間質性肺炎と間質性腎炎を合併しステロイド治療が 奏効した … ·...

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症候群は慢性のリンパ球浸潤を特徴とする自己 免疫疾患で 涙腺および唾液腺などの外分泌機能異常のた 分泌の減少(乾燥症候群)を特徴とする疾患である。通 常は外分泌腺の異常であるが しばしば腺組織以外にも病 変がみられ 代表的なものに間質性肺炎 間質性腎炎 節炎 中枢神経症状などがあり これらを腺外症状とい う。間質性肺炎 間質性腎炎といった腺外症状の合併はし ばしば報告されているが 同時期に両者の合併は稀であ 東京慈恵会医科大学腎臓・高血圧内科 (平成 日受理) 日腎会誌 (): - 間質性肺炎と間質性腎炎を合併しステロイド治療が 奏効したシェーグレン症候群の 川本進也 一之瀬方由利 伊藤順子 高橋 川村哲也 細谷龍男 - - - - γ ( / ) (- / ) ( / ) / - - ( / ) β- ) ( ) - - β - - -

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緒 言

症候群は慢性のリンパ球浸潤を特徴とする自己

免疫疾患で 涙腺および唾液腺などの外分泌機能異常のた

め 分泌の減少(乾燥症候群)を特徴とする疾患である。通

常は外分泌腺の異常であるが しばしば腺組織以外にも病

変がみられ 代表的なものに間質性肺炎 間質性腎炎 関

節炎 中枢神経症状などがあり これらを腺外症状とい

う。間質性肺炎 間質性腎炎といった腺外症状の合併はし

ばしば報告されているが 同時期に両者の合併は稀であ

東京慈恵会医科大学腎臓・高血圧内科 (平成 年 月 日受理)

日腎会誌 ; (): -

症 例

間質性肺炎と間質性腎炎を合併しステロイド治療が奏効したシェーグレン症候群の 例

川 本 進 也 一之瀬方由利 伊 藤 順 子 高 橋 創

川 村 哲 也 細 谷 龍 男

- - --

γ

( / ) ( -/ ) ( / ) / -

- ( / ) β- (β )

( )

-- β

--

; : -

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り さらにステロイドパルス療法が両者のいずれにも奏効

した症例を経験したので報告する。

症 例

患 者: 歳 男性

主 訴:労作時息切れ

既往歴: 代後半より高血圧 平成 年脳梗塞 平成

年大腸ポリープ

家族歴:父;高血圧 母;胃癌 弟;大腸癌

現病歴:平成 年頃より高血圧 糖尿病を指摘され他

院に通院していた。平成 年春頃より労作時息切れを自

覚し 腎機能障害も徐々に進行。平成 年 月胸部異常

陰影 高γグロブリン血症 腎機能障害の増悪を認めた

ため精査目的に当院呼吸器内科を紹介受診した。胸部

線検査にて両側下肺野にスリガラス状陰影を認め

貧血 腎機能障害も認めたため 精査目的に同年 月同内

科に入院した。

入院時現症:身長 体重 血圧 /

体温 ° 脈拍 /分 整 意識清明 顔面発

赤認めず 眼瞼結膜貧血様 表在リンパ節触知せず 胸部

聴診所見上両下肺野に 聴取 心雑音なし 腹

部理学所見上肝脾触知せず 両下腿に脛骨前浮腫を認め

た。

入院時検査所見( ):末梢血では / と

著明な貧血 赤沈の亢進・ 陽性と炎症所見 および

/ / と腎機能障害を認めた。ま

た 空腹時血糖( )は / と高値であったが

は と糖尿病のコントロールはそれほど悪くは

なかった。尿所見では蛋白 +で /日 潜血 +

/分で尿中βミクログロブリン(β )は

μ/日と高値であった。しかし血清 / 尿中

排泄量 /日といずれも正常範囲であった。免疫

血清では - の高値および 抗 - の陽

性を認めたが抗 - は陰性で -

クリオグロブリンはいずれも陰性であった。

入院後経過:呼吸器内科で胸部異常陰影の精査を行った

ところ 胸部 上両下肺優位にびまん性に網状陰影を認

め 縦隔に反応性小リンパ節を認めたが

は呈していなかった( )。また シンチでは両肺

にびまん性の集積増強を認めたが 腎臓 唾液腺への集積

は認めなかった( )。呼吸機能検査では

と拘束性の換気障害 拡散能の障害を

認めた。 での血液ガス所見は

/ -

/ で軽度の低酸素血症を呈していた

が アシドーシスは呈していなかった。気管支肺胞洗浄

( )は回収率 / × (

φ ) / は で細胞診は Ⅰ 結核

検査は いずれも陰性であった。経気管支鏡

的肺生検( )では 間質 肺胞壁の線維化 肥厚 間

質へのリンパ球浸潤を認め間質性肺炎の所見を呈していた

452 間質性肺炎・腎炎同時合併シェーグレン症候群

Peripheral blood

WBC 3,600/μl

RBC 278×10/μl

Hb 7.9g/dl

Ht 24.0%

Plt 382×10/μl

Urinalysis

pH 6.0

SG 1.018

protein 2+(1.68g/day)

blood 1+

Sediment

RBC 5~9/HPF

granular cast 1+

lipid cast 1+

Ccr 37ml/min

βMG 19,942μg/day

U-Ca 0.015g/day

U-Pi 0.275g/day

Blood chemistry

AST 17IU/l

ALT 16IU/l

LDH 253IU/l

T.Bil 0.2mg/dl

ALP 105U/l

TP 9.1g/dl

Alb 3.5g/dl

CK 120IU/l

BUN 33mg/dl

Cr 1.9mg/dl

Na 137mmol/l

K 4.5mmol/l

Cl 107mmol/l

Ca 8.5mg/dl

TC 165mg/dl

FBS 172mg/dl

HbA1c 6.4%

CRP 2.5mg/dl

Immunology

IgG 2,997mg/dl

IgA 772mg/dl

IgM 63mg/dl

C3 95mg/dl

C4 19mg/dl

CH50 53.3U/ml

KL-6 2,050U/ml

ANA 55.7x

Anti DNA Ab 5.3IU/ml

Anti SS-A Ab 16x

Anti SS-B Ab (-)

P-ANCA <10EU/l

C-ANCA <10EU/l

Cryoglobulin (-)

HBs Ag (-)

HCV Ab (-)

ESR 147/150mm

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川本進也 他 名 453

a b

Chest CT showed diffuse reticular

shadows in the lower portion of both

lungs and reactive enlargement of a

lymph node in the mediastinum.

Ga scintigram showed diffuse accumu

lation in the lower portion of both lungs.

However, no accumulation was seen in

the kidneys and salivary glands.

-

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( )。

ここで間質性肺炎の基礎疾患として 症候群を疑

い テスト テストを行った。 テ

ストは右眼 ~ 左眼 ~ と陽性で 両眼の表

層性角膜炎を認めた。 テストも / 分と陽性で

あった。また 口唇生検では単核球を中心とした軽~中等

度の炎症細胞浸潤を認め の所見を呈していた

( )。以上 眼乾燥症状 口腔内乾燥症状 眼他覚所

見( テスト陽性) 口唇組織所見 唾液腺検査所

見( テスト陽性) 自己抗体(抗核抗体( ) 抗

- )陽性と の診断基準 項目す

べてを満たし 症候群と診断した。

また 腎障害に関しても高血圧 糖尿病といった基礎疾

患もあり 原因精査のため腎生検を施行した。総糸球体数

は 個で 球状硬化 分節状硬化 残り 個の糸球体

は であった。蛍光所見も が に

パターンで染まるのみで有意なものではなく 電

顕上基底膜の肥厚もなく 性変化の所見も乏しく ほ

ぼ正常所見であった。また血管系では 動脈の内膜の線維

性肥厚を認め高血圧性腎障害の所見を呈していた。尿細

管・間質はリンパ球や形質細胞 好中球などの著明な浸潤

TBLB showed interstitial and alveolar fibrosis with remarkable lymphocyte infiltration in lung

interstitial tissue.

【BAL】collection rate 70/150,cell6.0×10(lymph75%,Mφ25%),CD4/8ratio:2.25,

cytology:classⅠ,tuberculosis:Gaffky0,PCR(-)

【Respiratory function】%VC:75.4%,FEV %:81.0%,%DLco:57.5%

【BGA:room air】pH7.379,pCO 37mmHg,pO 79.8mmHg,HCO 21.4mmol/l,BE-2.9

mmol/l,O SAT95.2%

Lip biopsy showed sialoadenitis with mild to

moderate infiltration of mononuclear cells.

【Schirmer test】right eye:2~3mm, left

eye:2~3mm, bilateral superficial cor

neatitis.

【Gum test】3ml/10min

-

454 間質性肺炎・腎炎同時合併シェーグレン症候群

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で 以上と高度に障害され 腎障害の主体は間質性腎

炎と診断した( )。なお 間質への の沈着は認め

なかった。間質性腎炎も間質性肺炎とともに 症候

群の腺外症状と診断した。

そこで腎臓・高血圧内科に再入院してメチルプレドニゾ

ロン × 日間のステロイドパルス療法およびヘパ

リン 万単位の抗凝固療法を開始。再

入院後の経過( )はステロイドパ

ルス療法後 プレドニゾロン

週間 週間投与した。尿中β

は治療直後は反応不良で一時増加

したが その後著明に減少した 週間

投与時点で腎 肺における治療効果を

評価した。

腎再生検所見では間質に浸潤してい

たリンパ球 形質細胞 好中球は著明

に消退しており 尿細管・間質障害度

は 程度にまで改善していた(

)。機能的にも尿蛋白は /日程度

まで改善を認めたが 血清 は

/ 前後と不十分な改善にとど

まった。このことは 基礎にある高血

圧性腎障害によるところが大きいと考

えられた。

肺所見も 上両側下肺のびまん性

網状影は消失しており 機能的にも

の改善を認めた( )。

その他 血液・尿所見上ステロイド

治療後に改善を認めた所見を

に示す。貧血は から /

と正常化し 免疫血清所見も

抗 - 抗体 - はいずれも低下

を認めた。また 尿中のα も

から / と改善を認めた。

考 察

症候群でみられる腺外症状

として代表的な腎病変は尿細管間質性

腎炎で リンパ球の間質への浸潤と尿

細管障害が主体で 臨床的には尿細管

性アシドーシスを呈することが多いと

されている。本例では明らかな尿細管

性アシドーシスを呈していなかったため 酸負荷試験など

の精密検査までは施行しておらず潜在性の尿細管性アシ

ドーシスは否定できないが 尿濃縮能や尿中 排泄量は

正常で 組織学的にも間質への の沈着を認めないこと

などから その可能性は低いと思われる。一方 組織学的

にはリンパ球 形質細胞の浸潤という腺組織に見られる病

First renal biopsy showed severe tubulo-interstitial nephritis(70%)with remarkable

infiltration of lymphocytes, plasma cells and neutrophils. Some glomeruli showed

global sclerosis and small arteries showed thickening of the walls, suggesting

hypertensive nephrosclerosis.There was no evidence of diabetic nephropathy.

他 名 455川本進也

字取りに注意

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変と同様の所見を認めた。 症候群の腺外症状に対

する治療は確立されたものはないがステロイドが用いら

れ 多くはプレドニゾロン換算で ~ /日で間質性

腎炎は軽快している。しかし 症候群自体は潜在性

に進行するため 間質性腎炎も徐々に進行し腎不全に至る

症例もある 。

また もう一つの腺外症状である肺病変は本症候群の

~ と高率に胸部 線上異常を認めるとされている

が 症状を伴うものは少なく 高度または急速に進行

する間質性肺病変は稀である。

Second renal biopsy, which was performed after

steroid therapy,showed improvement of tubulo-inter

stitial damage(50%)with decreased cell infiltration.

-

a b

After corticosteroid treatment,chest CT

showed an improved diffuse reticular

shadow in the bilateral lower lung.Respi

ratory function tests showed improved%

VC and%DLco.

a:pre:%VC75.4%,%DLco57.5%

b:post:%VC 80.0%, %DLco

65.2%

-

456 間質性肺炎・腎炎同時合併シェーグレン症候群

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本例は間質性肺炎 腎炎を合併しておきながら シ

ンチでは肺のみの集積で腎への集積を認めなかった。肺に

は集積を認めても 高度な間質性腎炎を呈した腎への集積

を認めなかった報告例 もあり 高度な間質性腎炎でも必

ずしも の集積を認めるというわけではないと考えられ

た。また 尿中β 排泄量が治療後一過性に増加して

いる点については 治療前に蓄尿が不十分であったり ス

テロイドパルス療法にて一時的に尿量が減少したことなど

で 治療前・直後の尿中β 排泄量が少なく表示され

パルス後は利尿がつき一時的に尿量が増加したことなどに

より 尿中β が多めに表示されている可能性が考え

られた。

これまでに 症候群に間質性腎炎 肺炎を同時に

合併した症例を調べたところ われわれが検索しえた範囲

では 年に 例報告されているのみであった 。報告

例は間質性肺炎 間質性腎炎を呈した潜在性一次性

症候群の男性例で 本症候群では : といわれる

ほど圧倒的に少ない男性で 眼 口腔乾燥症状はなく

テスト陽性 唾液腺生検で単核球の著明な浸潤

を認め診断されており 潜在性 症候群で男性例と

いう点で本例と類似するところも多い。報告例は全身倦怠

感と発熱 高ガンマーグロブリン血症のために入院とな

り 各種検査で 症候群に腺外症状の間質性肺炎と

間質性腎炎を合併と診断され ステロイド /日の投

与により呼吸機能 肺網状影の軽減 腎機能障害の回復を

認めた。

また 本症候群に間質性腎炎や間質性肺炎がそれぞれ単

独で合併した場合の治療に関しても確立されたものはない

が ステロイド療法もしくは同パルス療法が奏効を示して

いる症例が見受けられる。本症候群に間質性腎炎を合併し

た 歳と 歳の女性症例が ステロイド ~ の

投与により腎機能は正常範囲にまで回復したという報告

や 間質性肺炎を合併した症例が ステロイド療法もしく

は同パルス療法で良好な治療効果を得たという報告 が

ある。いずれも早期に高用量のステロイドで治療すること

により良好な治療効果を認めており 早期診断・早期高用

量ステロイド療法の有用性を示唆するものと考えられる。

結 語

一次性 症候群に同時に合併した間質性肺炎 間

質性腎炎の両者に対する早期のステロイド治療が奏効した

男性症例を経験した。本症候群に腺外症状である間質性腎

炎 肺炎を合併した場合 早期の高用量のステロイド療法

が有効である。

本論文の要旨は第 回日本腎臓学会東部学術集会( 年 月

旭川市)で発表した。

文 献

; ( ):

-

; : -

宮坂信之 吉沢靖之 原 義人 他 症候群の肺

病変に関する臨床的研究 日内会誌 ; : -

宮脇昌二 平木祥夫 シェーグレン症候群における心・肺

病変 最新医学 ; : -

柳場 悟 川嶋章浩 高橋秀明 井上 真 江幡 理 草

野英二 浅野 泰 尿路結石および肉芽腫性間質性腎炎に

より腎機能障害をきたしたサルコイドーシスの 例 腎と

透析 ; : -

高村 昇 江口勝美 右田清志 塚田敏昭 溝上明成 折

口智樹 長瀧重信 泉 雅浩 中村 卓 間質性肺炎 間

質性腎炎を呈した潜在性 次性 症候群の 男性

例:診断に耳下腺 が有用であった症例 日臨免誌

; (): -

小松弘幸 原 誠一郎 山田和弘 佐藤祐二 藤本昭一

江藤鼠尚 ステロイド療法が有効と考えられたシェーグレ

ン症候群による間質性腎炎の 例(会議録) 日腎会誌

; ():

吉川めぐみ 佐川 昭 渡部一郎 他 間質性肺炎を主症

状とした 症候群の 例(会議録) 日内会誌

; ():

柏原光介 岸 厚次 成島勝彦 他 両側胸水を伴う間質

性陰影を呈した一次性 症候群の 症例 日胸疾会

誌 ; ( ): -

出原賢治 井本昌宏 松原不二夫 他 パルス療法が効果

的だった間質性肺炎を合併したシェーグレン症候群の一

例 日臨免誌 ; (): -

pre post

Hb(g/dl) 7.9 13.4

ANA(EIA) 55.7(+) 43.4(+)

Anti SS-A Ab 16x 4x

KL-6(U/ml) 2,050 1,750

UrinaryαMG(mg/l) 44.9 16.6

他 名 457川本進也

字取りに注意