高速道路無料化社会実験による経済効果の...

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1 高速道路無料化社会実験による経済効果の 空間的帰着状況分析 右近 崇 1 ・小池 淳司 2 1 正会員 副主任研究員 三菱UFJリサーチ&コンサルティング(〒460-8621 名古屋市中区錦3-20-27E-mail:[email protected] 2 正会員 鳥取大学准教授 工学部社会開発システム工学科(〒680-8552 鳥取県鳥取市湖山町南4-101E-mail:[email protected] 近年,交通施設整備による施設効果を分析する手法として,空間的応用一般均衡モデル等の経済均衡モ デルを用いた事例が見られるが,これら分析の多くは,地域間の移動にかかる一般化費用を政策変数とす るアプローチとなっている.本研究では,これらの経済均衡モデルの枠組みを活用し,高速道路無料化社 会実験による影響について,無料化社会実験による施策の費用負担構造を考慮した上で,便益の空間的帰 着状況について分析を行った. 具体的には,地域間の料金抵抗に係る交易額をもとに,無料化社会実験を含めた料金割引施策による高 速道路会社の料金収入減収額をモデルから内生的に算出し,これら減収額を料金割引施策の費用として人 頭税の形式で家計の所得制約から控除する枠組みをモデル化してシミュレーションを実施した. Key Words :Economic Benefit,Toll-free highway trials,RAEM-Ligh,Spatial Computable General Equilibrium Model 1. はじめに 平成22 年度高速道路無料化社会実験は,平成22 6 28 日~平成23 3 月末日まで約9 ヶ月間,現金利用者を含 む全車種を対象に実施された.実験対象区間の延長は, 1,652 kmに達し,首都高,阪高を除く高速道路(有料) 全体供用に対する実験区間は約2 割に匹敵する規模であ る. 今回,無料化社会実験費用として約1,000億円の予算 を投じられており,これらの費用は,国民の税金から拠 出されることになる. < 実験の趣旨 1) > ・高速道路を徹底的に活用し,物流コスト・物価を引下 げ,地域経済を活性化させるため,高速道路を原則無 料化する ・全国の高速道路の約2 割の区間で無料化社会実験を行 い,地域への経済効果,渋滞や環境への影響について 把握する このような高速道路無料化や料金割引施策の影響分析 に関しては,国土交通省の調査報告書 2) をはじめ,無料 化に伴う二酸化炭素排出量変化等の検討を行った運輸調 査局資料 3) ,国土交通省および環境省資料 4) 等,数多くの 分析・報告がなされているが,地域住民の視点に立ち, 地域が感じる経済的な効果を対象として,社会実験の趣 旨として掲げられている物流コスト・物価の引下げによ る地域活性化効果,影響を整理した調査研究等の事例は 少ない. また,上田(20095) の指摘にあるように,料金割引 施策(あるいは無料化社会実験)の便益評価においては, 社会的総余剰の変化を考慮する必要があり,高速道路会 社の料金収入減少が発生した場合には,マイナスの便益 として考慮することが必要である. 本研究では,小池他(20086) において構築された空 間的応用一般均衡分析モデル(RAEM-Light:ラーム・ ライト)を用いて,無料化社会実験による物流コストの 低下が地域の企業や消費者に波及することによる経済効 果(便益額)等を計測すると共に,無料化社会実験によ る高速道路会社の料金収入減収額が国民の税金から拠出 される枠組みを新たにモデル化し,無料化社会実験のコ スト支払いを考慮した上での経済効果について分析を行 った.

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高速道路無料化社会実験による経済効果の 空間的帰着状況分析

右近 崇1・小池 淳司2

1正会員 副主任研究員 三菱UFJリサーチ&コンサルティング(〒460-8621 名古屋市中区錦3-20-27) E-mail:[email protected]

2正会員 鳥取大学准教授 工学部社会開発システム工学科(〒680-8552 鳥取県鳥取市湖山町南4-101) E-mail:[email protected]

近年,交通施設整備による施設効果を分析する手法として,空間的応用一般均衡モデル等の経済均衡モ

デルを用いた事例が見られるが,これら分析の多くは,地域間の移動にかかる一般化費用を政策変数とす

るアプローチとなっている.本研究では,これらの経済均衡モデルの枠組みを活用し,高速道路無料化社

会実験による影響について,無料化社会実験による施策の費用負担構造を考慮した上で,便益の空間的帰

着状況について分析を行った. 具体的には,地域間の料金抵抗に係る交易額をもとに,無料化社会実験を含めた料金割引施策による高

速道路会社の料金収入減収額をモデルから内生的に算出し,これら減収額を料金割引施策の費用として人

頭税の形式で家計の所得制約から控除する枠組みをモデル化してシミュレーションを実施した.

Key Words :Economic Benefit,Toll-free highway trials,RAEM-Ligh,Spatial Computable General Equilibrium Model

1. はじめに 平成22年度高速道路無料化社会実験は,平成22年6月28日~平成23年3月末日まで約9ヶ月間,現金利用者を含

む全車種を対象に実施された.実験対象区間の延長は,

1,652 kmに達し,首都高,阪高を除く高速道路(有料)

全体供用に対する実験区間は約2割に匹敵する規模であ

る. 今回,無料化社会実験費用として約1,000億円の予算

を投じられており,これらの費用は,国民の税金から拠

出されることになる. <実験の趣旨1)> ・高速道路を徹底的に活用し,物流コスト・物価を引下

げ,地域経済を活性化させるため,高速道路を原則無

料化する ・全国の高速道路の約2割の区間で無料化社会実験を行

い,地域への経済効果,渋滞や環境への影響について

把握する このような高速道路無料化や料金割引施策の影響分析

に関しては,国土交通省の調査報告書2)をはじめ,無料

化に伴う二酸化炭素排出量変化等の検討を行った運輸調

査局資料3),国土交通省および環境省資料4)等,数多くの

分析・報告がなされているが,地域住民の視点に立ち,

地域が感じる経済的な効果を対象として,社会実験の趣

旨として掲げられている物流コスト・物価の引下げによ

る地域活性化効果,影響を整理した調査研究等の事例は

少ない. また,上田(2009)5)の指摘にあるように,料金割引

施策(あるいは無料化社会実験)の便益評価においては,

社会的総余剰の変化を考慮する必要があり,高速道路会

社の料金収入減少が発生した場合には,マイナスの便益

として考慮することが必要である. 本研究では,小池他(2008)6)において構築された空

間的応用一般均衡分析モデル(RAEM-Light:ラーム・

ライト)を用いて,無料化社会実験による物流コストの

低下が地域の企業や消費者に波及することによる経済効

果(便益額)等を計測すると共に,無料化社会実験によ

る高速道路会社の料金収入減収額が国民の税金から拠出

される枠組みを新たにモデル化し,無料化社会実験のコ

スト支払いを考慮した上での経済効果について分析を行

った.

2

2. 経済モデルの概略 分析に用いた経済モデルの体系を以下に示す. (1) 社会経済モデルと前提条件 分析に用いたRAEM-Lightは,社会経済に対して以下

の仮定を設ける. ① I 個に分割された空間を考える. ②各地域には,アクティビティベースのM 個の企業と

代表的家計が存在する. ③企業は,家計から供給される生産要素(労働・資本),

他の企業が生産した生産物を投入して,新たな財を生

産する. ④財市場および生産要素市場のうち資本市場は,生産要

素市場の労働市場は地域内で閉じている. ⑤生産される財により輸送費用が支払われるものとし,

アイスバーグ型の交通抵抗を用いる. ⑥経済は長期均衡状態にあるものとする.

資本市場資本市場

地域 i j地域

家計家計

財市場財市場

労働市場労働市場

企業企業 家計家計

財市場財市場

労働市場労働市場

企業企業

資本市場資本市場

地域 i j地域

家計家計

財市場財市場

労働市場労働市場

企業企業 家計家計

財市場財市場

労働市場労働市場

企業企業

図-1 社会経済モデルの概略 モデルの定式化においては,以下のサフィックスを導

入する. 地域: { }Ii ,,,,2,1 LL∈I , { }JjJ ,,,,2,1 LL∈ 財: { }Mm ,,,,2,1 LL∈M

(2) 企業の行動モデル 各地域には生産財ごとに1つの企業が存在することを

想定し,地域 i において財m を生産する企業の生産関

数をコブダグラス型で仮定すると以下のようになる.

( ) ( ) mi

mi m

imi

mi

mi KLAy αα −= 1 (1)

ただし, m

iy :生産量, miL :労働投入, m

iK :資本投

入, iN :地域人口, miα :分配パラメータ, m

iA :効

率パラメータ(全要素生産性)

生産に関する最適化問題は,以下のように生産技術制

約下での利潤最大化行動となる.

( ) ( ) mi

mi m

imi

mi

mi

mi

mii

mi

mi

KLAyts

rKLwyqαα −

=

−−1..

.max

(2)

ただし, iw :賃金率,r :資本レント, miq :生産者

価格

上式より,生産要素需要関数 miL , m

iK と生産者価格

miq が超過利潤ゼロの条件から平均費用として得られる.

mi

mi

i

mim

i yqw

L α=

(3)

mi

mi

mim

i yqr

K α−=

1 (4)

( ) ( )

( ) ( ) mi

mi

mi

mi

mi

mi

mi

i

iimiii

mi

A

rw

rwNCrwNq

αα

αα

αα−

−=

=

1

1

1

,,,,

(5)

ただし, miC :平均費用

(3) 家計の行動モデル 各地域には家計が存在し,自己の効用が最大になる

よう自地域と他地域からの財を消費するとする.このよ

うな家計行動が以下のような所得制約下での効用最大化

問題として定式化できる.

( )

=+−+

=

Mm

mi

mi

i

iii

Mm

mi

mi

Miiii

xpNIT

TTAX

TKrwlts

xxxxU

..

ln,,,max 21 βL

(6)

ただし, iU :効用関数, mix :財 m の消費水準,

miβ :消費の分配パラメータ( 1=∑

∈Mm

miβ ), m

ip :

消費者価格,K :資本保有量, il :一人当たりの労働

投入量( iMm

mii NLl ∑

= ), ∑∈

=Ii

iNT :地域人口

の合計, iIT :所得移転額,TAX :料金割引施策実施

によるコスト(モデルから算出される計算値)

以上より,消費財の需要関数 mix が得られる.

3

⎟⎟⎠

⎞⎜⎜⎝

⎛+−+=

i

iiim

i

mi

mi N

ITT

TAXTKrwl

px 1β

(7)

(4) 地域間交易モデル Harkerモデルに基づいて,各地域の需要者は消費者価

格(c.i.f.price)が最小となるような生産地の組み合わせ

を購入先として選ぶとする.地域 j に住む需要者が生

産地i を購入先として選択したとし,その誤差項がガン

ベル分布に従うと仮定すると,その選択確率は,次式の

Logitモデルで表現できる.

( ){ }[ ]( ){ }[ ]∑

++−

++−=

Ikjkjk

mi

mk

mmk

jijimi

mi

mmim

ij tgcqytgcqy

sψλψλ

1exp1exp

(8)

ただし, jic :m 財のものが地域 i から地域 j までの

移動にかかる有料道路料金, jit :m 財のものが地域iから地域 j までの移動にかかる地域間所要時間, g :

時間価値(時間換算係数)(円/分)・・・固定値, miλ ,

miψ :ロジットパラメータ

なお,時間価値に関して,本研究に用いた経済モデル

は,車種別に時間価値を取り扱える構造になっていない

ため,費用便益分析マニュアル7)に記載された乗用車

類・小型貨物車・大型貨物車の時間価値原単位の平均値

を算出し,平均化した時間価値52.62円/分を採用した. この選択確率を用いることで財m が地域 i から地域

j へ供給される地域間交易量は次のように表される.

{ } mij

mjj

mij sxNz =

(9)

ただし, m

ijz :地域間の財の交易量

また,消費者価格は次の式を満たしている.

( ){ }∑∈

++=Ii

jijimi

mi

mji

mj tgcqsp ψ1

(10) (5) 料金割引施策による費用の算定 家計の行動モデルで記載したTAX は,高速道路の料

金割引施策による高速道路会社の料金収入減収額を示し

ており,この減収額は,議論の簡単化のため,税制度自

体が経済厚生に影響を与えない種類の人頭税の形式で家

計の所得に転嫁させる設定でモデル化する.これにより,

料金割引施策による費用負担を考慮した経済効果(便益

額)等の評価が可能となる.

本研究では,次式のように無料化する前と無料化した

後の地域間の一般化費用の有料道路料金部分の交易額の

差分により,無料化社会実験による費用を内生的に算定

する.

( )

( )∑ ∑∑

∑∑ ∑

∈ ∈ ∈

∈ ∈ ∈

+−

+=

Mm Ii Jj

mjiji

mi

mi

mji

Mm Ii Jj

mjiji

mi

mi

mji

zcps

zcpsTAX

1111

0000

1

1

ψ

ψ (11)

ただし, mijs , m

ip , ijc および mijz に付随する0,1のサ

フィックスは,それぞれ,無料化する前と無料化した後

の状態を示す. (6) 市場均衡条件 本経済モデルでは,以下の市場均衡条件が成立する. <労働市場>

iMm

mi LL =∑

∈ (12) <経常収支均衡>

KrrKIi Mm

mi =∑∑

∈ ∈ (13) <財市場(需要)>

∑∈

=Ii

mji

mjj zxN

(14) <財市場(供給)>

( ){ }∑∈

++=Jj

mjijiji

mi

mi ztgcy ψ1

(15)

(7) 便益定義 本モデルでは施策の効果を計測する指標として経済的

効果を等価変分(EV:Equivalent Variation)を用いて以下の

ように定義した.

( ) ⎟⎟⎠

⎞⎜⎜⎝

⎛ −+= 0

01

000

i

ii

U

UU

iiii

eeerKLwEV

(16)

ただし, 1,0 :無料化社会実験有り無しを表すサフィッ

クス (0 :without,1:with)

3. モデルの設定条件

(1) 対象地域・ゾーニングの設定

本研究が対象とする地域は,日本全国とし,ゾーニ

ングの設定は,全国幹線旅客純流動調査8)の207生活圏と

した.

4

図-2 207生活圏のゾーニング

8)

(2) 基準データの設定

基準データとして表-1に示す総生産,労働・資本投入

量,人口分布,地域間所要時間・地域間有料道路料金を

用いた.本研究で用いる経済モデルの企業の生産関数の

分配パラメータおよび効率パラメータ,家計の財消費の

需要関数における分配パラメータについては,基準均衡

データをもとにキャリブレーションにより決定した.

表-1 基準データ 基準データ 出典

総生産 平成 19 年県民経済計算9)の経済活動

別総生産をコントロールトータルとして,適宜,案分指標を用いて産業分類,207生活圏単位で整理.

労働・資本投入量 平成 17年産業連関表10)の労働・資本

比率を上記総生産に乗じて算出.

人口分布 平成 17年国勢調査11)

地域間所要時間, 地域間有料道路料金

全国を市町村単位にゾーニングし,平成 22 年度のネットワークをもとに,分割配分を行い地域間の平均的な所要時間,有料道路料金を算出.

また,産業分類は,表-2に示す7産業とした.

表-2 産業分類

Ind1 農林水産業 Ind5 その他第2次産業Ind2 基礎素材型製造業 Ind6 小売・対個人サービス業Ind3 加工組立型製造業 Ind7 その他サービス業Ind4 生活関連型・その他製造業

また,地域間交易モデルにおけるパラメータについて

は,グリッドサーチにより全国一律に推定した.なお,

パラメータ推定にあたり用いた流動データは,平成17年道路交通センサス12)OD交通量データ(貨物車)を用い

た.グリッドサーチ手法により推定した結果を表-3に示

す. なお,「その他2次産業」については,建設業を主体

とする産業分類担っているため,産業連関表に基づく定

義より,地域間交易は無いと仮定した.また,第3次産

業系の「小売・対個人サービス業」,「その他サービス

業」については,交易の具体的な統計データの制約から,

本研究では,地域内交易のみと仮定し,地域間交易は行

わないと設定した.

表-3 ロジットパラメータ推定結果 λ φ

Ind1 農林水産業 7.62 0.1207Ind2 基礎素材型製造業 9.30 0.1590Ind3 加工組立型製造業 11.65 0.1335Ind4 生活関連型・その他製造業 10.25 0.1286

産業分類

(3) 現況再現性の確認

モデルで推計された総生産の数値と,基準データとし

て用いた総生産の数値を比較し,現況再現性の確認を行

った.

表-4 現況再現性の状況

相関係数 決定係数Ind1 農林水産業 0.9951 0.9902Ind2 基礎素材型製造業 0.9958 0.9917Ind3 加工組立型製造業 0.9993 0.9985Ind4 生活関連型・その他製造業 0.9962 0.9924Ind5 その他第2次産業 0.9994 0.9989Ind6 小売・対個人サービス業 0.9998 0.9996Ind7 その他サービス業 0.9998 0.9997

産業分類

4. 政策変数の設定

本研究で用いる経済モデルでは,前述の定式化のとお

り,地域間所要時間と地域間有料道路料金の両方を取り

扱い,一般化費用という形で交通抵抗を定義しているが,

シミュレーションにおいては,無料化社会実験の影響と

して,地域間の有料道路料金のみに限定したものとなっ

ている.すなわち,無料化社会実験によって地域間の所

要時間には変化が無いと仮定している. 以下に,本分析における無料化社会実験による地域間

有料道路料金の設定方法を示す. <設定における前提条件> ①無料化実験区間と生活圏の位置を照らし合わせ,無料

化社会実験による影響は,無料化実験区間がある生活

圏および無料化実験区間の延長線上に位置する生活圏

間に限るものとする.

5

②生活圏を跨ぐように無料化実験区間が設定されている

地域間ODの料金は無料とする. ③無料化路線と有料路線の両方を利用する地域間ODの料金は,セントロイド間の無料化実験区間と有料区間

の距離で料金を按分することにより設定する. ④地域内の全てが無料化実験区間となっている生活圏の

内々の料金は無料とする.

図-3 平成22年度無料化社会実験 対象区間

1)

有料区間

実験区間

従来からの無料区間

【地域1】

【地域2】

【地域3】

【地域4】

a kmb km

c km

d km

<無料化前の料金表> <無料化後の料金表>

04

IH3

GFE2

DCBA1

4321発\着

04

IH3

GFE2

DCBA1

4321発\着

0:ゼロを示す。

04

003

G’F’E’2

D’C’B’A1

4321発\着

04

003

G’F’E’2

D’C’B’A1

4321発\着

0:ゼロを示す。

<路線区間距離に応じた無料化前後の料金設定算定式>

cbabaBB++

+×=′

dcbabaCC+++

+×=′

dcbabaDD+++

+×=′

cbbEE+

×=′

dcbbFF++

×=′ dcb

bGG++

×=′

図-4 無料化社会実験による地域間有料道路料金変化の設定方

法の概念図

5. シミュレーション結果

本研究にて構築した経済モデルでは,無料化社会実験

実施による料金収入減収額を内生的に決定し,料金収入

減収額は国民に対する税金から拠出する枠組みを提示し

ている.

シミュレーションにおいては,構築したモデルの特徴

を生かして,以下に示す2つのパターンのシミュレーシ

ョンを行い,無料化社会実験による経済効果の帰着状況

の違いについて考察を行った.

ケース1:無料化社会実験の費用を家計の所得に転嫁さ

せないケース

ケース2:無料化社会実験の費用を家計の所得に人頭税

として転嫁させるケース

(1) ケース1のシミュレーション結果

本節では,無料化社会実験の費用を家計の所得に転嫁

させない,ケース1の結果を示す. 便益は全国合計で約1,200億円/年と推計された.平

成17年国勢調査人口をもとに,人口1人あたりの便益額

で評価すると,約940円/人年となる. 以下に207生活圏別に便益の帰着状況を地図上に塗り

分けた結果を図-5に示す.これを見ると,神奈川県や岡

山県の生活圏における便益が極めて高くなっている他,

無料化区間の沿線近くの生活圏で便益が発現している状

況を確認できる.

(億円/年)

100 50 10 0-10

図-5 207生活圏別帰着便益の状況(ケース1)

6

次に,人口1人あたりの便益について,地図上に塗り

分けた結果を図-6に示す.これをみると,秋田県の秋田

臨海,雄物川流域,神奈川県の小田原,三重県の中南勢,

伊勢志摩,京都府の北部,島根県の益田など地方部にお

いて,10,000円/人以上の大きな効果が帰着しており,

その他の都道府県においても,地方部において効果が顕

在化している状況が確認できる. ただし,北海道の富良野においては,人口1人あたり

便益が比較的大きな帯広,岩見沢,苫小牧に挟まれる形

でマイナスに転じている.

(円/人)

10,000 5,000 1,000 0-1,000

図-6 207生活圏別人口1人あたり帰着便益の状況(ケース1)

(2) ケース2のシミュレーション結果

本節では,無料化社会実験の費用を家計の所得に人頭

税として転嫁させる,ケース2の結果を示す. 便益は全国合計で約440億円/年と推計された.平成

17年国勢調査人口をもとに,人口1人あたりの便益額で

評価すると,約346円/人年となる. 207生活圏別に便益の帰着状況を地図上に塗り分けた

結果を図-7に示す.これを見ると,ケース1と同様に神

奈川県や岡山県の生活圏における便益が極めて高くなっ

ているが,無料化社会実験のコスト負担を人頭税の形式

で考慮しているため,北海道の札幌,首都圏の生活圏,

愛知県,大阪府等,大都市圏においてはマイナスの便益

が目立つ形となっている.その他にも,ケース1では,

プラスになっていた地方部においても,プラスの効果が

明確に現れない生活圏も存在する.

(億円/年)

100 50 10 0-10

図-7 207生活圏別帰着便益の状況(ケース2)

次に,ケース2について,人口1人あたりの便益につ

いて,地図上に塗り分けた結果を図-8を示す. 人口1人あたりにすると,大都市圏におけるマイナス

の便益はあまり目立たない状況になっているが,北海道

の留萌,富良野,山梨県の峡北,富山県の高岡,宮崎県

の小林・西諸県など,無料化区間沿線ではない地方部の

生活圏においてマイナスの影響を被っている.

(円/人)

10,000 5,000 1,000 0-1,000

図-8 207生活圏別人口1人あたり帰着便益の状況(ケース2)

7

(3) シミュレーション結果のまとめ

RAEM-Lightを用いて,無料化社会実験による経済効

果の帰着状況についてシミュレーションを行った結果,

無料化実験区間を含む地方部においてプラスの便益が帰

着する傾向にあり,無料化実験区間の沿線ではない地方

部の周辺地域では,マイナスの影響を被る可能性がある

ことが示された. ケース1とケース2の帰着便益の違いに見られるよう

に,無料化社会実験に伴う費用負担を考慮した場合には,

大都市圏から地方部への所得移転の状況になっているこ

とが確認できる.図-9に整理したように,生活圏を地方

整備局ブロック別に集約した結果をみても,今回の無料

化社会実験において,関東,中部,近畿などが,東北,

中国などの便益を下支えしている状況がわかる.

66

201

393

-1

86 81

223

16

124

14

-29-8

-48-8

446

33

177

131143

-100

-50

0

50

100

150

200

250

300

350

400

北海道 東北 関東 北陸 中部 近畿 中国 四国 九州 沖縄

ケース1

ケース2

【億円/年】

約1,200億円/年約 440億円/年

便益の全国計

図-9 地方整備局ブロック別便益の比較

今回のシミュレーションにおいて,経済モデルから計

算される無料化社会実験による費用は,約760億円/年

と計算され,国民の人口1人あたりで捉えると,約600円/人年の負担額に相当する.一方で,平成22年度の無料

化社会実験による予算額は約9ヶ月間で1,000億円,12ヶ月換算の単純計算では,約1,300億円の規模に達すると

見込まれる. 本研究では,無料化社会実験による地域間有料道路料

金の変化は,無料化路線沿線の周辺地域のみに限定して

現れると設定しているため,便益額等の絶対額の大きさ

を把握する上では,やや過小となっている可能性がある

ことに留意する必要がある.

しかしながら,平成22年度無料化社会実験は,国民1

人あたり約780円/人(予算額約1,000億円÷人口総数)

の費用負担感によって,大都市圏(関東・中部・近畿ブ

ロック等)から地方部(東北・中国ブロック等)への所

得移転施策の役割を担っていると考えられる.

ただし,無料化実験区間の沿線ではない地方部では,

無料化社会実験によって大きなマイナスの影響を被る可

能性があることから,フォローとなる対策・措置を別途

行っていく必要があると考えられる.

6. おわりに

本研究では,空間的応用一般均衡分析モデルの1つで

あるRAEM-Lightを用いて,高速道路無料化社会実験の

経済効果についてシミュレーションを実施した. 経済均衡モデルの結果は,高速道路の無料化が浸透し

た長期均衡状態を想定したものと解釈できるが,実際の

企業活動においては,期間限定的な社会実験では直ちに

輸送ルートや取引先を変更することが困難な状況も想定

される.そのため,今回の経済均衡モデルのシミュレー

ション結果と,即時的な現象面の事象変化の傾向が完全

に同調しない可能性がある.

また,政策変数の設定方法の制約から,便益額等の絶

対値に関してはやや過小評価となっている可能性がある

ことにも留意する必要がある. しかしながら,無料化社会実験による地域別帰着便益

の分布傾向や,社会実験の費用負担を考慮することによ

る便益を享受する地域分布の違い等から,有用な情報を

得ることができた.

本研究で構築した経済均衡モデルは,高速道路料金割

引施策の経済的な影響について,多様なケース設定のも

とで,事前にシミュレートすることが可能となり,様々

な料金割引施策による効果の大きさ・影響の質,影響の

範囲,割引施策と同時に対応すべきフォーロー対策・措

置の必要性などを検討する上で,有益な情報を与えるツ

ールになると考えられる.

謝辞:本研究を進める上で,RAEM-Light 協議会に出席

いただいた研究者の方々から,貴重なコメントやアドバ

イスを頂いた.ここに記して感謝する.

付録

以下に,総生産の実績値をX軸にとり,経済モデルの

推計値の総生産をY軸にとった散布図を産業分類別に示

す.

0

20

40

60

80

100

120

140

0 20 40 60 80 100 120 140

総生産 実績値(十億円)

総生産 推計値

(

十億円

)

農林水産業

8

0

500

1,000

1,500

2,000

2,500

0 500 1,000 1,500 2,000 2,500

総生産 実績値(十億円)

総生産 推計値

(

十億円

)

基礎素材型

0

1,000

2,000

3,000

4,000

5,000

6,000

7,000

8,000

0 1,000 2,000 3,000 4,000 5,000 6,000 7,000 8,000

総生産 実績値(十億円)

総生産 推計値

(

十億円

)

加工組立型

0

200

400

600

800

1,000

1,200

1,400

1,600

1,800

2,000

0 200 400 600 800 1,000 1,200 1,400 1,600 1,800 2,000

総生産 実績値(十億円)

総生産 推計値

(

十億円

)

生活関連型・その他

0

500

1,000

1,500

2,000

2,500

3,000

3,500

0 500 1,000 1,500 2,000 2,500 3,000 3,500

総生産 実績値(十億円)

総生産 推計値

(

十億円

)

その他第2次産業

0

2,000

4,000

6,000

8,000

10,000

12,000

0 2,000 4,000 6,000 8,000 10,000 12,000

総生産 実績値(十億円)

総生産 推計値

(

十億円

)

小売・対個人サービス

0

10,000

20,000

30,000

40,000

50,000

60,000

70,000

0 10,000 20,000 30,000 40,000 50,000 60,000 70,000

総生産 実績値(十億円)

総生産 推計値

(

十億円

)

その他サービス業

参考文献

1)国土交通省:平成 22 年度高速道路無料化社会実験について

(平成 22年 6月 15日),2010. 2)国土交通省国土技術政策総合研究所:平成 19 年度高速道路

料金割引社会実験効果推計調査検討業務報告書および 10 割

引(無料)補足資料,2008. 3)財団法人運輸調査局:高速道路の料金引き下げに関する影響

調査について,2010. 4)国土交通省・環境省:平成 22 年度高速道路無料化社会実験

による CO2排出量の検討について(平成 22年 5月 7日),

2010. 5)上田孝行:高速道路料金変更政策の費用便益分析,運輸政策

研究Vol.12 No.3 Autumn,2009. 6)小池淳司・佐藤啓輔・川本信秀:便益帰着便益分析による道

路ネットワーク評価~応用一般均衡分析モデル「RAEM-Light」による実務的アプローチ~,第 37 回土木計画学研究

発表会,2008. 7)国土交通省道路局 都市・地域整備局:費用便益分析マニュア

ル 平成 20年 11月,pp.7,2008. 8) 国土交通省政策統括官:第 4 回(2005 年)全国幹線旅客純流動

調査,2007. 9)内閣府:平成 19年度県民経済計算,2010. 10)総務省:平成 17年産業連関表,2009. 11)総務省:平成 17年国勢調査,2006. 12)国土交通省:平成 17年度道路交通センサス,2006.