642

長 崎 県 に お け る環 境(鳩 の 糞)か らのCryptococcus neoformansの 検 出

長崎大学医学部第二内科

山本 善裕 河野 茂 野田 哲寛 掛屋 弘

柳原 克紀 大野 秀明 小川 和彦 川村 純生

大坪 孝和 朝野 和典 賀来 満夫 古賀 宏延

原 耕平

(平成7年2月9日 受付)

(平成7年3月6日 受理)

Key words: Cryptococcus neoformans, pigeon excreta, bird seed agar,arbitrary primer-PCR

要 旨

深 在性 真菌 症 の起炎 真菌 の1つ として重要 なcryptococcus neoformansは,土 壌 な ど自然界 に広 く生

息 し,鳩 をは じめ とす る鳥 類 の糞 で増殖 し,大 気 中 に飛散 して ヒ トに経気 道感 染 す る とい われ てい る.

1994年10月 か ら12月 まで に長 崎 県 内 の病 院,民 家,公 園 な ど8カ 所 に て 採 取 した鳩 の 糞 か ら,C

neoformansの 分離,同 定 を行 った.

8検 体 中4検 体 でCneoformansが 検 出 され,分 離率 は50%で あ った.し か し,堆 積 した乾燥 糞 か ら

の分離 に限 る と5検 体 中4検 体 よ りCneoformansが 検 出 され,80%と い う高 い分 離率 を示 した.

C.neoformansの 分離 で きた場所 に関連 して,過 去2年 間 で肺 ク リプ トコ ックス症 が2例 発症 してお

り,環 境(鳩 の糞)と 発 病 の関連 が示 唆 された.

ク リプ トコ ックス症 は,AIDS患 者 の増加 な どによ り臨床 的 に も重 要 な感染 症 で あ り,C.neoformans

の感 染経路 な どの疫 学 的 な研 究 は,発 症予 防 の見地 か らも意義 が あ る もの と思 われ た.

は じめ に

ク リプ トコ ック ス 症 は,AIDS患 者 な どのcom-

promised hostの み な らず,基 礎 疾 患 を持 た な い

健 康 人 に も発 症 す る深 在 性 真 菌 感 染 症 で あ る.そ

の病 原 体 で あ るCryptococcus neoformansは 土 壌

な ど 自然 界 に 広 く生 息 し,鳩 を は じめ とす る鳥 類

の 糞 で 増 殖 し,大 気 中 に飛 散 し て,経 気 道 的 に感

染 す る とい わ れ て い る.鳩 の 糞 か らCneoforma-

nsが 分 離 され る こ と は多 くの研 究 に よ り明 らか

に な っ て お り,鳩 以 外 の 鳥 類 の糞 か らの 分 離 も認

め られ て い る1)～5).

今 回 我 々 は,長 崎 県 で 採 取 し た 鳩 の 糞 か らC

neofprmansの 分 離 お よび 同 定 を お こ な っ た の で

報 告 す る.

材 料 と方 法

1)検 体 の 採 取

1994年10月 か ら12月 まで に,長 崎 県 内 の病 院,

歩 道 橋,体 育 館 周 囲,民 家,公 園 な どの8カ 所 か

ら鳩 の糞 を採 取 した.

2)バ ー ドシー ド培 地

Table1に 示 した ご と く,バ ー ド シ ー ド(Gu-

izotia abyssinicaの 種 子)40gを 荒 び き し沸 騰 水 で

2時 間抽 出 した抽 出 液200ml,グ ル コ ー ス1g,ク ロ

ラ ム フ ェニ コ ー ル400mg,ジ フ ェ ニ ー ル(0.1g/10

m195%エ タ ノ ー ル)10ml,寒 天20g,蒸 留 水800ml

を混 和 し,オ ー トク レー プ(120℃,20分)に か け,

そ の 後 ゲ ン タ マ イ シ ン25mgを 加 え て 作 成 した.

別刷請求先:(〒852)長 崎市坂本1-7-1

長崎大学医学部附属病院第二内科

山本 善裕

感染症学雑誌 第69巻 第6号

環 境 か らのC.neoformansの 検 出 643

Table 1 Bird seed agar

Extraction solution 200m1

(boiling 40 g of pulverizing bird seed)

Glucose lg

Biphenyl (0.lg/10m1 95% ethanol) 10m1

Chloramphenicol 400mg

Gentamicin sulfate 25mg

Agar 20g

Distilled water 800m1

Fig.1 Isolation procedure of Cryptoeoecus neoformans

Sample(2g)being soaked in 40m1 of sterilized saline

for 30min with vortexing several times

Filter through sterilized gauzes

Centrifug at 3,000rpm for 10min

Inoculate on bird seed agar

Isolate of brown colonies

Identification by ability to grow at 37•Ž

and phenol oxidase production

3)C.neoformansの 分 離 法

鳩 の 糞(2g)を 滅 菌 生 理 食 塩 水40m1に,途 中数

回vortex mixerに て 撹 搾 し な が ら,30分 間 浸 し

た.次 に,滅 菌 ガ ー ゼ にて 糞 塊 な ど を取 り除 い た

濾 液 を,3,000rpmで10分 間 遠 心 し,そ の 沈 渣 を

バ ー ドシ ー ド寒 天 培 地 に接 種 した.30℃ で2～10

日間 培 養 した 後,褐 色 の コ ロ ニ ー をサ ブ ロ ー デ キ

ス トロ ー ス 寒 天 培 地(BBL)で 純 培 養 を行 っ た

(Fig.1).

4)C.neoformansの 同 定 法

墨 汁 染 色 に て 英膜 の有 無 を確 認 し,37℃ 発 育 試

験,フ ェ ノ ー ル オ キ シ ダ ー ゼ 反 応,ア ピCオ クサ

ノ グ ラム に て 同定 を行 っ た.

5)病 原 性 試 験

分 離 し たC.neoformansの 病 原 性 の 確 認 の た

め,マ ウ ス(BALB/c雄5週 齢)に1.0×106CFU

を 気 管 内 に接 種 し(各 株5匹),生 存 率 の検 討 な ら

び に菌 学 的 検 討 を行 った.

6)Arbitrary Primer-PCR法

C.neoformansよ り抽 出 し たDNAをPrimer

R28を 用 い てPCRを 行 い6),得 ら れ たRandom

amplified polymorphic DNA(RAPD)profileを

比 較 検 討 した.

結 果

1)分 離 状 況

鳩 の糞 の 採 取 場 所 はTable2に 示 した ご と く,

病 院 ベ ラ ンダ,歩 道 橋 下,体 育 館 周 囲,民 家 の庭,

公 園 で あ っ た が,5カ 所 は コ ン ク リー ト上 の 糞 で

あ り,3カ 所 は土 壌 上 の 糞 で あ った.ま た,5カ

所 か ら採 取 した 糞 の状 態 は堆 積 した乾 燥 糞 で あ っ

た が(Fig.2a),残 り3カ 所 か らの糞 は乾 燥 は して

いた が 堆 積 した 状 態 で は な か っ た(Fig.2b).

8カ 所 の 鳩 の 糞 の う ち4カ 所 の 糞 よ りC.

neoformansが 分 離 され た.す べ て 乾 燥 堆 積 糞 か

らの分 離 で あ り,コ ン ク リー ト上 の 糞5検 体 中 の

3検 体 よ りC.neoformansが 分 離 さ れ た が,土 壌

上 か ら は3検 体 中1検 体 しか 分 離 され な か っ た.

また,C.neoformansが 培 地 一 面 に大 量 に分 離 さ

れ た2検 体 に お い て は,濾 液 の 沈 渣 を墨 汁 染 色 す

る こ とで,黄 膜 を もつC.neoformansが 観 察 され

た.

Table 2 Isolation of C. neoformans from Environments in Nagasaki

平成7年6月20日

644 山本 善裕 他

Fig.2a Weathered pigeon excreta

Fig.2b Not weathered pigeon excreta

2)分 離 株 の病 原 性

マ ウ ス に よ る病 原 性 試験 で は,3～6週 間 に,

一 群5匹 ず つ の マ ウ ス が 全 て死 亡 した.死 亡 直 後

の マ ウ ス の 肺 か ら は107～108CFU/マ ウ ス のC.

neoforman3が 検 出 され た.

3)発 病 との 関 連

A病 院 お よ び そ の 周 辺 に あ るC公 園 に 関 連 し

て,2例 の 肺 ク リプ トコ ッ ク ス症 の 患 者 が 発 症 し

て お り,こ の 臨 床 分 離 株2株 の そ れ ぞ れ のRAPD

profileは,A病 院 お よ びC公 園 で分 離 した環 境 分

離 株 のRAPD proHleと 同一 で あ った.

考 察

ク リプ トコ ック ス症 は,肺 ク リプ トコ ック ス症

とク リプ トコ ッ ク ス髄 膜 脳 炎 お よび 全 身 の臓 器 に

播 種 す る播 種 性 ク リ プ トコ ッ ク ス 症 に大 別 さ れ

る.近 年,AIDS患 者 の増 加 に よ り,ク リプ トコ ッ

ク ス髄 膜 脳 炎 が そ の死 亡 原 因 と して 問 題 に な っ て

いる.ま た,基 礎疾患をもたない健常人にも感染

し,原 発性肺クリプ トコックス症 を引き起 こすこ

とが知 られている.当 教室 にお ける肺 クリプ ト

コックス症52例 の検討で も,原 発性が24例 と約半

数を占めていた7).

その病原体であるC.neofomansは,土 壌な ど

自然界 に広 く生息してお り,鳩 をはじめとする鳥

類の糞,な かでも乾燥糞で増殖するといわれてい

る.そ の理由として,他 の微生物が生存できない

乾燥 した基質 で もC.neofor7mam(水 分活性:

0-577)は 適応 し,他 の微生物が淘汰され るなかで

定着ならびに増殖 し長期間生存 しているという報

告8)や,鳩 の糞はpH7.8～8.3の 弱アルカ リ性 で

尿酸が多いため他の真菌の増殖が抑制 され,た と

え空気中に浮遊 している多種類の真菌が付着して

も,限 られた一部の真菌だけが生育できるにすぎ

ない という報告)な どがある.今 回の我々の検討

では,8検 体中4検 体でC.neoformansが 分離さ

れ,50%の 分離率であったが,乾 燥堆積糞のみか

らの分離 に限 る と5検 体 中4検 体 でC.neofor-

mansが 分離 され80%と い う高い分 離率で あっ

た.こ の結果は,乾 燥糞か らさらに時間が経過す

ることにより堆積 した状態となることで,C.neofo処

mansが より増殖するものと考えられ,従 来の報

告 と一致していた.乾 燥堆積糞のなかで,体 育館

周 囲 か らの糞 にC.neoformansが 認 め られ な

かった理由 としては,他 の所に比べ直射 日光 にさ

らされてお り,C.meofomansは 熱感受性が強い

ため5)発育で きなかったためと思われた.ま た,土

壌上の糞か らの分離 が困難であった理 由として

は,土 壌由来の糸状菌が培地上で優位にな り,C.

mofbrmansの 発育 を阻害 した可能性が示唆 され

た.

鳩の糞で増殖 したC.neoformansは,大 気中に

飛散することにより,ヒ トに経気道感染するとい

われている.今回,C.neoformansが 分離されたA

病院およびその周辺 にあるC公 園に関連 して,過

去2年 間で2例 の肺 クリプ トコックス症(A病 院

の基礎疾患をもたない20歳 の事務職員 と外来通院

中の73歳 のATL患 者)が 発症 していた.こ の臨床

分離株2株 と今回A病 院 およびC公 園で分離 し

感染症学雑誌 第69巻 第6号

環 境 か らのC.moformansの 検 出 645

た 環 境 分 離 株 と をAP-PCR法 を 用 い て そ の

RAPD profileを 比 較 した と ころ,両 者 の一 致 が 確

認 され,環 境(鳩 の糞)か らの感 染 を強 く示 唆 す

る も の で あ った.し か しCurrieら9)は,ニ ュ ー ヨー

ク市 に お い て 分 離 さ れ たCneoformans臨 床 分

離17株 と環 境(鳩 の 糞)分 離8株 に つ い てRestric-

tion Fragment Length Polymorphism法 を用 い

て 比 較 した と こ ろ,両 者 の 一 致 率 は12.5%と 低

か っ た と報 告 して い る.こ の こ と は鳩 の糞 以 外 の

未 知 の環 境 源 か らの感 染 も示 唆 され る.

ク リプ トコ ック ス 症 が,AIDS患 者 の 増 加 な ど

に よ り臨 床 的 に重 要 な 問 題 に な っ て い る た め,C

moformansの ヒ トへ の感 染 経 路 や 発 症 機 序 の 早

急 な解 明 が 必 要 と思 わ れ た.

文 献

1) Emmons, C. W.: Saprophytic sources ofCryptococcus neoformans associated with the

pigeon. Am. J. Hyg., 62: 227-232, 1955.2) Littman, M. L., Schneierson, S. S.: Cryptococ-

cus neoformans in pigeon excreta in New YorkCity. Am. J. Hyg., 69: 46-59, 1959.

3) 螺良英郎: クリプ トコックス症の基礎研究. 鳥類

排 泄 物 か らのCryptococcus neoformansの 分 離 と

感 染 源 に関 す る研 究. 真 菌 誌, 3: 50-54, 1962.

4) 戸 塚 侑: 自然 界 よ り のCryptococcus neofor-

mansの 検 出 お よ び その性 状. 真 菌 誌, 8: 54-66,

1967.

5) 戸 矢崎 紀 紘: 自然 環境 中の ク リプ トコ ック ス-そ

の 分 離 と生 理 的性 質-. 真 菌 誌, 35: 393-401,

1994.

6) Yamamoto, Y., Kohno, S., Kakeya, H., Yanagi-hara, K., Ohno, H., Ogawa, K., Tomono, K.,Kaku, M., Koga, H., Hara, K., Yamazaki, T. &Arisawa, M.: Random amplified polymorphic

DNA analysis of clinically and environmental-ly isolated Cryptococcus neoformans in Nagasa-ki. J. Clin. Microbiol., 投 稿 中.

7) 掛 屋 弘, 山本 善 裕, 他: 当科 に お け る肺 ク リプ

トコ ック ス症52症 例 の臨 床 的 検 討. 第35回 日本 胸

部 疾 患学 会 総会, 名 古屋, 1995.

8) 松 田 良夫: 環境, 特 にハ ト糞 か らのCryptococcus

neoformansの 分 離, 同定 法. 臨床 検 査, 30: 1077

-1080 , 1986.

9) Currie, B. P.: Restriction fragment length

polymorphilsm analysis of Cryptococcus neofor-mans isolates from environmental (PigeonExcreta) and clinical sources in New York

City. J. Clin. Microbiol., 32: 1188-1192, 1994.

Isolation of Cryptococcus neoformans from Environments

(Pigeon Excreta) in Nagasaki

Yoshihiro YAMAMOTO,Shigeru KOHNO,Tetsuhiro NODA,Hiroshi KAKEYA,

Katsunori YANAGIHARA,Hideaki OHNO,Kazuhiko OGAWA,Sumio KAWAMURA,

Takakazu OHTSUBO,Kazunori TOMONO,Mitsuo KAKU,

Hironobu KOGA & Kohei HARA

The Second Department of Internal Medicine,Nagasaki University School of Medicine

Cryptococcosis is one of the serious deep-seated mycoses in immunocompromised patients,

especially those with AIDS.Cryptococcus neoformans ordinarily lives in natural environmentssuch as soil and reproduces in pigeon excreta.It spreads in the air and infects human by

inhalation.

We isolated C.neoformans from pigeon excreta in hospitals,private houses,parks in

Nagasaki from October to December in 1994.C.neoformans was isolated from 4 of 8 samples(50%)of pigeon excerta and the isolation

rate increased to 80%(4/5)if they were weathered excreta.

Two patients with pulmonary cryptococcosis occurred in the last two years in the areawhere C.neoformans was isolated during that period.

Epidemiological studies of clinical isolates and environmental isolates are important to

determine its origin of infection and the route of transmission.

平成7年6月20日