損害額の認定についての一考察 -...

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沿調岡山大学法学会雑誌61巻第(201137

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  • 損害額の認定についての一考察

    一 

    はじめに

    二 

    立法沿革

    三 

    ドイツ法

    四 

    検 

    五 

    おわりに

    一 

    はじめに

    1 

    問題の所在

     

    現行民事訴訟法(平成八年法律第一〇九号)(以下、民訴法とする)二四八条は、「損害が生じたことが認められ

    る場合において、損害の性質上その額を立証することが極めて困難であるときは、裁判所は、口頭弁論の全趣旨及

    び証拠調べの結果に基づき、相当な損害額を認定することができる。」と規定する。民訴法二四八条は、平成八年

    (一九九六年)の改正によって、新たに導入された規定であり、法的性質や対象範囲をめぐって、改正作業の当時

    から、盛んに議論がなされている

    (1)。

    行論に必要な限度で議論状況を整理すると、以下のとおりである。

     

    法的性質に関しては、大きく分けると、損害額の認定を証明の対象となる事実認定の問題と捉えたうえで、損害

    『岡山大学法学会雑誌』第61巻第1号(2011年8月)37

    三七

  • 額についての証明度を軽減する規定とみる見解

    (2)(

    以下、証明度軽減説とする)と、損害額の認定を法的評価の性質

    を有するものと捉えたうえで、裁判所に対して損害額の認定についての裁量権限を付与する規定とみる見解

    (3)(以下、

    裁量評価説とする)とに区別することができる

    (4)。もっとも、いずれの見解も、「損害額の立証ができないことを理由

    に、原告の請求が棄却されるべきではない」という考え方に基づいている、という点では共通しているといえる。

    民訴法の立案担当者は、証明度軽減説に立ったうえで、その適用対象を、精神的損害である慰藉料と財産的損害の

    うち消極損害である幼児の逸失利益に限定する

    (5)。

    このような立案担当者の理解に対しては、証明度軽減説からも、

    判例理論によると、慰謝料の認定は法的評価の問題であり、また、幼児の逸失利益の認定は、実体法ルールの適用

    の問題であって、民訴法二四八条が適用されるべき局面ではなく、民訴法二四八条の適用対象は消失家財道具等の

    損害額の認定である、という批判がなされ

    (6)、

    また、裁量評価説からは、損害額の認定は本来的に法的評価の問題で

    ある、という批判がなされ、安定した理解が確立しているとはいえない状況にある。さらに、法的性質論や適用対

    象論には理論的な意義はあるものの、実践的な実益は小さい、という指摘もなされている

    (7)。

     

    証明度軽減説に立つとしても、証明度の軽減がなされる対象が、損害額それ自体であるのか、あるいは、損害額

    を基礎づける事実であるのかは、必ずしも明らかではなく、また、裁量評価説に立つとしても、裁判所の裁量に委

    ねられている対象が明確であるとはいえないため、証明度軽減説と裁量評価説の議論が十分にかみ合っているとは

    いえない状況にある。このように議論が錯綜する要因は、「損害」の多様性

    (8)と

    それに連関する「証明」の多面性

    (9)に

    るといえるが、それだけではなく、「損害賠償請求訴訟の原告が損害額についての客観的証明責任(以下、証明責任

    とする)を負う」という規律(以下、損害額についての証明責任ルールとする)についての検討が十分になされて

    いないことにもあるように思われる。すなわち、いずれの見解も、損害額についての証明責任ルールを前提とする

    が)10(

    、証明度軽減説に立っても、損害額を認定するための算定式の変数に該当する事実を主要事実と捉えるとすると)11

    岡 法(61―1) 38

    三八

  • その事実についての証明責任を設定すれば十分である、ということができ、また、裁量評価説に立ち、それを貫徹

    すると、裁判所は証明責任判決(全部棄却判決)をすることはできない、という帰結となりうるからである)12

     

    以上のような議論状況のもと、民訴法二四八条の適用に関して、直接の判断を示した初めての最高裁判例があら

    われた)13

    。最高裁平成二〇年六月一〇日第三小法廷判決(裁時一四六一号一五頁・判時二〇四二号五頁)(以下、最判

    平成二〇年とする)である)14

    。以下では、まず、最判平成二〇年の事実関係と判旨を紹介したのちに、その意義を確

    認する。

    2 

    最高裁平成二〇年六月一〇日第三小法廷判決

    ⑴ 事実関係と判旨

    【事実関係】本件は、採石業を営むXが、Y1の採石行為によって自己の採石権が侵害されたとして、Y1と当該採石行為を指示したY1の

    代表者であるY2を共同被告として、不法行為に基づく損害賠償を求めた事案である。原審の認定した事実関係の概要は、以下のとおり

    である。

     

    Xは、平成七年七月二〇日当時、「本件土地1」および「本件土地2」(以下、併せて、「本件各土地」とする)について、採石権を有

    していた。Y1は、平成七年七月二〇日、ダイナマイトによる発破をかけて、本件各土地の岩石を崩落させるなどして、同月二七日ころ

    までの間に、本件各土地の岩石を採石した。Xは、平成七年七月二七日、長崎地方裁判所壱岐支部に対し、Y1を債務者として、本件各

    土地における採石の禁止等を求める仮処分を申し立てた。これに対して、Y1は、本件各土地は自己が採石権を有する土地であり、上記

    採石行為はXの採石権を侵害しない旨の反論をした。上記仮処分申立事件において、同年八月八日、次のような内容の和解(以下、「本

    件和解」とする)が成立した。

    「ア 

    別紙物件目録記載の山林三九六㎡のうち、本件土地2を含む北側の一部(以下、「甲地」という。)については、Xに採石権があ

    損害額の認定についての一考察39

    三九

  • り、本件山林のうち、甲地に接する本件土地1を含む南側の一部(以下、「乙地」という。)については、Y1に採石権があること

    を確認する。

     

    イ 

    ただし、上記アの合意は、本件和解時までに発生した採石権の侵害等に基づく互いの損害についての賠償請求を妨げるものでは

    ないことを確認する。」

     

    Y1は、本件和解後の平成八年四月二日、本件土地2において採石を行った。Xは、Y1がY2の指示に基づいて、本件和解前の平成七年

    七月二〇日頃、本件各土地において採石をし、本件和解後の同年九月頃から平成八年四月頃までの間に本件土地2並びにXが採石権を

    有するとされる土地において採石をしたと主張し、Y1とY2を被告として、損害額を三三一四万円余とする損害賠償請求訴訟を提起した。

     

    第一審(長崎地壱岐支部判平成一二年三月九日 LEX/DB25420054

    )は、Xの損害賠償請求を、二三四二万円余の限度で認容した。原

    審(福岡高判平成一七年一〇月一四日 LEX

    /DB25420053

    )は、XのY1に対する損害賠償請求のうち、本件土地2の採石権侵害に基づく

    請求につき、本件和解前及び本件和解後の採石行為に基づく損害として、合計五四七万円余の限度で認容したが、本件土地1の採石権

    侵害に基づく請求とY2に対する請求はいずれも棄却した(以下では、Y2に対する請求については省略する)。本件土地1に関する請求を

    原審が棄却した理由は、「Y1が本件土地1において本件和解前の平成七年七月二〇日から同月二七日ころまでの間に採石した量について

    は、本件和解後、Y1が本件土地1を含む乙地につき採石権を取得し、実際に採石を行っており、Y1が本件和解前に採石した量と、本件

    和解後に採石した量とを区別しうる明確な基準を見いだすことができず、本件和解前の本件土地1についてのY1による採石権侵害に基

    づくXの損害の額を算定することができない」ということである。

     

    Xは、このような原審の判断には審理不尽・理由不備・釈明権の不行使という違法があるとして、上告受理の申立てをした。最高裁

    は、次のように判示して、本件土地1の採石権侵害に基づく損害賠償請求に関する部分を破棄し、事件を原審に差し戻した。

    【判旨】「前記事実関係によれば、Xは本件和解前には本件土地1についても採石権を有していたところ、Y1は、本件和解前の平成七

    岡 法(61―1) 40

    四〇

  • 年七月二〇日から同月二七日ころまでの間に、本件土地1の岩石を採石したというのであるから、上記採石行為によりXに損害が発生

    したことは明らかである。そして、Y1が上記採石行為により本件土地1において採石した量と、本件和解後にY1が採石権に基づき同土

    地において採石した量とを明確に区別することができず、損害額の立証が極めて困難であったとしても、民訴法二四八条により、口頭

    弁論の全趣旨及び証拠調べの結果に基づいて、相当な損害額が認定されなければならない。そうすると、Y1の上記採石行為によってX

    に損害が発生したことを前提としながら、それにより生じた損害の額を算定することができないとして、Xの本件土地1の採石権侵害

    に基づく損害賠償請求を棄却した原審の上記判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。」

    ⑵ 意義

     

    最判平成二〇年は、とりわけ、次の点において、意義が認められる。第一は、民訴法の立案担当者が想定してい

    なかった損害も民訴法二四八条の適用対象となることを明らかにした点である。第二は、損害の発生が認定される

    場合には、裁判所は、民訴法二四八条を適用して、相当な損害額を認定する義務(以下、損害額認定義務とする)

    を負う場合があることを示した点である)15

     

    第一点に関して、立案担当者は、民訴法二四八条の適用対象を、損害額の立証が極めて困難であること(以下、

    損害額の立証困難性とする)が、損害の性質から客観的に判明する損害、すなわち、損害額の立証困難性それ自体

    を認定する必要がない損害に限定する、という考え方に立っていた。しかし、学説からは損害額の立証困難性を厳

    格に解すべきではないとの批判がなされ)16

    、また、下級審では、個別事案に特有の事情により損害額の立証困難性が

    発生する場合、すなわち、損害額の立証困難性それ自体の認定が問題となりうる場合(具体的には、焼失家財道具

    の損害額)についても、民訴法二四八条を適用した裁判例が存在する)17

    。立案担当者が適用対象としていなかった損

    害について、民訴法二四八条を適用していることに鑑みると、最判平成二〇年も、同条を適用するに際して、損害

    損害額の認定についての一考察41

    四一

  • 額の立証困難性それ自体を重視するものではない、と評価することができるであろう。

     

    第二点は、民訴法二四八条に関する新しい規律である。損害額認定義務の内容を、損害の発生が認定できる場合

    には、裁判所が原告の請求を全部棄却することはできない、という意味で捉えると、損害額についての証明責任ルー

    ルとの整合性が問題となりうる。損害額についての証明責任ルールは、損害額について真偽不明となる場合には、

    全部請求棄却判決がなされることを前提としているといえるからである。このような意味で、最判平成二〇年が提

    示する損害額認定義務は、損害額についての証明責任ルールについての再検討を迫るものであるといえよう)18

    3 

    検討の対象

     

    以上のような問題意識に基づき、本稿では、まず、わが国の立法沿革をたどり、明治二三年(一八九〇年)法律

    第二九号として成立した旧々民事訴訟法(以下、明治民訴法とする)の立法担当者が、損害額の認定に関する規律

    について、どのような考え方に立つものであったのかを検討するとともに、明治民訴法および大正一五年(一九二

    六年)の改正民事訴訟法(以下、旧民訴法とする)の下での学説・裁判例についての検討を行うこととする)19

    。その

    うえで、現行民訴法の立法に際して参考とされた現行ドイツ民事訴訟法(以下、ZPO

    とする)二八七条をめぐる議

    論状況を整理し、民訴法二四八条に関する規律を検討するための示唆を得ることとする。

    二 

    立法沿革

    1 

    明治民訴法の制定

     

    明治民訴法では損害額の認定に関する規定は採用されていないが、明治一九年(一八八六年)六月に当時の司法

    岡 法(61―1) 42

    四二

  • 大臣山田顕義に提出されたテヒョー草案の段階では、損害額の認定に関する規定が採用されていた。次のような規

    定である)20

    【テヒョー草案二六一条】

    損害ノ有無若クハ多寡又ハ賠償スへキ利益ノ多少ニ付キ論争アル時ハ裁判所総テノ状況ヲ斟酌シ其思料ヲ以テ之ヲ裁判スルモノトス

    此場合ニ於テ原被告ノ申出タル立證ヲ為ス可ヘキヤ否又ハ職権ヲ以テ撿證ヲ為シ若クハ鑑定ヲ命ス可キヤ否ハ裁判所ノ意見ニ任ス

    裁判所ハ他ノ立證若クハ原被告申立ノ有無ニ拘ハラス本章第八節ノ規則ニ従ヒ原被告本人ヲ證人トシテ審問スルコトヲ得

     

    当事者宣誓制度を採用していない点を除いて、一八七七年に成立した旧ドイツ民事訴訟法(以下、CPO

    とする)

    二六〇条)21

    とほぼ同じ内容の規定である。テヒョー草案二六一条の起草過程では、様々な諸草案が作成されている)22

    そのうち、明治一八年(一八八五年)二月頃に完成したとされる「訴訟法原案

    完」(以下、「一次案」とする)で

    は、第三節第五條)23

    に規定され、「一次案」に修正を加え、明治一八年(一八八五年)八月に提出された「テヒヨウ氏

    訴訟規則修正原按」(以下、「二次案」とする)では、第四節第五條)24

    に規定されている。これらは、文言や表現など

    に若干の違いはあるものの、テヒョー草案二六一条と同様の規定である。

     

    それに対して、三好退蔵を委員長とする訴訟法の取調委員会による審議を経て、二次案を大幅に修正した「委員

    修正民事訴訟規則」(以下、「中間案」とする)では、次のように規定されていた)25

    【委員修正民事訴訟規則二八四条】

    損害ノ有無若クハ其額又ハ賠償ス可キ利益ノ多少ニ付キ論争アル場合ニ於テ之ヲ證明スル能ハサル時ハ裁判所総テノ状況ヲ斟酌シ其

    損害額の認定についての一考察43

    四三

  • 思料ヲ以テ之ヲ裁判スルモノトス此場合ニ於テ職権ヲ以テ臨撿ヲ為シ若クハ鑑定ヲ命ス可キヤハ裁判所ノ意見ニ任ス

    裁判所ハ他ノ立證若クハ原被告申立ノ有無ニ拘ハラス本章第九〔八〕節ノ規則ニ従ヒ原被告本人ヲ證人トシテ審問スルコトヲ得

     

    テヒョー草案二六一条との大きな違いは、「之ヲ證明スル能ハサル時ハ」という要件が設けられている点である。

    「中間案」に対するテヒョーの反論書とされる『哲憑氏訴訟規則按説明書』)26

    では、この規定についての言及はなさ

    れていない。そのため、最終的に、テヒョー草案で、この要件が削除された理由は明らかではないが、CPO

    260

    と同様に、損害額の立証がなされたか否かにかかわらず、裁判所は損害額を認定すべきである、という理解に立っ

    ていたと推測することができよう。

     

    明治一九年(一八八六年)八月に外務省に設置され、明治二〇年(一八八七年)に司法省に移管された法律取調

    委員会は、同年一二月初旬より、民事訴訟法についての審議(いわゆる第一読会)を開始した。第一読会では、モッ

    セがテヒョー草案に修正を加えた「モッセ氏訴訟法草案」)27

    の日本語訳である「民事訴訟法新草案」)28

    とそれを報告委

    員が修正した「民事訴訟法議案」)29

    を中心に審議がなされた。もっとも、モッセが草案の作成を途中で断念したため、

    「民事訴訟法新草案」には、損害額の認定に関する規定は存在しない。「民事訴訟法新草案」で規定されていない条

    文については、第一読会では、テヒョー草案とその日本語訳をたたき台として、審議がなされた。第一読会の審議

    の結果としてまとめられた「修正民事訴訟法草案」)30

    では、損害額の認定に関する規定は採用されていないことに鑑

    みると、第一読会における審議によって、損害額の認定に関する規定を採用しないことが決定されたとみることが

    できるであろう。

     

    第一読会の審議記録は、『法律取調委員會 

    民事訴訟法草按議事筆記』)31

    に収録されている。損害額の認定に関する

    規定を含む採証総則に関する審議記録である「民事訴訟法草案議事筆記第二一回」(明治二一年五月二六日)による

    岡 法(61―1) 44

    四四

  • と、損害額の認定に関する規定を含む採証総則の採用が未定とされ、最終的に明治民訴法で採用されなかった理由

    は、旧民法証拠編の草案にも採証総則に関する規定が存在したことにある。民事訴訟法の立法担当者によって、民

    法と訴訟法とで重畳的に規定するのは妥当ではないため、損害額の認定については、民法の規定に委ねる、という

    決断がなされたとみることができる。

     

    そこで、次に、旧民法証拠編における損害額の認定に関する規定についてみていくこととする。

    2 

    旧民法証拠編

     

    明治二三年(一八九〇年)に公布された旧民法(いわゆるボワソナード民法典)では、証拠編第八条に、損害額

    の認定が規定されていた。

    【旧民法証拠編八条】

    受ケタル損害若クハ失ヒタル利益其他原因ニ争ナク供給ス可キ価額ニ付キ為ス可キ評価ノミニ争ノ存スル場合ニ於テ判事ハ当事者又

    ハ其代人ノ陳述ヲ聴キ此評価ニ必要ナル元素ヲ得タルトキハ自ラ其評価ヲ為スコトヲ得

     

    旧民法が成立する過程において作成された諸草案においても、損害額の認定に関する規定が存在する。法律取調

    委員会の審議の対象となった「民法証拠編再調査案」一三二一条)32

    や、ボワソナードが起草した「再閲修正民法草案」

    一八二一条)33

    といった規定である。もっとも、それらは、字句が異なるだけで、旧民法証拠編八条とほぼ同じ内容の

    規定であった。

     

    ボワソナードによる立法理由書では、旧民法証拠編八条について、次のような説明がなされている)34

    損害額の認定についての一考察45

    四五

  • 「本條ノ規定セル場合及ヒ他ノ類似ノ場合ニ於テ為スコトヲ要スル評価ハ別ニ鑑定人ヲ用ユルコト無ク単ニ当事者ノ陳述ヲ聴キ且評

    価ノ基礎タルヘキ材料ヲ取調ヘテ裁判所自ラ直チニ之ヲ為スコトヲ得ヘク是レ実ニ屢見ル所ノ場合ナリ

    本條ノ規定ハ次ノ点ニ於テ前条ノ規定ト相異ナリ蓋シ前条ノ場合ニ於テ請求ヲ拒否スルヲ以テ目的トスレトモ本條ノ場合ニ於テハ請

    求ノ原因巳ニ正当ナルモノト仮定シ唯其数額ノ多少ヲ決スルニ在ルノミ之ヲ要スルニ判事心証ヲ作ル為メ採用シ得ヘキ方法ニ至テハ

    前條ノ場合ニ於ケルト更ニ異ナルコトナシ」

     

    裁判所は、鑑定によることなく、当事者の陳述のみに基づいて、損害額を認定できる、とする点に鑑みると、ボ

    ワソナードは、損害額の認定を事実証明の問題とは捉えていなかったと考えられる。なお、岸本辰雄)35

    と磯部四郎)36

    も、

    ボワソナードと同様の理解に立っている。

     

    ボワソナードの理解によると、旧民法証拠編八条は、損害額それ自体を証明の対象としないことを前提とする規

    定ということになる。

     

    旧民法は、公布されたものの、いわゆる法典論争により、一度も施行されることなく、明治三一年(一八九八年)

    に廃止された。その結果、損害額の認定に関する明文の規定は存在しない状況となった。

    3 

    大正民訴法改正

     

    明治民訴法は、明治二四年(一八九一年)一月一日より施行されたが、その後まもなく、改正作業が開始された)37

    最初に改正業に携わったのは、明治二八年(一八九五年)一二月に司法省に設置された「民事訴訟法調査委員会」

    である。民事訴訟法調査委員会は、起草委員提出の修正案を審議して、その結果、「民事訴訟法修正案」)38

    を作成し

    た。「民事訴訟法修正案」では、施行されていなかった旧民法証拠編における民事訴訟法に関する諸規定が採用され

    岡 法(61―1) 46

    四六

  • ている)39

     

    その後、民事訴訟法調査委員会は解消され、法典調査会第二部が、民事訴訟法の改正作業を行うこととなった。

    法典調査会の審議について、第一回から第三六回(明治三四年(一九〇一年)七月一二日)までは、審議録が作成

    されているが、損害額の認定に関する規定についての審議録は残されていないようである。法典調査会の審議の結

    果、作成されたものが、「民事訴訟法草案」)40

    であり、それに字句の修正等を加えて成立した草案が、「明治三六年民

    事訴訟法草案(旧法典調査会案)」)41

    である。損害額の認定に関する規定は、「民事訴訟法草案」および「明治三六年

    民事訴訟法草案」では採用されなかった。そして、最終的に、大正一五年(一九二六年)法律第六一号として公布

    された旧民訴法においても、損害額の認定に関する規定は設けられなかった)42

     

    民事訴訟法調査委員会が作成した「民事訴訟法修正案」二四四条は、次のような規定であった。

    【民事訴訟法修正案二四四条】

    損害ノ額ノミニ付キ争アルトキハ裁判所ハ一切ノ事情ヲ斟酌シ自由ナル心證ヲ以テ之ヲ判断スヘシ但裁判所ハ申立ニ因リ證據調ヲ命

    シ又ハ職権ヲ以テ檢證若クハ鑑定ヲ命スルコトヲ得

     

    旧民法証拠編八条が、検証や鑑定をすることなく、裁判所が損害額を認定できることを認める規定であったに対

    して、民事訴訟法修正案二四四条は、職権による検証ないし鑑定を認める規定である。この点に鑑みると、民事訴

    訟法調査員会は、裁判所の権限を拡張する方向での議論の一環として、損害額の認定も、通常の事実証明と同様に、

    裁判所の自由心証に委ねられる問題と捉えていたのではないかと考えられる。

     

    民事訴訟法修正案二四四条に関する審議録が残されていないため、法典調査会が同条を採用しなかった理由は明

    損害額の認定についての一考察47

    四七

  • らかではないが、損害額の認定を事実証明の問題と捉えていたとすると、同条本文については、自由心証の規定に

    よって対処でき、また、同条但書きについては、職権による釈明処分の規定によって対処できるため、損害額の認

    定について独立した規定を設ける必要性が認められないとの判断がなされたのではないかと推測することができ

    る。いずれにしても、損害額を立証できないことを理由に、原告の請求が棄却されるべきではない、という考え方

    を反映する明文の規定は存在しないことになった。

    4 

    明治民訴法および旧民訴法における学説・裁判例

    ⑴ 

    学説

     

    この当時、損害額の認定をめぐる問題を認識したうえで、それを論じる学説は少ない。その中で、損害額の認定

    に関する明文の規定を欠くことの立法上の不備を指摘したうえで、裁判所は、損害額の立証がないことを理由に、

    原告の請求を棄却すべきではない、と主張する見解がある。松岡義正)43

    と細野長良)44

    である。

     

    松岡は、「自由心証ノ拡張」という項目で、損害額の認定について、次のように論じる。まず、裁判所は、「因果

    ノ関係及ヒ損害ノ範囲ニ付弁論及証拠調ノ結果カ不十分ナルトキト雖モ総テノ事情(当事者ノ演述シタル事情ノミ

    ナラス総テ自己ニ知レタル事情)ヲ斟酌シテ自由ナル心証ヲ以テ裁判ヲ為ス従テ裁判所ハ損害発生シタリトノ確信

    ヲ有スルニ至リタル以上ハ当事者カ細目ニ渉リテ計算シ及ヒ立証スルコトヲ得スト雖モ之ヲ以テ請求ヲ却下スルコ

    トヲ得ス」とする。そのうえで、裁判所は、「損害賠償ヲ請求スル当事者ニ宣誓シテ損害額ヲ評定スヘキ旨ヲ命スル

    コトヲ得唯此場合ニ於テハ裁判所ハ同時ニ宣誓シテ評定スル額ノ超過スルコトヲ得サル額ヲ定ムルコトヲ要スルノ

    ミ」として、「本邦ニ於テ斯ル趣旨ノ明文ヲ缺クハ立法上ノ欠点タルヲ免カレス」と述べる)45

     

    他方、細野は、「賠償スヘキ原因」の有無の「認定ハ一般ノ規定ニ依リ之ヲ定ムヘキコトヲ論ヲ俟タサル所ナル」

    岡 法(61―1) 48

    四八

  • としたうえで、「其原因事実ヨリ如何ナル数額ノ損害カ発生シタリヤノ問題ハ具体的事実ニ対スル財産上ノ評価ノ問

    題ニ外ナラサルカ故ニ裁判所ハ一般経験ノ法則ニ従ヒ之ヲ定ムヘク当事者ノ弁論ニ制限セラルルモノニアラス」と

    する)46

    。そのうえで、「裁判所ハ苟モ損害ノ原因ノ立証セラレタル以上」、その「数額ニ関スル立証ナキノ故ヲ以テ直

    チニ損害数額明カナラストシテ請求ヲ排斥スヘキニアラス」として、「当事者カ実際上証明スルコト困難ナル損害ノ

    数額ニ付キ其負担ヲ軽減スルコトヲ得ルノ結果ヲ生ス」と主張する)47

     

    いずれの見解も、損害の発生が立証された場合には、損害額が立証されていないことを理由に、裁判所は原告の

    請求を全部棄却すべきではない、という考え方に基づくものである。このような見解が主張されていたことは、見

    方を変えると、その当時、損害額それ自体が、他の事実問題と同様に、証明の対象となり、損害額の証明がなされ

    ない場合には、原告の請求が全部棄却される、とする理解が一般的であったことを窺い知ることができる。

    ⑵ 

    裁判例

     

    損害額についての証明責任ルールの端緒となったと考えられる大審院判例がある。次の事案である。

    大審院大正九年六月一五日判決(民禄二六輯八八〇頁)

    【事実関係】Xは、Yに対して、鰤大謀網(以下、目的物とする)の運送を委託した。Yが、目的物を雨中に放置したため、目的物が

    濡損した。本件は、Xが、Yを被告として、目的物の濡損に基づく損害の賠償を求めた事案である。XY間で、Yが目的物を雨中に放

    置したことについては争いがなく、争いがあったのは、損害額についてであった。原審裁判所は、損害額に関する証人の供述は信用で

    きないとし、Xは「濡損ノ為メ何程ノ損害ヲ受ケタルヤヲ知ルコト能ハサルヲ以テ結局損害ノ数額ヲ定ムルコト能ハサルカ故ニXノ本

    訴請求ハ全部之ヲ排斥セサルヲ得ス」判示して、Xの請求を全部棄却した。それに対して、Xは、「損害賠償ノ請求訴訟ニ於テ損害ノ存

    在ニ付テハ当事者間争ナク唯其数額ニ付キ争ノ存シ而カモ其数額ニ付キ当事者ヨリ証拠ヲ提出シタルニ拘ハラス前述ノ如ク裁判所ニ於

    損害額の認定についての一考察49

    四九

  • テ其ノ証拠ニ顕ハレタル数額算出ノ理由未タ明カナラストナシ又ハ其証拠ヲ未タ不十分ナリトナスカ如キ場合ニ於テハ即チ其訴訟ハ審

    理上未タ裁判ヲ為スニ熟セサルモノト云フヘク」と、このような場合には、裁判所は、釈明権の行使(明治民訴法一一二条)や、職権

    を以て検証又は鑑定を命じること(明治民訴法一一七条)を通して、「損害額ノ関係ヲ審究スル」必要があり、これは、「裁判所ノ責務

    ナリ」としたうえで、Xの請求を全部棄却した判決には審理不尽の違法があるとして、上告した。

    【判旨】「訴訟ニ依リ損害賠償ヲ請求スル者カ其損害額ヲモ立証スヘキ責任ヲ負フモノナルコトハ民事訴訟法二一三条ノ規定ニ徴シテ明

    ラカナリ」としたうえで、「裁判所ハ請求者ノ提出シタル証拠ヲ判断シテ損害額ノ証明セラレタリヤ否ヤヲ決スヘク損害額カ証明セラレ

    スト認メタルトキト雖モ必ス検証鑑定ヲ命シテ損害額ヲ審究スヘキ職責ヲ有スルモノニ非ス」として、Xの上告を棄却した。

     

    直接の判示事項は、裁判所は職権で検証ないし鑑定を命じる義務を負わない、ということにあり、原告が損害額

    について「立証スヘキ責任」を負う、という判断は、その前提としてなされたものである。仮に旧民法証拠編八条

    を本件に適用できるとすると、当事者間で損害の発生ないし原因に争いがない場合には、裁判所は、鑑定ないし検

    証をすることなく、当事者の陳述を判断資料として、損害額を認定することになる。しかし、大審院は、旧民法証

    拠編八条の考え方に立つことなく、損害額を証明の対象としたうえで、その立証が不十分であるとして、原告の請

    求を全部棄却した。もっとも、本件は、そもそも、損害自体の発生がないと認定することもできた事案であり、大

    審院が、原告の請求を全部棄却した理由も、そこにあったと理解することもできる。このような理解に立つと、本

    件が、損害額についての証明責任を判断するのに適切なケースであったかは疑問が残るところである。また、明治

    民訴法二一三条)48

    を根拠とする「立証スヘキ責任」が、証明責任を意味するかについても、その当時の証明責任論と

    の関係で、検討がなされるべきであろう。

     

    以上のような問題点についての検討がなされることなく、大判大正九年の判断枠組みは、次の最高裁判例に継承

    岡 法(61―1) 50

    五〇

  • されることになった

    )50)(49(

    最高裁昭和二八年一一月二〇日判決(民集七巻一一号一二二九頁)

    【事実関係】Xが、船舶の所有権に基づき、船舶の不法占有者であるYに対して、その引渡しと、不法占有期間における賃料相当額の

    損害金の支払いを求めた事案である。原審裁判所は、引渡請求を認容したが、損害金の支払いについては、所有権侵害による損害賠償

    義務は認められるが、Xの主張する損害額の算定の基礎となる事実の主張立証がなされていないとして、Xの請求を認容した第一審判

    決を取り消した。Xは、原審判決には、釈明権不行使の違法があるとして、上告した。

    【判旨】「Xの本訴損害賠償の請求は本件船舶の引渡義務不履行による損害賠償を求むるものであつて、金銭債務の不履行による損害賠

    償を請求するものではないから、所論の如き法定利率による損害金を請求できないことは論を俟たないところである。従つてかかる損

    害金の請求の有無につき原審においてこれが釈明権を行使するの要なく原判決には所論の如き釈明権不行使の違法ありということはで

    きない。そして損害賠償を請求する者は損害発生の事実だけでなく損害の数額をも立証すべき責任を負うものであることは当然である

    から裁判所は請求者の提出した証拠を判断し損害額が証明せられたかどうかを判定すべきであり、もし損害額が証明せられないと認め

    たときはその請求を棄却すべきであって職権によって鑑定を命じ損害額を審究すべき職責を有するものではない。原審においてXは

    一ヶ月一万五千円の賃料相当の損害を受けたと主張しその立証をしていたのであるが原審はX提出の証拠によっては本件船舶の賃料が

    一ヶ月一万五千円であつた事実は認められずその他に損害額算定の基礎となる事実の主張立証なしとしてその請求を排斥したものであ

    つて何等釈明権不行使又は審理不尽の違法は認められないのである、それゆえ論旨は理由がない」として、上告を棄却した。

     

    最判昭和二八年も、直接の判示事項は、裁判所の釈明義務の有無であるが、「損害賠償を請求する者は損害発生の

    事実だけでなく損害の数額をも立証すべき責任を負うものであることは当然である」という判断は、損害額それ自

    損害額の認定についての一考察51

    五一

  • 体についての証明責任に関する規律を示すものとして、その後の判例・学説においてリーディング・ケースとして

    位置づけられることとなった。

    5 

    小括

     

    本章の検討をまとめると、以下のとおりである。すなわち、①明治民訴法で損害額の認定に関する規定が採用さ

    れなかった理由は、民事訴訟法ではなく民法で規定する、という民事訴訟法の立法担当者の判断によるものであっ

    たこと、②旧民法証拠編八条によると、損害額の認定は、事実証明の問題ではなく、裁判所の裁量評価の問題と捉

    えられていたこと、③明治民訴法および旧民訴法の下でも、「損害額の立証ができないことを理由に、原告の請求が

    棄却されるべきではない」という考え方に基づく見解が主張されていたこと、④原告に損害額についての「立証ス

    ヘキ責任」を課す判例法理には検討すべき問題点が残されていること、である。

     

    次に、民訴法二四八条を検討する準備作業として、同条の立法にあたって参考とされたZPO

    287

    条に関する規律

    内容を概観する。

    三 

    ドイツ法

    1 

    ZPO 287

     

    CPO 260

    条は、幾度かの改正を経て、次のような ZPO

    287条となった。なお、証拠方法として当事者宣誓制度の

    代わりに当事者尋問制度が導入されたこと、および、別の内容の二項が新設されたことを除いて、基本的な規律内

    容に関して大きな改正はなされてはいない)51

    岡 法(61―1) 52

    五二

  • 【ZPO 287

    条】

    ⑴ 

    損害が発生したか否か(ob

    )、及び、損害額ないし賠償すべき利益の額がいくらであるか(w

    ie hoch

    )について当事者間で争いが

    あるときは、裁判所は、これらに関して、全ての事情を評価し、自由な心証をもって裁判をする。申し立てられた証拠調べ、ある

    いは、職権をもってする鑑定人による鑑定を命じるべきか否か、および、いかなる範囲で命じるかの判断は、裁判所の裁量に委ね

    られる。裁判所は、損害ないし利益について挙証者を尋問することができる(この場合には、四五二条一項一文、同条二項ないし

    四項の規定を準用する)。

    ⑵ 

    財産法上の争いに関して、前項一文及び二文は、当事者間で債権の額について争いがあり、そのための基準となる一切の事情の

    完全な解明が債権の争われている部分の価値に比べて均衡のとれない困難さを伴う場合にも準用される。

     

    同条は、損害ないし損害額は多分に仮定的な要素を含むものであり、原告に厳格な主張・立証を要求することは、

    本来認められるべきである実体法上の損害賠償請求権を実質的に無意味なものとすることになり、このような帰結

    は妥当ではない、という考え方に基づき、損害ないし損害額について、原告の立証軽減を図ることを目的とする規

    定である)52

     

    ZPO 287

    条の適用対象は、「責任充足因果関係(H

    aftungsausfüllende Kausalität

    )」と「損害額」であり、「具体的

    な責任原因(Haftungsgrund

    )」(違法行為や帰責性)と「責任根拠因果関係(H

    aftungsbegründende Kausalität

    )」

    については、ZPO

    286

    条(民訴法二四七条に対応する規定))53

    が適用されるというのが、一般的な理解である)54

    。なお、

    かつては、責任根拠因果関係と責任充足因果関係との仕分けが、ZPO

    287

    条に関する中心的な論点であったが)55

    、ZPO

    286

    条が適用される責任根拠因果関係について証明度の軽減を認める議論(表見証明(A

    nscheinsbeweis

    )をめぐる

    議論等)が展開されている状況の下では、ZPO

    287

    条を適用するために、因果関係概念を操作する必要性がなくな

    損害額の認定についての一考察53

    五三

  • り、ZPO

    287

    条との関係では、責任根拠因果関係と責任充足因果関係とを仕分ける意義は小さくなったとの指摘が

    なされている

    )57)(56(

     

    本稿では、二項には立ち入らず、一項の規律のみをみていくこととする。一項は、内容の異なる三つの規律から

    成るものである。

     

    通説・判例によると、一文は、証明度の軽減を認める規定である。証明度が軽減される結果、審理の過程におい

    て、原告に課される主張を具体化する義務と立証の負担が軽減されることになる)58

    。証明度が軽減される対象は、責

    任充足因果関係を基礎づける事実と損害額を基礎づける事実)59

    についてであり、損害額の認定それ自体は、裁判所の

    裁量(Erm

    essen

    )による評価(Schätzung

    )の問題と捉えられている)60

     

    二文は、「当事者の申し出た証拠方法は、全て取調べなければならない」という原則)61

    の例外を規定するものであ

    る。すなわち、通常であれば、証拠申出の却下事由とすることができない理由、例えば、「当事者の申し出た証人に

    ついて尋問をしても、損害額の認定に役に立つ証言は得られそうにない」といった証拠評価の先取りに基づいた理

    由を、ZPO

    287

    条が適用される局面では却下事由とすることが認められる)62

    。また、通常であれば、職権で鑑定をす

    べき場合であっても、鑑定を行うことなく、損害額の認定をすることが許容される。このように、二文は、裁判所

    に対して、証拠調べの範囲を縮小する方向での裁量権限を付与する規定ということができる)63

     

    三文は、当事者尋問についての許容要件や補充性を緩和する規定である)64

    。なお、当事者尋問において、ドイツ普

    通法時代の評価宣誓のように、原告が損害額をどのように評価しているかについての供述を求めることができると

    する見解)65

    もある。三文は、損害額の認定における当事者の供述を重視する趣旨の規定ということができる。

    岡 法(61―1) 54

    五四

  • 2 

    損害額の認定に関する規律

     

    次に、損害額の認定に関する規律内容を整理すると、以下のとおりである。

     

    第一に、ZPO

    287

    条は、裁判所に対して、実際の事実関係を顧みず、公正(Billigkeit

    )の観点のみに基づいて、

    損害賠償請求を認容する権限を付与するものでないため)66

    、当事者(特に原告)は、損害額の認定の基礎となりうる

    「手がかりとなる事実(A

    nknüpfungstatsachen

    )」を主張しなければならない)67

    。その際、当事者(特に原告)は、

    期待可能な範囲で、手がかりとなる事実を具体化するように努めなければならないと解されている)68

     

    また、被告が手がかりとなる事実を争う場合には、原告はその事実を証明しなければならないが、損害額の認定

    の基礎となる全ての事実について ZPO

    287

    条の適用があるという理解)69

    を前提とすると、手がかりとなる事実につい

    ての証明度も軽減されることになる。なお、ZPO

    287

    条が適用される場合にも、裁判所は当事者が主張していない

    事実を判決の基礎とする権限を有しない、という意味で、弁論主義が妥当すると解されている)70

     

    第二に、原告が手がかりとなる事実を主張・立証しないため、裁判所による損害額の認定(評価)が全くの当て

    ずっぽうのものとなる(völlig in der Luft schw

    eben

    )場合には、原告の請求が棄却されることになる)71

    が、原告が手

    がかりとなる事実を主張・立証した場合には、少なくとも、一般的かつ抽象的な損害計算に基づく「最低限の損害

    (Mindestschaden

    )」の限りで請求が認容される、という規律が採用されている)72

    。このような規律を前提とすると、

    損害額についての証明(主張)責任は、実質的には、「手がかりとなる事実が証明(主張)されない場合に、請求棄

    却判決を受ける不利益(リスク)」という意味で捉えることができるであろう。

     

    第三に、裁判所は、原告の請求する損害額の範囲内で、当事者が主張する事実や証拠調べの結果に基づき、裁量

    によって、損害額を認定(評価)することができるが、その裁量には一定の制約が課されている。すなわち、本質

    的な評価要素を無視した認定、不適切な評価基準に依拠した認定、当事者の主張からかけ離れた認定、裁判所自身

    損害額の認定についての一考察55

    五五

  • が有し得ない専門的知見に依拠した認定等は、裁量を逸脱した違法な認定となる)73

     

    第四は、第三点とも関連するが、損害額の認定が適法になされたことを追証できるようにするために、裁判所は、

    損害額の認定の基礎となった事実上の根拠、それに対する評価、および、当事者の証拠申出を却下した場合には、

    その却下理由を、判決で明らかにしなければならないと解されている)74

     

    以上の規律は、ドイツの学説・判例において、概ね認められているものである。

    3 

    小括

     

    民訴法二四八条を検討するうえで参考となる点は、以下のとおりである。

     

    第一は、ドイツ法の規律は、ZPO

    286

    条と287

    条の適用範囲を画したうえで、ZPO

    287

    条が適用される場合には、

    審理の過程において、ZPO

    286条とは異なる規律が適用される点である。

     

    第二は、ドイツ法では、日本法と同様に、損害額についての証明責任ルールが採用されているが、その内容が、

    通常の主要事実についての証明(主張)責任とは異なっている点である。

     

    第三は、ドイツ法では、損害額の認定のプロセスが、損害額の認定の手がかりとなる事実を当事者が主張・立証

    する、という段階(事実証明の領域であり、主張の具体化の程度や証明度の軽減が問題となる。以下、審理段階と

    する)と裁判所が当事者によって主張された事実や証拠に基づいて損害額を認定(評価)する、という段階(裁判

    所の裁量判断の領域であり、裁量規制のあり方が問題となる。以下、評価段階とする)とに区別されている点である。

    岡 法(61―1) 56

    五六

  • 四 

    検討

    1 

    分析視角

     

    損害額の認定に関する規律の基礎にあるのは、「損害額の立証ができないことを理由に、原告の請求が棄却される

    べきではない」という考え方である。この考え方に基づき、旧民法証拠編八条は、損害額それ自体を証明の対象と

    はせず、裁判所の裁量に基づく評価に委ねる、という規律を採用したのに対して、(立案担当者の理解によると、)

    民訴法二四八条は、損害額についての証明責任ルールを前提として、損害額それ自体が証明の対象となると捉えた

    うえで、損害額についての証明度の軽減を図る、という規律を採用したということができる。

     

    二つの規律の大きな違いは、損害額それ自体について証明責任(ないし証明度)を設定するか否かという点にあ

    る。ドイツ法の規律を参考として、損害額の認定のプロセスを、当事者が損害額の認定の基礎となる事実を主張・

    立証する段階と、裁判所が当事者の主張・立証した事実に基づいて損害額を評価する段階とに区別したうえで、各

    段階における規律内容を検討する、という枠組みによると、損害額の認定に関しては、損害額それ自体ではなく、

    損害額を基礎づける事実について、証明(主張)責任を設定する必要があり、かつ、それで足りるように思われる。

    原告の主張・立証負担の軽減が図られるべきであるのは審理段階であり、評価段階は裁判所の裁量判断に委ねられ

    ているといえるからである。このような理解に立って、民訴法二四八条の法的性質論についてみると、証明度軽減

    説と裁量評価説とでは各々が着目するプロセスの段階が異なるだけであり、対立する見解ではないということがで

    きるであろう。

     

    以下では、損害額の認定のプロセスを段階的に捉える枠組みをとったうえで、民訴法二四八条の規律内容につい

    損害額の認定についての一考察57

    五七

  • て、若干の検討を行うこととする。

    2 

    民訴法二四八条に関する規律

    ⑴ 

    適用要件

    ―「損害が生じたことが認められる場合」

     

    民訴法二四八条は、損害の発生と損害額とが区別されうることを前提として、「損害が生じたこと」(以下、損害

    の発生とする)を適用要件とする規定である。民訴法二四八条が、ZPO

    287

    条とは異なり、損害の発生を適用要件

    としたことは、原告に損害を生じさせた被告が、損害額の認定において利益を受けることは認められない、という

    意味での当事者間の衡平を重視する趣旨である、と理解することができる。

     

    このような理解に立つと、民訴法二四八条の「損害」とは、被告の行為との関係で捉えられるべきであり、実体

    法上の損害概念と連関させる必要性は必ずしも認められないであろう。損害および損害額の立証の必要性が被告の

    行為に基因している、という関係に着目すると、民訴法二四八条の「損害」とは、「原告の権利または法律上保護さ

    れる利益が被告の行為によって侵害されたこと」という意味で理解することができるように思われる)75

     

    また、このような意味における損害の発生が立証された場合には、損害額の立証が困難であるか否かにかかわら

    ず、原告の請求は全部棄却されるべきではない、ということができるため、損害額の立証困難性それ自体を民訴法

    二四八条の適用要件とすることは、原告の損害賠償請求権に対する過剰規制となりうるであろう。

    ⑵ 

    原告の主張・立証負担の軽減

    ―「手がかりとなる事実」についての主張・証明責任

     

    従来の議論は、民訴法二四八条は、判決段階での規律であり、審理の過程では、通常の場合と同様の規律が適用

    される、換言すれば、原告の主張・立証負担の軽減を図るための特別な規律は適用されない(原告は損害額につい

    岡 法(61―1) 58

    五八

  • ての立証を尽くさなければならない)という前提に立っているということができる。しかし、損害の発生という適

    用要件をみたす場合には、被告に対する一種の制裁として、審理の過程において、原告の主張・立証負担の軽減を

    図る必要性があると考えられる)76

     

    主張・立証負担の軽減に関しては、原告に損害額の認定の基礎となりうる「手がかりとなる事実」についての主

    張・証明責任を課すドイツ法の規律が参考となるであろう)77

    。なお、「手がかりとなる事実」に該当する事実とは、例

    えば、財産的損害については、損害額の算定式)78

    、その算定式の変数にあてはまる事実)79

    であり、また、精神的損害に

    ついては、慰藉料額の認定において斟酌すべき事情)80

    であり、具体的な損害の性質に応じて、多様なものが含まれる。

     

    原告は、「手がかりとなる事実」を、期待可能な範囲で、できるだけ具体的に主張すべきであるといえるが、損害

    の性質によっては、原告が損害額に関する情報を十分に保有していない場合がありうる。例えば、焼失家財道具の

    品目・購入価額・購入年月等の情報である。このような場合には、原告は、「手がかりとなる事実」として、推測に

    基づく事実や抽象的な事実を主張することが許容されるとすべきであろう。このような事実が主張されることに

    よって、被告にとっては、一定程度ではあるが、損害額についての防御の対象が特定されることになり、また、裁

    判所にとっては、評価段階において損害額の認定をするために必要となる最低限の情報が提供されることになると

    いえるからである。

     

    原告が「手がかりとなる事実」を主張しない場合または立証できない場合には、請求が全部棄却されることにな

    る。もっとも、「手がかりとなる事実」についての証明度は軽減される、という理解を前提とすると、原告の立証負

    担は緩和されることになり、その結果として、原告の主張する「手がかりとなる事実」を争う被告の反証の負担が

    増大することになるであろう。

     

    原告が「手がかりとなる事実」についての主張・証明責任を果たしたといえる場合(被告が反証をしなかった場

    損害額の認定についての一考察59

    五九

  • 合ないし被告の反証が効を奏しなかった場合)には、評価段階において、裁判所は、損害額の立証がないことを理

    由に、請求を全部棄却することはできず、「手がかりとなる事実」に基づいて、「相当な損害額」を認定(評価)し

    なければならない。最判平成二〇年が提示する裁判所の損害額認定義務は、このような意味で理解することができ

    るであろう)81

    ⑶ 

    裁判所による損害額の認定(評価)

    ―裁量規制

     

    審理段階を経て、評価段階に至ると、裁判所は、原告が「手がかりとなる事実」に基づいて請求する損害額が「相

    当」であるか否かを、「口頭弁論の全趣旨及び証拠調べの結果」に基づいて評価しなければならない。民訴法二四八

    条によって、裁判所は、原告の請求する損害額の範囲内で、損害額を調整する権限を付与されている、と理解する

    ことができるように思われる)82

    。このような意味で、損害額の認定は、裁判所の裁量に基づく法的評価の問題である

    といえよう)83

     

    損害額の認定に関する裁判所の裁量権限の規制のあり方についても、損害額の認定の根拠となった事実やその事

    実に対する評価の内容を判決理由で明示することを要求するドイツ法の規律が参考となるであろう)84

     

    なお、証拠調べの範囲について、民訴法二四八条は、ZPO

    287

    条とは異なり、特別の規定を設けていない。これ

    は、日本法では、当事者が申し出る証拠方法の採否について、「唯一の証拠方法の却下禁止法理」)85

    はあるものの、原

    則として、裁判所の裁量に委ねる規律(民訴法一八一条参照)が採用されているため、ドイツ法とは異なり、裁判

    所に証拠申出を却下する裁量権を付与する必要性が認められないからであろう

    )87)(86(

    岡 法(61―1) 60

    六〇

  • ⑷ 

    損害額の認定に関する審理の進め方

     

    以上の議論枠組みによるとすると、民訴法二四八条が適用される場合には、審理の過程において、民訴法二四七

    条が適用される場合とは異なる内容の行為規律が適用されることになる。従って、民訴法二四八条の適用について、

    当事者・裁判所間における認識を一致させておく必要があるといえる)88

    。そのために、具体的には、まず、民訴法二

    四八条の適用要件である損害の発生についての審理・判断をして、損害の発生が認められる場合には、その旨につ

    いて中間判決をするという方法(民訴法二四五条)や、その後の弁論を損害額の審理に制限するという方法(民訴

    法一五二条一項))89

    を採用する必要があるように思われる)90

    五 

    おわりに

     

    本稿では、損害額の認定のプロセスを、当事者によって損害額の基礎となる事実についての主張・立証がなされ

    る段階と裁判所によって損害額の認定(評価)がなされる段階とに区別したうえで、各々の段階における行為規律

    の内容を明らかにすることを試みた。損害額の認定のプロセスを段階的に捉えることの実践的な意義は大きくない

    といえるかもしれないが、理論的には、各段階における責任の主体が明らかになり、損害額をめぐる主張・立証を

    充実させるための議論、および、損害額の認定(評価)についての裁判所の裁量規制に関する議論を展開するため

    の一つの分析視角となりうるであろう。

     

    本稿における議論は、原告が積極的に損害額に関する主張・立証活動をすることを排除する趣旨のものでなく、

    損害額に関する原告の主張・立証負担の軽減を目的とするものである。今後は、証明度軽減法理や証明妨害法理と

    いった主張・立証負担の軽減に関する一般法理との関係にも留意しつつ、損害の類型に応じて、「手がかりとなる事

    損害額の認定についての一考察61

    六一

  • 実」の具体的な内容を明らかにする作業が必要となるように思われる)91

     

    また、本稿では、民訴法二四八条の「損害」と実体法上の損害概念とを切り離したうえでの検討をしたが、やは

    り、実体法上の議論との摺り合わせが必要となるであろう。具体的には、差額説と損害事実説との対立をめぐる議

    論、および、抽象的損害計算に基づく算定方法(客観的・類型的価値である「最低限の損害」に当該被害者に固有

    の事情による具体的な損害を加算する方法)と具体的損害計算に基づく算定方法(当該被害者の具体的状況に即し

    て損害額を確定し、具体的損害を算定するための資料が存在しないときには、統計値を用いた控えめな算定をする

    方法)との関係をめぐる議論が有益であると考える

    )93)(92(

    (1) 

    春日偉知郎「『相当な損害額』の認定」ジュリ一〇九八号(一九九六)七三頁〔同『民事証拠法論』(二〇〇九)二五五頁所

    収〕、山本克己「自由心証主義と損害額の認定」竹下守夫編集代表『講座新民事訴訟法Ⅱ』(一九九九)三〇一頁、伊藤眞「損

    害賠償額の認定」原井龍一郎先生古稀『改革期の民事手続法』(二〇〇〇)五二頁、畑郁夫「新民事訴訟法二四八条について」

    原井古稀四九三頁、平井宜雄「民事訴訟法二四八条に関する実体法的考察」筑波大学大学院企業法学専攻十周年記念論文集『現

    代企業法学の研究』(二〇〇一)四五五頁〔同『不法行為法理論の諸相』(二〇一一)二五九頁所収〕、三木浩一「民事訴訟法

    二四八条の意義と機能」井上治典先生追悼『民事紛争と手続理論の現在』(二〇〇八)四一二頁、高橋宏志『重点講義民事訴

    訟法(下)〔補訂第2版〕』(二〇一〇)五二頁以下等を参照。

    (2) 

    立案担当者の理解である。法務省民事局参事官室『一問一答新民事訴訟法』(一九九六)二八七頁、竹下守夫=青山善光=

    伊藤眞編『研究会新民事訴訟法』(一九九九)三一九頁〔柳田幸三発言〕。その他、山本・前掲注(1)等。

    (3) 

    三木・前掲注(1)、高橋・前掲注(1)、平井・前掲注(1)、春日・前掲注(1)、研究会新民訴・前掲注(2)三二〇頁〔竹下

    守夫発言〕等。

    (4) 

    伊藤・前掲注(1)五二頁以下は、損害の類型によって、証明度の軽減を認める場合と裁判所に裁量評価を認める場合がある、

    とする折衷説である。伊藤眞『民事訴訟法﹇第3版4訂版﹈』(二〇一〇)三二二頁以下も参照

    (5) 

    一問一答・前掲注(2)二八八頁。

    (6) 

    山本・前掲注(1)三一八頁以下。

    岡 法(61―1) 62

    六二

  • (7) 

    高橋・前掲注(1)五六頁。

    (8) 

    加藤新太郎「相当な損害額の認定」ジュリ一一六八号(一九九九)一〇七頁は、損害を「回顧型損害」と「予測型損害」と

    に区別して論じる。また、三木・前掲注(1)四一八頁以下は、民訴法二四八条の適用が問題となる事件類型を「将来予測型」、

    「逸失利益型」、「滅失動産型」、「慰藉料型」、「無形損害型」、「心証割合型」、「拡大適用型」に区別する。

    (9) 

    高橋・前掲注(1)五四頁以下。

    (10) 

    立案担当者も、「損害賠償請求訴訟において、損害の発生および損害額についての立証責任が原告にある」という理解に立

    つ(一問一答・前掲注(2)二八七頁)。

    (11) 

    山本・前掲注(1)三一〇頁は、幼児の逸失利益の算定式(「予想年収

    予想年間生活費×予想稼働年数」)を実体法ルールと

    捉える理解に立ち、その算定式の変数である予想年収と予想稼働年数は、主要事実であるとする。山本和敏「損害賠償請求訴

    訟における要件事実」鈴木忠一・三ヶ月章監修『新・実務民事訴訟講座4』(一九八二)三一九頁、三三二頁以下、佐藤歳二

    「積極損害・消極損害・慰藉料」鈴木・三ヶ月監修『新・実務民事訴訟講座5』(一九八三)八三頁、九四頁以下も参照。

    (12) 

    裁判所が損害額をゼロとする評価する場合にも、全部棄却判決がなされることになるが、その場合の全部棄却判決と、主要

    事実について真偽不明の場合になされる全部棄却判決(証明責任判決)とでは、実質的な内容は異なるのではなかろうか。

    (13) 

    特許庁の担当職員の過失により特許権を目的とする質権を取得できなかったことによる損害の賠償請求が問題となった事

    案において、損害の発生を認定したうえで、その損害の算定式を提示し、仮に損害額の立証が困難である場合であっても、裁

    判所は民訴法二四八条により相当な損害額を認定しなければならない、という予備的な判断を示した最高裁平成一八年一月一

    二日第三小法廷判決(判時一九二六号六五頁)があるが、民訴法二四八条が直接に適用された事案ではない。なお、差戻審で

    ある知財高判平成二一年一月一四日判タ一二九一号二九一頁では、鑑定の結果に基づいて損害額の認定がなされた(民訴法二

    四八条の適用についての言及はない)。最判平成一八年の評釈・解説として、松並重雄・L&T三二号(二〇〇六)一〇一頁、

    高橋眞・民商一三四巻六号(二〇〇六)一〇三五頁、濱田陽子・法政七三巻四号(二〇〇七)一七三頁、吉田和彦・金判一二

    六〇号(二〇〇七)六頁、小池豊・東京弁護士会民事訴訟問題等特別委員会編『最新判例からみる民事訴訟の実務』(二〇一

    〇)四九九頁等がある。

    (14) 

    最判平成二〇年の評釈・解説として、越山和広・速報判例解説四号(二〇〇九)一一九頁、上田竹志・法セ六五一号(二〇

    〇九)一二四頁、杉山悦子・民商一四〇巻三号(二〇〇九)三五五頁、加藤新太郎・平成二〇重判(二〇〇九)一五一頁、三

    木浩一・リマークス三九号(二〇〇九)一一四頁、畑宏樹・法学研究(明治学院大)八七号(二〇〇九)一〇五頁、川嶋隆憲・

    法学研究(慶應義塾大)八二巻五号(二〇〇九)一六九頁、円谷峻・法の支配一五五号(二〇〇九)九四頁、髙木加奈子・東

    損害額の認定についての一考察63

    六三

  • 京弁護士会民事訴訟問題等特別委員会編『最新判例からみる民事訴訟の実務』(二〇一〇)五一三頁等がある。また、加藤新

    太郎「民訴法二四八条による相当な損害額の認定」判タ一三四三号(二〇一一)五九頁も参照。なお、下級審裁判例を含めた

    判例研究としては、伊藤滋夫「民事訴訟法二四八条の定める『相当な損害額の認定』(上)(中)(下)」判時一七九二号三頁、

    一七九三号三頁、一七九六号三頁(いずれも二〇〇二)、樋口正樹「民訴法二四八条をめぐる裁判例と問題点」判タ一一四八

    号(二〇〇四)二三頁、苗村博子「企業の損害と民訴法二四八条の活用」判タ一二九九号(二〇〇九)三九頁を参照。

    (15) 

    なお、﹇後記﹈の研究会では、最判平成二〇年の事案は、民訴法二四七条の下での通常の事実認定として、裁判所は損害額

    を認定できた事件である、という指摘があった。

    (16) 

    松本博之=上野泰男『民事訴訟法〔第六版〕』(二〇一〇)四〇一頁。

    (17) 

    東京地判平成一一年八月三一日判時一六八七号、東京地判平成一五年七月一日判タ一一五七号一九五頁等である。

    (18) 

    三木・前掲注(14)一一七頁は、損害額についての証明責任ルールは、最判平成二〇年によって、「実質的に変更されたこと

    になろう」という。

    (19) 

    明治民訴法の立法沿革については、鈴木正裕『近代民事訴訟法史・日本』(二〇〇四)を参照。なお、本稿におけるテヒョー

    草案の起草過程における諸草案の表記の仕方(一次案、二次案、中間案)は、同書六一頁・八二頁に従っている。

    (20) 

    松本博之=徳田和幸編『日本立法資料全集一九三 

    民事訴訟法〔明治編〕⑶テヒョー草案Ⅲ』(二〇〇八)一一〇頁(ドイ

    ツ語のオリジナルの草案については、同書二四三頁)。また、テヒョー草案の成立過程については、松本博之「テヒョー草案

    の成立」後掲注(23)一頁以下参照。

    (21) 

    【CPO 260

    条】

     

    ⑴損害が生じたか否か、および、損害額または賠償すべき利益の額がいくらであるかについて、当事者間で争いがあるときは、

    裁判所は、これらに関する全ての事情を評価して、自由な心証に基づいて裁判する。申し出られた証拠調べ又は職権による

    鑑定を命じるか否か、および、その範囲については、裁判所の裁量に委ねられる。裁判所は、損害または利益について、挙

    証者に対して、宣誓による評価を命じることができる。この場合に、裁判所は、宣誓による評価の限度額を同時に定めなけ

    ればならない。

     

    ⑵評価宣誓に関する規定は廃止する。

       

    二六〇条二項で廃止するとされている「評価宣誓」とは、ドイツ普通法で認められていた、損害賠償請求訴訟の原告の救済

    を目的とする実体法上の制度である。なお、一項三文の「宣誓による評価」とは、証拠方法としての宣誓であり、評価宣誓と

    は性質を異にする。一九世紀ドイツ普通法における損害賠償法の下では、金銭の具体的な差額を損害と捉える理解が前提とさ

    岡 法(61―1) 64

    六四

  • れていたため、原告が、損害ないし損害額を立証することが極めて困難であった。評価宣誓は、このような損害ないし損害額

    の立証困難性を克服するために、一定の場合に、原告に対して、損害額を自己の確信に基づいて評価する権利を認めるもので

    ある。原告が、被告との関係で、損害ないし損害額の立証困難性によって、不利益を被るべきではない、という考え方に基づ

    くものである。ドイツ法における損害額の認定に関する規律の生成と展開は、評価宣誓との関係で検討されるべきである。評

    価宣誓と CPO

    260

    条の立法沿革については、伊東俊明「ドイツ法における「評価宣誓」の機能」福永有利先生古稀記念『企業

    紛争と民事手続法理論』(二〇〇五)二〇九頁を参照。宮里節子「損害賠償請求訴訟における立証軽減」琉球法学二八号(一

    九八一)四四九頁も参照。

    (22) 

    なお、当時のわが国の裁判実務を基礎として作成された『現行民事訴訟手続』には、損害額の認定に関する規定は見あたら

    なかった(現行民事訴訟法手続は、松本=徳田・前掲注(20)三六一頁以下、四一二頁以下に収録されているものを参照した)。

    (23) 

    松本博之=徳田和幸編『日本立法資料全集一九一 

    民事訴訟法〔明治編〕⑴テヒョー草案Ⅰ』(二〇〇八)(表題は、「訴訟

    規則原按 

    完」となっている)七七頁。

    (24) 

    松本=徳田・前掲注(23)一七一頁。

    (25) 

    商事法務研究会から出版されている法務大臣官房司法法制調査部監修『日本近代立法資料叢書』(一九八三年〜)の引用は、

    鈴木・前掲注(19)ⅶ頁の表記方法に従う(例えば、二四巻の二つの目に掲載されている資料である「委員修正民事訴訟規則」

    を引用する場合には、二四-

    ②(委員修正民事訴訟規則)と表記する)。二四-

    ②(委員修正民事訴訟規則)一一三頁、松本博

    之=徳田和幸編『日本立法資料全集一九二 

    民事訴訟法〔明治編〕⑵テヒョー草案Ⅱ』(二〇〇八)(表題は、「日本民事訴訟

    規則修正案説明」となっている)三七五頁。

    (26) 

    松本=徳田・前掲注(20)三頁以下。

    (27) 

    二四-

    ⑤(モッセ氏訴訟法草案(獨逸文))参照。

    (28) 

    二三-

    ①(民事訴訟法草案)四三頁。

    (29) 

    二四-

    ④(民事訴訟法議案)四一頁。

    (30) 

    二四-

    ⑪(修正民事訴訟法草案)参照。

    (31) 

    二二-

    ④(法律取調委員會

    民事訴訟法草按議事筆記)三一〇頁以下。審議において、三好は「…民法ニアルモノヲ訴訟法デ

    冒ス事ハ出来マセント云フノデ訴訟法ハ民法ニ反對スル事ハ出来マセン」と発言する(同書三一〇頁)。

    (32) 

    条文の内容と審議の記録は、一一-

    ④(法律取調委員會民法擔保編再調査案議事筆記)二〇九頁(同条は、明治二一年一二

    月一二日開催の第三五回会議において審議された)。

    損害額の認定についての一考察65

    六五

  • (33) 

    【第一八二一条】

     

    争カ受ケタル損害若クハ失ヒタル利益ニ付キ又ハ争ハレタル原因ノ為メニ供給ス可キ価額ニ付キ為ス可キ評価ノミニ存

    スル場合ニ於テ裁判所カ当事者又ハ其代人ノ陳述ヲ聴キテ右ノ評価ニ必要ナル元素ヲ得タルトキハ自ラ其評価ヲ為スコト

    ヲ得

     

    条文の日本語訳は、前田達明編『史料民法典』(二〇〇四)に収録されているものを参照した。また、その注釈の日本語訳

    である『ボワソナード氏起稿再閲修正民法草案註釈

    第五編』は、ボワソナード民法典研究会編『ボワソナード民法典資料集成

    後期Ⅰ-Ⅱ』(二〇〇〇)に収録されたものを参照した。そこで、ボワソナードは、第一八二一条について、「此條ノ前条ト異

    ナル所以ハ此條ニ於テハ本案ノ請求ヲ認許シ又ハ棄却スル(請求ハ認許セラレタリト假定ス)ニ非スシテ言渡ノ額ヲ定ニルニ

    在リ尤モ裁判官ニ許サレタル心證ノ方法ハ前ノ方法ト同一ナリ」(同書四一-

    四二頁)と説明している。

    (34) 

    ボワソナード民法典研究会編『ボワソナード民法典資料集成Ⅱ後期Ⅳ 

    民法理由書第五巻証拠編』(二〇〇一)三八頁。

    (35) 

    岸本辰雄『民法正義 證據編』(出版年不詳、復刻一九九五)二四頁以下は、「本條ハ判事ニ考慮ヲ以テ金額ノ多寡ヲ評定スル

    ノ権ヲ認メタルモノナリ」とする。

    (36) 

    磯部四郎『大日本新典 民法釈義

    證據編之部』(明治二六(一八九三)出版、復刻一九九七)二六頁以下は、「本條ノ規定ス

    ル所ハ證憑分明ナルニ拘ハラス猶ホ未タ争ヲ決スヘカラスシテ一ニ之ヲ判官ノ心證ニ委ネタルモノトス」という。

    (37) 

    松本博之「民事訴訟法〔明治三六年法典調査会案〕の成立」松本博之=河野正憲=徳田和幸編『日本立法資料全集四三 

    事訴訟法〔明治三六年草案〕⑴』一頁以下を参照。

    (38) 

    松本=河野=徳田・前掲注(37)一五九頁。

    (39) 

    損害額の認定に関する規定の他に、裁判上の自白に関する規定、文書の証拠力に関する規定等が設けられていた(松本・前

    掲注(37)四頁参照)。

    (40) 

    松本博之=河野正憲=徳田和幸編『日本立法資料全集四五 

    民事訴訟法〔明治三六年草案〕⑶』三頁以下参照。

    (41) 

    松本博之=河野正憲=徳田和幸編『日本立法資料全集一〇 

    民事訴訟法〔大正改正編〕⑴』三一頁以下参照。

    (42) 

    大正一五年民訴法改正の経過については、松本博之「民事訴訟法〔大正一五年〕改正の経過」松本=河野=徳田・前掲注(41)

    一頁以下を参照。なお、三ヶ月章「訴訟事件の非訟化とその限界」同『民事訴訟法研究 

    第五巻』(一九七二)七四頁以下は、

    損害額の認定に関する規定が採用されなかった理由は、「日本の訴訟法継受史の謎の一つであるといっても決して誇張ではな

    いであろう」という。

    (43) 

    松岡義正『民事證據論』(大正一四(一九二五)初版、昭和二(一九二七)四版)一二二頁以下。

    岡 法(61―1) 66

    六六

  • (44) 

    細野長良『民事訴訟法要義〔第三巻〕』(昭和六(一九三一)初版、昭和九(一九三四)五版)四三頁以下。

    (45) 

    松岡・前掲注(43)一二四頁以下。

    (46) 

    細野・前掲注(44)四三頁以下。その際、細野は、損害額について自白ないし擬制自白が成立しても、自白の効力は生じない

    という。

    (47) 

    細野・前掲注(44)四四頁。

    (48) 

    【明治民訴法二一三条一項】

     

    各当事者ハ事実上ノ主張ヲ証明シ又ハ之ヲ弁駁セン為ニ用ヰントスル証拠方法ヲ開示シ且相手方ヨリ開示シタル証拠方

    法ニ付キ陳述ス可シ

     

    当時の学説は、同条を、事実上の主張をした者が、第一次的に、その主張についての証拠方法を提出する義務があることを

    示す規定と捉えていたようである。高木豊三『民事訴訟法〔明治二三年〕論綱第三巻』(明治二八(一八九五)初版、復刻一

    九九九)六五二頁以下は、「凡ソ訴訟ニ於テ主張スル事実ヲ証明セント欲スル当事者ハ必ス其証拠ノ申出ヲ為スヲ要ス」とい

    う。その他、本多康直・今村信行『民事訴訟法〔明治二三年〕注解第二分冊』(明治二四(一八九一)初版、復刻二〇〇〇)

    六五四頁以下、井上操『民事訴訟法〔明治二三年〕述義』(明治二四(一八九一)初版、復刻一九九八)五七二頁以下、宮城

    浩藏『民事訴訟法〔明治二三年〕正義(上-

    Ⅱ)』(明治二四(一八九一)初版、復刻一九九六)七三〇頁以下等を参照。以上

    の見解は、旧民法証拠編を前提とするものではあるが、少なくとも、明治民訴法二一三条一項を、証明責任を定める規定とは

    捉えていなかったということができる。

    (49) 

    大判大正九年より以前に、損害額の認定について直接の判断をした裁判例としては、大審院明治三七年一月二九日宣告(刑

    禄一〇輯一〇五頁)がある。原告が、自己の所有する樹木を売却し伐採した被告に対して、所有権侵害に基づく損害賠償請求

    を求めた事案である(附帯私訴事件)。大審院は、「裁判所ハ損害ノ存在及ヒ賠償ノ義務ノミナラス其請求スル賠償額ノ当否ヲ

    モ証拠ニ依リテ認定シ其証拠ヲ掲ケテ判決ニ理由ヲ明示スヘキハ当然ナリ」と判示した。

    (50) 

    なお、昭和二三年(一九四八年)の改正で削除されたが、大正民訴法改正で、職権証拠調べを許容する規定が導入された。

    旧民訴法二六一条(「裁判所ハ当事者ノ申出タル証拠ニ依リテ心証ヲ得ルコト能ハサルトキハ其ノ他必要アリト認ムルトキハ

    職権ヲ以テ証拠調ヲ為スコトヲ得」)である。同条が適用された時期には、損害額について職権による鑑定を命じるべきであっ

    たとして、事件を原審に差し戻す大審院裁判例があった。大審院昭和五年七月七日判決(大審院裁判例四巻九〇頁)、大審院

    昭和七年一〇月一三日(大審院裁判例六巻二七五頁)、大審院昭和一一年四月二一日(大審院判決全集三巻五号一六頁)等で

    ある(五十部豊久「損害賠償額算定における訴訟上の特殊性」法協七九巻六号(一九六三)七二〇頁、七二七頁以下、瀬川信

    損害額の認定についての一考察67

    六七

  • 久「〔民法判例レビュー六二〕民事責任」判タ九八二号(一九九八)六八頁、七二頁以下参照)。これらは、損害額の証明がな

    されていないことを理由に、原告の請求を棄却した原判決を違法とするものであるが、損害額それ自体が証明の対象となると

    いう考え方に基づくものである。

    (51) ZPO

    287

    条について、ペーター・アーレンス(松本博之=石田秀博訳)「損害評価の理論と実務」同(松本=吉野正三郎訳)

    『ドイツ民事訴訟の理論と実務』(一九九一)八四頁、中村嘉宏「損害賠償額の裁量的算定手続」法学政治学論究一〇号(一

    九九一)七七八頁、坂本惠三「ドイツ民事訴訟法二八七条について」木川統一郞先生古稀『民事裁判の充実と促進(下)』(一

    九九四)一二六頁、春日偉知郎「比較法から見た損害額の認定」同『民事証拠法論集』(一九九五)一四四頁、畑瑞穂「民事

    訴訟における主張過程の規律(二)」法協一一四巻一号(一九九七)一頁、四〇頁以下、円谷峻「裁判所による損害賠償額の

    認定」新見育文先生還暦記念『現代民事法の課題』(二〇〇九)三七三頁、三七七頁以下等を参照

    (52) Rosenberg/Schw

    ab/Peter Gottwald, Zivilprozessrecht, 17. A

    ufl., 2010, S. 639, Stein/Jonas/Dieter Leipold, K

    ommentar

    zur ZPO, 2. A

    ufl., 2004,

    §287, Rn. 1, Münchner K

    ommentar zur Zivilprozessordnung [H

    ans Prütting], 3. Aufl., 2007,

    §287, Rn. 2, Musielak/U

    lrich Foerste, ZPO, Kommentar, 6. A

    ufl., 2008,