高齢者見守りネットワーク構築 取り組み · 特集...

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特集 高齢者見守りネットワーク構築取り組み 特集1 見守りネットワーク構築の現状と課題 特集2 消費者センターと地域包括支援センターとの連携 特集 高齢者が主体となった、老人クラブの高齢消費者被害防止活動 特集 地域における消費者被害の防止に向けた地域包括支援センターの役割と機能 特集 ,&7 を活用した孤立防止と生活支援型コミュニティづくり 岩手県における産学官連携によるアクションリサーチ 消費者問題アラカルト 改正特定商取引法の概要とポイント 分譲マンションに住まう マンションにおける管理とトラブル-標準管理規約等について- 環境志向の消費生活考 海洋プラスチック汚染への対策や取り組み 事例で学ぶ消費生活相談の関連法規 布団の訪問販売 海外ニュース <イギリス>EU離脱、消費者の心配 <アメリカ>手指消毒剤の安全性データを企業に追加要請 <ドイツ>国旗ペイントグッズから有害物質検出 <オーストリア>養殖魚もひとまず安心 消費者運動 昔・今・これから 消費者運動の歴史(戦後~ 年代) 消費者教育実践事例集 学生と県民が一緒に学ぶ -大学と県の連携による消費生活講座- 金融商品の基礎講座 株式( 苦情相談 「定期購入が条件」である旨が分かりにくい健康食品の通信販売業者 暮らしの法律 4$ 戸籍上の氏名は変えられる? 暮らしの判例 行政書士の業務と弁護士法違反 誌上法学講座 著作権法を知ろう―著作権法入門・基礎力養成講座 著作者と著作権者( ウェブ版 N O . 5 0 2 0 1 6 目次 N e w

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特集高齢者見守りネットワーク構築の取り組み特集1 見守りネットワーク構築の現状と課題

特集2 消費者センターと地域包括支援センターとの連携

特集 高齢者が主体となった、老人クラブの高齢消費者被害防止活動

特集 地域における消費者被害の防止に向けた地域包括支援センターの役割と機能

特集 を活用した孤立防止と生活支援型コミュニティづくり

-岩手県における産学官連携によるアクションリサーチ-

消費者問題アラカルト 改正特定商取引法の概要とポイント

分譲マンションに住まう マンションにおける管理とトラブル-標準管理規約等について-

環境志向の消費生活考 海洋プラスチック汚染への対策や取り組み

事例で学ぶ消費生活相談の関連法規 布団の訪問販売

海外ニュース

<イギリス>EU離脱、消費者の心配

<アメリカ>手指消毒剤の安全性データを企業に追加要請

<ドイツ>国旗ペイントグッズから有害物質検出

<オーストリア>養殖魚もひとまず安心

消費者運動 昔・今・これから 消費者運動の歴史(戦後~ 年代)

消費者教育実践事例集 学生と県民が一緒に学ぶ

-大学と県の連携による消費生活講座- 金融商品の基礎講座 株式( )

苦情相談 「定期購入が条件」である旨が分かりにくい健康食品の通信販売業者

暮らしの法律 戸籍上の氏名は変えられる?

暮らしの判例 行政書士の業務と弁護士法違反

誌上法学講座 著作権法を知ろう―著作権法入門・基礎力養成講座 著作者と著作権者( )

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2016.9 1

高齢者見守りネットワーク構築の取り組み

特 集

日本弁護士連合会消費者問題対策委員会幹事、内閣府消費者委員会委員、経済産業省産業構造審議会割賦販売小委員会委員、適格消費者団体埼玉消費者被害をなくす会理事長、国民生活センター客員講師、明治大学法科大学院非常勤講師など。著書に『条解 消費者三法』(共著 弘文堂)ほか。

池本 誠司 Ikemoto Seiji 弁護士

見守りネットワーク構築の現状と課題

特 集

12006年度が23.1%であったのに対し、2015年度は34.3%と約1.5倍に増大しています(図2)。高齢者の消費者被害をいかに防止するかは、今日の消費者政策にとって極めて重要な課題です。

消費者庁創設以来、地方自治体の消費者行政を活性化する取り組みとして、第一に、都道府県・市区町村に消費生活センターを整備することを推進してきました。消費者庁の「地方消費者行

地方消費者行政のこれまでの展開

消費生活相談件数は、最近10年間の推移をみると、ほぼ横ばいか若干減少しているようにみえます。しかし、過去30年間の推移をみると10倍以上に上昇し高止まりしています。消費者庁が2009年に創設され、国と地方自治体による悪質業者の行政処分や消費者への啓発活動が強化されたにもかかわらず、消費者被害は減少するようすがありません(図1)。

とりわけ、60歳以上の高齢者の相談の割合が、

高齢者の消費者被害増大

消費生活相談の年度別件数の推移 PIO―NET(パイオネット:全国消費生活情報ネットワークシステム)よりPIO―NETとは、国民生活センターと全国の消費生活センター等をオンラインネットワークで結び、消費生活に関する相談情報を蓄積しているデータベースのこと。データは2016年5月末日までの登録分。2015年度は消費生活センター等からの経由相談は含まれない。

図1

(年度)

件数(万件)

020406080100120140160180200

19851986 1987 1988 1989 1990 1991 1992 1993 1994 1995 1996 1997 1998 1999 2000 2001200220032004 20052006 2007 2008 2009 2010 2011 2012 2013 2014 2015

架空請求架空請求以外

54.765.6

87.4

151.0

192.0

130.4111.3105.1

95.1 90.2 89.7 88.4 86.1 94.096.0 92.6

8.9 13.3 15.2 15.2 16.6 16.517.1 19.1 21.8 23.4

27.4 35.140.1 41.5 46.7 1.5

1.77.6

48.3

67.6

26.717.8 12.5

9.9 6.1 2.3 2.1 4.2 3.9 6.8 8.1

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2016.9 2

高齢者見守りネットワーク構築の取り組み特 集

見守りネットワーク構築の現状と課題特集1

改正消費者安全法(2014年6月公布、2016年4月1日施行、以下、改正法または法とする)は、地方消費者行政の充実強化に向けた法制度の基盤整備を行いました。

改正法は、消費生活センターの組織・運営等について条例に規定すること(法10条の2)に伴い、消費生活相談員の雇止めの見直しその他人材・処遇の確保を図ること、消費生活相談員の国家資格化を導入すること(法10条の3)によって、地方における消費生活相談員をめざす人材を確保すること、都道府県が市町村の消費生活相談業務の質の向上のため必要な助言、協力、援助を行うこと(法8条1項1号)など、地方消費者行政の充実強化に関する重要な規定をいくつも設けました。

その中でも注目すべき改正事項として、「消費者安全確保地域協議会」の設置(法11条の3~ 11条の6)が挙げられます。「消費者行政」の強化から、地域の官民連携による消費者被害防止へと、消費者政策の展開が新たな段階に進むことをめ

改正消費者安全法と「消費者安全確保地域協議会」

政強化作戦」(2015年3月)は、「政策目標2-1」として、人口5万人以上の全市町に消費生活センターを設置することを掲げているところ、2015年の現状は対象自治体558市区町のうち469市区町に設置(16%未達成)という状況です*1。

第二に、消費生活センターに寄せられた苦情相談を、消費者と事業者との間の情報・交渉力の格差を踏まえて、適切に解決を図るため、あっせん処理能力を向上させることが課題になっています。相談件数に対するあっせん率を向上させること、消費生活相談員の研修参加率を向上させること、消費生活相談員の雇止めを抑止することなど、引き続き取り組むべき多くの課題があります。

第三に、消費生活センターに寄せられた苦情相談情報を活用して、悪質業者の取り締まりや消費者への啓発により消費者被害を未然防止することが、消費者行政本来の役割です。消費者向けの啓発活動は、自治体の広報誌の配布や住民が集まる場所への出前講座の開催など、各自治体でそれなりに取り組んできたところです。

しかし、消費生活センターや消費者行政部門から地域住民に直接情報を発信するといっても限りがあります。よりきめ細かく地域住民に情報を届け、被害を早期発見するには、自治体内の関連部署や地域の民間関係団体の協力を得て

「地域連携」による被害防止対策を展開することが次のステップです。

年度別にみた契約当事者年代別割合(データは図1と同じ)図2

30歳代 50歳代 不明20歳未満 40歳代 60歳代 70歳以上20歳代

15.3

15.4

13.4

12.1

10.6

9.8

9.2

8.5

8.9

8.8

19.7

20.8

19.6

18.5

16.8

15.9

14.7

13.2

12.9

12.8

14.4

14.0

13.7

13.3

13.2

12.9

12.8

12.4

13.1

13.5

8.9

8.7

9.4

10.2

10.7

10.8

11.0

10.9

10.9

11.6

11.0

10.2

11.9

12.7

13.8

14.2

14.2

14.3

14.7

14.6

14.9

16.9

16.6

16.5

16.1

16.3

16.2

15.3

16.0

16.1

12.1

10.4

12.2

13.6

15.5

16.8

18.9

22.4

20.5

19.7

3.7

3.7

3.1

3.0

3.4

3.4

3.0

3.1

3.0

2.8

(年度)

(%)

2006

2007

2008

2009

2010

2011

2012

2013

2014

2015

0 20 40 60 80 100

*1 �消費者庁「地方消費者行政強化作戦」の進捗状況(2015年12月)�http://www.caa.go. jp/pol ic ies/pol icy/ loca l_cooperation/local_consumer_administration/pdf/tihou_kyoka_kekka.pdf

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2016.9 3

高齢者見守りネットワーク構築の取り組み特 集

見守りネットワーク構築の現状と課題特集1

関係事業者、防犯協会、生協、宅配事業者、自治会連合会などが想定されます。狭義の高齢者福祉の関係機関にとどまらず、高齢者と日頃接する民間関係事業者を含めた地域ネットワークを構築している自治体においては、消費生活センターがこれに参画することにより、見守り関係者に消費者問題の最新情報を提供し、高齢者に対する啓発や被害の発見に協力してもらう官民連携の基盤を作ることができます。

改正法11条の7は、これらの民間関係団体・個人を、消費生活協力団体・協力員として委嘱することができる旨規定しています。これにより、高齢者見守りネットワークの構成員に消費者被害防止を活動目的として自覚してもらう意義があります。

そして改正法11条の4は、消費生活協力団体・協力員を地域協議会の構成員に加えることにより、協議会と構成員が相互に「消費生活上特に配慮を要する消費者」に関する情報の提供その他の協力を求めることができると規定しています。民間団体・事業者等との情報交換は、個人情報保護法23条に基づく個人情報の第三者提供の制限があるため、個別消費者の被害情報の交換が制約されるという懸念がありました。改正法は、消費生活協力団体・協力員に守秘義務を規定する(法11条の8)とともに、個人情報保護法の第三者提供制限の例外規定を設けて、被害防止の実効性を確保しようとしたのです。地域協議会を組織し運営することの具体的な実益がここにあります。

2016年4月時点で地域協議会を設置済みと回答した10自治体*2について、実情を簡単に紹介しましょう。

消費者安全確保地域協議会の設置事例

ざすものです。もっとも、消費者庁に問い合わせたところ、

改正法が施行された2016年4月1日時点で、消費者安全確保地域協議会(以下、地域協議会)を設置済みと回答した自治体がわずか10団体、設置を計画中と回答した自治体がわずか35団体とのことです。改正法公布から約2年間の準備期間があったにもかかわらず、自治体の動きがあまりにも少ないというほかありません。

そこで以下では、地域協議会を設置することの意義を再確認するとともに、地域協議会を設置済みと回答した自治体のいくつかを紹介しつつ、高齢者の消費者被害防止に向けた見守りネットワークの構築について課題を検討します。

改正法11条の3第1項は、消費者の利益の擁護および増進に関連する分野の事務に従事する地方自治体の関係機関が、その地域における消費者安全の確保のための取り組みを効果的かつ円滑に行うため、地域協議会を組織することができる、と規定しています。地域協議会の中核となる構成員としては、消費者行政部署、消費生活センター、高齢者福祉部署、地域包括支援センター、社会福祉協議会、警察署、消防署など、消費者被害防止に関連する関係機関が想定されています。地域協議会の設置は、消費者被害防止を自治体内の組織横断的な取り組みとして位置づける意義があります。

改正法11条の3第2項は、地域協議会の組織に当たり、病院、教育機関、消費生活協力団体または消費生活協力員その他の関係者を構成員として加えることができる、と規定しています。例えば、高齢者見守り活動に関連し得る民間関係団体としては、医師会、郵便局、金融機関、弁護士会、司法書士会、電気・ガス・水道等の検針

消費者安全確保地域協議会設置の意義

*2 �本稿における自治体人口数はすべて、2015年国勢調査に基づく

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高齢者見守りネットワーク構築の取り組み特 集

見守りネットワーク構築の現状と課題特集1

⑴ 高齢者福祉部署等との連携東京都多摩市(人口146,627人)、埼玉県吉川

市(人口69,759人)、埼玉県日高市(人口56,521人)、埼玉県行田市(人口82,142人)、埼玉県小鹿野町(人口12,105人)は、以前から高齢者福祉部署が事務局となって、高齢者・要援護者見守りネットワークを組織していたところに、消費生活センターも参画して、見守り関係者に消費者被害情報を提供し、被害の未然防止の啓発活動に協力してもらう取り組みがあったので、これを地域協議会として位置づけました。

高齢者福祉部署の見守りネットワークと消費生活センターとの連携を図る取り組みは、既に各地で広がりつつあるところであり、これを地域協議会として位置づけることにより活動の充実を図ることは、今後各自治体でも実現可能な選択肢であると思われます。構成員はさまざまですが、狭義の見守り関係機関にとどまらず、広範な民間関係団体・事業者を加えている例が多くあります。

大阪府八尾市(人口268,562人)は、危機管理課が事務局となって、以前から「地域安全推進会議」を設置し、これに消費生活センターも参画していたところ、これを地域協議会として位置づけました。⑵ 消費者行政部署による組織

仙台市(人口1,082,185人)は、2006年から「消費者の安全を守る連絡協議会」を設置し、消費生活センターが事務局となって消費者被害防止の活動を継続してきたところ、これを地域協議会として位置づけました。

千葉県富里市(人口49,656人)は、地域の関係団体との連携を進めてきた基盤を活用して、消費生活センターが事務局となって「消費者行政推進連絡協議会」を設置し、地域協議会として位置づけました。

徳島県板野町(人口13,369人)は、2015年10月、消費生活相談所が事務局となって、高齢者福祉

関係機関、金融機関、警察署、自主講座受講者などを構成員として「消費生活地域協議会」を設置し、これを地域協議会として位置づけました。

北海道(人口5,383,579人)は、以前から消費生活センターが事務局となって「地域消費者被害防止ネットワーク」を設置し、かつ道内の市町村に地域ネットワークを設置することをめざして「設置促進員」を配置して働きかけてきました。その結果、道内の市町村では、2016年7月初めまでに、22市、35町、1村、1振興局、1警察署で地域ネットワークを設置しています。北海道が2016年4月に地域ネットワークを地域協議会として位置づけたほか、5月以降に地域ネットワークを設置した江別市と豊浦町は地域協議会の位置づけも同時に行いました。

各自治体の高齢者福祉部署では、認知症高齢者の徘

はい徊かい

問題や一人暮らし世帯の孤独死問題を背景に、日常的に高齢者に接する関係機関・関係者による見守りネットワークを組織する取り組みが広がっています。高齢者の生活や健康について異常を察知したときは、地域包括支援センターや自治体の福祉部門等に情報提供するというしくみです。

消費生活センターがこうした高齢者見守りネットワークと連携するに当たり、いくつか留意点を指摘しておきます。⑴ 消費者被害の重要性を伝える

福祉部門の高齢者見守り関係者の意識としては、生命や健康にかかわる異常事態の発見と通報が最優先課題であり、多忙を極めるなかで財産被害は自己責任の分野でもあるし相対的に重要性が低く見られがちです。しかも、生命や健康に関する異常事態は、ある程度は外形的な変化を発見することが可能であるのに対し、消費者

高齢者見守り関係者と消費生活センターとの連携の課題

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2016.9 5

高齢者見守りネットワーク構築の取り組み特 集

見守りネットワーク構築の現状と課題特集1

を作りやすいものです。例えば、最近の悪質商法の手口を紹介するチ

ラシや消費生活センターの電話番号を記載した「訪問販売お断りステッカー」を見守り関係者に一定部数配布することにより、高齢者に接する機会に一言話題を添えてこれらを手渡してもらうことができますし、被害防止の有効な手立てになると考えられます。

知らない訪問販売業者が訪ねてきたときは、入り口で断ることが賢明であるし、断ってもさらに勧誘を続ける行為は現行法でも違法とされていることは(特定商取引法3条の2)、必ずしも知られていません。被害の未然防止につながる啓発グッズを工夫することが求められます。⑷ 地域サポーターの養成と連携

高齢者見守りネットワークの活動を充実させるためには、福祉関係者や民間事業者など本業で多忙な関係者だけに頼るのではなく、消費者問題を積極的に学び主体的に伝える活動を担う消費者市民として、消費生活サポーター・消費者被害防止サポーターを育成し連携することが重要です。

2015年4月現在、28の都道府県、103の市区町村が地域サポーター制度を有しています(消費者庁「平成27年度 地方消費者行政の現況調査」)。これらの地域サポーターを単に養成して終わるのではなく、市区町村の消費生活センターとつながって一緒に活動する力を継続的にフォローアップするとともに、市区町村の消費者行政職員が地域の関係団体に呼び掛けてサポーターが活動する場を開拓することが不可欠です。

いうまでもなく、地域協議会を設置すること自体が目的ではなく、ネットワークを活用して被害防止・被害救済の具体的な活動が行われることが真の目標です。こうした地域連携を推進するには、消費者行政職員が地域のコーディネート役として活動を開始することが期待されています。

被害は購入商品が見えないと外形的な変化を発見することは困難であり、高齢者自身にとっても知られたくないこととして隠す傾向もあるため、第三者が発見することは容易ではありません。

そこで、消費者被害の具体的事例を見守り関係者に紹介するに当たり、単なる財産被害の件数や金額にとどまらず、老後の生活資金を喪失することによるダメージが大きいことや、詐欺行為は人格否定による精神的なダメージも大きいなど、高齢者にとって深刻な被害をもたらす虐待行為であることを理解してもらうことが大切です。⑵ 消費生活センターの役割を伝える

同時に、見守り関係者に消費生活センターが果たしている役割を正しく認識してもらうことが重要です。消費生活センターは、消費者問題の専門家として資格を有する消費生活相談員が配置され、消費者トラブルの相談を受け付けたときは、トラブルの解決方法(例えばクーリング・オフの仕方など)を相談者に助言するだけでなく、相談者だけでは適切な対処が難しいと思われるときは、消費生活センターから相手方事業者に直接電話をかけて解決に向けたあっせん交渉を行い、トラブルの解決まで見届ける対応もしています。行政の相談窓口でありながら、積極的に消費者を支援するあっせん交渉まで行ってくれることは、地域住民には必ずしも知られていません。

さらに、消費生活センターに寄せられた相談情報を集約して悪質業者の取り締まりに活用したり、被害防止の啓発活動に活用している事例を紹介することにより、被害を受けた高齢者があきらめることなく積極的に消費生活センターを利用するよう呼び掛けることにつながります。⑶ 消費者被害防止の声掛けグッズの活用

消費者被害は外形的な異常として発見することは難しいことから、見守り関係者が高齢者に話題を提供するグッズがあると、話すきっかけ

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高齢者見守りネットワーク構築の取り組み特 集

西東京市消費者センター

消費者センターと地域包括支援センターとの連携

2 1

特 集

西東京市では、高齢者の消費者被害の増加に伴い、2013年度の年間相談件数のうち高齢者からの相談件数が約4割を占めていました。また、その中で消費者問題以外の課題を抱えているとうかがえる高齢者も多く、地域包括支援センター

(以下、地域包括)とのさらなる連携強化の必要性を感じました。

そのため、2014年度から、高齢者の消費者被害の防止を図り、西東京市消費者センター(以下、消費者センター)職員・消費生活相談員(以下、相談員)が市内8カ所の地域包括を訪問し、相互の職務上の役割や範囲について情報交換することで、顔が見える関係の構築を試みました。

2013年度まで、高齢者からの相談において、地域包括との連携は個別的な対応にとどまっていました。この点を解消するため、お互いが顔の見える関係となることで連携を図りたいと取り組み始めましたが、こちらの意向が各地域包括に伝わるかどうか不安がありました。

そこで、顔合わせの当日訪問する相談員は1人でしたが、相談員全員の自己紹介シートを持参して、親しみを持ってもらえるよう努めるな

取り組みを始めるに至った背景と経緯

地域包括との連携強化において苦労したこと

ど工夫をしながら実施しました。

地域包括への個別訪問により、地域包括の職員、また消費者センター相談員からは以下のような声が寄せられました。

●消費生活相談の守備範囲や役割への理解につながった。

●消費生活相談がきっかけで地域での見守りにつながる事例が出てきた。

●福祉制度や地域包括の業務範囲を知る機会となった。

●消費生活相談においても、相談者の同意を得て地域包括につなぐ対応をより綿密に行うようになった。

●ちょっとしたことも地域包括へ連絡しやすくなった。

●地域包括に依頼し、1人では来訪が難しい相談者の消費者センターへの同伴や相談者宅を訪問し契約書や商品の確認をしてもらう等、問題解決をより迅速に行えるようになった。

消費者センターと地域包括との連携による効果

地域包括支援センター職員の声

消費者センター相談員の声

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高齢者見守りネットワーク構築の取り組み特 集

消費者センターと地域包括支援センターとの連携特集2-❶

他にもこの働きかけをきっかけに、ケアマネジャーや権利擁護センター等とのより広い連携につながる効果がありました。高齢者の地域社会全体での見守りのためには、地域包括にとどまらず、連携の範囲を広げ、民生委員や介護サービス事業者等の民間事業者ともよりいっそうのつながりが必要と感じています。

現在、消費者行政部門を中心とした地域の見守りのネットワークは構築しておらず、関係機関との連携が個別のものにとどまっています。しかし、既に福祉部門では、高齢者が地域で孤立することなく安心して暮らせるよう、地域住民や関係機関が連携して高齢者を見守るネットワークが構築されています。新たに消費者行政部門におけるネットワークの立ち上げへの着手は現段階では困難なため、既存のネットワークを通していかに消費者被害の防止を図っていくかが課題となっています。ネットワーク参加者・参加団体への高齢者見守りにおける消費者被害への注意喚起をさらに強めていけるよう、より積極的な試みを工夫していきたいと考えています。

2014年度から始めた地域包括との連携強化の取り組みも今年で3年目となりますが、地域包括の職員、また消費者センターの相談員も入れ替わりがあるため、常時顔のつながった関係を保つため、今後も継続して個別の訪問・情報交換を行っていきます。

また、全体の成果としては、地域包括を介しての出前講座依頼の増加や地域包括と連携を取りながら対応する事案の増加が挙げられます

(表1)。

地域包括への個別訪問をきっかけに、地域包括主催のケアマネジャー交流会に講師として呼んでいただきました。同交流会では消費者センターの役割や市民からの相談事例について紹介し、消費者センターの活用法を知ってもらうとともに、実際に高齢者の消費者被害に対する対処法についても情報提供しました。

地域包括と連携することでケアマネジャーとつながりができるようになり、結果としてケアマネジャーから消費者センターに寄せられる高齢者の相談が増加しました(表2)。

地域包括への個別訪問により実際に顔をつなぐことができ、より踏み込んだ関係の構築を行えました。それにより消費者問題に限らず、高齢者の抱えるその他の問題についても根本的な解決につなげることができるようになりました。お互いが以前よりも連絡を取りやすくなり、高齢者の見守りにおいて効果的に働いています。

その他関係者との連携

まとめ

消費者センターと地域包括支援センターの連絡を取り合う回数の推移

表1

2013年度 2014年度 2015年度

地域包括支援センターからの相談件数 3 7 7

消費生活相談を機に地域包括支援センターに対応を依頼した件数

5 14 23

地域包括支援センターへの情報提供の件数 4 12 9

ケアマネジャーと消費者センターとの連絡件数の推移表2

2013年度 2014年度 2015年度

ケアマネジャーからの相談件数 2 10 8

ケアマネジャーへの見守り依頼等件数 1 2 3

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公益財団法人 全国老人クラブ連合会

高齢者が主体となった、老人クラブの高齢消費者被害防止活動

特 集

2 2

高齢者見守りネットワーク構築の取り組み特 集

全国老人クラブ連合会(以下、全老連)*1は、2014年度から高齢者が主体となった「老人クラブ『高齢消費者被害防止キャンペーン』(以下、キャンペーン)」を展開しています。

老人クラブはこれまでもクラブ活動や市区町村の老人クラブ連合会(以下、老連)における会議や研修会等、会員が多く集まる機会を利用して、消費生活センターや警察など関係者の方々を招いて学習や啓発活動に取り組んできました。

しかし、近年、高齢者をねらう詐欺事件が大きな社会問題となるなか、取り組み方法を見直して、見守られる側としての「受け身」の姿勢から転じ、互いに見守り合い、関係機関と連携して情報を発信するなど、「主体的」な立場で取り組みを呼びかけています(写真1)。

キャンペーンの柱は、集落単位にある老人クラブに「見守りサポーター」を設置することと、関係者との連携を深めることです。「見守りサポーター」の役割としては、「伝える」「気にかける」「つなげる」の3点を掲げています。具体的には活動や日常生活を通じて、クラブの仲間や

老人クラブ「高齢消費者被害防止キャンペーン」の展開

見守りサポーターの役割~「伝える」「気にかける」「つなげる」

地域の高齢者に被害防止情報を「伝える」こと。 家の周辺の不審なようすや困っている高齢者のサインを見逃さないように「気にかける」こと。そして、消費生活センターや地域包括支援センターなど関係機関と高齢者の「つなぎ役」となって、不審な事例や高齢者からの情報を提供して、被害防止に役立てることです。

キャンペーンの推進に向けて、全老連では見守りサポーター養成を中心にしたモデル事業を実施しています。講座の内容は、「見守りサポーターの役割と今後の取り組み」、地元の消費生活センターや警察などによる「消費者トラブルの現状」が中心で、消費者庁作成DVD「高めよう!『見守り力』」*2も学習教材に使っています。終了後、参加者には3つの役割を記載した「見守りサポーター証」(写真2、写真3)を渡します。このモデル事業を通じて養

13,000人の見守りサポーター養成

*1 �(公財)全国老人クラブ連合会ホームページ� �http://www.zenrouren.com/about/index.html

*2 �消費者庁「高めよう!『見守り力』」� �http://www.caa.go.jp/information/mimamori/movie_001.html

街頭での高齢者の被害防止キャンペーン

(横浜市都筑区老連)

写真1

見守りサポーター証写真2

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高齢者見守りネットワーク構築の取り組み特 集

高齢者が主体となった、老人クラブの高齢消費者被害防止活動特集2-❷

高齢者をねらう詐欺被害の手口はますます巧妙になり、高齢者一人ひとりの注意では防ぎきれないと考えています。家族はもとより、地域住民など大勢が関わるしくみづくりが必要ではないかと思います。例えば約770万人といわれる

「認知症サポーター」のような取り組みです。認知症サポーターは地域や職場、学校等いろいろな場所で養成が行われ、住民や金融機関、スーパーの従業員、学生などさまざまな人が参加しています。そして認知症サポーターが身に着けるオレンジリングは、人々の関心を高めるきっかけになっています。こうした多くの人の参加に向けたしくみづくりと視覚化を通じて、地域で詐欺被害を防いでいくことが大切だと考えています。

支援の輪を広げるしくみづくり成した見守りサポーターは、3年間で約13,000人(176モデル市区町村老連)になります(2016年度予定を含む)。● モデル市区町村老連の取り組み例

昨年7月に地元警察と消費生活センターを招いて講座を開催、270名が参加しました。終了後、矢田地区老連が開いた「再認識講座」には、見守りサポーター 80名に会員や地域の人も加わり100名が参加しました。講師を務めた地元派出所のお巡りさんとは、日頃から気軽に話しができるようになりました。警察からは、昨年、市内の詐欺被害の件数が減少し、老人クラブの取り組みの効果があったと報告がありました。

見守りサポーターは33名。2~3名のグループに分かれて月1~2回、地域の巡回と一人暮らし高齢者を対象にした訪問活動を行っています。さらにオリジナルジャンパーやタスキを着用して啓発活動に取り組んでいます。これらの活動が地域に根づき、不審な電話や訪問などの情報がサポーターに寄せられるようになりました。また、還付金詐欺の電話を受けた人が、見守りサポーターのことを思い出して金融機関に確認し、被害にあわずに済んだという報告もありました。

モデル事業を終了した 2015 年度より、札幌市が主催する「消費者講座」を札幌市老連向けに開催してもらい、引き続き見守りサポーター養成に取り組んでいます。モデル期間を含めてこれまでに養成した見守りサポーターは245名になります。

奈良県大和郡山市老人クラブ連合会

群馬県高崎市城南地区長寿会連合会

札幌市老人クラブ連合会

自治体との共催で行われる見守りサポーター養成講座(神戸市老連)

写真3

老人クラブ

● 活動の目的仲間づくりを通して、生きがいと健康づくり、

生活を豊かにする楽しい活動を行うとともに、知識や経験を生かして地域の諸団体と共同し、地域を豊かにする社会活動に取り組むことなど。● 組織

1つのクラブはおおむね60歳以上の会員により30名から100名の規模で構成される。運営は自主的に行われ、財源は基本的に会費により賄われるが、国や自治体から支援を受けている。● 連合会

日常的に声を掛け、徒歩で集まれる範囲の単位クラブを核に、市区町村、都道府県・指定都市、全国老人クラブ連合会へと展開。単位クラブ数105,532、会員数6,061,681人(2015年3月末)

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2016.9 10

医師。岡山市で介護老人保健施設や訪問介護事業所を有する医療法人の理事長として地域医療・介護に関わる。2013年から2015年まで消費者教育推進会議・地域連携推進小委員会(消費者庁)の委員を務める。

青木 佳之 Aoki Yoshiyuki 全国地域包括・在宅介護支援センター協議会 会長

地域における消費者被害の防止に向けた地域包括支援センターの役割と機能

2 3

高齢者見守りネットワーク構築の取り組み特 集

特 集

地域包括支援センター(以下、地域包括)は2005年の介護保険制度改正により創設され、「地域支援事業の包括的支援事業」と「介護予防重視型システムとしての指定介護予防支援事業」の2枚看板の役割を担う、地域包括ケアシステムの中の地域ケアマネジメント機関として、日常生活圏域ごとに設置されています(4,685カ所/2015年4月末現在)。1枚目の看板である包括的支援事業には、以下の4つの業務があります。⑴ 総合相談・支援事業

相談内容は介護相談のほか、医療、福祉、住まいなど生活全般に関わり、地域社会で生活するための多岐にわたる内容が含まれています。⑵ 権利擁護事業

高齢者の人権問題や虐待問題、成年後見制度の運用、さらに消費者被害の防止や対応等に取り組むこととなっています。⑶ 介護予防に関するマネジメント事業

2014年の介護保険制度改正において、予防給付から通所介護、訪問介護が分離され、市区町村が行う介護予防・日常生活支援総合事業に移行されました。今後、多様な主体による介護予防・生活支援サービスの充実が図られ、そのサービスの対象者のマネジメントを行います。

地域包括支援センターの地域包括ケアシステム構築の役割と機能

⑷ 包括的・継続的ケアマネジメント支援事業高齢者が地域で安心して、尊厳ある生活を維

持するために必要な支援が得られるよう、居宅介護支援事業所の介護支援専門員をサポートする活動です。

2枚目の看板の指定介護予防支援事業は、要支援Ⅰ・Ⅱの高齢者に対する、介護予防給付のためのケアプランの策定です。

消費者被害に対し地域包括としては ①地域における消費者被害に関する情報の把握 ②民生委員や介護支援専門員等への情報提供 ③地域の高齢者や家族からの情報収集 ④消費生活センターや消費者相談窓口(以下、消費生活センター等)への情報提供 ⑤地域の安心・安全ネットワークとの連携、などの役割と機能が期待されています。

全国地域包括・在宅介護支援センター協議会が会員センターを対象に行った実態調査(2013年4~9月実績)では、地域包括の63%が消費者被害の相談を受けていました。現状では、地域包括は消費者被害に対する解決機能は有しておらず、その大きな役割は、高齢者やその家族に消費者問題についての情報提供・情報収集を行い、地域の民生委員や介護支援専門員、医療・介護・福祉関係者等の連携やネットワーク化を図ることです。

消費者問題と地域包括の役割

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2016.9 11

高齢者見守りネットワーク構築の取り組み特 集

地域における消費者被害の防止に向けた地域包括支援センターの役割と機能特集2-❸

多職種による見守り・支援、消費者問題に対する情報収集や情報提供、地域でのネットワーク形成等重要な役割がますます期待されます。

また専門職のみでなく、地域の近隣住民やボランティア等による消費者問題への取り組みは、さらに重要な役割を持ち、安心して住み続けられる地域づくりに貢献することになります。消費者問題への対応は、行政だけでなく、地域の中で多様な関係者によるネットワーク形成が必要となるとともに、地域のマネジメント機能やイノベーション機能の確立が重要です。さらに大切なことは、消費者問題に取り組む人材の教育と資質の向上が必須であると言えます。

地域で生活している高齢者にとって、消費者トラブルの大きな発生要因は ①生産の場と消費の場の乖

かい離り

②建物や製品など目に見える“物”から対人サービスや情報など目に見えない“モノ”への移行 ③金融経済の複雑化 ④国際化とグローバル化に伴う地域性の欠如 ⑤生産者主導の大量生産と大量消費、など多くの要因が考えられ、おのおのの要因が消費者被害に結び付いています。

その中で最も大きな要因は、生産者と消費者が顔の見える関係にないことだと思われます。高齢者にとって身近で重要な医療、介護、福祉、食、生活分野におけるサービスの提供は、地域における生産者(サービス提供者)と消費者(利用者)の顔の見える経済活動という側面を有しています。高齢者の消費者被害を予防するためには、住み慣れた地域社会において顔の見える関係の中での消費活動をすることであり、それを支える関係者の教育やネットワーク、見守り体制の確立が重要です。

地域社会の顔の見える関係が消費者被害防止のカギ

地域包括は2014年の介護保険制度改正の中で機能強化が図られ、従来の業務のほかに ①在宅医療・介護連携の推進 ②認知症施策の推進 ③地域ケア会議*の充実 ④生活支援サービスの体制整備 ⑤介護予防事業の推進、が求められています。

地域ケア会議は、多職種協働により個別事例の検討等を行い、地域のネットワーク構築やケアマネジメント支援、地域課題の把握等を行うことを目的とし、改正介護保険法において、すべての地域包括にその開催が義務づけられました。地域ケア会議の5つの機能として ①個別課題の解決 ②ネットワークの構築 ③地域課題の発見 ④地域づくり・資源開発 ⑤政策形成等が示されています。

また、地域ケア会議は、個別事例ごとの会議から、日常生活圏域レベル、市区町村レベルなど重層的な運営が求められています。消費者問題についても、個別事例への対応、日常生活圏域レベルでの対応、市区町村全体あるいはもっと広域に関わるものなど、その内容によって会議の範囲が異なります。さらに、医療・介護・福祉関係の職種だけでなく、司法・教育・警察関係者・各種事業者・団体・行政などが会議に参加し、幅広い関係分野の連携やシステム化を図ることが求められます。

独居高齢者や高齢者のみ世帯、認知症の高齢者のさらなる増加が予想されています。高齢者は契約行為に不慣れであったり、判断能力が衰えていても後見人や申立人が不在であることも多いなど、高齢者の権利擁護のための十分な見守り・支援体制があるとは限りません。地域包括、居宅介護支援事業者、サービス提供事業者等の専門職は、地域で生活する高齢者に対する

地域包括の機能強化と地域ケア会議

消費者問題に対する地域のネットワークの必要性

* �厚生労働省ホームページ「地域ケア会議の概要」� �http://www.mhlw.go.jp/seisakunitsuite/bunya/hukushi_kaigo/kaigo_koureisha/chiiki-houkatsu/dl/link3-1.pdf

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2016.9 12

専門は福祉情報 地域福祉。日本福祉介護情報学会理事。シンクタンクの研究員を経て、1998年に岩手県立大学へ。2003年より地域での高齢者の孤立を防ぐ取り組みを始める。

小川 晃子 Ogawa Akiko 岩手県立大学社会福祉学部 教授

ICTを活用した孤立防止と生活支援型コミュニティづくり-岩手県における産学官連携によるアクションリサーチ-

2 4

高齢者見守りネットワーク構築の取り組み特 集

特 集

岩手県は、過疎化・高齢化の進展が著しく、高齢者の社会的孤立の問題が複雑化・重層化している地域です。これを背景として、岩手県立大学は岩手県等と連携してICT(情報通信技術)を活用した高齢者安否確認見守りシステムの実践研究に取り組み、有効性を検証してきました。

通称「おげんき発信」は高齢者が電話機からサーバに発信し、音声ガイドに従い「⒈げんき」

「⒉少しげんき」「⒊わるい」のボタンで24時間に1回安否を能動的に発信するものです。2010年度から岩手県と青森県の社会福祉協議会(以下、社協)で事業化されています*1。

電話番号を登録するしくみなので、固定電話機でも携帯電話でも利用でき、1日約10円の自己負担ですみます。見守りセンター(通常は市町村社協)は1日に1回、インターネットの画面で発信状況を確認し、高齢者が未発信の場合には電話をかけ、それに応答がない場合はあらかじめ登録されている見守り者(民生委員や近隣の人)が訪問し、安否を確認するしくみです。岩

背景・目的

能動的安否確認である「おげんき発信」

手県では、独居や高齢夫婦のみの世帯を中心として、約1,000世帯が利用してきました。

これを使い始めると、見守られる安心感が強くなります。また、未発信の人を訪問することにより、骨折や脳卒中で倒れているところを発見したり、発信率の低下が認知症の早期発見につながるなど、異変把握と孤立死防止の効果があります。見守りセンターや見守り者との日常的な関係が強くなることにより、詐欺的商法や各種の生活相談を受ける体制ができ、生活支援サービスの提供につながります。

2010年度から3年間、国立研究開発法人科学技術振興機構社会技術研究開発センターの「コミュニティで創る新しい高齢社会のデザイン」領域の採択を受け、「ICT を活用した生活支援型コミュニティづくり」*2に取り組みました。これは、おげんき発信の「⒋話したい」ボタンを24時間365日使える体制を整備し、地域の互助機能の組織化を図ることにより、高齢者の身体的・心理的異変や買い物・外出などの生活支援に対応できる情報の流れと、コミュニティにおける支援体制を開発し、その検証と持続的な取り組み成果を地域に残すことをめざしたもので

生活支援型コミュニティづくり

*1 �内閣府消費者委員会��官民連携による見守りシンポジウム資料「ICTを活用した孤立防止と生活支援型コミュニティづくり」14ページ�http://www.cao.go.jp/consumer/iinkai/2016/009/doc/20160313_shiryou3_1.pdf

*2 �国立研究開発法人�科学技術振興機構�社会技術研究開発センター�研究開発プロジェクト紹介��https://www.ristex.jp/korei/02project/prj_h22_03.html

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2016.9 13

見守られる側見守る側

みまもりセンター

対面見守り情報発信

異変対応

閲覧情報共有

安否自己発信

特別養護老人ホームあいぜんの里

24時間365日

民生委員 まごころ宅急便(買い物支援)

服薬見守り

血圧伝送

別居親族薬局(薬剤師)医療機関(医師・看護師)応援センター (行政職員・保健師)社会福祉協議会

おげんき発信

⒈げんき⒉ 少しげんき⒊わるい⒋はなしたい

見守りポータルサイト

釜石市の平田地区における重層的・一元的見守り図

高齢者見守りネットワーク構築の取り組み特 集

ICTを活用した孤立防止と生活支援型コミュニティづくり特集2-❹

で継続しています。

東日本大震災の被災地は、人口減や仮設住宅から復興住宅への移転に伴う移動等により、孤立防止とコミュニティ再構築の課題が特に大きい地域です。そこで、ICTを活用した見守りと人的見守りの双方を重層化し、高齢者の心身の状況によって見守り方法を使い分けるとともに、見守り情報を地域で一元化する取り組み体制をつくりました。釡石市の平田地区では、特別養護老人ホームが見守りセンターとなり、2015年度から図に示すような重層的見守り体制の実証実験を行っています。

こうした10年以上にわたる取り組みはすべて、産学官連携によるアクションリサーチ*5で、地域の多様な関与者と対話をしながら実施してきました。実証実験を通してその成果を目に見えるものにしているので、今後はこれが地域包括ケア体制づくりなどのなかで実装されていくことが課題です。

ICT活用と人的見守りの重層化・一元化

今後に残された課題

す。見守りセンターは、市町村社協に加えて、社会福祉施設や民生児童委員などコミュニティの特性に応じたサブセンターを設置し、緊急通報システムやセンサーなどの安否確認情報の共有も図り、確実な見守りとコミュニティにおける生活支援ニーズのマッチングを行うところが特徴です*3。

このために、岩手県立大学を中心とする学際的な研究体制と、行政等の多様な地域の関与者とともに職際的な検討体制を構築し、地域性が異なる県内の4つのフィールドで実証実験を行いました。

フィールドの1つである滝沢市においては、身体レベル・認知レベルに応じた安否確認(異変把握)システムの使い分けが必要と考え、緊急通報におげんき発信のボタンを一体化することにより、知的障害者や認知症高齢者でも「わるい」か「げんき」の二択をワンプッシュで発信できるようにしました。

また、おげんき発信に「⒌頼みたい」ボタンを付加し、このボタンで買い物ができるようにしました。見守りセンターである社協が買い物を受け付け、地元のスーパーで品物を箱詰めし、宅配業者が1箱500円で高齢者宅に届け、ドライバーが対面で安否確認を行い、その結果を社協にファクシミリで報告する「まごころ宅急便」のしくみです。

滝沢市の川前地区では、岩手県立大学のプロジェクト室と学生ボランティアセンターと自治会役員・民生児童委員、および地域の民間事業者が連携し、高齢者支援連絡会を立ち上げました。雪かきや買い物支援、介護タクシーなどの生活支援と見守りが一体化した取り組みです*4。

こうした取り組みは、実証実験終了後も地域

*3 �*1�官民連携による見守りシンポジウム資料15ページ*4 �*1�官民連携による見守りシンポジウム資料21ページ

*5 �社会生活で生じる諸問題について、研究者と当事者の人々とが共同で取り組み、その成果を社会に還元して現状を改善することをめざす実践的研究

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2016.9 14

改正特定商取引法の概要とポイント

村 千鶴子Mura Chizuko

専門は契約法、消費者法。国民生活センター消費者判例情報評価委員会委員、東京都消費者被害救済委員会会長。著書に『誌上法学講座−特定商取引法を学ぶ−』(国民生活センター 2010)ほか多数。

東京経済大学現代法学部教授、弁護士

高齢者の電話勧誘販売などでは、お墓の利用権、有料老人ホームの利用権、鉱物の採掘権などの各種の「権利」、未公開株や社員権、社債、医療機関債などの債権、仮想通貨や外国通貨など多様な被害が増えています。その多くが金融商品取引法などの規制対象外です。現行法では、これらの取引が訪問販売や電話勧誘販売で行われても「役務・商品には該当せず、政令指定権利でもないから規制対象にならない」という運用のため、対応できない状態でした。

専門調査会の議論では「政令指定権利制」を廃止して「すべての権利」とし「隙間」をなくすべきだと指摘されました。2008年改正ではそのまま維持された政令指定権利制度の問題点がクローズアップされたわけです。その結果、改正法では「政令指定権利制」を改めて「特定権利制」にすると改められました。特定権利とは、「施設を利用し又は役務の提供を受ける権利のうち国民の日常生活に係る取引において販売されるものであつて政令で定めるもの」(現行法の「政令指定権利」と同じ定義(現行法第2条4項、改正法第2条4項1号)のほか「社債その他の金銭債権」

「株式会社の株式、合同会社、合名会社若しくは合資会社の社員の持分若しくはその他の社団法人の社員権又は外国法人の社員権でこれらの権利の性質を有するもの」(同3号)の3種類です。

金融商品取引法の規制対象取引は適用除外(現

指定権利制度の見直し

2016年5月25日に改正特定商取引法(改正特商法。以下、改正法。なお、現行特商法は、以下、現行法)が成立し、6月3日に公布されました。改正法は、公布の日から1年6カ月以内で政令で定める日から施行され、施行日以降に締結された契約に適用されます。

今回の改正は、2008年改正の際に「施行後5年をめどに見直す」こととなっていたことを踏まえたものです。2008年には、訪問販売・通信販売・電話勧誘販売の適用対象を「政令指定商品・政令指定役務制度」に係

かかる取引に限定して

いたものを廃止して原則すべての商品・役務に係る取引に拡大したこと(政令指定権利は維持)、高齢者の訪問販売の次々販売等による深刻な被害の多発への対策として再勧誘の禁止、訪問販売の過量販売解除制度等を導入したことなど大きな改正がされました。

2015年の消費者委員会特定商取引法専門調査会(以下、専門調査会)における検討において明らかになったことは高齢者の被害が増加し続けており、2008年改正だけでは不十分ということでした。その結果、今回の改正では、指定権利制度の見直し、電話勧誘販売への過量販売規制の導入、執行体制の強化などがなされました。

以下、消費生活相談業務にかかわりの深い論点を中心に紹介します。

改正の経緯

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2016.9 15

この期間はあまりにも短く消費者には使いにくいという問題があります。そこで、消費者契約法も特商法も共に「追認できる時から1年間」に延長されました(改正法9条の3第4項)。

政令の改正は今後進められるので、まだ確定していませんが、専門調査会の結論では以下の点が見直される見込みです。⑴ 役務の解釈と政令指定権利

特定権利のうち政令指定は新たに指定されることになります。その際には、現行法の役務の解釈(特商法では役務の定義規定はありません。消費者庁の解釈による運用になっています)が狭すぎることから、解釈を変更して、政令指定権利も全面的な見直しがされる見込みです。

例えば、現行法では、仮想通貨は規制対象ではないと解釈されていますが、改正法施行後は役務として規制対象とされる見込みです。同様に、リゾートクラブの会員権、スポーツ施設の利用権、有料老人ホームやお墓の利用権、鉱物の採掘権などの取引はその実態を踏まえて役務と解釈すると変更される見込みです。⑵ 特定顧客の定義の見直し

現行の特定顧客の誘引方法として政令で指定されているものは、電話、郵便、信書便、電報、ファクシミリ、電磁的方法(電子メール・ショートメール)、ビラ・パンフレット、拡声器で住居の外から呼び掛ける、住居訪問に限定されています(現行法政令1条2項)。

同政令制定当時は、電子メールやショートメールなどが通信方法として利用されるようになった時代でした。その後、スマートフォンの普及により若い人の連絡手段はLINEなどのSNSに変化し、アポイントメントセールス等の呼び出し手段もSNSにシフトしています。そこで、特定顧客取引の呼び出し手段にSNSを追加する見込みです。

さらに、近年では目的を隠したキャッチセールスや、目的を隠して呼び出すアポイントメン

政令などの見直し

行法26条1項8号イ)ですから、同法の規制を受けない、例えば、無登録業者の未公開株式の販売や自社発行株を販売する場合などが特商法の規制対象になります。

なお、「施設を利用し又は役務の提供を受ける権利のうち国民の日常生活に係る取引において販売されるものであつて政令で定めるもの」については、今後施行日までに政令で整備されます。まだ、政令指定の内容が決まっているわけではありませんが、保険などが指定される可能性があるようです。

高齢者の被害では、電話勧誘販売でも同種の商品を非常識な分量で売りつける被害が多発していました。例えば、健康食品の販売などが典型的なものです。

そこで、2008年に訪問販売に導入された過量販売の規制(現行法7条3号)と解除制度(現行法9条の2)と同様の制度を電話勧誘販売にも導入しました。一度に大量に買わせるタイプだけでなく、次々販売についても販売業者が「消費者の保有している分量」や「これまでの取引履歴」を知っていた場合には適用対象としています(改正法24条の2)。

通信販売業者が、高齢者などに対して果物などの通信販売の広告をファクシミリで送り付けるケースが多発し苦情が寄せられていました。そこで、電子メール広告の送り付けの禁止と同様の規制を導入しました(改正法12条の5)。

通信販売と訪問購入を除いて、特商法にも不実告知や不告知を理由とする取消制度があります。この取消期間は、現行法では、現行の消費者契約法と同様に「追認できる時から6カ月、最長でも契約締結から5年間」です。

電話勧誘販売への過量販売規制の導入

ファクシミリ広告の送り付けの禁止

取消権の期間延長

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2016.9 16

に対応するために、特商法に公示送達の手続きを導入しました。

違法業者には、立入検査等を行い適切な処分をすることが重要です。特商法が順守されることによって被害の防止と健全な経済競争の環境が整備されます。

行政処分を適切に行うためには、消費生活相談窓口で、相談者である消費者から具体的な事実関係を丁寧に聞き取り、どの行為がどの規制に違反しているのかを整理し、PIO―NET*に入力することが重要で、行政処分の端緒になります。

消費生活相談と執行部門は、このように役割分担をして、車の両輪として機能しています。

2016年改正に盛り込まれず、残された課題となった点としては以下のようなものがあります。⑴ 高齢者等への不招請勧誘の規制の必要性

高齢者などの弱者は「断れない」ために被害にあっています。勧誘者と直接対応しなければならないと被害にあうことになる、そこで、あらかじめ「勧誘しないでください」と勧誘を拒絶できる制度の必要性の検討です。⑵ 広告規制違反と契約の効果

特商法では「虚偽の広告」を禁止しています。そこで、通信販売などで虚偽の広告によって契約した場合を考慮して取消制度を導入する必要があるのではないでしょうか。

いずれも被害実態が不明であるとの指摘や事業者側の強い反対があり、実質的な検討はできませんでした。相談業務において、どのような被害が起こっているか、それはなぜなのか、どのような対応が求められるか、などを丁寧に把握しデータ化することによって、次の検討課題として継続的に取り組むことが重要です。

相談業務と執行関係

残された課題

トセールスでは、その日のうちに契約させるのではなく、「販売目的」を隠したままで何回も来訪の約束をさせ数回目に契約をさせるケースが目立つようになりました。そこで、このタイプも特定顧客取引に該当することを明確化する見込みです。⑶ 特定継続的役務の追加

特定継続的役務提供として、政令で6種類の役務が指定されています。7番目の役務として

「美容医療」が指定される見込みです。美容医療では、脱毛などが問題となっていま

す。既にエステの脱毛は規制対象ですが、医療脱毛は規制対象ではないためクーリング・オフ制度・中途解約に関する規制がないなど消費者保護に欠ける事態が起こっているためです。ただし、審美歯科関係についてはホワイトニングは規制対象になる可能性がありますが、歯列矯正は対象にならないものと推測されます。

事業者がますます悪質化していることから、執行体制を強化するための改正が行われました。主な要点のみ紹介します。⑴ 業務停止命令の期間の延長

業務停止命令の期間を1年間から2年間に延長しました。⑵ 業務停止命令の対象の拡大

現行法では特商法違反をしたA社を処分できるしくみですが、改正法では、業務停止を命ぜられた法人の取締役やこれと同等の支配力を有すると認められるもの等に対して、新たに法人を設立して停止の範囲内の業務を継続すること等を禁止しました。

A社の役員らが新たに別会社に移行して同様の特商法違反を繰り返すケースなどが目立つことから導入したものです。⑶ 公示送達制度の導入

ネット通販などで不当な広告をする事業者に対する処分の際に、事業者の所在地が分からないために弁明の機会の付与などができない事態

執行体制の強化

* �PIO―NET(パイオネット:全国消費生活情報ネットワークシステム)とは、国民生活センターと全国の消費生活センター等をオンラインネットワークで結び、消費生活に関する相談情報を蓄積しているデータベースのこと。

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第 回2

マンションにおける 管理とトラブル

-標準管理規約等について-

鎌野 邦樹Kamano Kuniki

法務省や国土交通省の各種委員会委員等を歴任。現在、東京都消費者被害救済委員会委員、東京都公益認定等委員会委員、行政書士試験委員等を兼務。主な著書として、『マンション法案内』(勁草書房)、『不動産の法律知識』(日経文庫)、『コンメンタール マンション区分所有法 第3版』(共著。日本評論社)など多数。

早稲田大学大学院法務研究科 教授

合の規約の8割超は、標準管理規約に準拠しています。

標準管理規約は、管理組合が参考にすべき規約のモデルとして国土交通省が策定したもので、

「単棟型」「団地型」「複合用途型」の3つがあります。「単棟型」は1棟のみからなる住居専用、「団地型」は数棟からなる団地、「複合用途型」は住居のほか店舗や事務所が併用の各モデル規約です

(以下では、「単棟型」を中心に述べます)。マンションの管理やトラブルを検討する場合には、区分所有法と共に標準管理規約をみることが必要です。

専有部分については、各区分所有者が自己の費用と責任でもって管理し、共用部分については、管理組合がその費用と責任でもって管理します。管理組合による共用部分の具体的な管理は、集会の決議によって行われます。なぜ集会の決議が必要なのかといいますと、例えば、以下のような事柄については区分所有者間で意見の対立があり得ます。

・マンションの大規模修繕につき今年実施するのか、数年後に実施するのか。

・高齢者の増加に伴いエレベーターを新たに設置するかどうか。

共用部分の管理に関する 集会の議決

マンションにおいては、複数の区分所有者が、住宅として建物とその敷地を所有し、利用しています。区分所有者は、建物の専有部分を単独で所有し、共用部分と敷地を共有しています。したがって、マンションの管理は、専有部分と共用部分とが構造上一体となった建物と敷地について、複数の所有者が共同で行うことになりますが、それは、通常、規約の設定および集会決議を通じて行われます。

マンションの管理に関しては、区分所有法が定めていますが、各マンションの管理の具体的な事項については、規約で定められます。例えば、区分所有法では、集会の決議や規約の定めを実行する管理者は、「規約に別段の定めがない限り」、集会の決議によって選任されると定められています。しかし、実際上多くの管理組合の規約では、集会の決議によって区分所有者の中から複数の理事が選任され、その理事が理事会を構成し、理事会での理事の互選によって理事長が選出されると定められ、そして、理事長が区分所有法で定める管理者であるとされています。このような規約の定めは、「マンション標準管理規約」(以下、標準管理規約)に従ったものです。国土交通省の報告書*1によると、管理組

マンションの管理とマンション標準管理規約

*1 �『平成25年度マンション総合調査結果報告書』(国土交通省住宅局市街地建築課マンション政策室、2014年4月)

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2016.9 18

で話し合う」ときなどの参考のために、各トラブルの法的対応について述べることにしましょう。⑵ 居住者間の行為、マナーをめぐるもの■生活音

生活音の問題は、その発生源が階上の区分所有者や隣家の区分所有者による場合には、隣接する区分所有者間の問題であり、基本的には当事者間で解決するほかありません。ただ、この問題の難しいところは、その背景には隣人同士のこれまでの関係による感情的な問題に起因することが多く、また、法的にも、このような場合の音量や音の性格等についての客観的な基準が必ずしも存在するわけではなく、裁判になった場合でも、結局、それが「受忍限度」を超えるものか否かという裁判官の判断に委ねられるという点にあります。ただ、次に扱うペット飼育の場合と同様に、生活音の範囲を超える「騒音」が区分所有者の相当数に及ぶような場合には、管理組合が対応すべきマンション管理の問題(後述の「共同利益背反行為」の問題)として法的対応が求められることになります。■ペット飼育

フランスでは、賃貸借契約やマンション管理規約においてペット飼育の禁止を定めることは、法律によって禁止されています。しかし、わが国では、区分所有法その他の法律にこのような規定はありません。最近ではペット飼育を容認して分譲されるマンションがありますが、そのような場合は別として、ペット飼育の可否については、各マンションにおいて規約でその可否を定めることができます。規約の設定や変更については、共用部分の変更の場合と同様に、4分の3以上の特別多数決議によります。標準管理規約は、ペット飼育を認める場合と禁止する場合の両方のモデル規定を提示しております。

規約によりペット飼育が禁止されているにもかかわらず、ペットを飼育している場合には、管理組合は、飼育者に対し、飼育の停止を請求

したがって、これらの点については、区分所有法および標準管理規約では、集会における多数決議によるものと定めています。そして、前者

(マンションの修繕)については、「共用部分の(通常の)管理」に該当するとして、過半数決議(普通決議)とされ、後者(エレベーターの新設)については、「共用部分の変更」に該当するとして、特別多数決議(区分所有者および議決権〈通常は各区分所有者の専有部分の床面積の割合による〉の4分の3以上の多数の決議)によります。

⑴ トラブルの内容「集合して住む」マンションにおいては、区分

所有者間のトラブルが少なくありません。前記の報告書によると、実際に発生するマンションのトラブルは、表のとおりです。以下では、これらのうち、「生活音」「ペット飼育」「水漏れ」をめぐるトラブルについてみていきます(「管理費等の滞納」については次回取り上げます)。

前記の報告書によると、トラブルの処理方法は、「管理組合内で話し合った」(69.2%)、「マンション管理業者に相談した」(48.0%)、「当事者間で話し合った」(25.4%)の順になっており、「訴訟によった」はわずかです(6.8%)。「管理組合内

マンションにおけるトラブルの法的対応

マンションのトラブル類型とその具体的な内容※数値は、調査対象管理組合(有効回答2,324管理組合)のうち、各回答項目を挙げた管理組合の割合出典:『平成25年度マンション総合調査結果報告書』(国土交通省住宅局市街地建築課マンション政策室、2014年4月)

トラブルの類型 具体的な内容

「居住者間の行為、マナーをめぐるもの」(55.9%)

「生活音」(34.3%)、「ペット飼育」(22.7%)

「建物の不具合に係るもの」(31.0%) 「水漏れ」(18.8%)

「費用負担に係るもの」(28.0%)「管理費等の滞納」(27.2%)

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2016.9 19

下の専有部分内の天井に所在することもあります。判例*2は、このような場合には、その給排水管を共用部分の附属物として、そこからの階下の住戸への水漏れにつき管理組合の責任を認めました。

第2に、実際には水漏れの原因が明らかでない場合があり、この場合には、区分所有法は、その原因が共用部分にあるものと推定すると定めています。水漏れの原因が専有部分にあることが明らかにされない限り、管理組合が責任を負います。

マンションの管理に当たっては、前記のようなトラブルを防止するために、共用部分を定期的に点検して中長期の修繕計画を作成したり、規約を整備したりしておくことが必要です。

そのためには、管理組合の理事会が、自らの業務を適正に実行するとともに、管理業務を管理業者(管理会社)に委託している場合には、管理業者の業務をしっかりと監督する必要があります。そして、トラブルが発生したら早めにマンション管理士や弁護士等の専門家に相談することが必要です。

当然、それらの前提としては、管理組合に理事会が設置され、適切に機能する必要があります。しかし、近年、区分所有者の高齢化等により理事のなり手不足が問題となっています。次号では、この点も含め、マンション管理のあり方や管理業者との管理委託契約について述べます。

トラブルの解決とマンション管理の課題

することができます(先に述べた騒音被害が相当数の区分所有者に及んでいる場合にも、その騒音発生の停止を求めることができます)。そして、これらの「共同利益背反行為」の程度が著しく、他に手段がないような場合には、管理組合は、その者に対し、集会での4分の3以上の特別多数決議に基づき、相当な期間の専有部分の使用の禁止、または専有部分の競売を請求することができます。⑶ 建物の不具合に係るもの■「水漏れ」トラブル

例えば、以下のようなトラブルがあります。

住戸内の天井から室内の壁を伝わって水漏れが発生したので、理事会に問い合わせたところ、「おそらく階上の区分所有者の専有部分内に原因があるから、そちらに問い合わせてほしい」と回答されたので、階上の区分所有者に問い合わせたところ、「私の専有部分内には何ら原因がない」と言われました。どのように対処したらよいでしょうか。

第1に、水漏れの原因が、専有部分に属する附属物としての給排水設備に係

かかるものであると

したら、その専有部分の区分所有者が修繕や損害賠償の責任を負います。他方、共用部分に属する附属物としての給排水設備に係るものであるとしたら、管理組合が区分所有者全員の費用負担(管理費等による支出)の下にそれらの責任を負います。標準管理規約では、一般的な給排水管設備の構造を想定して、専ら自己の給排水を通すものとして自己の専有部分内の床下に配管された給排水管(「横管」または「枝管」)は専有部分の附属物であり、それらを合流させて共用部分内に配管された給排水管(「縦管」または「主管」)は共用部分の附属物であると定めています。ただ、マンションの構造によっては、自己の給排水を通す給排水管(「横管」または「枝管」)が階

*2 �最高裁平成12年3月21日判決(『判例タイムズ』1038号179ページ、『判例時報』1715号20ページ)

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第 回9

海洋プラスチック汚染への 対策や取り組み

理学博士。国連海洋汚染専門家会議(GESAMP)のマイクロプラスチックに関するワーキンググループのメンバー。信条は「現場百ぺん、予防原則、No-single use plastic!」。

高田 秀重 Takada Hideshige東京農工大学農学部環境資源科学科 教授

海のプラスチック汚染の実態、生態系への影響、そして私たちができる対策について考えていきます。

プラスチックとなって外洋に流れてきます。このように海岸がマイク ロ プ ラ スチックの生成器の1つになっているため、海岸清掃はマイクロプラスチックの発生源除去という点で意味があります。

しかし、細かくなって砂の中に混ざってしまったマイクロプラスチックを取り除くことはできませんし、海岸清掃を行っても次々と流れ着くので、清掃が追いつきません。

そこで、海にV字型の大きな浮きを浮かべて、波と風の力で浮いているプラスチックを回収しようという試みも行われつつあります*1。これは、オランダのオーシャンクリーンアップという団体が行っている取り組みで、国連の会議でも紹介されました。この浮きを使った方法は、比較的大きなプラスチックの回収には有効で、海岸清掃と同様にマイクロプラスチックの発生源を取り除くという点で意味がありますが、マイクロプラスチック自体は取り除くことはできません。無理にマイクロプラスチックをすくって取り除こうとすれば、動物プランクトンや魚の卵なども取ってしまうことになり、生態系への悪影響が懸念されます。

プラスチックごみ(以下、プラごみ)による海洋汚染は、ここ数年海洋汚染の専門家だけでなく、廃棄物管理など海洋汚染以外の分野の専門家からも注目され、対策を含め、国際的な議論や取り組みが始まっています。2015年のドイツでのサミット、今年5月に日本で行われた伊勢志摩サミットや富山でのG7環境大臣会合でも「海洋ごみ」が議題となっています。今年6月には、国連本部で第17回「海洋及び海洋法に関する国連総会非公式協議プロセス」という会議が、「海洋ごみ、プラスチック及びマイクロプラスチック」というテーマで開催され、世界60カ国の代表、12の国際機関、8つの国際NGO、研究者約30名が参加し、海のプラスチック汚染とその対策について議論しました。海洋プラスチック汚染を気候変動、海洋酸性化、生物多様性と並んで最も重要な地球規模環境問題と位置づけて議論が行われた画期的な会議です。この会議での議論も踏まえて、海洋プラスチック汚染の対策について、述べたいと思います。

プラスチックは海に入ると、紫外線や波の力で細かくはなりますが、プラスチックであることに変わりはなく、数十年以上海を漂い続けます。海に流入したプラスチックのうち大きなプラごみは海岸に流れ着くことから、海岸清掃がボランティアや行政機関により行われています。それらの大きなプラごみは、暑い海岸に降り注ぐ紫外線と波の力でぼろぼろになり、マイクロ

ボランティア等による海岸清掃

荒川の河原の漂着プラスチック (ペットボトルが多く目につく)

写真

*1 �http://www.theoceancleanup.com/

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石油由来の通常のプラスチックと生分解性プラスチックを混ぜた製品は、海洋汚染の立場からは、石油由来プラスチック100%の素材よりも問題です。なぜなら、生分解性プラスチックの部分だけ海で分解していって、ぼろぼろになった石油由来プラスチックだけが、マイクロプラスチックとして残ってしまうことになります。生分解性プラスチックと石油由来のプラスチックの混合はマイクロプラスチックの生成を助長するでしょう。

私たち消費者が、個人レベルですぐに実行可能で、効果的な対策としては、3Rの実行、特にReduce(削減:使い捨てプラスチックの使用を控えること)でしょう。使い捨てプラスチックについては、国連の会議でも象徴的なやりとりがありました。中南米の国の代表が「飲み物の容器が衛生的ならプラスチック製のストローは不要」と発言し、別の国の代表も「不必要なプラスチックパッケージが多過ぎる」と発言したため、プラスチック業界の人は一瞬言葉を失っておりました。私たち消費者が使い捨てプラスチックの使用を拒否することにより業界の姿勢を変えることも大事だと思います。

一方、諸外国では予防原則の方向で使い捨てプラスチック規制の動きが始まっています。アメリカでは、2014年3月にサンフランシスコ市でペットボトルでの飲料水の販売を禁止する法案が成立しました。その年の8月にはカリフォルニア州でレジ袋禁止の法律が成立しました。その後、2016年5月にニューヨーク市でもレジ袋有料化の法案が成立しました。EUでは、2014年11月に加盟国にレジ袋削減案策定を義務づけ、レジ袋の消費量を2025年までに1人当たり年間40枚まで削減することを目標としています。日本でも今後こうした規制が必要となるでしょう。

消費者の立場から

つまり、マイクロプラスチックはいったん海に入ると取り除くことが困難なため、流入そのものを減らす予防的な対策が重要となるのです。

国連の会議でも、廃棄物管理の推進と3R(削減、再使用、リサイクル)の促進が中心的な対策として議論されました。具体的には、ごみ分別の推進とそのための意識啓発、再利用とリサイクルを促進するための製品デザイン、紙や木などのバイオマスベースの素材の利用促進、生分解性プラスチック*2の開発と普及、海岸清掃活動の活性化、環境啓発活動の推進などを、循環型社会や循環型経済を展望して組み合わせていくことになります。いずれも行政機関や生産・流通の業界の協力が必要です。海洋プラスチック汚染の解決には行政、企業、NGOの取り組みが必須であることが強調されました。

紙や木などのバイオマスベースの素材の利用は、実質的な温暖化ガス排出をゼロにするというパリ協定にも沿うものですし、海洋汚染低減につながります。紙や木の素材であれば、仮にごみとなって海に出ても、いずれは分解されますし、有害な化学物質を吸着することもありません。バイオマスベースの素材の利用の促進は、海洋プラスチック汚染の対策として重要です。

生分解性プラスチックについては、2015年11月に国連環境計画が「生分解性プラスチックは海洋プラスチック汚染の唯一の解決策とはならない」という報告書を出しています。その理由は、分解に資する微生物は土壌中に多く存在する微生物で、海洋環境中では微生物密度が低く、分解に時間がかかるということが大きな理由です。もう1つの理由は、3Rの意識の低下を招くというもので、今回の国連の会議でもこの点は強調されていました。

循環型社会・循環型経済の推進

*2 �使用するときには従来のプラスチック同様の性状と機能を維持しつつ、使用後は自然界の微生物などの働きによって生分解され、最終的には水と二酸化炭素に変換されるプラスチック

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2016.9 22

第 回

相談事例をとおして相談内容のポイントを探り、消費生活相談の現場に役立つ法規等の情報を届けます。

初回は「訪問販売」の事例を取り上げます。

布団の訪問販売

3カ月前、布団の点検をすると言って布団の販売業者が自宅に訪ねてきた。布団を見せると「中綿に黒い点があり、虫が食っている。このまま放っておいては大変。羽毛布団のクリーニングは高額で、買ったほうが安い」と言われ、30万円の羽毛布団を購入する契約をした。使っていた布団は販売業者が持って帰った。その後、集金のたびに3~4時間ほど勧誘され、高額な掛け布団

カバーや炭の入ったパッドを契約、総額100万円近くになってしまった。年金暮らしなのでこれ以上は払えない。高額な契約なのでやめたい。 (80歳代 女性 無職)

洞澤 美佳Horasawa Mika

日弁連消費者問題対策委員会委員。第二東京弁護士会消費者問題対策委員会幹事。第24次東京都消費生活対策審議会委員。

弁護士

1

新連載

誘(省令7条2号)、適合性違反の勧誘(省令7条3号)等が問題になります。ルール違反は、行政処分等の対象にはなりますが、契約をやめる直接の根拠にはなりません。しかし、ルール違反を指摘することもあっせんするうえで重要です。⑶ 事例への当てはめ

本事例では、2.の過量販売解除を中心に検討します。過量性の判断基準は、商品等の種類や特性、購入者の属性・実情によっても異なります*2。ここでは①~③について触れておきます。①「同種」の考え方:商品等の種類や用途の違いは事業者の基準により厳密に区別するのではなく、一般消費者の契約行動に照らして別の商品として同時並行的に購入使用することが通常かどうかを基準に判断すべきです*3。(公社)日本訪問販売協会の「通常、過量に当たらないと考え

⑴ 適用の可否本事例は、事業者が消費者の自宅を訪れその

場で契約をしているので、営業所等以外の場所での取引といえます。消費者が契約をするつもりで事業者に来訪要請したといった事情*1(適用除外)がない限りは、「訪問販売」として特定商取引法(以下、特商法または法)が適用できます。⑵ 民事ルール

相談者は契約をやめたいと希望しています。訪問販売の場合、契約をやめる手段として⒈クーリング・オフ(法9条)、⒉過量販売解除権(法9条の2)、⒊取消権(法9条の3)があります(表)。

なお、特商法では、事業者が守るべきルール(取締規定)も規定されています。本事例でも、氏名等明示義務(法3条)、判断力不足に乗じた勧

特定商取引法の適用について

*1 �特定商取引法26条5項1号

*2 �(参考)「通常、過量には当たらないと考えられる分量の目安」(公社)日本訪問販売協会�http://jdsa.or.jp/quantity-guideline/

*3 �齋藤雅弘、池本誠司、石戸谷豊『第5版特定商取引法ハンドブック』(日本評論社)734ページ

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2016.9 23

反していれば、契約締結を必要とする事情に関する事項につき不実告知をしたものとして取り消せます。

消費者契約法(以下、消契法)なら、「集金のたびに3~4時間ほど勧誘された」の点は、断っているのに帰ってくれなかったのであれば、不退去(消契法4条3項1号)で取り消せます。他方、

「中綿に黒い点があり…」と言われた点ですが、特商法と異なり、不実告知による取り消しはできないと考えられます。動機は重要事項に含まれないと考えられているためです。なお、消契法は2016年5月25日に一部改正され、6月3日に公布されました(2017 年6月3日施行予定)。改正法では、①過量販売契約の取り消しが認められるとともに、②重要事項の範囲が動機(「損害又は危険を回避するために通常必要と判断される事情」)にまで拡張されます。

民法では、過量性との関係で公序良俗違反(90条)を、契約締結の動機との関係で動機の錯誤

(95条)を検討します。

その他の関連法規

られる分量の目安」*2は考え方の1つの目安として参考になりますが、ケースバイケースで考えるべきでしょう。②金額と過量性:「過量」の概念に金額の多寡は含まれません。したがって、100万円の寝具を一組購入したとしても、それだけで過量性を主張することはできません。しかし、複数購入を想定できる通常の価格帯の商品と異なり、高級品を次々と購入することは一般的に考えにくいことを踏まえると、金額も過量性の判断に影響を与え得るといえます。③下取り品と過量性:布団の買い換えの必要がなく下取りが必須ではないような場合などは、下取りされた布団も過去に契約を締結した分量に含めて判断すべきとする見解もあります*4。

本事例は、いずれも契約締結から1年以内の契約です。年金生活者に対してわずか3カ月間で100万円近くの高級な寝具を次々購入させていますが、事業者は1社のみですから、過量性を認識することは可能です。したがって、過量販売解除権の主張を検討すべきでしょう。

また、⒈のクーリング・オフは、法定書面の受領、書面不備を検討します。⒊の取消権は、「中綿に黒い点があり…」との点が客観的な事実に

*4 �クーリング・オフ制度の適用除外

※�ここに掲載する相談事例は、当時の法令や社会状況に基づき、1つの参考例として掲載するものです。同じような商品・サービスに関するトラブルであっても、個々の契約等の状況や問題発生の時期などが異なれば、解決内容も違ってきます。

特定商取引法による訪問販売におけるクーリング・オフ、過量販売解除権、取消権の概要(現行特商法に基づく)表

クーリング・オフ 過量販売解除権 取消権

趣 旨 熟慮期間の付与 勧誘行為の立証負担を軽減し、被害救済 不当勧誘に対する被害救済

要 件 法定書面受領の日から8日間以内(適用除外*4に注意)。

①訪問販売②通常必要とされる分量を著しく超える(単一契約でも複数契約(同種商品等)でも)

③過量性の認識

①事業者が契約締結の勧誘に際し②「不実告知」または「故意の事実の不告知」

③消費者が②により誤認

効 果

①契約時にさかのぼって解消。②事業者は受領ずみの代金、消費者は商品・権利が現に存する場合は返還。

③原状回復費用は事業者負担。④事業者は、解除に伴う違約金等の請求不可。⑤事業者は、役務提供の対価や、商品の使用料・使用利益の請求不可。

クーリング・オフの効果を準用

民法703条・704条の規定による(クーリング・オフや過量販売解除権とは異なり、清算方法に関する規定がないため、契約の一般法である民法の条文に従うことになる)

方 法 発信主義 到達主義 到達主義

行使期間

8日間。なお、クーリング・オフ妨害(不実告知・威迫困惑)の場合は、書面再交付およびその説明をした日から8日間経過するまで延長。

契約締結の時から1年間(書面受領の有無は関係なし)

追認できるときから6カ月、契約締結の時から5年。

起算日 初日算入 初日不算入(初日算入とする見解あり) 初日不算入

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文/安藤 佳子 Ando Yoshiko

2016.9 24

2016年6月23日の国民投票の結果イギリスのEU離脱(ブレグジット:Brexit)が決定した。正式離脱に2年はかかりそうだが、国内外の政治・経済情勢の不安定は免れない。Which?は離脱決定翌日に消費者に冷静な行動を呼び掛け、今後も消費者の権利擁護に尽力するとコメントした。しかし、Which?が読者会員を対象に懸念事項について尋ねたアンケート

(1,834人回答)では、ポンド安が75%、年金・預貯金の目減りが各71%・68%、EU域内共通で利用できる欧州健康保険カード(EHIC)の失効が63%、食料品や日用品の高騰が63%と、やはり経済状況の悪化に集中している。興味深いのは、残留派と離脱派で大きく食い違う点であり、ポンド安については残留派93%に対し離脱派34%、年金は85%対36%、預貯金は82%対34%など。総じて45歳以下の層ではポンド安、住

宅ローンへの影響、家計費、雇用状況の変化などに対する懸念が強かった。さらに、節約をしようと思う分野としては高額消費財が28%(残留派37%に対し離脱派5%)、預貯金・投資が26%(同31%対12%)、つき合いや外食が25%(同34%対5%)の順である。

Which?では専用サイトを開設し ●消費者保護法は変わるのか ●預貯金は保護されるか ●海外のネット通販にかかる関税 ●新車や輸入車の購入 ●株相場の下落で年金が減額するのか ●海外旅行や携帯電話のローミングへの影響 ●雇用への影響など、消費者の懸念や質問を受け付け丁寧に回答している。また、離脱決定後に不安を表したSNSの発信者を標的に、資産の目減り回避策を伝授するなどとうたう詐欺メールが激増しているとして、添付ファイルなどを開いて個人情報を盗まれないように呼び掛けている。

イギリス

近くに石けんや水が無いときに、水で洗い流さず使え、皮膚に残るタイプの市販の手指消毒剤は便利だ。主な有効成分はエチルアルコール(エタノール)が約9割、その他イソプロピルアルコールや塩化ベンザルコニウムなどが使われている。

FDA(食品医薬品局)では1970年代に登場した当時から同製品の評価を始めたが、近年では低濃度でも検出できる最新の高度技術により、従来想定されていた数値を上回る手指消毒剤中の主成分が血中や尿中から検出されたとする外部の専門家などからの指摘があり、前述の3主成分について、安全性と有効性に関する追加データの提出を製造業者側に求めることとした。

FDAは特に妊婦および小児が同製品を吸入する場合の安全性に強い関心を持っており、既に市販の抗

菌製品の有効性と安全性に関する大規模なルール作りに着手している。2013年12月には一般消費者用として、2015年4月には医療・保健用として規準案が発表されている。今回の追加データ提出とその後のパブリックコメントを経て最終案が発表される。

一方CDC(疾病予防管理センター )は、石けんと清潔な流水による手洗いは病気予防の最も重要な手段の1つであり、下痢を伴う疾患の30%減少、風邪などの呼吸器疾患の20%を減少させることができるとして、トイレの後や調理前などに励行を呼びかけている。水と石けんが使用できない場合に限り手指消毒剤(アルコール60%以上)の利用を推奨している。なお、2008年より毎年10月15日は、「世界ハンドウォッシュデー」であり、世界100カ国、2億人以上が参加している。

手指消毒剤の安全性データを企業に追加要請アメリカ

●FDA ホームページ  http://www.fda.gov/NewsEvents/Newsroom/PressAnnouncements/ucm509097.htm●CDC ホームページ  http://www.cdc.gov/handwashing/

http://www.cdc.gov/Features/GlobalHandwashing/index.html

EU離脱、消費者の心配●Which? ホームページ  http://try.which.co.uk/brexit

http://www.which.co.uk/news/2016/07/brexit-value-of-the-pound-tops-post-vote-fears-448605/ ほか

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文/岸 葉子 Kishi Yoko

2016.9 25

オーストリア 養殖魚もひとまず安心

海のないオーストリアでは、海洋国に比べると魚の摂取量が少ない。簡単に入手できる海の魚は輸入品のサケ等に限定されるが、その一方で、マスをはじめとする川魚(淡水魚)は、古くから食卓に上ってきた。シューベルトの歌曲“Die Forelle(鱒)”でもお馴

な染じ

みである。最近、魚摂食による健康効果が同国でも認識されつつあるが、重金属汚染や養殖魚に使われる抗生物質、飼料添加物を問題視する消費者団体もある。

そこで、ニーダーエスターライヒ労働者会議所は、スーパーで購入した魚に含まれるエトキシキンと水銀のテストを、連邦環境庁に委託した。対象品は養殖魚18商品(マス7、サケ6、イワナ2、パンガシウス2、ティラピア1)、天然魚3商品(全てサケ)の計21商品である。そのうち、国産品はイワナの2商品だけで、ほかはノルウェー、イタリア、アラスカ、ベ

トナム等からの輸入品だった。テストの結果、問題成分が検出された商品はあっ

たものの、全商品が摂食に適すると評価された。特に、養殖の7商品と天然の3商品は「非常に満足」という高評価になった。なお、エトキシキンは飼料の品質維持のために添加される抗酸化剤だが、EUでは飼料添加剤としての基準値はない。また、水銀は自然界に広く分布する成分だが、水中で神経毒性を持つメチル水銀に変換されると、マグロ、カジキなど一定の大型魚に蓄積されると言われる。

テストを委託した労働者会議所は、過去の調査と比べて明らかに改善されたと評価する一方で、消費者に自信を持って推奨できる魚は、「非常に満足」とされた商品に限られるとする。さらに、妊産婦はマグロやカジキを食べないほうがよいと助言している。

サッカーは、ドイツで最も人気のスポーツである。国別対抗戦では、ドイツ国旗を顔にペイントして応援するファンの姿が目立つ。黒・赤・金の国旗をひと塗りで描けるように、3色同時にセットされたスティックも販売されている。ところが、2014年のワールドカップ開催中、複数のドイツ国旗ペイントグッズが回収される騒ぎとなった。バーデン・ビュルテンベルク州の行政機関が実施したテストで、発がん性の疑いがある赤色の禁止色素が検出されたためである。そこで、今回は、スティックタイプ等の化粧品7商品、タトゥーシール5商品の計12商品を対象に、商品テスト財団がテストを行った。

その結果、禁止色素は姿を消していたが、全商品から別の有害物質が検出された。特に目立ったのが、PAH(多環芳香族炭化水素)とフタル酸類(可

か塑そ

剤)で

ある。8商品から検出されたナフタレン(PAHの化合物の一種)は発がん性が疑われ、化粧品への使用が禁止されている。また、4商品から検出されたDEHP(フタル酸ジ-2-エチルヘキシル)、DIBP(フタル酸ジイソブチル)等も、生殖系への悪影響を理由として、化粧品への使用が禁止されている。さらに、禁止成分ではないが、高濃度のMOAH(芳香族炭化水素系鉱油)が検出された商品もあった。鉱物油ベースの化粧品に頻繁に使われる成分だが、発がん性との関連性が指摘されている。

このように、問題の多いテスト結果となったが、日常的に継続使用する商品ではないので、健康への直接的な影響はないとするのが同財団の見解である。しかし、粘膜を刺激する色素を含むため、目・口の周りへの使用は控えるべきと助言している。

国旗ペイントグッズから有害物質検出ドイツ

●オーストリア連邦環境庁 ホームページ  http://www.umweltbundesamt.at/aktuell/presse/lastnews/news2016/news_160629/●ニーダーエスターライヒ労働者会議所 ホームページ  https://noe.arbeiterkammer.at/beratung/konsumentenschutz/essenundtrinken/AK-Test__Geringe_

Belastung_von_Fischen_mit_Ethoxyquin_und.html

●商品テスト財団 ホームページ  https://www.test.de/Fanschminke-Schminke-und-Klebe-Tattoos-mit-Schadstoffen-belastet-5024667-0/ https://www.test.de/Fan-Schminke-Douglas-und-andere-grosse-Anbieter-rufen-WM-Schminkstifte-zurueck-4731744-0/

●バーデン・ビュルテンベルク州農村地域・消費者保護省 ホームページ  http://mlr.baden-wuerttemberg.de/de/unser-service/presse-und-oeffentlichkeitsarbeit/pressemitteilung/pid/behoerden-ziehen-fanschminke-aus-dem-verkehr-1/

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2016.9 26

第 回4

田口 義明Taguchi Yoshiaki

内閣府国民生活局長、国民生活センター理事等を歴任。名古屋市消費生活審議会会長。(公財)横浜市消費者協会評議員。編著『グローバル時代の消費者と政策』(民事法研究会)。

名古屋経済大学 教授・消費者問題研究所長

消費者運動の歴史(戦後~1960年代)

1946年(昭21)

◦食糧メーデー(米よこせ大会)

1948年(昭23)

◦不良マッチ追放主婦大会開催

◦「暮しの手帖」創刊◦主婦連合会(主婦連)結成

1949年(昭24)

◦関西主婦連合会(関西主婦連)結成

1951年(昭26)

◦日本生活協同組合連合会(生協連)結成

1952年(昭27)

◦全国地域婦人団体連絡協議会(地婦連)結成

1955年(昭30)

◦三種の神器(洗濯機、冷蔵庫、白黒テレビ)ブーム

◦森永ヒ素ミルク中毒事件

◦整腸剤キノホルムによるスモン被害発生

1956年(昭31)

◦「もはや戦後ではない」(経済白書)◦全国消費者団体連絡会(全国消団連)結成

1957年(昭32)

◦第1回全国消費者大会開催「消費者宣言」採択

1960年(昭35)

◦国際消費者機構(IOCU)結成(1995年から国際消費者機構(CI))

◦ニセ牛缶事件

1961年(昭36)

◦㈶日本消費者協会設立

1962年(昭37)

◦サリドマイド事件◦ケネディ米大統領「消費者の4つの権利」宣言

消費者運動 略史(戦後~1960年代)

年 主な出来事わが国の消費者運動は、戦前の消費組合(現在の生活協同組合)の運動にその萌

ほう芽ががみられましたが、より本格的には、戦後の深刻な食糧

不足のなか、生活必需物資を確保する運動からスタートしたと言ってよいでしょう。その後、高度経済成長の時代に入り、さまざまな消費者問題が顕在化するなかで、消費者自らその権利・利益を守り実現する運動として展開されてきました。今日では、消費者運動の対象や取り組み手法も多様化してきています。本稿では、戦後の消費者運動の大きな流れと特徴を3回にわたって概観してみましょう。

⑴1940年代後半:生活の基礎的需要の充足を求める運動1945年の終戦直後、深刻な食糧不足と激しいインフレが進むなか、

米の欠配に苦しむ大阪鴻こうの

池いけの主婦らにより「米よこせ運動(風呂敷デ

モ)」が行われ、後に関西主婦連合会(関西主婦連)の結成(1949年)につながりました。東京では、1948年、粗悪で火のつかない配給品マッチの出回りに抗議する「不良マッチ追放運動(おしゃもじデモ)」を契機として主婦連合会(以下、主婦連)が結成されました。⑵1950年代:組織化の広まりによる運動基盤の構築1950年代に入ると、消費者運動を担う全国的な消費者団体が相次

いで設立されます。消費生活協同組合法の制定(1948年)を受けて各地で消費生活協同

組合(生協)が活発な活動を始めましたが、1951年には、その全国組織として日本生活協同組合連合会(以下、生協連)が設立されました。また、各地域の婦人会が婦人の利益向上を掲げて次第に都道府県単位でまとまり、さらにその全国組織として、1952年全国地域婦人団体

はじめに

消費者運動の立ち上がり期(戦後~ 1950年代)

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2016.9 27

連絡協議会(以下、地婦連)が結成されました。1955年頃からは、日本経済は高度経済成長の時代に入っていきます。

1956年の「経済白書」では、「もはや戦後ではない」と宣言されました。大量生産・大量消費のしくみが広まり、生活が次第に豊かになっていく反面で、欠陥商品などによる深刻な消費者被害が相次いで発生しました。ヒ素の混入した粉ミルクを飲んだ乳児に多数の死者、中毒患者を出した森永ヒ素ミルク中毒事件(1955年)はその象徴的なものといえるでしょう。こうして本格的な消費者問題が登場してきました。1956年には、生協連が中心になり、主婦連やその他の消費者団体も

加わって、全国消費者団体連絡会(全国消団連)が結成されました。翌1957年には第1回全国消費者大会が開催され、「消費者宣言*1」が採択されました。かくして消費者運動の基盤が整ってきたと言えるでしょう。

1960年代は、高度経済成長が進み、新商品が次々と発売されます。そうしたなか、商品知識が不足しがちな消費者と専門分化が進む事業者との間で情報力や交渉力の格差が拡大していきました。消費者運動は、この格差を実質的に縮小させるために、合理的な選択ができる「賢い消費者」をめざす活動に重点が置かれるようになります。⑴情報提供型消費者運動の展開主婦連は、1950年に日用品審査部を設けて以来、商品テストに取り

組んできましたが、1960年代には食品や食器などの安全性に関し問題提起をしていきます。1961年には、日本生産性本部の消費者教育室から発展するかたちで

㈶日本消費者協会*2が設立されました。同協会は、消費者リーダーの養成などをめざした消費者教育事業を実施するとともに、商品テストの結果を情報誌(『買い物上手』、1963年以降は『月刊消費者』)に掲載する活動*3などに取り組みます。1964年には、消費科学連合会(消科連)が設立され、消費生活を科学

的に考えることをめざし消費者講座などの実施に取り組みます*4。⑵生活の合理化―新生活運動・生活学校戦後の混乱のなかで、従来の因習を打破し生活を合理化しようとす

る「新生活運動」が生まれましたが、その推進に当たる㈶新生活運動協会*5の支援により、1960年代半ば頃から「生活学校*6」が全国各地に1,000校以上開設されました。生活学校は、地域の消費者グループとして、食品の安全、資源・リサイクルなど生活に係わるさまざまな問

*1「ものの買手としての消費者、特に主婦の社会的責任は非常に大きい。もっと声を大きくして消費者の立場を主張しましょう。そして私たちの暮らしよい社会をつくろう」と格調高くうたわれた。

1960年代:「賢い消費者」をめざす運動

*2現在は一般財団法人。

*3アメリカの消費者同盟(Consumers Union、2012 年 に 団 体 名 を Con-sumer Reportsに改称)による商品テスト誌“Consumer Reports”発行事業が参考とされた。

*42012年消費科学センターと合併。

*5現在の公益財団法人あしたの日本を創る協会。

*650人程度の主婦を中心とした学習・活動グループ。

1964年(昭39)

◦主婦連、粉末ジュースのうそつき表示を発表

◦消費科学連合会(消科連)結成

◦生活学校の開設始まる

1965年(昭40)

◦アンプル入り風邪薬を飲んだ人のショック死事件が続発

1966年(昭41)

◦第1回物価メーデー各地で開かれる

◦主婦連、ユリア樹脂製食器からホルマリン検出

◦ビール瓶の破裂事故各地で起こる

1967年(昭42)

◦ポッカレモン不当表示事件

◦3C(自動車、カラーテレビ、ルームクーラー)時代本格化

1968年(昭43)

◦消費者保護基本法制定◦地婦連、100円化粧品「ちふれ」発売◦カネミ油症事件(PCB問題)

1969年(昭44)

◦日本消費者連盟創立委員会結成

◦欠陥自動車問題発生

(注) 消費者庁『消費者白書』を参考に筆者作成。

消費者運動 略史(戦後~1960年代)

年 主な出来事

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題をめぐって運動を展開していきます。⑶不当表示追放運動―ニセ牛缶事件と景品表示法の制定1960年、「牛肉大和煮」と表示して販売されていた缶詰の中身がほと

んど(当時廉価な)馬肉や鯨肉だということが判明しました*7。東京都の調査によれば、すべて牛肉を使ったものは1割ほどしかありませんでした。主婦連は、これを重大な問題ととらえ、缶詰協会や関係省庁に対し、うそつき缶詰の追放を求めるとともに、商品やサービスの不当表示を機動的に規制する法律の制定を求める運動を行いました。これが1962年、景品表示法の制定につながりました。⑷物価問題と生活防衛1960年代は物価がじわじわと上昇し続ける時代でした。地婦連は、

1952年の結成以来、社会や生活に関する幅広い活動を行っていましたが、この頃から物価問題、生活防衛など消費者問題への取り組みを強めました。その1つが化粧品をめぐる運動でした。当時、市販の化粧品は、再販売価格維持制度*8の下でメーカーに

より販売価格が固定されていました。そうしたなか、品質や原料が同等なのに価格に大きな開きがあることがマスコミで問題とされました。そこで、地婦連は、「賢い消費者」をめざす自衛運動として、1968年、100円化粧品を扱っていた会社と共同して安価な「ちふれ*9

化粧品」を開発し販売を始めました。この活動は、1970年代には地婦連など消費者8団体による再販制度の廃止運動につながっていきます。

*7「牛缶」の中身が偽であると分かったきっかけは、缶詰にハエが入っていたとの苦情の申し出が東京都の保健所にあったことだった。調べてみると、ハエの混入に加えて、中身が牛肉ではないことが判明した。このことから、「一匹のハエが景品表示法を作った」といわれる。

*8メーカーなどが卸売店や小売店に対して商品の再販売価格を拘束すること

(再販売価格維持行為)は、独占禁止法により「不公正な取引方法」として禁止されているが、当時は、化粧品、歯磨きなどの日用品が適用除外商品として指定されていた。

*9「ちふれ」という名称は、言うまでもなく団体名に由来。

〈参考文献〉及川昭伍・田口義明『消費者事件 歴史の証言』(民事法研究会、2015年)第1章、第2章 日本弁護士連合会消費者問題対策委員会編『キーワード式 消費者法事典(第2版)』(民事法研究会、2015年)XV 西村多嘉子・藤井千賀・森宮勝子編著

『法と消費者』(慶應義塾大学出版会、2010年)第2章

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2016.9 29

泉 日出男Izumi Hideo

専門は経済法。大学では独占禁止法、知的財産法を担当。 NPO法人えひめ消費者ネットの理事として適格認定に向け活動中。

愛媛大学法文学部人文社会学科准教授

このコーナーでは、消費者教育の実践事例を紹介します。

第 回32

学生と県民が一緒に学ぶ-大学と県の連携による消費生活講座-

集の告知を行い、また各市町でチラシも配布しています。

なお、2015年度の受講者数は、学生が56人、県民が50人でした。

消費者問題は多岐にわたりますので、消費生活に必要なさまざまな知識を専門的・体系的に習得できるよう、講義は大学の教員だけではなく、それぞれのテーマに関する分野を専門とする外部の講師が行う場合もあります。全15回の講義のうち、2015年度を例に挙げると、大学の教員が7回分、外部講師が8回分を担当しました(表)。なお外部講師の依頼については、県の担当職員が行っています。

最新の消費者問題を講義テーマに

愛媛大学と愛媛県(以下、県)は、学生と一般県民(以下、県民)を対象に、2007年度より消費者教育のための「消費生活講座(以下、講座)」を連携して実施しています。

本講座を大学が県と連携して実施する理由ですが、①学生が消費者トラブルに巻き込まれることが増加している実態を踏まえ、大学として、学生に対する消費者教育の実施を通じて消費者としての自覚と自立を促すとともに、②地域に開かれた大学として大学の授業を県民にも開放することにより、県民に対する消費者教育推進の一端を担い、社会貢献活動に積極的に取り組むこと、の2点が挙げられます。

本講座は、法文学部の開講科目「法学特講」を「消費生活講座」として、学生と県民が一緒に学ぶというかたちで、毎年10月~2月の後学期に、原則毎週1回、90分の講義を全15回で行っています。学生は、出席した講座においてアンケートに回答し、最後にレポートを提出すれば2単位が取得できます。県民については、①講座の出席回数が10回以上であること、②出席した講座においてアンケートにすべて回答することを要件として、講座修了を認定する「修了証書」が交付されます。この県民に対する修了証書の交付が本講座の特徴の1つであるといえます。

県民の受講募集は県が行い、募集定員は50人程度です。毎年8月に県のホームページ上で募

地域に開かれた大学として

回 講義テーマ1 消費者問題の現状・改正景品表示法について2 インターネット・スマホをめぐる消費者トラブル *3 消費生活相談の実態・クーリングオフの実務 *4 消費者契約法5 消費者契約法-消費者団体訴訟制度-6 特定商取引法7 成人年齢引下げと民法改正・奨学金返済問題8 WTOの紛争解決手続・多角的国際フォーラム9 ネズミ講・マルチ商法・刑事製造物責任10 ライフプランと金融商品 *11 ICT分野における消費者行政の最近の動向 *12 生命保険と契約 *13 民事訴訟、少額訴訟、支払督促、民事調停の特徴と手続き等 *14 不動産賃貸借をめぐるトラブルの実態と解説 *15 消費者行政の動向について *

2015年度消費生活講座の講義テーマ *:外部講師が担当(注)青字の回は、2015年度に新たに加わった講義。

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2016.9 30

で本講座では、「消費者取引の法律」に重点を置いたテーマを毎年必ず取り上げています。具体的には、大学の民法や民事訴訟法の担当教員が、法改正の動向を踏まえつつ、消費者契約法、特定商取引法、消費者団体訴訟制度の基礎知識について講義しています(講義テーマ4~6)。受講後のアンケートによれば、多くの受講生が「消費者契約法や消費者団体訴訟制度等についてさらに理解を深めていきたい」などと回答しており、受講生の学習意欲を高める一定の効果を果たしています。

また、同様に毎年取り上げている「消費生活相談の実態」については、県の消費生活センターの消費生活相談員が、県内の消費者トラブルの事例を説明し、トラブルに巻き込まれた場合の対処方法等について講義しています(講義テーマ3)。受講後のアンケートでは、「実際に契約解除書面を書いてみてもっと活用すべきだと思った」「トラブルにあったら消費生活センターに相談しようと思う」などの回答があり、受講生が実際に消費者トラブルに巻き込まれた場合の対処方法や相談先を知ることに一定の効果を果たしています。

毎年本講座を続けてきましたが、2016年度はちょうど10年目に当たります。県民については毎年50人程度が、学生についてはその年によって変動はありますが、平均して110人程度が受講しており、これまでの受講者数の合計は、県民と学生合わせて1,394人になります。

今後も一人でも多くの受講生が消費者問題を理解し、消費者として生活するうえで必要なさまざまな知識を得て、今後の生活に生かしていくことができる、自立した消費者となるよう、大学と県が協力し、消費者教育を充実させていきたいと考えています。

今後も消費者教育の充実のために

毎年開講している講座のため、特に気を使っていることは講義テーマの選定です。毎年受講している県民にも興味を持ってもらえるように、最新の話題からテーマを選ぶなど、取り上げるテーマや講師を変える工夫を行っています。

例えば、2015年度と2014年度の講義テーマの変更点は、インターネットやスマホに関する消費者被害が増加している実情を踏まえ講義テーマ2および同9を、成人年齢引き下げとの関連で同7を、TPP交渉との関連で同8を、金融商品や保険商品についての正しい理解を促すために同10および同12を新たに加えたことです(表)。そして、最終回(同15)で板東久美子消費者庁長官(当時)による消費者行政の動向についての講義も盛り込みました(写真)。消費者庁長官による講義を受けたことは、受講生にとって生涯忘れられない貴重な経験となりました。

このように本講座では取り上げるテーマについて毎年工夫を凝らしていますが、開講以来継続して取り上げている2つのテーマがあります。それは「消費者取引の法律」と「消費生活相談の実態」です。

消費者としての自覚と自立を促すためには消費者を保護する法律の理解が不可欠です。そこ

板東久美子消費者庁長官(当時)による講義のようす写真

定番の講義テーマも

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2016.9 31

株 式 (1)第 回4

伊藤 宏一Ito Koichi

NPO法人日本FP協会専務理事、CFP®認定者、金融経済教育推進会議委員。専攻は、パーソナルファイナンス、ソーシャルファイナンス、金融教育、シェアリング・エコノミー。

千葉商科大学人間社会学部 教授

ます。毎年1月、スイスのダボスで開かれる世界経済フォーラム(World Economic Forum)が2016年に実施した今後10年のグローバルリスク調査では、気候変動を最も深刻なグローバルリスクの1つであると位置づけ、事態の注視と対応の必要性を世界各国の投資家に対して訴えています。社会問題や環境に配慮する企業は、社会から喜ばれ信頼され、売り上げも株価も上がるようになります。

私たちが投資するのは長期的な資産形成のためですから、一時人気があっても、すぐに収益が落ちていくような企業への投資は望ましくありません。また短期売買を繰り返す投機では、企業が成長するための安定的な資本とはなりませんし、リスクも極めて高くなり、売買の度に手数料もかかります。

資産形成のための中長期的な投資がリターンを生むためには、投資する企業も持続的に成長し中長期的に企業価値が向上していくことが望ましいといえます。株価や為替の日々の変動はありますが、中長期的に成長していく企業は、私たちの生活を資産形成という面でも支えることになるでしょう。そのために企業と積極的に対話をし、企業が透明で公正な経営を行い、新たなイノベーションを推進し、社会問題を解決するような製品・商品とサービスを提供していくなら、私たち一人ひとりだけでなく、社会全体によい影響を与えるようになるでしょう。

株式投資とは、企業に出資することです。お金を貸す貸付(融資)は、利息とともに元金を返してもらえる契約をするので、リスクはあまりありませんが、出資は、投資した元本が増減するリスクを取って、企業を支援することです。リスクを取る以上、その会社の株主総会での発言権や議決権があります。株式そのものの値上がりのほかに、配当を受け取る権利もありますが、利息のように配当が毎年必ず出るわけではありません。

企業は、社会に対して人々が望む製品・商品やサービスを提供します。今、国際的にみて、企業に求められていることを「ESG」と呼んでいます。つまり気候変動リスクや環境汚染などの環境(Environment)問題に配慮しそれに対応すること、雇用問題や地域衰退・子育て・格差など社会(Social)の抱える問題を解決できるようにすること、そして企業活動が透明・公正で、不正経理や事実の隠

いん蔽ぺい

などをせず、社外取締役を設け、女性や障がい者の能力も生かすこと

(Governance)です。仮に不正経理をして、それが発覚すれば企業

の信用は失墜し、売り上げは落ち株価も下がり

株式と株式会社

株式投資とESG

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2016.9 32

融機関に対して、投資する個人に対する受託者責任(信任義務、フィデューシャリー・デューティ)に基づいて、顧客第一の営業や販売を推進することを金融庁が行政方針として示したことです*2。

これらによって、企業は個人などから投資された資本を効率的・効果的に活用してイノベーションや新しい市場開拓を行い、社会問題の解決をめざし、環境問題に配慮して、企業経営を革新し、潜在成長率を高め、ROE(株主資本利益率*3)8%以上を目標に投資する個人にリターンを還元していく、ということをめざすことになりました。私たちの公的年金を運用している年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)も2015年9月に国連が進めるESG投資の原則である国連責任投資原則(後で詳細説明)に署名しました。その際GPIFは「投資先企業におけるESG(環境・社会・ガバナンス)を適切に考慮することは、被保険者(国民)のために中長期的な投資リターンの拡大を図るための基礎となる企業価値の向上や持続的成長に資するものと考える」と述べています。また企業年金連合会や運用会社などもこの国連責任投資原則に署名して、ESG投資を実行しつつあります。

日本政府も ESG 投資を後押ししています。2014年2月に金融庁が発表した「日本版スチュワードシップ・コード*4」、2015年 6 月に金融庁と東京証券取引所が発表した「コーポレートガバナ

ところで、日本経済は今どういう状態にあるでしょうか。労働・資本そして技術といった生産要素をフル稼働した時の経済成長率を「潜在成長率」と呼んでいますが、わが国の潜在成長率は、ゼロに近くなっており、他の先進国と比べても低い水準にあります。この状態を変えるためには、人口減少の中で女性や高齢者にも働いてもらうという労働の問題、IoT(インターネット・オブ・シングス)やAI(人工知能)といった新しい技術を開発すると同時に、資本の生産性を高める必要があります。日本では企業に投下された資本が効率的に力を発揮していません。そこで私たちが投資する資本の効率性を高めるための一連の改革が行われています(図)。

1つは投資家や社会からみて、企業が不透明で不公正な運営をしないために、企業に対してコーポレートガバナンス・コードという規範を提起し、それを守ってもらうというものです。2つ目は、運用会社などの「機関投資家」に対して、投資している企業との対話などを行ってもらうスチュワードシップ・コードを金融庁が提起し、多くの機関がこれを実行し始めたことです*1。さらに個人へ投資信託などを販売する金

資本市場改革の展開

*1 �日本版スチュワードシップ・コードに関する有識者検討会(金融庁)�http://www.fsa.go.jp/singi/stewardship/

*2 �平成27事務年度金融行政方針について(金融庁)� �http://www.fsa.go.jp/news/27/20150918-1.html

*3 �株式資本に対する当期純利益の割合*4 �「責任ある機関投資家」の諸原則≪日本版スチュワードシップ・

コード≫~投資と対話を通じて企業の持続的成長を促すために~の確定について(金融庁)�http://www.fsa.go.jp/news/25/singi/20140227-2.html

資本市場改革 ※確定拠出年金図

資本市場改革長期投資による企業と国民の新しい関係構築

企業の持続的成長と企業価値の向上

ESG投資(国連責任投資原則)ー企業の持続的成長と企業価値の向上に資する

家計の中長期的資産形成

企業ROE8%

環境・社会・ガバナンス

資本市場

機関投資家受託者

DC※NISA

中立的FP受託者

国 民委託者・受益者・被保険者

コーポレートガバナンス・コード

スチュワードシップ・コード

フィデューシャリー・デューティ 投資リテラシー

目的

投資概念

主体

行動規範

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2016.9 33

1,556機関、日本では、GPIFのほか企業年金連合会など全部で48機関となっています。

さて私たちがESG投資を進めるためにはどうしたらいいのでしょうか。そのためにはESGを基準として企業を選んでいるインデックス*6に注目し、その中の企業やそれに対応するETF*7

やインデックスファンドに投資することです。株式インデックスには日経平均(日経225)や東証株価指数(トピックス)がありますが、これらはESGで企業を選んでいるわけではありません。 日 本 の イ ン デ ッ ク ス で、ESG の う ち G

(Governance)について選択しているインデックスがJPX日経400インデックスです。これは2014年1月にスタートしたもので、企業のガバナンスに関して、過去3期すべての時期で営業赤字の株式や、証券取引所の整理銘柄に該当した株式を除外し、3年平均のROEや累積営業利益・時価総額を加味し、2人以上の社外取締役選任などの定性的要素を加味して企業を選択しており、毎年銘柄選択をしています。

国際的にみると、ロンドン証券取引所が100%出資する企業FTSE Russellが算出する指数にFTSE4Goodインデックス・シリーズがあり、その中にFTSE4GOOD Japan IndexというESGで評価に値する日本企業を選んだものがあります。またスイスの投資運用およびアドバイス会社であるRobecoSAMが米国ダウ・ジョーンズと共同で 1999 年に開発した株式指数であるDJSI(Dow Jones Sustainability Index) も、ESG 系のインデックスです。2015 年の「DJSI World」では、全世界の大企業約 2,500 社から317 社( 日 本 企 業 20 社 )が、 ま た「DJSI Asia Pacific」では、アジア太平洋地域の大企業約600社から145社(日本企業62 社)が構成銘柄として選定されています。(なお、2016 年7月、同インデックスは、不正会計問題を起こした東芝を除外しました)。さらに MSCI ESG Indexesもあります。

ESG投資とインデックス

ンス・コード*5」は、ともにESG投資が企業の持続的成長や中長期的価値の増大に資するとしています。

ところで国連責任投資原則とは、具体的にどういうものでしょうか。それは機関投資家が受益者である個人や国民のために長期的視点に立ち最大限の利益を最大限追求する義務を受託者として果たすうえで、投資の意志決定プロセスや 株 式 の 保 有 方 針 の 決 定 に 環 境(Environ-ment)、 社 会(Social)、企 業 統 治(Corporate Governance)課題(=ESG課題)に関する視点を反映させるための考え方を示す原則です。つまり、投資家として環境、社会、企業統治に関して責任ある投資行動をとることを宣言するものです。次がその6つの原則です。

⒈私たちは、投資分析と意志決定のプロセスにESG課題を組み込みます。

⒉私たちは、活動的な株式所有者になり、株式の所有方針と株式の所有慣習にESG問題を組み入れます。

⒊私たちは、投資対象の主体に対してESG課題について適切な開示を求めます。

⒋私たちは、資産運用業界において本原則が受け入れられ、実行に移されるように働きかけを行います。

⒌私たちは、本原則を実行する際の効果を高めるために、協働します。

⒍私たちは、本原則の実行に関する活動状況や進

しん捗ちょく

状況に関して報告開示します。

国連責任投資原則は拘束力のない規範としてスタートしましたが、同原則を受け入れる旨を表明した機関は、2016年8月現在、全世界で

国連責任投資原則とESG投資

*5 �コーポレートガバナンス・コード~会社の持続的な成長と中長期的な企業価値の向上のために~(株式会社東京証券取引所)�http : / /www. jpx . co . j p /equ i t i e s / l i s t i ng /cg/tvdivq0000008jdy-att/code.pdf

*6 �市場の動向を示す指標のこと。*7 �証券取引所に上場している上場投資信託(Exchange�Traded�

Fund)のこと。

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2016.9 34

国民生活センター 相談情報部国民生活センター 相談情報部

「お試し」「1回だけ」のつもりでインターネットで健康食品を注文したところ、実際は定期購入契約であり、事業者に解約を申し出たところ拒否されたという事例を紹介する。

「定期購入が条件」である旨が分かりにくい健康食品の通信販売業者

消費者がホームページやSNS等で「健康に良い」「ダイエット効果あり」等とうたう広告を見て、「お試し」「1回だけ」のつもりで健康食品を通常価格より安い価格で購入したところ、実際は定期購入契約だったというトラブルが増加傾向にある。

国民生活センターでは、本件の健康食品の通信販売業者に対して、次のような対応を求めた。①定期購入が条件であることや、定期購入期間

内の解約は受け付けないことはホームページ上に記載されているものの、文字が小さいなど分かりにくいので、分かりやすい表示にすること。

②解約や問い合わせなどは電話でのみ受け付けているが、電話が非常につながりにくい状況にあり、その間に新たな商品が届いているケースもあるため、ホームページでの解約フォームの導入や、メールでの受け付けなどの対応をとること。

結果概要インターネット上で「痩

そう身しん

と美容に効果あり」「初回お試し価格500円」という健康食品の広告を見てスマートフォンから注文した。ところが、商品と同封の請求書に「定期購入で2回目以降は1箱4,000円。5回以上継続しないと解約できない」と書かれていた。

購入時には分からず、飲むと体調が悪くなるため、2回目以降は不要と事業者に申し出たが

「定期購入と記載しているので解約には応じない」と解約を拒否された。サイトを確認すると、画面の下のほうに小さな文字で他の表示に紛れて「定期購入」と書かれていた。

また、事業者から「単品扱いとする方法もある。その場合、通常価格5,000円での購入になる」と言われたが、500円だから試そうと思っただけなので納得できない。

交渉している間に2回目の商品が届いた。 (40歳代 女性 給与生活者)

相談内容

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2016.9 35

が条件なので今すぐ解約はできない」などと拒否されるケースが多い。広告上では定期購入期間内の解約は受け付けないことが記載されているものの、小さい文字で表示されている場合やその旨が注文画面とは別のページに記載されている場合がある。

消費者が「定期購入にした覚えはない」等と事業者に解約を申し出る際、初回価格(100 円、500円など)のみを支払ってやめたいと思っていても、通常価格( 商品によって3,000円から10,000円ほど)を請求されるケースが目立つが、その旨の記載が広告上にないことがほとんどである。

また、事業者に電話を何度かけても通話中でつながらないケースが多くみられる。消費者がメールで事業者に連絡しても、「電話でのみ解約の申し出を受け付けている」としてメールでは対応されないケースもある。

契約先が海外の事業者であるケースもみられ、このような場合、「外国語対応なので意思疎通ができない」「メールで解約を申し出たが返信がない」といったケース等があり、解約の申し出が困難になる場合がある。● 商品注文前のチェックポイント

契約に当たっては、契約内容や解約条件についての広告表示の有無、表示がある場合はその内容を確認したうえで契約するかどうかを消費者は慎重に判断する必要がある。

具体的には、・定期購入が条件になっていないか・定期購入期間内に解約が可能か・解約の申し出先や方法(電話やメール等)

などについて、商品を注文する前に確認しておく必要がある。

最近では「スマートフォンで注文したため小さい文字の表示はよく見えなかった」という事例もみられるので、スマートフォンからの注文の際は特に注意が必要である。

③本件相談者のように、健康食品を摂取したことによる体調不良を理由として解約を希望する消費者に対しても「定期購入が条件」としているが、柔軟な対応をとること。その後、事業者より、

・当該事業者および関連事業者の全商品について、「定期購入である旨の表示をより明確にする」「その旨を消費者が確認したうえで注文できるよう、チェックボックスを導入する」など広告表示・注文画面の変更を行う。

・電話は引き続きつながりにくい状況にあることから、メールやファクスで連絡があれば折り返し消費者に連絡することとしたほか、ホームページ上に問い合わせフォームを設けた。

・本件相談者を含め体調不良を理由とした解約希望については、事実関係にかかわらず対応することとし、この場合、定期購入期間内であっても受け取った商品分のみの代金を請求する(未開封の商品については返品に応じる)こととした。

との連絡があり、本件相談については終了することとした。

● 定期購入である旨や、解約はできない旨の表示が分かりにくい

本件事業者のほか、トラブルが多い各事業者のホームページをみると「お試し(価格)」「初回○円」「送料のみ」といった表示は強調されている一方、定期購入が条件であることは他の情報より小さい文字で表示されていたり、注文画面とは別のページに表示されていたりする場合がある。そのため、消費者は定期購入とは認識しておらず1回限りの購入だと思っており、翌月以降(2回目以降)に商品が届いて初めて定期購入であると気づくケースが多い。

事業者に解約を申し出たとしても「定期購入

問題点

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2016.9 36

一般民事・刑事事件、知的財産、法律相談などを手がける。 協力:萩谷雅和(萩谷法律事務所)

山村 行弘 Yamamura Yukihiro

弁護士。第一東京弁護士会所属。

相談者の気持ち

暮らしの法律

第 回52

「氏(名字)」は、名とともに、個人の同一性を特定するための呼称として、重要な機能を果たすものです。また、特に

氏については、夫婦の構成する生活共同体および親と未成年の子の構成する保育的な生活共同体に属する者の共通の呼称ですので、それが変更された場合の社会一般に及ぼす影響は大きく、軽々しく変更が許されるべきではないと考えられています。このことから、戸籍法107条は、家庭裁判所が「やむを得ない事由」があると認定した場合に限って、氏の変更を認めています。

この、「やむを得ない場合」に該当するのは、どのような場合でしょう。これについては、個々のケースにおいて家庭裁判所が認定することになりますが、一般的には、著しく珍奇または難読・難書で実生活に支障のあるもの、外国人の姓と紛らわしいもの、その氏の継続を強制することが社会観念上甚だしく不当と認められる場合などとされています。例えば、「四月一日」(わたぬき)や「八月一日」(ほずみ)という氏は、難読を原因として変更が認容されています。

では、「名」の変更はどうでしょうか。名の変更は、家庭裁判所が「正当な事由」があると認定

した場合に認めらてれおり(同法107条の2)、氏の変更と比較すると緩やかな要件となっています。もっとも、少なくとも単なる個人の主観的感情や姓名判断、信仰上の希望、社会活動の一部に支障があるというのみでは足りず、社会生活上著しい支障が生じている場合で、名の変更をする必要性が社会的に高い場合であることが必要です。

同姓同名の者がいることを理由に名の変更が認められたケースとしては、近隣に同姓同名の者が居住しているため、郵便物や運送品等の誤配を生じ、社会生活上支障を来していたという例があります。

本件では、人気急上昇の芸能人と同姓同名のため、名前を変えたいというケースですが、前述のとおり、氏の変更が認められるのは、その氏の継続を強制することが社会観念上甚だしく不当と認められるような場合に限られます。このことからすれば、人気のある芸能人と同姓同名という程度では、氏の変更は難しいと言えるでしょう。他方、名については、同姓同名であることにより、前述のような社会生活上の著しい支障が生じているのであれば、変更が認められる可能性があると言えるでしょう。

人気急上昇の芸能人と同姓同名のため、最近、いろいろと迷惑なことが起きています。このような理由でも改名することはできますか?

戸籍上の氏名は変えられる?

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2016.9 37

判例暮らしの

消費者問題にかかわる判例を分かりやすく解説します

国民生活センター 相談情報部

作成に関し、被害者請求、異議申立手続による認定額の10.5%の報酬を、⑶付き添い、医師面談等の出張が必要な場合、半日につき10,000円以上15,000円以下、往復4時間を超える場合は1日につき15,000円以上30,000円以下の日当をXに支払い、⑷事件が訴訟等に移行した場合、Aらの希望によりXが司法書士・弁護士を紹介し、Aらが司法書士に訴訟等の委任をした場合には経済的利益の 5.25%を⑴⑵の報酬と共に支払う、というものであった。

Y1らが契約に基づいた報酬等の支払いをしなかったため、Xは本件訴訟を提起した。これに対し、Y1らはXの行為は弁護士法違反で無効などと主張して争った。

行政書士のXは、交通事故の被害者A(本件事件の一審(原審)提訴後死亡。両親Y1Y2らが同訴訟を承継した)およびY3が受けた交通事故の被害に関し、本件事故に関する保険金手続の請求書類および付随業務を受任し、報酬を受け取る契約をした。本件各契約の内容は、⑴Xが作成した根拠書類等の提示により保険会社等から支払われる保険金(示談金額)が増額された場合には、増加した経済的利益の10.5%ないし5.25%の報酬を、⑵後遺障害申請、異議申立書

事案の概要

行政書士の業務と弁護士法違反本件は、行政書士が交通事故の被害者から自賠責保険の申請手続、書類作成およびこ

れに付随する業務に関する依頼を受け、報酬の支払いを求めた事例の控訴審である。

裁判所は、行政書士の請求を棄却した原審の判断を維持し、本件契約が法律事務に当

たり弁護士法72条に違反する非弁行為*1に該当するため、公序良俗に反して無効であ

るとして、行政書士の請求を棄却した

(大阪高裁平成26年6月12日判決〈上

告受理申立不受理、確定〉、『判例時報』

2252号61ページ)。

原 告:X(行政書士)被 告:Y1・Y2(交通事故の被害者Aの両親)    Y3(Aの妻、交通事故の被害者)関係者:A(交通事故の被害者、原審の提訴後に死亡)

*1 �弁護士法72条に違反する行為。報酬を得る目的で非弁護士が法律事務を取り扱うこと。

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2016.9 38

暮らしの判例

められる。そうすると、これらの書類は、弁護士法72条で弁護士・弁護士法人以外が行うことを禁止されている一般の法律事件に関しての法律事務(非弁行為)を取り扱う過程で作成されたものであって、行政書士法1条の2第1項(行政書士の業務範囲を定めている)にいう「権利義務又は事実証明に関する書類」とはいえない。⒊ 弁護士法72条の禁止行為との関係について

将来法的な争いの発生が予測される状況においてXが行った書類の作成や相談に応じての指導助言は、いずれもそもそも行政書士の業務(行政書士法1条の2第1項)に当たらない。また、弁護士法72条により禁止される一般の法律事件に関する法律事務にあたることが明らかであり、非弁行為の禁止についての例外を定めた弁護士法72条ただし書の適用もないため、Xの行為は行政書士が取り扱うことが制限されている、とした。⒋ 書類作成費用の請求について

本件事故に関する書類の作成自体が法律事務に当たり、行政書士法1条の2の対象外というべきであるから、本件各契約に基づくXが行った業務は全体として弁護士法72条違反と言える。契約書の記載等から書類作成に関する費用のみを計算することは不可能ではないとしても、不可分である本件各契約の一部分についてのみ報酬請求権の発生を認めるのは相当でない。

弁護士法72条は「弁護士又は弁護士法人でない者は、報酬を得る目的で訴訟事件、非訟事件及び審査請求、再調査の請求、再審査請求等行政庁に対する不服申立事件その他一般の法律事件に関して鑑定、代理、仲裁若しくは和解その他の法律事務を取り扱い、又はこれらの周旋をすることを業とすることができない。ただし、この法律又は他の法律に別段の定めがある場合

解 説

原審は、次のように判断し、Xの請求をいずれも認めなかった。

Aらは本件事故による傷害に係かか

る損害賠償や後遺障害別等級認定、症状固定時期などに強い関心を抱いており、Xが保険会社との示談交渉に当たることを前提に、つぶさにXに相談していたこと、XはAらの受任者として自己名義で自賠責保険の被害者請求のための支払請求書兼支払指図書を保険会社に提出したことなどから本件は損害賠償の算定、過失割合をめぐる法律上の争点を踏まえた解決が求められる事案であり、このような本件事件の性質に照らすと、本件各契約は、全体として弁護士法72条にいう「報酬を得る目的で」「その他一般の法律事件を取り扱い、又はこれらの斡

あっ旋せん

をする」ものに該当し、かつ、Xは、報酬を得る目的で、保険会社等との間の示談代行等の事務や、弁護士等訴訟代理人となるべき者を紹介することを業として行っていたと言える。したがって、本件各契約は公序良俗に反して無効である。

そこで、Xは原判決を不服として控訴した。

⒈ 結論裁判所は以下のように述べて、Xが本件各契

約に基づいてした行為は弁護士法72条に違反するものであり、本件各契約は公序良俗に反して無効であるとした。⒉ 行政書士法に定める「権利義務又は事実証

明に関する書類」の該当性Xは、亡AおよびY3が、加害者との間で将来

法的争いが発生することがほぼ不可避である状況を認識しながら、整形外科宛ての上申書や保険会社宛ての保険金請求に関する書類等を作成し提出しているが、これらの書類には亡Aらに有利な等級認定を得させるために必要な事実や法的判断を含む意見が記載されていたことが認

理 由

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2016.9 39

暮らしの判例

行政書士に関する消費生活相談は、2013年度までは年間百数十件前後であったが、本判決が出された2014年度に約700件と急増した(2015年度は約400件、2016年7月1日時点のPIO―NET

〈パイオネット:全国消費生活情報ネットワークシステム〉の登録分)。相談の内容はアダルトサイトからの不当請求の解約交渉に関するものが多くを占めている。そこで、国民生活センターは2015年5月14日に行政書士が「返金請求」や

「解約交渉」等を行うことは、弁護士法に違反している可能性が高く、行政書士に解約交渉等を行うことは認められていないことについて報道発表している。

は、この限りでない」と定め、非弁護士の法律事務の取り扱い等を禁止している。違反した場合には、刑事罰の対象となる(弁護士法77条、2年以下の懲役または300万円以下の罰金)。弁護士法72条に違反する契約は、公序良俗に反して無効とされる。

一方で、行政書士法1条の2は、「1 行政書士は、他人の依頼を受け報酬を得て、官公署に提出する書類(…略…)その他権利義務又は事実証明に関する書類(実地調査に基づく図面類を含む。)を作成することを業とする。2 行政書士は、前項の書類の作成であつても、その業務を行うことが他の法律において制限されているものについては、業務を行うことができない」と定めている。本件は、交通事故の自賠責保険の保険会社に対する請求等に関して、行政書士が相談対応、申請書類等の書類の作成・助言等を行ったことが、行政書士法に定める「権利義務又は事実証明に関する書類」に該当するかどうかが争われた事例である。本判決は参考判例①の「『その他一般の法律事件』とは法的な争いが生ずることがほぼ不可避であるものを指す」とする判断を踏襲したものである。消費生活相談では、消費者被害にあった消費者に行政書士が事件を解決するための文書作成や交渉を有料で行うことを持ちかけるケースがある。本件は、そのような相談の際の参考になる。

なお、全国の消費生活センターに寄せられた

参考判例①最高裁平成22年7月20日判決 (『判例時報』2093号161ページ、『刑集』64巻5号793ページ(弁護士法72条違反が問題となった刑事事件において「その他一般の法律事務」とは法的紛議が生ずることがほぼ不可避であるものを指す旨の判断を示した))② 東京地裁平成5年4月22日判決 (『判例タイムズ』829号227ページ(遺産分割について紛争が生じ紛争性を帯びているにもかかわらず他の相続人と折衝することは行政書士の業務の範囲外であると判断した))

参考判例

参考:�国民生活センター2015年5月14日報道発表「アダルトサイトとの解約交渉を行政書士はできません」� �h t t p : / /www. k o k u s e n . g o . j p / n ew s / d a t a /n-20150514_1.html

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著作権法を知ろう ―著作権法入門・基礎力養成講座

著作者と著作権者(2)

野田 幸裕Noda Yukihiro

N&S法律知財事務所設立所長。著作権法・商標法等の知的財産関連のビジネスコンサル・契約・訴訟等が専門。前東京都知的財産総合センター法律相談員、一般社団法人日本商品化権協会正会員等。講演・著作等多数。

弁護士、弁理士

誌上法学講座

第 回6

ついて相互に問題点を指摘・検討し相互の議論の成果を踏まえ推

すい敲こう

を重ねる方法や、最初に問題点などを議論したうえで担当範囲を執筆し、その後も原稿を持ち寄り、意見交換をして推敲する方法で執筆する場合。

4すべてAが執筆するが、Bがその原稿の過誤を指摘したり、意味の分かりづらい箇所を校正したりする場合。

2のパターンの著作物は「結合著作物」といわれるものです。結合著作物とは、外観上は1個の著作物が複数の著作者により作成されますが複数の著作者間での共同創作性が無い場合です。典型例としては1個の楽曲の「作詞」と「作曲」などです。この場合、各自がそれぞれの著作物について単独の著作権者となり、前述の例ではAが前半、Bが後半の単独の著作権者となり構造的には前述の1と同様です。

これに対して3のパターンの著作物が今回、問題とする「共同著作物」です。

共同著作物とは著作権法に定義づけされており「二人以上の者が共同して創作した著作物であつて、その各人の寄与を分離して個別的に利用することができないもの」をいいます(法2条1項12号)。つまり、複数の著作者による「共同創作性」と著作物の「不可分利用性」が要件となります。典型例としては「座談会」などです。こ

前回に引き続き著作者と著作権者について検討します。今回は「共同著作物」を中心に説明します。

外観上、1個の著作物を制作するのに複数人が関与するケースがありますが、そのなかでも色々なパターンがあります。例えば「消費者問題」という解説書をA・Bの2人が執筆したとします。その場合、以下の1から4のパターンが考えられます。

1上下巻の2冊としてAが上巻、Bが下巻をおのおの単独で執筆し、執筆者間での検討や調整等はしない場合。

1の場合、上巻はAの単独の著作物、下巻はBの単独の著作物となります。

これに対し、1冊の本をA・B 2人で執筆する場合としては以下の3つがモデルパターンとなります。

2各担当分野を決めて前半の第1章から第3章まではAが、後半の第4章から第6章まではBが担当し、1と同様の方法で執筆する場合。

32と同様、Aが前半を、Bが後半を担当して下原稿を執筆するが、その内容や表現に

共同著作物とは何か

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2016.9 41

誌上法学講座

共有者は、正当な理由がない限り、第一項の同意を拒み、又は前項の合意の成立を妨げることができない。」と定めています。要するに他の共有者からの持分の処分や権利行使を拒否するには「正当な理由」を必要とするというハードルを設けたわけです。● 具体的な裁判例

裁判で争われた事案としては、「XYが2分の1ずつ持分権を有する共同著作物があり、Xが破産したので、その破産管財人がXの持分権をAに売却しようとしたところYが反対した」という事例において、概ね元々、その共同著作物の利用について営業窓口がXにあったのでAはXからライセンスを受けたことでその利用に問題はないと判断したことは自然であること、またYはXの持分権を買い受ける機会があったにもかかわらずそのチャンスを逃がしていたこと、Xの持分権の売買契約につきAやXの管財人がその協議や契約締結の事実をYに知らせるべき必要はないことなどを理由にYの拒絶には「正当な理由」はないとして、YはXの持分売却に同意すべきであると判示しました(東京地裁平成11年10月29日判決、『判例時報』1707号168ページ)。

共同著作物の著作者人格権の権利行使についても、このような共有著作権の権利行使の定めと概ね同様となっています(法64条1項・2項)。● 共同著作物の持分割合と権利侵害

また共同著作物の持分割合については、著作権法上の特段の規定がない限り、共同著作物の権利関係は民法の「共有」の規定が準用されますので(民法264条)、共有者の持分についても、持分割合の合意や寄与分の証明ができない場合には、各共有者の持分は相等しいものと推定されます(民法250条)。

共同著作物の保護期間については、共同著作者中、最終に死亡した著作者の死後50年までとなります(法51条2項)。

また共同著作物の権利侵害に関しては、権利

の場合は、各自が著作物全体について寄与度に応じた持分権を有することになります。

4のパターンは、Bには著作物に対する創作的表現の寄与が認められないパターンです。この場合は、Aのみが著作物全体の単独の著作権者となり、Bは単なる「補助者」に過ぎないので何ら著作権法上の権利が認められません。Aの執筆に対して単にアイデアやヒントだけを提供したり、執筆のため資料の収集整理をしたり、素材の提供にとどまる場合や、原稿の加除訂正等をするにとどまる場合も、補助者の例といえるでしょう。

それでは当該著作物が仮に共同著作物であると認定された場合、その著作権の権利行使はどのように行われるのでしょうか。

この点、著作権法は「共同著作物の著作権その他共有に係

かかる著作権(以下この条において「共

有著作権」という。)については、各共有者は、他の共有者の同意を得なければ、その持分を譲渡し、又は質権の目的とすることができない。」と規定しています(法65条1項)(ルビは筆者)。要するに著作権の共有者間の連帯性を確保する趣旨により、共同著作物の著作者全員の同意がないとその持分を売却するなどの処分行為はできません。また処分行為だけではなく、同2項では「共有著作権は、その共有者全員の合意によらなければ、行使することができない。」と定めています。例えば、共同著作物である本に出版権を設定して出版に利用するにも全員の合意が必要となります。

このような定めにより共有者間の連帯性は確保されますが、逆からみると持分権を有していても他の共有者から反対されると処分も利用もできなくなるので持分権者の利益との調整が必要となります。

そこで同3項では「前二項の場合において、各

共同著作者の権利行使

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2016.9 42

誌上法学講座

Y単独で執筆する作りになっています。このような事案において裁判所は、AB部分は

XYの共同著作物、C部分はYの単独著作物として認定しました。このB部分については、①具体的な口述部分はX ②Xは抽象的に書いて欲しい事柄を指示しただけで、Yが自分で文章化した部分やXの意思を推測してYが執筆した部分はY ③Yが書いた文書をXが点検して補充訂正した部分はXYが創作した部分であること、しかしB部分のどの文章がXYのどちらの創作性を働かせたかは不明で、関与の態様毎に区分することはできないとして、B全体が双方の共同創作であり不可分利用性が認められるとしてB全体が共同著作物であると認定しています。⑵翻訳書の共同著作物性

次に、外国人Xと日本人Yによる平家物語の英語版翻訳書が両者の共同著作物とされた裁判例があります(大阪高裁昭和55年6月26日判決、裁判所ウェブサイト)。この事例の骨子は、Yが平家物語を英訳するに際し外国人Aの協力により約4%ほど英訳したがAが帰国することになったので、Xに協力してもらい約50%を英訳し、その後Yは外国人Bらの協力を得て一応、英訳を完成しました。Xは原典の理解能力はなく、翻訳の作業と関与は、概ねYが平家物語の原典を英訳してXが英文の過誤を訂正する、ぎこちない部分や堅苦しい部分はXが適切な英文に変更して変更部分はXYが再検討する、最終的にはYが原典と照合して訳文を決定するというものでした。

原審は「翻訳に関与したものの役割を評価するに当たっては関与者の原典の理解力、移し換える国語の精通性が重要な要素となるところ、Xの寄与はYには難しいぎこちなさの除去、リズムの調整という質的に高い部分を含んでいるが、これをもって翻訳ということは相当でない。Xの寄与行為は校訂というのが一番ふさわしい」として共同著作物性を否定しました(京都地裁昭和52年9月5日判決、裁判所ウェブサイト)。

ところが、控訴審では逆転して、前述の事実関

侵害を排除することは共有者全体の利益になる保存行為であることから、各持分権者は自らの持分権に基づき単独で著作物全体について、侵害行為の差止を請求できます。損害賠償請求や不当利得返還請求についても単独で請求できますが、金銭給付請求は可分なので各共同著作者は自らの持分割合の範囲内でしか請求できません(法117条1項)。

このように、ある著作物が共同著作物と認定されると、その権利行使や効果などに大きな影響を及ぼしますので多くの裁判で争われています。そこで裁判で問題となった事例を紹介します。

● 共同著作物性が肯定されたケース⑴患者の闘病記を基に執筆された書籍の共同著

作物性まず、肝臓移植を受けた患者の闘病記の部分

が、口述した患者Xと、その口述に創作的要素を加えて文章化した看護人Yとの共同著作物であるとした裁判例があります(大阪地裁平成4年8月27日判決、裁判所ウェブサイト)。この闘病記は概ね病気の進行に従い3部分(ABC)に分かれており、A部分は患者Xが口述しYがほぼ口述どおりに文章化しました。その際、単に重複部分を削除したり、趣旨不明の点を聞き直して書き改めるほか、Yが当時のXの心境や読者の興味をひく出来事を聞き、取捨選択して文書を作成し、X が点検して補充訂正する作りになっている部分です。

B部分はXの病状が進行して口述できなくなり、X が書いてほしい事柄を口頭で Y に伝え、Yがその指示とそれから推測される事柄を、それまでのXとの体験等やXにも当時の心境等を聞いたことで補充しながら文章化し、これをXが点検・補充訂正する作りになっています。

C部分はXの死亡後に、Yが自分の記憶や日記や生前のXが残したメモ等を資料としてXに関する部分はその意思に沿うように留意しつつ、

共同著作物に関する具体的な裁判例

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2016.9 43

誌上法学講座

部分にあり、単に決められた色を塗ったり輪郭線の仕上げは補助作業であって著作物の創作行為とはいえないと判示されています(東京高裁平成11年11月17日判決・東京地裁平成10年3月30日判決)。⑷雑誌のインタビュー記事の共同著作物性

また雑誌のインタビュー記事に関し、概ね、執筆者が口述者の口述内容を逐語的に文書化したり、口述内容に基づいて作成された原稿を口述者が閲読し表現を加除訂正して文書を完成させたような場合は口述者が著作者といえます。これに対して、本件のように、あらかじめ執筆者側で用意した質問に口述者が回答し、執筆者側がインタビューの企画や方針に沿って回答を取捨選択し、表現上の加除訂正をするような場合は、口述者は雑誌記事の素材を提供したに止まり補助者でしかないので著作者ではない旨、判示されています(東京地裁平成10年10月29日判決、『判例時報』1658号166ページ)。

このように複数人が関与した著作物の共同創作性の認定は困難ですが、一応の判断要素としては、①表現への直接的関与性 ②表現への具体的関与性 ③関与の量 ④表現への影響力 ⑤表現の決定権などが挙げられ、これらの総合評価により判断されると考えます(① ②は直接性・具体性が認められるほど、③は量が多いほど、①②④は影響力が強いほど、⑤は決定権があるほど共同創作性が肯定されやすい方向に働くといえるでしょう)。

したがって、仮に単なる補助者ではなく共同著作者であることを裁判で争う場合、何といっても事実関係がものをいいますので、会議録や打ち合わせメモ、作成工程表や作業メモ、中間成果物などの証拠から上記の要素がどのように総合評価されるかがポイントになるでしょう。

どのような場合に共同創作性は肯定されるのか

係においても、Xには英語版翻訳書全体について創造的活動があったとしてYとの共同著作物性を肯定しました。翻訳文の著作物性は移し換えた言語(英語)の著作物に認められるものでありXに平家物語原典の読解能力がなくてもYにその能力があれば共同翻訳は可能ですから、この点においては控訴審の判断が妥当と考えます。

しかし、控訴審で注目すべきは、①Xの関与終了後に、YがBと翻訳した約50%の部分と、②Xが翻訳に関与する前にYがAと翻訳した約4%の部分のいずれもが、すべてXとYとの共同著作物として認められた点です。控訴審での判決理由は、概ね①の部分については、Xの英訳に関する創意工夫はYの創造的精神活動に作用しXの関与なしに行われたその後のYの翻訳にも引き継がれ、あるいは強い影響を及ぼしたと推認できること、②の部分については、分量が少ないことに加え、XがYからその翻訳原稿を手渡されて閲読し批評を加えていたことから、①②の部分を他の部分と機械的に分離せず、英語版翻訳書全体をXとYの共同著作物として認めたわけです。

しかし、少なくとも全体の半分を占める①の部分については、XはYの英訳に直接関与しておらず、Xの具体的な意見がYの翻訳表現に反映しているわけでもありません。Xの関与後の影響があるとすれば、それはその後の翻訳のコンセプトないし方法論にとどまるのではないでしょうか。仮にそうであるなら少なくとも①の部分では、Xとの共同著作物性は認められるべきではなかったように思われます。● 共同著作物性が否定されたケース

前述の2件の裁判例は共同著作物性が肯定された事案ですが、関与者が単なる補助者であり共同著作物性が否定された裁判例を次に紹介します。⑶絵本の共同著作物性

まず絵本に関し、概ね、創作的表現の核心部分はテーマやストーリーを構想し、具体的に表現する絵柄・配置・配色の決定および文字記述

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編集・発行

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***********ウェブ版『国民生活』2016年 9月号の訂正について***********

本誌に以下の誤りがありましたので、訂正とともに差し替えました。お詫び申し上げます。

消費者問題アラカルト 改正特定商取引法の概要とポイント

15 ページ 右段

誤: (改正法9条3第4項)

正: (改正法9条の3第4項)

16 ページ 左段

誤: 特商法違反をした A 社を処分できるしくみです(現行法8条1項)が、改正法8条1項では、

正: 現行法では特商法違反をした A 社を処分できるしくみですが、改正法では、

以上