学部卒業研究 荷電粒子の物質中での エネルギー損 …...学部卒業研究...
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学部卒業研究
荷電粒子の物質中でのエネルギー損失と飛程
東京工業大学 理学部 物理学科 柴田研究室
岡村 勇介
平成 21年 2月 27日
要旨
荷電粒子は物質中に入ると物質中の原子と電磁相互作用をすることによりエ
ネルギーを失う。このエネルギー損失は物質中の分子に束縛された電子をイオン
化することによるものが大きい。このエネルギー損失はBethe-Blochの式によっ
て記述される。私はBethe-Blochの式から荷電粒子の物質中での飛程 (stopping
range)を計算した。アクティブターゲットを用いた粒子の散乱実験などでは、
Bethe-Blochの式を用いることにより検出された粒子を識別することができる。
シカゴのFNAL (Fermi National Accelerator Laboratory)でニュートリノ-核
子散乱実験 (SciBooNE実験)が行われた。この実験の目的はニュートリノと核
子の反応断面積を決定することである。ニュートリノとは質量の非常に小さい
素粒子である。ニュトリノは電荷と色電荷は持たず弱電荷のみを持っており、弱
い相互作用のみをする。ニュートリノは電磁相互作用をしないため、現在の実
験機器では直接ニュートリノを検出することはできない。SciBooNE実験では
ニュートリノビームを標的に当てて核子と反応を起こす。反応後の荷電粒子を
検出することによりどのような反応が起こったのかを調べ、反応断面積を決定
する。検出された荷電粒子を識別するために、荷電粒子のエネルギーと飛程の
関係が用いられる。
本研究では、Bethe-Blochの式と飛程の性質を調べた。そしてFNALのニュー
トリノ-核子散乱実験 (SciBooNE実験)で得られたデータとBethe-Blochの式か
ら得られる飛程の理論の式を比較して検討した。
1
目 次
0.1 電子のイオン化によるエネルギー損失の式 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 4
1 Bethe-Blochの式 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 9
2 飛程 (stopping range) . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 11
3 ニュートリノと核子の反応 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 18
4 アクティブターゲットによる荷電粒子の検出 . . . . . . . . . . . 19
4.0.1 アクティブターゲット . . . . . . . . . . . 19
4.0.2 三次元軌跡の再構築によるエネルギーと飛程の決定 . . . . . . . . . . . . 19
5 陽子のエネルギー損失と飛程の考察 . . . . . . . . . . . . . . . . 22
2
第1章 序論
本論文は電子を除く荷電粒子の物質中でのエネルギー損失を研究の対象とす
る。荷電粒子は物質中に入ると物質中の原子と電磁相互作用をすることにより
エネルギーを失う。このエネルギー損失は主に物質中で束縛された電子をイオ
ン化することによって生じる。ここでいうイオン化とは、物質中で束縛された
電子が物質中に入ってきた荷電粒子から相互作用によりエネルギーを受け取り、
束縛から解き放たれて運動することである。
荷電粒子のエネルギー損失はBethe-Blochの式により記述される。Bethe-Bloch
の式は、始めボーアが古典論的に計算したエネルギー損失の式をベーテ、ブロッ
ホらが量子力学的に修正した式である。Bethe-Blochの式から電子以外の荷電
粒子の物質中での飛程 (stopping range)を計算することができる。
シカゴのFNAL (Fermi National Accelerator Laboratory)でニュートリノ-核
子散乱実験 (SciBooNE実験)が行われた。この実験の目的はニュートリノと核
子の反応断面積を決定することである。ニュートリノとは質量の非常に小さい
素粒子である。ニュートリノは電荷と色電荷は持たず弱電荷のみを持つため、
弱い相互作用のみをする。ニュートリノは電磁相互作用をしないため、現在の
実験機器では直接ニュートリノを検出することはできない。SciBooNE実験で
はニュートリノビームを標的に当てて核子と反応を起こす。反応後に存在する
粒子を検出することでどのような反応が起こったのかを調べ、反応断面積を決
定する。検出された荷電粒子を識別するために、荷電粒子のエネルギーと飛程
の関係が用いられる。
本研究では、Bethe-Blochの式と飛程の性質を調べた。そしてFNALのニュー
トリノ-核子散乱実験 (SciBooNE実験)で得られたデータのうち、ニュートリノ-
陽子弾性散乱のデータと Bethe-Blochの式から得られるエネルギーと飛程の関
係を比較して検討した。
3
第2章 Bethe-Blochの式と飛程
2.0.1 電子のイオン化によるエネルギー損失の式
荷電粒子の物質中での運動を考える。荷電粒子が物質中で失うエネルギーの
大半は、物質中で束縛された電子をイオン化することによる。イオン化とは、
物質中で束縛された電子が物質中に入ってきた荷電粒子から相互作用によりエ
ネルギーを受け取り、束縛から解き放たれて運動することである。まず、電子
のイオン化によるエネルギー損失の式を次のように導出する。
荷電粒子と 1電子の相互作用 図のように静止した電子の傍を荷電粒子が通過
することを考える。このとき荷電粒子は電子に反跳エネルギーを与え、自身は
エネルギーを失う。図のように荷電粒子の軌跡を x軸、電子から荷電粒子の軌
跡におろした垂線を y軸、そして時刻を tとする。荷電粒子および電子の持つ
物理量は以下のように定めることができる。
荷電粒子:電荷 ze、速度 V、時刻 tでの位置座標(V t, 0
)電子:質量m、電荷−e、時刻 tでの位置座標
(0, y(t)
)(ただし荷電粒子の速度 V は非常に大きく、電子の質量mは荷電粒
子の質量よりもはるかに小さいとする)
またインパクトパラメータ (電子と荷電粒子の軌跡の距離)を b、電子が荷電
粒子から受ける y軸方向の静電気力を F (t; b)とする。ただし荷電粒子が通過す
る前、すなわち時刻 t = −∞では電子は y = −bに静止しているものとする。荷
電粒子の速度 V が非常に大きいと、荷電粒子が通過する間に電子の座標はほと
んど変化しないと考えられる。そのため電子に働く静電気力F (t; b)は、真空中
の誘電率 ε0を用いて次のように表せる。
F (t; b) =ze2b
4πε0{(V t)2 + b2}3/2(2.1)
4
図 2.1: 荷電粒子と電子の相互作用 荷電粒子が電子の傍を通過するとき、電
子に反跳エネルギーを与えて荷電粒子はエネルギーを失う
5
このF (t; b)を用いて電子の運動方程式を解くと、次の電子の移動速度の式が
求まる。dy
dt=
ze2
4πε0bV m
t√t2 + (b/V )2
+ze2
4πε0bV m(2.2)
よって 1個の電子の傍を通過する際に荷電粒子が失うエネルギーE(b)は、次
のように求まる。
E(b) =∫ y(t=∞)
y(t=−∞)F (t; b)dy
=∫ ∞
−∞F (t; b)
dy
dtdt
=z2e4
8π2ε20b
2V 2m(2.3)
物質中での荷電粒子と電子の相互作用 次に、図のように物質中での多数の原
子のイオン化を考える。荷電粒子が通過する物質の、単位体積中の電子の数を
nとする。すると荷電粒子が厚さ∆xの物質を通過するとき、インパクトパラ
メータが bから b + ∆bの間にある電子の数は、2πbn∆b∆xで与えられる。よっ
て荷電粒子が物質中で単位長さあたりに失うエネルギー(−dE
dx
)は次のように表
わされる。
−dE
dx=
∫ bMAX
bMIN
E(b)2πbn db
=z2e4n
4πε20V
2mln
[bMAX
bMIN
](2.4)
ここで bMAX,bMINは、荷電粒子がイオン化できる電子のインパクトパラメータ
のそれぞれ最大値、最小値である。
インパクトパラメータの最大値・最小値 荷電粒子はインパクトパラメータが 0
から∞までの電子と相互作用をする。しかし (4)式において bMIN = 0, bMAX = ∞とするとエネルギー損失
(−dE
dx
)が無限大に発散する。これを回避するためにイ
ンパクトパラメータの最大値 bMAXおよび最小値 bMINとして有限値を考える。
インパクトパラメータの最大値 bMAXは次の式で与えられる。
bMAX =ze2
4πε0I(2.5)
6
図 2.2: 物質中での荷電粒子と電子の相互作用 単位体積中の電子の数がn(個
/cm3)、厚さ∆x、荷電粒子の軌跡に対するインパクトパラメータ b ∼ b + ∆bの
間にある電子の数は 2πbn∆b∆xで与えられる。
7
図 2.3: 物質ごとの平均イオン化ポテンシャル 水素を除く物質では原子番号
Zを用いて I ∼ 16(Z)0.9eVと近似できる。
この bMAXの物理的内容は現在検討している。ここで I は物質の平均イオン化
ポテンシャルである。平均イオン化ポテンシャル Iは物質ごとに図に示された
ような値をとる。
次にインパクトパラメータの最小値 bMINを考える。インパクトパラメータの
最小値は、荷電粒子と電子が衝突するようなインパクトパラメータとして与え
られる。すなわち bMINは、時刻 t = 0において電子の座標 y = 0となるような
インパクトパラメータである。よって (2)式を時刻 tで積分した式
y(t) =ze2
4πε0bV m
√√√√t2 +
(b
V
)2
+ze2
4πε0bV mt − b (2.6)
に t = 0, y = 0を代入することによって、
bMIN =ze2
4πε0V 2m(2.7)
と bMINが求まる。
よって (5)式,(7)式で与えられる bMAX, bMINを (4)式に代入すると、荷電粒
子が標的物質中で単位長さあたりに失うエネルギー(−dE
dx
)が次のように求まる。
−dE
dx=
z2e4n
4πε20V
2mln
[mV 2
I
](2.8)
8
2.1 Bethe-Blochの式
荷電粒子が物質中で電子をイオン化することにより失うエネルギーは、(8)式で
与えられた。さらにBetheが量子力学を考慮に入れて修正した式はBethe-Bloch
の式と呼ばれ、次のように書かれる。
−1
ρ
dE
dx= D
Z
Az2 1
β2
(ln
[2mc2β2
I (1 − β2)
]− β2 − δ
2
) (MeV cm2/g) (2.9)
ただし β = Vc、D =
e4n
4πε20mc2ρ
A
Z≈ 0.3071 (MeVcm2/g)、n = ρ
(Z
A
)NA
(1/cm3)、ρは標的物質の密度 (g/cm3)、Zは標的の原子番号 (電子数/原子数)、
Aは標的の質量数 (g/mol)、NAはアボガドロ数 (原子数/mol)である。δは密度
効果と呼ばれ、高々数パーセントの補正項である。
なおプラスチックCHのような複数の元素からなる物質中では、エネルギー
損失の式は次のように表わされる。
−dE
dx=∑n
fn
(−dE
dx
)n
(2.10)
ただし nは各元素を示すインデックス、fnは元素 nの重量比である。
9からわかるように、エネルギー損失は荷電粒子の速度 (β)、電荷、ZA、物質
の平均イオン化ポテンシャル Iに依存している。電荷や ZAが大きい物質ほどエ
ネルギー損失も大きくなる。
補正項を除いた荷電粒子の物質中でのエネルギー損失(−1
ρdEdx
)を βの関数と
してグラフに描くと図のようになる。図は (Z/A)=1/2の 1価の荷電粒子が炭素
を通過する時のエネルギー損失を示している。βが大きくなるにつれてエネル
ギー損失は急激に小さくなり、ある地点で極小となる。そして β ∼1において
再びエネルギー損失は大きくなっていく。
また荷電粒子の運動エネルギー Ekin(MeV)は、荷電粒子の質量エネルギー
Mc2(MeV)と βを用いてEkin =Mc2
√1 − β2
− Mc2 と書かれる。よって式 (9)を
Ekinを用いて表すと次のように書かれる。
−1
ρ
dE
dx= D
Z
Az2
((Ekin
Mc2+ 1)2
Ekin
Mc2(Ekin
Mc2+ 2)
ln
[2mc2
I
Ekin
Mc2
(Ekin
Mc2+ 2
)]− 1 − δ
2
)(2.11)
補正項を除いた荷電粒子の物質中での(−1
ρdEdx
)を、運動エネルギーEkinの関
数としてグラフに描くと図のようになる。一方 (11)式の両辺に ρをかけて得ら
9
図 2.4: エネルギー損失の β依存性 荷電粒子の物質中でのエネルギー損失は
βすなわち荷電粒子の速度に依存している。
10
れる(−dE
dx
)を運動エネルギーEkinの関数としてグラフに描くと図のようにな
る。図および図はプラスチックCH中を進む陽子、炭素中を進む陽子・µ粒子・
α粒子、鉛中を進む陽子・µ粒子のエネルギー損失を示している。
図において、α粒子以外の荷電粒子は通過する物質によらず、エネルギー損
失の極小点で同じくらいのエネルギー損失をする。α粒子だけエネルギー損失
の大きさが異なっているのは、α粒子が陽子・µ粒子と異なり 2価の荷電粒子で
あるためである。つまり価数の同じ荷電粒子の極小のエネルギー損失は、その
粒子の種類および通過する物質にあまり依存しない。一方図においては、炭素
を通過する陽子と µ粒子、鉛を通過する陽子と µ粒子の極小のエネルギーのみ
がほぼ等しくなっている。
次に、エネルギー損失(−dE
dx
)の極小地点について考察する。エネルギー
損失が極小となる条件は、
d
dEkin
(−dE
dx
)= 0 (2.12)
で与えられる。(12)式を変形すると、次式のようになる。
I = 2mc2 Ekin
Mc2
(Ekin
Mc2+ 2
)exp
[−(
Ekin
Mc2+ 1
)2]
(2.13)
陽子について (13)式の右辺を f(Ekin)とおいてグラフに描くと、図のよう
になる。I = f(Ekin)となる時に、陽子のエネルギー損失(−dE
dx
)は最少となる。
図に記されているように、平均イオン化ポテンシャル Iは原子によっておよ
そ 18eVから 1000eVという値をとる。よって図より、どんな標的物質でも陽子
の運動エネルギーがおよそ 1900MeVから 2500MeVの間にある時にエネルギー
損失が最少となる。先程考察したように、µ粒子のような陽子より軽い荷電粒
子の場合は極小点をとる運動エネルギーはより小さくなり、α粒子のような陽
子より重い荷電粒子の場合はより大きくなる。
2.2 飛程 (stopping range)
Bethe-Blochの式を用いて荷電粒子の物質中での飛程 (stopping range)を求め
ることができる。飛程とは、物質に入射した粒子が停止するまでに進む距離の
11
図 2.5: 荷電粒子の物質中でのエネルギー損失(−1
ρdEdx
)12
図 2.6: 荷電粒子の物質中でのエネルギー損失(−dE
dx
)
13
図 2.7: f(Ekin)と I
14
ことである。運動エネルギー Ekin0で物質に入射した荷電粒子の飛程R(Ekin0)
は、次式のように表わされる。
R(Ekin0) =∫ Ekin0
0
(−dE
dx(Ekin)
)−1
dEkin (2.14)
この飛程は (10)式で表わされるBethe-Blochの式を用いて計算できる。(10)式
の密度効果による補正項を無視して (15)式に代入すると、飛程Rは次式のよう
に表わされる。
R(Ekin0) =1
Dρz2
A
Z
∫ Ekin0
0
((Ekin
Mc2+ 1)2
Ekin
Mc2(Ekin
Mc2+ 2)
ln
[2mc2
I
Ekin
Mc2
(Ekin
Mc2+ 2
)]− 1
)−1
dEkin
(2.15)
横軸をEkin0、縦軸をR(Ekin0)として (15)式のグラフを描くと図のようになる。
図はプラスチックCH中の陽子、炭素中の陽子・µ粒子・α粒子、鉛中の陽子の、
物質に入った時の運動エネルギーと飛程の関係を示している。
前節で述べたように密度の大きい物質中ではエネルギー損失(−dE
dx
)は大き
くなる。そのため密度の大きい物質中では飛程Rは短くなることがわかる。
同じく質量の小さい荷電粒子ほどエネルギー損失(−dE
dx
)は早く減少し、再
び増加し始める。そのため低エネルギー領域では陽子よりも µ粒子の方が飛程
は長くなる。
エネルギー損失(−dE
dx
)は z2に比例するため、飛程は z−2に比例する。すな
わち、価数の大きい粒子ほど飛程は短くなる。
飛程を用いてエネルギー損失(−dE
dx
)を座標 xの関数として表わすことも
できる。図は横軸に停止地点からの距離、縦軸にエネルギー損失をとっており、
陽子の物質中でのエネルギー損失を示す。図と同様に、停止する直前、すなわ
ち陽子の運動エネルギーが小さい領域ではエネルギー損失は非常に大きくなる。
そして密度の大きい物質中ほどエネルギー損失は大きくなることがわかる。
なお、図ではグラフと横軸に挟まれる部分の面積がエネルギー損失を表して
いる。つまり、陽子が CH中に入り 400cm進んで停止したとすると、CH中で
失ったエネルギーは図の青斜線部の面積で与えられる。
15
図 2.8: 荷電粒子の物質中での飛程
16
図 2.9: 陽子の物質中でのエネルギー損失
17
第3章 ニュートリノ-陽子弾性散乱
による反跳陽子の飛程
ニュートリノとは、素粒子のレプトンと呼ばれるものの一種である。ニュー
トリノには電子ニュートリノ、µニュートリノ、τ ニュートリノの 3種類がある。
ニュートリノは電荷と色電荷は持たず弱電荷のみを持つため、弱い相互作用の
みをする。
2007年から 2008年にかけてシカゴのFNAL(Fermi National Accelerator Lab-
oratory)でニュートリノ-核子散乱実験 (SciBooNE実験)が行われた。この実験
の目的はニュートリノと核子の反応断面積を求めることである。
この実験の流れは次のようになっている。
• ニュートリノビームを標的に当て、核子と弱い相互作用をさせる
• 反跳された核子の energy depositを検出する
• 連続した energy depositから荷電粒子 (核子または反応で生成された荷電
粒子)の軌跡を再構築する
• 飛程 (軌跡の長さ)と energy depositから荷電粒子を識別する
• 反応の種類を決定する
• 反応断面積を決定する
今回は特に、弾性散乱によって反跳された陽子について考察した。
陽子のエネルギーと飛程の関係 をBethe-Blochの式と比較した
18
3.1 ニュートリノと核子の反応
ニュートリノは核子と弱い相互作用をする。弱い相互作用にはボーズ粒子Z
が媒介する中性流による相互作用と、ボーズ粒子Wが媒介する荷電流による相
互作用がある。ニュートリノと核子の反応のうち、終状態に陽子が出てくる反
応の例を図に示す。
左上図はニュートリノと陽子が中性のボーズ粒子Zを交換して散乱するニュー
トリノ-陽子弾性散乱である。左下図ではニュートリノと陽子が中性のボーズ粒
子 Zを交換して陽子は∆+状態に励起される。∆+はすぐに崩壊して陽子と π0
中間子になる。右上図ではニュートリノと中性子が電荷をもつボーズ粒子Wを
交換し、µ−粒子と陽子となって散乱される。右下図ではニュートリノと陽子が
電荷をもつボーズ粒子Wを交換して中性子は∆++状態に励起される。∆++は
すぐに崩壊して陽子と π+中間子になる。
3.2 アクティブターゲットによる荷電粒子の検出
ニュートリノとの反応によって生成あるいは散乱された荷電粒子は、アクティ
ブターゲット中でエネルギーを落とすことにより軌跡として検出される。この
エネルギーを energy depositと呼ぶ。アクティブターゲットによって測定され
た荷電粒子のエネルギー (energy deposit)と飛程の関係によって、荷電粒子が
識別される。
アクティブターゲット
このニュートリノ-核子散乱実験では加速器と標的を用いてニュートリノビー
ムを作り出し、アクティブターゲットに衝突させた。アクティブターゲットと
は、標的の役割と検出器の役割の両方を同時に果たす検出器である。アクティ
ブターゲットは図のように角柱状のプラスチックシンチレータを横向きに並べ
た横型の層と、縦向きに並べた縦型の層から構成される。横型の層と縦型の層
は交互に計 128層並べられている。アクティブターゲットの大きさは縦 300cm
×横 300cm×厚さ 170cmである。
19
図 3.1: 終状態に陽子を含むニュートリノ-核子反応の例 左上図はニュート
リノと陽子の弾性散乱、左下図は Zを媒介し∆+状態を経て π0中間子を生成す
るニュートリノと陽子の非弾性散乱、右上図はWを媒介したニュートリノと中
性子の非弾性散乱、右下図はWを媒介し∆++状態を経て π+中間子を生成する
ニュートリノと陽子の非弾性散乱
20
図 3.2: アクティブターゲット
21
三次元軌跡の再構築によるエネルギーと飛程の決定
三次元軌跡の再構築 荷電粒子は軌跡として検出される。軌跡は図のように横
型の層から見た二次元軌跡と縦型の層から見た二次元軌跡から再構築される。
再構築の条件は以下の通りである。
• 2つの二次元軌跡が同時に検出される
• 2つの二次元軌跡の右端、左端の位置の差がそれぞれ 6.6cm(5層)以内
• 再構築された軌跡の長さが 8cm(6層)以上
これらの条件を満たす軌跡が三次元軌跡として再構築される。
エネルギーと飛程の決定 再構築された軌跡上での energy depositの和が荷電
粒子の落とした全運動エネルギーとして決定される。そして三次元軌跡の長さ
が荷電粒子の飛程として決定される。このエネルギーと飛程の関係によって、
荷電粒子の種類が識別される。
3.3 陽子のエネルギー損失と飛程の考察
陽子は µ粒子や荷電 π中間子に比べ質量が大きいため、検出器中でのエネル
ギー損失も大きい。よって、飛程に対する energy depositの大きさにより陽子
と µ粒子・荷電 π中間子を識別することができる。検出された荷電粒子の飛程
とエネルギー損失の関係を示した図が図である。図の多数の点は実際に検出さ
れた荷電粒子、青い曲線はBethe-Blochの式から導いた陽子の理論曲線である。
検出された荷電粒子が特に集中している部分が 2か所ある (赤丸部、緑丸部)。
そのうちエネルギー損失の大きい部分 (赤丸部)は陽子の分布、小さい部分 (緑
丸部)は µ粒子・荷電 π中間子の分布であると考えられる。この陽子の分布は理
論曲線よりもわずかに下回っている。つまり、Bethe-Blochの式から導かれる理
論値よりも検出されたエネルギー損失は小さくなっている。これは次のような
理由によるものと考えられる。
• 検出器の閾値に満たない energy depositは検出されないため
22
図 3.3: 三次元軌跡の再構築
23
図 3.4: 検出された荷電粒子の飛程と平均のエネルギー損失
24
• 検出器のシンチレータ以外の場所での energy depositは検出されないため
図は図の両軸の対数をとった図である。青い曲線は Bethe-Blochの式から導
いた陽子の理論曲線である。荷電粒子が集中している部分が 2か所あるが、エ
ネルギー損失の大きい赤丸部に集中している荷電粒子が陽子だと考えられる。
図と同じように検出された陽子のエネルギーは理論値よりも小さくなっている。
図において陽子の分布および理論曲線はほぼ直線となっている。よってこの
分布を直線とみなすと、その傾きから飛程Rとエネルギー損失Eの関係を求め
ることができる。
図における陽子の分布の傾きは 0.59である。よって図における飛程 R′とエ
ネルギー損失E ′の関係は次のように書ける。
E ′ = 0.59R′ + (const.) (3.1)
図における飛程Rとエネルギー損失Eの関係を求めるには、式 (16)にR′ =
log10R、E ′ = log10Eを代入すればよい。すると次の式が求まる。
E ∝ R0.59 (3.2)
そして図より陽子の分布がR =20cmにおいて E =140MeVとなることが読み
取れる。これを式 (17)に代入すると、飛程Rとエネルギー損失 Eの関係が近
似的に次のように求まる。
E = 24R0.59 (3.3)
25
図 3.5: 検出された荷電粒子の飛程と平均のエネルギー損失 (両対数表示)
26
図 3.6: 平均のエネルギー損失−dEdx ave
の分布
27
第4章 結論と今後の課題
FNALのニュートリノ-核子散乱実験 (SciBooNE実験)において測定された陽
子の飛程とエネルギー損失が、Bethe-Blochの理論の式と一致することを確認
した。
今後の課題は以下の通りである。
Bethe-Blochの式の実験的検証
宇宙線 µ粒子のエネルギー損失を測定し、得られたデータと Bethe-Blochの
式を比較する。
SciBooNE実験の解析の勉強
ニュートリノ-核子散乱実験 (SciBooNE実験)の解析の方法を学ぶ。
28
第5章 謝辞
本研究を進めるにあたり、多くの方々にお世話になりました。指導教官の柴
田利明教授には、研究テーマの提案や多くの助言をいただきました。宮地義之
助教には、論文を書くために必要なコンピュータの設定や機器の使用法などを
教わりました。武居秀行氏には、データの解析の方法や SciBooNE実験の詳細
などたくさんのことを教わりました。また、柴田研究室の学生方には研究や学
生生活について相談に乗っていただいきました。最後に、本研究を支えてくだ
さった全ての方々に深く感謝いたします。
29
第6章 参考文献:
[1]パリティ物理学コース高エネルギー物理学実験 真木晶弘 丸善株式会社
[2] 放射線技術学シリーズ 放射線物理学 監修:日本放射線技術学会
共編:遠藤真広・西臺武弘 Ohmsha
[3] 岩波講座 物理の世界 物を見るとらえる 4 素粒子を探る粒子検出器
政池明 岩波書店
[4] 素粒子・原子核物理入門 共著:B.ポッフ/K.リーツ/C.ショルツ/
F.サッチャ 訳:柴田利明 シュプリンガー・フェアラーク東京
[5] 武居秀行 博士論文 (2008) 東京工業大学大学院理工学研究科 基礎物理学
専攻 柴田研究室
[6] 東京工業大学 理学部 物理学科 講義「放射線の基礎と応用」(2008)
講義ノート 實吉敬二
30
図 6.1: SciBooNE実験
chapter 付録.A SciBooNE実験
SciBooNE実験 (SciBar Booster Neutrino Experiment)とは、2007年から2008
年にかけてシカゴの FNAL(Fermi National Accelerator Laboratory) で行われ
たニュートリノ-核子散乱実験である。この実験の目的はニュートリノと核子の
反応断面積を求めることである。SciBooNE実験は図のような装置で行われた。
まずBoosterによって陽子を加速し、8GeVの陽子ビームを作る。陽子ビーム
をベリリウム標的に当てて π中間子ビームを作る。長さ 50mに渡る崩壊領域で
π中間子を µニュートリノと µ粒子に崩壊させる。その先にあるアブソーバー
で µ粒子を停止させ、µニュートリノビームだけを取り出す。µニュートリノ
ビームをターゲット (SciBooNE測定器)に当て、反応を調べる。この SciBooNE
測定器は図のように次の 3つの部分から構成される。
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図 6.2: SciBooNE測定器
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SciBar検出器
SciBar検出器は 3つの検出器の一番ビーム側にある検出器である。ニュートリ
ノのアクティブターゲットとして用いられる。これは図で示したアクティブター
ゲットであり、シンチレータバー 112本からなる層が 128層重ねられている。大
きさは縦 300cm×横 300cm×厚さ 170cmで、質量は 15トンである。SciBar検
出器は全ての荷電粒子の軌跡と energy depositを検出することができる。そし
て軌跡と energy depositからエネルギー損失(−dE
dx
)を決定することができる。
エネルギー損失(−dE
dx
)の大きさから、陽子を識別することができる。
電磁カロリメーター (EC)
電磁カロリメーターは、SciBar検出器の次に設置されている。電磁カロリメー
ターは 64個のモジュールから構成される。モジュールは直径 1mmのシンチレー
ションファイバーの束を鉛で包んだもので、大きさは縦 8cm×横 262cm×厚さ
4cmである。モジュールを 32個縦に並べた水平型の層と、横に並べた垂直型の
層によって電磁カロリメータが構成されている。この層の面積は 2.6m× 2.7m、
厚さは 11放射距離 (radiation length)となっている。電磁カロリメーターはビー
ム中の電子ニュートリノと π0中間子を識別することができる。
ミューオン飛程検出器 (MRD)
ミューオン飛程検出器は、電磁カロリメーターの次に設置されている。ミュー
オン飛程検出器は、交互に挟まれた厚さ 5cmの鉄の層 (12枚)と厚さ 6mmの
シンチレータの層 (13枚)によって構成されている。この層の面積は 274cm×
305cmである。飛程の長さを測定することによって、µ粒子の運動量を測定す
ることができる。この運動量は最高 1.2GeV/cまで測定することができる。
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