添加剤に起因する負極SEI膜 及び電解液の有機組成...

2
東レリサーチセンター The TRC News No.115(May.2012) 23 ●添加剤に起因する負極SEI膜及び電解液の有機組成変化 1.背景 リチウムイオン電池では、電気化学反応により電 解液の分解が起きることが知られている。この電解 液 の 分 解 物 は、 電 極 表 面 で SEISolid Electrolyte Interface:SEI)膜を形成することによって、さらなる 分解を抑制するなどの機能性膜として作用する一方、 SEI膜の化学構造や量の増加は電池性能低下に繋がると 考えられている。 このような電解液の劣化による電池性能低下を抑制 するために、電解液にビニレンカーボネート(Vinylene carbonate:VC)のような添加剤の使用が有効であるこ とが知られている。この種の添加剤は、負極表面のSEI 膜に影響を与えると考えられていることから 1SEI自体の詳細な化学構造を明確にすることは重要である (図1)。 図1 SEI 膜生成のイメージ図と分析手法 こ れ ま で 弊 社 で は、SEI 膜についてXPSX-ray Photoelectron SpectroscopyXPS,TOF-SIMSTime of Flight Secondary Ion Mass Spectrometry:TOF- SIMS)をはじめとした表面分析による評価を行ってき 2。これらの表面分析手法により、SEI膜中の元素の 化学状態分析(定性・定量)が可能である。さらに、 SEI膜の構造解析をするために、電極の溶媒抽出物の 1 H-NMR Nuclear Magnetic Resonance:NMR,GC Gas Chromatography:GC/MSMass spectrometry:MS分析を実施してきた 234。今回はそれらに加えて、GC では対象外であった難揮発性成分も調べるために、LC Liquid Chromatography:LC/MS/MSを用いて、電解 液の変性物を分離して化学構造の解析を試みた。 また、電解液へ添加剤VCを加えて65℃で高温保存試 験を行い、試験後の電解液の変性物や電極表面抽出物に ついて、GC/MSおよびLC/MS/MS分析を行った。負極 表面はXPSにより分析を行った。 2.方法 正極、負極、セパレータに、それぞれコバルト酸 リチウム、グラファイト(バインダーとしてPVDF PolyVinylidene DiFluoride:PVDF)を含む)、ポリ プロピレン製フィルムを用いたセルを組立て、電解液 {電解質;1mol/L LiPF6、溶媒;ジエチルカーボネー ト(Diethylcarbonate:DEC)/エチレンカーボネート Ethylene carbonate:EC=11(容積比)}を注液し て、試験セルを作製した。また「VC添加」として、上 記電解液にVC5 wt%添加した。 試験セルを0.1C1サイクル充放電した後、室温およ 65℃において、4.2V,72時間保存試験を、それぞれ実 施した。その後、3Vまで放電された試験セルから電解 液および負極をサンプリングした。電解液については、 GC/MS,LC/MS/MS分析をそれぞれ行った。負極につ いてはXPS分析、負極を溶媒抽出した溶液については LC/MS/MS分析を実施した。なお、セルの作製および 解体から試料調製までアルゴン雰囲気下で実施した。 3.結果および考察 3.1 負極表面分析 2に、高温保存試験後の負極表面に対するXPSによ る深さ方向の分析結果を示す。 エッチング時間(min) VC未添加 被膜(無機成分) C o C P F L i O VC添加 C P エッチング 時間 (min) F L i O Atomic% 被膜 ( 無機成分 ) etching rate14.3nm/minSiO2 換算) 図2 XPS による高温保存後の負極の深さ方向分析結果 VC添加」と「VC未添加」を比較すると、表面付近 での元素組成に違いが見られた。VC未添加の表面側で はフッ素、リチウム、酸素、リン、コバルトが検出され ており、これらを含むSEI膜が存在していると考えられ た。また内部ほど負極活物質である炭素が増加している ことが確認できた。これに対し、VC添加の場合には表 層付近から炭素濃度が急激に増加しており、SEI膜が薄 いことが示唆された。 添加剤に起因する負極SEI膜 及び電解液の有機組成変化 有機分析化学研究部 秋山 毅

Transcript of 添加剤に起因する負極SEI膜 及び電解液の有機組成...

Page 1: 添加剤に起因する負極SEI膜 及び電解液の有機組成 …...東レリサーチセンター The TRC News No.115(May.2012)・23 添加剤に起因する負極SEI膜及び電解液の有機組成変化

東レリサーチセンター The TRC News No.115(May.2012)・23

●添加剤に起因する負極SEI膜及び電解液の有機組成変化

1.背景

 リチウムイオン電池では、電気化学反応により電解液の分解が起きることが知られている。この電解液の分解物は、電極表面でSEI(Solid Electrolyte Interface:SEI)膜を形成することによって、さらなる分解を抑制するなどの機能性膜として作用する一方、SEI膜の化学構造や量の増加は電池性能低下に繋がると考えられている。 このような電解液の劣化による電池性能低下を抑制するために、電解液にビニレンカーボネート(Vinylene carbonate:VC)のような添加剤の使用が有効であることが知られている。この種の添加剤は、負極表面のSEI膜に影響を与えると考えられていることから1︶、SEI膜自体の詳細な化学構造を明確にすることは重要である(図1)。

図1 SEI 膜生成のイメージ図と分析手法

 これまで弊社では、SEI膜についてXPS(X-ray Photoelectron Spectroscopy:XPS),TOF-SIMS(Time of Flight Secondary Ion Mass Spectrometry:TOF-SIMS)をはじめとした表面分析による評価を行ってきた2)。これらの表面分析手法により、SEI膜中の元素の化学状態分析(定性・定量)が可能である。さらに、SEI膜の構造解析をするために、電極の溶媒抽出物の1H-NMR (Nuclear Magnetic Resonance:NMR),GC (Gas Chromatography:GC︶/MS(Mass spectrometry:MS)分析を実施してきた2︶3︶4︶。今回はそれらに加えて、GCでは対象外であった難揮発性成分も調べるために、LC (Liquid Chromatography:LC︶/MS/MSを用いて、電解液の変性物を分離して化学構造の解析を試みた。

 また、電解液へ添加剤VCを加えて65℃で高温保存試験を行い、試験後の電解液の変性物や電極表面抽出物について、GC/MSおよびLC/MS/MS分析を行った。負極表面はXPSにより分析を行った。

2.方法

 正極、負極、セパレータに、それぞれコバルト酸リチウム、グラファイト(バインダーとしてPVDF (PolyVinylidene DiFluoride:PVDF)を含む)、ポリプロピレン製フィルムを用いたセルを組立て、電解液{電解質;1mol/L LiPF6、溶媒;ジエチルカーボネート(Diethylcarbonate:DEC)/エチレンカーボネート(Ethylene carbonate:EC︶=1:1(容積比)}を注液して、試験セルを作製した。また「VC添加」として、上記電解液にVCを5 wt%添加した。 試験セルを0.1Cで1サイクル充放電した後、室温および65℃において、4.2V,72時間保存試験を、それぞれ実施した。その後、3Vまで放電された試験セルから電解液および負極をサンプリングした。電解液については、GC/MS,LC/MS/MS分析をそれぞれ行った。負極についてはXPS分析、負極を溶媒抽出した溶液についてはLC/MS/MS分析を実施した。なお、セルの作製および解体から試料調製までアルゴン雰囲気下で実施した。

3.結果および考察

3.1 負極表面分析 図2に、高温保存試験後の負極表面に対するXPSによる深さ方向の分析結果を示す。

エッチング時間(min)

VC未添加

etching rate: 14.3nm/min

被膜(無機成分)

Co

C

P

F

Li

O

VC添加

C

P

エッチング時間(min)

FLi

O

Atomic%

被膜(無機成分)

etching rate:14.3nm/min(SiO2 換算)

図2 XPSによる高温保存後の負極の深さ方向分析結果

 「VC添加」と「VC未添加」を比較すると、表面付近での元素組成に違いが見られた。VC未添加の表面側ではフッ素、リチウム、酸素、リン、コバルトが検出されており、これらを含むSEI膜が存在していると考えられた。また内部ほど負極活物質である炭素が増加していることが確認できた。これに対し、VC添加の場合には表層付近から炭素濃度が急激に増加しており、SEI膜が薄いことが示唆された。

添加剤に起因する負極SEI膜及び電解液の有機組成変化

有機分析化学研究部 秋山 毅

Page 2: 添加剤に起因する負極SEI膜 及び電解液の有機組成 …...東レリサーチセンター The TRC News No.115(May.2012)・23 添加剤に起因する負極SEI膜及び電解液の有機組成変化

24・東レリサーチセンター The TRC News No.115(May.2012)

●添加剤に起因する負極SEI膜及び電解液の有機組成変化

3.2 有機分析3.2.1 電解液(GC/MS,LC/MS/MS) GCおよびGC/MS分析で電解液中のVC濃度を確認した結果、高温保存試験後で3.7%であり、添加したVCのうち、約26%が分解していると考えられた。また、電解液の構成成分であるDECおよびECの分解生成物である2,5-ジオキサヘキサン二酸ジエチル(Diethyl 2,5-dioxahexanedioate:DEDOHC)の生成が、VC添加により抑制されていることが確認された(図3)。

エチレンカーボネート(EC)

ジエチルカーボネート(DEC)

2,5-ジオキサヘキサン二酸ジエチル(DEDOHC)

O O

OO O

O

O O

O

O O

O

図3 GCで検出された電解液分解物:�DEDOHCの構造

 次に、GC分析では検出困難な難揮発性成分を定性するために、高温保存試験後の電解液についてLC/MS分析を行った(図4)。

(b) (a)

0 100 200 300m / z

O OO O

O O

O

O

O

89

117

O OO O

O

O

17888.7

116.6

m/z 295.2のMS/MSスペクトル

質量差

100 200 300 400 500 600m / z

ピークDのMSスペクトル

[M+H]+

[M+NH4]+

295.2

312.4

分子イオン

OO O

OPOO

O

C9H19O7PA

OO O

OPOO

O

C9H19O7PA

OO O

OO

P OPOO

O

O

O

C13H28O11P2B

OO O

OO

P OPOO

O

O

O

C13H28O11P2B

O O

OOO OO

OO

C11H18O9D

O O

OOO OO

OO

C11H18O9D

O PO

OO

O OOO

OO

C12H23O10PC

O PO

OO

O OOO

OO

C12H23O10PC

VC未添加

VC添加

0 5 10 15 20min

▼ ▼▼

▼▼

▼▼

A B

C

D

▼:電解液分解物と推定されるピーク

(正イオン検出) OO O

OPOO

O

C9H19O7P

A

OO O

OO

P OPOO

O

O

O

C13H28O11P2

B

O O

OOO OO

OO

C11H18O9

D

O PO

OO

O OOO

OO

C12H23O10P

C

(d) (c)

図4 高温保存試験後の電解液のLC/MS/MS分析結果(a)LC/MSトータルイオンクロマトグラム (b)検�出ピークの推定構造 (c)ピークDのMSスペクトル �(d)m/z �295イオンのMS/MSスペクトル�

 図4より、VC未添加の電解液ではリン酸エステル骨格を有する成分など、複数の電解液由来の分解生成物が検出された。VC添加した電解液では図4︵b︶中A,B,Cのリン酸エステルは認められなかった。高温保存により起こる電解液の分解が、添加剤VCにより抑制されたものと考えられる。 また、VC未添加の電解液でも、室温で保存すると、A,B,Cのリン酸エステルが検出されなかったことから、電解質であるLiPF6が高温により分解されることにより生成していると考えられた。

3.2.2 負極抽出液(LC/MS/MS) 負極のSEI膜中の有機成分を定性するために、負極表面を有機溶媒で抽出してLC/MS分析を行った(図5)。

0 5 10 15min

E

F

G

H

VC未添加

VC添加

OPO OO

OPO OO

OPO OO

C14H33O12P3F

OPO OO

OPO OO

OPO OO

C14H33O12P3F

OPO OO

OPO OO

C10H24O8P2E

OPO OO

OPO OO

C10H24O8P2E

O O

O

O O

O

C10H18O6G

(推定構造の一例)

(推定構造の一例)

H

[ (CH3COOLi)n+Li ] +

図5 �高温保存試験後の負極抽出液(高温保存試験後)のLC/MSトータルイオンクロマトグラム�(正イオン検出)

 その結果、VC未添加で検出されるリン酸エステル系化合物(E, F)は、VCの添加により検出されなかった。したがって、電解液と同様、電極表面においても添加剤VCによる電解液分解抑制効果が確認された。負極の表面分析(3.1)においても、VC未添加でSEI膜の厚みの増加と、リンの存在が確認されていることから、上記結果と合致していると考えられた。 その他、負極抽出液からは電解液で検出された分解物よりもさらに高極性の分解物を確認することができた。

4.まとめ

 リチウムイオン電池の評価において、電極表面分析に加えて、電解液のGC/MS,LC/MS/MSを実施することで、電解液分解物を明らかにすることができた。特にLC/MS/MS法を用いることで難揮発性分解物についても有効であった。 また電解液の分析に加えて、電極表面を抽出して分析することで、電極表面に存在するSEI膜の構造を解析することができた。

5.参考文献

1) H. Ohta et al, J. Electrochem. Soc, 151, A1659 (2004).2)藤田学,The TRC News, 103,20 (2008︶.3) 藤田学,森脇博文,The TRC News, 108,37 (2009︶.4) 島岡千喜,森脇博文,小川美由紀,佐藤信之,第50回電池討論会要旨集,170 (2009)

■秋山 毅(あきやま つよし) 有機分析化学研究部第2研究室 略歴: ㈱東レリサーチセンターで有機分析(液体ク

ロマト)に従事。 趣味:ギター、テニス、自転車