アメリカのジョン・デューイ・シカゴ実験学校の訪 …ºº間発達9-10.pdfDewey、1859-1952)は、アメリカ合衆国の哲学 者である。1894年、新設のシカゴ大学に招かれ
大量消費社会の影にみる、黄金期のアメリカ合衆国...エスカリエ授業実践例・文化史の背景に見えてくるもの...
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エスカリエ授業実践例・文化史の背景に見えてくるもの
大量消費社会の影にみる、黄金期のアメリカ合衆国
関東第一高等学校 吉村 唯
はじめに 光あれば影もまたある。第一次世界大戦後のアメリカ合衆国は、まさにそのような時代であった。 景気の回復とマスメディアの発達は、人々の購買意欲をかき立て、大量生産、大衆消費社会が到来した。国際金融の中心地となったニューヨーク、マンハッタン地区には高層ビルがそびえ立ち、街中に響くジャズの音色と、ひざたけスカートで街頭を練り歩くフラッパーたちが、1920年代のアメリカを象徴している。 狂騒の20年代といわれた戦間期のアメリカに対するイメージといえば、おおよそ上記のようなものではないだろうか。「永遠の繁栄、黄金の20年代」を謳歌したアメリカの市民社会は、確かに戦後不況からは一転し、そこには豊かな生活と新たに誕生した文化を享受する、明るい社会の姿があった。しかし、それと同時に浮き上がってきた「影」の部分にも焦点をあてることで、黄金期を迎えたアメリカの性質と、社会の全体像を把握することができるのではないだろうか。 本稿では『明解世界史図説 エスカリエ 五訂版』
(以下エスカリエ)を用いて、該当単元の授業実践例を考察していきたい。戦後バブルの到来
第一次世界大戦が終結し、西欧諸国が疲弊するなかで、「世界の工場」「世界の銀行」を受けついだのはアメリカであった。まず、エスカリエp.173「more」を参照し、敗戦国ドイツの復興を目的としたアメリカ外資導入が、とどこおる戦債支払いを円滑にしたことを確認したい。 確かに、ドーズ案以前の戦後数年間は不況に見舞われたとはいえ、共和党による自由放任主義的な政策のなか、戦場から戻ってきた兵士たちが雇用されることで、社会全体の生産力が向上した。また同時に彼らが商品の購買力へと成長することで、景気の歯車が回り始め、熱烈な土地ブームはマンハッタンに摩天楼を出現させた。 エスカリエp.173⑤の「エンパイアステートビル」に着目してみよう。当時世界一の高さを誇ったこの建物は、記憶に新しい9.11事件で破壊されたワールド
トレードセンタービルが完成するまで、世界一の高さを誇っていた。 この建物の最上部に注目してみると、アール・デコの様式がとられていることがわかる。デザインとしての19世紀末までの流行は、植物を模した曲線美が特徴的なアール・ヌーヴォーが代表的であるが、アール・デコの採用は、まさに時代の様相を表しているといえよう。アール・ヌーヴォーに対し、アール・デコは、より直線的かつ幾何学的なデザインを特徴としている。自動車が普及し、飛行機が空を飛ぶ時代では、当然人や物の動きが加速するが、それをアール・デコのもつ無機的かつスピード感あふれるデザインに見てとることができる。また、同装飾は、富裕層向けの一点物製作が多かったアール・ヌーヴォーに対して、安価に大量生産されたことも、大衆消費社会の到来を想起させるだろう。 ところで、エンパイアステートビルといえば、富の象徴であるかのようなこの建物によじ登る怪物が、映画『キング・コング』に描かれている。劇中の雄々しく、凶暴なキング・コングは、当時の最新兵器である飛行機の機関銃掃射を浴びてビルから転落し、壮絶な最期をとげる。発展を迎えた文明社会に対する自然社会の敗北が描かれているとも、当時台頭しつつあった非白人や労働者に対する社会全体の恐怖感と不信感が、キング・コングという「怪物」に投影されているともいわれている。今の高校生たちはおそらく『キング・コング』を見たことがないだろう。しかし、映画はその時代の文化や歴史を手軽に摂取できる最良のツールである。授業時に鑑賞する時間を確保することはなかなか難しいが、良質な作品や往年の名作は、積極的に紹介していきたい。 いずれにせよ、高層ビル群のそびえ立つニューヨーク市街が、成熟した資本主義社会の姿であり、排外主義的かつ保守的な風潮を生み出した背景にあるのだろう。こうした排外主義については、また後述することにしたい。 ここで一度、ニューヨークの路地裏ものぞいてみよう。エスカリエp.173にも記載があるが、マンハッタ
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ン高層ビルの「影」となった北部地域には、貧困と犯罪がまんえんするスラム街が出現した。ここは、かつて黒人奴隷であった、アフリカ系アメリカ人により形成された地区である。 南北戦争の終結に伴い、黒人たちは市民権や選挙権を得たわけであるが、その多くが分益小作人として、かつてとそう変わらぬ生活をしいられており、低所得の黒人たちでは、選挙に際して投票税を支払うことができず、実質政治の世界からは排除されていた。エスカリエp.172②には「K.K.K.の集会」が掲載されているが、彼らの黒人に対するリンチは猛威をふるい、制定されたジム・クロウ法は、「分離をしたとしても、平等に扱えば差別ではない」とした、黒人隔離の考えを生み出した。 このような待遇のもと、彼らの生活改善は困難をきわめ、南部黒人による北部への大移動が開始されたのである。こうしてマンハッタン北部には、ハーレムとよばれる黒人街が形づくられたが、変わらぬ低賃金労働と黒人への差別は、貧困と犯罪の増加を招いた。この抑圧に対するエネルギーの解放が、ハーレム・ルネサンスを生み出したのである。エスカリエp.173のルイ=アームストロングの姿は、生徒たちにはなじみが薄いかもしれないが、ジャズやR&B、ブルースにヒップホップといった音楽ジャンルは、高校生の間にも浸透している。これらの起源がブラックミュージックにあること、ハーレム・ルネサンスでは、音楽やダンスにとどまらず、詩に絵画といった、さまざまな分野で黒人文化が花開いたことを生徒に伝えたい。大量生産・大衆消費社会とアメリカの生活様式
エスカリエp.173の「American Way of Life」には、企業の商品広告や販促ポスターが掲載されている。現代のわれわれにもなじみの深いコカ=コーラの文字が目にとまるが、これを授業で簡単に取りあげてみるのもおもしろい。1920年代のアメリカといえば、悪名高い禁酒法によって、アルコール類の製造、販売等が全面禁止されていた時代である。「影」に乗じて広告ポスターによる販売戦略で売り上げをのばしたのが、いうまでもなくノンアルコール飲料であるコカ=コーラであった。 大人世代も、現代の子どもたちも、「コーラは体に悪い」「コーラを飲むと骨がとける」などと親から一度は言われたことがあるだろう。しかし、コカ=コーラの原型自体は、コカ(コカイン)が含まれる、鎮痛用の薬であり、ワインが含まれていたためアルコール飲料、要するに薬用酒であった。このコーラの原型自体は1800年代の後半、発展と繁栄を迎えたアメリカンドリーム
真っただ中の金ぴか時代に、禁酒運動のあおりを受けて製法変更を余儀なくされたというのだから興味深い。 コカ=コーラはその後も、第二次世界大戦の際、兵士に支給される軍需品に指定されたり、冷戦時の資本主義大国アメリカを象徴する商品となるなど、歴史との関連性を指摘したい。 大量生産・大衆消費社会を加速させたものには、広告やポスターのほかにも、ラジオ放送やテレビCMなど、メディアの成長があげられるが、ここで通信販売について触れてみるのもおもしろいのではないだろうか。19世紀後半のアメリカで、鉄道等の交通網が発達したことを受け、地方農村向けにカタログが製作されたのが通信販売の始まりだといわれており、当初は農作業機械の普及に貢献した。フォードの考案した生産ラインにより自動車が普及すると、都市への道路建設がさかんになり、人口の都市集中を進めたので、一時的に下火になったとも聞くが、通信販売は、現代のわれわれにとっても欠かすことのできない画期的な販売方法であろう。 ここで生徒たちに問いかけてみてはいかがだろうか。現代に生きるわれわれは、スマートフォンやタブレットPCをたえず携帯している。ラジオやテレビ、電子広告はコンパクトな筐
きょう
体たい
に一つにまとめられ、通信販売はネットショップという形に進化した。送られてくるものといえば必ずしも現物ではなく、文字どおり通信で音楽や映画を入手することが可能になったのである。また、狂騒の20年代に、人々の購買意欲をかき立てた割賦販売ももちろん可能である。さらには、フェイスブック等のSNSが発達したことで、商品広告への
「いいね!」を、見知らぬ人同士が共有できるようになった。消費者は同時に販売者、供給者の立場になり得るのである。 にもかかわらず、企業業績は低迷を続け、世相は長期不況に苦しんでいる。景気とは何か、経済の活性化はいかなる方法によりなされるのか、世界恐慌の単元を学習する前に、一度押さえておきたいポイントである。排外主義の芽生え
エスカリエp.172①「保守化する国内の社会状況」について考察してみよう。繁栄するアメリカ社会の「影」で、台頭したのが排外主義の風潮である。 移民大国アメリカには、ロシアでのポグロムから逃れてきたユダヤ人や、出稼ぎ目的の中国人や日本人の姿があった。彼らはそれぞれのコミュニティを結成し、狂騒社会の労働力となったが、一方では白人の仕事を
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奪い、貧困層が多数出現した。 WASPが掲げた白人至上主義は、消滅していたK.K.K.を復活させ、移民であるユダヤ人、有色人種、共産主義者などへの攻撃を開始した。こうしたK.K.K.の活動は、当時の合衆国の政治を象徴したものである。先に述べた禁酒法には、酒造業者の多くにユダヤ人がかかわっているとした、ユダヤ陰謀論がつきまとった。またモンゴロイドを対象にした移民排斥の頂点が、1924年に制定された排日移民法とよばれる、修正条項であった。排斥の対象を「日本人」と厳密に指定したものではないが、「国籍取得が不可能な外国人」が、事実上日本人を指していることは明白であった。 また、共産主義者への攻撃は、アメリカ史上最大の冤罪事件といわれる、サッコ・ヴァンゼッティ事件を事例に概観したい。狂騒の20年代を迎える直前のアメリカは戦後不況に悩まされており、貧困労働者によるデモやストライキが頻発していたが、同時期に活動の最盛期を迎えていた世界産業労働者組合(IWW)は、アメリカ労働総同盟(AFL)の活動とは一線を画し、過激な労働闘争を主張する各社会主義者やアナーキストからなるグループであった。IWWの勢力拡大と社会不安の高まりは、共産主義に対する保守派の恐怖心をあおり、2人のイタリア系移民をアナーキストとして、証拠不十分のまま有罪としてしまったのである。 アメリカ史を考え、生徒に学習させる際、忘れてはならないのが、アメリカの発展=WASP社会の成長という視点であろう。その「影」の歴史として、インディアンとの戦争、黒人の権利闘争、移民排斥問題、悪の赤旗対正義の星条旗…。これらをアメリカは経験してきたのである。 狂騒の20年代に流行した、トーキー映画に登場した
ニーが生み出したマスコットキャラクターであるが、東京ディズニーランドの人気アトラクションであるスプラッシュ・マウンテンは、『南部の唄』というディズニーの製作映画をもとに内装がつくられている。しかし『南部の唄』の黒人描写に問題があるとの抗議を受け、現在作品は非公開、製品化もされていないという。生徒たちにとって身近な存在であるディズニーランドにも、歴史との関連性を提示することによって、より歴史や文化に興味をもってもらえるのではないだろうか。 今後もアメリカ社会が成長を続け、そこに新たな文化が生み出されるとき、同時に内在する「影」について、生徒たちはどれだけ気づき、思考することができ
るだろうか。その思考する力をはぐくむために、今後も授業内容と実践方法について模索していきたい。おわりに
文化史を取り扱った授業は本当に難しいと感じる。1920年代のアメリカ文化にある背景について、政治史にも触れながら書かせていただいた。今日、生徒たちが抱いているアメリカに対するイメージは、この時代に端を発するものも多い。食べ物や音楽、映画などからアメリカ文化にアプローチをしたり、あるいは逆に、こうした文化史の授業を通じて、今日の消費社会を今一度新たな視点から見つめ直したりという学習の相互交流ができれば、「生きた文化史」の授業が展開できるのではないだろうか。
『明解世界史図説 エスカリエ 五訂版』p.173
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