腰椎椎間板ヘルニアの診断と今後の治療体系 -...

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I.腰痛とは 腰痛は生涯罹患率が 90%といわれ,2008 度国民生活基礎調査でも有訴率で男性 1 位,女 2 位であり,山梨県内でも 256 /1000 人の 有訴者総数の中で,腰痛は 80 人と最大愁訴で あった。腰痛は病態により,変性や感染,腫瘍 などの脊椎疾患が原因,あるいは血管・泌尿 器・婦人科・消化器疾患が原因である器質的腰 痛と,精神医学的問題や心理社会的問題である 非器質的要因による腰痛に分類される。実は, 腰痛の多くは後者の非器質的要因が外来患者の 大部分を占める。急性腰痛は罹病期間が 3 カ月 以内で多くは軽快するが,再発傾向が高い特徴 を有する。一方,3 カ月を超える罹病期間であ る慢性腰痛は急性腰痛が遷延化する病態とは異 なり,頭痛・不眠・食思不振・意欲低下・不 安などの精神心理的障害を伴う 1。米国の報告 では,腰痛は上気道症状に次ぐ有訴率であり, 85 %が非特異的腰痛であったとしている。30 50 歳台に好発し,労働災害や補償に関連し ていることもある。リスクファクターは重量物 の持ち上げ,体幹を捻るなどの動作や振動,肥 満が挙げられる 2。投薬や手術治療のみではな く,腰痛発症の危険姿位の予防を含む患者教育, リハビリテーション,並びに精神心理的障害の 解決のために多専門職を含めたリエゾン医療の 重要性が注目されている。 II.腰椎椎間板変性 椎間板は外層に層状の線維輪が囲み,内層の 髄核から構成される。髄核は脊索組織の遺残物 であり TypeII コラーゲンとアグリカンが豊富 である。線維輪は TypeI コラーゲンを含有す る線維軟骨由来の組織である。10 20 歳の髄 核内乾燥重量は約 60 70%程度であるが,60 歳までに 30%まで減少する。これにより,髄 核内ではコラーゲン含有の増加,コラーゲン原 山梨医科学誌 274),117 1242013 腰椎椎間板ヘルニアの診断と今後の治療体系 波 呂 浩 孝 山梨大学大学院医学工学総合研究部整形外科 要 旨:腰痛は非常に罹患率が高く,小児期の学生から成人,壮年,高齢者まで多くの人々が悩む common disease である。とくに,腰椎椎間板ヘルニアは 20 40 歳代の活動期に急性発症し,社 会的経済的損失が高い。発症直後には非常に強い腰下肢痛のために体動困難であるが,8 割程度の 患者は数カ月内に自然に軽快していく。その原因は椎間板ヘルニアの退縮であり,この現象につい て検討を行ってきた。また,退縮機序に MMP が極めて重要な作用をもつことを明らかにし,産学 共同研究で創薬を行った。臨床治験の結果が待たれるが,治療法として確立されれば,低侵襲治療 を発症直後から患者に実施できるメリットは非常に大きい。本稿では,これまでの研究の取り組み と現況を踏まえた今後の展望について述べてみたい。 キーワード 腰椎椎間板ヘルニア,自然退縮,椎間板変性,低侵襲治療,ヒトリコンビナント MMP-7 総  説 409-3898 山梨県中央市下河東 1110 番地 受付:2012 9 18 受理:2012 11 14

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I.腰痛とは

 腰痛は生涯罹患率が 90%といわれ,2008年度国民生活基礎調査でも有訴率で男性 1位,女性 2位であり,山梨県内でも 256人 /1000人の有訴者総数の中で,腰痛は 80人と最大愁訴であった。腰痛は病態により,変性や感染,腫瘍などの脊椎疾患が原因,あるいは血管・泌尿器・婦人科・消化器疾患が原因である器質的腰痛と,精神医学的問題や心理社会的問題である非器質的要因による腰痛に分類される。実は,腰痛の多くは後者の非器質的要因が外来患者の大部分を占める。急性腰痛は罹病期間が 3カ月以内で多くは軽快するが,再発傾向が高い特徴を有する。一方,3カ月を超える罹病期間である慢性腰痛は急性腰痛が遷延化する病態とは異なり,頭痛・不眠・食思不振・意欲低下・不安などの精神心理的障害を伴う 1)。米国の報告

では,腰痛は上気道症状に次ぐ有訴率であり,85%が非特異的腰痛であったとしている。30~ 50歳台に好発し,労働災害や補償に関連していることもある。リスクファクターは重量物の持ち上げ,体幹を捻るなどの動作や振動,肥満が挙げられる 2)。投薬や手術治療のみではなく,腰痛発症の危険姿位の予防を含む患者教育,リハビリテーション,並びに精神心理的障害の解決のために多専門職を含めたリエゾン医療の重要性が注目されている。

II.腰椎椎間板変性

 椎間板は外層に層状の線維輪が囲み,内層の髄核から構成される。髄核は脊索組織の遺残物であり TypeIIコラーゲンとアグリカンが豊富である。線維輪は TypeIコラーゲンを含有する線維軟骨由来の組織である。10~ 20歳の髄核内乾燥重量は約 60~ 70%程度であるが,60歳までに 30%まで減少する。これにより,髄核内ではコラーゲン含有の増加,コラーゲン原

山梨医科学誌 27(4),117~ 124,2013

腰椎椎間板ヘルニアの診断と今後の治療体系

波 呂 浩 孝山梨大学大学院医学工学総合研究部整形外科

要 旨:腰痛は非常に罹患率が高く,小児期の学生から成人,壮年,高齢者まで多くの人々が悩むcommon diseaseである。とくに,腰椎椎間板ヘルニアは 20~ 40歳代の活動期に急性発症し,社会的経済的損失が高い。発症直後には非常に強い腰下肢痛のために体動困難であるが,8割程度の患者は数カ月内に自然に軽快していく。その原因は椎間板ヘルニアの退縮であり,この現象について検討を行ってきた。また,退縮機序にMMPが極めて重要な作用をもつことを明らかにし,産学共同研究で創薬を行った。臨床治験の結果が待たれるが,治療法として確立されれば,低侵襲治療を発症直後から患者に実施できるメリットは非常に大きい。本稿では,これまでの研究の取り組みと現況を踏まえた今後の展望について述べてみたい。

キーワード  腰椎椎間板ヘルニア,自然退縮,椎間板変性,低侵襲治療,ヒトリコンビナントMMP-7

総  説

〒 409-3898 山梨県中央市下河東 1110番地 受付:2012年 9 月 18日 受理:2012年 11月 14日

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線維直径の拡大,Type I, IV, VIコラーゲンの増加がみられる 3,4)。 20歳台から次第に変性が進行し,髄核内のアグリカンが減少し水分保持能が低下するため,椎間板高が減少する。アグリカン内のコンドロイチン硫酸基とケラタン硫酸基は親水基を有するが,加齢によりコンドロイチン硫酸基は減少する。一方,ケラタン硫酸基は大きな変化がないため,相対的に CS(コンドロイチン硫酸基)/KS(ケラタン硫酸基)の比が低下し,椎間板内の総水分含有量も減少するためである。また,層状の線維輪の構築が破壊され,線維輪断裂や髄核と線維輪との二層構造の破綻が生じ,終板から骨棘が形成される 5,6)。  我々は,TNF- α ファミリーの TWEAK

(Tumor necrosis factor-like weak inducer of

apoptosis)とその受容体である Fn14が変性椎間板内に発現し,TNF- α や IL-1β などの炎症性サイトカインに作用され 7),c-Jun N-terminal

kinaseによるシグナル伝達でMMP-3を発現し,また NF- κB経路で走化性サイトカインであるmonocyte chemotactic protein(MCP)-1を誘導し,変性過程が促進することを明らかにした 8)。 椎間板変性はMRIで変化をみることができ 9),変性の進行に伴い椎間板と隣接した終板にも変性が生じ,肉芽形成や再生の変化,その後の骨増生と骨硬化がみられる 10)。また,終板の変化が腰痛と関連することが報告されている 11)。

III.腰椎椎間板ヘルニアについて

 最初の腰椎椎間板ヘルニアの報告は,1934年に椎間板が脊柱管内に脱出するため,手術治療で摘出する必要があると結論している。また,現在でも広く行われているヘルニア摘出術は Love法,あるいはその変法であり,1939年に術式が報告された。 椎間板ヘルニアは腰痛全体の 4%を占め,日本整形外科学会診療ガイドラインによると,男性患者が 2~ 3倍多く,好発年令は 20~ 40歳代であり,第 4-5,5-S腰椎椎間板高位に好発

すると記載されている 12)。診断は,1.腰・下肢痛を有する,2.主に片側あるいは片側優位である,3.神経根緊張症状である下肢挙上テストに左右差があり,70度以下であること,4.MRIなどの画像所見で椎間板の突出によって神経圧迫所見があり,脊柱管狭窄所見を合併していないこと,5.症状と画像所見が一致すること,があげられる 12)。多くは急性発症し疼痛やしびれなどの症状が強く,安静時にもみられることが特徴である。しかし,発症から 6週間以内に 70%の患者は症状が軽快するという報告もあり,予後良好であることが多い 13)。 また,椎間板変性や椎間板ヘルニアには遺伝的関与があることが遺伝子研究で実証され,多くは一塩基多型(SNPs)の検出で行われている。これまで疾患遺伝子に Type IXおよび XIコラーゲン,ビタミン D受容体,MMP-3,CILP

(cartilage intermediate layer protein)が報告されている 14–18)。

IV.椎間板ヘルニアの自然退縮

 前述したように,腰椎椎間板ヘルニアによる下肢症状は 6週間以内に症状が軽快することが多数である。臨床症状が軽快する経過に一致して,MRI画像ではヘルニア塊が経時的に縮小あるいは退縮していく(図 1)。自然退縮するヘルニアの特徴は,Macnab分類 19)の後縦靱帯を穿破した transligamentous extrusion type

や sequestration typeのヘルニアに多く 20),Gd-

DTPA(gadolinium-diethylenetriamine pent-

acetic acid)造影MRIで,ヘルニア縁から内部まで経時的に次第に造影効果がみられる症例に退縮を示すことが多い 21)。ガイドラインでは,自然退縮するヘルニアのMRI所見の特徴として,ヘルニアのサイズが大きいもの,遊離脱出したもの,リング状に造影されるものとしている。 ヘルニア塊は変性した軟骨マトリックスを取り囲むように肉芽を形成し,内部に,新生血管の増生と多数の炎症性細胞がみられる 22)。

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ヘルニアに浸潤している炎症性細胞の多くはマクロファージで一部 Tリンパ球がみられる。TNF- α などの炎症性サイトカインや炎症性細胞を炎症巣に呼び込むMCP-1などのケモカインの発現がみられる 22)。また,ヘルニア検体には血管新生能を有する VEGF(Vascular

endothelial growth factor),FGF(Fibroblast

growth factor)-2,PDGF(Platelet derived

growth factor)の発現が確認され,VEGFとそのレセプターである VEGF -receptor-1及び-2が発現している 23)。変性椎間板が硬膜外腔に脱出すると,マクロファージを中心とした炎症細胞の浸潤が誘導され,その結果としてまず TNF- α が発現し,次いで VEGFなどの血管新生性サイトカインや成長因子によって新生血管が増殖し,この変化が造影MRIで確認しうる。また,分解酵素であるMMP(Matrix

metalloproteinase)-3や -7をはじめとして多くのMMPの発現をみる 24,25)。生体内で産生され中性域で作用するMMPは,その生理的阻害作用を有する TIMP(Tissue inhibitor of

metalloproteinase)と均衡を保ちながら正常椎間板内に存在し,マトリックスの機能維持に作用している。MMPの中でもMMP-3とMMP-7

は特にプロテオグリカンの分解能に優れており,TNF- α がマクロファージやヘルニア塊を

構成する軟骨細胞に作用してこれらのMMPを強力に誘導して,ヘルニア退縮を促進する 24,25)

(図 2)。 退縮過程にはMCP-1によるマクロファージの浸潤が重要であるが,これには Thymic stromal

lymphopoietin(TSLP)が phosphatidylinositol

3-kinase/Akt経路によるMCP-1を誘導するメカニズムが作用していることを明らかにした 26)。さらに,VEGF,MCP-1,MMP-3の発現誘導能には若年と高齢間では大きな差がみられることが明らかになり,青年と高齢層発症の椎間板ヘルニアでは退縮誘導能に違いが生じ,臨床上,予後が異なる可能性が示唆された 27,28)。

V.治  療

 多くは自然軽快するため治療の基本は保存であるが,発症直後は安静時にも非常に強い腰痛と下肢への放散痛があるため,硬膜外にステロイド注入療法を行うと疼痛軽減の可能性がある。しかし,NSAIDなどの消炎鎮痛剤の内服や脊柱マニプレーション,牽引が有効であるというエビデンスはこれまで報告されていない。発症から 6週以降も患者にとって強い疼痛や神経症状が継続する場合には手術治療が選択されるべきである。後方ヘルニア摘出術の長期成績

図 1. 腰椎椎間板ヘルニアの自然退縮を示すMRI像 脊柱管右優位に脱出したヘルニア塊は,右のように退縮した.患者の腰痛と右下肢痛はMRI

上で退縮が確認できた期間より早期に症状の軽減がみられた.

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は概ね良好であり,10年以上の長期成績では改善率 73%で,75%に腰痛が残存するが再手術は 13%程度と報告されている 29)。また,米国で実施された手術治療と保存治療の治療効果をみた前向きランダム化多施設研究では,手術治療の有効性が報告されている 30)。 また,最近内視鏡あるいは顕微鏡下での摘出術が施行される施設が多いが,長期成績は従来法と低侵襲手術とでは有意差は明らかではない。しかし,低侵襲手術は局所手術野における視野が良好であり,かつ術後の炎症所見が低いことが報告されており,皮切も 2 cm程度であることから,離床やリハビリ開始も術日あるいは術翌日から開始でき,患者さんとって術後急性期において非常に有効である。最近,内視鏡下椎間板ヘルニア摘出術の前向き臨床研究で術

後 5年時の成績が報告されており,成績優良群は 75%で,再手術は 7.5%としている 31)。 一方,レーザー椎間板蒸散法を行う施設があるが,副作用や合併症,健康保険適応外であることから推奨されていない。

低侵襲治療 腰椎椎間板ヘルニアの好発年令は 20~ 40歳代であり社会生活の活動性が極めて高い世代であることを考慮すると,発症直後から低侵襲かつ根治的な治療が妥当である。内視鏡下ヘルニア摘出術は保存治療無効例に施行されるが全身麻酔下での手術であり,より低侵襲といえる経皮的な化学的髄核融解(椎間板内酵素注入)療法は,治療開始が発症早期から可能であり,確立された安全な投与法が順守されれば有効な治

図 2. 退縮のメカニズム 変性椎間板は椎間板腔から血行が豊富な脊柱管に脱出すると,Mφ やリンパ球が活性化し,

TNF- α などの炎症性サイトカインが産生され炎症性細胞がヘルニア塊に侵潤する.血管新生能を有する VEGFなどの血管新生性サイトカインや成長因子によって新生血管がヘルニア深部まで増生する.また,分解酵素であるMMPの中でもMMP-3とMMP-7は特にプロテオグリカンの分解能に優れており,TNF- α がマクロファージやヘルニア塊を構成する軟骨細胞に作用してこれらのMMPを強力に誘導して,ヘルニア退縮を促進する.

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121腰椎椎間板ヘルニアの診断と今後の治療体系

療法である。 パパイヤ樹脂から結晶化したキモパパインは 1963年に臨床開発され,その後,1971年カナダでの臨床開始から欧米を中心に治療が行われた。非ヒト由来の酵素であるためアナフィラキシーショックが生じ,またコラーゲン分解能を有するためくも膜下出血などの合併症が報告されたが,脱出型ではない膨隆型のヘルニアには有効性があった。日整会ガイドラインでも臨床成績はヘルニア摘出術よりは劣るが経皮的髄核摘出術よりも優れていると記載があるが,本邦では臨床応用されていない。キモパパインによる髄核融解術の 5年成績が報告されており,72%が良好であり再手術は 18%であった 32)。 その後,名古屋大学を中心にグラム陰性桿菌である Proteus Vulgaris由来の細菌性ムコ多糖分解酵素であるコンドロイチナーゼ ABCを用いた臨床開発が進み,近い将来治療薬として登場すると考えられる 33)。 我々は,実際の椎間板ヘルニア退縮過程で作用しているMMP-7に着目し,産学共同でヒトリコンビナント(rh)活性型MMP-7を開発創薬し,椎間板注入治療について検討を行ってきた。

1) ヒトリコンビナント MMP-7を用いたビーグル犬に対する椎間板内注入療法

  市 販 rhMMP-7(Chemicon, Temecula, CA,

USA)を用いてイヌ椎間板に注入実験を行った。ビーグル犬は軟骨異栄養犬種であり,椎間板変性が進行して椎間板ヘルニアを自然に発症し,下肢麻痺となることがある。7~ 9年令のビーグル犬を用い麻酔下にMRI検査や脊髄造影を行い,椎間板ヘルニア椎間を特定した。これに X線透視下で 21ゲージのスパイナル針を椎間板内に穿刺し,20 μgrhMMP-7を投与した。また,投与前および後 1週間で脊髄造影を行い,膨隆部の面積の変化を計測し統計学的検討を実施した。投与後では投与前の 70.8± 14.4%までヘルニアは退縮し,生理食塩水注入群と比較して有意に減少した。さらに,サフラニン O

染色では生理食塩水注入群と比較し rhMMP-7

注入群は明らかに染色性が減少した。この研究結果から,イヌの椎間板ヘルニアに rhMMP-7

を投与するとヘルニアマトリックスの分解能が明らかとなった 34)。

2) ヒトリコンビナント MMP-7を用いた椎間板ヘルニア手術検体の分解能

 腰椎椎間板ヘルニア患者の手術検体を細切し,培地に rhMMP-7投与及び非投与群で24時間 5% CO2,37℃で培養した。培養前後で精密計測器を使用し湿重量を計測すると,rh MMP-7投与群で 40~ 60%の湿重量低下がみられた。この結果は,患者年齢,Pfi rmann

分類による椎間板変性度,発症から手術までの時期の何れの因子にも無関係であった。

3) ヒトリコンビナント MMP-7のカニクイザル椎間板に対する影響

 生後 6才のカニクイザルに笑気とイソフルレンによる吸入麻酔を実施し,腰椎椎間板に 31

ゲージ針を使用し透視下に rhMMP-7を投与した。術後 7日目に検体を採取し組織学的また放射線学的検討を実施した。術後 7日目のアルシアンブルー染色では,緩衝液(Tris-HCl, pH 7.1)投与群と比較し,MMP-7投与椎間板は有意に染色性が低下した。さらに,術後 3および 7日目ともに,MMP-7投与椎間板は緩衝液投与椎間板と比較し有意に椎間板腔狭小化をみた。

4) 化学的髄核融解療法による椎間板ヘルニアに対する低侵襲治療の方向性

 現状で最も普及している腰椎椎間板ヘルニアに対する低侵襲治療は内視鏡視下ヘルニア摘出術(MED)であるが,本法は発症直後から根治的治療が開始しうる。この視点ではMED法よりも化学的髄核融解療法の方が治療開始までの時間や治療期間を短縮でき有用である。また,椎間板中心部に薬剤を投与する従来法ではなく,椎間板ヘルニア部のみに選択的に投与し母床椎間板の変性を阻止する投与法を確立し

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ていく必要がある(図 3)。今後,臨床治験における検討となるが,Chondroitinase ABCやrh MMP-7による薬物療法で治療の選択肢が広がるが,一方で臨床成績,合併症,長期経過など様々な検討を行っていく必要がある。

謝  辞

 椎間板の基礎研究は整形外科大学院生が行い,中尾篤人教授,加藤良平教授,小泉修一教授にご指導いただきました。この場をお借りし,深謝申し上げます。

文  献

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図 3. 椎間板穿刺デバイス これまでの椎間板内注入療法は,経皮的に穿刺針を刺入し,透視下で椎間板中

央まで到達させたが,母床椎間板に損傷を加えず,選択的に椎間板ヘルニアのみに薬剤を到達させるため,産学共同でデバイスを開発した.デバイス尖端は形状記憶金属のナイチノールであり,ヘルニア門方向に様々なカーブが描けるようにデザインされている.

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123腰椎椎間板ヘルニアの診断と今後の治療体系

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