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©HMurakoshi 公開情報を活用した企業価値評価 中央大学ビジネススクール 0851101001G 村越 1

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公開情報を活用した企業価値評価

中央大学ビジネススクール

0851101001G 村越 大

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はじめに(今回の目的)

百年に一度といわれる世界的な不況の中で、株式市場は低迷を続けている。

個人投資家にとって投資判断の一つの材料として企業価値を利用する方法があるが、個人投資家は、容易に入手できる公開情報をのみで企業価値を算定することは可能であるか。

算定した企業価値が投資判断に有用であるか。

本研究では、企業価値評価の手法として一般的に利用されているDCF法を用いて実在する企業の企業価値を算定することで、これらの問題点を検証してみる。

※今回の研究では、契約に高額の費用がかかるデータベースは利用していない。Yahoo

ファイナンス、EDINET、企業のHPや一般に入手可能な書籍による情報をもとに企業価値を算定している。

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はじめに(対象企業)

以下の条件によりeolデータベースにてスクリーニングを行い、自動的に選出された企業を対象企業とした。

①東京証券取引所1部上場企業⇒情報を入手しやすい企業を研究対象とするため

②海外売上高無し⇒資本コストの算出が複雑になるため

③複数事業セグメント無し⇒資本コストの算出が複雑になるため

④本社所在地静岡県内⇒筆者の出身地であるため

この条件でヒットした企業は株式会社メガネトップ<7541>(以下メガネトップ)であった。

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企業価値評価の手法①

企業価値評価のプロセス

企業価値=事業価値+非事業価値

事業価値をDCF法を用いて推計することで企業価値を算定する。

1.2.4.5は企業の財務諸表を加工することで算出することができる。企業価値評価で最も重要な点は3.加重平均資本コストの推計である。

以下では、加重平均資本コストの推計について具体的に検討する。

1.過去の事業分析

2.将来の売上高成長率、ROIC、営業フリー・キャッシュフローの予測

3.加重平均資本コストの推計

4.継続価値の算定

5.非事業用資産の価値の算出 出所:鈴木一功[2006]

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FCF フリーキャッシュフロー

rWACC 加重平均資本コスト

NOPLAT みなし税引後営業利益

g NOPOLATの成長率

RONIC 追加純投資のROIC

負債コスト

株主資本コスト

D 有利子負債

E 株主資本

T 限界税率

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企業価値評価の手法②

N

n

n

n

rWACC

FCFV

0 1

ED

rED

ErT

ED

DrWACC

1

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Er

出所: Ehrhardt [1994]より筆者作成

grWACC

RONIC

gNOPLAT

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n

1

1

【FCFの現在価値の式】

【継続価値の現在価値の式】

【加重平均資本コストの式】

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:株主資本コスト ―

:リスクフリーレート 10年物国債の新発流通利回り1.165%を利用

:ベータ2001年1月から2008年12月までの96ヵ月の東証1部の収益率とメガネトップの収益率の月次データを回帰分析することで算出

:マーケットリスク・プレミアム山口勝業[2007]による1952年から2004年までのヒストリカル・マーケットリスク・プレミアムの推計値5.6%を利用

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加重平均資本コストの推計(株主資本コスト①)

配当割引モデルvs資本資産価格モデル株主資本コストの推計には資本資産価格モデル(CAPM)を活用した。

Gitman and Mercurio [1982]のFortune1000firmsを対象とした調査によると、回答企業の約30%が配当割引モデルを使って株主資本コストを推定していた。しかしながら、Graham and Harvey[2001]によると、配当割引モデルを利用して株主資本コストを推定しているCFOは約15%しかいないとの結果を得ている。

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アンレバード・ベータ

リレバー・ベータ

回帰分析から求めたベータ

D 有利子負債

E 株主資本

T 限界税率(39.7%)

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加重平均資本コストの推計(株主資本コスト②)

データベースvs回帰分析ベータは2001年1月から2008年12月までの96ヵ月の東証1部の収益率とメガネトップの収益率の月次データを回帰分析することで算出

データベースは利用料が高額であり、今回の研究の趣旨に合わない。ベータの推定の精度を上げるため、業界内の類似企業のベータと比較・調整する。

T

E

D

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11

T

E

D

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11

出所:鈴木一功[2006]より筆者作成

u

L

【アンレバーの式】

【リレバーの式】

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加重平均資本コストの推計(株主資本コスト③)

企業名有利子負債

A(百万円)

株式時価総額B

(百万円)

負債比率(A/B)

推計βアン

レバードβリレバーβ

負債50%圧縮リレバーβ

負債75%圧縮

メガネトップ 8,885 23,301 38.13% 0.561 0.456 0.379 0.359

三城HD 150 48,209 0.31% 0.423 0.442 ― ―

愛眼 332 12,540 2.65% 0.143 0.141 ― ―

平均 ― ― 13.70% 0.376 0.340 ― ―

リレバーβ

負債50%圧縮リレバーβ

負債75%圧縮

リスクフリーレート 1.165% 1.165%

ベータ 0.379 0.359

マーケットリスク・プレミアム 5.6% 5.6%

株主資本コスト 3.29% 3.18%

表:ベータの推計

表:株主資本コストの推計

※株式時価総額は2009年3月31日時点の時価 出所:各企業有価証券報告書から筆者作成

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加重平均資本コストの推計(負債コスト)

社債の流通利回りvs財務諸表からの推定企業が実際に利息支払いとして負担しているコスト率を財務諸表から推定する。

社債の流通利回りを負債コストの推定値とすることが簡便であるが、対象としている企業が常に社債を発行しているとは限らない。

対象企業の格付けがわかるのなら、同様の格付けを持つ流通債券の現在の平均利回りを参考にするという方法も考えられるが、格付けを取得していない企業については利用できない。

負債コストの推定方法として、財務諸表の支払い利息・割引料を有利子負債で除して求められた値を負債コストとして利用する(久保田・竹原[2006])。

2008年3月期 2009年3月期 過去2期平均

支払利息・割引料(百万円) 202 166 184

有利子負債合計(百万円) 11,415 8,885 10,150

負債コスト 1.77% 1.87% 1.81%

表:過去2期の有利子負債

出所:メガネトップ有価証券報告書から筆者作成

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加重平均資本コストの推計(限界税率)

法定法人税率vs実行税率限界税率については、有価証券報告書記載の実行税率を利用。

限界税率とは現在、企業において追加的に1円の課税所得が発生した場合に生じる支払税額の現在価値である。

通常は法定税率を指す。大きな欠損金の繰越や繰戻がある場合や倒産目前の場合などは、税利優遇措置を享受できず、限界税率は法定税率より低くなり、ゼロの場合もある。久保田・竹原[2006]では小売業の限界税率の平均は35.84%となっている。今回は、有価証券報告書記載の実行税率39.7%を使用する。

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加重平均資本コストの推計(株式・有利子負債)

株式株式については、時価総額を利用する。

社債の時価vs簿価有利子負債については簿価を利用する。

現状の企業会計上は完全な時価会計主義を採用していないため、社債の時価を知ることは困難を極める。有利子負債については時価と簿価の評価の差はさほど大きなものではない。

本研究においては、一般投資家が容易に入手できる公開情報を利用して企業価値を算出することが目的の一つであるので、株式は時価、有利子負債については簿価を利用する。

有利子負債(百万円)

発行済株式総数(千株)

株価(円)

株式時価総額(百万円)

8,885 23,324 999 23,301

※有利子負債は2009年3月期決算から、株式時価総額は2009年3月31日時点の時価

表:株式と有利子負債

出所:メガネトップ有価証券報告書から筆者作成

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加重平均資本コストの推計(資本構成)

現在の資本構成vs目標資本構成目標資本構成を利用する

WACCは将来の加重平均資本コストである。現在の資本構成が将来も続くのであれば、

現在の資本構成をそのまま利用してもよいが、企業がその経営計画の中で目標とする資本構成を明言しているならば、それを利用すべきである。

今回は、明確な数値目標を掲げていないが、有利子負債の削減を経営目標としているので、2009年3月期の有利子負債を50%圧縮したと仮定した場合と75%圧縮したと仮定した場合について検討する。

2009年3月期有利子負債 負債50%圧縮 負債75%圧縮

27.61% 19.07% 9.53%

出所:メガネトップ有価証券報告書から筆者作成

表:有利子負債の推移

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加重平均資本コストの推計(まとめ)

負債50%圧縮 負債75%圧縮 備考

株主資本コスト 3.29% 3.18% 負債比率によって変化

負債コスト 1.81% 1.81% 一定

株主資本の割合 80.93% 90.47% 負債比率によって変化

有利子負債の割合 19.07% 9.53% 負債比率によって変化

限界税率 39.70% 39.70% 一定

WACC 2.87% 2.98% ―

表:加重平均資本コストの推計

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企業価値の算定①

メガネトップがメガネ小売を続けている限り、今後、急激な企業成長は考えにくいので、継続価値算定に必要なRONICはRONIC=WACCとして企業価値を算定した。算出された値をメガネトップの発行済み株式総数23,324,000で割ると、一株当たりの企業価値(株価)が算定される。算定基準日(2009年3月31日)の株価(終値)は、999円。

修正β 96負債圧縮50%

修正β 96負債圧縮75%

残差

WACC 2.87% 2.98% ▲0.11%

RONIC 2.87% 2.98% ▲0.11%

成長率0%

(0%)

株主資本時価 44,158百万円 42,139百万円 2,019百万円

算定株価 1,893円 1,807円 86円

成長率2%

(0.5%)

株主資本時価 45,484百万円 43,367百万円 2,117百万円

算定株価 1,950円 1,859円 91円

成長率5%

(2%)

株主資本時価 47,348百万円 45,081百万円 2,267百万円

算定株価 2,030円 1,933円 97円

※株主資本時価とは、算定企業価値から企業の総有利子負債を引いたもの

表:企業価値と株価の算定

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企業価値の算定②

リレバーβ 96負債圧縮50%

リレバーβ 96負債圧縮75%

推計β 96負債圧縮50%

推計β 96負債圧縮75%

推計β 60負債圧縮50%

推計β 60負債圧縮75%

WACC 2.87% 2.98% 3.92% 4.11% 4.54% 4.79%

RONIC 2.87% 2.98% 3.92% 4.11% 4.54% 4.79%

成長率0% 1,893円 1,807円 1,266円 1,187円 1,033円 956円

成長率2% 1,950円 1,859円 1,293円 1,210円 1,049円 968円

成長率5% 2,030円 1,933円 1,327円 1,238円 1,066円 980円

表:さまざまなベータによる株価算定

出所:ヤフーファイナンス

株価 備考

2009年3月31日 999円 企業価値算定基準日の株価(終値)

2009年7月31日 1,428円 プロ研Ⅰ終了時点での株価(終値)

2009年9月11日 1,800円 10年来高値

― 2,042円 週刊ダイヤモンド8月8日号算定理論株価

表:(参考)メガネトップの株価の推移

※推計β とはアンレバー、リレバーしていない回帰分析から算出されたβ 。96は期間が96ヶ月、60は60ヶ月のこと。

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結論と課題

【結論】

一般投資家が投資判断に利用できる程度の企業価値評価は公開情報だけでも十分可能である。

企業価値算定に必要な各ファクターについて、いくつものエビデンスがある場合にどのデータを利用すべきであるかについて一定の基準を示すことができた。

【課題】

より正確な企業価値評価を目指すとなると、長期的なデータの収集等はどうしても有料のデータベース等に頼らざるを得ないため、容易に取得可能な公開情報だけでは、対処しきれない点もある。さらに、より正確な企業価値を行うためには、将来予測にクリスタルボール等のシュミレーション・ソフトを使用し、精緻予測を行うことが必要である。

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参考文献

Ehrhardt,(1994)『資本コストの理論と実務[新しい企業価値の探究]』 真壁昭夫/鈴木毅彦訳 東洋経済新報社砂川・川北・杉浦(2008)『日本企業のコーポレートファイナンス』 日本経済新聞社久保田・竹原(2006)「加重平均資本コスト推定上の諸問題」Graham J. R. and C. R. Harvey (2001), “The theory and practice of corporate

finance: Evidence from the field,” Journal of Financial Economics 60, 187-243.

Gitman, L.J. and V. Mercurio (1982), “Cost of capital techniques used by

major U.S. firms: Survey and analysis of Fortune's 1000,” Financial Management 14, 21-29.

鈴木一功(2004)『企業価値評価【実践編】』 ダイヤモンド社鈴木一功(2008)講義ノートマッキンゼー・アンド・カンパニー(2006)『企業価値評価 第4版【上】【下】』 ダイヤモンド社山口勝業(2007)『日本経済のリスク・プレミアム』東洋経済新報社伊藤邦雄(2007)『ゼミナール企業価値評価』日本経済新聞社日本証券経済研究所「株式投資収益率」Stephen A. Ross ・ Randolph W. Westerfield ・Jeffrey F. Jaffe(2006)『コーポレートファイナンスの原理(第7版)』 大野薫訳 社団法人金融財政事情研究会ヤフーファイナンスメガネトップ、三城HD、愛眼各社のHP