces...
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花からのSaccharomyces cerevisiaeの選択的分離と遺伝的多様性
誌名誌名 日本食品科学工学会誌
ISSNISSN 1341027X
巻/号巻/号 589
掲載ページ掲載ページ p. 433-439
発行年月発行年月 2011年9月
農林水産省 農林水産技術会議事務局筑波産学連携支援センターTsukuba Business-Academia Cooperation Support Center, Agriculture, Forestry and Fisheries Research CouncilSecretariat
( 31 ) Nippon Shokuhin Kagaku Kogaku Kaishi Vol. 58, No. 9, 433~439 (2011) C技術論文〕
花からの Sαccharomycescerevisiaeの選択的分離と遺伝的多様性
安田(吉野)庄子*北本則行
愛知県産業研究所食品工業技術センタ
Selective Isolation of Sαcchαror.nyces cerevisiαe Strains
from Flowers and Their Genetic Diversity
Shoko Yoshino-Yasuda* and Noriyuki Kitamoto
Food Research Center, Aichi lndustrial Technology lnstitute,
2-1-1 Shimpukuji-cho, Nishi-ku, Nagoy且, Aichi 451-0083
New isolates of Sαcchαγomyces cerevisiαe from natural habitats ar巴 neededin ord巴rto give new
characteristics to fermented foods such as alcoholic beverages and breads. Although many attcmpts to
isolate S. cerevisiae strains from flowers and fruits have b巴巴nmade in Japan, there are f巴wsucc巴ssfulrcports
Th巴seresults indicate that丘nefficient m巴thodof isolating S. cerevisiae should b巴 d巴veloped.Thereforc, we
tri巴dand succ巴ededin isolating selective strains of S. cerevisiαe from fiowers in Aichi prefectur巴 bya
combination of selective巴nrichmcntculturing and PCR analysis of the rDNA 5.8S-ITS region. Six strains of
S. cerevisiae were successfully isolated, and their ferm巴ntationand sugar assimilation properties were
determin巴d. Ferm巴ntationand sugar assimilation profiles were identical among five isolates, but was
diff巴rentin one isolate. The sugar assimilation profilcs of all six isolates were different from those of the S
cerevisiae K7 used in sαke-brewing and the S. cerevisiae By used in br巴ad-making.They did not produc巴 any
killer toxins against K7 and By. The mtDNA RFLP analysis of thc six isolatcs showed a high level of
polymorphism, although identical patterns wer巴 foundfor two isolates. PCR analysis of the Tyl delta
element revealed that both the number and the size of the amplification products differed among the six
isolates, K7 and By. Thes巴 resultsshowed g巴n巴ticdiversity among the six S. cerevisiae isolates (R巴ceivedApr. 19, 2011 ; Accept巴dJun. 16,2011)
Keywords: Sαcchαγomyces cerevisiae, selectivc isolation, genetic diversity
キーワード Saccharomyces ceγeVlslω,選択的分郁,遺伝的多核性
433
酵母 Saccharomycescerevisiaeは酒類・ノfンなどの発
酵食品の製造に使用されている大変重要な産業微生物であ
る 現在利用されている S.cerevisiaeの多くは優れた品質
の発酵食品から分離された菌株である.例えば,清酒用酵
母は優良なもろみから分離された優れた醸造特性を有する
S. cerevisiω であり,協会|酵母として(財)日本醸造協会
から頒布されている. これらの優良菌株の利用は製品の品
質向上lこ大きく貢献してきた. しかし,食生活の多様化に
伴って様々な噌好に対比、する発酵食品の製造が求められ,
異なった生理学的性質をもっ新たな S.cerevisiαGが必要
とされている. また,地域特産品としての酒類・ノマンの開
発を目的として,地域の観光資源,例えば製品に好印象を
付与できる花や果実などを分離源とした新たな S.
cerevisiaeが求められている.
このような背景から,近年, 日本全国各地で花や果実な
干451-0083愛知県名古屋市西区新宿寺町 2-1-1
*連絡先 (Correspondingauthor), [email protected]
どを試料として S. ceremSl仰の分離が試みられてい
るiトi) しかし,分離には多くの時間と労力が費やされて
いるにもかかわらず,分離に成功した例は 10例程度と少
ない.このことは,自然環境I~]で S. cerevisiaeが希少であ
ることも要因のーっと考えられるが,選抜方法,すなわち
麹汁培地等による集積培養とS.cerevisiaeの検出方法に
改良の余地があることを示唆している.そこで Sacchα-
romyces属酵母の生態学的研究における分離方法について
調査したところ, Sniegowskiらは,集積培養により北米
広葉樹林の樹皮や土壌などの 84試料からS.cereVlsweお
よび Saccharomycesparadoxusを計 18株分離したことを
報告しているの.また Sampaioらは,ポルトガルの広葉樹
林の樹皮 147試料から S.cerevisiae, S. paradoxus, Sacchα-
romyces uvarum, Sαcchαromyces kudriavzeviiを計 53{朱
と多数分離したことを報缶 しているの.これらの知見から,
樹皮試料からの Saccharomyces属酵母の分離に用いられ
た選択培地を使用することによ って,花や果実などからも
434 日本食品科学工学会誌第 58巻第 9号 2011年 9月 ( 32 )
Sαccharomyces属酵母をより効率よく分離で きると考え
られた
我々 は, 新規の S.cerevisiaeによる酒類 ・バン類の製造
を最終的な目標として, 愛知県内の花から複数のs.
cerevlszaeを分離することを 目指した. そこでまず,
Sampaioらが使用した培地に基づいた選択増殖培地 (RE
培地)中で,花を試料とした場合にも Sαccharomyces属酔
母が選択的に増殖することを確かめるために,花から分離
した様々な酵母の RE培地における生育を調べた.続いて
RE 培地による 選択増嫡培養と rDNA5.8S-ITS領域の
PCR解析を組み合わせることにより, S. cerevisiaeの迅速
な分離を試みた.また, 得られた分離株について生理学的
試験と遺伝的多様性解析を行ったので報告する.
実験方法
1. 使用菌株および培地
花から YM培地(酵母エキス 0.3%(w/v),麦芽エキス
0.3% (w/v),ペプトン 0.5%(w/v),グルコ ース 1% (w/v),
クロラムフ ェエコール0.05%(w/v))を用いて分離した酵
母,Candida vaccinii, Cryptcoccus bestiolae, Hanseniasρora
uvαrum, Metschni1wωia koreensis, Rhodosporidiumραlu・
digenum, Pichiα guilliermondii, Pseudozyma aphidis,
Schizosαccharomyces japonicus, Ustilago sρenηoρhora,
Torulasρora_ delbruecたμ は, RE 用地の有効性を調べるた
めに使用した.清酒用協会酔母 K7株(以下 K7株)および
ニップンドライイースト (EI本製粉(株)製)から分離した
バン用酵母 By株(以下 By株〉は,対照株として実験に使
用した.
Saccharomyces 属酵母の選択地殖培地には, Sampaio
ら9)のl古地にクロラムフェニコーノレを}J日えた RE培地(イー
スト ニトロゲンベース 0.67%(w/v),ラ フィノ ス 1%
(w/v),エタノ ール 8%(v/v) %,クロラムフェ ニコール
0.05% (w/v))を使用した.酵母のシング/レコロニー化に
は PDA培地(馬鈴薯t殿粉 0.4% (w/v), グルコー ス2%
(w/v),寒天 1.5% Cw/v), クロラムフェニコ ール O目05%
(w/v))を, 酵母の全 DNAの調製には YPD培地(酵母エ
キス 1% (w/v), ポリペプ トン 2% Cw/v), クノレコー ス
2% (w/v))をそれぞれ使用した.
2 各種酵母の RE培地での生育試験
RE培地を滅菌済みねじ口中試験管に各 3ml分注し, ヒ
記 10種の酵母試験菌株の牒濁iiI<: (l白金針量/滅菌生I虫食
塩水 1ml)を名 30ぃl植菌して 300Cで 71=1間静置法養し
た.培養液に白ぷjや白色沈殿が見られたものを生育|場性と
した
3. 花からの S.cerevisiaeの選択的分離
130本の 250mlメディウム瓶に各 100mlの RE培地を
調製し,愛知県内の花を滅菌ピンセッ トで培地に浸る量ま
で採取し, 300
Cで約 10日間静置培養した.130本の培養の
内訳は,サクラが 65本, フジが 16本,アジサイが 10*,
スイセン,ショウフ, ツツジなど燦々な花がそれぞれ 1~3
本で合計 39本であった. 白濁や白色沈殿が見られた培養
液の一部を採り,滅菌生理食塩水で適宜希釈して PDA培
地Lヒでシ ングルコロニーイじした.
RE培地から分離した酵母の rDNA5.8S-ITS領域(ITS
1・5.8S-ITS2) の増幅は Esteve-Zarzosoらの方法10)に準
じて以下のように行った. 950Cで 10分間加熱処理した酵
母試験菌株の牒濁被を鋳型 DNAとし,プライマー ITS1
(5'-TCCGT AGGTGAACCTGCGG-3') および ITS4 (5'-
TCCTCCGCTTATTGAT ATGC-3') (終濃度各 0.5ぃM)と,
PCR用酵素 QIAGENFast Cycling PCR Kit (QIAGEN)
を用いて PCRを行った PCRの温度条件は, 950
C 5分,
40サイクノレの 960C5秒;55
0C 5秒;680C 27秒, 720C 1分
とした反応物の 2%Cw/v)アガロースゲル電気泳動を行
ーい, rDNA 5.8S-ITS領域の増幅長が 880bpである分離酵
母を Saccharomyces属酵母の候補株として選抜した.
4. 268 rDNA D1/D2領域の塩基配列による酵母の同定
26S rDNA D1/D2領以の地幅は, Kurtzmanらのプj法11)
に準じ, プライマ-NL-1 C5'-GCAT ATCAA T AAGCGG-
AGG AAAAG-3 ')および NL-4(5' -GGTCCGTGTTTC-
AAGACGG-3')を用いて rDNA5.8S-ITS領域の増幅と閉
じ条件で PCRを行った. 得られた DNA断片の塩基配ヲIJ
を決定し,決定した塩基配列を NCBIから利用できる
BLASTプログラムリによりホ モロ ジー検索を行い,酵母
の種を同定した.
5. S. cerevisiae分離株の生理学的性質
糖の発酵性試験および資化性試験は,後藤らの方法Il川こ
準じて以下のように行った.糟の発酵性試験は,培地 (糖
2% (w/v) (ラフィノー スのみ 4%(w/v)),ポリ ペプ トン
1% (w/v),酵母エキス 0.5%(w/v))に酵母試験菌株の麻
濁液を培地の 1/100容量楠闘し, 250Cで 71=1間培養して
夕、ーラム管中のガスを観察した糖の資化性試験は,培地
(糖 1.0% Cw/v), イーストニトロゲンベース 0.67% (w/
v))に酵母試験菌株の鯨濁液を培地の1/100容量植菌し,
250Cで3週間情養して生育の有無を観察した.
キラー性試験は,メチレンブルーを 0.003%Cw/v)添加
した YPD寒天平板培地に, K7株または By株を約IOi/枚
となるように塗布した後,酵母試験菌株を白金耳で線画塗
抹し, 300Cで48時間培養した. 測定菌株の周りにクリア
ソーンができたものをキラ ー活性|場性とした 陽性対照菌
株として,キラー 007株l討を使用した
6. S. cerevisiae分離株の遺伝的多様性解析
ミト コンドリア DNA(mtDNA) RFLP角科斤は, Querol
らの方法1.1)に準じて以下のように行った.YPD培地で培養
した酵母菌体から,ザイモリエイス 100T(生化学工業)処
理とフェ ノール・クロロホ ルム抽出による方法で全 DNA
を抽出した.全 DNA約 8μgを制限酵素HinfI(TOYOBO)
( 33 ) 安田・北本:7Eからの有用|酵母の分離と多様性 435
または制限酵素 RsaI(TOYOBO)を用いて 100ぃlの反応
系で消化し,フェノール・クロロホルム抽出およびエタ
ノール沈殿を行った試料全量を 1% (w/v) アガロースゲ
ル電気泳動(13cm X 13cmスラブゲル)に供した.
Ty1 de1taエレメン卜の PCR解析は, Hayfordらの方
法15)に準 じて以下のように行った. 950Cで 10分間加熱処
理した酵母試験菌株の将iffiJ液を鋳型 DNAとし, de1taエレ
メントキ寺異的 プライマ-delta 1 (5' -CAAAATTCAC C-
TATA/ TTCTCA-3勺および de1ta2 (5ぺGTGGATTT
TT A TTCCAACA-3') (終濃度各 0.511M)と, PCR用酵素
QIAGEN Fast Cycling PCR Kit (QIAGEN)を用いて PCR
を行った. PCRの温度条件は, 950
C 5分, 35サイクルの
96"C 5秒;450
C 5秒;680
C 30秒, 720
C 1分で行った. 反応、
物を 2.5% (w/v)アガロースケソレ電気泳動で解析した.
実験結果および考察
1. 各種酵母の RE培地での生育試験
花試料に対する RE培地の有効性を確認するために,化
試料から分離した 10種の酵母を試験菌株として生育試験
を行った.表 1に示 したように, K7株および By株の 2株
の5.cereVlSlaeは共に RE培地中で強い生育を示した.一
方,P. guilliermondii. C. vaccinii.土 delbrueckiiに弱し、生
育が認められたが,他の 7種は全く 生育を示さなかった.
この結果から,採取した花を RE培地に漫潰して培養する
ことにより,花に存在する酵母種の多くは生育が抑制され
5accharomyces属酵母が選択的に増殖する可能性が示唆
されfこ.
2 花からの S.cerevisiaeの選択的分離
様々な花を採取してよ百養した 130本の RE培地サンプル
中, 16本に酔母の培殖を示す白色沈殿または白濁が認めら
れた.これらの 16本のサンプルから酵母を分離し,シング
jレコロニー化した.
rDNAの 5.8S-ITS領域の長さとその RFLP解析(制限
醇素切断長解析)により酵母の種を問定するデータベース
が構築されており 川,その中で 5accharomyces属酵母 (5.
bayanus. 5. cerevisiae. 5 ραradoxusおよび 5.pastoriαnus)
は5.8S-ITS領域長が 880bpであることが示されている.
そこで,白濁した RE培地サンプル 16本から分離した酵
母コロニーについて, PCRにより 5.8S-ITS領域長を解析
した.各サン プノレにつき 8コロニーずつ 5.8S-ITS領域長
を解析したところ, 8コロニ一間でそれぞれ同一の長さで
あった(データ省略).したがって各サンフ。ルからの分離酵
母はそれぞれ単一の酵母と推定された.16サンフ'ルからの
酵母分離株の 5.8S-ITS領域長の PCR解析結果を図 lに示
した.NO.52株, NO.66株, NO.71株, NO.90株, No. 101
株および No.122株の 6株において約 880bpの長さのバ
ンドが増幅され,これらの株は 5accharomyces属酵母と
推定された.その他の分離株の増幅バンドは 880bpよりも
小さいサイズを示 した • 5acchαromyces属酵母と推定され
た6株の分離源は, NO.52株および NO.66株がサクラ,
NO.71株がフジ, NO.90株がノ寸ンジー, No. 101株がアジ
サイ, No. 122株がオシロイパナであった.
16株の分縦株について 26SrDNA Dl/D2領域の塩基配
列による酵母の同定を行った その結果, NO.52株, No
表 1 花から分離した各種酵母の RE培地における生育
試験菌株 , 生育結果
Saccharomyces cerevisiae K7 +一十Saccharomyces cerevisiae By
Candida vaccinii w
Cryptcoccus bestiolae
Hanseηwspora uvarum
Metschnilwωia koreensis
R hodosporidium paludigenum
Pichiαguilliermondii w
Pseudozyma aPhidis
Schizosaccharomyces japoniclls
Ustilago spermophora
Torulaspoγa delbrueckii w
+.生育;W.わずかに生育,一,生育せず
図 1 酵母分離株の rDNA5.8S-ITS領域長の PCR解析
tvl.2-Log DNA Ladder (NEW ENGLAND BioLabs) ; 1. K7株;2. By株;3. No. 1株;4. No. 6株 5.No. 19
株;6. No. 49株;7. No. 51株;8. No. 52株;9. No. 64株;10. No. 66株 11.No. 71株;12. No. 72株 13.No
73株 14.No. 75株;15. No. 77株 16.No. 90株;17. No. 101株 18.No. 122株.
436 日本食品科学工学会誌第 58巻 第 9号 2011年 9月 ( 34 )
66株, No.71株, No.90株, No. 101株および No.122株
の6株のDl/D2領域の塩基配列はS.cerevisiaeの配列と
100%一致し, これ ら6株は s.cerevisiaeと同定された.scerevisiae以外の 10株の分離株は, C. vaccinii (No. 1株),
Pichia anomαJα(No. 51株), Pichia fabianii (No. 72株),
Pichia farinosa (No. 19株), P. guilliermondii (No. 6株,
NO.64株, No.75株), Pichia kudγωvzevii (No. 49株),
T. deLbγueckii (No. 73株, No.77株)とそれぞれ同定され
た Sampaioらは広葉樹のナラの樹皮を試料として RE
培地により酵母の分離を試みたところ,Saccharomyces属
以外の酵母は稀にしか分離されず,分離された中では
K Luyveromyces thermotoleransと Torulasρor,α属酔母が
多かったと述べている 9) 花を試料とした今回の分離結果
では, 6柄、の S.cerevisiae以外に 7株の Pichiα属酵母 2
株の Torulaspora属酵母および l株の Candidα属両手母が
分離され,K. thermotoleransは分離されなかった このよ ー
うに分離された酵母種が異なったのは,ナラの樹皮におけ
る酵母の分布と採取した花における酔母の分布が異なって
いたためと推測している また, S. cerevisiae以外の 10株
の分離株はサクラまたはフジから分離されたことから, こ
れらの花に はRE培地で増殖可能な Pichia属などの醇母
が存在していることが示唆された.
花や果実からのS.cerevisiaeの分離には,これまで多く
の時間と手聞が投じられてきた.柏木の報告によると,や
まぐち・桜酵母の分離では,花の収集から 8段階の集積培
養を経て S.cerevisiaeの同定までに約 8ヶ月を要したが,
S. cemvisiaeは l株しか得られていないけ.松田らはサク
ランボ果実を試料として 3段階の培養を行い, SSU rDNA
のTGGE法による解析という複雑な方法で S.cerevisiae
を検出している. しかし, S. cerevisiaeが検山された培養
液中においても S.cerevisiaeは5.4%しか存在していなかっ
た3) また, 関口らは北海道の続物から微好気培養と顕微
鏡観察によ り262株の出芽酵母を分離したが, S. cerevisiae
は3株だけであったり.これらの報告に比べると, RE培地
を用いた選択増殖培養と rDNA5.8S-ITS領域の PCR解析
による分離方法は, S. cerevisiaeを大変効率良く 分離でき
る有用な方法である.
表 lに示した花から分離した各種酵母の中にはラフィ
ノース 資化能を有する酵母が含まれていたが(データ省
略), RE培地中では生育しなかった. このことから, RE
培地を使用することによって S.cerevisiaeが効率的に分
離できる主な要因は, 8%エタノーノレを培地に添加してい
ることであると推察している.高いエタノ ール発酵能を有
する S.cerevisiaeは8%エタノール存在下でも十分増殖
可能である(表1).しかし,花に生息している他の酵母は
エタノールにより生育阻害を受けるため増殖が抑制され,
その結果 S.cerevisiaeが選択的に増殖すると考えている.
3. S. cerevisiae分離株の生理学的性質
S. cerevisiae分離株の生理学的性質を清酒用酵母やノ寸ン
用酵母と比較するために,糖の発酵性および糖の資化性を
調べた. なお清酒用酵付:の代表株として K7株を, バン用
酵母の代表株として By株を使用した.
糖の発酵性試験では, 表 2に示したよ うに, 6 {朱の S
cerevlswe分離株は K7株および By株と同様に 夕、ルコ ー
ス,スクロ ス,カA ラク 卜ース,ラフィノースを発酵し,
メリビオース, トレハロ ースを発目孝しなかった. No. 122
株, K7株および By株はマル卜ースを発酵した. 6株の S
cerevisiae分離株の糖の発青年J性プロファイルは文献他と合
致していた.
糖の資化性の試験結果を表 3に示した. 6株のs.
cerevisiae分離株は K7株および By株と同様にグルコー
ス,スクロース,ガラクトース,ラフィノースを資イヒした.
No. 122株, K7株および By株はマルトースを資化し,糖
の発酵性試験の結果と一致した. 6株の S.cerevisiae分離
株は αーメチル-Dーグルコシ ドを資化したが, K7株および
By株は資化しなかった.No目 52株, NO.66株, NO.71株,
表 2 S. cerevisiae分離株の糠の発酵性
醇母試験株糖
K7 By 52 66 71 90 101 122 文献値16)
Glucose + + + + + + + + +
Sucros巴 + + + 十 + + + + V
Galactose 十 + + + + + + + V
Raffinos巴 + + + + + + + + n
Maltose + + + V
Tr巴haros巴 n
Melibiose n
+,発酵, ー,発両手せず v,l記株によ り異なる;n,記載なし.
K7,清酒用協会酵母 K7株;By,バンm酵母By株 52,66, 71. 90, 101, 122,
s. cerevisiae分離株.
( 35 ) 安田・北本:花からの有用酵母の分離と多様性 437
表 3 S. cerevisiae分離株の糖の資化性
酵母試験株帯主
K7 By 52 66 71 90 101 122 文献値16)
Glucose + + + 十 + + + + n
Sucrose + + + + + + 十 + V
Galactos巴 十 + + + + + + + V
Raffinose + + 十 + 十 + + 十 V
Maltose + + + V
Tr巴harose 明/ V
Cellobiosc 明J
α.Methyl-D-glucoside w + + + + + + n
Melibios巴 n
Mannitol w V
Lactosc
Sorbitol n
Glycerol n
Mel巴zitose + + 十 + 十 + n
Sorbos巴 n
+,資化 W,わずかに資化資化せず;v, fai株により異なる n,記載なし.
K7,清酒用協会酵母 K7株;By,バン用酵母 By株 52,66, 71, 90, 101, 122, S. cerevisiae • 分離株.
NO.90株, No. 101株および By株はメレジ卜ースを資化
し, No. 122株および K7株はメレジ卜ースを資化しなかっ
た. 6株の S.CereVlSlae分一離株の糖の資化性フロロファイル
は文献値と合致していた.
以上のように,糖の発酵性と糖の資化性のプロファイル
は,分離株間では NO.52株, No.661朱, NO.71株, NO.90
株, No. 101株が同一ーで, No. 122株のみが異なった 6株
の S.cerevisiae分離株の糖の資化性プロファイルは, K7
株および By株とは異なっていた.
酒類やノfン類の製造において新規酵母を利用する場合に
は,既に製造現場で使用している実用酵母に悪影響を及ぼ
すことのないよう,キラー性のないことを確認しておくこ
とが重要である.そこで 6株の S.cerevisiae分離株につい
て, K7株および By株に対するキラー性試験を行ったと
ころ,図 2に示 したように 6株のS.cerevisiae分離株はい
ずれも K7株および By株に対してキラー性を示さなかっ
た.
4. S. cerevisiae分離株の遺伝的多様性解析
バルスフィールドゲル電気泳動によるクロモソーム解析
を始めとする色々な分子生物学的手法により, S. cerevisiae
の亜種あるいは株レベルの判別が試みられている.本報で
は比較的簡便で判別力の高い方法である mtDNARFLP
解析および Ty1deltaエレメン卜の PCR解析により,s.
CereVlSlae分離株の遺伝的多様性を分析した.
図 2 S. cerevisiae分離株のキラー活性
(A),清酒用協会酵母 K7株に対するキラー活性;(B),バン
用酵母 By株に対するキラ 活性.
Control,キラ 007株1, No. 52株;2, No. 66株 3,
NO.71株;4, NO.90株;5, No. 101株;6, No. 122株.
制限酵素HinfIおよび制限酵素 RsaIの切断認識配列は
酵母染色体 DNA上lこは多く存在しているが mtDNA中に
は極めて少ないことから,全 DNAをこれらの制限酵素で
消化することにより mtDNAの多型解析 (mtDNARFLP)
が可能である 14) S. cereVlSlae分離株と対照株の mtDNA
RFLP解析結果を図 3に示した.明瞭な DNAバンドが
(A)制限酵素HinfIでは約1.7-5.0kbpの範囲に, (B)制
限酵素RsaIでは約l.7-9.0kbpの範囲に観察された.株聞
の DNAパンドバターンを比較したところ, 白い矢印で示
438 日本食品科学工会学会誌第 58巻 第 9号 2011年 9月 ( 36 )
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~・ I で=『司 ~ 闇鳩山田=ー圃-ーー冊目.
~ 忌 z 三 喜三
・岨 ーー ーー--ーー一一一一一一一一一一.コ
i i 図 3 S. cerevisiae分離株の mtDNARFLP解析
(A) , ~Ii IJ 限両手京 Hinfl; (8) , ~ Ii IJ限百年素 Rsa l によ る切断ノ守
ターン 白い矢印は同一バターンを示す.
M,2・LogDNA Laddcr (NEW ENGLAND 8ioLabs) ; 1, K
7株;2,8y株;3, No. 52株;4, No. 66株;5, No. 71株 ;6,
NO.90株;7, No. 101株 ;8, No. 122株.
す NO.66株 とNO.90株のノ寸タ ンが同一であったが, そ
れ以外の NO.52株, NO.71株, No. 101株, No. 122株, K
7株および By株のパターンはそれぞれ異なっていた.この
結果から, 6株の S.cerevisiae分離株は K7株および By
株とは異な る株として判定され, 一部を除いて分離株聞に
おける mtDNAの多様性が示された.
deltaエレメン卜は, S. cereVlswe染色体 |二に存在する
トランスポソン Ty1の末端繰り返し配列 (LTR)である.
この deltaエレメ ントの 5'末端に相向性を持つプライ
マ一対を用いた PCR産 物 のノfターン解析により, S
cerevlsweの株レベノレでの判別が可能である 15) この手法
を用いて 6株の S.cerevisiae分離株の解析を行った結果
(図 4),6株の S.cerevisiae分離株, K7株および By株す
べてにおいて DNAパ ンドのサイズや数が異なっており,
それぞれ固有のバターンが観察された.データは示さない
が, No. 52, No. 66. No. 71, No. 90および No.101の 6サ
ンプルよりシングjレコロニーイ七によって得=られたコロニー
の中か らそれぞれ 12コロニーをラ ンダムに選び. deltaエ
レメン卜の PCR解析を行った結果, 同一サンプル由来の
12コロニーでは同一のバターンが観察されたこの結架か
M 2345678M (kbp)
2.0 1.5 1.。
0.5 0.4 0.3 0噌2
0.1
図 4 S. cerevisiae分離株の deltaエレメントの PCR解析
M, 2.Log DNA Ladder (NEW ENGLAND BioLabs) ; 1, K
7株;2, By株;3, No. 52株;4, No. 66株;5, No. 71株;6,
NO.90株;7, No. 101株;8, No. 122株.
ら. RE培地で生育した 6株の S.cerevisiaeは培養液中で
それぞれ単一株として存泊二していたと考え られる.
Ty 1 deltaエレメン卜の PCR解析により,今回分離し
た 6株の S.cerevisiae分離株は K7株および By株とは異
なる株として判定されると共に,分離株聞における染色体
DNAの多様性が示 された.また Ty1 deltaエレメントの
PCR解析は mtDNARFLP解析に比べて S.cerevisiae株
聞の判月IJ能が高い分析プ'J"flーであることが示唆された.
今後は花からのS.cerevisiaeの分離をさらに継続して
より多くの株を取得した後S.cerevisiae分離株の酒類や
ノfン鎖製造への応用に閲する試験を行う予定である.
要約
油会買やノマンなどの発酵食品に新しい特徴を付与するた
め,自然界からの Sαccharomycescerevisiaeの新規分離株
が必要とされている.我々は選択増殖培養と rDNA5.8
S-ITS領域の PCR制'析を組み合わせた分離方法により,
愛知県内のサクラなどの花から S.cerevisiaeの新規取得
を試み. 6株の分離に成功した.
6株の S.cerevisiae分離株について糖の発酵性と糖の資
化性を調べた.糖の発酵性および糖の資化性プロファイル
は5株が同一で. 1株のみが異なった.6株の S.cerevisiae
分離株の糖の資化性プロファイ jレはいずれも K7株および
By株とは異なっていた.また.6株の S.cerevisiae分離株
は K7株および By株に対してキラー性を示さなかった.
6株のS.cerevisiae分離株の mtDNARFLP解析を行っ
た結果 2株聞の一致を除いてそれぞれ異なる プロファイ
ルを示 した. Tyl d巴ltaエレメン卜の PCR解析の結果 6
株の S.cerevisiae分離株はすべて異なるプロファイノレを
示し.K7株および By株とも異なっていた これらの結果
から. 6株の S.cerevisiae分離株の遺伝的多様性が示され
fこ.
本研究の一部は(財)エリザベス・アーノルド富士財団
( 37 ) 安田・北本花からの有用酵母の分離と多様性 439
の学術研究助成により遂行されたものであり, ここに感謝
の意を表します.また実績に ζ助力頂きました鈴木美南氏
に感謝致します.
文 献
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引用 URL
j) http://blast.ncbi.nlm.nih.gov /Blast.cgi (2011. 5.13)
(平成 23年 4月 19日受付, 平成 23年 6月 16日受理〉