国際価値連鎖論の可能性と課題 -...

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商学論集 第鴇巻第2号 2007年i2月 1論 文1 国際価値連鎖論の可能性と課題 一一木村誠志氏との対話を手がかりに一 はじめに 木村誠志氏の遺著となったK泌蟹a120071は,日本の航空機産業の事例分析を通して,企業ベー スの後発工業化(鐘澱撫s磁ia総盤面strl譲z寵膿〉の過程を鮮やかに描き思した力作である。こ の本の最大の魅力は,いっぽうに開発論や経営学等の分析ツールを,縫方に薮本の航空機産業の発 展史という豊かなインプリケーシ鷺ンを持つ事例を配したうえで.両者を丹念に突き合わせ,残存 の分析概念の組み合わせだけでは捉えきれない後発工業化の複雑なダイナミクスを捉えるための独 自の枠組みを構築した点にある。欝本の航空機産業という事例が持つ固有性に留意しつつも,その 特殊性を過度に強調することなく,事例分析から浮かび上がる企業の戦略と調度環境のあいだの相 互作用,先進国企業と後発国企業のあいだの相互作用を捉える筆者自身のフレームワークを構築す ることを通じて,獲撚雌20G71は,個鍵産業の分析を越えたより一般的なかたちで,後発工業化の プロセスを描き出すことに成功した。 K雛鍵a120§71が分析枠組みの構築にあたって依拠した視点のひとつに,国際極値連鎖論轡。撫i 幡鞭磁a塗鉾欝spe磁ve)の醗究の系譜がある。このアプローチは,関心を共有する醗究者の緩や かなネットワークのなかから生み出されつつある多様な文献の集合体であり,いまだ発展途上にあ る議論の系譜である。この点で国際優値連鎖論は,木村氏自身がK鐙至i雛ky餓媛Morris1200礪を引 きつつ指摘しているように,現実を認識するための分析手段(a號蟹istl£由vlc8(Kli難題嬢2007:381〉) であって,錯綜する現実を鮮やかに説明する理論ではない。実際Ki皺皺3120G71も,このアプロー チがもつ「緩さ」を巧みに利矯し,国際懸値連鎖論の視点を多様な先行砺究の成果と緩み合わせる ことによって,独自の分析枠緩みを構築したのであった。 木村誠志氏は,Ki撚縦20071の出版後も,国際極値連鎖論の可能性に強い関心を抱いていた。私 は2005年9月から2007年4月にかけて,木村誠志氏と憩回近い醗究ミーティングを行い,グロー バルな産業内分業のなかの後発途上国企業の成長をとらえるための方法論について集中的な討論を 行った。このミーティングは,2007年4月からアジア経済醗究所で共同醗究会を立ち上げるための 準備を行うことを目的としたものであったが,議論を重ねるなかで私は,木村氏の国際懸値連鎖論 に対する強い関心と,様々な限界を持つこのアプローチを目らの手でより有効な枠組みへと作りか えていこうとする熱い意気込みに圧倒された。とりわけ木村誠志氏が深い関心を掬いていたのが, 国際緬値連鎖のガバナンス分類をめぐる分析を,後発国の企業の学習の分析と結びつけ,国際価値 連鎖論を,後発国企業の成長一あるいは停滞一を捉える枠縛みとして,真にダイナミックな議論 一75一

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  • 商学論集 第鴇巻第2号  2007年i2月

    1論 文1

    国際価値連鎖論の可能性と課題   一一木村誠志氏との対話を手がかりに一

    川 上 桃 子

    はじめに

     木村誠志氏の遺著となったK泌蟹a120071は,日本の航空機産業の事例分析を通して,企業ベー

    スの後発工業化(鐘澱撫s磁ia総盤面strl譲z寵膿〉の過程を鮮やかに描き思した力作である。こ

    の本の最大の魅力は,いっぽうに開発論や経営学等の分析ツールを,縫方に薮本の航空機産業の発

    展史という豊かなインプリケーシ鷺ンを持つ事例を配したうえで.両者を丹念に突き合わせ,残存

    の分析概念の組み合わせだけでは捉えきれない後発工業化の複雑なダイナミクスを捉えるための独

    自の枠組みを構築した点にある。欝本の航空機産業という事例が持つ固有性に留意しつつも,その

    特殊性を過度に強調することなく,事例分析から浮かび上がる企業の戦略と調度環境のあいだの相

    互作用,先進国企業と後発国企業のあいだの相互作用を捉える筆者自身のフレームワークを構築す

    ることを通じて,獲撚雌20G71は,個鍵産業の分析を越えたより一般的なかたちで,後発工業化の

    プロセスを描き出すことに成功した。

     K雛鍵a120§71が分析枠組みの構築にあたって依拠した視点のひとつに,国際極値連鎖論轡。撫i

    幡鞭磁a塗鉾欝spe磁ve)の醗究の系譜がある。このアプローチは,関心を共有する醗究者の緩や

    かなネットワークのなかから生み出されつつある多様な文献の集合体であり,いまだ発展途上にあ

    る議論の系譜である。この点で国際優値連鎖論は,木村氏自身がK鐙至i雛ky餓媛Morris1200礪を引

    きつつ指摘しているように,現実を認識するための分析手段(a號蟹istl£由vlc8(Kli難題嬢2007:381〉)

    であって,錯綜する現実を鮮やかに説明する理論ではない。実際Ki皺皺3120G71も,このアプロー

    チがもつ「緩さ」を巧みに利矯し,国際懸値連鎖論の視点を多様な先行砺究の成果と緩み合わせる

    ことによって,独自の分析枠緩みを構築したのであった。

     木村誠志氏は,Ki撚縦20071の出版後も,国際極値連鎖論の可能性に強い関心を抱いていた。私

    は2005年9月から2007年4月にかけて,木村誠志氏と憩回近い醗究ミーティングを行い,グロー

    バルな産業内分業のなかの後発途上国企業の成長をとらえるための方法論について集中的な討論を

    行った。このミーティングは,2007年4月からアジア経済醗究所で共同醗究会を立ち上げるための

    準備を行うことを目的としたものであったが,議論を重ねるなかで私は,木村氏の国際懸値連鎖論

    に対する強い関心と,様々な限界を持つこのアプローチを目らの手でより有効な枠組みへと作りか

    えていこうとする熱い意気込みに圧倒された。とりわけ木村誠志氏が深い関心を掬いていたのが,

    国際緬値連鎖のガバナンス分類をめぐる分析を,後発国の企業の学習の分析と結びつけ,国際価値

    連鎖論を,後発国企業の成長一あるいは停滞一を捉える枠縛みとして,真にダイナミックな議論

    一75一

  • 商  学  論  集 第76巻第2号

    へと発展させることにあった。この作業の手がかりとして木村氏が読み込んでいた論文のひとつが,

    Ge驚釜,H穣鐙艶艶ya撮St雛geo猛12GG司であった。

     本稿の目的は,木村誠志氏と交わした対話を手がかりとして,国際緬値連鎖論の可能性と課題を

    論じることにある。特に,木村氏が繰り返し精読していたGεrε盤皿H蹴擁reFSt畿geo簸120051の

    議論を紹介し,その批半彗的検討を行うとともに,その拡張の方向性について考える。この作業を通

    じて,私たちが木村誠志氏の志をどのように継承し,発展させていくことが可能であるかを考える

    ための手がかりを摘出したい。

     以下,i節では,K皺皺3120071での国際価値連鎖論の位置づけを整理する。2節では,国際商品

    連鎖論から国際価値連鎖論へといたる議論の流れを簡単に紹介し,Ki鵬麟200ηへの補足を行う。

    3節では,木村誠志氏との討論の記録を手がかりに,Gere癒,H!慧驚的rey a撮St欝欝。灘120G51の達成

    と限界を考察する。また4節で同論文の議論の拡張の方向性について考察する。5節は結びである。

    藩.Ki麟繊a120071における国際価値連鎖論の位置付け

     まず,Ki驚雛a120071における国際価値連鎖論の位置付けを確認しよう。K墨皺皺a12GO71では,第2

    章で先行概究の批判的なサーベイを行ったのち,第3章で,航空機産業の事例を念頭に置いて,産

    業のグ コーパルな環境変化が後発工業国企業に与える影響を分析するためのツールが罵意される。

    これを受けて第婆章で,本書の最大のクライマックスとも言える分析棒線みの購築が行われる。最

    後に第5章で,この分析枠緩みを購いて田本の航空機産業の発展史の分析が行われる。

     著者が国際価値連鎖論を導入するのは,第3章においてである。この章で著者はまず,企業ベー

    スの後発工業化の二つの類型として,「キャッチアップ戦略」と「アップグレーディング戦略」と

    いう区別を導入する。キャッチアップ戦略とは,後発企業が最終製品市場に参入して,すでに市場

    で一定のシェアを確立している先発企業へのキャッチアップを図る戦略であり,より急進的な戦略

    であると位置付けられる。他方,アップグレーディング戦略とは,後発企業が中開財の製造企業と

    して産業に参入し,サプライヤーとしての地位を段階的に引き上げることをめざす漸進的な戦略で

    ある。このうち,著者が強い関心を抱くのは,後者の「サプライヤーとしての漸進的な成長」とい

    う発展経路であり,そしてこのアップグレーディング戦略をさらに掘り下げるために導入されるの

    が,国際極値連鎖論の視点である。

     価値連鎖の定義づけにあたって著者が援用するKa擁総ky謹δMorrls12GOOlは,価値連鎖を「製

    晶ないしサービスが,企顧から様々な生産段階(中略)を経て,最終消費者の手元に届けられ,消

    費の後に最終越理されるにいたるまでの過程で必要となる活動の全範囲」(墾.4)として捉える。ま

    た著者は,R議量kes,Je器e簸議δPo援e12(鵬1を引きつつ,国際価値連鎖論が,ある製品ないし商晶

    に沿って,中央集権的に調整されているとともにその生産活動が国境を越えて分散的に行われるよ

    うな新たなグローバルな生産システムの分析に焦点をあてる分析視点であることを論じる

    (K血鍵a12GO7二36-371〉。

     著者は第2-4章において,事例分析に向けて有効な手がかりとなる視点や分析ツールを先行醗究

    のなかから摘出し,これをひとつひとつ丁寧に積みあげて,第婆章のFig雛e鑑2とFig雛ε43に集

    一76一

  • 瑠上二国際癒値連鎖論の可能性と課題

    約される著者自身の分析枠組みへと作り上げていく。この議論の展開のなかで遍際極値連鎖論1よ

    グローーバルな産業内分業のなかで強いパワー一を握る主導企業と,主導企業によってコントロールさ

    れる価値連鎖のなかでサプライヤーとしての成長を模索する従属企業とのあいだの非対称的な関係

    に着目するための切む口を提供しており,まさしく問題発見的な役割を果たしている。著者はここ

    に,資源ベース論やエマーソンの権カー依存論,浅沼萬里のサプライヤーシステム醗究等といっ

    た多様な先行醗究の成果を接合することで,国境を越えた企業闘の取引関係への参撫を通じた後発

    工業国企業の成長の経路とその限界に接近したのである。

    2.国際商品連鎖論から国際価値連鎖論ヘーK離礁a120071への補足

     以上で見たように,K鋤雛a120071では,日本の航空機産業の歩みの光と影を浮き彫りにするうえ

    で,国際価値連鎖論の提供する視点が有効な手がかりとなっている。この視点を導入することで,

    自前の航空機の製造にこだわる立場からは限定的にしか評緬されない日本の航空機産業の発展が,

    ボーイング社による強いコント欝一ルを受けつつも,国際徳値連鎖のなかで着実なアップグレー

    ディングに成功した事例であることが描きだされる。ある現象の背後にある多様なカの交錯関係を

    解きほぐし,そこから…般的なインプリケーシ翼ンを引き出そうとするさいに成否の鍵となる分析

    ツールの選定の作業において,著者は見事な手腕を発揮している。

     地方で,先進国企業と後発工業国企業の取引関係をめぐる硫究の流れに即してみれば

    Ki灘護,3120071による国際価値連鎖論の紹介は,やや丁寧さを欠いている。国境を越えた企業問分業

    への参加を通じた後発国企業の成長に着目し,主導企業とサプライヤーのあいだの非対称的なパ

    ワー関係を論じる視点 さらに商品連鎖のガバナンスに注目するといった問題設定じたい1よ姶90

    年代初め頃からジェレフィらによって提起された「国際商晶連鎖論」(g量的3至co盤搬。盛lty c絵雛

    鉾rspective)と呼ばれる醗究の潮流によって提起されたものだからである(Gere籏a総

    K。罫z晦ewic擁i蝿,Ger2銀a撮K・rze登i舗cze綬s{i蠣,K蟹zε漉wic雄992LGere至難99蕉

    婚991等〉。

     Ki懲雛3120G71は,国際商品連鎖論と国際価値連鎖論という二つの講究のくくりについては明示的

    な区劃をせず.国際商晶連鎖論の成果を含めたかたちで「国際価値連鎖論」という呼び方を弔いて

    いる(癒盤雛a120071361)。しかし,この本で国際価値連鎖論のエッセンスとして取り出されている

    着脹点は,基本的にはジェレフィ等によって国際商品連鎖論の流れのなかで提示されてきたもので

    ある。たしかに国際商品連鎖論と国際癒値連鎖論は,問題設定や基本的な凝念設定の面で共通して

    おり,さらにいえば中心的な論者が重複している点で,明らかに連続した議論の流れのなかにある玉。

    あえてその区劃を強調する必要はないのかもしれない。しかし,国際価値連鎖論は,それに先立つ

    国際商品連鎖論に対する以下のような批判のうえに議論を深めてきた視点であ妖それゆえ次第で

    i鯵勢年代の蟹際蔭贔連鎖講の中心的な提唱者として活躍してきたジェレフィも近年では魑際極値連鎖」の

     語を購いるようになってお弩,国際商品連鎖論は蟹際懸値連鎖論へと発展的解消を遂げつつあるようにも見え

     る。ただし,「藩品連鎖」概念を用いる醗究も引き続き多数発表されてお弩,二つの議講は徐々に「雲際懸値連

     鎖謝へと傾斜しつつも,重な辱合い、ともに発展を遂げている状溌にあると言えよう。

    一77一

  • 商  学  論  集 第76巻第2号

    みるように,固有の問題設定を持っている。

     すなわちジェレフィらの醗究は,国際商品連鎖の二大類型として,大型の多国籍製造業者が主導

    企業となって生産ネットワークを綴織化する「生産者主導型(p欝磁cer一面ve痴」の国際商晶連鎖と,

    大手の小売業者やブランド企業等が主導企業となって分散的な生産ネットワークを紐織化する「バ

    イヤー主導型(擁ye撮riveゆ」という区分を提起した。しかし,実証醗究の蓄積とともに,この

    ような二分法に対しては,これが経験的な現実に依拠しており理念型的な分類となってはいないこ

    と(He麟εrso簸,Dick雛,Hlεss,Co8謹覆Y駝Rg120021〉,産業内分業の実際の編成には多様なパター

    ンがあること,同一産業のガバナンス類型も時間とともに変化しうること(Rai短s.Je総雛議d

    P磯綴20001〉,が提起されるようになり,ジェレフィらの大ぐくりな二分法の限界が意識されるよ

    うになった。また,国際商品連鎖論の購いる概念規定の曖昧さや操作可能性の低さ,量的掘握の試

    みの弱さについても批判が提起されるようになった(R&ikes,」磁s磯鍛δPG盤凝20GGl〉。

     2000年代以降に「国際価値連鎖論jの旗印のもとで新たに興隆した醗究は,多かれ少なかれ,

    国際商品連鎖論に対して寄せられた以上のような批判を出発点としている。このような醗究史上の

    文脈が,次にみるような国際価値連鎖譲の新たな展開を罵意することとなった。

    3.国際価値連鎖論の新たな展開

     200i年7月号の欝S B磁磁塗に掲載された特集「価値連鎖の価値(t娩v暴1雛。{v3縫le c薮融s)」は,

    国際価値連鎖論のスタートを宣言するものであった。この特集号には,経済地理学・社会学・経済

    学・開発論を専門とする醗究者たちが論考を寄せ,国際商晶連鎖・緬値連鎖・価値システム・生産

    ネットワーク・価値ネットワークといった似通った概念が相互の対話を欠いたまま林立している醗

    究状況への反省と,先行醗究における分析概念の曖昧さや操作性の低さに対する反省のうえに,多

    様な経済活動や製晶分野を最も包括的にとらえうる概念として「緬値連鎖(v31聡磁3搬s〉」という

    コンセプトを分析の出発点に据えることで一致した(Gere爺,撫灘凶r2y,Kのii盤ky膿δ&雛geo簸

    1200i:31〉。

     2G艇年以降,国際価値連鎖論という新たなカテゴリーのもとで行われてきた醗究をサーベイす

    ると,この闘,硫究者の関心が極値連鎖のガバナンスの分析に注がれてきたことが分かる。これが

    中心的なトピックとなった背景には,蔚述のような国際商晶連鎖論に対する批判を意識して,単純

    な二分法を脱却し,産業の多様な実態や同一産業のなかでの時系列変化をとらえられるような広が

    りをもつガバナンス類型論をめざす機運が高まっていたという醗究史的な文脈があったものと考え

    られる。

     国際極値連鎖のガバナンスをめぐる近年の議論の現段階での到達点を示す醗究に,Gere籏,

    H職凶r劔a撮St雛geo蓬20051がある。この論文は,木村誠志氏が深い関心を持ち,その達成と限

    界について考えをめぐらせていた醗究であった。以下では,木村誠志氏と筆者が行った討論のメモ

    を手がかりにしつつ,この論考に絞ってその成果と課題を考えることで,国際価値連鎖論の可能性

    と限界を考えてみたい。

     Gere盤,H灘p歴εy謹透St雛geo簸120051は,グローバルな経済活動のなかの企業問関係のあり方

    一78一

  • 鍵上1醒際懸値、連鎖論の可能性と課題

    を規定する多様な要因の存在を意識しつつ,取引形態の類型を説明するシンプルな枠組みを構築す

    ることをめざした論考である。具体的には,極値連鎖のガバナンスの類型が,(i)ある取引を行う

    うえで必要となる情報知識の移転の複雑さ,(2)情報知識のコード化可能性(3)サプライヤー

    の能力,という3つの変数によって規定されるとし,この3変数の組み合わせいかんによって区i)

    市場,(2〉モジュラー型,(3)関係型,(4)下請型,(5)階暦型の5つの極値連鎖の類型のいずれに

    なるかが規定されると論じる(表i)。

    ツ            ァ      炉    」

    ガバナンスの類型 取引の複雑性取引のコード化

    @ 可能性サプライベース

    @ の能力調整・パワーの�ホ称性の程度

    市場(欝鍵k鋏) 低首綱

    古岡 低

    モジュラー型(漿磁畷3r) 育購古癖

    古岡

    関係型(継語繊al)盲溝 低

    古岡

    下請型(蝉t董ve)古岡

    古祠 低

    階層型(漉r鑑擬y)富岡 低 低

    古岡

    表重 Gεre癒,Hl騰艶艶y3撮St蟹geo簸12GO51による価値連鎖のガバナンスの決定要因

    齢テ〉Gεre盤,R騰睡8y麟S雛奮ε。簸㈱51,Ta漉i(墾87〉

     従来の国際価値連鎖論ではとかく,自動車産業や航空機産業は「生産者主導型」,アパレルや靴

    産業は「バイヤー主導型」というふうに,産業ごとに連鎖の性格を議論する傾向が強かった。これ

    に対してGer醗,}無難擁rey a麟St雛geo登120051は,3つの変数の組み合わせによってガバナンス類

    型が決定されるというシンプルなモデルを提示することにより,価値連鎖の類型区分とその特徴の

    分析にとどまりがちであった従来の国際商品連鎖論の議論を前進させた。特に,この視点の導入に

    よって,同一産業のなかでも異なる価値連鎖が並存したり,時間とともにガバナンスの類型が変化

    したりするという事実を分析できるようになったことは重要な貢献である。具体的な事例として,

    Ge艶爺,}撫搬p短ey謹δSt羅g80麟20051では,自転車産業の企業問組織が階層型の綴織からより市

    場型の調整メカニズムをベースとする取引関係へと移行した背景に,部品問のインターフェースを

    規定する業界標準の成立とサプライヤーの能力の向上という変化があったことを挙げる。また東

    アジアのアパレル産業における地場企業と先進国の発注者企業のあいだの取引関係が下請型から関

    係型の価値連鎖へと変容した背景に,サプライヤーの能力の向上があったことを論じる(鱒.90醗)。

     取引の複雑性と取引のコード化可能性を二つの独立した変数として捉えることの適否を含め,こ

    の論文によるガバナンスのモデル化の試みに対しては様々な異論がありうるだろう。しかしガバ

    ナンスの説明変数の検討というかたちで新たな議論の方向性を提示した点で,この論文の意義は大

    きい。また.国際商品連鎖論では単純な二分法に押し込められていた価値連鎖の類型の多様性を明

    示的に捉え,「モジュラー型」「関係型]「下請型」といった取引形態のスペクトラムを提示したことも

    実証分析のためのフレームワークとしての国際価値連鎖論の有効性を高めることにつながった。

     飽方で,Gerε釜,H慧盤擁rey錨6St雛gε艦120051には以下のような限界がある。第一に,この論

    文では,極値連鎖のガバナンスを論じるにあたって,分析の対象をもっぱらアパレル産業における

    サプライヤーとブランド企業,自転車の部晶サプライヤーと経立メーカー,生鮮食料晶の生産者と

    一79一

  • 商  学  論  集 第76巻第2号

    その流通業者といった商品・部品のサプライヤーとその顧客との関係に絞っている。しかし,パ一一

    ソナル・コンピュータ産業におけるインテルやマイクロソフトの圧倒的なパワーが示すように,電

    子産業では,しばしば製品の中核機能を体化したキーコンポーネントを供給する企業が,業界標準

    の設定を通じて産業の競争条件を支配する力を握り,億値連鎖のなかで最も高い利潤率を享受して

    いる。このようなパワフルなアクターの存在を組み込むことなくして,産業の極値連鎖の全体像を

    分析することはできない。この点で,もっぱら市場に最も近いところに立つ企業を主導企業と措

    定し,そのサプライヤー一との取引関係に分析の焦点を合わせたGere釜,}{蹴擁r8y a磁St灘geo簸120051

    の視点には限界がある。

     第2により重要な問題として,Gere釜,Hl嚢懸諏rey罎δSt雛gεo疲20G51では,分析の焦点を遇度な

    までにガバナンス論に集中させることで,ジェレフィらの国際商品連鎖論のなかでは明確に射程に

    おさめられていた後発工業化への関心が相対的に後退する結果となっている。とりわけ,サプライ

    ヤーの能力が「低い」状態から「高い」状態へと移行する過程一すなわち企業の学習・成長の過

    程一が,国際価値連鎖の枠外で生じる外生的な変化として分析視野の外におかれている点は,重

    大な限界である。国際極値連鎖論による企業ベースの分析を,よリマクロなレベルでの開発論へと

    つなぐうえで最も重要なリンクであるはずの「企業の能力の上昇」という変化が分析枠組みの外で

    決定される議論の構造となっていることは,この論考に残された最大の課題である。

    4.国際緬値連鎖論と開発論のリンケージに向けて

     以上でみたように,Gere釜,Hl幽譲rey鑓農St蟹欝。簸12GG51は,国際商晶連鎖論の抱える問題点

      生産者/バイヤー主導型という二分法の限界,産業の連鎖のあり方を固定的にとらえる傾向,

    連鎖のあり方を規定する要因の検討不足といった限界を打破し,新たな硬究の方向を提示した重要

    な醗究である。しかしこの論文では,企業問関係の類型モデルの精緻化に力点が置かれ,その取引

    を取り巻くセッティングは関心の枠外におかれている。Gε驚蚤, 灘螢p麺ey議δSt雛ge縫12GO51では,

    一般的なケースとして,マーケティング資源に優位性を持つ先進国企業が主導企業に,生産に比較

    優位を持つ後発国企業がサプライヤーになることを想定してはいるものの,基本的なアプローチと

    しては,先進国企業どうし,後発工業国企業どうし,あるいは先進国企業と後発工業国企業のあい

    だの取引のいずれであっても,価値連鎖の類型は同一の変数の緩み合わせによって説明できるとい

    う想定をおいているものと理解されるからである。ここでは,国際商品連鎖論が視野にいれていた

    ような先進工業国企業との非対称的なパワー関係のもとでの後発国企業の成長を考えようとする志

    向性は弱い。

     従って,先進国企業との取引関係を通じた後発工業国企業の発展に関心を寄せる立場からは,

    Ger8蚤,}撫鐙p麺eya磁S籔rgeo簸12GO51の成果を踏まえて,モジュラー一型や関係型といった異なる

    価値連鎖の類型のもとで生じる企業の学習のあ誇かたの違い,懸値連鎖の類型と企業問のパワーの

    非対称性との関係,価値連鎖のなかでの付加優値配分の決定メカニズムといった後発工業国の成長

    にかかわる問題へと分析の範囲を広げていくことこそが重要な課題となる。木村誠志氏がGere餓,

    墨沁鑓凶rey a撮S籔rge澱12GO51に深い関心を寄せたのは,おそらく,この論考がこの点で豊かな拡

    一80一

  • 蠣上1国際緬値連鎖論の可能性と課題

    張可能性を持つと考えたからであろう。

     Ge艶盤,H嚢難曲鷲y講義St雛geo擁20051の枠組みを後発工業国企業の成長過程の実証分析と接合

    するためには,企業の資源・能力の構築過程をとらえる視点の導入企業の学習やアップグレーディ

    ングといった概念の再検討,そして産業・製品の属性把握のアプローチの再検討といった作業が必

    要であろう。また,サプライヤーとその顧客の取引関係に絞られている分析の視野を拡張しコア

    部品の供給を通じて産業の価値連鎖のあり方を強く規定しているような企業の存在を組み込むよう

    な方向へと分析範囲を拡張していくことも必要であると考えられる。

    5.むすび一木村誠志氏の志を受け継ぐために

     以上であげた課題は,木村誠志氏と私が昨(2GG7〉年違目からアジア経済碕究所で立ち上げた共

    同プ讐ジェクト「国際緬値連鎖のダイナミクスと東アジア企業の成長」醗究会のねらいでもあった。

    長崎シーーボルト大学の小井耀広志氏,アジア経済砺究所の今井健一,佐藤百合,藤鑓麻衣福西隆

    弘の各氏を共同醸究者として,2年間の予定で発足したこの醗究会は,中国・台湾・ベトナム・イ

    ンドネシア・フィリピンの事例分析を通じて,国際価値連鎖のなかの東アジア企業の成長の可能性

    と限界を実証的に明らかにし,国境を越えたグローバルな産業内分業の編成が後発工業国企業の成

    長メカニズムに与える影響の分析を試みるプロジェクトである。2007年4月遣9に開催した第1回

    の購究会では,凝究会の方向づけについてメンバー問で活発な議論を交わし,木村氏と私は約i年

    の準備を経て硫究会の発足にこぎつけた喜びを分かち合った。まさかこれが,私たち全員が集まる

    最初で最後の硫究会になろうとは想像もできなかった。

     私が,国際価値連鎖論のとりもつ縁で木村誠志氏とはじめてお会いしたのは,この集まりの2年

    前のことであった。国際価値連鎖論の視点を踏まえて台湾PC産業における中小企業の位置付けの

    変化を論じた捲稿(編上120031)を読んだ木村氏から,氏の親しい友人であり,私のアジア経済講

    究所の同僚でもある大原盛樹氏を介して連絡があり,これがきっかけとなって,木村氏の来京にあ

    わせて国際商品連鎖論や国際価値連鎖論をめぐって議論を交わす機会を持つようになった。

     実はその頃の私は,国際価値連鎖論を屠いてPC産業の構図を分析する試みをしてみたものの(飛

    上120§鐙,複雑な企業問関係のダイナミクスをできあいの構図にむりやり押し込めるような違和

    感をぬぐえず,国際緬値連鎖論の議論の系譜との距離をはかりかねていたところであった。国際価

    値連鎖論の視点から博士論文を執筆した木村氏とは.この枠緩みに対する評価がかみ合わないので

    はないかと不安であった。

     だが,木村誠志氏との対話を始めるやいなや,この懸念は瞬く闘に解消された。木村氏は,私が

    想像したような国際価値連鎖論の信奉者などではまったくなく,むしろその鋭くも温かい撹判者で

    あったからである。特に私が木村氏との対話を通じて強い感銘を受けたのは,国際価値連鎖論を含

    む既存概究の枠組みに対して氏が保持していたよき「自己本位」の姿勢であった。木村誠志氏1よ

    国際価値連鎖論の抱える数多くの不完全性を十分に意識したうえで,他の分析ツールや分析視点と

    組み合わせることによって,そのような限界をいかに克服するべきであるか,熱をこめて語った。

    木村氏との議論を通じて私は,国際価値連鎖論が,数々の限界を有しているがゆえに高いポテンシャ

    一8i一

  • 商  学  講  集 筆路巻第2号

    ルを秘めた豊かな鉱脈であることに気づいたのである。

     今,K簸雛a120G71を読み返し,木村誠志氏との討論のメモをながめながら改めて感じるのは,木

    村氏が,企業という主体の自立性に照明をあてるとともに,事例分析の対象および先行硫究の道具

    立てと向き合う際の醗究者の主体性を厳しく問う醗究姿勢を貫いたということである。木村氏との

    対話を通じて私は.企業の成長・産業の発展という複雑な現象の背後に働く様々なカの交錯をきれ

    いに裁くことのできる万能なツールなど存在はしないこと,重要なことは,既存の枠緩みに寄りか

    かることなく,ひとつひとつの分析ツールの長所と短所を吟味し,ツール間の理論的なインター

    フェースを見極めたうえで,絡まり合った因果関係の糸を解きほぐすために必要な道具の緩み合わ

    せを自ら構築していくことであることを学んだ。K雛雛3120071を貫く柔軟で強靱な分析者の主体性

    こそ,私たちが木村誠志氏から受け継ぐべきものであると思う。

    参考文献

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