強誘電性高分子を用いた圧力センサのヘルスケア応用(VDF-TrFE)をベースとする圧力センサを用いた脈拍計測...

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10 Journal of the society of photography and imaging of japan, vol82, p10-12(2019) 1.まえがき 有機エレクトロニクスは,有機半導体や導電性高分子など をはじめとする有機物で構成される電子デバイスを指す.ま た,印刷法を用いて作製するプリンテッド有機エレクトロニ クスは,種々の印刷プロセスを用いてエレクトロニクスを形 成する技術を指し,低コストで大面積な電子デバイスを作製 できる 1, 2) .これらは,IoT(Internet of Things)やヘルス ケア分野などへの応用を指向して近年注目されている.その 具体的な例として,論理回路や無線通信によって情報交換が できる RFID タグ,ヘルスケア応用を指向した圧力センサな どがあり,多岐に渡っている 3-5) ここで,有機エレクトロニクスにおける圧力センサを実現 できる材料に着目した場合,その一例として Polyvinylidene difluoride(PVDF)や PVDF とトリフルオロエチレンとの 共重合体 P(VDF-TrFE)がある.これらは,強誘電性を示 す高分子材料であり,高感度なセンサを作製可能である. PVDF はフィルム化したものを延伸して配向させ電界を印 加することで圧電センサとして用いることができ,電極層を 形成することで大面積なセンサシートとしても応用すること ができる.また,P(VDF-TrFE)は任意の極性溶媒に溶解(イ ンク化)可能であるため各種印刷法に高い親和性を示す 6) 強誘電性とは,外部電場 E が 0 でも自発分極 P s が分子内に 存在し,E の符号を反転させることで P s の符号も同じく反 転するものを指す.また,この場合の分極を電場に対してプ ロットしたものを P-E 履歴曲線,またはヒステリシス曲線 と呼ぶ.Fig. 1 にこれら PVDF 系高分子材料の構造と一般 的なヒステリシス曲線を示した.また,薄膜形成後に外部電 場 E を印加しヒステリシス曲線を取得することで(これを ポーリング処理という),微小な外部応力(たとえば垂直圧 力や曲げ応力など)に対しても電源レスで電圧を発生するた めセンサとして用いることができるのである.上記のセンサ 以外の応用開発も盛んに行われており,一例として赤外線セ ンサや超音波トランスデューサー,メモリデバイスなど多岐 に渡っている 7-9) 本稿では,筆者らがこれまで取り組んできた強誘電性高分 子を用いた圧力センサについて,その基礎特性とヘルスケア への応用展開について紹介する. 2. 強誘電性高分子を用いたフレキシブルな圧力セン PVDF,および P(VDF-TrFE)を用いてフレキシブル圧 力センサを作製し,その強誘電特性と印加圧力に対する応答 感度を評価した.ここでは,P(VDF-TrFE)を用い,その上・ 下を電極でサンドイッチしたキャパシタ構造を示す(Fig. 2a).P(VDF-TrFE)の薄膜と電極とも印刷法で作製した. この圧力センサに,外部電界 E を±100 MV m -1 印加しヒ ステリシス曲線を取得した.Fig. 2(b)には垂直応力に対 する応答特性を示した.本センサはおける電圧は,圧力を印 加したときに発生し,その圧力を保持しているときは電圧が 消失するものである.これは外部応力に対して強誘電性高分 子から発生する電圧は,印加された応力の 1 階時間微分値に 比例するという特徴に由来している.また,圧力に対する応 平成 31 年 1 月 10 日受付・受理 Received and accepted 10th, January 2019 山形大学 有機エレクトロニクス研究センター(ROEL) Yamagata University, Research Center for Organic Electronics 特 集:第 6 回アンビエント技術セミナー  解 説 強誘電性高分子を用いた圧力センサのヘルスケア応用 Application of Pressure Sensors using Ferroelectric Polymer for Healthcare 関 根 智 仁・熊 木 大 介・時 任 静 士 Tomohito Sekine, Daisuke kumaki, Shizuo TokiTo (a) (b) PVDF P(VDF-TrFE) Hydrogen Carbon Fluorine Fig. 1 強誘電性高分子の構造と強誘電特性.(a)分子構造 .(b)外 部電場 E 印加時のヒステリシス曲線.

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Journal of the society of photography and imaging of japan, vol82, p10-12(2019)

1.まえがき

有機エレクトロニクスは,有機半導体や導電性高分子などをはじめとする有機物で構成される電子デバイスを指す.また,印刷法を用いて作製するプリンテッド有機エレクトロニクスは,種々の印刷プロセスを用いてエレクトロニクスを形成する技術を指し,低コストで大面積な電子デバイスを作製できる 1, 2).これらは,IoT(Internet of Things)やヘルスケア分野などへの応用を指向して近年注目されている.その具体的な例として,論理回路や無線通信によって情報交換ができる RFID タグ,ヘルスケア応用を指向した圧力センサなどがあり,多岐に渡っている 3-5).

ここで,有機エレクトロニクスにおける圧力センサを実現できる材料に着目した場合,その一例として Polyvinylidene difluoride(PVDF)や PVDF とトリフルオロエチレンとの共重合体 P(VDF-TrFE)がある.これらは,強誘電性を示す高分子材料であり,高感度なセンサを作製可能である.PVDF はフィルム化したものを延伸して配向させ電界を印加することで圧電センサとして用いることができ,電極層を形成することで大面積なセンサシートとしても応用することができる.また,P(VDF-TrFE)は任意の極性溶媒に溶解(インク化)可能であるため各種印刷法に高い親和性を示す 6).強誘電性とは,外部電場 E が 0 でも自発分極 Ps が分子内に存在し,E の符号を反転させることで Ps の符号も同じく反転するものを指す.また,この場合の分極を電場に対してプロットしたものを P-E 履歴曲線,またはヒステリシス曲線と呼ぶ.Fig. 1 にこれら PVDF 系高分子材料の構造と一般的なヒステリシス曲線を示した.また,薄膜形成後に外部電場 E を印加しヒステリシス曲線を取得することで(これをポーリング処理という),微小な外部応力(たとえば垂直圧力や曲げ応力など)に対しても電源レスで電圧を発生するためセンサとして用いることができるのである.上記のセンサ以外の応用開発も盛んに行われており,一例として赤外線セ

ンサや超音波トランスデューサー,メモリデバイスなど多岐に渡っている 7-9).

本稿では,筆者らがこれまで取り組んできた強誘電性高分子を用いた圧力センサについて,その基礎特性とヘルスケアへの応用展開について紹介する.

2. 強誘電性高分子を用いたフレキシブルな圧力センサ

PVDF,および P(VDF-TrFE)を用いてフレキシブル圧力センサを作製し,その強誘電特性と印加圧力に対する応答感度を評価した.ここでは,P(VDF-TrFE)を用い,その上・下を電極でサンドイッチしたキャパシタ構造を示す(Fig. 2a).P(VDF-TrFE)の薄膜と電極とも印刷法で作製した.この圧力センサに,外部電界 E を±100 MV m-1 印加しヒステリシス曲線を取得した.Fig. 2(b)には垂直応力に対する応答特性を示した.本センサはおける電圧は,圧力を印加したときに発生し,その圧力を保持しているときは電圧が消失するものである.これは外部応力に対して強誘電性高分子から発生する電圧は,印加された応力の 1 階時間微分値に比例するという特徴に由来している.また,圧力に対する応

平成 31 年 1 月 10 日受付・受理 Received and accepted 10th, January 2019山形大学 有機エレクトロニクス研究センター(ROEL)Yamagata University, Research Center for Organic Electronics

特 集:第 6回アンビエント技術セミナー  解 説

強誘電性高分子を用いた圧力センサのヘルスケア応用

Application of Pressure Sensors using Ferroelectric Polymer for Healthcare

関 根 智 仁・熊 木 大 介・時 任 静 士

Tomohito Sekine, Daisuke kumaki, Shizuo TokiTo

(a) (b)

PVDF

P(VDF-TrFE)

Hydrogen Carbon Fluorine

Fig. 1  強誘電性高分子の構造と強誘電特性.(a)分子構造 .(b)外部電場 E 印加時のヒステリシス曲線.

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関根智仁・熊木大介・時任静士  強誘電性高分子を用いた圧力センサのヘルスケア応用 11

答特性も非常に高感度であり,10 kPa という微小圧力に対しても 1 mV 程度の電圧を発生することが明らかになった

(Fig. 2c).これらの発生電圧から見積もった圧電 d 定数(d33)は 20.4 pC N-1 であり,フレキシブルなセンサにおいても理論値と比較してもほぼ同等の値を示すことが明らかになっている.

3. 圧力センサの大面積化とベッドセンサ応用

ここでは,PVDF フィルムを用いた高感度圧力センサを大面積化し,シート型のベッドセンサとして応用した例について紹介する.Fig. 3 に開発したベッドセンサシートの構造と設置例を示した.計測原理は,後述するウェアラブルデバイスと同じで,ベッド上の人の胸部下の部分にセンサシートを設置して計測することで,脈拍や呼吸運動の振動を検出してデータ出力するセンサである.微弱な脈拍振動でも制御回路で信号処理することで,マットレス下に設置しても計測することができるようになっている.センサシートのサイズは幅 15 cm ×長さ 70 cm 程度で,厚さは外装フィルムまで含めて 0.5 mm 程度であり非常に薄く,フィルム状でしなやかであるため機械的強度も高い.

この,ベッドセンサで得られる脈拍信号と呼吸信号の精度

を,既存の心電計とバンドタイプの呼吸センサと比較を行った結果について説明する.Fig. 4 は装置の設置状態を示している.マットレス上(ベットパット下)の胸部下部分に開発したセンサシートを設置した.センサシートは,専用に作製した制御回路を経由して,ADInstruments 社製の Power-Lab(PL3508)に接続した.右手と両足に心電計測用の電極を装着し,ECG 用バイオアンプを経由して,同じく Power-Lab に接続した.胸回りに呼吸モニタ用のバンドセンサ

(MLT1132)を装着して,同じく PowerLab に接続した.ベッドに寝た状態で,開発ベッドセンサと心電計,呼吸センサを用いて,成人男性の脈波と呼吸を同時計測した.

Fig. 5(a)に心電計から得られた心電図:ECG と,ベッドセンサから得られた心弾道図:BCG(脈波に相当)を比較したグラフを示した.心電図のピークと心弾道図のピークの時間差は,この測定においては約 0.15 s 程度であった.Fig. 5(b)に,計測された心電図と心弾道図から 1 分間の脈拍数の変化を算出してグラフ化した結果を示した.脈拍数は心電図,心弾道図それぞれのピーク間隔時間から算出した.結果を見ると,心電図から算出された脈拍数と心弾道図から算出された脈拍数の変化がほぼ一致しており,高い精度で脈波が検出できていることが確認できた.Fig. 5(c)は,バンドセンサから得られた呼吸信号と,ベッドセンサから得られた呼吸信号を比較したグラフを示している.こちらも呼吸信号はほぼ一致しており,ベッドセンサで呼吸信号が精度よく計測できていることが確認された.今後は,実証試験を進め,介護・医療分野でのセンサシートの実用化を進める.

4. 印刷型圧力センサのウェアラブルデバイス応用

次に,P(VDF-TrFE)を用いて印刷法で高感度圧力センサを作製し,ウェアラブルデバイスへと応用した.特にヘルスケアに着目したときの,ヒトの生体情報の一つである脈拍

封止膜

(a)

P(VDF-TrFE)層

上部電極

下部電極フィルム基板

5 mm

感圧部

配線

離上

印加圧力:60 kPa

圧力印加

0Time (s)

5 10

0

10

-10Out

put v

olta

ge (m

V)

0 5 10-1

-0.5

0

0.5

1

Time (s)

Out

put

volta

ge (

V)

(b) (c)

Out

put v

olta

ge (m

V) 10

02468

0 20 40 60 80 100Pressure (kPa)

Fig. 2  P(VDF-TrFE)を用いた圧力センサの圧力に対する応答特性.センサの外観と断面構造.(b)応力印加時の発生電圧.(c)印加圧力と発生電圧の関係.

Fig. 3  (a)ベッドセンサ写真,(b)ベッドセンサ設置例,(a)センサシートの計測原理図,(a)ベッドセンサの計測状態図

Fig. 4 (a)センサシートの設置状態,(b)既存センサの装着図

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日本写真学会誌 82 巻 1 号(2019 年,平 31)12

信号を常時計測することを目的とした.本稿では,印刷型 P(VDF-TrFE)をベースとする圧力センサを用いた脈拍計測デバイスを作製し,ウェアラブルな状態での脈拍信号検出を行った結果について紹介する.

Fig. 6(a),(b)に印刷型圧力センサ,および通信モジュール(Bluetooth®)を組み合わせた無線通信可能な脈拍計測デバイスを示す 10).本デバイスはヒトの手首などに貼り付けることでウェアラブル状態で脈拍信号を計測することが可能であり,計測信号をスマートフォンなどに送信できる.また,圧力センサと通信モジュールの間には信号増幅回路を実装することで,より正確に微小圧力を計測することができる.バッテリーは薄膜リチウム電池を使用した.なお,本デバイスの信号のサンプリングレートは 10 msec である.

Fig. 6(c),(d)に本デバイスを用いてウェアラブル状態で取得した脈拍信号を示す.血管の動きに相当する圧力変化の信号を取得することに成功した.さらに,得られた信号から算出したシグナルレートは 65 min-1 であった.これは,被験者の心拍数と一致していることから本デバイスを用いたウェアラブルなヘルスケアデバイスへの応用に成功したといえる.ここでは,脈拍信号から得られた心拍数を中心に紹介したが,更なる発展として血圧や動脈硬化度などの推定を行うことができるデバイスの構築が期待できる.

Fig. 5  (a)心電図(心電計)と心弾道図(ベッドセンサ)の比較,(b)心電図と心弾道図から算出された 1 分間の脈拍数変化,(c)呼吸信号の比較

5. むすび

本稿では,PVDF,および P(VDF-TrFE)を用いた印刷型圧力センサの基礎特性と,それらの応用デバイスについて紹介した.特に,高感度なセンサを作製することでヒトの身体情報を正確に取得できるヘルスケアデバイスへの応用が期待できることを示した.今回紹介したデバイス以外にも印刷法で作製するセンサ用信号増幅回路も開発しており,プリンテッド圧力センサの実現に向け,さらなる研究開発の加速が期待される.

謝 辞本研究の一部は国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)

の革新的イノベーション創出プログラム(COI)の支援を受けて行われました.また,研究の遂行にあたり株式会社ARKEMA の 宮 保 淳 氏,Fabrice Domingues Dos Suntos 氏には有益な助言を賜りました.厚く御礼申し上げます.

参 考 文 献

1) J. Shintake et al., Advanced. Materials.1707035(2018).2) 次世代プリンテッドエレクトロニクス技術 , CMC 出版(2017).3) J. Byun et a., Sci. Robot., 3, eaas9020(2018).4) K. Chen et al., Adv. Mater., 28, 4397(2018).5) J. Kwon et al., Nat. Commun., 10, 54(2019)6) T. Sekine et al., Jpn. J. Appl. Phys., 55, 10TA18(2016).7) P. C. A. Hammers et al., Sensors and Actuators A, 32, 396

(1992).8) F. S. Foster et al., IEEE Transactions on Ultrasonics, Ferro-

electrics, and Frequency Control, 47, 1363(2000).9) R. Sugano et al., Jpn. J. Appl. Phys., 55, 10TA04(2016).10) T. Sekine et al., Sci. Rep., 8, 4442(2018).

Fig. 6  ウェアラブル脈拍計測デバイス.(a)デバイス外観.(b)デバイス回路.(c)ウェアラブル状態における脈拍のリアルタイム計測.(d)計測した脈拍信号.