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診療報酬改定で重要度が加速!? 入退院支援・連携・在宅の実践スキル教育 当院は大阪府守口市にある急性期病院で, 北河内二次医療圏に属し,病床数323床,30 診療科からなります。また,地域包括ケア病 棟と緩和ケア病棟を持っており,大阪府がん 診療拠点病院,地域医療支援病院として機能 しています。 本稿では,患者支援連携センター入退院支 援室に所属する看護師が実践している看護の 視点を病棟看護師に体験してもらうことで, 入院後も退院支援が継続できる看護師を育成 するという教育支援研修について紹介します。 従来のベッドサイドケアの問題 ~入院定型業務がうまく回らない 当院では,患者が入院した当日に,病棟看 護師が入院時に必要な確認事項(以下,当院 入院定型業務〈表1〉)を実践していました。 病棟看護師は,その日担当する患者を受け 持っているため,新入院患者によって課題が さらに多重化し,1人の看護師にかかる負担 が増加していました。結果として,入院処理 に追われ,ベッドサイドで患者とかかわる時 間が短くなっていました。 専門性が細分化されチームが増え,それに 伴い確認書類も増え,一般病棟における仕事 量は増え続けていました。治療を終えた段階 で退院に向けて調整を図っても,院外との調 整・連携には時間を要し,「入院期間の延長」 「ADLの低下」といった患者側の弊害,「看護 師の残務量増加」「モチベーションの低下」 といった看護師側の弊害が問題となりまし た。結果として,病院経営的には不利益な状 況を生んでいたのです。 そこで,地域包括ケアシステムとして医療 ケアの継続性を重視した方策へと転換しよう としている2016年に,入退院支援室を設立 しました。 入退院支援室の役割と現状 入退院支援室では,外来通院患者の入院決 定時点から,入退院支援室看護師が退院を見 据えた介入を実施します。 退院を見据えた介入を実践するためには, 入退院支援室看護師の視点を学んでもらう! 病棟看護師への 入退院支援研修と教育支援 永田麻美 パナソニック健康保険組合  松下記念病院 患者支援連携センター 入退院支援室 看護師 2005年愛媛県立医療技術短期大学(現・大学)第一看護学科を卒業後,他院での救命救急センターや集中治療室での勤務を経て,2012年 2月パナソニック健康保険組合松下記念病院に転職,現在に至る。2016年4月の入退院支援室設立当時から退院調整看護師として活動。 第19回日本医療マネジメント学術総会では「入退院支援室における多職種連携の取り組み」について発表し,最優秀演題賞を受賞している。 •患者基本情報の聴取 •服薬内容の確認 •アレルギー確認 •栄養スクリーニング •褥瘡スクリーニング •転倒・転落リスク評価 •摂食・嚥下評価 •退院支援一次スクリーニング 入院時アセスメントを抽出 初期看護計画立案 表1 当院入院定型業務 8 看護人材育成 Vol.17 No.1

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特集1

診療報酬改定で重要度が加速!?

入退院支援・連携・在宅の実践スキル教

 当院は大阪府守口市にある急性期病院で,

北河内二次医療圏に属し,病床数323床,30

診療科からなります。また,地域包括ケア病

棟と緩和ケア病棟を持っており,大阪府がん

診療拠点病院,地域医療支援病院として機能

しています。

 本稿では,患者支援連携センター入退院支

援室に所属する看護師が実践している看護の

視点を病棟看護師に体験してもらうことで,

入院後も退院支援が継続できる看護師を育成

するという教育支援研修について紹介します。

従来のベッドサイドケアの問題 ~入院定型業務がうまく回らない

 当院では,患者が入院した当日に,病棟看

護師が入院時に必要な確認事項(以下,当院

入院定型業務〈表1〉)を実践していました。

病棟看護師は,その日担当する患者を受け

持っているため,新入院患者によって課題が

さらに多重化し,1人の看護師にかかる負担

が増加していました。結果として,入院処理

に追われ,ベッドサイドで患者とかかわる時

間が短くなっていました。

 専門性が細分化されチームが増え,それに

伴い確認書類も増え,一般病棟における仕事

量は増え続けていました。治療を終えた段階

で退院に向けて調整を図っても,院外との調

整・連携には時間を要し,「入院期間の延長」

「ADLの低下」といった患者側の弊害,「看護

師の残務量増加」「モチベーションの低下」

といった看護師側の弊害が問題となりまし

た。結果として,病院経営的には不利益な状

況を生んでいたのです。

 そこで,地域包括ケアシステムとして医療

ケアの継続性を重視した方策へと転換しよう

としている2016年に,入退院支援室を設立

しました。

入退院支援室の役割と現状

 入退院支援室では,外来通院患者の入院決

定時点から,入退院支援室看護師が退院を見

据えた介入を実施します。

 退院を見据えた介入を実践するためには,

入退院支援室看護師の視点を学んでもらう!病棟看護師への

入退院支援研修と教育支援永田麻美 パナソニック健康保険組合 松下記念病院 患者支援連携センター 入退院支援室 看護師2005年愛媛県立医療技術短期大学(現・大学)第一看護学科を卒業後,他院での救命救急センターや集中治療室での勤務を経て,2012年2月パナソニック健康保険組合松下記念病院に転職,現在に至る。2016年4月の入退院支援室設立当時から退院調整看護師として活動。第19回日本医療マネジメント学術総会では「入退院支援室における多職種連携の取り組み」について発表し,最優秀演題賞を受賞している。

•患者基本情報の聴取 •服薬内容の確認•アレルギー確認 •栄養スクリーニング•褥瘡スクリーニング •転倒・転落リスク評価•摂食・嚥下評価 •退院支援一次スクリーニング

⬇入院時アセスメントを抽出

初期看護計画立案

表1●当院入院定型業務

8 看護人材育成 Vol.17 No.1

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患者がどのような場所で,どのような生活を

していて,治療後にどのようになりたいのか

という方向性の確認が必要です。そのために

は,入院を迎える患者の全体像を把握しなけ

ればならず,入院前の段階で表1について入

退院支援室が介入するようになりました。

 入退院支援室では,患者と対面で面談を実

施します。入院決定時点から入院後の治療や

ケアに関係するオリエンテーションを行い,

各種医療チームがかかわる必要があるかどうか

を判断し,多職種との調整を図ります(図1)。

ここには,病態生理から精神面,そして生活

まで,患者のあらゆることを総合的にとらえ

てアセスメントする能力が求められます。

入退院支援室の効果

 入退院支援室看護師は,入院前のオリエン

テーションを終えると,看護問題や看護計画

を作成します。病棟看護師にとっては,患者

入院時に看護問題と看護計画がすでに作成さ

れていますので,患者が入院した直後から個

別的なケアが実施できる環境が整いました。

 これまでの退院調整は,肺炎であれば抗菌

薬投与を終えた段階,手術後であればドレー

スクリーニング内容と多職種連携

このほか,褥瘡・転倒転落・足病スクリーニングを実施し,多職種連携を図っている。

入院時スクリーニング

薬剤管理

退院支援・認知症

緩和

リハビリ

栄養

口腔衛生

せん妄

手術室

摂食嚥下

□持参薬がある   □薬剤アレルギーがある□休薬指示がある  □初回化学療法である

□1カ月以内の再入院  □入院前に比べてADL低下の予測□緊急入院       □退院後継続する医療処置の有無□悪性腫瘍・誤嚥性肺炎など急性呼吸器感染症がある□介護力が不十分・転院 □ADL/ IADLに介護を要する□認知症がある     □生活困窮者である□家族・同居者から虐待を受けている,またはその疑いがある

□身体の症状が強い  □治療に対する不安がある□専門スタッフに介入してほしい

□がん病名にて入院 □骨転移がある □通過障害・摂食困難□治療によるADLの低下,活動量の低下が予測できる□低栄養  □フレイル・サルコペニア

□体重減少  □摂食減少   □低栄養□食物アレルギー・嗜好がある □消化器がん手術・化学療法□大腸ポリペクトミー・糖尿病教育目的

□70歳以上  □全身麻酔  □人工関節挿入予定□がん患者(放射線療法・化学療法)  □嚥下障害

□70歳以上  □脳器質的障害  □認知症□アルコール多飲  □せん妄の既往□せん妄リスクのある薬を服用(薬剤師と確認)

□消化器がん手術 □耳鼻咽喉科がん手術 □産婦人科手術□整形外科手術  □泌尿器科手術□麻酔に対する不安がある □ラテックスアレルギーがある

□誤嚥性肺炎□要介護者□病院以外からの入院□神経疾患による嚥下機能低下        

EAT-10評価

薬剤師に連絡薬歴情報聴取・服薬指導実施

社会福祉士に連絡退院支援計画書作成⇒「退院調整」看護計画作成認知機能の低下⇒あり「認知症高齢者の日常生活自立度」ランク評価で看護計画作成

がん相談支援室に連絡

リハビリ依頼

管理栄養士に連絡⇒栄養指導の実施・アレルギー情報登録

口腔外科・歯科依頼

認知症ケア認定看護師に相談入院受付へ部屋の提案

術前外来の必要性を説明入院前に術前外来を実施

口腔外科・歯科依頼

リハビリ依頼

図1●入院時スクリーニングと多職種連携

9看護人材育成 Vol.17 No.1 9看護人材育成 Vol.17 No.1

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診療報酬改定で重要度が加速!? 入退院支援・連携・在宅の実践スキル教育特集1

ンが抜けた後など,治療内容が一段落した時

点で実施することがほとんどでした。現在

は,入院翌日に社会福祉士と入退院支援室看

護師が病棟看護師と共に退院支援カンファレ

ンスを実施するシステムに変更し,急性期治

療中でも退院に向けて必要なケアや調整をタ

イムリーに協議できるようになりました。そ

の結果,入院早期からの退院調整ができるよ

うになっています。

 現在,入退院支援室は,緊急入院患者に対

する当院入院定型業務にも対応を拡大し,入

院患者の約7割を担当しています。また,入

院前だけではなく入院中・退院後も継続して

介入することで,院内外の多職種との連携を

図っています(図2)。

ジレンマ! 入退院支援室が もたらした病棟看護への影響

 このように,以前は病棟看護師が担ってい

た仕事内容を入退院支援室看護師が実施する

ことで,病棟看護師の負担を減らし,ベッド

サイドで患者のために費やせる時間をつくる

ことに貢献できたと考えていました。ところ

が,次のような状況が発生しました。

・アレルギーの有無の確認やせん妄スクリーニングなど,患者の安全を担保するための当院入院定型業務を病棟看護師も実施してよいのだが,「それは入退院支援室看護師

が行うもの」という誤った認識を持つようになった。

・入退院支援室が設立された後に入職した看護師は,当院入院定型業務を経験したことがない。

・入退院支援室の介入が病棟看護師の負担を減らしても,多重課題に追われる仕事スタイルは変わらない。

 入退院支援室看護師と病棟看護師という縦

割りの役割が認識されるようになり,本来行

うべき患者ケアという点で継続性が見られな

い状況になりつつあったのです。そこで,今

一度,入退院支援室の役割や入退院支援室看

護師が行っている思考過程を,病棟看護師が

引き継げるよう改善する必要性を感じ,入退

院支援室研修を構築するに至りました。

病棟看護師のための 入退院支援室研修の計画

 入退院支援室研修は,まさにリレーのバト

ンを受け渡すように「つなぐ」ことをテーマ

としました。リレーバトンは,受け取ること

だけではなく,渡すことも考えなければなり

ません。在宅と病院,病院内の各部署,病院

から外部施設など,バトンを受け渡す機会は

たくさんあります。だからこそ私たち看護師

は,そのバトンに込められた意味や内容を十

支援室看護師の介入 退院前・退院後:外来看護師・在宅との連携

■退院後訪問の実施,調整内容の確認 ■外来看護師とのカンファレンス

入院後:担当病棟での入退院支援室看護師の役割

■多職種でのカンファレンス     ■退院前訪問・家屋調査の実施

入院前・入院時:患者面談

■入院目的に沿った患者面談の実施  ■入院前スクリーニングの実施■アセスメント・看護問題の抽出

在宅~外来通院

入院決定

入院

退院前

退院

在宅・外来通院

図2●入退院支援室看護師が行う入退院支援

10 看護人材育成 Vol.17 No.1

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分理解しておく必要があります。

 また,そこには院内外問わず多職種との連

携があります。多職種と連携するためには,

私たち看護師がバトンの受け渡しの中で担う

役割を理解し,それが患者に及ぼす影響を知

り,ケア計画に生かす必要があります。

 これらの視点は入退院支援室看護師に常に

求められますが,病棟看護師は人的不足の中多重課題に追われているがゆえに,目の前のタスクに集中することを優先しがちです。結果として,本来担わなければならない「在宅から病院,病院から在宅(または転院先など)」といった“つながり”の部分に目を向けづらい状況になっていると考えました。 この “つながり” に目を向けてもらうため

には次のことが必要と考え,研修の目的とし

ました。

①地域包括ケアシステムにおける入退院支援について理解できること

②患者が元の生活を再獲得するために,病棟看護師としてすべき具体的内容を知ること そして最終的に,「自部署において自律した入退院支援が行われること」をゴールとしました。

入退院支援室研修プログラムの内容と実施入退院支援室研修の方法と実施時期 入退院支援室研修は,日本看護協会のクリ

ニカルラダーレベルⅠに相当する者(以下,研修参加者)を対象としました。

 ラダーレベルⅠ研修は,年間計画に沿って行われています。まずは,シミュレーション

で病態生理に基づくアセスメント研修とその

フォローアップ研修,次に看護過程と記録に

ついてのブラッシュアップ研修を計画しまし

た。病態生理と思考過程,そして表現方法を

学習したこれらの研修後の総括として,入退

院支援室研修の開催としました(表2)。参

加者は1日1人とし,入退院支援室看護師と

ペアになり,日勤のすべての時間を入退院支

援室研修に使いました。

 また,研修の評価方法としては,自己他者

評価シート(以下,評価シート)を作成しま

した。研修当日の評価で終えることなく,部

署でも継続して教育支援が受けられるよう

に,具体的で達成可能な目標を記載する箇所

を作成しました(資料,P.12,13)。

研修の内容

 入退院支援室研修の内容は,①研修前オリ

エンテーション,②事前課題の実施,③実務

研修と研修後課題の明確化,④研修後課題の

実施の4段階で行いました(図3,P.13)。

①研修前オリエンテーション 入退院支援看護師が何をしているのかを知

らないと,実務研修が効果的に行えません。

そこで実務研修1カ月前に,入退院支援の仕

組みと意義,地域包括ケアシステムにおける当

5月

7月

9月

10月

10月

11~ 12月

文献検索

アセスメントⅠ

アセスメントⅠフォローアップ

看護過程

入退院支援室研修オリエンテーション

入退院支援室研修(実務研修)

メディカルオンラインで必要な文献を検索できるようになる

患者対応シミュレーションで患者の異常に気づく思考過程を養う

SBARを用いて報告できるようになる

アセスメントⅠを応用し,多重課題の中でも異常に気づく思考過程を磨く

患者の問題解決に向けてチームみんなが使える看護計画を立て臨床で生かす

入退院支援のプロセスと病棟看護師の役割,地域包括ケアシステムについて学ぶ

入退院支援のプロセスを経験し,入院後も安心・安全な患者支援が継続できる

表2●当院ラダーレベルⅠ研修の年間スケジュール

11看護人材育成 Vol.17 No.1 11看護人材育成 Vol.17 No.1

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診療報酬改定で重要度が加速!? 入退院支援・連携・在宅の実践スキル教育特集1

【研修目標:研修でこんなことを学びたい! できるようになりたい!】【評価基準】 S:助言なしで課題の思考の展開を言語化ができる

A:キーワードを与えると思考の展開を言語化ができる B:キーワードに加え,いくらかの説明をすると思考の展開を言語化ができる C:キーワード,説明を与えても思考の展開が進まない。言語化もできない X:評価に該当せず

【評価表】

情報収集

アセスメント

多職種連携

総合力

部署:      氏名:入退院支援室評価担当者:部署評価担当者:

入院目的,治療内容

病院受診から入院決定までの経過

身体面

自覚症状,生活歴,バイタルサイン,緊急度の有無

現病歴・既往歴の把握,疾患に関連した情報取得

必要なスクリーニング項目に沿った情報取得

精神面

治療についての考え方,患者の倫理や宗教にまつわること

患者・家族の思いや考え,入退院における希望や不安

社会面

家族構成,キーパーソン,経済状況,社会的役割

社会資源の活用状況(介護保険であれば介護度・サービス利用状況・在宅担当者など)

身体面

情報収集した内容より入院時スクリーニングを活用しながら評価する

病態を踏まえたアセスメントを抽出する

現状のアセスメントから看護計画を抽出する

今後の問題予測(治療に伴う合併症,生活状況に伴う合併症)

精神面

医師のIC内容,IC後の患者反応からの理解度と受け止め方

疾患に対するコンプライアンス

社会面

情報収集した内容より退院を見据えた問題予測が抽出できる

予測した内容から退院調整の必要性を判断でき,必要な場合は計画立案ができる

アセスメント内容を統合して看護計画を立案できる

外来受診から入院まで,多職種のかかわりや役割を学ぶことができる

抽出したアセスメントから患者ニーズに沿った看護実践のために必要な多職種連携について,自分の考えを評価者へ報告することができる

多職種に患者の思いや希望を報告・連絡・相談することができる

多職種とコミュニケーションをとり,専門職種の考えや価値観に気づくことができる

院内で実施している退院支援の取り組みを知り,口頭で評価者へ伝達することができる

アセスメントした内容を専門用語に置換し,カルテに記載することができる

入院目的に沿って電子カルテから情報収集するために実際に操作できる

入院,治療計画についてオリエンテーションができる

入院目的に沿った準備,入院生活について説明できる

地域包括ケアシステムにおける当院の役割を説明できる

地域包括ケアシステムにおける担うべき看護について説明できる

地域包括ケア病棟の対象患者について説明できる

自己評価

支援室研修( / )

部署評価( / )

他者評価 自己評価 他者評価

資料●自己他者評価シート

12 看護人材育成 Vol.17 No.1

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院の役割,そして病棟看護師が担う入退院支援

についてオリエンテーションを実施しました。

②事前課題の実施 地域包括ケアシステムと社会保障制度につ

いては,1回のオリエンテーションでは十分

理解しづらいため,eラーニングで自己学習

しておくことを事前課題としました。また,

実務研修では,初対面の患者に対して短時間

での情報収集が必要とされるため,カルテか

らの情報収集トレーニングを所属部署の日常

業務で意識的に実施してもらうことも依頼し

ました。

③実務研修 オリエンテーションから1カ月後に実務研

①研修前オリエンテーション②事前課題の実施

研修1カ月前 研修当日 研修後 研修1カ月後

研修2カ月後

③実務研修 ④研修後課題の実施

【オリエンテーション】•研修目的,研修内容•当院における入退院支援•地域包括ケアシステムにおける当院の役割

•病棟看護師としての役割【課題の提示】•研修目標の設定•用語の学習「退院支援」「退院調整」「スクリーニング」の意味や定義

•介護保険•短時間での情報収集ができるようカルテ操作のトレーニング

•研修資料の読み込み,振り返り

【実務研修】•8:30~実務研修•マンツーマンでの研修

•目標の確認•1例目:シャドウ実習終了後に指導者の思考やアセスメント内容,看護計画の共有

•2例目:対象患者の対応終了後は1例目と同様の確認

•終了後,自己他者評価シートを用いて振り返る

【研修翌日】•研修生は自己他者評価シートを提出する•自部署での課題遂行に取り組む

【研修後1週間以内】•評価者は研修生の評価内容を受けて,自己他者評価シートを完成させる

【研修後2週間以内】•自己他者評価シートの原本を研修生へ返却。コピーを所属部署の現任教育担当者へ渡し,評価内容・課題を共有する

【入退院支援室での研修振り返り】•全研修生の自己他者評価シート集計内容の共有,研修評価•所属部署での継続課題を抽出する

【現任教育委員会での報告】•抽出された継続課題の報告•研修終了後,部署での取り組みを共有

図3●入退院支援研修の実際

【研修全体を通して該当する項目に○を付けてください】 (  )専門的な知識・技術を習得できた (  )意欲の向上につながった (  )自己を見つめ直す機会になった(  )問題解決の糸口になった (  )情報交換の場になった (  )充実感・満足感が得られた(  )興味が深まった (  )リフレッシュができた (  )期待していた内容と違った(  )学習内容が多すぎた

【評価者コメント】

【これからの私】研修目標をクリアするために私ができるようになること!→年度末に部署スタッフに再評価をしてもらう★実践すること,できるようになること

★方法(どのような方法で,どのようなことをするのか,どのような時にするのか)

★誰にどのように評価してもらうか

【感想・意見】

資料の続き

13看護人材育成 Vol.17 No.1 13看護人材育成 Vol.17 No.1

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診療報酬改定で重要度が加速!? 入退院支援・連携・在宅の実践スキル教育特集1

修が始まります。実務研修では,2例の患者

対応を体験してもらいました。

1例目 シャドウ研修とし,入退院支援室看護師の

患者対応を実際に見ることでイメージできる

ようにしました。入退院支援室看護師は,な

ぜこの介入をしたのか,必要な情報をどこか

ら集めたのか,さらにそこから何を考えたの

かなどを,研修参加者に問いかけながら,指

導担当の入退院支援室看護師の思考過程を伝

える場としました。

2例目 研修参加者に患者対応を実践してもらいま

した。対応する患者は,入院前・中,退院後

を少しでもイメージしやすいように,研修参

加者の所属病棟に入院する患者としました。患

者対応から,多職種連携やカルテへのアセスメ

ント内容の記載なども実施してもらいました。

 研修終了後は,患者との対応を振り返りな

がら,評価シートの小項目を,入退院支援室

看護師と共に一つひとつ振り返る時間を設け

ました。そうすることで,自分ができていた

こと,これから実践していけそうなことを対

話の中で明確にし,研修後の課題を作成して

もらいました。

④研修後の課題を現場で実施 研修参加者は,研修後の課題達成を目標と

して自部署に戻ります。そこでの教育的役割

を担うのは,研修参加者と同じ部署の現任教

育委員です。現任教育委員が効果的に指導で

きるよう,入退院支援室看護師が評価シート

に研修参加者に対する他者評価と,研修全体

を通しての気づきをコメントとして残し,OJT

で活用してもらえるよう評価情報と課題を共

有しました。そして年度末に,現任教育委員

が研修参加者の課題内容に沿ってフィード

バックを実施し,最終評価を行います。

研修の成果 ~病棟看護師のさまざまな気づき!

 研修参加者からは,「今までは実施しなけ

ればならない医療行為や記録が優先されてい

た」といった声が聞かれ,患者中心ではな

かったことに気づいてくれました。

 「入院前の患者とのかかわりを通して,入

院時に患者情報から必要なスクリーニングが

何かを知ることができ,状態変化に合わせて

アセスメントを継続しなければならないと分

かった。そのためには,もっと疾患の学習が

必要だと感じた」と,知識面を高める必要性

を自らの言葉で表現してくれました。

 他にも,「患者がどこに退院する人なのか,

この状態で退院できるのか考える意識が低く

なっていたことに気づき,生活の再獲得につ

なげるための看護を展開していかなければな

らない」という意見や,「看護師の気づきを

始まりとして,患者の将来に向かって多職種

と調整を図っていくことも,退院を見据えた

看護につながると理解できた」といった意見

も聞かれました。

 勤務時間内にタスクを終了させることだけ

が目的ではなく,病棟看護師として自分は患

者の未来に向けて何ができるのか,研修のテー

マとしていた「つなぐ」看護を展開していく

ことに気づける機会になったと考えています。

 また,マンツーマンの研修を実施したこと

で,入退院支援室看護師は学習者の知識や思

考過程をタイムリーに把握することができま

した。研修参加者の気づきを評価シートに言

語化することで,自部署において取り組む課

題や学習内容を具体化することができまし

た。そして,病棟で指導する先輩看護師に対

して,研修参加者の看護の力を伝えることが

できました。自己課題を継続的に取り組んで

14 看護人材育成 Vol.17 No.1

Page 8: 入退院支援室看護師の視点を学んでもらう! 病棟看 … › jyohoshi › ed › zai › ed171_sample.pdfそこで,地域包括ケアシステムとして医療

もらうことで,部署全体が入退院支援に対し

て興味を持ち,学習者を支える環境づくりに

も貢献できたと考えています。

 以上のことから,「患者を中心に考える姿勢の再認識」「病棟で取り組む自己の課題抽出」「チームで継続学習を支える環境構築」の3点が,入退院支援研修の成果と考えています。

現場レベルで見えた成果

 入退院支援室研修後の変化は,研修参加者

が研修を終えて自部署に戻ってからの入院対

応時や退院支援カンファレンスの姿で確認す

ることができます。

 研修前は,患者の現状から退院後の生活に

介助がいると分かっていても,退院に向けて

必要となってくる介護保険の申請状況や退院

先の希望,家屋情報に関しては,退院支援カ

ンファレンスで話し合った後に確認してもら

うことがほとんどでした。しかし,研修後は,

入院対応時から,これらの退院支援に視点を

置いた情報収集が意識的に実施されるように

なり,記録から読み取れるようになりまし

た。また,社会資源の活用が予測されれば,

前もって介護保険の必要性や申請方法を説明

してくれるようにもなり,退院調整に活用す

る行動の変化として認められています。

 このような変化の背景には,先輩看護師が

OJTなどを通して,実践現場で研修の学びをつ

ないでくれたことも大きな要因と考えています。

これからの課題

 入退院支援研修を企画・実施して2020年

度で4年目を迎えます。たった1日の研修で

すが,研修参加者からは前向きな意見や学び

を多く聞くことができています。研修参加者

が病棟で取り組む課題は明確になりました

が,研修の学びを継続的に取り組むために最

も大切なのは,日々の看護実践の中で経験した

ことを知識・技術として定着できるような学習

環境を提供してくことだと考えています。その

ためにも,ベッドサイドでの気づきや実践した

ケア内容を指導者と共有し,思考過程を学び,

自分の看護を振り返る姿勢が身につけば,よ

り自律した入退院支援ができると考えます。

 また,入退院支援室研修では,現場では経

験できないほどの言葉を研修参加者と入退院支

援室看護師との間で交わすことで,たくさんの

考えを引き出すことができたと感じています。

自部署に戻ってからも,忙しさはあるとは思い

ますが,研修参加者と先輩看護師が双方向性の

コミュニケーションを図ることができれば,看

護が共有され,研修参加者の目標はさらに具体

化され,先輩看護師はどんなサポートが必要な

のかが明確になるのではないかと思います。

 研修を終えた後も継続的に学習ができるこ

と,それをチームでサポートできる環境を提供

することに,この研修内容が生かされるよう,

今後もサポートしていきたいと考えています。

まとめ 入退院支援室看護師として大切にしていることは,患者を生活者としてとらえ,医療が加わった後もその人らしい生活の再獲得ができるようかかわることです。病棟看護師とは異なり,直接的なベッドサイドケアはできませんが,多職種連携を図り具体的な看護ケアにつなげることが私たちの看護だと思っています。 私たち医療者にとって入院患者に対応するのは日常の出来事ですが,患者にとっては非日常の出来事です。入院によって,その人の人生が分断されることなく,その人らしい生活が再獲得できるように,これからも「つなぐ」ケアを実践していきたいと思います。

15看護人材育成 Vol.17 No.1 15看護人材育成 Vol.17 No.1

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特集2

「現場の看護師」→「教育担当」に意識

チェンジ!

「ひとに教える」のに必要なスキル

 看護部における教育担当の役割は,「系統

的な教育研修の企画・運営」「部署における

実地指導者の支援」「新人看護職員のサポー

ト」など多岐にわたります。特に,看護部の

教育委員会では中心的役割を担い,教育研修

の企画・運営をするのではないでしょうか。

また,教育研修で実践した内容は,OJTで活

用されなければ意味がありません。そのた

め,各部署をラウンドしてoff-JTとOJTとの

関連性を把握したり,部署の実地指導者や新

人看護職員の相談に応じたりもするのではな

いでしょうか。

 そのため,教育担当は「やりたい!」と立

候補すればなれるものではなく,誰でもよい

わけではありません。「部署で教育指導がで

きている人」「対人関係の構築が上手な人」

など,選ばれる人には選ばれるだけの理由が

あります。そう,新任教育担当のあなたは,

「教育担当の役割を担うことができる」と期

待されているということです。ですから,ま

ずは受け止め,周囲から「評価されている」

と考えるとよいでしょう。

 そうは言っても,部署内の教育担当とは役

割・立場が異なります。「私に教育研修の企

画や運営はできるのだろうか」「私が新人看

護職員のサポートなんてやって大丈夫なのだ

ろうか」「こんな私で務まるのかしら…」な

ど,重圧や不安を感じるでしょう。

教育担当は自分が成長するチャンス

 「教える」ことは,手間や時間がかかりま

すしパワーもいります。慣れない業務で試行

錯誤をすることもあるでしょう。しかし,逆

に言えばこれは「手間や時間をかければ,そ

の役割を果たすことができる」ということな

のです。この先,「こんなにじっくり教育と

向き合うことはないかもしれない…」と思っ

たらどうでしょう。教育担当は,何より自分

の教育力を成長させるチャンスなのです。

 だからと言って,やみくもに「手間」や「時

間」をかけるのはよくありません。途方に暮

れているだけでは,何も始まらないですから

ね。そこで本稿では,「新任教育担当が知っ

ておくとよい支援策&思考法」をテーマに,

筆者自身が「教育担当の役割を担った経験」

と「教えることの理論を学んで実践してきた

こと」についてお伝えしたいと思います。

新任教育担当の意識改革!教育担当が知っておくとよい

支援策&思考法杉浦真由美 北海道大学 高等教育推進機構オープンエデュケーションセンター(eラーニング部門)博士(人間科学)(早稲田大学)。専門は教育工学,インストラクショナルデザイン,医学・看護教育,eラーニング。大学教員をしつつ,医療従事者向けのセミナーや研修,研究カフェなどを開催している。

56 看護人材育成 Vol.17 No.1

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研修の企画・運営

 各部署では新人看護職員が配属されるたび

に,採血や排泄援助など基本的な看護技術を

教えることでしょう。さらに,休日勤務や夜

勤業務に入る前には,BLSなど急変時の対応

に関するトレーニングもするのではないで

しょうか。こうして実地指導をしていた時,

「これを集合教育でやってくれたらいいのに

なぁ」と思った経験はありませんか。

 教育担当には,OJTで困っていることや課

題などを「研修テーマ」として企画・運営す

る役割があります。また,教育の対象は,新

人看護職員に限りません。現場の看護実践を

活性化させたり,教育の質向上を図ったりす

るなど,看護部全体の取り組みを推進する役

割も担っています。

 これらを展開する前段階として必要なの

は,看護部の教育ニーズを把握することで

す。自施設の看護職員にはどのようなスキル

が必要なのか,どのような力を伸ばせばよい

のかを考えていきます。

どのような人材を育成したいか 明確にする

 教育研修の企画・運営をするためには,ま

ず教育計画を作成する必要があります。その

準備段階として「どのような人材を育成した

いのか」,つまり,「看護部(部署)でどのよ

うな看護職員が必要なのか」ということを明

確にします。「どのような人材を育成したい

のか」が明確になれば,何に重点を置いて教

育する必要があるのかが見えてきます。

 もし,看護部で「どのような人材を育成し

たいのか」ということが明確になっていない

場合は,「SWOT分析」などを活用して分析す

るのもよいでしょう(表1)。「S」は看護部

の強みや長所,逆に「W」は弱みや短所です。

「O」では,看護部が発展するチャンスとなる

ような環境変化,変化に対してほかの病院が

どのような動きをしているのかなどについて

分析します。一方「T」では,自施設の強み

を打ち消してしまう危険性のある環境の変化

と同時に,ほかの病院の動きも分析します。

 表を作り,それぞれの要素を埋めていく

と,一目で長所や短所などが分かるようにな

ります。こうして,どのような人材を育成し

たいのかを明確にすることによって,研修の

テーマや内容を検討しやすくなります。

研修を組み立てる: ガニエの「9教授事象」

 研修のテーマが決まったら,次は設計で

す。ここでは「院内研修」を想定してお伝え

しますが,基本的なステップは集合教育でも

部署で行う勉強会でも同じです。

 働き方改革関連法(厚生労働省,2019年)

の推進に伴って,研修のあり方も変化してい

ます。業務上必要性があり受講した研修時間

は,労働時間として取り扱うことが義務づけ

られました。研修では,限られた時間の中で

講義,グループワーク,ロールプレイ,フィー

ドバックなどを行います。この「限られた時

間」というのがポイントです。どの順番で行

strength:強み

•看護管理者たちの高いコミュニケーション能力•看護師経験10年以上が半数を占めている•○○専門看護師,○○認定看護師がいる

opportunity:機会

•○○の専門的知識が身につく•認定看護師資格取得のための支援の体制がある•地域の医療機関や介護施設との連携

weakness:弱み

•実地指導者の指導力不足•インシデント増加(特に夜間)•外部研修・学会の参加率低下

threat:脅威

•重症度,医療・看護必要度○の該当患者割合が○%以上•看護実践と診療報酬に対する記録時間の増加•働き方改革に伴う集合研修時間の削減

表1●SWOT分析

57看護人材育成 Vol.17 No.1

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「現場の看護師」→「教育担当」に意識チェンジ! 「ひとに教える」のに必要なスキル特集2

い,それぞれにどのくらいの時間を割り当て

ていくのかが重要になります。

 研修の設計では,ガニエの「9教授事象」の

モデルを使うと便利です。これは,9つのス

テップで研修を組み立てていくというものです。

 表2は,1つのトピックを1時間程度で実

践する場合をイメージしています。たとえ

ば,現在集合教育で実践されている研修を9

つのステップに当てはめてみたらどうでしょ

う? 最初の「注意を引く」ところが抜けて

しまっていたり,最後の「評価」がなくて研

修がやりっぱなしになっていたりしないで

しょうか。9つのステップは,新たな研修を

設計する時にも,研修の見直しをする時にも

役に立ちます。

新人看護職員の支援

 教育担当に任命された人たちは,部署では

中心的な役割を担い,看護実践はもちろんの

こと,クレームなどにも臨機応変に対応して

きたことと思います。しかし,いざ「教育」

となると,思うようにいかなかったり,看護

職員への支援方法が分からず困惑したりする

ことがあるのではないでしょうか。

 看護実践からクレーム対応までうまくでき

ていた理由は,これまで多くの実践経験を積

み,さまざまなバリエーションを備えてきた

からなんです。すなわち,うまく指導したり

支援したりするためにも,「教え方」や「支

援策」のバリエーションが必要だということで

す。そこでこのトピックでは,ちょっと支援に

困る新人看護職員のケースを基に,知ってお

くとよい支援策や考え方について,心理学の

視点からヒントをお伝えしたいと思います。

朝からずっと泣いていて, 仕事を始めようとしない

【優しくきっぱりと伝える】 支援する時の原則は,優しくきっぱりと伝えることです。たとえば,このケースのように朝からずっと泣いている場合,「ずっとここで泣いていますか? それとも泣き止んで一緒に仕事をしますか?」といった“選択肢”を与えます。決して怒ったり叱ったりはしません。優しくきっぱりと問いかけ,選択するのはあなたという態度をとります。 ある心理学で,人間の感情は「目的」のために使っていると考えられています。たとえ

ケース❶

ステップ1:学習者の注意を引く「皆さん,ちょっとこれに注目してください」

ステップ2:研修の目標を知らせる「これができるようになることが今日の目標です」

ステップ3:すでに学んだことを思い出させる「前回の研修でこれについて学びましたね」

ステップ4:新しい学習内容を提示する「今日の新しい学習内容はこれです」

ステップ5:研修の進め方を説明する「この方法で研修を行います」

ステップ6:演習する「では実際にやってみましょう」

ステップ7:フィードバックを与える「うまくできましたか? どこが難しかったですか?」

ステップ8:研修の効果を評価する「研修で学んだことを確認してみましょう」

ステップ9:学習したことを実践場面で生かせるように促す「今回研修で学んだことは,どのような場面で生かせますか?」

導入5分

まとめ10分

展開45分

表2●研修を組み立てる9つのステップ

ずっと泣いていますか?

一緒に清拭に行きますか?

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ば,新人看護職員が配膳の時に味噌汁をこぼして,スタッフの白衣を汚してしまったとします。味噌汁をかけられたスタッフは,ついカッとなって怒ってしまいました。一方で,もし患者が味噌汁をこぼしたらどうでしょうか。多分「大丈夫ですよ」と笑顔で対応するのではないでしょうか。このように,感情は自由に出し入れできるということなんです。 そう考えると,「泣く」という行為は,「私はつらいんです」ということを相手に伝えるための道具の一つともとらえられます。このような状況の時,相手の気持ちをコントロールしようとしてもうまくいかないでしょう。なぜなら,気持ちを変えられるのは,自分自身が変えようと「決心」した時のみだからです。ですから,相手には優しくきっぱりと選択肢を伝え,選んでもらうようにします。【悩み相談も優しくきっぱりと】 特に悩み相談は,話が長くなりがちです。ここでも,優しくきっぱり「15分でよかったら時間あるよ」など,前もって時間を伝えるとよいでしょう。時間が制限されることによって,話がダラダラと長くなることを回避できます。また,教育担当の負担感も軽減されるでしょう。 新人看護職員の悩みの多くは,部署内で起こっている問題です。部署の主任などとも連携を図り,部署内で解決できる方法を考えるのも役割の一つです。

 ここで忘れてはならないのは,「新人看護職員がなぜ看護部の教育担当に相談をしてきたのか」ということです。部署の主任などには打ち明けられず,あなたに聞いてほしかったわけですから,その内容をそのまま伝達するのはよくありません。一方で,新人看護職員の話を鵜呑みにして問題視するのもよくありません。両者からの話を聞けるのは教育担当の特権です。そこをうまく生かして,課題の本質を明確にします。そして,部署の主任などと協力しながら解決策を考えるとよいでしょう。

部署に馴染めない, 指導をすると不機嫌になったり, 時に攻撃的になったりする

【すべての悩みは対人関係】 新人看護師の悩みごとはさまざまですが,「〇〇さんの指導が厳しい」「△△さんと合わない」など,人間関係に関する相談が多いのではないでしょうか。 ある心理学では,人間の悩みはすべて「対人関係」の悩みであると示しています。そして,対人関係に問題を抱えている人の共通点は,他者を「敵」とみなしているという点です。新人看護職員の場合,敵を「先輩や同僚」と想定するとイメージしやすいでしょう。 他者を敵だと考える人は,大げさに言えば「自分は世界の中心にいる」という感覚をもっています。また,幼いころから甘やかさ

ケース❷

話を聞いてくれて助かりました ○○さんのことを

伝えてもいい?

ちゃんと教えてくれない

○○さんは私のことが嫌いなんだわ

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「現場の看護師」→「教育担当」に意識チェンジ! 「ひとに教える」のに必要なスキル特集2

れていることが多いようです。すべてのものを与えられて育っているわけですから,仕事をする場面でも「先輩や同僚が自分に何をしてくれるのか」という思考をします。ですから,そうではない現実に直面すると,不機嫌になったり攻撃的になったりするのです。

【それは誰の課題? ~課題の分離】 このような場合には,ここで起こっている問題が「誰の課題なのか」を考えるとよいでしょう。たとえば,「新人看護職員に早く部署に馴染んでほしい,成長してほしい」というのは,先輩たちの課題です。一方,「部署に馴染めない,先輩は敵だ」と考えるのは,新人看護職員の課題だということです。こうした時は,介入・干渉しすぎないようにすることがポイントです。なぜなら,課題の意味づけは,自分自身(新人看護職員)でしか変えられないからです。 支援策として,新人看護職員に「誰かの役に立っている」「自らに価値がある」ということを実感させることから始めるとよいでしょう。キーワードは「ありがとう」です。「叱る」ことも「褒める」こともしません。「叱る」「褒める」という行為の前提には,上下関係という側面があります。一方で「ありがとう」は,純粋に相手の「貢献」に注目し,それを伝える言葉です。人から「ありがとう」という言葉を聞いた時,自らが他者に貢献できたことを実感することができます。「こん

なのやって当たり前」と思うようなことでも,「ありがとう」と言葉にして伝えるとよいでしょう。

仕事が続かず休みがちになる 新人看護職員/教えることに, 無力さを感じている実地指導者

【勇気づけの言葉をかける】 新人看護職員が部署に行きたがらなかったり,ついには出勤できなったりすることがあります。それは,部署で「どうしてできないの?」「早くして」など,“能力がない”“役に立たない”といったニュアンスのことを言われるのが嫌だからです。そう,仕事が続かず休みがちになるのは,つい文句を言ってしまう先輩や同僚に勇気をくじかれているからなのです。 新人看護職員の指導は実地指導が大半を占めます。仕事をしながら教えるのは容易ではありません。こうした中,実地指導者は一生懸命教えていたのに,新人看護職員がなかなかできるようにならない,ついには休みがちになってしまったとなれば,教えることに無力さを感じてしまうでしょう。 こうした場合,相手を褒めるのでも叱るのでもなく,「勇気づけ」が有用です。勇気づけでは,「過程」「できている部分」「個人の成長」「貢献」に注目して言葉をかけ,最後に「感謝」の気持ちを伝えます(表3)。新人看護職員にはもちろんのこと,いつも指導

ケース❸

一緒に清拭してくれてありがとう助かったわ!

あなたのおかげで新人ナースは急成長してるね

うれしいもっと頑張ろう

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に貢献している実地指導者にも勇気づけの言葉をかけるとよいでしょう。・過程に注目する:「1週間前のラウンドの

時よりも,みんなケアができるようになっているね」

・できている部分に注目する:「振り返りシートのコメントがよかったよ」

・個人の成長に注目する:「どんどん教え方が上手になっているね」

・貢献に注目する:「あなたのおかげで助かっているよ」

・感謝する:「一緒に協力してくれてありがとう」 このような言葉かけをされたらどうでしょう? きっと前向きな気持ちになれるではないでしょうか。勇気づけの言葉によって,実地指導者は「教育担当は自分のことをよく見てくれている」「指導に貢献できている」と感じることができるでしょう。 うまくできている時には,そのことをフィードバックします。一方,失敗した時には,勇気づけの言葉と共に,どこを改善すればよいのか伝えるだけで十分です。適切なフィードバックによって,互いの信頼関係も構築されていきます。

まとめ 教育担当として役割を果たしながら自己の教育力を高めることができると考えたら,素晴らしい仕事なのではないでしょうか。また何年後かには,その教育力を部署で発揮する

こともできるでしょう。 「教え方」や「心理学」についてもう少し深く学びたい方は,本稿で参考にした文献をご参照いただければと思います。参考文献1)杉浦真由美:伝わる・身につく ナースのための教える技術,メディカ出版,2018.

2)向後千春:幸せな劣等感―アドラー心理学〈実践編〉,小学館,2017.

3)向後千春,吉田尚記:アドラー式「しない子育て」,白泉社,2017.

4)鈴木伸一編著,伊藤大輔他著:対人援助と心のケアに活かす心理学,有斐閣,2017.

5)日本看護協会:Part.1 組織と運営の基準. https://www.nurse.or.jp/nursing/education/keizoku/pdf/ver2-guide-2-04-0805.pdf(2020年3月閲覧)

6)厚生労働省:労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン,平成29年1月20日.

 https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-11200000-Roudoukijunkyoku/0000149439.pdf(2020年3月閲覧)

過程に注目する

できている部分に注目する

個人の成長に注目する

貢献に注目する

感謝する

相手が成功した時の勇気づけ

コツコツやってきた成果が出たね

特にここがよくできていたよ

前回よりも格段にうまくなったね

あなたのおかげで助かったよ

協力してくれてありがとう

相手が失敗した時の勇気づけ

失敗したけど精一杯やったよ

この部分はとてもよくできていたね

前よりもずいぶん上手になったね

この次はどうしたらよいか考えてみよう

協力してくれてありがとう

表3●新人看護職員への勇気づけ

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