胃がんリスク層別化検査 講演 3(ABC分類)の正し...

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胃がんのリスク層別化のためには,確実なリスク因子であるHelicobacter pylori (Hp)感染と胃萎縮について評価することが必要となります.胃がんリスクの 層別化にはABC分類が用いられていますが,従来の判定基準にはいくつかの 課題がありました.これを受けて,「胃がんリスク層別化検査(ABC分類)2016年度 改訂版」が提案され,2017年4月から広く運用されています. 本稿では,その改訂の背景にあるABC分類が持つ課題とポイントについて紹介 します. 胃がんリスク層別化検査 (ABC分類)の正しい運用のために 〜 新たな判定方法設定と運用の留意点 〜 胃がんのリスク因子,Hpの発見 胃はpH1〜2の強酸性を示す胃酸を分泌することから, 長年にわたり無菌状態だと考えられていました.しかし, 1983年にオーストラリアの病理学者WarrenとMarshall が胃粘膜に生息する微好気性グラム陰性らせん状桿菌 Helicobacter pylori(Hp)を分離・同定したことをきっか けに,現在ではHpとさまざまな疾病との関連が明らかに されてきています. Hp持続感染は,5歳くらいまでの幼少期に成立し,慢 性炎症が引き起こされることが知られています.そして, さらに炎症が持続すれば,胃粘膜が徐々に萎縮して腸上 皮化生やポリープ,胃がん(分化型)などが発生していき ます.一方,Hpの持続感染が見られない場合(未感染) では胃がんの発生は極めてまれです.Hpは1994年に世 界保健機関(WorldHealthOrganization;WHO)によ り,細菌の中で初めて胃がんの確実なリスク因子である と認定されました.リスク因子であるHpを抗生物質によっ て除菌することで,胃がんの罹患リスクを抑制できる可能 性があることから,日本では2013年からHp感染胃炎の 除菌治療が保険適用になっています. ABC分類によるリスク層別化 我が国では衛生環境の改善や母子感染への意識向上か 講演 3 ら,若年者を中心にHp感染率は低下傾向にあります.1970 年代には30歳以上の約8割がHpに感染していましたが, 2010年代にはその感染率は大きく減少しています(図1 1) 従来,胃がん検診は一定の年齢以上の全国民を対象 に行われてきましたが,胃がん罹患リスクが低いとされる Hp未感染者が増加しているにもかかわらず,高リスク群 と同様のがん検診を行い続けることで,検診による弊害 が利点を上回ることが懸念されます.そこで,胃がんの罹 患リスクを層別化することにより,高リスク群には従来ど おり集中的な検診を行いつつ,低リスク群の検診間隔を 延長できるのではないかと期待されています. ABC分類とは,血液検査によって胃がんリスクを層別 100 80 60 40 20 0 18~19 20~ 30~ 40~ 50~ 60~ 70~ (歳) proportion with Hp (%) 検診対象年齢 1970年代 1990年代 2010年代 16 14 12 10 8 6 4 2 0 40歳 50歳 60歳 70歳 HR A群 B群 C+D群 男 性 16 14 12 10 8 6 4 2 0 40歳 50歳 60歳 70歳 HR A群 B群 C+D群 生活習慣関連リスク因子:全てあり (喫煙・胃がん家族歴・高塩分食品摂取) 生活習慣関連リスク因子:全てあり (喫煙・胃がん家族歴・高塩分食品摂取) 女 性 図1 我が国のHp感染率の年代別推移 図4 ABC分類と胃がんの10年間累積罹患リスク予測 キーワード Helicobacter pylori(Hp),ABC分類, 血清抗体検査,血清ペプシノゲン(PG), 偽A群,E群(除菌群) 公益財団法人宮城県対がん協会 がん検診センター 副所長 とう かつ あき 化する検査であり,Hp感染を調べる血清抗体検査 [P33 参照] と,胃萎縮進行の指標となる血清ペプシノゲン(PG) [P33参照] の結果を用いて判定します(図2).血清PGの 基準値は,PGⅠ値70ng/mL以下かつPGⅠ/Ⅱ比3.0以下で あり,血清Hp抗体価については感染診断のカットオフ値で ある10U/mLが判定基準として用いられていました.ABC 分類では,Hp感染がなく胃萎縮も進んでいないもの[血 清Hp抗体価(−),血清PG(−)]をA群,Hp感染があり 胃萎縮が進行していないもの[血清Hp抗体価(+),血清 PG(−)]をB群,Hp感染があり胃萎縮が進行しているもの [血清Hp抗体価(+),血清PG(+)]をC群として分類し ます.さらに,C群から胃萎縮が進行して腸上皮化成によっ てHp自体が胃にすめなくなった状態のもの[血清Hp抗体 価(−),血清PG(+)]をD群としています. ABC分類による胃がんリスク評価については,健常者を 対象とした幾つかのコホート研究が行われています.例え ば,和歌山県内の4,655人の男性を対象に16年にわたって 胃がんの発生リスクに関する追跡コホート研究が行われま した.ここでは,ABC分類の各リスク群における胃がんの 発生率を見ており,結果はA群に比べB群では8.9倍,C群 では17.7倍,D群では69.7倍というようにA群<B群<C群< D群の順に発生率が高くなっていました(図3 2) また,胃がんの10年間累積罹患リスクを年齢別,男女別 に見た多目的コホート研究(Japan Public Health Center- based Prospective Study;JPHC Study) [P34参照] にお いても同様の結果が得られています 3) .喫煙,家族歴,高 塩分食品摂取もリスク因子として影響するものの 3) ,基本 的にはHp感染の有無,胃炎や胃萎縮の有無が胃がんの最 も大きなリスク因子であるといえます(図4 ). 図3  ABC分類ごとの16年間累積胃がん発生率 図2  血清Hp抗体価と血清PGによる胃がんリスクの ABC分類 20 10 0 0 2 4 6 8 10 12 14 16 duration of follow-up cumulative incidence of gastric cancer (years) (%) A群 B群 C群 D群 log-rank test p<0.0001 health males 4,655(40-59 years old) 文献2)より一部改変 文献3)を基に作図 文献1)より一部改変 リスク群 対象 発見数 発生件数 (10万人/年) HR(95%CI) A 965 2 16 1 B 2,328 37 142 8.9(2.7-54.7) C 1,329 44 295 17.7(5.4-108.6) D 33 4 1,093 69.7(13.6-502.9) 胃がんリスクの ABC分類 Hp抗体価 (−) (+) PG (−) A群 B群 (+) C群 もしくは D群 C群 手術胃,PPI内服,腎不全など,評価に適さない対象者がいることに注意 PGⅠ値70ng/mL以下かつPGⅠ/Ⅱ比3.0以下 血清Hp抗体価 10U/mL以上 Hp感染診断のための 体外診断試薬としての カットオフ値 19 20 2017 No.93 2017 No.93 Series   Series   THE  FOCUS THE  FOCUS

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胃がんのリスク層別化のためには,確実なリスク因子であるHelicobacter pylori(Hp)感染と胃萎縮について評価することが必要となります.胃がんリスクの層別化にはABC分類が用いられていますが,従来の判定基準にはいくつかの課題がありました.これを受けて,「胃がんリスク層別化検査(ABC分類)2016年度改訂版」が提案され,2017年4月から広く運用されています.本稿では,その改訂の背景にあるABC分類が持つ課題とポイントについて紹介します.

胃がんリスク層別化検査(ABC分類)の正しい運用のために

〜 新たな判定方法設定と運用の留意点 〜

胃がんのリスク因子,Hpの発見 胃はpH1〜2の強酸性を示す胃酸を分泌することから,長年にわたり無菌状態だと考えられていました.しかし,1983年にオーストラリアの病理学者WarrenとMarshallが胃粘膜に生息する微好気性グラム陰性らせん状桿菌Helicobacter pylori(Hp)を分離・同定したことをきっかけに,現在ではHpとさまざまな疾病との関連が明らかにされてきています. Hp持続感染は,5歳くらいまでの幼少期に成立し,慢性炎症が引き起こされることが知られています.そして,さらに炎症が持続すれば,胃粘膜が徐々に萎縮して腸上皮化生やポリープ,胃がん(分化型)などが発生していきます.一方,Hpの持続感染が見られない場合(未感染)では胃がんの発生は極めてまれです.Hpは1994年に世界保健機関(WorldHealthOrganization;WHO)により,細菌の中で初めて胃がんの確実なリスク因子であると認定されました.リスク因子であるHpを抗生物質によって除菌することで,胃がんの罹患リスクを抑制できる可能性があることから,日本では2013年からHp感染胃炎の除菌治療が保険適用になっています.

ABC分類によるリスク層別化 我が国では衛生環境の改善や母子感染への意識向上か

講演3

ら,若年者を中心にHp感染率は低下傾向にあります.1970年代には30歳以上の約8割がHpに感染していましたが,2010年代にはその感染率は大きく減少しています(図1)1). 従来,胃がん検診は一定の年齢以上の全国民を対象に行われてきましたが,胃がん罹患リスクが低いとされるHp未感染者が増加しているにもかかわらず,高リスク群と同様のがん検診を行い続けることで,検診による弊害が利点を上回ることが懸念されます.そこで,胃がんの罹患リスクを層別化することにより,高リスク群には従来どおり集中的な検診を行いつつ,低リスク群の検診間隔を延長できるのではないかと期待されています. ABC分類とは,血液検査によって胃がんリスクを層別

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018~19 20~ 30~ 40~ 50~ 60~ 70~ (歳)

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040歳 50歳 60歳 70歳

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A群B群C+D群

生活習慣関連リスク因子:全てあり(喫煙・胃がん家族歴・高塩分食品摂取)

生活習慣関連リスク因子:全てあり(喫煙・胃がん家族歴・高塩分食品摂取)

女 性

図1 我が国のHp感染率の年代別推移 図4 ABC分類と胃がんの10年間累積罹患リスク予測

キーワード

Helicobacter pylori(Hp),ABC分類,血清抗体検査,血清ペプシノゲン(PG),偽A群,E群(除菌群)

公益財団法人宮城県対がん協会がん検診センター副所長

加か

藤とう

勝かつ

章あき

化する検査であり,Hp感染を調べる血清抗体検査[P33参照]と,胃萎縮進行の指標となる血清ペプシノゲン(PG)[P33参照]の結果を用いて判定します(図2).血清PGの基準値は,PGⅠ値70ng/mL以下かつPGⅠ/Ⅱ比3.0以下であり,血清Hp抗体価については感染診断のカットオフ値である10U/mLが判定基準として用いられていました.ABC分類では,Hp感染がなく胃萎縮も進んでいないもの[血清Hp抗体価(−),血清PG(−)]をA群,Hp感染があり胃萎縮が進行していないもの[血清Hp抗体価(+),血清PG(−)]をB群,Hp感染があり胃萎縮が進行しているもの[血清Hp抗体価(+),血清PG(+)]をC群として分類します.さらに,C群から胃萎縮が進行して腸上皮化成によってHp自体が胃にすめなくなった状態のもの[血清Hp抗体価(−),血清PG(+)]をD群としています. ABC分類による胃がんリスク評価については,健常者を対象とした幾つかのコホート研究が行われています.例えば,和歌山県内の4,655人の男性を対象に16年にわたって胃がんの発生リスクに関する追跡コホート研究が行われました.ここでは,ABC分類の各リスク群における胃がんの発生率を見ており,結果はA群に比べB群では8.9倍,C群では17.7倍,D群では69.7倍というようにA群<B群<C群<D群の順に発生率が高くなっていました(図3)2). また,胃がんの10年間累積罹患リスクを年齢別,男女別に見た多目的コホート研究(JapanPublicHealthCenter-basedProspectiveStudy;JPHCStudy)[P34参照]においても同様の結果が得られています3).喫煙,家族歴,高塩分食品摂取もリスク因子として影響するものの3),基本的にはHp感染の有無,胃炎や胃萎縮の有無が胃がんの最も大きなリスク因子であるといえます(図4).

図3 ‌ABC分類ごとの16年間累積胃がん発生率

図2 ‌血清Hp抗体価と血清PGによる胃がんリスクのABC分類

20

10

00 2 4 6 8 10 12 14 16

duration of follow-upcumulative incidence of gastric cancer

(years)

(%)

A群B群C群

D群log-rank testp<0.0001

health males 4,655(40-59 years old)

文献2)より一部改変

文献3)を基に作図文献1)より一部改変

リスク群 対象 発見数 発生件数(10万人/年)

HR(95%CI)

A 965 2 16 1

B 2,328 37 142 8.9(2.7-54.7)

C 1,329 44 295 17.7(5.4-108.6)

D 33 4 1,093 69.7(13.6-502.9)

胃がんリスクのABC分類

Hp抗体価

(−) (+)

PG

(−) A群 B群

(+)

C群

もしくは

D群 C群

手術胃,PPI内服,腎不全など,評価に適さない対象者がいることに注意

PGⅠ値70ng/mL以下かつPGⅠ/Ⅱ比3.0以下

血清Hp抗体価10U/mL以上

Hp感染診断のための体外診断試薬としての

カットオフ値

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 こうした研究をまとめてメタ解析を行った報告でも4),A群<B群<C+D群の順に胃がんの発生率が高くなることが明らかとなっており,ABC分類によって将来の胃がん罹患リスクを評価することは可能であるとされています.ただし,がんの罹患リスクが低いA群であっても検診が必要であることは押さえておくべき重要なポイントです.

ABC分類の課題 ABC分類の課題としては,①ABC分類の有効性評価におけるエビデンスが不十分,②A群の診断精度(偽A群),③B〜C群の長期管理,④除菌者の取り扱い(E群)(後述)などが挙げられます.中でも,②A群の診断精度(偽A群)は大きな課題です. A群は血清Hp抗体価が陰性で血清PG値から胃の萎縮もなく,ABC分類の中で最もリスクが低い群であることから,検診は不要だと考えられがちです.しかし,実はA群からも胃炎や胃がんが見つかっており,いわゆる偽A群が相当数存在することが明らかになっています. 実際に,血清Hp抗体価が陰性でA群とされた胃に対して画像診断を行ったところ,胃炎・胃萎縮が見られない割合は82.4%にとどまり,胃炎・胃萎縮が見られる割合が11.8%,除菌例は5.9%も含まれていました(図5)5).がん検診では,がんを見つけると同時に,「がんがない」と正しく診断することが重要です.そのため,このようにA群に胃炎・胃萎縮がある場合や除菌例が紛れ込んでいて

健常A群493例の胃炎・胃萎縮の画像評価(胃X線)

胃炎・胃萎縮なし82.4%

胃炎・胃萎縮あり11.8%

除菌例 5.9% 男:女=275:218平均年齢 49.6±0.5歳

図5 ‌‌従来の判定基準におけるA群の診断精度の問題

すが,従来のABC分類では10U/mL未満であれば陰性と判定されていました.そこで,3〜10U/mL未満を陰性高値,3U/mL未満を陰性低値としてA群からの胃がんに関する多施設共同研究を行ったところ,A群で確認されるがんの多くが陰性高値であることや,中等度程度の胃の軽微な炎症と萎縮を呈し既感染や除菌後の胃粘膜に類似した像を示すという特徴が明らかになりました7).

ABC分類の血清Hp抗体価判定基準

 Hpの感染状態は,現感染,既感染,未感染のいずれかで表されます.現感染は現在も持続感染している状態のこと,既感染は以前にHp感染していたことがあり,現在は持続感染していないが何らかの胃炎・胃萎縮の痕が残っている状態のこと,未感染はHpに持続感染したことがなく胃萎縮もない状態のことです.既感染には,胃粘膜萎縮の進行などによってHpが自然にいなくなった場合や,抗生物質の服用によってHpが偶然除菌された場合などが含まれます.

 日常診療で除菌治療の適否を判断するためには現感染かどうかが重要であるため,現感染とそれ以外(既感染,未感染)を判別する必要があります.他方,胃がん検診において将来の胃がんリスクを診断する場合には未感染とそれ以外(現感染,既感染)を的確に判別することが重要です.従来の感染診断のカットオフ値である10U/mLと測定限界である3U/mLを一つの基準値として,①10U/mL以上,②3〜10U/mL未満,③3U/mL未満の3つに分類した場合のHp感染状態(現感染,既感染,未感染)の比率について調べてみると,①10U/mL以上の該当者では94.5%が現感染,②3〜10U/mL未満の陰性高値の該当者では76.7%が既感染,③3U/mL未満の該当者では77.6%が未感染という結果が得られました(図7)8).

胃がんリスク層別化検査(ABC分類)の正しい運用のために〜 新たな判定方法設定と運用の留意点 〜

講演3

図7 血清Hp抗体価とHp感染状態

3U/mL未満(陰性低値)3~10U/mL未満(陰性高値)10U/mL以上(3,847例)(1,132例)(1,467例)

(ABC分類運用ワーキンググループ データ)

■ 現感染:Hpに現在も持続感染している ■ 既感染:感染既往による胃粘膜萎縮はあるが,今は持続感染がない(除菌後・自然消退) ■ 未感染:Hpに持続感染したことがない•Hp感染状態の評価は胃X線・内視鏡検査による•既感染には,除菌治療後の場合や何らかの原因で感染が自然消退した場合(抗生物質の長期使用による偶然除菌など)などがある.

77.6%(2,985例)

0.8%(30例)

9.3%(105例)

0.1%(2例)

5.4%(79例)

76.7%(868例)

94.5%(1,386例)

21.6%(832例)

14.0%(159例)

9施設(人間ドック6施設,臨床3施設);6,446例の解析

●除菌治療適応のカットオフ値は10U/mLを用いるのが妥当.●リスク判定の基準値は3U/mLを用いるのが妥当.

10U/mL未満であっても現感染が疑われ,除菌治療をする場合は,必ず他のHp感染診断を実施する.

表1 A群からの胃がん発見の可能性

文献6)より

集団検診での発見がん227例を対象に,ABC分類,血清CagA-IgG抗体価,13C-UBTを実施

リスク群 症例数 平均年齢 男:女 Hp抗体陰性高値

CagA-IgG陽性率

13C-UBT陽性率

A 13(5.7%) 66.2±5.1 11:2 69.3% 38.5% 23.1%

B 44(19.4%) 61.9±10.4 33:11 0% 100% 97.7%

C 152(67.0%) 66.7±8.6* 105:47 0% 94.1% 87.5%

D 18(7.9%) 71.3±7.4** 16:2 35.7% 50.0% 55.6%

血清Hp抗体陽性≧10U/mL(3〜10未満:陰性高値)血清CagA-IgG陽性>10RU/mL,Δ13C-UBT陽性:Δ2.5‰以上PG陽性:PGⅠ≦70ng/mL and Ⅰ/Ⅱ≦3.0B群 vs *;p<0.005,**;p<0.001

は,「がんがない」という正しい判断が困難となってしまいます. 内視鏡検査による集団検診で発見された胃がん患者227例を対象に,ABC分類,血清CagA-IgG抗体価と,13C検査薬を用いる尿素呼気試験(ureabreath test;UBT)[P34参照]を実施した研究では,胃がんの中にもA群と判定できるものが5.7%も存在していることが分かりました(表1)6).この点からも,A群でも胃がんリスクが低いとは言い切れないことが分かります. また,A群から発見された胃がんの内視鏡画像を見ると,Hp除菌後と類似した像を呈しており胃粘膜には萎縮が見られ,偽A群であることが分かります(図6). 血清Hp抗体価については3U/mLまで数値化できま

図6 偽A群で発見された胃がん例

   

文献8)より一部改変

文献5)より

1 2 3

63歳・男性● 0-Ⅱa+Ⅱc,tub1+tub2,SM2● 血清Hp抗体価:3U/mL● PGⅠ:22.8ng/mL● PGⅡ:6.7ng/mL● PGⅠ/Ⅱ:3.4● ΔUBT:0.8%● 内視鏡的萎縮度O-2

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 したがって,臨床診断で現感染の有無を判別するには従来通り血清Hp抗体価10U/mLのままでよいですが,3〜10U/mL未満の陰性高値には多数の既感染者が含まれていることから,胃がんリスクを評価するには血清Hp抗体価3U/mLを基準値とするのが妥当であると考えられました(図8).つまり,臨床診断とリスク診断を行うためには,それぞれの目的に応じて異なる二つの基準値を使い分ける必要があるということです.

ABC分類2016年度改訂版の判定基準

 NPO法人日本胃がん予知・診断・治療研究機構による胃がんリスク層別化検査(ABC分類)2016年度改訂版の判定基準を図9に示します.変更点としては,①A群の範囲が3U/mL未満と狭まったこと,②B群の範囲が3U/mL以上と広がったこと,③D群の範囲が3U/mL未満と狭まったこと,④ABC分類判定の対象外としてE群(除菌群)が加わったことが挙げられます.特に④については,Hp除菌後は抗体価が下がり,PG値も大きく変化するため,ABC分類を使った判定はできないことが考慮されています.したがって,Hp除菌者は除菌の成果にかかわらずE群として区別しなければなりません. ABC分類判定後の運用フローを図10に示します.ここ

で重要なのは,問診で除菌歴の有無を確認することです.その際に,プロトンポンプ阻害薬(PPI)服用中の方や胃切除などの手術歴がある方,腎不全や肝機能不全の方については,血清Hp抗体価や血清PG値に大きく影響する可能性があるため,対象から除外する必要があります. A群は低リスクとされますが,Hp現感染者や既感染者を含む場合があり,一度は内視鏡検査も受けることが望まれます.B〜D群は高リスクとされるため,重点的に内視鏡検査を行います.ただし,B群とC群にはHp現感染者も含まれている可能性があるため,必要に応じてHp感染検査や除菌治療といった一次予防を行います.従来の血清Hp抗体価陰性高値(3〜10U/mL未満)も新基準ではB群となります.そのため,3〜10U/mL未満であっても,内視鏡検査を行って胃炎や胃萎縮があると診断された場合には,他のHp感染検査でHpの存在有無を診断する必要があります.

ABC分類血清Hp抗体価判定基準の限界

 しかし,胃がんのリスク評価のために血清Hp抗体価の判定基準を3U/mLに変更しても,そこにはおのずと限界があります.宮城県対がん協会の人間ドックのデータでABC分類の年齢別構成比を見ると,年齢が高くな

胃がんリスク層別化検査(ABC分類)の正しい運用のために〜 新たな判定方法設定と運用の留意点 〜

講演3

出典:日本胃がん予知・診断・治療研究機構「新しいABC分類ー胃がんリスク層別化検査(ABC分類)2016年度改訂版運用の提案」より

出典:日本胃がん予知・診断・治療研究機構「新しいABC分類ー胃がんリスク層別化検査(ABC分類)2016年度改訂版運用の提案」より

出典:日本胃がん予知・診断・治療研究機構「新しいABC分類ー胃がんリスク層別化検査(ABC分類)2016年度改訂版運用の提案」より

図8 ‌‌血清Hp抗体価によるABC分類の判定基準

従来のABC分類

陰性 陽性10U/mL

従来は臨床診断もリスク診断も同じカットオフ値を使用していた;A群の精度に問題

改訂版ABC分類

リスク層別化検査

陰性臨床診断 陽性

陰性リスク診断

測定値(U/mL) 測定限界値未満 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 ・・・・・

陽性

10U/mL以上3U/mL以上 10U/mL未満3U/mL未満

除菌をする場合は必ず他のHp感染検査を実施し,感染診断を行う

臨床診断とリスク診断では抗体価判定基準の捉え方を変える.

図10 ABC分類2016年度改訂版の運用フロー

図9 ‌‌ABC分類2016年度改訂版の判定基準

問診「除菌歴の有無」などを確認

ABC分類判定対象 ABC分類判定対象外

血液検査(ABC分類)

リスクに応じた画像診断を設定する

内視鏡検査

他のHp感染検査(存在診断)3~10U/mL未満は必須

C群 E群(除菌群)

除菌歴の問診は必須

B群A群

除菌治療この検査に不適の方

除菌判定

※A群も画像診断を行うことが理想的です.

E群は除菌により胃がんになるリスクは低くなりますが,決してゼロになるわけではありませんので,除菌後も内視鏡検査による経過観察が必要です.

Hpの除菌治療を受けた方は,除菌判定の結果にかかわらず,E群(除菌群)として定期的に内視鏡検査を受けましょう.(E群:Eradication群)

●Hpの除菌治療を受けた方●明らかな上部消化器症状のある方●上部消化管疾患治療中の方●プロトンポンプ阻害薬(PPI)服用中の方●胃切除後の方●腎不全の方

(-)3U/mL未満

3U/mL以上10U/mL未満

(+)

10U/mL以上

B群A群

C群もしくは

C群

ABC分類判定対象外

D群

(-)

(+)

PG

B群A群

C群もしくは

C群

E(Eradication)群(除菌群)

Hpの除菌治療を受けた方は,除菌判定の結果にかかわらず,ABC分類の判定の対象になりません.E群(除菌群)として区別します.

D群

除菌をする場合は必ず

Hpの存在診断を行うこと*

*除菌をする場合は,必ず他のHp感染検査を実施し,Hpの存在診断を行うこと

従来の判定基準 2016年度改訂版

Hp抗体価

(-)3U/mL未満

3U/mL以上10U/mL未満

(+)

10U/mL以上

(-)

(+)

PG

Hp抗体価

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Page 4: 胃がんリスク層別化検査 講演 3(ABC分類)の正し …ABC分類による胃がんリスク評価については,健常者を 対象とした幾つかのコホート研究が行われています.例え

るほどB群とC群の割合が増加する傾向にあります(図11).また,高齢になるにつれ,A群であっても内視鏡検査やX線検査によって胃炎や胃萎縮が見つかる既感染例が増加するため,特に注意が必要です(図12)5).このように,新基準値でA群と判定されても偽A群が存在することから,日本消化器がん検診学会では,A群であっても一度は胃の内視鏡検査かX線検査などの画像診断を受けることを推奨しています. 日本ヘリコバクター学会からもリスク評価を行う場合

の血清Hp抗体価の判定基準とその取り扱いに関する勧告文書(最新版)が2017年7月28日付で出されました(図13).ここでも,抗体価が3U/mL未満というだけでは低リスクとは断定できず,特に高齢者では加齢に伴う抗体価の低下や除菌後例の混入が避けられないことから,他の感染診断検査や画像所見を併用することが望ましいとされています.

ABC分類活用における今後の展望 ABC分類の今後の在り方としては,地域住民全員のリスク層別化を行うことで低リスク群の検診間隔を延長し,高リスク群には集中的な内視鏡検査や,除菌による胃がんの死亡率減少を図ることが想定されています(図14).ただし,「有効性評価に基づく胃がん検診ガイドライン2014年度版」9)では,ABC分類における死亡率減少効果についてはエビデンス不十分という評価であり,市町村が行う対策型胃がん検診の代替えとしてABC分類を用いるのは難しいのが現状です. 現在,日本医療研究開発機構(AMED)の革新的がん医療実用化研究事業として,対策型胃がん検診プロ

グラムの最適化を目指した大規模臨床研究が開始されています.対象は50〜69歳の胃がん検診受診者(X線検査約3万人,内視鏡検査約2万人)で,初年度に胃がん検診(X線検査もしくは内視鏡検査)と血液検査(Hp抗体価とPG値)を行い,その後は対象者を追跡調査することで,胃がんの累積罹患率からリスクを層別化するというものです.最終的には,個人の胃がんリスクに応じた適正な受診間隔を提案することを目的としています. 新基準を適応したとしても,胃がんリスク層別化検査(ABC分類)には,いまだにさまざまな課題があります.問診内容や血清Hp抗体価ならびにPGの実測値をよく見て,必要に応じて画像診断や他の感染検査と組み合わせて的確にHp感染状態を把握することが肝要です.

胃がんリスク層別化検査(ABC分類)の正しい運用のために〜 新たな判定方法設定と運用の留意点 〜

講演3

図13 日本ヘリコバクター学会「胃がんリスク評価に資する抗体法適正化委員会」からの勧告文書(2017年7月)

図11 ABC分類の年齢階級別頻度(従来の判定基準)図12 ‌‌血清Hp抗体価3U/mL未満例の胃X線による‌

画像評価

 胃がんリスク評価に血清抗体検査を用いる場合,現行の感染診断のために設定された既存のカットオフ値をそのまま適用することはできない.複数の抗体測定キットの各々の特性が異なるため,各キットの特性を評価して,本目的に資する最も適切な抗体価を設定し直す必要がある.以下は汎用されている「Eプレート栄研H.ピロリ抗体Ⅱ」を使用する場合の運用案である.

1) 抗体価3U/mL未満のみで,胃がん低リスク(ピロリ菌未感染)と断定できない.特に高齢者では加齢に伴う抗体価の低下,除菌後例の混入が避けられず,他の感染診断法,画像所見を併用して判断することが望ましい.画像所見を加味してピロリ菌未感染と判断された場合には,ほぼ胃がん低リスクと判断できる.

2) 抗体価が3U/mL以上の陰性値(いわゆる陰性高値)の場合,ピロリ菌感染例,除菌後例が高率に混在しているため,胃がん低リスクとして扱わない.適切なピロリ菌感染診断法を追加し,陽性の場合は除菌する.

3) 胃がんリスク層別化診断は原則として「除菌治療前」に適応すべきである.除菌歴のある方は,他の除菌後胃がんリスクを評価できる方法を参考に対応する.

日本ヘリコバクター学会「胃がんリスク評価に資する抗体法適正化委員会」からの勧告

2017年7月28日

胃がんリスク評価に資する抗体法適正化委員会委員長 河合 隆

副委員長 伊藤公訓日本ヘリコバクター学会 理事長 杉山敏郎

100

80

60

40

20

0<40(259)

40~49(420)

50~59(633)

60~69(560)

70<(137)

(歳)(人)

(%)

■ D■ C■ B■ A 3~10U/mL未満■ A 3U/mL未満

100

80

60

40

20

0<40(187)

40~49(295)

50~59(320)

60~69(188)

70<(57)

(歳)(人)

(%)

■ 胃炎・胃萎縮あり■ 胃炎・胃萎縮なし

略歴  加藤 勝章 (かとう かつあき)

1988年 東北大学医学部 卒業 同年 東北労災病院内科 研修医1990年 東北大学医学部第三内科 研究生1991年 同大学医学部附属病院病理部 医員1993年 同大学医学部附属病院第三内科 医員1997年 同大学医学部附属病院第三内科 助手2000年 米国National Cancer Institute 留学2002年 東北大学医学部消化器内科 助手2004年 宮城県対がん協会がん検診センター 消化器担当 科長2011年 同協会がん検診センター 研究局 室長 兼務2014年 同協会がん検診センター 副所長 兼務現在に至る

参考文献

1) Kamada T, et al.:Helicobacter. 2015; 20: 192-8. 2) Yoshida T, et al.:Int J Cancer. 2014; 134: 1445-57. 3) Charvat H, et al.:Int J Cancer. 2016; 138: 320-31. 4) Terasawa T, et al. : PLoS One. 2014; 9: e109783. 5) 加藤勝章 他:胃と腸.2015; 50: 1008-20. 6) 加藤勝章 他:消化器内視鏡. 2012; 24: 1667-74. 7) Kiso M, et al. : Gastric Cancer;DOI 10.1007/s10120-016-0682-5 8) 加藤勝章 他:日本ヘリコバクター学会誌.2017; 18: 64-71. 9) 国立がん研究センターがん予防・検診研究センター(編):有効性評価に基づ

く胃がん検診ガイドライン2014年度版. (http://canscreen.ncc.go.jp/pdf/iganguide2014_150421.pdf)

出典:日本ヘリコバクター学会ホームページ(http://www.jshr.jp/member/index.html#news170731)より

文献5)より一部改変2013/3〜2015/10の宮城県対がん協会人間ドックABC分類受診者2,009人のデータより作成

図14 胃がんリスク層別化検診のフレームワーク

地域住民・職域対象者

胃がんリスク層別化

低リスク群

●血清Hp抗体価:3U/mL●画像所見による胃粘膜萎縮診断

Hp除菌治療

高リスク群

Hp未感染者:内視鏡検査間隔の延長/除外

Hp現・既感染者:内視鏡検査の重点対象 除菌治療の対象

内視鏡検査

保険診療(2013年2月~)対象集約

胃がん一次予防胃がん早期発見

胃がん死亡減少

3U/mL未満・胃萎縮なし

3U/mL以上・胃萎縮あり

抗体価3~10U/mL未満は他の感染検査が必要

25 26 2017 No.93 2017 No.93

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